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彼の失策

最終更新:2020年01月09日 21:55

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彼の失策
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)若《わか》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)迄|色々《いろん》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)なか/\

濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」



 産婆の市原弘子は、朝の出勤の早い良人の鋼一を出してやつてから、一二軒行かなければならない処があつたので、九時頃に助手の名越愛子といふ若《わか》い女に留守をさせて、それらの産婦人を見舞つたが、幸《さいは》ひなことには、今日明日《けふあす》に産気づくやうな産婦人は一人《ひとり》もなかつた。一つは至極健康な産児に湯をつかはせて、それに産婦の肥立もよかつたところから、少しばかり手当をすれば其《それ》で可《よ》かつた。出産前の今一人の方も発育が順潮に行つてゐて、せい/″\胎児の位置を直すくらゐのことで、大して暇も取れなかつた。
 弘子はそれから一旦家へ帰ると、ちよつと着物《きもの》を着かへて、それから妹の家《うち》の引越しを手伝ひに行くことにした。それとても格別手が足りない訳ではなかつたけれど、二人きりの姉妹なので、何か事がある毎に、互ひに助けあふことにしてゐたので、行つてやることにした。
「外へ出ると未だなか/\暑いのね。」
 弘子は汗ばんだ襦袢などを衣紋竹にかけて、中古《ちうぶる》な雨絣《あまがすり》の明石縮みに着かへながら名越助手に言葉をかけた。
 まだお昼には少し間《ま》があつた。腹《はら》もすいてはゐなかつた。久しぶりの快晴《くわいせい》なので、残暑がまた盛返して来て、まだ水分の多い大気がむしくしてゐた。縁側から見える隣りの物干の上空に、白い雲片《くもぎれ》が浮いてゐたりして、目ぶしい日光が耀いてゐた。
 女は二人きりだつたけれど、外に男の同胞も一人あつて、それも弘子のお蔭で地方の医専を出て、一人前の医者になつてゐた。弘子たちは早く父に別れて、田舎では別に財産もなかつたところから、姉の弘子が妹や弟の面倒を見なければならない立場におかれてゐた。彼女は二十代に独りで東京へ出て、先づ自分自身の身を立てなければならなかつた。しかし有難いことには総てが先づ順潮《じゆんてう》に行つた。妹も自分の力《ちから》で、或る薬剤師のところへ片着《かたづ》けたし、末の弟も手元において中学へ通《かよ》はせ中学を出ると妹婿の補助をも少しは仰ぐことにして、地方《ちはう》の医専へ入学させた。学校にゐるあひだ何事もなかつた。そして学校を出ると間もなく、弟が母を引取ることになつた。
 しかし其の代りに、弘子が大切な婚期を過してしまつたのは、勿論であつた。或人の世話で今の良人と一緒になつたのは弘子が三十になつてからであつた。
 良人の鋼一は善良すぎるほど善良な男であつた。たゞ手先が小器用《こぎよう》に産《うま》れついてゐるので、今迄|色々《いろん》な発明《はつめい》などに熱中して、勤め先きを失敗《しくじ》つたり、妻に別れたり、少しばかりあつた財産を亡《な》くしたりした。勿論《もちろん》発明品は一つとして物にならなかつた。彼は弘子と五つちがひの四十になつてゐた。そして今は少しばかりの月給で煙草専売局へ勤めてゐるのであつた。何《ど》うにか正直に真面目《まじめ》に働いてゐるので、発明病の発作に見舞はれることさへなくて済《す》めば、平凡な彼の生活も先づ幸福であつた。

