自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

293 第215話 マーケット・ガーデン作戦発動

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第215話 マーケット・ガーデン作戦発動

1485年(1945年)1月21日 午後11時50分 レスタン・デイレア領境クキリド

日付が変わるまであと10分程を残したその日の深夜。偽装された天幕の側に、1台の装甲車が停止した。
装甲車の中から、3人の人物が現れ、彼らは直立不動の態勢で迎えて来た警備兵に敬礼を送りながら、天幕の中に入って行った。

「すまないが、失礼するよ。」

先頭を切って中に入った人物が、薄明るい中で6人の部下と共に戦況地図を見つめている将官に声をかける。
振り向いた将官は、はにかんだ表情で先頭の男を迎えた。

「これは軍司令官閣下。」

赤毛を肩のあたりまで伸ばした凛とした顔つきの将官が、親しみを込めた口調で、軍司令官と呼ばれる男に向けて喋る。

「こんばんは……と言うのは少し違いますかね?」

バルランド陸軍第1機械化軍団司令官であるリーレイ・レルス少将は、軽い口調で冗談を言った。

「いや、ちっとも違わないな。最も、あと10分も経てばおはようございます、と言わなきゃならんが。」

第1機械化軍団を第2機械化軍団と共に統率する第62軍司令官のベルージ・クリンド中将は、レルス少将に向けて冗談で返した。

「各部隊とも準備は万端です。あとは、時間が来るのを待つだけです。」
「いよいよ、決戦が始まるな。」
「ええ。遂に、ですね。」

レルス少将は自信の満ちた口調で言う。

「これまでの訓練の成果を、今こそ発揮する時です。」
「よくよく考えれば、一昔前までは、鉄の箱に乗って敵陣に突っ込む、なんて事は考えられなかった物だが……戦争は変わった物だ。」

クリンド中将は、感慨深げにそう呟いた。
バルランド軍は、アメリカがこの世界に召喚されるまで、剣や弓等の古めかしい装備でシホールアンル軍と戦っていたが、アメリカが召喚
された後は、他の南大陸軍同様、バルランド軍もまた急激に近代化を遂げて行った。
剣や弓は、ライフルとサブマシンガンに取って代わられ(剣に関しては近接戦闘用として未だに装備されている)、騎兵は装甲車や戦車を
代わりに使い、シホールアンル軍と戦ってきた。
現在、クキリドに待機している第62軍の各師団は、全てが米式装備で固められた機械化部隊である。
第62軍には、ジープやトラックは勿論の事、M4シャーマン戦車や155ミリ榴弾砲等の重火器もアメリカ軍並みに行き渡っている。
アメリカ製兵器の威力は、既にエルネイル戦で実証済みであり、兵士達も絶対の自信を持っていた。
米式装備で身を固めたのはバルランド軍だけではなく、この作戦に参加するミスリアル第1軍とカレアント第27軍もまた、米陸軍を
手本とした機甲、装甲師団や機械化部隊を有していた。
今では、アメリカ式装備がすっかり馴染んだ南大陸各軍の将兵達も、最初は驚きの連続だった。
クリンド中将は、アメリカ陸軍の士官から機甲戦術という物を学んだが、戦車はおろか、それを用いた実戦すら見た事の無い彼にとって、
まさに未知との遭遇であった。
レルス少将も同様で、彼女は歩兵が戦場で迅速に機動出来る事など想像した事も無かった。
だが、その驚きはやがて興味へと代わり、バルランドを始めとする各国軍の兵士達は、初めて学ぶ現代戦にすっかりのめり込んでいった。

「馬に跨って敵を蹴散らす時代はもう終わりましたからね。今は、優れた火力と、高機動力を有する快速部隊の時代です。」
「そうだな。」

クリンド中将は、レルス少将の言葉に頷いた。

「新時代というものは、かくも響きの良い言葉であるが、同時に、それまで良かったと言う物も風化させる、寂しい言葉でもある。
レルス君。私の様な古い武人には、時代の急激流れと言う物はいささか、応えてしまうよ。」

彼は苦笑混じりにそう言い放った。

「ひとまず、第1機械化軍団も準備万端と言う事だな。うむ、流石はバルランド一の精鋭部隊だ。」

クリンド中将は時計に目をやる。時刻は11時55分を指していた。

「これ以上居ては邪魔になってしまうね。では、私はこれでおいとまさせてもらう。頑張ってくれよ。」

クリンド中将は微笑みながら、レルス少将を始めとする軍団司令部の幕僚達に握手を交わした。
軍司令官が天幕を離れ、装甲車で立ち去る音が聞こえた後、レルス少将は、軍団の情報参謀であるエルッカ・ロークッド少佐に顔を向けた。

