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  • 新女峡祝言

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新女峡祝言

最終更新:2019年11月17日 20:39

harukaze_lab

- view
管理者のみ編集可
新女峡祝言
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)松室《まつむろ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)国|本江藩《もとえはん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「目+旬」、第3水準1-88-80]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

 横から烈しく吹雪が襲いかかった。
「む……ひどいな」
 松室《まつむろ》伊兵衛はひと吹きやり過そうとして、笠を傾けながら身を跼めた。その刹那である。右手の窪地から突然、
 だあーん! 凄じい銃声が起って、殆ど耳とすれすれに弾丸が擦め飛んだ。
「あ! 危い」
「清造、村右衛門、隠れろ」
 叫びながら、伊兵衛は跳躍して左手の杉林の中へ走り込む。二人の従者もその後から転げるように木蔭へ身を隠した。そこは吹溜りになっていて腰だけの雪だ。さあっ[#「さあっ」に傍点]と枝から落ちて来る雪塊を浴びながら、三人は手早く刀の柄袋を外し、銃声のした窪地の方を油断なく見戍《みまも》った。
「箙沢《えびらざわ》の者でござりましょう」
 村右衛門が息を詰めながら囁いた。
「そうかも知れぬ」
「飛道具で不意撃ちを仕掛けるなど、威しとしても卑怯至極な致し方です」
「――斬り捨てましょう」
 若い清造が出ようとした時、窪地を登って来る人の頭が見えた。
「清造、行ってひっ[#「ひっ」に傍点]捕えて来い」
「――はっ」
「斬ってはならんぞ!」
 伊兵衛の声を聞き捨てにして、清造は雪煙をあげながら走って行った。――窪地を這い登って来た男は、走って来る清造を見ると、些《ちょ》っと持っている銃を取り直しそうにしたが、それより疾く、
「己れ動くなッ」
 喚きながら清造が跳りかかった。相手は身を躱す暇もなく、あっと云って仰さまに倒れる。そこへどっと吹雪が襲いかかって二人の姿を隠して了った。
 ――伴れがあるかも知れぬ。
 伊兵衛はそう気付いたので、
「村右衛門、行ってみよう、油断するな」
 と、云って杉林を出た。
 然し伴れは無かった。伊兵衛と、村右衛門が近寄った時、清造は雪まみれになって相手を組敷いていた。そして男は苦しそうに首を捻じ曲げながら、
「間違いだ。人違いだ。放してくれ」
 と叫んでいた。伊兵衛は側へ寄って、
「清造、そいつの顔を見せろ」
「は、――神妙にしろ」
 清造は吸鳴りながら、男の雪帽子を剥いで顔を仰向かせた。色の白い眉目秀でた端麗な若侍である。伊兵衛はどこかで見覚えのある顔だと思ったが、
「やあ、貴公大村市之丞ではないか」
 と、驚きの声をあげた。相手も眩しそうに眼をあげて、
「おお伊兵衛、松室伊兵衛か」
「清造放せ、拙者の学友だ」
 訳が分らぬという顔で清造は手を放した。伊兵衛は援け起してやりながら、
「どうしたのだ大村」
「どうしたって、それはこちらで訊きたいことだ。だしぬけに跳び掛って、斬り捨てるなどと驚かすのだから……」
「それは貴公が拙者を狙撃したからさ」
「狙撃?――ああそうだったのか」
 市之丞は初めて合点がいったらしく、
「それは大変な間違いをした。拙者はてっきり熊だと思って射ったのだ」
「危い獵人だな」
「いや然し当らなくてよかった」
「よかったとも、若し拙者が擦傷でもしたなら、貴公の首は飛ぶところだった」
「冗談じゃない、脅かすなよ」
「――だが」
 伊兵衛は苦笑しながら、
「どうして又こんな処へ来ていたんだ」
「三十日ほど暇が出来たので、この下の祖師《そし》の温泉へ保養に来たんだ。いま篠田屋というのに宿を取っているが、貴公この近所だったのか」
「家は向うの峡間《たにま》にあるのだが、少し仔細があってこの山の後の小屋に来ている。よかったら遊びに寄るがいい、――色々と話もある」
「是非そのうち邪魔をしよう」
「ひきあわせて置こう、――」
 伊兵衛は振返って、
「村右衛門、こちらは拙者が京へ遊学した折、山崎闇斎先生の許で机を並べた友人だ。大村市之丞と云われて美濃国|本江藩《もとえはん》の家老の御子息だ、――これは家僕村右衛門、清造」
「清造と云うのか、さっきは首の骨が折れそうだったぞ」
 市之丞は白い歯を見せて笑った。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

