☆
一つの通知が、聖杯戦争の知識同様にマスターとサーヴァントの脳裏に通達された。
翌、四月二十九日午前零時より、聖杯戦争は本戦へ移行いたします。
本戦開始に伴い、現時点での残存主従数を発表。
残存主従数――『二十』組
☆
「……二十か」
自室でまりながポツリと呟く。
結構多いのだろうか。少ないのだろうか。予選中に一体何組いたか定かではないので、数だけ伝えられても漠然とするだけだ。
「しかも、ゴールデンウイーク中にやるワケ?」
そう。
四月二十九日。日本では祝日『昭和の日』。しかも金曜日なので、立て続けに土日となって三日休み。
更に来週から五月三日(憲法記念日)、五月四日(みどりの日)、五月五日(こどもの日)と祝日ラッシュ。
その為、日本はこの連休期間を『ゴールデンウイーク』と呼んでいる。
よりにもよってだが、むしろ主催者側は狙ってやったんじゃないかと、まりなは思う。
むしろ休みの方が何かと都合がいい訳だ。
しかし……どうすればいいのか。
まりなは当然、聖杯は欲しいのだが。何をどうすればいいのか分からない。予選期間も何もしてない。
裏で
クトゥルフが動いていた、かもしれないが。彼は何も話さないのでサッパリである。
サーヴァントを倒しに外出するべきなのかと、一人で思案するばかりだった。
☆
二十三区内には様々な施設の他、様々な団体も存在する――宗教団体もそうだ。
教会や寺院、ビルの一角、あるいは相応の敷地にある建造物にも。
その一つ、表立って公認されている訳ではない、一種のカルト宗教団体がここにある。彼らは狂気に憑りつかれたように謎めいた文言と祈りを捧げる。
彼らは、ある意味このご時世には珍しい狂信的な団体だった。
たとえば……政治の陰謀論を交えた思想だったり、反社会的勢力と繋がりがある訳でもない。
だが、一種の洗脳めいた事を行っており。彼らの狂信で数多くの家庭が崩壊し、人生を狂わされたものがいる。
それは全て神の導きあってと、神の教えを理由に非人道的行為を侵し続ける。
洗脳され、思考が歪んだ人々が増えに増えたのは昨今の異常事態が一つの原因だった。
影では『聖杯戦争』という英霊たちが、宝具と能力を駆使し、雌雄決する戦が繰り広げられているのを知らぬ人々は、神々の怒りだ、祟りだと喚く。
何故ならば、英霊たちの痕跡は到底、人的な所業で説明つかないものばかり。
この近代的社会にてオカルト話が萬栄すると、こういった組織が活発化するのは自然な事。
そして………
熱狂的な祈りを捧げていた彼らが、どういう訳かピタリと一斉に祈りを止め、凄まじい勢いで背後を振り返った。
分からない。
最早、生存的な本能に近い危機感だった。
彼らの背後から無定形の泡の塊がモゴモゴと蠢き、口のような形を作って喋る。
『ふぅうぅぅぅ~~~~ん。おいしそぉだなぁ~~~~~~おまえぇえぇぇ~~~~』
水面に一石投じられたかの如く全員が発狂した。
この世ならざる異形を目撃した事による錯乱――ではない。
その無定形の泡が、
彼らを、
彼らが縋る『神』を、
彼らが捧げた『信仰』を、
そして――全てを啜り飲み込むものだと本能で理解し、発狂したのだ。
泡は次々に飲み込む。祭壇も壁に張られた教訓も、資金で発注した神の像も、床に敷かれた模様も、装飾も、経典も、何もかも。
阿鼻叫喚の信者たちを盾に生き残った教祖が、必死に訴える。
「たっ、たたた、頼むたた助けてくれえぇええぇっ! わわわわ私達がななななにをしたんだ。
今日まで、し、しし死、し親身になって、しし信仰をさささ、さ、捧げ、さささ、ささ、な、なんでも、やるっ
か、金でも、なんでも、い、生贄でも! だから、おねがい、し――」
泣きじゃくって錯乱する教祖に対し、無定形の泡は案外フランクに受け応える。
『いらな~い。お金とか、人類(キミタチ)って味しないもーん。でしょお?』
「あ」
教祖は全てを理解してしまった。
これは『捕食者』だ。
自分に合った獲物を求める。
金も人も、これが捕食するものではない。
これが捕食するのは――……
☆
こういった事件は、連日発生していた。
反社会的な組織と繋がりあるカルト宗教から正当な教会、寺院にまで被害が及んでいる……されど日常において話題にはなってない。
連日、ニュースで報道されるのは別の話題ばかり。
謎の脅威に身の危険を晒され、恐怖するのは当事者だけであった。
ここ――『万世極楽教』でも密かに恐怖が萬栄していた。
表向きではDV被害などの駆け込み寺。
世間一般的な評価も悪くない少数勢力の宗教団体だが、件の事件は宗教の良し悪し関係ない。無差別に近い。
だから当然、ここにも脅威が及ばない訳が無い。
しかし、『万世極楽教』の現教主――『童磨』は幹部の男に告げる。
「警察の人達には帰って貰うよう伝えておいてくれるかい」
「せ、せめて周辺の警備だけでも――」
「それは皆を不安にさせるだろう。こういう状況だからこそ、平穏を保つ事が一番なんだ。恐怖を抱く事が災いを引き寄せる一番の原因だよ」
「……成程。仰る通りで」
どうせ。警察などサーヴァント相手には無意味なのだ。
最もらしい言葉で誤魔化し終え、童磨は「面倒だなぁ」と一人呟く。
関係者が部屋から消え去り、霊体化していたランサー『
マンティコア』が実体化しながら笑う。
「好都合じゃねえか、マスター。こっちが身構えてりゃ向こうから勝手に来てくれんだろ?」
「それはそうなんだけど。俺達を除いて残っているのは『十九組』だよ? 一組の為だけにじっとしているのも、どうかと思うな」
「んあー……確かに」
実際、他にも目立った事件を起こしている主従もいる。
正体不明の宗教襲撃者より、そちらの方が目星がつきやすい。故に童磨も消極的な待ちの姿勢を構えるつもりは無かった。
☆
アラ、と『
胡蝶しのぶ』が完璧に整備された道路に目を丸くしていた。
つい最近のことだ。サーヴァント同士の戦闘で破壊されたらしい悲惨な現場が彼女の家周辺で見受けられた。
復旧にどれだけ時間がかかるかと思ったら、意外や意外。手際よい道路整備は迅速に行われ、車も通れるようになっている。
これが時代の変化の一つ、なのだろう。
だが……
彼女の家も……少しだけ変化がある。
帰宅した彼女が、ちらりと自宅の外壁を目にした。そこには――おぞましい何かが這いずった痕跡がベッタリ残っていた。
在住するハウスキーパーが、しのぶの帰宅に気づいて「お帰りなさいませ」と挨拶をかけ、告げる。