「さて、あたし達も出るとしますかね。」
「ちょっと、またですか?」

レルス少将とは長い付き合いであるロークッド少佐は、あからさまに嫌そうな顔を見せた。

「昨年8月の攻勢でも危ない目に遭ってるのに、凝りませんねぇ。」
「何言ってんだい。昔のように、剣で相手を切り殺せなくなった以上、出来る限り、考えながら近付いて前線の将兵を鼓舞するのは、
指揮官として当然の事だよ。」

レルスは胸を張ってロークッド少佐に堂々と語る。
(考えながらって……キリラルブスに近距離で砲弾をぶち込むほどの最前線に立っていながら、何言ってんのやら)
そんなレルスに対して、ロークッドは半ば呆れていた。
リーレイ・レルス少将は、平民の出ながら優秀な士官としてバルランドでは有名であり、シホールアンルとの戦争が開始されてからは、
その勇猛な戦いぶりからバルランドの荒騎士と呼ばれるまでになっている。
彼女の特徴は、その荒騎士という言葉の通り、常に前線で戦う事にあり、その姿勢は、陸軍が米式装備で近代化を果たした今も全く変わっていない。
昨年のジャスオ戦では、8月の攻勢以外では無闇に最前線に出て、敵相手に銃を撃ちまくったり、剣で殴り込んだりする事は全くなかったが、それでも、
前線から5キロ以上離れた場所にはあまり行く事が無かった。
レルスの積極果敢な……言い方を変えれば、無鉄砲そのものの行動が彼女の持ち味となっているが、長年、彼女に付き添っているロークッドは
あまり好ましく思っていなかった。

「良いと言う事は確かに分かるんですが……シホールアンル軍も昔とは比べ物にならないほど進化しているんですよ。閣下もそこの所は考えて
いただかないと。」
「あんたの言う通りだね。連中も色々と変わって来てる。」

レルスは頷きながら、心中では南大陸軍と同様に、劇的に変化し続けているシホールアンル陸軍の事を考える。
シホールアンル軍も、南大陸軍と同様に急激な変化を遂げている。
一昔前までは、騎兵が蹂躙した後に、キメラやバフォメットといった召喚獣や、ゴーレムを伴った重装歩兵が主役となっていた。
しかし、米軍と戦うにつれて、シホールアンル陸軍の姿は急激に変化し続け、今では戦車と同様の働きを担うキリラルブスという機動型ゴーレムや
更新されたばかりの野砲、そして快速機動が出来るように工夫された軽装の歩兵が前線に現れ、騎兵や重装歩兵、そして召喚獣や攻勢魔法を使った
魔法戦を担う魔道士の集団は姿を消している。
アメリカ軍という強大な敵と戦い、多大な犠牲を強いられてきたシホールアンル軍だが、装備が一新された彼らは、アメリカ軍や南大陸軍と同様に
機動戦をもこなす近代軍隊に進化している。
今度の決戦では、互いに機動戦を仕掛け合う壮大な乱闘になるであろうと、レルスは思っていた。

「これまでに散々打ちのめされて、士気が落ちているかと思われがちだけど、シホールアンルの連中はそうやわじゃない。装備も一新された事も
あって、奴らは却って、士気旺盛になっている。私も、今までのようにのこのこと、前線に顔を出せなくなるかもしれないな。」
「閣下……やっと、私の言う事が分かってくれましたか。」

ロークッドは、目の前の上司が発した意外な言葉に唖然となりつつも、表面上は冷静さを保ちながらそう言った。

「でも、だからこそ、前線巡りは止められないね。」
「……え?」

ロークッドは固まってしまった。

「それに、うちの軍団の隣には、パットンさんのアメリカ第3軍も控えているからね。まごまごしていたら、あの火の玉将軍に尻を蹴飛ばされかねない。
だから、あたしは前線に出向いて将兵の士気を鼓舞し続ける。あんたには、これからも付いて来て貰うよ。」
「ああ……やっぱりですか。」

ロークッドは、レルスの心境に何ら変化が起こっていない事に失望しつつも、内心では仕方が無いと諦めた。

「閣下、そろそろ時間です。」

主任参謀が腕時計に目を向けてから、レルスに言う。
彼女は天幕の時計に視線を向けたあと、しばしの間、目を離さなかった。
10秒ほど、レルスが時計を見つめ続けた後、後方から砲声が響いて来た。

