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平安喜遊集02牛
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平安喜遊集
牛
山本周五郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)添上《そえかみ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)上|惟高《これたか》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JISX0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「火+(麈-鹿)」、第3水準1-87-40]
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[#6字下げ]一[#「一」は中見出し]
私は大和ノくに添上《そえかみ》ノ郡の小領、池ノ上|惟高《これたか》の秘書官であり、名を在原《ありわら》ノ伸道《のぶみち》といい、そして恋にとらわれたいまいましい男である。今日はこの郡の大領|物注満柄《もつぎまつか》が京から帰館するので、小領はそのむすめとともに郡境まで出で迎えにゆき、私はこうして郡館《ぐうかん》の前へ待ち迎えに出たわけである。ええ、まもなくかれら一行はここへ帰って来るでしょう。
私はいま自分を在原ノ伸道といったが、本姓は尾足《おたり》であり、事情があって在原をなのっているのである。その事情というのは、私をとらえている恋とともに、このように私をいまいましい男にしているのであって、いや、これは恋などというにおやかなものではなく、ある女にとらわれているといったほうが正しいかもしれない。それは私の直属上官である小領のむすめで、名はこむろ[#「こむろ」に傍点]という。まもなくここへあらわれるだろうが、いろ白うあえかにやせほそりて、といった容姿のもちぬしであり、年は十四歳から二十八歳のあいだというほかはない。さよう、彼女は一刻として同じ年齢であったことはない、あるときは二十あまりのしたたるばかりに嬌《なま》めかしいむすめであり、べつのときは十四歳のあどけなき少女であり、またのときは二十八歳のしたたかな手だれものになる。こう申上げるだけでおよそ推察されるであろうが、まことに変転自在、こちらはいつも妻戸をまちがえて叩いては、鼻柱を叩き返されるような思いをするばかりなのである。――私がいまこのようにおちつかないのは、京から帰って来る一行の中に秦《はた》ノ安秋《やすあき》がいるからです。安秋は大領の秘書官であり、この郡でゆびおりの富豪の二男であり、おしゃれで軽薄で新しがりやで、きざで、さよう、胸のわるくなるほどきざな男で、そうしてこむろ[#「こむろ」に傍点]に懸想している。もちろん、あんな男に興味をもつようなこむろ[#「こむろ」に傍点]ではないが、安秋が富豪の二男という条件をもっている以上、私としても安閑としているわけにはまいらないのです。ええ、――まだ大領の一行はみえないようですな。
大領の物注満柄は「やもめの羆《ひぐま》」というあだ名がある。骨ぶとに肥えたあから顔の五十男で、頭のごく単純なかんしゃくもちで、むやみに怒って喚きちらす癖があり、怒るたびに物を毀《こわ》す癖がある。しかし、決して自分の物を毀さないだけのふんべつと、単純であるために隠すことを知らない狡猾《こうかつ》さだけはもっており、その点、小領とは、いい対照をなしているようだ。――私の直属上官である小領は、この郡館に住んでいるのであるが、温厚で思慮が深く、けいけんな仏教徒で、そこつに喜怒の情をあらわさない人である。たとえば、こんど大領が京へいったのは、藤原道長公の法成寺落慶供養に招かれたのであって、大領はその名誉を郡の内外に誇りまわっていたが、大領は決して招かれたのではない、ということを小領はみぬいており、しかもみぬいていることを誰にももらそうとはしないのだ。池ノ上惟高という人にはこのようなおくゆかしい思慮のある反面、その家常茶飯における極端な倹約と、仏教に対するぜんぜん無抵抗な畏服《いふく》とで、人間らしい差引をつけているようである。ごらんのとおり、秘書官である私などがこのようにいまいましく痩《や》せているのに、ひとたび仏の供養となると仰天するほどの金穀を布施して惜しまない、もっともこれはこの時代の一般的な風潮でもあるが。――
いまはひとくちに藤原時代といわれるくらいで、藤氏一門が栄えと幸とをきわめ、国史はじまって以来のけんらんたる文華を誇っている。しかも現世における歓楽の飽満から、来世のことが不安になるのだろう、このたび道長公の法成寺建立を以てその頂点に達した如く、むやみに仏堂|伽藍《がらん》を建てて後生を祈願することが流行した。云うまでもなくこれは重税と課役によるもので、そのため最大多数の勤労者農民たちは二重に搾取される結果となり、絶望のあまり底ぬけの楽天主義におちいっているのである。人間はのがれがたい圧政に苦しめられると、自殺をするか革命を起こすか楽天主義者になるかのいずれかを選ぶようである。だが私はそのいずれをも選ばない、私は出世をしたいのであり、富と恋と、やがては権力をにぎりたいのであり、それについては、私が大学の受験に際してなめた屈辱と失意を語らなければならない。いまから三年まえ。ええ、――ああなるほど、大領の一行がやって来ましたな。ごらんなさい、先頭に立って喚きたてているのが大領の物注満柄です、どうか「やもめの羆」というあだ名をお忘れにならないで下さい。
[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]
その一行は舞いたった土埃《つちぼこり》につつまれていた。
大領は土埃の中で話していた。すずしの下がさねに杜若《かきつばた》色のこまかい模様を染めた狩衣《かりぎぬ》を着、風折り鳥帽子《えぼし》をかぶり、腰に太刀《たち》を佩《は》いているが、彼は腕まくりをし、拳をふり廻し、ちから足をふみ、汗まみれになったあから顔をあちらへ向けこちらへ向け、そして精いっぱいめりはりをつけた声で語りつ喚きつ歩いているため、埃だらけの狩衣も鳥帽子もひん曲り、腰に佩いている太刀も、絶えず前へきたりうしろへずれたりしていた。――大領の右に小領の池ノ上惟高が並び、左に小領のむすめのこむろ[#「こむろ」に傍点]と、大領の秘書官である秦ノ安秋が並び、うしろには出迎えの役人たちと、肩荷や行厨《こうちゅう》をかついだ供たち、また途中から話を聞くためについて来た老若の雑人《ぞうにん》たちなどが一団になっており、乾いた道から舞いあがる土埃がこれらの人たちをつつんで、これらの人たちといっしょにゆっくりと移動していた。
こむろ[#「こむろ」に傍点]は秦ノ安秋にめくばせをし、そして大領に呼びかけた。
「お話の途中ですけれど」と彼女はあどけなく遮《さえぎ》った、「賀茂の葵《あおい》祭りなどには、桟敷をかけて見物するようですけれど、落慶供養のような仏事に、桟敷をかけて見物させるなどということがあるのでしょうか」
大領はあから顔の汗を拳で横なぐりに拭き、なだめるように微笑してみせた。
「わしは桟敷へ招かれたのだよ、嬢や」と大領は云った、「なにしろ天皇の行幸があることだし、それにあれだ、京はここらとちがって祭りだからとか仏事だからとか、そんな田舎くさい差別はせないのだよ、京ではな、――嬢や」
「京ではね」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は頬笑みながら頷《うなず》いた、「わかりましたわ、物注のおじさま」
「さていよいよ行列だ」と大領は歩きだしながらもみ手をした、「まだ行幸ではない、まず女御たちから、いや、はじめは宮たちだ、まずさいしょは大宮、皇太后の宮、枇杷《びわ》殿、むろん枇杷殿というのは皇太后の宮をさすのだが、つづいて中宮、かんの殿、なかでも中宮のごしょうぞくは権ノ大夫どのが選ばれたそうで」
「あのう」とこむろ[#「こむろ」に傍点]がまた遮った、「権ノ大夫とはどういう方でございますの」
「権ノ大夫どのが選ばれたのだそうで」と大領は声をはりあげた、「そのおんぞの優美華麗なことは眼も、――嬢や、権ノ大夫とは能信どののことでな、その日は物忌《ものいみ》のため御自分は来られなかったのだよ、嬢や」
「能信とはどの能信さまでしょうか」
「そのおんぞの華麗なこと」と大領は声をはりあげた、「まことに眼を眩《くら》まし魂《たま》をうばわぬばかり、またもっとおどろいたのはおぐしのことだ、おぐし、髪、頭の毛だ」大領は曲った鳥帽子を乱暴に直し、舌なめずりをしながら手をもみ合せた、「なにしろおまえ皇太后の宮、つまり枇杷殿の頭の毛、そのおぐしときたらおん身の丈に一尺七寸もあまるくらい、大宮、つまり上東門院はおん丈にあまること一尺八寸、かんの殿は二尺、いやそうではないまちがった、枇杷殿のおぐしは二尺九寸もあまって、そのすそは扇のようにひらいたまま、地べたをこんなふうにひきずっていた、こんなふうに」
大領は両手をひらひらとなびかせ、うしろざまに身をひねって、そんなふうに髪の毛が長くひきずっているありさまをまねてみせた。すると、うしろから覗《のぞ》きこんでいた小さな童の一人が眼をまるくし、振返ってその母親らしい女に訊《き》いた。
「あのじいさまなにしてるだえ、田楽舞いだしただかえ」
「まだだ」と母親らしい女が答えた、「もうちっと経たなければ田楽は始まらないだ、まだ語ってござるだからな、もうちっと待つだ」
「宮たちのあとには」と大領は話しつづけていた、「関白頼通の殿が横川《よがわ》の僧正と話しながら来られた、お二人とも徒《かち》だ、人間もあのくらいの位地になると徒でも威風あたりをはらうようで、関白殿はむぞうさなお人だから尻っ端折をなされ、しまいには沓《くつ》もぬいではだしになられたが、いよいよ御威光が増すばかりであった、横川の僧正も負けてはいない、はじめは片肌ぬぎだったがしまいには双肌《もろはだ》ぬぎになり、楼門にかかるころにはねじり鉢巻をしてしまわれた」
「なるほど」と小領が温厚に云った、「それはいかにもむぞうさなことですな」
「だものだからあとに続く殿ばら殿上人《てんじょうびと》、上達部《かんだちべ》の人びとも気取ってはいられない」と大領はつづけた、「みんなもう装束なんかぬいでは投げぬいでは投げするので、道傍《みちばた》はいたるところ薄物の単衣《ひとえぎぬ》や唐衣《からぎぬ》や袍《ほう》や直衣《のうし》で山をなす、見物の下人どもはそれを拾おうとしてわれ勝ちにとびだすし、殿ばらの雑色《ぞうしき》たちはそうさせまいと喚きたてるし、その騒ぎでわしまで押しこくられ、市女笠《いちめがさ》をかぶったどこかの青女房と折りかさなって転ばされたくらいだ」
「お話の途中ですけれど」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が静かに遮った、「おじさまは桟敷の上でごらんになっていたのではないのですか」
「嬢や、――」と大領はにこやかに云った、「たのむから話の腰を折らないでおくれ、いいか、わしはさきの太政大臣藤原道長公から招かれたのだ、そのわしが道傍に立って下人どもといっしょに埃をあびながら見物したとでも思うのか、もちろん桟敷の上だよ、嬢や」
「わたくしもそうだと思いますわ、物注のおじさま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「どうぞこだわらずにあとをお続け下さいまし」
「そこでだ」と大領は曲った鳥帽子を直し、うしろへずれた太刀を直し、拳で顔いちめんの汗を拭き、腕まくりをしてつづけた、「そこで、――その、三日つづいた試楽のことは話したかな」
「うかがいました」と小領が答えた。
「ではいよいよ行幸のくだりだ」と大領は舌にしめりをくれた、「沿道に堵列《とれつ》する群衆のはるかかなたから、うおーうおーというどよめきの声が聞えて来た、それっ国王の臨幸である、みゆきであるぞという制止の声」大領は両手をあげて大きく左右に振って、堵列した群衆のゆれ返るさまをまねてみせた、「まるで潮のよせて返すようなありさまだ、わしとしてもじっとしてはいられない、人垣をかきわけ押しのけ前へ出た、するとまっ先に行列の先頭に立ってくるのが、弘法大師だった」
「え、――」と小領が訊いた、「どなたですって」
「行列の先頭に立って来たのが弘法大師なのだ」
「その、失礼ですが」と小領が吃《ども》った、「その、――大師はたしか、入滅されてから百年ちかく経つと思いますが」
「そんなことがなんだ」と大領は腕をまくりあげ、ちから足をふんだ、「京はこんな田舎とはちがって万乗のみかどのおわしますところだ、京へゆけばなんでもある、貴賤賢愚いかなる人物にも会えるのだ」
「なるほど」と小領は頷いた、「なるほど」
脇のほうでは、大領秘書官の秦ノ安秋が、しきりにこむろ[#「こむろ」に傍点]の注意をひこうとしていた。
「むろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、ちょっと見て下さい」と安秋は囁《ささや》きかけた、「こういう珍しい物を御存じですか、これです」彼は持っている器物を見せようとし、こむろ[#「こむろ」に傍点]が眼もくれないので、深い溜息《ためいき》をついて云った、「ああ、むろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、あなたはじつにお美しい」
「ひときわ高く楽の音がひびきわたった」と大領はつづけていた、「まさに鳳輿《ほうよ》は近づいたのである、群衆の下人どもは手を振り声をかぎりにおらび叫ぶ、雑色たちの制止などきくものではない、わしの胸もはちきれそうに高鳴った、まさに、法成寺落慶供養は絶頂を迎えたのだ、すると、にわか雨だ」
大領は両手を高くあげ、あげた手をひろげながらだらっと下へおろし、それを繰り返してにわか雨のふりだすまねをしてみせた。
「にわか雨だ」と大領はつづけた、「鳳輿はそこへ近づいているが、もはや行幸もへちまもあったものではない、群衆は総崩れとなり、ちりぢりばらばら先をあらそって逃げだした、わしとしてもあまんじて濡れている場合ではない、逃げ惑う下人はらを右に左に突きのけはねのけ」彼はそんなような身振りをした、「――いや駆けた駆けた、那須の篠原を蹴《け》ちらして疾駆する駿馬《しゅんめ》のように、ぱかあっぱかあっと一条筋を西へゆき東ノ洞院を南へまっすぐに、ぱかあっぱかあっと駆けて六条まで息もつかなかった、ところがどこにも雨やどりをする場所がない、そこで西ノ洞院を駆けもどって三条を東へ向ってゆくと、わしを呼びとめる者がある、振返ってみるとそこは六角堂で、堂の庇下《ひさしした》にいる二人の男がわしを呼んでおる、三位《さんみ》の殿ここで雨やどりをなされ、と云うのだ、ええい」
大領はちから足をふみ、大きな眼をむいて周囲を見まわし、向うに土器《かわらけ》売りが立っているのをみつけると、すばやく走りよってその荷を押えた。土器売りは荷を担いだまま、大領の話に聞き惚《ほ》れていたので、まさかそんな災厄が自分の身にふりかかろうとは思わず、なにが始まるのかと好奇のまなこで眺めていた。大領は眼にもとまらぬ早さで、押えた荷から土器をつかみ取ると、――えい、えい」と叫びながら、一つ一つ地面へ叩きつけて毀し始め、こむろ[#「こむろ」に傍点]は片方でぎゅっと自分の胸を抱きしめた。その刺戟《しげき》的なみものの好ましさに、躯《からだ》のふるえが止らないといったふうである。
「おっ母あ」と小さな童がその母親に訊いていた、「あのじいさま田楽舞ってるだかえ」
「まだだ」とその母親が云った、「あれはただ土器をぶち割ってござるだけだ」
「なんで土器をぶち割るだえ」
「ぶち割りてえからだわ、土器をぶち割りてえから土器をぶち割ってござるだけだえ」
小領が「まあまあ」と大領をなだめた。
「いったいどうなすったのですか」
「しび[#「しび」に傍点]八」と大領は供の者を呼んだ、「きさまばか面をして立っていないで、ここへ来てこいつを押えていろ、いいか、こいつを逃げないように捉《つか》まえているんだぞ」
しび[#「しび」に傍点]八は土器売りを捉まえ、土器売りはまだ好奇心からさめぬようすで、捉まえられたままじっと大領のすることを眺めていた。
「それで、いったいなにごとが」と小領が云いかけた。
「かたりにかかったのだ」と大領は呼吸を荒くしながら云った、「そいつら、六角堂にいたそいつら二人がわしをかたりにかけたのだ、一人の名は早竹《さちく》、一人の名は勝魚《かちお》といった、早竹は痩せたのっぽであり、勝魚はずんぐりと肥えていた、そうして二人とも顔半分がまっ黒な髭《ひげ》で掩《おお》われていた、こんなふうに」
大領は両手で自分の顔の下半分を隠し、そんなふうに髭だらけだったというまねをしてみせた。
