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ネクロマンティック・フィードバック  ◆EAUCq9p8Q.



◇◇◇


  数秒のうちに、すべての喧騒は消え去った。
  ころころという虫の声が聞こえてくる。吹き抜ける風は冷たく、空は墨を落としたように真っ黒で。
  すべてが小梅たちがようやくあの凄惨たる遊園地からの脱出に成功したことを教えてくれた。

「終わ……った?」

  ほっと胸をなでおろし、そしてようやく、小梅の体が死の恐怖を思い出したように震えだした。
  水に濡れた寒さもそうだが、ジェノサイドの超軌道戦闘にしがみつき続けていた疲れも酷い。
  正直、限界もいいところだった。あと数分も戦闘が続いていれば、小梅は嵐に巻き上げられるように吹き飛ばされてオトモダチ同様微塵切りになっていたことだろう。

「良かった、バーサーカーさん……!」

  だが、安息もつかの間のものとばかりに、実体化したままのジェノサイドが小梅に向き合い、切り出した。

「……コウメ、聞け」

  ジェノサイドは、既に感覚的に理解していた。
  『どうしようもないもの』が傷ついた。それは、きっとどうしようもないことだ。
  たとえ令呪が残っていたとしても、こればかりは修復も効かない。
  理解し、納得した。だからジェノサイドは受け入れ、こう告げた。

「もうじき消えるんだろうな、俺は」

  アリスとの戦闘の傷は浅くない。特にあの、『死なばもろとも』による包囲爆撃は堪えた。
  令呪三画の補助でほんの少し体を修復しエンジンを掛け直し、捕食で見た目は綺麗になったとは言え、付け焼き刃もいいところだ。
  霊格の修復までは届かず、ジェノサイドのタイムリミットは少し伸びただけ。
  本来ならばあの場でアリスを殺しきっておきたかったが、結果として逃してしまったのも『決定的な部分』の傷の深さ故だ。。
  あとほんのすこし、余力が足りなかった。忌々しいことに。

「手を見せてみろ」
「う、うん……」

  差し出された手に、隻眼のドクロとそれを取り巻く鎖めいたエンブレムはもう無い。
  虎の子の令呪もすべて失い、一般人の小梅の魔力ではこの先いくらも現界は出来ないだろう。
  物語の終わりは、既に手の届くところまで来ていた。

「終わりだな」
「……」
「分かるか? もうお前はマスターじゃねェ。だから……アァ……下らねえことやらずに、とっとと帰れ」

  言葉はうまく紡げない。
  少女を優しく諭すための言葉なんて、死んでも……いや、死んでからだって持ち合わせていない。
  それでも、自身の名を呼び、自身の存在を思い出させてくれた少女のために、慣れない言葉を選んで告げる。

「分かったろ。サーヴァントなんて、碌な奴がいねえンだ。これ以上深入りすれば、死ぬのは嬢、お前の方だ」
「でも、それじゃあ、ジェノサイドさんは……」
「いいさ。俺は……せめて、俺がジェノサイドってことを覚えていけるなら。だから……」

  本心だった。失って死んでいくのではなく、思い出し、忘れず、その名を呼びながら消えていける。
  失うことしか出来ない死体にしては、十分すぎる結末だ。
  だからもう、聖杯戦争やクソッタレなサーヴァントに関わるな。そう口にしようとして、小梅の言葉に遮られる。

「わ、私は」

  ジェノサイドが別れを切り出すより速く、小梅が語りだす。
  それは、『聖杯戦争』からは随分ズレた、それでも白坂小梅という少女にとっては重要な言葉。

「私は、聖杯戦争なんていいから……ジェノサイドさんと、もっと、一緒にいたい……
 もっと、色んな所に出かけたり、お話したり……出来るなら、また二人で、映画を見たり……
 サーヴァントじゃなくても、戦ったりはしなくても……それだけで、いいから……」

  願いと呼ぶにはあまりにもささやかで。
  それでも、白坂小梅という少女にとってはきっと世界で一番大きな夢。
  『理解』と『共有』。
  幼い日に、親から押し付けられた『異常』という枷。
  白坂小梅はずっと自分が異常ではないと肯定してくれる誰かの存在を願っていた。
  生者にも、死者にも出来ないその肯定をくれたのが他ならぬジェノサイドであった。
  見えないものの存在を肯定してくれ。見えないものが見えていることを肯定してくれ。そしてそれを世界に対して共有してくれた。
  白坂小梅という少女の存在を、友人たちとはまた別の形で肯定してくれた。
  こんな限られた舞台の上ではあるが『異常ではない』と証明して見せてくれた。
  ジェノサイドが居てくれる、ただそれだけで小梅はずっと救われた気持ちだった。

  だから、もう少しだけ。
  我儘かもしれないけれど、もう少しだけ。
  終わるとしてももう少しだけ、息継ぎをすれば消えてしまいそうなこの瞬間を、二人で過ごしていたかった。
  マスターとサーヴァントじゃなくたってかまわない。
  一人の友人として、一人の友人の隣で、彼が消える時まで一緒にいたい。
  小梅の願いは、もう、それだけだった。

「だから、終わりなんて言わないで……一緒に、帰ろう?」
「……」

  少女とズンビーの間に、聖杯戦争は必要ない。
  二人が出会った時点で既に二人の願いは叶っていたようなものだから。
  それを確かめあうように、小梅はそっと、手を差し伸ばした。
  日常を捨てざるを得なかったズンビーと、再び日常に帰るために。

「……コウメ、俺は―――」

  ジェノサイドが思いを口にするのを遮るように、突然響いた足音。コンクリートに響くヒールの音。
  小梅の言葉もジェノサイドの言葉も続かず。少女の夢は脆くも、夢として消え失せる。

「ああ、良かった」

  小梅でも、ジェノサイドでも、当然アリスでもない声。しかし聞き覚えのある声。
  この戦争は物語ではない。
  この戦争は映画ではない。
  悪を挫き、消滅の淵からの再起と再会に涙しようとエンドロールは流れない。
  激戦を生き抜き、泣きながら生還しようとも、エンドマークは刻まれない。
  激戦が終わったならば、始まるのだ。

「また取りこぼしてしまったのかと思いました」

  激戦が。
  更なる激戦が。
  絶滅まで続く。
  絶滅を告げる角笛が高らかに吹き上げられる。
  満を持して現れた演者は一人、戦いの熱冷め遣らぬ舞台に上がり、拳を握り音を奏でる。
  風に吹かれ翻る若草のマント、月に照らされ怪しく光る飴色のブローチ、ふわりと波打つ金の髪。そして血を吸ったように赤い薔薇。

「―――行け、コウメ」

  演者の名は、森の音楽家クラムベリー
  小梅もジェノサイドもよく知る、『怪物』だ。
  森の音楽家クラムベリー相手では、ジェノサイドは一方的に嬲られるだけだということを小梅も理解している。
  これから先の結末を知り、襲い来るであろう理不尽な未来を知り。
  それでも少女の背を押す力は、ニンジャという超越的存在の拳から放たれたにしてはあまりにも弱く、どこまでも優しかった。

「……でも、でも……」
「でもじゃねェ」

  一言で切り捨てる。のっぴきならない状況、言葉を探している猶予もない。
  なおも縋ろうとする小梅に手を突きつけ、ジェノサイドは振り向かぬままに言葉を捧げる。

「コウメ」
「……」
「これで終わりじゃない。いつかまた、俺はお前の名を呼びに帰ってくる。
 だから、いつかまた会うために、振り向かずに走れ」

  小梅の言わんとしたことを理解してか、無意識か。ジェノサイドはそう口にする。
  色気のない言葉だ。だが、二人にとっては有り余るほどの思いが込められた言葉だ。
  小梅は涙を拭き、突き出された手を握って「……約束、だよ」と小さく言う。ジェノサイドはただ、口元を歪めて笑うだけだった。
  そして、別れは済んだとばかりに、クラムベリーに向かいなおす。

「随分準備がいいじゃねえか。俺達のケツを追っかけてやがったか」
「いえ、人と会って話をした帰りに偶然貴方の姿が目に入ったので」
「そうかよ」

  息抜きがてら程度で殺しに来る目の前の存在に、つくづく呆れ、そして反吐が出る。
  そうだ、こいつもだ。ジェノサイドのニューロンに鮮烈に刻まれている記憶が、アリスと同じ結論を下す。
  戦闘狂いの快楽主義者。強いジツを持ちながらも暴力で相手を屈服させることと自身の優位を拳で示すことに固執する精神異常者。
  チェーンソーの男もそう、アリスもそう、クラムベリーもそう。サーヴァントってのはどいつもこいつも、ニンジャめいた異常者ばかり。
  迎え撃つのは本家本元正真正銘のニンジャ・ジェノサイド
  ニンジャがニンジャと出会った時、何が始まるのか。

「さあ、まだ戦えますよね。不死のゾンビと名乗っていたのですから」
「……勿論だ。てめェだけは見つけ出してサシミにすると決めていた。俺が消える、その前に」
「おや、随分嫌われたものですね」
「テメエは殺す! 俺の名を呼んだアイツを殺す!!! コウメをだ!! コウメを殺す!!
 戦えねえ奴を戦いに巻き込んで、勝手に殺して、そうやって生きてきた!! 自分の欲望を満たすためだけにだ!!!」

  手に持ったバズソーがギャリギャリ音を立てて回転を始める。
  闘争の火蓋を切り落とす刃が小学校の舗装道路を、レンガの花壇を、校舎の壁を削りながら走り出す。

「ドーモ、クラムベリー=サン!! 俺はジェノサイド!!!
 てめェだけはブッ殺してやる、他の誰でもねェ、俺が!!!」
「どうも、ジェノサイドさん。私は森の音楽家クラムベリー
 さあ、共に奏でましょう、絶滅に至る狂想曲を」