 それから三日めの午《ひる》頃。――大村市之丞は小屋へ訪ねて来た。
 荒削りの松材を組上げて造った割に手広い建物で、伊兵衛の起居する部屋は畳も敷いてあり、調度も質素ながら調っていた。――爐にいっぱいの火を焚いた側で、二人は山崎塾の思い出話を交わしていたが、やがて市之丞が話頭を転じて、
「時に、先日あの清造という男が拙者に跳び掛って来た様子は唯事では無かったが、何か事故でも起っているのか」
「うん、少し面倒な事が持上っている」
「新女峡《よめきょう》の治水工事だな」
「聞いたのか」
「湯治宿の噂をちらと耳にしたが、松室《まつむろ》という郷士が私財を抛って治水工事を起そうとするのを、同族の松室某というのが邪魔をして争いが起っているという事だった」
「それなんだ、――あれを見てくれ」
 伊兵衛は手を伸ばして北側の窓を明けた。西飛弾の山々が深く迫って、急峻な谿谷を成している新女峡が、吹雪に霞んで一幅の水墨のように見渡せた。
「奥飛弾の山々の水を集めて木曽川へ注ぐこの新女峡は、あの通り切立った深淵で、雪解期になると一時に水が溢れるから、三年に一度ぐらいずつ川下の倉江郷附近は一帯にひどい氾濫を起すのだ」
「それは我々の藩でもよく聞く」
「然もこの通り不便な場所だから、今まで誰も治水の事など考える者は無かったが、多少の費用と労力を惜しまなければ災害を救う道はあるのだ。拙者は京から帰ると実地を踏査したうえ、藩へ意見書を差出してみた」
 高山藩では然し、御内政の都合宜しからず、と云うことで、伊兵衛の治水策には一顧も与えてくれなかった。
 伊兵衛の家は益田郡《ましたごおり》でも指折りの古い豪族で、近年やや衰微はしていたが未だ少なからぬ山林田地を持っていた。母は早く亡くなったし、父もまた伊兵衛が京へ遊学中に死んだので、家政は全く伊兵衛の自由であったから、私財一部を処分して独力で工事を起そうと計った。ところが、そこで邪魔が入った。
 ひと谷奥の箙沢《えびらざわ》に同じ郷士で、伊兵衛の家の本家に当る松室信右衛門という老人がいた。絹絵《きぬえ》という十八になる娘と、乙二郎《おとじろう》と呼ぶ十五歳の男子があり、伊兵衛には外伯父に当っている。信右衛門は我執の強い評判の変屈人で、抑々《そもそも》伊兵衛の遊学からして反対だったが、今度の工事の話を聞くと以っての外の怒り方で、
 ――新女峡《よめきょう》治水などという、仕事が、松室の私財を投出したくらいで出来るか。生学問が禍いして気が狂ったに相違ない。そんな事で源平の世から続く由緒深い松室家を潰しでもしたら、先祖に対して申訳が立たんではないか。同族の本家として儂が絶対に許さぬ。
 と頑強に乗出して来た、
 そして一方では工事の邪魔をする目的で、新女峡に臨んだ持山の、二十町余りにわたる杉林を伐出そうとし始めたのである。これを伐られては雪解期に水の押出す量が段違いに増大するので、治水工事の困難は云うまでも無いし、その附近の地盤が弛んで山津浪を誘う危険まで生じて来るのだ。
「――そう云う訳で」
 と、伊兵衛は言葉を継いだ。
「いま丁度伐出しに都合の好い時期だから、万一にも人夫を入れるようだったら、力づくでも追い払うつもりで、毎日あの辺を見廻っているところなんだ。――なにしろ伯父は武骨一辺の頑固者で、第一に拙者が闇斎先生に就て学問したという事が気に入らぬのだ。今度の事なんか実に話の他の……」
 云いかけた時、村右衛門が入って来て、
「申上げます」
 と、憚るように去った。
「――何だ」
「箙沢のお嬢様がお見えでございます」
「絹絵が来た……」
 伊兵衛は訝しげに、
「一人でか」
「はい、急なお願いがお有りとか」
「こちらへ通せ」
 信右衛門との諍いが起って以来、殆ど会う機会の無かった絹絵が、この吹雪の中を唯一人訪ねて来るとは意外である。
「――お客のようだが」
「なに構わない」
 伊兵衛は座を移しながら、
「いま話した箙沢の伯父の娘だ。遠慮の無い者だから構わぬ」
「それならよいが……」
 市之丞も坐り直した。
 中土間へ全身雪まみれの娘が入って来た。こんな僻地には珍しい高貴な額つき、深い光を湛えて濡れたような眸子《ひとみ》、柔かくしっとりと朱い唇、――世の汚れに染まぬ谷間の花のような清純な美しさに、市之丞は思わず眼を瞠った。
「絹絵か。この雪の中をよく来たな」
 伊兵衛は爐端を指して、
「まあ兎に角、あがって温まるがよい――こちらは京へ遊んだ折一緒だった大村市之丞と云う学友だ」
「どうぞ……」
 市之丞も座を譲るように会釈した。――然し娘は気もうわずっている様子で、市之丞には軽く目礼を与えたまま、
「――お従兄《にい》さま!」
 声もそぞろに云った。
「直ぐ一緒にお出で下さいまし、乙二郎が見えなくなりました。どうぞ一緒に捜して」
「どうしたという事だ、それは」
「父が毎《いつ》もの癇癪を起しまして」
 絹絵は口早に語った。
 変屈者の信右衛門は子供たちに対しても狂的に厳格だった。その日も乙二郎が些細な過ちをしたというので散々に折檻したうえ、――家には置かぬから何処へでも出て失《う》せいと云って、吹雪の中へ突出したのである。毎もならそう云われても絹絵の部屋へ来て隠れている乙二郎が、今日は吹き捲く雪の中へ出て行ったままもう二刻余りにもなるのに戻って来ない。絹絵は家僕たちを捜しに出そうとしたが信右衛門の怒りは尚も解けず、
 ――あんな奴は死のうと生きようと構わぬ、一人も捜しに出る事ならんぞ!
 と厳重に云って肯かなかった。
「けれどこの吹雪の中です」
 絹絵はおろおろと云った。
「日頃から余り丈夫でない弟の事ゆえ、万一の事が有ってはと思うと居ても立っても居られませぬ。御迷惑でしょうけれど一緒に捜して頂きたいと存じまして」
「――直ぐに行きましょう」
 皆まで聞かず伊兵衛は立上った。
「村右衛門、清造も出る支度をしろ」
「拙者も、お手伝い致そう」
 市之丞も側から云った。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

