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牡蠣雑炊と芋棒

最終更新:2020年01月09日 11:29

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牡蠣雑炊と芋棒
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「にんべん+扮のつくり」、第3水準1-14-9]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)しら/\


 少し早目に東京駅へ着いた彼は、彼女を探しにそつち此方見てあるいた。と言つて彼は別段恋人を待つてゐる訳ではなかつた。彼は今更らしく人生の楽しさを貪らうとしたこともあるにはあつたけれど、そんな事が自分の柄でないことを痛いほど思ひ知らされてから、陽気に瞞されて咲いた帰り花か秋風に凋んでしまつたやうに、今は唯静かな冬を待つばかりであつた。叔父さんの夫人の葬式に連なるべく大阪へ立つて行くF子と、この旅の同伴を約束したのは、彼にも大阪に重要な用事があつたからで、た父予定より少し日を繰上げたまでゞあつた。やがて彼はタキシイをおりて来るF子を入口に迎へた。
 F子は彼女の年齢と容貌にしつくり来ない赤い縞の目立つ、不断着の御召に、藤色の紋織錦紗の羽織を着て、此頃の銀座散歩の彼女の打※[#「にんべん+扮のつくり」、第3水準1-14-9]其儘であつた。たゞ紋服を入れた古いスウツケースを提げてゐるだけであつた。三四年前のやうな大粒のダイヤも指には光つてゐなかつた。以前初めて歌舞伎座へ行つた頃、「どの着物がいゝか、ちよつと此方へ来て見て戴きたいんですけれど……」と、衣裳箪笥から幾枚もの着物を引張出した彼女の生活気分は、何処にも求められなかつた。彼はその頃以来、自身の子供のKと彼女との恋愛の濛靄を隔てゝ、幻想的なKの目に比べて、遙かに現実的な目で、F子を長い間観て来た。
 煙草なんかを買込んでから、二人は閑散な待合室のソフアに暫く休んでゐた。F子はこの春、Kと関西へ旅をしてゐた。そしてKがまだ見たこともない京都や奈良や、道頓堀や、神戸の町まで碌々旅館にも泊らず、最高速度と最少限度の旅費とで見せて歩いた。自然と古い芸術と、猟奇的な世界とが貪慾なKの目は一度に通過した。故郷を奈良に持つF子は、如何にしてその旅の能率を挙げ得るかを能く知つてゐた。
「私静岡で、ちよつと受取るものがあるんですの。」
「静岡の姉さんは行かないの。」
「行きません。」
 コロンバンとか千疋屋とかにゐる時と変らない気分で、二人はやがて乗りこんだ汽車の食堂で軽い晩餐を取つたけれど、たゞそれがKと三人でないことが、彼には物足りなかつた。

 関ヶ原辺でしら/\夜があけた。一夜のうちに風物が多少変化してゐた。どの寝台も畳まれてしまつて、彼はステツキのうへに頭を載せて、反対の側の窓の外を眺めてゐた。F子が洗面所から帰つて来た。
「よくお眠れになつて?」
「あゝ。君は。」
「私も。」
 静岡で荷物を受取つてから、F子は反対の側の上のベツドへ入つて行つたことを彼は分つてゐた。彼はこの夏も、F子と日光へ旅して、寝苦しい一夜を金谷ホテルに、安らかな一夜を湖畔に過したことを思出してゐた。
「ちやうど今頃Kさんと、こゝの洗面所で顔を洗つて、いきなり丸山公園の平野屋で朝御飯を食べて、それから大急がしで、先生……。」F子は袂から敷島を出して、マツチを捜しながら話した。
「金閣寺なんか、私は自動車のなかに待つてゐたくらゐですの。」
「驚いたな。二日二晩で、京都や奈良を悉皆見てあるいて、神戸のカフヱまで見学したんだからね。」
「えゝ。奈良は厭だと言つたんですけれど、何うしても私が見せませうと思つて……ところが一番収獲の多かつたのが奈良ですのよ。あの人は東大寺の門柱の台石にまで感心してゐたんですよ。」
