atwiki-logo
  • 新規作成
    • 新規ページ作成
    • 新規ページ作成(その他)
      • このページをコピーして新規ページ作成
      • このウィキ内の別ページをコピーして新規ページ作成
      • このページの子ページを作成
    • 新規ウィキ作成
  • 編集
    • ページ編集
    • ページ編集(簡易版)
    • ページ名変更
    • メニュー非表示でページ編集
    • ページの閲覧/編集権限変更
    • ページの編集モード変更
    • このページにファイルをアップロード
    • メニューを編集
    • 右メニューを編集
  • バージョン管理
    • 最新版変更点(差分)
    • 編集履歴(バックアップ)
    • アップロードファイル履歴
    • ページ操作履歴
  • ページ一覧
    • ページ一覧
    • このウィキのタグ一覧
    • このウィキのタグ(更新順)
    • このページの全コメント一覧
    • このウィキの全コメント一覧
    • おまかせページ移動
  • RSS
    • このウィキの更新情報RSS
    • このウィキ新着ページRSS
  • ヘルプ
    • ご利用ガイド
    • Wiki初心者向けガイド(基本操作)
    • このウィキの管理者に連絡
    • 運営会社に連絡(不具合、障害など)
ページ検索 メニュー
harukaze_lab @ ウィキ
  • ウィキ募集バナー
  • 目安箱バナー
  • 操作ガイド
  • 新規作成
  • 編集する
  • 全ページ一覧
  • 登録/ログイン
ページ一覧
harukaze_lab @ ウィキ
  • ウィキ募集バナー
  • 目安箱バナー
  • 操作ガイド
  • 新規作成
  • 編集する
  • 全ページ一覧
  • 登録/ログイン
ページ一覧
harukaze_lab @ ウィキ
ページ検索 メニュー
  • 新規作成
  • 編集する
  • 登録/ログイン
  • 管理メニュー
管理メニュー
  • 新規作成
    • 新規ページ作成
    • 新規ページ作成(その他)
      • このページをコピーして新規ページ作成
      • このウィキ内の別ページをコピーして新規ページ作成
      • このページの子ページを作成
    • 新規ウィキ作成
  • 編集
    • ページ編集
    • ページ編集(簡易版)
    • ページ名変更
    • メニュー非表示でページ編集
    • ページの閲覧/編集権限変更
    • ページの編集モード変更
    • このページにファイルをアップロード
    • メニューを編集
    • 右メニューを編集
  • バージョン管理
    • 最新版変更点(差分)
    • 編集履歴(バックアップ)
    • アップロードファイル履歴
    • ページ操作履歴
  • ページ一覧
    • このウィキの全ページ一覧
    • このウィキのタグ一覧
    • このウィキのタグ一覧(更新順)
    • このページの全コメント一覧
    • このウィキの全コメント一覧
    • おまかせページ移動
  • RSS
    • このwikiの更新情報RSS
    • このwikiの新着ページRSS
  • ヘルプ
    • ご利用ガイド
    • Wiki初心者向けガイド(基本操作)
    • このウィキの管理者に連絡
    • 運営会社に連絡する(不具合、障害など)
  • atwiki
  • harukaze_lab @ ウィキ
  • 或些やかな耻

harukaze_lab @ ウィキ

或些やかな耻

最終更新:2020年01月09日 19:00

Bot(ページ名リンク)

- view
管理者のみ編集可
或些やかな耻
徳田秋声


【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)惨《みじめ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「禾+吾」、375-上-11]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)をり/\