「さぁて、これから本番だ。」

司令部天幕の中に、レルスの単調な……ロークッドには愉しげにも思える言葉が響いた。


まだ真冬の寒さが夜の闇に満ちている中、レスタン・デイレア領境からやや南に布陣したアメリカ、バルランド、ミスリアルの各砲兵隊は、
日付が1月21日に変わったのを見計らって、一斉に砲撃を開始した。
この砲撃に参加した野砲は、アメリカ軍だけでも5000、バルランド、ミスリアル軍の物も含めれば、実に6000門以上もの野砲が
一斉に火を噴いた事になる。
この無数とも言える大量の野砲から放たれた砲弾は、領境の北側にあるシホールアンル軍陣地に向かって殺到し、次々と着弾した。
75ミリ、105ミリ、155ミリと、様々な口径の野砲が、ここぞとばかりに砲弾を撃ちまくる。
米国製の野砲を装備するバルランド、ミスリアル軍の砲兵は、初めてアメリカ軍の野砲を取り扱った時の事を思い出しつつも、今では
猛訓練ですっかり手慣れた一連の動作を鮮やかに繰り返し、重い砲弾を飽く事無く放ち続けて行く。
野砲の事前砲撃に見舞われたシホールアンル軍の各前線部隊は、構築した陣地の中に立て籠もりながら、連合国軍側から放たれる野砲弾の
雨にじっと耐えるしかなかった。
とある1発の砲弾が、巧みに入れ組んだ塹壕のど真ん中に命中し、伝令に走っていた運の悪いシホールアンル兵を木端微塵に吹き飛ばした。
別の155ミリ砲弾は、流動石を使って作られたある中隊本部の屋根に命中する。
その中隊本部は、設営隊が念入りに作ってくれた事もあって、155ミリ砲弾の直撃にも耐える事が出来たが、その強烈な衝撃は容赦なく伝わった。
真上から襲い掛かって来た猛烈な衝撃に、中隊本部に詰めていた指揮官と本部職員達は思わず床に転がされ、または壁に叩きつけられる等して、
多数の負傷者を出してしまった。

連合軍側は、2時間に渡って砲撃を行った後、第3、第5航空軍から断続的に夜間攻撃機を送らせ、シホールアンル側の陣地があると思われる
場所を徹底的に叩いた。
この夜間爆撃は、昨年の夏頃から急速に数を増やして来たレーダー搭載型のB-29を始めとし、夜間戦闘専門のA-26インベーダーを中心に行われた。
爆撃は最前線よりも、やや後方の部分に集中して行われ、攻勢発起地点で待機していた地上部隊は、爆弾が着弾した後に砲弾の誘爆と思しき二次爆発が
起きるのを何度も確認していた。
爆撃隊が空爆を終えた後は、断続的に砲兵隊が砲撃を浴びせ続けた。

日が上り始めた午前6時30分頃になると、ここ数時間ほど散発的であった連合国軍側の砲撃は再び激化し、午前7時までにシホールアンル側の
最前線部隊は野砲弾、ロケット弾を浴び続けた。
午前7時、待機していた連合軍部隊は、遂に前進を開始した。
アメリカ軍、バルランド軍、ミスリアル軍に所属する各前進部隊は、それぞれが、戦車を前面に押し立てて猛然と進み始める。
その大軍団は、冬の冷たい空気を蹴散らしながら、統率の取れた隊形でシホールアンル軍陣地に接近して行った。

シホールアンル陸軍第18軍に所属する第130軍団は、最前線に第90歩兵師団と第109歩兵師団を配備し、事前に構築された縦進陣地に
籠ったまま敵の接近を待ち構えていた。
第90歩兵師団第1歩兵大隊第3中隊の指揮官であるフォヴノ・スルィクラ大尉は、流動石で作られた防御陣地の銃眼から、砂埃を上げながら
突進を続ける敵戦車部隊を見つめていた。

「敵大部隊、依然接近中。距離は2000グレル(4000メートル)」
「先頭部隊を固めるのは、やはりシャーマン戦車か。見えるだけでも40両居以上は居るな。そして、あの後ろには更に同数の戦車が居る……」

スルィクラ大尉は忌々しげに呟く。

「俺達の師団に配置されている、独立石甲大隊のキリラルブスは36台しか居ないと言うのに、果たして、敵に大打撃を与えられるかな。」

彼はそこまで言った後、一部の言葉を訂正した。

「いや、残ったキリラルブスは36台じゃなくて、28台だったな。」
「対戦車用の野砲も、敵の空襲と砲撃で相当数失っています。中隊に残る野砲は、あと5門しかありませんよ。」

「10門中、残ったのが5門か……全滅しなかっただけでも儲け物だな。そして、残ったキリラルブスの半分が、長砲身砲搭載型と言う点でも。」

スルィクラ大尉は、伸びた顎の無精髭をさすりながら言った。

「中隊長!各員、配置に付きました!」

彼は、後ろから伝令役の魔道士の声を聞いた後、軽く頷いてから、後ろに振り返る。
彼の後ろには、粗末な机の上に置かれた地図がある。
その地図は、簡素ながらも地形が描かれ、その上に、線が縦と横に均等に引かれている。
「俺達が訓練を受けて来た、敵の快速部隊に対する戦法。それが上手く行くかどうかは運次第かも知れんな。」

