西暦2020年9月7日 11:50 北海道 北海道礼文郡礼文町大字船泊村字沼の沢 陸上自衛隊名寄駐屯地礼文分屯地
「まったく、佐藤さんと係わり合いがあると、退屈している時間がありませんな」
鈴木は、開口一番にそう言い放った。
グレザール帝国軍に強制されたとはいえ所属しており、そこで対魔法戦法を任務していた精霊(本人はその表現を嫌っていたが)の亡命。
佐藤から入った報告に、東京は狂喜乱舞した。
すぐさま外務省から鈴木が連れ出され、彼はヘリ・航空機・ヘリという順番で、この辺境の島に文字通り飛んできた。
「それで、お相手はどちらにいらっしゃるんですか?
可能な限り早く会いたいのですが」
基地を覆っている氷雪には興味を示さず、彼は書類鞄を持ち直しつつ尋ねた。
「こちらです。他にも難民がおりますが、そちらは?」
「報告書は読みました。下級兵士とその家族でしたっけ?
ウチの若いのを連れてきてますから、それに任せます」
「あの、後ろの女性ですか?」
佐藤はそっと後ろを見た。
官僚とは思えない派手な格好の女性が、二曹に笑顔で語りかけている。
「イチイさんカッコイイですね~
私もああいう人が上司だったらいいのになぁ。
あ、いやいや、もちろん鈴木さんもカッコイイですよ!」
引きつった笑みを浮かべた二曹というのは初めて見たな、と苦笑しつつ、佐藤たちは応接室へと歩いていった。
「これはまた、北海道の自衛隊は変わった趣向を好むんですな」
完全に凍りついた通路を歩きつつ、鈴木は感心したように呟いた。
「そんなわけがありますか。
暖房をつけると先方が嫌がるので、仕方なくここだけこうなっているんですよ」
ドアノブに注意して触りつつ佐藤が答える。
「失礼します。外務省の鈴木さんがお越しです」
ドアを開く。
凍りついた部屋の中心で、雪と氷を司る自称女神は氷で出来た椅子に座っていた。
「お前が交渉をする人間か?」
「お初にお目にかかります。日本国外務省の鈴木と申します。
早速ですが、何か我々にお願いしたい事があるとか?」
そこから先の対談は、脇に控えているだけの佐藤にとってはあまり愉快な事ではなかった。
先方は日本国に対し、その魔法の力と知識、グレザール帝国軍時代の情報を提供する。
日本国は先方に対し、家族の救出およびその後の保護を行う。
要約すれば、これだけの内容だった。
もちろん無能ではない佐藤は、その救出作戦とやらに自分が動員されるはずがないと考えていた。
自衛隊には、彼よりも優秀な隊員はいくらでもいるのだ。
そう、彼は信じていた。
西暦2020年9月21日 09:50 公海上 海上自衛隊 第五護衛艦群旗艦「おおみなと」
まだ歴史の浅い海上自衛隊第五護衛艦隊の旗艦は、イージス護衛艦の命名規則を破ってあえて母港の名前が付けられていた。
所属艦艇全てが新鋭護衛艦というこの豪勢な護衛隊群は、いくつもの不幸な現実の前に誕生している。
練度や戦力には疑問があるものの、形的には二個空母機動艦隊を持つ中国海軍。
海軍と呼べる存在はないが、いつ弾道弾を発射するかわからない朝鮮半島、そういった全てのものから日本を守るため、彼らは存在していた。
ノドン・テポドン・東風2号などなど、数多くの弾道弾と、その迎撃を妨害するであろう全てを排除できる様に作られた艦隊だった。
新たに結成される事になった現代の無敵艦隊は、その圧倒的過ぎる(一部では『ぼくのかんがえたむてきのかんたい』と呼ばれた)戦力から、根拠地が見つからなかった。
どこの地域住民たちも、そんなものが来る事を望まなかったのである。
防衛省上層部は頭を抱えた。
予算は既に計上されており、計画は実働していた。
だが、新たに用地を取得していたのでは到底間に合わず、かといっていまさら新規護衛艦群計画をなくす訳にはいかなかった。
官僚が最も重視する事は自身の利益であるが、所属する組織の面子もまた、彼らにとっては大切なものだったからである。
そこに申し出たのが、大湊の地域住民だった。
2007年から経済崩壊が騒がれていた北海道とは違い、静かに崩壊の道を進んでいた東北地方の一地域。