 貞三が或時机に向つてゐると、日本橋の或大きな呉服店の配達小僧がとゞけて来たのだといつて、妻のおけいが小さな紙包をもつて見せに来た。
「安村さんからのお届けものだと言つて、こんな物が……。」
 おけいはさう言つて、その包みを机の端におきながら、「多分切手でせう」と呟いてゐた。
「安村?」さう言つてその包みを眺めながら、彼は何だか妙な物が舞込んだと云ふ気がした。
「え、安村さんですて。」おけいは別に疑ふところはない、届けてくれたものなら受取つておくのが当然だとでも言ひさうな、勿論普通の女としては、別に部鄙吝な心はないにしても、呉服切手などゝ云ふものは、何となく厭な気持はしないものなので、幾分の不安と喜悦の情とをもつて言つた。
 けれどそんな物を貞三は何処からも誰からも贈られる筈はなかつた。その上安村といふ名前の人は二三人知つてゐないではなかつたが、一人は以前時々作物などをもつて訪ねて来た青年で、今は新聞記者をしてゐるが、三四年何の交渉もなかつたし、今一人はこれも中年の文学者で、会や何かでをり/\、顔を合してゐても、別に礼物を受けるやうな関係が、この頃生じてゐるといふ訳でもなかつた。今一人同じ苗字の人はあつた。これも通俗な雑誌などに時々何か書いてゐる人で、いつか化粧品を発明したときに、その製品をもつて来て、使つてみたうへで世間へ吹聴してくれろと言つて来たことはあつたが、それも古いことで、現在では何等の交渉もなかつた。この三人の何れもから、呉服店の切手など貰ふ筋のないことは、深く考へるまでもなかつた。
 今一箇所全然別方面で、同苗字の人があるにはあつた。しかしそれは非常に身分の懸隔した人で、これも新年の宴会などで顔を見たことがあり、その人の帰朝の歓迎会などにも列したり、園遊会に招待されたりなどしたことはあつても、それは郷党の一人としてゞ、別に箇人的の交際がある訳ではなかつた。勿論彼はひどく高貴な門地の人であつた。
「どうも可笑しい。こんな物を安村と云ふ人からもらふ覚えがない。」貞三は苦笑した。
「さうですね。」おけいも首を傾げてゐた。
「ちよつと待つてくれ。」貞三はさう言つて、小僧を呼止めさせたが、そのまゝ返すのも不安であつた。
「僕のところでは、安村と云ふ人から物をもらふやうな処はないんだがね、店へ帰つたらよく調べてみてくれんかね。安村何と云ふ人だか。又何処の人だかと云ふこともね。」貞三は小僧に言つた。
「は、可うございます。」小僧は答へたがいづれ序があるから、詳しいことが判つたら知らせるといつて、帰つてしまつた。
 二人はまた座敷へ帰つて、包みを眺めた。
「兄さんぢやないんですか。」おけいは先刻から考へてゐたことを、口へ出してしまつた。
 さういへば貞三の二番目の兄が、この頃ちよつと上京したと言つて、京橋の宿屋から俥でやつて来て、一時間ならず話して直ぐ帰つて行つたといふ事実はある。おけいの考へでは、その時手土産をもたないで忙しいなかを訪ねて来たので、田舎へ帰りしなにそんな物を送るやうに取計つたのであらうと云ふ推測は、強ちそんなに虫の好いことでもなささうに思はれた。ルーズな頭脳の彼女としては、そこへ聯絡をつけたのも、さほど不自然なことではなかつた。その上貞三の兄は、彼女の良人の惨《みじめ》な境涯に比べては可成有福でもあつた。のみならず、子供もなかつた。子や孫は近頃あるにはあつても、それは双方とも余所から貰つた養子女であり、その養子女に産れた幼児であつた。それに又若い人たちは、遠く離れて任地に暮してゐた。
 しかし其よりも、おけいは不思議と貞三の義兄の八十島に好感をもつてゐた。良人の貞三以上にも彼に親しみを感じてゐた。それは彼女の性癖として、感情的にも理性的にも、誰を好いて誰を憎むと云ふやうな好悪感の劇しい方ではなかつたので、八十島に対しても別に深い理由や主観から来た、強い感じを抱いてゐる訳ではなかつたけれど、しかし彼に対する其の漠然とした好い感じは、彼女としては亦正直な女らしい感情の発露であつた。八十島が今迄五回も貞三夫婦を訪れたときの印象から言ふと、彼は貞三とはまるで反対の、立派な大きい肥えた体格の持主で、眉も濃く長い切目にも優しみがあつて、頬がふつくらしてゐた。貞三たちの旦那寺の慾深な和尚が、「お祖師さまに似てゐるから私は貴方が好きだ」と言つたとほりに、彼はさう云つたやうな風貌を備へてゐた。のみならず彼はひどく静かな落着いた性質で、低い声で内輪に口を利き、融けるやうな微笑を目尻にたゝへてゐた。勿論貞三の知つた限りでは、強ちさうとばかりも限られなかつた。荒い気分もその静かな波の底に眠つてゐるのであつたが、それはおけいには幾んど信じられないことであつた。義兄は貞三たちの子供を見るのを楽しみにしてゐた。一人々々彼等を傍へ呼びよせて、小さい方をば膝のうヘへ子猫のやうに載せて、頭を撫でながら、優しい言をかけてゐた。