彼は、誰にも聞こえぬような小声でそう言ってから、魔道士に顔を向ける。

「後方の砲兵陣地はどうなっている?」
「はっ。状況は思わしくないようですが、予定通り、砲撃は出来るようです。」
「事前に、地下に埋めるようにした事が利いているようだな。それでも、半数近くがやられたようだが。」

スルィクラ大尉は視線を地図に向け、銃眼から敵部隊を監視している兵に尋ねる。

「敵との距離は?」
「現在、1800グレルまで近付いています。こちらに真っ直ぐ突っ込んできます。」
「頃合いだな。」

スルィクラ大尉は頷くと、地図に顔を向けたまま魔道士に指示を飛ばし始めた。

「砲兵隊に連絡だ!座標、赤の54-2に砲撃を加えろと伝えろ!」
「座標、赤の54-2、了解!」

魔道士は頷くと、すぐさま後方の砲兵隊と連絡を取る。

5秒ほどが経つと、後方から砲声が轟いた。
前進中の敵戦車部隊の周囲に、5つの爆発が起きた。
精度はあまり良好とは言えず、飛来して来た砲弾の全てが、敵部隊の前面に落ちている。

「砲兵隊に連絡、300グレル下げ。」

弾着観測を行っている兵が、魔道士に伝える。魔道士はその言葉をそのまま、後方の砲兵陣地に伝えた。
後方の砲兵隊より新たな射弾が放たれ、それが敵の前進部隊に降り注ぐ。
今度はかなり近い位置で炸裂した。1発の砲弾は、一番右側を走っていた戦車の30メートル横に落下している。
(第2射でこの距離か。砲兵隊の連中、相当腕を上げたな)
スルィクラは、砲兵隊の腕前に感心しながら、淡々と任務をこなして行く。

「精度良好!全力射撃に移られたし!」

観測兵が、やや上気した口調で魔道士に伝えた。
10秒後、後方から砲声が轟くが、その音は先程よりも明らかに大きい。
今までの砲撃は、数門の方を用いた探り撃ちであり、弾着観測の意味合いが強かった。
海軍流に言えば交互撃ち方の様な物だ。
精度が良いと判断した今、使用できる砲を全て撃ち放って、敵部隊を足止めするだけだ。
敵部隊の周囲に大量の砲弾が降り注ぎ、先頭の戦車が噴き上がる爆煙に覆い隠される。
誰もがやったか、と思い、顔を緩ませたが、敵戦車は爆煙を突っ切って、尚も前進して来た。
新たな斉射弾が降り注ぎ、再び、敵戦車部隊が次々と噴き上がる爆煙に覆われる。
爆煙が晴れる前に、敵戦車は何事も無かったかのように煙を突っ切り、遮二無二に前進を続けるが、程なくして煙が薄れる。
先の砲撃でやられたのか、3両戦車が停止している。そのうち1両は火災を生じたのか、車体から濛々と黒煙を噴き出していた。
その後も、幾度となく野砲弾が降り注ぎ、敵の前進部隊を痛めつけて行く。
だが、敵の戦車部隊に与えた損害は思ったよりも少なく、敵が300グレルに迫った時には、まだ30両以上の戦車が隊形を
維持したまま驀進している。
敵戦車部隊の後方には、歩兵を積んだと思しき車両の存在も多数確認できる。

「中隊長!300グレルです!」
「よし!対戦車砲撃て!」

スルィクラ大尉は、待機していた対戦車班に命令を下した。
所定の位置で待機していた5門の50口径2.8ネルリ野砲は、目標に定めた戦車目掛けて一斉に砲弾を撃ち放った。
彼の中隊には、野砲2門で1個小隊、計5個小隊が指揮下にあったが、未明から続く砲撃と爆撃の影響で第1、第2小隊以外は全滅か、
半壊状態に陥った為、初期戦力の半数でしか敵を迎撃するしかなかった。
射撃は正確だった。
最初の初弾で、先頭の戦車に砲弾が命中した。
先頭の戦車を狙ったのは、第1小隊の2門の野砲であり、1発は外れて、敵戦車の右横をただ抉っただけに終わったが、もう1発は
敵戦車の右側の履帯部に命中した。
敵戦車は右側面下部から白煙を噴き上げた後、急に右側に旋回しかけ、その直後に停止した。
第2小隊と第3小隊の生き残りに狙われた戦車は、1発を正面に、もう1発を左側の履帯部に受けた。
正面に食らった砲弾が貫通し、内部で炸裂したのか、爆炎を噴き上げ、それから1秒後に大爆発を起こした。
敵戦車が、内部に搭載していた砲弾の誘爆を起こしたのは明らかだ。

