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霧

最終更新:2020年01月09日 13:19

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霧
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)男気《をとこつけ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「にんべん+就」、第3水準1-14-40]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)うつら/\

濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」



 或る暑い日の午後、稲田は約束のとほり、水辺にあるマダム桂子の家を訪れた。彼は握り太の藤のステツキを持つてゐるだけだつた。
「稲田さん、日光へ行つて見ません。電車で行けば浅草から直きですわよ。」
 マダムは独りぽつねんと、陰気くさい奥の部屋に坐つてゐる稲田の机の傍へ来て、何か話し合つてゐるうちに、急に思ひついたやうに言ひ出した。この人は、桃色のシヤベツトやソオダ水などが、初めて銀座で売り出された頃の、初期のライオンの募集に応じて択ばれた何人組かの美人女給の一人であつた、づつと昔しのことや、それから花柳界の人に見出されて、さういふ世界へ入つて行つてから、最近の日本へ来て軍需品の商売をしてゐた独乙の貴族との七年間の同棲生活を脱れて、この水のほとりで今の商売を初めるまでに、何か其の時々の気分や思ひつきで、何の屈託もなしに、プテイブル階級のあひだを泳いで、恋愛と物質生活との均衡を破らない程度で、兎に角面白いことを大体為尽くして来たものらしかつたが、四十を越した現在でも、彼女は矢張り其時々の思ひつきで、生活を破らない程度の恋愛中心の気儘な日を暮してゐた。それゆゑ桂子はさうした社会としては、少し風がはりな、其の優れた容色や、本場どころの相当な看板の家で、一流の出先きを稼いでゐた割りにしては、決して大物喰ひではなかつた。大物らしいものといへば最近七年間、類のかはつた豪奢な生活に恵まれた独乙の貴族くらゐのもので、それをさうした商売の最後として、生涯の方針を立てようとして、今の商売を初めた時分には、彼女の若さは悉皆失はれてゐた。
 まだ漸と四十九日をいくらか過ぎたばかりの、亡妻の位牌に、時々線香を立てながら、無精と愛著で、それを片著けようともしないで、うつら/\した病人気分で寝たり起きたりしてゐた稲田の貧しい書斎へ、現はれて、線香をあげてくれたのが彼と桂子との交際の初まりで、庭つゞきの彼の裏の家にゐた弁護士の紹介で、何か異つた話の多さうな異様な姿の彼女が引見された訳であつた。稲田は妻が目を瞑つた瞬間から、再婚する気はなかつたが、職業が職業だけに、急に目隠しが除れでもしたやうな気がして、世間の新らしい女を見たいやうな好奇心が仄かに動きはじめてはゐたものゝ、その後時の問題の女が出現して、老年で若い女と恋をした西洋の文豪や政治家のローマンスを一ト晩聴かされるまでは、年齢の目標が大抵死んだ妻程度のところにあつたから、女の年をきくと何時も失望するのであつた。勿論桂子の出現はそんな意味ではなかつた。大分たつてから、
「先生んとこへ家政婦に行かうかと思つてゐたのよ」と話したが、古い愛人に誘き出されて、外人の手から脱れて来たばかりの、まだ方嚮の決まらない彼女の真実の気持らしかつた。
 それよりは稲田の職業意識が、この異り種の女に触角を蠢かした。
「とにかく御飯たべに行きませう。」
