リエール傭兵隊の隊長キスカ=リエールは、上衣にはウェストコートにフロックとスカーフ、
下衣にはキュロットにブーツという、正規軍の戦闘服に準じた服を着用して馬に跨っている。
緋色を基調として要所を白色や群青色に染めている上衣は、遠目からでも非常に目立つ。
同行する皇国軍将兵の多くは、狙撃されやしないかとひやひやしていた。
師団の捜索連隊の本隊から先発した分遣隊のさらに分割した姿だから、装備が残り滓のようなもの。
随伴する乗車歩兵も居るが、数が足りない部分を異界の傭兵隊に任せているのだから心許ないのは隠せない。
下衣にはキュロットにブーツという、正規軍の戦闘服に準じた服を着用して馬に跨っている。
緋色を基調として要所を白色や群青色に染めている上衣は、遠目からでも非常に目立つ。
同行する皇国軍将兵の多くは、狙撃されやしないかとひやひやしていた。
師団の捜索連隊の本隊から先発した分遣隊のさらに分割した姿だから、装備が残り滓のようなもの。
随伴する乗車歩兵も居るが、数が足りない部分を異界の傭兵隊に任せているのだから心許ないのは隠せない。
農民や山賊の騒乱といった火器を使わない敵を相手にするなら、
革製の胴鎧と手甲に脚甲という軽量な白兵戦用の防具を着けるが、
明らかに大量の火器を相手にする事が解り切っているので防具は無し。
武器はピストル2丁と旗印を兼ねた騎槍に諸刃の直剣と短剣。
騎槍を除けば指揮官の装備として標準的なものである。
革製の胴鎧と手甲に脚甲という軽量な白兵戦用の防具を着けるが、
明らかに大量の火器を相手にする事が解り切っているので防具は無し。
武器はピストル2丁と旗印を兼ねた騎槍に諸刃の直剣と短剣。
騎槍を除けば指揮官の装備として標準的なものである。
愛用のピストルの撃鉄を上げて引き金を引くと、当たり金が火花を散らして良い音を奏でる。
ピストルの空撃ちは、動作の確認を兼ねた験担ぎ。キスカにとっては出陣の儀式のようなものだ。
ピストルの空撃ちは、動作の確認を兼ねた験担ぎ。キスカにとっては出陣の儀式のようなものだ。
しかし、ポゼイユを遅れて発ったリエール傭兵隊は、初日の夜に幸先の悪い事態に遭遇してしまった。
「隊長、あの光ですが……」
「軍の野営の灯りに見えるな」
キスカが望遠鏡で覗く先には、焚火の明かりとその周囲で動く人影が見える。
距離にすれば1マシル弱というところだろう。後から到着する人影と合流して夜営の準備をしているようだ。
「斥候を出して確認させよう。偵察班を編成せよ」
「はっ!」
「隊長、あの光ですが……」
「軍の野営の灯りに見えるな」
キスカが望遠鏡で覗く先には、焚火の明かりとその周囲で動く人影が見える。
距離にすれば1マシル弱というところだろう。後から到着する人影と合流して夜営の準備をしているようだ。
「斥候を出して確認させよう。偵察班を編成せよ」
「はっ!」
偵察班が身を屈めながら密かに接近し、詳細を確認するとキスカへ報告に戻る。
「敵はザラ公国の軽騎兵でしたが、敵陣に特段の防備は見られません。通常の歩哨が少々」
「騎兵以外の部隊は?」
「見当たりません。騎兵が単独で野営中」
「向こうもこちらには気づいている筈。朝になってからで十分だと考えているか、夜襲に誘う罠か」
劣勢な側が攻撃する時は夜襲なりといった奇襲をしたくなるものだ。
しかし、視界が悪い夜間というのは優勢な側を分断出来る反面、当然だが劣勢側も分断される。
銃兵が一斉射撃し、硝煙で余計に視界が悪くなったところを騎兵に逆襲されたら元も子もない。
胸甲騎兵や戦竜兵ではないとはいえ、ピストルとサーベルを持って戦う軽騎兵との接近戦は不利だ。
方陣を組んだ戦列歩兵ならば簡単に突き崩されないだろうが、リエール傭兵隊は軽歩兵である。
