HOLDING OUT FOR A HERO!! - I need a hero - ◆gry038wOvE




 時空魔法陣によって十三人の勇士たちが転送された後、翠屋の内部は少し賑わった。
 今までも複数の客がこの床を歩き、あの机でケーキやお茶を頬張ったのだが、それに比べると辛うじて空席はまだいくつもあった。三つのテーブル席が埋まるが、まだまだ空いている。もしかすると、参加者全員で来る事もギリギリで可能だったかもしれない。
 翠屋は、本来高町士郎・桃子夫妻の経営する喫茶店である。ヨーロッパで培ったケーキ作りの技術が活かされ、海鳴市では女子中学生、女子高校生を初めとする女性たちに大人気の店であった。この人数を詰め込むくらいは問題のない事で、部屋中に満たされたケーキの香りも存分に分け与える事ができたらしい。店内に入っただけで腹を鳴らす者もいた。

 高町ヴィヴィオやレイジングハート・エクセリオンは周囲を見渡す。
 まるっきり、あの翠屋にそっくりな場所だった。しかし、外の景色が海鳴市の駅前のように近代的な建物には囲まれていない。先ほどヴィヴィオたちがいた街エリアと違って雨は降っておらず、だんだんと太陽が挿し込んでいる。肌にも少し温かさがある。確かに、全く別の場所に移動した実感があった。
 もし、本当にこの店が喫茶店として機能しているなら、まだシャッターは閉まっているのだろうが、この場では開いたままで、それがこの店のリアリティを消していてくれている。なるほど、これが翠屋の朝か。

「ママがいた場所だね」
「ええ……」

 死んだ母の事を思い出し、ヴィヴィオは少し俯いて暗い表情を見せた。
 母・高町なのはがもうこの場所に帰る事はないという事実が急に寂しくなったのである。
 母にも母がいて、父がいて、兄がいて、姉がいる。彼らが待ちわびる家族の帰りは、二度と訪れる事がない。こんな何処なのかもわからない場所で家族に死なれたという事実を祖母たちに話さねばならない事がヴィヴィオにとっては胸が痛い事実だ。

「大丈夫? ヴィヴィオちゃん……」

 美希が困り顔で声をかけた。
 誰しもが声をかけるか悩んだところだろうが、一番近くにいた美希は黙っているのもいたたまれなくなったのだ。

「はい。でも、おばあちゃんになんて言えばいいか……」
「ああ、わかるわ……帰ってからもやらなきゃいけない事が山積みなのよね」

 二人とも、顔見知りの遺族にかけるべき言葉が見当たらなくなる未来を見据えていた。だから、悲しみと同時に、人の死から始まる諸問題を突き付けてくる現実にも恐怖しているのだ。
 この殺し合いに連れて来られなかったとしても、もし大事な人がこんな理不尽な話で犠牲にされてしまったら、平静でいられるはずがない。犠牲者は、巻き込まれた人間だけではないのだ。帰ったら、他の犠牲者にそれを伝える責任があるだろう。

「君たちは帰った後の事を気にしなくていいよ。もし、生還したら俺たちの方から伝える。だから、帰った後の事は俺たちに任せてくれ」

 一也が横から言った。
 それは、美希たちへの保護者意識があるから出た言葉だった。
 子供にそんな辛い報告をさせるのは酷な話だ。──大人である孤門や一也が伝えなければならない。それも一つの責任である。

 ヴィヴィオや美希も、自分たちで伝えるべきか、それとも代わりに彼らの言葉を借りるべきなのか、少し悩んだ。それだけ責任ある言葉を祈里の両親に告げられるかどうかが、彼女にはわからなかったのだ。
 子供ゆえの、無知ゆえの、無礼がもし、子供を喪った親の心を傷つけてしまったら──と、思ってしまう。

「とりあえず、ここに来たからにはクリスタルステーション組の移動を済ませてしまおう」

 零が口を開いた。話題を別方向にそらしたかったのだ。
 脱出後の事を口にするタイミングではない。そういうのは、所用が済んだ状況でこそ言い合えるものだ。今はまだ、目の前の問題解決に余力を注がなければならない。