  わかりやすいじゃないか。ニンジャは戦うのだ。
  善いニンジャも悪いニンジャも区別なく。偽りだらけのその生命が燃え尽きる、その瞬間まで。

「イヤァァァァ―――――――――ッ!!!!」

  闇夜に響く絶叫は一人分。それ以外の音はもう必要ない。
  その声を背に、小さな少女は走り出した。振り向かず、まっすぐ、ただまっすぐに。未来に向かって。


◆◆◆◆◆◆◆


  蹴りを放てば飛び避けられ。
  拳を放てば回って避けられ。
  まるで踊るように、軽やかに立ち回るクラムベリーは、実際ジェノサイドの天敵といえた。
  更に霊格への損傷もじわじわと傷口を広げていく。
  バズソーをぶん回すカラテは、幾ばくかを残すばかりの寿命を無慈悲にすり減らし、物語は最悪の結末へとひた走っていた。
  時間稼ぎにもならないこの状況に、怒りを通り越して笑いすら出る。
  だが、まだ終わらない。まだ終われない。
  まだ早すぎる。もっと、もっと、戦い続け。可能ならばこの場で殺す。木っ端微塵に切り刻む。
  だが、思いだけではどうにもならない壁は、たしかに存在する。

「……やはり、貴方に期待する部分は、もう何もありません。
 せめて最期は楽しく行きましょう」

  無数に奏でられる音の中で、たしかに聞こえた声。
  アリスから奪い取った魔力を絞り尽くす勢いで挑むジェノサイドも、クラムベリーにとっては鼻先を掠めるハエ程度の存在らしい。

「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」得意のバズソーは空を切る。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」波打つ鎖を足場に舞い上がり。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」空振ったネクロカラテは地を砕く。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」夕方のような遊びも見られず、指先ひとつも傷を付けられない。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」それでも、攻めて、攻めて、攻め続ける。
「イヤァァァァ――――――ッ!!!!」ただ、逃げる少女を守るためだけに。ゼツメツしか出来ないニンジャが、生前から幾度か、守るためにまた刃を振るう。

  音の鉄槌がジェノサイドの横腹を殴り、合わせるように繰り返される音、音、音の嵐。
  まだ早い。まだ、まだ。
  崩れ落ちそうな体を引きずり、クラムベリーに引き込まれるように、まるでステップを踏むように戦う。
  月下で踊るように、二体の怪物が斬り合い、殴り合う。
  ようやくポップス一曲分ほどの時間が経った頃、英霊の舞闘もついに終わりを迎えた。

「『内部破壊音(スフォルツァンド)』」

  優しく触れる女の手。流し込まれる美しいメロディ。
  絶滅を告げる喇叭の音。
  世界が、揺れた。

  まるで、皮膚の下をミキサーでかき混ぜられるかのような痛み。
  腐乱した身体の奥、不死の核たるゼツメツ・ニンジャのニンジャソウルが直接傷つけられ、ずたずたに引き裂かれる。
  不死の存在に、ついに決壊が訪れる。
  消滅。
  サーヴァントにとってあまりにも絶大にして絶対であるその二文字が脳裏を掠めた。
  遅れて背中の腐肉が爆裂し、すぐに訪れるであろう終末の時を決定づけた。
  少女と過ごしていたかもしれない余命は、ここに無残に散った。

  だが、ニンジャソウルの決定的損壊を受けてもなおジェノサイドは倒れない。
  食いしばった歯は既に全て砕け散った。足の先は既に敗北を認め魔力粒子へと変化を開始しているが、それでも、不死のズンビーはまだ戦うことを辞めない。
  なぜなら、笑っていやがるからだ。
  憎たらしい稀代の悪女が、俺を殺した愉悦とさらなる闘争への期待で笑っていやがるからだ。
  まだだ、これでもまだ死ぬには早すぎる。自身に残された、ズンビーとして生きた時間の数百・数千分・数万分の一の時間に賭け、ジェノサイドはその手を伸ばす。

  クラムベリーの顔色が変わる。
  勝利の余韻に酔いしれる顔ではない。
  不思議な顔だった。
  何故、そのまま消滅するはずの木偶が、赤子のような力で自身の手を握りしめるのか、理解が出来ない、そういう顔だった。

*1

  殺すこと叶わず。
  だが、ただでは死なない。
  奪っていく。森の音楽家の持つ優位を。一つの『戦争』の証を絶滅させる。
  小梅の未来を苛むであろう脅威を、その手で殺す。この俺が。

「何を……」

  ジェノサイドが残すのは敗北を知らせる言葉。
  英霊という存在には程遠い、あまりにもありきたりな、ニンジャの辞世の句。
  それでも、きっとその声が。
  別れの言葉が、遠く、遠く、無事であることを願う彼女に届くように。
  すべての魔力を込めて叫ぶ。
  おのがうちのニンジャソウルすらガソリンとして燃やし、口の先から衝撃を放つ。


「サヨナラアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ――――――――――ッッッ!!!!!」


  常人ならば肺が潰れ、臓腑を吐き散らしてもなお出せぬ程の咆哮。
  内蔵を絞り尽くすようなズンビーのネクロシャウトに、『壊れた幻想』にも近い、宝具すら糧にした魔力爆発を乗せて放った大音声。
  空気を震わせ建物を揺らし、ガラスや街灯を割り地を裂くほどの、最早兵器と呼ぶに近い別れの言葉。
  哀れニンジャは爆発四散。
  あとに残るは、霊格を失い宙に漂う魔力の粒子と、耳から血を流し蹲る勝者のみ。



【バーサーカー(ジェノサイド) 消滅】




「……あー、キーンときた」

  想像を絶するほどの咆哮に、直線距離で100mは離れていたにも関わらずその余波を受け、江ノ島盾子はそうつぶやいた。
  イタチの最後っ屁と言うべきか。
  少なくとも、普通の人間が間近で聞けば死ぬ程の声。放屁にしては臭すぎるか。

「いやあ、泣かせるねえ! 他人の自己犠牲ってどうしてこんなに見てて涙がでるんざんしょ!」

  少女はハンカチを取り出し、わざとらしく泣いてみせ、鼻をかんでハンカチを丸めて捨てる。
  関わったものたちの真剣さを考えれば、あまりにもふざけた振る舞いだったが、少女はそんなこと気にしては居ない。
  バーサーカーの決死線は無駄ではなかった。
  アリスという脅威を切り捨て、クラムベリーの凶手を退け、無事小梅を守りきった。
  そして、アリスもクラムベリーも、おいそれと小梅を襲えぬように傷跡を残した。
  ただ、彼が予見できなかったのは絶望的なまでの不条理。
  彼が決死の思いで撃退したそのサーヴァントたち以外にも『無力な者』を狙う者たちがその場に居た、ということだ。
  そして、いつの時代だって、死んでいる人間よりも生きている人間のほうが恐ろしい。そんな単純なことを見落としてしまったのだ。

  森の音楽家クラムベリーとの会談を終えた化物は、監視カメラでその一部始終を見ていた。
  自身の描いた未来予想図の、その全貌を。特等席で。

「そう。逃げられたなら、素敵な話。希望いっぱいの物語」

  幕は下ろされない。
  下ろすわけがない。
  今回のグランギニョルの裏ですべての糸を引いた彼女が、それを望むはずがない。
  少女は。
  江ノ島盾子は。
  超高校級の絶望は。
  小梅に対して気まぐれに、アリスと、森の音楽家クラムベリーと、その他大勢の『敵』を差し向けた最大の巨悪は。
  今なお愉悦で頬を歪めている。

「でも、本当にそれでよかったの?」
「お友達だなんて言いながら、自分の理想に合わない相手は切り捨てて。
 自分は友達を利用して、捨て駒にして。のうのうと生き延びて。
 小梅ちゃんの言う『友情』ってのは随分自分本意なんだねえ。
 私様が思うに小梅ちゃん。自分のために友情を振りかざした人間は、友情に呪われるべきだよ」

  きっかけなんてどうでもいい。絶望とはそういうものなのだから。
  余韻も、空気も、友情も、愛も、残された意志も、繋いだ思いも、そんなものすべて関係ない。

「―――だから今回は」

  だから江ノ島盾子は。
  超高校級の絶望は。

「そんな白坂小梅さんのために」

  甘く。

「スペシャルな!」

  甘く。

「オシオキを!!」

  甘く。

「用意しました!!!」

  スイッチを押した。







         『   G A M E O V E R   』







        『   シラサカさんのだつらくがきまりました   』







            『   おしおきをかいしします   』






        『  超少女級のオカルトマニア・白坂小梅のおしおき  』







          『  ◆ネクロマンティック・フィードバック◆  』











  ジェノサイドの声が聞こえた気がした。
  その瞬間に、つながっていたはずの『なにか』が消えるのを確かに感じた。
  それでも、振り向かずに走り続ける。ただ、ジェノサイドとの最後の約束を守るために。
  友を見捨ててしまった罪悪感に心をへし折られそうになりながら、それでも駆けたのは、ジェノサイドの優しさを無駄にしないためだ。
  小梅が居座っていたとして、そこに死体が横たわっていただけだ。
  今から小梅が帰ったとして、何も出来ずに蹂躙されるだけだ。
  だから小梅は、ジェノサイドに背を向けて、涙を流しながらもひたすらに走った。

白坂小梅が逃げたぞ!!!!』

  突如空気を揺らしたのは、機械で増幅された女性の声だった。
  丁度小梅が逃げてきた小学校の方から突然名前が呼ばれ、ぎょっと見上げる。
  声の主に覚えはない。だが、小学校に誰かが居たのは確実だった。
  何故ならアリスが教えてくれたからだ。『エノシマジュンコ』という諸星きらりの所在をしっているらしい少女が居るのだと。

『回り込め、商店街の方に向かうはずだ!!!!』

  自身の向かう先を言い当てられ、再び心臓が握りつぶされるような感覚に陥った。
  ひとまず商店街近くの自身の住居に戻って朝を待とうと思っていたのだが、それは既に見透かされていたらしい。
  追っ手が来る。アリスや、オトモダチや、クラムベリーのような『怪物』たちが追ってくる。
  姿の見えぬ追跡者の足音が聞こえた気がして、跳ねるように走り出す。今までよりもずっと速く。少しでも声の主から離れられるように。

