血濡れの天使が舞い降りる。
一糸纏わぬ姿で、天上を漂い、無垢な瞳で灰色の街を見下ろす。
金色の髪をなびかせて、宙を行き交いながら天使たちは歌う。
歌声は摩天楼に響き渡り、翼の羽ばたきは、教会の鐘のごとき音を打ち鳴らす。
突如響いた歌声に、道行く人々は歩みを止める。
それぞれが天を仰いで凍りつく。優雅に飛翔す天使たちを、混乱の眼差しで彼らは迎える。
人混みの中で、誰かが小さな悲鳴を上げた。ほぼ同時に、味気ないコンクリートを、血しぶきが彩る。
脊髄反射のごとく巻き起こった絶叫が、何の意味もなく辺りに伝染していく。
伝染していったその先で、人ならざるナニかが、次々に
目覚めては、雄たけびを上げる。
その言葉にならない獣の声が、昼の繁華街に染み込んでいく。
ただその性に従い、心は惑い、ヒトは天使の声に脳を溶かされていく。
そして、何も知らずに天使たちは、無邪気な笑みで舞い続ける。
殺し合い。奪い合い。食い尽くす。
恐れあい。憎みあい。食い殺す。
地上は狂気に満ち満ちて、天上は光に満ちていた。
真っ赤な血溜りが、ピチャピチャと、足音を奏で、濁った唾液がグチャグチャと牙を鳴らしていた。
すっと銃口が天に掲げられる。
警官のナリをしたその者は、にんまりと口元を歪ませながら、暗い瞳で天を睨んだ。
周囲の状況など意に介さないその様子は、冷静というより、それ自体が異常な光景のようであった。
天使たちは、興味本位にその悪魔に気を奪われ、その者を取り囲む。
向けられる悪意――それすらも遊戯と思い込み、警官に歌を捧げる天使の少女。
歌声は切り裂かれ、銃声が続けて二度、三度鳴る。
その引き金の重さも忘れて、男は撃った。
それは、闇雲のようでありながら、明確な標的を探して、虚空を、あるいは彼女らを貫き続ける。
歌声のような美しい悲鳴と、銃声とが、リズムカルに周囲に響き渡る。
何も知らずに産み落とされ、何も知らずに堕ちていく。
それでも、何も知らない天使たちは歌い続ける、ただひとえに、誕生の喜びを。
最終更新:2009年03月26日 10:24