 さういふF子の気分が、どこか西の人じみて見えて来るやうに彼は感じた。東京では故郷を奈良にもつ女とは、誰も気づかないであらう。F子は奈良で母の胎内に宿つて、東京で産れた。F子が産れたのは、彼が二十五くらゐのときで、Kの産れたのは彼女の五六歳のときと見てよかつた。F子の過去は幾分、彼の時代に近く、Kの現在は多分はF子の世界に届くものであつた。彼とKと――父と子とが其妻其母を失つた少し前まで、F子は大使館の或外国人に愛されてゐた。旅行好きなその外国人は、彼女をつれて、よく京都や奈良へ旅をした。F子はその外国人の目を通して日本の自然や美術を見るのに幾分馴されてゐた。彼女の服装や装身具は、ホテルの舞踏場にふさはしいやうなものが多かつた。今のF子はKの芸術に対する、尤も好い理解者であつた。歌舞伎を見るときに、彼は多くF子の同伴者であり、新しい音楽を聴いたり外国の絵を見たりする場合に、Kが彼女の同伴者であつた。
「Kさんなんて、男の癖に吉原も分らないで、玉の井が迚も好いところか何ぞのやうに思つて。お気の毒みたやうなものだ。」F子が揶揄つた。
「ぢや一つ其の吉原を見せてくれ。玉の井だつて、小説で読んだゞけだよ。」
「え、あなたは大衆作家ぢやないんですからね。」
「何をいふか。吉原なんて迚もさびしい場末町だつて言つてゐたよ。」
 或日も三人で笑談を言つたことがあつた。
 やがて煙の都会が近づいた。大阪の空は相変らず曇つてゐた。彼はこの旅が少しも楽しくなかつた。曾つての幾度かの大阪訪問に感じたやうな懐しさもなければ、張合もなかつた。いつも彼を牽つけてゐた兄はもう疾くの昔しに亡くなつてゐた。彼は既にその兄か病歿したときと、略々同じやうな年齢に達してゐた。それに彼の生活は彼か長いあひだ怖れてゐたに違はず没落に瀕してゐた。彼は心のうちに悲鳴を挙げてゐた。
 子供の愛人と同伴したことすら、今の彼の気持にはそぐはないものであつた。彼は大阪にゐる昔しの学友を、わづかに心頼みにしてゐた。彼は不断音問を怠つてゐる其等の友人を訪問することが、ひどく不安であつた。ステイシヨンへおりた時、彼は来なければ可かつたと思つた。学校時代の旋毛曲りが、彼等優良な紳士たちに気受のいゝ筈がなかつた。勿論彼はまだ少しばかりの矜りに似たものを失はずにゐた。しかし人間の内的生活といふものは、身についてゐる総てのものを棄てゝしまふか、経済力が護られるかしない限り、保持して行ける筈のものではなかつた。
 彼は曾ては一度F子と同棲しようと思つたことを想ひ出して愧づかしくなつた。「今のところ先生が一番好きなんですけれど……」寝ころんで話してゐたとき、さう言つて彼を凝視した彼女の目は苦しんでゐた。
 それを勧めてくれた友人が、その話を取決めるために、F子を呼寄せたとき、彼女は「金色夜叉」のお宮のやうな古風な淑女の風をして遣つて来た。
「K君さへ異存がなければといふんだがね。」客間へ出て来た其友人が彼に告げた。
 しかしそのKなる彼の子供が、黙つて引込む理由はなかつた。彼の友人も、F子とKとがそこまで進んでゐることは、少しも知らなかつた。どたん[#「どたん」に傍点]場へ来るまで、はつきりした態度を取ることの出来ないのが女―F子であつた。
 彼はそんな気持をもつたのが、彼自身であつたとは何うしても思へないのであつた。それが其時の現実であらうとは想像も出来ないくらゐであつた。
「さういふことをする自分だつたんだ。」彼はさう思つて平気らしい顔をしてゐた。
 彼はKと年上のF子との恋愛に多少困惑を感じないこともなかつた。しかし大して不都合でもなかつた。何うかすると子供の恋愛は、彼自身の実行よりも甘美であつた。彼はそれを見守ることに次第に親らしい関心と愛撫の加はつてくるのを感じないではゐられなかつた。彼女が年以上にも更けて惨めくさくみえでもすると彼は皮肉な不安を感じた。若く美しく新鮮に見えるときに、満足を感じた。
「さあ何処にしようかね、宿を……。」
「さうですね。先生のいゝやうに。」
「この春来た家は大変いゝんだけれど……。」彼は考へたか、そこへF子を連れて行くには、家が少し色つぽすぎて困ると思つた。
「D――ホテルは何う?」