「これあ真実《ほんと》に好い児だわい!」などゝ彼は持前の微笑を目元に波うたせながら飽きることを知らないと云ふ風であつた。
 子供たちは直に年取つた伯父さんに懐いていつでも其の顔を覚えてゐた。
「わしも老人を見送つてしまへば、東京へでも出てくるかも知れない。こちらはこんなに子供もあるんだし、弟は体が弱いから其の事も心配してゐる。」
 彼はおけいにそんなお愛想を言つたりした。貞三が学校を罷めて、何か物を書く人になりたいと言つて、兄達に其の熱情を訴へたときの古い話なども、貞三の留守の間に、彼は何時かおけいに話して聞せた。
「わしは其を危ぶんだけれど、彼はどんな苦しみをしても介意《かま》はないと言つて聞かなかつたのだ。厄介には決してならないと言つて、剛情を張つたものだ。」義兄はさうも言うて笑談のやうに貞三の過去を話した。
 おけいはそんなやうな事から、この義兄をひどく頼もしく思ふやうになつた。
「それあ然うはいかない。八十島の兄にしたつて、若い時分はやはり同じやうに苦しみを嘗めさせられて来たんだから。」貞三はそれを否定した。
「それにあの兄の気質として、慈善めいたことは昔から大嫌ひなんだ。話がわかれば、決して鄙悋な人でも冷たい人でもないがね。」
「さうですかね。お国の方は皆さん余り好く仰しやらないやうですけれど……。」おけいはさう思ひながらも、自分たちだけには優しい兄のやうに思はれてゐた。
 その頃義兄の心はいくらか弟の子供たちの上に響いてゐた。それほど彼は自分の老後を寂しく思つてゐた。しかし間もなく義兄夫婦は、女の養父の意志で相続者をも取決めて、孫まで出来てしまつて、気分の転換を来してゐることは、感じの敏い貞三に明かに感ぜられた。勿論彼としてはそんな期待をももつてゐなかつた。いつ逢つても生活上の話に触れやうと思つたことすらなかつた。母が異ふと云ふことが、此の兄には何となく貞三にそんな感じを抱かせてゐた。
 この頃来たときにも、兄はその支配をしてゐる鉱山事業の経営者の令嬢の結婚式について、ちよつと上京したと言つて、一時間も落着いてゐられなかつた。貞三は殊にも忙しい時だつたので、その頃若い女の人に新聞の原稿を筆記してもらつてゐたが、兄はその間も待遠しいやうであつた。それにその時貞三の姉がその娘と二人で、家計上のことで貞三に相談したい用件があつて出て来てゐた。姪の方は他の問題で、貞三がわざ/\呼寄せたのではあつたが、最近に良人に死別れた姉母子は、弟の家へ来てゐることを、八十島の兄に知られるのを、ひどく厭がつてゐた。殊にも娘――貞三たちの姪――の方が然うであつた。姪は八十島の世話で、しばらく其の鉱山の持主の世話になつてゐたが、或事件のために、そこを出ると同時に、八十島の兄――彼女のためには伯父――から峻烈な叱責を受けたとかで、ひどく彼を怨み咀つてゐたので、そこへ彼の来訪したことは、彼女母子に取つて、可也苦痛であつた。
 しかし貞三としては、姉や姪を一応兄の前へ呼出さないわけに行かなかつたので、厭がるのを強ひて連れて来て、挨拶させた。そしてこの姪を呼寄せた事情について、簡短に説明もして彼の同意をも求めた。
 八十島の兄は、この母子に対して、言ひたいことが喉にむづ/\してゐるやうに見えたが、貞三の前別に何にも言はなかつた。たゞ帰りしなに玄関で、「しつかりしなくては駄目だぞ。彼方へふら/\此方へふら/\してゐるやうでは為様がないではないか」といふやうな意味のことを言つて、母子を見返して行つたきりであつた。
「姉と姪の来てゐることをしつて、来たのかもしれない。」貞三は其時もさう思つて、姪対八十島の兄の問題の内容や波紋をちよつと咄嗟的に見徹し得たやうな気がしたのであつた。
「はるさんは三畳へ入つて泣いてゐますよ。あんな人に逢つたのが口惜しいつて。」おけいは、八十島の兄があわたゞしく帰つて行つたあとで、何か物足りない寂しさを感じてゐる貞三の傍へ来て、そつと私語いた。
「何だつて……。」
「何だか知らないけれど、余程肚が立つとみえますね。あの人たちは、自分に都合がわるくなると、人に難癖をつけて逐攘つてしまふだなんて……何かそんなに肚の立つことがあるんでせうか。」
「一つはあれの我儘もあるだらうが……。」貞三はうつかり批判も下しかねると云ふ気持で、その事件を想像してゐた。