大湊の周辺住民たちは、危険といわれつつもなんら対策を打ってくれなかった文官に見切りをつけ、武官に目をつけたのだ。
拡張される基地。
その維持には、多くの物資が必要である。
そして、そこに住まう多くの青年たち。
彼らは品行方正で、安定した収入を持ち、かなりの人数がある。
基地を設置する事による経済波及効果は計り知れない。
もちろん、国と防衛省と防衛施設庁からの資金提供もありえる。
反対派からは、万が一の際に攻撃を受けたらどうするのかという反論があったが、県知事はその事について大して考えなどなかった。
日本国内のどの場所にミサイルが落ちようとも、核攻撃を受ければ日本人に生きる道はない。
多額の負債と減る一方の財源に精神を痛めつけられていた時の知事は決断した。
そこから先はトントン拍子に話が進んだ。
元々存在していた海上自衛隊大湊基地の拡充が決定され、本当の意味での地域住民たちの支援を受けつつ、五番目の護衛艦群は住むべき家を手に入れた。
地域住民は投下される補助金と経済波及効果による恩恵を受け、そして大量に移住してきた新しい住民たちを歓迎した。
「司令」
「なんだ?」
双眼鏡で前方の空を眺めていた艦隊司令に、艦長が声をかける。
「あと三十分ほどで陸地が見えてくるはずです」
「そうか、一応警戒態勢を取らせろ」
「了解しました」
艦隊内部に放送が流される。
全ての武器が準備され、機関が即時全速準備を整え、レーダーが本格的に稼動を始める。
「お客さんたちはどうした?」
「上陸の準備を整えています。
現在はヘリ格納庫にて待機中です」
「出来れば我々で最後まで手伝ってやりたいのだがな」
「ですが、我々の武装では強力すぎます。支援するつもりが、皆殺しにしてしまいかねません」
「言ってみただけだよ」
苦笑しつつ、司令は再び海を見た。
こんなわけのわからない世界で、氷だか雪だかの女神さんの家族を助けに自衛隊が出動か。
今どき、ライトノベルでももう少し作りこんだシナリオを書くがね。
同時刻 第五護衛艦群旗艦「おおみなと」格納庫
「休暇が欲しい」
「私だって欲しいですよ。さあ、腰を上げてください」
床に体育座りした佐藤を蹴飛ばしつつ、二曹はそう言った。
「いやだ!ボクが一番ガンダムを上手く扱えるんだ!」
「わかりましたから早く立って下さい」
呆れた顔で二曹は答える。
さすがに恥ずかしくなったのか、佐藤は素直に立ち上がり、装具を改めた。
「何というか、サトウは随分と変わっているな」
そのやりとりを離れたところから見ていた自称女神は、呆れたように呟いた。
「儀式のようなものです。佐藤一尉はいつもいつもいつも最前線に無理やり投入されますからね。
ああやって、精神の均衡を保とうとしているのでしょう、きっと」
傍らに立っていた原田がフォローのような事を言う。
佐藤と共にこの世界のありとあらゆる場所で戦闘を行ってきた彼らには、所属、という枠を超えた連帯感のようなものが芽生えている。
異世界人相手となれば味方にも銃を向けかねない原田であっても例外ではない。
「怒りの精霊を飼っているにしては、随分と冷静じゃな」
「怒りの精霊?そういった知り合いはいませんが?」
感心したように言う相手に対して、原田は不思議そうな顔で答えた。
「なんじゃ、気付いていなかったのかえ?
そなたの中には怒りの精霊が巣食っておる。
普通は敵味方の区別が付かなくなり、やがて死に絶えるものじゃが、不思議な事もありんす」
「あーなるほど、確かに言われてみると、そういったものがいてもおかしくありませんな、自分は」
「仲間か家族を殺された?」
その言葉に、原田の目つきが変わった。
「そうですよ、まさしくそうです。私の部下たちは良い奴らだったのに。
目の前で、助けようとした相手に、全員、殺された。殺されたんだ」
視界が赤くなる。
赤。
彼の部下たち全員を殺した色。
「お前たち異世界人に。全員、骨も残さずに」
不意に、目の前が暗くなり、心地よい冷たさが訪れた。
「なっ、何を?」
気がつけば、両目を隠すように手が添えられていた。
「落ち着いたかえ?
