自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

302 第222話 アイオワ奮闘

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第222話 アイオワ奮闘

1485年(1945年)1月23日 午後11時30分 レーミア湾西方沖160マイル地点

第58任務部隊第6任務群は、機動部隊の護衛に当たっていた第7任務群より交戦開始の報を伝えられた後、自らも敵艦隊との戦闘に
入ろうとしていた。

「敵艦隊、我が艦隊に向けて、速力30ノットで前進中!距離35マイル!」

TG58.6司令官ウィリス・リー中将は、旗艦アイオワのCICから、対勢表示板を見据えながら報告に聞き入っていた。

「30ノットか。あちらさんも、いよいよ本気で向かって来たようだな。」
「先程の奇行は、どうやら、別働隊を我が方の機動部隊に突入させる為の欺瞞行動であったようですな。」

群司令部参謀長クリス・ブランドン参謀長が言う。
「うむ。それに、我々は引っ掛かった、と、敵さんは思うだろう。だが、引っ掛かったのは敵の方だ。敵の別働隊は、間も無く、
待機していたTG58.7から盛大な歓迎を受けるだろう。」
「流石はスプルーアンス長官ですな。敵の出方を完全に読んでおられるとは。」
「……長官は、堅実な方だからな。勝つためには、敵が使っていた戦法を取り入れる事も厭わない。恐らく、敵の司令官は
マオンド軍の例にならって作戦を立案しただろうが、後で、後悔する事になるだろう。」

リーはそう言った後、対勢表示板から、SGレーダーの反応を映し出すPPIスコープに目を向ける。
PPIスコープにはまだ何も映っていないが、敵艦隊も高速で接近しつつあるため、間も無く、レーダーがその反応を捉えるであろう。
午後11時52分。TG58.6と敵艦隊の距離は更に縮まり、アイオワの水上レーダーには、敵艦の反応が映り始めた。

「司令、レーダーに反応を捉えました!方位220度、距離24マイル!」
「24マイルか……アイオワの射程圏内だな。」

リーはひっそりと呟く。

アイオワ級戦艦に搭載されている48口径17インチ砲は、重量1.3トンの砲弾を42000メートルの彼方まで飛ばす能力がある。
現在の距離からなら、アウトレンジで砲撃出来るのだが、リーは無駄弾が多く出る事も考慮して、あえて砲撃を行わなかった。
敵艦隊は高速で航行しているため、先頭艦のみならず、主力と思われる艦影もレーダーの効用範囲内に侵入して来る。

「司令!敵艦隊は4本の単縦陣に別れています。そのうち、北から2番目の艦列は戦艦クラスかと思われます。数は現在3隻。まだ増えます!」
「敵主力部隊のお出ましだ。」

リーはぼそりと呟きながら、対勢表示板に視線を向ける。
大きなアクリルボードの前には、一等兵曹の階級章を付けた係員が同僚から伝えられる情報をもとに手を動かし、味方艦隊と敵艦隊の位置を、
模型とペンを使って記していく。
それからしばらく経ち、彼我の艦隊が30000を切り、更に25000メートルまで接近した時、唐突に、レーダー員が切迫した声を上げた。

「司令!敵艦隊に動きがあります!」

レーダー上には、4列の単縦陣が整然と並んでいたが、突如、3本の単縦陣が1本の単縦陣を追い越し始めた。
追い越された単縦陣は戦艦クラスと思われる5隻の艦であり、残りはいずれも駆逐艦、巡洋艦であった。

「すぐに巡洋艦部隊、駆逐艦部隊を迎撃に当たらせよう。」

リーはそう言うなり、隊内無線で各駆逐隊、巡洋艦部隊に指示を飛ばして行った。
指示を受けた巡洋艦、駆逐艦は単縦陣を維持しながらアイオワを始めとする戦艦部隊を負い越し、突出した敵の快速艦に挑んでいく。
程無くして、駆逐艦、巡洋艦部隊は敵の巡洋艦、駆逐艦と交戦を開始しながら、戦艦部隊から離れて行った。

「さて、後は、戦艦同士の砲撃戦だな。」

リーは、意気込んだ口調で呟きながら、その時が来るのを待った。
やがて、敵の戦艦部隊にも動きがみられた。

「司令!敵戦艦部隊が変針!右に転舵した模様!」
「各艦に伝達。変針!針路180度!」

リーの命令は、すぐさま僚艦に伝わった。
5隻の米戦艦は、指示通りに取り舵を切り、アイオワを順に次々と転舵していく。

「敵艦隊、徐々に距離を詰めてきます!現在の距離、24000!」

5隻の敵戦艦は、リー戦隊と並行しながらも、徐々に距離を詰めて来る。

「主砲、右砲戦!」

リーは各艦に命じる。アイオワの3連装3基9門の主砲が右舷側に向けられ、砲身は目標である敵艦に指向される。
リー戦隊と敵艦隊は、1発の砲弾も撃たぬまま、次第に距離を詰めていく。
24000から23000。23000から22000と、距離は縮まっていく。
時間はどんどん流れ、午後11時55分になっても、リー戦隊と敵戦艦部隊は砲撃を行わなかった。

「司令……まだ撃たぬのですか?」
「落ち着け。もう少し近付いてからだ。」

リーは、焦り始めるブランドンを制しながら、PPIスコープを見つめ続ける。

「敵艦との距離、21000メートル!」

レーダー員の声が響く。
心なしか、レーダー員の声が緊張でわなないているように思える。
重苦しい静寂が漂う中、彼我の艦隊は、尚も距離を詰めていく。
レーダー員が、敵艦隊との距離が20000メートルに縮まった事を口に出そうとした瞬間、CICに艦橋見張り員の報告が飛び込んで来た。

「敵戦艦発砲!」

戦艦アイオワ艦長であるブルース・メイヤー大佐は、敵1番艦が発砲炎を煌めかせた瞬間、先手を打たれたと確信して、軽く舌打ちをした。

「撃ってきたか!」

ブルースは唸る様な声で呟く。その直後、アイオワの右舷前方の海上に、赤紫色の照明弾が輝いた。
この時になって、ようやく、命令が下された。

「艦長!アイオワの目標は敵1番艦です!」

ブルースは、CICの士官からそう聞くと、無言で頷いてから砲術科に指示を送った。

「砲術長!目標は敵1番艦だ!」
「了解です!」

砲術長は快活の良い声音で応えると、部下の砲術科員立ちに指示を下し、瞬く間に砲撃準備を整えていく。

「艦長!リー司令官より通達!準備でき次第、砲撃せよ!」
「了解!」

ブルースはそう答えながら、命令を発したリー司令官に感謝した。
(司令官、いい判断ですぞ。)
程無くして、砲術長より艦内電話が掛かって来た。

「こちら艦長!」
「砲術長です!本艦、射撃準備完了です!」
「ようし、撃ち方始め!」

ブルースは、気合の入った声音で砲術長に命じた。
彼が受話器を置いた瞬間、アイオワの主砲が轟音と共に火を噴いた。
最初の砲撃は、弾着観測を兼ねた交互撃ち方であるため、砲撃に加わった方は各砲塔の1番砲のみ、計3門だけであるが、それでも、
17インチ砲の射撃は凄まじい物がある。
やや遅れて、敵1番艦も砲撃を開始した。
敵1番艦は、自らの発砲炎で、一瞬ながらも、艦の全容をアイオワに見せ付ける。

「丈の低い艦橋に、前部と後部に2基ずつの主砲。今は30ノット近いスピードが出ている事から……あいつが噂のネグリスレイ級戦艦か。」

ブルースは、敵1番艦の正体を素早く見抜いた。

「ネグリスレイ級戦艦は、16インチ相当の主砲を12門も持っていると聞く。あちらさんが斉射弾を放ってきたら、このアイオワは
たちまち、12発の敵弾に嬲り物にされてしまう。そうならんためにはまず、敵の射撃精度が甘い内に、こっちが敵を叩きのめさなければ
いかんな。」

彼は小声で呟きながら、双眼鏡で第1射の行方を追う。
敵1番艦は、月明かりのお陰で微かに分かる程度で、目を少しでもずらしたらすぐに分からなくなる。
ブルースは目に意識を集中し、第1射弾が落下するのを、今か今かと待ち続けた。
第1射弾が落下し、敵1番艦の左舷側海面に水柱が立ちあがった。

「ううむ、初弾命中とまではいかんか。」

ブルースは、幾分落胆したような口調で呟いた。
彼は、訓練の際には常に、初弾必中を狙うつもりでやれと言いながら、乗員達をしごきにしごいて来た。
その甲斐あってか、アイオワは訓練中に良好な成績を叩き出し、これまでに3度ほど、初弾命中と判定される結果を出した事もある。
だが、流石の実戦……それも、敵の戦艦相手とあっては、訓練通りに行かない部分もあるようだ。

「第1射弾、敵1番艦の左舷100メートル付近に着弾。」

「ふむ、第1射で敵艦の100メートル付近か。まぁ、悪くは無いな。」

ブルースがそう呟いた直後、敵1番艦の第1射弾も降り注いで来た。
敵1番艦の射弾はアイオワを飛び越え、左舷側200メートルの海域に落下して空しく水を噴き散らした。

「敵1番艦の射撃精度は、俺達よりも幾分荒いようだな。」

ブルースは、内心では、念願叶った戦艦同士の砲撃戦に昂ぶりを感じつつも、表面上は、いつもの冷静な艦長を取り繕い、機械的な
口調でそう断言した。
アイオワが第2射を放つ。アイオワのみならず、後続のニュージャージー、アラバマ、ワシントン、ノースカロライナも順次、交互撃ち方で
割り当てられた目標に砲弾を放って行く。
アイオワの第2射発砲から10秒ほど遅れて、敵1番艦も第2射を放つ。
今度の射弾は、敵1番艦の右舷側に落下した。
艦橋上からは見え辛かったものの、敵1番艦の艦上構造物の向こう側に、夜目にも明らかな、真っ白な水柱が噴き上がっている様子が見て取れた。

「第2射弾、敵1番艦の右舷側100メートル付近に落下。」
「ふむ、遠弾だが、それでも誤差は100メートルか。もうちょいだな。」

ブルースはぼそりと呟く。
敵1番艦の射弾が降り注いで来た。今度は、アイオワの右舷側海面に落下した。
艦橋の手前に高々と水柱が上がり、ブルースはしばしの間、敵1番艦を見る事が出来なくなった。
水柱が崩れると同時に、第3射が放たれる。その10秒後に、敵1番艦も新たな照明弾を放ち、次いで、第3射を放った。
今度の射弾も、敵1番艦の左舷側海面を抉るだけに終わった。
敵1番艦の射弾も落下して来たが、驚くべき事に、この射弾はアイオワの右舷100メートルと離れていない位置に落下し、水中爆発の衝撃が、
僅かにアイオワの艦体を揺さぶった。

「敵さんも、射撃の精度を増して来たか。」

ブルースは落ち着き払った口調で呟いた。

「うかうかしていられないな。」

彼の呟きが発せられた直後、右舷前方に敵の照明弾が炸裂する。アイオワは第4射を放った。敵1番艦も先程と変わらぬペースで第4射を放つ。
今度の射弾も、敵1番艦を飛び越え、右舷側海面を空しく抉っただけに終わる。
代わりに、敵1番艦の射弾が降り注いで来る。
なんと、この射弾は、アイオワを狭叉した。右舷に1本、左舷に3本の水柱が立ち上がり、アイオワの艦体が、若干揺れ動いた。

