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  • 武道仮名暦

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武道仮名暦

最終更新:2019年11月22日 04:51

harukaze_lab

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管理者のみ編集可
武道仮名暦
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)馳《か》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)田|玄蕃《げんば》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+堂」、第4水準2-13-41]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

「――父上さま」
 お縫がふいに立停って、
「向うから馳《か》けていらっしゃるのは、伝八郎さまではございませんか」
「なに、伝八だと」
 海部《うみべ》信之介と話しながら歩いていた池田|玄蕃《げんば》が、娘に注意されて向うを見ると、柳小路をこっちへいっさん[#「いっさん」に傍点]に走って来る武士――なるほど甥《おい》の戸来《へらい》伝八郎だ。
 色の浅黒い、眉の濃い、逞しい肩つきをした青年である。歩いて来る三人に気付かないのか、そのまま、擦《す》れ違いそうになった。
「――伝八ではないか」
「は!」
 玄蕃に呼びかけられて、二三歩たたらを踏みながら停まる。
「こ、これは伯父上」
「なにが伯父上だ、三日前に江戸から帰ったそうではないか、なぜ挨拶《あいさつ》に来ない」
「それが、あれです」
 伝八郎は口早に、
「なにしろいま急いでいますので、二人ばかり人を待たせてあるものですから、また後で伺ってお詫びを致します、御免!」
「待て、待て、伝八――何処へ行く」
「……あとで伺います」
 そう云う声は既に濛《もう》々たる埃《ほこり》の彼方だった――玄蕃は忌《いま》々しそうに舌打をして、
「みっともない。何という奴だ」
「ひどい方」
 お縫も怨《うら》めしそうに呟いた。
「幾らお急ぎの御用があるからって、三年振りでお会いしたのに、あたしにもひと言ぐらい何か仰有《おっしゃ》って下すっても宜い筈だわ」
「それどころでは無いですよ」
 海部信之介が苦笑しながら云った。
「戸来はいま果合《はたしあい》に行ったのですから」
「果合だと――?」
「今日、城中で三人と喧嘩をやりました、曽根忠太、栗林源造、山田|募《つのる》、曽根と山田は諏訪明神《すわみょうじん》の境内で待ち、栗林源造は鉄砲|的場《まとば》で待つ約束をしていました」
「もうやったのか」
 玄蕃は眼を剥《む》いた。
「三年江戸にいたから少しは大人になったと思ったに、帰る早々またぞろ喧嘩か、なんという手の早い奴だ」
「あっちへいらしたのは鉄砲的場ですのね」
「捨置けぬ、行って懲《こら》しめてやろう」
 玄蕃は歩を廻《めぐ》らした。
 戸来伝八郎は二百石の同心組頭である。食禄は少いが南部家で戸来といえば、数百年来の譜代で、三人まで家老を出している由緒ある家柄だった。――伝八郎は幼い頃父母を失い、伯父に当る池由玄蕃の後見で成長したが、物に拘泥《こだわ》らぬ明るい濶達な性質で、朋友にも敬愛されていたし、組下の信頼も篤《あつ》かった。
 ただ思った事は遠慮なくずばずば言う方なので、時々喧嘩をする難がある。伝八郎に云わせれば理由があるのだが、玄蕃にはそれがひどく気に入らなかった。
 ――要するに世間を知らぬからだ。
 そう思ったので、主君|利済《としずみ》公に懇願したうえ、三年間の江戸詰にして貰ったのである。
 ところが三年経って帰国すると、その挨拶にも来ない内に、もう三人も喧嘩相手を拵《こしら》えて了ったというのだから、玄蕃の呆れたのも無理ではないだろう。
 盛岡城下を西へ出端れたところに鉄砲的場がある。この四五年殆んど使われていないので、草|蓬々《ほうほう》と生茂った寂しい場所だ。
「あ、父上さま、あすこに」
「――うん」
 小走りに来た三人が、的場の入口へかかると、向うの櫟林《くぬぎばやし》の蔭で伝八郎と栗林源造の抜合せているのが見えた。――玄蕃は草を踏分けて近寄りながら、
「伝八、止めい!」
 と声をかけた。
 しかし見向きもしない。相手の源造は顔色蒼白、額へべっとり膏汗《あぶらあせ》を滲ませながら、上段に剣をつけているが、その眼光が凄《すさま》じい殺気を帯びているのに反し、既に気根の尽果てている様子だった。――玄蕃は更に進んで、
「止めい、伝八、刀を退け」
 と叫んだ。刹那《せつな》!
「――えイッ」
 青眼の剣がぎらりと陽を截《き》って、伝八郎が六尺余り跳退ると、源造の体は支柱を外された朽木のように、前のめりに二三歩のめって※[#「てへん+堂」、第4水準2-13-41]と草の中へ顛倒《てんとう》した。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

