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牡丹悲曲(工事中)
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牡丹悲曲
山本周五郎
山本周五郎
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)外村重太夫《とのむらしげだゆう》
(例)外村重太夫《とのむらしげだゆう》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)坂|蔵屋敷《くらやしき》
(例)坂|蔵屋敷《くらやしき》
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(数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「二点しんにょう+官」、第3水準1-92-56]
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396
真昼の則の
のびあが
とりっ
こふさ
ぴかり!眼をいる光だった。
「おや、――」と手綱を絞って馬足を緩め、伸上ってみると、左手の草丘で四五人首の荒武者が、一人の若侍を中に取詰めている。
「あ、危い!」と思うと小房は馬首を回らせ、あの「いけませぬ、お嬢さま」
十間ほど後れて駆ってきた源兵衛が、驚いて声をかけた時は、既に馬を草丘の上へ煽りあげていた。
ここは伊達陸奥守の領内、阿武隈川の北岸にある岩沼の町はずれである。――六月の輝かしい陽を浴びて馬を駆るのは岩沼の豪家黒上家の一人娘で小房というまだ十六の蕾ながら「牡丹の姫」といえば近郷きって、知らぬ者なき乙女であった。黒上家の広大な屋敷内には、千余株の見事な牡丹畑があって、毎年眼もあやに咲き誇るが、その程与の美しさと小野とを合せて「手の超」という名ができたのであ
臆病一番首
げんべ
だてむっのかみ
あぶくまがわ
くろがみけ
つぼみぼたん
とあわ
なぎなた、こだち
ろうかふむらた-
ふけんざん
けいこ
すさま
こわき
しかし、
ひきょう)
さっ
「郷士の娘だけあって姿の美しさに似ず、小房は薙刀、小太刀をよく遣い、馬術に
凡ならぬ腕をもっていた。――今日しも家扶村田源兵衛を供に、普賢山まで遠乗りにでた帰り、ここまで来るとこの事件に出あったのである。何時も手から放さぬ稽古用の樫の薙刀を小脇に、馬を煽ってきた小房は、凄じい合いの中へ、「五人掛りで一人を囲むとは卑怯!」(職に
と叫びざま颯と乗入れた。|五人の荒武者たちは不意を喰って左右へひらいた丹が、相手が楚々たる乙女なので、牡「えい何をする、退きおれ!」「小女郎の分際で危い」。
織本家書い料金「邪魔すると汝も共に斬捨てるぞ」
口々に喚きながら血相変えて詰よった。小房はに笑をうかべ、若侍を背に庇うと、「慮外ながら御助勢!」大人
の上といいさま薙刀を執直し、今しも打込んできた一人の大剣を憂とばかりにはねあ
牡丹悲曲
そそ
こめろう
え
?
「つめ」
片
頓樓
とりなお|
かっ?________________
よこめん
かしらぶん
おおひげ
でばな」
すき
さし
はげげる、同時に左右の二人の横面と肩へ、一撃ずつ烈しい打ちを入れていた。――意外な早業に、驚きと怒りを爆発させたらしい、頭分と見える大髭の武士が、「うぬ、動くな、かーッ」
絶叫と共に踏込む、出端を、ひらり探しておいて、ぴしりッ!右腕の附根へ火のでるような一撃をくれた。
「うわっ!」と剣を取落して横さまに倒れる、隙、―小房は若侍に片手を差だし首て、
「早くこれへお乗り遊ばせ」と馬上へ掻き乗せるや、ようやく追いついてきた老家扶源兵衛に、
い、しんがり「爺や、殿をお仕!」といい捨てて馬腹を蹴った。ばていくさはら
馬蹄に草原を蹴散らしながら、疾風のように丘を下ると道へはでずにそのまま南へ二十丁あまり駆る。やがて黒上家の裏手から屋敷内へ乗入れた、―馬を停めたのは、まさに蕾のほころび初めた牡丹畑の中である。小房は先に下りて若侍を援け下すと、にっこり笑いながらいった。内
