自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

186 143話 決戦へののろし

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第143話 決戦へののろし

1484年(1944年)6月16日 午後5時 マオンド共和国首都クリンジェ

「状況は、たった今説明しましたとおりでございます。」

海軍総司令官であるトレスバグト元帥は、すぐ右の席に座っている陸軍総司令官のホドウル・ガンサル元帥からの説明を
聞きながら、玉座に座るインリク国王に視線を向けていた。
インリク国王は、傍目から見ても分かるように、怒りで顔を赤く染め上げていた。

「・・・・・・本当に、アメリカ軍はヘルベスタン領に上陸したのだな・・・・」

インリク国王は、自らに言い聞かせるようにわなないた口調で呟いた。
トレスバグト元帥は、インリク国王が怒りを爆発させ、大声で軍の失態を喚き散らすか?と思ったが、予想に反して、
玉座の国王は、怒りに顔を真っ赤に染めて震えながらも、怒りの矛先を会議の参加者達に向ける様子はない。
会議室の席に座っている高官や大臣達は、いつインリクの怒声が上がるか気になっていたが、参加者達の予想に反して、
インリクの怒りは、アメリカ軍と、反乱軍に向けられていた。
だが、当のアメリカ軍や反乱軍が目の前に居ない以上、怒りは自然と、インリクの内心に溜められつつあった。
ヘルベスタン領モンメロにアメリカ軍、大挙襲来すの報告が飛び込んだのは、午前8時を過ぎてからの事であった。
最初、魔法通信を受け取ったガンサル元帥は、最初は何かの間違いではないか?と疑った。

「まさか、敵は北西部沿岸の反乱軍支配地区に上陸するはずではなかったのか?モンメロに上陸したという報告は
聞き違いではないのか?」

ガンサル元帥は米軍上陸すの報に仰天しつつも、敵は北西部に上陸した物と思い込んでいた。
彼は直ちに、敵の上陸地点がどこであるかを確認させた。
この時のガンサル元帥の混乱ぶりは尋常ではなかった。
幕僚がどれだけ説明しても、彼は

「アメリカ軍はモンメロではなく、北西部に上陸した。この魔法通信は魔導士が慌てていたから地名を間違えたのだ。」

と言い張って、何度も確認を行わせた。
ガンサル元帥は、現地軍司令官であるトルマンタ元帥と同じように、現実逃避に陥っていた。
ガンサル元帥は確認作業を都合3度も行わせた。まるで、違う結果が出れば、それで自らは救われると言っているかのように・・・・
だが、何度確認しても、アメリカ軍がモンメロに上陸したという事実は消えない。
事実は消えぬどころか、より鮮明になっていくばかりであった。
午後1時頃に入ってきた緊急信は、マオンド陸軍総司令部の幕僚達を一層驚愕させる物であった。

「アメリカ軍部隊の一部が、森の木々を蹴散らしつつも北進を開始。敵部隊は戦車多数を含む。敵部隊は上空に支援航空機
多数を伴えり。」

この情報は、上陸してきたアメリカ軍が、橋頭堡確保のみならず、内陸部への制圧に向けて動き始めたという事を現していた。
モンメロ以北は、森林地帯を抜ければその対岸までほぼ平野部で占められている。
つまり、アメリカ軍が森を抜けたら最後、行動の自由を得た敵の大軍が、50万の友軍の退路を断つわけである。
マオンド陸軍の兵力は、早計で130万。そのうち、ヘルベスタン領で包囲殲滅の危機に晒されている友軍部隊が50万。
この50万を失えば、マオンド陸軍の兵力は著しく低下してしまう。
そうなれば、他の被占領国の維持は難しいどころか、本国防衛にすら多大な影響を及ぼしてしまう。
ヘルベスタンの戦闘が、このレーフェイル大陸戦での山場であるという事は誰の目にも明らかであった。
ガンサル元帥はようやく落ち着きを取り戻し、幕僚達とともに事態の収拾を真剣に考え始めた。
それから数時間後が経った。
国王インリクは、ガンサル元帥の説明をようやく飲み込めたのであろう、ぶるぶると震わせていた体を背もたれに寄りかからせ、
深いため息を吐いてから落ち着きを取り戻す。