わっちはこれでも精霊という枠を超えた存在じゃ。
齢も数百を超えているし、お前の様な人間もたくさん見た」
暖かい冷たさと言うべきか、高熱を出している時に使う、冷却ジェルシートのような、落ち着く冷たさである。
いつの間にか、原田は冷静さを取り戻していた。
なんだろうこれは。
落ち着いた脳で、彼は考えた。
ああ、これは、母親の手だ。
少し冷たい、でも優しい感触。
「原田一曹!何をやっている!」
完全にリラックスしていた彼に、佐藤が怒鳴った。
慌てて手をどかし、目を開き、直立不動になる。
「俺が代わる!一歩後ろにさガッ」
下がれ、と言い掛けた所で、彼のわき腹に89式小銃のストックがめり込んだ。
奇妙な声を残して佐藤は床へと倒れこむ。
「佐藤一尉!貴方は空気を読む事ができないんですか!?」
怒りに顔を歪ませた二曹が怒鳴り、佐藤の周辺にいた隊員たちは他人のような顔をしてそこから遠ざかる。
にわかに賑やかになった格納庫の中に、拡大された艦長の声が響き渡る。
<艦長よりご搭乗のお客様に連絡いたします。
本日も親方日の丸クルーズをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
当艦隊は予定されたポイントへと到着しました。
お客様に置かれましては、厳正なる規律を保持し、一致団結事態の打開に当たっていただければと思います。
なお、当艦隊は全てのお客様がお戻りになられるまで移動するつもりは一切ございません。
心置きなく、任務に励むように。以上>
「さあ二曹!艦長もああ仰っている事だし!直ちに部隊をヘリに載せ、現地へと向かうぞ!
俺たちの戦いはこれからだ!」
わき腹を押さえつつも叫び、佐藤はヘリ内部へと駆け込んだ。
苦笑した隊員たちがその後に続き、未だ怒りが消えていない表情の二曹がそれに続く。
いつまでも唖然としているわけにはいかず、原田は装具を抱えて歩き出した。
「お前さんは、優しい人間じゃの。
だからこそ、怒りの精霊に目を付けられた。
わっちが見てきた男どもも、みんなそうじゃった。
そして、みんな死んだ。
常に冷静であれ。これを忘れん事じゃな」
後ろからかけられた言葉に、彼はなんとか頷けた。
「まったく、佐藤さんと係わり合いがあると、退屈している時間がありませんな」
鈴木は、開口一番にそう言い放った。
グレザール帝国軍に強制されたとはいえ所属しており、そこで対魔法戦法を任務していた精霊(本人はその表現を嫌っていたが)の亡命。
佐藤から入った報告に、東京は狂喜乱舞した。
すぐさま外務省から鈴木が連れ出され、彼はヘリ・航空機・ヘリという順番で、この辺境の島に文字通り飛んできた。
「それで、お相手はどちらにいらっしゃるんですか?
可能な限り早く会いたいのですが」
基地を覆っている氷雪には興味を示さず、彼は書類鞄を持ち直しつつ尋ねた。
「こちらです。他にも難民がおりますが、そちらは?」
「報告書は読みました。下級兵士とその家族でしたっけ?