田「ここはわたくしの家でございます、どうぞ安心してお寛ぎ遊ばせ」「う、一者等は堅く観て「死こいところ、幸いこ免れることができた。
臆病一番首
みらいいんじゃないかない。
しっぷう
つぼみ」
たす
おろ、
うち
くつろ
あやう」
あき
ま
さつ
そうぼう」
みっ
ON
すか
小房は呆れて相手を見た。命を助けてやったのに「過分に思うぞ」とは横柄な挨拶である。――見ると相手は十九か二十くらい、色白で眉の涼しい、眼に深い寂しさを湛えた美青年で、犯し難い高貴な相貌をしていた。小房は相手の覚める眼に気
付くと、思わず全身の鎖えるような羞しさを覚え、頬を染めながら眼を伏せて了曲た。悲「そなた、名はなんと云う」
との「はい、黒上の小房と申しまする」
へ、牡「小房……良い名じゃな」
若者は落着いた声でいった、「―あでやかな、美しい、美しい花だ。これはみんな牡丹か」「――はい」「そなたの丹精か」が
はは「はい、お恥しゅう存じます」
のたちのた若侍は一瞬まえの怖ろしい事件を忘れたように、小房と牡丹とを静かに見比べて
牡丹一悲曲
はずか
おそ
399?________________
%いた。|不思議な人だ……と小房が思った時、裏手から源兵衛を案内にして十五六騎の立派な武士たちが馬を乗入れてきた。「あれ、また誰か追って参りました」
小房が驚いて叫ぶと、若者は振返って武士たちを見たが「いや心配には及ばぬ、それより、――そなたの手で牡丹を一枝折ってくれぬか」といった。
寂しき面影
一番首
「たてまっ
しゅうちゃく
れんせんあし
げっしゅんめ|
小房が牡丹の花を一枝切ってきた時、裏から入ってきた十五六人の武士たちは、若侍を中に取囲んで口々に、「御馬に後れ奉り――」とか、「御安泰の態を拝し何より祝着――」とか、口早にいいながら、曳いて来た連銭蘆毛の駿馬に若侍を援け乗せているところだった。小房は進むに進めず、武士たちの後に佇んでいると、馬上から若侍が招いて、マの日の、はず。「小房、構わんぞ、その花をこれへ」と声をかけた。銀思
部「おお過分じゃ、美しいな」小房の捧げる牡丹を手に取って、「今日のこと、この
たたず
ささ
こんにち
かな
やしきそとたち
そば
どな」
きょうごきんじゅう
くせもの一
牡丹悲曲
つなむら
「月が変ったらまた会おうな……」小房の顔を眺と覚めながらいった。哀しげな声、寂しげな眼であった。『騎馬武者たちに護られて、屋敷外へ立さる姿を、いつまでも見送っていた小房は、やがて傍にいる源兵衛に気付いた。の
って、「爺や、あのお方は何誰様なの?」「仙台の御領主さまでござりまする」源兵衛は声をひそめていった、「今日御近習衆と遠乗りにでられた途中、独り駆けぬけられたところをあの曲者共に……」展「あれが、あれが綱村侯か」-小房は愕然と眼を瞠った。――常様の人ではないと思ったが、まさか六十余万石の大守とは知らなかった。
寛文年間、天下の耳目を驚かした「伊達騒動」は小房も知っていた。――原田甲斐とその一味が、幼君亀千代を毒殺し、伊達兵部の子息を守立てようとした事件で、伊達安芸という老臣がこれを幕府へ訴えた結果、原田一味は死罪に処せられて落着した。表面は落着したが、余はまだ消えていない、国許の老臣たちのあいだにも多くの原田党がいて、亀千代、即ち綱村侯を快く思わぬ空気がかなり濃く漂ってい
がくぜん
みま
つねよう
たいしゅ
はらだから
かめちょ
だてひょうぶ
だてあき
じん
くにもと
すなわ?________________
うわさ
たくら
られていて、180日くなるおかや
つぶや
おもかげ|
おも
る。――そういう噂を小房は度々耳にしていた。今日の曲者たちも恐らく、そうした人たちの企みに違いない。「あの騒動の時には、原田一味のために随分とお苦しみになったのに、まだその御苦労がぬけないのだ。それであんなに寂しそうなお顔をしているのかしら」