「や、斬ったな!」
「いや大丈夫です、――」
 走り寄る玄蕃を押えながら、伝八郎はにやっと笑って云った。
「喧嘩で人を斬るほど伝八郎は馬鹿ではありません。疲れて気絶しただけのことです。――やあ海部も来ていたのか、丁度宜い都合だ、これを家まで担いで行って呉れ、拙者はもうひと組片附けて来る」
「馬鹿な事を申せ、伝八、――」
「お小言は後で伺います、なにしろ急いでいますから、御免!」
「待て、待てというに伝八」
「後で伺います」
 振向きもせずに走って行った。
 鉄砲的場を北へ抜け、御薬園《おやくえん》の塀に添って東へ二三丁行くと諏訪明神の森がある。伝八郎が疲れも見せず境内へ走り込んで行くと、――巨《おお》きな楠《くすのき》の古木の蔭に腰を下ろしていた二人の若侍が手をあげた。
「こっちだ――」
「やあ、待たせて済まなかった」
「どうした、源造は」
 山田募が立って迎えた。伝八郎は懐紙を出して汗を押拭いながら、
「あいつ、拙者の留守にだいぶ腕が落ちたぞ、呼吸《いき》を押し抜いてやったら呆気《あっけ》なく参っちまった。もう少し虐《いじ》めてやりたかったんだが、伯父貴がやって来たんで勘弁した」
「お縫さんと海部が一緒だったろう」
「うん、よく知っているな」
「来る途中で見かけたんだ」
「おい戸来、――」
 曽根忠太が笑いながら、
「貴公気をつけないとお縫さんを奪られて了うぞ、あいつ、この半年ばかり池田家へ入浸りにねばっている」
「馬鹿を云うな、あんな奴に何が出来る」
「そうじゃない、あいつは変に男振が良いし、小才が利くから女には好かれる型だ」
「心配するな、お縫はあいつより利巧だよ」
 伝八郎はあっさり一蹴して、
「ところで早速だが例の話だ」
「まあ掛けないか」
「うん、――手紙は見たな、曽根」
 伝八郎は腰を下ろして振返った。
「見た、それで充分注意していたんだが、別に変りはなかった」
「不穏な様子はないか」
「不穏どころか、奴等、温和《おとな》しく昼寝をしているよ。全く阿呆のように温和しい。一体あの手紙に書いてあった事は本当なのか」
「事実だとも、慥《たし》かに津軽は陰謀を企《たくら》んでいるんだ。募、貴公の方はどうだ」
「何も無い、彼は明直に勤めている」
「それでは思ったより手|剛《ごわ》いぞ」
「だが戸来」
 山田募は慎重に云った。
「津田|将曹《しょうそう》が津軽に操られているというのは事実なのか、なるほど彼は津軽と血続きになっている。だから国老に任ぜられた時も家中では相当不評だった。しかし拙者が思うに」
「まあ待て、貴公の意見は分っている。仮にも将曹は国老だ。拙者だって訳もなく、疑いを掛けはしない――だが、国境にも別状なく、将曹にも不審が見えぬとすると、といつ余程気をつけて掛らぬと失敗するぞ」
「矢張り下斗米《しもとまい》の件が根を成しているのだな」
「無論の事だ」
 南部と津軽との確執は長い。
 遠い原因に遡ると、津軽家の祖先為信は南部の家臣であった。それが極めて狡猾な手段で叛逆し、津軽の地を攻取って弘前城に独立の基礎を建てたのである。――無論、南部でも拱手傍観《きょうしゅぼうかん》していた訳ではないが、そのとき津軽には伊達政宗《だてまさむね》という後楯があったし、時勢を観る事に敏《さと》かった為信が、逸早く豊臣秀吉から本領安堵の教書を貰って了ったので、南部藩は百年の恨みを呑んで沈黙するより仕方がなかったのである。
 こうした両家の関係が旨くゆく筈はない。国境を接して事毎に相反目し合っていたが、正徳四年に野辺地の烏帽子山《えぼしやま》の所属に就て争いを生じ、結局幕府の裁きで津軽領に決定した事や、南部三十六世の利敬侯《としたかこう》が家督した時、津軽越中守|寧親《やすちか》が家格も官位も遙かに南部家を凌いで上位にあり、その忿懣《ふんまん》から利敬が病を得て早世した事などで、有名な相馬大作事件で知られている下斗米秀之進の津軽侯狙撃という大事が出来《しゅったい》し、宿怨は益々深刻になった。
 秀之進は幕府の手で刑殺されたが、津軽家の復讐心は消えず、南部に対して徹底的な打撃を与えてやろうと、種々謀計を廻らせているという事が、密かに南部の方へ聞えて来る――殊に、
 一、烏帽子山の例に倣《なら》って、再び国領を侵犯しようという計画。
 一、南部の国家老、津田将曹を操って内部に紛争を起そうとする計画。
 この二点の密報を得て、伝八郎は急遽帰国して来たのである。――今日城中で栗林源造と口論になった時、曽根と山田の二人にも拵え喧嘩を仕掛け、ここで密会したのは前以て二人に探索を頼んで置いた、その模様を聴くためであったが、その報告は彼の予想を裏切っていた、国境にも異状なく、将曹の身辺にも疑わしいものが無いという。しかし伝八郎は却ってそこに企みの深さが感じられるように思えるのだった。
「兎に角、この上とも油断なく頼む」
「国境の方は見廻りを増そうか」
「その方が宜いな、――募は将曹の身辺をぬかりなくやって呉れ」
「心得た」
 三人は立上った。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

