自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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「不味い」

海上自衛隊二尉、青谷勇はリンゴをひと齧りして、そう呟いた。唇をリンゴから離し、
息を吐くと白くなった息が待機に溶け込んで、消えた。これでまだ秋だというのだ、この世界は酷く寒い。
商船団の護衛という立場上『輸入物』のリンゴを真っ先に味わう機会に恵まれたのだが、
日本のものとは比べ物にならなかった。品種改良は殆どされておるまい。酸味ばかりで、甘味は僅かだ。

「だが、馴れなくては」

ここはもう別の世界だ。戻れるかどうか怪しいのだから。
そう思えば、護衛艦『ひえい』から見下ろす海の色まで違って見える。

日本が見も知らぬ異世界に転移して一月、青谷たち自衛官にとっては忙しい日々が続いた。
ある日前触れもなくこの世界――この世界の人間はヴェルデと呼んでいる――に日本が転移した事は、当たり前だが
向こうにもこちらにも多くの混乱をもたらした。

「あの日――」

気象衛星からの映像は消えうせ、水平線の向こうの景色は変化し、
温度は急激に低下、周囲の海には霧まで出ていた。
混乱した政府は一時、機能停止状態に陥りかけたが、
それまでどちらかといえば低い評価しかされてこなかった吉田首相が
強力なリーダーシップを発揮し、何はともあれ状況を把握することだ、と民間船舶・旅客機の航行を禁止し、
海上自衛隊と航空自衛隊に周囲の偵察を命じた。無論、領海・領空には十分な注意を払って。
青谷もまたその日、護衛艦『ひえい』に乗り込み、状況把握のための探索の任についていた。
しかし西に派遣された航空自衛隊はいけどもいけどもユーラシア大陸の姿は見ることはなく、思い切って領空を越えて
引き返せるギリギリまで飛んでみたものの、広がる海にただ唖然とし、
代わりに東に派遣された海自艦隊はすぐにユーラシア級の大陸を発見した。

一体これは何の冗談だ。

あの時の騒動は今でも青谷の記憶に新しい。鍛え上げられた海自隊員達が一様に呆然としたのだ、自分も含めて。
本国と通信を繰り返すも、当の本国が半ばパニック状態なのだから始末に終えない。上陸すべきか、いや、
何がいるかわからないから一旦引き返し、
陸海空総出で探索に当たるべきだと本国も海自艦隊も大騒ぎをしていたその時、
大陸側から数多の木造船舶が現れ、海自艦隊を包囲した。逃げることも当然、海自艦隊には容易かったが、
砲門は向けども発砲はしない様子に交渉の余地ありと判断し、そのまま包囲されるに任せたのだ。
互いに砲を向け合い、にらみ合うことしばし、
大陸から現れた艦隊から一艘のボートが下ろされ、青い旗を掲げつつ海自の護衛艦に
近づく。後で聞いたところ、青はこちらの世界での白旗に当たるらしい。
ボートを漕ぐ人間と比べて豪華な衣装から艦長はこれを使節と判断し、
警戒は保たれたままにこちらの世界の人間とのファーストコンタクトが始まった。
それが、一月前の話である。

「青谷二尉か」

物思いに耽りながら手元のリンゴを見つめていた青谷に声がかけられる。

「如何かな、帝国のリンゴのお味は」

見れば、赤と白の瀟洒な衣装に身を包み、腰には細剣(レイピア)とマインゴーシュを下げた、
三銃士の世界から抜け出てきたような女がそこにいた。
波打つ金髪はこちらの翳る太陽に比べれば地球の太陽のように輝かしく、
白皙の美貌は衣装と相まって見るものに強い印象を与える。

「ロゼッタ中尉」

ロゼッタ・ランダース中尉は、青谷同様ファーストコンタクトの場に居合わせた人間だ。
女ながらユグドラ帝国近衛隊の旗手を務めており、
軍人の他、外交官、領主、狩猟長官など様々な肩書きを持つ、絵に描いたような名門貴族だという。
突如として現れた鋼鉄の艦隊(要するに海自だ)にボート一隻で接近し、使者の役割を果たしたのも彼女だ。
使者として艦長ら高級将校とも言葉を交わしたが、艦の案内と、世話係を担当した青谷とは比較的親しい間柄である。
無論比較的であって、男女の仲に発展したわけではない。
単に艦長らと接するときは公人としての性格が強くなるだけで、
そうでない時は、彼女は誰と仲良くするのにも躊躇しないだけだ。