「あと少し待てば、移動先がクリスタルステーションになる。向かうのは、暁、石堀、ヴィヴィオ、レイジングハートの四人で間違いないな?」

 彼は時空魔法陣を利用して、既にルート変更や設定変更を行っている。殺害人数は『UNDER≪4≫』。四人未満である。これが厄介な事に、涼村暁に合わせた設定だった。ン・ダグバ・ゼバと黒岩省吾を殺害している他、暁美ほむらの頼みで彼女のソウルジェムを砕いた経験を話してくれたのだ。おそらくほむらの件もカウントされるだろう。
 いくら彼とはいえ、三人の殺害となると、それこそ下手な殺人者を上回る。これを対主催限定のトンネルとして利用する事ができないのだ。おそらくは、「ガドル以外専用」という物になってしまう。
 ルート変更が実際に反映されるまではしばらく時間がかかるが、もう少なくとも鳴海探偵事務所の時空魔法陣は消えているだろうと思われる。

「うーん……まあいっか!」
「その、『まあいっか』はなんなんだ」
「いや、美味そうなケーキがあるから、ちょっと食べたいと思って」

 暁は甘党である。主にパフェを好む。
 ただ、甘い物なら基本的に何でも好みであった。いかにも高そうな洋菓子が、この状況下、タダで食べられるのはこれ以上ないくらいのサービスである。ここに入っただけで腹を鳴らした人間が誰なのか、零はすぐさま理解した。

「なんだ、そんな事か。ああ、確かにここのケーキは美味かったぜ」
「お前、食ったのか!?」
「前に来たときな」
「タダで食っていいのか!? じゃあ、俺も……えーっと、ど・れ・に・し・よ・う・か・なー」

 暁が能天気にガラスケースの中のケーキをのぞきこむ。確かに、一部のケーキは量が少ない。誰かが貪った形跡である。蟻に食われたのではなく、一個丸々消失している物が見られると、やはり誰かがタダ食いしたらしい。
 暁は、すぐにカウンターの裏側に周り、ケーキを頂きに向かおうとした。
 と、そんな暁を美希の手が掴んだ。

「ちょっと待って。タダで食べていいわけないでしょう」
「え、いや、こんなにあるのに……」

 注意を受けている暁の方を見た後、零は美希から露骨に目を逸らした。既に零はここに置いてあったケーキを幾つか無償で食い散らかしていたのである。まさかこういう事に厳しい人間がいるとは思っていなかったのだろう。
 やや気まずい感情を呑み込み、「自分はちゃんと指定された値段を払いましたよ」とでも言わんばかりの顔でそこに居座った。
 そんな折、横からヴィヴィオが口を挟んだ。

「あ。……あの、いいんです。ここは私のおじいちゃんとおばあちゃんのお店ですから」
「うん? いいの?」
「はい。大丈夫です。もし叱られても、後で肩たたきをして私が返します」

 ヴィヴィオの言葉に、暁は「じゃあお言葉に甘えて……」と、無遠慮にカウンターの向こうへ小走りして、ケーキを掴んで食べ始めた。
 肩たたきという言葉に可愛げを感じて、思わず美希が暁の手を放したのだ。まあ、店主の孫が許しているのなら、これは奢ってもらっているという事で解決だろう。
 零が後ろでほっと息をついたのを誰も知らない。

「うん、このケーキなかなかうまいぞ」
「あの、もしよければ他の皆さんも。たまには美味しいケーキも食べたいですよね?」
「安心しろ、もう食ってる」

 佐倉杏子もまた、いつの間にかケーキを手に持っており、これまた無遠慮にケーキを頬張っていた。

「じゃあ、私も……」

 続いて、花咲つぼみも一礼して、皿を奥から取ってくると、その場にある好きなケーキを手に取った。それが他の人間にもきっかけになったのか、それぞれケーキを取るようになった。それは全て、御世辞を口走る必要もないほど、人間の口に合う味であった。