「伝八郎でございます」
「――入れ」
 襖《ふすま》を明けて入ると、窓際の机に向って端坐していた玄蕃が、繙《ひもと》いていた書物から振返って眼鏡越しにぎろりと睨んだ。
「一昨日は失礼仕りました。早速お詫びに伺う積りでいたのですが、色々と御用繁多でつい延引致しました。――さて、伯父上にはその後お変りも無く」
「なにがお変りも無くだ」
 玄蕃は苦々しげに口をへの字に曲げた。
「今更そんな殊勝らしい挨拶をせんでも宜い、それより栗林との喧嘩の始末をしたか」
「始末と仰有いますと?」
「和解をしたかと云うのだ、あんな事をしてその儘《まま》にして置くと禍根が残るではないか」
「なに源造は弱虫ですから」
「そんな事を訊いているのではない。彼が弱虫であるかどうか知らぬが、少くとも御納戸奉行《おなんどぶぎょう》の子息なんだぞ」
「そういえば御納戸奉行も役に立たぬ人物ですな。あれは早く更迭《こうてつ》させぬといけません」
「黙れ、若輩の分際で出過ぎたことを申す」
「これで肚《はら》は良いのですが……」
 玄蕃は眼を剥出した。押えつけようとすればする程、ぬらりくらりと滑り脱けて了う。まるで鰻《うなぎ》でも扱っているようで相手になるだけ苛々《いらいら》する許りだ。――その癖どこか言う事にぴりっとする物があるので、一概に呶鳴りつける訳にも行かなかった。
「肚が良いか悪いか、兎も角もう少し考えて物を云え、江戸でも大分喧嘩をしたそうだが、みんなその口が禍を成しているのだぞ」
「自分でも損な口だと思います」
 伝八郎はけろりとして、
「これで世間並の世辞追従が云えると、今頃はもっと出世しているのですが、どうも馬鹿を見ると馬鹿と云いたくなるし、癪に障ると殴りたくなるし、……伯父上の悪いところだけ似て了ったようで甚だ残念です」
「勝手にしろ、儂《わし》が貴様に似なくて仕合せだった」
「そう仰有られると些か辛いですな。尤も御側頭《おそばがしら》が拙者のように喧嘩早くては家中が騒がしくて困るかも知れませんから……時にお縫さんはいますか、江戸から土産を買って来たんですが」
「――稽古場に居る」
 玄蕃はくるっと机の方へ向直った。
「何か稽古を始めたのですか」
「この春から海部に小太刀を習って居る」
「信之介にですか、――へええ、あいつ人に教える程の心得があったかしらん」
「貴様は、なんだろう」
 玄蕃は眼鏡を脱《と》って
「この世界に偉い人物は自分独りだと思っているんだろう」
「そうです――」
 伝八郎は座を退りながら、
「少くともお縫さんの良人になる人物は世界中に拙者唯独りです」
「その自信に狂いが無ければ幸いだ」
「なにその点は安心です、御免」
「待て待て」
 玄蕃は慌てて呼止めた。
「今つい貴様の口拍子に乗せられたが、儂はまだお縫を遣るとも何とも云っては居らんぞ、独り合点で思違いをするなよ」
「いや、拙者の肚はもう決っているから大丈夫です」
 あっさりと云って起った。
 伯父の部屋を出て、母屋の廊下を鉤の手に曲り、裏庭の方へ突当ると、玄蕃が槍の稽古をするために建てた別棟の稽古場がある、――伝八郎は小さな袱紗包《ふくさづつみ》を片手に杉戸を開けて中へ入った。
 そこでは今しも海部信之介が、お縫の手を執って組太刀の型を直しているところだった。信之介は庄田流の小太刀に秀で、若手の中では十指に数えられていた。――杉戸の明く音にはっ[#「はっ」に傍点]と振返ったお縫、伝八郎と見て思わず信之助から身を離した。
「やあ精が出ますな」
 伝八郎は無遠慮に入りながら、
「先日は済まなかった海部、本当に家まで背負って行って呉れたんだってなあ、百姓馬にでも括《くくり》着けて行けば宜かったのに」
「生憎《あいにく》とそれが無かったものだから」
 信之介がそう云うのを聞きもせず、
「お縫さん土産だ」
 と振返って袱紗包を差出した。
「もっと沢山買って来たかったんだが、相変らずの貧乏でほんのお笑草だ」
「有難う、そこへ置いて下さいまし」
「まあ開けて御覧よ、土産物は贈主の前で開くのが礼儀だ」
「いまお稽古中ですから後で」
「剣術などは止め止め、女がそんなものを稽古したところで何にもなりはしない、――海部もそうだぞ、こんな無駄な時間があったら自分の修業をもっとすべきだ」
「それはどう云う意味だ」
 さすがに信之介は色を作《な》した。

