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  • 曽我平九郎

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曽我平九郎

最終更新:2019年12月15日 21:46

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曽我平九郎
山本周五郎


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)信長《のぶなが》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)女|若菜《わかな》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#8字下げ]


[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

 信長《のぶなが》は突然顔をあげて、
「気に入ったか」
と訊いた。
 余りにふいの事で、曽我平九郎にはその言葉が分らなかったから、碁石を握っている手をそのまま下して、
「は――?」
 と主君の眼を見上げた。
 信長は、いま襖の彼方へ去って行った侍女|若菜《わかな》の方へ一督をくれながら、
「若菜よ」
 と言う。平九郎はっと赧《あか》くなった。
「何を、何を仰せられます」
「ははは赧うなったの」
 信長は面白そうに、
「我慢の平九と言えば清洲きって武骨と噂に定った男だがやはり血は温う流れるとみえる。どうだ美しかろうが」
「何がでござりますか」
 平九郎の返事は意外だった。
「何が――?」
 信長ちょっと鼻白んだ。
「若菜よ、若菜の姿美しゅうはないか」
「さ、どうでござりましょう」
 平九郎は静かに盤面へ石を置いた。
「ほほう大分構えるな、彼女《あれ》もしかるべき者の娘であったが今は孤児《みなしご》、よき男あらば縁ずけくれようと存じているが、どうだ平九、嫁にとる気はないか」
「ござりませぬ」
 にべもない答えだ。
「私、生来女子が嫌いでござります」
「隠すな」
「殿こそ、お戯れを」
「なに戯れ?」
 信長の唇がぶるぶると痙攣《ひきつ》った。
「平九郎、その方|上総介《かずさのすけ》を盲目《めくら》にする気か」
「は?」
「先刻より三度まで、若菜が茶を運んでくる毎に、その方愚な手を打っていること、この信長が知らぬと思うか、うつけ者め」
 信長は指を以て盤面を指した。
「ここ、ここ、ここ! この三石は何だ」
 平九郎はっと手を下した。
「多くある家臣の中でこの男と思うたればこそ碁の相手にもしばしば呼んで、若菜に茶を汲ませたものを、その心尽しを察しもせんで戯れとはどの口で言う。上総介信長が取持の役まで買っているに白をきって、生来女子を好まぬなどとどこまで欺き澄ます気だ。見損っていた、退れ! 左様な心ねじけた奴家臣に持つことならぬ、唯今限り勘当だ」
「あ、御勘当とは?」
 驚いてすり寄る平九郎。信長は、
「ええ眼触りだ!」
 甲高に叫ぶと、
「殿、し、暫く」
 裾に縋ろうとする手を振払って、足音も荒く奥へ去ってしまった。日頃の一徹の気性を知っているから、平九郎もどうにもならぬと覚った。力無く座を立つと溜《たまり》へ寄り、支配頭|池田信輝《いけだのぶてる》に取なしを頼んで城を退った。
 平九郎は俊斎《しゅんさい》の子、年は二十六歳、御使番で槍の達者だった。四年まえに父俊斎が卒してからは下僕|六助《ろくすけ》と二人住い、母はとくに亡かった。俊斎が先代|信秀《のぶひで》の出頭《しっとう》人であったことから、信長も平九郎を疎からず思い、徒士組《かちぐみ》にいたのを馬廻りに取立て、幾許もなく使番としてめをかけていたのである。その気持は平九郎にも身に浸みて有難かったから、人一倍武芸に出精して折あらばこの君の馬前に死のうと誓っていた。
 五十日程前のことである。
「遠駈の供をせよ」
 という命が不意に平九郎を驚かせた。蒼惶としてまかり出ると、供は自分ともう一人、それも軽装した小女房である。それが若菜であった。審り顔の平九郎に、
「此女《これ》は少々|騎《の》るぞ、負くるな平九」
 そう言って信長は悪戯そうに笑った。
 小牧山まで二|刻《とき》、信長を先頭に平九郎、若菜の二騎、轡を並べて傍乗を勤めた。併し手綱捌き、煽り、抑え、駈けいずれを見ても若菜の馬術は非凡なもので、相駈けの平九郎に分越《わけこし》すまいと気を配る女らしい優しさと余裕さえ充分にもっていた。
「併し、何故殿はこんな供をさせるのであろうか」
 平九郎はそれが分らなかった。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