「よし!まずは2両動けなくしたぞ!」

スルィクラ大尉は、幸先の良い成果に喜びの言葉を漏らした。
野砲の水平射撃で早速、2両を失った敵戦車部隊に対して、後方の野砲陣地から追い討ちとばかりに砲弾が放たれ、新たな連続爆発が
敵部隊の周囲に湧き起こる。
爆発が草原の土を高々と吹き飛ばし、煙がスルィクラ中隊と敵戦車部隊の間に漂い、視界を遮る。
スルィクラ中隊だけではなく、左右に隣接する同じ大隊の中隊もここぞとばかりに、野砲を放って敵部隊に打撃を与えて行く。
新たに2両の敵戦車が火を噴き、3両が履帯を切られて脱落する。
被害は戦車のみならず、後方で歩兵を輸送していた車両にも生じる。だが、敵部隊は続出する損害に構わずに、ひたすら前進を続ける。
距離が250グレルになった所で、スルィクラ中隊が新たに野砲を撃ち放った。
スルィクラ大尉は、新たに2両の敵戦車に砲弾が命中し、擱坐する光景を見つめていたが、この時、彼は、望遠鏡越しに敵戦車の車体正面に
描かれた紋章をはっきりと確認できた。
その紋章は、彼が今までに見て来た物とは明らかに異なっていた。

「あいつら……バルランド軍か。全く、厄介な物に身を包んで来た物だな!」

スルィクラは刺々しい口調でそう叫びながら、内心では、数ある同盟国にまで、自国産の兵器を豊富に提供できるアメリカの国力に驚かされていた。
これまで一方的に撃たれ通しだった敵部隊……バルランド軍のシャーマン戦車も、ようやく反撃を行って来た。
前進して来る敵戦車は、まだ30両前後はいた。そのうち、先頭を突っ走る10両以上の戦車が、スルィクラ中隊に向けて次々と備砲を撃ち放った。
スルィクラのいる銃眼のすぐ横で爆発音が響き、同時に強い衝撃が流動石で作られた頑丈な防除陣地内を頼りなく揺さぶった。
スルィクラは転倒しなそうになりつつも、何とか耐えた。

「中隊長!第3小隊の砲座が潰されました!操作にあたっていた兵は全員戦死!」

土まみれの伝令兵が中隊本部でもある防除陣地の中に飛び込み、緊張と興奮で上ずった声音でスルィクラに報告して来た。

「了解!他の砲座はどうなっている?」
「ハッ!残りは未だに健在です!」

その言葉を聞いたスルィクラは、ひとまず安堵した。
(4門残っているか。これなら、まだ戦える。)
彼がそう思った事に応えるかのように、生き残った第1、第2小隊の野砲が砲弾を放つ。
第90歩兵師団は、名前こそは歩兵となっているが、実質的には砲戦力を大幅に拡大した砲兵師団とも言うべき部隊である。
通常、シホールアンル陸軍の歩兵中隊は、30名編成の歩兵小隊が4つと火力支援用の魔道銃小隊2、そして、対戦車戦も担う野砲小隊が
1を主力に編成されている。
だが、第90歩兵師団のみならず、レスタン領東部に駐屯する各歩兵師団は、それぞれ野砲小隊を5つ増強していた。
各歩兵師団は、第90歩兵師団と同様に、ひとまずはシャーマン戦車を破壊、または行動不能にできるだけの威力を持った野砲を大量に装備し、
それを領境沿いに配置された最前線部隊に送り届けていた。
その効果は今、十二分に表れていた。
またもや、野砲に打ち取られたシャーマン戦車1両が白煙を上げて停止し、乗員が慌てふためいたように逃げ出して行く。
他の中隊もここぞとばかりに野砲を撃ちまくり、戦車や装甲車両に被害を与えて行く。
だが、敵の攻撃も熾烈であった。
バルランド軍のシャーマン戦車は、味方の被害を尻目に着実に前進を続ける。

シャーマン戦車は備砲をと同軸機銃を撃ちまくり、スルィクラ中隊は次第に押され始めた。

「中隊長!上空に敵編隊です!」

野砲の発砲音と魔道銃の射撃音、そして敵の砲弾が弾着する音が入り混じる中、防御陣地の外に陣取っていた兵士が甲高い声音で
スルィクラに知らせて来た。

「来たな。敵の航空支援だ。」
スルィクラは、望遠鏡で敵編隊を見つめる。
その敵編隊は、全て単発機で占められている。
単発機の編隊は、スルィクラ中隊の上空を通り過ぎて行った。