  生まれてから今日まで、『見える』というのは白坂小梅にとって普通であった。
  それが普通だったからこそ、白坂小梅は非凡であり、ほんとうの意味で打ち解けられる人物との出会いは希少であった。
  いつだって『見えて』しまっていた。
  白坂小梅アリスの『オトモダチ』が最初から見えていた。
  白坂小梅は突然現れたジェノサイドに対してなんら疑問を抱かなかった。
  白坂小梅は『あの子』とともに、アイドルになるまでも楽しく過ごしていた。
  そう、日常的に見えてしまっていた。だから、分からない。見えてしまうから分からないのだ。

「お嬢ちゃん、どうしたの? ずぶ濡れじゃないか」

  声を掛けられて跳ね上がり、呼びかける声を背に受けながら別の進路に切り替える。
  他のマスターが一目見れば「警官のNPC」だと理解できるそのNPCから少しでも距離を取ろうとして、あがった息と早鐘を打つ心臓に更に鞭を打って走り出す。
  すれ違うすべてのNPCから距離を取りながら、少しでも人気のない道を通り、希望を目指して逃げ続ける。

  白坂小梅には分からない。
  眼の前に居る人物が生きている人間か、NPCか、それとも放送の主が送り込んだ『怪物』なのかが分からない。
  今までの彼女ならばそれでもいいとマイペースに歩いていただろうが、スイッチは押されてしまった。
  狙われているという事実。アリスとの交戦。ジェノサイドの消滅。すべてが彼女の思考から余裕を根こそぎ奪い去った。
  すべての死者との思い出の反動が、白坂小梅を逆に縛り上げ、その自由を奪っていく。
  見回せば、生き物全てが敵に見える。周囲にはもう絶望しか無い。
  信じられるもののない絶対的な孤立だけが、白坂小梅の現在だった。
  白坂小梅は存在するかも分からない敵に怯えながら、ただひたすらに、まだ見えない希望に向けて走り続けた。

  人気のない道を走りながら電話を鳴らす。防水加工の携帯端末はちゃんと動作してくれていたが、それでも相手は出てくれない。
  高町なのはも。雪崎絵理も。聖杯戦争のマスターである二人には結局繋がらなかった。
  それでも足を止めず、ただひたすら、走って、走って、走り続けた。
  信じられる場所を探し、信じられる人に会うために。
  いつかまた、ジェノサイドと再会し、名を呼んでもらうために。

  小梅にとっての希望。
  ジェノサイドの消えた今、頼れるものは少ない。
  そんな小梅にも、この怪物ばかりの舞台の上で、絶対に敵ではないと言える心当たりが……いや、心の支えがあった。
  彼女たちが味方であるということは、きっと事実だとわかっているから。
  聖杯戦争が始まるずっと前、NPCとしてのんびり過ごしていた頃から一緒に居た記憶がある。
  毎日学校で会っていたし、毎日他愛もないおしゃべりをした。
  二人との生活を思い返せば、濡れ鼠な体にも熱が湧いてきた。
  吹けば消えてしまいそうな小さな火は、それでもまだ、小梅を照らし返してくれている。
  小梅はただひたすらに、その小さな火に向かって走り続けた。

  人目につかぬよう小道を走り、見覚えのある道をどんどん進む。
  息はとっくにあがっていたけど、それでもなんとか、立ち止まらず、振り返らずに走り続ける。
  彼女たちに会えれば、きっとまだ走り続けられる。
  ずっと一緒に培ってきた信頼が、小梅にまた走る力をくれる。
  そうして、商店街に向かっているだろう敵の手をすり抜けて。
  二人に少しの間だけのお別れを言って。
  そして小梅はまた走る。走っていく。ジェノサイドと出会ういつかに向かって。

  階段を登り、部屋番号を確認して、ドアを開け―――


◆◆◆













「これは悪い夢だ」




  小さな声で誰かが呟いた。誰だったかは分からない。
  でも、その一言で世界は崩れてしまった。














◆◆◆


「間違っていたんだ!」

  叫び声で目を覚ます。
  いつかの日、いつかの朝。歯車の狂い始めた時。
  見覚えのある男性が、見覚えのある女性につばを飛ばしながら叫んでいる。

「最初から狂っていたんだ!世界が歪んでしまっていた!僕達の価値観が底の底からおかしかった!
 見てみろ!この世界は僕らを笑っている!ずっと、ずっとだ!出口のない迷路で迷う様子を見ながら笑っていたんだ!
 やり直すんだ!もう僕達には未来を選ぶ道は残っていない!」

  酒に溺れた男はわけの分からないことをまくし立てながら酒の入ったコップを投げつけた。
  身をすくめた少女の随分向こうの壁にコップがぶつかり、音を立てて割れてしまった。
  少女の体にこびりついたアルコールの匂いが、鼻の奥で思い出された。
  その間も、男は意味の通っていない言葉を口にし続けている。あの頃のように。

  単純な罵り合いもあの頃の少女にとっては難しい言葉の羅列で、言葉の意味はわからないけどその奥に潜んでいた感情は理解できた。ぼんやりとそう記憶していた。

「やり直せるのかなんて分からない。それでもやり直すしかない。それがどれだけ私を傷つけるのだとしても!
 さようなら、さようなら、さようなら。体を縛り付ける重力から切り離されて、一人ぼっちの旅に出る。皆前に進むから振り返った先には誰もいない!
 いつか出会える過去をやり直すために、後ろ向きにエンジンを吹きながら私の人生は深く深く沈んでいく!」

  女が頭をおさえてうずくまり、ヒステリックに叫ぶ。耳に刺さるような叫び声だった。
  酔っ払った男が更にまくし立てながら女に近づき、女も掴みかかるような勢いで男に迫って叫ぶ。

「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」
「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」「やり直すんだ!」

  堂々巡りの言い合い。何度も、何度も、繰り返された光景。その一つ。

「やり直すんだ!世界を!」
「やり直すんだ!現在を!」

  酔った男は、小梅の父で。
  叫ぶ女は、小梅の母で。
  うずくまる少女は、白坂小梅で。

  いつからだっただろうか。
  白坂小梅は、現実を否定されていた。
  その光景は、そんな否定の始まりの一ページ。

  古い記憶が、まるで暗い色を伴ってせり上がってくるように、小梅の内側から不快感を伴って湧き上がってくる。
  否定され続けていたころの自分を無理やり引きずり出されたような感覚だ。
  未熟だった頃には目を背けられていたその感覚は、幸せになってしまった小梅の精神には、とても強く、とても重い

  帰りたい。真っ先に思い浮かんだ感情が、それだった。
  帰りたい。ここは白坂小梅の居る場所ではない。ここは既に通り過ぎた場所だ。
  立ち止まらずに駆け抜ける。救われるはずの未来に向けて。

「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」
「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」

  だが、白坂小梅を否定する過去が、まるでスプラッタ映画の怪物のように白坂小梅を追いかける。
  刃物よりも鋭い凶器を振りかざしながら、白坂小梅の背中を追ってくる。
  父母が否定した。医者が否定した。友人が否定した。親族が否定した。
  否定されたすべての過去が、形を持って小梅を飲み込もうとする。
  小梅はただ、願いながら走り続けるしかなかった。

  帰りたい。帰りたい。
  願いが通じたのか、白坂小梅の目の前が突然一気に開けた。
  そこは、小梅の務めるアイドル事務所の、仕事の前に皆が集まってのんびり過ごす一室だ。
  ずっと走っていたはずなのに、実際の小梅はお気に入りのソファーの上で横になっていた。
  見回しても、あの怪物は居ない。
  あるのは色々なアイドルの笑顔で埋め尽くされた写真とか、これからの未来を書き記したスケジュールボードとか、そういうものだけ。
  涙が流れていた。体はびしょ濡れのままだった。
  白坂小梅はきっと、ここに居ていいのだと、ほんわかとした空気が教えてくれているようだった。
  扉を開けて、二人の少女が入ってくる。
  見間違えるはずがない。輿水幸子星輝子だった。

  悪い夢だったんだろうか。
  わからないけれど、それでも、二人を見るだけで心は温まった。
  二人と一緒ならどこまでだって走っていける。

「幸子ちゃん、輝子ちゃん!」

  でも。

「やり直しましょう。結局最初から何一つ上手くいったことなんてない。
 こんなことなら最初からなにもなかったことにしたほうが良かった。
 世界はきっと生まれることを望んでいなかった。だからもう一度帰るんです。あの日見た黄昏の向こうに。ボクたちの居るべき場所に」

  それでも。

「やり直そう。こんな世界はやり直そう。私達の世界に光り輝くものなんてなかった。
 それはきっと私達が生まれるずっと昔に誰かが奪いあげて隠してしまった。蠍の火はもう輝いていない。
 歩き続けるのに疲れてしまうなら、いっそこんなもの、すべてやり直してしまうしかない」

  世界は牙を剥いてきた。
  一瞬で、優しい空気に包まれていた世界が塗り替えられていく。
  壁中に広がるのは無数の目と口。恨むように小梅を見つめ、呪うように否定の言葉を口にする。
  世界で一番大事な二人も、合わせるように口にする。

「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」
「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」

  涙が溢れた。二人の顔でそんなことを言わないでと叫びたかった。
  でも、心の叫びを形にする余裕なんかなくて、小梅は必死に二人を振り払って走り出した。いつかあると夢見た、幸せな未来へ。
  帰りたい。帰りたい。帰りたい。
  どこへ? 分からない。昨日までそこにあったはずの、いつかそこにあるはずの場所へ。
  受け入れてくれた人たちのもとへ。でも、それがどこにある?
  ひょっとしてそれは。
  小梅がただそこにあると思っていただけで。
  最初から存在していなかったのでは。
  考えた瞬間、最後の力が抜け、小梅はもうその場にへたり込むことしかできなかった。

「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」
「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」「やり直すんだ」

  否定。否定。否定。
  取り囲むすべてが、今まで小梅を肯定してくれていたものたちが、これから小梅を肯定してくれるはずのものたちが、白坂小梅を否定する。
  カツンと音が一つ。否定を打ち破るような赤い閃光。
  舞い散る火花を思い出し、ぎゃんぎゃん回る鉄の刃と小梅の背を押してくれた力強い肯定が蘇る。
  そう、きっと彼なら、こんな状況でもぶち壊してくれる。
  止まらないと決めた歩みを止め、振り向かないと決めた心を曲げて振り返ってしまう。
  きっとそこに居てくれるはずの、彼の名を呼んで。