「おいおい、これはちとまずいんじゃないか?」

ブルースはここで、焦りを感じ始めた。
アイオワは更に第5射を放つ。今度こそ、命中弾……いや、狭叉弾でも良いから出てくれと、ブルースは願う。
だが、彼の願いに反して、この射弾も空振りに終わった。
その間に、敵1番艦も第5射を放ち、その砲弾がアイオワに降りかかってきた。
上空に、砲弾の飛翔音が聞こえ始め、それが極大に達したかと思うと、いきなり艦体が大きく揺れる。
彼の耳に、鮮やかな金属音が鳴り響き、アイオワは後方から伝わって来た振動にひとしきり揺れた。
次いで、アイオワの周囲で3本の水柱が立ち上がり、艦体が間近で起こる水中爆発の衝撃を食らい、左右に揺さぶられた。

「いかん、食らってしまったぞ!」

ブルースは色めき立った。

「後部甲板に命中弾!兵員室に損害が出た模様!」

敵の砲弾は、後部第3砲塔より離れた後部甲板に突き刺さって炸裂したようだ。
命中個所は非装甲部でもあるため、敵弾は最上甲板を容易に貫通して後部兵員室で炸裂している。
不幸中の幸いか、火災はまだ発生していないようである。

アイオワが第6射を放った。今度こそ、狭叉弾を得るであろうとブルースは思った。
敵1番艦の右舷側海面の遠くで、ひっきりなしに発砲炎が煌めいている。ブルースは、あの海域で、味方の駆逐艦部隊と敵の駆逐艦部隊が
戦っている事を知っていた。
この時、その戦闘海域で、一際大きな閃光が発せられた。閃光は一度だけでは無く、2度、3度と繰り返され、すぐに収まる。
その後は、小さな発砲炎が明滅を繰り返すだけだ。
味方駆逐艦部隊が激戦を演じている中、アイオワを始めとする米戦艦群と、シホールアンル軍戦艦群の戦闘は続いて行く。
敵1番艦は、斉射に移行中のためか、砲弾を放って来ない。
そこに、アイオワの第6射弾が降り注ぐ……が、結果は同じであった。
アイオワの射弾は、またもや空振りとなってしまった。

「砲術!何をやっとるか!しっかり腰を据えて撃て!」

ブルースはたまらず、艦内電話越しに砲術科に怒鳴り込んだ。

「艦長!あと2射……いや、もう1射で決めて見せます!」

砲術長は、ブルースの剣幕にたじろぐ事無く、自信のこもった口調で言い返した。
その言葉通りにとばかりに、アイオワが第6射を放った。
直後、敵1番艦が砲撃を再開する。その光量は、先程までの交互撃ち方とは全く比べ物にならない。

「敵1番艦、斉射開始!」

見張り員からの報せが艦橋に届く。ブルースは、歯噛みしながら第6射弾の弾着と、敵1番艦の斉射弾到達を待つしかなかった。
第6射弾が敵1番艦に落下した。18000メートル向こう側(戦闘を行いながら、互いに接近し続けているため、距離が縮まっている)
の敵艦は、中央部に発砲炎とは異なる閃光を発した。
次いで、敵1番艦の左右に1本ずつの水柱が噴き上がった。

「敵1番艦に命中弾!火災発生!」

ブルースは、しめた!とばかりに喜色を浮かべ、すぐに次のステップに進もうとした。
その瞬間、敵1番艦の主砲弾がアイオワに殺到して来た。
アイオワの周囲にドカドカと敵弾が落下し、同時に、2度の衝撃と爆発音がアイオワの中央部と後部付近から伝わって来た。
アイオワは、林立する10本の水柱に短時間覆い隠された後、大量の海水がアイオワの左舷両側の甲板上に音立てて崩れ落ちた。

「右舷第2両用砲座損傷!」
「右舷後檣寄りの甲板付近に命中弾!機銃座2基が損傷せるも、損害は軽微!」

ブルースは、その報告を聞くなり、ニヤリと笑みを浮かべた。

「流石は合衆国海軍一の重装甲艦だ。敵戦艦の主砲弾を見事に食い止めたな。」

彼は、アイオワの頑丈さに感心した後、すぐさま待望の命令を発した。

「砲術!一斉撃ち方に切り替えろ!」
「アイアイサー!」

ブルースの命令に、砲術長も待ってましたとばかりに答え、すぐに命令が伝達される。
アイオワの3連装3基9門の17インチ砲が斉射に移行するため、しばしの間沈黙する。
敵1番艦がそうはさせぬとばかりに、第2斉射弾を放って来た。
アイオワが、この日、初めての斉射弾を放った。
9門の48口径17インチ砲が順繰りに咆哮し、冬の洋上に轟然と砲声が鳴り響く。
アイオワの右舷側甲板は、その巨大な発砲炎で真っ昼間と思わんばかりに明るく染まり、その盛大な砲炎を敵1番艦に見せ付けた。
アイオワが最初の斉射を放ってから5秒後に、敵1番艦の斉射弾が落下して来た。
敵艦の斉射弾は再び、アイオワの周囲に落下して水柱を高々と噴き上げ、水中爆発の衝撃が艦腹を叩く。
2発の命中弾がアイオワの艦体を襲い、金属的な叫喚と共にアイオワの右舷側甲板を抉る。
水柱が崩れ落ち、アイオワの健在な姿が現れる。
アイオワは右舷側からうっすらと煙を引き始めていた。そこは、今しがた、敵の斉射弾が命中した場所であった。

「右舷側4番両用砲被弾!火災発生!」

ダメコン班から被害報告が伝えられて来た。
先の斉射弾は、右舷側両用砲1基を吹き飛ばしたようだ。
アイオワは計4発の敵弾を受けた物の、今の所、ヴァイタルパートを貫通した砲弾は無く、損害は軽微であった。
アイオワが第2斉射を放つ。右舷側海面が再び、盛大な発砲炎によって明るく染まり上がる。
それから10秒後に、敵1番艦も第3斉射を放つ。
アイオワの斉射弾が敵1番艦に向けて殺到する。敵艦の周囲に、17インチ砲弾が次々と弾着し、敵艦は艦橋よりも遥かに高い水柱に覆い隠される。
敵1番艦の中央部付近と後部艦橋側の舷側付近に命中弾炸裂を思しき閃光が光る。
分かったのはそこまでであり、敵1番艦は林立した水柱に覆われてしまった。
程無くして、敵2番艦の第3斉射弾もアイオワ目掛けて落下する。今度は、3度の強い衝撃が、アイオワの艦体に伝わった。
この命中弾は、アイオワの中央部と前部甲板に突き刺さり、中央部付近からは爆砕された機銃座の破片が飛び散り、命中個所から小火災が発生する。
前部甲板の命中弾は、非装甲部という事もあって幾分派手な爆炎が噴き上がり、アイオワの前部甲板はたちまち、火災煙に覆われてしまった。

「艦首甲板より火災発生!」
「ダメコン班!至急消火作業に当たれ!」

ブルースは即座に命じた。
アイオワの主砲塔が第3斉射弾を放った。
敵1番艦も第4斉射を放って来る。17インチ砲弾と16ネルリ砲弾が上空で交錯し、それぞれの目標に殺到して行く。
アイオワの第3斉射弾は、敵1番艦に3発が命中した。
命中弾は前部に1発、後部に2発と言った感じで敵1番艦を痛めつける。
敵1番艦の射弾もアイオワに殺到して来た。
またもやアイオワの艦体に異音が響き、砲弾爆発の衝撃と、至近弾落下の振動が57000トンのアイオワの艦体を揺さぶった。

「右舷側1番、5番両用砲損傷!火災発生!」
「第3砲塔に直撃弾!砲塔に損害なし!」

敵1番艦の射弾は、1発が第3砲塔に命中した物の、分厚い装甲を貫通できず、その場で爆発したため、砲塔が破壊される事は無かった。
だが、中央部に命中した砲弾は、残り少なくなった右舷側の両用砲を新たに2基破壊し、アイオワの対空火力を減少させた。
アイオワは火災炎と黒煙を引き始め、敵1番艦はおぼろげながらも、闇屋に浮かび上がったアイオワの艦体を目標に、更に精密な射撃を
行い始めた。
アイオワが第4斉射を放った直後、敵1番艦もまた、第5斉射を放って来た。
この時、ブルースは、敵1番艦の後部付近の発砲炎が、明らかに小さくなっている事に気が付いた。
彼は双眼鏡越しに、敵1番艦の後部付近を見つめる。
敵1番艦は、第4砲塔がある位置から火災を起こしていた。先の斉射弾が、第4砲塔を粉砕した事は確実であった。

「ようし、まずは砲塔を1つ潰したぞ。」

ブルースがそう呟いた直後、敵1番艦の主砲弾が殺到して来た。
先程と同様、艦体に敵弾が命中する異音と爆裂音、至近弾落下の振動がアイオワの艦体をしたたかに揺れさせる。

「艦長!前部甲板付近に命中弾!火災拡大します!」
「左舷中央部に被弾!40ミリ機銃座3基破損!火災発生!」
「後檣横の甲板に被弾!敵弾は最上甲板を貫通した模様!」

最後の報告を聞いた瞬間、ブルースは一瞬、体が固まってしまった。

「ちょっと待て!後檣横の最上甲板に穴が開いただと!?」
「は……自分の目で見た限り、敵弾は明らかに装甲板を貫通しています。」

ブルースの問い合わせを受けたダメコン班の指揮官がそう返す。

「……了解した。引き続き、作業に当たってくれ。」

ブルースはダメコン班の指揮官との会話を終え、受話器を置く。

アイオワが第5斉射弾を放つ中、ブルースは、アイオワのヴァイタルパートが貫通された事実に、強い衝撃を受けていた。

「なんてこった……敵の砲弾は、俺達の考えていた物より勝手が違うようだぞ!」

ブルースは小声でそう叫んだ。

「敵1番艦に命中弾2!敵艦の火災、更に拡大します!」

見張り員は、景気の良い声音で報告を送って来る。その口調からは、アイオワのみならず、TG58.6の5戦艦が直面した重大事など、
どこ吹く風と言っているように思えた。

「砲塔は潰せたか?」

ブルースは、先の斉射弾が砲塔の1つでも使用不能陥れたかと、密かに期待した。
だが、敵1番艦は先程と同様、残った9門の主砲から新たな斉射弾を叩き出した。
アイオワの周囲に、敵の斉射弾が甲高い飛翔音を撒き散らしながら、猛速で落下して来る。
2度の異音と爆裂音がアイオワの艦体を振動させ、残った砲弾が至近弾となって水柱を林立させる。

「第1砲塔に被弾するも、砲塔の損傷軽微!砲撃続行は可能なり!」

ダメコン班から、威勢の良い声音で報告が送られて来る。
ブルースは、流石はアイオワ級戦艦だと思ったが、その喜びに水を差すような報せが入って来た。

「艦尾甲板に被弾!水上機と収容クレーンが破壊されました!目下、艦尾付近では火災が発生しています!」

もう1発の砲弾は、アイオワの艦尾部に命中し、カタパルト上に置かれていた2機のSC-1シーガルを爆砕したのみならず、水上機用の
収容クレーンを根こそぎ吹き飛ばした。
この被弾で、アイオワの艦尾部には大量の破片がばら撒かれた他、命中個所からは火災が発生し、敵1番艦に新たな目標を与える事になった。