「そいつらはわしを三位の殿と云った」と大領はつづけた、「わしがそうではないと云うと、そいつらもいやそうではないと云う、わしが大和ノくに添上ノ郡の大領にすぎないと云うと、そいつらはどうみても三位の殿だと云う、三位以上かもしれないが三位以下の人とはみえない、そういえば土御門あたりの第《だい》から牛車《ぎっしゃ》でおでかけのところを拝見したようだ、それに相違ない、いくら隠しても貴人の風格はあらそえぬものだと云う、それで話がはずみだし、わしとしても大いに語った」
一行はすでに郡館の前に来ていた。
「ねえむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ」と安秋はこむろ[#「こむろ」に傍点]に呼びかけでいた、「京ではいまこれが流行なんですよ、ちょっと見て下さい、どうかちょっと」
「それで、物注のおじさま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は大領をせきたてた、「それからどうなりましたの」
郡館の前には、小領の秘書官である在原ノ伸道と、下役人たちが出迎えており、伸道は激しい嫉妬《しっと》の眼で、こむろ[#「こむろ」に傍点]と秦ノ安秋とを交互ににらんでいた。
「どうなったかって」と云って、大領は大きく両手をひろげ、それをばたっと落してみせた、「どうなるものか、半刻ばかり経つと、わしはそいつら二人に頼んでいた、どうかこれを受取ってもらいたい、このとおり頼むからと云って、砂金の二十両はいっている金嚢《かねぶくろ》をむりやりかれらに渡していたのだ」
「盗まれたのではなくですの」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が念を押した。
「わしから頼んでだ」と大領が答えた。
「どういうわけですの」
「どういうわけかって、どういう、――」大領は両手で胸をつかんだ、「そいつはわしの訊きたいことだ、わし自身が訊きたいことだ、ええい」
大領は敏速に土器売りのところへゆき、「えい、えい」と絶叫しながら、土器を取って一つ一つ地面へ叩きつけて毀し、毀してはまた叩きつけて、ついにすっかり叩き毀してしまった。
「これだけか」と大領は土器売りに向って歯をむきだした、「これっきりか、湿瘡《しつ》っかきのかったいぼう」
土器売りは怯《おび》えあがった。
「うせろ」と大領は手を振って喚いた、「消えてなくなれ」
土器売りは消えてなくなった。
「わけもなにもない、かたりだ」と大領は話に戻った、「わしが砂金二十両を受取ってくれと、泣かんばかりにそいつらに頼んだこと、そいつらがしぶしぶ受取りわしが礼を述べたこと、はっきりしているのはこれだけだ、そうして雨があがって宿所へ帰ってから、初めてわしはかたりだということに気がついた、もう二刻の余も経ってからだ」
「なるほど」と小領が云った、「京ではいろいろな人物に会えるものですな」
「みつけてやる」と大領はちから足をふんで云った、「わしは厄神にかけてもそいつらをみつけてやる、早竹と勝魚、あの髭だらけの面はちゃんとおぼえている、ちゃんと、おれはあの二人の螻蛄《けら》食いの蛭《ひる》ったかりをみつけて、みつけたが最後、ええい」
大領は眼をむいて周囲を見まわしたが、すでに土器売りは消えてしまい、ほかにこれと思わしい物も見あたらないので、「えい、えい」と力まかせに地面をふみつけた。
「こう、こう、こう」と大領は云った、「やつらが自分を産んだ親や祖先まで恨みたくなるほど、えい、えい、こう、こう、こんなふうに思い知らせてくれる、悪霊に誓ってだ」
「これはもう」と小領が云った、「いつのまにか郡館の前でございました」
「郡館の前だ、わかれよう」と大領は云って汗を拭いた、「わしはくたびれた、館へ帰って休むとしよう、わしはしんそこくたびれたようだ」
「おじさま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「わたくしお館までお送りいたしますわ」
「嬢や、――」と大領は疲れた声で云った、「送るには及ばないよ、嬢や、土産はちゃんと買ってある、明日わしが届けに来るよ」
「まあ物注のおじさま、こむろ[#「こむろ」に傍点]が土産なんか欲しがっているとお思いですの」と云って彼女は大領にもたれかかった、「さあまいりましょう、お館まで送ってさしあげますわ」
大領はこむろ[#「こむろ」に傍点]の肩を抱き、疲れと満足さのために、そのあから顔の紐《ひも》を解いた。
「出迎えてくれて大儀だった」と大領はみんなをぐるっと順に見まわして、一人ひとりに頷いた、「――大儀だった」
そして大領は威儀をつくろい、小領たちの敬礼を受けながら、こむろ[#「こむろ」に傍点]の肩を抱え供の者たちを従えて、自分の館のほうへと去っていった。
「おっ母あ」と小さな童がその母親に訊いた、「あのじいさま田楽舞わねえだかえ」
「らしいな」とその母親が答えた、「今日は舞わねえらしい、帰ろうわえ」
[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]
私はいま大和ノくに添上ノ郡の小領秘書官としてではなく、在原ノ伸道その者としてここに残った。はっは、私は声をあげて笑うとともに、かの早竹と勝魚なる者に拍手を送りたいと思う。かれらがなに者であろうと、たとえ強盗《がんどう》であろうとぺてん師であろうと、あの狡猾な大領を一杯ひっかけたというのは有難い。これこそ庶民の勝ちであり、返報の赤い笑いである。権力も富もなく、政治にも、道義にさえもみはなされた最大多数の勤労者農民たちは、無力で愚鈍でみじめで、そうしてただもう底ぬけの楽天家だと軽蔑《けいべつ》されているが、かれらは決して骨まで抜かれたわけではない、腑《ふ》抜けではなく腰抜けではないのだ。いま私は、三年まえの屈辱と失意が二割がたはらされたように感じられるのである。さよう、三年まえに私は大学寮の試験を受けた。だが入学はできなかった。学科のほうはあえて云うが、紀、経、法、算ともすでに私は秀才の実力があったと信ずる。しかし大学寮に入学できるのは、貴族の子弟であるかまたは広大な墾田や多額な黄金を寄付することのできる豪族の子に限られており、才能などはまったく問題外だということがわかった。そこで私は奨学院へもぐりこもうとした。御承知のとおり奨学院は源氏と在原氏の学問所で、勧学院や弘文院その他よりいくらか融通がきくからである。私はある種の屈辱をしのんで在原姓を買い、――そのとき本姓を捨てたのです。またしかるべき向きへのしかるべき手も打った。にもかかわらず寄付の点で資格に欠けたのでしょう、これまた落第ということになったわけである。権力と富。人間によって作られ、人間にしか通用しないのに人間を支配するこの権力と富、私がいかなる手段を弄《ろう》してもこの手でつかみたいと願っているところの権力と富がこのように逆に私をうちのめし、このように私をいまいましい男にしてしまったのです。だが、いま私は眼がさめたようである。開眼《かいげん》されたといってもいいような心持である。早竹と勝魚の知恵。われわれはあの知恵をもたなければならない。権力なく富もない庶民であるわれわれは、そういう知恵でかれらに返報し、搾取されたものを奪い返さなければならない。私はいま心から早竹と勝魚に拍手を送り、声をあげて笑う、はっはっはあ、かれらこそ特権の小股《こまた》をすくい驕慢《きょうまん》に足がらをかけ、そうして新しい世代をきりひらく、――ええ、帰って来たようですな、私をとらえているところのこむろ[#「こむろ」に傍点]が。いや、秦ノ安秋がついて来る、あの軽薄できざなおしゃれが。お聞きになったでしょう、「ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、――」あの身ぶりとあの胸のわるくなるような声。ぺっ、いやもうたくさんです、どうか私を止めないで下さい、あの身ぶりと黄色い声を聞くくらいなら、むしろ私は、――いや、どうかお願いですから私を止めないで下さい。
[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]
こむろ[#「こむろ」に傍点]といっしょに戻って来ながら、秦ノ安秋は手に持った器物の説明をしていた。
「このここに墨があり、ここに筆を入れるのです、そら、筆が出て来るでしょう」と彼は云った、「墨は綿に含ませてあるからながもちがしますし、いつどこでも使うことができる、帯に差してもよし、ふところへ入れておいてもよろしい、外を歩いていて急に証文でも書くというときなどは」
「そう、あなたには便利ね」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「いつも遊女などにたわむれたあとでは借銀の証文をお書きになるのでしょうから」
「矢立というんです」と安秋は聞きながしてつづけた、「この形が矢立に似ているからでしょう、おそらく工匠の使う墨斗《すみつぼ》から思いついたんでしょうな、やはり田舎ではだめです、京には文明がありますからね、京ではすべてが日々これ新たなりです、文明は一刻として休んでいないのですから、ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、――ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、あなたはなんということを仰《おっ》しゃるんです、私が遊女などにたわむれるんですって、この私がですか」
「あら、ちがいましたの」
「断じて」と彼は額をそらした、「氏の神に誓ってもよろしい、私は断じて遊女などといういまわしい女に近づいたことはありません、断じてです」
「あらそう」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は云った、「そのお年になってまだ遊女あそびの御経験もないんですの、ああ、それでわかりましたわ」
安秋が不安そうに訊いた、「なにがおわかりになったのですか」
「どうしてあなたには女の心をときめかせることもできないかということがですわ」
「できないんですって、私にですか」と安秋は矢立をふりたてて云った、「ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、あなたほど残酷な人はない、これほどの私の想いをくみとろうともせず」
こむろ[#「こむろ」に傍点]が安秋の調子を巧みにまね、彼と同音にあとをつけて云った、「あなたは私に死ねとでも仰しゃるのですか、ああ」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は胸を抱き、安秋の声で声をふるわせた、「ああむ[#「む」に傍点]、ろ[#「ろ」に傍点]、ぎ、み、よ、――ああ」
「それは侮辱です」
「こちらは退屈よ」とこむろ[#「こむろ」に傍点]がやり返した、「もうたくさん、うんざりだわ、いつもいつも同じ文句と同じ身ぶりで、ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、まるで喘息病《ぜんそくや》みのくつわ虫よ」
「あなたは、そんなふうに仰しゃるんですか、あなたはこの私をそんなふうに」
「その簡便|硯《すずり》をしまいなさい」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が叫んだ。
「しまいます」彼は矢立を腰に差そうとし、思い直してふところへ入れようとし、そしてそれをまたこむろ[#「こむろ」に傍点]に見せて云った、「失礼ですがこれは簡便硯などとは云いません、これは」
「しまいなさい」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った。
「ええしまいます、もちろんしまいます」彼はうろたえて矢立をとり落し、それからようやくふところへしまった、「これでいいですか、よければお許しを得て申上げますが、私に対するあなたの軽侮は見当ちがいですよ」
「あらそうかしら」
「あなたは御存じないでしょうが、私だってこうみえても遊女あそびくらい知っています」
「まさか」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「わたくしそんなこと信じませんわ」
「私だって男ですからね、なに遊女あそびくらい知らないものですか、馴染の女だって三人や五人はいますよ」
「まさか」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「そんなからいばりを仰しゃってもだめ、わたくし信じられません」
「いや、事実を申上げているんです、こんどだって京ではずいぶんばかなまねをしました、物注さんは知らなかったでしょうが、白拍子を一人、宿の別間へずっと囲っておいたんですからね」
「つくりごとでしょう」
「氏の神に誓ってもよろしい、その白拍子の名は浮藻《うきも》といって年は十六でしたが、あのことにかけてはよもやと思われるほど手くだが巧みで、おまけに」と彼は手をこすり合せ、思いだし笑いをした、「いや」と彼は首を振った、「そこまでは云えません、とても口には出せない、とても、――」
こむろ[#「こむろ」に傍点]が彼を押しやるような手まねをし、声を出さずに冷酷な嘲笑《ちょうしょう》をあびせた。
「わたくしの思ったとおりね」と彼女は云った、「あなたは卑しいうえに穢《けが》らわしいならず者よ、そばへ寄らないでちょうだい」
「なんですって、私がどうして」と安秋はまごまごした、「なにが私がならず者なんですか、なにかお気に障るようなことでも」
「あなたは売女《ばいた》とあそぶくらいが相当よ、さ、いってちょうだい」と彼女は手を振った、「その売女のところへいってよもやと思うようなことを楽しんでいらっしゃい、そして、おまけに、――というほうもね、この穢らわしいやくざな*****」
終りの一句は聞きとれなかった。おそらく痛烈な罵詈《ばり》だったのだろう、秦ノ安秋はまだ事態がのみこめないらしく、しかし、おそるおそる、彼女の顔色をうかがいながら云った。
「あなた嫉妬していらっしゃるんですね」
こむろ[#「こむろ」に傍点]は前へ出た、「なんですって」
「だって、その」と彼はうしろへさがった、「あなたは私に遊女あそびくらいしなければって云って、そしてそんなに怒るというのは」
「あたしがなんですって、もういちど云ってごらんなさい、あたしが誰に嫉妬したっていうんですか、この卑劣な*****」
安秋はたじたじとうしろへさがり、肱《ひじ》で顔を防禦《ぼうぎょ》しながら、それでも窮鼠《きゅうそ》の勇をふるい起こして云った。
「そんなふうに仰しゃるなら私にも云うことがあります、あなたがどうして急につれなくなったか、私はちゃんと知っているんですよ」
「わたくしがつれなくなったんですって」
「あなたは私に三度もつまどいを許した、三度も」と彼は指を三本立ててみせた、「ところが珍しさがさめるとあなたはすぐに飽きてしまう、私は自分があなたにとって何番めかということも知っているし、いまあなたが誰を誘惑しようとしてめるかも知ってるんですからね」
「面白そうなお話じゃないの、うかがいたいわね、誰なの」
「大領の物注満柄、あのやもめの羆ですよ」
こむろ[#「こむろ」に傍点]はにっこりと微笑した、「あらふしぎだ、あなたってそれほどのばかでもないのね、そのとおり、当ってることよ」
「恥ずかしくないんですか」と安秋は顎《あご》を突き出して云った、「あんな老いぼれで肥え太ったあかっ面のやもめの羆なんぞに、あなたともある人がそんな気を起こして恥ずかしくないんですか」
「少なくともあなたの退屈さよりはましよ」と彼女はやり返した、「あの方は臆病じゃあないし、気取りもみせかけもないし、艶書《えんぞ》に盗んだ歌を書くようなこともしないわ」
「盗んだ歌、――それは」と彼は吃《ども》った、「それは誰のことを仰しゃるんです」
「秦ノ安秋」と云って彼女は彼の鼻先をまっすぐに指さした、「つまりあなたよ」
「それは侮辱だ、いったい私がいつ歌を盗みましたか」
「番たびよ、たとえばこういうのを覚えてるわ」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「こうよ、――窓ごしに月おし照りてあしびきの嵐吹く夜は」
「きみをしぞ思ふ」と安秋がつづけた、「それがどうしたんです」
「これは万葉集の巻の十一にある歌よ」
「しかしですね」
「そうでしょ、万葉集から盗んだのでしょ」
「しかしですね、まあ待って下さい」と安秋は遮った、「それは慥《たし》かに万葉集にあったものです、それはそれにちがいないが、しかしですね、あの歌はよみ人知らずですよ」
「よみ人知らず、――だからどうだっていうんです」
「作者不明ということは誰の歌だかわからない、つまり所有者がないということでしょう、所有者のないものを使ったのに盗んだなんて云えるでしょうか」
「いまの簡便硯を貸しなさい」
「どうなさるんです」
「その持ち歩き硯を貸しなさい、殴りつけてあげるから、貸しなさい」
