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| 武将名 |
もうりてるもと |
西軍総大将 |
| 毛利輝元 |
統一名称:毛利輝元 生没年:1553~1625
「乱世の終わりに 我が毛利家の道を示そう」
安芸の大名。父・隆元が早世すると11歳にして家督を継いだ。 後見役の祖父や叔父達の死後、副将軍として足利義昭を助け、中国地方の覇権を巡り信長と争う。 のち秀吉に臣従して五大老の一人となり、関ヶ原の戦いで西軍の総大将を務めた。 |
| 勢力 |
緋 |
| 時代 |
戦国 |
| レアリティ |
SR |
| コスト |
1.5 |
| 兵種 |
槍兵 |
| 武力 |
5 |
| 知力 |
8 |
| 特技 |
防柵 |
| 計略 |
西照らす残光 |
味方の武力が上がる。 対象の味方が2勢力以上の場合、さらに移動速度が上がり、自軍の最大士気が増える |
| 必要士気 |
5 |
| 効果時間 |
知力時間 |
| Illust. |
鴉羽 凛燈 |
| 声優 |
佐々木望 |
計略内容
| カテゴリ |
士気 |
対象勢力 |
武力 |
知力 |
速度 |
兵力 |
効果時間 |
備考 |
| 号令 |
5 |
緋のみ |
+3 |
- |
- |
- |
10.0c(知力依存0.2c) |
- |
| 2勢力以上 |
+30% |
最大士気が15になる |
(最新Ver.2.5.0F)
調整履歴
| 修正Ver. |
変更点 |
内容 |
備考 |
| Ver.2.1.0B |
効果時間 9.2c → 9.6c |
↑ |
- |
| Ver.2.5.0F |
効果時間 9.6c → 10.0c |
↑ |
- |
所感
緋の1.5コスト槍兵。
バランスの取れた武力と知力に加え、特技「防柵」を持つ。
計略「西照らす残光」は勢力不問の号令。
武力上昇に加え、対象の味方が2勢力以上だとさらに移動速度が上がり、自軍の最大士気が増える。
やはり特徴的なのは最大士気増加効果で、複数勢力を採用するデメリットを帳消しにできる。
士気流派1でも同等の効果を得られるが、輝元を採用することで自由に流派を選択できるのが利点。
工夫次第で通常では見られない組み合わせでのフルコンも決められる、夢のある計略。
単に最大士気を上げるだけでなく、号令としても士気相応の強さは担保している。
武力上昇値こそやや控えめだが、速度上昇により兵種アクションを駆使することで高い火力を出せる。
また戦場を広く使って相手を分断したり、ぶつかり合う前の牽制や消耗した敵の退却への追い打ちなど柔軟に立ち回れる。
飛びぬけて強力というほどではないが、デッキ相性次第では単純に号令として使うことも考えられるだろう。
一方で、この計略を前提としてデッキを組むと立ち回りの自由度が狭まるのが欠点。
相手視点だと必ず輝元の計略を使ってくるうえ、その使用タイミングも最大士気が少ないため非常に読みやすい。
そのため、こちらの動きを読んで待ち構える相手に無理やり攻めるしかない、という展開になりがち。
当然ながらそのような状況では効果が薄く、逆に相手に士気差を活かしたカウンターなどを狙われやすい。
そもそも最大士気を増やすこと自体は特にアドバンテージが稼げるものではなく、最大士気以上に士気を溜めて初めて意味が生じるが、試合展開次第ではそれを活かせず終わる事も多い。
派手なフルコンを実現しうる計略ではあるが、そのためには相応にハードルも高く、常に狙っていくのは難しい。
場合によっては士気流派で代替するなど、この計略を使わずに戦っていくことも頭の片隅にいれておきたい。
なお緋勢力のみだと、効果が武力上昇のみとなる。
緋単色デッキで栄華計略の効果を高めるために採用する、といった使い方はできないので注意。
解説
毛利家大名・室町幕府副将軍・豊臣政権五大老・関ヶ原の戦い西軍総大将・長州藩藩祖と色々な肩書を持つ人物。
父・隆元の早世に伴い11歳で家督を継承するも、祖父・元就、および
両川と呼ばれた叔父に支えられ、毛利家を拡大していく。
最大版図は祖父・
元就の全盛期を超えて山陽山陰八ヶ国百二十万石。
関ヶ原の戦い時は西軍の総大将に推挙されている。
大坂城で指揮を執りながら、関ヶ原に毛利秀元・吉川広家らを送り、同時に四国九州にも軍を展開していた。
関ヶ原で豊臣勢と徳川勢が激突し疲弊している間に、隙あらばさらに領地を得ようと大きな野心を持っていたとも言われる。
しかし、関ヶ原での主力同士の決戦はたった一日で決着。
