だんのこまち@wiki
留守番のギルドハウス
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陽だまりのティオ
新しいギルドハウスの中を一通り見て回ったあと。
チョコチップたちは、二階の休憩室へ向かった。
大きな窓から午後の日差しが差し込み、王都から運ばれてきたソファーや低いテーブルを暖かく照らしている。
その窓際に、誰かがいた。
ゆったりとした服のままソファーへ深く腰を下ろし、身体の半分を日の当たる場所へ預けている。
膝の上には、途中まで開かれた料理の資料。
けれど、読んでいる様子はない。
ティオは目を細め、ぽやぽやと日向ぼっこをしていた。
「寝ているのかな?」
シュトレンが小さな声で尋ねる。
「たぶん、起きています」
チョコチップも少し声を落とした。
眠っているように見えても、ティオは話しかければ返事をすることがある。
反対に、目を開けていても半分ほど眠っていることもある。
三人の後ろから休憩室へ入ったエスプレッソは、窓際まで静かに歩いていった。
ティオの隣に立つ。
返事はない。
エスプレッソは、ティオの肩を手のひらで軽く叩いた。
てし。
少し間を空ける。
てし、てし。
「ん~……」
ティオの瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
「おかえり、エスプレッソ~」
「ただいま」
エスプレッソはそれだけ答え、チョコチップたちの方へ視線を向ける。
ティオも、その動きを追って四人へ顔を向けた。
「お客さん~?」
「はい。レンちゃんと、フィーちゃんと、フェタ先輩です」
チョコチップが三人を紹介する。
ティオはソファーへ座ったまま、柔らかく手を上げた。
「ティオだよ~。よろしくね~」
「よろしく、ティオさん」
シュトレンたちも順番に挨拶する。
フィナンシェは、窓際のテーブルに置かれた小さな機械へ目を向けた。
鍋の温度を一定に保つための道具らしく、側面にスフレの工房印がついている。
その隣には、ティオが書いたらしい料理の試作メモが積まれていた。
「ここで料理も作ってるんですか?」
「下に調理場があるよ~。今は休憩中~」
見ればわかるほど、しっかり休憩していた。
フェタシェールは、休憩室の外へ続く廊下を振り返った。
会議室。
客室。
調理場。
まだ完成していない飛行船ドック。
遠く離れた町へ来たばかりなのに、ここでは武器を置き、落ち着いて話すことができる。
「団ノ子に入りたい時って、どうしたらいいの?」
フェタシェールが尋ねた。
すぐに加入すると決めたわけではない。
けれど、三人とも少なからず気になっていた。
ティオは少しだけ頭を傾けた。
まだ眠気の残る表情のまま、窓の外へ視線を向ける。
「ギルドマスターは今海を渡ってるはずだよ~。ギルドに入れてあげられる権限を持ってる人は今はここにはいないから、入りたかったら待っててね~」
「やっぱり、みた先輩が戻ってからなんだ」
フィナンシェが言う。
「うん~。たぶん帰ってきたら、ちゃんと話を聞いてくれるよ~」
チョコチップは、三人の顔を見た。
嬉しそうではあったが、自分から加入を勧めることはしなかった。
初めてFoFを遊んだ時、みたらしっぽも急いで居場所を決めなくてよいと言っていた。
三人がここへ入りたいと思うなら、その気持ちを直接先輩へ話してほしかった。
「先輩が戻ったら、私からもお知らせします」
「ありがとう、チョコちゃん」
シュトレンは、少し安心したように笑った。
待つ時間が必要だとしても。
この場所をもう一度訪れてよいことは、わかった。
ティオは再びソファーの背へ身体を預けた。
エスプレッソが、その肩をもう一度だけ軽く叩く。
てし。
「まだ寝ない」
「起きてるよ~」
返事をしながら、ティオの目は既に半分ほど閉じていた。
チョコチップたちは、二階の休憩室へ向かった。