「よくしらべて下さい」と安秋はうしろさがりに逃げながら云った、「私が書いてさしあげた歌はみんなよみ人知らずです、盗んだなんて云われるような歌は一首もありませんよ」
彼は来かかった二人の旅僧とぶっつかった。僧たちは深い網代笠をかぶり、手に錫杖《しゃくじょう》を持っていた。安秋はうしろさがりだったし、僧たちは網代笠で前がよく見えず、それで両者は激しく衝突し、錫杖が絡《から》みあって転倒し、まわりに土埃がまきあがり、僧の一人が「人狼《ひとおおかみ》だ」と悲鳴をあげた。
「たぶん人狼だ、おれは噛《か》みつかれてる」とその旅僧はかなきり声で喚いた、「おれの指はどうやらくい千切られるらしい、もうまもなくくい千切られるようだ、助けてくれ」
「その男を捉まえて」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は足ぶみをしながら叫んだ、「押えつけて、押えつけて、それじゃないその男よ、そいつを捉まえて」
土埃の中から安秋がとび起き、はねあがり、そうして鼬《いたち》のようにすばやく逃げ去ってゆき、郡館の中から下僕や雑仕たちや、それから在原ノ伸道が出て来た。いまの騒ぎを聞きつけたのであろう、下僕たちは棒や大鎌などを持っており、伸道はこむろ[#「こむろ」に傍点]のそばへ走りよった。
「どうなさいました、姫、おけがはありませんか」
「わたくしは大丈夫よ」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「この人たちを起こしてあげてちょうだい」
二人の旅僧は伸道に助けられて起きあがり、肥えたほうの一人が錫杖を振り放した。錫杖の鐶《わ》が指に絡まっていたので、その僧は指を揉《も》みながら口の中で悪態をついた。旅僧たちは衣の土埃をはたき、錫杖を拾い、網代笠の埃をはらって頭にかぶった。
「お指は御無事ですか、お坊さま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が訊いた。
「へ、はい、はい」と肥えた僧はその手をうしろへ隠した、「あぶなくあれでしたが、どうやらみほとけのごかごがありましたようで、はい、どうぞもうそのごしゃくしんには及びませんですから」
もう一人の僧。痩せたのっぽの僧は、笠を右手に持って立ったまま反《そ》りかえり、石のように固くなっていた。どうやらこむろ[#「こむろ」に傍点]の美しい姿に気づき、気づいたとたんにそうなってしまったらしい。もちろんこむろ[#「こむろ」に傍点]にはすぐそれとわかったので、満足と好奇心のために、あふれるばかりの媚《こ》びた頬笑みを投げかけ、「ではどうぞ御平安なお旅を、――」と云い、みやびかなながし眼をくれて去ろうとした。すると肥えた僧は慌てて呼びとめ、いまかぶった網代笠を慌ててぬぎ、伴《つ》れの僧を肱で小突きながら、こむろ[#「こむろ」に傍点]に向って云った。
「せっそうどもは高野のひじりで、この添上ノ郡の小領、池ノ上惟高とのを訪《たず》ねてまいったのだが、お館を御存じならお教え下さるまいか」
「それはわたくしの父でございますわ」
「なんと」とその僧は伴れに振返った、「聞いたか竹念坊、訪ねるお館がわかったぞ」
「わたくしどもはこの郡館におりますの」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「どういう御用かは存じませんが、ちょうど父もおりますからどうぞおはいり下さいまし、――在原さん御案内を」
そしてこむろ[#「こむろ」に傍点]は去り、下僕や雑仕たちも去った。伸道は反りかえっている僧を見て、不審そうに肥えた僧に訊いた。
「この御坊はどうなすったのですか」
「やめえ、はい、このごぼうにはこういうやめえという持病がありますので、はい」と肥えた僧は云った、「いますぐに、手当をしてまいりますから、どうかこなたさまは先へおいでらしって下さるように」
「なにかお役に立つことはありませんか」
「いや、せっそう一人のほうがよろしいので、どうかそのごしゃくしんは」
そう云って肥えた僧は一揖《いちゆう》した。
在原ノ伸道が去ると、肥えた僧は笠と錫杖を下におき、伴れの前へまわって、その鼻先で手を叩いた。拍手《かしわで》を打つように高く三度、ぱしぱしと叩いたが痩せた僧はびくっとも動かない。そこで肥えた僧は相手の脇へゆき、耳に口をよせて、「やい竹念坊」と叫び、すぐまた前へまわって、ぱしっと手を叩いた。すると竹念坊の上躰《じょうたい》がしゃっくりをするように動き、全身の硬直がほぐれていった。
「やい、眼をさませ、おれがわかるか」
「勝念坊《かちねんぼう》か」と竹念坊がごくゆっくりと云った、「おれはいま天女を見た」
「やい眼をさませ、こっちをよく見ろ」
「おれはいま活《い》き身の女菩薩《にょぼさつ》をおがんだ」
「よせ、あれは悪魔だ」と云って勝念坊は彼をゆすぶった、「よく聞け竹念坊、おまえの見たのは天人でも女菩薩でもない、とんでもない、あれは悪魔だぞ」
「いや、おれはこの眼で見た」
「悪魔を見たんだ」と勝念坊が云った、「ま、よく聞け、おれたちはいま小領の館へ着いた、いいか、そしてこれから仕事にかかるんだ、それ、そこの黒門が館で、池ノ上惟高があの中にいて、おれたちはこれから小領に会うんだ、いいか」
竹念坊は頷いた。
「そこで仕事にかかるんだが、断わっておくのはいまのむすめだ、おまえはちょっときれいな女を見るとすぐに突っ張らかるが、中でもあのむすめはいけない」と勝念坊が云った、「あれは小領のむすめだというけれども、じつは悪魔の化身《けしん》だとおれはにらんだ、おれのにらんだ眼にまちがいはない、あれは悪魔の化身だ、わかったか、あれは悪魔だぞ」
竹念坊はゆっくりと頷いた。
「では云ってみろ」と勝念坊が云った、「いまおまえの見たのはなんだ」
「ええ、――」と竹念坊は自分の意志に抵抗しながら答えた、「悪魔だ」
「決してあの娘を見るんじゃないぞ」
「決してあの娘は見ない」
「むすめが来たら眼をつぶるんだ」
「むすめが来たら眼をつぶろう」
「見るとまた突っ張らかるぞ」
「見るとまた、――わかった」
「よし忘れるなよ」と勝念坊が云った、「では案内《あない》を乞おう」
かれらは錫杖を突きながら、郡館の中へはいっていった。
[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]
小領の惟高は館の持仏の間で旅僧たちに会った。かの二人は高野山の塔頭《たっちゅう》「拈華院《ねんげいん》」の僧で、肥えたほうが勝念坊、痩せたほうが竹念坊であるとなのり、まず仏壇に向って誦経供養《ずきょうくよう》をした。小領の秘書官である私は、むろんその場に立会っていたのであるが、かれらは供養が済むと同時に人ばらいを求めた。
「これはしょうごんふしぎなことであるから」
というのである。小領は私に退席を命じ、私はおとなしく持仏の間を出た。しかし御承知のとおり秘書官という役目は「さがっておれ」と云われて「はい」とひきさがるようでは勤まらない。それで済むなら秘書官などの必要はないのであって、私は廂《ひさし》の間からひそかに覗き見をし、かれらの話すことを聞いた。そうしていま、私は仏の世界の荘厳《しょうごん》不思議さと、ぬすみ聞きなどをした自分の罪のためにおののいているのである。見て下さい、こんなありさまです。
話はおもに勝念坊がした。竹念坊のほうは殆んど黙っており、ときどき思いだしたように合掌し、口の中で念仏をとなえ、また稀《まれ》には勝念坊に合槌《あいづち》を打つ、といったふうであった。荘厳不思議とはなんであるか、かの二人の僧は高野の拈華院の宿坊で、同じ夢を七十七回もみたのです、二人ともぜんぜん同じ夢であり、七十七回も続けてですぞ。
「小領の殿は」と勝念坊がまず訊いた、「池ノ上惟康という方を御存じですか」
「私の父です」と小領が答えた。
「いまから五年まえに亡くなられましたか」
「ちょうど五年まえの三月に死去しました」
「お年は六十五歳」
「年は六十五でした」
「ぴったりだ」と勝念坊が竹念坊を見た。
竹念坊は合掌して頷いた。
「その方が夢枕に立ったのです」と勝念坊も合掌して云った、「ありがたや」
「ありがたや」と竹念坊が云った。
かれらの夢枕に立った小領の亡父は、「成仏することができずに迷っている」と云うのだそうである。なぜ成仏ができないか。それは生前に稲を五百|把《ぱ》くすねた罪である。五百把の稲をくすねて白拍子なにがしに貢いだ。すでに息子の――つまり惟高の身代になっていたから、それは盗みの罪に当り、とくべつの供養をしなければ成仏できない、宙に迷って苦しんでいるから、「とくべつの供養をしてくれるようにと息子に告げてもらいたい」と云うのだそうで、それを七十七回も続けて、勝念坊と竹念坊に頼んだということであった。小領はしんこくに感動し、自分を責めた。
「なんということだ」と小領は呻《うめ》いた、「僅か五百把ばかりの稲のために、あの世で父が迷っておられるのを、その子である私が今日まで知らずにいたとは」
ええと小領は呻き声をあげた。純粋なというより熱狂的な仏教徒である小領は、自分の怠慢を怒ると同時に、「どうして私の夢枕に立ってくれなかったのか」と恨みを述べた。
「それはむつかしいのです」と勝念坊が云った、「在家《ざいけ》の人の夢枕に立つということは、よほどその道につうたつしていないとできにくいのです、なあ竹念坊」
竹念坊は合掌した。
「しかし来ることは来られたのです」と勝念坊はつづけた、「惟康の殿はてんしょうの法でもって、初めは蛇に化してあなたに近づこうとなされた」
小領は眼をみはった、「蛇ですって」
「すると庭子の一人がみつけて殺してしまった」と勝念坊が云った、「そういう覚えはございませんかな」
「あったかもしれません」と小領は思いだそうとしながら云った、「夏になれば蛇の三匹や五匹殺すのは毎年のことですから」
「その一匹が惟康の殿だったのです、――なんと竹念坊、ぴったりだ」
「ありがたや」と竹念坊が合掌した。
「次には鶏にごてんしょうなされた」と勝念坊がつづけた、「ところがおりもおり祝いごとにぶっつかって、絞めて食われてしまったそうですが、御記憶がございましょうか」
「さよう」と小領は口ごもった、「私は信仰のためつねに精進もの以外はたしなみませんが、客を致すときなどにはやむを得ず鶏をりょうることもございます」
「それですな、それです」と勝念坊はいたましげに頷いた。
鶏のあとでさらに鼠となり、兎にもなり、鳥にもなった。だが鼠は猫に食われ、兎は犬に噛み殺され、鳥は鷹《たか》に食われてしまったというのです。そこで二人の夢枕に立ったの、であるが、二人としても証拠がなければ伝言にはゆけない、これこれであるしかじかであると云っても、小領たる人がそのまま信じるわけがない。なにか慥かな証拠が欲しいと云ったところ、惟康は夢枕のなかで、「もういちどだけ転生《てんしょう》をする」と答えた。
「お父上は仔牛《こうし》になってまいると申されました」と勝念坊は云った、「赤毛まだらの仔牛になり、旅の牛飼に伴れられて郡館へゆき、八月十七日に小領の手に買取られる、こう申されたのです」
小領の下唇がゆっくりと下った。
「慥かに夢ではそう申されたのですが」と勝念坊が訊いた、「こちらでそのようなことがございましたか」
「赤、毛、斑《ぶち》、――」と小領が云った、「たしかに、その仔牛を、買いました」
「それは八月十七日でしたか」
「八月の、さよう、――たしかそのころのことでした」
「旅の牛飼からお買いですね」
「旅の牛飼から買いました」
竹念坊が云った、「ぴったりだ」
「ぴったりだ、符を合わせたようだ」と勝念坊が合掌した、「まさにみほとけの慈悲だ」
「ありがたや」と竹念坊が合掌した。
私のように小領の秘書官をしていても、こんなにあらたかで荘厳不思議な出来事に接することは稀である。二人のひじりは念のため、明日その実否をたしかめることになうた。その仔牛と対面して、それが亡き惟康の殿の転生したものであるかどうか、成仏するためにはいかなる供養をすればいいか、諸人の面前でたしかめるというのです。ええ明日です、「諸人の面前で」というのは公明でありたいという聖《ひじり》たちの希望で、おそらくは仏法|弘布《ぐぶ》の手段でもあるでしょう。いよいよ因果の相をこのわれわれの眼でおがむことができるのである。では明日、また明日――。
[#6字下げ]六[#「六」は中見出し]
郡館の広庭はまばゆいほど明るく陽が照っており、老若男女の群衆がひしめいていた。庭には縄が張りまわしてあり、群衆はその縄張りの中にいて、郡館の下役人たちに押しやられたりどなられたりしていた。
「やかましい、騒ぐな」と下役人たちは叱りつけていた、「押すな、席争いをやめろ、つまみ出すぞ」
「早くやれ」と群衆は喚きだしていた、「もったいぶるな、さっさと見せる物を見せろ」
「おれは蓆編《むしろあ》みをはんぱにして来ているんだ」と云う者もあった、「おれはゆっくらしてはいられないんだ、こんなことで暇をつぶしている場合ではないんだ」
「おっ母あ」と小さな童がその母親らしい女に訊いていた、「今日はどの人が田楽舞うだかえ、あの人かえ」
「まだだ」と母親らしい女が答えていた、「田楽はまだだ、もうちっと待つだえ」
群衆の端のほうから一種のざわめきが起こり、人びとは次つぎ伸びあがって向うを見、いっそうざわめきあい、すると在原ノ伸道と下役人たちとで、白木の壇や仏具や、あら蓆などを運んで来、それらを庭の中央にしかるべく据えた。群衆は沈黙し、中には白木の壇や仏具を見ただけで、そのありがたさに早くも合掌|唱名《しょうみょう》し、涙をこぼす者さえあった。ほどなく裏のほうから、庭子たちが一頭の仔牛を曳《ひ》いて来、群衆はまたざわめき立った。その二歳そこそことみえる仔牛は赤毛の斑で、たぶん老人の転生したものであるためだろうか、そんな仔牛にもかかわらずたいそう品よくおちついており、おびただしい群衆を眺めても、しりごみをするとか臆するなどというふうは少しもなかった。彼はゆうゆうと曳《ひ》かれて来て、そうして、そこに設けてある蓆を見ると、まるで初めからなにもかも知っていたかのように、白木の壇に向って泰然と腹這《はらば》った。
「あれを見ろ、自分でかしこまったぞ」と群衆の中で云う者があった、「自分の蓆にちゃんとよ、誰も教えもぶん殴りもしねえによ」
「そうだ、おらが証人だ」とべつの男が云った、「お牛さまは御自分でかしこまったぞ」
そのときまた群衆の端からざわめきが起こり、ざわめきとともに次つぎと伸びあがり、警護の下役人たちが「しずまれ」と制止し、まもなく二人の旅僧がこちらへ出て来た。――その飾らない僧たちは墨染の法衣に袈裟《けさ》をかけただけで、頭と髭だけは剃《そ》っているが、高野のひじりなどというこけ威《おど》しなようすはどこにもなかった。二人は池ノ上惟高の先導で庭へはいって来、白木の壇の前に設けた蓆に坐ったが、坐るまえに、ゆっくりと群衆に向って捧《ささ》げ珠数の礼をした。珠数を持った右手をけいけんに上へ三度あげ、それを額に当てる動作であり、群衆は見馴れないその動作のおごそかさに打たれて、いっせいに唱名念仏をした。
僧たちは壇上に安置された厨子《ずし》の扉をひらき、香を※[#「火+(麈-鹿)」、第3水準1-87-40]《た》いて礼拝し、静かに坐って誦経した。珠数をすり合せる音が高いのと、かれらが極めて老練なひじりであるからだろう、なんの経を読んでいるのか誰にも理解ができなかった。ただその中に、左のような畳句《じょうく》があり、その繰り返しだけは聞きわけることができた。
「なんとかがどうとかして、ひょうひょうぎょうへんじょうへんやい」
というのである。このあいだに小領たちも席についた。その席は腹這っている仔牛と僧たちの横にあって、小領とむすめのこむろ[#「こむろ」に傍点]が前に坐り、うしろには在原ノ伸道や役人たち、そして大領の館から来た秦ノ安秋などが坐った。――二人の僧は誦経しながらうしろへさがり、小領に向って頷いてみせた。小領は立ちあがって壇の前に進み、礼拝し香をあげてむすめを見た。こむろ[#「こむろ」に傍点]が立ってくると、勝念坊は誦経しながら、「えへん」と咳《せき》をし、竹念坊を肱で小突き、竹念坊はかたく眼をつぶった。
「これからが大事だぞ」と勝念坊は口の隅ですばやく囁《ささや》いた、「あのむすめを見るなよ」
竹念坊は頷きながら囁いた、「大丈夫、おれは見ない」
小領とこむろ[#「こむろ」に傍点]が席に戻った。二人の僧は立って、仔牛に向って坐り直した。二人は並ばず、勝念坊が前、竹念坊がそのうしろに坐ったのである。――二人は声調を変えて経を読み、仔牛に向って三鞠《さんきく》の礼をした。
「大領は来られるか」と小領が囁いた。
「もうみえるでしょう」と秦ノ安秋が騒ぎ返した、「たぶんもうみえるだろうと思います」
「あのぶしんじん者が」と小領は呟《つぶや》いた。
勝念坊は経を読み終り、仔牛に向って大きく九字を切った。
いっさいの物音が止り、郡館の広庭はまぶしいほどの日光の下で沈黙した。勝念坊はもういちど九字を切り、「喝《かつ》」と叫んだ。その声におどろいたのだろう、群衆の中で赤子が泣きだし、警護の下役人が制止した。
