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安易に許す事は、傲慢にも似ている

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安易に許す事は、傲慢にも似ている ◆/Vb0OgMDJY氏


B-5エリアの西部に存在する、そこそこ大き目の量販店、その一階に存在する、大手チェーンのハンバーガーショップ。
本来ならば、清清しいというべき朝において、その場所には爽やかさとは無縁の空気が満ちている。
幾つかのテーブルを合わせ、何枚かのトレーが置かれた、あきらかに複数人の人間が使用している筈の場所。
だがその場所に、居るのはたったの二人。

一人は、既に食事を終えたのか、何枚かの紙に何事かを書きつけている、長い紫の髪の少女。
いや、外見的には幼女と呼んでも差し支えないだろう、着慣れた印象を受ける、薄手の服を纏っている。
そしてもう一人は、上半身が裸で、何箇所かに巻かれた包帯の痛々しい男。
自らの肉体の治療と、少女との会話を続けながらも、黙々と食事を口に運び続けている。

アル・アジフと、吾妻玲二。

数十分前に、紆余曲折を経て共に行動する事になった、五人の男女達。
その内の二人が、こうして向き合い、会話を行なっている。
主な議題は、今後の行動についてだ。

この島の状況は、かなり煮詰まっていると言える。
少し前に行なわれた放送によれば、既に生き残りの参加者は、16人しか居ない。
そして、この場にいる5人という人数はその三分の一にあたる。
仮に戦闘になったとしても、数の上で不利に立たされる可能性は少なく、また他の参加者達の状況も、お互いの持つ情報を交換すれば、概ね明らかとなる。

「二時間後にB-7地点の駅が禁止エリアになる予定となると……少し困るのう」

アルが、地図を眺めながら一人語散る。
正午に行なわれる筈の、第6回放送。
その時間に、二人の人間――クリス・ヴェルティンと玖珂なつき――との待ち合わせの場所であるツインタワーはA-8。
その場所の最寄り駅たるB-7駅が使用不能となると、自然とクリスらとの合流が難しくなる。
もし、クリスらが電車を用いて正午にツインタワーに至る予定を立てていたとしたら、それは不可能となるからだ。
かつて確認した限りでは、電車によって移動する場合、最も遠いB-7からF-2まででおおよそ15分。
電車自体の頻度は20分に一本程度な上に、到着した後にB-7エリアから出ることを考えると、最低でも1時間前位までにはどこかの駅に着く位でなければ、電車を利用しようとは思えない。
少なくとも、アルがクリス達の立場ならば、それくらいの余裕が必要と考える。
放送から禁止エリア指定までの時間が2時間なので、1時間で何処かの駅まで移動できる距離にいなければ、正午の合流は不可能となる。

「クリス達がツインタワーに向かっていたとして、放送を聞いてどう動くかはわからん」

ただ、これはあくまで電車で移動する、と仮定した場合だ。
予定ならクリス達は島の中央方面に向かって移動している筈。
ならば、直接ツインタワー方向に移動する予定であった、という可能性も、有る。
いや、そうでなくとも、島の中心付近からならば、6時間あればツインタワーまでたどり着くことも不可能ではないのだが……

「どう転ぶか判らぬ以上、悪い状況も考えておくべきだの」

そもそもだ、アル達も本来の予定ならば今頃は教会付近にいる筈であったのに、結果的にはこのB-5にいる。
アル達は元々ツインタワーの近辺を通過するルートであったので、予定が狂ったと言っても合流自体はそれほど問題は無い。
だが、クリス達がそうだとは限らない。
そして、何よりも、

「……藤乃静留が死んだ…となるとのう」

玖珂なつきの探し人たる、藤乃静留の死。
この要素は、果たしてどのように影響してくるのか。
流石に、自暴自棄になった挙句クリスを殺害する、などという事は無いとは思うのだが……それでも何も無い、と考えるのは無理がある。
よしんば何も無かったとして、だ。
今の放送で告げられた、アル達の同行者であった『菊地真』の死。
クリス達がそれをどのように受け取るだろうか?
何かしらのトラブルがあった、とまでは考えるだろうが、そこからどのような行動を取るのかまでは想像もつかない。

