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好奇心

最終更新:2020年01月09日 20:00

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好奇心
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)絖《ぬめ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)又|何《ど》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)よち/\

濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」



 不思議な其の手紙が、外の手紙と一緒に舞込んで来たとき、糅山は食後の煙草を燻らしなから、ぼんやりしてゐた。
 九月末の或日の昼であつたが、その日は特に日曜であつたので、四人の子供たちはみな其傍にゐた。そして活動の話をしたり、歌劇の話をしたり、または壁に倚りかゝつて、歌詞を口吟んだりしてゐた。或ものは「どつかへ行きたいな」とそこに寝転んで外を眺めながら呟いてゐた。末の小い子がよち/\と、餉台のまはりをうろつきながら、愛いらしい片言交りで何かしやべつていた。
 先刻から空虚な顔をして、この移りかはりに著かへさせる子供の著物のことなどを考へながら、何うしても買ひに行かなければならないものがありながら、その隙の都合がつかなくて、毎日々々冷気になつてゆく此頃の陽気などを気にしてゐたのであつたが、今更らのやうに、めき/\大きくなつて行く子供たちを眺めまはしてゐた。するうち彼女の目は自然にいたいけ盛りの幼児の方へ移つて行つた。糅山もさうであつたが、妻は殊にもその幼児に深い愛を感じてゐた。それは四十に近い自分に産れたしかもそれが生死の境をくゞつたほどの難産であり、これが最後と想像される女の子であつたからであるのは勿論だが、一体に小粒に産れついた其の様子や、彼女は彼女としての特色をもつてゐる。愛らしい狆のようなその顔や口の利き方などがひどく可憐なものに思はれてならなかつたのであつた。かゝる幼児については母親の責任といふことはまだ考へられる必要はなかつた。で、たゞ嘗めついても飽足りないような愛情を感じてゐた。どんな気分のくさ/\する時でも、この幼児を抱きあげると、心の底から和ぎ慰められずにはゐられなかつた。
「この子がもし偶然として死にでもしたら。」
 彼女はその堪へがたい寂しさをも想像した。
 糅山とても、幼児に対する愛は、妻のそれに決して劣らなかつた。この愛らしい幼児のために、まるで白痴のような真似をさせられても少しも厭はなかつた。どんな小煩いことでも言ふがまゝにしてやつた。責任感や義務感から来てゐるのではなかつた。飯を食つたり寝たりする事にも、それに比べれば多少の努力は加はつてゐると思はれた。
 さうして糅山夫婦の昼の茶の室は、とにかく現在幸福に充されてゐた。
 朝の間は曇つてゐたが、十一時頃から雲が剥がれて、外は快晴であつた。空が蒼々と晴れわたつて、庭木や花壇のダリアのうへに、絖《ぬめ》をすかしたような、秋らしい陽光が耀いてゐた。糅山は、その美しい空を眺めながら、この頃の郊外を想像してみたり、又は浅草あたりの遊び場所を目に浮べたりしてゐた。
 すると其処へその手紙が来たのであつた。
 一つの手紙は、田舎の友人から就職口を頼んで来たのであつたが、今一つは転居の通知、そして其の三本目の手紙を何心なく手に取上げたとき、彼の頭脳はふと或期待を感じて、急に不安に曇つた。勿論その予感も、手紙の封を切つてから、初めてそれと明白に判つたので、封書を見たときの感じは、極めて微かなものであつた。ちやうど障子に遠い鳥の影が、差したかのやうに。それは八坂民吉といふ差出人の姓が、ふと遠い昔しに知つてゐた女を想出させたのであつたが、これも八坂といふ文字を見て、ちらりと古い其の記臆が頭脳に閃めいたに過ぎないので、お民といふその女の名なぞも、全く頭脳のどこかに下積にされて、久しい以前から思出しもしなかつた。