ジェノサイドさん!」


◆◆◆


◆◆◆

◆◆◆
◆◆◆
◆◆◆
◆◆◆
◆◆◆



「あなたの悪い夢も、きっと覚めるよ」

  はっきり聞こえた彼とは別の声。ちょっとだけ現実に戻れそうになる心。

「『死者行軍八房』」

  でも、小梅の心が現実に戻ることはなかった。気がつけば、小梅の胸からは赤く染まった何かが突き出ていた。
  それが日本刀のようだと気づいたときには、白坂小梅の現実はもうすべて終わっていたからだ。


白坂小梅 躯人形化(実質的敗退)】



◆◆◆



☆アサシン

  NPCの少年の首にぶら下がっていた伝言は、参加者の情報だった。
  諸星きらり、双葉杏、白坂小梅、蜂屋あい、木之本桜。短期間によく集めたものだと思う。
  一部の参加者についてはサーヴァントの情報、拠点、今後の行動方針の予想についても書いてあった。
  何を意図したものかは分かる。暇なら殺せと言っているのだろう。
  どれほど信じたものかは分からないが、少なくとも「蜂屋あい」「木之本桜」についてはアサシンの知っているとおりだったし、双葉杏なる少女も索敵の際に見かけたとおりの見た目だった。
  山田なぎさよりも随分そりの合いそうな奴が居たものだと思いながら、貰えるものは貰っておけと情報に目を通す。
  一人だけ、随分わかりやすい標的が居た。
  サーヴァント・バーサーカー、脱落済み。今後の方針、拠点へ帰還。拠点の場所、判明済み。
  特殊技能、心霊関係への知識のみ。身体的に優れた特性なし。
  顔写真付きで誤殺の心配もない。そして、アサシンの知っている情報との食い違いもない。

白坂小梅

  その名を口にする。随分可愛らしい名前だな、と思いながら思考を巡らせる。
  どうやら彼女の友人二人も聖杯戦争の参加者の可能性があるらしい。
  襲いやすさと同じくらいその点も魅力的だった。
  白坂小梅を利用すれば、生存中のマスターを躯人形にできる可能性がある。
  そうすればサーヴァントを芋づる式に引っ張れるかもしれない。悪くない相手だと思えた。
  時間を確認する。山田なぎさと別れてから随分と経つが、もう少しくらい遅れたところでなんら問題ないだろう。

◇◇◇

  教えられた拠点に来てみたが、どうにも様子がおかしい。
  アサシンの鈍い感覚でも分かるくらい、その拠点には魔力が溢れていた。
  部屋全体を包み込むような感じから察するに、キャスターのクラスの陣地が張られていると見てまず間違いないだろう。
  白坂小梅の情報とは随分食い違う。ひょっとして担がれたか。表札に世帯主の名前は入っていない。
  考えられるのは、情報提供元の人物のサーヴァントの陣地である可能性。餌をぶら下げてアサシンをおびき寄せ、自分の陣地に引き込もうという魂胆か。
  どうしたものかとしばし考え、八房を抜き払う。まるでランプの魔人のように、傍に躯人形が現れた。夕方手に入れた壮年の男性、アーチャーだ。
  あまり危険を犯すつもりはないが、来たついでなので躯アーチャーを利用して陣地の効果を探っておく。
  読み通りサーヴァントを囚えるたぐいの陣地ならば、ただの人間と変わらないスペックしか出せないアーチャーでも反応するはず、という見込みだ。
  躯アーチャーが奪われてしまうのは痛手と言えば痛手だが、貰った情報でトントン程度の痛手だ。
  アサシン自身はいつでも離脱できるように、八房の射程内でできるだけ遠く、それも扉の見えない位置に陣取る。
  戦闘に備えてお菓子をひとつまみ。薬が巡って感覚が冴える。
  さあ、鬼が出るか蛇が出るか。

「アーチャー、お願い」

  声に従い、躯アーチャーが扉を開いた。一秒、二秒、三秒。躯アーチャーの姿に変化はない。
  陣地の効果どころか風すら吹いていないという風の立ち姿だ。
  八房で指示を出し、一度陣地に入らせる。離脱防止の魔術はかけられていないようで、出入りは自由だった。
  調度品を持って出ることも可能。家の主は不在で間違いないらしい。
  逆に不気味に感じながらも、屋根を伝って少しずつ陣地の入り口を視界に入れていく。
  瞬間。躯アーチャーの持ち出した調度品に手が置かれた。
  動きを止めて身を隠し、様子を見守る。気配遮断が働いている限り、一方的に見つかることはまずないはずだ。
  手を置いたのは女性だ。それも随分若い。次に見えたのは、肉を持った逆の手。そして流れるような黒髪。その後でようやく顔。

「……え」

  困るから持っていくな、と言っているんだろう。
  なんと伝えるべきか迷うように、難しい顔をして何も言わないアーチャーと見つめ合う女性。
  服装は随分今風だが見間違えるはずがない。彼女はアサシンの姉、アカメだった。
  一瞬だった。
  薬物によってもたらされた超人的な身体能力でまさに瞬き一つの間に距離を詰め、アカメが身構えるよりも速く彼女の利き腕を切り捨てる。
  それから、様々な考察が頭を巡った。アカメが居る理由、陣地と彼女の関係、アカメの立ち位置、他にも幾つか。
  だが、『殺せる瞬間を見逃さない』という暗殺者として培われた技術と、『アカメの隙』という天から降って湧いた好機でそれらは思考の端に追いやられていた。
  アサシンの胸で早鐘を打つ鼓動の理由は、歓喜と興奮、今はもうそれ以外にない。
  完全に虚を突かれたらしいアカメは、目を丸く見開き、大好きな食事も手放して切り落とされた利き腕の肩を抱いていた。

クロメ……? なんで、ここに……」
「当然居るよ。妹だもん」

  アカメが飛び退り、部屋の奥に置いてあった『一撃必殺村雨』を取ろうとする。
  だが、遅い。

「良かった」

  アカメが刀身を見せるより速く、抜きっぱなしの八房がアカメの白い喉に突き刺さる。
  耳障りな音がアカメの口から漏れ、同時に突き破った喉の裏側と口から血が溢れだす。
  空いている手で村雨に伸ばそうとされている手を捕らえ、勢いに任せてアカメを押し倒す。
  抵抗する力は強いが、薬物で向上したアサシンを押し返すほどではない。

「ずっとこうして、あげたかった!」

  刺した八房を抜き、念入りにアカメの首を刎ね飛ばす。たかだかと舞い上がる血しぶきが空間を汚していく。
  二度、三度と地面を跳ねて転がったアカメの首は、壁にぶつかってすぐに止まった。
  体の方はそれでも抗うかのようにしばらく暴れていたが、十秒もしないうちにおとなしくなった。

「おかえり、お姉ちゃん」

  死体の修復は得意だ。首が落ちたくらい、なんてことない。きっと綺麗に縫合できる。
  そうすれば、姉妹ずっと一緒に居られる。いつまでも、いつまでも。もう離れることはない。

「おいアカメ、今の音―――」

  やけにだだっ広くなった空間の向こう側、扉が開かれて数人の影が現れる。
  その光景は、もう、奇跡と呼ぶしか無かった。
  扉を開けたのはウェイブで、その奥に居るのもどれも見知った顔ばかり。
  口からは自然と笑い声が溢れ、体は放たれた矢よりも速く動いた。
  まずウェイブの心臓に深々と八房を突き立てる。奥に居たエスデスの腹を裂く。
  流れるようにセリューを、ボルスを、Dr.スタイリッシュを、ランを殺し、ついでにタツミを殺しておく。

「よかった、丁度足りるね」

  アサシンにとって大切な人と、大切な人にとって大切な人。ちょうど八人。
  八房はきっと、そのために、八つのストックを有していた。血塗れの刀身を抱きしめ、夢のような世界に浸る。
  周囲に転がる死体の数々、もう二度と離れることのない大切な人たち。
  転がっていたアカメの首を抱きかかえる。血を吸った長い髪がべちゃりとスカートに張り付く。
  アカメの長くて綺麗な髪は好きだった。だから血で傷んでしまう前に、髪をちゃんと洗ってあげなければ。
  他の皆も、八房に収納するのは当然として、傷口が目立たないようにちゃんと整えてあげたい。そうだ、生前そのままのボルスを家に返してあげれば彼の妻子も喜ぶだろう。
  素敵な世界が幕を開ける。アサシン―――いや、少女・クロメの人生は、ここからようやく始まる。

「これで皆、ずっと一緒だよ」

  冷たい刃の突き刺さるような感触。体の内側から広がる痛み。
  薬物の中毒症状。この夢をかなえるために払った代償。その痛みすらも誇らしい。
  壁に背を預け、大きく息を吐く。生前から背負い続けた夢という名の重石が、ようやく外れた。
  抱きしめたアカメの頭の感触が、とても心地良い。このまま、ずっと眠っていられるくらいに。

  ……

  一つ。もう一つ。また一つ。
  聞き慣れた足音が幸福の扉を叩くように一定間隔で近づいてくる。
  眠ってしまいそうな中で目を開けば、傍に立っていたのはクロメの大事な人の中の誰でもない。躯アーチャーだった。
  躯アーチャーの目が赤く光る。
  クロメの頭の中を支配していた多幸感が消え、痛みだけが残った。
  周囲には誰もいない。大事に抱きかかえたはずのアカメの首もない。
  走り回って刀を振り回して、死体をいくつも積み上げたにしては綺麗過ぎる部屋の真ん中にアサシンは居た。
  どこかの少女が暮らしていたのだろうか。可愛らしい小物が幾つか置いてある。
  飾られた写真立てには三人の少女が笑顔の花を咲かせていた。