 それがきっかけで、それから平九郎はしばしばその遠駈に召された。主君の寵を受くることは望外の面目であるが、武弁一徹の平九郎にはそうした晴がましさが辛かった。しかもそうした時必ず若菜が一緒であることは、何かにつけて心が乱れる、見まいとすればする程、却って姿が眼について遠駈の後のぽっと上気した頬、風に吹送られてふっと鼻をかすめる匂やかな女の香、豊かに肉の乗った体つきなどが日を経《ふ》るにしたがって忘られぬものとなっていった。
 ところが五六日前のことである。城中の溜に集っていた若武者達の噂話を、聞くともなく平九郎が耳にした。
「若菜とか申す侍女な」
「うん」
「殊の外のお気に入りと見えるが、最早お手がついたのではあるまいか」
 平九郎の血が逆流するかと思われた。
「さあ御潔癖ゆえそこまでは知れぬが、ともかく一向《ひたぶる》の御執心だな、お傍御用は彼の女が手一つにお仕え申しているらしい」
 平九郎はその後を聞くに堪えなくなってその場を外した。
「そうか、殿御執心の女だったか」
 そう呟くと共に、その日まで心|窃《ひそ》かに抱いていた自分の恋心を、嘲るように苦笑をもらした。
「御執着の侍女に懸想するなどと、自分は何という分際を知らぬ男だ。諦めよう」
 そう決心した。
 こうしたゆくたてがあればこそ、今日信長の言葉を素直に受取ることができなかったのである。
「気に入ったか」
 と言われた時既に、心を見透かされて度を失っていたのだ。殿御執心と知っていればこそ嫁にとらぬかと言われても、辞退する外はなかったのである。その心が信長に通ぜず、徒に主君を盲目にしたと思われたのでは、さすがに平九郎も悲しかった。
「や、最早御退下にござりますか」
 平九郎の早い帰宅をみて、下僕は審り顔に出迎えた。
「お顔の色が勝れませぬがお加減でも悪うござりますか」
「うん、頭が重うて」
「お薬湯など煎じまするか」
「構わんでよい」
 平九郎は何をする元気もなく居間へ入るとそのまま、刀を脱《と》ったなりそこへ坐りこんでしまった。
 明る朝早く、隣邸に住んでいる木下藤吉郎《きのしたとうきちろう》が訪ねてきた。藤吉郎は仕官して五年に満たぬ新参であったが、智略抜群、数度の功によって普請奉行の役についていたし、役禄五百貫を領した隆々たる出世振りに世を驚かしていた。したがって柴田勝家《しばたかついえ》、佐久間信盛《さくまのぶもり》、坂井右近《さかいうこん》ら、清洲譜代の老臣どもは、人もなげな昇進ぶりを苦々しく思って、
「野猿めが、身の程を知らんで」
 と疎んじていたが、平九郎は藤吉郎の智謀と、功に誇らぬ卒直さが好きで、はやくから親しいつきあいをしていた。
「御勘気を蒙ったそうにござりますな」
 座に就くとすぐに、
「お小姓衆から容子を聞いて取敢えずお伺い仕ったが、何を失策なされました」
 と藤吉郎が訊ねた。
「さあ――」
 平九郎は苦笑した。話すべき事であろうか、主君御執心の女、それと知ったればこそ御意に逆ろうた自分の気持、それは迂闊に語るべきことではない、知ってもらえるとすれば信長公自身に知ってもらうべきで、他の人の耳に入れて良い事ではない。
「お話し申上げたいが、申せば身の耻、どうぞお訊ねくださるな」
「それでは伺いますまい」
 藤吉郎は頷いて、
「日頃御出頭のこと故、御勘当もすぐにゆるむことでござりましょう。折があったら憚りながら私よりもお口添仕ります」
「何分ともに」
「ま暫くは骨休め、御心労なさらずに静養でもして――」
 心安く言って藤吉郎は辞し去った。
 木下が取なしてくれたら、あるいは早くお詫びが協《かな》うかも知れぬ、と心丈夫に思っていると二三日して、支配頭池田信輝が馬をとばしてやってきた。
「どうでござりました」
 何より先に訊くと、
「だめじゃ、きつい御不興でのう」
「は」
「平九郎の儀なれば助言無用、そう仰せられるきりお取上げにならぬ」
「では、どうでも御勘当は許されませぬか」
「今の御気色ではのう」
 平九郎は胸を塞がれるような思いだった。「併し何とかその内に考えようから、決して落胆せぬようにな」
「は!」
「お許にも思案があったら申出てくれ」
 そう言って信輝は帰って行った。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