「クリス達が妾たちとの合流を最優先に考えたとして、考えられる可能性は、2つかの」

集合予定のツインタワーに移動するか、
それとも、桂達に直接会う為に、別れた当初のアル達の目的地である、教会の方向に向かうか、だ。
ただ、これはあくまで合流を最優先とするなら、という話。
禁止エリアに、藤乃静留と菊池真の死。
これらの要因から考えると、二つに一つの確率に賭けて、ツインタワーでクリス達を待ったとして、無駄に時間を浪費するだけという可能性すら、あり得る。

「…………」

興味無さそうに、玲二は黙々とハンバーガーを口にする。
応急手当てを行なったとは言え、血も肉も圧倒的に足りていないのだ。
手っ取り早くエネルギーを補給するには、兎に角食べる事だ。

とはいえ、玲二自身とて、その情報に興味が無いという事は、無い。
正確に言えば、その二人にはさほど興味は無いが、彼らが合流することで、必然的に新しい情報が手に入るのだから、合流することと自体に、異論は無い。
ただ、積極的に行なうだけの価値があるのかまでは、判断しきれないだけだ。

何しろ、確実な危険人物は、もうほとんど存在していない。
否、アルと玲二の知る中で、確実に危険なのは、ただ一人。
今この場には居ないが、彼らの同行者である『羽藤桂』の血縁、『羽藤柚明』のみ。

ドクター・ウェスト』と『大十字九郎』、『玖珂なつき』は、アルと同行者である『杉浦碧』のよく知る人物であり、またこの島においても、その安全性は確認されている。
『クリス・ヴェルティン』に『来ヶ谷唯湖』は、碧と桂たちが直接出会い、その安全性は確認されている。
もう一人、碧が安全性を主張する少女、『山辺美希』については、玲二が撃たれたという事実はあるものの、玲二自身が危険な存在であった以上、危険と考えるには弱い。

そして、ここにいる人間とは直接面識は無い人物においても、危険なのはただ一人。
玖珂なつきによれば、その危険性を隠し他者と接触する、『源千華留』という少女のみ。
残りの『ファルシータ・フォーセット』と『アントニーナ・アントノーブナ・ニキーチナ』、『高槻やよい』は恐らくは安全な人間だとの証言もある。

「参考にしか、ならないな」

そのアルの纏めた情報に対する、玲二の言葉は、あまり関心が込められていない。
そもそもだ、この情報の大本に成った紙が作成された時点では、羽藤柚明は、安全な筈の人物であった。
危険人物に欄に記されていた吾妻玲二はこの場に居るし、同じく同行者たる『深優・グリーア』とて、その時は十二分に危険人物であった筈だ。
いつ何が移り変わるか判った物ではないのだから、参考程度にしか、ならない。

とは言え、だ。
参考にしかならないとは言っても、五人、という彼らの優位性が崩れたわけではない。
そう、崩れた訳ではない、のだが。

「……やはり、二手に別れる、しか無いかの」

その状況を、自ら崩す、しか無いのかもしれない。
そもそもだ、この場でこうして留まっているのには、理由がある。
主催者側の存在ではあるが、決して忠実な僕、という訳でも無い存在、『炎凪』を呼び寄せるという目的がある。
そして、戦闘になるという可能性が十二分に考えられる以上、戦力の分散が愚行であるが為、こうして一箇所に留まっているのだ。
だが、放送からもうじき一時間が経過しようというのに、この場に現れるような兆しは無い。
このままでは、この付近で五人で固まり続けても、無駄足になる可能性がある。

そうなると、大人数で一箇所を捜索するよりも、何組か…人数的に考えるなら二組程度に分かれて、捜索した方が効率は良い。
それならばクリス達がツインタワーか教会のどちらかに向かうにせよ対応出来る。
また、ある程度の戦力がそろったのだから、首輪を解除しうる能力を持つというウェストの捜索も行いたい所である。
更に、彼らの持ち物の中には携帯電話が複数個あるので、分かれた所で合流も容易い。
加えて、西へ向かったと思われる羽藤柚明の説得も、行いたいところではある。
そして、何よりも、だ。

「そうだな」

今、この場に二人しか居ない原因。
吾妻玲二と、羽藤桂との不仲を考えれば、とても共に行動など考えられない。

「…………ふぅ」

短い溜息を吐きながら、アルは先ほどの口論の原因になった物。
すなわち、玲二より渡された、あるデイパックの中身を探り始める。
携帯電話が二台に、デジタルカメラ、黒い何者かの腕などの入ったそれは、