「あいつら、俺達を無視して行ったぞ。後方の砲兵陣地を狙っているな。」

スルィクラは、敵編隊の狙いが砲兵陣地である事に気が付いていた。
最前線を突破した敵編隊は、スルィクラの読み通り、砲兵陣地に向かっていた。
最前線部隊の後方8キロ地点に布陣していた第90歩兵師団直属の砲兵大隊は、敵機接近の報告を聞いた後も砲撃を止めなかった。
この砲兵陣地に襲い掛かった敵機はP-47であり、数は48機であった。
48機のP-47は、それぞれが8発のロケット弾と500ポンド爆弾1発を搭載しており、これらは小隊ずつに別れてから、
各々の目標に向かって行った。
迫り来るサンダーボルトに対して、陣地の周辺に配置された対空部隊が高射砲や魔道銃を撃ちまくって、爆撃を阻止しようとする。
真っ先に狙われたのは、野砲陣地では無く、対空陣地であった。
P-47は、ロケット弾の斉射でもって対空陣地を吹き飛ばし、生き残りの魔道銃を8丁の12.7ミリ機銃で薙ぎ払った。
無論、シホールアンル側も一方的にやられているだけではない。
1機のP-47が、横合いからまともに魔道銃の射撃を食らった。
頑丈が取り柄のサンダーボルトとはいえ、あまり離れていない距離で、12.7ミリ機銃以上に威力がある魔道銃を無数に浴びれば、
助かる道理が無かった。
被弾したサンダーボルトは胴体と主翼の付け根から火を噴き、そのまま地面に滑り込むように墜落した。
別の1機が待避間際に魔道銃の追い討ちを受け、機体と比べて防御が薄い垂直尾翼や水平尾翼に射弾を集中される。

飛行に欠かせない部位が一瞬にしてずたずたにされ、操縦不能に陥る。
パイロットは、爆撃成功に余韻に浸った直後、唐突に迫った死の恐怖に顔を歪める。
サンダーボルトは操縦不能に陥ったまま飛び続けようとしたが、やがて、砲弾のように放物線を描く形で飛行し、高速で地面に叩きつけられた。
対空陣地は、掩蔽壕に野砲が隠れるのを手助けするため、必死に戦ったが、如何せん、相手の数が多すぎた上、自分達が集中攻撃を受けたと
あっては、野砲を満足に守る事も出来なかった。
48機中、28機は野砲陣地に殺到した。
砲を操作していた兵が砲撃をやめ、掩蔽壕に重い野砲を隠そうとした頃には既に遅かった。
猛速で接近して来たP-47がロケット弾を放ち、ついでに爆弾を投下して行く。
ロケット弾の触発信管は、地面に突き当たった瞬間に炸裂し、周囲に夥しい破片が撒き散らされ、砲を避難させようとした砲兵達が次々になぎ倒された。
その直後に振って来た500ポンド爆弾は強烈な爆発を起こし、野砲を砲座ごと吹き飛ばした。

スルィクラ中隊を含む第1大隊を支援していた野砲陣地が壊滅するまで、さほど時間はかからなかった。

「後方の野砲陣地、被害甚大!壊滅した模様です!」

スルィクラは、魔道士から聞かされた報告に対し、眉をひそめた。

「やはりこうなってしまうか。あとは、キリラルブス大隊に期待するしかないな。」

彼はそう呟きながら、心中ではそろそろ後退の準備に入る事を決意していた。

「後方より味方のキリラルブス、接近します!」
「ようし、事前の打ち合わせ通りだな。」

スルィクラは味方部隊の対応の速さに感心しつつ、銃眼に顔を向けた。
敵戦車部隊は、スルィクラ中隊まであと100グレルに迫っている。
この時点で、彼の中隊に居た野砲は敵戦車の攻撃で全滅しており、あとは120名の歩兵と、野砲を操作していた兵が残ったのみだ。

「中隊長。敵戦車部隊の後方に居た敵歩兵部隊も多数が接近しています。」

「ああ。ここは、計画案3の通りに動いた方が良さそうだな。」

スルィクラは単調な声音で呟きながら、こめかみを伝う汗を服で拭った。

レスタン・デイレア領境に布陣するシホールアンル軍部隊は、昨年の9月より防御陣地の構築を開始し、攻勢開始直前までに何とか完成した。
レスタン・デイレア領境の最前線には8個歩兵師団が布陣し、連合軍の襲来を待ち構えていた。
防御陣地は巧みに構築されている。
防御陣地は、5重、6重の縦進陣地に分けられており、各歩兵師団は、最前線に全力を集中するのではなく、連隊規模の歩兵部隊を各戦線に配置している。
各戦線の距離は3キロ程で、後方の砲兵陣地は、各戦線の隙間に示された座標を狙い撃ちする事で、敵前進部隊を思う存分砲撃する事が出来た。
また、砲兵隊の配置も2段階に別れており、中間線と呼ばれる第3線並びに第4線には、各歩兵師団が保有する砲兵隊の半数が配置され、最後の第5線
並びに、第6線には残りの師団砲兵が配置され、中間線の砲兵隊は最前線から第3線付近を狙い、最終防衛戦の砲兵隊は中間線から最終防衛線付近の敵を
狙い撃つようにと、役割が分けられている。
また、これと同時に防御陣地も奥に行くにつれて巧みかつ、強力に作られている。
これに基づいて、最前線部隊には1から5までの計画案が末端に至るまで通達されていた。
計画案3は、敵前進部隊に対する阻止砲火が予定よりも早く減殺され、敵戦車部隊の蹂躙を受けそうになった際、キリラルブス大隊の支援を受けながら
最前線に布陣している歩兵部隊を、後方の陣地に後退させるとなっている。

