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  • 浪人走馬灯

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浪人走馬灯

最終更新:2019年10月29日 06:10

harukaze_lab

- view
管理者のみ編集可
浪人走馬灯
山本周五郎

-------------------------------------------------------
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)来馬辰之介《くるまたつのすけ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)台|伊達《だて》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号またはUnicode、底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+毟」、第4水準2-78-12]
-------------------------------------------------------

[#8字下げ]一[#「一」は中見出し]

 道場からあがった来馬辰之介《くるまたつのすけ》が、風呂場で躰を拭いていると、内門人の吉之介少年が走って来て、
「来馬さん先生がお呼びです」
 と告げた。
「昨日の人が来ているんですよ」
「誰だ、昨日の人とは」
「仙台藩の人が他流試合に来たでしょう昨日、来馬さんが立合って勝ったあの人です。それに偉そうな御老人も一緒なんですから、きっとまたお召抱えの話ですよ」
「詰らないことを饒舌るんじゃない」
 辰之介は着物を取りながら、
「それより顔の墨でも拭くがいい、頬っぺたが熊みたいだぞ」
「あ、いけない」
「また隣の柿を取りに塀へ登ったのだろう」
「違いますよ、柿なんてそんな」
「鏡を見てよく洗うんだ、先生にみつかるとまた叱られるぞ」
 少年は慌てて頬をこすったが、手にもついていたとみえて顔中が煤をなすったように黒くなった。
 辰之介は笑いながら風呂場を出た。
 客間には道場の主金沢市郎兵衛と向合って二人の武士が坐っていた。一人は昨日やって来て他流試合を望み、三本のうち二本辰之介が勝った相手である、仙台|伊達《だて》の家中で村岡金弥と云った。
「こちらは矢張り伊達様御家中で、物頭役を勤められる石谷《いしがや》孫左衛門殿と仰せられる」
 会釈が済むと市郎兵衛がそう紹介《ひきあわ》せて云った。
「実は、……昨日の立合いの結果、その許《もと》を改めて御主家仙台様へ御推挙下さろうと仰有ってみえられたのだが」
「いや推挙というよりは」
 と石谷《いしがや》老人は向直って、
「主人陸奥守はかねがね殿中でいろいろ貴殿の噂を聴かれたそうで、御承知の通り昨日との村岡を寄来《よこ》したところ、噂に違わず遖《あっぱ》れ得難き御手腕とのことで早速当家へ迎えよという仰せでござる。早急な話ではあるが今日こうしてお伝えに参った次第。……如何であろう、食禄にお望みもあらば拙者より必ずよきようにお計い申すが」
「過分の仰せ、恐縮に存じます」
 辰之介は静かに会釈して、
「未熟者の手前をそれほど御懇望下さるのは面目に存じますが、実は二度と主取りは仕らぬ所存、御意を無にするようでまことに不本意ながら、どうぞ御前よしなに……」
「ほう、主取りは嫌と云われるか」
 老人は意外だったらしい。
「然しそれには仔細がござろう、禄高の望みとか、主人として仕える相手に不足があるとか」
「別に左様なことはありません」
「ではなにか大望をお持ちなのか、親御の仇を討つとでもいうような」
「いや、ただ主取りがしたくないのです」
「申上げた通りでござる」
 側から市郎兵衛が執成《とりな》し顔に云った。
「すでに諸方からお望みを受けたことも度々であり、拙者としても当人の出世するのを見たいのですが、この通りどうしても仕官を承知しないのですから……」
「どうも拙者には解せぬ」
 石谷老人は不服そうに、
「実は主人陸奥守も殿中で、土佐侯はじめ加賀、会津、庄内の諸侯が断わられたと聴いたそうで、されば是非とも当家へ迎えるようにと申付かって参ったのだが、……来馬《くるま》氏、打明けたところをお話し下さらぬか、ただ主取りをせぬとだけでは子供の使者のようで、老人このまま主人の許へ帰りようがござらぬ」
「仰せ御尤もではございますが、拙者はただ二度と侍勤めがしたくないだけなのです」
 辰之介は話を打切るように、
「武道ひと筋の奉公をするには、悪い世の中になりました、……どうぞ御前よしなに」
 そう云って座を立った。
 来馬辰之介が、この道場を訪れたのは五年まえの春であった。躰馴らしのために稽古をしたいと云って来たのだが、市郎兵衛が立合ってみると同じ念流で、然もすばらしい腕を持っている。
 ――いずれの御家中か。
 と訊いてみると、
 ――浪人でございます。
 そう答える言葉の端にも、好もしい人柄が溢れているので、その日から道場へ通う約束が出来、現在では代師範を勤めている。……ただ一つ、彼は五年も経ったのに、まだ一度として身上を語ったことがなかった。

[#8字下げ]二[#「二」は中見出し]