「正直に申し上げますと、酸味がきつい」

「だろうな、貴公は正直だ」

ロゼッタはリンゴを青谷から奪い去ると、自らも口に含んだ。

「このフネで饗応を受けたときの衝撃は忘れんよ。海軍の食い物ときたら例え貴人用であれ、
不味いのが相場と踏んでいたのに、宮廷で出されたどの料理よりも美味いのだからな」

だがその美味い食事もいつまで出せるのだろう、と青谷は思う。
気候が違いすぎる。言うまでもなく今年も来年も不作だろう。そのまた次の年も。
というより今までと同じ作物は最早取れまい。これからはこの気候に合わせた作物を品種改良して
作ることになろうが、さて、何年かかることやら。まずかろうがなんだろうが食料の輸入は目下の急務である。

「にしても見れば見るほど立派なものだな、このゴエイカンというのは」

ロゼッタが憧れるように『ひえい』の艦橋を見上げる。

「図体だけなら我が方も似たようなものは作れるが、とても敵わん。威風が船から滲み出るようだ」

『ひえい』はどちらかといえば旧式である。それを知っている青谷は半ば誇りに思う一方で苦笑せざるをえないが、
それでもナポレオン時代ぐらいの戦列艦しか知らないロゼッタにはオーバーテクノロジーもいいところだろう。
『ひえい』は日本の代表として、帝国側の軍艦と共同で商船の護衛についている。
たかが商戦の護衛……とはいえ、お互いに信頼関係もなく、そもそも国交もない。更に海賊が出没するという話も
あれば、このように物々しい警備も当然といえた。ロゼッタは無論帝国側の人間だが、外交官としての特権を
活かしてこちらに潜り込み、視察という名の日本見物を楽しむ気だという。名門貴族の割には、いや、だからこそと
言うべきだろうか、彼女は優秀な反面無邪気なところがある。

「にしても、大したものですね。この世界の人たちは」

「ん、何がだ?」

飽きずに『ひえい』を見つめていたロゼッタが首を傾げる。

「我々への対応です。正直、もっと混乱したものを予想していました。
ですが蓋を開けてみれば、使節団を派遣してから列国を召集しての会議、その後で合同で我々と交渉に乗り出し
僅か一月で制限つきとは言え貿易にこぎつけています。普通は、こうも足並みは揃いません」

「ふむ、貴公の世界ではそうだったのか」

ロゼッタが誇らしげに胸を反らす。

「これも皇帝陛下のご威光のお陰、と言いたいところだが実は違う。この世界の支配層は
貴族が殆どだが、貴族たちは一千年以上の政略結婚で殆どが親戚同士になっていて、言わば領土や国家を超越している。
勿論お互いで戦争や陰謀も起すが、大きなことが起こった場合はスムースに全員が協議できる体制にあるのだ」

宮廷外交という奴か、と青谷は見当をつけた。国益よりも親戚づきあい。個人個人の繋がりが優先される、
17世紀から19世紀ヨーロッパのお家芸とも言える外交である。
共通の階級意識、価値観、文化的基盤を持つからこそ成り立つ絶対主義時代の国際外交手段だが、
国民国家の時代には最早時代にそぐわないものとして退けられ。しかし今回はそれが幸いしたらしい。
大陸内の陰謀に日本が巻き込まれたりしては目も当てられないのだ。
もっとも日本はその輪から外れた位置にあるわけであり、青谷は今後の外交に若干の困難を感じた。

「さてと」

ロゼッタが興味深そうな目で青谷を見る。

「硬い話はここまでだ。わたしに艦内を案内しろ。色々と興味深いことがありすぎる。
日本につくまで退屈しそうにないな」

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