大きな窓から午後の日差しが差し込み、王都から運ばれてきたソファーや低いテーブルを暖かく照らしている。
その窓際に、誰かがいた。
ゆったりとした服のままソファーへ深く腰を下ろし、身体の半分を日の当たる場所へ預けている。
膝の上には、途中まで開かれた料理の資料。
けれど、読んでいる様子はない。
ティオは目を細め、ぽやぽやと日向ぼっこをしていた。
「寝ているのかな?」
シュトレンが小さな声で尋ねる。
「たぶん、起きています」
チョコチップも少し声を落とした。
眠っているように見えても、ティオは話しかければ返事をすることがある。
反対に、目を開けていても半分ほど眠っていることもある。
三人の後ろから休憩室へ入ったエスプレッソは、窓際まで静かに歩いていった。
ティオの隣に立つ。
返事はない。
エスプレッソは、ティオの肩を手のひらで軽く叩いた。
てし。
少し間を空ける。
てし、てし。
「ん~……」
ティオの瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
「おかえり、エスプレッソ~」
「ただいま」
エスプレッソはそれだけ答え、チョコチップたちの方へ視線を向ける。
ティオも、その動きを追って四人へ顔を向けた。
「お客さん~?」
「はい。レンちゃんと、フィーちゃんと、フェタ先輩です」
チョコチップが三人を紹介する。
ティオはソファーへ座ったまま、柔らかく手を上げた。
「ティオだよ~。よろしくね~」
「よろしく、ティオさん」
シュトレンたちも順番に挨拶する。
フィナンシェは、窓際のテーブルに置かれた小さな機械へ目を向けた。
鍋の温度を一定に保つための道具らしく、側面にスフレの工房印がついている。
その隣には、ティオが書いたらしい料理の試作メモが積まれていた。
「ここで料理も作ってるんですか?」
「下に調理場があるよ~。今は休憩中~」
見ればわかるほど、しっかり休憩していた。
フェタシェールは、休憩室の外へ続く廊下を振り返った。
会議室。
客室。
調理場。
まだ完成していない飛行船ドック。
遠く離れた町へ来たばかりなのに、ここでは武器を置き、落ち着いて話すことができる。
「団ノ子に入りたい時って、どうしたらいいの?」
フェタシェールが尋ねた。
すぐに加入すると決めたわけではない。
けれど、三人とも少なからず気になっていた。
ティオは少しだけ頭を傾けた。
まだ眠気の残る表情のまま、窓の外へ視線を向ける。
「ギルドマスターは今海を渡ってるはずだよ~。ギルドに入れてあげられる権限を持ってる人は今はここにはいないから、入りたかったら待っててね~」
「やっぱり、みた先輩が戻ってからなんだ」
フィナンシェが言う。
「うん~。たぶん帰ってきたら、ちゃんと話を聞いてくれるよ~」
チョコチップは、三人の顔を見た。
嬉しそうではあったが、自分から加入を勧めることはしなかった。
初めてFoFを遊んだ時、みたらしっぽも急いで居場所を決めなくてよいと言っていた。
三人がここへ入りたいと思うなら、その気持ちを直接先輩へ話してほしかった。
「先輩が戻ったら、私からもお知らせします」
「ありがとう、チョコちゃん」
シュトレンは、少し安心したように笑った。
待つ時間が必要だとしても。
この場所をもう一度訪れてよいことは、わかった。
ティオは再びソファーの背へ身体を預けた。
エスプレッソが、その肩をもう一度だけ軽く叩く。
てし。
「まだ寝ない」
「起きてるよ~」
返事をしながら、ティオの目は既に半分ほど閉じていた。
見てみたかった戦い
休憩室を出たあと。
四人はギルドハウスの裏手にある訓練場へ向かった。
建設中の飛行船ドックからは、時折金属を打つ音が聞こえている。
ドックの向こう。
都市外壁の先には、アストラディールの広い大地が続いていた。
岩山。
谷。
黒い森。
整備された街道から少し離れれば、今のシュトレンたちには到底戦えない魔物が歩いている。
シュトレンは外の景色を見たあと、隣に立つチョコチップへ顔を向けた。