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

「どう云う意味かって? 別に深い意味がある訳はないさ、ただ拙者は」
「お待ち下さい伝八郎さま」
 お縫がつと前へ進出た。
「いま貴方は、女が剣術の稽古をするのは無駄な事だと仰有いましたわね」
「云ったさ、実際つまらない事だ」
「なぜでございます、武士の娘として武術のひと手ふた手、修業をするのは当然の心得ではありませぬか、いざ合戦という場合には、例え女でも、防ぎ矢ひと筋射るくらいの覚悟が無ければならぬ筈です」
「冗談じゃない、いざ合戦となって女が出るようではもう滅亡だ、防ぎ矢ひと筋射るより、親を辱めず良人を辱めぬよう、立派に身の処置をつけるのが女の本分で、それ以上は、出遮張《でしゃば》りというものだ」
「それは貴方の御意見でしょう?」
「誰の意見でも差支えはない、女には女の本分がある。男の真似をしたって及ばぬ事は分ってるんだ、慰みにやるんなら庭へ蔬菜でも作る方が増しだよ」
「お帰り下さいまし!」
 お縫は蒼白《あおざ》めた顔で云った。
「貴方の不作法にも少し飽きが来ました。その御意見を大事に納《しま》ってお帰りなさいまし」
「おやおや」
 伝八郎はにやっと笑った。
「到頭また一人怒らしちゃったか、どうも奇妙だ、拙者がひと言何か云うと誰も彼も怒って了う、これじゃあ迚《とて》も凌ぎがつかん、幾ら伝八郎だって世界中の人間と喧嘩をしている暇はないからな、――仕様がない、土産はここへ置いて行くぞ」
「頂きたくありません、お持帰り下さい」
「そんなに意地を張ることはないだろう、折角持って来たのだからそう云わずに」
「いえお持帰り下さい!」
 云うとそのまま木剣を執直《とりなお》して、
「海部さま、お願い致します」
 と向うへ離れて行って了った。
 伝八郎はその様子を大きな眼玉で眤《じっ》と見守っていたが、やがて踵《きびす》を返すと大股に杉戸を明けて稽古場を出て行った――信之介はその後姿を見送ってから、
「今日はこれまでに致しましょう」
「――なぜですの、伝八郎の申した言がお気に障りまして? それならお詫び致しますわ」
「いや、あれは戸来の癖ですから」
 と信之介は眼を伏せたが、
「実は少し伺いたい事があるのです」
「――?」
「不躾《ぶしつけ》なお訊ねで、或はお怒りになるかも知れませんが」
「お伺い致しますわ」
「戸来とは従兄妹にお当りでしたね」
「はあ……」
「お怒りにならずに聴いて下さい、従兄妹同志というだけなのですか、それとも他に何かのお約束でもあるのですか」
「どうしてそんな事をお訊きなさいますの?」
 思懸けぬ質問にお縫の心はたじたじとなったが、その表情は些かも紊《みだ》れていなかった。――信之介は色白の端麗な頬に、思切った決意を見せながら、
「その訳はもうお察し願えると思いますが」
「わたくし……ぼんやりなものですから、何ですか熟く仰有ることが分りませんのですけれど、若し――婚約でもあるかというお訊ねでしたら、そんな事は決してございませんと申上げますわ」
「本当ですか、本当に!」
 信之介は甦ったように眸子《ひとみ》を輝かせた。
「それなら宜いのです、そういう噂を耳にしたものですから実は――」
「そんな噂がございますの」
「戸来が自分でそう云っている様子です」
「まあ、――」
 お縫の眉がきりきりと痙攣《ひきつ》った。
「そこまで思昂《おもいあ》がっていようとは存じませんでした。再びそんな事のないように、父から堅く云って貰いますわ」
「事実がそうでなければ却って構わぬ方が宜いですね、それよりも……」
 信之介はお縫の眼を瞶《みつ》めながら、
「若し拙者が同じお願いを持っているとしたら、貴女は矢張りお怒りになりますか」
「いけませんわ海部様」
 お縫はぽっと頬を染め、足許へ眼をおとしながら云った。
「そういうお話は父になすって下さいまし」
「申上げても宜いのですね」
「――――」
 探るような信之介に瞶められて、お縫は身内に不思議なむず痒《かゆ》さを感じ、自分で吃驚《びっくり》するような蓮葉《はすは》な調子で笑いだした。
「何をお笑いになるのです」
「ほほほほほ、御免遊ばせ、そんな話はもう止め、お稽古を続けましょう、わたくし今日は滅茶滅茶に疲れてみとうございますの、――お願い致しますわ、さ」
 上気した眼許に挑むような笑を含みながら、お縫は木剣を執直した。