「色々手を尽くしたのですが、やはりどうにもならなくて……明日、清掃業者の方をお呼びする事になりました。申し訳ございません」
「いえ。大丈夫ですよ。ちなみに彼は……」
「ああ。いつも通り、演奏なさってますよ」
演奏の聞こえる部屋は心なしか暖かい。
しのぶが部屋に入れば演奏を中断したキャスター『ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン』は
挨拶や最近までの口癖、ノックにも言及せず、真っ先に報告する。
「今日も『アレ』は来なかったよ」
アレとは、一応サーヴァント……らしい。
ベートーヴェン曰く。
散々演奏中に襲撃されたらどうすると忠告していたしのぶの最悪な想定が発生してしまったのは、つい最近のこと。
いつも通りベートーヴェンが演奏していると『無定形の泡』が蠢き、這い寄ってきた。それでどうなったかったと言えば……
演奏を聴いてダンシングしていた。
演奏が終わったら「また来るね」と一方的に言葉を投げて、どこか行ってしまった。
泡がどうやって踊って(ダンシング)してたとか、泡がどうやって喋っていたのかは想像つかないがベートーヴェンは間違いないと断言する。
ちなみに……しのぶの家周辺でサーヴァント同士の戦闘があったのも、その日の事だった。
それを聞いて、憤慨を通り越して呆れに到達しているしのぶだが、その『泡』が再び来られても、どうしたものか。
ただ……何故かベートーヴェンはその『泡』の真名を知っていた。
しのぶは僅かな書類をバッグから取り出す。
「一応、例の名で調べましたが、この程度しか文献はありませんでした」
「ふむ……だろうね。何せ外界の神だ。情報があるだけ十分と言える」
ベートーヴェンは普段、まとわりついてる五線紙の女が縮こまっているのを一瞥した。
☆
「――嘘」
本戦通過の通達を聞き『
七草にちか』は思わず、そう口から溢す。
なんで?
どうして??
『W.I.N.G.』を勝ち進んだ時もそうだったが、アレとは話は全く異なる。
否、『W.I.N.G.』だって勝ち進める為のレッスンの日々があって……
だけどコレは、聖杯戦争は違う。
ハッキリ言って、にちかが特別何かした訳じゃない。彼女が召喚したランサー『
以津真天』もそう。
ぶっちゃけ、サーヴァントとの戦闘は……一回だけ経験はあったが、以津真天は残念なほど弱く、全く歯がたたなかった。
嗚呼。ここで死ぬんだ。
にちかが死期を悟った瞬間、幸運にも――あるいは不幸にも横槍が入った。
「嘘じゃないわよ、マスター! 私達、ここまで来れたの!! もっと喜びなさいよ!」
「……喜べませんよ。私達がここまで生き残れたのは、あの時……『ルーラー』さんが助けてくれたからです」
以津真天は諦めずに何度も幾度も路上ライブを行った。
誰からも聴いて貰えず、騒音と見なされ警察に通報されても、いつまでもいつまでも歌い続けた結果――なんとファンが現れた。
彼女の歌を聴いて愉快そうに踊るサーヴァント、『ルーラー』という基本クラスとは異なるクラスに宛がわれた紫髪の少女。
にちかはビックリしたが、折角のファン相手に以津真天も驚いたのか、何故かルーラーを攻撃してしまったのだ。
そんな最中、別のサーヴァントも襲撃してきて、
乱戦状態になったが危機的なにちかと以津真天に「早く逃げなよ」とルーラーが敵サーヴァントをひきつけてくれた。
二人はただ逃げるのに必死で、その後、ルーラーがどうなったかは知らない。
無論、以津真天も後悔している。
「演奏を邪魔しに来たのかと思って攻撃してしまったけど……私達を助けてくれたものね。今度会ったらお礼に一曲歌いたいわ!」
一方で、にちかは思う。
あそこでルーラーが邪魔しなければ、自分は終わっていた筈なのだと。
今、平凡な自分が呑気に生き残っているのは、間違いなのだと……
☆
どこかのデスボイスアイドルとは違い、大盛り上がりの路上ライブが二十三区の一角で行われていた。
しかし、その規模といったら!
アイドルを追っかけファンはSNSで情報交換し集い、いつの間にか警察官が交通整備を行い混乱状態を押さえ、
帰宅途中の会社員から地区一帯を縄張りにする極道ですら、彼女の元に集う。
「『
リルル』ちゃーん! うおおおおおおおおおおお!!!!」
「オススメのラーメン屋教えてー!!」
「俺の店に来てくれ~~~~!」
東京二十三区ではすっかりお馴染みとなったラーメンアイドル『リルル』。
彼女が熱唱する傍ら、自棄に警戒心高く持っているマネージャー……のように見えるサーヴァント・フォーリナー『
鄭一嫂』。
ゲリラライブ終了後。
二人はいつも通り、仕事終わりの一杯ならぬ、仕事終わりのラーメンを頂きに向かう。
だが、これも最後の一杯になるか分からない……ついに、聖杯戦争の予選が終わり、本戦へと移行すると通達された。
もう一つ……リルルはフォーリナーに、彼女が名乗る偽名で尋ねた。
「石田さん。どうでしたか?」
「うーん……現れなかったね。どこかで脱落してはいない……そんな予感はするんだけど」
彼女らがわざわざゲリラライブをする理由があった。
元々、アイドルとしてリルルはライブ活動を行い続けていたのだが、ある時。
フォーリナーが――厳密には彼女と通じる『大酒飲みの主』が、群衆の中から神性を感じ取ったのである。
襲撃されるかと警戒したものの。結局、その時のライブは無事に幕を閉じた。
ひょっとして、リルルの歌に惹かれて現れたのだろうか。
そう思い、彼女らは何度かゲリラライブを、各地区で点々と行い、ついでにラーメン屋を巡って、今日まで過ごしたが。
例の気配はアレきりだった。
それとフォーリナーが気になる点が幾つかあったのだ。
「うちの『大酒飲み』が警戒するなんて普通じゃない相手だけど……何か妙に『縁』を感じるのさ。なんでだろうね」
「縁、ですか。確か石田さんの宝具は『縁を結ぶ』ものでしたよね」
「ああ。ひょっとしたら『縁結びの神様』――だったら苦労はしないもんだ。何にせよ、そろそろ協力者が欲しいところだね」
☆
「おい、『しずか』。ちゃんと美味いもん食えよ。変なもん食うんじゃねえぞ」
ライダー『
ジャック・ザ・リッパー』の開口一番の発言がこれである。
切り裂きジャックとして名を馳せている彼から、奇妙に優しく聞こえる内容を言われるのに、マスターの『
久世しずか』も不思議だった。
変な話、この切り裂きジャック――妖怪の『鎌鼬』はグルメだった。
彼の経験曰く「美味い飯(メシ)食った人間は美味くなる」とのこと。