「うぬぬ、敵1番艦も腕が良いな。」

ブルースは忌々しげに呟きながらも、敵1番艦の錬度の高さに畏敬の念を抱いた。
アイオワがお返しとばかりに、第6斉射弾を放った。
この斉射弾は、2発が有効弾となった。敵1番艦の中央部と、後檣付近から爆炎が上がり、次いで、多量の黒煙が流れ始める。
特に、中央部付近からの黒煙が多く、敵1番艦が重要な部位を撃ち抜かれて大損害を被った事を現していた。

「敵1番艦、中央部付近より火災炎!副砲弾薬庫の誘爆が起こった模様です!」

ブルースは、双眼鏡で敵1番艦を凝視しながら、心中ではこのまま一気に押しまくれば、と思っていた。
だが、敵1番艦もなかなか頑健である。左舷中央部の被弾、大火災など知らぬとばかりに、第8斉射を放った。
アイオワも第7斉射弾を放つ。度重なる被弾を前にしても、アイオワの9門の主砲は尚も健在である。
敵1番艦の斉射弾が降って来た。周囲に砲弾が次々と命中し、水柱が艦橋と競い合うように、高々と立ち上がる。
後部付近から2度の衝撃が伝わって来た。

「く、また食らったな。」

ブルースは、振動に体を揺さぶられながらも気丈な姿勢を崩さぬまま、被害報告に耳を傾けた。

「右舷側垂直装甲部に命中弾あるも、損傷軽微!」
「右舷中央部に被弾!敵弾は最上甲板を貫通し、第2甲板で炸裂した模様!」

ブルースは、またもや怪訝な表情を浮かべた。

「ちょっと待て、また水平装甲を貫かれたのか?」

彼は、務めて平静な口調で、報告を送って来たダメコン班に聞き返そうとした。
その時、艦橋のスリットガラスに、後方からと思しきオレンジ色の光が、一瞬だけ反射するのが見えた。

「……今の光は?」

彼がそう呟いた瞬間、見張り員が悲鳴じみた声音で報せを伝えて来た。

「後方のノースカロライナ大火災!行き足止まります!!ワシントンも急速に速度を落としつつある模様!」


TG58.6の5戦艦は、それぞれが1隻ずつの敵戦艦を相手取っていた。
TG58.6の主力を構成する5戦艦のうち、17インチ砲搭載艦はアイオワとニュージャージーだけで、残りのアラバマ、ワシントン、
ノースカロライナは、全てが45口径16インチ砲を搭載している。
アイオワ、ニュージャージーの17インチ砲に比べれば、16インチ砲の威力は劣る物の、アラバマは16インチ砲搭載艦に相応しい防御力を
有しているため、同口径の砲を持つ敵艦と戦っても充分に相手取れる。
ノースカロライナ、ワシントンは、搭載砲こそ16インチ砲だが、防御装甲は14インチ砲搭載艦よりややマシな程度でしか無いため、同じ
16インチ砲搭載艦と対決した場合、やや不安が残る艦である。
だが、ノースカロライナ、ワシントンは、第2次バゼット海海戦の勝利の立役者でもあり、乗組員たちの錬度もかなり高い。
現に、ノースカロライナ、ワシントンは、アイオワ、ニュージャージーよりも早い段階で狭叉弾を得、ノースカロライナは第4射で、ワシントンは
第5射で命中弾を当てる等、交戦開始早々、ベテラン艦の貫録を敵艦のみならず、味方艦にも見せ付けていた。
砲力、錬度、共に申し分の無い戦力で編成されたTG58.6の主力部隊は、しかし、予想外の大苦戦に陥っていた。

シホールアンル海軍第9戦艦戦隊の司令官であるルィストガ・イルズド少将は、戦隊の3番艦にあたる戦艦ネグリスレイの艦橋から、米戦艦群の
3番艦であるサウスダコタ級戦艦を見つめていた。

「ハハハ!これは凄い!」

イルズド少将は、艦体のあちこちから火災炎を噴き上げるサウスダコタ級戦艦を指差しながら、小さな笑い声を上げた。

「15.2ネルリ砲に対応した防御力を持つと言われていたサウスダコタ級が、ネグリスレイの主砲弾にいいようにやられているぞ!」
「はい。敵艦は主砲塔1基を失った他に、前部甲板と中央部に大きな火災を起こしておりますからな。この調子で行けば、沈黙するのも
時間の問題でしょう。」

「沈黙させるだけじゃ物足りないな。」

イルズド少将は顔を振りながら、ネグリスレイ艦長フラルバ・クライギ大佐に言う。

「どうせなら、敵5番艦のように、全艦火達磨にして沈めてやりたい。アメリカ軍の連中は、ルドバの乗ったレドルムンガを破壊し、
艦ごと火葬にしやがった……俺は、奴らに、弟が味わった苦しみを与えてやりたい。」

ルィストガ・イルズド少将は、昨年1月に戦死したルドバ・イルズド准将の兄である。
彼は、本国の司令部で勤務している時に、弟のルドバが戦死したとの報告を聞き、深く悲しんだ。
彼は、必ず、弟の仇を取ってやると誓った。
昨年の7月20日から、彼は、戦艦ネグリスレイ、ポエイクレイを主力とする第9戦艦戦隊の指揮官に任ぜられ、第4機動艦隊の
護衛艦としてレビリンイクル沖海戦に参加している。
その後、残りの第9戦艦戦隊は、残りの同型艦3隻も編成に加え、第4機動艦隊に必要な対空火力を提供した。
そして今日、第9戦艦戦隊は第2艦隊の主力として、米戦艦群と戦う事が出来た。
イルズド少将は、今日の決戦に当たって、従来とは変わるやり方で戦闘に臨んでいる。
本来ならば、戦艦同士の砲撃戦の際は、必ずと言っていいほど、旗艦が先頭に立って戦って来たが、イルズド少将は、過去の戦訓を
踏まえた上で、旗艦を先頭ではなく、隊列の真ん中辺りに置く事を決めた。
このやり方は、司令部内の幕僚達から反対意見が噴出したが、イルズド少将は、早期に戦闘力、通信力を喪失し易い先頭に旗艦を置く
というやり方は古く、合理性に欠けると説き伏せ、半ば強引に、旗艦を隊列から3番目の位置に置いた。
彼の予想通り、1番艦が早期に戦闘力、通信力を喪失したと言う事態は、今の所は起こっていないが、やり方を変えたお陰か、第9戦艦戦隊は
互角以上の戦いを繰り広げていた。
戦闘は、最初だけを見れば、第9戦艦戦隊の不利のまま進むのかと思われた。
4番艦ロンドブラガ、5番艦マルブドラガは、交戦開始から僅か2分で最初の砲弾を浴びせられ、ロンドブラガとマルブドラガが斉射に
入る頃には、既に敵戦艦が第3斉射、第4斉射を放つなど、一気に押しまくられようとしていた。
だが、ロンドブラガ、マルブドラガは、斉射弾で複数の砲弾を浴びせるようになってからは敵5番艦、4番艦相手に互角以上の戦いを繰り広げ、
先程、マルブドラガが敵5番艦に大火災を発生させて落伍させ、4番艦も同じような状態に陥り、今しがた隊列から落伍していた。
両艦より伝えられた情報を見る限りでは、5番艦が第1、第2砲塔部から大火災を発生した上、艦首部分を大きく沈み込ませながら脱落して行った
とあるため、5番艦には撃沈確実の損害を与えたと思われる。

4番艦は後部砲塔と第2砲塔か、第1砲塔のいずれかを破壊し、残った主砲塔が尚も砲撃を続けていた物の、こちらも後部付近を浸水で沈み込ませ
ながら落伍していったため、こちらも大破。運が良ければ沈没するかと思われた。
ただ、敵5番艦と4番艦を撃沈破したロンドブラガ、マルブドラガも無傷では無く、ロンドブラガは第3砲塔が破壊された上に後部甲板から火災が
発生し、まだ鎮火には至っていない。
マルブドラガは後檣付近を直撃弾によって破壊された他、中央部と前部甲板から火災を起こしている。
特に左舷中央部付近の被害は深刻であり、敵5番艦の射弾は、ハリネズミのように搭載されていた多数の対空火器を悉く破壊し、ほぼ全滅状態に陥れた。
15.2ネルリ砲12門という重火力でもって、4番艦、5番艦を叩きのめした両艦だが、その被害状況から見て、決して、楽な戦いでは無かった事がわかる。
とはいえ、米軍の新鋭戦艦を、砲撃で打ち破った事は大きな前進と言えた。
ネグリスレイが第13斉射を放つ。サウスダコタ級戦艦は、残った前部の砲塔で第14斉射を放って来た。
ネグリスレイの射弾は、容赦なくサウスダコタ級戦艦に突き刺さる。
12発中、4発がサウスダコタ級戦艦の中央部と後部、そして、前部に命中した。
特殊加工によって強化された16ネルリ砲弾が炸裂し、敵3番艦は新たな火災炎を噴き出しながら航行を続ける。
ネグリスレイにも、敵3番艦の射弾が降り注いで来た。
6発の敵弾が落下し、左舷中央部から大きな振動が伝わって来る。

「左舷中央部に命中!第5両用砲全壊!」

見張り甲板に立つ水兵から伝声管越しに被害状況が伝えられる。

「……左舷側の両用砲が全滅してしまったか!」

イルズド少将は、側に立っていたクライギ艦長が忌々しげに呟いた事に気付くが、彼はそれを無視したまま、望遠鏡を敵3番艦に向ける。
敵3番艦は、前部砲塔の位置から新たな火災炎を吐き出している。
ネグリスレイの主砲弾は、新たに砲塔1基を叩き潰したようだ。

「流石は重徹甲弾。魔力付加のお陰もあってか、敵戦艦の装甲も難無く貫くな。」

イルズド少将は満足気にそう言った。

シホールアンル海軍は、今回の決戦の為に切り札を用意していた。
その1つが重徹甲弾と呼ばれる新型砲弾だ。
シホールアンル海軍は、米海軍のサウスダコタ級戦艦や、それ以降の新型戦艦に対抗するため、ネグリスレイ級に搭載する砲弾に改良を施した。
ネグリスレイ級戦艦に搭載する砲口径は15.2ネルリであり、砲弾重量は徹甲弾で552リギル(約1トン)、榴弾で410リギルとなっている。
元々は、米戦艦にはこの徹甲弾で充分と思われていたが、昨年の初め頃より登場したアイオワ級戦艦の砲威力が、16ネルリ以上と推定された事から、
シホールアンル海軍上層部は、至急、サウスダコタ級は勿論の事、アイオワ級にも通用しうる砲弾の開発を命じた。
1484年12月。その新型砲弾が遂に完成した。
この新型砲弾は、北部の魔法石鉱山で採れる特殊の魔法鉱石を加工して作られた他、弾頭部には着弾時に、貫通力を促進させる簡易魔法を入力した
魔法石が埋め込まれており、砲弾重量は610リギル(約1.25トン)まで増えた。
実弾発射試験では、距離10000グレル(2万メートル)でネグリスレイ級とほぼ同等の厚さを持つ水平装甲板を貫通し、別の日に行われた試験では、
5600グレルでネグリスレイ級とほぼ同等の垂直装甲も貫通している。
水平装甲は、アメリカ式の数値では170ミリ相当、垂直装甲は390ミリ前後の厚さがあったとされており、この試験成功の砲を受け取った海軍上層部は
狂喜し、早速、正式採用を行った。
この“切り札”は早くも大量生産が始まり、今回の決戦までに、ネグリスレイ級戦艦全艦と、マレディングラ級戦艦全艦に配備する事が出来た。
後に、シホールアンル板SHSとも呼ばれるこの新型砲弾は、早速威力を発揮し、交戦開始から20分足らずの内に、ノースカロライナ級戦艦2隻撃沈破の
戦果を挙げていた。
そして今、新たに1隻のサウスダコタ級戦艦が、切り札である新型砲弾の餌食になろうとしていた。
ネグリスレイは、第12斉射を放った。
左舷側海面に向けられた45口径15.2ネルリ砲3連装4基12門が斉射弾を放ち、ネグリスレイの左舷側が真っ白な閃光に覆われる。
雷もかくやと思わんばかりの轟音が海上を圧し、12発の砲弾が敵3番艦に向けて殺到する。
敵3番艦も第15斉射を放つが、その発砲炎は、余りにも小さかった。
ネグリスレイの斉射弾が敵3番艦に落下し、周囲に多数の水柱が立ち上がる。
その中に、命中弾と思しき閃光が2つ煌めいた。1つは中央部であり、もう1つは前部付近だ。
水柱が崩れ落ちる前に、敵3番艦の主砲弾が落下して来た。
敵3番艦の斉射弾は、ネグリスレイを狭叉しただけで、新たな損害を与える事は出来なかった。

