来歴
生い立ち
1884年5月、
長崎県に生まれる。伊藤家は、長崎県内で有名な網元の出自で、県下最大の従業員を雇用する
伊藤屋水産商会のオーナーとして知られている。ほかの兄弟と同様に
長崎県立水産講習所水産物加工部で学ぶ。
政治を志して
1900年3月、講習所を卒業。実家を手伝いながら、父の仕事仲間を頼って県議会議員の選挙運動員として政治キャリアの第一歩を歩む。その後、県議の後見を受けて周囲の家族を説得され、
九州大学の聴講生として学ぶ。大学在学中に「水産業は世知辛いから政治家になれ」と父から告げられて政治家を志す。1908年、
九州大学法学部法律学科の聴講生を修了。大学修了後、地元県議の秘書となる。
1916年にお世話になっていた県議が引退。県議の紹介状を受けて、
水産業統制協会に就職。事務局秘書課、総務課、副会長専属秘書を経て、会長秘書となる。会長は、戦前の水産業を支配していた
帝国水産の
天海一比古代表取締役会長だった。
天海一比古会長は、1925年に任期満了に伴って退任。1925年、
天海一比古の誘いを受けて、
帝国水産に入職。会長室事務取扱、会長室次長を歴任。1928年から、
会長室長に就任。
1931年、激動の時代において政治家となるため地元長崎へ帰郷。1932年、
長崎市長選挙に出馬。水産業界からのバックアップを前面に受けて当選。1932年、1936年、1940年の選挙で立て続けに連続当選。1939年2月からは、
大日本政治会に所属する地方首長となる。市政運営では、水産加工業者への税制優遇措置などを進めた。
国会議員へ
引退・その後
略年歴
| 1916年5月 |
水産業統制協会へ入会 |
|
事務局秘書課 |
| 1919年10月 |
事務局総務課 |
| 1920年6月 |
副会長専属秘書 |
| 1922年6月 |
会長秘書 |
| 1925年10月 |
帝国水産へ入社 |
|
会長室事務取扱 |
| 1926年10月 |
会長室次長 |
| 1928年10月 |
会長室長 |
| 1931年12月 |
退職 |
| 1932年7月 |
長崎市長選挙へ出馬し初当選 |
|
第23代長崎市長 |
| 1936年7月 |
第24代長崎市長 |
| 1939年2月 |
大日本政治会へ入会 |
| 1940年7月 |
第25代長崎市長 |
| 1942年3月 |
退職 |
最終更新:2026年03月16日 22:53