 稲田は桂子と弁護士と三人づれで、久しぶりで外へ出てみた。風邪が癒りきつてゐなかつたので、頭がふら/\した。桂子は銀狐の毛皮を肩にかけて、高貴なフランス天鵞絨の外套を被てゐた。彼女は「御飯なら私んとこで食べませう」と言つて、稲田が殆んど一度も乗つたことのないタキシイを、漸くのことで一台見つけて、一緒に乗つた。震災後まだ一年半にもならない東京の街は復興の工作もまだ旺盛とはいはなかつたか、芝公園の近くにあつた桂子の家も、米材のバラツクではあつたけれど、新らしいだけに器用にできてゐた。桂子は石油暖炉に火をつけて、部屋を温めると同時に、婆やと二人で、水昆炉や軟かい牛肉や、トラピストのバタなどを、うんと下から持込んで来て食事の仕度をした。
「先生お酒召飲りません。」
「えゝ、飲みません。」
 印象が新らしいだけに、脳溢血で斃れた稲田の妻の噂が出ると、桂子も去年中悸で亡くなつた老母の日常を話したが、表情や話振りにどこか花柳界出らしい、馴々しさと陽気なところがあつた。
 弁護士のK――が下へおりた時、彼女はまじ/\稲田の顔を覗きながら、年などを訊いたが、稲田も彼女の生活に話題をもつていかうとした。桂子は美しい目を空へ瞠つて、
「さうですね、ライオンを振出しに、色々のことを遣りましたけれど、お話しすると言つてもちよつと……。」
 稲田は厠へ行かうとして、下の居間を通つたが、思ひ做しか何か家のなかに男気《をとこつけ》がしてゐるやうな感じでもあつた。
 帰りに女の年をK氏にきくと、三十五ぐらゐだらうといふのであつた。稲田は理由のはつきりしない失望を感じた。
 その後稲田は素敵な閲歴の持主だから、今度一人で話をききにお出でなさいと、度々言はれたが、矢張り一人では行く気にもなれないでゐるうちに、彼は間もなく思ひかけもない恋愛事件の囚となつてしまつた。夏になつてから、彼女の通知によつて知つた大川端の家を訪ねたのは、恋愛の相手の若い女性が、田舎へ帰つてゐる間の息ぬきとして、何か好い話を引出さうといふ目論見のためであつた。桂子は誰かと銀座へ飯を食べに行つてゐたが、女中が電話をかけると直きに帰つて来た。窓際の若い柳が風に靡いて、川面に銀色の夏の雨が降りそゝいでゐた。大急ぎで入つて来た桂子は、その瞬間別の人かと異《あや》しまれたくらゐ、意気な日本の女に還されてゐた。
「大変ですね、先生。」桂子は好奇の目で彼を眺めながら、
「まあ一年は続くでせうね」と断定したが、稲田は自分でも驚いてゐる其の恋愛事件について、好い話相手を得たやうな気がして、大抵のことは打ちまけてしまつた。
 稲田はその後も、恋愛の合間々々の心の遣場として、水に臨んだこの家を訪れたが、罪滅しにお山まゐりをしてゐた彼女は、或る朝彼を待乳山の聖天様へ連れだした。稲田は姉にも紹介されたし、夜遅くなると、ギイ/\といふ櫓の音を耳にしながら、水に近い部屋に泊りもした。綺羅美やかな仏壇のある中の間で、初めたばかりの彼女の商売振りを見ながら幾日も滞在してゐた土地の多額納税者の妻であるところの姉と、枕を並べて寝てゐた桂子は、何うかすると寂しいからと言つて、稲田の蒲団のなかへ猫のやうに入つて来たが、それはたゞさう遣つて話をしに来るだけで、指頭一つ触れる訳ではなかつた。タキシイのクシヨンに膝を並べてゐるよりも、寧ろ其の方が気安いのであつた。稲田のやうな異性は、彼女に取つて肉気も血の気もない骨のやうな感じですらなかつた。稲田がおとなしくしてゐて話をきいてゐるうちに、彼女は寝ませうねと言つて黙つたかとおもふと、やがてすう/\寝息をかいた。朝稲田の目がさめる時分には、彼女は既に読経と食事をすまして、茶の間で姉と朗らかな高話をしてゐた。
 稲田は待乳山から浅草へぬけて、そこで飯を食べたが、さういふ場合の不断の桂子は、稲田が顔負けするほど質素《じみ》であつた。