「敵3番艦、速度低下!」

見張りが報告を伝えて来る。
敵3番艦は、度重なる被弾によって艦深部にも損傷が及んだのか、ゆっくりとだが、隊列から落伍して行く。
敵3番艦は、主砲塔のあった辺りから全て火災炎を噴き上げている。先の斉射弾は、敵3番艦に残っていた、唯一の主砲塔を粉砕したようだ。
サウスダコタ級戦艦は主砲弾を放つ事も出来ぬまま、各所から火災と黒煙を噴き上げた格好で隊列から落伍していった。

「敵3番艦沈黙!隊列から落伍していきます!」

その知らせが届くや、艦橋内で歓声が爆発した。

「司令官、やりました!敵の新鋭戦艦を……サウスダコタ級戦艦を打ち破りましたぞ!」

クライギ艦長が喜びに顔をほころばせながら、イルズド少将に言う。

「艦長!まだ戦いは終わっていないぞ!」

だが、イルズド少将は、あくまでも冷静であった。

「敵にはまだ、2隻のアイオワ級戦艦がいる。魔道参謀!ポエイクレイとジフォルライグの状況はどうなっている?」

彼は戒める様な言葉を放った後、魔道参謀に1番艦ポエイクレイ、2番艦ジフォルライグの状況を確認させた。

「司令官。ポエイクレイ、ジフォルライグ、共に艦内各所で被害が出ているようです。それに加え、ポエイクレイは主砲塔1基、
ジフォルライグは主砲塔2基を失っているようです。敵1番艦と2番艦の主砲塔は破壊できていないようですが、それでも、敵艦は
艦上に火災を起こしており、相当のダメージを負っている物と見られます。」
「ふむ、何とか踏み止まっているか……」

イルズド少将は、少しばかり考えた後、すぐに命令を発した。

「よし!俺達も加勢に入ろう!ネグリスレイロンドブラガは敵1番艦、マルブドラガは敵2番艦を叩け!」
「了解しました!すぐに伝えます!」

命令を受け取った魔道参謀は、各艦に魔法通信を送った。
サウスダコタ級戦艦が脱落した事により、米艦隊は僅か2隻の戦艦を残すのみとなった。
対する第9戦艦戦隊は、全艦が損傷しているとはいえ、5隻全てが戦列に残っている。
5隻中、2隻は12門全ての主砲が使える。いかなアイオワ級戦艦といえど、多数の砲門を向けられれば、いずれ破れる事は火を見るより明らかだ。

「5隻対2隻……か。最初はどうなるかと思ったが、これでもう、何も怖くないぞ。」

イルズド少将は、自信に満ちた口調でそう呟き、顔には勝利を確信した笑みを浮かべていた。
ネグリスレイの12門の主砲は、艦上の各所から火災と黒煙を引くアイオワ級戦艦に向けられた。

「艦長!測的よし!」
「目標、敵1番艦、撃ち方始め!」

ネグリスレイが交互撃ち方を始めた時、唐突に前方で巨大な爆発が起きた。
その爆発はアイオワ級から発せられた……









物では無かった。

1番艦ポエイクレイは、アイオワの第12斉射弾を受けていた。
ポエイクレイは、既に13発の命中弾を受け、第2砲塔を失い、艦内各所に損害が出ていたが、奇跡的に機関部は無事で、全力発揮可能であった。
ポエイクレイ艦長は、第12斉射弾が降り注いだ時も、まだ大丈夫だと思っていた。
だが、それは間違いであった。
アイオワの射弾が轟音と共に落下し、周囲に至近弾落下の水柱が立ちあがる中、3発が命中した。
ポエイクレイ艦長は、第2砲塔が粉砕された時とほぼ同じ衝撃を感じた週間、艦橋のスリットガラスに、今までに見た事無いほどの爆発光が
差し込むのを見た。
そして、それが、ポエイクレイ艦長が見た最期の光景であった。
アイオワの射弾は、第1砲塔を貫通した後、砲塔内部で炸裂した。ここまでは、第2砲塔炸裂の時と状況は同じであったが、その後の展開が違っていた。
爆発炎は、砲塔内だけに留まらず、猛然たる勢いで下部の弾薬庫にまで達した。
この時点で魔法感知式の自動注水装置(ネグリスレイ級から装備された新型である)が作動する筈だったのだが、爆発エネルギーは、この魔法感知すら
間に合わぬほどの速さで弾薬庫を蹂躙し、戦艦にとっては最も恐れていた事態……主砲弾火薬庫の誘爆を引き起こした。
一瞬にして200発以上もの15.2ネルリ砲弾と、装薬が爆発を起こし、その膨大なエネルギーは、巨大で頑丈な第1砲塔を根こそぎ吹き飛ばした。
上空に、大きな火柱が噴き上がり、そのあおりを食らった箱型の艦橋が一瞬のうちに破壊された。
これだけでも致命的な損害であるが、ポエイクレイに命中した残り2発の砲弾は、舷側装甲をあっさりと突き破って艦深部の魔道機関室で炸裂し、
艦の心臓部の大半を爆砕した。
ポエイクレイは、これまでにもヴァイタルパートを貫通された砲弾があったが、奇跡的に、これらの砲弾は艦深部の重要部には損傷を及ぼしていなかった。
だが、17インチ砲弾はようやく、その本来の威力を発揮し始めた。
それまで、ほぼ互角の状況で戦っていたポエイクレイは、一瞬のうちに致命傷を負ったため、急速に速度を落とし始めた。
ポエイクレイ被弾、大火災から僅か20秒後、今度は2番艦ジフォルライグが惨劇に見舞われた。
ジフォルライグは、ニュージャージーと砲撃戦を行っていた。
ニュージャージーは、ジフォルライグから14発の命中弾を受け、既に後檣部は破壊された他、右舷中央部の対空火器群は全滅し、艦の至る所から火災を
起こしていた。
一部の砲弾はヴァイタルパートを貫通し、機関部には損傷が及んでいない物の、喫水線下に命中した砲弾によって浸水が生じていた。
ニュージャージーのダメコン班が的確な処置を行ったため、速度を損なう事無く砲撃戦を続ける事が出来たが、高速で航行できるのはせいぜい10分程度であり、
それ以降は25ノット以上の速度を出すのは危険と判断されていた。
対するジフォルライグは、ニュージャージーから9発の命中弾を受けていた。
ジフォルライグは第1砲塔と第3砲塔を粉砕され、残りの主砲は2基6門となっていたが、まだ砲撃は続行出来た。

だが、ジフォルライグが第13斉射弾を発射しようとした瞬間、ニュージャージーの第13斉射弾が落下して来た。
17インチ砲弾9発は、ジフォルライグの周囲に落下し、うち3発が纏まって、ジフォルライグの左舷中央部、並びに、後部に命中した。
17インチ砲弾は、ジフォルライグの装甲を貫通し、艦深部の魔道機関室で炸裂した。
不運な事に、ジフォルライグは、交互に配置していた2つの魔道機関室に17インチ砲弾を食らっていた。
砲弾は魔道機関室で炸裂するや、圧倒的な破壊力で持って機関室内部を爆砕し、艦の心臓部を全滅させた。
それまで、30ノット近い速力で航行していたジフォルライグは、この3発の被弾によって瞬く間に推進力を失った。
ニュージャージー艦上からは、被弾したジフォルライグが、一瞬、痙攣したように見えた。
ジフォルライグは、新たな命中個所から派手な爆炎と夥しい破片を噴き出した後、濛々たる黒煙を噴きながら速度を低下させていく。
ジフォルライグは、傍目から見ればポエイクレイよりもマシな状態にあると思われたが、艦の損害は深刻であり、ジフォルライグは健在な砲を残したまま
航行不能に陥ったのであった。
戦艦アイオワ艦上のブルースは、アイオワ、ニュージャージーが、共に敵戦艦を大破させた事に万感の喜びを感じていた。

「ようし!思い知ったかシホールアンル軍、これが17インチ砲の威力だ!」

ブルースは、吠える様な口調でそう言い放った。

「艦長!リー司令官より通達です!アイオワ目標、敵3番艦!」

CICからの連絡を聞いたブルースは、小さく頷いてから砲術科に命令を伝える。

「砲術長!目標、敵3番艦!」
「目標、敵3番艦!アイ・サー!」

心なしか、砲術長の声も弾んでいるように思える。
先程、アイオワは敵1番艦を大破炎上させ、隊列から落伍させている。
それまでの鬱屈を晴らすかのようなこの戦果に、砲術長は内心、躍り上がっているのだろう。
先の戦果は、砲術長のみならず、アイオワの全乗員にも大きな自信を与えていた。
アイオワの9門の砲身が敵3番艦に向けられる前に、敵3番艦が砲撃を放って来た。

轟音と共に敵弾が降り注ぎ、アイオワの左舷側海面に4本の水柱が立ち上がる。

「交互撃ち方からか……砲術長!」

ブルースは艦内電話で、砲術長を呼び出した。

「ハッ!何でしょうか?」
「最初から斉射でやるぞ。」

彼は、明快な口調で命じた。

「こっちは既に手負いの上に、数の上で不利に立たされている。速戦即決でやろう!」
「……了解です!」

砲術長はそう答えてから、受話器を置いた。
アイオワが斉射を行う前に、敵1番艦は第2射を放って来た。
この射弾は、またもやアイオワを飛び越えて行った。

「また遠弾か。砲撃のやり方がなっとらんな。」

ブルースはそう呟く。この時、主砲発射のブザーが鳴り始めた。

「このアイオワが、砲撃という物はなんたるかを教えてやる!」

彼がそう言い放った直後、アイオワが第1斉射を放った。
48口径17インチ砲9門が轟然と唸りを上げ、砲弾は猛速で敵3番艦に殺到して行く。
彼我の距離は15000メートル程に縮まっており、弾着までに要する時間も、も砲戦開始直後と比べ、早くなっている。
程無くして、敵1番艦の周囲に次々と水柱が立ちあがった。その中に、命中弾と思しき閃光が煌めくのも確認できた。