「確かに凄く美味しいです!」
「うん! 奏ちゃんの作ったケーキといい勝負だよ!」
「本当。これ、結構オススメよ」

 プリキュアたちはどこからか皿やフォークを持ちだして、割と丁寧にケーキを食べている。ショートケーキを手づかみで食べている他の面々に比べると数段丁寧だ。
 口の中に広がった卵の甘味は、素直な感想を言わせる為に舌を操っているようだった。
 翔太郎だけは一切手をつけようとしなかったが、誰も彼の前にケーキを置くような事はせず、思慮のある人間は、あまり大っぴらに嬉しそうな表情でケーキを食べる事もしなかった。
 ふと、良牙がヴィヴィオに訊いた。

「なあ、ヴィヴィオ」
「何ですか? 良牙さん」
「あのガラス、殴って割っちまったんだけど、そっちは許してくれるかな?」

 良牙はケーキを一つ食べた後、ヴィヴィオ相手に下手に出て、ニコニコ笑いながら訊いた。
 ヴィヴィオが良牙の指の先を見ると、確かにガラス戸に亀裂が入っている。あまり目立たず、気にならなかったが、これはどうした物だろうと思案した。
 いや、思案したのは、殆ど遠慮による物だったかもしれない。正直、殴って割ったのなら、全くもって良牙の過失である。
 すぐに結論を口に出した。

「……後で肩叩き、一緒にお願いします」

 ヴィヴィオの返答に、良牙はがっくりと肩を落とした。
 実際のところ、良牙に力加減の上手な肩叩きができるかというと、それは微妙な所である。
 良牙の想像上、老人であるヴィヴィオの祖母(若くて60歳くらいだろう)は、良牙が一度肩を叩くだけで一生肩が上がらなくなる可能性だってあるほどだ。
 仮にも自立した一人の男がこういう場合返すべき物は、肩たたきという簡易労働ではなく、現金だ。それを思うと気が重い。

「あっ……! こら、それはおれのケーキだ! なんでお前が食ってるんだよっ!!」

 良牙の手にあったケーキは、どこから出てきたのか、サバブタがパン食い競争のように咥えて持ち去ってしまった。すぐに顎が耐え切れず床に落下してべちゃべちゃになった良牙の食べかけケーキは、余す事なくブタが食べつくすのである。勿論、良牙はこれを這いつくばって食べる気はない。
 良牙は更にがっくりと肩を落とし、同時に怒りに身を燃やしたが、まだまだたくさんあるケーキをつぼみが横から差し出して、それで辛うじてその場は収まっていた。

「ヴィヴィオ。この食べ物、美味しいですね。初めて食べ物を口にしました」

 良牙を無視して、レイジングハートが切なそうに呟いた。
 彼女が初めて口にした食べ物が、高町なのはの実家のケーキだというのは何の因果か。──それは、味覚という物の存在の嬉しさを伝えてくれる物だった。
 なのはの母、高町桃子の作ったケーキの味を、彼女は呑み込んだ。

「はは……レイジングハート、ほっぺたにクリームついてるよ」

 未だケーキの食べ方をよく知らないレイジングハートの口周りの生クリームを、ヴィヴィオが拭った。






「よし」

 満足するだけ食べた後、暁が言った。元々、胃が大きな人間でもないので、好物とはいっても、そこまでたくさんは食べていない。まだ周囲に食べている人間がいる中、石堀、ヴィヴィオ、レイジングハートが食を止めたあたりで、暁は早々にこの場を去る事を考えたのであった。
 四つの連絡手段の内、ショドウフォンを掴むと、暁は零に声をかけた。

「流石にもう向こうに繋がってるよな?」
「ああ。移動できるぜ」

 画面をタッチする手つきは全く慣れていないが、零は何とか時空魔法陣管理のノウハウを実用できるレベルで認知していた。
 既に時間は充分に立ち、暁、石堀、ヴィヴィオ、レイジングハートが向かうべきクリスタルステーションへの道は開かれている。
 この四人が向こうに行った後は、それぞれ四つのグループに分かれて各々が目指す場所に残るのである。