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

「矢張り何も変った様子はないよ」
「――そうかなあ」
 伝八郎は解せぬ顔で、
「そんな筈はないと思うが」
「見廻りは倍にしてあるし、土民たちにもその旨を含めて置いたから、少しでも国境を越すような事があれば直ぐ分る筈なんだ」
「余り厳重なので手が出せないのかも知れないな」
「それも慥《たし》かに考えられる」
 もう九月に入って半ばを過ぎた、――帰国して初めて会った時には、この諏訪明神の境内も残暑が厳しかったけれど、今は吹渡る風も肌に薄寒く、真昼なのに地虫の鳴く音が細々と、絶入りそうに聞えていた。
「――ああ山田が来た」
 曽根忠太が振返って云った、――山田募が足早に近寄って来た。
「待たせて済まぬ」
「なに、そんなに待ちはせん」
「下城しようとしているところへ変な知らせがあったものだからつい後れて了った」
「何だ、変な知らせとは」
「二つあるんだ」
 急いで来たとみえて、募は額に浸出た汗を拭きながら、
「将曹が江戸へ行く」
「――江戸へ、本当か、それは」
「江戸家老と交代だそうだ」
 伝八郎はくっと唇を噛《か》んだ。……期待していた国境にも変りがなく、津軽の傀儡《かいらい》と睨んでいた津田将曹は江戸へ去る、とすれば、紛擾《ふんじょう》の起るのは江戸であるかも知れない。
「出立はいつだ?」
「明後日あたりと聞いて来た」
「素早いな!」
 伝八郎は宙を睨んで、
「では拙者も直ぐ江戸へ出る手順をつけなければいかん、国許でぬきさしならぬ尻尾を押えて呉れようと思ったのだが旨く外された」
「また江戸を出るのか」
「無論だ、将曹の行く処ならどこへでも跟《つ》いて行くよ、――それで、もう一つというのは何だ」
「例の新しい御達しに就いてお取止めを願っていたのが、遂に却下された」
「駄目だったのか、いつだそれは?」
「拙者が下城する時だった」
 忠太は舌打をして、
「では愈《いよいよ》これから我々は首斬り役人になるのだな――さぞ皆が悦《よこぶ》ぶだろう」
「どうもこれは穏かには済まぬぞ」
 新しい御達しというのは、――十日ほど前に同心組に対して、
 ――武術鍛練のため、今後同心組の者に重罪人の斬首を命ず。
 という下命があったのである。
 南部藩の同心組は、幕府の御手先に当るもので、家柄の者を揃えてあったし、他の役柄と違って、『同心組気質』とも云うべき一種の気概を誇っていた。――それが罪人の首を斬れと命ぜられたのであるから、名目は武術鍛練というにあっても、そのまま命に順う訳にはゆかぬ問題だった。
 ――罪人斬首には牢役人が居る。
 ――武士たる者に不浄役人の真似が出来るか。
 そう云って、二三日前に組頭一統連署のうえ、辞退願いを差出したのであった。
「――馬鹿な話だ」
 伝八郎は苦笑して、
「あんな事は、御達しを受けた時に、その場で辞退すれば何でも無かったのだ。御沙汰を承ったのは誰だ」
「今月の当番で栗林源造だそうだ」
「あいつ物を識らん奴だ」
 曽根忠太が忌々しそうにもう一度舌打をした。――伝八郎は軽く手を振って、
「なに、孰《いず》れにしても大した事じゃない、何度でも筋を立てて願出ればお取止めになるのは分っている、むやみに騒がぬ方が宜いな。――ところで、それより拙者は直ぐ出府出来るように手順をつけなければならぬから今日はこれで失敬するぞ」
「行くと決ったら知らせて呉れるな」
「無論いろいろ打合せがあるから出立前に一度会おう、では――」
 そう云って伝八郎は二人と別れた。
 諏訪明神の境内を出ると、その足で彼は池田家を訪ねた、伯父は丁度下城したところであった。
「急用とは何だ」
 玄蕃は出て来ると直ぐに云った。
「縫の事なら儂は知らんぞ」
「緊急のお願があるのです」

[#8字下げ]六[#「六」は中見出し]