戦術機動が柔軟な反面、重厚さに欠ける。騎兵がその気になって突っ込んで来れば脆い部隊だ。
だから、決して優勢ではないリエール傭兵隊の側から夜襲を仕掛けるのは、本来得策ではない。
「敵はザラ公国の軽騎兵でしたが、敵陣に特段の防備は見られません。通常の歩哨が少々」
「騎兵以外の部隊は?」
「見当たりません。騎兵が単独で野営中」
「向こうもこちらには気づいている筈。朝になってからで十分だと考えているか、夜襲に誘う罠か」
劣勢な側が攻撃する時は夜襲なりといった奇襲をしたくなるものだ。
しかし、視界が悪い夜間というのは優勢な側を分断出来る反面、当然だが劣勢側も分断される。
銃兵が一斉射撃し、硝煙で余計に視界が悪くなったところを騎兵に逆襲されたら元も子もない。
胸甲騎兵や戦竜兵ではないとはいえ、ピストルとサーベルを持って戦う軽騎兵との接近戦は不利だ。
方陣を組んだ戦列歩兵ならば簡単に突き崩されないだろうが、リエール傭兵隊は軽歩兵である。
戦術機動が柔軟な反面、重厚さに欠ける。騎兵がその気になって突っ込んで来れば脆い部隊だ。
だから、決して優勢ではないリエール傭兵隊の側から夜襲を仕掛けるのは、本来得策ではない。
だが、ポゼイユからは目と鼻の先の場所に展開する騎兵を放置するというのも選択肢として不味いだろう。
ザラ公国軍の本隊から前進して偵察と警戒の任務を負っているのであろう軽騎兵は50騎余。
やってやれない事は無いが、勝ちに行くつもりなら微妙な数字だ。
「リエール隊長。仕掛けるというなら、掩護しますが」
「皇国軍は強気ですね。仕掛けて欲しいのですか?」
「先制される事を考えるなら、先制した方が良いだろうというだけです。
戦場の主導権を握るには先制攻撃が最も効果的という一般論として」
こちらが皇国軍であると思われているなら、敵側は自分達こそ劣勢と判断するだろう。
ただ、皇国軍は飛竜からの攻撃を警戒してリエール隊より少し離れた場所に人員と装備を隠蔽して
布陣しており、目立つ連隊旗も翻っていないから、遠目に見ればリエール隊しか目に入らないだろう。
これは極少数で動いているから出来る芸当。現状で部隊が小さい事の利点である。
接近して観察すれば流石に判明するだろうが、その時は斥候を討ち取るだけだ。
目に入った敵部隊をいちいち相手にするのが任務ではないが、飛竜陣地を中心とした
北方諸国同盟軍の本隊の情勢を確認する任務にとって、相手側の目や耳は塞いでおきたい。
となると、相手も一晩ゆっくり寝て元気な状態でぶつかるというのは嫌だった。
ザラ公国軍の本隊から前進して偵察と警戒の任務を負っているのであろう軽騎兵は50騎余。
やってやれない事は無いが、勝ちに行くつもりなら微妙な数字だ。
「リエール隊長。仕掛けるというなら、掩護しますが」
「皇国軍は強気ですね。仕掛けて欲しいのですか?」
「先制される事を考えるなら、先制した方が良いだろうというだけです。
戦場の主導権を握るには先制攻撃が最も効果的という一般論として」
こちらが皇国軍であると思われているなら、敵側は自分達こそ劣勢と判断するだろう。
ただ、皇国軍は飛竜からの攻撃を警戒してリエール隊より少し離れた場所に人員と装備を隠蔽して
布陣しており、目立つ連隊旗も翻っていないから、遠目に見ればリエール隊しか目に入らないだろう。
これは極少数で動いているから出来る芸当。現状で部隊が小さい事の利点である。
接近して観察すれば流石に判明するだろうが、その時は斥候を討ち取るだけだ。
目に入った敵部隊をいちいち相手にするのが任務ではないが、飛竜陣地を中心とした
北方諸国同盟軍の本隊の情勢を確認する任務にとって、相手側の目や耳は塞いでおきたい。
となると、相手も一晩ゆっくり寝て元気な状態でぶつかるというのは嫌だった。
こちらを侮って撤収しないのなら、向こうから先制攻撃を仕掛けてくる可能性はある。