小房はそっと呟いた。「わたくしを御覧になった眼は、まるで孤児が母を慕っているような哀しい、頼りないお眼つきだった、お可哀そうな綱村さま」
感じ易い乙女の心は、その時以来綱村のが忘れられなくなっていた。「い「どうしておいで遊ばすかしら」ふとすればそれを念う。人の
「差上げた牡丹はもう散ったろうか、――小房のことなどはお忘れ遊ばしたかも知疲れない。けれど、月が変ったらまた会おう……と仰せられたわ。でも綱村さまは六
十余万石の大守とても―とてもお眼にかかることなどできる訳がないのねえ」
馬に乗る日も少くなった。小太刀や薙刀の稽古も手につかなかった。――そして、せっせと牡丹の世話をしていた。「今度もまたお運びになったら、お褒めを頂くような美しい花を仕立てよう」と思ったのである。
一番首
おお
HO
ききおぼ
にえ」
ちん」
てつべえ」
月がきまったある日のことで
きない」という会長の手入れをしていた。すると何処かすぐ近くで頻りに「――やるのだ、思いきって」とか「お家のために断行する」とかいう声が聞えてきた。そのひとつに聞覚えがあるので、そっと伸上って見ると、牡丹畑のはずれにある亭の中で、四五人の男がなにか話している。――小房は何となく胸騒ぎを感じたので、そっと近よっていった。
男たちは五名、その中には小房の叔父で岩沼の本陣、黒上銕兵衛もいるし、更に曲驚いたことは、いつか綱村を襲ったあの大髭の武士もいた。言い、本、悲「―黒上氏」丹とその大髭の男が叔父に云った。牡「貴公の家は先祖以来伊達家恩顧の郷士であろう。改めて申すまでもないが、亀千代即ち綱村は伊達家の血筋ではない、先君綱宗公の御子ではない、実は将軍家綱の子なのだ。亡き原田甲斐の苦衷はそこにある。綱村を立てたのでは伊達家の血統は絶えるゆえ兵部宗勝の子息を以て世継にしようと計ったのだ、我等は……故甲斐殿の遺志を継いで、この際ひと思いに綱村を刺殺し、改めて伊達家の正統を立てようとするにすぎない」◇「それは手前も存じておりまする」
ひょうぶむねかつ
もっよつぎ
さしころ?________________
編「では承知なのだな!」
404
陰謀!
さんきんしゅっぷ
臆病一番首
ともがしら」
おおやけ
小房は慄然とした。――噂には聞いたが現在そこに綱村暗殺を企てる人たちがいる。然もその中には叔父さえも加わっているのだ。密語は尚もつづく、|「では刺殺を断行するとして、場所は?」《春際、順で
軍「参観出府の行列は迫っている、途中を狙うがよかろう」車で走りき「供が邪魔だな」「いや、供頭も原田党の者だ」「しかし行列を襲っては事が公になる、どうせ当日の泊りは岩沼の本陣だから、銕兵衛殿、手引を待って寝所を狙うがよい」の本戦1「それなら手前が必ずお手引致しましょう」
C
M錬兵衛がきっぱりと答えた。「小房は総身を慄わしながら聞いていたが、みつけられては大変と、足音を忍ばせてそこを立退いた。――いま彼等の語っていた、「すまで言って全く星家の子である、達家の面では、
たちの
MIO]
りみ
いぎゃく
なさけ
村の入国を悦ばない人たちがあるというのも、そのために相違ないのだ。――しかしそれが事実であるかどうか、誰に知ることができよう。幕府の大評定で原田甲斐一味が罰せられ、事件が全く落着している以上、その裏のまた裏を探って陰謀を企むなど、それこそ伊達家の破滅を招く暴挙でないか。
言
い場主、「――もしまた、それが本当だとしても、あのお優しい、哀しげな、寂しそうな綱曲村さまになんの罪があるのだ」悲小房の胸は怒りに顧えた。「――綱村さまは原田甲斐のために、もうさんざんお・苦しみになった、それをこの上また紙逆しようとは、なんという情を知らぬ人たちであろう。否え、殺させはしない、小房が殺させはしない」
狂おしく呟くと、―そのまま厩へいって愛馬を曳出した。「小房は馬に鞭して北へ駆った。(バ「月が変ったらまた会おうな」「そういったのは、参勤の途中本陣に泊るからという意味だったのだ。そしてその
本陣こそ綱村の命の陥穽である。一時も早くこの陰謀を告げようと、馬を煽って急?いだ。
うまや
ひきだ
utlet
はし
おとしあな一
とき
「あお」
