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乾いた唇

最終更新:2020年01月09日 21:58

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乾いた唇
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)矢野《やの》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)四|月《ぐわつ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「門<貝」、第4水準2-91-57]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)なか/\

濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」



 矢野《やの》の姪《めい》の厚子《あつこ》が初《はじ》めて砂村《すなむら》を尋《たづ》ねて来《き》たのは、学校《がくこう》の新学年《しんがくねん》が初《はじ》まらうとする四|月《ぐわつ》の或日《あるひ》であつた。砂村《すなむら》の妻《つま》がその名《な》を彼《かれ》に通《つう》じて来《き》たとき、砂村《すなむら》は直《ず》ぐ五六|年前《ねんぜん》に死《し》んだ、郷里《けうり》で時々《とき/″\》逢《あ》つたこともある矢野《やの》の兄《あに》のことゝ、その家族《かぞく》を引受《ひきう》けることになつた矢野《やの》の立場《たちば》とを想出《おもひだ》した。矢野《やの》と砂村《すなむら》とは、学校時代《がくこうじだい》から最《もつと》も共鳴《けうめい》の多《おほ》かつた、殆《ほと》んど同《おな》じ青年期《せいねんき》の軌道《きどう》を歩《ある》いて来《き》た親友関係《しんゆうくわんけい》であつた。で、厚子《あつこ》が妻《つま》に案内《あんない》されて、狭《せま》い書斎《しよさい》の入口《いりくち》へ来《き》てお辞儀《じぎ》をしたとき、砂村《すなむら》は懐《なつ》かしげな目《め》をして、彼女《かのぢよ》を迎《むか》へたと同時《どうじ》に、もうこんなになるのかと軽《かる》い驚《おどろ》きを感《かん》じずにはゐられなかつた。彼《かれ》は微《かす》かに記憶《きおく》に残《のこ》つてゐるその父《ちゝ》の面影《おもかげ》を彼女《かのぢよ》に見出《みいだ》した。彼女《かのぢよ》は父《ちゝ》の死後《しご》、父《ちゝ》が奉職《ほうしよく》してゐたK市《し》を引揚《ひきあ》げて、母《はゝ》や幼弟《えうてい》と一|緒《しよ》に、父《ちゝ》の奉職《ほうしよく》してゐた同《おな》じK市《し》にゐる伯父《をじ》の矢野《やの》の補助《ほじよ》を受《う》けて、この五六|年《ねん》を郷里《けうり》のY市《し》に過《すご》して来《き》たのであつた。そして其《そ》の五六|年《ねん》の月日《つきひ》が、彼女《かのぢよ》を彼《かれ》が目《め》の前《まへ》に見《み》るやうな青春期《せいしゆんき》の女《をんな》に育《そだ》てたのであつた。厚子《あつこ》は父《ちゝ》に似《に》て、細《ほつ》そりした、しかし健康《けんこう》さうな体格《たいかく》と、お上品《ぜうひん》に整《とゝの》つた美人型《びじんけい》の顔立《かほだち》と、豊《ゆた》かな髪《かみ》の持主《もちぬし》であつた。
「へえ、こんなにお身大《みおほ》きくなんなすつて。御母《あかあ》さんも御安心《ごあんしん》ですね。」砂村《すなむら》の妻《つま》はさう言《い》つて羨《うらや》ましげに若《わか》いその姿《すがた》を眺《なが》めてゐた。七|年前《ねんぜん》に死《し》んだ娘《むすめ》がゐれば、ちやうど此《こ》の位《ぐらゐ》だと、彼女《かのぢよ》には直《す》ぐそれが憶出《おもひだ》せるのであつた。