「チョコちゃん」
「はい?」
「この辺りのモンスターだったら、チョコちゃんが力を出して戦ってる姿が見られる?」
チョコチップが、少し驚いたように瞬きをする。
シュトレンは楽しそうに続けた。
「今まで一緒にレベル上げしてくれた時は、私たちに合わせて手加減してくれてたでしょう? 一度見てみたい!」
フィナンシェも、すぐに頷いた。
「私も見たい。チョコちゃんが本気で刀を使ってるところ」
これまでの冒険で、チョコチップが戦う姿を見ていないわけではない。
三人へ敵が向かった時。
予想していなかった増援が現れた時。
刀を抜き、助けてくれたことは何度もある。
けれど、三人が自分たちで敵を倒せるように、チョコチップは必要以上に攻撃しなかった。
最後の一撃も。
危険でない限り、三人へ譲っていた。
「私の戦闘ですか……」
チョコチップは都市の外へ目を向けた。
少し照れた様子はあった。
それでも、嫌そうではない。
むしろ、自分がFoFで続けてきたものを三人に見てもらえることが、少し嬉しいようだった。
「わかりました。一人で安全に戦える相手を探します」
「やった!」
シュトレンの表情が明るくなる。
エスプレッソも同行することになった。
戦うためではない。
シュトレンたちの周囲を見て、別の魔物が近づいた時に知らせるためだった。
五人は都市の東門を出た。
街道沿いには青い標柱が並び、魔物を遠ざける弱い結界を作っている。
そこから外へ出すぎないように歩き、見晴らしのよい岩原へ向かった。
チョコチップは何度か立ち止まり、周囲の反応を確かめた。
複数で行動する魔物。
空を飛ぶ個体。
遠くの群れ。
一体だけ倒せても、ほかの敵が集まってくる場所は避けていく。
やがて。
大きな岩の向こうに、一体の魔物を見つけた。
四足の身体。
狼に似た頭部。
背中と肩を覆う、岩のような甲殻。
太い前脚の先には、石を削るほど長い爪が伸びている。
<岩甲ハウンド>
周囲に同種の反応はない。
街道の標柱も、すぐ後ろに見えている。
「この敵なら大丈夫です」
チョコチップは刀の柄へ手を添えた。
「皆さんは標柱の内側にいてください」
三人は、少し高くなった岩場へ移動した。
エスプレッソも、その近くへ立つ。
追加の敵はいない。
逃げる道も確保されている。
チョコチップは一人で、結界の外へ歩いていった。
風が長い髪を揺らす。
黒いタイツに包まれた足が、岩の間で静かに止まった。
岩甲ハウンドが顔を上げる。
低い唸り声。
チョコチップは刀を抜いた。
これまで三人の前で見せていた構えよりも、刀身の位置が低い。
身体から余計な力が抜けている。
「雰囲気が違う……」
シュトレンが小さく呟いた。
岩甲ハウンドが地面を蹴った。
大きな身体が、岩を砕きながら一直線に迫る。
チョコチップは正面から受けなかった。
爪が届く直前。
身体を半歩だけ外へずらす。
刀の側面が前脚へ触れ、振り下ろされた爪の軌道を岩場へ流した。
爪が地面へ食い込む。
同時に、刀が翻る。
甲殻に覆われていない前脚の内側へ、一閃。
岩甲ハウンドの身体が傾いた。
けれど、止まらない。
巨大な肩を回し、甲殻そのものをぶつけるように横から突進する。
チョコチップは後ろへ跳ばなかった。
相手の懐へ入り込む。
肩の甲殻が頭上を通る。
低い姿勢から刀を振り上げ、腹部へ斬撃を入れた。
青い軌跡が残る。
チョコチップは、その場に留まらない。
斬った勢いのまま岩甲ハウンドの横を抜け、背後へ回る。
振り向いた魔物の尾が、岩を削りながら薙ぎ払われた。
跳ぶ。
黒い靴が尾の上へ一瞬だけ触れる。
その反動を使い、さらに高く身体を浮かせた。
空中で刀を両手へ持ち替える。
背中の甲殻へ、真っすぐ刃を落とした。
硬い音。
刀は甲殻へ弾かれた。
それでも、狙いは外れていない。
同じ場所へ細い亀裂が走る。
着地したチョコチップへ、岩甲ハウンドが飛びかかった。
口元。
爪。