 手紙には御無沙汰の詑などが書いてあつたが、あれから長いあひだ北海道へ行つてゐて、この頃ちよつと東京へ帰つて来たが、事によると又田舎へ行くことになるかも知れないから、久しぶりでお目にかゝりたいと思ひます。実はこちらからお伺ひする筈であるが、それも反つて御迷惑かも知れないと思つて、おいでをお願ひする訳である。お役所の帰りにでもちよつと来て頂けるなら、大変好都合でございます。お許し下さるでせうかどうでせうかと、文章は一寸と長いが意味はそれだけの事であつた。そして其のお終の所に、其の所書きがして簡短な道順までが書加へてあつた。
 糅山の目はその文字のうへを一息に走つた。そして内容が略わかると、急いで、しかし何のこともなささうにわざと落着いた態度で、手ばしこく手紙を巻収めて、前に投出しておいた。勿論その手紙を読まれたところで、それが大して問題になるような内容を含んでもゐないのではあつたが、其を説明しなければならないだけでも、糅山にはばか/\しい煩はしさであつた。で、彼は警戒を怠らない目を以て彼女の顔を見て見ぬ振をしてゐた。
 処で妻は、手を出しさへすればいつでも其の手紙を取上げることのできる近さにあつて、膝や肩に絡はる子供に気を取られてゐた。その上、十三になる一番上の子供が、何の気もなしに其の手紙をひよいと取りあげたので、糅山は何かこの場の平和を破るような導火線に、火が点ぜられかけてゐるような際どい不安を感じた。子供はまるで何も彼も知つてゐて、わざと悪戯に糅山の気を苛立たせでもしやうとしてゐるように、その手紙の表を見たり、裏返したりして暫らく手から放さなかつた。のみならず今度は中味を引出して、ちよいと披いて読みさうな風であつた。糅山はすつかり其の方へ気を捕られてしまつた。
 すると幸ひなことには、その時遠くの空でプロペラの音がして来たので、「飛行機、飛行機」と叫んで、彼等はみんな縁側へ出てしまつた。妻も遽かに其の方へ気を補られてしまつた。
 それで糅山も漸と助かつたのであつた。

 それから三四日たつてから、或日糅山は、会社の帰りがけに、郊外にゐる其の女の家を訪ねてみた。
 糅山がその女と交渉をもつてゐたのは、恐らく今から十二三年も前のことであつたであらう。彼はその頃三十二三の年輩で、学校を出てから、或鉄道会社の運輸事務に係はつて、著実と潔白を以て、上役に信用されてゐた。勿論彼には田舎に相当の財産もあつたうへに、一両年以前向へた妻の実家が土地の素封であつたところから、何処の会社でも、時とすると官庁の公職に在る人たちの間にすら、昔しもそれを何うすることもできなかつた通りに、今も殆んど賄賂が当然のことと認められてゐる仲間では、彼の潔白が甚く彼等に厄介視されてゐたのも当然で、それだけ彼は自分の職務に自信を以つてゐた。
 左に右彼はさう大した敏腕家といふほどではなかつたが、重役に信用されてゐたことは事実であつた。彼は時々出張を命ぜられた。そして東北の或町の定宿で、そこへ助けに来てゐた、宿の親類の娘と二年越しの恋に落ちてゐた。
 その頃彼はまた蜜月の甘い夢から全く醒めてはゐなかつたが、しかし旅へ出る度に、何かしら解放されたような秘密な安易を感ぜずにはゐられなかつた。勿論彼は妻から愛されてもゐたし、愛してもゐた。女学校出の彼の細君は、彼の重苦しい気分とはまるで反対に、気爽で、聡慧で、自分の考へで何事もさつさと片をつけて行くと云ふ風であつた。で又それが不思議にも糅山の気分と合致した。良人の顔色を一目見ると何も彼も判るといふ風であつた。家庭は総て彼女の切盛に委されてあつた。糅山は黙つてそれを観てゐたが、何うかすると自分がお客にでも来てゐるのではないかと思はれるほど、小まめな彼女の心遣が、目まぐるしく思はれることがなくもなかつた。