自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

316 第233話 同期生達の集い

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第233話 同期生達の集い

1485年(1945年)4月1日 午後7時 ワシントンDC

アメリカ海軍大佐ウィル・パターソンは1日の勤務を終え、久方ぶりに、行きつけのバーに向かおうと、やや弾んだ足取りで海軍省から出てきた。

「今日はなかなか、精神的にきつい1日だったが、意外と早く上がれる事が出来たな。あそこに行くのも3カ月ぶりか……」

パターソン大佐は、幾分にやけながら、久方ぶりの飲酒に胸が躍るのを感じた。
彼は大の酒好きであるのだが、何故か、家ではあまり飲酒はせず、バー等の飲み屋で酒を飲みまくるという、普通の酒好きから見れば、
少し変わった飲み方をしている。
これは、彼独特の酒の飲み方であり、パターソン曰く、

「酒は月日が開いてから飲んだ方が美味い!1日感覚で飲む奴は、酒のありがたみを知らんのだ!」

と言うようであるが……その辺りは彼自身の型であるから、別にどうでも良いであろう。
無類の酒好きでありながら、年に両手で数えるか否かの回数しか飲みに行かない彼は、ようやく、飲み屋に行く機会を得たのであるが……
彼にとっての幸運は、それだけに留まらなかった。

「手始めにビールでも飲もうかなぁ。」
「ほう……そいつはいいね。俺も付き合っていいかな?」

不意に、どこかで聞き慣れた声が後ろから響いて来た。

「その声は……ああ、お前か!」

パターソンは後ろに振りかえり、はにかみながら、声をかけて来た人物に右手を差し出した。
太平洋艦隊航空参謀を務めるウィンクス・レメロイ大佐は、爽やかな笑みをたたえながら、海軍兵学校時代の同期生と力強く握手を交わした。

「久しぶり……とはいかないな。」
「ああ。さっき、会議で顔を合わせていたからな。」

レメロイ大佐の言葉に、パターソン大佐は、海軍省の建物の方に顎をしゃくりながら答える。

「あの時は、他人行儀ですまんかったな、ウィンク。」
「なあに、あの時は仕事中だったからな。それに、君の側におっかないボスが座っていたとあっては、迂闊に馴れ馴れしく話すなんて
出来ないぜ。」
「言えてるね。」

パターソンは苦笑しながら、そう相槌を打った。
ウィンクスの言うおっかないボスとは、全海軍の指揮官であるアーネスト・キング元帥の事である。

「今日は、どこかに飲みにでも行こうとしていたのか?」
「おう。ちょいとばかし、行きつけの店に寄って飲もうかと思ってね。貴様も来るか?」
「勿論だとも。」

ウィルの誘いに、ウィンクスは快く応じた。

「それで、その行きつけの店と言うのはどこにあるんだ?」
「ここから歩いて10分程の所さ。俺が案内するよ。」

ウィルは、着いて来いとばかりに歩き出した。
10分程歩くと、ウィルのお気に入りである小さなバーが見えてきた。

「ほら、あれだ。」
「なんか、古ぼけたバーだな。」

ウィンクスはぼそりと、ウィルに言う。

「外見は確かに古めかしいが、中身はいいぞ。」
「へぇ~、店の名前がアメリカン・ナイツか。なかなか恰好良い名だな。」
「ささ、早く中に入ろうぜ。」

早く酒が飲みたいウィルは、ささっとバーの扉を開け、ウィンクスを押し込む形で中に入って行った。
店の中は、やや薄暗い印象があるものの、適度に灯った電球と、高級感溢れるイスやテーブルが適度に配置され、清潔感を漂わせており、
誰が見ても、良く手入れされたバーである事を思わせる。
そのバーのカウンター側に、1人のカーキ色の軍服……ウィルやウィンクスと同じように、海軍の軍服を着た軍人が座って、酒を飲んでいた。

「いらっしゃいませ。」

店の主人である、コールマン髭を生やした年配の紳士が声をかけて来た。
新たな来客が誰なのか気になったのか、カウンターに座っていた軍人もウィルとウィンクスに顔を向けて来た。