「大隊本部より魔法通信!計画案3との事です!」
「了解!味方のキリラルブス大隊が発煙弾を発射したら、すぐに後退準備に入る。」

スルィクラ大尉は、部下の魔道士にそう告げた。
後方からキリラルブス大隊が現れたのは、それから1分程経ってからであった。
キリラルブスの接近に気がついたバルランド軍の戦車が、狙いをキリラルブスに向ける。
シャーマン戦車が砲弾を放つ前に、キリラルブスの放った発煙弾が敵戦車と陣地の間に突き刺さり、濛々と赤紫色の煙が流れる。
運が良い事に、風は南……敵戦車部隊の方に流れており、敵戦車部隊は、発煙弾に視界を遮られたため、備砲の射撃ができなくなった。

「シャーマン戦車からの砲撃が途絶えた。今の内に後方の陣地に飛び込むぞ!」
「了解です!」

スルィクラは、せき立てる様な口調で魔道士に伝える。魔道士もすぐさま、各小隊の魔道士に連絡を取った。
地面に縦横に張り巡らされた塹壕で、中隊の生き残り兵が動き回る。
塹壕は各戦線に向かって伸びている為、兵達は銃火が飛び交う地面に体を晒す事無く、後退する事が出来た。
塹壕は、事前の爆撃を受けたせいで所々が破壊されていたが、それでも大部分の通路は無事であり、将兵は体を晒す時間を極力減らす事が出来、
流れ弾に当たって戦死する兵は皆無であった。
第1大隊の将兵が、第2線陣地に順調に後退して行く中、キリラルブスは、強引に煙幕を突っ切って来たバルランド軍との戦車と交戦に入った。
スルィクラは、後方でキリラルブスが次々と砲弾を放つ音を聞き、一瞬、塹壕から顔を上げて戦闘の成り行きを見てみようかと思ったが、すぐに止めた。
(いや、ここでぐずぐずしていられない。今はキリラルブス隊の奮闘を祈りながら、第2線陣地に辿り着く事に集中するのみだ)
スルィクラは、緩みかけた歩調を再び元に戻し、慌ただしく塹壕の中を歩いて行く。
近くで、耳を弄する様な爆発音が響き、周囲に何かの破片が落ちて来た。
爆発の大きさからして、砲弾が地面に刺さって炸裂したような音では無い。
キリラルブスが、シャーマン戦車の砲弾をまともに受けて爆砕された事は確実だが、スルィクラは、それをあえて気にせず、ひたすら第2線陣地に
向かって歩調を速めた。

第18軍が配置されている戦線では、今の所、予想通りに戦況は進んでいた。
ミスリアル軍第1軍の襲撃を受けている第14軍もまた、損害を出しながらも、想定内の範囲で応戦していた。
しかし、アメリカ軍と戦っていた第16、第17軍は、交戦開始当初から予想外の事態に見舞われ、早くも危機的状況に陥っていた。

午前8時 レスタン領ハタリフィク

「閣下。やはり、東部戦線の敵は戦車部隊を先頭に戦線の突破を図って来ました。」

レスタン領軍集団司令官であるルィキム・エルグマド大将は、作戦主任参謀のヒートス・ファイロク大佐の説明を聞きながら、喉の奥を唸らせた。

「敵はアメリカ軍のみならず、ミスリアル軍とバルランド軍も含まれています。現地からの報告では、ミスリアル、バルランド軍共に、アメリカ製の
戦車、装甲車等で完全に装備されていたとあります。」
「うう~む、流石はアメリカだな。桁外れの国力を使えば、非力な軍隊もあっという間に強力にしてしまう。恐ろしい物じゃ。」
「南大陸連合の各国軍が、アメリカ式装備で武装し始めたのは今に始まった事ではありませんが、南大陸連合軍は兵員の質も良いと思われる為、
これまで同様、いや、これまで以上に警戒する必要があります。」