ネキタイの柄、帽子の色の選択は勿論、鰐口の中味やポケツトの底に到るまで彼の生活の全部に亘つて繊細な、彼女の指頭が敏捷に働いた。男子として、もつと深い省察や考慮を加へたいと思ふところも、彼女の頭脳は多少浅薄ではあるにしても、とにかく細かに働いた。糅山はそれに何の不安も不足もありようはなかつたが、良人として妻の世話をやく余地のないのが何となく物足りなかつた。そのうへ彼女は体質が余り丈夫でなかつた。そして結婚後三年ごしになつても、子供が出来さうには見えなかつた。勿論彼はそんな必要をまだ痛切に感じ初めてはゐなかつたが、結婚の当然の約束として、期待さるべき筈のものが与へられないと云ふことは、物足りない事には違ひないのであつた。一日女中と二人きりである細君は特にもそれを寂しく思つた。
 旅館の上さんの姪にあたる其の女は、姑の悪い性癖や、良人の優柔な気質に原因する不幸なその結婚生活に懲りて、叔母の家に身を寄せていた。彼女は雪国の女らしい美しい肌と、愛らしい澄んだ声と、寂しい沈んだ気分とをもつてゐたが出戻りとは受取れない若さと幼々《うい/\》しさを多分にもつてゐた。
 糅山が初めて彼女を見たのは、或年の秋その辺に出張を命ぜられた時のことであつたが、その部びた娘々した姿が、行く先き/\で、何か思ひがけない掘出しものにでも出会つて、甘い秘密の恋にでも有りつきたい好奇《ものずき》な空想を描いてゐた。彼の目を惹かずにはゐなかつた。勿論年は年として、世間普通の結婚生活の前に、青春の夢を多く見残して来た寂しさを彼も感じてゐた。
 女は二十三であつたが、小柄で内気で子供々々してゐた。そして何を聴いても、顔を紅くして、にや/\笑ふきりであつた。しかし糅山が一ト通り其の附近の貨物運搬に関する視察を了へての帰りに再びそこへ立寄つたときには可也打釈けることができた。そして話してみると、思ひのほか単純なその胸に苦労の影がさしてゐることが判つた。彼女は一生独身で暮すつもりだと云ふ自分の気持を洩したり、不幸な結婚生活に懲りたことを語つたりした。
「結婚生活が皆なが皆なまで不幸に了るとも限らないぢやないか。君のことだから、又|何《ど》んな好い運が向いてこないとも限らないよ。」
「それあ然うですけれど、二度目はどうせ碌な処へ行かれはしません。」
 表二階の方では、三味線や太鼓の音などがしてゐた。勿論県官などの泊る宿ではあつたが、料理屋をも兼ねてゐた。仲間と一緒の時には、糅山も芸者を揚げたこともあつたが、そんな事は出張先では品行は左に右、物質上の彼の潔泊を汚すものだと思はれた。で、彼は酒すら余り飲まないようにしてゐた。たゞお品(彼女の名)の酌で一合か五勺の酒に陶酔するだけであつた。彼は決して上戸ではなかつた。旅宿の寂しさを紛らせるために過ぎなかつた。
 お品の話によると、彼女の結婚生活では、思ひもかけない厭な事があつた。それは寡婦であつた姑が、その子息であるお品の良人を、自分に所有しておかなければ気がすまなかつた。お品が白粉をつけると気に入らなかつた。夜早く寝ても機嫌が悪かつた。そして其が段々極端に走つて行つた。良人はお品以上に憂鬱になつた。こゝから十里も山の彼方にある或大きな精米所の持主が、彼であつた。彼の家は可也豊富であつた。大きな水車場で機械が年がら年中がら/\運転してゐた。彼は終ひに夜遊びを覚えた。そして或一人の女に溺れて行つた。そして其がまたお品の不束から来たかのように、姑は彼女を憎んだ。良人は有金を懐ろにして家を出ると、幾日も/\帰らなかつた。辛いことや口惜しいことが、一年の余も続いた。死を思つたことも、度々であつた。お品は終ひにそこを逃出して来たか、結婚生活を呪ふ心が、一層彼女を憂鬱にした。
 糅山は彼女を慰めた。
 翌年の二月彼はまた其処を見舞つた。お品のことが不思議に気にかゝつた。寂しい沈んだ愛らしさをもつてゐる彼女の切長な目や、銀杏返しに結つた蝋塗のような黒さをしてゐる髪や、白い肌や――そして何かをするのに少し粗雑で、野鄙ではあるけれど、それだけ素朴な様子が、彼の心に不思議な愛執を残させた。