奇襲というより強襲になるだろうが、騎兵の速度で仕掛けられたら傭兵隊にとっても危険だ。
皇国軍の装備に小銃と手榴弾、小銃擲弾はあるが機関銃は車載機銃以外には軽機関銃が1丁のみ、小銃手も少ないので濃密な弾幕は期待出来ない。
戦車も機関銃も砲兵の掩護も無い状況で戦うというのは、皇国陸軍の“本来の戦術”には無い。
着剣した小銃だけでもかなり戦えるだろうが、弾薬を節約したいという現実もあった。
大陸の集積主地から先の問題は解決していないのだから。
「後手に回ると危険だというのは一理ありますが、もう少し待ってみたい」
「その心は?」
「先着して休息していたのは我々です。相手が食事の用意をしてから出て行っても良いかと」
「夕食を奪うつもりで?」
「奪えれば奪いますが……まあ、お食事中の方がこちらもやり易い。
酒を飲んで食事すれば寝る時間です。眠くなって来たところを……」
敵陣を眺めながら、キスカは攻めの手順を考えているようだった。
軍隊なら歩哨は立てるが、主力が大勢眠っていればそれだけ対応が遅れる。
実際に眠らなくても、満腹になれば眠くなるのが動物としての本能だ。
心身を鍛えた軍人だって、食後すぐの頭や体の働きは緩慢になる。
奇襲というより強襲になるだろうが、騎兵の速度で仕掛けられたら傭兵隊にとっても危険だ。
皇国軍の装備に小銃と手榴弾、小銃擲弾はあるが機関銃は車載機銃以外には軽機関銃が1丁のみ、小銃手も少ないので濃密な弾幕は期待出来ない。
戦車も機関銃も砲兵の掩護も無い状況で戦うというのは、皇国陸軍の“本来の戦術”には無い。
着剣した小銃だけでもかなり戦えるだろうが、弾薬を節約したいという現実もあった。
大陸の集積主地から先の問題は解決していないのだから。
「後手に回ると危険だというのは一理ありますが、もう少し待ってみたい」
「その心は?」
「先着して休息していたのは我々です。相手が食事の用意をしてから出て行っても良いかと」
「夕食を奪うつもりで?」
「奪えれば奪いますが……まあ、お食事中の方がこちらもやり易い。
酒を飲んで食事すれば寝る時間です。眠くなって来たところを……」
敵陣を眺めながら、キスカは攻めの手順を考えているようだった。
軍隊なら歩哨は立てるが、主力が大勢眠っていればそれだけ対応が遅れる。
実際に眠らなくても、満腹になれば眠くなるのが動物としての本能だ。
心身を鍛えた軍人だって、食後すぐの頭や体の働きは緩慢になる。
まずは、こちらも寝入ったように振る舞わねばならない。
こちらが眠れば、敵も安心して眠れる。
あるいは相手の方から攻めて来るかも知れないが、本当に寝入った訳
でなければ眠った相手を叩き起こすつもりの敵に逆襲も可能だろう。
こちらが眠れば、敵も安心して眠れる。
あるいは相手の方から攻めて来るかも知れないが、本当に寝入った訳
でなければ眠った相手を叩き起こすつもりの敵に逆襲も可能だろう。
リエール隊の夜営陣地は種火を残して焚火の勢いも落ち、数刻を支配する不思議な静寂。
敵味方の陣地は平和そのもので、まるで遠方からハイキングに来た旅行客の集団のように穏やか。
敵味方の陣地は平和そのもので、まるで遠方からハイキングに来た旅行客の集団のように穏やか。
暫くの時を待っていると、夜霧が濃くなってきた。
霧間に見える敵陣の灯火も陽炎のようにおぼろげになる。
キスカは、部下達に昼間からせっせと集めさせていた拳大の石と、投石紐に擲弾を準備させた。
霧間に見える敵陣の灯火も陽炎のようにおぼろげになる。
キスカは、部下達に昼間からせっせと集めさせていた拳大の石と、投石紐に擲弾を準備させた。
「この場に山科殿は居ませんが、我らの戦い御覧あれ」
投石紐を使い、投石の要領で擲弾を遠方に投げ込むのである。