「仔牛どのにもの申す」と勝念坊が高い声で云いはじめた。「仔牛どのにもの申す、これよりせっそうの申すことをよく聞かれて、実か否かお答え下されい、うかがい申すことが実なら二度、否なら三度、そのお口でもうとなき、お首をお振り下されい」
このとき竹念坊は、法衣の袖から長さ五寸ばかりの棒を二本とり出し、それを左右の手に握って身構えた。左の棒は白く、右の棒は赤く塗ってあり、竹念坊は勝念坊の言葉につれて、それを交互に、すばやく動かすのであった。
「もういちど申す」と勝念坊は仔牛に向って云っていた、「実のときはお首で頷いて二度なき、否のときは同じことを三度なさる、わかりましたか、おわかりなら返事をして下されい」
仔牛はじっとしていた。死のような沈黙が緊張のためにふくれあがり、人びとは息を止めた。そして、ふくれあがった緊張が、沈黙の壁を突きやぶるとみえたとき、仔牛が「もう」と長くないた。長くゆっくりと二度なき、首を上下に二度振った。
「ありがたや」と勝念坊が珠数を揉《も》んだ。
群衆のあいだにどよめきが起こり、警護の下役人たちが制止した。竹念坊はひそかに周囲を見まわしたが、その眼がこむろ[#「こむろ」に傍点]の笑顔を認めると、びっくりしたように慌てて眼をつむり、しかし敵しがたい好きごころのためにすぐ薄眼をあけた。美しく着飾り、化粧をしたこむろ[#「こむろ」に傍点]の姿は輝くばかりで、しかもこちらへ投げかける媚に満ちた微笑は、この世のものとは思われず、竹念坊はたましいも消えそうに深い太息《といき》をした。
「では仔牛どのにお訊《たず》ね申す」と勝念坊がつづけた、「高野の拈華院の宿坊で、せっそうどもの夢枕に立たれたのはこなたさまであられたか」
勝念坊が咳ばらいをし、竹念坊がはっとわれに返った。仔牛は二度なき、首を上下に二度振った。群衆の中に感動の声があがり、それを制するように勝念坊が右手をあげた。
「この手を見て下さい」と彼は仔牛に向って云った、「これは左手ですか」
仔牛はゆっくりと三度なき、首を左右に三度振って、「否」という意志を示した。勝念坊は次に、あなたの御子息を教えて下さい、と云って、下役人の一人を指さし、群衆の一人ひとりを指さし、秦ノ安秋、在原ノ伸道と指さしたが、仔牛は少しのためらいもなく、これらぜんぶに否定の意志をあらわした。
「よろしい、では、――」と勝念坊は小領を指さして云った、「この方はどうですか」
仔牛はゆっくりと肯定の意を示した。
「この方が御子息の惟高どのですか」
仔牛はまた肯定の意志表示をし、なお「たしかですか」と念を押すと、ひときわ高く同じ表示を繰り返したうえ、腹這ったまま右の前肢《まえあし》で頭を抱えた。なにか失敗があったらしい。勝念坊がふり向くと、こむろ[#「こむろ」に傍点]がこちらへ頬笑みかけており、竹念坊がうっとりと彼女にみとれていた。勝念坊は狼狽《ろうばい》して大きな咳ばらいをし、竹念坊はどきりとし、「ありがたや」と云ってわれに返った。そのときにはすでに小領がこっちへ駆けて来、二人はちょっと逃げ腰になった。ところが小領は仔牛の前へ走りより、地面へ坐って手をついた。
「おいたわしや、おいたわしや」と小領は涙をこぼしながら云った、「とるにもたらぬあやまちのために、かかるあさましきお姿となられ、成仏もされず宙に迷っておわすとは、ああ、この惟高こんにち唯今まで知りませんでした、おゆるし下さい父上、私はつゆ知らずにいたのです」
小領は泣いた。勝念坊は汗を拭きながら竹念坊をにらみつけ、群衆の中からは感極まった嗚咽《おえつ》の声が聞え、そして、仔牛は前肢をおろして長くゆっくりと二度なき、首を上下に二度振った。それはさも父子対面をよろこぶかのようにみえ、群衆の感動とざわめきはさらに高まった。
「どうか私の怠慢をおゆるし下さい」と小領はつづけていた、「私はすぐに怠慢の罪をつぐない、できる限びの供養をしてへ御成仏のかなうように致します」
小領は二人の僧に向って手をついた。
「御坊、――」と小領は涙を拭きながら云った、「ひじりどのかたじけない、おかげでみほとけの慈悲をまのあたりおがみました、かたじけない、かたじけない」
「得心がゆかれましたか」
「まさしく、私の父に相違ありません」
「ありがたや」と勝念坊が合掌した。
「このうえは一刻も早く成仏のできるように致したいが、いかなる供養をしたらよいかお教え下さい」
「あの世のことはせっそうにもわかりません、御尊父の霊にうかがってみましょう」と云って勝念坊はふり向いた、「――なあ竹念坊」
「ありがたや」と竹念坊が云った。
勝念坊が手を振り、小領は立って自分の席に戻り、こむろ[#「こむろ」に傍点]は竹念坊に微笑した。
「惟康の殿のみたまに、おうかがい申す」と勝念坊は珠数をすり合せながら、仔牛に向って訊いた、「御成仏のため、三宝にいかなる供養をしたらいいかお答え下さい」
そして彼は口の中で誦経した。
「ではうかがいます」と勝念坊は云った、「かかる供養は御身分によるものですが、だいはんにゃを修し、千巻の写経を致しますが、それで御成仏なさいますか」
仔牛はゆっくりと否定の表示をした。
「それでは不足でございますか」
仔牛は肯定の表示をした。
「では高野の霊場へ燈籠《とうろう》をおさめましょう、石の燈籠をおさめますがいかがですか」
仔牛は高く否定の表示をした。
問答は荘厳さが少しずつ、現実的に変ってゆくようであった。亡き惟康の転生である仔牛は、まるで市あきうどのような貪欲《どんよく》さで、供養の代償をせりあげられるだけせりあげ、たちまち金の燈籠を二基、黄金百両、綾《あや》、錦などに及び、それからまた戻って銀二十貫を加えた。小領に不服はなかったが、群衆のあいだに異様な動揺が起こった。かれらは代償がきまるたびに、「ううー」という声をあげた。初めは低かったけれども、しだいに高くなり、銀二十貫というところでは「ううー」という声が大地をゆるがすかと思われた。
「しずまれ、しずまれ」と警護の下役人たちが制止した、「小領の殿は御自分のたからで供養されるのだ、きさまたちの物を横領するわけではないぞ、しずまれ」
「これでよろしいか」と勝念坊は声をはりあげた、「これだけで成仏なされますか」
仔牛は否定の表示をした。
「えっ――」と勝念坊が眼をむいた、「これでもまだいけませんか」と彼はおどろきのあまり吃った、「それはしかし、いかに罪障消滅《ざいしょうしょうめつ》のためとはいえ、あまりにその」
だが仔牛は否定の表示をした。
仔牛は高く長く三度なき、首を横に三度振った。それだけではない、腹這っていたからだを起こし、坐って、両の前肢を胸までもちあげた。それは殆んど犬がちんちんをしたような恰好であって、群衆はわっと喝采《かっさい》し、勝念坊は仰天してふり返った。――こむろ[#「こむろ」に傍点]が嬌《なま》めかしい身振りで、竹念坊になにかの意志を伝えようとしており、竹念坊はその意味がわからず、夢中になって、こむろ[#「こむろ」に傍点]の身振りをまねているのであった。
「竹念坊」と勝念坊が云った。
竹念坊ははっと眼をさまし、「ありがたや」と云って合掌した。そのとき、群衆の中から大領が出て来た。大領の物注満柄は群衆をかきわけてとびだし、「みつけたぞ」と喚きながら走って来ると、二人のひじりの前でちから足をふんだ。
「みつけたぞ、こいつら」と大領は激しく両手をこすり合せた、「はっは」と大領は大きな口をあけて笑いならぬ笑いを笑った、「とうとうみつけた、もう百年めだ、こんどは逃がさんぞ」
「どうしたのですか」と小領が立って来た、「失礼ですがこれは高野のひじり方で」
「高野のひじり、はっ」と大領は咆《ほ》えた、「これがひじり、この螻蛄《けら》食いの蛭《ひる》ったかりがか、こいつらが高野のひじりだというのか」
「しかし失礼ですが」
「ええい」と大領はおらび声をあげた。
二人の僧は唖然《あぜん》としており、群衆はざわめき立った。
「あのじいさまか」と小さな童がその母親らしい女に訊いていた、「やっぱりあのじいさまが田楽舞うだかえ」
「わかんねえ」と母親らしい女が答えた、「まだわかんねえが、じきになにか始まるだろうわえ」
大領はおらび声をあげながら、迅速にあたりを走りまわり、なにも思わしい物がみつからなかったからだろう、白木の壇に襲いかかると、それを押し潰《つぶ》し、台と脚を叩き割り、脚を一本ずつへし折り、それをぜんぶ地面に叩きつけたうえ、二人の僧の前に立って、さっきよりも強くちから足をふんだ。
「こいつらがなに者であるか教えてやる」と大領は云った、「その証拠を見せてやる、さあその坊主、――」と大領は竹念坊を指さした、「きさまの持っているその赤い棒を、赤い棒だ、それをあの牛にあげてみせろ」
「それはいけません」と勝念坊が抗議した、「おおとの、三位の殿それは罪です」
「あげろ」と大領は絶叫した、「もっとはっきりあげるんだ、やれ」
竹念坊は恐怖のあまり命令にしたがった。勝念坊は仔牛に向って「たのむ、五郎」と哀願したが、仔牛はゆっくりと肯定の意志表示をした。
「次は白い棒だ」と大領が命じた。
仔牛は否定の表示をした。
「次は両方の棒を立てろ」と大領が云った、「白と赤と両方いっしょに立てろ」
仔牛はやおら坐りこんだ。
「そこで赤い棒をあげろ」と大領がどなった。
「それは困る、それは迷惑だ」と勝念坊が手を振った、「それは人を愚弄《ぐろう》するというものです、いかにあなたが三位のおとどであろうとも、それだけは断じて」
「あげろ」と大領が喚いた、「あげぬとおのれ踏み殺すぞ」
竹念坊はふるえあがり、云われたとおり赤い棒をあげた。すると仔牛は坐りこんだままで、左の前肢をゆっくり頭の上へのせた。群衆のあいだにどっと笑い声が起こり、大領はさらに次つぎと命令を出し、竹念坊は云われるとおりに棒を使い、やがて仔牛は立ちあがった。後肢で立ちあがって、前肢をぶらぶらさせながら、まるで踊りでも踊るように、その辺をぐるっと歩きまわった。こむろ[#「こむろ」に傍点]が笑い、群衆が笑い崩れた。
「黙れ、しずまれ」と大領は両手を高くあげて絶叫した、「おれはきさまたちを笑わせるためにやっているのではない、静かにしろ」
「物注のおじさま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]がこっちへ来て訊いた、「おじさまはこのお坊さまたちを御存じですの」
「知っているかって、嬢や」と大領は片手を振った、「知っているところではない、おれはこいつらに砂金二十両をかたり取られたのだ」
「まあ、――では昨日うかがったあの六角堂の」
「あのときのかたりどもだ」と云って大領は下僕を呼んだ、「しび[#「しび」に傍点]八、きさまここへ来てこいつらを押えてろ」
しび[#「しび」に傍点]八はとんで来て二人を押えた。
「じっとしてろこいつら」と大領は二人に云った、「逃げようとでもしてみろ、この太刀でそっ首を刎《は》ねとはしてくれるぞ」
「ありがたや」と竹念坊がふるえながら合掌した。
「お願いです三位の殿」と勝念坊は云った、「どうか気をおしずめ下さい、私どもはただみほとけに仕えるだけの、とるにもたらぬ哀れな出家で、決してあなたの仰しゃるような人間ではございません」
「きさまたちとは京の六角堂で会った、きさまたちはおれから金をかたり取った」と云って大領は威嚇《いかく》の身ぶりをした、「――覚えているだろう」
勝念坊は黙って激しく首を振った。
「おれは覚えているぞ」と大領は云った、「おれはそのきさまの面を忘れないぞ」
「しかし、ではうかがいますが」と勝念坊はけんめいにやり返した、「あなたが六角堂で会ったというのは、二人とも髭だらけではなかったでしょうか」
「うう」と大領は唸《うな》った、「それはそうだ、二人とも顔半分が髭だらけだった」
「私を見て下さい」と勝念坊は顎《あご》を前へ出してみせた、「そしてこの同宿も見て下さい、このとおり、私たちの顔はつるつるです、触って見て下さい、つるつるですから」
大領は「うう」と唸り、それから急にすさまじいちから足をふんだ。
「やい、安秋」と大領は叫んだ、「きさまのあれを持って来い、そのどこでもすぐにまにあう、そのそれ、きさまの、代用硯を持って来い」
秦ノ安秋がこっちへ来た、「失礼ですがこれは代用硯などとは云いません、これは」
「うるさい」と大領が手を振った、「そのまにあわせ硯でこいつらの顔を塗れ」
「誰、――私がですか」
「きさまだ」と大領が云った、「そいつらの顔の下半分を塗りつぶせ」
「そんなことはいやだ」と勝念坊が身をもがいた、「それは無法だ、これは卑劣すぎる、私はいやだ、放してくれ」
しび[#「しび」に傍点]八は二人をびくとも動かさず、安秋は矢立を出して、かれらの顔に髭を書いた。たいそう気取った手つきで、巧みに、両頬から顎へかけてまっ黒に塗りつぶした。
「おっ母あ」と小さな童が母親に訊いた、「こんどは田楽舞いだすだなあ」
「まだだ」と母親が答えた、「まだどっちとも云えねえ、もうちっと待ってみるだ」
大領は二人の僧をとらえ、片方に勝念坊、こちらに竹念坊と、両手にかれらの衿首《えりくび》をつかみ、二人をお互いに向き合せた。
「これでどうだ」と大領が云った、「でれでもこの面に見覚えがないか」
「あります」と竹念坊が答えた。
「六角堂にいたのはこの面だろう」
「似ています」と勝念坊が云った、「面は、顔は似ていますが、しかし頭が」
「この螻蛄食いの蛭たかりの、――ええい」と大領は二人を投げとばした、「頭なんぞくそうくらえ、二人ともぶち殺してくれるぞ」
「どうぞごかんべん」と竹念坊が云った。
「逃げろ早竹《さちく》」と勝念坊がどなり、仔牛に向って手を振った、「かかれ、五郎、かかれ」
「そいつらを捉まえろ」と大領が足ぶみをして喚いた、「そいつらを逃がすな、捉まえてふん縛れ、逆吊りにかけろ、えい、えい」
郡館の広庭は混乱におちいった。そこにいた者ぜんぶが二人の僧を捉まえようとし、仔牛がかれらに突っかかった。人びとは仔牛から逃げ、互いにぶっつかり、転げた者の上へ転げ、そうしてなお二人の僧を追いまわし渦潮のように揉み返した。
「そいつを捉まえろ」と館の高縁へとびあがってこむろ[#「こむろ」に傍点]が叫んでいた、「捉まえた者にこのこむろ[#「こむろ」に傍点]をやる、あたしが欲しかったらその二人を捉まえろ、縛って逆吊りにして火焙《ひあぶ》りにかけろ、えい、えい」
この騒動の端のほうで、小さな童がその母親らしい女の袖を引いていた。
「おっ母あ」とその童は訊いた、「あの中で誰が田楽舞っただかえ」
「誰でもねえ」と母親が答えた、「誰も田楽あ舞わねえ、ただばか騒ぎをしてるだけだ、つまらねえ、帰ろうわえ」
[#6字下げ]七[#「七」は中見出し]
こんな恰好で失礼します。いや、なんでもありません、あの騒ぎでこちらの足を挫《くじ》き、この腕を折り、顔を半分すり剥《む》きました。それでこのとおり繃帯《ほうたい》だらけなのですが、――おまけに、あのこむろ[#「こむろ」に傍点]が大領と結婚することを発表した。ごらんになったでしょう、あの色白うしてあえやかにやせほそりて、といったふうなあの姿を。だが*****彼女は大領と似合いであります。
大領のあの羆のような野性が、まえから彼女の心の深部をとらえていたのだそうです。心の深部、――でしょうか、あの可哀そうな竹念坊をしくじらせたやりかたや、最後に広縁へとびあがって喚き叫んだところなどでみると、むしろ肉躰的な共感によるのだと思うがどうであろう。そ、そ、なにをするんですか、どなたですか、どうか物を投げたりしないで下さい。
私は自分がこんな恰好になり、こむろ[#「こむろ」に傍点]を失うことについて同情してもらおうとは思わない。私はあの二人の僧、いや早竹と勝魚のことで一言したいのである。このまえ私はかれらに希望をかけた。かれらこそ権力や富貴や驕慢《きょうまん》の小股をすくい、搾取されたものを奪い返す知恵であると云った。六角堂のみごとな手口を聞いてしんじつ私はそう思ったのだ、しかしたちまち、かれらは尻尾《しっぽ》をつかまれてしまった。庶民の知恵はつまるところ権力や富の狡猾とわる賢さにはかなわない、幸いあの二人はうまく逃げのびましたが、あれだけの投資をしておいて、あんなふうに失敗し、命からがら逃げだしたということは、結局、庶民の知恵などというものが権力や富に対していかに無力であるかと。
痛い、どなたです、なぜ私に物を投げるんですか、失礼な、どうかそんな乱暴なことはしないで下さい。
私は以上の点を認めて発心した。私はこんどは藤原姓を買って勧学院へもぐりこもうと思う。
最大多数の勤労者農民たちのために、圧政と搾取にさらされているかれらのためにはまず自分が権力をにぎらなければならないし、権力をにぎるためには大学寮へ入学しなければならない。
そ、痛い、どうして物を投げるんです、誰です、なぜそんなに物を投げるんですか。ええ、「ひっこめ」ですって、いや私はひっこみません、最大多数の勤労者農民のみかたである私は、痛い、痛い、よろしい、おやりなさい、しょせん私は大和ノくに添上ノ郡の小領秘書官にすぎず、恋にもやぶれたいまいましい男にすぎないのですから、さあどうぞ、どうぞお好きなようにして下さい、さあどうぞ。