「学校《がくかう》へでも入《はい》るんですか。」砂村《すなむら》がきくと、厚子《あつこ》は彼《かれ》と伯父《をぢ》との関係《くわんけい》を知《し》つてゐるだけに、親《した》しげな調子《てうし》で、今度《こんど》高等師範《こうとうしはん》へ択《えら》ばれて来《く》ることになつたことを、口数少《くちかずすく》なに述《の》べて、
「それについて、小父《をぢ》さんに保証人《ほせうにん》になつて頂《いたゞ》きたいと思《おも》ひまして……」と要件《えうけん》を話《はな》しだした。
「それはいゝですが、あすごは公費《こうひ》ですか。」
「は、さうなんでございます。」
「寄宿《きしゆく》へでも入《はい》るんですか。」
「それも入《い》れていたゞく筈《はず》になつてゐるんですけれど、何《ど》うなりますか未《ま》だ分明《はつきり》したことが判《わか》りませんので、もう一|度《ど》K――の伯父《をち》から、校長《こうてう》さんにお願《ねが》ひしていたゞかうと思《おも》ひます。」
 砂村《すなむら》は最近《さいきん》の矢野《やの》の生活《せいくわつ》をよくは知《し》らなかつたけれど、他《た》に一人《ひとり》毎月資給《まいつきしきう》をしてゐる係累《けいるい》が東京《とうけう》にあつたし、彼自身《かれじしん》発育《はついく》ざかりの多勢《おほぜい》の子供達《こどもたち》をもつてゐることも知《し》つてゐたので、その上《うへ》厚子《あつこ》をこれまでにするのは、なか/\だと思《おも》つた。それに彼自身《かれじしん》も、是《これ》まで何《なに》かと面倒《めんだう》を見《み》て来《き》た多《おほ》くの甥《おひ》や姪《めい》に好《い》い加減《かげん》失望《しつばう》してゐるので、矢野《やの》も好《い》い加減《かげん》にしておけば可《い》いと云《い》ふ気《き》がしなくもなかつた。
「それでは、貴女《あなた》が学校《がくこう》を出《で》さへすれば、御母《おかあ》さんや弟《おとうと》さんの面倒《めんだう》を見《み》られる訳《わけ》ですね。早《はや》くさういふ風《ふう》にしないと、伯父《をぢ》さんも大変《たいへん》だらう。」砂村《すなむら》は言《い》つた。
 厚子《あつこ》は「は」と言《い》つてうつむいてゐたが、余《あま》り好《い》い感《かん》じを受《う》けないらしかつた。そして間《ま》もなく暇《いとま》を告《つ》げた。
「ではまた入《いら》つしやいましよ。」妻《つま》が言《い》ふと、
「また伺《うかゞ》ひます。」と言《い》つて、厚子《あつこ》は帰《かへ》つて行《い》つた。
「身装《みなり》なぞも、田舎《ゐなか》から出《で》て来《き》た女学生《ちよがくせい》とは思《おも》へないくらゐ、ちやんとして、矢野《やの》さんもなか/\大変《たいへん》ですね。」
 後《あと》で妻《つま》は砂村《すなむら》に話《はな》した。

 厚子《あつこ》はそれから三四|度《ど》もやつて来《き》た。寄宿舎《きしゆくしや》へ入《はい》れたことを知《し》らせ旁《かた/″\》保証《ほせう》の判《はん》を取《と》りに来《き》たこともあつたし、少《すこ》し遊《あそ》ぶつもりで、ゆつくりしてゐることもあつたけれど、格別《かくべつ》砂村《すなむら》の家族《かぞく》と、打解《うちと》けるといふほどのことはなかつた。砂村《すなむら》とも大《たい》して親《した》しみが加《くは》はらなかつた。どこか自分《じぶん》を開放《かいほう》し切《き》らないやうな、臆病《チミッド》な態度《たいど》があるやうでもあつたが、さう羞《はに》かむやうなところもなかつた。砂村《すなむら》は即《つ》かず離《はな》れずに遇《あし》らつてゐたが、どうかするとわざと彼女《かのぢよ》をはつして、別《べつ》の部屋《へや》へ行《い》つたりした。彼女《かのぢよ》を窮屈《きうくつ》がらせる代《かは》りに、妻《つま》、子供達《こどもたち》と親《した》しませようと思《おも》つたからであつた。そして其《それ》はいくらか有効《ゆうこう》であつたらしく、厚子《あつこ》は妻《つま》と長《なが》いあひだ話《はな》して帰《かへ》ることもあつたし、蓄音器《ちくおんき》を聴《き》いて行《ゆ》くこともあつたが、しかし矢張《やは》りどこかに落着《おちつ》かないところがあつた。