通常の投擲とは別の技術が必要だが、銃の射程より遠方に擲弾を放てるのが強みだった。
ただし全てを火薬を使った擲弾では賄えないので、全弾の8割はただの石である。
150人が投石紐を準備し、特に技量に長けた30人が擲弾を、120人が石を放つ。
残りはやや後方に待機して弩や銃を準備し、敵が突入してきた時の掩護に回る。
最後方に皇国軍の小隊が布陣し、突破されそうな場所を狙撃するという手筈である。
投石紐を使い、投石の要領で擲弾を遠方に投げ込むのである。
通常の投擲とは別の技術が必要だが、銃の射程より遠方に擲弾を放てるのが強みだった。
ただし全てを火薬を使った擲弾では賄えないので、全弾の8割はただの石である。
150人が投石紐を準備し、特に技量に長けた30人が擲弾を、120人が石を放つ。
残りはやや後方に待機して弩や銃を準備し、敵が突入してきた時の掩護に回る。
最後方に皇国軍の小隊が布陣し、突破されそうな場所を狙撃するという手筈である。
キスカ達が大勢で忍び寄って来るのに気付いた敵陣が俄かに慌しくなる。
「ワイングラス片手に踊ってもねぇ、今更遅いわぁ」
敵の慌てぶりは罠でも何でも無さそうで、夜襲は無いという確信に似た
思い込みか、夜襲を受けても返り討ちに出来るという自信があったのだろう。
キスカの武勇はそれなりに有名なのに、方々で見くびられている結果がこれだ。
「ワイングラス片手に踊ってもねぇ、今更遅いわぁ」
敵の慌てぶりは罠でも何でも無さそうで、夜襲は無いという確信に似た
思い込みか、夜襲を受けても返り討ちに出来るという自信があったのだろう。
キスカの武勇はそれなりに有名なのに、方々で見くびられている結果がこれだ。
まず“キスカの武勲は敵失によるもので、実力ではない”という半分真実の噂が広まる。
すると平民から成る傭兵隊が強い筈がないと信じたい軍の貴族将校は“リエール隊は弱い”と信じる。
弱い相手に過剰な警戒をするのは臆病者のする事で笑いの種だから、リエール隊に対して警戒しない。
すると“敵失による武勲”が増えるという循環である。
すると平民から成る傭兵隊が強い筈がないと信じたい軍の貴族将校は“リエール隊は弱い”と信じる。
弱い相手に過剰な警戒をするのは臆病者のする事で笑いの種だから、リエール隊に対して警戒しない。
すると“敵失による武勲”が増えるという循環である。
リエール傭兵隊の旗が翻る所、間抜けな将校の屍が築かれる訳だが、
大抵は“自分はそんな間抜けな采配はしない”と思っている者の屍なのだ。
大抵は“自分はそんな間抜けな采配はしない”と思っている者の屍なのだ。
全員の準備完了を確認するとキスカは抜刀し、剣を高く掲げた。
「攻撃始め!」
キスカの号令で、導火線に着火された擲弾と石が次々と投げ込まれる。
霧と硝煙の向こうから、爆音に交じって馬の嘶きと蹄音が聞こえてくる。
腹に響く蹄音は、纏まった数の馬がこちらに向かって来ている事を示していた。
偵察隊の軽騎兵ならば損害の少ないうちに逃げるという選択肢もあった筈だが、そうはならなかった。
「射撃用意! ……撃て!」
投石紐から装填済みのマスケットに持ち替えた前衛は馬の蹄音を頼りに射撃すると、
マスケットとクロスボウで第二列を構成しているキスカ達の元に走った。
霧に加えて広範囲に投げられた擲弾とマスケットの硝煙が煙幕として
機能し、この局所的な退却行動は全く妨害を受ける事無く成功した。
彼等はキスカ達の後ろで、素早く銃弾を再装填する。
「攻撃始め!」
キスカの号令で、導火線に着火された擲弾と石が次々と投げ込まれる。
霧と硝煙の向こうから、爆音に交じって馬の嘶きと蹄音が聞こえてくる。
腹に響く蹄音は、纏まった数の馬がこちらに向かって来ている事を示していた。
偵察隊の軽騎兵ならば損害の少ないうちに逃げるという選択肢もあった筈だが、そうはならなかった。