 そんな事があるので、まさかとは思つたがおけいが「きつと兄さんからの贈り物ですよ」と言つて、それに決めてゐるのを、貞三としては絶対に否認しながらも、兄にも弟に弱いところがあるから、貞三たちに悪く思はれないために、偶然としたら、そんな事をしたかも知れないと云ふ気がしないこともなかつた。
 しかし又考へてみると、同じ血の通つてゐる貞三にも共通点があるとほりに、自分の気持に疚しいとか、後で人に自分を卑くしてゐなければならぬやうな事を、絶対に嫌ひな兄としては、たとひ其事が多少悪いことであるにしても、それが自分の自信に基いて為たことである以上、弟の歓心をまで買ふ必要を感じてゐやうとは、何うしても思はれなかつた。品物などで、自分の弱点――仮に意識してゐるとして――を蔽隠すことの出来ない、それは悪くすると幾んど一刻とか因業とか思はれやすいほど、そんな点については撓みにくい心を、貞三がもつてゐる以上に、彼の兄も有つてゐる筈であつた。
「いや、どう考へても兄からの贈りものだとは思へない。」貞三は否決した。そして終ひに悩ましさをさへ感じて来た。
「安村と八十島の間違ひぢやないでせうかね。」おけいは最初の推測から、何うしても離れられないやうな気持で言つた。彼女には、手にした其の包みに、いつか淡い執着さへ生じてゐたことも、争へなかつた。
「とにかく明けてみやう。何かまたヒントを得るかも知れない。」貞三は其の表包みの封を指頭で剥して、そつと中をあけてみた。桐で張られたボール紙の薄い箱が出て来た。そして蓋を取つてみると、余り多くもないが、さりとて余り少くもない金額が、その切手に記されてあつた。中位な反物の一反くらゐは買へさうな額であつた。
「をかしいな!」貞三はそれに全く拘つてしまつたやうに呟いてゐた。
「まあ可いぢやありませんか。しばらく然うやつておいても。」おけいは※[#「禾+吾」、375-上-11]かしさうに言つた。
「しかし何だか気になるな。」貞三は終ひに笑出した。
「お前はもう当然貰つたものゝやうな気がしてゐるか知れないか……たとひ八十島の兄にしたところで、貰ふ理由は少しもないんだからね。」
「でも兄さんは、さう云ふやうな方ぢやありませんか。立ちがけに、宿から電話で届けるやうに言つてお置きなすつたに決つてゐますわ。みつ子に着物を下すつたときだつて、ほんとにお手軽でね。」
「それあ然ういふところもあるけれど……まさか間合す訳にもいかないし。然うでなかつた場合に、お互に気拙い思ひをしなければならんからね。」
「でも兄弟ですもの、その位のことは……。」おけいは良人の気持を異しむやうに言つた。
 勿論貞三とても、自分の生活の苦しみを感じる折々には、兄の財産について全然考へないこともなかつた。兄としても多くの係累をもつて、始終生活に追れがちな弟を助けることはそんなに無意義なことではないなどゝも思つた。兄が近年その愛してゐる女に、金を投じて料理屋を経営させてゐるなぞといふことも、従弟たちから聞いたりなどしてゐた。そしてそんな事から考へると、おけいの推測もそんなに理由のないこととも思はれなかつた。しかし金銭上のことは、たとひ兄に好意かあるとしても、彼から切出さないうちは、決して自分から切出すまいと考へてゐた。貞三から切出さないうちは、たとひ貞三にどんな要求があらうとも、自分から甘い言をかけるやうな彼では無論なかつた。
「餓死しても決して厄介になりません。」と、そんな事を、健忘症の貞三は自分が言つたか何うかすら、疾の昔しに忘れてしまつてゐたが、おけいに言つて聞かしたことから察しると、兄は今でも分明それを記憶してゐるらしかつた。
 貞三は文学熱などに浮かされてゐた頃の、若い自分の盲目的な悩みと悶えとを、遠い昔しの夢か何ぞのやうに、微かに憶起すのであつたが、その悶えは幾分癒され酬ゐられたにしても、生活の苦しみは依然として彼に続いた。それは彼に取つては、長い/\酸苦の聯続であつた。墓穴にまでも続くであらうと思はれる苦しみであつた。彼は時々櫓を推すことに疲れた手を休めて、頭を擡げて四辺を見まはしながら溜息をついた。どこにも助けを呼ぶやうな舟は見られなかつた。彼と他人とが、そんな点に於て全く没交渉であつたとほりに、彼と彼の兄ともお互ひに孤独であつた。彼は泣面を掻きながら、また萎え疲れた腕を動かした。
 しかしおけい自身には、世間がさう峻烈なものとは何うしても思へなかつた。貞三から彼の死後の生活の惨苦を繰返し聞かされても、それを信ずる気にはなれなかつた。