 稲田が、芝神明に生立つた彼女の、不良団長として、縁日などを押し歩いてゐたり、そんな事を新聞に出されたのを怒つて、自身新聞社へ捻ぢこんで行つて、取消を請求しながら、帰りに電車に乗らうとするところを、ぱつとレンズに入れられた少女時代から、変な虚栄で、左褄を取つてゐた新橋から、吉原へすつ飛んで、二三ヶ月で身請けされたかとおもふと、お職で威張つてられるのが嬉しさに、二度も舞ひもどつたりした彼女の前身についての輪廓を、少しづゞ掴みえたのは大分たつてからのことであつたが、生活的な背景がないだけに、何の話も其の時代のさう言つたインチキナンセンスとして、珍らしい彼女の美貌を思ひ浮べさせるに過ぎなかつた。
「先生、歌舞伎のお伴さして下さいません?」
 稲田はしばらく入らなかつた劇場には、好い同伴だと思つたので、早速受容れた。桂子は箪笥の並んでゐる中の間へ入つて行つたが、やかて又彼の部屋へ顔を出した。
「何を著て行きませうか。余り派手なの厭でせう。」
「君は目に立つからね。」
「ちよつと見て下さらない。」
 稲田は中の間へ行つてみた。女優の楽屋のやうに、色取り取りの長襦袢や単衣物や帯が、そこに散らばつてゐた。彼女は真剣な表情でその二三枚を著たり脱いだりしてゐるうちに、何か黒い絣に決つた。
 稲田は女中達に送られて、彼女と綺麗なハイヤアに納まつたが、桂子としては多分商売の宣伝の意味もあるらしかつた。彼女は歌舞伎などに趣味をもつやうな花柳界仕立の女でもなかつた。歌舞伎や新派の俳優と恋愛遊戯をやつたことはあるにしても、舞台の鑑賞なんかは、問題ではなかつた。しかし又スポオツのフアンといふには、少し古過ぎる方で、それよりも色々の社会人に紹介してほしがつてゐた。
 或日稲田は、暫らく訪ねなかつた其の家を思ひ出した。水があるので、行きつけると何か気分がよかつた。物質上のことは別として、稲田にいくらか頼つてゐるやうなところもあつたし、何といつても話相手としての気分は悪くなかつた。それに其処へ行くと、稲田の紹介したのが口火になつたのもあつて、段々遊びに行く仲間が殖えたので、行けば誰かが来てゐた。さういふ世界には類のない桂子のマダム振が評判になつて、行つて見たがる稲田の女友も少くなかつた。
 稲田はぶらりとステツキをもつて、出かけた。滑稽な――彼に取つては悲痛な――稲田の恋愛事件の相手と、その秋彼女が痔の手術を受けた、或る有名な外科医とのあひだに、恋愛事件が新しく発生して、それを清算するためにか、それとも続ける積りでか、彼女が子供と一緒に湘南地方に居を移してから、既に幾月かゞ経過して、稲田はその頃必要上取拡げた奥の新らしい書斎を、これ以上潰すやうなことはすまいと覚悟してゐたが、水辺の家でお弁当を食べるくらへのことは仕方がないと思つてゐた。
 稲田ががた/\フオドに乗つて、町の交叉点まで行つた時、その辺を散歩してゐたらしい、長男のS―と、時々話しに来る文学青年のK―とが、止つてゐる車の窓際へ寄つて来た。何処へ行くんですと言はれて、稲田は出任せが言へなかつた。
「ちよつと御飯たべに行くんだけど、行かない?」
 稲田がいふと、二人は乗つた。幼《ちひさ》い時分から色々のところへ連出して色々のものを見せることに馴れ、七ツ位の時分に、もう市村座などを見せたくらゐで、それが或る点では悪かつたが、彼の必然的に取るやうになつて来た方嚮によつては、強ち悪いともいへないやうなものだつたが、兎に角稲田の子供は父に喰つついてゐるのが好きだつたし、父は子供と一緒に出るのが好きだつたので、彼の行動で子供の与り知らないものはなかつた。女の事件でも、この子供には明けすけだつた。今稲田はS―をそんな家へつれて行くのを、少し危いとは思はないでもなかつたが、何うせ稲田の最も怖れてゐた同じ道へおちて来たものなら、さういふ世のなかの空気に触れさせるのも、強ち悪くはないといふ気もした。稲田は自身の一生を振かへつて見るとき、余りにも貧弱で暗鬱であつた青年期の生活を情けなく思つた。子供は父を踏台にして伸びあがつてもらひたいと希つた。と言つて、彼はさういふ家へつれて行くことを、決して好いと思つてゐた訳ではなかつたし、色々の点で出来るだけ子供達を締めつけやうとはしてゐたのだつた。