「あ……リューじゃないか!」
「リューエンリ!?」

ウィルとウィンクスは、またもや生じた同期生との再会に、最初は驚きを隠せなかった。

「もしかして……ウィルとウィンクスか?」

リューエンリ・アイツベルン大佐は、目を見開きながら、念のため2人に質問して来た。

「そうだ。そのウィンクスさんだ。」
「見て分かるだろう。俺の顔を忘れたとは言わせんぞ?」

2人は別々の言葉で、リューエンリの質問に答えた。

「いやははは、こいつはたまげたぜ。まさか、この小さな宿屋で貴様達に出会えるとはなぁ。」

「俺達もさ。元気そうだな、貴様も。」

3人は、互いに笑みを浮かべたまま、再会の握手を交わした。

「これはこれはパターソンさん、お久しぶりですね。この方達は同期生ですかな?」
「ああ、兵学校時代の友達だよ。偶然にも、こうして出会ったんだ。」
「ほほう、それは良いことだ。」

バーの主人は、グラスを拭きながらホッホッホと紳士的な笑い声を発した。

「親父さん、ビールを1杯くれ。ウィンクス、何を飲む?」
「ラム・コークを頼む。」

2人の注文を受け取った主人は、まずはビールをウィルに手渡す。
その後、グラスにラム酒やコーラ等を適量ずつ入れ、しばし間を開けてからラム・コークを渡した。

「リュー、どうだ?ここで、数年ぶりの再会を祝って、乾杯といかんか?」
「OKだ。」

リューエンリは2度頷いてから、持っていたウィスキーのグラスを掲げようとした。
その時、唐突にドアが開かれる音がした。そして、その直後には、これまた聞き覚えのある声が、彼ら3人の耳元に響いた。

「おお!リューじゃねえか!それに……おいおい、お前達まで居るのか!」

戦艦アイオワ艦長ブルース・メイヤー大佐は、たまたま通りかかったバーに、同期生が3人も集まっている事にやや仰天していた。

「ブルースじゃないか!海軍のビッグネームがお出ましとは驚いたな。」

ウィルは、茶色のスーツに身を包んだブルースの登場に、やや興奮していた。

ブルース・メイヤー大佐は、先のレビリンイクル沖海戦の戦功により、2月14日に名誉勲章を授与されており、新聞やラジオでも、
史上最強のアイオワ級戦艦を駆って味方戦艦部隊の窮地を救った英雄として大きく報道されており、一部の者からは海兵隊のバジロン、
海軍のメイヤーとまで呼ばれているほどである。

「おいおい。大袈裟に言うのはよしてくれ。それに、ここには名誉勲章持ちの奴がもう1人居るぞ。」

ブルースは、リューエンリに人差し指を向けた。

「……ウィル、良く考えたら、このバーは何気に凄い事になってないか?」
「ああ。名誉勲章受章者が2人だ。普通なら、マスコミが駆け付けて来て、2人の海の英雄、ここに集う!とか喚きながら、
パシャパシャ写真を取り巻くっとるだろうな。」

ウィンクスは、半ば苦笑しながらウィルに答えた。
今の所、このバーには彼ら4人しかいないが、ウィルの言う通り、バーの来店客の内、2人が名誉勲章受章者という構図は、
普通であれば、なかなかお目にかかれない物である。
一般人から見れば、まさに凄い光景であろう。

「こちらも、パターソンさんのご友人さんですかな?」
「ええ。兵学校時代の同期生ですよ。」
「ハハハ。同期生が4人もとは。これはいい、ミニ同窓会ですなぁ。」

バーの主人は、いつもの調子で紳士的な対応をする。何故か、この特殊な客の構図に驚いた様子を見せていなかった。

「……親父さん、名誉勲章受章者が目の前に2人も居るって言うのに、なんか落ち着いているな。」
「そう見えるかな?」

主人はにこやかなに笑った。

「私も驚いてるよ。アメリカの英雄を2人も直に見る事が出来、そして言葉を交わせるとは、私も長年、バーの主人として
やって来たが、今までに巡り会え無かったこの出会いは、とても嬉しい限りだ。さて、何か飲みますかな?」

バーの主人は、言葉とは裏腹に、恐ろしいほどに落ち着き払った口調でブルースに聞いて来た。
リューエンリの右隣の席に座ったメイヤーは、しばし黙考してから注文する。

「ああ……では、バーボンを頼む。」
「あいよ。」

主人はそう言って、鮮やかな手付きでボトルを開け、グラスに並々と酒を注いで行く。
グラスに酒が8分ほどまで入った所で注ぐのを止め、バーボンをブルースに渡した。
(このおっさん……口ではああ言いながら、表面上は落ち着いてるな。流石はプロだぜ)
パターソンは、主人の見事な仕事ぶりに深く感心していた。