 疑問の進物の切手は箪笥のけんどんに仕舞はれたまゝ、幾日も/\……一ト月も二タ月も其まゝになつてゐた。
 貞三は時々それが気にかゝつたが、まるで忘れてしまつたやうにけろりとしてゐることもあつた。ちやうど失せ物の行方が気にかゝるやうに、つひ何処かそこいらに贈り主がゐながら、それが思出せないやうな心焦燥を感じながらも、それかと言つて別に心咎めのすることでもなかつたので、刺さつた刺が、いつか除れてしまつたやうに、物忘れをしてゐる日が多かつた。
「をかしな事があるもんだね。」彼はどうかすると、親しい友達と外で夕飯を食べようとしてゐる時に、ふと其を思出して――事によつたら何か手係りにでも有つくかも知れないと云ふ、微かな望みを抱きながら、其の経緯を話したりした。
「多分兄だらうとは思ふが、まだ訊かずにゐるんだ。」彼はさうも言つた。
 そして然う思ひ/\してゐるうちに、何時とはなし贈り主が兄に決まつてしまつたやうな形になつて来た。もう其は疑ふことのできない事実のやうに思はれて来た。そして左に右一度問合せてみやうと考へた。
 或日彼は叮嚀な手紙を兄に書いた。そして早急にこの事の真実を知らうと焦心つた。その手紙には、然うと断定しかねるやうな口吻をも含めておいたにはおいたが、幾分お礼の心持をも微見かした。
「果してさうだとすると、お礼を申しあげなければならないので、念のためお伺する次第です……。」貞三はそんな風に書いた。昔しから自分のそゝかしい事は、事実以上に兄が認めてゐるのに乗じて、彼を気毒がらせないやうな手段の意味を書加へることも怠らなかつた。実際彼は、少年のをり中学の入学試験の日を忘れて、余所へ遊びに行つた出先きで、ふと其を注意されて、急いで支度をしに家へ帰つたことなどもあつた。
「よく気を練つてやらなくちや駄目だぞ。」兄はその時、玄関まで送出して、厳かな警告を貞三に与へた。
 彼は試験に合格した。
 また最近兄夫婦が上京したとき、貞三は彼等を芝居へ案内した。そして勘定をするとき、帽子の中の縁に金を挿んでおいたことを忘れて、鰐口《がまぐち》の底をはたきながら、ちよつと狼狽へた。同行したおけいの弟か、懐ろから出してくれたので、其時はそれで済んだが、男衆にあづけた帽子を受取つてから漸と気づいた、彼は必ずしもそんなに金銭に無頓着ではなかつたが、兄はそれを見て笑つてゐた、とにかく彼がそんなに兄の心を苦しめることでもなからうと云ふ気安めの下に、その手紙は書かれたのであつた。
「貴方は兄さんのお宅へ宛てたんですかお勤先へお出しになつたんですか。」おけいは其事を訊いて不安さうに訊ねた。
「勿論宅の方さ。」貞三は応へた。
「若しかすると、義姉さんに秘密ぢやなかつたでせうか。」おけいは浮かぬ顔をしてゐた。
「そんな事はない。」貞三は断言した。「勤め先へなぞ訊いてやれば、尚をかしい。」
 おけいは黙つてゐたが、不安の色が隠せなかつた。
 幾日か経つた。兄から返辞は来なかつた。七日も十日も経つたが、何の沙汰もなかつた。
「をかしい――」貞三はまた不安になつて来た。兄が返辞に困つてゐるのではないかといふ気がした。悪いことをしたものだとも悔ひられた。何か当つけがましいことのやうに取られはしないかと憂へた。然しもう追着かなかつた。何うでもいゝ事だと考へた。そんな事で頭脳をつかふのは、莫迦々々しいと云ふ気がした。
 すると大分たつてから、兄から葉書が来た。そんな覚えはない。何かの間違ひだらうと言ふのであつた。
「やつぱり然うぢやなかつたんだ。」貞三はおけいに話しながら、苦笑を禁じ得なかつた。
「さうですかね。」おけいはまだ全く自分の推測を撤回しかねる風であつた。
「義姉さんの前、そんな返事をお出しなさつたのかも知れませんよ。」
「まさか。」貞三はそれに就いては、確信をもつてゐた。
「しかし愈よ兄でないとすると、安村といふのは一体どこの誰だらう。」
 貞三は兄でないことが知れてから、いくらか安易を感じたが、しかし疑問はやつぱり疑問であつた。で、いつれ買ひたい物もあるから、その呉服店へ行つた時、調べてもらつた方がいゝと云ふおけいの説を容れることにした。

