ナーキッドが今際の際にこぼした、兄への敗北宣言。
同時に彼女にとって本当の意味を持つ唯一の不変なる勝利。
「どのみち私は、力を使い果たしたので長くありません。ですが、ええ……せっかくだから訊いてみますね。私は笑えていたのでしょうか?お兄様が満足してくださったのは、つまりそういうことだと思っていいのでしょうか」
零の世界へと接続し、風前の灯火となった
ナーキッド。
スィリオスの遺体を抱き抱えるように
マグサリオンへと問いかけるが、当の義弟からはけんもほろろに……自分の判断に責任を持てと言外に制される。
「貴様、ほんとは分かってるんだろう。もし判じあぐねていたのなら、スィリオスをむざむざ死なせたはずもない」
その言葉が全て。
ナーキッドは余命幾許もない状態といえど、
フェルドウス達の介入によっていくらかの余力は図らずも残す事が出来た。
ならば後は最後まで
スィリオスの手助けができたはずで、にも拘らず沈黙した理由など……およそ一つしか考えられない。
すなわち、
ナーキッドもまた満足したのだ。目覚めた兄……自分だけの救世主が、いの一番に自分のもとへ駆け寄ってくれたから。
その事実が嬉しくて、呆れ返ってしまうほどに胸を衝いて――
「私は笑って……いたのでしょうね」
もうこの世にはいない兄へと向けて、妹はそっと密やかに祈りを自分の魂に沁み込ませる事で敗北を告げた。
「いまいち判断に自信が持てず、あなたの同意が欲しいと考えたのは甘えでした。もう空からの演者でないのなら、私の誠は私が責任を持って決めねばならない」
故に、兄と同じように自分も殉じよう。
後悔の気配は皆無だった。
スィリオスの望みに応えられて、彼が言うちゃんとした兄と妹になれたこと。喧嘩と仲直りを経験し、些細だけれど大事な記憶を共有できた。幸せとは何かを知れた。
その果ての結末がこれであるならば……
「ふふふ、意外に楽しいですね。こういうのって」
余程のお人よしでなければ手に負えない所でのない我儘さと奔放さを露に、
スィリオスの妹は……
ナーキッドという一人の命は兄という『輝けるもの』を胸に抱きながら、兄が目指した世界の一端をこの刹那に堪能する。
義姉へ最高の称賛と共に
マグサリオンは剣を振るい、飲み込んでいく。
斬首という形であっても、
ナーキッドが浮かべていた表情は兄の懐で目いっぱいの我がままを繰り返す、無邪気な妹そのものだった。
- ちゃんと本人に自覚させるマグサリオン、いいよね -- 名無しさん (2022-07-08 13:33:07)
最終更新:2022年07月08日 13:33