  突然の状況の変化に困惑しながらも、状況を推察する。
  躯アーチャーの今の動き。あれは、アサシンがNPCの少年相手に試した躯アーチャーのスキルだろう。
  催眠状態の相手に何も効果のない催眠術を重ねがけして上書きし、そして何も効果のない催眠術を解除して元の催眠術ごと解く。
  死体が口をきけたならば催眠術も有効利用できたのだろうが、結局できるのはこんな何の役にも立たないと思っていた技だけだとがっかりしたものだ。

「そっか」

  推測が結論を導く。クロメの現実。それは躯アーチャーだ。
  せこせこ走り回って、情報を嗅ぎ回って、ようやく一人を殺せて。でも、得られた死体はほとんどただの人間で。
  今もまた、別の参加者に顎で使われて、一人を殺すために走り回って。
  デコイ程度の扱いで出していた躯アーチャーが居なければここで死ぬまで幸せな夢を見続けることしか出来ない、弱い、弱い、サーヴァント。

「ごめん、ありがとう。このまま催眠をかけておいて」

  躯アーチャーは何も答えない。死人特有の淀んだ瞳で星空の向こう側になにかを探すように虚空を見つめている。
  呆然と立ち尽くし、力を奪われ、夢見るようなその姿。先程までのクロメをそのまま見せられているような、そんな姿。
  ようやく、頭が回りはじめて、冷静さを取り戻した。携帯している袋からお菓子を一掴み取り出し、口にぶち込んで噛み砕き飲み込む。
  幸せの証と思い込もうとした鬱陶しい痛みは消えた。
  残ったのは、苦い、苦い、死よりも苦い、精神を陵辱された不快感。

「そんなに都合よくいかないって……十分分かってたつもりだけどなあ」

  アカメが偶然NPCとして存在していて。
  イェーガーズが奇跡的に全員NPCとして存在していて。
  全員が同じマンションの一室に詰まっていて。
  そしてクロメが彼女たちを殺せて。八房に彼ら彼女らをストックして大団円。いつまでも、いつまでも幸せに暮らせる。
  そんな素敵な物語が、アサシンの人生に一度でもあったか。
  そんな夢物語が、この世界にあると信じていたのか。
  なぜそんな奇跡を信じた。殺すことで生きてきた、世界の過酷さを理解している、アサシンが。

「これは悪い夢だ」

  噛みしめるように、一言呟く。こんな甘美な夢に騙されないように。
  もう二度と、奇跡の幻想に支配されないように。醜悪な姿を晒して死ぬことなど無いように。
  抜き払ったままだった八房を構え直し、躯アーチャーの持ち出した調度品――鏡に映ったクロメ自身を斬る。
  幸せに酔った少女・クロメの幻影は消えた。ここに居るのは影から影へと消えていく暗殺者・アサシンただ一人。

  聞きなれない足音が聞こえてきた。誰かがまた、この世界に惑わされているらしい。
  抜き払ったままの八房を携え歩を進める。
  振り向いた少女は見知った顔。白坂小梅に違いない。


◇◇◇


  『誰かの家に構築された陣地』を後にし、夜の街を駆ける。
  やるべきことは幾つか増えた。

  小学校でアサシンに情報を与えてきた人物の殺害は急務。
  アサシンの姿を見られているのだ。言いふらされる前に始末しておきたい。
  一日でマスター五人の素性を洗い出した情報収集能力を買い手を組むにしても、いつでも殺せるように正体を特定しておく必要はある。

  マンションに陣地を構築している主従の殺害。
  拠点がわかっているならば、ある程度の絞込はできるはずだ。
  陣地が広がるようならばさっさと殺しておきたいものだ。
  幸いにして、拠点の主の特定に使えそうな物も入手できた。置いてあった三人の少女の写真だ。
  白坂小梅を除く二人のうちのどちらかが主なのだとすれば、白坂小梅の躯人形を利用して二人とも殺害すれば話は早い。

  逆に、マンションの陣地を利用するという手もある。
  躯アーチャーにはあの陣地は効果を発揮しない。ならば、あの陣地内で待ちに徹していれば無防備な参加者を強襲しやすくなるだろう。
  とはいえ、マンションの一室のみという狭さとマンションの主と鉢合わせてしまう危険性を考えるとおいそれと使える手ではないが。

  音を操るアーチャーへの対処。
  殺すと見栄を切ったのだ。殺せる準備は必要だろう。
  白坂小梅殺害の罪をアーチャーにかぶせ、マンションの主従をぶつけるというのも手の一つか。

  そしてアサシンのもう一人の目撃者……権田原ジェノサイド太郎の家族の抹殺。
  本人は斬り殺したが、本人の縁者が彼の死を警察に届け出て、アサシンが指名手配を受けるような事態は避けたい。
  ならば一族郎党皆殺しに限る。口封じは得意だし、気配遮断で見つかりにくい。権田原という名字と家族構成を聞いているので目星も付けやすい。
  と言っても、これはもうついでのついでくらいでいいだろう。

  保留にしてきた大道寺知世のこともある。
  放っておいた甘ちゃんマスターのことも気にかかる。
  やるべきことはどんどん増えていく。だが、その分自分の手で掴む勝利も近づいてくる。
  今度はあんな誰かの夢ではなく、自身の手で、自身の夢を掴み取る。

「帰ろっか」

  返事はない。でも、たしかにそこに二人居る。
  夜を駆けるには少々の大所帯。月光を受けて八房が煌めけば、そこにはまた、孤独な少女が一人きり。
  辛くも幻影を斬った少女は、戦果を手に主のもとに帰還する。


【C-3/輿水幸子のマンション付近/一日目 夜】

【アサシン(クロメ)@アカメが斬る!】
[状態]実体化(気配遮断)中、精神不安定、強い不快感
[装備]『死者行軍八房』
[道具]142'sの写真
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
0.幸せな夢に自己嫌悪。
1.戦闘の発生に注意しながら撤退。
2.マスターのもとに帰る。その時のマスターの様子次第で知世を躯人形に。
3.アサシンらしく暗殺といった搦手で攻める。その為にも、骸人形が欲しい。
4.とりあえずおとなしく索敵。使えそうな主従を探す。白坂小梅を利用して……?
5.アーチャー(クラムベリー)は殺したいけど、なにか方法は……
6.小学校の情報提供者の正体を探り、利用するか、始末するか。
[備考]
木之本桜&セイバー(沖田総司)、アーチャー(クラムベリー)、江ノ島盾子&ランサー(姫河小雪)、双葉杏&ランサージバニャン)、高町なのは、蜂屋あい&キャスター(アリス)、大道寺知世、諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)、輿水幸子を確認しました。
 小学校に居た何者か彼女に姿を見られたことを知りました。142'sの写真で白坂小梅の友人二人の姿を知りました。
※八房の骸人形のストックは弐(我望光明白坂小梅)です。
 我望光明の『赤い目の男』スキルの応用により精神支配や幻覚を一時的に無効化できます。
※B-3(廃工場地帯)でアーチャー(森の音楽家クラムベリー)の襲撃を受けたという情報を流すと宣言しました。
 どの程度流すかはその時のアサシンのテンションです。もしかしたらその場しのぎのはったりかもしれません。
※アーチャー(クラムベリー)と情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アーチャー(クラムベリー)と敵対しました。彼女が『油断や慢心から一撃を受ける可能性』と『一撃必殺の宝具ならば簡単に殺せる可能性』を推測しました。
※C-3マンションの一室(幸子の部屋)に特殊な陣地(?)が展開されていることを知りました。





【地域備考】
輿水幸子の部屋はクリエーター(クリシュナ)の手によってほとんどが幻想世界に作り変えられました。
系統としては『認知の浅瀬』に最も近く、侵入者の『認知』によってその性質が確定します。
わかりやすく言えば、ニュートラルな状態から陣地を認識した人物の認識を反映し相手の過去の「一番弱い部分」を陣地に投影し、精神を折りにかかってきます。
それはとても幸せな夢かもしれませんし、とても辛い現実かもしれません。無意識の恐怖かもしれませんし、なんてことのない日常かもしれません。
対魔力あるいは精神耐性で精神ダメージ緩和可能です。サーヴァントでも長時間影響を受ければ再起不能になる反面、人間でも突破可能です。
精神にひとかけらも弱い部分がない人物が踏み込んだ場合、クリシュナの用意した『よくわからない世界』に叩き落されてなんか認識をジャックされます。
精神が存在しないものが踏み込んだ場合、そこはただのカワイイ幸子のマンションの部屋でしかありません。これが先述の『ニュートラルな状態』です。
幸子の部屋の改造完了に伴い陣地は徐々に拡大し、いずれマンションを飲み込み、エリアを飲み込み、舞台すべてを精神世界に塗り替えます。

なお、不用意に踏み込めば当然幸子もこの精神攻撃の対象となります。





  真名を晒すということは、逸話を晒すということだ。
  逸話を晒すということは、すべての過去を曝け出すということだ。
  ジェノサイドは『森の音楽家クラムベリー』という名を聞き、その逸話をおぼろげながらに思い出していた。
  小梅の三つの魔力とアリスのMAGはサーヴァント・ニューロンの奥底から、真っ先にその逸話を掘り起こし、備えさせた。大切な者の身に差し迫る危険を切り抜けるために。
  そして、最期の瞬間に、その逸話に目掛けて『絶滅』を挑んだ。

  アーチャー・森の音楽家クラムベリーの逸話、『森の影に隠れている人物の鼓動すら聞き分ける超聴覚』。
  その超聴覚によって相手の機微を読み取り、相手の居場所を察知。アーチャーの立ち回りの基本とも呼べる武器の一つだった。
  今までもその長所を逆手に取られそうになったことはあっただろう。
  魔王塾主催の催事となれば、森の音楽家クラムベリーの名を聞いて対策を打つ魔法少女も少なくなかったはずだ。
  そんな相手ならばアーチャーも油断はしなかった。
  超聴覚で接近を察知、何か不穏な動きがあると察すれば衝撃音波を壁のように展開して耳を襲う音撃を緩和。
  また、相手がまるで知らぬ相手ならば彼女だって警戒はしただろう。
  決して油断せず、完全勝利を目指して音楽を奏で続けただろう。