最悪な空気と不味い飯を食って生きたイギリスの人間は、糞不味かったと云う。
一度しずかは「じゃあ私を食べるつもりなの」と尋ねたが
鎌鼬は「餓鬼は食わねえよ、味が熟成してねえんだから」「人間は成長が遅せぇんだからバカスカ食ったら減ってくだけだろ」と
変に常識あって律儀で、ちゃんと美味いと彼が定めた成人女性しか狙っていなかった。
血塗れの口元で、血塗れの服を着ておいて。
あまりにも不釣り合いな常識性を鎌鼬から学んでいるしずかは、相対的にまともな返答をした。
「普通のご飯、食べてるよ。給食は食べられないけど」
相変わらず小学校ではいじめられているので、まともな給食は一度も食べてない。
それを聞いて鎌鼬は眉をひそめる。
「給食ぅ? 食えねぇからって『紙』食ってねぇだろーなぁ」
「『紙』? 『紙』は食べ物じゃないよ」
「最近『紙』食ってる馬鹿がいんだよ。『紙』食ってるせいかしらねぇが、変な味しやがるしよぉ」
「……大丈夫。『紙』は食べないよ」
そんな当たり前の話をしながら、しずかは明日から聖杯戦争の本戦と――ゴールデンウイークが始まる事を思い出す。
学校に行く必要がない。
でも、どうすればいいのだろう。
しずかは鎌鼬に尋ねた。
「ライダー。明日からどうしよう。聖杯戦争の本戦が始まるって」
「あー。そぉ~だなぁ、どうっすかぁ」
肝心の鎌鼬も何も考えてなかった。
しかしどうしてか、以前宇宙人や同級生と共に居た時よりも、しずかは安心していた。
☆
「本気(マジ)ですか」
『本気(マジ)だって。ねえ、このやり取り何回目?』
「や、やめましょうよ……」
『やめた方がヤバイよね。この流れも何回目?』
「ですよね……」
明日からゴールデンウイークだ!と世間、一般が賑わい浮かれる中。
一人だけ血相を青くする少女『
吉田優子』あるいは『シャミ子』と渾名がある彼女は、ある事件の記事や報道に目が行ってしまった。
他にも英霊の仕業と思しき事件が多くある中、何故それに注目してしまったのか。
彼女が召喚したアサシン『
バネ足ジャック』の影響は少なからずあっただろう。
二十三区連続通り魔。
深夜の犯行。
成人女性ばかり狙い『切り裂きジャック』の犯行を模倣していると報道された殺人事件。
これが現実であれば完全な模倣犯とスルーされるが、英霊が召喚される聖杯戦争が裏で行われてるここでは、
ほぼほぼ本物の『切り裂きジャック』が召喚されたと睨むべきだろう。
故に――何故かバネ足ジャックは燃え滾っていた。
切り裂きジャックをぶちのめす千載一遇のチャンス。
観戦側からすれば『バネ足ジャック』VS『切り裂きジャック』という夢の対決は手に汗握るだろうし。
ハリウッド映画で実写映画化されてそうなタイトルコールである。
が、当事者のシャミ子は冗談ではなかった。
愉快なバネ足ジャックはともかく、ガチの殺人鬼相手をするなんて、そりゃ躊躇しない方が感覚が狂っている。
……まあ、それでもシャミ子は往かなければならないとは心の中で思っていた。
放置すれば被害者は増え続けるばかりだ。
「でも夜に行くのはやめませんか?」
『しょーがないよ! 夜にならないと向こうも出て来ないんだからさ!! ほんと不服だけどね!』
やっぱりやめませんか?
本戦開始まで、このやり取りは幾度も続いたという……
☆
『
鹿狩雅孝』あるいは『神狩屋』は酷く後悔していた。
―――『泡』を見た。
それは本体が残した痕跡の様な、断片に過ぎないものだが……神狩屋の中にある『神の悪意』にとって天敵であると、不思議と理解できた。
潜在的な無意識。
だがそれに触れればきっと死が待ち受けると、一種の希望が見いだせた。
されど、彼が手を伸ばした頃には『泡』は文字通り泡(あぶく)の如く消えてしまう。アレの本体はとうに立ち去った後だった。もう残っていない。
ほんの少し、あと一歩踏み出すのが早ければ。
「私としましては、間が悪くて助かった方ですけれど」
彼のサーヴァント・アヴェンジャー『
スキュラ』はそう述べるが、満更でもない様子である。
何故なら、死が見いだせた神狩屋は、変な話、生き生きとしているようだった。死に向かって生き甲斐で煌めくなんて意味不明だが。
神狩屋はもう一つ、スキュラに尋ねる。
「例の、解き放った怪物(スキュラ)も食べられてしまったのだろう?」
「残念ながら。あの『泡』が食らったのか、そこまでは分かりかねますが」
そうかそうかと何故か微笑を浮かべる神狩屋。
普通、驚愕か苦悶を浮かべる場面だというのに、神を食らい天敵など、聖杯を獲得するうえでは警戒するべきなのに。
聖杯戦争へ導かれたのは不本意だが、こうなると参戦して良かったと感謝すら抱けるだろう。
「なら――もう少し強く事を起こしてみようか」
本戦への移行なのだから、当然の行為ではあるが
彼の場合は自らの死を呼び込む為、あるいは神を殺す為だけに物語を刻むのだ。
☆
死神。
心地よい暴走(ユメ)の中にいた『
殺島飛露鬼』の前に、無定形の死神が現れた。
人の身である筈の殺島に、潜在的な恐怖が込み上げたのは、彼が人々に神と崇め讃えられた信仰のせいだとは皮肉なものである。
食われる寸前でアルターエゴ『
アイホート』の宝具で辛うじて逃げる事が叶ったものの。
アイホートの雛に、殺島が集った人間たちの多くが『泡』に啜り飲み込まれた。
全て、彼らが神を信仰したが為に。
何も別に彼の暴走(ユメ)を邪魔するサーヴァント達は他にもいる。
だが……あれは別格だとアイホートが血相変えて、頭を抱えてしまうほどであった。
よりにもよって聖杯戦争の本戦開始が通達された日にである。
「そんなにか、アルターエゴ。ありゃ一体なんだ? 死神じゃなけりゃ始末屋みてぇなもんか」
「はぁ……人である主が知らぬのも当然よ。
妾の宇宙で、神々の間に語り継がれる真実(マジ)の御伽話。
神が表歴史(オモテ)で悪事(ワルサ)かますと――『泡立つ神食い』が来襲(く)る! とな
確かに死神であろう。始末屋とも言えよう……だが! 彼奴が真に恐ろしいのは食った神の信仰を、宗教そのものを全て食らう尽くす事!!」
信仰などが残ればまだ救いがあろうが、全てを食らい尽くされれば、最早人理に刻まれる事もない。
狙われたら最後。
必ず全て食いつくされる。
最早、神であるアイホートも、ある意味では殺島も狙いが定められた訳だが。
煙草をふかしながら、殺島は一つ尋ねる。
「……ちなみによぉ。そいつが『どういう奴』かってのは知ってるか?」
