ストーリー
「役立たず」
帰還して顔を合わせるやいなや、お姫様はそんなことを兵士に向けて放った。
「や、役立たずって……」
命をかけて戦地に赴いた者に対して、それが上のものが下のものにかける労いの言葉だろうか。
そもそも、
とかいう命令を、例え一時でも、真面目に実行しようと思っていたこと自体が、恥ずかしい。
仮に、一般生徒百人を従えて行っても、『転校生』になんか勝てる気がしないが、当のお姫様は大真面目で、俺らを見下ろしていた。
メンバーの一人である「玄葉 杏」、こいつはこいつで、あっけらかんとした様子で、
「いやぁ、すみません。命がいくつあっても足りませんでした」
とか抜かしている。
こいつは真面目に言ってるのか? と、問いただしたくなるような緊張感のなさ……。
怒ってんのか笑ってんのか、どちらか分からんような顔つきで、こんな報告をしてみろ、説得力なんてものを感じるはずがない。
現に、うちの我侭なお姫様も、俺らを疑わしそうな目つきで見下ろしながら、
「しね、役立たずども」
とか言いながら、激昂している。
教壇の上に腰を下ろしての、上から目線、さらに罵詈雑言でのお出迎え。どこぞのSMクラブでも、そんなプレイはやっていないだろう。
……やってるのだろうか……?
「そうは言うけどな。『転校生』の首はこの人数じゃ無理だろ? 闇討ちなんてやってても無意味だ。やるならドデかくやった方がいいんじゃないか?」
一応、こんなことも言ってみるが、お姫様は、もちろん納得などするはずもない。
「あ゛ーあ゛ー『できる』って言葉しか聞きたくないー」
と、両手で耳を塞いで、俺の言葉をかき消している。子供か。
しかし一方で杏は、細目をさらに細めて、
「未来は厳しいなぁ」
とか言って、またこいつを甘やかす。
未来ってのは、うちの「お姫様」のことだ。ちなみに本人に面と向かって言えはしない。
「……魔人になりたい」
おもむろにお姫様はそうつぶやいた。
あの『転校生』が現れてから、お姫様は事あるごとに、こんなことを言い始める。
「だから、いっそのこと番長グループについちゃえば――」
「ハァ!? ぜったい! ヤダ!」
俺がそう進言する度に、お姫様はいつも声をあげる。
「あんたホント何も分かってない! なんで私があんな『転校生』なんかに頭下げなきゃいけないの? あんなやつの血を飲まされるくらいなら、いっそのことあんなやつ殺してやる!」
そこまで言い切るか……。
「分からない。頭なんて下げちゃえばいいだろ? 減るもんじゃないし」
「しね! このバカ! これはプライドの問題! だからあんたは犬なの! 負け犬!」
「ま、負け犬って……」
ここまで言われると、さすがに傷つく……。
「まぁまぁ、落ち着いて、落ち着いて」
怒り心頭のお姫様を杏がなだめた。
ああ、ぜひ俺にもフォローを頼む、と目で訴えたが、微笑で返された。
「整理すると、未来は魔人になりたい。けど、あの『転校生』には消えて欲しい、ってことだよね?」
「そうよ。魔人を強化するだけなら、別にお好きに~って感じだけど、一般人まで、魔人にしちゃうのは最悪。私が今までどんな思いでこんなやつ使ってたと思うの? 本当に腹が立つ! 最悪!」
「あの、こんなやつって、もしかして……」
「あんたは犬でしょ、犬ならワンって鳴け!」
毎度のことながら、未来は俺に冷たいと思う。
「でもな……俺らだってそこいらの魔人クラスなら、なんとか相手できるんだよ。だけど、相手が『転校生』となると、俺らじゃ手に負えない。はっきり言えば無理だ」
「ハァ? 無理を通すのが、魔人である、あんたの役目じゃないの? ていうかさ、そこいらの魔人ってあんたみたいな奴のことでしょ? なに、自虐? バカじゃないの? ちょっとあんた黙ってなさいよ」
「うぅ」
ひ、人には向き不向きと言うものがある。なんでもかんでも無理が通って堪るかよ。
「まぁまぁ、彼に多くを求めるのは酷な話でしょう。彼は生徒会にも番長グループにも入れなかったような、低級魔人です。所詮、やれることも高が知れます。」
おまえまで言うか。
俺のメインは情報収集だろ。というか、普段はそっちがメインじゃないのかよ。
「も、もう番長グループなんて無視してさ。また、いつもみたいに、七不思議とかの調査しようぜ」
流れを変えようと、こんなことを言ってみたが、お姫様は冷ややかな視線を俺に向ける。
「やれるもんならやってみなさいよ。あんたみたいな得体の知れない怪しい魔人が、コソコソと学園を嗅ぎまわってたら、すぐに目をつけられて打ち首獄門よ」
ひでえ、とんだ冤罪じゃねぇか。
「だけど、番長グループに選挙で肩入れしたのも、未来だろ?」
「そのときはそのとき、今は今。あの生徒会より、融通が利きそうかな? と思ったけど、むしろその逆。誰のおかげで今の地位にあると思ってんの? ホントむかつく」
誰のおかげって……俺の能力と、杏の行動力のおかげじゃない? まぁ、企画立案は、お姫様だけど。
横にいる杏を見ると、何かを考えている様子で俯いていた。
「教師たちに『転校生』を召喚させるのはどうでしょう?」
杏が思い立ったかのように口を開く。
「あの『転校生』は正規の『転校生』ではありません。いつのまにか学園に居ついた言わば余所者。今以上に事が激しくなれば、必ず教師たちは事を治めるために『転校生』を召喚する」
「けど、それだと、未来は魔人にはなれないだろ?」
そう横槍をいれたところ、自信ありと言わんばかりに、杏は俺に微笑を向けた。というか、同じ微笑なのに、受ける印象が違うから不思議だ。どんだけバリエーションがあるんだ?
「スズハラ機関の『転校生』は、元は皆が魔人だったと聞きます。それがなんらかの改造を受け、あの能力を得た。つまり、スズハラ機関の『転校生』の体を調べれば、強大な能力を得るヒントが得られるかと」
「ふん、そんな確証のないことを未来が了承するはず――」
「さすが杏! どっかの負け犬とは大違いだわ!」
え? まじですか。
「だ、だけどな――」
「うるさい!」
ひ、ひでえ……。
俺は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
最終更新:2009年07月12日 09:45