 妹の家では、弘子は浴衣に着かへて、荷を纏めたり取出したりして、親切に働いた。その日は日曜だつたので、妹婿も家にゐて働《はたら》いたし、若いものも一人《ひとり》頼《たの》んであつたので、別に骨の折れるやうなことはなかつた。たゞ妹はこの春流行性感冒にかゝつて、それから肋膜を喚起したりなどして、ひどく健康を損《そこな》つてしまつたので、弘子は彼女を出来るだけ安静にしておきたかつた。子供も一人あつた。
 荷物が二台の荷馬車に積まれて、運び出されてから、弘子は妹と一緒に電車で引越先きへ行つて見ることにした。引越先きは大井で、四谷からそこまでは可也《かなり》の距離であつた。荷物のつく迄には、彼此《かれこれ》三時間近くも手間が取《と》れた。そして其時分《そのじぶん》には妹婿や若い衆もやつて来て、みんなで、荷物を取入《とりい》れるのに殆んど日一杯かゝつてしまつた。
 弘子は病弱な妹の為に、それらの荷物の始末に働かなければならなかつた。後始末もしなければならなかつた。妹は年の少《わか》い女中を買ひものなどに追《お》ひ使《つか》つて、台所で食物《たべもの》の仕度などに忙《いそが》しかつた。そして其から風呂へ入《はい》つたりなどして、食事をしまうと、それがもう九時過であつた。
 雨がそぼ/\降出して来た。
 弘子は一日の労働で、がつかりしてしまつた。
 まだ木の香壁の匂ひのするやうな新築であつた。場所は町から較《やゝ》離れたところで、田畑や草深い空地のなかに建てられてあつた。気がついてみると四辺《あたり》がしんとして、郊外の夜が寂《さび》しく更《ふ》けてゐた。雨ははら/\と屋根や廂に響を立てゝ降るかと思ふとまた霽《あが》つたりした。虫の音がしげく聞えた。偶には人通りもあつた、
 弘子は先刻《さき》から帰らう/\と思ひながら、つひ遅《おそ》くなつてしまつた。そして妹や妹婿が泊まつて行《い》くやうに勧《すゝ》めるので、いつか又腰がすわつてしまつた。
「静かだね。」弘子は呟《つぶや》きながら、明日《あす》のことなど考へてゐたが、差当つて是非|帰《かへ》らなければならないといふこともなかつた。
「え、もう十時半ですもの、家へ帰れば、何うしたつて十二時よ。」妹が言ふのであつた。
「さうね。」
「今から帰つたつて、寝るだけのことぢやありませんか。明朝《あした》早《はや》く帰《かへ》ることになさい。」妹婿も言ふのであつた。
 彼《かれ》は眠《ねむ》さうな顔《かほ》をしてゐた。
 弘子は一|旦《たん》仕度《したく》をしたのであつたが、暗い田圃路を彼に送らせるのも気の毒だつたし、そこに一夜を明《あ》かすことに決めた。