大きく開いた両方が、同時に迫る。
チョコチップの姿が、正面から消えた。
横へ走ったのではない。
踏み込んでいた。
魔物の攻撃が閉じるより早く、その真下へ潜り込む。
刀を鞘へ戻す。
一瞬。
姿勢が低く沈んだ。
次に刃が見えた時には、岩甲ハウンドの下から背後まで、一本の青い線が通り抜けていた。
甲殻に入っていた亀裂が、大きく広がる。
魔物が振り向こうとする。
その前に。
チョコチップは既に背後へ立っていた。
刀を返し、割れた甲殻の内側へ最後の一撃を入れる。
岩甲ハウンドの身体が止まった。
大きな甲殻から、青い粒子が剥がれていく。
やがて全身が光へ変わり、岩原の風へ消えた。
戦闘終了の表示。
チョコチップは周囲を確かめてから、刀を鞘へ収めた。
それまで張りつめていた空気が、静かに戻る。
岩場の上では、三人ともすぐには声を出せなかった。
最初に立ち上がったのはシュトレンだった。
「すごい……!」
そのまま、街道側へ戻ってきたチョコチップのところまで駆け寄る。
「チョコちゃん、あんなに速かったんだ!」
「速く見えましたか?」
「全然追えなかった!」
シュトレンは興奮したまま、刀を抜いた時の動きを手で再現しようとしている。
けれど、途中からどう動いたのかわからなくなり、その手が止まった。
フィナンシェもチョコチップの刀を見る。
「最初から硬い背中を狙ってたの?」
「最初の一撃では斬れないので、同じ場所へ少しずつ傷をつけました」
「最後に、そこを壊したんだ」
「はい」
フェタシェールは、岩甲ハウンドが突進した場所を見ていた。
盾を使うようになってから。
敵の攻撃を受ける位置へ、以前より目が向くようになっている。
「正面で止めなかったね」
「私では、あの重さをまともに受けきれないと思います」
チョコチップは素直に答えた。
「なので、力が入る方向を見て、少しずつ外しました」
力で押し切ったのではない。
自分と相手の違いを知り、その中で最も安全な場所へ動き続けていた。
三人がこれまで見てきたのは。
自分たちに合わせ、少し離れた場所から見守るチョコチップだった。
今見たのは。
ギルド団ノ子の前衛として、何度も大きな戦いを越えてきたチョコチップだった。
「見てもらうのは、少し緊張しました」
チョコチップは照れたように笑った。
その表情は、戦っている時とはいつもどおりだった。
「でも、嬉しかったです」
シュトレンも笑う。
「また見たい!」
「今度は、皆さんも一緒に戦える敵にしましょう」
チョコチップは三人の装備へ目を向けた。
「この辺りの敵はまだ難しいですが、少しずつ強くなれば、いつか一緒に戦えます」
フィナンシェは、岩甲ハウンドが消えた場所を見た。
「私も、あの動きへ矢を合わせられるようになりたい」
「私は、チョコちゃんが攻撃しやすいように魔法を使ってみたい」
シュトレンも続く。
フェタシェールは、自分の小型盾へ手を置いた。
いつか。
あの爪を真正面から受けるのではなく。
チョコチップのように、仲間が攻撃できる方向へ流せるようになりたい。
街道を歩いてギルドハウスへ戻る。
外にいる間は、高いレベルの魔物へ注意を払う必要がある。
けれど、都市門をくぐれば道は広くなり。
団ノ子の看板が見えれば、三人の足取りも自然と軽くなった。
扉を開く。
窓際のソファーでは、ティオが先ほどとほとんど同じ姿勢で日向ぼっこを続けていた。
三人が帰ってきたことへ気づき、眠そうに片手を上げる。
「おかえり~」
「ただいま!」
シュトレンの返事は、来た時よりもずっと明るかった。
ギルドへ入る話は。
みたらしっぽが戻ってから。
それまでは、ここで待てばよい。
そして待っている間にも。
見てみたい戦い。
行ってみたい場所。
追いつきたい背中が、また一つ増えていた。
四人はギルドハウスの裏手にある訓練場へ向かった。
建設中の飛行船ドックからは、時折金属を打つ音が聞こえている。
ドックの向こう。
都市外壁の先には、アストラディールの広い大地が続いていた。