 ――奥羽浪人で母子二人。
 それ以外のことは訊いて呉れるな、話したくないと云ったまま今日まで過して来た。
 背丈は五尺八寸もあろうか、筋肉の緊った逞ましい躰つきで、いつも髭の剃跡の青々とした頭をもち、高い鼻の脇に大きな黒子《ほくろ》がある、ふだん口数の少い方だし、どらかというと無愛想でもあるが、驕らない温和な質と、人の気付かぬところに親切な思い遣りがあるので、門人たちの敬慕することは師範以上だった。
 ――来馬《くるま》さんは出世するぞ。
 ――あれならどんな大藩の師範でも恥しくない、昔なら千石の値打だ。
 門人たちのそういう品評にも不拘《かかわらず》、然し辰之介はどんな諸侯の迎えをも断って、一道場の代師範を守っているのであった。
 客間を辞した彼はそのまま道場を出た。
 母親があるので、住居は富沢町に別に持っている、そこから毎日通って来るのだ。
 外は雨もよいの宵闇だった。
 平松町から江戸橋へかかって来ると、大きな廻船でも着いたらしく、河岸道いっぱいに荷を運ぶ軽子《かるこ》や、問屋の手代たちや人足、それに上陸した旅人やそれを迎えに来た人々の提灯など、ざわざわとした嬉しい混雑がひろがっていた。……辰之介がそのあいだを縫って、いま橋を渡ろうとしていると、
「……もし」
 と云って後ろへすり寄った者がある。
 振返って見ると、一人の武家風の娘が、走って来たとみえて息を喘がせながら、つ[#「つ」に傍点]と四角い箱包みのような物を辰之介の手に押付けながら云った。
「申兼ねますがこの品を」
「…………」
「大切な品でございますが、悪者に追われて居りますので、お預り下さいまし」
 おろおろ震える声で囁くように、
「十五夜の八時《いつつ》に、浅草寺の五重塔の下でお待ち申して居ります。十五夜の八時、どうぞそれまで、助けると思召して」
「お待ちなさい、悪者とはどれに……」
 呼止めようとしたが、娘はすばやく往来の人混みにまぎれて姿を消した。
 あっという間の出来事である。
 辰之介は預けられた包を手に、立正って四辺《あたり》を見廻したが、これが追っている悪人と見分けられる者もない、……然し娘の取乱した様子は疑うべくもなかった。宵闇にちらと見ただけではあるが、秋草を散らした単衣《ひとえ》と、淋しげな、品のいい額つきは鮮かに眼に残っている。
 ――十五夜の八時《いつつ》。
 今日が九月十日だからあと五日ある。
「その日になれば分るだろう」
 そう呟いて辰之介は家へ帰った。
 富沢町の露地裏の家では、丁度いま母が食事の支度を終ったところであった。……町道場の代師範の手当くらいでは、江戸の住居は楽ではない。そのような裏長屋の一軒でも、故国《くに》なら小さな屋敷を借りられるほどの金を取られるし、水にまで銭が掛ると知ったはじめの頃は、全く息詰るような気持だった。五年のあいだにいつか慣れたとはいうものの、婢も使えぬ身上とて自ら厨《くりや》に立つ母を見ることは、辰之介にとってなによりも辛いことだった。
「母上、唯今戻りました」
「お帰りなさい、お疲れでしょう」
「遅くなりまして……」
「こちらもお客来だったので、いまようよう支度が出来たところですよ」
「客来と申しますと……」
 あがって袴を解こうとした辰之介は、ふと部屋の隅に置いてある贈物をみつけた。
「母上、これは」
「会津さまのお使者が置いて行かれたのです、先日おみえになった方とは別の、……その上にお名札がありましょう」
「これをお受取りになったのですか」
「お断りしたのだけれど」
 母親のつゆ[#「つゆ」に傍点]は当惑そうに坐って、
「どうしても承知なさらず、お召抱えの話とは関わりなくただ敬慕の印としてと仰せられ、つい今しがたまで待っておいでだったけれど」
「……明日返して参りましょう」
 辰之介はそう云って着替えをした。
 会津松平、はじめに召抱えたいと道場へ申込んで来てからもう三月になる。折さえあると使者を向けて随身を求めるのだが、こんな贈物までされようとは思わなかった。
 ――こんなことで気変りがすると思っているのか。
 辰之介は可笑しくさえ思いながら、その贈物を片付けようとしてふと[#「ふと」に傍点]、……それを受取った母の気持に突当った。
 ――母上は……。
 若しや母は、自分が仕官することを望んでいるのではあるまいか。
 辰之介は水仕事に荒れた母の手指を見た。

[#8字下げ]三[#「三」は中見出し]