 箙沢から南へ二十町あまり下った、美濃路へ通ずる崖道の上で、疲れと飢えのために死んだように倒れていた乙二郎を発見したのは、もう黄昏《たそがれ》の色の濃くなる時分だった。
 冷えきった体に触れた絹絵は、絶望の声をあげて泣伏したが、伊兵衛は自ら乙二郎を担いで近くにある樵夫《きこり》小屋へ運び入れ二人の家僕と共に懸命に手当てを尽した。――市之丞はそのあいだずっと絹絵の側にいて、戦《おのの》いている彼女の冷たい手を、そっと撫でながら力をつけていた。
 半刻あまりもすると、乙二郎は意識を回復した。――伊兵衛はほっと額の汗を拭きながら覗き込んで、
「……どうだ、気がついたか」
「ああ、西谷の、従兄上《あにうえ》さま」
「乙二郎!」
 絹絵は狂気の声をあげながらすり寄った。――乙二郎は姉の手へ双腕で縋り着いた。
「お姉さま、帰るのは厭です。もう家へ伴れて行かないで下さい、私はもう二度と父上の顔を見たくありません」
「黙れ乙二郎!」
 伊兵衛は少年の肩を掴んで、絹絵から引き放しながら叱りつけた。
「何を女々しい事を云うのだ、家へ帰らないでどうする。父の折檻ぐらいが恐ろしくて波風荒い世間へ出て行けると思うか」
「従兄上様は知らないんです」
「知らぬのはおまえだ、拙者こそいまおまえの父と敵同様の間柄だぞ。伯父上がどのような御気性か、この伊兵衛は幼い頃から骨に徹して覚えているんだ。だが拙者はいま負けてはいないぞ、伯父上がどのように横車を押そうと、善しと信じている事は飽くまで遣り遂げて見せる。――よく聞け乙二郎」
 伊兵衛は凍傷を防ぐ手当をしてやりながら、声だけは容赦の無い調子で云った。
「男の一生は戦だぞ、世の中には未だおまえの知らぬ困難や迫害や苦しい事が数知れず有る。是と戦い是に勝ち是を征服して行くのが男子の道だ。十五歳にもなって、父に叱られるのが恐《こわ》さに家出をするような弱いことでどうする。――第一、おまえは姉さんのことを考えないのか。姉さんをあの頑固な父の許に唯一人残して行って宜いのか」
「――それは……取乱していたんです」
「強くなれ、おまえは男だ。十五歳と云えば昔なら初陣で一番首ぐらい挙げる年だぞ。正しいと信じたら父の折檻などに怖れるな、後にはこの伊兵衛が附いている……どうだ」
「分りました、帰ります」
「よし、分ったら姉さんにお詫びをしろ。この吹雪の中をどんな気持ちで姉さんが探し廻ったか……よく考えてみろ」
「お姉さま」
 少年は嗚咽に喉を詰らせながら、そこへ両手をついて頭を垂れた。
 なお暫く休んだ後、伊兵衛が乙二郎を背負って樵夫小屋を出た。既にとっぷりと暮れている雪の中を、清造と村右衛門は伊兵衛を護り、市之丞は絹絵を援けながら箙沢の方へと戻って行った。――馴れているとはいえ膝を没する雪で、絹絵は時々のめりそうになったり、窪みへ足を踏込んだりした。その度に市之丞は敏捷に手を伸ばして、身を支えたり抱き起したりしてやった。物柔かな、それでいて注意の行届いた都会人の神経が、絹絵にはひどく新鮮な魅力であったらしい。いつか半日来の憂悶も忘れたように、双眸は生々と輝いてきたし、一度などは艶のある声で高々と笑いさえした。
 やがて箙沢の谷戸口まで来た。そこは双つの丘が迫って浅い谷を成している盆地で、古い榧樹《かやのき》や杉の巨木の彼方に、黒塀をめぐらした広い屋敷構えがあり、幾つかの灯が見えている。――それが信右衛門の家だった。
 伊兵衛は乙二郎を下ろして、
「拙者が参っては却って面倒だろう、誰か乙二郎を家まで背負って行く者を呼ぶがよい。ここで待っているから」
「拙者が参ろう」
 市之丞が直ぐに進み出た。
「途中で行合わせたという事にすればよいし、顔見知りでない方が却ってお父上の怒りも軽く済むかも知れない」
「そうして貰えれば一番よいが」
「雑作の無い事だ、さあ」
 市之丞は即座に乙二郎へ背を向けた。――伊兵衛は背負わせながら力を籠めて、
「乙二郎、強くなるんだぞ」
 と云って肩を叩いた。少年は蒼白い顔に微笑をうかべながらしっかりと頷いた。――絹絵は礼を云わなかった。ただ燃えるような眸子で、じっと伊兵衛を覓めながら、市之丞と共に去って行った。