 それから又一ト月もたつた或日のこと、貞三は東北の方の或る文学志願者から、一通の手紙を受取つた。
 其の手紙の差出人は、もう青年ともいへない年輩の男で、一つの寺を所有してゐる宗教家であつた。勿論彼がその男から手紙を受取つたのは、今度が初めではなかつた。のみならず彼は其年の秋の末に、彼の訪問をすら受けて、三十分ばかり文芸談などを交したくらゐの間柄であつた。彼はその頃貞三も見ることになつてゐた、或社の懸賞作品の応募者の一人として、自分の作物の成行を気づかひつゝ、わざ/\上京して来たのであつた。
「金なぞは別に慾しくはありませんので、先生のお力で他二先生の御意見をもお纏め下さることができますれば、非常の幸なのです。」
 彼はさう言つて、妥協を申出たのであつたか、その作が貞三の手元へ廻つてゐないのを知ると、いくらか失望の色を浮べてゐた。
「何うせあんな物は駄目かとも思ひますが、若し幸ひにお手元へまはつて来ましたら、何分どうか宜しく。また其に拘はらず、是からも御示教を仰がなければなりませんのでこれを御縁に何うかお力添えを願ひます。」彼はさくりとした調子で、深く其の作品に執着するでもないらしい語を遺して帰つて行つた。
 彼は郷里へ帰ると直ぐ、一度手紙を寄越したが、今また長い手紙を貞三に書いたのであつた。勿論作品については、八九分どほり諦めてゐた。たゞ今後の交通を希望する意味を述べると同時に、東京を去りぎはに、些少ながら聊か切手を差上げておいたが、多分お納め下すつた事と信じます云々と、そんな事が書いてあつた。
 今まで貞三は、まるで其の男のことを失念してゐた。それに名前も別に気に留めなかつたし、最初受取つた手紙の封書に書記された町の名や姓名も、可也能筆な其の文字の崩し方が、何うしても判断がつかなかつたので、何禅とか云ふ名と、県と郡とだけは読めても、其以外は何う判断してみても、返辞を書くべき自信を貞三に与へることが出来なかつた。
 今彼は初めて彼の姓名を明かに読むことができたと共に、長い間の謎が頓に釈けてしまつた。
 貞三は幾分肚立しくも思つたが、それを全然賄賂と決めてしまふのは酷のやうに思はれた。
 貞三は二三日たつてから、それだけの金を小為替に組んで、手紙のなかへ封じて送返した。そして其から間もなく、其の切手を買ひものゝ足しに使ふことにした。おけいが其の時必要を感じてゐた、著物の裾廻しなどを買ふために使はれたのであつた。
「何といふ莫迦々々しいことだ!」貞三はこぼした。
「ほんとうにね。」おけいも笑ひながら、「兄さんが嘸擽つたくお思ひなすつたでせうか。」
「少しはね。しかし何と思ふものか。そんな吝くさい兄でもないんだ。」
 貞三とおけいは買ひものゝ帰りに久しぶりで鳥屋で晩飯を食べながら、そんなことを言ひ合つてゐた。
「何と云ふ大人気なさであつたらう!」貞三は心で思つた。