 明日にもすぐ返しに行こうと考えたその贈物は、そうするのも余りおとなげないように思えたので、そのまま戸棚へ突込んで置くことにした。
 ――また来たときに返せばいい。
 と思ったのである。
 そんなことより、今の辰之介にはもっと気懸りなことがあったからだ。
 その夜から降りだした雨は十三日まで続いて、これでは十五夜も雨かと思われたが、十四日の午後にからりと霽《あが》って、当日は朝から雲ひとつなく晴れた秋空になった。……今夜は浅草寺へ行くつもりで、預けられた例の箱包も道場へ持って来てある。どんな身上の娘か、無事に五重塔の下で会えるか……稽古をしながらも、辰之介は頻りにそんなことを考えていた。
 もう道場をあがろうかと思っていた時、
「来馬《くるま》さん、先生がお呼びです」
 と吉之助が知らせに来た。
「稽古をしまって来るようにって、今日はお客様じゃありませんよ、先生お独りです」
「よし、すぐ参りますとお返辞して置いて呉れ」
 辰之介は間もなく稽古を切上げた。
 湯を浴びて、着替えをして居間へ行くと、市郎兵衛は酒の支度を前に坐っていた。……もう黄昏の色の動きはじめた庭に打水のあとも清々しく、燭台には灯が入っていた。
「お呼びでございますか」
「お疲れであろう、先ずこれへ。……今宵は名月なので、一盞まいりたいと仕度をさせたところ、迷惑でもあろうが坐って頂きたい」
「忝のうございます」
 辰之介は会釈して座を進めながら、
「実は八時《いつつ》に人に会う約束がございますので、失礼ながらほんの暫くお相手を仕ります」
「それは心附かぬことであった。ま、とにかくまいろう」
「頂戴いたします」
 辰之介は盃を貰いながら、これはなにか話があるなと思った、そして事実、……数盞の献酬が済むと、
「ときに、今宵は話がある」
 と市郎兵衛は静かに眼をあげた。
「貴殿が此処へ初めて来られてから既に五年余日、もう互いに気心も底なく知合った頃と思うがどうであろう」
「……は」
「若しこの市郎兵衛を多少なりとも信ずるに足ると思われたら、改めて貴殿のお身上を聞かせて貰いたい」
 辰之介は黙って盃を措いた。
 市郎兵衛もまた日頃から無口である、武骨で、小さな事に無頓着で、然しどこかに武芸者らしい頑固な質があった。……身上の事は語りたくない、云うに及ばぬと約束して五年、今日までひと言もそれに触れず、信じ切って殆ど道場を任せて来たと云ってもよい。
 その信頼の深さを辰之介はよく知っている。
 ――身上は話したくない。
 と云えば今でも押返して訊くようなことはないだろう、然し話すべき時期が来るということは辰之介の方でも考えていた。
「……それでは、仰せに従って申上げます」
 暫く黙っていた辰之介はそう云って膝を正した。
「拙者は出羽国本庄の生れです」
「六郷侯の御家中じゃな」
「代々物頭として五百石取りでございました、父は勘十郎と申して、実直一方の武士気質でしたが、先代阿波守政晴侯のお気に入りでお側去らずの御奉公を致して居りました」
 辰之介はちょっと言葉を切った、……話の筋道を立てようとするらしい。
「丁度六年まえ、享保十一年の春に阿波守様が御他界になり、但馬守政英侯がお世継ぎを遊ばしました。……常々御病弱で癇が強く、側近の人々も怖れ憚るという有様であったと聞きますが、その年の秋、本庄へ御国入りと共に、父勘十郎を蔵方出仕に仰付けられたのでございます」
「左遷じゃな」
「父は隠居を願い出ましたが許されず、遂に御宝物蔵預りを命ぜられたのです。……するとそれから間もなく、但馬守様が江戸からお伴れ遊ばした侍のなかに、大河原蔀《おおかわらしとみ》と申す側用人が居りましたが、この者が御蔵へ参りまして御宝物の『青嵐』という茶碗を出すようにと申出ました」
 ここで再び辰之介は口を閉じた。……なにか胸へ突上げて来るものがあるらしい、暫くそれを抑えている様子だったが、
「大河原は持って来た殿のお墨判《すみ》を見せましたので、父は自ら立って蔵を明け、その茶碗を取出して来て渡したのです」
「…………」
「ところがそれから五日目に、小姓頭が参りまして青嵐の茶碗を出すようにと申出ました、むろん、大河原蔀が持って行ってからまだ戻って来ません、父は殿がお忘れになったのであろうと申して右の次第を答えたのです、……すると、殿のお手許には上って居らぬ、そんな命令を出したこともないという仰せでございました」

[#8字下げ]四[#「四」は中見出し]