「第1斉射弾着弾!命中弾2!」

その瞬間、アイオワの艦内では、再び歓声が爆発した。

「ようし!初弾命中とは、いいぞ砲術長!」

ブルースも、半ば興奮しながら砲術長を褒めた。
アイオワの第1斉射弾は、敵3番艦の中央部と後檣に命中した。
中央部に命中した砲弾は、装甲を突き破って第3甲板の休憩室で爆発し、目茶目茶に破壊する。
後檣に命中した砲弾は、後檣の上半分を粉砕し、夥しい破片を宙高く噴き上げた。
敵3番艦が第2射を放った。
敵弾が落下する前に、アイオワは第2斉射を放つ。その直後、敵3番艦に続行する敵4番艦も、アイオワ目掛けて主砲弾を放った。
第2斉射弾が落下する前に、敵3番艦の砲弾がアイオワの右舷側海面に着弾し、夜目にも鮮やかな、真っ白な水柱を噴き上げる。
4本の水柱が崩れ落ちると、丁度、敵3番艦も、アイオワの放った第3斉射弾が落下し、周囲に水柱が上がっていた。
水柱が崩れ落ちると、敵3番艦は後部に新たな火災を起こしていた。

「敵3番艦に新たな火災!後部付近に命中した模様!」

ブルースは見張り員の報告を聞きながら、満足気に顔を頷かせる。

「よし、さっきよりも調子がいいぞ!」

彼がそう言った時、敵4番艦の射弾が落下して来る。驚いた事に、敵4番艦は最初から斉射弾を放って来た。
不運な事に、(敵にとっては幸運だが)敵4番艦の第1斉射弾は、アイオワを狭叉していた。

「敵4番艦の射弾、本艦を狭叉しました!」
「……敵側にも、調子のいい奴が混じっていたようだな!」

ブルースは舌打ち混じりにそう吐き捨てたが、内心では、第1斉射で狭叉を叩き出した敵4番艦の腕前に、感嘆の念を抱いていた。

「敵3番艦発砲!斉射です!」

ブルースは、見張りの報告を聞きながら、敵3番艦が斉射を行う様子を見ていた。
敵3番艦が斉射に移行した事は脅威に思えるが、ブルースから見てみれば、敵3番艦は、一向に当たらない交互撃ち方をやるよりは、
一か八か、斉射に移行して勝負を決めようとしているようにも思える。

「我慢できずに、砲を全てぶっ放して来たか。」

ブルースは、感情のこもらぬ口調で、敵3番艦に語りかけた。

ここで、時間は少し遡る。
第9戦艦戦隊旗艦ネグリスレイは、アイオワの初めての斉射弾を受けた。
敵の斉射弾が落下した瞬間、イルズド少将は、今までに感じた事の無い、強烈な衝撃を味わった。

「ぐお!?」

彼は、初めて体験する17インチ砲弾着弾の衝撃に耐え切れず、床に転ばされてしまった。
床を這わされたのは、彼だけでは無く、艦橋要員の大半が転倒するか、壁に叩き付けられていた。

「こ、後部甲板に着弾!火災発生!」
「中央部付近に敵弾命中!右舷第4甲板工作室に損害あり!」

その報告を聞いたイルズド少将は、背筋が凍りつくような感覚に囚われた。

「第4甲板だと?敵の砲弾は、そんな深くまで食い込んだのか……」

彼は、17インチ砲弾の威力に、昂ぶっていた気持ちが一気に萎えかけていた。

「こちらの射弾はどうなった!?」

ネグリスレイ艦長ウィンドルヴァ大佐が、見張りにすかさず聞き返す。

「第1射弾は命中せず!」

その直後、ネグリスレイの主砲が第2射を撃つ。4発の15.2ネルリ砲弾が猛速で敵1番艦に向かって行く。
後方のマルブドラガも敵1番艦に対して、砲撃を行う。
マルブドラガの砲声は、ネグリスレイの砲声よりも大きい。

「マルブドラガの連中、最初から斉射弾を放ったのか。」

イルズド少将は、音の大きさから、マルブドラガが斉射を放ったと確信する。
敵1番艦も第2斉射弾を放った。敵1番艦は、ポエイクレイの砲弾が10発以上命中している筈なのだが、切り札として用意された
新型重徹甲弾はアイオワ級には力不足だったのか、敵1番艦は2番艦と共に火災を起こしながらも、速力、戦闘力、共に衰える様子を
全く見せない。

「あの火災の量からして、敵1番艦と2番艦も相当のダメージを負っている筈なのだが……」

イルズド少将が不安げに呟いた時、ネグリスレイの砲弾が落下する。

「畜生!」

艦長が悔しさの余り、罵声を放った。ネグリスレイの射弾はまたしても外れ弾となった。
その直後、マルブドラガの射弾が落下する。驚くべき事に、マルブドラガは、最初の斉射で狭叉弾を得た。

「おお、最初の斉射で狭叉とは。マルブドラガの連中、かなり頑張っているな。」

イルズド少将は、部下の奮闘ぶりに、萎えかけていた戦意が再び昂ぶって来た。
その直後、敵1番艦の射弾が落下して来た。
またしても、凄まじい衝撃がネグリスレイの艦体を揺さぶりまくる。
基準排水量27000ラッグ(40500トン)もの巨艦は、今までに経験した事の無い砲弾の弾着に身悶えていた。

「くそ、一体この衝撃は何だ!?さっきのサウスダコタ級戦艦の砲弾が着弾した時よりもかなりでかいぞ!」

イルズド少将は訳が分からないと言わんばかりに、半ばヒステリックな口調で叫んだ。

「砲術長!このままではまずい!斉射だ!斉射を行うぞ!」

ウィンドルヴァ艦長は、イルズド少将よりも更にヒステリックな口調で砲術長に命じた。
ネグリスレイの砲術科員達は、大急ぎで測的や砲弾の装填をこなしていく。
その手捌きは、帝国軍随一と謳われるネグリスレイ級戦艦の乗員らしく、実に鮮やかだ。

「艦長!準備完了!いつでも斉射に移れます!」
「よし、ぶっ放せ!!」

ウィンドルヴァ艦長は、半ば乱暴な口調で命じた。
その直後、ネグリスレイの12門の主砲が、再び火を噴いた。
やや間を置いて、敵1番艦も新たな斉射弾を放って来た。
ネグリスレイの砲弾が、それから1秒後に落下する。敵1番艦の周囲に10本以上の水柱が噴き上がる。
その中に、命中弾と思しき閃光が煌めく。閃光は、爆炎に代わり、敵1番艦の後檣付近は、被弾によって真っ赤な炎に包まれていた。

「ハハハ!見たかアメリカ軍!これが、ネグリスレイ級の威力だ!」

イルズド少将は、敵1番艦に初めて砲弾を命中させた事で、それまでに感じた事の無い高揚感に包まれていた。
その刹那、一本の線が艦橋の前面を切り降ろすかのような形で走った。
唐突に、すぐ目の前真っ白な閃光湧き起こり、視界に何も見えなくなる。
彼の耳に、何かが艦橋のスリットガラスを砕いて、艦橋内部に流れ込んで来るような音が響く。

「!?」

イルズド少将は、驚愕の表情を浮かべたが、それから彼の意識は、ぷっつりと途絶えてしまった。


アイオワが第3斉射を放った。ブルースは、体に17インチ砲弾斉射の際の衝撃と振動を感じ取る。
17インチ砲9門の斉射は、何度体験してもなかなか、慣れる物では無い。
斉射弾を放つたびに、ブルースの体は凄まじい衝撃に揺さぶられ、体の節々にその名残が蓄積して行く。
アイオワが第3斉射を放った直後、敵3番艦の斉射弾が落下した。
敵弾は、アイオワを狭叉し、その中の1弾がアイオワの後檣付近に命中した。
強烈な爆発音が後方から鳴り響き、アイオワの57000トンの艦体が大地震もかくやと思わんばかりに揺れまくる。

「後檣に直撃弾!予備射撃指揮所が破壊されました!」
「クソ!土壇場で当てて来るとは……敵3番艦の砲術科員も、なかなかガッツがあるな。」

ブルースは歯噛みしながらも、敵3番艦を素直に評価した。
水柱が晴れると、敵3番艦の姿が見える。
艦上の前部や中央部、後部付近で発生した火災炎によって、半ば黄色に近いオレンジ色彩られた敵3番艦に、アイオワの第3斉射弾が降り注ぐ。
敵3番艦が三度、砲弾弾着の水柱に取り囲まれ、艦の後ろ半分が覆い隠される。
同時に、敵3番艦の前部付近に、2つの直撃弾炸裂と思しき閃光が確認された。

「よし!いいぞいいぞ、その調子だ!」

ブルースが喜びの混じった声音でそう言い放った時、唐突に、敵3番艦が前部付近から、目もくらむような、真っ白な閃光を発した。

「!?」

ブルースは、突然の事態に仰天しながらも、咄嗟に右手で目を覆った。
敵3番艦から放たれた閃光は強烈だったが、収まるのも早かった。
耳元に、海上を圧するかのような轟音が響いてきた。今までに作った事の無い特大の爆弾が炸裂したかのようなその爆発音は、艦橋の
スリットガラスをビリビリと震わせた。

「い、今の音は……?」

ブルースは右手を下ろし、改めて、敵3番艦が居ると思われる方向に目を向けた。
そこには、上空に火柱を噴き上げながら、大火災を起こしている大小2つの物体が……もとい、艦体を断裂された敵3番艦の姿があった。

アイオワの第3斉射弾は、2発が敵3番艦の前部にある第1、第2砲塔に命中していた。
第1砲塔に着弾した砲弾は、砲塔の天蓋を突き破って砲塔内へ突入したばかりか、砲弾を上げる揚弾機に食い込み、そこで炸裂した。
爆発エネルギーは砲塔内部をあっさりと吹き飛ばした他、その過半が揚弾機の蓋をこじ開け、砲塔弾火薬庫に流れ込んだ。
高熱の爆炎は瞬く間に、弾薬庫内の砲弾、装薬を飲み込み、誘爆させた。
凄まじいまでの大爆発が湧き起こり、ネグリスレイは第1砲塔から火柱を噴き上げようとした。
弾薬庫誘爆によって生じた巨大な力は、分厚い装甲で区切られていた筈の第2砲塔弾薬庫にまで及んでいた。
第2砲塔は、第1砲塔と同じように17インチ砲弾の直撃を受けて爆砕されていたが、第1砲塔と違って、爆発の影響は砲塔部だけに
留まっていたため、下部の弾火薬庫には何ら影響を及ぼしていなかった。
だが、無事に残った筈の第2砲塔弾薬庫は、分厚い装甲板をぶち抜き、横合いから押し寄せて来た爆炎に噴きこまれ、ここでも大爆発を起こした。
第1砲塔弾薬庫と第2砲塔弾薬庫の誘爆を引き起こしたネグリスレイは、その時点で艦橋も壊滅状態に陥り、戦闘力のみならず、航行も不能と
なっていたが、被害はこれだけに収まらない。
爆発エネルギーは、魚雷命中も考慮されて設計された頑丈な艦体に亀裂を生じさせ、爆風が亀裂を拡大する。
そして、その巨大な力は、僅かに出来た逃げ場に集中し、亀裂を致命的なレベルにまで広げた。
第1、第2砲塔弾火薬庫誘爆という最悪の惨事に見舞われたネグリスレイは、第2砲塔から前側部分の艦首部を切断され、その切断面から
大量の海水が流れ込んで来た。