底本:「山本周五郎全集第十三巻 彦左衛門外記・平安喜遊集」新潮社
1983(昭和58)年3月25日 発行
底本の親本:「オール読物」
1957(昭和32)年7月号
初出:「オール読物」
1957(昭和32)年7月号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
牛
山本周五郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)添上《そえかみ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)上|惟高《これたか》
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(数字は、JISX0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「火+(麈-鹿)」、第3水準1-87-40]
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[#6字下げ]一[#「一」は中見出し]
私は大和ノくに添上《そえかみ》ノ郡の小領、池ノ上|惟高《これたか》の秘書官であり、名を在原《ありわら》ノ伸道《のぶみち》といい、そして恋にとらわれたいまいましい男である。今日はこの郡の大領|物注満柄《もつぎまつか》が京から帰館するので、小領はそのむすめとともに郡境まで出で迎えにゆき、私はこうして郡館《ぐうかん》の前へ待ち迎えに出たわけである。ええ、まもなくかれら一行はここへ帰って来るでしょう。
私はいま自分を在原ノ伸道といったが、本姓は尾足《おたり》であり、事情があって在原をなのっているのである。その事情というのは、私をとらえている恋とともに、このように私をいまいましい男にしているのであって、いや、これは恋などというにおやかなものではなく、ある女にとらわれているといったほうが正しいかもしれない。それは私の直属上官である小領のむすめで、名はこむろ[#「こむろ」に傍点]という。まもなくここへあらわれるだろうが、いろ白うあえかにやせほそりて、といった容姿のもちぬしであり、年は十四歳から二十八歳のあいだというほかはない。さよう、彼女は一刻として同じ年齢であったことはない、あるときは二十あまりのしたたるばかりに嬌《なま》めかしいむすめであり、べつのときは十四歳のあどけなき少女であり、またのときは二十八歳のしたたかな手だれものになる。こう申上げるだけでおよそ推察されるであろうが、まことに変転自在、こちらはいつも妻戸をまちがえて叩いては、鼻柱を叩き返されるような思いをするばかりなのである。――私がいまこのようにおちつかないのは、京から帰って来る一行の中に秦《はた》ノ安秋《やすあき》がいるからです。安秋は大領の秘書官であり、この郡でゆびおりの富豪の二男であり、おしゃれで軽薄で新しがりやで、きざで、さよう、胸のわるくなるほどきざな男で、そうしてこむろ[#「こむろ」に傍点]に懸想している。もちろん、あんな男に興味をもつようなこむろ[#「こむろ」に傍点]ではないが、安秋が富豪の二男という条件をもっている以上、私としても安閑としているわけにはまいらないのです。ええ、――まだ大領の一行はみえないようですな。
大領の物注満柄は「やもめの羆《ひぐま》」というあだ名がある。骨ぶとに肥えたあから顔の五十男で、頭のごく単純なかんしゃくもちで、むやみに怒って喚きちらす癖があり、怒るたびに物を毀《こわ》す癖がある。しかし、決して自分の物を毀さないだけのふんべつと、単純であるために隠すことを知らない狡猾《こうかつ》さだけはもっており、その点、小領とは、いい対照をなしているようだ。――私の直属上官である小領は、この郡館に住んでいるのであるが、温厚で思慮が深く、けいけんな仏教徒で、そこつに喜怒の情をあらわさない人である。たとえば、こんど大領が京へいったのは、藤原道長公の法成寺落慶供養に招かれたのであって、大領はその名誉を郡の内外に誇りまわっていたが、大領は決して招かれたのではない、ということを小領はみぬいており、しかもみぬいていることを誰にももらそうとはしないのだ。池ノ上惟高という人にはこのようなおくゆかしい思慮のある反面、その家常茶飯における極端な倹約と、仏教に対するぜんぜん無抵抗な畏服《いふく》とで、人間らしい差引をつけているようである。ごらんのとおり、秘書官である私などがこのようにいまいましく痩《や》せているのに、ひとたび仏の供養となると仰天するほどの金穀を布施して惜しまない、もっともこれはこの時代の一般的な風潮でもあるが。――
いまはひとくちに藤原時代といわれるくらいで、藤氏一門が栄えと幸とをきわめ、国史はじまって以来のけんらんたる文華を誇っている。しかも現世における歓楽の飽満から、来世のことが不安になるのだろう、このたび道長公の法成寺建立を以てその頂点に達した如く、むやみに仏堂|伽藍《がらん》を建てて後生を祈願することが流行した。云うまでもなくこれは重税と課役によるもので、そのため最大多数の勤労者農民たちは二重に搾取される結果となり、絶望のあまり底ぬけの楽天主義におちいっているのである。人間はのがれがたい圧政に苦しめられると、自殺をするか革命を起こすか楽天主義者になるかのいずれかを選ぶようである。だが私はそのいずれをも選ばない、私は出世をしたいのであり、富と恋と、やがては権力をにぎりたいのであり、それについては、私が大学の受験に際してなめた屈辱と失意を語らなければならない。いまから三年まえ。ええ、――ああなるほど、大領の一行がやって来ましたな。ごらんなさい、先頭に立って喚きたてているのが大領の物注満柄です、どうか「やもめの羆」というあだ名をお忘れにならないで下さい。
[#6字下げ]二[#「二」は中見出し]
その一行は舞いたった土埃《つちぼこり》につつまれていた。
大領は土埃の中で話していた。すずしの下がさねに杜若《かきつばた》色のこまかい模様を染めた狩衣《かりぎぬ》を着、風折り鳥帽子《えぼし》をかぶり、腰に太刀《たち》を佩《は》いているが、彼は腕まくりをし、拳をふり廻し、ちから足をふみ、汗まみれになったあから顔をあちらへ向けこちらへ向け、そして精いっぱいめりはりをつけた声で語りつ喚きつ歩いているため、埃だらけの狩衣も鳥帽子もひん曲り、腰に佩いている太刀も、絶えず前へきたりうしろへずれたりしていた。――大領の右に小領の池ノ上惟高が並び、左に小領のむすめのこむろ[#「こむろ」に傍点]と、大領の秘書官である秦ノ安秋が並び、うしろには出迎えの役人たちと、肩荷や行厨《こうちゅう》をかついだ供たち、また途中から話を聞くためについて来た老若の雑人《ぞうにん》たちなどが一団になっており、乾いた道から舞いあがる土埃がこれらの人たちをつつんで、これらの人たちといっしょにゆっくりと移動していた。
こむろ[#「こむろ」に傍点]は秦ノ安秋にめくばせをし、そして大領に呼びかけた。
「お話の途中ですけれど」と彼女はあどけなく遮《さえぎ》った、「賀茂の葵《あおい》祭りなどには、桟敷をかけて見物するようですけれど、落慶供養のような仏事に、桟敷をかけて見物させるなどということがあるのでしょうか」
大領はあから顔の汗を拳で横なぐりに拭き、なだめるように微笑してみせた。
「わしは桟敷へ招かれたのだよ、嬢や」と大領は云った、「なにしろ天皇の行幸があることだし、それにあれだ、京はここらとちがって祭りだからとか仏事だからとか、そんな田舎くさい差別はせないのだよ、京ではな、――嬢や」
「京ではね」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は頬笑みながら頷《うなず》いた、「わかりましたわ、物注のおじさま」
「さていよいよ行列だ」と大領は歩きだしながらもみ手をした、「まだ行幸ではない、まず女御たちから、いや、はじめは宮たちだ、まずさいしょは大宮、皇太后の宮、枇杷《びわ》殿、むろん枇杷殿というのは皇太后の宮をさすのだが、つづいて中宮、かんの殿、なかでも中宮のごしょうぞくは権ノ大夫どのが選ばれたそうで」
「あのう」とこむろ[#「こむろ」に傍点]がまた遮った、「権ノ大夫とはどういう方でございますの」
「権ノ大夫どのが選ばれたのだそうで」と大領は声をはりあげた、「そのおんぞの優美華麗なことは眼も、――嬢や、権ノ大夫とは能信どののことでな、その日は物忌《ものいみ》のため御自分は来られなかったのだよ、嬢や」
「能信とはどの能信さまでしょうか」
「そのおんぞの華麗なこと」と大領は声をはりあげた、「まことに眼を眩《くら》まし魂《たま》をうばわぬばかり、またもっとおどろいたのはおぐしのことだ、おぐし、髪、頭の毛だ」大領は曲った鳥帽子を乱暴に直し、舌なめずりをしながら手をもみ合せた、「なにしろおまえ皇太后の宮、つまり枇杷殿の頭の毛、そのおぐしときたらおん身の丈に一尺七寸もあまるくらい、大宮、つまり上東門院はおん丈にあまること一尺八寸、かんの殿は二尺、いやそうではないまちがった、枇杷殿のおぐしは二尺九寸もあまって、そのすそは扇のようにひらいたまま、地べたをこんなふうにひきずっていた、こんなふうに」
大領は両手をひらひらとなびかせ、うしろざまに身をひねって、そんなふうに髪の毛が長くひきずっているありさまをまねてみせた。すると、うしろから覗《のぞ》きこんでいた小さな童の一人が眼をまるくし、振返ってその母親らしい女に訊《き》いた。
「あのじいさまなにしてるだえ、田楽舞いだしただかえ」
「まだだ」と母親らしい女が答えた、「もうちっと経たなければ田楽は始まらないだ、まだ語ってござるだからな、もうちっと待つだ」
「宮たちのあとには」と大領は話しつづけていた、「関白頼通の殿が横川《よがわ》の僧正と話しながら来られた、お二人とも徒《かち》だ、人間もあのくらいの位地になると徒でも威風あたりをはらうようで、関白殿はむぞうさなお人だから尻っ端折をなされ、しまいには沓《くつ》もぬいではだしになられたが、いよいよ御威光が増すばかりであった、横川の僧正も負けてはいない、はじめは片肌ぬぎだったがしまいには双肌《もろはだ》ぬぎになり、楼門にかかるころにはねじり鉢巻をしてしまわれた」
「なるほど」と小領が温厚に云った、「それはいかにもむぞうさなことですな」
「だものだからあとに続く殿ばら殿上人《てんじょうびと》、上達部《かんだちべ》の人びとも気取ってはいられない」と大領はつづけた、「みんなもう装束なんかぬいでは投げぬいでは投げするので、道傍《みちばた》はいたるところ薄物の単衣《ひとえぎぬ》や唐衣《からぎぬ》や袍《ほう》や直衣《のうし》で山をなす、見物の下人どもはそれを拾おうとしてわれ勝ちにとびだすし、殿ばらの雑色《ぞうしき》たちはそうさせまいと喚きたてるし、その騒ぎでわしまで押しこくられ、市女笠《いちめがさ》をかぶったどこかの青女房と折りかさなって転ばされたくらいだ」
「お話の途中ですけれど」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が静かに遮った、「おじさまは桟敷の上でごらんになっていたのではないのですか」
「嬢や、――」と大領はにこやかに云った、「たのむから話の腰を折らないでおくれ、いいか、わしはさきの太政大臣藤原道長公から招かれたのだ、そのわしが道傍に立って下人どもといっしょに埃をあびながら見物したとでも思うのか、もちろん桟敷の上だよ、嬢や」
「わたくしもそうだと思いますわ、物注のおじさま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「どうぞこだわらずにあとをお続け下さいまし」
「そこでだ」と大領は曲った鳥帽子を直し、うしろへずれた太刀を直し、拳で顔いちめんの汗を拭き、腕まくりをしてつづけた、「そこで、――その、三日つづいた試楽のことは話したかな」
「うかがいました」と小領が答えた。
「ではいよいよ行幸のくだりだ」と大領は舌にしめりをくれた、「沿道に堵列《とれつ》する群衆のはるかかなたから、うおーうおーというどよめきの声が聞えて来た、それっ国王の臨幸である、みゆきであるぞという制止の声」大領は両手をあげて大きく左右に振って、堵列した群衆のゆれ返るさまをまねてみせた、「まるで潮のよせて返すようなありさまだ、わしとしてもじっとしてはいられない、人垣をかきわけ押しのけ前へ出た、するとまっ先に行列の先頭に立ってくるのが、弘法大師だった」
「え、――」と小領が訊いた、「どなたですって」
「行列の先頭に立って来たのが弘法大師なのだ」
「その、失礼ですが」と小領が吃《ども》った、「その、――大師はたしか、入滅されてから百年ちかく経つと思いますが」
「そんなことがなんだ」と大領は腕をまくりあげ、ちから足をふんだ、「京はこんな田舎とはちがって万乗のみかどのおわしますところだ、京へゆけばなんでもある、貴賤賢愚いかなる人物にも会えるのだ」
「なるほど」と小領は頷いた、「なるほど」
脇のほうでは、大領秘書官の秦ノ安秋が、しきりにこむろ[#「こむろ」に傍点]の注意をひこうとしていた。
「むろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、ちょっと見て下さい」と安秋は囁《ささや》きかけた、「こういう珍しい物を御存じですか、これです」彼は持っている器物を見せようとし、こむろ[#「こむろ」に傍点]が眼もくれないので、深い溜息《ためいき》をついて云った、「ああ、むろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、あなたはじつにお美しい」
「ひときわ高く楽の音がひびきわたった」と大領はつづけていた、「まさに鳳輿《ほうよ》は近づいたのである、群衆の下人どもは手を振り声をかぎりにおらび叫ぶ、雑色たちの制止などきくものではない、わしの胸もはちきれそうに高鳴った、まさに、法成寺落慶供養は絶頂を迎えたのだ、すると、にわか雨だ」
大領は両手を高くあげ、あげた手をひろげながらだらっと下へおろし、それを繰り返してにわか雨のふりだすまねをしてみせた。
「にわか雨だ」と大領はつづけた、「鳳輿はそこへ近づいているが、もはや行幸もへちまもあったものではない、群衆は総崩れとなり、ちりぢりばらばら先をあらそって逃げだした、わしとしてもあまんじて濡れている場合ではない、逃げ惑う下人はらを右に左に突きのけはねのけ」彼はそんなような身振りをした、「――いや駆けた駆けた、那須の篠原を蹴《け》ちらして疾駆する駿馬《しゅんめ》のように、ぱかあっぱかあっと一条筋を西へゆき東ノ洞院を南へまっすぐに、ぱかあっぱかあっと駆けて六条まで息もつかなかった、ところがどこにも雨やどりをする場所がない、そこで西ノ洞院を駆けもどって三条を東へ向ってゆくと、わしを呼びとめる者がある、振返ってみるとそこは六角堂で、堂の庇下《ひさしした》にいる二人の男がわしを呼んでおる、三位《さんみ》の殿ここで雨やどりをなされ、と云うのだ、ええい」
大領はちから足をふみ、大きな眼をむいて周囲を見まわし、向うに土器《かわらけ》売りが立っているのをみつけると、すばやく走りよってその荷を押えた。土器売りは荷を担いだまま、大領の話に聞き惚《ほ》れていたので、まさかそんな災厄が自分の身にふりかかろうとは思わず、なにが始まるのかと好奇のまなこで眺めていた。大領は眼にもとまらぬ早さで、押えた荷から土器をつかみ取ると、――えい、えい」と叫びながら、一つ一つ地面へ叩きつけて毀し始め、こむろ[#「こむろ」に傍点]は片方でぎゅっと自分の胸を抱きしめた。その刺戟《しげき》的なみものの好ましさに、躯《からだ》のふるえが止らないといったふうである。
「おっ母あ」と小さな童がその母親に訊いていた、「あのじいさま田楽舞ってるだかえ」
「まだだ」とその母親が云った、「あれはただ土器をぶち割ってござるだけだ」
「なんで土器をぶち割るだえ」
「ぶち割りてえからだわ、土器をぶち割りてえから土器をぶち割ってござるだけだえ」
小領が「まあまあ」と大領をなだめた。
「いったいどうなすったのですか」
「しび[#「しび」に傍点]八」と大領は供の者を呼んだ、「きさまばか面をして立っていないで、ここへ来てこいつを押えていろ、いいか、こいつを逃げないように捉《つか》まえているんだぞ」
しび[#「しび」に傍点]八は土器売りを捉まえ、土器売りはまだ好奇心からさめぬようすで、捉まえられたままじっと大領のすることを眺めていた。
「それで、いったいなにごとが」と小領が云いかけた。
「かたりにかかったのだ」と大領は呼吸を荒くしながら云った、「そいつら、六角堂にいたそいつら二人がわしをかたりにかけたのだ、一人の名は早竹《さちく》、一人の名は勝魚《かちお》といった、早竹は痩せたのっぽであり、勝魚はずんぐりと肥えていた、そうして二人とも顔半分がまっ黒な髭《ひげ》で掩《おお》われていた、こんなふうに」
大領は両手で自分の顔の下半分を隠し、そんなふうに髭だらけだったというまねをしてみせた。