 そして、次のようなチーム分けに決定されたのだった。

【涼村暁チーム/涼村暁、石堀光彦、高町ヴィヴィオ、レイジングハート・エクセリオン
 桃園ラブチーム/桃園ラブ、蒼乃美希涼邑零、佐倉杏子
 花咲つぼみチーム/花咲つぼみ、響良牙孤門一輝
 待機チーム/左翔太郎沖一也

 暁チームが発った後は、零が時空魔法陣の移動先を冴島邸に変更する。ラブチームの帰還は時間がかかりすぎるため、一度マップの中央である冴島邸に集合するのである。
 ここに一度全員集めれば、その後は纏めて時空魔法陣で移動して翠屋に残る事ができる。

「そんじゃあ、行くか」

 時空魔法陣が発動されているのは、翠屋の真上である。
 高町ヴィヴィオとレイジングハート・エクセリオンのように魔法で飛行できる人間が二人の手を引かなければならない。しかし、その準備は既にできていた。

「はい」

 ヴィヴィオは大人モードに変身し、暁の手を引く。暁とてそこまで悪い気分ではないが、どうせならレイジングハートに手を引かれたかった気分もある。
 まあ、それはそれとして、これからクリスタルステーションで三体の超光騎士を仲間に引き入れることができるわけだ。

「……行ってくる。じゃあ孤門、後は頼んだぞ」

 四人はそのまま、時空魔法陣に向かい、姿を消した。






 残った数名は、時空魔法陣の設定を冴島邸に直した後、それぞれの足取りで、B-1エリアに向かっていた。
 零の記憶通りならば、そこには一台の車があるはずだ。沿岸部に配置されている緑色のシトロエン2CV。それは、既にこの隊列には存在しない(と言うと、まるで死んだように聞こえるが……)涼村暁の愛車であった。
 既にガタが来始めているとはいえ、仮にも自動車だ。人間が自分の脚で歩くよりは数段スムーズに動く事ができる。
 カギは中に入れっぱなしで、別に誰かの支給品にあるカギと組み合わせる必要はなさそうだった。

「とりあえず、これを使って図書館の方に真っ直ぐ向かっていくと良い。用があるのはそちらの方だ」

 一也が孤門に説明をしているらしく、孤門は話を聞きながら頷いている。
 後部座席に杏子と美希、助手席にはラブ……というのが理想形だろうか。
 道案内をする事になるのはラブなので、他の二人は後部座席で待機という所である。
 孤門はこんなに古い外国車を運転する事になるのは初めてだ。

「つまり……ふむふむ」

 一也が説明しているのは、このシトロエンの事だろうか。
 左ハンドルのマニュアル車と、やや運転しづらい所も多いだろうが、それでも孤門の今現在のスキルならば問題なく動かせそうである。ひとまず、渋滞が存在しない道路ならば、これといって事故が起こる理由もない。夜間でもないし、運転技術が多少劣っていても、何とかこれを動かして問題が起きる事がなさそうな状況であった。

 一応、この場には先ほどの四人以外全員ついてきていた。
 つぼみチームは零がここまで案内しなければならないし、一也と翔太郎も念の為にこちらへ来た形だろう。そうは言っても、肝心の零は、案内の後に鋼牙に言伝された『制限解除による魔導馬召喚』を試す為にどこかへ行ってしまったわけだが。
 ひとまず、この自動車のエンジンがきちんとかかり、充分なガソリンを搭載している事を前提にしたチーム分けである為、ここで少し確認作業をしておかなければならない。
 見たところ、それらの点においては問題なさそうなので、この車に搭乗して、図書館に向けて動かしたら、そこで彼らが抜け、それからつぼみチームが向かう予定だ。