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

 それから数日経った。
 市之丞はどうした事か、それ以来姿を見せない。来る日も来る日も朝からの吹雪で、新女峡へ通う幾つかの道はすっかり埋まり、治水工事の下拵えも当分休まなければならぬ状態になった。――伊兵衛は日に二度ずつ、箙沢《えびらざわ》の杉林を見廻って来るあとは、甘雨亭《かんうてい》の「近畿治河誌《きんきちかし》」や「治水鑿覧《ちすいさくらん》」などを参考に、工事の案を繰返し推敲修正する事で熱中していた。
 すると或る日のこと、表へ誰か馬を乗り着ける気配がしたと思うと、清造が顔色を変えながら入って来て、
「申上げます、箙沢様の御入来でございます……」
「――なに伯父上が」
 伊兵衛は驚いて立上った。――急いで部屋を出ると、中土間へ信右衛門が雪を払いながら入って来るところだった。
「ようこそお運び下さいました」
 伊兵衛が膝をついて挨拶しようとするのを、老人は性急に手を挙げて遮り、
「挨拶には及ばぬ、些《ち》と訊ねたい事があって参ったのだ。用が済めば直ぐに帰る」
「でも有りましょうがまず――」
「措け、心にもない辞儀は沢山だ」
 無遠慮に嘯《うそぶ》いて、
「訊ねたいと申すのは他でも無い、大村市之丞と申す者を知っているか」
「――存じて居ります」
「その方とは京で同塾に学んだと云うが、家柄や素性に就てその方の知っている事を聞きたいのだ」
「大村がどうか致しましたか」
「別に隠す必要もあるまい、――実は娘を嫁に呉れと申し込んで来ている」
「…………」
 伊兵衛は愕然と息をのんだ。
 予想だもしなかった事である。端麗な市之丞の顔と、表情の濃い絹絵の顔とが、ひとつに重り合う鮮かな幻を眼のさきに感じながら、伊兵衛は一瞬の言句に詰った。
「儂の心は定っている、あの男なら嫁に遣ってもよいと思うのだが、念のために訊いて置きたい。――喧嘩をしているその方の申し分もまた参考になるであろうからの」
 皮肉な言葉つきだった。――伊兵衛は漸く眼をあげて云った。
「御参考になるとあれば申上げましょう。大村の家は本江藩で代々の国家老、食禄は千二百石かと覚えました、彼はその長男でございます」
「まだ部屋住みか」
「いや、納戸役を勤めて、お役料百石と申すことでございます。――また山崎先生の塾では成績抜群で、秀才と呼ばれて居りました」
「それなら松室の娘を呉れても恥かしくはあるまい。定《き》めよう」
「もう他にお訊ねはございませんか」
「家柄、素性、学才、それだけ揃っていれば、云分はない」
「それだけで宜しいのなら、結構です」
 伊兵衛はぐっと唇を噛んだ、――信右衛門は笠を被ろうとしたが、
「だが伊兵衛、是は是だ、新女峡《よめきょう》治水というその方の狂気沙汰には、飽くまで儂は反対だからそう思え、必ずぶち壊して眼を覚ましてやるぞ」
「御用が済みましたら失礼致します」
 伊兵衛が立とうとすると、
「待て――」と信右衛門は鋭く呼び止めた。
「その方は儂の杉林の伐出しに邪魔立てをするつもりらしいが、迂濶に手出しをすると今度は唯で済まんぞ」
「覚えて置きましょう」
「そうだ、よく覚えて置くがよい。箙沢の杉林はもう儂の物ではない、高山藩へ売渡して了ったという事を!」
「えっ――藩へ売った……」
「伐出しは藩の工事方でするだろう、それだけは忘れぬがよい」
 云い捨てて、信右衛門は笠を被りながら外へ出て行った。
 伊兵衛は茫然と空を見戍《みまも》った。――あの杉林を伐られては現在建てている治水工事の計画が根本から覆えって了う、それこそ本当に彼の私財を抛ったくらいでは及びもつかぬ大事業になって了うのだ。伯父の手にある内なればこそ、どんな事をしても伐出しの邪魔をするつもりであったし、若しもの場合には藩へ訴診してもと考えていたが、こう先手を打たれてはとっさの対策に窮して来た。
 然し、伊兵衛にとってその事よりも更に大きな打撃は市之丞の求婚である。
 ――絹絵が嫁に遣られる。
 それは伊兵衛の胸を引裂く言葉だった。
 ――絹絵が他人の妻になるのだ。あのしなやかな手も、匂うような肌も、艶やかな眸子《ひとみ》も、みんな他人の物になって了うのだ。
 幼い頃から、苔へ浸み入る水のように、絹絵の存在は伊兵衛の胸にしっかりと食い入っていた。妻にしようなどと改めて考える必要を感じなかったほど緊密な、ぬきさしならぬ愛情のつながりを以って今日まで来た。
「――ああ!」
 伊兵衛は低く呻いた。
 苦痛が胸を緊めつける、生れて以来初めて感ずる苦痛が、恐ろしい力で伊兵衛の胸を緊めつけるのだ。――そしてあの日市之丞から射かけられた一発の銃声が、無慈悲な運命の嘲笑のように、生々と耳底へ甦えって来た。

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

 その次の日、伊兵衛は祖師の湯の篠田屋で、市之丞と対談していた。
「伯父から話を聞いた」
 伊兵衛は容《かたち》を正して、
「貴公が絹絵を嫁に欲しいという話、伯父には申し分が無いらしい」
「いや、実はそれに就て」
 市之丞は遉《さすが》に少しまごついて、
「先ず貴公に相談してからと思ったのだが、あの吹雪続きで、つい訪れる折が無かったものだから。それに両三日うちに帰藩しなければならぬ用もあったので」
「否《い》や! そんな事は何方《どちら》でも宜い、拙者に相談されたところで、伯父とは話した通りの間柄だから何も出来はしない、そんな事より――拙者から一言訊きたい事がある」
「……何だろう――改まって」
「いま拙者が、絹絵の事は諦めて呉れと云ったらどうする」
 市之丞はぎょっとしたらしい。疑うように伊兵衛の眼を見上げたが、――やがてその唇が冷やかな笑《えみ》を刻んだ。
「――厭だ、と答える」
「刀に賭けても、厭だと云うか」
「それは、どういう意味だ」
「正直に云おう。市之丞、――拙者は絹絵を愛している。絹絵の仕合せのためなら自分に出来る限りの事をするつもりだ。今日まで拙者は絹絵を妻に迎える日の来る事を夢みていた。だがそれはそれだ、貴公が若し絹絵を仕合せにする事が出来るなら、こんな山奥で朽ちるより都に近い町で華かな生涯を送らせてやりたい、是が拙者の本当の気持なんだ。……分るか」
「よく打ち明けて呉れた、松室」
 市之丞は微かに叩頭して云った。
「絹絵さんを見る時の貴公の眼で、その気持は朧ろげに察しがついていた。だから実は貴公には話せなかったのだ。――こう云うと如何にも貴公を出し抜いたような結果になるが、そうせずにいられなかったという気持を分って呉れ。女々しい云分だが拙者はもう……絹絵さんと別れては生きる甲斐もないのだ」
「それが本心なら、云う事はない」
 伊兵衛は頷いて、
「ただ呉々も、彼女《あれ》を仕合せにしてやって呉れ。――それから、もう拙者の小屋へは来て呉れない方が有難いな」
「然しそれでは全《まる》で……」
「本当の気持を云うのだ、祝言の席にも招かないで貰う、さらばだ」
 そう云って伊兵衛は立上った。
 雪は歇《や》んでいたが空が重たく雲を畳《たた》んで暗鬱な光が黄昏《たそがれ》のような佗びしさを添えている。伊兵衛は雪沓《ゆきぐつ》に鳴る新雪のきしみ[#「きしみ」に傍点]を、涙ぐましく聞きながら家の方へ戻って来た。――己には仕事がある。新女峡《よめきょう》治水《ちすい》という大きな仕事があるんだ、何千人という農夫が己の仕事に希望を懸けているんだ。こんなちっぽけな苦痛は一日も早く忘れよう。絹絵にしたって飛弾の山奥で郷士の妻になるより、一藩の家老の夫人として人に尊敬され、都会の華かな生活を味う方が仕合せに違いない。
 同じ思いを幾度も繰返しつつ、箙沢《えびらざわ》と西谷との岐れ道へさしかかった時、
「――お従兄《にい》さま」
 そう呼びながら、不意に右手の藪の蔭から絹絵が走り出て来た。――其処でさっきから待受けていたらしい。伊兵衛はたじたじとなる心を引緊めながら、
「こんな処で、どうしたのだ」
「お小屋へ伺ったのですけれど、祖師の湯へいらしったと聞いたものですから」
「何か用なのか」
 云いながら、伊兵衛は構わずに歩きだした。――絹絵は相手の様子が余りに日頃と違っているので、些《ちょ》っと継ぐべき言葉も無かったが、意を決したらしく追い縋って、
「お従兄さま、待って下さいまし、――お話があるんですの」
「歩きながら聞こう、何だ」
「厭、お待ちになって」
 絹絵は甘えるように伊兵衛の袖を握った。伊兵衛は振返って娘の顔を見戍《みまも》ったが、静かにその袖を振払って、
「はしたないぞ絹絵。従兄妹《いとこ》の間にも礼儀はある。道中で袖を執るなどとは下賤の女でもせぬ事だ。――話があるなら早く聞こう、拙者は帰って用事があるのだ」
「…………」
 絹絵は茫然と伊兵衛を見上げた。