「そいつらはわしを三位の殿と云った」と大領はつづけた、「わしがそうではないと云うと、そいつらもいやそうではないと云う、わしが大和ノくに添上ノ郡の大領にすぎないと云うと、そいつらはどうみても三位の殿だと云う、三位以上かもしれないが三位以下の人とはみえない、そういえば土御門あたりの第《だい》から牛車《ぎっしゃ》でおでかけのところを拝見したようだ、それに相違ない、いくら隠しても貴人の風格はあらそえぬものだと云う、それで話がはずみだし、わしとしても大いに語った」
一行はすでに郡館の前に来ていた。
「ねえむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ」と安秋はこむろ[#「こむろ」に傍点]に呼びかけでいた、「京ではいまこれが流行なんですよ、ちょっと見て下さい、どうかちょっと」
「それで、物注のおじさま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は大領をせきたてた、「それからどうなりましたの」
郡館の前には、小領の秘書官である在原ノ伸道と、下役人たちが出迎えており、伸道は激しい嫉妬《しっと》の眼で、こむろ[#「こむろ」に傍点]と秦ノ安秋とを交互ににらんでいた。
「どうなったかって」と云って、大領は大きく両手をひろげ、それをばたっと落してみせた、「どうなるものか、半刻ばかり経つと、わしはそいつら二人に頼んでいた、どうかこれを受取ってもらいたい、このとおり頼むからと云って、砂金の二十両はいっている金嚢《かねぶくろ》をむりやりかれらに渡していたのだ」
「盗まれたのではなくですの」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が念を押した。
「わしから頼んでだ」と大領が答えた。
「どういうわけですの」
「どういうわけかって、どういう、――」大領は両手で胸をつかんだ、「そいつはわしの訊きたいことだ、わし自身が訊きたいことだ、ええい」
大領は敏速に土器売りのところへゆき、「えい、えい」と絶叫しながら、土器を取って一つ一つ地面へ叩きつけて毀し、毀してはまた叩きつけて、ついにすっかり叩き毀してしまった。
「これだけか」と大領は土器売りに向って歯をむきだした、「これっきりか、湿瘡《しつ》っかきのかったいぼう」
土器売りは怯《おび》えあがった。
「うせろ」と大領は手を振って喚いた、「消えてなくなれ」
土器売りは消えてなくなった。
「わけもなにもない、かたりだ」と大領は話に戻った、「わしが砂金二十両を受取ってくれと、泣かんばかりにそいつらに頼んだこと、そいつらがしぶしぶ受取りわしが礼を述べたこと、はっきりしているのはこれだけだ、そうして雨があがって宿所へ帰ってから、初めてわしはかたりだということに気がついた、もう二刻の余も経ってからだ」
「なるほど」と小領が云った、「京ではいろいろな人物に会えるものですな」
「みつけてやる」と大領はちから足をふんで云った、「わしは厄神にかけてもそいつらをみつけてやる、早竹と勝魚、あの髭だらけの面はちゃんとおぼえている、ちゃんと、おれはあの二人の螻蛄《けら》食いの蛭《ひる》ったかりをみつけて、みつけたが最後、ええい」
大領は眼をむいて周囲を見まわしたが、すでに土器売りは消えてしまい、ほかにこれと思わしい物も見あたらないので、「えい、えい」と力まかせに地面をふみつけた。
「こう、こう、こう」と大領は云った、「やつらが自分を産んだ親や祖先まで恨みたくなるほど、えい、えい、こう、こう、こんなふうに思い知らせてくれる、悪霊に誓ってだ」
「これはもう」と小領が云った、「いつのまにか郡館の前でございました」
「郡館の前だ、わかれよう」と大領は云って汗を拭いた、「わしはくたびれた、館へ帰って休むとしよう、わしはしんそこくたびれたようだ」
「おじさま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「わたくしお館までお送りいたしますわ」
「嬢や、――」と大領は疲れた声で云った、「送るには及ばないよ、嬢や、土産はちゃんと買ってある、明日わしが届けに来るよ」
「まあ物注のおじさま、こむろ[#「こむろ」に傍点]が土産なんか欲しがっているとお思いですの」と云って彼女は大領にもたれかかった、「さあまいりましょう、お館まで送ってさしあげますわ」
大領はこむろ[#「こむろ」に傍点]の肩を抱き、疲れと満足さのために、そのあから顔の紐《ひも》を解いた。
「出迎えてくれて大儀だった」と大領はみんなをぐるっと順に見まわして、一人ひとりに頷いた、「――大儀だった」
そして大領は威儀をつくろい、小領たちの敬礼を受けながら、こむろ[#「こむろ」に傍点]の肩を抱え供の者たちを従えて、自分の館のほうへと去っていった。
「おっ母あ」と小さな童がその母親に訊いた、「あのじいさま田楽舞わねえだかえ」
「らしいな」とその母親が答えた、「今日は舞わねえらしい、帰ろうわえ」
[#6字下げ]三[#「三」は中見出し]
私はいま大和ノくに添上ノ郡の小領秘書官としてではなく、在原ノ伸道その者としてここに残った。はっは、私は声をあげて笑うとともに、かの早竹と勝魚なる者に拍手を送りたいと思う。かれらがなに者であろうと、たとえ強盗《がんどう》であろうとぺてん師であろうと、あの狡猾な大領を一杯ひっかけたというのは有難い。これこそ庶民の勝ちであり、返報の赤い笑いである。権力も富もなく、政治にも、道義にさえもみはなされた最大多数の勤労者農民たちは、無力で愚鈍でみじめで、そうしてただもう底ぬけの楽天家だと軽蔑《けいべつ》されているが、かれらは決して骨まで抜かれたわけではない、腑《ふ》抜けではなく腰抜けではないのだ。いま私は、三年まえの屈辱と失意が二割がたはらされたように感じられるのである。さよう、三年まえに私は大学寮の試験を受けた。だが入学はできなかった。学科のほうはあえて云うが、紀、経、法、算ともすでに私は秀才の実力があったと信ずる。しかし大学寮に入学できるのは、貴族の子弟であるかまたは広大な墾田や多額な黄金を寄付することのできる豪族の子に限られており、才能などはまったく問題外だということがわかった。そこで私は奨学院へもぐりこもうとした。御承知のとおり奨学院は源氏と在原氏の学問所で、勧学院や弘文院その他よりいくらか融通がきくからである。私はある種の屈辱をしのんで在原姓を買い、――そのとき本姓を捨てたのです。またしかるべき向きへのしかるべき手も打った。にもかかわらず寄付の点で資格に欠けたのでしょう、これまた落第ということになったわけである。権力と富。人間によって作られ、人間にしか通用しないのに人間を支配するこの権力と富、私がいかなる手段を弄《ろう》してもこの手でつかみたいと願っているところの権力と富がこのように逆に私をうちのめし、このように私をいまいましい男にしてしまったのです。だが、いま私は眼がさめたようである。開眼《かいげん》されたといってもいいような心持である。早竹と勝魚の知恵。われわれはあの知恵をもたなければならない。権力なく富もない庶民であるわれわれは、そういう知恵でかれらに返報し、搾取されたものを奪い返さなければならない。私はいま心から早竹と勝魚に拍手を送り、声をあげて笑う、はっはっはあ、かれらこそ特権の小股《こまた》をすくい驕慢《きょうまん》に足がらをかけ、そうして新しい世代をきりひらく、――ええ、帰って来たようですな、私をとらえているところのこむろ[#「こむろ」に傍点]が。いや、秦ノ安秋がついて来る、あの軽薄できざなおしゃれが。お聞きになったでしょう、「ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、――」あの身ぶりとあの胸のわるくなるような声。ぺっ、いやもうたくさんです、どうか私を止めないで下さい、あの身ぶりと黄色い声を聞くくらいなら、むしろ私は、――いや、どうかお願いですから私を止めないで下さい。
[#6字下げ]四[#「四」は中見出し]
こむろ[#「こむろ」に傍点]といっしょに戻って来ながら、秦ノ安秋は手に持った器物の説明をしていた。
「このここに墨があり、ここに筆を入れるのです、そら、筆が出て来るでしょう」と彼は云った、「墨は綿に含ませてあるからながもちがしますし、いつどこでも使うことができる、帯に差してもよし、ふところへ入れておいてもよろしい、外を歩いていて急に証文でも書くというときなどは」
「そう、あなたには便利ね」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「いつも遊女などにたわむれたあとでは借銀の証文をお書きになるのでしょうから」
「矢立というんです」と安秋は聞きながしてつづけた、「この形が矢立に似ているからでしょう、おそらく工匠の使う墨斗《すみつぼ》から思いついたんでしょうな、やはり田舎ではだめです、京には文明がありますからね、京ではすべてが日々これ新たなりです、文明は一刻として休んでいないのですから、ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、――ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、あなたはなんということを仰《おっ》しゃるんです、私が遊女などにたわむれるんですって、この私がですか」
「あら、ちがいましたの」
「断じて」と彼は額をそらした、「氏の神に誓ってもよろしい、私は断じて遊女などといういまわしい女に近づいたことはありません、断じてです」
「あらそう」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は云った、「そのお年になってまだ遊女あそびの御経験もないんですの、ああ、それでわかりましたわ」
安秋が不安そうに訊いた、「なにがおわかりになったのですか」
「どうしてあなたには女の心をときめかせることもできないかということがですわ」
「できないんですって、私にですか」と安秋は矢立をふりたてて云った、「ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、あなたほど残酷な人はない、これほどの私の想いをくみとろうともせず」
こむろ[#「こむろ」に傍点]が安秋の調子を巧みにまね、彼と同音にあとをつけて云った、「あなたは私に死ねとでも仰しゃるのですか、ああ」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は胸を抱き、安秋の声で声をふるわせた、「ああむ[#「む」に傍点]、ろ[#「ろ」に傍点]、ぎ、み、よ、――ああ」
「それは侮辱です」
「こちらは退屈よ」とこむろ[#「こむろ」に傍点]がやり返した、「もうたくさん、うんざりだわ、いつもいつも同じ文句と同じ身ぶりで、ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、ああむろ[#「むろ」に傍点]ぎみ、まるで喘息病《ぜんそくや》みのくつわ虫よ」
「あなたは、そんなふうに仰しゃるんですか、あなたはこの私をそんなふうに」
「その簡便|硯《すずり》をしまいなさい」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が叫んだ。
「しまいます」彼は矢立を腰に差そうとし、思い直してふところへ入れようとし、そしてそれをまたこむろ[#「こむろ」に傍点]に見せて云った、「失礼ですがこれは簡便硯などとは云いません、これは」
「しまいなさい」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った。
「ええしまいます、もちろんしまいます」彼はうろたえて矢立をとり落し、それからようやくふところへしまった、「これでいいですか、よければお許しを得て申上げますが、私に対するあなたの軽侮は見当ちがいですよ」
「あらそうかしら」
「あなたは御存じないでしょうが、私だってこうみえても遊女あそびくらい知っています」
「まさか」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「わたくしそんなこと信じませんわ」
「私だって男ですからね、なに遊女あそびくらい知らないものですか、馴染の女だって三人や五人はいますよ」
「まさか」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「そんなからいばりを仰しゃってもだめ、わたくし信じられません」
「いや、事実を申上げているんです、こんどだって京ではずいぶんばかなまねをしました、物注さんは知らなかったでしょうが、白拍子を一人、宿の別間へずっと囲っておいたんですからね」
「つくりごとでしょう」
「氏の神に誓ってもよろしい、その白拍子の名は浮藻《うきも》といって年は十六でしたが、あのことにかけてはよもやと思われるほど手くだが巧みで、おまけに」と彼は手をこすり合せ、思いだし笑いをした、「いや」と彼は首を振った、「そこまでは云えません、とても口には出せない、とても、――」
こむろ[#「こむろ」に傍点]が彼を押しやるような手まねをし、声を出さずに冷酷な嘲笑《ちょうしょう》をあびせた。
「わたくしの思ったとおりね」と彼女は云った、「あなたは卑しいうえに穢《けが》らわしいならず者よ、そばへ寄らないでちょうだい」
「なんですって、私がどうして」と安秋はまごまごした、「なにが私がならず者なんですか、なにかお気に障るようなことでも」
「あなたは売女《ばいた》とあそぶくらいが相当よ、さ、いってちょうだい」と彼女は手を振った、「その売女のところへいってよもやと思うようなことを楽しんでいらっしゃい、そして、おまけに、――というほうもね、この穢らわしいやくざな*****」
終りの一句は聞きとれなかった。おそらく痛烈な罵詈《ばり》だったのだろう、秦ノ安秋はまだ事態がのみこめないらしく、しかし、おそるおそる、彼女の顔色をうかがいながら云った。
「あなた嫉妬していらっしゃるんですね」
こむろ[#「こむろ」に傍点]は前へ出た、「なんですって」
「だって、その」と彼はうしろへさがった、「あなたは私に遊女あそびくらいしなければって云って、そしてそんなに怒るというのは」
「あたしがなんですって、もういちど云ってごらんなさい、あたしが誰に嫉妬したっていうんですか、この卑劣な*****」
安秋はたじたじとうしろへさがり、肱《ひじ》で顔を防禦《ぼうぎょ》しながら、それでも窮鼠《きゅうそ》の勇をふるい起こして云った。
「そんなふうに仰しゃるなら私にも云うことがあります、あなたがどうして急につれなくなったか、私はちゃんと知っているんですよ」
「わたくしがつれなくなったんですって」
「あなたは私に三度もつまどいを許した、三度も」と彼は指を三本立ててみせた、「ところが珍しさがさめるとあなたはすぐに飽きてしまう、私は自分があなたにとって何番めかということも知っているし、いまあなたが誰を誘惑しようとしてめるかも知ってるんですからね」
「面白そうなお話じゃないの、うかがいたいわね、誰なの」
「大領の物注満柄、あのやもめの羆ですよ」
こむろ[#「こむろ」に傍点]はにっこりと微笑した、「あらふしぎだ、あなたってそれほどのばかでもないのね、そのとおり、当ってることよ」
「恥ずかしくないんですか」と安秋は顎《あご》を突き出して云った、「あんな老いぼれで肥え太ったあかっ面のやもめの羆なんぞに、あなたともある人がそんな気を起こして恥ずかしくないんですか」
「少なくともあなたの退屈さよりはましよ」と彼女はやり返した、「あの方は臆病じゃあないし、気取りもみせかけもないし、艶書《えんぞ》に盗んだ歌を書くようなこともしないわ」
「盗んだ歌、――それは」と彼は吃《ども》った、「それは誰のことを仰しゃるんです」
「秦ノ安秋」と云って彼女は彼の鼻先をまっすぐに指さした、「つまりあなたよ」
「それは侮辱だ、いったい私がいつ歌を盗みましたか」
「番たびよ、たとえばこういうのを覚えてるわ」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「こうよ、――窓ごしに月おし照りてあしびきの嵐吹く夜は」
「きみをしぞ思ふ」と安秋がつづけた、「それがどうしたんです」
「これは万葉集の巻の十一にある歌よ」
「しかしですね」
「そうでしょ、万葉集から盗んだのでしょ」
「しかしですね、まあ待って下さい」と安秋は遮った、「それは慥《たし》かに万葉集にあったものです、それはそれにちがいないが、しかしですね、あの歌はよみ人知らずですよ」
「よみ人知らず、――だからどうだっていうんです」
「作者不明ということは誰の歌だかわからない、つまり所有者がないということでしょう、所有者のないものを使ったのに盗んだなんて云えるでしょうか」
「いまの簡便硯を貸しなさい」
「どうなさるんです」
「その持ち歩き硯を貸しなさい、殴りつけてあげるから、貸しなさい」