 ある時《とき》も彼女《かのぢよ》はめかして遣《や》つて来《き》た。東京《とうけう》なれたせいもあつたが、最初《さいしよ》の印象《いんせう》よりか、彼女《かのぢよ》の若々《わか/\》しい美《うつく》しさが、新《あた》らしく見出《みいだ》されるやうに、砂村《すなむら》にも思《おも》はれたが、妻《つま》にもさう感《かん》じられた。
「厚子《あつこ》さんなか/\お酒落《しやれ》ね。」妻《つま》は帰《かへ》つたあとで砂村《すなむら》に話《はな》した。
「それに女振《をんなぶ》りだつて、あれならどこへ出《だ》しても立派《りつぱ》なものですよ。」
「押出《おしだ》しがいゝね。」砂村《すなむら》も言《い》つてゐたが、何《なん》だか自分《じぶん》の姪《めい》でも讚《ほ》められるやうに、いくらか肩身《かたみ》の広《ひろ》い気《き》がした。
 その年《とし》も夏《なつ》になつた。厚子《あつこ》は暑中休暇《しよちうきうか》で国《くに》へ帰《かへ》ると言《い》つて、ちよつと来《き》た。そして玄関口《げんくわんぐち》に立《た》つて、妻《つま》と話《はな》して帰《かへ》つて行《い》つた。それから夏《なつ》がすぎて、新学期《しんがくき》の初《はじ》まりに上京《じやうきやう》して来《き》たときも、子供達《こどもたち》に梨子《なし》なぞもつて来《き》て、それを置《お》いて、直《す》ぐ帰《かへ》つていつたが、その頃《ころ》からいくらか内輪《うちわ》のやうな親《した》しみが加《くは》はつて来《き》て、砂村《すなむら》とも学科《がつくわ》や文芸《ぶんげい》の話《はなし》などして行《ゆ》くことがあつた。
「貴女《あなた》はどうして漢文《かんぶん》なんかやるんです。」砂村《すなむら》がきいた。
「漢文《かんぶん》は面白《おもしろ》いぢやございませんか。し厚子《あつこ》は答《こた》へた。
「それは面白《おもしろ》くないこともないが、貴女《あなた》のやうな若《わか》い人《ひと》が、漢文《かんぶん》に興味《けうみ》をもつのは不思議《ふしぎ》だね。」砂村《すなむら》は笑《わら》ひながら言《い》つたが、その時分《じぶん》には厚子《あつこ》が速成的《そくせいてき》な漢文《かんぶん》の補習科《ほしうくわ》へ入《はい》つてゐるので、本科生《ほんくわせい》ではなかつたことに、気《き》がついてゐた。そして今《いま》までは本科《ほんくわ》のつもりで話《はなし》をしてゐたために、齟齬《そご》が多《おほ》かつたのだとわかつて来《き》た。
「でも、漢文《かんぶん》の方《ほう》が何《なん》となし懐《なつ》かしいやうな気《き》がしますわ。」
「さうかね。この頃《ごろ》の新《あた》らしいものは読《よ》まんのかね。」
「それも少《すこ》しは見《み》ました、ロシア物《もの》の飜訳《ほんやく》なぞ、時々《とき/″\》読《よ》んだことがございます。トルストイだの、ドストウヰスキーだの。」
「してさう云ふものは……。」
「面白《おもしろ》いとは思《おも》ひますけれど、学校《がくこう》ではさういふものは余《あま》り……。」
「さう。Y――と云《い》ふところは、殊《こと》にも文芸思想《ぶんげいしそう》を異端視《いたんし》してゐる所《ところ》だらうから。」
「まあ、さうなんですわ。」