「父は御前へ出まして、お墨判も拝見し、慥《たしか》にお渡し申した事実を述べ、大河原をお糺し下さるように申上げました」
 辰之介の拳が膝の上で微かに震えだした。
「すると殿には非常な御立腹で、宝物蔵記録に余の墨判が取ってあろう、それを見せろとの仰せです。お墨判は拝見しましたが記録には別に押捺しなかったので父は言句に詰まりました。殿は押冠せて、大切な家宝を預る身で確とした順序も執らず、猥りに宝物を取出すとは不所存者、切腹を申付ける……と」
「……無慙なことを……」
 勘十郎は切腹した。
 そしてその翌々日、大河原|蔀《しとみ》が青嵐の茶碗を殿から預っている事実が分ったのだ。
 蔀《しとみ》は江戸を立つとき但馬守から、本庄へ参ったら青嵐の茶碗を宝庫から出して預って置けと云われて来たのである、然し彼は元来勘十郎と不和の間柄だったので、問題が起ったとき知らぬ顔で黙っていた。……そして勘十郎が切腹と聞いてから、初めてそれと知ったように殿へ言上したのだ。
 但馬守としては、江戸を立つとき命じて置いたことなので蔀《しとみ》を罰する訳にはいかなかった。……寧ろ、蔀《しとみ》に命じたことを忘れていた自分に責がある。同時に、記録帳へ墨判を取らなかったことは、(規則はそうだが、実際は一々取っていない)なんと云っても勘十郎の手落ちなので、
 ――家族には咎めなし、辰之介を以て家督相続せしむべし。
 ということで結着した。
「拙者はお達しのあった日にすぐ退国しました」
 辰之介は声を震わせて、
「武士は主君の御馬前に命を捧げて居ります、然しこれが切腹を命ぜられるほどの罪科でございましょうか、たかが茶道具ひとつ、それも些細な手違いに過ぎません、……人間の命は、そんなに安いものでございましょうか」
「…………」
「あのとき直ぐ、蔀《しとみ》が仔細を申し出たら恐らく結果は違っていましたろう、その意味から云えば蔀《しとみ》は父の敵です。然し……拙者はそれよりもっと、そうした君臣関係を憎みます」
「…………」
「しょせん、泰平の武士は大名の飾物で、まことの武道は寧ろ武家の外にあります、……武弁一途に勤めるより他に世渡りの法を知らなかった父は気の毒でした」
「……ようこそ打明けて呉れた」
 市郎兵衛は太息を吐きながら云った。
「まことの武道は寧ろ武家の外にあるという説もよく分る、これまで諸侯から召抱えの使者があっても、断わり通して来たのはそういう仔細があったのだな」
「独り合点です、どうぞお笑い下さい」
「……富田氏」
 市郎兵衛が振返って呼んだ。
 誰かいたのか?
 と不審に思って振返る辰之介の前へ、襖を明けて一人の若侍が入って来た。
 意外にも本庄での旧友富田慶一郎だった。
「来馬《くるま》……久々で会う」
「富田か」
「半年のあいだ苦心して探《たず》ね廻ったぞ、色々と話すべきことがある」
「いや無駄だ、止せ」
 辰之介はすっと立った。
「まあ待って呉れ、貴公の胸中はいまあれにいて聞いた、一々尤もだ、あの事に就てはなんとも言葉がない、然しお家も変ったのだ、但馬守様は御隠居あそばされ、この春から御二男伊賀守政長様が世をお継ぎになった、……また大河原|蔀《しとみ》は悪事が顕われて」
「沢山だ、なにも聞きたくない、誰がどうなろうと今の拙者にはなんの興もないのだ、……先生、約束がございますから拙者は是で」
「来馬、待って呉れ、もうひと言」
 慶一郎の声を耳にもかけず、辰之介は大股に部屋から去った。
 ――先生はお執り成しをして下さるおつもりだったのだ。……先生には悪いが。
 辰之介はきゅっと唇をひき結んだ。
 本庄藩に関する限りどんな事も耳にしたくない、例え旧友の顔でも、見ているだけであの時の忿怒が盛返して来る、……今日まで彼が身上を語らなかったのは、語れば主家を罵倒しずにいられぬことを知っていたからである、例えどんな理由があろうと、武士として旧主を罵るのは道ではない、だから彼は一切それに触れないようにして来たのであった。
「……いまなん刻《どき》だ」
「さきほど七時《むつはん》が鳴りました」
「先生には帰ったと申上げて呉れ」
 辰之介は、例の箱包を取出して道場を出た。

[#8字下げ]五[#「五」は中見出し]

 いい月である。
 門を閉めるのは十時《よつ》であるが、今夜は名月なので大川端へ出る人の方が多いか、浅草寺境内はもう人影まばらだった。
 八時《いつつ》の鐘が鳴って暫く経つ。
 辰之介は五重塔の下に立って、さっきから四辺を見廻している……約束の刻なのだがまだ娘の姿はみえない。
 ――本当に来るだろうか。
 ちょっと不安になって来た。
 あのとき娘は大切な品だと云った、大切な品を見も知らぬ他人に預けるだろうか? ……よく話に聞くことだが、巾着切りの類が人の物をすり[#「すり」に傍点]取って、危くなると他人の躰へ預けるという。
 ――若しやそんなことではないか。
 預けられた物だから、そのまま手も触れずに置いたが、一応中を検めて見た方がよかったのではないか。
「おう、道が違やあしねえか」
「黙って来りゃあいいんだ盲人《めくら》め、奥山を抜けて行きゃ近道だ」
「へっ、または[#「は」に傍点]の字へ寄る魂胆だな、蓮の葉の雨蛙《あまげえる》でふら[#「ふら」に傍点]れるとたあお構いなしだ、業曝《ごうさら》しなはっつけ[#「はっつけ」に傍点]だぜ」
「己《おれ》が雨蛙《あまげえる》なら、うぬ[#「うぬ」に傍点]あ禅寺の大黒柱でまだ撫でられたことは一度もあるめえ」
 馬鹿なことを云って通る二人伴れがあった。
 ――活々しているな
 見栄も飾りもなく、思うことをずばずば叩きつける、若さと素裸の心が生々しい魅力にさえ感じられた。
 辰之介が町人たちの後姿に眼をやっていたとき、山門をぬけて小走りに娘が近寄って来た。……その足音で辰之介が振返る、丁度月をまともに浴びる位置で、娘の方は暗いが辰之介の顔はその鼻脇の黒子《ほくろ》まではっきり見える。
「お約束の通り待っていました」
 辰之介が声をかけた。
「江戸橋の袂で会ったのは貴女ですね」
「……あ」
 娘は低く驚きの声をあげた。……そして、うしろさがりに四五歩たじたじと退ったが、そのまま踵を返して山門の方へ逃げだした。
「どうしたのだ、お待ちなさい」
「…………」
「お待ちなさい、この品を」
 意外な結果に驚いて、呼びかけながら辰之介はその後を追った。
 ――是はなにか仔細があるぞ。
 走りながらそう思った。
 ――追っていることを気付かれてはいけない、覚られぬように行先を突止めてみよう。
 咄嗟にそう思ったので、家並の軒先を伝いながら、見え隠れに娘を追い続けた。
 表通りはさすがにまだ人辺りがある。
 事ありげに走って行く娘が人眼を惹かぬ訳はない、なかには立止って見送る者もあるので、娘はようやく歩調をゆるめた、そして何度も振返っては辰之介の姿の見えないことを慥めながら、気もそぞろの足取で吾妻橋を渡った。
 ――江戸は広い、迂濶にこんなことをしてとんだ罠にかかるのではないか。
 そんな気もした。
 然しそういう不安は、益々好奇心を昂めるばかりである。橋の上は月を見る人たちでいっぱいだった、……川面《かわも》から絃歌の声が聞えて来るのは、月に浮かれる蕩児であろう、……橋上橋下、絶望と歓楽と、追われる者追う者、悲劇と喜劇とのうえに、月は冷やかな青の光を投げている。
 橋を渡り切った娘は河岸を右へ折れたところでふと立止った。
 此方を眤《じっ》っと振返っている。
 辰之介は自身番の小屋の蔭にひそんで、暫く息をひそめた。……その小屋の小窓の外に、走馬灯がくるくると廻っている、番人の手作りであろう、墨描きの拙い絵であるが、仄かな蝋燭の光にうつし出された画像は、拙いだけ余計に活き活きとしている。
 杖を曳く盲人、吠えかかる犬、駕籠舁き、ぼて振り、侍、屋形舟、飛脚、娘、……めまぐるしく廻るその影絵は、との四五日来の辰之介の身辺を語るように思われる。
 ――皮肉だな。
 廻る影絵と、人生と。
 いずれも、しょせんは朽ちて、腐れて、塵に還る運命である、……辰之介は本庄を退国してから初めて、自分の胸中を語って呉れる相手をみつけたように、遽しく廻る走馬灯へ眼をとめた。
 むろんそれは僅の間であった。
 娘は追手のないことを慥《たしか》めると、こんどはひどくたどたどした足取で歩きだし、やがて北本所の真能院前にさしかかった。
 ――もう近いな。
 相手の歩調でそう思っていると、果して、……娘は暫く躊躇《ためら》ってから、ようよう心決したさまで真能院の手前にある露地へと入って行った。