ネグリスレイは、分離した艦首部分と本体部分に手の施しようの無い浸水を招くと同時に、これまた、収拾不可能な大火災に見舞われている。

弾薬庫誘爆による艦首断裂という、最悪の事態に陥ったネグリスレイが、そう遠くない内に沈没する事は、誰の目にも明らかだった。

ブルースは、誘爆轟沈という、信じられない状態に陥った敵3番艦に、視線が釘付けとなった。

「なんてこった……頑丈な筈の敵戦艦が、二つに別れて沈んでいく。これが……17インチ砲弾の威力なのか。」

ブルースは、アイオワの誇る17インチ砲がもたらした結果を、戦慄の眼差しで見つめていた。
どういう事か、敵4番艦の射撃は、敵3番艦轟沈後、約2分間に渡って止まっていた。
敵3番艦が断裂した艦首部を沈め、本体部分も半ば沈み込ませた時、思い出したかのように、ニュージャージーが敵4番艦に向けて射撃を再開した。
ニュージャージーは、既に敵4番艦に対して狭叉弾を得ていたため、この射撃が敵4番艦へ向けて行う、初めての斉射となった。
敵4番艦は、爆沈した味方艦を回避中であったため、第4斉射弾は殆どが外れとなったが、1発だけが敵4番艦の後部甲板付近に命中した。

「砲術長!目標、敵4番艦!ニュージャージーと共同で叩くぞ!」
「アイ・サー!」

受話器越しに、砲術長の自信に満ちた返事が伝わって来る。
敵4番艦が思い出したかのように斉射弾を放って来た。
アイオワが測的を完了する前に、敵の斉射弾が降り注いで来るが、敵弾は全てが外れ弾となった。

「CICより艦橋へ!SGレーダーが故障のため、使用不能!」
「遂にレーダーがやられてしまったか。」

ブルースは心底残念そうな口調で呟いた物の、むしろ、今まで良く持ってくれた方だと思った。
アイオワは、敵1番艦や敵3番艦の射弾を受け続けていたため、いつレーダーが破損するか分からない状況に遭った。
だが、SGレーダーは敵弾の破片にやられる事も無く、また、故障を起こす事も無く作動し続けて来た。

「レーダーを失ったのは痛いが、今となっては、レーダーに頼らずとも、充分に戦える。」
「艦長!測的完了です!」

唐突に、砲術長から報告が入った。

「目標、敵4番艦!斉射で行くぞ!」

ブルースは、敵3番艦を叩きのめしたやり方で、敵4番艦も叩くつもりであった。
アイオワが、敵4番艦に対する最初の斉射弾を放つ。その3秒後に、ニュージャージーが新たな斉射弾を放った。
直後、ニュージャージーに敵5番艦の斉射弾が降り注いだ。
敵5番艦の砲弾は後部甲板に2発が命中し、1発が第3砲塔の至近に落下し、爆発の衝撃で旋回盤を歪めてしまった。
このため、第3砲塔は射撃不能に陥った。
ニュージャージーは、これで砲戦力の3分の1を失った事になるが、第3砲塔が使用不能になる前に、敵4番艦に対して第3斉射を
放つ事が出来たのは、不幸中の幸いであった。
アイオワの第1斉射弾が敵4番艦の周囲に落下し、高々と水柱が上がる。
水柱の中に、命中弾炸裂の閃光が煌めく事は無かったが、それでも狭叉弾を得ていた。
先の敵3番艦に対する初弾命中と今の砲撃による初弾狭叉、アイオワの射撃精度は良好であり、最初の不調が嘘のような勢いである。

「第1斉射弾、敵4番艦を狭叉!」
「おお……流石に、2回連続の初弾命中とはならなかったが……それでも初弾で狭叉弾を得るとは。ひたすら、猛訓練を行った甲斐が
あったな。」

ブルースは、このアイオワの艦長に就任して以来の日々を、頭の中で思い出して行く。
アイオワ艦長に任命されてから、ブルースはひたすら、乗員達を鍛え上げて来た。
慣熟訓練の際には、一日でも早い戦力化を実現するため、晴れの日は勿論、雨の日であろうが、嵐の日であろうが、常に訓練を行って来た。
ブルース主導の下で行われた厳しい訓練は、乗員達を立派な海軍軍人に育て上げ、43年の12月には、予定よりも早いながらも、
第5艦隊の一員として戦場に加わった。
第5艦隊に加わった後も、艦隊の名称が第3艦隊に加わった後も、ブルースは、アイオワの乗員達をしごき上げ、乗員達はめきめきと腕を
上げて行った。

その猛訓練の成果が、今、遺憾無く発揮されている。
アイオワの射弾が着弾してから3秒後に、ニュージャージーの斉射弾が落下する。
ニュージャージーの第2斉射弾6発は、1発のみが敵4番艦の第1砲塔と第2砲塔の間の舷側部分に命中した。
砲弾は最上甲板を突き破り、第3甲板で炸裂した。
凄まじい爆炎が敵4番艦の前部付近で上がり、爆炎は黒煙に変わって、敵4番艦の舷側部分を覆い隠す。
敵4番艦は負けじとばかりに、斉射弾を放った。
この時、ブルースは、敵4番艦が後部砲塔のみで発砲を行っている事に気付いた。

「どうやら、敵4番艦はニュージャージーの射弾で、前部付近の砲塔が使えなくなったらしいぞ。」

ブルースはそう確信した。
敵4番艦は第1砲塔と第2砲塔の間の右舷側甲板に被弾していたが、この被弾の影響で第1砲塔と第2砲塔の旋回盤が損傷した他、
砲の装填機構に致命的な故障が生じ、砲を撃つ事が出来なくなった。
敵4番艦の第1砲塔と第2砲塔は、たった1発の17インチ砲弾によって射撃不能となったのである。
だが、それでも、敵4番艦は後部の3番、4番砲塔を使って、アイオワに砲撃を行った。
アイオワが第2斉射を放った直後に、敵4番艦の斉射弾が降り注ぐ。
幾度となく体験した至近弾落下の衝撃と、被弾の振動が全長270メートル、幅36メートル以上の大艦を揺さぶった。

「後部甲板並びに第3砲塔に着弾!砲塔内部に損傷の模様!」
「何?第3砲塔だと?」

ブルースは、報告を送って来たダメコン班に聞き返したが、その頃には、アイオワの第2斉射弾は、敵4番艦に殺到していた。
アイオワの第2斉射弾は、7発が至近弾となり、2発が敵艦に命中した。
敵4番艦は中央部と後部に命中弾を浴びた。
中央部付近の命中弾は、分厚い装甲板を貫通して艦深部の魔道機関室の近くで炸裂した。
爆発は機関室付近の通路を駆け巡り、周囲の区画を破壊した。
魔道機関室だけは、周囲に装甲を張られていたため、爆発エネルギーによって甚大な損害を被る事は無かったものの、艦に推進力を
与えていた魔法石が、砲弾爆発の振動で損傷し、艦の速力を低下させた。

後部に命中した砲弾は、第3砲塔を粉砕し、砲戦力を削ぎ取った。
更に、ニュージャージーの第3斉射弾1発が第4砲塔の前側の甲板に命中した。
砲弾はやはり、最上甲板を炸裂して第3甲板の砲塔脇の便所に達してから爆発。
被害は便所だけに留まらず、周囲の区画や砲塔の旋回盤にも及び、第4砲塔は破壊を免れながらも、旋回不能となった事により、
その能力を発揮出来なくなった。
ニュージャージーの斉射弾が落下した後、敵4番艦は更に火災を起こした。

「艦長!敵4番艦の速力が低下します!現在、約27ノットです!」
「27ノットか……先程までは29ノットと30ノットの間を行き来していたが……命中弾が敵の機関室に損傷を与えたのかな?」

ブルースは、敵艦の状況を分析する。
更に30秒ほどが立ったが、敵4番艦は一向に発砲を行おうとしない。
そればかりではなく、どういう訳か、敵5番艦までもが砲撃を中止していた。

「あっ!敵4番艦、変針します!」

唐突に、見張り員が驚きに声をわななかせた。

「何?変針だと!?」

ブルースは意外だと言わんばかりに声をあげ、双眼鏡で敵4番艦を見つめる。
どうした事か、敵4番艦はアイオワに背を向けて、隊列から離脱し始めた。
いや、隊列から離脱し始めたのは敵4番艦のみではない。
火災を起こしてはいるものの、比較的損傷の軽い5番艦までもが、4番艦のあとを追うように、艦首を大きく回していた。

「驚いた……あいつら、逃げていくぞ!」

彼は、拍子抜けしてしまった。

ブルースは、敵艦隊が例え、艦数で不利になろうとも、最後まで戦い抜くだろうと思っていた。
もはや、後が無いシホールアンルは、ここでTG58.6を打ち破らなければ、機動部隊に迫る事も出来ない上に、上陸部隊への攻撃も
出来なくなる。
シホールアンル軍は、何が何でも、TG58.6や機動部隊本隊を叩きのめそうとする筈だ。
ところが、敵戦艦部隊は、損傷したとはいえ、まだ2隻が戦闘力を残していた。
その2隻は、戦況が不利と見るや、戦場から離脱しようとしている。

「リー司令官より通達!アイオワ、ニュージャージーは、避退する敵戦艦2隻を追撃せよ!」
「流石はリー司令官。よく分かっておられる!」

ブルースは、我が意を得たとばかりに、獰猛な笑みを浮かべた。

「砲術長!第3砲塔はどうなっている?」
「艦長……誠に申し上げにくいのですが、第3砲塔は先の被弾により、揚弾機と装填機甲に故障が生じ、目下射撃不能となっています。
現在、復旧が可能かどうかを調べている最中ですが……ダメコン班の話では、海軍工廠で本格的な修理を受けるレベルの故障もあり得る
との事です。」
「……それなら仕方が無いな。修理が可能なら、速やかに修理を行い、砲の復旧に努めよ。」
「了解です!」

砲術長との会話はそれで終わりとなった。
ブルースはすぐさま、面舵一杯を命じようとした。
しかし、そこで意外な報告が飛び込んで来た。

「艦長!右舷前方より駆逐艦らしき物!数は3隻!」
「駆逐艦だと……?」

ブルースは、なぜか、駆逐艦が現れた事に首を傾げた。

「IFF(敵味方識別装置)に反応は?」

彼は、CICに聞き返した。

「今確認中……」
「艦長!駆逐艦3隻より発砲炎!」

見張りの切迫した声音が艦橋に響いて来た。

「敵だ!すぐに応戦しろ!」

ブルースは咄嗟に命じた。そして、彼は愕然となった。
(しまった!右舷側の両用砲座は全て使えなくなっているぞ!)
アイオワ級戦艦には、舷側に5インチ連装両用砲を5基10門、左右両側で10基20門が搭載されている。
敵駆逐艦と戦う際には、この5インチ砲が使われるのだが、右舷側の5インチ砲は、敵戦艦との撃ち合いで全滅しているため、アイオワは敵駆逐艦に対して、主砲以外の対抗手段を持ち得ていなかった。