ウチの若いのを連れてきてますから、それに任せます」
「あの、後ろの女性ですか?」
佐藤はそっと後ろを見た。
官僚とは思えない派手な格好の女性が、二曹に笑顔で語りかけている。
「イチイさんカッコイイですね~
私もああいう人が上司だったらいいのになぁ。
あ、いやいや、もちろん鈴木さんもカッコイイですよ!」
引きつった笑みを浮かべた二曹というのは初めて見たな、と苦笑しつつ、佐藤たちは応接室へと歩いていった。
「これはまた、北海道の自衛隊は変わった趣向を好むんですな」
完全に凍りついた通路を歩きつつ、鈴木は感心したように呟いた。
「そんなわけがありますか。
暖房をつけると先方が嫌がるので、仕方なくここだけこうなっているんですよ」
ドアノブに注意して触りつつ佐藤が答える。
「失礼します。外務省の鈴木さんがお越しです」
ドアを開く。
凍りついた部屋の中心で、雪と氷を司る自称女神は氷で出来た椅子に座っていた。
「お前が交渉をする人間か?」
「お初にお目にかかります。日本国外務省の鈴木と申します。
早速ですが、何か我々にお願いしたい事があるとか?」
そこから先の対談は、脇に控えているだけの佐藤にとってはあまり愉快な事ではなかった。
先方は日本国に対し、その魔法の力と知識、グレザール帝国軍時代の情報を提供する。
日本国は先方に対し、家族の救出およびその後の保護を行う。
要約すれば、これだけの内容だった。
もちろん無能ではない佐藤は、その救出作戦とやらに自分が動員されるはずがないと考えていた。
自衛隊には、彼よりも優秀な隊員はいくらでもいるのだ。
そう、彼は信じていた。
西暦2020年9月21日 09:50 公海上 海上自衛隊 第五護衛艦群旗艦「おおみなと」
まだ歴史の浅い海上自衛隊第五護衛艦隊の旗艦は、イージス護衛艦の命名規則を破ってあえて母港の名前が付けられていた。
所属艦艇全てが新鋭護衛艦というこの豪勢な護衛隊群は、いくつもの不幸な現実の前に誕生している。
練度や戦力には疑問があるものの、形的には二個空母機動艦隊を持つ中国海軍。
海軍と呼べる存在はないが、いつ弾道弾を発射するかわからない朝鮮半島、そういった全てのものから日本を守るため、彼らは存在していた。
ノドン・テポドン・東風2号などなど、数多くの弾道弾と、その迎撃を妨害するであろう全てを排除できる様に作られた艦隊だった。
新たに結成される事になった現代の無敵艦隊は、その圧倒的過ぎる(一部では『ぼくのかんがえたむてきのかんたい』と呼ばれた)戦力から、根拠地が見つからなかった。
どこの地域住民たちも、そんなものが来る事を望まなかったのである。
防衛省上層部は頭を抱えた。
予算は既に計上されており、計画は実働していた。
だが、新たに用地を取得していたのでは到底間に合わず、かといっていまさら新規護衛艦群計画をなくす訳にはいかなかった。
官僚が最も重視する事は自身の利益であるが、所属する組織の面子もまた、彼らにとっては大切なものだったからである。
そこに申し出たのが、大湊の地域住民だった。
2007年から経済崩壊が騒がれていた北海道とは違い、静かに崩壊の道を進んでいた東北地方の一地域。
大湊の周辺住民たちは、危険といわれつつもなんら対策を打ってくれなかった文官に見切りをつけ、武官に目をつけたのだ。
拡張される基地。
その維持には、多くの物資が必要である。
そして、そこに住まう多くの青年たち。
彼らは品行方正で、安定した収入を持ち、かなりの人数がある。
基地を設置する事による経済波及効果は計り知れない。
もちろん、国と防衛省と防衛施設庁からの資金提供もありえる。
反対派からは、万が一の際に攻撃を受けたらどうするのかという反論があったが、県知事はその事について大して考えなどなかった。
日本国内のどの場所にミサイルが落ちようとも、核攻撃を受ければ日本人に生きる道はない。
多額の負債と減る一方の財源に精神を痛めつけられていた時の知事は決断した。
そこから先はトントン拍子に話が進んだ。
元々存在していた海上自衛隊大湊基地の拡充が決定され、本当の意味での地域住民たちの支援を受けつつ、五番目の護衛艦群は住むべき家を手に入れた。
地域住民は投下される補助金と経済波及効果による恩恵を受け、そして大量に移住してきた新しい住民たちを歓迎した。
「司令」
「なんだ?」
双眼鏡で前方の空を眺めていた艦隊司令に、艦長が声をかける。
「あと三十分ほどで陸地が見えてくるはずです」
「そうか、一応警戒態勢を取らせろ」
「了解しました」
艦隊内部に放送が流される。
全ての武器が準備され、機関が即時全速準備を整え、レーダーが本格的に稼動を始める。
「お客さんたちはどうした?」
「上陸の準備を整えています。
現在はヘリ格納庫にて待機中です」
「出来れば我々で最後まで手伝ってやりたいのだがな」
「ですが、我々の武装では強力すぎます。支援するつもりが、皆殺しにしてしまいかねません」
「言ってみただけだよ」
苦笑しつつ、司令は再び海を見た。
こんなわけのわからない世界で、氷だか雪だかの女神さんの家族を助けに自衛隊が出動か。
今どき、ライトノベルでももう少し作りこんだシナリオを書くがね。
同時刻 第五護衛艦群旗艦「おおみなと」格納庫
「休暇が欲しい」
「私だって欲しいですよ。さあ、腰を上げてください」
床に体育座りした佐藤を蹴飛ばしつつ、二曹はそう言った。
「いやだ!ボクが一番ガンダムを上手く扱えるんだ!」
「わかりましたから早く立って下さい」
呆れた顔で二曹は答える。
さすがに恥ずかしくなったのか、佐藤は素直に立ち上がり、装具を改めた。
「何というか、サトウは随分と変わっているな」
そのやりとりを離れたところから見ていた自称女神は、呆れたように呟いた。
「儀式のようなものです。佐藤一尉はいつもいつもいつも最前線に無理やり投入されますからね。
ああやって、精神の均衡を保とうとしているのでしょう、きっと」
傍らに立っていた原田がフォローのような事を言う。
佐藤と共にこの世界のありとあらゆる場所で戦闘を行ってきた彼らには、所属、という枠を超えた連帯感のようなものが芽生えている。
異世界人相手となれば味方にも銃を向けかねない原田であっても例外ではない。
「怒りの精霊を飼っているにしては、随分と冷静じゃな」
「怒りの精霊?そういった知り合いはいませんが?」
感心したように言う相手に対して、原田は不思議そうな顔で答えた。
「なんじゃ、気付いていなかったのかえ?