「よくしらべて下さい」と安秋はうしろさがりに逃げながら云った、「私が書いてさしあげた歌はみんなよみ人知らずです、盗んだなんて云われるような歌は一首もありませんよ」
彼は来かかった二人の旅僧とぶっつかった。僧たちは深い網代笠をかぶり、手に錫杖《しゃくじょう》を持っていた。安秋はうしろさがりだったし、僧たちは網代笠で前がよく見えず、それで両者は激しく衝突し、錫杖が絡《から》みあって転倒し、まわりに土埃がまきあがり、僧の一人が「人狼《ひとおおかみ》だ」と悲鳴をあげた。
「たぶん人狼だ、おれは噛《か》みつかれてる」とその旅僧はかなきり声で喚いた、「おれの指はどうやらくい千切られるらしい、もうまもなくくい千切られるようだ、助けてくれ」
「その男を捉まえて」とこむろ[#「こむろ」に傍点]は足ぶみをしながら叫んだ、「押えつけて、押えつけて、それじゃないその男よ、そいつを捉まえて」
土埃の中から安秋がとび起き、はねあがり、そうして鼬《いたち》のようにすばやく逃げ去ってゆき、郡館の中から下僕や雑仕たちや、それから在原ノ伸道が出て来た。いまの騒ぎを聞きつけたのであろう、下僕たちは棒や大鎌などを持っており、伸道はこむろ[#「こむろ」に傍点]のそばへ走りよった。
「どうなさいました、姫、おけがはありませんか」
「わたくしは大丈夫よ」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「この人たちを起こしてあげてちょうだい」
二人の旅僧は伸道に助けられて起きあがり、肥えたほうの一人が錫杖を振り放した。錫杖の鐶《わ》が指に絡まっていたので、その僧は指を揉《も》みながら口の中で悪態をついた。旅僧たちは衣の土埃をはたき、錫杖を拾い、網代笠の埃をはらって頭にかぶった。
「お指は御無事ですか、お坊さま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が訊いた。
「へ、はい、はい」と肥えた僧はその手をうしろへ隠した、「あぶなくあれでしたが、どうやらみほとけのごかごがありましたようで、はい、どうぞもうそのごしゃくしんには及びませんですから」
もう一人の僧。痩せたのっぽの僧は、笠を右手に持って立ったまま反《そ》りかえり、石のように固くなっていた。どうやらこむろ[#「こむろ」に傍点]の美しい姿に気づき、気づいたとたんにそうなってしまったらしい。もちろんこむろ[#「こむろ」に傍点]にはすぐそれとわかったので、満足と好奇心のために、あふれるばかりの媚《こ》びた頬笑みを投げかけ、「ではどうぞ御平安なお旅を、――」と云い、みやびかなながし眼をくれて去ろうとした。すると肥えた僧は慌てて呼びとめ、いまかぶった網代笠を慌ててぬぎ、伴《つ》れの僧を肱で小突きながら、こむろ[#「こむろ」に傍点]に向って云った。
「せっそうどもは高野のひじりで、この添上ノ郡の小領、池ノ上惟高とのを訪《たず》ねてまいったのだが、お館を御存じならお教え下さるまいか」
「それはわたくしの父でございますわ」
「なんと」とその僧は伴れに振返った、「聞いたか竹念坊、訪ねるお館がわかったぞ」
「わたくしどもはこの郡館におりますの」とこむろ[#「こむろ」に傍点]が云った、「どういう御用かは存じませんが、ちょうど父もおりますからどうぞおはいり下さいまし、――在原さん御案内を」
そしてこむろ[#「こむろ」に傍点]は去り、下僕や雑仕たちも去った。伸道は反りかえっている僧を見て、不審そうに肥えた僧に訊いた。
「この御坊はどうなすったのですか」
「やめえ、はい、このごぼうにはこういうやめえという持病がありますので、はい」と肥えた僧は云った、「いますぐに、手当をしてまいりますから、どうかこなたさまは先へおいでらしって下さるように」
「なにかお役に立つことはありませんか」
「いや、せっそう一人のほうがよろしいので、どうかそのごしゃくしんは」
そう云って肥えた僧は一揖《いちゆう》した。
在原ノ伸道が去ると、肥えた僧は笠と錫杖を下におき、伴れの前へまわって、その鼻先で手を叩いた。拍手《かしわで》を打つように高く三度、ぱしぱしと叩いたが痩せた僧はびくっとも動かない。そこで肥えた僧は相手の脇へゆき、耳に口をよせて、「やい竹念坊」と叫び、すぐまた前へまわって、ぱしっと手を叩いた。すると竹念坊の上躰《じょうたい》がしゃっくりをするように動き、全身の硬直がほぐれていった。
「やい、眼をさませ、おれがわかるか」
「勝念坊《かちねんぼう》か」と竹念坊がごくゆっくりと云った、「おれはいま天女を見た」
「やい眼をさませ、こっちをよく見ろ」
「おれはいま活《い》き身の女菩薩《にょぼさつ》をおがんだ」
「よせ、あれは悪魔だ」と云って勝念坊は彼をゆすぶった、「よく聞け竹念坊、おまえの見たのは天人でも女菩薩でもない、とんでもない、あれは悪魔だぞ」
「いや、おれはこの眼で見た」
「悪魔を見たんだ」と勝念坊が云った、「ま、よく聞け、おれたちはいま小領の館へ着いた、いいか、そしてこれから仕事にかかるんだ、それ、そこの黒門が館で、池ノ上惟高があの中にいて、おれたちはこれから小領に会うんだ、いいか」
竹念坊は頷いた。
「そこで仕事にかかるんだが、断わっておくのはいまのむすめだ、おまえはちょっときれいな女を見るとすぐに突っ張らかるが、中でもあのむすめはいけない」と勝念坊が云った、「あれは小領のむすめだというけれども、じつは悪魔の化身《けしん》だとおれはにらんだ、おれのにらんだ眼にまちがいはない、あれは悪魔の化身だ、わかったか、あれは悪魔だぞ」
竹念坊はゆっくりと頷いた。
「では云ってみろ」と勝念坊が云った、「いまおまえの見たのはなんだ」
「ええ、――」と竹念坊は自分の意志に抵抗しながら答えた、「悪魔だ」
「決してあの娘を見るんじゃないぞ」
「決してあの娘は見ない」
「むすめが来たら眼をつぶるんだ」
「むすめが来たら眼をつぶろう」
「見るとまた突っ張らかるぞ」
「見るとまた、――わかった」
「よし忘れるなよ」と勝念坊が云った、「では案内《あない》を乞おう」
かれらは錫杖を突きながら、郡館の中へはいっていった。
[#6字下げ]五[#「五」は中見出し]
小領の惟高は館の持仏の間で旅僧たちに会った。かの二人は高野山の塔頭《たっちゅう》「拈華院《ねんげいん》」の僧で、肥えたほうが勝念坊、痩せたほうが竹念坊であるとなのり、まず仏壇に向って誦経供養《ずきょうくよう》をした。小領の秘書官である私は、むろんその場に立会っていたのであるが、かれらは供養が済むと同時に人ばらいを求めた。
「これはしょうごんふしぎなことであるから」
というのである。小領は私に退席を命じ、私はおとなしく持仏の間を出た。しかし御承知のとおり秘書官という役目は「さがっておれ」と云われて「はい」とひきさがるようでは勤まらない。それで済むなら秘書官などの必要はないのであって、私は廂《ひさし》の間からひそかに覗き見をし、かれらの話すことを聞いた。そうしていま、私は仏の世界の荘厳《しょうごん》不思議さと、ぬすみ聞きなどをした自分の罪のためにおののいているのである。見て下さい、こんなありさまです。
話はおもに勝念坊がした。竹念坊のほうは殆んど黙っており、ときどき思いだしたように合掌し、口の中で念仏をとなえ、また稀《まれ》には勝念坊に合槌《あいづち》を打つ、といったふうであった。荘厳不思議とはなんであるか、かの二人の僧は高野の拈華院の宿坊で、同じ夢を七十七回もみたのです、二人ともぜんぜん同じ夢であり、七十七回も続けてですぞ。
「小領の殿は」と勝念坊がまず訊いた、「池ノ上惟康という方を御存じですか」
「私の父です」と小領が答えた。
「いまから五年まえに亡くなられましたか」
「ちょうど五年まえの三月に死去しました」
「お年は六十五歳」
「年は六十五でした」
「ぴったりだ」と勝念坊が竹念坊を見た。
竹念坊は合掌して頷いた。
「その方が夢枕に立ったのです」と勝念坊も合掌して云った、「ありがたや」
「ありがたや」と竹念坊が云った。
かれらの夢枕に立った小領の亡父は、「成仏することができずに迷っている」と云うのだそうである。なぜ成仏ができないか。それは生前に稲を五百|把《ぱ》くすねた罪である。五百把の稲をくすねて白拍子なにがしに貢いだ。すでに息子の――つまり惟高の身代になっていたから、それは盗みの罪に当り、とくべつの供養をしなければ成仏できない、宙に迷って苦しんでいるから、「とくべつの供養をしてくれるようにと息子に告げてもらいたい」と云うのだそうで、それを七十七回も続けて、勝念坊と竹念坊に頼んだということであった。小領はしんこくに感動し、自分を責めた。
「なんということだ」と小領は呻《うめ》いた、「僅か五百把ばかりの稲のために、あの世で父が迷っておられるのを、その子である私が今日まで知らずにいたとは」
ええと小領は呻き声をあげた。純粋なというより熱狂的な仏教徒である小領は、自分の怠慢を怒ると同時に、「どうして私の夢枕に立ってくれなかったのか」と恨みを述べた。
「それはむつかしいのです」と勝念坊が云った、「在家《ざいけ》の人の夢枕に立つということは、よほどその道につうたつしていないとできにくいのです、なあ竹念坊」
竹念坊は合掌した。
「しかし来ることは来られたのです」と勝念坊はつづけた、「惟康の殿はてんしょうの法でもって、初めは蛇に化してあなたに近づこうとなされた」
小領は眼をみはった、「蛇ですって」
「すると庭子の一人がみつけて殺してしまった」と勝念坊が云った、「そういう覚えはございませんかな」
「あったかもしれません」と小領は思いだそうとしながら云った、「夏になれば蛇の三匹や五匹殺すのは毎年のことですから」
「その一匹が惟康の殿だったのです、――なんと竹念坊、ぴったりだ」
「ありがたや」と竹念坊が合掌した。
「次には鶏にごてんしょうなされた」と勝念坊がつづけた、「ところがおりもおり祝いごとにぶっつかって、絞めて食われてしまったそうですが、御記憶がございましょうか」
「さよう」と小領は口ごもった、「私は信仰のためつねに精進もの以外はたしなみませんが、客を致すときなどにはやむを得ず鶏をりょうることもございます」
「それですな、それです」と勝念坊はいたましげに頷いた。
鶏のあとでさらに鼠となり、兎にもなり、鳥にもなった。だが鼠は猫に食われ、兎は犬に噛み殺され、鳥は鷹《たか》に食われてしまったというのです。そこで二人の夢枕に立ったの、であるが、二人としても証拠がなければ伝言にはゆけない、これこれであるしかじかであると云っても、小領たる人がそのまま信じるわけがない。なにか慥かな証拠が欲しいと云ったところ、惟康は夢枕のなかで、「もういちどだけ転生《てんしょう》をする」と答えた。
「お父上は仔牛《こうし》になってまいると申されました」と勝念坊は云った、「赤毛まだらの仔牛になり、旅の牛飼に伴れられて郡館へゆき、八月十七日に小領の手に買取られる、こう申されたのです」
小領の下唇がゆっくりと下った。
「慥かに夢ではそう申されたのですが」と勝念坊が訊いた、「こちらでそのようなことがございましたか」
「赤、毛、斑《ぶち》、――」と小領が云った、「たしかに、その仔牛を、買いました」
「それは八月十七日でしたか」
「八月の、さよう、――たしかそのころのことでした」
「旅の牛飼からお買いですね」
「旅の牛飼から買いました」
竹念坊が云った、「ぴったりだ」
「ぴったりだ、符を合わせたようだ」と勝念坊が合掌した、「まさにみほとけの慈悲だ」
「ありがたや」と竹念坊が合掌した。
私のように小領の秘書官をしていても、こんなにあらたかで荘厳不思議な出来事に接することは稀である。二人のひじりは念のため、明日その実否をたしかめることになうた。その仔牛と対面して、それが亡き惟康の殿の転生したものであるかどうか、成仏するためにはいかなる供養をすればいいか、諸人の面前でたしかめるというのです。ええ明日です、「諸人の面前で」というのは公明でありたいという聖《ひじり》たちの希望で、おそらくは仏法|弘布《ぐぶ》の手段でもあるでしょう。いよいよ因果の相をこのわれわれの眼でおがむことができるのである。では明日、また明日――。
[#6字下げ]六[#「六」は中見出し]
郡館の広庭はまばゆいほど明るく陽が照っており、老若男女の群衆がひしめいていた。庭には縄が張りまわしてあり、群衆はその縄張りの中にいて、郡館の下役人たちに押しやられたりどなられたりしていた。
「やかましい、騒ぐな」と下役人たちは叱りつけていた、「押すな、席争いをやめろ、つまみ出すぞ」
「早くやれ」と群衆は喚きだしていた、「もったいぶるな、さっさと見せる物を見せろ」
「おれは蓆編《むしろあ》みをはんぱにして来ているんだ」と云う者もあった、「おれはゆっくらしてはいられないんだ、こんなことで暇をつぶしている場合ではないんだ」
「おっ母あ」と小さな童がその母親らしい女に訊いていた、「今日はどの人が田楽舞うだかえ、あの人かえ」
「まだだ」と母親らしい女が答えていた、「田楽はまだだ、もうちっと待つだえ」
群衆の端のほうから一種のざわめきが起こり、人びとは次つぎ伸びあがって向うを見、いっそうざわめきあい、すると在原ノ伸道と下役人たちとで、白木の壇や仏具や、あら蓆などを運んで来、それらを庭の中央にしかるべく据えた。群衆は沈黙し、中には白木の壇や仏具を見ただけで、そのありがたさに早くも合掌|唱名《しょうみょう》し、涙をこぼす者さえあった。ほどなく裏のほうから、庭子たちが一頭の仔牛を曳《ひ》いて来、群衆はまたざわめき立った。その二歳そこそことみえる仔牛は赤毛の斑で、たぶん老人の転生したものであるためだろうか、そんな仔牛にもかかわらずたいそう品よくおちついており、おびただしい群衆を眺めても、しりごみをするとか臆するなどというふうは少しもなかった。彼はゆうゆうと曳《ひ》かれて来て、そうして、そこに設けてある蓆を見ると、まるで初めからなにもかも知っていたかのように、白木の壇に向って泰然と腹這《はらば》った。
「あれを見ろ、自分でかしこまったぞ」と群衆の中で云う者があった、「自分の蓆にちゃんとよ、誰も教えもぶん殴りもしねえによ」
「そうだ、おらが証人だ」とべつの男が云った、「お牛さまは御自分でかしこまったぞ」
そのときまた群衆の端からざわめきが起こり、ざわめきとともに次つぎと伸びあがり、警護の下役人たちが「しずまれ」と制止し、まもなく二人の旅僧がこちらへ出て来た。――その飾らない僧たちは墨染の法衣に袈裟《けさ》をかけただけで、頭と髭だけは剃《そ》っているが、高野のひじりなどというこけ威《おど》しなようすはどこにもなかった。二人は池ノ上惟高の先導で庭へはいって来、白木の壇の前に設けた蓆に坐ったが、坐るまえに、ゆっくりと群衆に向って捧《ささ》げ珠数の礼をした。珠数を持った右手をけいけんに上へ三度あげ、それを額に当てる動作であり、群衆は見馴れないその動作のおごそかさに打たれて、いっせいに唱名念仏をした。
僧たちは壇上に安置された厨子《ずし》の扉をひらき、香を※[#「火+(麈-鹿)」、第3水準1-87-40]《た》いて礼拝し、静かに坐って誦経した。珠数をすり合せる音が高いのと、かれらが極めて老練なひじりであるからだろう、なんの経を読んでいるのか誰にも理解ができなかった。ただその中に、左のような畳句《じょうく》があり、その繰り返しだけは聞きわけることができた。
「なんとかがどうとかして、ひょうひょうぎょうへんじょうへんやい」
というのである。このあいだに小領たちも席についた。その席は腹這っている仔牛と僧たちの横にあって、小領とむすめのこむろ[#「こむろ」に傍点]が前に坐り、うしろには在原ノ伸道や役人たち、そして大領の館から来た秦ノ安秋などが坐った。――二人の僧は誦経しながらうしろへさがり、小領に向って頷いてみせた。小領は立ちあがって壇の前に進み、礼拝し香をあげてむすめを見た。こむろ[#「こむろ」に傍点]が立ってくると、勝念坊は誦経しながら、「えへん」と咳《せき》をし、竹念坊を肱で小突き、竹念坊はかたく眼をつぶった。
「これからが大事だぞ」と勝念坊は口の隅ですばやく囁《ささや》いた、「あのむすめを見るなよ」
竹念坊は頷きながら囁いた、「大丈夫、おれは見ない」
小領とこむろ[#「こむろ」に傍点]が席に戻った。二人の僧は立って、仔牛に向って坐り直した。二人は並ばず、勝念坊が前、竹念坊がそのうしろに坐ったのである。――二人は声調を変えて経を読み、仔牛に向って三鞠《さんきく》の礼をした。
「大領は来られるか」と小領が囁いた。
「もうみえるでしょう」と秦ノ安秋が騒ぎ返した、「たぶんもうみえるだろうと思います」
「あのぶしんじん者が」と小領は呟《つぶや》いた。
勝念坊は経を読み終り、仔牛に向って大きく九字を切った。
いっさいの物音が止り、郡館の広庭はまぶしいほどの日光の下で沈黙した。勝念坊はもういちど九字を切り、「喝《かつ》」と叫んだ。その声におどろいたのだろう、群衆の中で赤子が泣きだし、警護の下役人が制止した。
「仔牛どのにもの申す」と勝念坊が高い声で云いはじめた。「仔牛どのにもの申す、これよりせっそうの申すことをよく聞かれて、実か否かお答え下されい、うかがい申すことが実なら二度、否なら三度、そのお口でもうとなき、お首をお振り下されい」