[#8字下げ]六[#「六」は中見出し]

 富沢町の辰之介の住居よりも段違いにうらぶれた貧乏長屋だった。
 もう九月なかばだというのに、傾きかかった棟割りの軒にはまだ蚊が群れていて、戸毎に団扇《うちわ》の音や蚊遣りの煙が立ち、声高な女房の喚きや、けたたましい赤子の泣声が露地いっぱいに溢れていた。
 娘が左側のどん詰りの家に入るのを見定めて置いて、そっと軒先へ忍び寄った辰之介は、
「なに、……なに、……会えなかったと?」
 そう叫ぶ男の嗄《しゃが》れた声を聞いた。
「馬鹿者、おまえは父を、殺す気か!」
「…………」
「あの品が無くては、親子二人生きてはいられないのだぞ、もう半刻もすれば使いの者が来る、そのとき、なんと答えたらいいのだ」
「…………」
 娘が咽ぶようになにか云った、辰之介には聞えなかったが、男は愕然とした様子で、
「な、なに、それはまことか」
 不意にひっそり[#「ひっそり」に傍点]となった。……辰之介は腰高障子に手をかけて、御免と云いながらすっと明けた。
 あっ! という声が聞えた。
 六畳ひと間の行燈の光に、病臥している中老の男と、のけ反るように驚いている娘の姿がうつしだされていた、……辰之介は二人の様子を篤と見てから土間へ入った。
 その刹那、娘はとび上るように、
「お、お待ちください、来馬《くるま》さま」
 と男を背に庇いながら叫んだ。
「父が悪いのではありませぬ、みんな、みんな大河原さまの企んだことなのです、父には罪はございませぬ、お赦し下さいまし」
「……大河原……」
 辰之介は恟《ぎょ》っとした。
 いきなり自分の名を呼ばれたことも意外だった、大河原という名が出たことは更に大きな驚きである。然し娘のそのひと言は、雪崩の襲いかかるように、辰之介の頭へ一時に色々なことを直感させた。
 ――この親子は本庄藩の者だ。
 ――大河原|蔀《しとみ》となにか関係がある。
 ――そして此の品に原因がある。
 辰之介は手早く箱包を解いた。
「あ! それを見られては……」
「動くな」
 とび掛ろうとする男に一喝くれて、風呂敷の中から現われた桐の箱の蓋をとった。
 青嵐の茶碗である。
 五年のあいだ忘れることの出来なかった品だ、太閤秀吉から拝領した六郷家重代の宝、父勘十郎を切腹させた茶碗である、……辰之介は憎悪の眸で暫く覓《みつ》めていたが、やがてぴたっと蓋をして、
「これは、青嵐の茶碗だな」
 と向直る、……その前へ、娘はまるで身を投げかけるようにしながら、
「お待ち下さいまし、どうぞ暫く」
 と必死の声で云った。
「なるほど父は大河原さま御一味でございました、けれど此の品を盗み出したのは父ではございません、父はただお預り申しただけでございます。それも後で御宝物のお茶道具と知れましたゆえ、わたくしは父を罪人にしたくないと存じまして、芝のお上屋敷へそっとお届けに参ろうとしたのです」
「この茶碗を盗み出していったい蔀《しとみ》はどうしようとしたのだ」
「よくは存じませぬが」
 と娘は父親の方をちらと見ながら、
「御老中の酒井様へ、それを引出物にして御出世をなさるお考えとか伺いました、……そうすれば父も、御一味の方々も一緒に召抱えられるというお話でございます」
 辰之介は娘のうしろで、苦しげに頭を垂れている男の方を見やった。
「貴公、そんなことを信じているのか」
「…………」
「他家から盗み出した品などに眼をくれて、天下の老中が新参を召抱えるなど、そんな馬鹿げたことが有ると思うのか」
「わたくしも父にそう申しました。父はただ、大河原さまを怖れているんです。父はこの通り病身で、なにをされても黙っているより他にないと諦めているのです。……でもわたくしには見ていられませんでした。それで、思い切ってお上屋敷へ参ろうとしたのです」
「江戸橋で会ったときか?」
「はい、けれど彼処まで参りますと、大河原さまの御家来に出会い、わたくしに無礼なことをなさろうとしますので、危く振切って逃げましたものの、もし捉って御宝物をみつけられてはそれまでと存じ、……貴方さまとは思いもよらずお預け申したのでございます」
「拙者が来馬辰之介だということは、浅草寺で初めて知ったのか」
「……はい」
 娘はそっと辰之介を見上げた。
 此処まで話すあいだに、辰之介の朧ろげな記憶の中から、この親子の姿がようやくはっきりと見えて来た。
 父勘十郎の組下にいた足軽頭、根本嘉兵衛と、その娘で名はたしかおきぬ[#「きぬ」に傍点]とか云った筈である、身分が違うので言葉を交わしたことはなかったが。然し……朋友たちがゆきずりに彼女を指さして、
 ――あれが根本の評判娘でおきぬ[#「きぬ」に傍点]というのだ。
 と教えたことを思い出す。
「根本、……たしかそう申したな」
 辰之介は大剣を脱って、
「精しい話を承ろう、相手が大河原|蔀《しとみ》なら拙者にも少し考えがある。貴公に迷惑はかけぬからすっかり話して呉れ」
 そう云って座を占めた。