 マダム桂子は絵羽の羽織を着て、化粧した顔が、電燈の光をうけて目覚めるやうに美しかつた。
「こちらお坊つちやんですの。」桂子は入口のところに坐つてゐて、にや/\した。
 S―は物珍らしさうに、部屋を見廻はしながら、これもにや/\してゐた。
「君分つてる筈だがね。」稲田は桂子が初めて線香をあげた時、子供も部屋へ入つて来たことを思ひだしてゐた。
「えゝ、あの坊ちやん?」
 稲田は料理を二三品取つて、三人で文学談をやりながら、食事をした。主婦が亡くなつてから、稲田の家庭は全く食卓の幸福に見棄てられてゐた。稲田の家庭気分からはぐれたのも、一つは―或ひは主なる原因は、食卓に親しめないからだと言つても、大して不当でもなささうであつた。
 しかしマダム桂子とS―とのあひだに、その後密かに恋愛の発生したことを、稲田もしばらく感づかなかつた。

 S―の恋愛の相手としてのマダム桂子は、また其の父の、時に取つての好い散歩の同伴者であつたり、徒然《つれ/″\》の好い話相手でもあつた。
「あの女はお前などの相手にする女ぢやないよ。」
 稲田は何うかすると、苦いことを口にしはしたものゝ、聢かり結びついてゐるものは、何うしやうもなかつた。それを引き離すには、引き離しても支障を来さないだけの、何かの準備が必要であつた。生活が日に/\切岸に追ひつめられつゝある彼に取つては、S―をさういふ女にでもあづけておく方が、寧ろ助かるのであつた。若者の感情と生活とを統制するには、彼は余りに微力であつた。それに他に幾人もの小さい人達もあつた。
 その夏も稲田は、薄暗い奥の部屋に、憂鬱な毎日を送つてゐた。五人の子供は挙つて海へ行つてゐた。S―も其のなかにゐた。
 桂子は独りゐる稲田に一日附合つて、彼を慰める積りらしかつた。そして一晩泊りの日光行きが約束されたのであつた。
 稲田は桂子の支度のできる間、茶の間で待つてゐた。そこは西日がじり/\するばかりで、南も北も開いてゐない、暗い彼の部屋から来てみると、汗の引くほど川風が涼しく吹き通してゐた。
 やがて桂子は、この夏デパアトで買つた、柄だけは大きい安物の明石の何かに、不断穿《ふだんばき》の下駄をはいて、出かけた。彼女はS―との恋愛のあひだ、今まで何うかすると呼び出しをかけてゐたらしい、古馴染の一二のペトロン筋とも縁が遠くなつて、小遣がさう豊かではなかつた。商売もさう巧くは行かなかつた。客の多くはマダムのフアンで、待合遊びだけでは大した意味はなかつた。次第に客足が遠のいて行つた。S―によつて文学的に教化されもしたし、彼女に取つて、恐らくそれが生涯を通しての最も純情的な恋愛期間でもあつたので、でこ/\した大粒のダイヤの指環なども、いつか何処へか姿を隠くして、初めのやうな派手さは見られなかつた。崩れかゝつた恋愛の悔ひと悩み、やがて来るであらう、生涯の決算期への不安、そんなやうなものが、彼女の曾つての晴々しさを、次第に褫つて行つた。そして其は稲田にも、或る点共通なものが無くもなかつた。
 汽車のなかでは、別に何の話もなかつた。桂子は時々袂から朝日を出して喫し、稲田は絶えて久しい自然に接した悦びのうへに、日頃の生活の恐怖が、部屋にゐる時よりも寧ろ重苦しくのしかゝつてゐた。
 カナヤ・ホテルへ着いたのは六時頃であつた。そして風呂へ入つてから、部屋で休んでゐると、やがて食堂があいた。
