月の兎は眠らない

――― <早朝> D-5 川のほとり ―――

乳白色の夜明けが闇を溶かし始める朝の刻。
途切れることなく辺りに流れ続ける音は、いつもと変わらない小川の滑る様な爽やかなせせらぎ。
やがて照らし出される日の光に大きく伸ばされる影が歩いていた。

朝風になびく大きな兎の耳が特徴の『兵士』鈴仙・優曇華院・イナバの強き覚悟を持った瞳がひたすらに前方を見据えていた。
その瞳は永遠亭を出た時より変わらず赤く、紅く、熱く、強く、狂気とも取れるほどに燃えている。
草を踏みしめ、川の流れを追うようにして一歩一歩、北へと規律正しく前進していく彼女の姿はまるで軍隊の見せる歩行術。



時に立ち止まり、周りを大きく見渡してその大きな耳を八方へと向ける。

(周辺には…人影に動き無し…)

時にしゃがみ込み、地面を指でなぞらえては小さく溜息をつき、またしばらく歩き出す。

(足跡も…依然無し、か…。『アイツ』…かなり用心深い性格のようね。追跡を警戒して足跡を消している…)

そして時に目を閉じ、そのまま大地に吹く風を全身で感じ取るようにしばらく直立してはまた歩き出す。表情を苛立ちに変化させて。

(『波長』も全く読み取れない…。読み取れる射程距離が短く弄られてる……くそっ)


「どこだ…『ディアボロ』…!」


まさしく親の仇でも探すかのように怨讐の呟きが口から漏れる。
既に何度目の呟きになるか分からないその言葉に含まれた敵意は、次第に膨れ上がっていきながら鈴仙の内に眠る炎を滾らせてゆく。



―『ディアボロ』―


それがアリスの生命を、アリスの匂いを、アリスの風を、アリスの全てを奪った畜生の名前だ。
悪魔の意味を擁するその名を心に刻み付けるようにして鈴仙はその男を捜し続ける。

とはいえ、目的の人物を何の手がかりも無いまま一人で探し出すにはこの会場は広すぎた。
どの方向に逃げたのかも分からない。竹林を出た後も当てなく歩き続ける五里霧中の現状に段々と焦燥ばかりが募る。


「ディアボロ……ディアボロ……ディアボロ……ッ!どこにいるんだ……ッ!」


無意識的に溢れ出ていく声はどんどんと低く、大きくなっていくばかり。
ギリギリと歯軋りを重ねる彼女の目は、最早かつての怯えるような兎の目はしていない。
肉に飢えたライオンの如き野生の目。肉食獣のように鋭い視線を放ち続けている。


「どこだ…ディアボロ……!殺(け)してやる…ッ!絶対、アリスの仇をとってやるんだ…ッ!」


揺るがぬ意思を持って討つべき敵を探し続ける兵士。
今や鈴仙にとってバトルロワイヤルなど関係無い。
あの恐るべき『赤い悪魔』を噛み殺す『牙』。今の自分に必要なのはそれのみ。

敵は今、とても弱っている。殺すとしたら今が絶好のチャンスなのだ。
弱った敵の喉元を抉ることは簡単だ。今の鈴仙は例え死にかけの兎が相手でも全力を出して獲物を潰しにかかる『ライオン』のようなもの。
だが『狩り』とは、獲物を探し出すところから難しく、根気のいる行為なのである。
匂いや足跡を辿られて餌食になる馬鹿な草食動物とは違い(実際は足跡を消したりカモフラージュする小動物もいるらしいが)この敵は警戒心が強いようだ。
恐らく奴の元々の性格なのであろうか、さっきから全く足跡がつかめない。

休憩も無く、昇り来る朝日以外はまるで変わらぬ風景を歩き続けて、流石に辟易していた時の事だった。





「人探しか…?ウサギのお嬢ちゃん」


「……ッ!!」


背後より聞こえてきた男の低い声に、思わず身をすくませる。
振り向きざまにすぐに撃てるよう、指先を向けながらあわてて振り返る。


「おっと撃つなよ。俺はアンタと話がしたくて近づいただけだ。危害を加えるつもりは無いさ」

(く…っ!?いつの間に背後に…!?特に気を緩ませていたわけじゃなかったってのに…ッ!)

その男は両手を上に挙げながら、大柄な体躯をゆっくり慎重に鈴仙の方まで近づかせていた。
彼の姿を一目見た瞬間、鈴仙は感じ取る。
緑色の軍服を身に着け、右目には大掛かりな機械仕掛けのモノクルを装備させた異様な風貌。
そして何より、男の纏うヒシヒシと尖るような『空気』。


「…貴方、『軍人』ね」

「そういうお前も『兵士』のようだな。…その頭部に揺れる奇妙なウサ耳以外は」


本来は二人とも戦闘のプロフェッショナル。互いの持つ独特な『空気』を瞬時にして感じ取ったのだ。
だが鈴仙はそう易々と相手を近づかせない。軍人相手ならなおさらだ。

「近づかないで。それ以上動いたら貴方の心臓の風通しを良くしてあげるから」

「…ウム、承知した。…だがお前が妙な動きをした途端、俺もそれに対応せざるを得ない、という事だけは忠告しておこう」


銃口(といっても指だが)を向けられているというのに、どこか余裕を持って飄々と答える目の前の男。
異様な風貌とはいえ、相手は見たところ武器を所持している様子は無い。
両手を挙げて戦う意思は無いと主張はしているが、それで一安心するほど鈴仙も平和な頭はしていない。
いや、むしろ彼女の『警戒心』は増すばかりだった。何故なら…


(コイツ…何か『おかしい』…!波長がうまく読み取れない…!?)