 伝八郎は膝を進めて、
「出来るだけ早く、江戸表へ出府の出来るように御配慮を願いたいのです」
「江戸へ行く?」
「大至急にです」
「何のために出府するんだ」
「理由は申上げられません」
 きっぱりと云う甥の顔を、玄蕃は暫く無言のまま、まじまじめていたが、やがて妙な苦笑いをしながら、
「愈旗を巻いて逃げるか」
「――なんですか、その逃げると仰有るのは」
「海部と縫の噂を聞いて居堪《いたたま》らんのだろ」
 意外な言葉だった。
「海部がどうか致しましたか」
「隠しても其顔に書いてあるぞ、なんだ意気地の無い、縫の良人たるべき者は世界中に己一人と云ったのを忘れたのか、それともあれは唯の空威張りか」
「そんな事はありません」
「では何のために江戸へ逃げるのだ、――海部は慥《たしか》かに、縫を嫁に呉れと申込んで来たよ、縫も嫁《ゆ》くのは厭でない様子だ、しかし儂はまだいずれとも返辞はして居らん」
「お縫さんは海部へ嫁きたいと云っているんですか」
「厭ではないらしいな」
 玄蕃はとぼけた顔で天井を仰いだ。
 江戸へ出なければならぬという理由を、どうやら伯父は曲解しているらしい、尤も今の話が事実だとすると、伝八郎にとっては重大な問題だ。
 ――お縫をあんな生っ白い小才子の妻にする事は出来ぬ。
 それはもう定りきった事だ。例えお縫が自分を嫌って、他の誰かに嫁《か》すとしても、海部信之介だけは許せない。……将曹出府という事件を控えて、そんな私事に関《かか》わっていられる伝八郎ではなかったが、江戸へ出立するとすれば、何とか片をつけて置かなければならぬ。
「お縫さんは家ですか」
「居らぬ、細木の家で歌の会があるとか云って今しがた出て行ったようだ」
「――伯父上」
 伝八郎は向直って、
「江戸へ行けるように急いでお計い下さい、信之介の方は片をつけます」
「そう簡単に片づくか」
「造作のない事です」
「――貴様は好い男だな、伝八郎」
 玄蕃はにやりと笑って、
「随分と欠点もあり弱点もあるが、その自信の強いところだけは頼母しいぞ、儂は黙って見ていてやる、軽挙《かるはずみ》をするな」
「では出府の方もお願い出来ますな」
「兎に角願ってみよう」
「非常に急ぎます、是非お早く!」
 そう云って伝八郎は座を辷《すべ》った。
 池田家を出ると、暮れやすい秋の、外はすでに黄昏《たそがれ》であった。伝八郎は信之介に会って、お縫との問題を即決してやろうと、その足で藪小路《やぶこうじ》の海部の家を訪ねたが、信之介は留守であった。――然も家の中が妙にごたごた混雑している様子である。
「まだ下城しないのか」
 と訊くと若い家士が、
「いえ、一度お退りのうえ、御寄合があるとかでお出掛けなされました」
 という答えであった。――孰れ夜分にもう一度来るからと云い残して家へ帰り、夕食を済ませて、再び海部へ出掛けようとしている時だった。
「山田様がお見えてごさいます」
 家僕藤六が知らせる後から、山田募が肩で息をつきながら走込んで来た。
「――どうした」
「一大事だ!」
 募は大刀を置きながら坐し、
「同心組全部、脱藩しようとしている」
「なんだと?」
 伝八郎は思わず片膝立てた。
「それは、どういう意味だ」
「あれから帰ってみると、組頭一統寄合の廻状が来ていた。場所は栗林源造の別宅、行ってみると貴公を除く全部の者が集っていた」
「どうして拙者を除いた?」
「貴公は御側頭の甥だ、会議の密事が洩れてはいかんというので除いたというが、栗林の意見だという事は分りきっている」
「その会議というのは例の問題だな?」

[#8字下げ]七[#「七」は中見出し]