 食堂は一杯であつた。稲田たちは、ボオイ達の皿を運ぶ通路に近い、端の方の食卓について、一杯の葡萄酒を前におきながら、フオクを手にしてゐた。そこへ後れ走せに、体のがつちりした小柄の、夫婦ものゝ外人が、可なりなイブニングと、タキシイトとで、名々《めい/\》装ひながら入つて来るのが目についた。他の食卓から、若い外人が二三人、そこへ遣つて来て、嬉しさうに握手しながら、暫らく話してゐたが、よく見ると、それは先刻汽車のなかで、まるで労働者のやうな粗末な身装で、しかし何如にも慎ましげな態度で、二人睦まじく新聞紙に包《くる》んだ葡萄を食べ合つてゐた、あの外人夫婦であつた。
 食堂を出てから、稲田は桂子とホテルの前の坂路をおりて、薄暗い町を歩いて見た。そして其方此方の売店や、骨董屋を覗いたりしたが、子供の愛人といふものは、しかし矢張り仮着の衣裳の感じであつた。
「明日湯本へドライブしません?」
「いゝね。」
「それでしたら、早く寝ないと。」
「さうね。」
 部屋へかへると、冷い紅茶を呑んで、間もなく二つ並んでゐるベツドの一つ一つに上つた。そしてぼそ/\話してゐるうらちに、桂子の軽い寝息が聞えだした。桂子は段々眠りにおちた。
 いつもの癖で、稲田はしばらく眠れなかつたが、そのうちうと/\眠つた。しかし目覚めが余り早くて、桂子が起きるまでに、彼は白みかゝつた窓ぎわへ出て、朝露に濡れてゐる庭を眺めたり、またベツドへ這ひこんで、彼女が目をさまさないやうに、そつと煙草にマツチを摺りつけたりしなければならなかつた。次第に部屋が蒼白くなつて来た。彼は爽々《すが/\》しい山の朝風に吹かれながら、少し眠つた。
 朝飯をすまして、ホテルを引払つてから、稲田は桂子をさそつて、湯本への行きがけに、タキシイを※[#「にんべん+就」、第3水準1-14-40]つて、毎年暑い一月を此処で過してゐるC―君を訪ねた。稲田はこの小旅行のプログラムのうちに、それを書きいれてゐたので、所書はもつてゐたけれど、尋ねあてるまでには、森の中の道を相当彷徨はなければならなかつた。C―の借りてゐる家は、寺領のなかにあつた。上つてお茶を呑みながら話してゐると、C―の幼い子供たちが二人出て来た。C―と稲田とは、時代的に言つて生活がまるで反対であつた。家庭生活と恋愛生活とが、それぞれ逆に二人へ遣つて来た。C―は稲田の子供たちの大きいことを羨やんだが、稲田はC―の子供の小さいのを羨やんだ。病気がちな子供を育てあげる苦労の、並大抵でないことは、C―が年取つてからの経験であつたが、老境に入つてからの独身ものゝ痴情は、最近の稲田の経験であつた。
 少時話してから、C―は同じ寺領のなかの庭へ案内した。庭は古びては、寂びのあるといふ程のものでもなかつた。C―はまめ/\しく、木や石についての由緒を説明した。蒼錆びた池の水に、暗紫色の水蓮が咲いてゐて、葉影に緋鯉の陰が赤くぼかされてゐた。
「貴方はなか/\用心がいゝね。」稲田が言ふと、C―は笑つて、
「いや、さういふ訳でもないんだ。東京にゐるよりか安あがりだから。」
 稲田は庭の外へ出て、ちよつと公園のやうな趣きを成してゐる森の広場を漫歩しながら、避暑地としての日光の優れてゐるC―自身の理由を聴いたりしたが、稲田自身は寂しいこの森のなかに、迚も三日と辛抱してゐられさうもなかつた。
「貴方たち是から何方へ……。」
「これから湯本へ直行して、今夜中禅寺で一泊しようと思ふんだが、何うです、一緒に行きませんか。」
「さうだな、中禅寺なら、ちよつと行つてみても可いんだが、風邪が漸と癒つたばかりなんだ。」
 やがて途中まで見送られて、話好きなC―に別れた。そしてバスの乗場へ出て行つたか、さうやつて動いてゐると、こゝも矢張り八月の暑さだつた。ガイドの桂子は、外人などゝ来つけてゐるせいもあつたが、細々した切符などの能率をあげるのに頭がよく働いた。しかし此の女も芸術家のやうに、不断の金遣ひのみみつち[#「みみつち」に傍点]い割りに、何うかすると大きく抜けるのであつた。勘定を取りあげるかはりに、生で金を融通して、もろに倒されたりしても、それを催促するには、どこか気の弱いところがあつた。