「陸軍総司令官の話した事は、理解できた。要するに、我が軍の一部が、敵の手によって殲滅されかけている訳だな。」
「はい・・・・甚だ、面目ない次第ではありまするが・・・・」

ガンサル元帥は、目を伏せながら言う。

「しかし、アメリカ軍の上陸を許したとは言え、まだ希望が無くなった訳ではありません。」

ガンサル元帥は、トレスバグト元帥に目を向けた。

「何か案があるのか?」

インリクの側に座っていたジュー・カング首相が怪訝な顔つきで聞いてきた。

「はい。」

ガンサルは即答した。

「我々は、ヘルベスタン領にアメリカ軍の上陸を許してしまいましたが、いかなアメリカ軍といえど、弱点はあります。
それに、敵部隊は行動を開始したとはいえ、まだ軍団規模の攻勢は出来ぬはずです。そこで、我が軍は、モンメロ沖に
停泊する輸送船団を撃滅して敵の補給を絶ち、上陸してきた米軍を逆に包囲してやるのです。」

ガンサルの言葉を聞いていたトレスバグトは、やはりか、と思った。

「つまり、陸海軍共同で、アメリカ軍を叩きのめす訳だな?」

トレスバグトの問いに、ガンサルは頷いた。

「そうだ。海軍がヘルベスタン沖に到達するまでの間、ヘルベスタン現地軍は東に向けて進軍し、アメリカ軍と出会うのならば
これに一戦を交える。消耗戦に持ち込めば、兵力も勝り、地の利もある我々に有利だ。」
「・・・・・・共同作戦か。うむ、確かに良い。だがガンサル元帥。あなたは知っているはずだが。」

トレスバグトは、ガンサルの双眸を睨み付けながら言った。

「相手はアメリカ軍だ。レンベルリカやヘルベスタン領の蛮族軍とは違って、戦車や新型飛空挺、そして我々には無い優秀な武器で
武装している正規軍だ。個人の武器が未だに剣や槍、弓矢程度しかない我がマオンド陸軍は不利だ。」
「そこの所は重々承知しておる。」

ガンサルは、何を今更といった口調で返事した。

「確かにアメリカ軍はれっきとした正規軍だ。だが、武器は劣るとはいえ、我々も訓練を積んだ正規軍を投入するのだ。犠牲は
大きいかもしれんが、やってみる価値はある。」
「やるとしても、50万のうち、すぐに動かせるのはせいぜい、30万が限度ではないか?北西部の反乱軍を包囲している20万の
部隊は、おいそれと動かせる兵力ではないはずだ。」

トレスバグトは、厳しい口調で指摘した。だが、ガンサルはそれを待っていたかのように、不敵な笑みを浮かべる。

「うむ。今の状況では、30万ほどしか動かせない。反乱軍を抑えている20万の軍勢は、君の言うとおり、簡単には動かせない。
しかし、それもやがては解決する。」

ガンサル元帥は、玉座に座るインリク国王に視線を向けた。

「ガンサル。例の部隊は、既に西岸部にいるのかね?」
「はい。部隊は予定通り、3日後にトルトスタン近郊へ到達します。」
「そうか。順調のようだな。」

インリクはそれまでと打って変わった表情になった。

「陸軍特殊部隊と、教会側の共同作戦だ。失敗は許されん。」
「ええ、勿論です。」
「共同作戦が成功すれば、反乱者共を抑えていた軍も動員して、アメリカ側との会戦にも使える。」

「あの・・・・失礼ですが。」

トレスバグトは、国王と陸軍総司令官の会話の内容が全く理解できなかった。
(教会側と陸軍特殊部隊の共同作戦だと?そんなもの私は聞いていないぞ。もしかしたら・・・・ガンサルと陛下は、
他の者には内緒で、極秘の作戦を計画していたのか?)
彼は、内心で呟いた。