「あの女は何うしたらう。」糅山は時々憶出しては、淡い懐かしさに浸つてゐた。何か彼女の要求に、恕察《おもひやり》のなかつた自分の冷やかさが咎められるようにも思へたし、自分の臆病を笑ひたい気もしてゐた。
 町は雪が積つてゐた。宿は闇寂閑としていた。糅山は奥二階で炬燵に埋もれながら、晩酌をやつたのであつたが、お品がやつぱり出て来た。
「君はやつぱり居たんだね。」糅山は懐かしさうに言つたが、お品も嫣然してゐた。そして三月も四月も隔つてゐたことが、反つて二人を飛躍的に打釈けさせた。
 お品は丸々肥つてゐた。皮膚が肌理の好い大根のような艶々しさをもつて、澄んだ目が春の星のように、潤ひをもつてゐた。秋の頃の憂鬱な影は亡なつて気分が明くなつてゐた。
 糅山は、雪がふるので四五日そこに逗留してゐたが、或晩などは霄の口から芸者を揚げて、東京の流行唄などを謳つた。そして其の芸者が帰つて行つたあとに、彼はひどく酔潰れて、お品に世話をやかせた。
 お品が東京へ出て来たのは、その四月、山国の雪の融ける頃であつた。上野の宿から会社へ電話のかゝつて来たときには、彼も同僚に散々冷かされて、顔が真紅になつた。とにかく彼は宿を訪ねた。勿論東京へ来れば、棄てはおかないつもりだからと、彼は別れる時約束の辞を遺して来たのではあつたが、困惑を感じない訳にはいかなかつた。
「それで何う言つて家を出たんだね。」糅山は不安さうに訊いた。
「上さんに僕のことを話してしまつたんぢやないか。」
「いゝえ、たゞ貴方のお世話でどこかお屋敷奉公をする積りだと云ふ話にして来たんです。」お品は応へた。
 とにかく暫く東京に留めておかなければならなかつた。そしてお品の言ふとほりに、質素にさへ暮すならその仕送りをするのは、彼の今の生活に取つて、さして困難なことではなかつた。彼は隠家を準備しなければならなかつた。それにはちやうど以前下宿してゐた家のお上が、今は商売を止めて、娘に養子をして、富阪あたりに静かに暮してゐることを想出した。彼は善良な妻に対しては、罪囚のような後暗さを感じつゝも、その秘密な隠れ家に足を運んで行つた一年ばかりの月日を何んなに幸福なものに思つたか知れなかつた。女はそこから裁縫学校なぞへ通はしてもらつてゐたが、それ以上のことを何一つ望みはしなかつた。彼女は糅山に愛せらるゝことを、身に余る光栄とも幸福とも思つてゐた。
 糅山はしかし終に苦しくなつた。重い荷が始終肩にかゝつてゐるような気窮りを感じた。勿論彼としては女の長い生涯を考へずにはゐられなかつた。
 或日彼はその秘密を一切妻に浚けだして、罪を詫びると同時に、その処置について彼女の判断を仰いだ。
 糅山の為たことについて、妻は決して怒りはしなかつた。のみならず優しい同情をさへ彼女に払ふことを惜しまなかつた。
「その人に若し子供でもできたら、それほど好いことはないぢやありませんか。」妻はそんな風に応へた。
 糅山もそれに感謝しずにはゐられなかつたが、妻に加へる苦痛よりも自身の苦痛の段々加はつて来るのを、何う為やうもなかつた。子供の出来る時のことを想像すると一層恐ろしかつた。
 彼はその年の暮、優しく女を説諭して田舎へ帰してしまつた。
 涙ながらに汽車に乗つた彼女と別れて、ステーシヨンを出て来たとき、彼は初めて吻とした。

 糅山はこの十余年を、お品が何ういふ風に暮して来たかを知りたくもあつたし、何んな女になつたかを見たくもあつた。勿論解放された彼女の生活が幸福であるのか不幸であるのか、それも時々気にかゝつてゐた。別れた当座一二度手紙も来たのであつたか、糅山はそれに対して、通り一遍の返辞を出すに過ぎなかつた。勿論妻以上にも彼女を愛することかできたならば、二人の関係は永く続いたかも知れなかつた。然し其の愛の永く続かないことが、直に解つて来た。そして其は単に妻の前に自分を甚く窮窟なものにするに過ぎなかつた。それに其の後手術をしてから子供か妻に産れて、それからひた/\と四人も産れた。