岩山。
谷。
黒い森。
整備された街道から少し離れれば、今のシュトレンたちには到底戦えない魔物が歩いている。
シュトレンは外の景色を見たあと、隣に立つチョコチップへ顔を向けた。
「チョコちゃん」
「はい?」
「この辺りのモンスターだったら、チョコちゃんが力を出して戦ってる姿が見られる?」
チョコチップが、少し驚いたように瞬きをする。
シュトレンは楽しそうに続けた。
「今まで一緒にレベル上げしてくれた時は、私たちに合わせて手加減してくれてたでしょう? 一度見てみたい!」
フィナンシェも、すぐに頷いた。
「私も見たい。チョコちゃんが本気で刀を使ってるところ」
これまでの冒険で、チョコチップが戦う姿を見ていないわけではない。
三人へ敵が向かった時。
予想していなかった増援が現れた時。
刀を抜き、助けてくれたことは何度もある。
けれど、三人が自分たちで敵を倒せるように、チョコチップは必要以上に攻撃しなかった。
最後の一撃も。
危険でない限り、三人へ譲っていた。
「私の戦闘ですか……」
チョコチップは都市の外へ目を向けた。
少し照れた様子はあった。
それでも、嫌そうではない。
むしろ、自分がFoFで続けてきたものを三人に見てもらえることが、少し嬉しいようだった。
「わかりました。一人で安全に戦える相手を探します」
「やった!」
シュトレンの表情が明るくなる。
エスプレッソも同行することになった。
戦うためではない。
シュトレンたちの周囲を見て、別の魔物が近づいた時に知らせるためだった。
五人は都市の東門を出た。
街道沿いには青い標柱が並び、魔物を遠ざける弱い結界を作っている。
そこから外へ出すぎないように歩き、見晴らしのよい岩原へ向かった。
チョコチップは何度か立ち止まり、周囲の反応を確かめた。
複数で行動する魔物。
空を飛ぶ個体。
遠くの群れ。
一体だけ倒せても、ほかの敵が集まってくる場所は避けていく。
やがて。
大きな岩の向こうに、一体の魔物を見つけた。
四足の身体。
狼に似た頭部。
背中と肩を覆う、岩のような甲殻。
太い前脚の先には、石を削るほど長い爪が伸びている。
<岩甲ハウンド>
周囲に同種の反応はない。
街道の標柱も、すぐ後ろに見えている。
「この敵なら大丈夫です」
チョコチップは刀の柄へ手を添えた。
「皆さんは標柱の内側にいてください」
三人は、少し高くなった岩場へ移動した。
エスプレッソも、その近くへ立つ。
追加の敵はいない。
逃げる道も確保されている。
チョコチップは一人で、結界の外へ歩いていった。
風が長い髪を揺らす。
黒いタイツに包まれた足が、岩の間で静かに止まった。
岩甲ハウンドが顔を上げる。
低い唸り声。
チョコチップは刀を抜いた。
これまで三人の前で見せていた構えよりも、刀身の位置が低い。
身体から余計な力が抜けている。
「雰囲気が違う……」
シュトレンが小さく呟いた。
岩甲ハウンドが地面を蹴った。
大きな身体が、岩を砕きながら一直線に迫る。
チョコチップは正面から受けなかった。
爪が届く直前。
身体を半歩だけ外へずらす。
刀の側面が前脚へ触れ、振り下ろされた爪の軌道を岩場へ流した。
爪が地面へ食い込む。
同時に、刀が翻る。
甲殻に覆われていない前脚の内側へ、一閃。
岩甲ハウンドの身体が傾いた。
けれど、止まらない。
巨大な肩を回し、甲殻そのものをぶつけるように横から突進する。
チョコチップは後ろへ跳ばなかった。
相手の懐へ入り込む。
肩の甲殻が頭上を通る。
低い姿勢から刀を振り上げ、腹部へ斬撃を入れた。
青い軌跡が残る。
チョコチップは、その場に留まらない。
斬った勢いのまま岩甲ハウンドの横を抜け、背後へ回る。
振り向いた魔物の尾が、岩を削りながら薙ぎ払われた。
跳ぶ。
黒い靴が尾の上へ一瞬だけ触れる。
その反動を使い、さらに高く身体を浮かせた。
空中で刀を両手へ持ち替える。
背中の甲殻へ、真っすぐ刃を落とした。