「諸君にはまだ言っていなかったが・・・・私は、この時に備えて、ある物を用意した。それを使えば、煩わしい反乱者共は一層される。」
「ある物?」

トレスバグトは、不安げな口調でガンサルに目を向ける。
ガンサルは、意味深な表情を浮かべた後に、会議の参加者全員に向けて言い放った。

「これから、陛下がおっしゃられる事は、口外無用である。皆の物、心して聞け。」

ガンサルが皆に言った後に、インリクが咳払いし、それから極秘作戦の内容を打ち明けた。


それから20分後。会議室の参加者達は、一部を除いて皆が恐怖に怯えた表情を浮かべている。
対して、国王やガンサル元帥は、なぜか意気揚々としていた。

「ガンサル元帥。それに陛下。」

トレスバグトは、冷静な口調で2人を交互に見やった。

「本当に、実行に移されるのですか?」
「他にどのような手段があるのかね。」

国王は、冷たく突き放すような口ぶりでトレスバグトに言う。

「私は、このレーフェイル大陸を統べる王として、最善と思われる方法を選んだに過ぎない。例え、数十万の属国民が
アンデッドになろうとも、所詮はマオンド人ではない。一部を切り捨てる事で全てが助かるのならば、それで良いではないか。」

インリク国王は、愉悦さえ感じていそうな口調でトレスバグトに言う。

「それとも何か?海軍総司令官は、余の判断に異を唱えるのかね。」
「・・・・・・・・・・」

トレスバグトは、しばし押し黙った。
(こんな間違った方法で、戦争に勝とうとするとは・・・・)
彼は内心で、この共同作戦に賛同できなかった。
彼としても、マオンド人以外の属国民に対しては、どこか見下したような思いがあったが、それでも、属国民の中にはマオンド人よりも
優れた者も居ると確信し、ある意味では属国民も捨てた物ではないと思っていた。
だが、国王と陸軍総司令官が計画した作戦は、そのような使える人材も全滅させる外道の作戦であった。
トレスバグトは、異を唱えたかった。
しかし、長い間軍人として生きてきた彼は、体に染み込んだ王室に対する忠誠心が根強く残っている。
人間トレスバグトとして判断するか。軍人トレスバグトとして判断するか・・・・・
迷いは、僅か10秒で終わった。
彼は・・・・・

「いえ。陛下の唱えられる案に、依存はありませぬ。」

軍人として、判断した。いや、してしまった。

「うむ。君も理解してくれたか。」

インリク国王は、満足した表情で大きく頷いた。

「諸君。我々は、敵の攻撃に対して大きなショックを与えられてしまった。だが、アメリカ軍が調子に乗るのもこれまでである。
我々は、敵に対して反撃に出る。これは、苦しい戦いになるかも知れぬが、少しでも勝算を得るべく、我らマオンドは使える物は
全て使う。恐らく、この2週間ほどが山場だろう。だが、私はこの試練を乗り切れるであろうと思う。諸君、大なる勝利を再び、
この手で勝ち取ろうではないか!」

国王は、熱を帯びた言葉を、会議の参加者達に聞かせたが、ただ1人。
海軍総司令官であるトレスバグト元帥だけは、国王の判断を指示したこと後悔し始めていた。
(反乱軍は、支配地域に30万もの一般住民を抱えている。国王や陸軍総司令官は、その40万以上の人達に・・・・・)
トレスバグトの脳裏に、地獄さながらの光景となったトルトスタンの町が浮かび上がる。
道には、歩き回る死者で埋め尽くされ、所々で死者に貪り食われる生存者の悲鳴が聞こえる。
行ける死者の数は、やがては北西部のみならず、半島一帯に及ぶ事になる。
そして、マオンド軍がこれを“駆除”し、そこに自国民を入植させて、純然たる領土に仕上げるであろう。
国王を始めとする会議の参加者達によって、6月20日に起きるであろう惨劇は、既に起こったも同然の物となっていた。

6月17日 午前1時 ヘルベスタン領南西部ラントバグト

港町エルケンラードから北東に20ゼルド離れた森の中の街道を、その馬車の縦隊は高速力で疾走していた。
森の中とはいえ、よく整備され、幅の広い街道は、旅路を急ぐ物達にとっては格好の通り道である。
馬車の荷台の中で、揺れに身を任せていた痩身の男は、御者台と荷台を隔てる幌を取ってから、御者台に座る片方の男に声を掛けた。