「そうだ――」
 募は口早に云った。
「同心組は由緒ある役柄だ、それでなくとも、武士として罪人の首を斬るなどという不浄役人の真似は出来ぬ、再度お取止めの歎願をしたが遂に却下された以上、武士として当家に留まる事は出来ぬ、連袂《れんぺい》して脱藩すべしと決定した」
「主張したのは誰だ!」
「海部信之介、栗林源造!」
「海部、――」
 伝八郎は立てた膝を鷲掴《わしづか》みにして、
「そして、そんな暴論に皆は同意したのか」
「拙者と曽根の他は一議に及ばず挙《こぞ》って同意だ。――しかも今宵のうちに退国状を呈出して、これから法台寺へ立退き明早朝に一同揃って堂々と脱藩する事に決定している。拙者は極力抑えたが、皆の忿激はどうしようもない、兎に角曽根に後を頼んで駆けつけて来たのだが……」
「好く来て呉れた、貴公は直ぐ帰って、必ずお取止め許可を願うからと取鎮めていて呉れ。己は御聴許を持って後から行く」
「事|爰《ここ》に及んで御聴許が出ようか?」
「大丈夫だ、己に任せて呉れ」
「では待っているぞ」
「一人も動かすな!」
 帰る募と一緒に家を出ると、外はいつか静かな雨になっていた――伝八郎は思返して戻り、馬を曳出して伯父の家へ向った。
 同心組に対して罪人斬首の下命は些か乱暴であった。主君から出たものか国老たちの意見に出たものか分らないが、日頃から『同心組気質』と云われて特に気概を誇っていた連中が不服を称えるのは無理ではない。しかしそのために連袂退国とは筋違いの暴挙というべきだ。
 ――それにしても、あの生白い信之介が、よくもそんな思切った議論の先鋒に立ったものだ。あれで多少は骨があるとみえる。
 伝八郎が池田家へ着くと、玄関が妙にざわざわしていた。
「おお伝八か――」
 玄蕃の様子も落着かぬようだった。
「いま迎えを遣《や》ろうと思っていたところだ」
「伯父上、一大事です」
 伝八郎が坐りながら云うのを、
「一大事はこっちのことだ、縫の行方が知れなくなった」
「お縫さん!」
 伝八郎はぎょっと眼を瞠《みは》った。
「細木の歌の会ではないのですか」
「それが余り遅いので、迎えを遣ったら、来ると直ぐ用があると申して帰ったというのだ、心当りを探したがどこにも居らぬ」
「――伯父上!」
 伝八郎は屹《きっ》と面をあげて、
「お縫さんの事は伝八郎が引受けます。伯父上はすぐに御登城下さい」
「登城しろと?」
「例の新規御下命に就て同心組頭一統、忿激の余り連袂脱藩を企て、既に立退きの用意まで致して居ります」
「――事実か、それは!」
「すぐに御登城のうえ、お取止めの儀を願って下さい。万一間に合わぬと御家の大事に及びます」
「しかし、一度御下命になったものを、騒動に及んだからと云って取止めるは御威光にも関《かか》わろうし、武術鍛練のためとある以上、辞退を願う理由がないではないか」
「罪人の首を斬って武術修練が出来るなら、牢役人は達人に成りましょう、武道は人を斬るための修練ではない筈です。若し一歩を譲るとしましても、罪人は不浄の者でございますぞ。同心組は申すまでも無く御手先、殿御馬前の先行を勤める大切な役柄にて、最も不浄を忌むべきものです。――罪人などを斬った不浄の体で、御馬前先行のお役目が勤まりましょうか」
「――うむ!」
 玄番は呻きながら膝を打った。
「宜し、いまの一言、立派にお取止めを願う筋が立つ、登城しよう」
「吉左右は法台寺へお知らせ下さい」
「半刻の間だ、必ず支えて居れ」
「心得ました」
 伝八郎は玄関へ走り出た。
 馬を曳かせて乗る、ようやく強くなって来た雨の中を、正に一鞭くれて疾駆しようとした時、――向うから走って来た人影が、
「伝八郎さま!」
 と呼びかけた。お縫の声である。
「あ、――お縫さん」
「早く、法台寺へ早く……」
 頭からぐっすり濡れている。乱れた髪、端折った裾の紅をぬいて、白々と見える脛《はぎ》は、無残や泥にまみれた足袋跣《たびはだし》であった。
「それを御存じか?」
「海部信之介の企みです、いえ、津軽家の陰謀でございます」
「なに、津軽の陰謀」

[#8字下げ]八[#「八」は中見出し]