「どういう? 性格のことなら全く知らぬぞ。妾が知る限り彼奴の一族は『ものぐさ』な連中ばかりだが……
妾としては『あんなもの』から『ものぐさ』な輩が産まれるが奇跡と感じるわ」
「へえ。じゃあ……案外『ものぐさ』かもしれねーなぁ」
「はあ? 何をいう! 襲撃(おそわれ)たのを忘れたのか、ヒロキ!!」
「あ~~~分かってるから落ち着けよ!」
ただ、美味そうだと大口開いていた泡が委縮して『君も駄目かぁ』と喋ったのを、殺島は聞いていた。
そりゃ。神々に怖がられ、恨まれ、逃げられるのだ。
きっとアレは――『孤独』なんだろうよと殺島は煙草の煙を吐いた。
☆
拠点にしている廃教会に戻ったバーサーカー『
八岐大蛇』が帰還をし、主へ報告をした。
「暴れまわっとる奴は山ほどおるが、英霊(サーヴァント)とは鉢合わせなかったわ。
昨日一昨日も……強いて見たのは変な『泡』ぐらいや。『アレ』なんやったやろうなぁ。
気色悪い感覚が抜けんわ。まだ酒で酔いつぶれる方がマシや」
異例のマスター『
スカサハ=スカディ』が「そうか」と内容を把握したうえで、もう一つを尋ねる。
「この土地に異常はあったか?」
「ない! ……ゆーても、オレに調査(そないな)能力備わってへんし、間に受けない方がええで。姫さん」
「十分だ」
彼らの目的は無論、聖杯の獲得だ。
そして、異文帯を統べた女神であるスカディの魔力、八岐大蛇の性能。これらはトップクラスに位置するアドバンテージである。
油断しなければ敗北はしない。
……だが。一つ懸念しなければならないのは。
何故、スカサハ=スカディがマスターとしてこの地に降り立つ事が許されたのか?
聖杯戦争を主催した者の気まぐれで拾われたなら、心置きなく戦に身を委ねられるが……そうとは限らない。
一種の奇跡が起きたのだろう。
もし、奇跡が起きたのなら……恐らく、主催者によって引き起こされたのではない。
「やはり『サーヴァント』か」
「姫さん。最初からそう言っとったな。心辺りがあるんか?」
「いや……無意識にそう口にしていた……確証はない」
「ふうん。勘か」
「どうだろうな」
「ホンマに英霊(サーヴァント)の宝具やなんので、姫さんが繋ぎ止められとるなら厄介やなぁ……」
もう春だというのに、雪国のような冷気が籠った風が吹き抜けていく……
☆
英霊は理不尽なものだ。
人々の身勝手な信仰により形取られ、人々の身勝手な風評被害で形を歪められ、誰が望んだ訳でも、誰が願った訳でも。
ましてや、英霊側はそれをどうこう訴える事すら許されない。
これが理不尽でなければなんだという。
実際『無辜の怪物』を押し付けられた英霊も数知れない。
アーチャー『
冬将軍(ジェネラルスノウ)』もそうだった。
彼女に関しては最早、人でも神でも怪物でもなく、酷い話『自然現象の擬人化』という奴である。
そんな希薄な概念故に、姿形も定まっていない。
幼い少女で召喚された彼女も、別の側面では将軍の名に相応しい男で召喚されるだろう。
記憶や自我もない。
一種のシステム的なもので、聖杯戦争の
ルールとマスターを尊重するテンプレート的な動きが基本に近かった。
だが、予選期間でマスター『
綾辻真理奈』と共に行動することで確実に変化が起きている。
冬将軍は中々、強力な能力を備えていた。
たかが『自然現象の擬人化』というが、知名度は他の英霊の比較にならない程である。
ならば優位に勝ち進める……訳ではなかった。
彼女達の致命的な欠点とは『魔力不足』。
真理奈は魔術師だとか特殊能力を持っているとか、そんな裏設定はなく、せいぜい頭脳と演技力が優れた犯罪者。
されど、凍死寸前まで氷橋を作り上げたフィジカルさは伊達じゃない。
いざとなれば、真理奈自身が直接マスターを狙うのも躊躇しなかった。
それほど――彼女の願いと意思は、氷のように固い。
しかし……氷と雪は『炎』で溶ける。
真理奈はニュースで報道されている『連続焼死事件』を目にし、警戒していた。
「この事件……まだ続いているという事は、いつか相手にしないと駄目なのね」
神にとっての天敵。
極道にとっての天敵。
それらのように、彼女たちにとっての天敵がここには居た。
☆
それは今朝のニュース。
何気ない報道の一つだった。
政治関連以外の事件はほとんどがサーヴァントないしマスターが関与するもの。故に自然とそれをチェックするマスターも多い。
『轟炎司』もその一人だった。
【東京二十三区内にて発生している連続焼死事件について、新たな目撃情報がありました】
炎を扱うサーヴァント……これは炎司が召喚したサーヴァント・アヴェンジャー『
ヒノカグツチ』もそうだった。
特段珍しい訳ではない筈だ。
【深夜、犯行現場付近で『青い炎』が見えたという周辺住民の目撃証言が複数――】
それを聞いた炎司の始めの思考は――『まだそうと決まった訳じゃない』だった。
確かに、それだけでは決定打に欠ける。
サーヴァントの能力かもしれない。
あるいはマスターに特殊能力を持った者がいて……
だが普通『ひょっとしたら、そうかもしれない』という可能性をまず考えるべきである。
何故なら――彼は『父親』なのだから。
『息子』の事を想うのが普通だ。
しかし、炎司がここに導かれて、自分の息子がここにいない根拠など、どこにもない筈だった。何故、それを最優先に考慮しないのか。
あげく、アヴェンジャーの少女から切り出す始末だ。
「ほら父親(パパ)。早く迎えに往ってあげないと」
過去は消えない。
過去は追い付く。
☆
【――現場からは以上です。続いて今朝話題のトピックス! 劇場版『プリンセスオールスターズ』で女優の……】
同じニュースを視聴していた『荼毘』は「はあ?」と眉間にしわ寄せた。
件の連続焼死事件――荼毘による犯行ではないのだ。
地獄より蘇り、生粋の悪役(ヴィラン)であり、青き炎を滾らせる彼が「これは僕の犯行じゃありません」と証言して誰が信じるだろうか。
だが、少なくともこの事件において荼毘は冤罪だった。
彼と似たような能力を持つ存在が、よりにもよってマスターを殺害し、話題を引き起こしている。
荼毘にとって不利な状況が生まれていた。
……しかし、だからどうだと。結局のところ荼毘が優先するのは聖杯ではなく、元の世界への帰還である。
なのに肝心な事が触れられていない。
本戦開始の通達には、開始時刻と残存主従数程度の情報しかない。帰還に関する文言は一切ない。
……まさか帰還させるつもりは無いというのか?