「おい!今は何時だ!?」
「ハッ、隊長!ちょうど、午前1時を過ぎたところであります!」

馬の蹄の音と、車輪が回る音で喧しく、普通に喋っては聞こえないため、会話は自然に大きく叫び合う形となってしまう。
時間を聞いた男は、幌を閉じて荷台に戻り、目の前に座っていたローブを着た男に声を掛けた。

「導師。今はちょうど、午前1時を回った頃です。」
「1時ですか。まだまだ夜は長いですねぇ。」

ローブを着た男は、何かを待ちわびるかのような口調で返した。
いや、実際に待ち侘びていた。

「ルトンナゴ中佐。本当に、時間という物は長くて、鬱陶しいですな。」
「まぁ導師様。楽しみは後にとって置くほど、快感が増す物ですよ。」

隊長であるゾルトゥク・ルトナンゴ中佐はニヤリと笑いながら、荷台に積まれている木箱に顔を向けた。

「しかし、教会側も奮発しましたね。」
「ははは。邪教徒共を一掃できるのなら、これぐらいの事はお安いご用です。不死の薬を、邪教徒共の拠点でばらまけば、
後は馬鹿になった奴らを簡単に駆除するだけ。ナルファトス教と軍が、技術を出し合った賜ですよ。これの効果は、既に
人体実験で確認済みです。薬を入った水を飲めば、最短で3時間。遅くても半日で一度は死に、その後は不死の体となって
蘇ります。薬自体は水のような物ですが、高い熱に弱いので、薬の側で水を沸かそう物ならば、もはやその薬は熱に当てられて
使い物にならなくなり、あとはただの糞まずい水溶液になってしまいます。」

「なるほどね。しかし、不死・・・・とまでは行かないのでは?」

ルトナンゴ中佐が、穏和な口調で指摘する。

「アンデッドとなった者は、確かに不死に近いですが、頭を潰されたり、首を落とされれば元の死体に戻ってしまいます。」
「おおっと、ついつい間違った事を口走ってしまいましたか。これは失礼しました。」

間違いを認めた銀髪の青年は、恥ずかしそうに笑った。

「でも、そうされぬ限り、アンデッド達は生き続けます。腹を割かれようが、手足を切り落とされようが、アンデッドは獲物に
食らいつきます。それに、アンデッドとなった者は馬鹿が多いのですが、中には自我を残す者もちらほらと出てきます。そういった
アンデッドは始末に悪いのですが、その結果、我々は更なるアンデッドを作り上げることが出来ました。」

導師は、笑みを絶やさずに、積み上げられた木箱を見つめた。

「その新しいアンデッドを作り上げる材料が、ここに入っています。このアンデッドならば、首を落とされようが死にはしません。
最も、破壊力の大きな武器で攻撃されれば、流石に死んでしまいますが、剣や弓矢でやられても体が頑丈なので、そうそう傷は付きません。」
「銃とやらで攻撃されたら・・・・どうなるのですか?」
「う~ん・・・・そこの所は分かりませんねぇ。でも、簡単には死なないと思いますよ。」

導師と呼ばれる青年は、軽やかな口調でそう言った。
ルトナンゴ中佐は今、目の前の導師と呼ばれる青年。もとい、ナルファトス教の導師であるレード・ラナスクと共に、部隊を率いて
反乱軍の拠点があるトルトスタンに向かっていた。
彼は、自らの部下と、ラナスク導師が引き連れてきた8人の信者(教団の戦闘部隊から選抜したエリートである)を馬車6台に分乗させている。
彼らの任務は、トルトスタン近郊に辿り着いたら、一般住民に変装して、トルトスタンの町に潜入し、木箱の中身を救援物資と偽って渡す、と言う物である。
ルトナンゴ中佐や、ラナスクの率いる部下達は、いずれも潜入戦のプロであり、レーフェイル大陸統一戦争時には、敵に上手く偽装して、後方遮断作戦を行い、
あるいは異教徒の抹殺を行っており、実戦経験は豊富であった。

そんな彼らにとって、今度の極秘作戦は願ってもない任務だ。
この作戦が成功すれば、陸軍側は今後の戦局が有利になるし、教会側は異教徒の駆逐という“義務”をまた1つ成し遂げられる。
今の所、目的地へは順調に進んでおり、こちらの極秘作戦が敵に察知された気配もない。
後は、与えられた仕事をこなすだけであった。