「しかし漢文《かんぶん》なんぞやる人《ひと》が、矢張《やは》りあるんかね。貴女《あなた》のお仲間《なかま》で。」
「多度《たんと》はありませんけれど、やはり需要《じゆよう》がありますものですから。」
 勿論《もちろん》厚子《あつこ》が新《あたら》しい空気《くうき》の流《なが》れない郷里《けうり》で、さう云《い》ふ風《ふう》の教育家型《けういくかがた》に教育《けういく》されてゐるのに不思議《ふしぎ》はなかつたし、またそれで好《い》いのだと思《おも》つた。けれど、砂村《すなむら》は何《なん》となく飽足《あきた》りなかつた。
「貴方《あなた》厚子《あつこ》さんもおつれしたら。」
 その時《とき》砂村《すなむら》と松坂屋《まつさかや》へ買《か》ひものに行《ゆ》く約束《やくそく》があつたので、妻《つま》の仕度《したく》のできるあひだ、書斎《しよさい》で厚子《あつこ》と軽《かる》い談話《だんわ》を交《かは》してゐたのであつた。
「いゝだらう。」砂村《すなむら》は帰《かへ》りに御飯《ごはん》でも御馳走《ごちそう》しようと思《おも》つて、それに同意《どうい》した。
 で、厚子《あつこ》も行《ゆ》くといふので、一|緒《しよ》に家《いへ》を出《で》た。
 松坂屋《まつさかや》では、贈《おく》りものを砂村夫婦《すなむらふうふ》は見立《みた》てなければならなかつたが、外《ほか》にも差当《さしあた》り買《か》はなければならぬ子供《こども》のものなぞがあつたので、そつちこつち見《み》てあるくのに、可也《かなり》手間《てま》を取《と》つた。厚子《あつこ》はそんな反物《たんもの》だとか、子供《こども》の洋服《ようふく》などとは、まるで没交渉《ぼつこうせう》で、何《ど》うかすると迷惑《めいわく》さうにぼんやり立止《たちど》まつてゐたりした。
 砂村《すなむら》の妻《つま》は寄宿《きしゆく》への土産《みやげ》に、ちよつとしたお菓子《くわし》を彼女《かのぢよ》にもたせた。そして其処《そこ》を出《で》ると、厚子《あつこ》はもう時間《じかん》がないと云《い》ふので、すぐ其前《そのまへ》で別《わか》れた。

 すると或時《あるとき》、寄宿《きしゆく》の舎監《しやかん》の名《な》で、厚子《あつこ》のことについて、お話《はなし》したいことがあるから、御足労《ごそくろう》を煩《わづら》はしたいと、時刻《じこく》を指定《してい》した一|片《ぺん》の葉書《はがき》が砂村《すなむら》のところへ舞込《まひこ》んで来《き》た。それは翌年《よくねん》の春《はる》も末《すゑ》のことであつた。
 砂村《すなむら》は淡《あわ》い不安《ふあん》を感《かん》じた。
「何《なん》だらうな。何《なに》かあるんだな。」彼《かれ》はその葉書《はがき》を見《み》ながら牾《もど》かしさうに呟《つぶや》いた。
「何《なに》か厄介《やくかい》なことでもなければ可《い》いですがね。」妻《つま》も言《い》つた。そして、
「事《こと》によると、あの人《ひと》何《なに》かあるかも知《し》れませんよ。」
「さうかも知《し》れんな。」
「何《なん》だかそんな気《き》がしますわ。」
 とにかく其《そ》の時刻《じこく》に砂村《すなむら》は袴《はかま》なぞつけて、少《すこ》し風邪気《かぜけ》だつたので、俥《くるま》で行《い》つてみた。
 漸《やうや》くその寮舎《れうしや》を捜《さが》しあてたのは、車夫《しやふ》が二|度《ど》ばかり其《そ》の辺《へん》の店屋《みせや》で尋《たづ》ねてからであつた。大《おほ》きい木斛《もくこく》や椿《つばき》などの生茂《おひしげ》つた奥《おく》の方《はう》に、粗末《そまつ》な木造《もくぞう》の洋館《ようくわん》があつて、それが厚子《あつこ》のゐる寄宿舎《きしゆくしや》であつた。