「射撃用意! ……撃て!」
投石紐から装填済みのマスケットに持ち替えた前衛は馬の蹄音を頼りに射撃すると、
マスケットとクロスボウで第二列を構成しているキスカ達の元に走った。
霧に加えて広範囲に投げられた擲弾とマスケットの硝煙が煙幕として
機能し、この局所的な退却行動は全く妨害を受ける事無く成功した。
彼等はキスカ達の後ろで、素早く銃弾を再装填する。
硝煙の幕を突っ切って来た騎兵の一団がキスカの隊旗に向かって馬を駆けさせる。
中には両手にピストルを持ち、手綱を握っていない者も居た。
だがそれは明らかに、隊旗を奪おうとしている動きだ。
中には両手にピストルを持ち、手綱を握っていない者も居た。
だがそれは明らかに、隊旗を奪おうとしている動きだ。
人員が徐々に後退するので、隊旗だけが前方に取り残されている。
そこがリエール隊の十字射撃の交差点である事は感じつつも、
旗手も隊旗護衛手も居ないので、奪えそうな気になるのだ。
そこがリエール隊の十字射撃の交差点である事は感じつつも、
旗手も隊旗護衛手も居ないので、奪えそうな気になるのだ。
名誉を重んずる王や貴族の軍であれば、隊旗を囮に使うなど絶対に出来ない芸当。
結果的に奪われる事が無くても、奪われてから取り返しても、そういう戦法を使う事自体が外道である。
こればかりは異世界の皇国軍でも真似出来ないだろう。なにせ“天皇陛下からの賜りもの”である。
結果的に奪われる事が無くても、奪われてから取り返しても、そういう戦法を使う事自体が外道である。
こればかりは異世界の皇国軍でも真似出来ないだろう。なにせ“天皇陛下からの賜りもの”である。
対して、傭兵という名の外道な山賊崩れに後れを取る訳には行かない
騎兵隊は、隊旗を奪って何が正義なのか示さずには居られない。
逃げるにしても、戦利品として旗くらい奪わなければ面目が無い。
“黒地に描かれた金貨を貫いて交差する鉄の槍”が忌々しい。
騎兵隊は、隊旗を奪って何が正義なのか示さずには居られない。
逃げるにしても、戦利品として旗くらい奪わなければ面目が無い。
“黒地に描かれた金貨を貫いて交差する鉄の槍”が忌々しい。
硝煙が広がると狙撃が難しくなるので、リエール隊は射撃武器を
ロングボウとクロスボウ、投石紐による投石に切り替えた。
銃より威力は弱いが、それでも人馬に対する打撃力は相応である。
戦竜を相手にするのではないから、技量のある弓射手は有用なのだ。
霧中でも確実に作動するというのも、銃撃一辺倒とは違う利点だった。
ロングボウとクロスボウ、投石紐による投石に切り替えた。
銃より威力は弱いが、それでも人馬に対する打撃力は相応である。
戦竜を相手にするのではないから、技量のある弓射手は有用なのだ。
霧中でも確実に作動するというのも、銃撃一辺倒とは違う利点だった。
隊旗を奪おうとする騎兵が悉く討ち取られるのを見た騎兵指揮官は、
隊旗を諦め、薄く展開しているリエール隊の側面からの攻撃に切り替えた。
歩兵横隊が最も苦戦する側面からの騎馬突撃である。
薄く展開する傭兵隊相手なら軽騎兵でも十分だ。
隊旗を諦め、薄く展開しているリエール隊の側面からの攻撃に切り替えた。
歩兵横隊が最も苦戦する側面からの騎馬突撃である。
薄く展開する傭兵隊相手なら軽騎兵でも十分だ。
「狙撃します!」
200m程後方で身を伏せて戦況を眺めていた皇国軍小隊は、
リエール隊の対応が間に合わないと見て小銃に手をかけた。
二脚を展開していた軽機ではなく三八式騎兵銃である。
霧の合間に見える騎兵に対して機関銃では無駄撃ちになるし、リエール隊への誤射も怖い。
狙撃するなら素直に小銃が良いという事で、月明かりを頼りにした射撃。
危険な側面から来る騎兵を集中的に狙う。