(わたしの、携帯電話)
(鈴ちゃんを、殺した人)
(それに、これ……トルタさんと、恭介さんの…………持ち物)

一時期とはいえ、アルと桂の仲間であった、『棗恭介』と『トルティニタ・フィーネ
僅かに会話しただけの間柄であるが、恭介の妹、『棗鈴』とその仲間であった『桂言葉』、『藤林杏』らの持ち物。
玲二が殺した何人もの相手、その死体より奪い取った、品々。
そして、その事実を知り、口論の末、桂はこの場から逃げるように立ち去った。
その後を碧と、本人の希望により深優が追いかけ、今この場に二人しか居ない現状に至る、という訳だ。

「あんまり、いじめてやるでない」

荷物を確認する傍ら、アルは玲二に苦言を述べる。
もっとも、玲二からすれば、世間知らずの小娘の癇癪など、どうでもいい出来事でしかない。
故に、アルの苦言に、デイパックの中身のうち、武器以外で唯一渡さなかった、オルゴールを玩ぶ事で返す。
アルとしても、その反応は予想していたので、荷物に視線を戻す。
そして、幾つかの道具を手に取り、記憶と照合しながら、時たま玲二に質問し、重要そうなものとそれ以外とを仕分ける。

「親しい知り合いの死。
 仲良くなった相手を殺した相手との出会い。
 ……処理仕切れんのも無理は無いがのう……」

今までならば、桂に何かがあれば、アルが諭していた。
だが、今回に限っては、それらは碧と深優に任せて、この場で玲二との情報交換を続けている。

「そう思うなら、慰めてやったらどうだ?」
「……最初に、深優の申し出を受けたのはあやつだ。
 少なくとも、汝の正体に、人殺しという事象に思い至る程度のヒントはあった。
 深優とやらの言葉で、その辺りの事情はすっかり飛んでいたようだがの」

そう、知らぬ事とは言え、深優を、彼女の仲間であった玲二を、受け入れると選択したのは、他ならぬ桂自身。
その選択が、間違いであったとは言わない。
だが、彼女の行動は、余りにも短慮であったと言えるだろう。

「……なら、適当に説得してみてくれないか?」
「取り繕うのは、簡単。
 桂はあの気性だからの、言いくるめるのはさほど難しい事でもない」

玲二の、あまり真剣でもない言葉に、アルは返す。
そう、確かに、アルや玲二からすれば小娘に過ぎない桂を、言葉巧みに誤魔化す程度の事は、簡単だ。

「……されど、それでは意味が無い」

荷物を仕分ける手を止め、アルが呟く。
そう、それでは、意味が無い。
浅間サクヤ』や、『若杉葛』などの死、羽藤柚明の決意などは、桂に対して『諭す』という形になった。
それは、桂という少女が、生きる上で必要な行為だから。
放っておけば何処までも沈んで行きかねない彼女の意思を、引き上げる行為。

だが、それに対して今は、桂の意思は玲二に対する拒絶、へと向かっている。
その状況を無理に諭したところで、しこりが残ることは避け得ない。
桂自身がその答えを出す、それ以外に方法など無い。
そうしなければ、いずれまた彼女は同じ事を繰り返す事になるだろう。
あくまで玲二を拒絶するにせよ、己の中で何らかの折り合いを付けるにせよ、桂自身が答えを出すしか無い。

「……そういうお前は、いいのか?」
「妾とて見た目どおりの小娘という訳では無い。
 過去歴代のマスター達…その中にも汝の様な男も居ない訳ではなかったわ」

史上最強の魔道書として、数多の人間を目にして来た。
数多の魔性を、滅ぼして来た。
数多の主を、目の前で失って来た。
人の世にて禁忌の存在として語られるように、彼女の手は……
いや、彼女を構成するページの一枚一枚が、血で記されていると言っても過言ではない程に、多くの死を見てきた。

アル・アジフ自身には、吾妻玲二を責める気は無い。
……責める、権利も無い。

「…………ところで…どうだ?」

そのアルの言葉に僅かに沈黙した後、玲二は本題へと話を逸らす。
彼とて、何も思うべき事が無い、という訳では無いのだから。

「ふむ、妾とてすべてを把握していたわけではないが…」

まず、恭介がティトゥスから入手していた筈の首輪が無い。
重要な代物なので、何処かに置き忘れる、とは考えにくい。
何かに使用した、という事であろうか?