 残った一也と翔太郎は、腕の治癒の為の手術をする事になる。
 ただ、今のところ一也はそれを翔太郎に黙秘していた。彼の本当の意思を知るには、周囲の声がない状況を作るべきだと思ったからだ。
 翔太郎が真に仮面ライダーであるならば、杏子たちの声が届かずとも、選ぶ道は一つしかない。それを彼が選ぶか否か、それが、一也が後で見定める道だ。

「……さて、それじゃあ、みんな、車に乗って」

 ラブ、美希、杏子を促すように孤門が言った。
 こうして見ると、学校の先生が似合いそうな男である。大方、女子生徒にからかわれるようなキャラクターになるのが予想される。どうしても、女に振り回されそうな男だ。



「ちょっと待て」



 だが、その時、「声」は唐突に彼らの背中に放たれた。
 全員が全員、シトロエン2CVに顔を向けている最中に、誰かが背後に歩み寄っていたのだ。振り向けば、後ろからゆっくりとこちらへ歩いて来る二つの影があった。朝方、薄く霧に隠れた港町では、その姿もまだはっきりと見えなかったが、一度察しをつけた人間にはもう明らかに誰の声だかわかってしまうのだった。
 こちらへ近づいて来るのは、真っ赤な異形だった。
 昔話の鬼であろうか、その頭部に蓄えた角と、見せつけられた鋭い牙と、鎧でも被っているかのような真っ赤な外形は、見た者に無意識の鳥肌を走らせる。蜘蛛のような六つの目がこちらに向けて光る。
 知っている。
 この怪物を、彼らの内、数名は知っている。

「お前は、血祭ドウコク……!」

 言わずと知れた、外道衆が総大将──血祭ドウコクである。
 真横には、彼の従える赤と黒のツートンカラーの戦士も姿を現し始めていた。それはシンケンブルーやシンケンゴールドにも似た、漢字のマスクを被っていた。見たところ、天道あかねでもなさそうである。その動きは、意思を殺し、血祭ドウコクの影を踏むように並び歩いているようにしか思えなかった。
 彼の名は外道シンケンレッドと言った。

「てめえら、随分捜したぜ……」

 仄かな苛立ちを感じさせる言葉とともに、右手の大剣を肩にかけた。
 一也が、真っ先に先頭に立って訊いた。

「何の用だ?」
「決まってんだろ、てめえらを皆殺しにするんだよ」

 ドウコクは明らかに気が立った様子であった。
 その反面で、薄らとどこかに、機嫌の良さというか、満腹感のある声であった。
 これまでの乾いたドウコクに比べると、少しばかり潤った充実感に満たされている。これまでほど切羽詰まっておらず、何かのついで程度に殺し合おうという感じだ。

「何……?」
「見た事のある顔があるな。俺に恥をかかせやがった奴もいる」

 花咲つぼみ、響良牙、佐倉杏子、蒼乃美希、左翔太郎は旧知の宿敵だ。
 どうやら翔太郎は片腕を失ったようだが、何、それなら好都合といった感じである。
 ドウコクは、まずは自分から率先して退治に出る事はなかった。

「殺れ」

 と、一言言うだけだ。

「烈火大斬刀!」

 その言葉とともに走り出したのは、外道シンケンレッド。──今やドウコクの家臣である。
 烈火大斬刀を構え、前に出る。狙うのはまず、邪魔者の一人、沖一也。
 しかし、彼は即座に変身の呼吸を一拍。変身ポーズと掛け声を上げると、仮面ライダースーパー1へと変身した。

「仲間を連れてきたか……ッ! 赤心少林拳ッ! 梅花の型ッ!」

 スーパー1が両腕で花を形作る。
 烈火大斬刀の先端がスーパー1の掌を掠めると、そこで空気の乱れが生じ、ぼうっ、と音を立てて空気が弾け、風が吹いた。
 まるで、その風の中に梅の花が舞っているような幻想的な光景であった。真っ赤な大剣が生んだ火花が、空を舞ったのである。
 両者の力は拮抗すると同時に破裂し、今一瞬で突き放された。