であれば溜まったものじゃない。
仕方なく他の主従の情報収集を行っているが――
彼が召喚したアサシン『
サンタ・ムエルテ』が凶行を侵し、確保した隠れ家、半グレの事務所が調達していた麻薬(ヤク)。
ムエルテがちょっと味見した(何勝手にキメてるんだと荼毘は突っ込んだ)二種類ある麻薬の内、
『地獄への回数券』。
極道や半グレなど良くも悪くも『普通の』人間を強化、更には傷も癒えるこの効力。
どうやら――サーヴァントにも通用する。
人間ほど長時間効力は続かず、強化や傷の治癒は人間に使用したソレとは劣るが、それでも便利な回復アイテムになれる。
故に、わざとばら撒いていると分かる。
それを目当てにする主従も少なからずいるだろう……ただ、こんな派手な馬鹿をやれば『普通なら』即座に狙われる。
が……そんな馬鹿をやっておいて、今日まで生き残ったというのは、つまり――面倒な奴だと荼毘は理解できる。
分かったうえで馬鹿をやった。
包囲網を敷かれようとも、圧倒する能力がある。
強者の方針。
「ねえ、坊や。可哀そうな子の噂を聞いたの」
とは言え、ムエルテが囁く内容の通り、他にも暴れ回っている主従もいる。
荼毘が吐き出すように返事をした。
「どうせ、ロクなもんじゃねぇだろ」
「ええ。だから愛してあげたいわ」
東京のどこかで―――残酷で残忍で奇怪で異様で不気味な、生理的嫌悪感(
グロテスク)の物語が語られていた。
☆
『ヘンゼル』が言う。
「どうしよう? 姉様」
「どうしようかしら? 兄様」
鏡合わせのように双子の『グロテスク』が楽し気に語り合う。
「おじさまたちがよく噂してる……極道(きわみ)だったかしら、きっとマスターだわ」
「他にも色々いるよ。炎を操る人に、偶像(アイドル)って歌をうたう人、それから神様に仕える人達が襲われてるみたいだ」
「夜な夜な人を驚かせてる怪人も?」
「サーヴァントだろうね。でも、僕達とは大違いだ」
「女を狙う殺人鬼、これも怪人かしら?」
「怪人ですらないかもしれないね。それこそ僕達と同じ、定まった姿がないかもしれない」
「あら、私達と同じ! 会ってみたいわ」
「そうだね姉様。興味があるよ」
二人も裏に生きる者として様々な噂や情報を仕入れている。
普通に生活している一般人よりも、彼らの方が上回るのは仕方ない事である。
ただ、彼らは聖杯を求めているが、それ以上に命を奪う事を優先する。
沢山殺せば命が増える。
多くを奪えば死ぬことが無い。
これから関わる主従たちとの交戦に期待と夢を膨らませている姿だけは、立派な子供そのものだった。
☆
「襲撃(カチコミ)だぁっ?!」
ある集団が根城にしているビルの一角で男の叫びと共に、彼は瞬く間に吹き飛ばされた。
彼らは半グレでも、ヤクザでもなければ、反社会的組織とは一切関わりなかった元・一般人といったところ。
殺島飛露鬼に声かけられ暴走(ユメ)に身を投じるハグレ者の集団だ。
老若男女、様々な理由で社会や家庭から逃れてきた孤独な彼らを襲ったのは、着物をきた華奢な女性『
鑢七実』。
表情一つ変わらず彼女は、淡々と突き進み尋ねる。
「ここを仕切っている『ゾクガミ』さん……でしたか? 用があるのは彼なので、直ぐに出して頂けると幸いなのですけど」
「だっ、誰が、おま、お前のようなっ……」
普通、こんな貧弱そうな女性相手に複数が寄ってたかって警戒するなんて、普通は異常である。
だが! 小柄の風貌に似合わず、彼女は邪悪が詰まっている。
実際に男一人を吹き飛ばして襲撃(カチコミ)したのだ。
人の皮を被った怪物だと、名状し難い恐怖が彼らの中で渦巻いていた。
戦力にならない者達は奥へと逃げ込む。袋小路になるところだが、彼らには特別な『入り口』が備わっている。
「早く『洞窟』に入れ!」
「アルターエゴの姐さんに頼るんだ!! あの女、普通じゃあねぇっ!!」
「『暴走族神』に喧嘩売った事を後悔させてやる!」
扉を開ける寸前――そこを内側からぶち破る青ざめた馬が現れる。狭い空間だというのに、二頭の青き馬を従えた馬車が押し破る。
繋がっていたであろう『洞窟』が消え去り、大鎌を携えた男が馬車で空間を蹂躙する。
人を形取って潜伏していた『雛』の群れが健気に襲い掛かるも、瞬く間に踏み潰された。
「……逃げ足の早い奴め。ここを切り捨てたか」
痩せこけた男――『ハデス』を羽織るプリテンダーがそう吐き捨てる。
確かに、あそこには『洞窟』に通じていたが、空間を蹂躙するハデスの宝具を感じ取ったのか空間を切り離した。
これでは、いたちごっこが繰り返されるだけだろう。
「ハデスさん」と七実が呼び掛け、何か労いの言葉をかけるかと思えば
「皆、殺してしまっては意味がないじゃないですか。拷問して情報を引き出そうと思ったのに……」
「…………すまない」
☆
法律事務所にある連絡が入った。
以前より難航していた『離婚協議』に進展があった旨である。
ある夫婦が長い事、離婚するかしないかで揉めていた。
妻の方が精神病を患って、幼い娘もいる事で、離婚をしようにも出来ず、
娘も何故か精神病が悪化する妻の方にいると頑なに譲らない状況が続いていたが……妻の方が、精神病の回復傾向に向かいつつあるらしい。
裁判に発展せず、夫婦間で『離婚協議』を穏便に進めると……
そんな好都合な話がある訳がない。
ましてや、精神病を患っている人間が、いとも簡単に……それがありえないと理解している『
ユーリ・ペトロフ』は
妻の在住する地区を確認する。
「やはり『渋谷区』か」
些細な近所トラブルから、賠償が関与する事案まで、最近舞い込んでくる依頼の多くは、
何故か『渋谷区』とその次に『新宿区』『中野区』『目黒区』といった、渋谷区周辺からのものが多い。
ニュースで報道されている事件とは別の角度からユーリは異常を把握していた。
ただこの『雲母坂』夫妻の場合は、精神が悪化したなどトラブルに発展したのではなく。
真逆に精神が回復したという奇妙な異常だった。
何もそれを怪しむ訳ではないが……ユーリは念話でアーチャーの『
ツクヨミ』に指示をする。
『アーチャー。渋谷区に使い魔を向かわせろ。現状は偵察だけでいい』
『いいだろう。動くとしても夜だからな』
『いや……今晩は必ず何か起こる。渋谷区でなくとも事件が起きれば、そちらが優先だ』
報告書をユーリは青き炎で燃やす。
今日まで彼はあくまで罪人へ聖杯が渡らないよう、罪人を裁き、始末してきたが――いよいよそれも限られてくる。
もし、罪なき者が聖杯を手にしようとするなら?