「あと3日足らずですか・・・・早く現場に到達するといいですなぁ。」

ラナスクがそう言った時、唐突に何かの音が響いてきた。

「隊長。アメリカ軍機です。」

御者台にいた部下が、ルトナンゴに報告してくる。
彼自身、上空から聞こえてくる発動機特有の音を聞き取っていた。
音は、さほど大きくない。

「敵の偵察機だな。」

ルトナンゴは、上空の敵機が偵察にやって来ているのだと思った。
アメリカ軍は、昨日の早朝に、ラントバグトから僅か20ゼルド離れたモンメロという地点に上陸してきた。
時折、モンメロ周辺に展開していた陸軍第12軍から魔法通信が発せられ、部隊にいる魔導士が内容を教えてくれているが、
状況はマオンド側にとってまずい物になりつつあるという。
ヘルベスタン領のマオンド軍にとって、敵のモンメロ上陸は寝耳の水の出来事であるが、こんな日にも、アメリカ側は偵察機を飛ばしている。
アメリカ軍の偵察機が夜間に飛んでくるようになったのは、1週間前からだ。
偵察役に使われている機体は、ここ最近登場したばかりのインベーダーと呼ばれる双発の新鋭機で、夜間に単機、あるいは2機の少数で
飛んできては、街道や橋梁、あるいは都市の上空に照明弾を落として帰っていく。
中には、行きがけの駄賃とばかりに、目に付いた軍事施設に爆弾や機銃弾を叩き込む機も居るため、なかなか油断が出来ない相手である。
上陸日前日は、一際多くのアメリカ軍機が夜間に飛来し、ヘルベスタン領の各地に不審な物を投下していった。

その不審な物が何であったかは定かではないが、軍の上層部は、ヘルベスタンの領民に決起を促すような物を投下したのではないか?と判断している。
街道の前方に爆音が過ぎ去っていった、と思ったとき。いきなりやや遠めの所に白い光が煌めいた。

「照明弾を落としたのか。」

御者台に座っていた兵士は、上空でゆらゆらと揺れる白い光の玉を見ながらそう言った。
それから2分後、唐突に、街道の真ん前に人が現れた。
その人影は、片手に槍を持って、馬車の行く手を阻んでいた。

「止まれー!」

人影が、大声で言ってくる。姿形からして、同じマオンド軍の兵士のようだ。
御者は馬のスピードを緩め、そして人影の前で止めた。

「お前達は補給隊か?」

少尉の階級章を付けたその将校は、御者の顔を見つめるなりそう聞いてきた。
よく見ると、その将校の後ろに上手く偽装された櫓があり、その中には4、5人ほどがおり、遠目でこちらを見つめている。

「いえ、少尉殿。自分達はこれから部隊を率いて、反乱軍と対峙する部隊と合流する所です。」
「隊長はおられるか?」

少尉は、すかさず御者の兵士に聞く。

「はっ。少しお待ち下さい。」

兵士はそう言ってから、後ろの幌をめくって、荷台のルトナンゴ中佐に声を掛ける。

「隊長。」
「ああ、わかってる。責任者を出せと言ってるのだろう?」

ルトナンゴ中佐は言いながら、幌から顔を出した。

「私が、この部隊の責任者であるルトナンゴ中佐だ。」
「ハッ!私はこの検問所の指揮官であります、ゲルィン・トールム少尉であります。」
「この辺鄙な所に検問所とはな。ここら辺一体は、主立った軍事施設は無いはずだが。」
「中佐殿、実を言いますと、ここら5分ほど離れた場所に、秘密の物資集積所があるんです。3日前に急造されたばかりのやや手狭
(それでも普通の野球場ぐらいの大きさがある)な集積所ですが、ここには2個師団分の各種必要物資が置かれております。今は、
モノの上に偽装網を被せて厳重に秘匿しております。」

少尉はそう言いながら、上空に煌めく白い光を、まるで嘲笑するような顔つきで見つめた。

「あそこの照明弾は、小川の上にある橋の上で光っています。恐らく、敵の偵察機か何かがやって来て、ここの位置を掴もうとしている
ようですが、敵さんもご苦労なことです。」