このとき竹念坊は、法衣の袖から長さ五寸ばかりの棒を二本とり出し、それを左右の手に握って身構えた。左の棒は白く、右の棒は赤く塗ってあり、竹念坊は勝念坊の言葉につれて、それを交互に、すばやく動かすのであった。
「もういちど申す」と勝念坊は仔牛に向って云っていた、「実のときはお首で頷いて二度なき、否のときは同じことを三度なさる、わかりましたか、おわかりなら返事をして下されい」
仔牛はじっとしていた。死のような沈黙が緊張のためにふくれあがり、人びとは息を止めた。そして、ふくれあがった緊張が、沈黙の壁を突きやぶるとみえたとき、仔牛が「もう」と長くないた。長くゆっくりと二度なき、首を上下に二度振った。
「ありがたや」と勝念坊が珠数を揉《も》んだ。
群衆のあいだにどよめきが起こり、警護の下役人たちが制止した。竹念坊はひそかに周囲を見まわしたが、その眼がこむろ[#「こむろ」に傍点]の笑顔を認めると、びっくりしたように慌てて眼をつむり、しかし敵しがたい好きごころのためにすぐ薄眼をあけた。美しく着飾り、化粧をしたこむろ[#「こむろ」に傍点]の姿は輝くばかりで、しかもこちらへ投げかける媚に満ちた微笑は、この世のものとは思われず、竹念坊はたましいも消えそうに深い太息《といき》をした。
「では仔牛どのにお訊《たず》ね申す」と勝念坊がつづけた、「高野の拈華院の宿坊で、せっそうどもの夢枕に立たれたのはこなたさまであられたか」
勝念坊が咳ばらいをし、竹念坊がはっとわれに返った。仔牛は二度なき、首を上下に二度振った。群衆の中に感動の声があがり、それを制するように勝念坊が右手をあげた。
「この手を見て下さい」と彼は仔牛に向って云った、「これは左手ですか」
仔牛はゆっくりと三度なき、首を左右に三度振って、「否」という意志を示した。勝念坊は次に、あなたの御子息を教えて下さい、と云って、下役人の一人を指さし、群衆の一人ひとりを指さし、秦ノ安秋、在原ノ伸道と指さしたが、仔牛は少しのためらいもなく、これらぜんぶに否定の意志をあらわした。
「よろしい、では、――」と勝念坊は小領を指さして云った、「この方はどうですか」
仔牛はゆっくりと肯定の意を示した。
「この方が御子息の惟高どのですか」
仔牛はまた肯定の意志表示をし、なお「たしかですか」と念を押すと、ひときわ高く同じ表示を繰り返したうえ、腹這ったまま右の前肢《まえあし》で頭を抱えた。なにか失敗があったらしい。勝念坊がふり向くと、こむろ[#「こむろ」に傍点]がこちらへ頬笑みかけており、竹念坊がうっとりと彼女にみとれていた。勝念坊は狼狽《ろうばい》して大きな咳ばらいをし、竹念坊はどきりとし、「ありがたや」と云ってわれに返った。そのときにはすでに小領がこっちへ駆けて来、二人はちょっと逃げ腰になった。ところが小領は仔牛の前へ走りより、地面へ坐って手をついた。
「おいたわしや、おいたわしや」と小領は涙をこぼしながら云った、「とるにもたらぬあやまちのために、かかるあさましきお姿となられ、成仏もされず宙に迷っておわすとは、ああ、この惟高こんにち唯今まで知りませんでした、おゆるし下さい父上、私はつゆ知らずにいたのです」
小領は泣いた。勝念坊は汗を拭きながら竹念坊をにらみつけ、群衆の中からは感極まった嗚咽《おえつ》の声が聞え、そして、仔牛は前肢をおろして長くゆっくりと二度なき、首を上下に二度振った。それはさも父子対面をよろこぶかのようにみえ、群衆の感動とざわめきはさらに高まった。
「どうか私の怠慢をおゆるし下さい」と小領はつづけていた、「私はすぐに怠慢の罪をつぐない、できる限びの供養をしてへ御成仏のかなうように致します」
小領は二人の僧に向って手をついた。
「御坊、――」と小領は涙を拭きながら云った、「ひじりどのかたじけない、おかげでみほとけの慈悲をまのあたりおがみました、かたじけない、かたじけない」
「得心がゆかれましたか」
「まさしく、私の父に相違ありません」
「ありがたや」と勝念坊が合掌した。
「このうえは一刻も早く成仏のできるように致したいが、いかなる供養をしたらよいかお教え下さい」
「あの世のことはせっそうにもわかりません、御尊父の霊にうかがってみましょう」と云って勝念坊はふり向いた、「――なあ竹念坊」
「ありがたや」と竹念坊が云った。
勝念坊が手を振り、小領は立って自分の席に戻り、こむろ[#「こむろ」に傍点]は竹念坊に微笑した。
「惟康の殿のみたまに、おうかがい申す」と勝念坊は珠数をすり合せながら、仔牛に向って訊いた、「御成仏のため、三宝にいかなる供養をしたらいいかお答え下さい」
そして彼は口の中で誦経した。
「ではうかがいます」と勝念坊は云った、「かかる供養は御身分によるものですが、だいはんにゃを修し、千巻の写経を致しますが、それで御成仏なさいますか」
仔牛はゆっくりと否定の表示をした。
「それでは不足でございますか」
仔牛は肯定の表示をした。
「では高野の霊場へ燈籠《とうろう》をおさめましょう、石の燈籠をおさめますがいかがですか」
仔牛は高く否定の表示をした。
問答は荘厳さが少しずつ、現実的に変ってゆくようであった。亡き惟康の転生である仔牛は、まるで市あきうどのような貪欲《どんよく》さで、供養の代償をせりあげられるだけせりあげ、たちまち金の燈籠を二基、黄金百両、綾《あや》、錦などに及び、それからまた戻って銀二十貫を加えた。小領に不服はなかったが、群衆のあいだに異様な動揺が起こった。かれらは代償がきまるたびに、「ううー」という声をあげた。初めは低かったけれども、しだいに高くなり、銀二十貫というところでは「ううー」という声が大地をゆるがすかと思われた。
「しずまれ、しずまれ」と警護の下役人たちが制止した、「小領の殿は御自分のたからで供養されるのだ、きさまたちの物を横領するわけではないぞ、しずまれ」
「これでよろしいか」と勝念坊は声をはりあげた、「これだけで成仏なされますか」
仔牛は否定の表示をした。
「えっ――」と勝念坊が眼をむいた、「これでもまだいけませんか」と彼はおどろきのあまり吃った、「それはしかし、いかに罪障消滅《ざいしょうしょうめつ》のためとはいえ、あまりにその」
だが仔牛は否定の表示をした。
仔牛は高く長く三度なき、首を横に三度振った。それだけではない、腹這っていたからだを起こし、坐って、両の前肢を胸までもちあげた。それは殆んど犬がちんちんをしたような恰好であって、群衆はわっと喝采《かっさい》し、勝念坊は仰天してふり返った。――こむろ[#「こむろ」に傍点]が嬌《なま》めかしい身振りで、竹念坊になにかの意志を伝えようとしており、竹念坊はその意味がわからず、夢中になって、こむろ[#「こむろ」に傍点]の身振りをまねているのであった。
「竹念坊」と勝念坊が云った。
竹念坊ははっと眼をさまし、「ありがたや」と云って合掌した。そのとき、群衆の中から大領が出て来た。大領の物注満柄は群衆をかきわけてとびだし、「みつけたぞ」と喚きながら走って来ると、二人のひじりの前でちから足をふんだ。
「みつけたぞ、こいつら」と大領は激しく両手をこすり合せた、「はっは」と大領は大きな口をあけて笑いならぬ笑いを笑った、「とうとうみつけた、もう百年めだ、こんどは逃がさんぞ」
「どうしたのですか」と小領が立って来た、「失礼ですがこれは高野のひじり方で」
「高野のひじり、はっ」と大領は咆《ほ》えた、「これがひじり、この螻蛄《けら》食いの蛭《ひる》ったかりがか、こいつらが高野のひじりだというのか」
「しかし失礼ですが」
「ええい」と大領はおらび声をあげた。
二人の僧は唖然《あぜん》としており、群衆はざわめき立った。
「あのじいさまか」と小さな童がその母親らしい女に訊いていた、「やっぱりあのじいさまが田楽舞うだかえ」
「わかんねえ」と母親らしい女が答えた、「まだわかんねえが、じきになにか始まるだろうわえ」
大領はおらび声をあげながら、迅速にあたりを走りまわり、なにも思わしい物がみつからなかったからだろう、白木の壇に襲いかかると、それを押し潰《つぶ》し、台と脚を叩き割り、脚を一本ずつへし折り、それをぜんぶ地面に叩きつけたうえ、二人の僧の前に立って、さっきよりも強くちから足をふんだ。
「こいつらがなに者であるか教えてやる」と大領は云った、「その証拠を見せてやる、さあその坊主、――」と大領は竹念坊を指さした、「きさまの持っているその赤い棒を、赤い棒だ、それをあの牛にあげてみせろ」
「それはいけません」と勝念坊が抗議した、「おおとの、三位の殿それは罪です」
「あげろ」と大領は絶叫した、「もっとはっきりあげるんだ、やれ」
竹念坊は恐怖のあまり命令にしたがった。勝念坊は仔牛に向って「たのむ、五郎」と哀願したが、仔牛はゆっくりと肯定の意志表示をした。
「次は白い棒だ」と大領が命じた。
仔牛は否定の表示をした。
「次は両方の棒を立てろ」と大領が云った、「白と赤と両方いっしょに立てろ」
仔牛はやおら坐りこんだ。
「そこで赤い棒をあげろ」と大領がどなった。
「それは困る、それは迷惑だ」と勝念坊が手を振った、「それは人を愚弄《ぐろう》するというものです、いかにあなたが三位のおとどであろうとも、それだけは断じて」
「あげろ」と大領が喚いた、「あげぬとおのれ踏み殺すぞ」
竹念坊はふるえあがり、云われたとおり赤い棒をあげた。すると仔牛は坐りこんだままで、左の前肢をゆっくり頭の上へのせた。群衆のあいだにどっと笑い声が起こり、大領はさらに次つぎと命令を出し、竹念坊は云われるとおりに棒を使い、やがて仔牛は立ちあがった。後肢で立ちあがって、前肢をぶらぶらさせながら、まるで踊りでも踊るように、その辺をぐるっと歩きまわった。こむろ[#「こむろ」に傍点]が笑い、群衆が笑い崩れた。
「黙れ、しずまれ」と大領は両手を高くあげて絶叫した、「おれはきさまたちを笑わせるためにやっているのではない、静かにしろ」
「物注のおじさま」とこむろ[#「こむろ」に傍点]がこっちへ来て訊いた、「おじさまはこのお坊さまたちを御存じですの」
「知っているかって、嬢や」と大領は片手を振った、「知っているところではない、おれはこいつらに砂金二十両をかたり取られたのだ」
「まあ、――では昨日うかがったあの六角堂の」
「あのときのかたりどもだ」と云って大領は下僕を呼んだ、「しび[#「しび」に傍点]八、きさまここへ来てこいつらを押えてろ」
しび[#「しび」に傍点]八はとんで来て二人を押えた。
「じっとしてろこいつら」と大領は二人に云った、「逃げようとでもしてみろ、この太刀でそっ首を刎《は》ねとはしてくれるぞ」
「ありがたや」と竹念坊がふるえながら合掌した。
「お願いです三位の殿」と勝念坊は云った、「どうか気をおしずめ下さい、私どもはただみほとけに仕えるだけの、とるにもたらぬ哀れな出家で、決してあなたの仰しゃるような人間ではございません」
「きさまたちとは京の六角堂で会った、きさまたちはおれから金をかたり取った」と云って大領は威嚇《いかく》の身ぶりをした、「――覚えているだろう」
勝念坊は黙って激しく首を振った。
「おれは覚えているぞ」と大領は云った、「おれはそのきさまの面を忘れないぞ」
「しかし、ではうかがいますが」と勝念坊はけんめいにやり返した、「あなたが六角堂で会ったというのは、二人とも髭だらけではなかったでしょうか」
「うう」と大領は唸《うな》った、「それはそうだ、二人とも顔半分が髭だらけだった」
「私を見て下さい」と勝念坊は顎《あご》を前へ出してみせた、「そしてこの同宿も見て下さい、このとおり、私たちの顔はつるつるです、触って見て下さい、つるつるですから」
大領は「うう」と唸り、それから急にすさまじいちから足をふんだ。
「やい、安秋」と大領は叫んだ、「きさまのあれを持って来い、そのどこでもすぐにまにあう、そのそれ、きさまの、代用硯を持って来い」
秦ノ安秋がこっちへ来た、「失礼ですがこれは代用硯などとは云いません、これは」
「うるさい」と大領が手を振った、「そのまにあわせ硯でこいつらの顔を塗れ」
「誰、――私がですか」
「きさまだ」と大領が云った、「そいつらの顔の下半分を塗りつぶせ」
「そんなことはいやだ」と勝念坊が身をもがいた、「それは無法だ、これは卑劣すぎる、私はいやだ、放してくれ」
しび[#「しび」に傍点]八は二人をびくとも動かさず、安秋は矢立を出して、かれらの顔に髭を書いた。たいそう気取った手つきで、巧みに、両頬から顎へかけてまっ黒に塗りつぶした。
「おっ母あ」と小さな童が母親に訊いた、「こんどは田楽舞いだすだなあ」
「まだだ」と母親が答えた、「まだどっちとも云えねえ、もうちっと待ってみるだ」
大領は二人の僧をとらえ、片方に勝念坊、こちらに竹念坊と、両手にかれらの衿首《えりくび》をつかみ、二人をお互いに向き合せた。
「これでどうだ」と大領が云った、「でれでもこの面に見覚えがないか」
「あります」と竹念坊が答えた。
「六角堂にいたのはこの面だろう」
「似ています」と勝念坊が云った、「面は、顔は似ていますが、しかし頭が」
「この螻蛄食いの蛭たかりの、――ええい」と大領は二人を投げとばした、「頭なんぞくそうくらえ、二人ともぶち殺してくれるぞ」
「どうぞごかんべん」と竹念坊が云った。
「逃げろ早竹《さちく》」と勝念坊がどなり、仔牛に向って手を振った、「かかれ、五郎、かかれ」
「そいつらを捉まえろ」と大領が足ぶみをして喚いた、「そいつらを逃がすな、捉まえてふん縛れ、逆吊りにかけろ、えい、えい」
郡館の広庭は混乱におちいった。そこにいた者ぜんぶが二人の僧を捉まえようとし、仔牛がかれらに突っかかった。人びとは仔牛から逃げ、互いにぶっつかり、転げた者の上へ転げ、そうしてなお二人の僧を追いまわし渦潮のように揉み返した。
「そいつを捉まえろ」と館の高縁へとびあがってこむろ[#「こむろ」に傍点]が叫んでいた、「捉まえた者にこのこむろ[#「こむろ」に傍点]をやる、あたしが欲しかったらその二人を捉まえろ、縛って逆吊りにして火焙《ひあぶ》りにかけろ、えい、えい」
この騒動の端のほうで、小さな童がその母親らしい女の袖を引いていた。
「おっ母あ」とその童は訊いた、「あの中で誰が田楽舞っただかえ」
「誰でもねえ」と母親が答えた、「誰も田楽あ舞わねえ、ただばか騒ぎをしてるだけだ、つまらねえ、帰ろうわえ」
[#6字下げ]七[#「七」は中見出し]
こんな恰好で失礼します。いや、なんでもありません、あの騒ぎでこちらの足を挫《くじ》き、この腕を折り、顔を半分すり剥《む》きました。それでこのとおり繃帯《ほうたい》だらけなのですが、――おまけに、あのこむろ[#「こむろ」に傍点]が大領と結婚することを発表した。ごらんになったでしょう、あの色白うしてあえやかにやせほそりて、といったふうなあの姿を。だが*****彼女は大領と似合いであります。
大領のあの羆のような野性が、まえから彼女の心の深部をとらえていたのだそうです。心の深部、――でしょうか、あの可哀そうな竹念坊をしくじらせたやりかたや、最後に広縁へとびあがって喚き叫んだところなどでみると、むしろ肉躰的な共感によるのだと思うがどうであろう。そ、そ、なにをするんですか、どなたですか、どうか物を投げたりしないで下さい。
私は自分がこんな恰好になり、こむろ[#「こむろ」に傍点]を失うことについて同情してもらおうとは思わない。私はあの二人の僧、いや早竹と勝魚のことで一言したいのである。このまえ私はかれらに希望をかけた。かれらこそ権力や富貴や驕慢《きょうまん》の小股をすくい、搾取されたものを奪い返す知恵であると云った。六角堂のみごとな手口を聞いてしんじつ私はそう思ったのだ、しかしたちまち、かれらは尻尾《しっぽ》をつかまれてしまった。庶民の知恵はつまるところ権力や富の狡猾とわる賢さにはかなわない、幸いあの二人はうまく逃げのびましたが、あれだけの投資をしておいて、あんなふうに失敗し、命からがら逃げだしたということは、結局、庶民の知恵などというものが権力や富に対していかに無力であるかと。
痛い、どなたです、なぜ私に物を投げるんですか、失礼な、どうかそんな乱暴なことはしないで下さい。
私は以上の点を認めて発心した。私はこんどは藤原姓を買って勧学院へもぐりこもうと思う。
最大多数の勤労者農民たちのために、圧政と搾取にさらされているかれらのためにはまず自分が権力をにぎらなければならないし、権力をにぎるためには大学寮へ入学しなければならない。
そ、痛い、どうして物を投げるんです、誰です、なぜそんなに物を投げるんですか。ええ、「ひっこめ」ですって、いや私はひっこみません、最大多数の勤労者農民のみかたである私は、痛い、痛い、よろしい、おやりなさい、しょせん私は大和ノくに添上ノ郡の小領秘書官にすぎず、恋にもやぶれたいまいましい男にすぎないのですから、さあどうぞ、どうぞお好きなようにして下さい、さあどうぞ。
底本:「山本周五郎全集第十三巻 彦左衛門外記・平安喜遊集」新潮社
1983(昭和58)年3月25日 発行
底本の親本:「オール読物」
1957(昭和32)年7月号
初出:「オール読物」
1957(昭和32)年7月号
入力:特定非営利活動法人はるかぜ