最も、聖杯が穢れなき願望機であるのか?
全ての答えは、その時が訪れなければ明らかにならない――……
☆
「そうか。連絡はつかないか……」
「すみません、極道(きわみ)さん。色々手は尽くしましたが……」
二十三区内を走る車の車内にて二人の男が会話していた。
その一人……『
輝村極道』は一息つく。
様々な事件が報道され、裏にも様々な噂が広まっている。それら全てが全てではないだろうが、確実に聖杯戦争の主従に関するものだ。
双子の殺し屋。人間台風。連絡がつかない半グレの事務所。
路上ライブを行う偶像(アイドル)。女性を狙う連続殺人事件。それとは別の連続焼死事件。
行方不明の重症患者。襲撃される宗教施設。夜な夜な人々を驚かす怪人。
その中でも……ハーメルンの笛吹き男が如く、人々を導き、暴走(ユメ)に走る一人の男。
車を運転する大柄な男・夢澤が、意味深な極道に尋ねる。
「オレも噂に聞いてましたが……彼と知り合いだったんスか?
あの元『暴走師団・聖華団』の初代総長『暴走族神(ゾクガミ)』――殺島飛露鬼と」
「嗚呼。……少し縁があってね」
「でも、調べたところ。今じゃ彼が所属していた組はもぬけの殻っすよ。暴走族って集団にしちゃ色々集まり過ぎですし
……妙な噂を聞きますよ? 変な『蟲』を飼育してるっつー……一体何が起きてるんスか」
「『蟲』ね。やはりキャスターが睨んだ通りだ」
情報から導き出した結論からキャスター『
ヴルトゥーム』曰く、殺島はサーヴァントに操られている可能性が高い、と。
彼が召喚したと思しき『迷路の神』は人の洗脳に長けており、手っ取り早く洗脳した方が相手の都合がいい。
何より、現状でも分かる通り、サーヴァントの方は表に出て来る様子がない。
ヴルトゥームは恐らく、真っ向勝負できる能力はないと推測していた。
逸話からしても、可能性は十分高い。故に――マスターを殺害した方が良い。
そして、車が目的地に到着する。
「着きましたよ、極道さん。しかし、何で急にまた、あのプリ…なんとかの所に?」
「死ぬかもしれんからね~~。景気づけさ!」
「えっ。縁起悪いこと言わないで下さい……」
☆
キャスター『ヴルトゥーム』は惨状に溜息つく。
派手に陣地を破壊され、あるいは自ら破壊した事で、サーヴァント三騎とマスターの始末を終えた昨晩を思い出す。
結局『地獄への回数券』を使って釣られた英霊というのは、正義感あり麻薬を快く思わない善性のもの。
中には、ヴルトゥームの目論見通り、同盟目的で近づいた輩もいたが。
それこそ昨晩片付けた三騎。
頃合いを見て、ヴルトゥームを裏切る計画を裏で密かに話し合っても、それが全て筒抜けだったとは彼らは思わなかったのだろう。
ヴルトゥームの陣地を破壊しようとした一騎を、陣地ごとぶち壊し。
残りの二騎は、どうにか片付けたが、セイバー相手で身体能力を補う為に『奴隷』を消費したのは少々痛手だった。
消耗した矢先、本戦開始が宣言したのは間が悪い。
「しかし、本当に上手く動きませんでしたね」
そう……意外にも『地獄への回数券』を悪用しようとするサーヴァントはごく少数だった。
逆に目の敵にするサーヴァントの方が多かった。
あえて、サーヴァントにも適応できるよう調整したというのに……こればかりは極道の指摘通りに、ヴルトゥームは再度溜息つく。
極道は言った。
英霊を舐めない方がいい。
英霊には確固たる信念がある。
非道な手段を用いる反英霊にすら威厳(プライド)がある。
君の常識は決して、通用しない。と――……
こうなれば手段を変えなければならないが、そんな時に何故か極道から一つの依頼をされた。
彼自身も杞憂かもしれないと付け加えていたが、わざわざ頼んでくるのだから、何かと思えば……『ある少年』の所在だ。
その少年がこの『二十三区』にいるのか、どうか。
不穏要素を潰しておきたい。極道に少年が何者かとヴルトゥームが尋ねれば。
――友だよ。私に特別な何かを感じさせてくれる、特別な男さ
そう語る極道の表情は、彼自身は自覚してないのだろうが、どこか爽やかで清々しい。
心地よさを感じるものだった。
しかし、だ。
「どうしたものですかね」
たかが人間一人の所在を調べるなんてヴルトゥームには造作もなかった。
アッサリと件の少年――『
多仲忍者』が高校生の一人として、この二十三区にいるのを突き詰める事は。
☆
――いったい、どうなってやがる……!?