 七日めの夜であった。
「お来客にござります」
 と、下僕が知らせてきたので、武具の手入れをしていた平九郎、
「木下殿か」
「誰やら、お女中にござります」
「女中?」
 夜中、女客と聞いて、平九郎首を傾げたがふっと頭にかすめる俤。
「お通し申せ」
 と言って手早く仕度を改め、まさかと思いながら客間へ行ってみると、案に違わず短檠《たんけい》の明りを避けて、つつましく坐っているのは、若菜であった。
 平九郎は騒ぐ心を押鎮めながら、
「何か、急用にても?」
 と訊く。若菜は頬を染めて眤《じっ》と膝を見戌《みまも》っていたが、やがて静かに眼をあげた。
「実は私も、お暇になりました」
「お暇?」
 平九郎は眼を瞠った。
「それはまた何故に」
「訳は言わぬが、暇をくれるから平九郎を訪ねて身のふり方を頼め、と仰せられまして」
「私に――頼めと――」
「親兄弟のない身上ゆえ、厚顔《あつかま》しゅうはございますが、ともかくお眼にかかってとこうして夜中にお伺いいたしました」
 そう言って、若菜は俯向いてしまった。燈火を避けてはいるが、どうやらその眸には涙が溢れているらしい。
 平九郎は呆然とした。自分はどうかして帰参のかなうようにと心を砕いているのに、主君は若菜に暇を出してしまわれた。勘当のはなむけに、御執心の侍女を与えようという思召かも知れぬ。
「併しそれは余りに情なきお仕置だ。曽我平九郎は想う女と主君を取替える程、心腐れてはおりませぬぞ!」
 そう思うと平九郎はきっと顔をあげて、
「若菜殿」
「はい」
「慮外ながらこのままお帰りくだされい」
 若菜ははっと平九郎を見た。
「私とても御勘当の身上、貴女の身に就いて御相談にあずかる筋ではござりませぬ。夜陰ではあり男ばかりの住い、人の眼にかからば由なき噂の種ともなりましょう。早々にお引取りくださるよう」
 若菜は無言だった。
「お分りくださらぬか」
 平九郎の語調は意外にきつかった。若菜はやがて力なく頷いて、
「分りました。ではこれで――」
「お帰りくださるか」
「はい。お邪魔をいたしました」
 低く言うと、静かに挨拶をして若菜は立上った。平九郎は見送らずに居間へ戻った。
「可哀相に」
 そう呟くと共に、心の内で、
「赦せ」
 と詫びるのだった。
 闇の中を唯一人、身寄りもない女の体で何処へ行くだろう、木下藤吉郎にでも頼れと教えるのであった。そんな事を思いながら平九郎は再び、武具の手入れを始めるのであった。
 それから又一旬ほど過ぎた。
 ある夜更けてから、藤吉郎がふいに訪ねてきた。既に子《ね》の刻近くのことで、座へ通るとすぐに口を切った。
「大館左母次郎《おおだてさもじろう》、御存知でしょうな」
「鳴海《なるみ》より参っている」
「如何にも、かねて諜者の疑いあった男。あれがいよいよ山口左馬之助《やまぐちさまのすけ》の手先となって、清洲の秘謀を内通している事判明、明朝刺殺いたすことに定《き》まりました」
「明朝刺殺?」
 藤吉郎の話はこうだ。
 大館左母次郎は、鳴海城主山口左馬之助の家臣であったが、左馬之助が織田信長と誼《よしみ》を結ぶと間もなく、遣わされて清洲の城に属していた。山口はもとより今川義元《いまがわよしもと》の腹心表面織田家に貢を献ずると見せて、実は機密を探り、これを今川氏に通じていたのである。勿論左母次郎がその諜者の役を勤めていた。
「併し、今川氏との対抗上、今ここで急に鳴海と不和になる事は不得策。よって左母次郎を秘に刺そうという手段」
 藤吉郎は、声を低めて、
「大館は鳴海へ急使の役を申付けられ、夜明け前に清洲を出発いたします。刺殺の役は私、場所は庄内川土井の渡、河原に待受けて討止める手筈でござります」
 そこまで聞くと、何の為に藤吉郎がそんな話を持ってきたかという事が、はじめて平九郎に分った。
「左母次郎の供は」
「両名!」
「騎馬でござるか」
「徒《かち》の筈です」
 平九郎は刀を引寄せた。