「くっ……!」

 後方に吹き飛んだのは外道シンケンレッドとスーパー1、両方同じであった。
 それを見届けると、ここが安全圏ではないのをすぐに理解し、それぞれが変身を開始する。

「「チェインジ・プリキュア、ビーーーートアーーーーップ!!」」
「プリキュア・オープンマイハート!!」
「変身!!」──Eternal!!──

 桃園ラブがキュアピーチに。
 蒼乃美希がキュアベリーに。
 花咲つぼみがキュアブロッサムに。
 響良牙が仮面ライダーエターナルに。
 佐倉杏子がウルトラマンネクサスに。
 変身する。

「ピンクのハートは愛あるしるし! もぎたてフレッシュ、キュアピーチ!」
「ブルーのハートは希望のしるし! つみたてフレッシュ、キュアベリー!」
「大地に咲く一輪の花、キュアブロッサム!」
「ええーっと……何も思いつかねえが、とにかく、仮面ライダーエターナル!」
「デュア!」

 その変身を一つの機会にして、ドウコクは距離を詰めてきた。
 昇竜抜山刀を携え、その切っ先を地面に引きずりながら歩き、どうやら切れ味を試したようだった。こうして引きずるだけで、路傍に転がる石ころを真っ二つに斬り裂いてしまうのがこの刀なのである。今この場のアスファルトは、修復不能な一筋の線と山型の焼け跡を作っていた。
 相手が人間であれ、一度敵の体に振れて思い切り引くだけで、一瞬でその肉と命を深く抉り取る切れ味である。

「待て、ドウコク……!」
「はぁっ!!」

 何かを言いかけたスーパー1を無視して、ドウコクは外道シンケンレッドの背中に寄ってその体へと肉薄すると、その胸部に一太刀、剣を叩き付ける。力強い打撃音、耳をつく金属音とともに、鉄の皮が剥がれ、スーパー1の内蔵機械が露出する。
 彼の鋼鉄の体でなければ、内臓まで行き届いていただろう。強靭なスーパー1も怯まずにはいられないほどの刺激であったが、彼は即座に攻撃を放つ。

「ぐっ……チェンジ、エレキハンド! エレキ光線!」

 ファイブハンドをエレキハンドに変えると、エレキ光線が至近距離からドウコクへ放出。
 光線は体表で爆ぜ、ドウコクの全身を電撃が駆けまわる。金色の光がドウコクを包んだかと思えば、3億ボルトの電流は当人が気づくよりも一歩早く彼の体中に大打撃を与えた。

「チィッ……!」

 すぐに電撃から解放されたドウコクは、何歩か下がる。やはり相当効いたようで、いきなりだがドウコクが怯んだのがうかがえた。
 とはいえ、スーパー1もドウコクに相当強いダメージを受けたのは事実だ。

「猛牛バズーカ!」

 倒れかけていたスーパー1の後ろから、一発の砲弾が激突する。
 それがスーパー1の体を完全に倒した。機能停止とは行くまいが、その一歩手前になりかけるほどの直撃であった。
 背中から砲撃を受けたスーパー1が、呻く。

「沖さん……!」

 外道シンケンレッドに空中から迫ってくるのは、キュアピーチ、キュアベリー、キュアブロッサムの三人のプリキュア。三人は空で戦闘態勢を整えると、足を滑らかに動かして、ピーチが外道シンケンレッドの顔に一撃、ベリーが胸に一撃、ブロッサムが拳で再び顔面に一撃叩き込んで着地した。
 外道シンケンレッドは何も言わずに地面に吹き飛ばされ、倒れた。

「大丈夫か!?」

 倒れたスーパー1に向かうのは仮面ライダーエターナルだ。
 ドウコクと外道シンケンレッドの猛攻に倒れながらも、何とかスーパー1は答える事ができた。

「……ああ、何とか」

 ウルトラマンネクサスが、彼らの姿を追い越して、ドウコクの方に駆け出していく。
 そこにある因縁が近づいていた。──アンファンスパンチが怯んでいるドウコクに向けて近づいていく。
 ネクサスの拳は、即座にドウコクに一撃叩き付けた。しかし、それとほぼ同時にドウコクの刀が真横に凪がれる。ネクサスの体を真横に一閃、切っ先は走っていく。