 広い郊外の町を彼は尋ね/\して漸とその家を捜しあてた。そこは町はづれの寂しいところにある小さい平屋で、植木屋の門のなかにある借家の一つであつた。
 糅山は、その入口の格子戸のなかにゐる四つばかりの男の子の顔が、どこかお品に似通つてゐるのに気がついた。澄んだ彼女の目と、丸味のある鼻つきが、憶出せた。子供は余り好い身装をしてゐなかつたか、其辺に遊んでゐる子供のようには卑しく見えなかつた。
 内へ声をかけると、障子蔭に女の姿が動いて、長みのある、色の黝んだ陰鬱な顔が、そこへ現はれた。糅山は見それてしまつた。そんな顔をば、彼は期待しなかつた。あの娘々した若々しさはないにしても、美しさはそれなりに何等かの形に於て保たれてゐる筈だと想像してゐた。勿論お品はお品であつた。目にも眉にも鼻にも口にも、昔しながらの面影は微かに残されてゐるには違ひなかつた。たゞ年月が、すつかり其の若さを吸取つてしまつた。丸味をもつた顔が糸瓜のように間延びがしてゐた。その上ひどく陰鬱になつてゐた。
「入らつしやいまし。」彼女はさう言つてそこに手をついたが、あの何の臆気もなく、人を見あげた澄んだ目の潤ひはどこへ行つたのであらう。
 糅山はこの瞬間、訪ねて来た軽率を悔ふるより外なかつた。為方なく彼はにや/\と、人の好ささうな笑方をしてゐた。
「上つても可いの。」
「え、私手紙は差上げましたけれど、後で何だか悪いことをしたように思つて、心配してゐました。それでも能うこそ。」
 そして彼女は座蒲団を持出すと同時に、鈍い目で彼を見たが、暗いその目が彼に好い感じを与へなかつた。
 その上彼女は、髪も乱れてゐた。顔の地肌も荒れて、白粉気もなかつた。その日は立返つて蒸暑い陽気であつたので彼女は浴衣を着て、伊達巻一筋といふ、不検束な風をしてゐるのが、一層彼を不快にした。
 子供は上へあがつてくると、じろ/\彼の顔を見た。
「こんな子があるんだね。」糅山はお愛相を言つた。
「え。」お品は急いでお茶の支度に取りかゝりながら、「他に一人女の子があるんですけれど、それは田舎においてございますの。貴方はお子さんは……やつぱり御座いませんの。」
「ある。」糅山は笑ひながら言つた。
「お幾人?」
「四人。」
 お品は別に驚きもしなかつた。そして慵さうな鈍い声で、
「ぢや奥さんをお替へなすつたの。」
「なぜ。」
「貴方の奥さんはお弱かつたぢやありませんか。」
 糅山は別に説明もしなかつた。彼は雪の夜、板戸に吹きつける吹雪の音を耳にしながら、彼女と甘い恋を私語いたことを思出してゐた。東京の隠れ家で、十時頃にはきつと帰ることにしてゐた自分が、媚めかしい姿をした彼女と別れを惜んだことを憶出した。清しかつた愛らしい彼女の目、玉のように白かつた彼女の皮膚、手、足などを想像してみた。それらの若々しさ、瑞々しさは今の彼女のどこに求められなかつた。滞んだような皮膚の色、肉のたるんだ目元口元、そして厭らしく衰へた頸元や寂しい耳のあたりが、訳もなく不快に感ぜられた。
 でも磨硝子のはまつた茶箪笥のなかゝら、菓子を取出してゐる彼女の後姿には、まだ何処かに彼の心を惹つけた。細そりした体の軟やかさがあつた。声とてもお品の声に紛れもない、沈んだものであつたが、妙に濁りを帯びてゐた。
「よく入らして下さいましたことね。わたし迚も駄目だと思つてゐたんですよ。」
 お品はさう言つて、さも懐しさうに初めて糅山の顔を仰ぎ視た。
「貴方ちつともお変りにならないやうでございますわ。それでも何処かにね。」お品は寂しい微笑を浮べた。
 糅山の目にも、その頃の自分と今の自分との自然の相異があり/\浮んで来た。彼は何となく寂しくなつた。
「私随分変りましたでせう。」
「為方がないぢやないか。生身のことだから。」糅山は笑つた。そして彼女の面影を捜さうとして、その顔を凝視めたがそれは余りに痛ましい変化を明白させるに過ぎなかつた。
「あなた矢張りあの会社へおいでゝございますの。」
「けど方面がちがふから。君はあれから何うして暮してゐたの。」