 疲労と郊外の荒い空気とで、弘子はいつにない健やかな眠を貪つたが、でも七時にはちやんと眼がさめた。すが/\しい気持であつた。天気は昨日のとほりであつた。
 朝飯がもう出来てゐたので、妹と二人《ふたり》で餉台《ちやぶだい》に向つて箸《はし》を取《と》つたが、そこを出たのは、八時半であつた。
「また泊りがけで来て下さいね。今度は少し遠くなりましたけれど……。」妹は彼女を送りだしながら言つた。
「え、来ますとも。余所で泊るのも、偶には気がかはつて好いものですよ。」弘子はそんなことを言ひながら、門で彼女と別れた。そして振顧つて二階などを見あげながら、「ほんとに好い家が見つかつたものだ」と思つた。
 牛込の家《うち》へついたのは、十時に近《ちか》い頃《ころ》であつた。
 弘子の家は、大通《おほどほ》りから少しばかり入込んだところで、狭《せま》い通りではあつたが、往来が劇《はげ》しかつた。で、表《おもて》の格子戸《かうしど》に錠がかゝつてゐるので、何うしたのかと不思議に思ひながら、横《よこ》から裏口《うらぐち》の方《はう》へまはつてみたか、そこの水口の方も板戸がまだしまつたまゝであつた。弘子は両手をかけて其を開けて上へあがつた。
 台所は天窓があけてあるので、明かつた。そしてきちんと取片着《とりかたづ》いてゐたが、人気がなかつた。
「誰《だれ》もゐないのかしら!」弘子は呟きながら、名越の名を呼んでみたが、奥はしんとしてゐた。
 弘子は自分の家《うち》でも、少し気味わるくなつて来た。そしてそつと奥へ入つた。勿論座敷も明《あかる》かつた。鋼一の洋服もなかつた。新聞が一閑張の机のうへに、畳《たゝ》んだまゝ婦人雑誌などゝ一緒に載《の》せてあつた。弘子は名越が多分何かの用達しに、近所へでも出かけたものだらうと思つた。昨日出かけに衣紋竹にかけておいた襦袢や着物も、そのまゝであつた。押入をあけてみても別《べつ》に変つたことはなかつた。
 弘子は今に名越が帰つて来るであらうと思ひながら、体を拭きなどして、浴衣を着て、お茶を飲みながら新聞を読んでゐた。名越がまさか恋人などもつてゐようとは思へなかつた。まだ十七八にしか見《み》えない、小体《こがら》のぼちや/\した女だがそれでも、二十一に成《な》つてゐた。実地をやるために来てゐるので、叔母が一人神田の方にゐるほか、東京には身寄《みより》もなかつた。
「若《も》しかすると……。」弘子は考へたが、不断からそんな風《ふう》は少しも見《み》えなかつた。た父芝居か御飯《ごはん》よりも好《す》きなので、都合さへつけば何んな芝居でも見に行くのが病癖《びやうへき》であつた。しかし今はそんな時刻《じこく》でもなかつた。
 で、つまりお湯へ行つたとしか思へないのであつた。
 しかし彼女はいつまで待つても帰つてこなかつた。
 すると午後の一時過ぎに、神田にゐる彼女の、叔母さんが思ひがけなく尋ねて来た。弘子は玄関に彼女の顔を見たとき、
「おや!」と思つて、遽かに不安になつた。
「あの子《こ》が何か所思《おもわく》があつて、こゝを出《で》ようと言ふのだらう。」弘子はそんな気かしたのであつた。
 その上《うへ》叔母は何となくあわたゞしい表情をしてゐるやうに見えた。彼女は三十を少しばかり出てゐた。良人《をつと》は何かのブローカーをしてゐるらしかつた。
「実はお宅にをりました愛のことでお邪魔に出ましたのですがね。」彼女は時候の挨拶がすむと、いきなり言出《いひだ》した。彼女も余り幸福《しあはせ》ではないらしい風《ふう》であつた。
「あの人《ひと》が貴女のところへ参りましたのですか。」弘子は反問《とひかへ》した。
「然《さ》うなんでございます。しかも夜中《よなか》の二|時頃《じごろ》に。」叔母は興奮した目色で言《い》ふのであつた。
 弘子は「へえ」といつて、その顔《かほ》を見てゐた。
「何うかしたんでせうか。」