硬い音。
刀は甲殻へ弾かれた。
それでも、狙いは外れていない。
同じ場所へ細い亀裂が走る。
着地したチョコチップへ、岩甲ハウンドが飛びかかった。
口元。
爪。
大きく開いた両方が、同時に迫る。
チョコチップの姿が、正面から消えた。
横へ走ったのではない。
踏み込んでいた。
魔物の攻撃が閉じるより早く、その真下へ潜り込む。
刀を鞘へ戻す。
一瞬。
姿勢が低く沈んだ。
次に刃が見えた時には、岩甲ハウンドの下から背後まで、一本の青い線が通り抜けていた。
甲殻に入っていた亀裂が、大きく広がる。
魔物が振り向こうとする。
その前に。
チョコチップは既に背後へ立っていた。
刀を返し、割れた甲殻の内側へ最後の一撃を入れる。
岩甲ハウンドの身体が止まった。
大きな甲殻から、青い粒子が剥がれていく。
やがて全身が光へ変わり、岩原の風へ消えた。
戦闘終了の表示。
チョコチップは周囲を確かめてから、刀を鞘へ収めた。
それまで張りつめていた空気が、静かに戻る。
岩場の上では、三人ともすぐには声を出せなかった。
最初に立ち上がったのはシュトレンだった。
「すごい……!」
そのまま、街道側へ戻ってきたチョコチップのところまで駆け寄る。
「チョコちゃん、あんなに速かったんだ!」
「速く見えましたか?」
「全然追えなかった!」
シュトレンは興奮したまま、刀を抜いた時の動きを手で再現しようとしている。
けれど、途中からどう動いたのかわからなくなり、その手が止まった。
フィナンシェもチョコチップの刀を見る。
「最初から硬い背中を狙ってたの?」
「最初の一撃では斬れないので、同じ場所へ少しずつ傷をつけました」
「最後に、そこを壊したんだ」
「はい」
フェタシェールは、岩甲ハウンドが突進した場所を見ていた。
盾を使うようになってから。
敵の攻撃を受ける位置へ、以前より目が向くようになっている。
「正面で止めなかったね」
「私では、あの重さをまともに受けきれないと思います」
チョコチップは素直に答えた。
「なので、力が入る方向を見て、少しずつ外しました」
力で押し切ったのではない。
自分と相手の違いを知り、その中で最も安全な場所へ動き続けていた。
三人がこれまで見てきたのは。
自分たちに合わせ、少し離れた場所から見守るチョコチップだった。
今見たのは。
ギルド団ノ子の前衛として、何度も大きな戦いを越えてきたチョコチップだった。
「見てもらうのは、少し緊張しました」
チョコチップは照れたように笑った。
その表情は、戦っている時とはいつもどおりだった。
「でも、嬉しかったです」
シュトレンも笑う。
「また見たい!」
「今度は、皆さんも一緒に戦える敵にしましょう」
チョコチップは三人の装備へ目を向けた。
「この辺りの敵はまだ難しいですが、少しずつ強くなれば、いつか一緒に戦えます」
フィナンシェは、岩甲ハウンドが消えた場所を見た。
「私も、あの動きへ矢を合わせられるようになりたい」
「私は、チョコちゃんが攻撃しやすいように魔法を使ってみたい」
シュトレンも続く。
フェタシェールは、自分の小型盾へ手を置いた。
いつか。
あの爪を真正面から受けるのではなく。
チョコチップのように、仲間が攻撃できる方向へ流せるようになりたい。
街道を歩いてギルドハウスへ戻る。
外にいる間は、高いレベルの魔物へ注意を払う必要がある。
けれど、都市門をくぐれば道は広くなり。
団ノ子の看板が見えれば、三人の足取りも自然と軽くなった。
扉を開く。
窓際のソファーでは、ティオが先ほどとほとんど同じ姿勢で日向ぼっこを続けていた。
三人が帰ってきたことへ気づき、眠そうに片手を上げる。
「おかえり~」
「ただいま!」
シュトレンの返事は、来た時よりもずっと明るかった。
ギルドへ入る話は。
みたらしっぽが戻ってから。
それまでは、ここで待てばよい。
そして待っている間にも。
見てみたい戦い。
行ってみたい場所。
追いつきたい背中が、また一つ増えていた。