 それから又幾日か経つた或日、その男から又手紙が来た。そして中に小為替がそつくり捲込んであつた。
「あれはほんの些少のもので、決してそんな意味ではなく、全くお邪魔をしたをりの御好意、又今後仰がなければならぬ御示教に対して、愚生の寸志にござ候ゆえ、其まゝ御納めおき下されたく願上候。」
 手紙はそんな意味で書かれてあつた。
 貞三は何だか煩はしくなつて来た。何かそれだけの書物を贈るのが、この事に幾分の誠意と情味とを添えるらしくも考へられた。が、それは何うにでも方法はあらう、兄に対しては何だか気持を見すかされたやうな淡い悔と恥とが遺つた。[#地付き](大正9年4月「改造」)



底本:「徳田秋聲全集第12巻」八木書店
   2000(平成12)年5月18日初版発行
底本の親本:「改造」
   1920(大正9)年4月
初出:「改造」
   1920(大正9)年4月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

タグ:

徳田秋声
「或些やかな耻」をウィキ内検索
LINE
シェア
Tweet
harukaze_lab @ ウィキ
記事メニュー

メニュー

  • トップページ
  • プラグイン紹介
  • メニュー
  • 右メニュー
  • 徳田秋声
  • 山本周五郎



リンク

  • @wiki
  • @wikiご利用ガイド




ここを編集
記事メニュー2

更新履歴

取得中です。


ここを編集
人気記事ランキング
  1. 異変斑猫丸事件(工事中)
  2. 平八郎聞書
  3. 藤次郎の恋
もっと見る
最近更新されたページ
  • 2001日前