[#8字下げ]六[#「六」は中見出し]

「父からお聞き及びかと存じますけれど」
 やがて訴えるように絹絵が云った。
「大村さまからわたくしを……」
「聞いた」
「それで、……お従兄さまは――」
「市之丞は国家老の長子だ、学才もある。おまえの良人として不足は無いように思う。伯父上もお気に入りの様子だ」
「否《い》え、否《い》え!」
 絹絵は強く頭を振って、
「わたくしが伺いたいのはお従兄さまのお考えですわ、お従兄さまはどう思召しますの! 絹絵に大村さまへ嫁《ゆ》けと仰有いますの?」
「それはおまえの考える事だ」
「お従兄さまのお考えを聞かせて下さいまし。絹絵は幼い時分から、父上には話さない事でもお従兄さまには必ずお話しして来ました。字を書く事も本を読む事も、雪滑りや竹馬遊びも、みんなお従兄さまに教えて頂きましたわ。物事を正しく観る力も、美しいものをみつける眼も、みんなお従兄さまのお手引で覚えたんです。――お願いですお従兄さまの本当のお気持を聞かせて……」
「絹絵、――おまえは……」
「わたくしは?」
 伊兵衛の眉が苦しげに歪んだ。
「おまえはもう、自分の道を自分で選ぶ年になっているのだ。どういう人間が最もその妻を幸福にするかという事は神より他に知ることは出来ない。――伊兵衛は誰よりも強くおまえが仕合せであるように願って来た。是からおまえの仕合せを祈っている。若しこの縁談がおまえを不幸にすると分れば、拙者は決して同意はしないだろう」
「――お従兄さま」
「是だけしか今の伊兵衛には云えない。大村へ嫁したら仕合せであるように」
 そう云うと、伊兵衛は絹絵から逃げるように走り去って行った。
 その夜から、伊兵衛は全く工事の計画だけに没頭し始めた。――第一に解決しなければならぬのは箙沢の杉林である。藩の手で伐出しを始められてはもう手の出しようが無い。是はどうしても自分の方へ払下げて貰う必要がある。然しその価格がどの程度になるか分らないし、それを支払う現金が間に合うかどうかも疑問だった。然し先ず願書を呈出して、伐出しの方だけでも延期させなければならない。……それには併せて治水工事の方の仔細書をも添える方が好都合と思ったので、伊兵衛は両方の書類を纒めるのに熱中した。
 三日めに、大村市之丞から、
 ――今日、結納を贈った。
 という簡単な通知があった。
 伊兵衛はその手紙を爐へ投入れた。もうそれほど心は痛まなかった。ただ胸の中を寒い風がひょうひょうと吹通るような、蕭殺《しょうさつ》たる寂しさを感じただけである。そして尚も仕事を急いだ。
 書類の出来上ったのはそれから更に三日めの事だった。ほっとしながら読返しをしようとしていると、急に表から、
「従兄上様《あにうえさま》、従兄上様」
 消魂《けたたま》しく呼びながら、乙二郎が蒼白な顔をして駈込んで来た。
「乙二郎ではないか、どうしたんだ」
「大変なんです、直ぐ来て下さい」
「何だ、落着いて云え」
「お姉さまが」
「――なに、どうしたと」
 ぎょっとして伊兵衛が乗出した。乙二郎は息を喘がせながら、
「火傷をしたんです、爐へ落ちたんです。爐へ落ちて大火傷をしたんです、いま医者が来ているんですけれど、父上が昨日から高山の城下へ行ってお留守なので」
「よし、直ぐ行こう」
 伊兵衛は臥破《がば》と起ったが、
「待て、乙二郎! 祖師の湯の大村へは知らせたか」
「――否え」
「いけない、それではおまえ是から廻って直ぐに知らせて来い、己はひと足先に行っている」
 そう命じて伊兵衛は土間へ下りた。

[#8字下げ]七[#「七」は中見出し]