「は、私も実は吃驚《びつくり》したんでございますよ。貴女は昨夜お留守だつたさうですが……そのお留守中に起つたことなんです。まさかあの子がそんな嘘《うそ》を言ふ気遣《きづか》ひもないんでございますからね。誠《まこと》にお話《はなし》もできないやうな……。」
 そして彼女は手で口をおさへながら、言葉を途切らせた。
「私の留守中に何か間違でもあつたんですか。」弘子は十分な自信をもつてゐる積《つも》りではあつたが、一|時《じ》それが動揺《ぐらつ》いてくるやうな気がした。
 彼女も、前後の事情《じじやう》で輪廓《りんくわく》だけ描《ゑが》いて、それを諷示《ふうし》するやうに話《はな》したのであつたが、しかし事実は弘子にも十分想像することができた。勿論愛子の体《からだ》には何のこともなかつたらしいかつたが、それだけに又《ま》た汚辱《おじよく》の感《かん》じも深いのであつた。
「何しろそれが十二時すぎのことださうで、それからおち/\寝てもゐられないものですから、人ツ児一人通らないあの真夜中を、こちらから三崎町まで歩いて来たといふのですもの、よく/\のことでなければね。」
「へえ。」弘子は惘《あき》れたやうに言《い》つた。あの生《き》真面目な鋼一に、そんなことがあらうとは、想像もできなかつた。しかし其を否定することは勿論出来なかつた。
「さうですかね。そんな事《こと》があつたんですかね。何といふ人でせうね。やつぱり魔《ま》がさしたとでも言ふんでございませうかね。外のことは左《と》に右《かく》、その点だけは実《じつ》は安心だと思つてをつたんですのにね。私も十一時少し前に帰つて来たものですから、宅《たく》に逢《あ》ひもしませんし、愛子の姿が見えないので、そんなこととは気もつかず、多分お湯にでも行つたんだらう、それにしては帰りが少し遅《おそ》いやうだが……と、心配してゐたところなんですよ。でも愛子がしつかりしてゐてくれたので、間違ひもなくて何んなに仕合《しあは》せだか知れません。」
「は……それで、本人の愛子は勿論のこと、私はじめ宅《たく》もこの際《さい》お暇《ひま》をいただいた方がよからうと思ひまして、……貴女には誠にお気の毒ですが、外のことと違《ちが》ひまして、こんなことは間違ができてから何と言つたところで、追着《おつつ》きませんのですから、取敢《とりあ》へず其のお話に出ましたやうな訳で……。」
「さうですか」と、弘子はちよつと当惑《たうわく》したが、
「さう仰られると、何とも御返辞のしやうもございませんが、宅も一時の気紛れでせうからね。」
 そして弘子は、切《せ》めて代《かは》りのできるまで助《す》けてもらふやうに、更《あらた》めて彼女に交渉《かうせふ》して見たのであつた。
「二度とそんな事《こと》のないやうに、私が十分責任をもちますから、何《ど》うか御安心なすつて……。」弘子はさう言つて、保障《ほしやう》もしたのであつた。
 しかし叔母は受容《うけい》れようとはしなかつた。勿論最近愛子が浮腰《うきごし》になつてゐることは、弘子も薄々《うす/\》気《き》づいてゐた。そして、そんなことがなくても、こゝを出ようとしてゐるらしく思《おも》へた。或病院へ入りたい希望が、愛子にあるのだと想像されるのであつた。多分彼女の友達が、彼女を唆《そゝの》かしてゐるのだらうと推測した。
 で、心外だつたけれど、弘子はそれ以上争ふことの無駄だといふことに気づいた。
 結局叔母は愛子の荷物を受取つて、それを俥《くるま》に載《の》せて帰つて行つてしまつた。
 弘子は意気地のない鋼一にそんな機会を与へたことを悔いないではゐられなかつた。そして鋼一の顔を見るのも厭なやうな気がすると同時に、理由のない憎悪を愛子に感《かん》じた。負けず嫌ひで押通して来た、男《をとこ》々した自分の手触りが、鋼一に何《ど》んな風に感じられてゐるか、そんなことも想像されて、今までにない寂しさを感じた。