「ダ!?」

 退がるネクサス、対してドウコクはゆっくりと立ち上がり、ネクサスを気で吹き飛ばす。
 宙で手足をかくネクサスだが、無情にも背中を地面に打ち付けた。

(痛ェ~……)

 杏子はそう思いながら、それでもドウコクに一矢報いるべく立ち上がろうとする。
 その視線が一度、後方のシトロエンの方を向いた時。
 そこに映ったのは、翔太郎であった。彼は孤門と共に後方支援に回っている──それは表立って戦えない事情から考えれば仕方ない。
 だが、しかし──何もしようとせず、諦観したようにこの戦いを見つめる翔太郎の乾いた瞳は、杏子の脳裏で苛立ちを募らせた。
 孤門が前に出てきたせいで、ネクサスの視界は孤門とダブリ、翔太郎を隠した。

「──やめるんだ、血祭ドウコク!」

 孤門は一歩前でディバイトランチャーの銃口をドウコクに向けながら叫んだ。

「なんだ、てめえ!」
「血祭ドウコク、お前はその首輪を外したがっているはずだ!」

 その瞬間、周囲の声が止んだ。

「──」

 ドウコクは、孤門がそう叫んだ瞬間に、ふと動きを止めた。
 今まで全く気づいていなかったが、この孤門の言葉を聞いた瞬間、彼の言葉が交渉の意図を含んでいる事に気づいたのである。
 何となく、ドウコクがこの戦いの最中に敵に感じた違和感が、今ようやく払拭されたのだ。
 彼らには首輪がない。
 杏子には最初からなかった覚えがあるが、明らかに首輪が消えている人間が数名いたのである。
 なるほど……彼らが首輪を解除したという事である。

「オイ、外道シンケンレッド。攻撃の手を止めろ」
「……」

 ドウコクの指示とともに、外道シンケンレッドが動きを止めた。
 静止した相手に攻撃の手を加える必要もなく、プリキュアや零もまた動きを止める。しかし、どこか呆けたような顔でドウコクの方を見るだけだった。
 しかし、孤門は警戒しながらももう一歩前に出た。
 ディバイトランチャーを構えたところでどうにもならないかもしれないが、銃身を握らなければ不安なのだ。

「てめえら、首輪を外したのか?」
「ああ。そして、お前の首輪を外す事もできる」
「俺と交渉しようってわけか?」

 ドウコクは普段ならばもう少しだけ不機嫌になっただろうが、これもまたドウコクにとって望ましい未来の一つの形態である。
 勿論、敵の大半は苛立ちを覚えさせるほど不愉快な性質の持ち主ばかりだった。実際、ドウコクに刃向かい、傷を負わせた者も彼らの中にはいる。
 ゆえに、少しその条件を呑み込むのには抵抗がいるが、合理的であるには違いない。

「おい、あんた! 本気でこいつと交渉しようってのか! コイツは姫矢の兄ちゃんを……」
「わかってる」

 杏子が横から孤門を諌めようとしたが、孤門は耐えた。
 ドウコクを仲間に引き入れるのには無論、抵抗がある。それでも、この場で戦うべき相手は参加者ではない──主催者だ。

「僕だって、姫矢さんを殺したコイツは憎い。だけど……ここでコイツを倒したって、どうにもならない!」

 それは、かつて溝呂木眞也を前に告げた言葉と同じだった。
 憎しみに左右されてはならない。憎しみは冷静な判断を失わせ、視野を狭めさせる感情だ。それは時として、周囲の人間を巻き込んでしまう事もある。だから、憎しみを越えて、「最善」の結末を目指す──それが、溝呂木を前に孤門が出した答えだ。