人体に命中した弾はそのまま標的を戦闘不能にし、馬に命中した弾は騎兵を振り落とした。
振り落とされた騎兵が起き上がると、リエール隊が長弓や銃剣、長剣で止めを刺す。
200m程後方で身を伏せて戦況を眺めていた皇国軍小隊は、
リエール隊の対応が間に合わないと見て小銃に手をかけた。
二脚を展開していた軽機ではなく三八式騎兵銃である。
霧の合間に見える騎兵に対して機関銃では無駄撃ちになるし、リエール隊への誤射も怖い。
狙撃するなら素直に小銃が良いという事で、月明かりを頼りにした射撃。
危険な側面から来る騎兵を集中的に狙う。
人体に命中した弾はそのまま標的を戦闘不能にし、馬に命中した弾は騎兵を振り落とした。
振り落とされた騎兵が起き上がると、リエール隊が長弓や銃剣、長剣で止めを刺す。
皇国軍の掩護により散発的な攻撃になってしまう騎兵を、リエール隊は見事な陣形変更で対処した。
馬は足が速いが、急な方向転換は出来ない。冷静に対処すれば突っ込んで来ても避けられる。
これが大軍同士の野戦であれば、避けようとして隊列を乱すと収拾がつかなくなる訳だが、
リエール隊は闘牛士が暴れ狂う牛を華麗に捌くように回避してはすぐに穴を埋める。
敵が大集団でもなければ波状攻撃もして来ないから使える戦法であるが、
逆に言えば基本陣形に忠実過ぎて無駄な損害を出さずにいるという事。
この場での勝利は望めないと判断した敵部隊は退却を始めた。
馬は足が速いが、急な方向転換は出来ない。冷静に対処すれば突っ込んで来ても避けられる。
これが大軍同士の野戦であれば、避けようとして隊列を乱すと収拾がつかなくなる訳だが、
リエール隊は闘牛士が暴れ狂う牛を華麗に捌くように回避してはすぐに穴を埋める。
敵が大集団でもなければ波状攻撃もして来ないから使える戦法であるが、
逆に言えば基本陣形に忠実過ぎて無駄な損害を出さずにいるという事。
この場での勝利は望めないと判断した敵部隊は退却を始めた。
21騎の騎馬と24人の騎兵を討ち取り損害ゼロ。リエール傭兵隊に新たな勲功が輝いた。
キスカ達は残敵が居ないか調査すると同時に、目ぼしい戦利品を拾い漁る。
武器と食糧は殆ど無かったが、死体の衣服と野営跡に金目の物は幾らかあったようだ。
銃剣を突き刺した死体から当然のように時計や財布などを頂戴し、荷馬車にしまう。
戦死者に対する礼節云々と言っても始まらないから、皇国軍も見て見ぬ振りだ。
キスカ達は残敵が居ないか調査すると同時に、目ぼしい戦利品を拾い漁る。
武器と食糧は殆ど無かったが、死体の衣服と野営跡に金目の物は幾らかあったようだ。
銃剣を突き刺した死体から当然のように時計や財布などを頂戴し、荷馬車にしまう。
戦死者に対する礼節云々と言っても始まらないから、皇国軍も見て見ぬ振りだ。
キスカの副官として付き従っているシャイアノは、携帯ペンを片手に戦利品の内訳を帳簿に書き込んでいる。
金銭価値のある戦利品は一旦部隊の共有財産とされ、50%が戦闘員に、25%が非戦闘員に無条件で、
15%は特に手柄や功績のあった者への特別加俸として、残る10%は部隊の予備費として貯蓄される。
金銭価値のある戦利品は一旦部隊の共有財産とされ、50%が戦闘員に、25%が非戦闘員に無条件で、
15%は特に手柄や功績のあった者への特別加俸として、残る10%は部隊の予備費として貯蓄される。
「あの距離からの狙撃、お見事です。噂のサンパチライフルという銃ですか」
「あれは、的が大きいから当たっただけです」
「謙遜されますね。選抜狙撃兵でもあんな芸当出来ませんのに」
謙遜でも何でもなかった。本職の歩兵や狙撃兵と比べれば技量は劣る。
味方は下馬して敵は馬に乗っているという判り易い状況だったから誤射も無く当てられただけなのだ。
「あれは、的が大きいから当たっただけです」