「えゝ結構よ、私どこでも。」
 込合ふ出口で、漸とタキシイに有りつくことが出来た。
「大阪のタキシイは汚ないね。」
「さうね。」
「君は間に合ふね。」
「え、大丈夫です。私一人でしたら飛行機とも思つたんですけれどそんなにしなくたつて……。」

 受附で姓名を書記して、ヱレベータアで幾階か昇つて、白壁のすゝけた、だゞつ広い部屋へ案内された。ピイピイ/\と言ふタキシイの音が、引切りなし煩さく耳に響く。窓から街路を見下すと、目がぐら/\するやうであつた。目まぐるしい幾つかの街路から来る様々の車や人が、目の下で淵のやうに交錯してゐた。
「私早速行きますわ。先生は?」F子は姿見の前に立つて、顔の手入れをしてゐた。
「僕も、若し友人が居るやうだつたら。」彼はさう言つてお茶を呑んでゐた。
 やがて彼は通俗小説のなかにある人物のやうに、何気ない風をして××総本店へ電話をかけた。制服をつけて、代数の解答などするをりに、中指の真中の節を口へもつて行く癖のある、美少年の友人の姿が目の前を通つた。彼は高級官吏の子供で、屋敷も庭も広かつた。
「貧乏なものは何時でも貧乏だ。」彼は少しづう/\しいやうな気持になつた。
 秘書が出て来て、ちよつと待たしてから、お待ちしてゐますと答へた。
 彼がF子のスウトケースから出してくれた袴をつけて、ヱレベータアをおりた時分には、F子はもう何処にも見えなかつた。彼は昔し原稿を売りつけに、書店へ行つた時のことを想出してゐた。
 やがて彼は、先刻電話へ出た秘書とおぼしい若い紳士に案内されて、広大な建物の廊下を通つて、三四十坪もある応接室へ入つて友人の来るのを待つてゐた。
「やあ、お待たせしまして。」
 重いドアを押して入つて来た友人のO氏は、六七年前に逢つた時と、大した変化はなかつた。頭にも白いものは見えなかつた。
「お忙しいところ恐縮です。」
「いや何に……。」
「少しお願ひしたいことがあつて、遣つて来たんだけれど。」
 O氏の目は微笑を含んでゐた。用談は簡単な言葉で述べられた。
「僕も最近だらしかなかつたものだから。」
「何に、そんな事は……。」O氏は矢張り微笑してゐた。
「しかしなか/\さういふ訳に行かんぞ。まあ×××くらゐのものだらう。」
「さうか知ら。僕は又……。」
「しかしちよい/\遣つて来て見たまへ。」
 そしてO氏はいつかも遣つたやうに、有力な人達に五六人集まつて貰つて、飯でも食べながら話を持出さうと言つてくれた。
「やつぱり骨の折れるものだらうね。」
「一体才のないところへ、怠けものだもんで。」
「こゝに能く君達の噂をしてゐるC君かゐる。ちよつと御紹介しませう。」
 C君も其処で重要な地位にゐたが、詩人として有名であつた。
 C君が直きにやつて来た。挨拶がすんでから、
「T君がづつと私のところに来てゐるんですがね。」
 T氏といふのは、一時はよく酒のお附合などをして、親しく往来したことのある、偉い文学者であつた。三度目に又仏蘭西へ還らうとして、途中西の方へ立寄つたのであつた。
「まだ立たないんですか。今度はつひ逢ふ機会がありませんでしたけれど。」
「ちやうど好いから此処へ呼びませう。しかし居るかどうかな。」
 C氏は自宅へ電話をかけたが、T氏は出かけてゐた。
「ゐないさうです。」
 彼は明日を約して、やがて其処を出た。彼はいくらか吻とした気持で、外へ出た。どこへ行かうと云ふ気もしなかつた。
 ホテルへ帰つてから、所在なさに彼は親類へ電話をかけて見た。親類の青年が二人づれで訪ねて来たのは、漸くお昼少し過ぎた頃であつた。彼は二人にさそはれて、「ミヤケ」で昼飯を食べてから、ホテルへ帰つてベツドに横はつてゐた。そこへF子が帰つて来た。
「何うだつたの。」
「もう皆んな教会へ行つてゐましたわ。私が行つてみると人で入れないんですもの。仕方がないからづつと後ろの方にゐましたわ。式が済むまで誰にも逢へませんでしたの。」
「盛大な葬式だな。」
「え、おばは古い信者で何か色んなことをやつてゐましたから。新聞にも出てるさうですの。」
「おぢさんは独りになつた訳ね。幾歳くらゐ?」