 半ば夢中で家を出たが、
 ――いかん!
 と途中で伊兵衛は立停った。
 ――市之丞より先に行ってはならぬ。
 そう気付いたのである。もう今までの絹絵とは違う、結納まで済ませた許嫁がある。市之丞より先に行くのは礼儀でない。――直ぐにも行って傷の様子が知りたかった。気遣いと不安で胸は裂かれるように痛んだ。けれど伊兵衛は懸命にそれを押し鎮めながら、廻り道をして刻を計った後、箙沢の家へ入って行った。
「あ! 従兄上さま」
 待ち兼ねていた乙二郎が、
「どうしたんです、もう疾《とっ》くに大村様もいらしってますよ」
 不平そうに云うのを聞流して、よく知っている絹絵の居間へ通った。――直ぐ眼についたのは鮮かな白い巻木綿だった。床に仰臥している絹絵の、顔の右半分から頭へかけて、無慙に晒木綿が巻いてある。枕許には老医と市之丞が黙然と坐っていた。
「――遅くなって」
 市之丞に会釈して、少し離れた所へ座をとった伊兵衛は、思ったよりもひどい傷らしいので、暫くは云うべき言葉も無かった。
「どうも大変な事になって」
 市之丞は取乱した眼をしていた。
「一体どうしたという事だ」
「それが……」
 市之丞が云いかけるのを遮って、絹絵が苦しげに眼を振り向けながら云った。
「宜うおいで下さいました、お騒がせして申し訳がございません」
「そんな事より、全体どうしたのだ」
「自分でもよく分りませんの、自在鉤の茶釜を外そうと致しましたら、足が滑ってそのまま、燃えているの中へ前のめりに……」
「――うむ」
 伊兵衛は自分が火に焼かれたような、鋭い痛みを感じながら低く呻いた。
「それで、――傷の様子は」
「なにしろお顔の右半分から、頭へかけての大きな傷でござるゆえのう……」
 老医は嘆息するように云った。
「それも煽られた程度なら別じゃが、真皮まで焼け爛れたうえに手当てが遅れたで、よく治っても右半面の痕は免れまいと存ずるが」
「何とか致し方はあるまいか」
「出来るだけ療治を仕るが、先ず命の助かったのがお仕合せと申す他はござるまい」
 伊兵衛は再び呻いた。
 絹絵は眼を閉じたまま、静かに呼吸をしていた。心の動揺の少しも見えない姿だった。伊兵衛にはそれが却って痛ましく哀れに思えて、迚《とて》も正視するに忍びなかった。
「――大村」
 やがて伊兵衛は低く呼んで、※[#「目+旬」、第3水準1-88-80]《めま》ぜをしながら立ち上った。市之丞も頷いて、そっと足音を忍ばせながら部屋を出た。――伊兵衛は黙って玄関から門の外まで出ると、振返って市之丞の眼を覓《みつ》めながら、
「とんだ事になった。――伯父が戻っては面倒ゆえ拙者は是で帰るが、念のために訊いて置きたい。貴公、絹絵を娶るという約束、こうなったからとてまさか変更をするような事はあるまいな」
「それを先刻から考えているのだが」
「考える――?」
 伊兵衛の鋭い眼から、市之丞は顔を外向《そむ》けながら云った。
「まあ聞いて呉いれ、火傷をしたからと云って拙者の気持には些《いささ》かも変りはない、それは事実だ。然し是は絹絵どのの立場になって考える必要もある」
「絹絵の立場がどうだと云うんだ」
「落着いて聞いて呉れ。拙者の家は代々の国家老で、人の出入りも多く家中との交際も大抵な事ではない。その場合絹絵どのが醜い火傷の痕のある体で、何のひけ[#「ひけ」に傍点]目も感じずにいられるだろうか。若し生涯その傷痕のために、世間を狭く送るような事にでもなると」
「黙れ市之丞!」
 伊兵衛は遮って云った。
「貴様は絹絵がいなくては生きる甲斐が無いと云った筈だ。刀にかけても諦める事は出来ぬと誓ったではないか。火傷ぐらいが何だ。貴様が若し本当に絹絵を愛しているなら、例え片手片足が無くとも、世間にひけ[#「ひけ」に傍点]目を感じさせぬよう護ってやるのが当然ではないか。それともあの誓いは偽りか」
「否や、それは分っているのだ」
 市之丞は熱心に遮った。
「拙者としては唯、絹絵どのの身になって考え過したばかりで、絹絵どのさえ望むなら決して破約などはせぬ」
「その言葉に嘘はあるまいな。――よし、絹絵がそれを聞いたらさぞ喜ぶだろう。女が命とも思う顔に、醜い痕が残るのを承知で娶ると知ったら、彼女は心から感謝するに違いない。この不幸が、二人の愛情の楔になることを、己は祈っているぞ」
「――有難う」
 市之丞は泣くような微笑をうかべながら面を伏せた。――伊兵衛はその様子を暫く覓めていたが、やがてっと手を伸ばすと、市之丞の手をぐっと握り緊めて、静かに其処を立去った。
 小屋へ戻った伊兵衛は、何も彼も忘れて書類の仕上げを急いだ。――身も心もくたくたになっていたが、他の事を考えるのが辛い許りに、ただ夢中で筆を執っていた。
 書類が出来上ったのは黄昏《たそがれ》近くであった。伊兵衛は村右衛門を呼んで、それを田岡の代官所へ届けるように命ずると、珍しく酒を口にして寝床へ入った。

[#8字下げ]八[#「八」は中見出し]