荷物の中でも一際目立つ何者かの腕は、恭介が持っていたそうだが、アルには見覚えなど無い。
どこかで手に入れたものか、それとも元々の支給品か。
ただ、アルの見た限りでは、この腕は相当の力を秘めている。
詳しくは判らないが、恐らくはある種の『呪い』
使い道があるかは不明だが、無視するには強すぎる物。
玲二にすれば無用の長物以外の何者でもないので、一応、とアルが貰い受ける。

大量にある野球道具などは、それほど重要な物とは思えないので片端からデイパックに戻す。
捨ててしまっても良いのだが、持っていてもあまり変わらないので保留という訳だ。

おにぎりも、やはり意味の無い物だろう。
口論になる直前に、『わたしはご飯の方がいいなー』とか言っていた桂が2つ、玲二が3つ消費したので、残りは25個となっていたが。

見覚えのある四角い箱の中には、大量のコイン。
何枚あるのか数える気にもならないが、記憶の中の量よりは、明らかに多い。
今後カジノに行く機会があるかは不明だが、全くの不要物という訳では無いだろう。

「後は……これは何であろう?」

プラスチック製の、小さな平べったい筒。
何かの電子部品のようにも見えるが……

「それは、USBメモリーだな」
「む」

USBメモリー、棗恭介が重視していた、カジノの景品。
中にどのようなデータが込められているか不明であるが、重要と目される品。

「…既に、手に入れておったのか……」

パソコンが無ければ意味の無い代物とはいえ、あるのと無いのとでは大違いだ。
デジタルカメラと共に、重要な役割を果たしてくれるやもしれない。

そうして、今すぐには使用しない大半の道具を仕舞い終わった頃。
二台ある携帯電話を並べつつ、何枚かある紙を纏めて手に取る。
大き目の紙に記されたカジノの見取り図は、既にそれほど役には立たない。
何枚か纏まっている、恭介の手製と思しき機械に関するメモは、アルは少し眼を通しただけで、そのまま玲二に手渡そうとする。
読んでも、対して理解出来ない代物なのだから……と手を差し出しながら最期の一枚を何とは無しに眺めたアルの、動きが止まる。
その停止に、玲二からの視線が注がれるが、それに対してアルは反応出来無い。

「何……なのだ? これは?」

その声にあるのは理解出来ない故の疑問ではなく。      
一部ではあるが、理解出来る、が故の疑問。
刑務所に置かれていた、業務日誌の最終ページ、そのコピー。
玲二がその最期を看取った大事な相手『キャル』が、気まぐれで放り込んでいた、1ページ。

「『ヨグ・ソートス』……『門』……だ……と?
 馬鹿な! 仮に此度の殺し合いを儀式を見立てたところで到底『足りぬ』!
 いやそもそも足りる足りないという概念の話では……
 いや、だがこの記述は……どういう意味だ? このような複雑な『陣』など……
 妾の知らぬ魔術形態……『聖杯』?  『媛星』……とは?」

最強の魔道書、『ネクロノミコン』たる彼女だからこそ、断片的にも理解出来てしまう、事柄。




くぅ、と、お腹が泣いた。
時計を見ると、もうすぐ朝の7時。
普段なら、朝ごはんを食べている時間帯。
食べかけのおにぎりが少し恋しくなる。

「…………」

どんなに悲しくても、お腹は空く。
でも、このおにぎりを食べよう、という気にならない。
ふと、カバンの中に入れたままのパンの事を思い出したけど、何となく悔しいから我慢した。

「烏月……さん」

考え出したら、自然とその名前が浮かぶ。
あの夏の日。
思い返せば、あの経見塚で初めて出会った人。
とても格好良い、憧れに近い感情を抱いていた人。

……そして、この島で、わたしの為に、人を殺そうとした人。
そんな事、わたしは望んでなんか居ない。
わたしは烏月さんに戦ってほしい、とも思っていない。
ただ、
ただ、生きて、会いたかった。

「烏月さんの……馬鹿……」

鼻の奥に、ツーンという感触が走る。
死んじゃったら、お腹が空く事も無い。
つやつやと輝いているほかほかのご飯も、
出汁の風味とお味噌の香りが食欲をそそる温かいお味噌汁も、味わうことは出来ない。
お塩の効いたお魚だって食べられないし、お茶を飲んで幸せに浸る事も出来ない。