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

 夜が明けかかっていた。
 土井の渡手前十二三町、土器野《どきの》の畷《なわて》がかり半町余り、郷社八幡神社の境内松の蔭に、平九郎は槍を横えて待っていた。
 自分達は庄内川の河原へ待伏せをかけるから、その前に左母次郎を討って、御勘気赦免の手柄にするがよい。
 と、口に言わぬが藤吉郎の好意だった。その場から立って須賀口《すがぐち》で藤吉郎の同勢二十騎をやり過し、足場を選んだのがここである。
 見覚えのある大館左母次郎が、供二人をしたがえて畷へかかってきた時、田面の上には濃い朝靄が垂れていた。左母次郎は五尺二寸余り、小兵の体に徒士|物具《もののぐ》を着け、体に似合わぬ大太刀をはいている。供は登五《とうご》、道助《みちすけ》と呼ばれ、いずれも鳴海からの随身で強力の名が高かった。
 平九郎は三人を四五間やり過しておいてつと起つや、槍を執って追いざま、登五の腰へまず一槍入れた。
「あっ!」
 と倒れる登五。はっと振返った道助が、
「曲者」
 叫ぶのへ、
「邪魔だ、退けっ」
 と喚いておいて左母次郎へ肉薄する。疾風の如き襲撃に危く初の突を躱した大館、太刀を抜合して構えながら、
「名乗れ、何奴だ」
「清洲譜代の家人曽我平九郎|友正《ともまさ》だ、鳴海の諜者《いぬ》め、死ね!」
「さては露《ば》れたか」
 左母次郎歯噛みをして、
「かくなる上は逆討だ、来い」
「やあ――」
 脇から絶叫しながら道助が襲いかかる、平九郎左足をひいて外しざま、石突をかえして足を払う、のめって倒れるのには眼もくれず左母次郎へ、
「ゆくぞ!」
 おめきながら突きを入れる。
 平九郎の軽装に反して大館は物具を着けていた。進退の自由、足場の利、ことごとく平九郎に奪われている。三河、駿河に転戦して功名少からぬ有士であったが、数合あわせるうちに突立てられて、道助が助勢に寄る間もなく、草摺はずれ下腹を背へかけて刺貫かれた。
「うん!」
 と呻いて槍をひっ掴んだが、右手に大きく振冠った太刀が苦痛に顫《ふる》えた。道助が横から平九郎に掛ろうとするのを見ると、
「早く鳴海へ」
 と左母次郎は叫んだ。
「鳴海の城へ、急げ」
 道助はちょっと躊躇《ためら》っていたが決心して踵をかえすとそのまま、一散に東へ駈けだした。やってはならぬ、平九郎は槍をぐいと手許へ引く、左母次郎は槍を掴んだなり引かれて寄る、と振冠った太刀を必死に斬下した、刹那、平九郎は槍を抛《ほお》って大館をそのままに刀を抜いて道助を追った。
 畷はずれで道助を斬って戻ってくると、左母次郎は草の上に坐って、傷所を押えながら肩で息をしていた。引起して、
「覚悟はよいか」
 と喚くと、ようやく振仰いだが、もう瞳が散大してしまって見る力はない。平九郎は膝下に押伏せて首をかいた。
 叢の中に這い込んでいた登五を引出して斬ってから、左母次郎の首級を包んでいると、朝靄の彼方から戛《かつ》々と蹄の音が聞えてきた。それは藤吉郎の同勢であった。
「やあ、曽我殿」
 木下は平九郎を見出すと、真先に馬を乗りつけてきながら、
「貴殿この辺にて大館左母次郎にお会いなさらなかったか」
「そこに――」
 平九郎は道傍の屍を指した。
「や!」
 藤吉郎は聞えがしに叫んだ。
「左母次郎を斬られましたな。して従者両名は」
「それも共に」
「貴殿御一人でか」
 平九郎は苦笑するばかりだった。
「お手柄お手柄でござる」そう言って馬から下りてきた。