「先生より少し上ですよ。頭か禿げてる癖に、それは大変なお酒落ですの。ほら、いつかもお話したでせう、飛行機で母のお墓参りにやつて来て……。」
「あゝ、あのセメント会社の重役!」
 F子は、今彼が逢つて来たやうな身分の近親もあつたが、彼女の気質がいつも彼女を生活戦線に立たせて来た。花柳界出の彼女は、今カフエのマダムであつた。余りに文学気の多いマダムであつた。
「先生はまだ晩御飯召食らないんでせう。どこか行きませうよ。」
「行きませう。」
「私こゝにバスの回数券がありますの。おぢのとこでくれましたの。」F子は帯の間から、回数券を出して見せた。
「けどそんなもの。」
「私がうまく利用しますから、見ていらつしやい。何しろ、二日二晩でKさんに、奈良と京都と大阪と神戸を隅々まで見せたんですから。」F子は得意さうに言つて、彼を急き立てた。
 彼はKとF子との幻を、心斎橋―道頓堀―千日前の到るところに見出しながら、ミドリで疲れた足を休めた。

 翌日の午后おそく、二人は神戸へ行つて見た。
 その日もF子はおぢの処へ行つたし、彼は××倶楽部で旧い同窓と会食した。
「明日観艦式があるんですの。町はきつと賑かですわ。」
「さうね。文楽もないし……。」
 F子はKをつれて行つた何処へでも、彼を連れて行きたかつた。彼は以前蘆屋の親類のうちで物を書いてゐたことがあつたので、この阪急線の停留場の名称や、周囲の風景が、幻のやうに目を遮ぎるのを感じた。油の切れかゝつた燈火のやうな自身の存在が佗しかつた。書く場所を香櫨園に探しあるいてゐたとき、いつも健康をほこつてゐた兄の足は、その時彼の足より疲れを感じてゐた。香櫨園から見わたしたその時海の美しさが、彼の心臓を射るやうに蘇つた。彼はさうした夢の跡を辿ることに、心悲しい甘さを感じた。
「蘆屋に何時か君に紹介した兄の義弟が今ゐるんだよ。」蘆屋あたりへ来たとき、彼は話した。
「星ヶ岡をおごつて戴いた方! あの方面白い方ね。」
「時間があると降りてみてもいゝんだけど。居ないかも知れない。」
 やがて神戸の町へ来た。二人は町なかへ来るまで、市の電車に乗つて、そこから降りてあるいた。元町へ来てみると、そこいらの風景がまるで変つてゐた。東京にも見られないモダアンな若い女が歩いてゐた。二人はヱキゾオチツクな飾店を物珍しさうに覗き/\歩いた。支那の雑貨を商つてゐる店へ立寄つて見た。或店ではいつかF子が押入の奥から出して見せたやうな支那服を引張つて見たりした。F子の支那服は一小隊護衛兵がつく身分の人でなければ着られないやうな驕奢なものであつた。F子は支那服を著るのに相応はしい顔の持主であつた。奈良朝時代の女の面影を迹づけてゐるやうな眉目であつた。ユニークな存在ではあつたが、彼に肉体的な魅惑を感じさせないのも、その為であつた。
 或る広い食堂の二階で晩飯を食べてから、二人は又少し電車に乗つた。今度は少し長かつた。町は到るところお祭騒ぎをやつてゐた。花電車が通つてゐた。イルミネーシヨンの軍艦が空に浮いて見えた。
「Kさんは何処よりかも神戸を見たがつてゐましたの。」
「切めて上海へでも行けると可いんだけれど。」
 そんな話をしながら、彼はやがてF子につれられて、西でなければ見られない、こせ/\した繁華な小路へ入込んで行つた。ルムペン達の飲食ひするやうな、何かインチキな小料理屋が軒並み甘酸つぱいやうな匂ひを漂はしてゐた。歩くのに極のわるいやうな場所であつた。
「京都でいへば京極のやうな処ですのよ。まあ面白いから、入つて見ませう。お値段の割においしい物を食べさせる家もあるんですよ。」
 食べものゝ標本を飾窓に並べておくことは、こんな処から初まつたものらしく思へた。二人は暖簾をくゞつて、或る家のなかへ入つて行つた。そして蟹だの鱧の酢味噌だのを取つた。
「どうです。」F子は笑ひながらきいた。
 神明の不良少女時代の彼女を、彼は想像しない訳に行かなかつた。何かインチキな縁日の露店を子供のやうに見てあるくことが今でも彼女の一つの趣味であつた。