「謙遜されますね。選抜狙撃兵でもあんな芸当出来ませんのに」
謙遜でも何でもなかった。本職の歩兵や狙撃兵と比べれば技量は劣る。
味方は下馬して敵は馬に乗っているという判り易い状況だったから誤射も無く当てられただけなのだ。
キスカ達は戦利品の調達と同時に、階級章の確認や手帳の有無を探り、敵の詳細を調査していた。
特に文字で記された情報は、皇国軍単独では読めないので諦めていた部分だ。
師団司令部では文書翻訳官を雇っているが、全ての中隊に配属されないし、
士官を中心に文字と単語、文法を勉強しても数ヶ月では所詮付け焼刃にしかならない。
英語に例えるなら、“a”とか“b”という文字や“a boy”という簡単な単語は
読めても、“Boys, be ambitious.”という文章を解読するには心許ないレベルである。
司令部が現在進行形で辞書を作りつつ語学教育をしている中、複雑な文章を読める人物が手近に居るのは心強い。
特に文字で記された情報は、皇国軍単独では読めないので諦めていた部分だ。
師団司令部では文書翻訳官を雇っているが、全ての中隊に配属されないし、
士官を中心に文字と単語、文法を勉強しても数ヶ月では所詮付け焼刃にしかならない。
英語に例えるなら、“a”とか“b”という文字や“a boy”という簡単な単語は
読めても、“Boys, be ambitious.”という文章を解読するには心許ないレベルである。
司令部が現在進行形で辞書を作りつつ語学教育をしている中、複雑な文章を読める人物が手近に居るのは心強い。
しかし、そんな好条件の時に限って特段の成果が無かった。
「ここに居た上級将校は全て逃げたようです。ザラ公国軍の第3軽騎兵連隊という以外、何とも……」
「その部隊は、何か特徴がありますか? 斬り込みが得意とか、敵中行軍が得意とか」
「いえ、特には。ザラ公国軍自体に特段の武勇伝はありませんし、指揮官も平々凡々な
貴族と聞いています。ただ撃退はしましたが、この程度で諦めてはくれないでしょうね」
人馬の死体が転がる光景を見ながら、キスカが呟く。
「それは、確信があっての言葉で?」
「マルロー王国は……リンド王国もそうですが、特に大陸北方の王侯軍は
“前進あるのみ。後退は無い”というような美学をお持ちですから」
「美学ですか」
「数百年前の疫病に苦しめられた記憶がまだ何処かにあるのでしょう。
進まないと死んでしまうように追い立てられるというか……不安から逃げる為の前進です」
それはユラ神国でも何となく聞いた話ではあった。まるで泳ぎ続けないと死んでしまうマグロのような世界観である。
今、リンド王国やマルロー王国という国家がある辺りは、大昔に酷い疫病に見舞われて人が住めなくなる程の惨状だった。
当時の人々は死に物狂いで南下し、その過程で奪って犯して殺して大変な災厄を中部から南部の諸国に振り撒いたのだと。
疫病そのものによる死者より、そちらの被害の方が桁違いに大きかったというのだからなかなか笑えない話だ。
「ザラ公国はマルロー王国程に積極的ではないですが、まあ軽騎兵の幾らかが失われただけで全軍撤退は考え難いでしょう?」
「ここに居た上級将校は全て逃げたようです。ザラ公国軍の第3軽騎兵連隊という以外、何とも……」
「その部隊は、何か特徴がありますか? 斬り込みが得意とか、敵中行軍が得意とか」
「いえ、特には。ザラ公国軍自体に特段の武勇伝はありませんし、指揮官も平々凡々な
貴族と聞いています。ただ撃退はしましたが、この程度で諦めてはくれないでしょうね」
人馬の死体が転がる光景を見ながら、キスカが呟く。
「それは、確信があっての言葉で?」
「マルロー王国は……リンド王国もそうですが、特に大陸北方の王侯軍は
“前進あるのみ。後退は無い”というような美学をお持ちですから」