照明弾は、問題の物資集積所から南に400メートルも離れた見当外れの位置を照らしている。その真下には小さな橋があるだけだ。

「付近に現地民の住処はないのか?」
「あるにはあるのですが、住民はとっくにどこかに逃げてしまいました。途中で行商人と思しき通行人は何度か見ていますが。」
「ここ最近は、どこもかしこも酷い状況だからな。逃げ出したくもなるさ。」

ルトナンゴ中佐は自嘲気味に呟くと、少尉は思わず苦笑した。

「中佐殿はお急ぎでありますか?」
「うむ。今すぐにでも、反乱軍と対峙している味方部隊に合流したいんだ。俺達は、戦況を打破できる新兵器を持っているからな。
残念ながら、君達には、馬車に積んである新兵器が何であるか教えられんが。」

「構いませんよ。あなた方が挙げるであろう勝利の報告を、首を長くして待っておりますから。」
「こいつ、上手い事言いよる。」

ルトナンゴ中佐は、なかなか気さくな事を言う少尉が気に入った。
この時になって、先ほども聞いた偵察機の爆音が再び上空で木霊し始めた。

「敵さん、なかなか仕事熱心だな。」
「フフ。今日もただ、飛び回って終わりですよ。とりあえず、お手数ですが通行証を見せて貰えないでしょうか。」
「ああ、いいぞ。」

ルトナンゴは、少尉に通行証を渡した。アメリカ軍機は相変わらず1機のみのようで、上空を旋回しているようだ。

「結構であります。ご武運を。」

少尉はルトナンゴ中佐に通行証を渡すと、道の側に外れた。

「よし、前進再開だ。」

彼は、御者の兵士に向かってそう告げると、兵士は馬に指示を下して再び前進し始めた。
5分ほど走ると、森が開けてきた。

「なるほど、ここが物資集積所か。」

ルトナンゴ中佐は、暗闇にぼんやりと浮かぶ、秘匿された物資の山に目を奪われた。
彼らが、物資集積所の側をあと一歩の所で駆け抜けようとしたその瞬間、突然、後方で青白い光がきらめいた。

「!!」

驚いた中佐は、慌てて後ろを振り返ろうとした。唐突に、ダーン!という爆発音が轟き、青白い光にまじって
オレンジ色の光が後方で灯り、馬車隊の明瞭な影が地面に写し出された。

空母エンタープライズから発艦した8機のドーントレスと12機のアベンジャーは、同じTG72.2のボクサー隊のアベンジャー8機と、
TG72.1のイラストリアス隊のヘルダイバ-6機、アベンジャー10機、ゲティスバーグ隊のアベンジャー10機と共に、問題の
物資集積所から南に7マイル離れた空域まで接近していた。
夜間攻撃隊の指揮官であるエンタープライズ雷撃隊隊長のウィリアム・マーチン少佐は、前方に見える照明弾の光と、その下にゆらめく
オレンジ色の光をはっきり見る事ができた。

「こちら指揮官機。目標が見えた!証明隊はよくやったぞ!」

彼は、2機のアベンジャーの働きぶりに満足した。
この日、第72任務部隊は、司令官であるジェイムス・サマービル中将の命令の下に、敵の野戦物資集積所を夜間爆撃する事になった。
夜間飛行の出来るパイロットは、本国の訓練システムが改善された甲斐もあって、開戦時と比べて大幅に増え、今回の夜間攻撃も多くの
航空機を向かわせる事が出来た。
この56機の夜間攻撃隊の指揮官には、ベテランであるウィリアム・マーチン少佐が選ばれ、攻撃隊は現地のレジスタンスから得られた
情報を元に、目的地へ向かった。
攻撃隊が、モンメロ沖80マイル地点から発艦して1時間半が経ったとき、先行していた照明隊のアベンジャー2機が、待機していた
レジスタンスの信号(光源魔法によって合図を送ってきている)をキャッチし、目標の大まかな位置を特定した。
そして、2機のアベンジャーは照明弾と共に、2発ずつの500ポンド爆弾を物資集積所に投下した。
照明弾の光と、爆弾炸裂の火災炎は後続の本隊にもはっきりと確認できた。