[#8字下げ]七[#「七」は中見出し]

 道場へ訪ねて来た富田慶一郎の口から、
 ――御家に代替りがあった。
 ――但馬守様は御隠居されて、御二男伊賀守政長様が世を継いだということは聞いている。
 根本嘉兵衛の話も中心はそこにあった。……但馬守政英は病的な癇癖家で、あの後は更に酒乱の質も現われ、政治のことなど全くかえりみず、大河原|蔀《しとみ》とその一派の奸臣に任せ切りという状態になった。
 このままでは御家が危い、心ある者がようやく大事に気付き、藩政建直しのために画策をはじめたとき、幸か不幸か但馬守政英が重病を発した。幼時から病弱だったのが、続けさまの淫酒にすっかり蝕まれて了ったのだ、医者は恢復覚束なしと診断し、まだ世子がなかったので弟の政長が家を継いだ。
 大河原|蔀《しとみ》は政英あっての存在だから、この代替りには反対し、政英が倒れたのは政長を擁立する一派の毒害だとさえ云いだした。
 然し新しい機運は敏速に進展した。
 大河原蔀とその一味の秕政の数々は次ぎ次ぎに摘発され、多額の藩金費消までが顕われたので遂に食禄召上げ追放という処分に定った。……本来なれば詰腹を切らせるべきで、若手の家臣たちは斬って捨てようと騒いだが、幕府に知れて藩政紊乱の咎を受けてはならぬという重役たちの鎮撫にあって、ようやく無事に済んだのである。
「……それで、御家を立退くとき青嵐の茶碗を盗み出したのだな」
「左様でございます」
 嘉兵衛は額の汗を押拭いながら、
「けれど、御家の方でも御宝物の紛失に気付き、すぐに大河原様の方へ人がみえましたそうで、慌てて私の手許へお預けになったものと思います、……私も青嵐のお茶碗だと知ったのは後のことで、吃驚いたしましたが、もうどうにもならず」
「よし分った、訳はよく分った」
 辰之介は茶碗の箱を引寄せて、
「きぬ[#「きぬ」に傍点]どのと申されたな」
 と娘の方へ振返った。
「はい」
「なんでも宜しい、缺け茶碗でもあったら出して下さい」
 娘は厨《くりや》の方へ立って行ったが、すぐに飯茶碗を一つ持って戻って来た。
「これでは……?」
「それで結構、此方へ下さい、……嘉兵衛殿、さっき使いの者が来ると云われたな」
「はい、十時《よつ》には此の品を取りに参る筈でございます」
「では来たら是を渡して呉れ」
 辰之介は飯茶碗を入れて元の通り包んだ箱を押しやると、『青嵐』の方を懐紙にくるんでふところへ入れながら立った。
「六郷家とはすでに縁の切れた拙者だが、大河原|蔀《しとみ》には申すべきことがある、むろん貴公はなにも案ずるには及ばないぞ。……ただ、父を悪人にしたくないという一念から、か弱い女の身で六郷家へ届出ようとした、娘の孝心を空《あだ》にするな」
「……はい」
「きぬ[#「きぬ」に傍点]どの、父御を大切になさい、貴女の心配の根は拙者が今宵のうちに始末する、もう誰に憚ることもなく暮せるだろう」
「はい、……忝のう存じます」
「困ることがあったら訪ねておいでなさい、日本橋富沢町で七兵衛店と云えばすぐ分ります、遠慮はいりませんよ」
「…………」
 噎びあげる声に返辞は消えていた。
 辰之介は軽く会釈をして外へ出た、……娘は門口まで送って出たが、辰之介は見返りもせずに立去って行った。
 ――ふしぎなめぐりあわせだ。
 ちりぢりに流れへ散込んだ木葉が、堰の淀みへ来て再び一所へ集るとでも云おうか、との四五日のあいだに過去の色々な影が、辰之介のまわりへ渦を巻いて集ったような感じである。
 ――父のひきあわせかも知れぬ。
 河岸の暗がりに佇んだ辰之介は、真能院の露地口を見張りながら呟いた。
 ――そうだ、父上が無念をはら[#「はら」に傍点]せと仰せられるのだ、そのお導きがなかったらこんな偶然は有得ない、蔀《しとみ》め、こんどは。
 のがさぬぞという火のような決意が、初めて辰之介の静かな眼に殺気を与えた。
 ――あ、来た。
 彼はすばやく暗がりへ身をひいた。
 吾妻橋の方から来た二人伴れの武士が、そのまま真能院の露地へ入って行ったのだ。