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

 三日後、平九郎は信輝に連れられて城へ上った。大館左母次郎主従を討取ったのは一人である、という藤吉郎の報告に平九郎の名は伏せてあった。案の定信長はその者に会おうと言う。そこで、今日の伺候となったのである。
 城へ上るとすぐにお召しということで、平九郎は池田信輝の後から謁見の間へ通った。待つ間もなく信長は座へ現われた。挨拶を言上して信輝が、
「かねて申上げました大館左母次郎を討取りし者、仰せにしたがって召連れました」と披露するを、
「待て」と信長が制して、
「その方、平九郎だな」
「はっ」平九郎はっと平伏したままで、
「御機嫌うるわしゅう」
「左母次郎を斬ったはその方か」
「は、お恥かしゅうござります」眤と見ていた信長、何を思ったか、
「勝三郎《しょうざぶろう》(信輝)席を外せ」
 と命じた。信輝はじめ小姓共を退けて二人だけになると信長はつと膝を進めて、
「待っていたぞ平九、何故早く来なかったのだ。手柄などをたてずとも、自分から参って一言詫びれば、それで俺《わし》の気は晴れるのに、情の強い奴め」
「はっ」平九郎は顔を挙げることができなかった。やはり主君は自分を憎んでおられたのではなかった――そう思うと、嬉しさがこみ上げてきて涙の溢れるのを抑えかねた。
「よいよい、顔を見せろ」
「――」平九郎は懐紙で涙を拭うと、静かに面をあげた、信長はその眼を見てにっこと微笑《ほほえ》みながら言った。
「若菜は達者か」
「――」
「患いはすまいな」
 平九郎はぎょっとして、は! と言ったまま両手を下した。
 信長は重ねて、
「どうした」と促すように訊ねたが、答えもなく平伏している平九郎のさまを見ると、ふいと声の調子が変った。
「平九郎、その方――若菜を家に入れなかったな」
 平九郎は苦しげに答えた。
「は、御意の如く」
「何故だ、どうして入れなかった」信長の追求は厳しい。
「恐れながら、御勘気を蒙っておりまする私故、憚多きことと存じまして、そのまま、――」
「追返したと言うのか」
「殿――」
 弁明の暇も与えず、ぱっと起った信長、席から飛ぶように走り寄ると、平九郎の衿髪とって膝下へ引据え、拳を挙げて続けざまに三つ五つ打った。
「強情者め!」信長の息は火のように熱かった。
「何の為に信長が罪なき若菜に暇をだし、身寄頼りのない体を城から追ったかそれが貴様には分らぬか」
「――」
「身上の事は平九郎に相談せよとまで言伝てたではないか如何にものを知らぬ武弁とはいえ、かほどまでした信長の心が知れぬ筈はあるまい」
「――」
「大館主従を斬るは貴様でのうても足りる、若菜の行末をみるは貴様の外になかったのだぞ。世に頼りなき女を追帰し、僅な手柄を申立てて帰参を願い出るなんど、それがあっぱれ武士《もののふ》の道か、再びその面見するな」
 信長はそう言って手を放すと二三歩行きかけたが振返って、低い声で付加えた。
「貴様は自分の浅智恵で、若菜は信長執心の女と思っておるであろう。それ位の事を察せぬ上総介か如何にもおれは若菜が好きであった。好きであったればこそ平九郎をこの男と見込んで、若菜を嫁にとらそうとしたのだ。貴様がおれに遠慮せんで済むよう、罪なき者に暇をくれてまで良かれと計ったものをその情も空となった。――若菜はいま何処にいることか」
 信長の跫音が聞えなくなってからも暫く、平九郎はその座を動くことはできなかった。そしてやがて頭をあげると、
「今こそ分りました、平九郎は愚者でござりました」低く呟いて立った。最早曽我平九郎は泣いてはいなかった。そしてその夜のうちに西市の邸を引払って、平九郎は清洲を立退いた。

[#8字下げ]六[#「六」は中見出し]