 夕間暮にすご/\鋼一が帰つて来た。
 弘子はそれまでに産婦人を一軒見舞つた。そして帰つてくると、お湯に入つて、それから晩飯の仕度に取りかゝつてゐた。そこへ鋼一が帰つて来て、格子戸を開けて入つたのであつた。
 愛子は昨夜鋼一の晩飯に、お給仕をして、それから二三時間《じかん》勉強して、やがて十時すぎに鋼一のために、寝床を延べたり蚊帳をつつてやつたりしたのださうであつた。そして鋼一が寝床に就いてから、彼女は十二時頃まで弘子の帰るのを待つてゐたが、雨もばら/\降出して来たし、多分泊つてくるのだらうと思つて、や述て戸締をして自分も玄関脇の三畳で蚊帳のなかへ入つたのであつた。
 弘子は愛子の叔母から聞《き》かされた其等の細目《さいもく》が厭《いや》といふほど、頭脳《あだま》へ喰込《くひこ》んでゐるのを感《かん》じた。高い声も立てないやうな落着《おちつ》いた、素直な、寧ろ腑効《ふがい》のない鋼一の示した其の時の態度《たいど》や表情などを想像すると、弘子は笑止《せうし》でもあつたし、可哀相《かあいさう》でもあつた。が、孰《どちら》にしても今までのやうな平気さではゐられなかつた。
「たゞ今。」
 鋼一は台所|口《ぐち》へ、ひよつこり顔を出すと、平《へい》気らしくさう言つて声をかけた。彼は白い綿リネンの詰襟をつけてゐた。ちよつと顴骨《くわんこつ》の稜立《かどだ》つた、眉毛の濃《こ》い、目《め》つきのしほ/\した男で、痩《やせ》ぎすで手が長かつた。色は白い方《はう》であつた。
 別にいつもの調子と変つたところはなかつたが、弘子の様子《やうす》をそれとなく模索《もさく》してゐるらしくも感《かん》ぜられた。
 弘子は口《くち》も利《き》けなかつた。
 鋼一は洋服の釦《ボタン》をはつして、脱《ぬ》いた上衣《うはぎ》や窄袴《づぼん》などを縁側《えんがは》へ出てはたいてゐたが、それを其処《そこ》いらへ懸《か》けると、もう一|遍《ぺん》台所へ出て来た。
「どうも未《ま》だなか/\暑《あつ》い。」彼は独語のやうに言《い》ふのであつた。
 弘子は野菜の煮えるのを番してゐたが、やつぱり黙つてゐた。
「昨夜は到頭泊つたね。それで何《ど》うだつたい、引越《ひつこ》しは巧《うま》く行《い》つたのかい。」彼は媚びるやうに言《い》つて、水道をひねりはじめた。その声が空虚に響いた。
「家の工合はよささうかね。」彼は手拭を絞りながら、少し間をおいてから又訊いた。
「まあ相当でせうね。」弘子は応へながら、そこを離れた。
 鋼一は口を漱いだり、体をふいたりしてから、「あゝ」と太息《といき》を吐《つ》きながら上つて来て、浴衣に着かへたが、居《な》り場がないやうに、その辺《へん》をまご/\してゐた。つまり長火鉢の傍《そば》へ来て、彼女と向き合ふより外なかつた。彼はポケツトから出して来た、巻莨をもつてゐた。そして行儀よく坐つて、それを喫《ふか》しはじめた。
「何は……愛子は……」鋼一はそれを訊《き》くために、先刻《さつき》からまご/\してゐたのであつた。
「愛子は家を出ました。」弘子は素気なく答へた。
「ふむ、何《ど》うして?」鋼一は不思議さうに訊《き》いた。
「何うしてだか、私に訊《き》かなくても、御自分の方がよく知《し》つてゐる筈でせう。」弘子は答へた。
 鋼一は顔があがらなかつた。
「私こそ好い面《つら》の皮で、飛んだ恥《はぢ》をかいてしまつた。その事で愛子の叔母が先刻《さつき》話《はな》しに来たんです。」
 小心な鋼一はひどく照れてしまつた。
「さう来るだらうと、私も思つた!」彼は呻吟《うめ》くやうに呟《つぶや》いてゐたが、
「そして何うなつたらう……。」
「それきりですよ。私も言ひやうもないから……」弘子は言つたが、そのまゝ台所へ立つてしまつた。
 鋼一はそこに暫くへばりついたまゝじつと考《かんが》へこんでゐた。するうちに石鹸箱をもつて、こそ/\と出《で》て行《い》つたが、飯の仕度のできた頃に、また悄々《すご/\》と帰つて来た。そして座敷の方でもぞくさしてゐて、いつ迄《まで》も出て来なかつた。弘子も黙つて台所へ出てゐた。彼が何時でも来て箸を執りうるやうに、餉台のうへに食物の用意をしておきながら……。
 すると間もなく、彼は何時の間にか洋服に着かへて来て、そこへ顔を出した。
「ちよつと出てくる。し彼はさう言つて、そのまゝ出て行つた。
 まご/\して、萎《しほ》れきつてゐる彼の様子を見ると、可笑さも可笑しかつたが、癪《しやく》にも障《さは》つた。で、見返りもしなかつた。

 明日の朝になつてから、戸塚の方にゐる彼の従弟がやつて来た。彼は薪炭商であつた。
「何分にも極《きまり》がわるいので、このまゝ別れて、これを動機に一二年|独立《ひとりだち》でみつちり働いてみるさうですから……。」従弟は真剣《しんけん》な表情で言ふのであつた。
 弘子はそれも可いだらうと思つた。で、異議なく着替や何かを取纏めて彼に渡すことにした。[#地付き](大正10[#「10」は縦中横]年10[#「10」は縦中横]月「大観」)



底本:「徳田秋聲全集第14巻」八木書店
   2000(平成12)年7月18日初版発行
底本の親本:「大観」
   1921(大正10)年10月
初出:「大観」
   1921(大正10)年10月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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徳田秋声
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