「敵駆逐艦、発砲しながら接近します!距離、6000メートル!」
「畜生!SGレーダーが故障していなければ……!」

ブルースは、悔しげに呟くが、すぐに平静さを取り戻した。

「……まぁいい。どうせ相手は駆逐艦だ、豆鉄砲を撃つ以外は何もできまい。」

彼は、相手が駆逐艦という事でさほど気にしていなかった。

「しかし妙ですな。何故、駆逐艦が我々の足止めを……」
「俺にも分からんよ。」

彼は、怪訝な表情を浮かべる副長に、自身も肩を竦めながら答える。
アイオワの艦橋内には、絶望的な戦いを挑んで来た敵駆逐艦に、哀れみの声すら投げかける物が出始めた。

「あいつらには、左舷側の5インチ砲を使って迎撃してやりたいが、今は時間が無い。敵駆逐艦は無視して、戦艦を追うぞ!」

ブルースは気を取り直して、航海科に命令を飛ばそうとした。
だが、それは出来なかった。
なぜなら……

「敵駆逐艦、転舵!あっ、敵艦の舷側から航跡らしきもの、複数!」

彼の耳に、信じられない様な報告が聞こえてきたからである。

「………航海長!面舵一杯だ!急げ!」

ブルースは、大音声で命じた。

「敵駆逐艦が魚雷を放ってきやがった!」

彼は、一瞬でも油断した自分が許せなかった。
(俺は……馬鹿だ!よく考えれば、敵も航空魚雷を有している。空中投下用の魚雷を持っているのならば、水上艦搭載用の魚雷も
持っていると考えるべきだった。それを、俺は、一時の勝利で有頂天になったばかりに……!)
ブルースは、内心で自分を責め立てた。
ブルースが命令を発し、操舵員が命令通りに舵を回し終わっても、アイオワの艦首は、一向に回らない。
アイオワの舷側に迫りつつある航跡は、計9本。速力は40ノット以上はあるだろう。
真っ白な航跡が、舷側にしたい寄って来るというのに、アイオワの艦首は回ろうとしない。
10秒、20秒、30秒と経っても、アイオワは30ノット近い速力で全身を続けるのみだ。

「畜生!さっさと回れ!」

溜まりかねたブルースが、小声ながらも、怒声のこもった口調で言う。

「ニュージャージーにも魚雷接近の模様!」

見張り員の新たな報告が艦橋に届く。その時、アイオワの艦首が回り始めた。
一旦弾みが付くと、アイオワの回頭は早い。
アイオワの艦首は、鮮やかに回っていく。
だが、それも遅すぎた。
アイオワの右舷側艦首部と、中央部に、計4本の魚雷が高速で迫ってきた。

「艦長より総員へ!被雷に備えよ!繰り返す、被雷に備えよ!!」

ブルースは必死の思いで艦内電話に取り付き、大声で乗員達に伝えた。
彼は受話器を置き、スリットガラスの下に駆け寄る。
4本の魚雷は、命中まであと5秒という所まで来ていた。

「魚雷接近!命中します!」

その声を聞いた時、ブルースは身構えた。

「魚雷4本の衝撃……アイオワよ、耐えてくれ!」

ブルースは、祈る様な口調でそう叫んだ。
その瞬間、アイオワの艦首に2本の魚雷が命中し、高々と水柱が噴き上がった。

第109駆逐隊の生き残りであり3隻の駆逐艦は、甲板上から火災と黒煙を噴きを上げている2隻のアイオワ級戦艦のうち、先頭の
アイオワ級の艦首に水柱が噴き上がった事を確認していた。

「敵戦艦1番艦に魚雷命中!」

第109駆逐隊の指揮を取る駆逐艦フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は、前方を見据えたまま頷いた。

「やった!敵2番艦にも魚雷が命中しました!」
「ようし、これで、何とか“切り札”をぶち当てる事が出来たな。」

フェヴェンナ中佐は、戦闘開始以来、初めて笑顔を見せた。
シホールアンル海軍は、今回の作戦で、2つの切り札を用意した。
1つは、戦艦部隊に与えられた改良型の重徹甲弾。
そして、もう1つが、開発されたばかりの20ネルリ(51センチ)艦載魚雷である。
20ネルリ艦載魚雷は、ワイバーン・飛空挺搭載用の航空魚雷の、一応の成功をもとに作られた新兵器である。
この新兵器は、20リンル(40ノット)のスピードで6000グレルの航続距離を持ち、弾頭には200リギル(300キ)
の炸薬を詰めている。
この艦載魚雷は、航空用魚雷の使用で得られたデータを元に制作された事もあり、故障や自爆が比較的少なくなっている。
20ネルリ魚雷は、84年式艦載魚雷の名称が与えられ、1484年12月に、スルイグラム級駆逐艦の17番艦であるフロイクリに
3連装式発射官2基が搭載され、以降、6隻に同様の魚雷発射官と一緒に搭載されている。
今日の戦闘では、フロイクリも含む、第109駆逐隊の6隻が戦闘に加わったが、6隻中3隻が、魚雷発射官の誘爆で轟沈している。
第109駆逐隊は、残りの駆逐隊と共同で、米駆逐艦4隻撃沈、5隻を撃破して駆逐艦同士の戦闘を制した物の、第109駆逐隊を
除く他の駆逐艦は全て大中破し、止む無く後退したため、自由に動ける駆逐隊は、第109駆逐隊のみとなった。
第109駆逐隊は味方戦艦部隊の援護を行うため、急遽戦闘海域に向かったが、現場に駆け付けた頃には、戦闘は終息に向かいつつあった。
フロイクリと2隻の駆逐艦は、米戦艦部隊に敗北し、避退に入った味方戦艦2隻を掩護するため、5000グレルから敵戦艦部隊目掛けて
突撃を開始した。
彼らは、自分達が挑もうとしている敵戦艦が、噂のアイオワ級戦艦である事に気付き、誰しもが第109駆逐隊はここで全滅するのだと、
覚悟を決めた。
だが、幸いにも、2隻の敵戦艦は、右舷側の副砲を全て破壊されていたため、全く反撃を行えなかった。
3隻の駆逐艦は、2500グレルまで接近してから、一斉に魚雷を放ち、すぐさま避退して行った。
初めての雷撃のため、3隻の駆逐艦は思い思いのタイミングで魚雷を発射したのだが、幸運にも、魚雷の何発かは敵戦艦の艦腹に突き刺さり、
巨大な水柱を噴き上げた。

「敵戦艦部隊との距離、更に離れます!」
「味方戦艦部隊と敵戦艦部隊の距離は?」
「13000グレルです。敵戦艦部隊との距離はなお、離れつつあります!」

米戦艦群の砲撃から生き残った2隻のネグリスレイ級戦艦は、艦上に損害を負っているもの、機関部の損傷は大した事無いのか、13.5リンル
(27ノット)の速力で避退を続けている。
味方戦艦部隊と敵戦艦部隊との距離は開くばかりである。

「情報では、アイオワ級戦艦は15リンル以上の速力を出せると聞く。奴らからすれば、17リンルで走る味方戦艦部隊は、足が遅い存在の筈……
だが、味方戦艦部隊と敵戦艦部隊との距離は離れ続けている、という事は……」

フェヴェンナ艦長は、ホッとため息を吐いた。

「俺達の魚雷は、アイオワ級の足を鈍らせる事に成功したようだな。」

彼は、満足気な口調でそう言ったが、その直後、彼は、これが最初で最後の、水上艦に対する雷撃になるかもしれないと直感した。

「……今後、敗者となった俺達は、どうなるんだろうな……」

そうぼそりと呟いてから、後ろを振り向く。
魔法通信によると、味方戦艦部隊は、一時は5対2という圧倒的な優位に立っていたと言う。
だが、その優位は、僅か2隻のアイオワ級戦艦の奮闘によって、一気にひっくり返された。
2隻のアイオワ級戦艦は、最新鋭のネグリスレイ級戦艦を4隻も撃沈破して、不利であった戦況を盛り返している。
まさに、荒神の如き活躍ぶりだ。

「味方戦艦部隊を壊滅させた、2隻のアイオワ級……か。まるで、破壊神みたいじゃないか。」

フェヴェンナ艦長は、重い口調でそう言ったのであった。

「一時は、5対2という、圧倒的不利な状況にまで追い込まれたが、流石はアイオワ級戦艦。敵戦艦を2隻に沈没確実の損害を与え、2隻を大破させた。
しかし、最後の最後で、私達は思わぬ伏兵に足止めされてしまったな。」
「は……まさか、敵駆逐艦が魚雷を持っていたとは、全く予想が付きませんでした。」

ブランドン参謀長は、顔を暗くしながらリーに言った。
敵駆逐艦3隻が放った魚雷は、2本がアイオワに、1本がニュージャージーに命中した。
アイオワは、右舷側艦首部に2本の魚雷を受けた。
敵の魚雷は、アイオワの艦首に破孔を開けた。この時、アイオワは29ノットの高速で洋上を疾駆していた事もあり、破孔部から浸水した
海水は、その高速力も手伝って、艦内へ大量に引き込まれてしまった。
結果的に、2000トンもの海水を飲み込んだアイオワは、艦首を大きく沈みこませ、実質的に航行不能に近い状態となっている。
アイオワには、この2本の他にも、あと2本が右舷側中央部に命中していたが、幸いな事に、この2本は不発であったため新たな損害を
生じる事は無かった。
ニュージャージーはアイオワに比べて、1本の被雷で済んだ物の、この魚雷がまずい部分に当たってしまった。
この魚雷は、ニュージャージーの艦尾部に命中し、右舷側のスクリューを2本とも吹き飛ばしてしまった。
敵の魚雷は炸薬量が弱かったのか、それとも何らかの不具合が生じていたのか、ニュージャージーの艦尾部に破孔が開く事は無かった。
だが、推進機2基を吹き飛ばされたニュージャージーは全力発揮が不可能となり、今では16ノットしか出せない。
もともと、ニュージャージーは喫水線下に受けた敵弾によって、短時間ならば全速力が出せる状態であり、被雷前はあと、6分程度は
全速発揮を続けても大丈夫であった。
だが、敵の魚雷はニュージャージーの足に大怪我を負わせたため、敵艦の追撃に移る事は不可能となった。
最後の敵駆逐艦の雷撃は、追撃に移ろうとしていたTG58.6の足を鈍らせる事に成功したのである。

「しかし、酷い損害が出てしまったな。まさか、戦艦部隊が全て、撃沈または、大破同然の損害を被るとは……」
「損害は戦艦部隊のみではありません。巡洋艦部隊と駆逐艦部隊にも及んでいます。巡洋艦部隊では、カンザスシティが敵巡洋艦群の
集中砲撃を受けて被害甚大で、先程、艦長は総員退艦を発令しました。」

戦艦部隊と同様に、巡洋艦、駆逐艦部隊にも損害は出ていた。
敵駆逐艦部隊と戦った18隻の駆逐艦のうち、6隻が撃沈され、6隻が大中破している。
巡洋艦部隊は、カンザスシティが何故か、敵巡洋艦5隻から集中砲火を浴び、実に68発の命中弾を受けて大火災を生じ、交戦開始から
10分足らずで航行不能に陥った。

カンザスシティは、たった1隻で敵巡洋艦5隻と戦った訳ではない。
カンザスシティは他の5隻の巡洋艦と一緒に戦っていた上に、隊列から2番目の位置にあり、決して集中砲火を受ける様な位置には
居なかったのだが、敵巡洋艦5隻は、他の巡洋艦には脇目も振らず(一番厄介な筈のブルックリン級軽巡のヘレナやアムステルダム等が
居たにも関わらずだ)、狂ったようにカンザスティを撃ちまくった。
カンザスティが脱落した後は、残りの巡洋艦が敵巡洋艦と戦い、軽巡スプリングフィールドが大破炎上し、ヘレナとセントポールが
中破程度の損傷を被ったが、敵巡洋艦3隻に撃沈確実の損害を与え、残り2隻を撃破した。
敵の巡洋艦群が、なぜカンザスティを最初に砲撃し、脱落させたのか……その理由は分からなかった。