そなたの中には怒りの精霊が巣食っておる。
普通は敵味方の区別が付かなくなり、やがて死に絶えるものじゃが、不思議な事もありんす」
「あーなるほど、確かに言われてみると、そういったものがいてもおかしくありませんな、自分は」
「仲間か家族を殺された?」
その言葉に、原田の目つきが変わった。
「そうですよ、まさしくそうです。私の部下たちは良い奴らだったのに。
目の前で、助けようとした相手に、全員、殺された。殺されたんだ」
視界が赤くなる。
赤。
彼の部下たち全員を殺した色。
「お前たち異世界人に。全員、骨も残さずに」
不意に、目の前が暗くなり、心地よい冷たさが訪れた。
「なっ、何を?」
気がつけば、両目を隠すように手が添えられていた。
「落ち着いたかえ?
わっちはこれでも精霊という枠を超えた存在じゃ。
齢も数百を超えているし、お前の様な人間もたくさん見た」
暖かい冷たさと言うべきか、高熱を出している時に使う、冷却ジェルシートのような、落ち着く冷たさである。
いつの間にか、原田は冷静さを取り戻していた。
なんだろうこれは。
落ち着いた脳で、彼は考えた。
ああ、これは、母親の手だ。
少し冷たい、でも優しい感触。
「原田一曹!何をやっている!」
完全にリラックスしていた彼に、佐藤が怒鳴った。
慌てて手をどかし、目を開き、直立不動になる。
「俺が代わる!一歩後ろにさガッ」
下がれ、と言い掛けた所で、彼のわき腹に89式小銃のストックがめり込んだ。
奇妙な声を残して佐藤は床へと倒れこむ。
「佐藤一尉!貴方は空気を読む事ができないんですか!?」
怒りに顔を歪ませた二曹が怒鳴り、佐藤の周辺にいた隊員たちは他人のような顔をしてそこから遠ざかる。
にわかに賑やかになった格納庫の中に、拡大された艦長の声が響き渡る。
<艦長よりご搭乗のお客様に連絡いたします。
本日も親方日の丸クルーズをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
当艦隊は予定されたポイントへと到着しました。
お客様に置かれましては、厳正なる規律を保持し、一致団結事態の打開に当たっていただければと思います。
なお、当艦隊は全てのお客様がお戻りになられるまで移動するつもりは一切ございません。
心置きなく、任務に励むように。以上>
「さあ二曹!艦長もああ仰っている事だし!直ちに部隊をヘリに載せ、現地へと向かうぞ!
俺たちの戦いはこれからだ!」
わき腹を押さえつつも叫び、佐藤はヘリ内部へと駆け込んだ。
苦笑した隊員たちがその後に続き、未だ怒りが消えていない表情の二曹がそれに続く。
いつまでも唖然としているわけにはいかず、原田は装具を抱えて歩き出した。
「お前さんは、優しい人間じゃの。
だからこそ、怒りの精霊に目を付けられた。
わっちが見てきた男どもも、みんなそうじゃった。
そして、みんな死んだ。
常に冷静であれ。これを忘れん事じゃな」
後ろからかけられた言葉に、彼はなんとか頷けた。