「余り結構なものぢやないよ。」彼は少しぷんと来る鱧に顔をしかめた。
「さう!」F子は失望したやうに言つた。
 憂鬱なその区画から脱け出てから、二人は又町を見てあるいた。
「福原の遊廓御存じ?」
「行つたことがない。」
「あすこの裏に迚も面白いカフエがあるんですよ。Kさんと入つたところ。「兄さん」つて言ふんですの。行つて見ません?」
 猟奇の神経を尖らして歩いたKからも、彼はその話を聞かされた。
「兄さん」を捜しあてるのに、F子は可なり手間取つた。まだ宵の口なので、こゝも東京と同じに、伝統的な花柳界から見ればまだ創世紀にあるやうな、その安価なカフヱ小路も頗る閑散であつた。その「兄さん」では、酒に酔つて一組みの若い人達が、紅葉の蔭で、食卓をたゝいたり、足踏みをしたりして、歌を謳つてゐた。ステーヂのやうな屋台が一方に設けられて、黒い服装をした女給が三人、鉦と太鼓と笛との、インチキなヂヤヅで噺し立てゝゐた。
「どこへ行つたつて、さう面白いものゝ有りやうがないよ。」彼は興ざめたやうに言つた。
「さう! 詰らない?」
 帰りに蘆屋へおりて見た。そして其一夜を兄の義弟に当る人の家の二階に疲れた体を休めた。妻を失つてから、彼は妾と一緒にこゝから大阪の店へ、時々顔を出してゐた。大阪にゐる嫂に電話がかけられ、女中が近所にゐる姪を呼びに行つたりした。彼は人々の運命が、すつかり変つてゐるのを感じた。総てが怠窟な芝居のやうに思はれた。子供の恋人をつれてゐることが、二重に寂しい影を彼のうへに落した。

 その翌日半日蘆屋で遊んで、四時頃大阪へ帰ると、二人は又誓文払の町を歩いて見た。それはF子の好きさうな風景であつたが、彼にも懐しい古い大阪であつた。F子は糶売の手提や、半襟や小片物を買入れたし、彼も子供への土産を少しばかり買つた。
 京都へ来たのは、静かな町に電燈のつく比ひであつた。クリスマスのお菓子の塔のやうなホテルの一室に落着いたとき、彼はF子が今少し好い着物を着て来てくれゝば可かつたと思つた。近頃生活の影が、多分にF子にも差して来てゐた。彼女等の恋愛も、悪くすると無惨に圧潰されてしまふのではないかと危まれた。
「私一人が食べて行くのに、こんなに多勢の人を食べさしたり、高い税金を払つたり、随分矛盾してると思ひますわ。何も彼も放抛つてしまひたいと思ふことがありますの。」
 さうかと思ふと、彼女はホテルの経営を目論んで見たり、静かな郊外に家を造ることを想像して、一晩も二晩も設計図に熱中したりした。手函のなかに書きちらかしの小説が、幾つもあつた。彼女は小説にしろ詩にしろKの書いたものとなると、目を皿にして貪り読んだ。いつ迄たつても書かないこの若い芸術家のために机を浄めてインキや原稿紙を揃へるのも彼女であつた。
「Kさんは今にきつと偉くおなりだと思ひますわ。先生も安心していらつしやい。たゞ少し線が弱つかしくはないかと思ひますけれど……あの人の神経のやうに。」
「さあ。僕は何にも知らないよ。」
「何しろユニークなものでせうね。」
 Kの苦しみが、F子を通じて針のやうに彼の神経を突ついて来た。父子で芸術地獄へ陥ちてゐるのが、勇ましくもあり、哀しくもあつた。
 F子は又時々パリイ行きを、気紛れな彼女の心に描いた。ステイヂへ立ちたいこともあつた。しかし現実の生活が、ともすると彼女を過去の暗闇へ追ひこもうとしてゐた。
 彼とF子とは、風呂へ入つてから、煤煙都市の埃を洗ひおとしてから、食堂へ入つて行つた。高雅なレデイのやうな扮飾を施された広い食堂へ入つてみると、こゝも至つて閑散であつた。外国人の夫婦が一組、田舎から芸者をつれて来たらしい男、会社の重役と見える禿頭の紳士―そんなものであつた。
「これで立行くものかね。余計な心配だけれど。」
「みんな外で食事をするんぢやないでせうか。」
 F子は愛してくれた外国人と、よく泊つた旅館のことなど話した。
「Kとは何処へ泊つたの。」
「直ぐ其晩大阪へ往つちやつたんですもの。あんな旅は又と出来ませんわ。乞食旅行だつて笑つたんですよ。それでも好い加減かゝりましたよ。」