405?________________
はんみちなとりがわ
406
焦語
で
しかし遅かった。仙台へ半道、名取川まで行くと、向うから参勤のために江戸へ出府する綱村の行列が進んでくるのが見えた。
意「ああいけない、御出府は今日だったのか、仕方がない御行列へ訴えて……」と思ったが――ふと一味の者が、
―供頭は原田党である。といった事に気付いた。「駄目だ、訴えても恐らく捕えられるだけだろう、ああどうしよう」身を揉ん首る、そのあいだに行列はずんずん近寄ってきた。*「そうだ!」|子ある
人小房はやがて頷いた。「その他に手段はない。綱村さまの御為だ、あのお寂しそうな綱村さまのために、――やろう!」何事か心に決した小房は馬を回して岩沼へと引返した。
1
時既に黄昏近い岩沼の本陣、黒上錬兵衛の家では、今宵お泊りになる領主のために、支度万端を調えて待っていた。
しかし、その奥座敷では、銕兵衛を始め大髭の沢村軍造、石岡剣五郎たち七八名の者が、原田甲斐の遺児原田大学を中心にして、今宵――綱村を討取るべき手筈を
うなず
てだて
おため
かえ」
たそがれ|
こょい
さわむらぐんぞうのいしおかけんごろう
はらだだいが、
はず」
「原田大学がいった、「石岡剣五郎は近習の備えに当って貰う、――合図は供部屋
へ火をかけるから、一同が騒ぎたった隙に決行するとしよう、万一邪魔が入った時は狙撃するとして、銕兵衛殿は庭の植込の中から、鉄砲で狙っていて貰いた
そげき
うめ
どう
せつな
びょうぶ
「承知致しました」
「それで、討取った後はすぐ……」は、商品画悲といいかけて、原田大学はふと口を喋み、低く呻きながら不意に控と前のめ丹りに倒れた。一座の者が呆れて見ると、頸の根から血しぶきを吹いている。
「やっ、こ、これは…「と仰天する刹那、後の屏風が倒れて、黒装束に覆面をした怪漢が一人、手に薙刀を持って現われた。「それ曲者だッ」
夢から醒めたようにわっと総立ちになる、とたんに踏込んだ怪漢の手に、薙刀が光を放つと見るや、立ちかかった二人が血煙をあげてのめり、大剣を執ろうとした≫石岡剣五郎は真向を割られて悲鳴と共に仰反っていた。――正に神技ともいうべき
ふみこ
まっこう
のけぞ
しんぎ?________________
とっさ
なられる、
というの
つるぎかっ
~早業である。髭の沢村軍造は咄嗟に跳退いていたが、用事が多く、法「うぬ、その薙刀覚えがあるぞ!」、
と叫ぶや、抜討ちにだっと斬りつけた、怪漢は体を捻って躱し、流れる剣を憂!とはねあげるや、|「イえ!やあっ!」
と胴を逆袈裟に薙払った。然し沢村は聞えた剣客だけに胴を深く斬られながら脇差を抜きざま、さっと一刀怪漢の脾腹へ入れていた。
さかげさなぎはら
けんかく
ざし
ひばら
臆病一番首
別れ牡丹
then
あやう
きっさき
あざむ
「えんれい
「あっ、―」といってよろめく怪漢、躍りかかった一人が真向へ一刀、危く避けたが切尖で覆面を切られたからばらり落ちる。――現われたのは花を欺く美少女、小房の艶麗な顔だった。「あっ、そなたは小房!」
、中
、イン仰天して錬兵衛が叫ぶ、同時に重傷の体を飜えした小房は、いま自分に斬りつけた男を肩から胸まで斬下げ、左にいた一人の太腿を水もたまらず薙放した。「小縣、小房、そなたは
こ
ひるが
ふともも
なぎはな
つるぎ」
おわ
な、さしころ
牡丹悲曲
小房は薙刀を杖に屹とたって、苦しげな息をつきながら、
小「し、祇逆を、秋逆を罰する、天の、剣でございます」『いう、長ぶ「そなたそれを知っていたのか」「はい、――お上が伊達家の御血統でないという、あの評判も聞いておりました、けれど叔父さま、最早御公儀の御評定も先年きまり、御世継として相違なく在するのを、今更なんに刺殺し参らせる要がありましょう。……もし御血統の噂が本当だとしても、お上の罪ではないではありませんか、―あのお寂しそうなお顔、六十余万石の大守ともあるお方が、あんなに哀しそうな眼をしておいで遊ばす、……おきのどく、気毒な綱村さまをどうしてお殺し申すことができましょう、―叔父さま、どうぞ御改心なすって下さいませ、それが伊達家万代の道でございます」このパー