 田岡の代官所から村右衛門が帰って来たのは、その明くる日の午《ひる》少し過ぎた頃であった。――その朝からまたひどい吹雪になって、空も地もなく、ただ灰色の粉雪が渦巻き吹き散っていた。
「唯今戻りました」
「御苦労だった。用は足りたか」
「はい、都合の好い事に丁度お代官が高山へ御用でお出掛けという前でござりました。直ぐに御奉行所へ持参しようとおっしゃって居られましたゆえ」
「そうか、それは宜かった。――まあ早く上って温まるが宜い」
「はい、なにしろえらい降りでございます。鷺の森の大桧が二三十本も将棋倒しになって居りましたし、祖師の湯では宿屋が一軒潰されましたそうで」
 云いかけて村右衛門は、ふと思い出したように振返りながら、
「そう云えば篠田屋に御滞在の大村様は、この吹雪の中をお帰りでございましたが、御存知でござりますか」
「大村が帰った? 人違いではないか」
「否え人違いではございません、権七の雪車(馬橇)で美濃街道を下っていらっしゃいました。あの時の鉄砲も慥《たしか》にお持ちで」
「――しまった」
 伊兵衛はがばと起った。
「それは何時《いつ》だ」
「つい今しがたで、まだ矢倉峠へはかかりますまい」
 逃げた! そう直感したから、大剣をひっ掴むと共に足袋|跣《はだし》のまま小屋を飛出した。
 怒りが爆発した。全身の血が燃えるように感じられた。あれほど念を押し、二度まで誓言して置きながら、今になって獺《かわうそ》のように逃げるとは、
「市之丞、やらぬぞッ」
 伊兵衛は空に向って叫んだ。
 矢倉峠で食い止めるのだ。小屋から南へ続く丘陵をひと息に駈け登って、二本松から姥《うば》ヶ峰と呼ぶ岩山を越した。烈風に吹き捲くられる粉雪が濁流の渦のように眼界を遮るので、伊兵衛は幾度か足場を踏み過って顛倒し、幾度か吹溜りへのめり込んだ。――爪が剥がれ、脛を傷つけた。そして点々と鮮血が雪を染めた。
 やがて疲れが来た。足許も不安定になり、濃霧のように密な吹雪の中で、呼吸は眼の眩むほど苦しくなった。
「くそっ、此処でへたばって堪るか」
 伊兵衛は歯を食いしばって、
「彼奴を捉えるまでは死んでも倒れんぞ。彼奴を捉えるんだ、あの裏切者を」
 弱って来る体力に鞭打ち、鞭打ち、息を限りに走った。
 陣場ヶ丘から矢倉峠へは、小松の生えた斜面が続いている。伊兵衛は腰まで没する雪と、雪の下で足を遮る小松とに、殆んど転《こ》けつまろびつ斜面を降った。――そして峠の上へ出た時、吹雪の中を飛弾特有の雪車が、此方へ近づいて来るのをみつけた。
「――間に合った」
 と思うと一気に、一丈余りある崖の上へ走り寄って大声に、
「その馬待て!」
 と喚いた。
 薪炭や作物を運ぶために作られた簡単な橇である。その上に合羽と笠を衣《き》て蹲っていた市之丞は、伊兵衛の姿を見ると――いきなり、持っていた鉄砲を取り直しざま伊兵衛を狙って引金を引いた。
 だあーん!
 吹雪を截《き》って飛ぶ弾丸。
 然し伊兵衛は、市之丞が鉄砲を取り直すと見る刹那、さっと身を躍らせるとそのまま、走って来る雪車の上へ飛礫《つぶて》のように跳び下りていた。
「――あッ」
「卑怯者」
 二つの声がもつれて、市之丞は頸を双手で抱えられたまま同体に、だあっと雪煙をあげながら道へ顛落した。
 市之丞は死もの狂いに抵抗した。組打つ二人の周囲に飛沫の如く雪が散乱した。伊兵衛は相手を押えつけ、右手の拳で鼻柱を力任せに突上げた。市之丞は歯を剥き出し体を捻じ曲げながら差添を抜いた。然し伊兵衛は素早くその手を掴んで逆に捻じ上げ、膝を市之丞の水落へ当ててぐいぐいと圧しつけた。
「むう――」
 苦痛の呻きをあげるところへ、満身の力を籠めた拳で高頬へがんと一撃。市之丞はあっ[#「あっ」に傍点]と云って差添を取り落したが、もう争う力も尽きたらしく、そのままぐたりとなって瀕死の獣のように喘ぐばかりだった。
「――権七」
 伊兵衛は淋漓《りんり》たる汗を押し拭いながら、――五六間先に唖然としている馬子を呼んだ。
「此奴を乗せて箙沢まで行くんだ」
「――へえ」
「早くしろ」
 馬子は云われるままに戻って来て、倒れている市之丞を橇の上へ乗せた。
 雪車は道を戻り始めた。市之丞は苦しげに呻きながら俯伏せのまま右へ左へ身を藩掻《もが》いていたが、やがて喘ぎ喘ぎ、伊兵衛を仰ぎ見て云った。
「許して呉れ、頼む、松室。――このまま己を帰らして呉れ、詫びはどのようにでも、云う通りにする、松室……赦《ゆる》して呉れ」
 伊兵衛は黙っていた。
「この縁談は、迚《とて》も仕合せには行かない、己が承知でも両親や親族が反対するに定《きま》っている。松室――どうか勘弁して呉れ」
「…………」
「先刻の鉄砲は、全く逆上していたのだ。本当に射つ気ではなかったんだ。赦して呉れ、この通りだ、松室」
 然し伊兵衛は見向きもせず、石のように身動きもしなかった。――市之丞は再び俯伏せになって荒々しく喘いだ。

[#8字下げ]九[#「九」は中見出し]