「巡洋艦部隊、駆逐艦部隊も損害は少なからず……だが、結果としては、我々の勝利だ。」

リーは先程、TG58.7から入って来た情報を思い出す。

「TG58.6は、大損害を被りながら敵主力艦隊を撃退し、TG58.7は、機動部隊の襲撃を加えようとしていた敵の別働隊を追い返している。」

リーは、務めて平静な口調でブランドン参謀長に言った。

「敵将が何を考えるかは分からんが、少なくとも、あす以降の戦いは、今日の様な激戦が繰り広げられるような事は無いだろう。あるいは……」

リーは、対勢表示板に視線を移す。
対勢表示板には、バラバラになった各部隊が、模型を使って現されている。
どの部隊もバラバラであり、中には敵の部隊に破れた隊もあるが、いずれの部隊も、敵部隊に対して大損害を負わせていた。

「損害甚大で引き返し、この大海戦が終息するか、だな。」

1485年(1945年)1月24日 午前7時 レーミア湾沖西方290マイル地点

第4機動艦隊司令官、リリスティ・モルクンレル大将は、旗艦モルクドの艦橋で放心した表情を浮かべていた。

「………」

リリスティは、10分前に仮眠から起きた後、幕僚達と一言交わしただけで司令官席に座り、それからずっと、黙りこくったまま、
前を見据えている。
主任参謀のハランクブ大佐は、死人のような顔つきになったリリスティに、なるべく、声をかけたくないと思っていた。
だが、彼が声をかけなければ、物事は進まなかった。

「……司令官。」
「……ああ、どうしたの?」

リリスティは、掠れた声でハランクブに聞き返す。

「昨日の戦闘の報告かな?」
「はい。最終的な集計が出ましたが……いかがいたしましょう。」
「……どうせ今聞いても、後で聞いても一緒だから、今聞く。」

リリスティは、感情のこもっていない口調で、ハランクブに言った。

「では、報告させていただきます。」

ハランクブは、改まった口調で損害と、戦果報告を行う。
第4機動艦隊の被った被害は、まさに甚大であった。
19隻あった竜母の内、撃沈破された竜母は計9隻。
戦艦、巡戦部隊は計4隻を失い、残った戦艦、巡戦も全て大中破。

護衛の巡洋艦、駆逐艦の被害も大きく、竜母群の中には、護衛艦の数が足りない所もある。
だが、何よりも痛いのは、航空戦力の激減であった。
出撃前、各母艦上にあったワイバーンは1000騎程。
それが、今では400騎しか居ない。
その400騎の中にも、傷が深く、すぐには飛べないワイバーンは相当数おり、第4機動艦隊ですぐに使える航空兵力は、実質的に、
作戦開始前の3割程度か、2割9分にまで落ち込んでいた。
それに対して、第4機動艦隊は、航空戦では陸上の基地航空隊と共同して、空母3隻撃沈、7隻撃破の戦果を上げ、戦艦同士の砲撃戦では、
戦艦、巡戦を4隻撃沈、4隻を大破させ、巡洋艦、駆逐艦を計19隻撃沈し、ほぼ同数を撃破したと言われている。
航空機の撃墜、並びに撃破数は約900機以上に上ると言われている。
第4機動艦隊は、強大な米機動部隊相手に力戦敢闘し、大損害を与えた物の、肝心な敵機動部隊の撃滅、並びに、輸送船団の撃滅は、遂に
果たされる事は無かった。
第4機動艦隊は、この決戦に敗北したのである。

「………」
「し、司令官……」

ハランクブは、何も言えなかった。
リリスティは、目から涙を流していた。その口は固く閉ざされてるものの、少しでも開かれれば、彼女は泣き声を発するであろう。
だが、彼女は涙を流せども、泣き叫ぶと言う事はしなかった。
リリスティは、胸の内から湧き上がる悔しさに、必死に耐えるしか無かった。


同日 午前8時 レーミア湾沖西方76マイル地点

第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は、旗艦アラスカの作戦室内で、潜水艦部隊から届けられた報告文を聞くなり、
いつも通りの反応を示した。

「ふむ。シホールアンル艦隊は撤退中、か。」

作戦室内に、スプルーアンスの冷たい声音が響いた。

「司令官。やはり、我が機動部隊は敵機動部隊の追撃に移るべきでは?敵艦隊は大損害を負ったとはいえ、なお、半数の竜母が健在です。
ここは、徹底的に叩くべきかと思いますが。」

作戦参謀のフォレステル大佐は、スプルーアンスにそう進言した。
しかし、スプルーアンスは、首を縦に振らなかった。

「いや、何度も言った通り、我々はレーミア湾沖から離れてはならん。」

スプルーアンスは、フォレステルの目を見つめる。

「ミスターフォレステル。君の言う事はよく分かる。私自身、ここで敵艦隊を追撃し、竜母を全て沈めたいと思っているほどだ。だが、
私達は、自分達に与えられた任務を忘れてはならない。」

スプルーアンスは言いながら、指示棒を取って、テーブル上の地図をなぞる。

「我が第5艦隊の任務は、上陸部隊の支援と輸送船団の護衛だ。敵機動部隊を撃退した今は、敵の基地航空兵力に備えると共に、地上部隊を
援護しなければならない。私は、TF58を決して、このレーミア湾近海からどかさぬつもりだ。」

スプルーアンスは、地図上のTF58のマークを、指示棒の先で2度叩いた。

「我が第5艦隊……特にTF58は、昨日の戦闘で大きく消耗している。TF58をこれ以上消耗させては、肝心の地上部隊の護衛が疎かに
なってしまう。この海戦の勝利は、次のステップに進む為の一歩に過ぎない。その一歩を踏む為に、我々は途方もない犠牲を強いられたが、
それを無駄にしない為にも、我が第5艦隊は、次の任務の事を考えなくてはならん。」

スプルーアンスは言葉を区切り、指示棒をテーブルの上に置いた。

「私の考えは昨日から変わらん。第5艦隊は今後も、レーミア湾周辺の哨戒と、地上部隊の支援を続ける。私からは以上だ。他に意見は無いかね?」
「長官、宜しいでしょうか?」

航空参謀のジョン・サッチ中佐が手を上げた。

「TF58所属の空母群の事ですが、昨日の戦闘で、高速空母部隊の母艦は、19隻から10隻に激減しています。この10隻のうち、正規空母は7隻、
軽空母は3隻です。稼働機数も半数以下に減っております。この戦力では、航空支援を行うにも幾らか支障を来します。そこで……マルヒナス沖の
正規空母2隻を、TF58に加えたいと思うのですが……長官としては、どう思われますか?」
「ふむ……ここは悩み所だな。」

スプルーアンスはしばしの間黙考する。
TF58は、昨日の戦闘で正規空母2隻、軽空母1隻を喪失し、正規空母4隻、軽空母2隻を撃破されている。
稼働空母は10隻に減り、使用可能機数は全空母合わせて649機しか居ない。
護衛空母から補充すれば、使用可能機数は700機以上を超えるが、この先、航空支援を続行して行くにはやや心許ない。
そこでサッチは、少しでも艦載機を増やすべく、マルヒナス沖の正規空母2隻をTF58に呼び寄せようと考えたのである。
マルヒナス沖の2隻の正規空母……オリスカニーとグラーズレットシーは、就役したばかりの最新鋭空母であるが、乗っている航空団もほぼ、
“最新鋭”となっているため、実戦に投入するのはやや躊躇われた。

「オリスカニーとグラーズレットシーの航空団が、今一つというのが気になるが……しかし、一隻でも多く母艦が欲しい今、彼らにも頑張って
貰うしか無い……か。」

スプルーアンスは頷いた後、サッチに顔を向けた。

「よろしい。至急、オリスカニーとグラーズレットシーに連絡を取ろう。」
「了解です。」

サッチは顔を頷かせた。

「さて、我々のメインイベントはこれで終わりを告げた。だが、地上部隊にとっては、これからが大変だ。地上には、まだ手付かずの敵の
有力部隊が、海兵隊やカレアント軍を、手ぐすね引いて待ち構えている。今から、わがTF58の母艦兵力と、TF54の航空兵力でどれ
ぐらいの範囲の航空支援を行えるか、皆で考えてよう。」

スプルーアンスは、レーミア沖海戦勝利の喜びに浸る事も無く、いつもの要領で第5艦隊がこれから行う事を、幕僚達と共に議論し始めた。

レーミア湾沖海戦 両軍の損害比較

アメリカ海軍
喪失 正規空母ボノム・リシャール、ホーネット、軽空母カウペンス
戦艦ノースカロライナ、ワシントン※、重巡洋艦カンザスシティ、軽巡洋艦スプリングフィールド
駆逐艦12隻 航空機喪失890機※
大破 正規空母エセックス、ヨークタウン、エンタープライズ、ボクサー
軽空母ラングレー、インディペンデンス(機動部隊戦闘終了直後に、レンフェラルの攻撃を受ける)
戦艦アイオワ、ニュージャージー、アラバマ、巡洋戦艦トライデント、コンスティチューション
重巡洋艦ボルチモア、軽巡洋艦リノ、サンタフェ、駆逐艦8隻
中破 重巡洋艦ボストン、セントポール、軽巡洋艦アトランタ、駆逐艦7隻
※(戦闘後、ワシントンはレーミア湾沿岸部にて座礁。浮揚修理も考えられた物の、艦体の損害が深刻な為、マーケット・ガーデン作戦終了後に
解体処分される)

※(母艦上で廃棄や、後に使用不能機となった機も含む。実質的に撃墜された機数は239機、母艦と共に海没、または、被弾の際に
失われた機数は169機)

シホールアンル海軍
喪失 正規竜母ラルマリア、コルパリヒ、リンファニー、小型竜母リネェング・バイ、ヴィルニ・レグ、グンニグリア
戦艦ネグリスレイ、ポエイクレイ、ジフォルライグ、巡洋戦艦ファンクルブ
巡洋艦ラスル、ルブルネント、イムレガルツ(避退中、米潜水艦の雷撃を受け沈没)駆逐艦19隻
大中破 正規竜母ホロウレイグ、正規竜母ジルファリア、小型竜母アンリ・ラムト
戦艦マルブドラガ、ロンドブラガ、巡洋戦艦マレディングラ、ミズレライスツ
巡洋艦ルンガレシ、ルィストカウト、エフグ、ラビンジ、ウィルムクレイ、シンファクツ(帰還途上で、米潜水艦の雷撃を受け、損傷)
駆逐艦9隻
ワイバーン喪失 第4機動艦隊608騎 基地航空隊102騎
飛空挺喪失 79機

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SS投下終了です。

すいません、一部分抜けていた所がありました。

>>762と>>761の間に入る部分です。↓

アイオワのCICで戦況を見守っていたリーは、レーダー員の言葉に耳を傾けていた。

「敵戦艦群との距離、更に広がります。距離は26000メートル。」
「……どうやら、終わったようだな。」

リーは、深いため息を吐いた。


この場を借りて訂正いたします。申し訳ありませんでした。
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