 永禄三年夏五月。駿河守治部大輔《するがのかみじぶだゆう》今川義元は、四万六千余騎を率いて駿府を発し、京に入って天下号令の権を握るべく、まず尾張を犯して自ら田楽狭間に本陣を構えた。
 十有八日、駿河勢の先手は鳴海を収め、知多の郡の所々に火を放った。織田家の総勢六千、丸根の出城に佐久間大学《さくまだいがく》あり、鷲津の砦で織田玄蕃允《おだげんばのすけ》らあり、中島、善祥寺等の要害に、木下藤吉郎麾下、蜂須賀正勝《はちすかまさかつ》の党一千五百の騎兵隊はあったが、海道随一の勇将今川義元の軍勢には敵すべくもみえなかった。
 十九日の夜。
 清洲城中の評定は、ほとんど籠城ということに決していた。老臣達はいずれも義元の威勢に怖れ、城外に合戦して全滅するより、城に立籠って決戦を遅らせ、北陸の猛虎|上杉謙信《うえすぎけんしん》の武威を藉ろうと謀っていた。併し独り信長のみは傲然として言わず、十九日夜に入ると共に、城中大広間に諸臣を列ねて酒宴を張った。宴なかばにして、
「鷲津落つ!」と飛報があった。
 信長は生絹《すずし》の帷子を寛濶《ゆるやか》に着て、事もなげに痛飲していたが、やがて席末にいる舞師|宮福太夫《みやふくだゆう》を招いて、
「鼓をうて」と命ずるや、自ら扇《おう》をとって立上り、人間わずか五十年、外典《げてん》の内のくらぶれば夢まぼろしの如くなり一度《ひとたび》生《しょう》をうけて滅せぬもののあるべきか、と舞い謡った。
 三度まで繰返して席につくところへ、
「丸根《まるね》の砦破れ佐久間大学討死」という急使が来た。信長は聞くより盃を抛って、
「よし、時機《とき》だ!」と起ち、大音声に叫んだ。
「上総介信長出陣と軍中に伝えよ、めざすは桶狭間!」
 あっと驚く老臣達をしりめに、信長は勇気凛然と内へ入った。
 間もなく――。
 清洲から馬を煽って東へ駈ける武者があった。田中郷をぬけ阿原を越えて枇杷島へかかると、ある籔蔭の古朽ちた家の表に馬を下り、雨戸を打って、
「木下の使者でござります、お明けくだされお明けくだされ」
 と忍び声に呼んだ。
「唯今!」答えがあったと思う間もなく、内から雨戸を引明けたのは、清洲を立退いて年余になる曽我平九郎友正であった
「介殿には唯今御出陣にござります」
「や! して行く先は?」
「桶狭間」
「かたじけない、木下殿に御礼よろしく」
 御免と言って使者は馬に、そのまま闇を清洲へ引返して行く。平九郎は振返って、
「若菜!」と呼んだ。
「はい、お仕度はこれに」と奥では既に、愛妻若菜が甲斐々しく良人の物具を取揃えていた。
 清洲を立退くとすぐ、平九郎は藤吉郎の助力で、近江の縁辺に身を寄せていた若菜を連れ戻って婚姻を結び、枇杷島郷の片隅に隠れ棲んで時機の来るのを待っていたのだ。
「いよいよ御馬前に死ぬ時が来た」
「はい」
「御勘当のお赦しはないが、今こそ平九郎友正、尾張の悪鬼となって、駿河夷どもを突きまくってくれようぞ!」手早く身仕度をする平九郎の前に、
「お願がござります」と若菜が手をつかえた。
「何だ」
「私も共に戦場へお連れくださりませ」
「そなたも?」平九郎は眼を瞠った。若菜は必死の面をあげて言う。
「この度の戦は、清洲にとっても、貴方様にとっても九死一生の大事、所詮は討死のお覚悟でござりましょう、殿様のお情にて夫婦となりました私、一人のめのめと何を当に生残りましょうぞ、是非お連れくださりませ」
「そうか!」平九郎は快く頷いた。
「そなたの長巻《ながまき》は殿御自慢であった、見苦しい死ざまもすまい、来い」
「お許しくださりますか」
「うん、夫婦揃っての討死も面白かろう」
「嬉しゅう存じます」若菜はにっこり微笑んで立った。
 かねてかかることありと期していたか、持荷をひらくと取出した物具、髪をきりきり括って衣服を更え瞬くうちに武装をおえた。太刀は佩かずに小刀のみ帯し、手だれの長巻をとっていざと起つ、平九郎見るより、
「あっぱれ武者振だ、さらば友正地獄の先達をいたそう、来い」
 勇躍して槍をとった。夫婦轡を並べて薄明の中を東へ。

[#8字下げ]七[#「七」は中見出し]