「血祭ドウコク。お前だって、加頭たちに言いように扱われる事は好まないはずだ。それは、ずっとお前が誰かに協力を求めていた事からもわかっている」
「……」
「だが、僕たちとお前とは、全く違う考えを持っていた。そのせいで、全ての交渉は決裂し、協力し合う事はできなかった」

 ドウコクは思案する。
 体は全く動かさないが、時折微かに唸り声のような音声を鼻の奥から漏らしている。どうやら何かを考えているらしいのは想像に難くない。
 その微妙な声がこの場に緊張感を作り出していた。

「それでも、今は過去の事は水に流す。ここから君が僕たちの仲間に危害を加えなければ、僕たちはお前の首輪を外し、この殺し合いの主催者を倒すまで協力関係である事を約束しよう。首輪を外す事ができるのは僕たちだけだ」

 ドウコク一人では首輪は外せない。
 既に孤門らのように、残りの参加者の多くが一つの集団を作っているようでは、ドウコクは孤立無援の状態のままになってしまう。
 この殺し合いを一人で勝ち進むのも一考だが、その後が難しい。敵の居場所もわからぬまま戦いを仕掛けるのはかなり難しそうである。

「お前も主催者に一矢報いる意思はあるはずだ。そして、僕たちから言わせてみれば、たった一人でこの殺し合いの主催者に立ち向かうのは絶対に無理だとわかりきっている。こっちも人手が欲しいんだ。お前みたいに強い奴を……」

 ドウコクは、脂目マンプクの事を思い出した。
 ドウコクとしては、自分を不愉快にさせる相手は悉く潰しておきたいところだが、このままではマンプクを潰す方法は探り出せないままだ。
 なるほど、このままドウコクが勝ち残ったとしても、マンプクを初めとする敵たちは逃げる術を余す事なく使えてしまうだろう。

「確かに、てめえら相手に余計な労力を使っている場合じゃねえな……」
「わかってくれたか?」
「ああ。不服だが、認めるしかねえ。だが、それだけじゃあ腹の虫がおさまらねえ」

 ドウコクは昇竜抜山刀の切っ先を孤門の顔面に向けた。
 ディバイトランチャーの銃口は頼りなく、ドウコクの腹を狙っている。

「全てを終えたら、てめえらを殺す」

 ドウコクはそう宣言した。目は全くの本気だ。しかし、殺害に対する情熱はなく、ただ草臥れたような視線がそこにあった。邪魔な物を気怠い心持で殺していくような、そんな真の意味で残虐な目をしていた。
 その目が孤門にとっては恐ろしかった。
 話が通じない相手、真の外道たる目だった。この時、孤門たちに協力するのも、結局は利害関係が一致したからに違いない。
 この殺し合いが終わっても、また血で血を洗うような闘争をさせられるわけである。

「望む所だ。……今は仕方ないかもしれない。でも、絶対にアイツらをぶちのめすまでは裏切るんじゃねえぞ」

 杏子がドウコクの乾いた瞳を受けた。
 両者は睨み合う。ただ無言で、恨み顔に渇いた表情が突き刺さる。
 互いを憎み合う者同士だが、今はちょっとした体力消耗ですら惜しい時だ。
 片付けるべき問題を片づけた後、すぐに主催者戦に向かう準備をしなければならない。

「だが、それならこっちにも条件がある」

 ドウコクは、剣を下した。
 誰にも目を合わせる様子はないが、その威圧感から、誰もが自分が見られているように錯覚しただろう。この怪物がこれから隣で仲間として行動し続けるとなると、今までとは随分違ったプレッシャーがかかるのではないかと不安になる。
 しばらくは、一也がここで首輪解除の為に引き取るだろうが、結局また合流だ。

「脂目マンプクは俺が殺す。それと」

 ドウコクが裏切る気配はなかった。
 それだけ、脂目マンプクなる人物に対する恨みが強いのだろう。語調から考えるに、主催側の人物だろうか、と誰かが想像した。
 ドウコクの示すもう一つの条件を待つが、そちらは一際単純な物である。

「誰か、酒を俺に持ってこい」






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最終更新:2014年07月21日 11:47