毛利勢は吉川広家の妨害により戦闘に参加できないまま東軍の勝利で終わり、輝元の構想は打ち砕かれてしまう。
戦後、輝元は
徳川家康の「毛利家の所領を安堵する」という説得を受け入れて大坂城を退去。
しかし家康は「吉川広家からは輝元は西軍とは一切関わりないと聞いていたが、実際には大阪城から
輝元の花押が押された書状が多数押収され、西軍の総大将としてしっかり主導していたことが分かった」として約束は無効であると主張。
毛利家の領地をすべて没収する、と翻した。
当然ながら家康の立場であればそんなことは退去前から知ってるはずで、要するにイチャモンである。
この処置を知った吉川広家や
井伊直政は、「あまりにひどい」と処遇の改善を家康に嘆願。
直政は言うまでもなく家康の家臣だが、「こんな非道をしては徳川家についてくる者はなくなる」という危機感からの嘆願だった。
その結果、「輝元が隠居した上で嫡子・毛利秀就に周防長門の二ヶ国を残す」という形で決着している。
約束を反故にし、百二十万石から三十万石への大幅な減封処分を受け、毛利は徳川に対し大きな恨みを持つこととなった。
輝元自身も徳川家を打倒する機会を狙っており、大坂冬の陣で出陣した際には重臣である内藤元盛に軍資金と兵糧を与え、元盛は佐野道可という変名で大坂城に入城させている。
長州藩では毎年元日に「あけましておめでとうございます」ではなく
家臣「今年こそは徳川打倒の挙兵をなさいますか」
藩主「まだ時期尚早である」
というやり取りを欠かさず、徳川への恨みを忘れなかったという。
時は流れ「日本を変える」と立ち上がった薩長土肥の志士達の動きは、日本を揺るがす大きなうねりとなる。
ついに1867年、江戸幕府の終わりを意味する大政奉還が実現する。
輝元が死去した1625年から242年後の事であった。
撤退時の台詞の元ネタは、関ヶ原で勝てず引きこもる輝元を批判する落首(世相を風刺する狂歌)。
前提知識として、輝元は関ヶ原合戦後に森の中の屋敷に引きこもって出てこず長雨が続いていて周辺は日中も薄暗かった。
「輝元と 名にはいへども 雨降りて もり(毛利)くらめきて あき(安芸)はでにけり」
大戦シリーズにおいて
戦国大戦では、一貫して中コストの全体強化持ちとして登場。
全体的にやや癖が強く、弓足軽や特技「焙烙」の強化に特化したり何かしらのデメリットを抱えるなど人を選ぶ性能だった。
イラストのデザインは旧作のいずれとも異なり、恐らく戦国大戦の祖父・元就(三矢の采配)がモチーフ。
開幕や計略時など各種台詞も、元就のものを意識しているものが多いようだ。
なお計略名は、東軍総大将・徳川家康の「東照らす旭光」が意識されていると思われる。
さらに言えばその家康の計略名は「東照大権現」「東照宮」から取られている。
台詞
| \ |
台詞 |
| 開幕 |
乱世の終わりに、私が毛利家の道を示そう! |
| 計略 |
西照らす日に集いし兵よ、一つとなれ! |
| ├絆武将 |
これより毛利家の肝っ玉、お見せしよう! |
└対象に下記武将1名以上 緋044_吉川元春・緋046_小早川隆景・緋053_毛利元就 |
今なら、肩を並べて歩ける、貴方達に |
| 兵種アクション |
見えている |
| 撤退 |
雨降りて…毛利くらめく… |
| 復活 |
千里の外に決する! |
| 伏兵 |
厳島の恩寵よ! |
| 攻城 |
天恵だ…進めや者共! |
| 落城 |
道の果てに立とうとも、日輪は絶えずこの胸に |
| 贈り物① |
誰かの思いを背負うと、人は別の何かに変わってしまう。 だから私は三矢ではない、私だけの矢を探す。 |
| 贈り物② |
甘やかさないでくれ。主君が臣下に助けられるのは 恥ずべきことだ。たとえお前であっても。 |
| 贈り物(お正月) |
今年の元日はどう過ごす予定なのだ? ……いや、断じて倒幕の誘いなどではないぞ。 |
| 贈り物(バレンタインデー) |
何かを選ぶというのは、とても重大なことだ。 本当に、よいのだな? |
| 贈り物(ホワイトデー) |
これだけは他の者達に分け与えず取っておいた。 このようなことをしたのは、初めてだ…… |
| 贈り物(ハロウィン) |
今日は派手な服を着ても浮かないな…… いや、無論祖父に怒られない程度にだが。 |
| 友好度上昇 |
千里の外に決する! |
| 寵臣 |
- |
| 絆武将獲得 |
- |
| 軍飾 |
- |
贈り物の特殊演出
①
情報提供・誤った点に気付いた等、何かありましたら気楽にコメントしてください。
最終更新:2026年06月29日 13:58