「海部信之介は津軽家から密書を受取りました。同心組が脱藩して来れば、全部元高で召抱えるという越中守直筆のものです。それでお組頭の方々を籠絡《ろうらく》したのです」
「――そうか、そうか!」
 伝八郎は、呻き声をあげた。
「国境と将曹ばかり狙っていたが、陰謀の火はそこに放たれていたのか、だがどうしてそれを知ったのだ」
「今日までそれを知るために、わざと海部に近づいていたのです。――精しい事はあとで申上げますわ、それより早く法台寺へおいで遊ばせ」
「宜し、――」
 手綱《たづな》を伸ばしたが、振返って、
「待て、お縫さん、次第に依っては信之介を斬るが、承知か?」
「御存じのくせに」
 お縫は上眼づかいに昵と見て云った。
「お縫は昔から戸来の嫁に定っていますわ」
「――八幡!」
 叫ぶ声と、鞭の音とが同時だった。
 信之介が津軽の糸を曳《ひ》いていようとは想像もしない事だった、今にして思えば、先刻家の中が混雑していたのは退国の支度であったのだ。
 ――くそっ!
 伝八郎の歯がぎりぎりと鳴った。
 法台寺の門前で馬を乗捨てた時、中から走り出て来た曽根忠太とばったり行会った。
「おお戸来、遅かった、いま少し前に退国状を届出て了ったぞ」
「――しまった!」
 伝八郎は駆けながら、
「募はどうした」
「二人掛りで支えていたが、とても抑えきれぬから今また貴公を迎えに行った」
「手ぬるい事を……どこだ」
「方丈で酒盛をしている」
 伝八郎は方丈へ踏込んだ。
 そこには煌々《こうこう》と燭台を並べて、――遠山金十郎、塩川左内、野々村三十郎、岩間左平次、同じく作之進、奥瀬覚右衛門、池田恒人、大ヶ生求馬、赤前市郎、帷子《かたびら》多左衛門、栗林源造、海部信之介、以上十二名の者が、壮行の酒宴を張っていた。
「各々、盃を措いて頂きたい」
「――あ、戸来だ」
 座の中央へ踏込んで来た伝八郎を見て、列座の人々はさすがにぴたっと鳴りを鎮めた。
「様子は残らず聞きました。この度の事に就ては各々のみならず、同心組一統不服の所存、御同様よく存じて居ります。しかし連袂退国などとは武道を踏外した仕方で、理由の奈何《いかん》に関わらず武士として絶対に赧《ゆる》されぬ事です。新規御達しは必ずお取止めになります。どうか穏かにお沙汰を待っていて下さい」
「――嘘だ、その手は喰わぬぞ」
 栗林源造が喚いた。
「いや! 決して嘘ではない、半刻のうちには必ずお取止めの使者が来る、拙者はその手筈《てはず》をつけて駆けつけたのだ、鎮って呉れ各々」
「手筈とは何の手筈だ」
 信之介が嘲るように云った。
「恐らく退国状を見て、討手を向ける手筈でもして来たのだろう。――各々、戸来の伯父は御側頭だぞ、これまで再度も願って許されぬ事が、今になって許されると思うか、戸来は藩の廻し者だ、討手が来るに相違ない、酒宴を切上げて立退こうぞ!」
「待て、みんな待って呉れ」
 伝八郎は立塞がって、
「各々は伝八郎を知っている筈だ。かりに若し藩の命があったとしても、各々を騙しに掛けるほど卑怯未練な男ではない、必ず御聴許の使者が来るのだ、待って呉れ」
「今更そんな事を信ずると思うか」
 信之介は冷笑と共に云った。
「既に退国状を出してあるんだ、万一お取止めになったとしても所詮罪科は免れぬ、詰腹でも切らされるのが落ちだろう」
「それを知っているか、海部!」
 伝八郎は刺すような語調で、
「知っているなら、腹を切れ!」
「――なに」
 信之介の左手が大剣へ伸びた。
「腹を切れ信之介、武士の情けで何も云わぬ、貴公の家は南部藩でもそう軽くはないんだぞ、腹を切れ、そうすれば家名だけは立ててやる」
「――こうかッ」
 絶叫と共に、銀光一閃、信之介の体が伸びた。的確に機を掴んだ抜討ちである。しかし伝八郎の右足が躍り、半身になった刹那、白刃は逆に信之介の頸《くび》の根へ。
「えイッ――」
 眼にも止まらず閃《ひら》めいていた。
 一髪の差に生死を賭した見事な太刀|捌《さば》きである、抜討ちの切尖が袴の裾を斬払うのと全く同時に、信之介の体は、抜討ちをかけた体勢のままだっとのめり伏す、伝八郎はそれに眼もくれず跳退って、
「聞かれい各々、拙者の申す事に偽りはない、お許しの使者は必ず来るのだ、それでも不承知というなら朋友とはいわさぬ、――信之介同様、斬る! 戸来伝八郎は南部家の臣だ、君家を売るような者は一人たりとも生けてここは出さんぞ!」
「――このくそッ」
 喚きざま、栗林源造が、大剣を抜いて飛礫《つぶて》のように突を入れた、待っていたのである。伝八郎はさっ[#「さっ」に傍点]と体を開いた。その動作は完全な受けと打ちとを兼ねていた。
「えイッ――」
 掛声が人々の耳を打った時、源造はだだッと烈しくのめって行って床の間へ顛倒した。――予想以上の冴えた手並に列座の面々は色を喪《うしな》った。
「――戸来、御使者だ」
 曽根が絶叫しながら駆込んで来る――後から、全身濡れ鼠のようになった山田募が、息を喘がせつつ現われて叫んだ。
「各々、新規御達しは取止め御聴許になりましたぞ、間もなく御使者が見えるでしょう、どうぞその儘《まま》お控え下さい。……戸来、……是は」
「信之介に源造、この騒動の責を負って、二人とも見事に自裁したよ」
 募は息を引きながら伝八郎を見た。
××××
 南部藩史に有名な天保三年の同心組騒動は、その最後の一歩手前で事無きを得た。海部信之介と栗林源造は、伝八郎の計いで、引責自刃という事になり、他の者は軽い閉門で事済みとなった。そして津田将曹は老職を追われ、遂に国外へ追放に処せられた。
 それから丁度一年経った。――再び訪れた新秋のよく晴れた午後――池田玄蕃が下城して来ると、凄じい勢いで後から走りぬけて行く者がある、――見ると伝八郎だ。
「待て、伝八郎ではないか」
「は、――こ、これは」
 危く踏止った。
「失礼ながら急ぎます。御免!」
「待て待て、貴様また喧嘩に行くのであろう、ならんぞ!」
「いや、喧嘩ではないのです」
「ごまかしても駄目だ」
「出産です。出産です」
 伝八郎は手を振りながら、
「お縫が男子を産んだと、いま知らせが来たところです。あとで様子をお知らせ致します。御免!」
 云う声の半分は、蹴立てる土埃のかなたであった。――玄蕃は顔の筋をほぐしながら、眼を細めてその後姿を見送っていた。



底本:「武道小説集」実業之日本社
   1973(昭和48)年1月20日 初版発行
   1979(昭和54)年2月15日 新装第七刷発行(通算10版)
底本の親本:「富士」
   1939(昭和14)年11月号
初出:「富士」
   1939(昭和14)年11月号
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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