 ドアの前《まへ》に立《た》つと、ちやうど厚子《あつこ》などとはまるで違《ちが》つた、服装《ふくそう》や髪《かみ》の容《かたち》などにかまはない女学生《じよがくせい》が一人《ひとり》外《そと》から帰《かへ》つて来《き》て、下駄《げた》を下駄箱《げたばこ》へ仕舞《しま》つてゐる処《ところ》だつたので、砂村《すなむら》はその子《こ》に案内《あんない》を頼《たの》んだ。人気《ひとけ》もないやうな建物《たてもの》の内部《ないぶ》は※[#「門<貝」、第4水準2-91-57]寂《ひつそり》してゐた。で、また別《べつ》に僧院《そうゐん》のやうな清《きよ》らかさもなかつた。
 暫《しば》らくすると、年《とし》の頃《ころ》二十三四の色白《いろじろ》丸顔《まるがほ》の質素《しつそ》な装《なり》をした、中脊中柄《ちゆうせいちうがら》よく釣合《つりあ》ひのとれた、程《ほど》のいゝ躰《からだ》つきの女《をんな》が出《で》て来《き》て、
「どうぞこちらへ。汚《きたな》うございますが……」と、どこに角張《かくば》つたところも、気取《きど》つたところもない、内気《うちき》で物静《ものしづ》かな態度《たいど》で、砂村《すなむら》を学生《がくせい》の部屋《へや》の一《ひと》つへ導《みちび》いた。
 硝子戸《ガラスど》のはまつた日本窓《にほんまど》で、明《あか》るい窓際《まどぎは》に机《つくゑ》が二《ふた》つ並《なら》べてあつた。
「お呼《よ》びたてしまして済《す》みませんでした。舎監《しやかん》さんは折《をり》あしく御不在《ごふざい》ですけれど、私《わたし》からお話《はなし》するやうとのことでございますから。」彼女《かのぢよ》は少《すこ》しもぎすついた処《ところ》のない、柔《やは》らかな調子《てうし》で話《はな》した。
 そこへ老婆《ろうば》が火《ひ》やお茶《ちや》をもつて来《き》たりした。
「何《なに》か不都合《ふつごう》でもあつたんでせうか。」砂村《すなむら》はきいた。
「格別《かくべつ》不都合《ふつこう》といふほどのことぢやございませんけれど、あの方《かた》の平素《へいそ》が、少《すこ》し周囲《しうゐ》の方《かた》と調和《てうわ》しないところがございますやうで……何《なん》せいこゝは皆《みな》さんお家《うち》のさう豊《ゆた》かでない方《かた》が多《おほ》ございますから、どなたも極《ご》く質素《しつそ》にしていらつしやいます。それに短《みじか》い年月《としつき》のあひだに、不満《ふまん》ながらも、とにかく一《ひ》と通《とほ》りのことを習了《しうれう》しなければならないのですから、皆《みな》さんなか/\お忙《いそが》しいんでございます。それだのに、厚子《あつこ》さんはどうも御勉強《ごべんけう》が足《た》りないやうなんでございます。よく頭脳《あたま》が痛《いた》むとか、気分《きぶん》がわるいとか言《い》つて、ちよい/\お休《やす》みになります。」彼女《かのぢよ》は柔和《にうわ》な顔《かほ》に、淋《さび》しい微笑《びせう》を浮《うか》べながら、別《べつ》に厚子《あつこ》を誹《そし》るやうな気持《きもち》もなしに、静《しづ》かに話《はな》した。
「あゝ、さうですか。」砂村《すなむら》は頷《うなづ》いた。
「その事《こと》を舎監《しやかん》さんから、度々《たび/\》御注意《ごちうい》申《まう》しあげたんでございますが、この頃《ごろ》はまたちよい/\御外出《ごぐわいしゆつ》が多《おほ》いやうで、寄宿《きしゆく》は厭《いや》だから、牛込《うしごめ》の方《はう》に来《き》てゐるやうにと云《い》ふ親類《しんるい》があるから、そこへ引越《ひつこ》すとか言《い》つておいでになります。その御家庭《ごかてい》さへ好《よ》ければ、それも御本人《ごほんにん》の御自由《ごじゆう》ですけれど、一《ひと》つ困《こま》りますのは田舎《ゐなか》の方《ほう》に、何《なん》ですか許嫁《いひなづけ》の方《かた》がおありだとかで、その方《かた》から絶《た》えずお手紙《てがみ》がまゐりまして、あの方《かた》も頻繁《ひんぱん》にその方《かた》へお手紙《てがみ》をお書《か》きのやうでございます。