「美学ですか」
「数百年前の疫病に苦しめられた記憶がまだ何処かにあるのでしょう。
進まないと死んでしまうように追い立てられるというか……不安から逃げる為の前進です」
それはユラ神国でも何となく聞いた話ではあった。まるで泳ぎ続けないと死んでしまうマグロのような世界観である。
今、リンド王国やマルロー王国という国家がある辺りは、大昔に酷い疫病に見舞われて人が住めなくなる程の惨状だった。
当時の人々は死に物狂いで南下し、その過程で奪って犯して殺して大変な災厄を中部から南部の諸国に振り撒いたのだと。
疫病そのものによる死者より、そちらの被害の方が桁違いに大きかったというのだからなかなか笑えない話だ。
「ザラ公国はマルロー王国程に積極的ではないですが、まあ軽騎兵の幾らかが失われただけで全軍撤退は考え難いでしょう?」
「さて、では必死で反撃してくるかもしれない敵への追撃ですが。リエール隊長はどうお考えで?」
「降って来ましたね。この時期の雪は珍しいですが、こうなると無理な行軍は体力を奪います。
北方諸国同盟軍の動きも鈍るでしょうし、無理な追撃は控えた方が宜しいかと考えます」
追うならば、今すぐに野営陣地を引き払って雪中を早足で進まねばらない。
キスカの話だと、降り続くとしても翌日には雨に変わるだろうという話だが、
どちらにせよ重装備の皇国軍には文字通り“荷が重い”話である。
「降って来ましたね。この時期の雪は珍しいですが、こうなると無理な行軍は体力を奪います。
北方諸国同盟軍の動きも鈍るでしょうし、無理な追撃は控えた方が宜しいかと考えます」
追うならば、今すぐに野営陣地を引き払って雪中を早足で進まねばらない。
キスカの話だと、降り続くとしても翌日には雨に変わるだろうという話だが、
どちらにせよ重装備の皇国軍には文字通り“荷が重い”話である。
冷たい雨や雪の中では、ただ歩くだけでも体力を消耗する。今後の為に体力を
温存する事も考えれば、追い詰められている訳でも無い時の強行軍は控えるべきだ。
戦闘で興奮した頭を精神的に冷ますのは良いが、肉体を物理的に冷やすのは不味い。
当面の敵は逃げ散ってくれたから、歩哨を立ててゆっくり休むのが無難であろう。
一晩中焚火して、ここに有力な部隊が存在すると誇示するだけでも意味がある。
ここが楔となれば、突破するにしろ迂回するにしろ敵は相応の
準備が必要になるから、2~3日の時間は十分稼げるだろう。
温存する事も考えれば、追い詰められている訳でも無い時の強行軍は控えるべきだ。
戦闘で興奮した頭を精神的に冷ますのは良いが、肉体を物理的に冷やすのは不味い。
当面の敵は逃げ散ってくれたから、歩哨を立ててゆっくり休むのが無難であろう。
一晩中焚火して、ここに有力な部隊が存在すると誇示するだけでも意味がある。
ここが楔となれば、突破するにしろ迂回するにしろ敵は相応の
準備が必要になるから、2~3日の時間は十分稼げるだろう。
「進むにしても退くにしても、これだけの損害を出した以上、我々を無視して行動はしないでしょう。
そうなれば我が師団本隊も動き易い。それに人間、必死となれば何をするか解らないものですからね……」
現に必死になっている皇国という国に仕えている身としては、他人事とは思えない話であった。
半分以上は成り行きとは言え、異界の大陸に出兵など1年前なら誰も考えもしなかった事だ。
そうなれば我が師団本隊も動き易い。それに人間、必死となれば何をするか解らないものですからね……」
現に必死になっている皇国という国に仕えている身としては、他人事とは思えない話であった。
半分以上は成り行きとは言え、異界の大陸に出兵など1年前なら誰も考えもしなかった事だ。
「まぁ、そこはお互い様ですね」
キスカは妖艶に微笑んだ。
キスカは妖艶に微笑んだ。