『多仲忍者』は妙に殺気立っていた。
何故なら、昨今都内を暴れ回って悪事(ワルサ)をかます連中は系統は違くとも、かつて忍者が殺した『殺島飛露鬼』が筆頭になっている。
事情を知ったセイバー『
クトゥグア』は不思議そうに言う。
「シノハがぶっ殺せなかったとかじゃないのか~?」
「間違うかよ。確実にぶっ殺した! つまり、死んだ奴が生き返ってやがる……!!」
忍者はその手で奴の首を飛ばした!
だからこそ、この世界が異常だと理解したのである。
死者までも蘇って、再び悪事をかまして人々の平穏を蹂躙し尽くす……
「しかもあの野郎ォ~~~~、どっかに隠れて関係ねぇガキまで巻き込みやがってよぉ~~~!!」
この間、殺島が率いる集団の根城を潰しに来た忍者だったが、そこには暴走族(ゾク)とは無縁の女、子供までいた。
……だから何か気に食わない。
違和感はあるものの、それでもやっている事は大差ない。
そして、再びぶっ殺す事には変わりないと忍者の意思は固かった。
「セイバー。奴と奴のサーヴァントはぶっ殺すぞ……セイバー?」
突然のことだった。
クトゥグアが忍者の背後にまわって、何かから隠れるような挙動を取る。
普通の夜道で、何ら異常もなかった筈だったが、忍者もクトゥグアが警戒する背後に妙な泡が蠢いているのに悪寒を感じた。
俄かに信じ難いが、それは――サーヴァントだった。
「なん……『ルーラー』……!?」
ステータスからクラス名が分かるのだが、これまでぶっ殺す対象として始末したサーヴァントでも見たこと無いクラス名に忍者は身構える。
一方、クトゥグアは不機嫌な表情で泡を睨む。
「シノハ。よくわかんねーけど、アレやな奴だ!」
「おう、珍しいなセイバー。そんな風に言うなんてよ」
天真爛漫なクトゥグアが嫌悪感を露わにするなんて、本当に今までない事に忍者もそう口にしていた。
だが、それほど驚異的な存在が無定形の泡、なのだろう。
そしたら……どうやって喋っているか定かじゃないが、泡の中から声が聞こえる。
『……なーんだ「クトゥグア」かぁ。じゃあ、もういいや~』
忍者は何故『泡』がクトゥグアの真名を把握していたのか、それを問い詰めようとしたが、その次に泡が口にした内容に動作が停止する。
『君は「多仲忍者」……ははぁ、そっか~「輝村極道」とねー』
「――あ?」
そしたら一瞬にして泡が霧散するように崩れていく。
だが、忍者はそんな事よりも
「おい、テメェ。今『極道』って―――待ちやがれッ!」
泡は心底興味なく、忍者やクトゥグアに対する関心が消え失せたようで、返事すらなく消え去ってしまう。
それでも、奴が口にした名に忍者は動揺していた。
「野郎、極道さんの事を知ってやがった……!? まさか……極道さん」
☆
「えっと~、大体まとめるとー。クトゥルフ君とヴルトゥーム君とクトゥグアにアイホートでしょ~
あと『スカサハ』! ……うーん。でも何か混じってる気がするなぁ。それに『八岐大蛇』君? あの子も駄目そー……
事件起こしてる奴の『ツクヨミ』君も駄目だろーし。あのアイドルの子も僕が駄目そうなら、神と関りあるんだろーなぁ。
そーいや、別のアイドルと一緒にいた……アレ何? よく分かんないなぁ。
トルネンブラちゃん、久々にあったのにビビリ過ぎっしょ! いくら何でもアレは無い無い!!
ワンチャンあるなら『ヒノカグツチ』ちゃん? 僕と『同じ』だしいけそーかもぉ。
あとヒノカグツチちゃんのマスタ~~~の!息子くんが契約してる『ムエルテ』ちゃんはどーだろ?
直接会ってないと駄目かどうかも分からないんだよね~……
えっと~、マキシマ君が調べてた情報を合わせて、何か僕に根持ってる連中の『縁』とか、それ辿って見つけたの含めて~~~
…………あれ、一組まだ見つけてないや」
☆
「たっだいま~」と古本屋に帰って来た紫髪の少女?『ルーラー』は、中で作業をしている『
槙島聖護』を目撃した。
彼はこれまで二十三区内で発生していた事案を分析して、一つの結論を導く。
そうとは知らず、ルーラーは図々しく槙島に突っかかる。
「マキシマ君~。何か変わった事件見つけてるぅ~? あと一組、分からないんだぁ。
僕の情報も教えてあげるから、ちょいと頼むよ~~~」
「……そうだね」
彼が手にしたのは二十三区内で発生した事件。その中でも細かい事案。
未解決かつ不自然な事件。サーヴァントと関連ありそうなものを、まとめたものである。
最も、それらは警察のデータベースをハッキングして入手した資料なのだが……それをルーラーに手渡す前に問う。
「君の目的は達成できたかな」
「……二十三区のラーメン店全制覇は流石に無理ゲーだったよ! 予選期間がもうちょっと長ければいけたんだけどなぁ」
ケロッと誤魔化していたルーラーの態度が一変。
深く呆れながら彼女は聞き返す。
「またまたぁ~変な事言う~~……僕がツァトゥグァじゃないなら、逆に僕は一体なんなのさ?」
「『クグサクサクルス』」
突拍子もなく奇天烈な名前が槙島の口から放たれたが、彼は淡々と続ける。
「少なくとも君の使い魔が『無形の落し子』であるのは確かだ。ならばツァトゥグァに所縁ある神格が想像につくが
その家系の中で、唯一『人に関心がなかった』からこそ『人に関心を抱こうとする』のは
君だろう神食らいの神性――『クグサクサクルス』」
しばし沈黙を保ったルーラーだが、純粋無垢な少女の顔面を卑屈に崩してみせた。
「なんだよォ~~~~つまんねぇなぁ~~~~~~~槙島聖護ぉ! だからテメェ友達できねぇんだよ分かってんのかオイ」
一方の槙島は怯むどころか、至って平静に問う。
「君は人類に価値を見出そうと試みたようだが、その様子では失敗続きだったようだね」
「ちげーよ馬鹿。偉そうに間違ってやんの…………はあ、面倒だ。この口調は。そろそろ飽きた」
ジュワジュワと少女の姿が崩れていく、露わになったのは全くの別人だった。
薄暗い紫のローブを纏った陰湿で、それでいて先程の少女の顔立ちが面影ある中年男性に変貌。
少女の顔といい、このルーラー……否、プリテンダーの姿を見て、ある者はこう言うかもしれない。
スカサハに似ている――と。