そんな事《こと》も、こゝではちよつと風儀上《ふうぎぜう》困《こま》りますので、舎監《しやかん》さんが手紙《てがみ》を開封《かいふう》して見《み》たり何《なん》かいたしましたこともございましたが、最近《さいきん》その方《かた》が上京《ぜうきやう》しておいでになつたとかで、とかく外出《ぐわいしゆつ》がちなのでございます。そんな事《こと》のために、一|層《そう》寄宿《きしゆく》を窮屈《きうくつ》にお思《おも》ひになるんでせうと思《おも》ひますが……それでもお出《で》になるなら、仕方《しかた》がございませんけれど、一|応《おう》その事《こと》をお話《はな》し申《まを》しあげて、御承知《ごせうち》のうへでないと困《こま》りますから。」
 砂村《すなむら》は「あゝ、さうですか。」と、時々《とき/″\》頷《うなづ》きながら聞《き》いてゐたが、その間《あひだ》も、処女《しよぢよ》の水々《みづ/\》しさの失《うしな》はれようとしてゐる彼女《かのぢよ》の顔《かほ》に視線《しせん》を送《おく》つてゐた。厚子《あつこ》のことよりも、彼女《かのぢよ》が一|体《たい》どんな身《み》の上《うへ》の女《おんな》だらうかと云《い》ふことに、漠然《ばくぜん》とした興味《けうみ》を感《かん》じてゐた。ちんまりした口元《くちもと》の紅《あか》い唇《くちびる》が乾《かわ》いて、薄皮《うすかは》が干《ひ》からびた皮《かは》のやうになつてゐるのが、色《いろ》の褪《あ》せかゝつた桃《もゝ》の花片《はなびら》のやうになつてゐた。
「そんなですか、実《じつ》を言《い》ふと私《わたし》のところへは時々《とき/″\》顔《かほ》を出《だ》すきりなので、何《ど》う云《い》ふ風《ふう》の女《おんな》か余《あま》り知《し》らないのですが、成《な》るほど牛込《うしごめ》の親類《しんるい》へ引越《ひつこ》すといふことは、この頃《ごろ》ちよつと聞《き》いたやうです。しかし格別《かくべつ》気《き》にも留《と》めないでゐましたが、そんな風《ふう》だと、やはり此処《ここ》において頂《いたぶ》いて、厳《きび》しく監督《かんとく》して戴《いたゞ》きたいのです。私《わたし》からもよく言《い》ひますが、貴女方《あなたがた》からもどうか遠慮《えんりよ》なしに言《い》つていたゞきます。何《なに》しろ伯父《をぢ》さんも多勢《おほぜい》子供《こども》があるのですから、もつと真面目《まじめ》にやつてもらはないと困《こま》るんです。許嫁《いひなづけ》といふのも、何《ど》う云《い》ふ関係《くわんけい》か知《し》りませんけれど、其《そ》の点《てん》も間違《まちが》ひのないやうに、貴女方《あなたがた》から何分《なにぶん》よろしく監督《かんとく》していたゞきたいと思《おも》ひます。」砂村《すなむら》はさう言《い》つて自分《じぶん》の態度《たいど》を明《あき》らかにした。
 副舎監《ふくしやかん》と云《い》つたやうな地位《ちい》にあるらしい彼女《かのぢよ》も、そのうへ問題《もんだい》を持出《もちだ》さうとはしなかつた。砂村自身《すなむらじしん》の心持《こゝろもち》がわかつたので、安心《あんしん》したといふ風《ふう》であつた。
「何《なに》しろ好《い》いお家《うち》のお嬢《ぜう》さんのやうな身装《みなり》をしていらつしやるのは、あの方《かた》お一人《ひとり》でございますから。他《た》の女学校《ぢよがくこう》でしたら、それはいくら質素《しつそ》にと言《い》つても、誰方《どなた》も綺麗《きれい》にしていらつしやいますから、さほど目《め》にも立《た》ちませんけれど……。」彼女《かのぢよ》はさう言《い》つて、ちやうど砂村《すなむら》の妻《つま》が気《き》づいてゐたやうな、一《ひと》つ二《ふた》つ服装《ふくそう》の贅沢《ぜいたく》なことについて話《はな》した。