「南大陸連合の連中もそうだが、今はもっと深刻な問題が起きている。」

エルグマドは、戦況地図に視線を落とした。
レスタン領東部の領境沿いには、最前線に8個師団を張り付けている。
その8個師団は、アメリカを始めとする連合軍の大規模な攻勢を受けており、敵を示す赤い線が、味方が布陣している青い線に突き刺さっている。
線は5本あり、一番右端と左端の線は、5本ある内の2本を突き破った所で止まっている。
だが、中の3本は、左右両端の赤い線よりも更に奥深く進んでおり、特に右端に近い線は、青い6本線の内の4本線までをも突き破り、
5本目の線に達しようとしていた。

「どうやら、アメリカ軍部隊に多数の新型戦車が混じっているようだ。第17軍と16軍の阻止部隊は、その新型戦車に苦戦を強いられていると聞く。」
「軍司令官閣下、恐らく、その新型戦車は、マオンド戦線で投入されたパーシングと呼ばれる新鋭戦車かもしれません。」

主任参謀長のヴィルヒレ・レイフスコ中将が言う。

「マオンド戦線末期では、マオンド軍のキリラルブス部隊が、パーシングと呼ばれる新型戦車に惨敗していると言われています。前線から送られて
来る報告を見る限り、敵の新型戦車が、問題のパーシングであると言う事は、ほぼ間違いないでしょう。」
「パーシングか……噂には聞いておったが、まさか、大量に用意して来るとはのぅ。」

エルグマドは、ため息交じりにそう返した。
レスタン領東部戦線の地上部隊が、連合軍と本格的に交戦を開始してから1時間が経過した。
東部戦線の各隊は、全戦線で敵の強力な圧力を受けていたが、中でも、アメリカ軍の攻撃は強烈であった。
アメリカ軍は、先頭の戦車大隊を新鋭のパーシング戦車で占めており、迎撃に出てきたキリラルブス大隊は散々に打ち負かされた。
特に、猛将パットン将軍の率いるアメリカ第3軍は、既に4つの防衛線を突破している。
シホールアンル軍の用意した縦進陣地は、確かに機能しており、猛烈な砲兵弾幕は、さしものパーシングでさえ損害が続出した物の、進撃を
食い止める事は叶わず、第16軍と17軍は、早くも予備の石甲軍を投入しなければ、戦線崩壊という事態に陥りかねない状況にまで追い込まれていた。

「少し早いが、第29石甲軍に、第17軍の支援を行えと命令を送ろう。それから、レーミア海岸はどうなっておる?」
「は。依然、艦砲射撃が続いているようです。現地の部隊からはまだ、輸送船団の有無は確認できておりませんが……」

「レーミア海岸は霧に包まれているからな。沖合までは様子をうかがう事はできん。だが、わしとしては必ず、敵が輸送船団を連れていると
思っている。そうでもなければ、夜明けの2時間前から絶え間なく、砲弾を浴びせる事なぞしないからな。」
「しかし、アメリカ人も贅沢な物ですな。」

レイフスコ中将は唸りながら、エルグマドに言う。

「3日前から海岸の沖に居座って砲を撃ちまくっているのに、まだ大量に砲弾を撃ち込んで来るとは。」
「確か、敵艦隊の後方には、弾薬を満載した輸送艦も居たようです。これまでの作戦でも、アメリカ軍は地上の砲撃部隊と、それを支援する補給部隊を
同伴させていますから、補給を受けながら何日も砲撃を行う事は可能でしょう。」
「ふむ……それなら、延々と砲撃を行える。いやはや、アメリカは贅沢な戦争をしよる。」

エルグマドは呆れたようにそう言い放った。
会議室に若い魔道士官が入って来た。
その若い士官は、1枚の紙をファイロク大佐の横で戦況地図を眺めていた魔道参謀に手渡した。

「閣下。レーミア海岸より報告が入りました。」

室内に居た幕僚全員が、一斉に魔道参謀に振り向いた。

「読め。」
「はっ!現在、レーミア海岸沖には、敵大船団が陣取り、海が敵の船で見え辛い状況にあり。」
「ぬぅ?一体、何だその報告は?」

余りにも不明瞭な報告文に、レイフスコ参謀長は不快気な表情を露わした。

「現地の魔道士は何をしておる。居眠りでもしていたのか?大まかでも良いから、敵の数を知らせろと伝えろ!」
「参謀長、まだ話はおわっとらんようだぞ。」

苛立ちに顔を赤くする参謀長に対して、エルグマドは穏やかな口調で宥めた。

「続きを言ってくれ。」
「は!目下、レーミア海岸には敵上陸部隊が迫りつつあり。レーミア海岸の比率は、船が7分に海が3分の様相を呈する物なり。以上であります!」

魔道参謀が言い終わると、エルグマドはゆっくりと、口を開いた。

「船が7分に、海が3分、か。今までに無いほど、分かり易い報告だな。参謀長、そう思わんかね?」
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