「では……図らずも成った、同期生達の再会を祝して、乾杯と行こうかな?」

ブルースは、並々と注がれたグラスを片手に取りながら、リューエンリに聞いた。

「そうだな。ウィル。」

ウィルは頷くと、ビールの入ったグラスを掲げた。

「では、戦友達の再会に……乾杯!」

ウィルの音頭と共に、4人は持っている酒を口にした。

「うん!やはり酒は美味いねぇ……」
「その口調からして、ウィルは相変わらず、変わった飲み方をしているようだな。」

リューエンリが冷やかし口調で聞いて来た。

「相変わらずでいいじゃねえか。間を開けながら飲む酒って物は本当に美味いんだぞ。」

ウィルは懐からタバコを取り出し、ジッポライターで火を付けた。

「ウィルは確か、海軍省の作戦部門で働いているんだったな。」

ブルースもタバコを吸いながら、ウィルに声をかけて来た。

「そうだ。今は10人程の部下を率いながら勤務している。最近は、日陰部署も忙しくなってきてね、俺もあちこちから引っ張りだこさ。
今日も、うちの親父さんと一緒に、太平洋艦隊司令部の幕僚達と話し合って来た。ウィンクスも一緒だったよ。」

ウィルは、左隣のウィンクスに親指を向ける。

「ニミッツ提督も一緒だったのかい?」
「一緒だったよ。」

リューエンリの問いに、ウィンクスは頷きながら答える。

「俺とニミッツ提督の他に、参謀長のフレッチャー提督とレイトン大佐も同行していたよ。ウィルの方はキング提督の他に、情報部長も
参加していたな。あと、海軍技術部の担当も参加していたぞ。」
「それはまた……大物が揃っているな。一体、どんな会議をやったんだ?」
「戦訓分析会、っていう奴さ。」

ウィンクスの代わりに、ウィルがリューエンリに答えた。

「1月のレーミア沖海戦で、第5艦隊が大損害を被った事はお前達も知っているだろう?今日の会議では、今後予想される海戦で、俺達の
海軍が被る損害をどうしたら極限できるかを中心に話し合っていたんだ。」
「かなり内容の濃い会議だったぞ。」

ウィンクスが言う。

「俺は航空戦の部分で幾度か発言したんだが、それだけでも1時間は潰れたな。話し合いの最中には、戦闘機専用空母の任務部隊を1個ないし
2個作ってはどうか?とか、F8FやF7Fを予定よりも早く実戦投入して質を上げてはどうか?とか、色々な意見が出て来て大変だった。
特に、こいつはしつこく噛み付いて来たからな。本気でぶん殴ろうかと思ったぞ。」

彼は、ウィルの肩をたたきながらリューエンリに説明した。

「まあまあ。俺も仕事柄、そう言わざるを得ないんだよ。うちのニトログリセリンは、会議の時に部下が積極的に話さないと、後で因縁を
つけて来るからな。」

ウィルは苦笑しながら、言い訳めいた言葉をウィンクスに向けて喋った。

「まぁ、互いに立場というモンがあるから、意見によっては対立する事もあるだろう。仕方ないさ。」

ブルースは他人事のような口調で2人に言う。

「君の言う通りだな。まっ、そんなこんなで話し合いを続けて、会議が終わったのは午後6時を超えてからだったな。」
「正午からぶっ通しで6時間も会議とか、俺はきつかったぞ。」

ウィルはため息を吐きながら、そう呟いた。

「とは言え、今日の会議はなかなかの物だった。航空戦を担当する身としては、何よりも、F8FとAD-1の配備時期が、正式に決まった事が
何よりも嬉しかったな。」
「新型艦載機か。F8Fは聞いた事があるが……AD-1は初めて聞く名前だな。こいつは一体何だ?」

リューエンリが首を捻りながらウィンクスに聞く。

「ここで詳しい事は話せんが、大雑把に言うと、かなりパワフルな飛行機らしい。」
「そうそう。武器搭載量がかなり上がっているから、1個小隊だけで戦艦や空母を容易に撃沈、または大破させたり、規模の大きい地上目標にも
大ダメージを与えられるようだ。」