  だが、今回は勝手が違った。
  アーチャーは『ジェノサイド』という真名を聞いた。彼の立ち姿を見、拳を交えた。
  そして彼女もまたジェノサイドと同じように、英霊として、相手の真名から逸話のあらましについて当たりをつけていた。
  不用意に近づけば食われるという危険は理解していたし、武器が回って切り裂くだけの単純なバズソーだということも知っていた。
  そして、危険がただそれだけのサーヴァントだと認識していた。ニンジャの見せるカジバヂカラを甘く見た。

  相手のことをよく知っていたからこそ油断し、慢心し、最後の一撃を許した。
  死んだ、殺したと思った敵が、サーヴァントとしての核を打ち砕いたはずの相手が。
  まるで蘇ったように――いや、彼の宣言通り死すら乗り越えた『不死のズンビー』であるように立ちはだかり。
  勝利の余韻に酔う彼女に向けて、当たり前のようにオタッシャシャウトした。

  アーチャーの両耳は、人間の数十倍数百倍の聴覚を持って、地をえぐりガラスを割るほどの魔力の篭った爆音を聞き届けた。
  超聴覚は蹂躙され、脳は魔法少女の顔面パンチの比ではないほどに揺さぶられた。
  あまりの声の大きさに聴覚器官がほどなくして破壊されてしまったのはせめてもの救いだったのか、それとも地獄の幕開けか。

  彼女は、生まれて初めて無音の世界に蹲る。
  吐けるものなどないはずなのに吐瀉を続け、両目からは涙、両耳からは血がとめどなく流れ続ける。
  身体は小刻みに痙攣し、脳は未だに揺れ、意識は混濁したままだ。
  勝者は彼女だ。それは依然変わりない。
  だがその姿は紛れもなく敗者のそれであり、そして同時に、少女のために戦ったズンビーの残した勝利と、『絶滅』の意思を表していた。



【D-2/小学校/1日目 夜】

【アーチャー(森の音楽家クラムベリー)@魔法少女育成計画】
[状態] 魔力消費(小)、意識混濁、両聴覚器官破壊(極大・魔力で治癒中)、聴覚異常(極大)
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: 強者との闘争を求める
0.―――

[備考]
木之本桜&セイバー(沖田総司)、江ノ島盾子、蜂屋あい&キャスター(アリス)、高町なのは、アサシン(クロメ)を確認しました。
フェイト・テスタロッサを見つけてもなのはに連絡するつもりはありません。
※小学校屋上の光の槍(フェイト)を確認しました。
江ノ島盾子・アサシン(クロメ)とそれぞれ情報交換しました。どの程度聞いたのかは後続の書き手の方にお任せします。
※アサシン(クロメ)から暗殺を宣言されました。ちょっとワクワクしています。
※バーサーカー(ジェノサイド)のオタッシャシャウトによって両聴覚器官を破壊されました。
 魔法少女の特性上魔力によって復元可能ですが、ある程度復元するまでほとんどの音を聞き取ることが出来ません。
 また、復元後も昔と同じように音が聞こえるとは限りません。





  頭がずっとぐるぐる回っているみたいだし、胸がずきずきと痛む。
  顔はずっとひきつってるみたいだし、涙まで流れている。
  それはたぶん、生まれて初めてのこと。そんな気がする。

  ほうほうの体で逃げ帰る。
  オトモダチはほぼ全員居なくなり、遊園地は大部分が壊されてしまい、アリス自身も左肩から先が無くなってしまった。
  痛いし、辛いし、悲しいなあ、と思う。

「エノシマジュンコチャン?」

  沈んだ気持ちのまま江ノ島盾子と別れた警備室に帰ってみたが、彼女の姿はなかった。
  代わりに、彼女の身辺警護として置いていった屍鬼が手紙を預かっていた。。
  広げて読んでみる。短く「新しいお友達を連れてきてあげる」と書いてあった。
  なんと江ノ島盾子は少なくなったアリスのオトモダチを増やしてくれるらしい。
  その優しさがとっても嬉しくて、江ノ島盾子のことがまた少しだけ好きになった。

  そう言えば、あの二人と戦う前もそうだった。遊びに行く前に江ノ島盾子が教えてくれたのだ。
  全員連れていかずに、何人かはオトモダチが増えたときのために隠しておくといいよ、と。
  そうした方が、何かあった時に都合がいいから、だって。
  何かあった時というのがわからなかったけど、ひょっとしたらこういう風にアリスのオトモダチの数が減ってしまった時のことだったのかもしれない。
  ずいぶん少なくなってしまったアリスのオトモダチ。でも、ゼロになったわけじゃない。
  江ノ島盾子アリスの知らないことを知っていたし、彼女が言うことにはなんだか信憑性がある気がしたので、ちょっとだけ、オトモダチを隠しておいた。
  おかげで今、随分と救われている。隠していたオトモダチをMAGとして吸収することで、急場は凌げたし、アリスを増やして遊園地の再構築にも取り掛かれた。

  そして江ノ島盾子は、約束の前払いというみたいに、死体を一つ置いていってくれていた。
  魅了魔法(マリンカリン)をかけていたオトモダチの一人を貸していたが、それを殺してくれたのだろう。
  刀で斬り殺された死体をゾンビとして蘇らせて、夜の学校を歩き回る。
  アリスにとっていつもどおりの日常が帰ってくる。
  音が沢山近づいてくる。江ノ島盾子が呼んだ新しいオトモダチに違いない。

  アリスの心にはもう激戦の名残もなく、目の前に広がる楽しいことしか映っていなかった。

◇◇◇  

  ふしぎの国の女王様は、傷ついたけどまだまだ健在。
  だが、しっかりと傷跡は残されている。目を背けているだけで、狂った精神のその奥に、宝物のように仕舞われている。
  絶滅の恐怖。緑色の眼光。恐ろしい顔。殺害予告。
  それは時折顔を出し、吹きすさぶように彼女の精神を支配するだろう。  
  そして彼を思い出すようなものに出会ったならば、確実に想起し、その行動に支障をきたすだろう。
  平常時には行動に支障はない、遺伝子に組み込まれたトラウマ。対ニンジャ時に暴発する爆弾。
  そういった『ニンジャに起因する突発的な精神錯乱』を、とある世界ではこう呼んだ。
  『ニンジャリアリティ・ショック』と。




【キャスター(アリス)@デビルサマナー葛葉ライドウ対コドクノマレビト(及び、アバドン王の一部)】
[状態] 霊体化中、魔力消費(大)、憔悴、陣地によるMAG回復(小)、左肩から先欠損(治癒中)、腹部にダメージ(大)(治癒中)、疑似ニンジャ・リアリティ・ショック(大・軽減中)
[装備] なし
[道具] なし
[思考・状況]
基本行動方針: オトモダチを探す
0.MAGが足りない、遊園地も寂しくなった。辛い。
1.あいが来るまで少しお休み。エノシマジュンコチャンの連れてくるオトモダチでもう一度遊園地を建て直す。
[備考]
※陣地『不思議の国のアリス』の大部分が破壊されました。MAG回収の効率や道具作成の補助効果はかなり低下しています。
※オトモダチのストックが激減しました。
※エノシマジュンコチャンとは魔力パスがつながっていないため念話は使用できません。
※欠損した左肩から先は魔力によって再生が可能です。ただし補佐がない場合相応の魔力と時間が必要です。
※ニンジャに対して強いトラウマを抱えました。精神汚染スキルによって時間経過で軽減されていきますが、時折ニンジャへの本能的恐怖に苛まれます。
 ニンジャを想起させるものと出会った場合、この本能的恐怖の発生率が上がります。
 また、ニューロンにニンジャへの恐怖が染み付いたため、精神汚染のランクがE→E+に変化しました。


[地域備考]
※D-2一帯に「白坂小梅は商店街の方へ逃げるぞ!」の放送が流れました。
 この放送を聞き、商店街や小学校に人が集まる可能性があります。
 また、声の主を探りに小学校に来た場合、はらぺこアリスによってあい以外は問答無用でオトモダチにされます。




☆高町なのは

『俺の方で掴めた情報はその程度だ』

(うん、ありがとう。キャスター)

  結局、フェイトの情報は見つからず仕舞い。
  でも夕方までは元気(と言っていいものか)だとわかったのが、せめてもの救い。
  NPCとは言え両親を困らせるのは忍びないと家に帰ってみればキャスターが居ない。
  不思議に思って念話を飛ばしてみると、キャスターもまた、独自にこの街の調査を行っていたのだという。
  あちらもフェイトには会えなかったらしいが、それでも、不思議なものを幾つか目撃したらしい。
  空飛ぶ円盤だとか。恐ろしい化物だとか。チェーンソーの殺人鬼だとか。
  その中でもひときわ異彩を放っていたのが、『街の裏側にある街』だった。
  街のどこかにある入口から入ることが出来るその街は、おそらく何者かの固有結界なのだという。

『俺は、そこに何か脱出の手がかりがあるかもしれないと睨んでいる』

(どうしてですか?)

『無理やり参加者を呼んでまで聖杯戦争をさせるような奴が居るんだ。この街にもなにか、脱出を阻害する魔術がかけられている物と見ていいだろう。
 だが、固有結界は基本的に英霊の持つ心象風景の投影。その中まで現実世界の理が及ぶとは思えん。
 もし、あの広大な固有結界が結界の外まで続いていて、結界の外部分で固有結界から脱出できれば、それがそのままこの聖杯戦争からの離脱になる、そう推測しただけだ』

  自信家なキャスターにしては珍しく推論だった。科学者なので魔術に対する知識がない、と言っていたのが関係しているのだと思う。
  にしても、受動的とはいえ魔術師になったなのはよりは余程魔術に対して考えを巡らせていてすごいなと思う。
  阻害する魔術の確認は行っておいたほうがいいだろう。フェイトを探す片手間でもできるし、なにか特別なことがわかればキャスターの脱出計画の手助けになるかもしれない。

(あの、キャスターさん。それなら明日も固有結界の方をお願いできますか?)