 信長が急遽清洲の城を駆って出た時、続く者は十騎に足らなかった。須賀口で二十騎、旗本で五十騎、土井の渡でようやく総勢二百余り、三里を疾風の如く駈けて熱田の宮に到ると、信長はかねて認めてあった戦勝の願文を奉る為に馬を駐《と》めた。
 熱田にて兵を待つ、集る軍勢三千余騎、東を望めば黒煙天を覆って暗い、これぞ丸根、鷲津の出城を焼く煙だ。礎願終って信長は再び馬上に鞭をあげ、東を指して発した。
 笠寺に到って道を変じ、一路丹下の砦に入って柴田と合する。ここに於て戦況を聚《あつ》め聞き、即ち田楽狭間の本陣を衝くべしと決した。
 連日の勝戦に気をよくした今川勢は、更に鷲津、丸根を破って驕り、大将義元をはじめ田楽狭間の本陣に鎧の紐を解いて、昼から酒宴を張っていた。信長はその虚を衝いて向背両面から不意に義元の旗本へ殺到した。
 折も折も、一刻あまり前から疾風がおこり、雷鳴と豪雨さえ加わって天地晦冥となった。そこへ思いがけぬ織田勢の奇襲である。今川勢は忽ち手のつけられぬ混乱に陥った。
「余の者には眼をくれるな、唯大将を討って取れ、めざすは駿河守の首一つぞ」
 叫び叫び信長は槍をとって自ら馬を陣頭へ進めていた。
 吹きまくる烈風に煽られて、濡れた幔幕がぱっぱっと鳴りながら飜っている。ひっ千切れて飛ぶ木葉が、飛礫《つぶて》のように縦横に空を切る。電光がはしる度に、斬合い突合っている兵どもの、ひき歪んだ唇、殺気に光る眸、苦痛を堪える眉が明らさまに見えた。
 はじめ同勢内の喧嘩か、あるいは謀叛人でもあるかと疑っていた義元近習の人々は、(それ程にこの襲撃は駿河勢にとって考え及ばぬものであった)それと知るより、
「旗本を固めよ!」と叫びながら駈寄ったが、遅し、その時既に二人の尾張武者が幔幕をかかげて踏込んできた。一人は黒糸|縅《おどし》の鎧に、犀の角の一本前立うった冑を冠り、大身の槍を持っていた。また一人は小具足身軽に出立って長巻を抱込み、うちつれて颯と幕の内へ入ったが、槍を持った武者が逸早く義元をみつけて、
「駿河守殿、見参!」と叫びつつ走り寄った。
「慮外者!」
「さがれ!」
 罵りながら警護の士両名が、抜つれて襲いかかる。尾張武者は少しも騒がず、左と右にやり過して、必殺の意気凄じく義元へ肉薄した。幕営を犯された義元近習の武者達は、既に尾張勢が幕外へ詰寄っていると、誤り信じてしまった。それ故侵入者を斬除くことより、主君の活路を見出そうとする方が先だった。
「殿、早く!」
「西の木戸へ、早く、早く」
 いずれも上ずった声で喚きながら、刀を振舞しているばかりだ。猛然と肉薄してきた尾張武士は、もう一度大音に、
「見参仕る!」と叫んだ。
「応!」と答えて義元が、愛刀|松倉郷《まつくらごう》の大太刀を抜く。同時に両三名の近習の士が、
「わっ」と言って義元を背に囲んだ。と、眼も眩むような電光と共に脇から、長巻の武者が猛然と薙ぎかかったので思わずたじろぐ、隙だ、手近の一人を突伏せて勇躍した尾張武者、
「御免!」と言いざま、さっと義元の太腿深く突刺した。
「うぬ、推参!」
 喚いて払う、刹那、槍をかえして石突で頸輪のあたりを強かに突く、だだだと体が崩れて膝をつく義元、
「や! 殿」
 警護の士達が走寄ろうとする時、幔幕の一部を切落して再び四五人の尾張武者が乱入してきた。
「駿河守殿に見参!」
「義元公、見参仕る!」
 口々に名乗りかけつつ踏込んでくる。狼狽した近習の面々浮足立つ、その時既に先の尾張武者はもう一槍義元の股へつけていたが、いま乱入してきた一人が、
「服部小平太《はっとりこへいた》に候、見参申す!」と名乗って駈寄るのを見ると、さっと槍をひいて退り、
「雑兵は拙者ひき受けた、首掻かれい」と小平太に言って自分は必死に防戦している警護の士達の方へ向った。すると長巻を以て薙ぎたてていた武者も、槍に倣ってさっと遠退いた。
 この間に小平太は義元に迫って鋭く斬りつけた。先に二槍つけられてはいたが、義元もさすが聞えた勇将小平太の太刀を二度までひっ外すと、
「下郎!」と喚きざま小平太の膝頭を斬った。
「残念」呻いて横ざまに崩れる小平太、間もおかせず右から又一人、
「毛利新助秀詮《もうりしんすけひであき》!」と名乗って斬りかかった。
「応!」と立直ったが、最早義元は精根衰えていた。二三合あわせると、新助は太刀をすてて組み、押伏せて動かせず、鎧通を抜いて義元の下腹を三太刀まで刺した。
「八幡!」
 義元は怖くと共に、新助の手頸へがっしと噛みついたが新助は屈せず、鎧通を取直して義元の首を掻いた。
 その時まで近習の武者達を相手に、新助の邪魔払いをやっていた先の名乗らぬ武者両名は、義元の首級があげられるのを見るや、さっと身をひいて、何処ともなく姿を隠した。
 膝頭を割られた小平太は、件の武者が自分より先へ義元に槍をつけていながら、むざむざ功を他人に譲って、自分は邪魔払いをひき受けたふしぎな振舞を思いかえした。