ウィンクスとウィルの説明を聞いたリューエンリは、思わず唸り声を上げた。

「1個小隊というと、飛行機の数は4機だ。たった4機で戦艦や空母に致命傷を与えられるとは。ひょっとして、そのAD-1って奴は、魚雷を
2本か3本積めたりするのか?」
「さあ……その辺りは極秘事項だから俺達も分からん。どんな性能なのかは配備されてからのお楽しみだな。」

ウィルはそう言った後、タバコを一息吸い、ついでにビールを飲み干した。

「おやっさん。ウィスキーを頼む。」

彼は空になったグラスを前に出し、かわりに、ウィスキーの入ったグラスを手に取った。

「ブルースは私服姿だが、今日は休暇なのか?」
「いや、2日前から休暇中なんだ。あと4日間は休みだから、暇つぶしがてらに東海岸を車で走りまわっている。1人ドライブはやっぱり良いね。
毎度毎度、新しい発見があるから止められんよ。」

ブルースは、短くなったタバコの火を揉み消し、新しくタバコの火を付けようとした。
この時、ブルースはある事が気になった。

「そういえば……リューはどうして、この軍服姿でここに来たんだ?お前も海軍省に行って来たのかい?」
「ああ。新しい辞令を受け取りにね。」
「辞令?何だそりゃ。お前は今、アラスカの艦長じゃないか。」
「いや……アラスカは3日前に下ろされた。」

リューエンリは、どこか悲しみを感じさせる口調でブルースに言った。

「本当か?」
「本当さ……俺としては、終戦までずっと、アラスカの艦長のままで居たかったんだが……」

リューエンリは、大きく溜息を吐いた。

「いい船だったのになぁ……アラスカは。でも、命令とあらば仕方ないか。アラスカは、合衆国海軍の物だからな。」
「それで、新しい辞令ってのは何だ?」
「……見てみろ。」

リューエンリは、懐から1枚の紙を取り出した。それは、海軍省航海局から手渡された辞令書である。

「……凄いじゃねえかリュー!」

ブルースは、辞令書の内容を見るなり、目を見開きながらリューエンリに言った。

「お前も、俺と同じく、アイオワ級戦艦の艦長になったな!」
「何!?」
「本当か?ちょっと見せてみろ。」

驚いたウィルとウィンクスは、ブルースから辞令書をひったくった。

「戦艦ケンタッキーの艦長に任命すると書いてあるぞ……!」

ウィルもまた、ブルースと同じように驚きを滲ませた口調でリューエンリに言った。

「巡戦の艦長から最新鋭戦艦の艦長に就任とは。栄転じゃないか。」

ウィンクスは、2人とは違って、比較的平静な口調で(航空主兵主義者と言う事もあるが)リューエンリに言う。

「おめでとう、リュー。これでお前も、立派な戦艦乗りだな。」
ウィルは、リューエンリの肩をたたきながら、同期生の栄転を祝福した。
だが、リューエンリは、心の底からこの栄転を喜んではいなかった。

「ああ。ありがとう……」
「ん?どうしたリュー。」

複雑そうな表情を浮かべるリューエンリに、ブルースは怪訝な表情を現しながら問い質す。

「ケンタッキーの艦長に任命され事が嬉しくないのか?」
「嬉しいさ。でもな……ケンタッキーのような巨艦に乗った事は一度も無いから、上手く操れるか自信が持てないんだ。」
「トアレ岬沖海戦で、1対2の大立ち回りをやった猛者にしては、随分と弱気な言葉だな。」
「アラスカとケンタッキーは別だからな。アラスカは巡戦にしては、やたらと防御が固く、足の速い船で、俺としては、巡洋艦時代の
延長線のような感じで望めたんだが……真の主力艦と言ってもいい、戦艦を預かるのは今回が初めてだ。勝手が違いすぎるよ。」

リューエンリは自信なさげにそう言った。
ケンタッキーは、アイオワ級戦艦7番艦として近々竣工する最新鋭戦艦である。
リューエンリは、今日付けを持ってケンタッキーの艦長に任命されたが、彼は最初、これはエイプリルフールの性質の悪い冗談なのかと思った。
彼は元々、巡洋艦乗りであるため、アラスカを下ろされた後は巡洋艦の艦長に任ぜられるだろうと確信していたが、まさか、新鋭戦艦の艦長に
任ぜられるとは夢にも思っていなかった。
だが、リューエンリに下された命令は本物であり、否応無しにケンタッキーを預かる事になったのである。