そんな姿となり、深い成人男性の声でプリテンダーが語る。
汚物を吐くように辛辣に。
「今日まで散々人類と付き合ったが、まるで話にならんな。心底くだらん。これっぽっちも情が湧かない。
神格の中には人類に情が湧くと聞くから試したが、時間の無駄だった」
とは言え、プリテンダーは一つ答えを得る。
「貴様に召喚され、時間を徒労に消耗した事で人類に期待するだけ無駄と結論に至れただけ良しとしよう。
それで……私の願いか? 大したものではない」
一体何かと期待すれば、案外くだらないものだった。
「孤独は退屈だ。『会話』がしたい。誰かとな。だが人類や獣(けだもの)では駄目だ。神格でなければ駄目だ。
他種族のくだらん信仰のせいでこんな様だ。神格相手に会話は愚か、対等の立場にすら至れない」
「……それでも君と対等になれる友が欲しいと」
「貴様の掲げるナルシシズムの関係性なぞ求めてはない。会話ができれば十分だ。それすら叶わないのだからな」
プリテンダーは鼻で笑う。たとえば――
槙島聖護と狡噛慎也。
胡蝶しのぶと童磨。
エンデヴァーと荼毘。
多仲忍者と輝村極道。
それらの関係を全てひっくるめて『悪趣味で下劣でどうでもいい』と嘲笑した。
そんなものが欲しい訳ではない。
運命が欲しい訳ではない。
ただ、そう、孤独は退屈だから付き合ってくれる相手であれば、どんな奴だろうがいいのだ。
プリテンダーの返事を聞いて、槙島聖護は最後のピースを手渡した。
☆
二十三区某所にて、ある変死体が発見された。
被害者の死因は大量出血死……大量の血を抜かれた有り様は、まるで吸血鬼に襲われたかのような。
そんな状態だったという。
現在まで目撃情報を求めているが、未だ解決の糸口を掴めず。
都内で活気づいている極道や半グレ、暴走族などの対応に追われている為、捜査は難航している状況だ。
「予選通過~!」
一人の少女が愉快そうに駆けていた。
これでも彼女は人間としては終わっていた。仲良くなりたい人や、好きな人になりたくって血を吸う、吸血鬼のような悪役(ヴィラン)。
破綻者である彼女にも聖杯を獲得する権利があるなんて、末期にもほどがある。
だが、恐らく、聖杯戦争を開催した存在は破綻者だろうが悪役(ヴィラン)だろうが吸血鬼だろうが、どうでもいいのだ。
ただ――少女にマスターの適正があり、サーヴァントを召喚する権利があれば。
他のマスターたちと同じく、どうでもいい訳だ。
そんな少女が召喚したバーサーカーは霊体化したまま彼女にベラベラと語りに語る。
『議論と討議だけが取り柄の俺に遅れ取った散った幾人の英霊は互いに示し合わせたような蛮族共の烏合の衆に過ぎない。
嘆かわしい事実だが、二十二組の内、無為に生き残った者もいるであろう。俺のように知的に立ち回った者もいるであろう』
「トドメ刺したりしてたのは私ですケド……」
『この先、現れる知的強者は打ち負かしてやろう。回数券という不燃ゴミを撒き散らす条例違反者を出し抜く程度は造作もない』
「そうでした、これ。一応これ貰っておきましたけど、使うのは控えた方がいいですよね……」
『資源ゴミを誤飲するよりチューインガムを口に含んだ方がマシだ。経済社会に貢献する』
「……この社会に貢献したくありません」
彼女が殺害したマスターが所持していた『地獄への回数券』。
回収はしたけど、使用していない。
いや、彼女の場合は使用せずとも、相応の身体能力を兼ね備えていた。だから現時点では使う必要はない訳である。
一応、これもサーヴァントが作った異物な訳で、興味本位に使っていい代物じゃない。
「あとは――」少女はスマホのSNSで流れる情報を大雑把に見ていく。
「麻薬作ってる人、双子ちゃん、指名手配になってる人、えーと、ゾク……ガミ?って読むんでしょうか
……あ。バーサーカーくん。この『青い炎』って、もしかしたら――」
「ちょっと、君!」
少女の脇を通り過ぎようとした警官が声をかけたのに、彼女は相手の様子を伺ったが。
向こうは普通に巡回していた普通の警官に過ぎず、少女へこう告げた。
「近頃、物騒だから早く帰りなさい。一人だと襲われやすいから、何かあったら直ぐ助けを呼ぶんだよ」
なんて普通な言葉をかけられたものだから、少女――『
トガヒミコ』はヴィランの笑みで答えた。
「ご親切に、どうもありがとうございますぅ」
☆
「確かギリシア神話に登場する非難と皮肉の神……イソップ寓話では最高神ゼウスを避難し、オリュンポスから追放されたとの逸話が残されている」
「この程度の縁では所在が掴めても能力などは分からん。何とも言えんな」
「だが―――ある意味、君が望む『対話』を武器にする神格だ。可能性はあると思わないかい」
「安直な運命だの可能性や希望などほざくな下等種族が。そう簡単に居れば苦労はしない」
☆
いよいよ本戦が開始する間際。
マスターたちの脳裏に通達とは異なる妙な映像が走った。
夢か? 否、夢ではない。
そこに登場した胸元が開けた黒のドレスシャツとパンツをはいて、独特なファーストールを纏った短髪黒髪に赤眼の青年は、
如何にも胡散臭い雰囲気で挨拶をする。
――やあ、マスター諸君。実はキミたちに一つ伝え忘れた事があってね。これはこちら側の不手際だ。ホントウに申し訳ない。
――……ああ、オレかい? しがない使い魔みたいなものさ。普段はパティシエをやっているんだが……
――おっと。話が逸れてしまった。これから伝えるのは、キミたちの帰還の事だ。
――勝手に連れ去られて不服なのは重々承知しているとも。だから、ちゃんと帰還する保証もある。
――ただし。帰還できるのは『聖杯を手にしたマスター』だけ。つまり、最後まで生き残ったマスターだ。
――シンプルで分かりやすいだろう?
――そろそろ時間だ。
――では、良い終末を
映像はそこで終わった。
どうしてこうも時間がかかっちまうんだか……『今回』は何年かかったか数えてない位だぜ?
まぁ、いい。
オレが為すべき事は一つだけさ。
待っててくれよ『俺の救世主(メシア)』。
決めようか。何方(どちら)が生存(いき)るか、死滅(くたば)るか!!!
最終更新:2023年02月11日 16:44