 砂村《すなむら》は間《ま》もなく暇《いとま》を告《つ》げた。彼女《かのぢよ》は玄関《げんくわん》まで送《おく》りだして外套《ぐわいとう》をもつて後《うし》ろへまはつたりした。砂村《すなむら》は俥《くるま》に揺《ゆ》られながら、厚子《あつこ》のことよりも、未知《みち》のその女《をんな》のことが何《なん》となしに気《き》にかゝつた。どうせ薄倖《はくこう》な身《み》のうへだらうと想像《そうざう》された。そして乾《かわ》いたその唇《くちびる》が目《め》にこびりついてゐた。

 大分《だいぶん》たつてから、厚子《あつこ》がたつねて来《き》た。
「私《わおし》が好《い》い装《なり》なぞできる気遣《きづか》ひはありませんわ。」彼女《かのぢよ》は弁解《べんかい》した。
「許嫁《いひなづけ》といふのも、K――の伯父《をぢ》が承知《せうち》してをります。舎監《しやかん》の方《かた》と気《き》があはないものですから、何《なん》でもないことに、お宅《たく》をおさわがせして、本統《ほんとう》に済《す》みませんでした。」厚子《あつこ》はさうも言《い》つた。そして其《そ》の許嫁《いひなづけ》の男《をとこ》も同《おな》じ師範出《しはんで》の教育家《けういくか》で、何《なに》かの検定試験《けんていしけん》に応《おう》じさせるために、伯父《をぢ》の矢野《やの》にその間《あいだ》の学資《がくし》の支給方《しきうかた》を交渉中《こうせうちう》だとさへ言《い》ふのであつた。勿論《もちろん》舎監《しやかん》の方《ほう》でも、砂村《すなむら》が行《い》つて話《はなし》をしてから、いくらか反動的《はんどうてき》に、厚子《あつこ》に対《たい》する反感《はんかん》が和《やは》らいでゐるやうに思《おも》はれた。それと同時《どうじ》に、それは若《わか》い女《をんな》に有《あ》りがちな何《なん》でもないことのやうに、砂村《すなむら》にも緩和的《くわんわてき》に考《かんが》へられてゐた。

 地震《ぢしん》少《すこ》し前《まへ》に、その許嫁《いひなづけ》の父親《ちゝおや》の病気《べうき》を看護《かんご》に行《い》つてゐると云《い》ふ報知《ほうち》が、厚子《あつこ》から来《き》た。その文面《ぶんめん》には自分一人《じぶんひとり》の感傷的《かんせうてき》な気分《きぶん》に甘《あま》へてゐるやうな調子《てうし》も見《み》えて、砂村《すなむら》は轢《くすぐ》つたいやうな気《き》がして、別《べつ》に返事《へんじ》も書《か》かなかつた。
 するとそれから間《ま》もなく、その父親《ちゝおや》の死去《しきよ》の報知《ほうち》が、また厚子《あつこ》から来《き》た。砂村《すなむら》は全然《ぜんぜん》逢《あ》つたことのない人《ひと》の不幸《ふこう》に、弔《くや》みは出《だ》さないことに、予《かね》てから決《き》めてゐたので、その時《とき》も訃報《ふほう》を取《と》りつ放《ぱな》しにしておいた。漢学《かんがく》などやつてゐる女《をんな》にしては、少《すこ》し感傷性《かんせうせい》がありすぎると、さうも思《おも》つた。[#地付き](大正13[#「13」は縦中横]年1月「女性」)



底本:「徳田秋聲全集第14巻」八木書店
   2000(平成12)年7月18日初版発行
底本の親本:「女性」
   1924(大正13)年1月
初出:「女性」
   1924(大正13)年1月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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