喘ぎ喘ぎそこまでいうと、小房は力尽きたか捏と、銕兵衛の手に倒れかかった。――原田大学はじめ沢村、石岡、頭立った者七名を討たれて、残った者たちは茫然と立竦むばかりだった。最
ばんだい
あえ
かしらだ。
ぼうぜん
たちすく
おんみつうち
409
らあめんど幸い供頭渡辺蔵人が旧い原田党の者だったので、この騒動は隠密の裡に処置され?________________
けが
うち一
きゅうきょ」
ン
くつろ
なつか
mた。――しかし血で汚れた家へお泊め申す訳にはゆかぬので、本陣は急遽黒上の本
家、即ち牡丹屋敷へ移され、綱村はその夜を小房の家に過したのであった。「何も知らぬ綱村は奥座敷に寛ぐと、「この附近に牡丹を作る家があろう」と訊いた。近習の者が、、皆さ「恐れながら当家にござります」から選無良識の年き「そうか、本陣を変えたと聞いたが、――この家がそれか」綱村は懐しげに見やって、コンラ
ーメ「では小房と申す娘がおろう」あい
るクで「――は」は、もう1人の家では、「それに、茶を一杯持てといえ」要です。前面
近習は畏って退ったが、間もなく戻ってくると、平伏しながら、「娘は所労で飲っているから――」と伝えた。最後
のドアの走綱村は寂しそうに襖の彼方を覚めていた。明る朝、行列の支度ができて、綱村が玄関へでる、近習に護られて駕へ身を入れた時、その脇手の方から、老家扶源兵衛に抱かれるようにしながら、小房が御
臆病一番首
かしこまさが。
かなた」
かご
- ごしゅったつ。
わずか
おんたい」
屋」に思わず声をあげた。小房に街震の前へ膝をつき、紙のように蒼白めた面をあげながら、「……御無事で御出立、祝着に存じあげまする、―」「所労と聞いたがどうじゃ」「は、はい……最早」小房は苦痛を隠して僅に頬笑み、持ってきた牡丹の一枝を差出した。
いいので、さて。「これは、春雪と申しまして、わたくしが丹精こめました花……どうぞ、御旅の悲―お慰めに……」。同
園小、了。丹「過分じゃ」綱村は手に取って「美しいな、雪のように清浄な、春のようなたおや牡かな、春雪とはよう名付けた―覚えて置こうぞ」「うれしゅう……存じまする」職
、会議の無い者溢れる涙をこらえながら見上げる小房の眼を、寂しげに深いなつかしさの籠るまなざしで眺と覚めながら、「国入りの時にはまた会おうな」「は、はい……」
等の交換の際、m2「それまで健固でおれよ」、「職(婚発送で
、郷笑――『?________________
たまもの
さえぎ
そういって綱村は、かすかに頻へ微笑をうかべた。ああその微笑――その頬笑みこそ小房には何よりの賜物。明日をも待たで死ぬ身には何物にも代え難い賜物であった。「さらばじゃ」が
あるのか、「どうぞ……御武運長久に―」小難しい(JC議
駕の戸は、二人の熱い視線を遮って閉まった。乙女の命を籠めた牡丹「春雪」を首持って綱村は江戸へ、―小房は力衰えた眼で、いつまでもいつまでも行列の後を見送っていた。
コ
イ「岩沼の牡丹屋敷」と、今も尚仙南に名を伝える名園には小房の哀しい魂を伝える慮かの如く、春毎に美しい花をつけて人を呼んでいる。小房はその夜死んだ――その翌年の帰国に、綱村はどんな気持でその家の牡丹を見たことであろう。
底本:「周五郎少年文庫 臆病一番首 時代小説集」新潮文庫、新潮社
2019(令和1)年10月1日発行
底本の親本:「少年少女譚海」
1937(昭和12)年6月号
初出:「少年少女譚海」
1937(昭和12)年6月号
※表題は底本では、「牡丹《ぼたん》悲曲」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
2019(令和1)年10月1日発行
底本の親本:「少年少女譚海」
1937(昭和12)年6月号
初出:「少年少女譚海」
1937(昭和12)年6月号
※表題は底本では、「牡丹《ぼたん》悲曲」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