「航海局の連中に聞いた所では、これまでの戦歴を見る限り、俺がケンタッキーの艦長になるのは当然であると判断した上で、辞令を交付したんだと。」

リューエンリは、頭の後ろを掻きながら言う。

「俺以外にも、適任者は居ただろうに。」
「でも、戦歴から見ると、お前に任せても大丈夫だと思うがなぁ。」

ウィルが横から口を挟んで来た。

「リューは開戦のきっかけとなった11月12日の海戦を始めとして、翌年6月のレーフェイル大陸攻撃と10月のミスリアル救出作戦に参加している。
43年にはアラスカ艦長に就任して、44年1月にはトアレ岬沖海戦で敵戦艦2隻相手に大立ち回りを演じ、戦艦1隻撃沈、1隻大破の戦果を上げている。
その後はTF37と共に、あの地獄のレビリンイクル沖海戦に参加し、咄嗟の機転で味方空母群の窮地を救い、その功績で名誉勲章を授与。そして、
昨年10月から今年2月までは第5艦隊旗艦の任を立派に成し遂げている。リュー、お前は主要な海戦に幾度も参加し、戦場の光と影を充分に知り尽くした
ベテラン艦長だ。そんなお前が、意外にも自信なさげな言葉を口にするとはな……」

ウィルは、失望の念を含んだ口調でリューエンリに言った。

「開戦からずっと、後方勤務の俺からしてみれば、お前はどんな任務で充分にこなせると思うんだが。」
「まぁ、ウィルの言う通りだな。でもな、まだ心の準備というのが整ってないもんでね。」
「どうしたリュー。“アラスカフォーシスターズ”の活躍ぶりに先鞭を付けたお前が、そんな情けない事ばかり言っては、ケンタッキーの乗員に笑われちまうぞ?」

ブルースのきつい言葉に、リューエンリは一瞬だけムッとなったが、それは事実であった。

「……君の言う通りだな。」

リューエンリはすまなさそうに言うと、気晴らしとばかりにウィスキーをあおった。

「マスター、お代わりをくれ。」
「あいよ!」

紳士なマスターは、待ってましたとばかりにボトルを取り出し、リューエンリのグラスにウィスキーを注いだ。

「はい、お代わりどうぞ。」
「どうも。まぁ……今は戦争をしてるんだ。いつまでもくよくよしてられんな。」
「そうさ、リュー。俺が乗る筈だったアラスカを立派にしたお前なら、ケンタッキーに乗ってもやっていけるさ。」
「そうだな……不安は完全には消えないが、ひとまずは頑張ってみるよ。」

リューエンリはゆっくりと頷きながら、ブルースにそう答えた。

「ブルース。ここで、アイオワ級戦艦の先輩艦長として、リューに何かアドバイスしてはどうかな?」

ウィンクスがブルースに提案してきた。

「俺が?」

「ああ。お前はアイオワに乗ってもう1年以上になるからな。リュー、今の内に何か聞いておいた方がいいぞ。」
「おお、そいつは名案だ。では先輩。アイオワ級戦艦を預かる私は、今後、上手くやってくいためには何を心掛ければ良いですかな?」

ウィルの言葉に乗ったリューエンリは、わざと大仰な口調で、“先輩ブルース”の教えを請う。
それに対して、ブルースは恥ずかしそうに、頬をぼりぼりと掻いてからリューエンリに答えた。

「まっ、アラスカでやって来たように振る舞えばいいんじゃないか?」
「アラスカでやって来たように……それって、今までの通りにやれって事か?」
「その通り。」

ブルースは腕を組みながら、リューエンリに言う。

「正直に言って、これまでの経験を活かせばいい話だ。艦長を預かる奴が救いようも無い程のアホの場合は知らんが……リューは仕事が
上手いから、ケンタッキーに行って、アラスカでやったようにやりゃあ問題は無いだろう。俺はウィチタで経験を積んだお陰で、
アイオワに行っても充分にやれた。だから、俺ができるアドバイスは、それだけさ。」
「ははぁ……なんともシンプルな……」