[#8字下げ]八[#「八」は中見出し]

 これはまた佗しい住居である。
 長いこと人も住まずに放ってあったのを、急に手入れでもしたという風で、軒は傾き柱は歪み、周囲を取巻く竹藪は茂り放題だし、荒はてた前庭も腰っきりの雑草である。
 燭台がひとつ光を放っている。
 いま戻って来た二人の侍を中に、集っている者全部で七名。
 大河原蔀、其の子の大吉郎、友田啓之進、松原角十郎、蜷川忠兵衛、野口公平、……残る一人は知らぬ顔だが、みんなの腹心としてあの頃から眼に余る奴等だった。
「御苦労々々」
 蔀は友田の手から箱包を受取った。
「もう本庄の方の眼もゆるんだし、これでようやく江戸を立てるぞ」
「江戸を立つのですか」
「酒井侯のお国許へ参るのだ。庄内へ、は、はははは、燈台下暗しと云ってな、江戸では評判になる惧れもあるが、お国許なら本庄には近くとも却って遠慮なしだ」
「然し大丈夫なのでしょうな」
 野口公平が髭面を突出して、
「庄内まで行って若し話が不調にでもなると」
「話の相手は国老次席だ、此方には否やを云わせぬ材料があるのだ、そんな心配をするひまに出立の……や、あっ!」
 箱の蓋を脱るなり蔀《しとみ》は驚きの声をあげた。
「どうなされました」
「……父上!」
 みんなが何事かと乗出したとき、
「大河原、なにを驚いている」
 呼びかけながら、前庭へ大股に辰之介が進み出て来た。全くの不意うちである。
「あっ!」
 と仰天して七人が身構える面前へ、辰之介はずかずかと踏寄りながら、青嵐の茶碗を掴んでぐいと差出した。
「貴様の欲しいのは是だろう」
「……来馬《くるま》だ」
「如何にも来馬辰之介だ、貴様が欲しいだろうと思って持って来てやったのだ、礼を云って受取れ」
「…………」
 みんな呪縛されたように身動きもしない、辰之介は冷笑しながら、
「欲しくないのか、受取れ!」
 云いさま、発止と投げた。
 柱へ当って茶碗は微塵に粉砕し去った。……そのとたんに、端に身構えていた野口公平が、獣のように咆えながら抜討ちをかけた。
 だっ[#「だっ」に傍点]という足音。
 辰之介の躰が左へ傾き、右手に大剣が光ったと見ただけで、抜討ちをかけた公平は庭の雑草の中へのめりこみ、
「蔀《しとみ》、のがさんぞ!」
 と辰之介は縁側へ躍上っていた。完全に圧倒されて、残る人々は蒼白になったまま動かない、……辰之介は大剣を青眼につけて更に一歩出る。
「人には長所もあり弱点もある、苦心と悪心とは誰の心にもあるものだ、然し悪心が募ると世を毒し人を亡ぼす、……拙者は世の中に性根からの悪人という者は存在せぬと信じていたが、貴様に依って初めて悪人を見た。旧主家のためとは云わない、父の仇とも云わない、世を毒し人を過る悪人として斬ってやる、来い」
 蔀の口でばりばりと歯噛みをする音がした。
「来い、斬って来るんだ」
 云いながら躰をひらく。
 刹那! 松原角十郎と、大吉郎の二人が、法もなにもなく狂気のように斬りかかった。
 えい! えい!
 辰之介の気合が三度、四度。斬ってかかる者は殆どその動作のまま四方へ顛倒し去った。公平はじめみんな峰打であるが、そうと気付く者はない、……すると、蔀はいきなり燭台を蹴倒して庭へとび下りた。
 外は十六夜《いざよい》の冴えた月である。
「無駄だぞ蔀《しとみ》、止せ!」
 辰之介は跳躍した。
 籔の前で蔀《しとみ》は振返り、追詰められた野獣のように、白く歯を剥出しながら刀を抜いた。
「偉いぞ」
 辰之介は大剣の峰をかえした。
「それでも刀を抜くことは知っていたな、三度までは受けてやるから斬って来い、十六夜の月が御照覧だ、貴様などの最期には勿体ない晩だぞ、……いざ!」
 蔀《しとみ》の口から悲鳴のような叫びが漏れた。……風の中の葦のように、四肢はわなわなと震えている。
 露の降りた竹の葉に、月光が玉の如く光っているのを辰之介は見た。