 赤い埃を浴びながら、漸やく中禅寺へ著いてみると、そこの広場は宛然《さながら》戦場か競馬場のやうに、人と車で埋まつてゐた。稲田は若い頃、夏の初めに一度こゝへ来て、白樺と楓の林を逍遥したことがあつたが、その頃の山林の爽かさなどは、何処にも見られなかつた。タキシイが間断なく高い砂煙の渦をあげて、後から後から遣つて来た。空気は厭にむせつぽく、陽は世代の末期のやうに混濁してゐた。稲田は自然に親しむかはりに、今更時代の不安を感じた。
 こゝで湯本行の車に乗替へなければならなかつた。道が狭いのでバスは利かなかつた。車は引切なし、監督によつて送り出されたが、乗客はいつまで経つても、溢れる一方であつた。暑苦しい混乱と喧噪が続いた。
「こいつは堪らん。」
 稲田は水のほとりへ避けて、舌に苦い煙草を吸つた。
「今日は土曜ですもの。」
 桂子も傍へ寄つて来て、白粉紙で顔の脂をふいた。
 と看ると、その混乱のなかに、昨夜の老外人夫婦が、互ひに劬はり合ふものゝやうに、おど/\まごついてゐた。男は汽車のなかの其とは又違つた別の粗末な黒のセビロに着替へてゐた。
「あれ観光客かね。」
「いゝえ、いづれ相当永く日本にゐて、どこかで堅気に働いてゐる人ですよ。」
「大使館のコツクといふやうなものかね。」
「小金をためて、お国へ帰らうといふのかも解りませんよ。幸福さうだわ。」
 少しづゝ人が減つて来た。稲田と桂子は間もなく一台のバスのなかに、窮屈な座席を取ることが出来た。しかし湯本への道は、車の往来か少ないうへに山上だけに深くて浅い木立のなかの、うね/\した細い小径を縫つて行くだけに、砂埃と赤い熱射の難だけは免れた。樹木は庭木のやうに、高くもなく低くもなく、好い加減に形よく年を取つてゐた。――次第に人里を遠ざかる感じであつた。と思ふと、青い芝生が目の前に展けた。桔梗や、豆萩が咲いてゐた。乳母車に何か食料品を積んだ、外国婦人が、白い脛を露出《まるだ》しにした少年と共に、道傍へ片寄つて、車を避けてゐた。
 稲田は初めて、自然の懐ろへ入つて来たやうな気がした。肌に粟粒が出来るやうな涼しさであつた。
 遽かに滝かと思ふやうな流れの音が近づいて来た。そして道傍の矮林の途絶えたところに、青々した水が、両岸の石や木を濁して、たつぷり流れてゐるのが目についた。倒されさうな水勢のなかに、真白い腿を浸けて、糸を垂れてゐる外人の姿が目についた。
 何時とはなし、日が傾きかけてゐた。そして湯本へ着いた頃には、人気の薄い山の奥の温泉場の佗しさもあつたが、矚目の風景が秋のやうに荒寥としてゐた。
「こゝに一泊します?」
 桂子は休み茶屋へ来て、一服ふかしながら、稲田にきいた。
「迚も寂しさうだぜ。食ふものもね。こんな処に、C―さんは能く一夏もゐたもんだね。」
 今朝逢つて来たC―君が、女流のO―さんも暫らく夫婦で来てゐて、づつと以前こゝで秋の半頃まで滞在してゐたことを、稲田は不思議に思つた。
「中禅寺へ引帰しませうよ、早く乗らないと車がなくなりさうですわ。」
 来しなに※[#「にんべん+就」、第3水準1-14-40]つた車は、もう出てしまつて、二人は辛うじて別の一台に乗ることが出来た。その車を捜して歩いてゐるうちに、つい目の前に見える旅館の二階の日本座敷の手摺に肱をついて、外を見てゐる浴衣かけの若い二人の外人の顔が目についた。薄暮の色が、やがて、迫つて来さうななかに、輪廓のくつきりした若ものゝ姿が、ぽつかり浮きあがつて見えた。
「綺麗だね。」
 稲田が呟くと、桂子も見あげた。そしてはつとしたやうに、暫し足でも慄んだやうな感じだつた。