話を聞いたリューエンリは勿論の事、ウィルやウィンクスまでもが半笑いを浮かべていた。

「仕事の話はこれまでにして、これからは昔話に花を咲かさんか?」

ブルースは、3人に対して新たな提案をする。

「せっかく同期生が4人も集まっているんだ。とにかく、今日は飲もうぜ。」
「ふむ……ブルースの意見に賛成だな。」

リューエンリもそう言いつつ、隣の2人に顔を向けた。

「どうだい?」
「………異論は無しだな。」
「ああ、無しだ。」

ウィルとウィンクスは互いに頷き合いながら、グラスに残っていた酒を一気に飲み干した。

4月2日 午前7時 ワシントンDC

「おはようございます。」

部下から挨拶を受けたウィルは、強張った顔つきのまま言葉を返した。

「おはよう……」
「部長、どうしたんですか?」

ウィルは、額を抑えながら部下の質問に答えた。

「昨日、行きつけのバーで飲み過ぎてな。御覧の通り、二日酔いだ。」
「そりゃまずいですな。キング長官に見られたら何言われるかわかりませんぞ。」
「おいおい、脅すのはよしてくれ。」

ウィルは苦笑しながら部下に答えたが、その笑みも、頭の中から伝わる痛みによって歪んでいた。

「おっと……急にトイレに行きたくなって来た。」

ウィルは、自分の執務机にカバンを置き、早足でトイレに向かう。
二日酔いの際に伴う頭痛の影響で、歩行感覚に若干の違和感を感じたが、ウィルは我慢しながらトイレに向かった。

「くそ、頭が重い……深夜2時まで酒を飲みまくるとか、我ながら馬鹿な事をしたものだ。」

ウィルは、昨日の行動を後悔しながらトイレに飛び込んだ。
彼は額を抑えながら、便器の前に立って用を足し始めた。

「はぁ……飲み過ぎはいかんなぁ。」

ウィルは、いささかだらけた口調でそう呟いた。その時、彼は初めて、隣に誰かが立っている事に気付いた。
その人物が急に顔を向けて来た。

「おはよう、ミスター・パターソン。二日酔いかね?」

隣に立っていた人物は、誰もが恐れるニトログリセリンこと、アーネスト・キング元帥であった。

「は……お、おはようございます!」
「今はあわてんでいい。用を足してからにしたまえ。」

キングは、小便をしている最中に敬礼をしようとするウィルを制止した。

「ハッ!」

ウィルは早々と用を足し、すぐにジッパーを上げてトイレから立ち去ろうとした。
(よし、小便は流し終わった。あとは社会の窓をちゃんと閉めて、ここから立ち去るのみ!!)
彼は、ゆっくりと……心の中では脱兎の如き早さでトイレから出ようと、便器から離れ始めた。
だが、それは叶わなかった。

「昨日はどこかで飲んで来たのかね?」

ウィルは、キングが声をかけて来た事で、トイレからの早期脱出が不可能となった。

「は、はい。久方ぶりに、同期生が集まりましたので。いささか調子に乗り過ぎて、このような有様になりましたが。」
「そうか……私は昨日、ホワイトハウスに呼ばれて大統領閣下と話し合っていたよ。」
「大統領閣下とでありますか?」
「そうだ。我々が制作した作戦案を修正した物を大統領にお見せしたのだが、大統領はあまり乗り気では無かったな。」

ウィルは、二日酔いに苛まれる頭の中で、自分も作成に携わった、今後の作戦案を思い出した。

アメリカ海軍は、レーミア沖海戦で生じた戦力の補充と整備を5月までに終える予定を立て、その後の攻勢作戦を円滑に進める為に、
段階的にヒーレリ領沿岸部や、シホールアンル本土西部の沿岸部を叩く計画を立てていた。
まず、第1段階としてヒーレリ領に侵攻する連合軍部隊の支援のため、沿岸部の的拠点や航空基地を空爆し、沿岸部の制空権並びに
制海権を確保する。
それが成った後は、第2段階としてシホールアンル帝国西部沿岸部の爆撃と、海兵隊によるシュヴィウィルグ運河付近の制圧を行い、
シホールアンル海軍の行動力を減殺する。
そして、第3段階は太平洋艦隊の主力を持って、シホールアンル本土の更に西にあるシェルフィクル工業地帯を叩き、敵の残存艦隊を殲滅する。
これが、合衆国海軍の計画した作戦案である。
第3段作戦の終了は、B-36の大量配備が成る1946年6月頃までを計画しており、それ以降に第3段作戦が終了していなかった場合は、
シェルフィクル工業地帯爆撃を陸軍航空隊が担当する手筈になっていた。
だが、ルーズベルト大統領は、これに異を唱えた。
ルーズベルトが一番気にしていたのは、作戦終了の時期が来年以降にもつれ込む事である。
現在、アメリカの経済状況は、お世辞にも良いとは言えなかった。