[#8字下げ]九[#「九」は中見出し]

「生きていると……」
 金沢市郎兵衛がしみじみと云った。
「色々なことに会うものだ、世の中には驚きが満ちている、ふしぎな運命じゃな」
「一応お耳に入れるべきと存じまして」
 あれから五日めの夕刻である。
 大河原蔀を斬ったことが、若し面倒な事になるようだったら道場に迷惑をかけぬよう、黙って身を引こうと思ったのだが、……峰打を喰った六名がどうにか処置をしたものとみえ、その後なんの噂もないので初めて仔細を語ったのである。
「然しどうして茶碗を破って了われたのか」
「……さあ」
 辰之介は苦笑しながら、
「別に深く考えて破った訳ではございませんので、ただ……ひどく憎いとは存じました」
「憎いと」
「そうです、憎かったのです、命のない一塊の道具が、人間の運命を狂わせる、それがむやみに腹立たしかったのです」
 市郎兵衛は頷き頷いた、辰之介の気持がよく分ったのである。それから語調を変えて、
「して、……その娘親子はどうなさる」
 と眼をあげた。
「親は如何にもだらしがない様子だが、いまの話ではその娘なかなか心得がある、そのまま置くのは気の毒のように思われるが」
「拙者もそう存じますが……」
「どうじゃな」
 市郎兵衛は笑いながら、
「仙台侯からの迎えをお受けしたら、そうすれば親子夫妻、立派に暮して行けるがのう」
「お戯れを……」
 辰之介は眩しそうに云って、
「長座を仕りました、御免」
 と会釈して立った。
 話も残りなくして了った、これで五年来の胸の悶えがさっぱりと下りたようである。
 ――心祝いに今宵は母へ酒なとまいろうか。
 そう思いながら富沢町の家へ帰った。
 唯今戻りましたと、格子戸を明けて入った辰之介は、母と向合って、根本の娘おきぬ[#「きぬ」に傍点]が坐っているのをみつけて驚いた。
「お帰りなさい、お客来ですよ」
 という母について、
「お留守中お邪魔を」
 おきぬ[#「きぬ」に傍点]は顔も得あげずひれ伏した。……なにかあった。そう思いながら辰之介は、着替えもせずにそこへ坐った。
「先夜は無礼をしました、ようこそ」
「仰せに甘えまして」
「なにかあったのですね」
「はい……」
「云って御覧なさい、一味の者でも押掛けて行ったのですか」
 おきぬ[#「きぬ」に傍点]は静かに顔をあげた。
「実は、あの夜、貴方さまがお帰りになってから一刻ほどしまして、父は……切腹を致しました」
「え? 腹を切った!」
「娘の口から申上げてはお恥しゅうございますが、作法通り立派に切腹を致しました」
「……それは。それは……」
「すぐお知らせに参りとうはございましたが、父の亡骸《なきがら》を送りましたり、後始末をして居りましたため、つい今日までお伺い出来なかったのでございます。……来馬さまに申上げて呉れという父の遺言、どうぞ……これで生前の父の罪はお赦し下さいまし」
 辰之介は胸をうたれて黙した。
 おきぬ[#「きぬ」に傍点]はそれだけ云うと、気付かれぬよう袂のまま右手を胸元へ持って行った。それは泪を拭く動作のようにも見えたが、……不意に辰之介の右手が伸びて来て、
「なにをする、お止めなさい」
 と叫んだ。……おきぬ[#「きぬ」に傍点]は身をもがいて、
「お放し下さいまし、父と一緒に」
「いけない、お待ちなさい」
 辰之介は袂の中の手から懐剣を※[#「てへん+毟」、第4水準2-78-12]ぎ取って投出した。
「嘉兵衛どのも自害することはなかった、然し如何にも思い切った武士らしい最期だ、おこがましいがお立派だと申上げる、……けれど貴女が死ぬのは無意味だ」
「…………」
「貴女は江戸橋で会ったとき、あの人混みの中から拙者を選んで茶碗を預けられた、偶然とは云いきれないふしぎな縁だ……今宵から、拙者が貴女の一生を預ろう」
 娘は初めて、堰を切ったように泣きながらうち伏した。
 辰之介は静かに母の方へ、
「母上、お聞きの通りです。拙者はもう一度出て来ますから、どうかこの娘に間違いのないようお預り下さい」
「何処へお出掛けなさる」
「先生にお目にかかって来ます」
 そう云って立上った。
「仙台家からの迎えを、改めてお受けする決心がつきました、……母上にも、もう御不自由はかけませんぞ」



底本:「幕末小説集」実業之日本社
   1975(昭和50)年1月10日 初版発行
   1979(昭和54)年2月15日 五版発行
底本の親本:「富士」
   1940(昭和15)年1月
初出:「富士」
   1940(昭和15)年1月
入力:特定非営利活動法人はるかぜ

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