 中禅寺の一夜は、ひどく寒かつた。稲田はバラツク建のやうな、古いホテルの長い廊下を上つたり下りたりして、一番突端の一室へと案内された。部屋が徒らにだゝ[#「だゝ」に傍点]広いだけで、ひどく殺風景なものであつた。
「相馬の古御所のやうだね。こゝに一晩寝るの気味がわるいな。」
 しかし桂子は臆病ではなかつた。
「経営が楽ぢやないんでせう。夏場だけですから。」
 二人はサンルウムへ出て、ロツキング・チヱヤアに揺られながら、木がくれに見える、黒い水を見てゐたが、やがてバスの仕度が出来た。
 浴場は岩室のやうな感じであつた。稲田はいつも水辺の彼女の家で為馴れて来てゐるとほりに、こゝでも二人一緒に浴場へ入つて行つた。稲田も桂子も、愛人と一緒の時よりも気易かつた。
 稲田はサンルウムにゐる時から、毛のシヤツを用意してこなかつたことを悔ひたが、バスからあがつて部屋へかへると、直きに又寒さが皮膚に泌みて来た。
 やがて食堂へ出て行つたが、今度はあの外人夫婦の姿も見えなかつた。
 サルンへ出て来ると、編みものや書物などを手にした婦人達が、そつち此方の椅子に三人、四人と一団欒《ひとまどひ》となつて、楽しげに秘やかな談笑を交へた。売店にも人がうよ/\してゐた。
 窓硝子に白いものが凍つてゐて、稲田は寄つて行くとストウブのないのが物足りなかつた。
「シヤツ売つてないかしら。」
 稲田は隅の方で、絵葉書を書いてゐる桂子にきいて見た。「貴方の親爺さんは気むづかし屋さん!。」とでも茶目の桂子が海にゐるS―に宛て書いてゐるらしかつた。
「さうですね。あるでせうよ。行つてみませうか。」
 二人は外へ出てみた。外は一面の深い夜霧であつた。月光を啣んで蒼白い水蒸気が、軽い羅のやうに、目の前にふわふわしてゐた。
 稲田は桂子と連れ立つて、近所の店で、漸と真綿に有りつくことが出来た。稲田は早速それを背中に挿しこんで貰つた。少しは暖かくなつた。その序でに、暗い湖の畔を少し歩いてみた。
 サルンで暫らく遊んでから、部屋へ帰つて来た。こゝでも二つのベツドが寄せられてあつた。稲田は綿と肌襦袢のうへに、浴衣を襲ねて、冷たいベツドに足や肩をちゞめてゐた。
「東京も今夜は吃度寒いのよ。」桂子は子供のやうに言つた。
 稲田は可笑しくなつた。
「暑いよ。これで帰るとむう/\するから。」
 稲田の冷えた体に、少しづゝ温みが感じられて来た。疲れてゐたせいもあつたが、昨夜のやうに寝物語をする間もなく――多分今度は稲田が一足先きに、二人ともぐつすり寝込んでしまつた。
 翌朝稲田は、幾年にないすが/\しい朝を迎へた。
 ベツドの上で煙草を手にしながら、暫らくぼんやりしてゐると、やがて桂子も目をさました。そしてまし/\しながら、くすり/\笑ひだした。
「何がをかしいの。」
「いゝえね、今日帰りにお廟を見たものか、止したものかと考へてゐたら、成金時代の米国人が、金谷ホテルに滞在してゐて、あのお廟をそつくり買ひ取りたいと言つて肯かなかつたんですつて。」
 桂子はまた可笑しさうに笑つた。
「君の創作らしいな。」
「ほんとうよ。だけど、その米国人いくらで買ふつもりだつたでせう。」
 眠り足りた稲田と桂子とは、笑ひながらベツドをおりて、洗面所へ出て行つた。
 十時頃に、ホテルの空気に親しむ間もなく二人はそこを立つた。[#地付き](昭和9年9月「改造」)



底本:「徳田秋聲全集第17巻」八木書店
   1999(平成11)年1月18日初版発行
底本の親本:「改造」
   1934(昭和9)年9月
初出:「改造」
   1934(昭和9)年9月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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