アメリカは、この第2次大戦(アメリカ国民はそう呼んでいる)に参戦して以来、実に4回もの国債購入キャンペーンを実施しており、その度に
大きな成果を収めているが、これは膨れ上がった軍事費を少しでも補完するための皮肉の策であり、それをもってしても、合衆国の厳しい経済状況を
改善するには至らなかった。
また、米国内での物資の困窮も、徐々にではあるが出始めており、最近では、デュポン社が軍事物資増産の策として、一般に売り払ったナイロンストッキングを
国に寄付するよう、有名女優を使った宣伝映画を公開してナイロンの回収に専念した事がある。
そんな中、国民の生活事情は、富浴層は勿論の事、一般国民も貯蓄が行えるほど良好であり、表面的にはとても豊かに見えた。
だが、アメリカは今も尚、驚異的な経済成長率に比例するかのように、膨大な戦費を出し続けている、それを国債の大量発行と増税による税収でなんとか
賄っているのが現状である。
ルーズベルトは、戦争状態が更に長期化すれば、アメリカの経済は遠からず、破綻しかねないと危惧していた。

また、ルーズベルトが戦争の早期終結にこだわる理由は、他にもあった。
今年の3月初め、ルーズベルトは、キングを始めとする軍の最高首脳部を集めて会議を開き、2時間に渡る議論の最後にこう問いただした。

「では……もし……アメリカがこの全力発揮のまま戦争を続けるとしたら、一体、いつまで出来そうかね?」

その問いは、キング達にとって余りにも唐突であった。
2分ほどの間を置き、ルーズベルトの顔に苛立ちが募り始めた時、キングは口を開いた。

「私は軍人ですので、経済についてはあまり知りません。ですが、国内の情勢を考える限り、まず、1年や1年半ほどの間は、我が合衆国全軍は、
思う存分、暴れられるに違いないでしょう。ですが……その後……国内の状況や、各国の情勢に何らかの変化が起きた場合……そして、戦争が
2年、3年と続いた場合は、我が合衆国軍が思う様軍を動かし、敵を粉砕できる事は、全く保証出来ません。」

キングの容赦の無い言葉は、ルーズベルトの心に深く突き刺さった。
その日以来、ルーズベルトはこれまで以上に、戦争の早期終結を願うようになっていた。
キングが提出した作戦案が渋られた原因は、皮肉にも、キング自身の発した言葉にもあった。

「我々が作った作戦案は現実的な物だった筈です。なのに、それが渋られるとは……」
「私は、大統領閣下に今後1年から1年半の内は存分に暴れられるが、2年、3年と続いた場合は保証が出来んと言ってしまったからな。
まさか、ここで自分の言った言葉にやられてしまうとは思わなかったよ。」
「はぁ……」
「ミスター・パターソン、何か腹案は無いかね?」

いきなりの質問に、ウィルは心中で驚いた。

「腹案……でありますか?」
「そうだ。シホット共が完全に参った、と言わせられるような腹案だよ。」
「はぁ……そうですなぁ。」

ウィルは、そんな物は無いと答えようとしたが、この時になって、脳裏にいつか聞いた言葉が蘇り、彼は無意識のうちに、それを発していた。

「ウェルバンルやその近くの港を奇襲攻撃する、というのはどうで………!」

ウィルは自分が何を言っているのか知った時、大慌てで口を塞いだ。
(まずい!なんであの時聞いた言葉が出て来るんだ!くそ……こんなふざけた案を言ったせいか、親父さんの目付きが段々怖くなって来たぞ……!)

キングの目付きが、シャープエッジと由来された鋭い物に変わっていた。
この後は決まって、キング本人に怒鳴られるか、ネチネチと文句を居荒れるのが常だ。
ウィルは、二日酔い気分のまま、馬鹿な言葉を発した自分が憎くて仕方が無かった。

「君。今のは正気かね?」

キングが冷たい言葉で聞いて来た。

「は…………」
「…………」

答えに窮するウィルを、キングが無言で見つめ続ける。
永遠にも感じられた沈黙の時間は、僅か10秒ほどで幕を閉じた。

「なかなかの妙案だな。」

キングは嘲りとも取れる口調でそう呟いた後、便器から離れ、洗面台で手を洗い、ゆっくりとした足取りでトイレから出て行った。

「………一体どうしたんだ、親父さんは?」

ウィルは、掠れた声音でそう呟き、半ば放心状態のままトイレから出て行った。
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