『お前はフェイト・テスタロッサ探しか』

(それもあるけど、私みたいに戦いたくない人が居るなら、その人達にも教えたいな、って)

  森の音楽家クラムベリー白坂小梅。どちらも戦いは望んでいなかった。
  もし、聖杯戦争から脱出できると分かれば力を貸してくれるだろう。
  クラムベリーは念話が通じるし、小梅は丁度電話番号も分かっているので電話で情報共有ができる。
  暗いばかりだった世界に一筋の光明が見えた、そんな気がした。
  きっと大丈夫。
  レイジングハートと、キャスターと、皆でならきっと大丈夫。
  魔法の呪文のように唱えながら、部屋に戻ると、携帯端末が着信を知らせていた。
  相手は誰あろう、白坂小梅
  あちらにも何かあったのかと不思議に思って掛け直してみるが、留守電に繋がった。
  胸騒ぎがして、クラムベリーに念話で呼びかけてみるも返事はない。意識があれば声は届くはずなのに。

  どうしてか、光明が見えたはずなのに、嫌な予感が頭をかすめた。
  間が悪かっただけと信じたいが、この広い街のどこにいるかも分からない相手の無事を確かめる術は、今のなのはにはない。



【C-3/高町家/一日目 夜】

【高町なのは@魔法少女リリカルなのは】
[状態]決意、不安
[令呪]残り三画
[装備]“天”のレイジングハート
[道具]通学セット、小梅の連絡先
[所持金]不明
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に戻る。
1.一休み。
2.フェイトを探し、話をする。
3.フェイトを見つけたらアーチャー(森の音楽家クラムベリー)に連絡する……?
4.もし、フェイトが聖杯を望んでいたら……?
5.キャスターの聖杯戦争解明の手助け。あるかもしれない『結界』の調査。『さいはて町』についてはキャスターに任せる?
6.『死神様』事件の解決。小学校へ向かう。

[備考]
※アーチャー(森の音楽家クラムベリー)を確認しました。
※天のレイジングハートの人工知能は大半が抹消されており、自発的になのはに働きかけることはほぼ不可能な状態です。
 ただし、簡素な返答やモードの読み上げのような『最低限必要な会話機能』、不意打ちに対する魔力障壁を用いた自衛機能などは残されています。
※天のレイジングハートに対するなのはの現在の違和感は(無~;微)です。これが中~大になれば『冥王計画』以外のエンチャントに気づきます。
 強い違和感を持たずに天のレイジングハートを使った場合、周囲一帯を壊滅させる危険があります。
木原マサキの思考をこれっぽっちも理解してません。アーチャーに対しては少々不安を覚えている程度です。
※通達を確認しました。フェイトが巻き込まれていることも知りました。フェイト発見を急務と捉えています。
※キャスターから『さいはて町』のざっくりとした説明を受けました。そこから脱出できるかもしれないという説明も受けました。
※『脱出を阻害する魔術』についてキャスターから推論を聞きました。時間があれば調べます。




☆キャスター


  固有結界を用いた脱出計画。なのはの未熟と無知を突いた詭弁だ。
  そもそも固有結界は『距離』という概念すら捻じ曲げる『心象風景の投影』なのだから、どれだけ広大だろうと実寸通りな訳がない。
  なまじ魔術に対する知識と先入観があるので騙される。
  偉大で万能と思われる魔術も実際は見てくれだけのハリボテだ。それはプレシア・テスタロッサがよく知っている。無理なものは無理なのだ。
  なのはにとって魔術は未だ超越的存在であるため、サーヴァントなんていう劣化存在が使う小手先遊び程度で生者が命を削って張った『絶対』を覆せると信じている。これがなのはの未熟。
  聖杯戦争に呼び出されて以来脱出だなんだといい他のサーヴァントへの見識を広めようとしなかった。これがなのはの無知。
  扱いやすいマスターを嗤う。そのままわけも分からず踊っていればいい。

  念話を切り上げ、歩を進める。
  ひとまずなのはは何の疑いもなくマサキを放っておいてくれる。ならば他にも考えるべきことはいくつもある。
  プレシアから依頼のあった『神様』へと至る道。自身の至るべき『冥王計画』のさらなる詳細な概要。
  先程聞こえた『白坂小梅を捕まえろ』というアナウンスも気になる。
  あれほど騒ぎ立てれば小学校に誰かが居ると教えているようなものだ。
  余程の馬鹿か、それとも馬鹿を装った道化か。あるいは……

「へーい、お兄さん」

  あるいは、馬鹿でも、道化でもなく、戦争の何かに酔った狂人か。
  今の段階でキャスターに、その放送主がどれだったと言い切ることはできない。
  だが、目の前に突然現れた少女が件の放送主である、ということは間違いなかった。
  単純な話だ。声が同じだ。それにご丁寧に、自分がマスターであることを証明するように、令呪の刻まれた手の甲をぷらぷらと振って見せてくれていた。
  その手に握られているのは、一枚の紙切れ。

「暇な時に電話ちょうだいよ。お互いのためになる話がしたいからさ」

  女は特に警戒もせず近寄り、紙切れを渡してくる。
  そしてそのまままたぷらぷらと手を振って、来た道を帰り始めた。

「待て」

  キャスターの声に少女が振り向く。
  ふわりと揺れた桃色の髪は、月の明かりだけでも輝くようだった。
  整った顔立ち、モデル並の容姿、一度見れば忘れないだろうその姿。だが、不審人物。
  受け取った紙には本当に電話番号が書かれている。ますます意味が分からない。

「電話だと? 俺がお前と何を話すと言うんだ」
「何を……うーん……そうだね」

  少女は少しだけ考えた後、花が咲くみたいにぱっと笑顔を浮かべてこう堪えた。

「この戦争を終わらせるための話、とか?」

  少女の笑みに屈託はない。心からの言葉、といった雰囲気だ。

「……『戦争を終わらせる』? どうやって?」
「それを話し合おうってんじゃない。電話でさ」
「ふん」

  『戦争を終わらせる』、よく言葉を選んだものだ。
  聖杯戦争を望まぬマスター・サーヴァントは『聖杯戦争からの脱出』だと取る。
  聖杯戦争に希望を賭けるマスター・サーヴァントは『聖杯戦争の加速』だと取る。
  そして、他ならぬ木原マサキは、そのどちらとも違い、そしてきっと、彼女の本質に一番近いニュアンスを汲み取った。
  言葉通り『この戦争』を『終わらせる』。聖杯戦争をぶち壊し、好き勝手に暴れる。
  世界を冥府に変える。この少女のドブ川を覗くような瞳は、きっとその未来を望んでいる。
  玉虫色の返答に鼻を鳴らして答えれば、少女はまたからからと笑った。

「気に入らないならそれ破っちゃっていいよ。今回はご縁が無かったってことでさ」
「何が目的だ」
「目的? 目的ねぇ……私の願いを叶えるには仲間が居ると思った。それじゃ駄目?」

  考え込むふりにまた続けられるおべんちゃら。どこまでもこちらの出方を見ている。
  この場で行動を起こすつもりはないと察し、最後に一つだけ尋ねる。

「お前、名前は?」
江ノ島盾子。後出しジャンケンの女王江ノ島盾子ちゃんとは私のことよ。
 今日はもう遅いから、明日にでもラブコールよろしくお願いしますね。待ってまーす!」

  手を振りながら去っていく江ノ島盾子と名乗った少女。
  キャスターと同じく、誰かを手の平の上で踊らさんとする者。
  さてこいつは。
  自身が価値のあるものだと思い上がった石ころか。
  それとも冥王の指を彩るにふさわしい宝石か。



【D-2/図書館付近/一日目 夜】

【キャスター(木原マサキ)@冥王計画ゼオライマー(OVA版)】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]諸星きらりの電話番号の書かれたメモ
[思考・状況]
基本行動方針:冥王計画の遂行。その過程で聖杯の奪取。
1.可能な限りさいはて町を偵察。
2.予備の『木原マサキ』を制作。そのためにも特殊な参加者の選別が必要。アリシア・テスタロッサを奪うのも一興。
3.特殊な参加者が居なかった・見つからないまま状況が動いた場合、天のレイジングハートを再エンチャント。『木原マサキ』の触媒とする。
4.ゼオライマー降臨のための準備を整える。
5.フェイトから要請があればバルディッシュをエンチャント。
6.江ノ島盾子に電話……?
7..なのはの前では最低限取り繕う。
[備考]
フェイト・テスタロッサ&ランサー(綾波レイ)、江ノ島盾子輿水幸子を確認しました。
※なのはからアーチャー(森の音楽家クラムベリー)について聞きました。
※プレシアの願いが『アリシアの蘇生』であり、方法を聖杯に似た力を用いた『魂の復元』であると考察しています。
 同じく、その聖杯に似た力に干渉すれば復活するアリシアを『木原マサキ』に変えることが可能であると仮定しています。
※フェイトとの念話が可能になりました。これにより、好きなタイミングでなのはとフェイトをぶつけることが可能です。
 また、情報交換を約束しました。ただし、キャスターが事実を話すとは一切約束していません。
※プレシアから個人的な依頼を受けました。
  • 内容:さいはて町の破壊およびさいはてのサーヴァント『エンブリオ』の抹殺。
  • 達成条件:エンブリオの魔力が座に戻ったことをルーラーが確認する。
  • 期限:依頼達成は二日目16時まで。報酬受け取りは図書館司書室にて二日目20時まで。
  • 報酬:マサキの望む条件のマスター、あるいはサーヴァントの情報。
    二日目終了時点でエンブリオが生存していた場合、キャスターとプレシアの司書室での一切はなかったこととなる。
    また、どのタイミングにおいても、キャスターがアリシア復活を妨げる可能性があると判断した場合、プレシアは令呪をもって彼を自害させる。






  江ノ島盾子の立てたオシオキの筋書きは、即興ながらによく出来たものだった。
  生きている人間にも死んでいる人間にも優しかった白坂小梅
  霊能力者だと嘯き、ゾンビを従え聖杯戦争に挑んだ白坂小梅
  そんな彼女にお似合いの末路は、やはり自身の常識に押しつぶされながらもがき、ついには自身が生きても死んでも居ない人間になることだろう。