……死、という事、それ自体はどうしようも無い事だってくらい、わたしにだってとっくに判ってる。
でも、それはあくまで寿命とかそういう話であって、殺す事なんて、ダメに決まってる。
わたしの為だとしても、他の人を殺す事なんて、間違っている。
殺して欲しくなんて、無かった。

そして、何よりも…………死んで欲しくなんて、無かった。

「うづきさんの……ばか……」

ただ、元気で、居て欲しかった。
もう一度、会いたかったのに。
もう、会うことは、出来ない。

喉が、苦しい。
自然と、眼から涙が零れそうになる。
誰もいないのだから、思いっきり、泣いてしまいたい。
と、その時、

「ここに、居たのですか」
「深優さん……」

小さな足音と共に、静かな声がした。




涼やかな声の主、深優がその場所に現れたのは、無論偶然ではない。
先ほどの口論の末に走り去った、桂を捜しての事。
幾ら玲二の事を拒絶したとて、建物の中から出ることはあるまい、と判断し、婦人服売りの片隅にて見つけたという訳だ。

「玲二の事を、許せませんか?」
「…………うん」

体育座りしていた桂の横に、同じように腰掛けた深優の問いかけに、桂は首肯を返す。
それは、考えるまでも無い事。
涙の跡は残っているが、すでに桂は泣き止み、断固とした口調で答える。

「そうですか」

深優は語調を変える事無く、続ける。
その答えは、予想されたものなのだから。

「……私も、人を殺しました」

ややあって放たれた深優の言葉に、ビクッ、と身体を震わせる。
桂とて、理解はしていた。
深優の手は、決して清いものではない事くらいは。

「直接この手にかけたのは一人。
 私が原因で死んだ人は……二人。
 身を守る為にという事もありましたが、少なくとも一度は自分の目的の為に人を殺しました」

正直に告げる必要は無い筈だが、それでも深優は全てを告げる。
隠そう、という考えは、浮かんでこなかった。

「で、でも、今、深優さんはちゃんとその事を反省して……」
「それは、どうでしょうか」

躊躇いがちに放たれた桂の言葉に答える、深優の返答は、硬い。

「私は、確かにアリッサ様の存在を穢した、この殺しあいの……バトル・ロワイアルの主催者達と敵対する道を選びました。
 双七さんの想いに、答えたいと思うという言葉は本心ですし、彼らに踊らされていた自らの過去を、悔やむ気持ちもあります。
 ……ですが、私が殺した人の事を、そう、ウィンフィールドと言う人。 アルさんの知り合いである彼を殺した事に、罪の意識を抱いているのか、わかりません。
 双七さんや、他にも何人かの相手を騙していた事についても、すまないという気持ちこそあれ、その事が間違いであったとは、考えていません」 

静かに。
抑揚の無い口調で、そう告げる。
自らの辿っていた道が、決して正しい物では無い事は、理解していると。
そう、述べながらも、それが間違いであったとは言わない。
アリッサの真実に気付かなければ。
あるいは、あのアリッサが本物であったとしたならば。

「私は、己の目的の為に殺し合いを肯定した事、それを、完全に否定出来ません」

深優は、未だに桂達と敵対していたと、そう……確信している。
それこそが、深優という少女の、存在理由なのだから。

「そんな!」

答える桂の声の響きは、悲鳴のそれに近い。

「そんなの、間違ってる!
 人を殺して、良い筈、無いよ!」

桂は、深優の事は嫌いでは無い。
元より、羽藤桂という少女は、誰かの事を本気で嫌いになれるような少女では無い。
それ故に、桂は叫ぶ、深優の事を嫌いになりたく無いが故に。

「……人を殺すのは、間違いでは……罪ではありません、少なくとも、この島においては」

だが、深優の声は変わらない。
それどころか、更に桂を追い詰めるような事柄を述べてくる。

「罪とは、法が定める物、
 元よりこの島には法など存在しないのですから、罪というものも存在しません」
「え?で、でも…………」

冷静に、冷徹に告げる深優に対して、桂は意味のある答えを返すことが出来ない。
だが、しかし、それも仕方の無いことだ。
この島を支配する法は、人を殺す事。
殺して、
殺して、
最後に、一人生き残る事。
玲二も深優も、その法には少しも反していないのだから、理によって責める事など、誰にも出来はしない。