 食堂を出てから、東京で親しくしてゐた青年文学者のM氏へ電話をかけて見た。M氏は嵯峨にゐた。
 M氏夫妻がやつて来たのは、三十分とたゝないうちであつた。彼は夫妻を一応、サロンに迎へた。手紙を書いてゐたF子も、そこへ遣つて来た。F子は前に一二度M氏に逢つたことがあつたけれど、夫人には初めての会見であつた。
 夫人は痩せた体に清楚な洋服をつけてゐた。その表情には世間じみたものといつては、芥子ほどもなかつた。インテレクチユアといふには、少し現実ばなれのした顔なり態度なりであつた。彼女はやがて世間が知つたとほり、優れた才分の女流洋画家であつた。
「何うして入したんです。お一人ですか。」
「ちよつと大阪に用事があつたもんだから。一人ぢやないんだけれど……女の人を一人、君も知つてる京橋の人……。」
「あゝ、さうですか。私先生から電話をいたゞいて、非常に嬉しかつたんです。」しかしM氏は少し困惑したやうに、「ところが困りました。明日は養父と観兵式を見に行くものですから、御案内ができないだらうと思ふんです。」
「いや、それは可いんです。あの人は此方の人ですから、行かうと思へば何処へでも行けるんで。しかしそんな暇もないから。」
 そこへ部屋で手紙を書きをへて、F子かやつて来た。
「お部屋の方が好かありません?」F子が言ふので、部屋へ行くことにした。
 F子が紅茶と水菓子を吩咐けた。
「このホテルは何うですか。」
「結構だね。しかし閑だね。」
「いや、さうでもないんです。宴会や婚礼が多いんですから。こゝへ来ていたゞいて、養父は大悦びでせう。」
「株主?」
「え。」
 その晩は、四人で町を散歩した。途中M氏の養家の店へ寄つて、二階の陳列品を見せてもらつた。お茶を呑みながら、ゆる/\鑑賞するやうな畳敷の座敷もその奥の方にあつた。
「外国人が買つて行きますか。」彼は惜気もなく代表的な作品を取出して見せてくれる、店の人にきいた。
「よく買つて行きます。しかし好い品は、何と申しましても此方の方でないと……。」
 F子は小さいお盆が一つ気に入つて、それを買ふことにした。
 M氏と三人で、四條通りから京極辺まで散歩して、ホテルの近所で別れたのは、十時近い頃であつた。

 明日は京都における彼の唯一の願であつた牡蠣雑炊を食べて、月並みに嵐山を見舞つた。
「あゝ、牡蠣雑炊つて、かういふんですか。これなら私いつでも教へてあげますわ。吉原雑炊召食つたことがあつて?」
「食ひました。あれも旨いけれど、少し料理じみて。」
 二人はやがて嵐山の畔を歩いてゐた。
「こゝをKさんと歩いたんですよ。花がまだ少し緑のあひだに散りのこつてゐましたの。」F子は新しい思出をしみ/″\辿るやうに呟いた。
「Kも生涯中、そんな楽しい旅を二度としないだらうよ。」彼も少し感傷的に言つた。
 舟で二人は水の中流へ出て見た。舟は岩角をめぐつて上流へ上流へと溯つて行つた。彼はやゝ東京ばなれがして来たやうに感じた。
 帰りは丸山公園へまはつて、今度はF子の案内で、Kが京都着第一着にやつたやうに平野屋へ入つた。そして彼が曾つて食つたことのない芋棒を食べた。
「先生なぞには、おいしかないでせう。」
「いや、これは好いよ。少しぷんと来るところが棒鱈の味だよ。」
「ぢや可かつた。」
「これはちよつと東京では出来さうもないね。」

 彼はしかしその旅以来、F子と二人で歩くことを好きになつて来た。[#地付き](昭和6年11[#「11」は縦中横]月「文芸春秋」)



底本:「徳田秋聲全集第16巻」八木書店
   1999(平成11)年5月18日初版発行
底本の親本:「文芸春秋」
   1931(昭和6)年11月
初出:「文芸春秋」
   1931(昭和6)年11月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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徳田秋声
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