  だから彼女はチョチョイと筋書きを立てた。
  『不死の軍勢』を操るアリスとぶつけ、不死の軍勢に蹂躙され死ぬならそれでよし。
  サーヴァントを無残に倒され、生き残った所をアリスに弄び殺されるならそれもよし。
  サーヴァントとともに生き残ったのなら……

  そこで立てておいた第三の策が、『アーチャー』と『アサシン』だ。
  アーチャー曰く、アサシンは死体を操る術を持っているのではないかという。
  だからもしも運良く白坂小梅ジェノサイドが生き残ったのであれば、こうしよう。
  生き残ったジェノサイドをアーチャーが無残に殺し。
  死んだ人間に追い立てられる幻影に翻弄され、生きている人間に怯えて逃げ惑い。
  最後はアサシンの手で自身がゾンビになる。

  だから江ノ島盾子は、アリスが小梅と遊んでいる間にアーチャーから聞いたアサシンに接触した。
  一方的に情報を渡すことで、彼女が動きやすくなるように手助けをしてあげた。小梅を狙いやすいように若干の色もつけて。
  もしもアサシンが乗らなければ、その時はその時だ。
  杏の携帯を使ってきらりを誘導してきらりのバーサーカーにぶち殺させればいい。

  すべての結末を白坂小梅の死に収束させる。
  彼女が死のハードルを飛び越えるたびに、何度でも、何度でも、理不尽をやり直して甘ったれな幻想をぶち殺す。

  さて、行き当たりばったりながら幾重にも組み上げられた『超高校級の絶望』による脱落の花道を飾るパレード。
  そこに、面白い偶然が混じった。江ノ島盾子も知る由のない、絶対的で絶望的で超絶悪趣味な偶然が。
  その結末を江ノ島盾子が知ったならば、彼女はきっと腹を抱えて大笑いすることだろう。
  江ノ島盾子の天運か、それともこの聖杯に満たされつつある穢れた奇跡の前触れか。
  その偶然は、即興のオシオキに絶望的なオマケを叩きつけた。輿水幸子の家に展開されたサーヴァント・クリエーターの幻想世界。
  白坂小梅の培ってきたすべてを否定し、絶望の渦中で生きる屍になった。

  江ノ島盾子は言った。友情に呪われるべきだ、と。それ自体は江ノ島盾子の勝手な言い分に過ぎない。
  だが、結果を見れば。
  星輝子の愛と勇気に導かれ戦火に誘われ、輿水幸子の希望によってその命を落とした白坂小梅の顛末は。
  絶望的なまでに友情に呪われていた。そう言えるのかもしれない。

  奇跡とは、なにも善き人にのみ訪れるものではない。
  善悪区別なく、等しく平等に訪れるからこそ、奇跡には価値があるのだ。
  江ノ島盾子は無意識ながら、奇跡に愛され、奇跡すらその手で弄ぶ。





  声が聞こえた。
  小学校の放送室から行われた放送だとわかったのは、少年が小学校に通っているからだ。
  もうとっぷり夜も更けた。
  なのになんで少年が学校に向かったかと言えば、夜に出歩いてでもなさねばならない使命があるからだ。

「へーい、坊っちゃん。こんな夜更けにどうしたの?」

  突然声をかけられて跳ね上がる。
  振り返れば、とても綺麗な女の人の顔が目の前にあった。
  あまりに近くて、そして綺麗で、胸が高鳴ってしまう。きっと夜の暗闇の中で見ても、少年の顔は真っ赤だったはずだ。

「あ、ぼ、僕、兄ちゃんを探してて」
「お兄ちゃん? 坊っちゃん兄弟居んの?」
「えっ、は、はい……」
「兄弟、ふーむ、兄弟ねえ」

  女の人は両手の人差し指を両のこめかみにあててふむふむ唸ったあと、驚くべきことを口にした。

「あー、もしかして、ジェノ太郎の弟さん?」
「えっ、に、兄ちゃん……ジェノサイド太郎兄ちゃんを知ってるんですか! 僕、弟のパトリオット次郎って言って……」
「知ってるも何も、なんか忘れ物したってんで泣きつかれてさ、今の今まで学校で探しものしてたのよ」

  なんだよ、と一気に肩の力が抜ける。
  いつもはいの一番に帰ってきてゲームをしてるジェノサイド太郎が居なくて、夜になっても居ないから心配になって探しに出てきたというのに。
  ジェノサイド太郎ときたら、こんなお姉さんとずっと一緒に居たらしい。
  兄の性格からして、探しものが見つかってたのに見つからないふりをしてる可能性もあるな、なんて思えてきて、急に怖がってるのが馬鹿らしくなった。
  それでなくとも父母が裏山の突然の異変で帰りが遅くなるって言ってるんだから、もう少し長男としてしっかりしてほしい。

「ジェノ太郎なら小学校で待ってるし、一緒に行こっか」
「はい!」

  いつもと同じはずの通学路も、夜の暗闇の中輝くみたいな美人のお姉さんと一緒だと全く違って見えた。
  兄に会ったらなんて言おう。とりあえず父がするように叱って、さっさと帰るのが一番か。
  家族に心配されるような真似、今後はしないでほしい。
  はじめてのデート(デート、ということにする)も百メートルくらいで終わり、もう小学校は目と鼻の先。
  曲がり角の向こう、見慣れているはずの小学校の校門がまるで人間を飲み込む怪物のように見えて、それだけは怖かった。




◇◇◇

  江ノ島盾子の恐ろしい部分は分析力とその分析を利用できるポテンシャルの高さ。
  更に恐ろしい部分があるとすれば、絶望的な平等性だ。
  彼女にとっては姉である戦刃むくろすらも戯れに殺す相手の一人でしかない。
  実際、戦刃むくろが超高校級の軍人でなければじゃれあい程度の勢いで殺してしまっていたことだろう。
  全人類、親兄弟の境無く、全てを絶望に叩き落とすのが彼女のささやかな夢だ。
  そんな全人類への無償の絶望が、どうして他人相手にとどまる所を知るだろうか。

  蜂屋あいに興味があるし、手を組む準備もある。
  アリスはあいの大切なサーヴァントだし、あいと手を組めばアリスの陣地は江ノ島盾子にとってもいい方向に働くだろう。
  森の音楽家クラムベリーは自身のサーヴァント・ランサーのウィークポイント。上手く使えば彼女を絶望に引きずり込めるさ。
  だが、それはそれ、これはこれ。彼女たちにだって存分に絶望してほしい。
  未来にくるはずの絶望が今目の前に現れるか、今くるはずが未来に延びるか。その程度の違いだ。

「精一杯、輝く」
「輝く、星になれ」

  NPCの頃に聞いた歌を口ずさむ。遠くから聞こえるサイレンの音に消されてしまうほど小さな声で。
  まるで蟻地獄だ。白坂小梅を引き金として、無辜のNPCたちが次々に死んでいく。
  地獄が地獄を引き起こし、さらなる地獄が展開される。
  小学校という誘蛾灯。どれだけの死体がここで再び積み上がるか。

(……んー、でも、普通の精神してたら罠だって分かるだろうし、マスターは寄ってこないよね。
 可愛い可愛いアリスちゃんとあいちゃんのためにNPCの死体を積めればよしかな)

  江ノ島盾子は、この聖杯戦争で一人だけ、自身が最も輝く方法を知っている。
  夜空に輝く一等星は、すべて江ノ島盾子を照らしていた。




【D-2/小学校付近/一日目 夜】

江ノ島盾子@ダンガンロンパシリーズ】
[状態]健康、耳鳴り、絶望的にハイテンション
[令呪]残り三画
[装備]諸星きらりの携帯端末
[道具]なし
[所持金]大金+5000円分の電子マネー(電子マネーは自分の携帯を取り戻すまで使用できません)
[思考・状況]
基本行動方針:絶望を振りまく
0.ちーっす。
1.小学校に帰る。そろそろきらりんについても考えるかなぁ……あいちゃんが来たら別だけど!
2.んでもさ、小梅ちゃんの最期の絶望フェイス見れなかったのは心残りだよね。
3.次はもう少し見やすい場所で絶望を与えてあげたいなあ。近くにいい相手は居ないかな? やっぱきらりん? それともあいちゃん?
4.ん? 思考欄で情報整理をするなって? えっ、ここって作中で人物が思考したことを書く場なんです?
5.やれやれ、そんな常識が私様に通用するとでも思っているのか。ミス・混沌、ミス・予定不調和と呼ばれたこの私様に!
6.まあ実際いらないから次回以降2.~6.は消していいよ。私の胸のうちに秘めときましょう。
7.キャスター(木原マサキ)からの電話を待つ。
[備考]
木之本桜&セイバー(沖田総司)、アーチャー(森の音楽家クラムベリー)、フェイト・テスタロッサ&ランサー綾波レイ)、双葉杏、蜂屋あい&キャスター(アリス)、
 キャスター(木原マサキ)、アサシン(クロメ)、諸星きらり&バーサーカー(悠久山安慈)、輿水幸子を確認しました。
 アーチャーと情報交換を行いました。アサシンについて、宝具の一つが『死体を操る能力を持つ』ということをアーチャーから聞いています。
※バーサーカー(悠久山安慈)の敵対のきっかけが『諸星きらりの精神・身体に一定以上の負荷をかけた相手(≒諸星きらりを絶望させた相手)』と見抜きました。
 そのラインを超高校級の絶望故に正確に把握しています。彼女自身が地雷を踏むことは(踏もうと思わない限り)ありません。





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043:帰宅 投下順 045:第一回定時通達
043:帰宅 時系列順 046:願い・想い

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042遊園地で私と握手 アーチャー(森の音楽家クラムベリー 050:にんぎょ注意報!
江ノ島盾子 051:暗いところで待ち合わせ
キャスター(アリス
アサシン(クロメ 048:―――を斬る
白坂小梅&バーサーカー(ジェノサイド GAME OVER
040:外へ 高町なのは 057:演者は集う
038:楽園の裏では少女が眠っている キャスター(木原マサキ 055:新しい朝が来た、絶望の朝だ

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最終更新:2020年07月26日 21:14

*1 ……聞こえるか、コウメ。俺は―――