「私のことを、私達の事を、理解してほしいとは思いません。
 そう…………許しも、請いません」

誰にも、責める事など、出来ない。
だが、それは同時に、誰も許す事が出来ないという事だ。
そして、深優も玲二も、安易な許しなど、望んではいない。
許されて良い事では、無い、と理解している。
…………だが

「ただ、私たちには、目的がある」

そう、だが、
ならば何故、深優は、ここに居るのか。
理が全てならば、彼女の、玲二の現状は、明らかに誤りと言える。

「その、譲れない物の為に私たちは人を殺し、今また主催者と争おうと考えています」

それは、そのような、法などとは関係の無い事柄。
深優も玲二も、いや、この島において誰かの為に戦うと決めた皆が、等しく抱いていた感情。
最期の一人が残る殺し合いという法の支配において、支配に従いながらも、抗った道。

「納得、出来ないですか」
「…………うん」

……理解は、出来る。
だが、納得出来は出来ない。
納得しては、いけない事柄。
それなのに、桂は、少しではあるが、納得してしまいそうに、なる。

「そうですね、では言い換えましょう」

それは、深優にも、判っている。
他者を、理解しようと、受け入れようとする事が、羽藤桂という少女の本質であると、おぼろげにであるが感じているが故に。
だからこそ、
次の言葉を、あえて告げた。

「私は、ユメイさんに、おそらく憎しみを抱いて居ます」
「……え?」

それは、桂にとっては、予想だにしていなかった言葉。

「先ほど埋葬を手伝って頂いた彼……九鬼耀鋼を殺したのは彼女です。
 桂さんは、ユメイさんを説得したいと言いました。
 ですが、私は多分、……彼女を、許せない」

深優の言葉には、確かな矛盾が含まれている。
九鬼は、深優にとっては敵でしか無かった相手だ。
九鬼耀鋼は、深優を殺す為に接触し、深優もまた、彼の事を敵とし、殺すことを忌避などはしていなかった。
共に居た時間といえば、彼と戦っていた数十分の間だけ。
彼の事もよく知らないし、彼が望むかも分からない。
ただ……
ただ……恐らく、
深優は、ユメイに、憎しみを、抱いている。
既にこの世の人では無いが、恐らく、衛宮士郎にも、同じような感覚を抱いた……抱いていた、という事実を、自覚する。
何故かなど判らない。
そもそもだ、深優は玲二の狙撃を止めなかった。
それが九鬼の死という事象に至る原因の一つである以上、逆恨みと言っても良い。
だが、それでも、納得出来るものでは無いのだ。

「……ユメイさんの事を、我慢するから、わたしにも我慢しろって、……そう言いたいの?」
「いえ」

しばらくの沈黙の後に放たれた桂の言葉に対して、深優は否定を返す。
そんな、簡単な構図では、無い。

「私には、答えはわかりません。
 ただ、私が欲しいのは、そのような言葉ではありません」

これは、理性でなく、感情の問題なのだから。
確たる答えなど、出せるはずもないのだから。

「貴女が、何を思うのか、それは私には判らない」

そして、深優と桂とでは、同じ答えには、ならない。
彼女らの立ち位置は、根本の部分で、異なるのだから。

「ただ、貴女が玲二の行いを許せないというのならば、
 私の事も、許してはいけません。
 ユメイさんの行いも、烏月さんの行いも、許しては、いけないのだと、そう、思うのです」

それは、ある意味ではもっとも厳しい言葉かもしれない。
許せないという事は、許すという事よりも、辛い事なのだから。
ただ、深優が、桂に対して、告げなければならない、事柄は、
真に、告げるべき言葉は、恐らくここにある。

恐らく、桂は、最期には玲二の事を……許容出来てしまう。
あらゆる理を無視し……受け入れ、包み込む。
そして、それを、他者にも、その当人にすら、許容させてしまう……深優が、そうであるように。
それが、羽藤桂という少女の、本当の魅力。
だが、それでは、ダメなのだ。

そこに、最低限の理がなければ、最期に、それまでの全てが無駄になる。
そう、恐らく、彼女は、その全てを失う事に、なる。


234:Symphonic rain 投下順 235:安易に許す事は、傲慢にも似ている(後編)
時系列順
229:反逆の狼煙、そして受け継がれる遺志 深優・グリーア
吾妻玲二
杉浦碧
羽藤桂
アル・アジフ


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