「私ですか。」お品は寂しく笑つたが、「私の身のうへにも色々のことかございましてすわ」と言つたきり、それを話さうともしなかつた。
「いつ此方へ来たんだね。」
 お品はちよつと紅くなつた。
「もう暫く居りますのよ。尤もこの家へ来ましたのは先月でございますけれど……。」
「それにしても、君は独りぢやあるまい。」糅山は落着かない気分で訊いた。急に気になり出して来た。
「私?」お品は煙管で莨をふかして、「私また棄てられたんですわ。」
「旦那に。」
「え、二度も三度も。」
「結婚した?」
「結婚もしましたし……」と、お品は鼻と口元に皺を寄せて、「貴方に棄てられてから、さう云ふ癖がついてしまつたのよ。」
「それで今は……。」
「今は独身なんですの。」お品は落着きはらつた態度と、ねち/\した調子で、「そんなにおど/″\しなさらなくても可ござんすよ。大丈夫なんですよ。」
 糅山はにや/\してゐた。
「それよりも、貴方お夕飯は。何か取りませう。何が好うございますの。田舎のことですから、お口にあふような物は迚もございませんけれど、私一昨日も昨日も、御馳走してお待ちしてゐたんですわ。」
 実のところ糅山は彼女に逢つたうへ、どこかへ引張出して久しぶりで何か食事を倶にしやうなどゝ考へてゐたのであつたが、それも興味がなくなつた。勿論彼は空腹を感じてゐた。
 やかてお品は町まで買出しに行くために、自分にも着物を著かへたり、子供にもエプロンを取替へさせたり、帽子を冠せたりした。彼女が好きさうな柄のセルの単衣を著て、きりりと羽二重の紋の帯を締めたとき、そこに初めてお品らしい姿の美しさが、多少装はれて来た。
「私あの時分貴方に拵へていたゞいたお召のコートを、つひ二三年前まで持つてゐましたわ。あの片がまだございますのよ。貴方がほんとに善く似合ふと言つて下すつたこと覚えてゐますわ。」
「ほう。」と、糅山は彼女をそらすまいとするように笑を浮べて、「あの時分はほんとに若かつたからね。」
 直に夜になつた。お品が註文して来た仕出が来たところで、彼女が買つて来たビールの口がぬかれて、そこに三人の飲食が初まつた。塩焼や、お汁や、野菜の煮たものなどが、餉台のうへに並んでゐた。お品はコツプに二杯も三杯も麦酒を飲んだ。そして腹のくちくなつた子供がそこに倒れる頃には、彼女の調子もいくらか燥いで来た。年増らしい寂しさの媚めかしさと、廃頽的な無恥さの醜さが、糅山に長くそこに足を止めさせなかつた。

 一週間ほどたつてから、糅山はまた彼女の話を聴くべきその家を訪ねた。彼はまだしみ/\話を取交す隙がなかつた。
 が、しかし其は要するに彼の幻滅と嫌厭とを深めるに渦ぎなかつた。
 で最近彼女が流転してゐた東北の町で、ふと昵みになつた或鉱山師が今の彼女の旦那であつたが、それも経済界の恐慌で彼女を持切れなくなつたところから、神田の方から此の郊外へ引越して来てひつそり暮すことになつたのであつた。その男とも前の月に手が切れて、彼女は幾許かの手切をもらつて、田舎へ帰らなければならない運命にあつた。
 子供はといふと、それは今の旦那の世話になる前に片著いてゐて、死別れになつた良人の忘れ片身だといふのであつた。
 とにかく糅山は今一度彼女を訪問すべく約して、二度目に彼女と別れたのであつたが、何時出向いて行くといふ日もなくて其きりになつてしまつた。[#地付き](大正9年11[#「11」は縦中横]月「改造」)



底本:「徳田秋聲全集第13巻」八木書店
   1998(平成10)年11月18日初版発行
底本の親本:「改造」
   1920(大正9)年11月
初出:「改造」
   1920(大正9)年11月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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徳田秋声
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