    白魚橋の仇討(工事中)
  • 2002日前

    新三郎母子(工事中)
  • 2002日前

    湖畔の人々(工事中)
  • 2002日前

    鏡(工事中)
  • 2002日前

    間諜Q一号(工事中)
  • 2002日前

    臆病一番首(工事中)
  • 2002日前

    決死仏艦乗込み(工事中)
  • 2002日前

    鹿島灘乗切り(工事中)
  • 2002日前

    怪少年鵯十郎(工事中)
  • 2002日前

    輝く武士道(工事中)
もっと見る
「徳田秋声」関連ページ
  • No Image 牡蠣雑炊と芋棒
  • No Image 稲妻
  • No Image 閾
  • No Image 郊外の聖
  • No Image ある夜
  • No Image きのこ
  • No Image 或女の死
  • No Image 倒れた花瓶
  • No Image 折鞄
  • No Image 時は過ぎたり
人気記事ランキング
  1. 異変斑猫丸事件(工事中)
  2. 平八郎聞書
  3. 藤次郎の恋
もっと見る
最近更新されたページ
  • 2001日前

    白魚橋の仇討(工事中)
  • 2002日前

    新三郎母子(工事中)
  • 2002日前

    湖畔の人々(工事中)
  • 2002日前

    鏡(工事中)
  • 2002日前

    間諜Q一号(工事中)
  • 2002日前

    臆病一番首(工事中)
  • 2002日前

    決死仏艦乗込み(工事中)
  • 2002日前

    鹿島灘乗切り(工事中)
  • 2002日前

    怪少年鵯十郎(工事中)
  • 2002日前

    輝く武士道(工事中)
もっと見る
ウィキ募集バナー
新規Wikiランキング

最近作成されたWikiのアクセスランキングです。見るだけでなく加筆してみよう!

  1. MadTown GTA (Beta) まとめウィキ
  2. AviUtl2のWiki
  3. R.E.P.O. 日本語解説Wiki
  4. シュガードール情報まとめウィキ
  5. 機動戦士ガンダム EXTREME VS.2 INFINITEBOOST wiki
  6. ソードランページ @ 非公式wiki
  7. SYNDUALITY Echo of Ada 攻略 ウィキ
  8. シミュグラ2Wiki(Simulation Of Grand2)GTARP
  9. ドラゴンボール Sparking! ZERO 攻略Wiki
  10. 星飼いの詩@ ウィキ
もっと見る
人気Wikiランキング

atwikiでよく見られているWikiのランキングです。新しい情報を発見してみよう!

  1. アニヲタWiki(仮)
  2. ストグラ まとめ @ウィキ
  3. ゲームカタログ@Wiki ~名作からクソゲーまで~
  4. 初音ミク Wiki
  5. 検索してはいけない言葉 @ ウィキ
  6. 発車メロディーwiki
  7. Grand Theft Auto V(グランドセフトオート5)GTA5 & GTAオンライン 情報・攻略wiki
  8. 機動戦士ガンダム バトルオペレーション2攻略Wiki 3rd Season
  9. オレカバトル アプリ版 @ ウィキ
  10. モンスター烈伝オレカバトル2@wiki
もっと見る
全体ページランキング

最近アクセスの多かったページランキングです。話題のページを見に行こう!

  1. 参加者一覧 - ストグラ まとめ @ウィキ
  2. 千鳥の鬼レンチャン 挑戦者一覧 - 千鳥の鬼レンチャン サビだけカラオケデータベース
  3. 召喚 - PATAPON(パタポン) wiki
  4. ロスサントス警察 - ストグラ まとめ @ウィキ
  5. 魔獣トゲイラ - バトルロイヤルR+α ファンフィクション(二次創作など)総合wiki
  6. ステージ - PATAPON(パタポン) wiki
  7. 犬 ルリ - ストグラ まとめ @ウィキ
  8. ステージ攻略 - パタポン2 ドンチャカ♪@うぃき
  9. 鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 - アニヲタWiki(仮)
  10. 鬼レンチャン(レベル順) - 鬼レンチャンWiki
もっと見る

  • このWikiのTOPへ
  • 全ページ一覧
  • アットウィキTOP
  • 利用規約
  • プライバシーポリシー

2019 AtWiki, Inc.