「はて何者であろう」
 毛利新助が大音声に、駿河守義元討取りと名乗りをあげるのを聞きながら、服部小平太はしきりに頭を傾げていた。
 戦はついに織田方の勝利であった。
 数刻の後馬寄が行われた。
 第一の功名として義元の首級をあげた毛利秀詮と、初の太刀をつけた服部小平太とが信長の前へ召された。秀詮が今川義元の首級を御前に直すと、信長は暫くその面を覓《みつ》めていたが、やがてはらはらと落涙しながら、
「昨日までは海道随一の名将と謳われ、天下号令の事を夢みられし貴殿が、今日はかく屍を野に晒し給う、真《まこと》に武人の運命は計りがたきものよ」と、生ける人に向える如く言った。
 阿修羅のような信長の日頃を見慣れた老臣共は、この言葉を聞くと共に、一瞬戦勝の歓びを忘れて頭《こうべ》を垂れた。
「新助か」やがて信長が顔をあげた。
「義元公討取り、今日筆頭の手柄だ、誉めとらすぞ」
「は、面目至極に存じまする」
「また、服部小平太は初太刀をつけし功、秀詮に次ぐ手柄だ、信長満足に思うぞ」
「恐れながら」
 小平太は面をあげて、
「初太刀をつけましたは、私ではござりませぬ、実はそれを申上げたい為、かく御前を汚し奉ったのでござります」
「初太刀はその方でないと言うか」
 審し気な信長。
「では誰だ」
「私共より先に二人の武者一人は、小具足に長巻を持ち一人は犀の角の一本前立うったる冑に、黒糸縅の鎧を着し大身の槍を持って義元公に迫り、二槍まで強かに義元公を刺しましたが、ふしぎや名乗らず、しかも私が駈けつけますると槍をひいて」
 と小平太が精《くわ》しく語った。折角つけた槍をひいて功を譲り、自分は邪魔払いに退いてしかも名乗らぬふしぎな武者、
「誰だその武者の顔見知らなんだか」信長は急きこんだ。
「残念ながら眉庇深く、ついに誰とも見分ける暇なく、両名はいずれかへ身を隠してしまいました」
「心得ぬことをする奴」と信長が眉を寄せた時、傍から、
「申上げまする」と木下藤吉郎が進み出た。
「唯今服部殿の申される二人ずれの武者、故あって私が引留めおきましてござります。一人は小具足に長巻を持ち、一人は黒糸縅の鎧に犀の角の前立ある冑、槍をとって、冑首七八級をあげた勇士、何故か名乗らず、しかも必死を期して共々に討死せんず有様故、取敢えず手許に留めおいてござります」
「召連れい、その二人、これへ」信長は言下に言った。
 藤吉郎は立ってその場を退ったが、待つ程もなく二人の武者を引連れてきた。遙にさがって平伏する。両名、信長は手をあげて、
「近う寄れ、許す、近う!」藤吉郎は二人をずっと前へすすめた。服部小平太ひと眼見るより、
「おお、あの両人に相違ございませぬ」と言った。
 下座で兜を脱《と》った二人は、静かに進んで両手を下した。信長は先ず一人を見て頷き頷き言った。
「やはりその方、平九郎だったな」
「は――」
「でかした、よく参った」
「は」平九郎は溢れ出る涙を抑えながら、
「御勘気の身の、お赦しもなきに、恐れ気もなく戦場を犯し奉り」
「言うな言うな」信長が遮った。
「赦しなき身なればこそ名乗らず、大将討取の功をむざと他人に譲ったこと、それだけにて立派な申訳ぞ、それでなくとも今度《このたび》の戦は信長一|期《ご》の大事、勘当を押しての出陣当然のことじゃ、信長は嬉しく思うぞ」
 平九郎はうち伏して返す言葉もなかった。やがて涙を拭って面をあげると、
「恐れながら、いま一人押してお赦しを願う者がござります」
「うん!」平九郎はふりかえって、傍に平伏している武者を示し、
「妻、若菜めにござります」
「や!」
 黒髪を引結んで男の装《なり》、甲斐々々しい身仕度ながら、さすがに羞を含んでふり仰ぐ若菜の顔を、それと見るより信長は、
「や、若菜、若菜か」と言って床几を立った。
「御機嫌うるわしゅう」
 涙さしぐんで見上げる若菜、信長は暫しその顔を覓めていたが、やがて声高くからからと笑いだした。
「や、平九め、やりおったな、夫婦ずれして戦場に暴れるなんど、憎い奴め、はははは」
 その笑いにつれられて、旗本の諸人一度にどっと歓呼の声をあげた。
 雷鳴去り、雨はれ、黒雲散って漸く黄昏の静けさ近き田楽狭間に、そのどよめきは明るく力強く、朗かに響きわたって行った。



底本:「痛快小説集」実業之日本社
   1977(昭和52)年11月15日 初版発行
   1980(昭和55)年2月20日 五版発行
底本の親本:「キング」
   1933(昭和8)年2月号
初出:「キング」
   1933(昭和8)年2月号
※表題は底本では、「曽我平九郎《そがへいくろう》」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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