「隊長!物資集積所の左側100メートルの街道に、物資を積んだと思われる馬車隊を発見しました。」

照明隊の指揮官機が、今しがた発見した馬車隊の情報を知らせてきた。

「馬車隊だと?何台だ?」
「6台です。」

照明隊の報告を聞いたマーチン少佐は、しばし考え込んだ。

「うーむ、6台程度なら大した量は積んでないな。俺達の任務は、敵の野戦補給所を破壊することだから、雑魚は放って
おいてもよさそうだ。」

彼は、気軽な口調でそう言った。
だが、脳裏には別の考えも浮かんでいた。
(いや、ザコといえども、あの6台の馬車隊は前線に向けて武器を満載している。たかが6台だが、その6台に積まれた
武器が、上陸部隊の将兵を殺傷するかもしれない。なら、ここでその馬車隊を吹っ飛ばして、少しでも陸軍の連中を手助け
した方がいいかもしれない)
彼は短い思考を終えると、攻撃隊の全機に向けて命令を発した。

「全機に次ぐ。目標を発見した。これより攻撃に写る。目標はでかい、好き放題にやれ!」

彼はそこまで言ってから一旦言葉を区切り、次いで、新たな指示を下す。

「VT-6は、第1小隊は俺に続け。残りは敵の物資補給施設を攻撃。指揮はフラナガン大尉が取れ。」
「了解。母艦で待ってますよ。」

無線機越しに、艦爆隊の分隊長であるフラナガン大尉が応答した。
8機のドーントレスに率いられた8機のアベンジャーは、小火災が発生した物資集積所に向かう。
森は、物資集積所の周囲からは途切れており、後は草原が広がっている。

「照明隊、馬車隊の位置はわかるか?」
「物資集積所より北西300メートルの所を高速で突っ走っています。もうそろそろ照明弾の光が消えます。」
「まだ照明弾は残っているか?」
「ええ、あと2発残っていますよ。」
「残りの2発を、馬車隊の上に落としてくれ。俺達が攻撃する。」
「了解。胸のすく爆撃を期待していますよ。」

会話はそれで途切れた。

マーチンは、機首を物資補給所の咆哮よりやや左側へずらした。
やがて、目標と思しき場所の上空に照明弾が灯された。青白い光の下に、微かながらうごめく物体が見える。
それは紛れも無く、補給物資を満載して疾走する馬車隊であった。
距離は、大雑把でも8000メートルほどであろう。

「突っ込むぞ!」

マーチンは、他の3機のアベンジャーに向けて言うと、愛機の速度を上げた。
エンタープライズのアベンジャー隊は、胴体の爆弾倉に2発の500ポンド爆弾を搭載し、うち1発はナパーム弾である。
ナパーム弾は、今年の6月に輸送船から回されてきたばかりの新兵器で、拠点を防衛する敵を一気に焼き払う目的で開発された物だ。
通常の焼夷弾と違って、ナパーム弾は油脂類であるナフサとパーム油と呼ばれる粘質のある油脂を混ぜ、それを弾体に入れて使用される。
実地試験では、900度から1000度以上の高熱を発して、固い目標物を瞬時に消し炭に変えたという恐ろしい兵器である。
今回搭載されたナパーム弾は、外見は航空機のドロップタンクと瓜二つの格好をしている。
ナパーム弾の実戦使用は、今回が初めてであり、今日の補給物資集積所の攻撃に多大な効果を発揮するであろうと思われていた。
4機のアベンジャーは、高度2000メートルから徐々に高さを下げていく。
照明弾の光に照らされた6台の馬車は、向かってくるアベンジャーに気が付いたのか、にわかに増速し始めた。
だが、せいぜいが40キロ、早くて50キロ近くしか出せぬ馬車に対して、アベンジャー隊は400キロ近い速度でみるみるうちに接近してくる。
距離はあっという間に縮まり、アベンジャーの高度が300メートルになった時は、馬車隊との距離はさほど離れていなかった。