 雪車が箙沢の松室家の門前に着いても、市之丞は独りでは立つ事も出来なかった。――伊兵衛はその衿髪を掴んで俵のように引き降ろすと、
「――歩け!」
 と引起し、容赦も無く小突きながら中庭の方へ入って行くと、
「あ! 従兄上《あにうえ》さま」
 と、母屋の広縁にいた乙二郎がみつけて、声をかけた。
「姉さんはいるか」
「――居ります」
「伯父上も一緒にお呼びして呉れ」
 乙二郎は奥へ走入ったが、直ぐに信右衛門と絹絵を伴って出て来た。――伊兵衛は、
「絹絵の前だ、坐れ」
 と叫んで市之丞を雪の上へ突き据えた。絹絵は静かに縁先へ進み出ながら、
「お従兄さま、どうぞ手荒な事を遊ばさないで下さいまし。先程お手紙を頂いて、お約束破談の事は承知しているのですから」
「破約の手紙?」
 伊兵衛は市之丞を睨み下ろして、
「そうだったのか。それで絹絵――おまえそれを承諾するのか、それで宜いのか」
「大村さまのお心が是で篤と分りました。わたくしも快く破約したいと存じます。少しも異存はございませんから、どうぞ何もおっしゃらず、このまま帰して上げて下さいまし」
「本当にそれで宜いのだな」
 伊兵衛は絹絵を見上げた。晒木綿に巻かれて片方しか見えぬ艶やかな眸子《ひとみ》が、感謝の涙をたたえて眤《じっ》と伊兵衛を覓《みつ》めていた。
「そうか、それなら宜いんだ」
 伊兵衛は頷いて、
「実はおまえの前で斬るつもりだったんだ。然し斬るのも刀の穢れだ。おまえの言葉に免じて赦してやろう。――市之丞、絹絵に礼を云え」
「か、忝《かたじけ》のう……」
 市之丞はもつれる舌で、低く頭を垂れながらようやくそれだけ云った。伊兵衛はその肩を掴んで引き起すと、
「出て行け、再びその穢わしい姿を見せるな」
と突き放した。
 先刻の組打ちで足でも挫いたか、片足を曳き摺りながら悄然と、門の方へ出て行く市之丞の後姿を見送っていた信右衛門は、その時、はじめて伊兵衛の顔を見上げた。
「――伊兵衛、いつぞや大村の素性を訊ねて参った折、それだけで宜いか……と云った其方の言葉が今こそ思い当ったぞ」
「伯父上!」
「身分より才智より、人間として最も大切なものを念頭に置かなかった信右衛門、己の不覚ゆえ娘に斯様な恥辱を与えて了った。こんな片輪にして、こんな辱めを与えて、漸く老いの頑愚から覚めた儂を笑って呉れ」
「伯父上――」
 伊兵衛は、つと進み寄って云って、
「そのお言葉で充分です、宜うとそおっしゃって下さいました。お言葉に甘えるようで恐れ入りますが、改めて伊兵衛お願いがございます」
「新女峡《よめきょう》治水の工事なら云うには及ばぬ。今迄の事は一切忘れて儂も其方と共に遣らせて貰うぞ」
「忝のうございます。然しお願いと云うのは別にあるのです。実は絹絵を私の妻に申し受けたいのですが」
「――なに」
「こんな場合で不躾とも思召しましょうが、伊兵衛は疾から絹絵を妻にと心ひそかに願っていたのです。市之丞に嫁ぐと聞きました時には……生きている事が辛うございました」
「お従兄《にい》さま!」
 聞きも果てず絹絵が叫んだ。
「嬉しゅうございます、今日までわたくしそのお言葉をお待ちしていました。そのお言葉だけをお待ちしていましたわ」
 云う半分は涙だった。――信右衛門はその声に胸を刺し貫かれた如く、二人の前へ凝乎と頭を垂れながら、
「伊兵衛、何も云わぬこの通りじゃ。ただ返す返すも残念なは、儂が頑愚であったばかりに、こんな醜い娘を嫁がせる事だ。是がもう半月早かったら」
「否え、お待ち下さいまし」
 絹絵は父の言葉を遮って、
「父上さま、絹絵はこの年まで、何ひとつ孝行らしい事もせずに過して来ましたけれども、今こそ唯一つだけお心をお安め申す事がございます。――それからお従兄さま」
 と、振返って、
「不束者《ふつつかもの》のわたくし、何ひとつお役に立てそうもございませんが、唯一つだけ土産を持って参ります、――御覧下さいませ」
 そう云って、絹絵は顔から頭へかけて巻いた晒木綿を静かに解きはじめた。――何をするかと、訝しく思いながら見戍《みまも》っている二人の前に、やがて全く意外なものが見えて来た。
 手に順《したが》って解きほぐされる巻木綿の下には、火傷の痕などは微塵《みじん》もなく、薄化粧さえほどこされた美しい顔が、艶々とした髪が、一点の汚れもない珠のような美しさで現われて来たのだ。
「――是は……」
「絹絵!」
 二人は息をのんだ。――絹絵は微笑しながら、
「お許し下さいませ、父上さま。女が一人の良人を定めるために、一度だけ許されて宜い偽りを致しました」
「では、火傷と云うのは嘘か」
「はい、玄庵さまに御相談して、失礼ながら皆様をお騙し申しました。でもその甲斐があって、絹絵は本当の良人を選ぶことが出来たのでございます。父上さま――お叱りなさいませんわねえ、お従兄さま」
「ははは、ははははは」
 老人は突然笑いだした。双眼からぽろぽろ涙をこぼしながら、奇妙な声で、然し甦えったように明るく、
「負けた、儂の敗北じゃ、ははははは。出来《でか》したぞ絹絵、なに叱って宜いものか、遉《さすが》に信右衛門の娘だけある、ははははは」
「まあ、そんなにお笑い遊ばしては」
「是が笑わずにいられるか、あの大村の小才子めが、まんまと狐罠《きつねわな》にかかり居って、この有様を見たら何と云うか、それを考えると腹が捩《よじ》れる、わははははは」
 われるような哄笑を聞きながら、伊兵衛と絹絵は燃える眼と眼をひたと合せ、溶け入るような微笑を交していた。
 吹雪は新女峡《よめきょう》の上に、歓びはいま箙沢《えびらざわ》の家に……。



底本:「感動小説集」実業之日本社
   1975(昭和50)年6月10日 初版発行
   1978(昭和53)年5月10日 九版発行
底本の親本:「講談雑誌」
   1939(昭和14)年12月号
初出:「講談雑誌」
   1939(昭和14)年12月号
※表題は底本では、「新女峡《よめきょう》祝言」となっています。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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