「爆弾投下!」

マーチンは、敵との距離が400を割った所で爆弾を落とした。その時、先頭の馬車が右手に方向転換した。
(今更進路を変えても遅い!)
マーチンは、敵の稚拙な判断に内心で喝を入れながら、機銃の発射ボタンを押した。
両翼の12.7ミリ機銃がダダダダダと、音を立てながら放たれ、曳光弾が馬車隊の列をミシンを縫うように駆け抜けていく。
マーチス機が馬車隊の上空をフライパスした時、投下した爆弾が地面で炸裂した。
最初に落下した500ポンド通常爆弾は、3台目の馬車から右側に10メートル離れた位置で爆発した。
さほど離れていない位置に炸裂した爆弾は、脆弱な馬車の車体をあっさりと跳ね飛ばし、夥しい破片が馬、御者、幌の中にいた兵士や
積荷全てを切り刻み、あるいは引っ掻き回した。

派手に横転した3台目の馬車は、木造の荷台が破片を撒き散らしながら3度も回転し、そして停止した。
そのすぐ横にナパーム弾が落下した。信管が作動するや、弾体から紅蓮の炎が吹き出す。間近で火炎を浴びた3台目が、瞬時に火達磨と化す。
燃え切れなかった燃焼剤が周囲に飛び散るか、ハイスピードで前方に駆け抜け、直撃を免れた筈の2台目の馬車を飲み込んだ。
あっという間に炎に包まれた馬車は、そのまま炎を纏わりつかせたまま全速で街道を疾走し、すぐに停止する。
辛くも難を逃れたはずの1台目は、アベンジャー3番機からの機銃掃射をもろに受けてしまった。
高速弾が、馬を操っていた御者や馬、中の人や積荷を分け隔て無くゴミ同然の破片に変え、俊敏であった馬車の勢いが瞬時に衰える。
そこに2番機の爆弾が直撃し、小さな車体は文字通り木っ端微塵に吹き飛ばされてしまった。
積荷は爆弾炸裂時の高温で消し飛んでおり、残ったのは、宙に舞い上がった微か燃えカスぐらいであった。

一方的な殺戮は、僅か5分で終わった。
マーチン少佐は、草原の上で燃えている火の固まりに目を向けた。
そこには、今さっきまで必死に街道を駆けていた馬車隊の名残があった。
6台の馬車は、例外なく全て爆砕されるか、焼き払われ、ヘルベスタン領の大地に僅かな痕跡のみを残していた。

「敵とはいえ、哀れな物だ。」

マーチンは、少しばかり敵に同情していた。
これから味方部隊を助けようと、勇躍前線に向かおうとしたら、突然現れた凶敵に襲われ、為す術も無く死んだ敵兵の恐怖は、計り知れぬ物があるだろう。

「今まで、マイリー共は現地民に対して、やりたい放題していたとはいいますが・・・・・今度は、奴らに舞台が回ってきた訳です。ヘルベスタン人の
味わった恐怖を、あいつらも少しは理解できたでしょうな。」

電信員がマーチンに言ってきたが、彼はただ無言のまま、爆撃によって火の塊となった馬車隊の名残を見つめていた。

この日の夜間攻撃は、アメリカ側に1機の喪失も無く終わりを告げた。
空襲を受けた野戦物資集積所は、艦爆隊や艦攻隊の猛爆によって完膚無きまでに叩き潰された。
マオンド側は、また1つ貴重な物資集積所を失ったのである。
だが、アメリカ側は、この物資集積所以外にも目立った損害を与えた事に気付いていなかった。
マーチンらが、普通の補給隊と思い込んで爆撃した馬車隊は、災厄の種を、反乱側の市販地域に持ち込もうとしていた。
だが、米機動部隊の急な夜間空襲。そして、指揮官機の気まぐれによって、マオンド側の目論みは早くも崩れることとなった。
後年、エンタープライズ隊が爆撃した馬車隊が、実は極秘作戦のために用意された特殊部隊と最凶最悪の積荷を運んでいたことが判明するや、
世間は驚愕の渦に包まれた。
その発表から後に刊行されたモリソン戦史には、この日の夜間空襲に関係する部分の最後に、こう記されていた。

「神の名の下に、悪魔ですら目を背けるような所業を行おうとしていたマオンド側であったが、この時の出来事は、
まさに天罰に等しい結果と言えたであろう。」
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