そう、鈴仙があっさりと自分の背後を取られた原因は、この男から発せられる波長の位相がうまく掴めない事にあった。
こんなタイプの奴に出会ったのは初めてかもしれない。
いつもは脳内に綺麗に流れ込んでくるはずの様々な波長に『ノイズ』のような雑音が混ざり込んでくる。
読み取れる射程距離が短くなっているとか、そんな話では全然無い。

こんな正体不明な奴と関わる暇などは無いのだ。故に鈴仙は男の希望を一蹴した。

「私は貴方と話すことなんて無いわ。悪いけどそのまま回れ右して消えてくれないかしら?」

嘘だ。本当は聞くべき事が幾らかある。
少しでもあの『赤いスタンド』を操る男の情報が欲しい。そのために乗っていない参加者とは積極的に情報交換していくべきなのだ。
だがこの先『ゲームに乗った』危険人物との戦いもあるかもしれない。
鈴仙の狙いは『ディアボロ』ただ一人。そのために余計な戦いで体力の消耗などは極力避けたかった。

どうもこの軍服の男は『怪しい』。
そう感じた理由はいつもはイヤでも頭に入り込んでくる波長が感じ取りにくいから。
ただのそれだけなのだが、今の鈴仙にとってそれは相手を必要以上に警戒するには充分な理由となった。元々臆病な性格というのもあるのだが。

指先に霊力を込めながら鈴仙は一歩一歩後ずさりして相手との距離をとる。
だが男が次に言い放った台詞は鈴仙の予想外の名前だった。


「おい、待て!お前は『鈴仙・優曇華院・イナバ』だろう?
俺の名は『ルドル・フォン・シュトロハイム』!『八意永琳』からお前の話は聞いている!」

「え!?お…お師匠様から…!?」


思わぬ相手から思わぬ名が飛び出したことに鈴仙は固まる。
こうして二人の異種なる『軍人』が邂逅を経た。
それぞれ異なる世界に住む『兵』と『兵』は互いに何を思うのか。

そして何を共感するのだろうか。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

「成る程ね…流石お師匠様と言うべきか…不死だという事を除いても、殺しても死なない性格というか…」

「何を考えているかサッパリ読めない奴だったな。正直、俺はあーいう打算的な女はいけ好かん!」

鈴仙とシュトロハイムは小川のほとりに立つ大きな木の下で自分達の持つ情報を交換し合っていた。
鈴仙は未だにシュトロハイムを警戒しているのか、一定の距離を開けたままで立っているが。

ガンマン風の男と緑髪の少女のこと、果樹園小屋での永琳とのひと悶着、ジョジョたち波紋戦士や柱の男という未知なる存在のこと。

自分を拾ってくれた永遠亭の面々、そしてディアボロとの死闘、敵のあまりにも危険なスタンド能力のこと。

互いの溜め込む情報をひとしきり吐き出した後に出てくる感想は、参加者達の強大な力に対して気がふさぐものばかり。
かたや人類を遥かに超越した4体の超生物『柱の男』。
かたや時間すらも吹き飛ばす『悪魔のスタンド使い』。
全く信じる事すら馬鹿馬鹿らしくなってくるほどの超常を操る強者達。
自分が戦闘の訓練を受けたプロフェッショナルというアドバンテージすらこの会場では無に等しいものではないのだろうか?
そんな気弱とも取れる気持ちが心の奥底で僅かに湧き上がってくるのを鈴仙は感じたが、同時に安心もあった。

無論、シュトロハイムの語った鈴仙の師匠、八意永琳の存在が彼女の孤独な心に幾らかの安堵を与えたのだ。
万に一つもあの天賦の才知を持つお師匠様が死ぬわけが無い。しかし億に一つの可能性もある。
ディアボロに襲撃されるまでは自分の事で精一杯だった鈴仙も、今では僅かに心の余裕が生まれた。
人は余裕が生まれれば他人の心配をし始めるものなのである。

師匠は何処にいるのか。姫様は無事なのか。てゐは…まぁなんとかやっているだろう。多分。

ディアボロを捜索する最中にもそんな身内の無事を祈りながら、彼女は不安に埋もれてゆく心を強引に敵への報復心へと変えて歩んできた。
そして今、早くも懸念のひとつは目の前のシュトロハイムから杞憂だという事が伝えられた。
…代わりに柱の男という新たな懸念が芽吹いたところだが。



「お師匠様の無事が分かっただけでも収穫ね。近いうちに私の無事な姿をお見せして安心させたいところだけど…今は駄目ね」

「ん?奴に会いに行ってやらんのか?」

「言ったでしょ。私はディアボロという男を倒さなければならない。アイツを倒すなら今なのよ」

「友の敵討ち…か」

「ええ。アイツの『時間を飛ばす能力』に弱点なんか殆ど無い。
 でも、私の『狂気を操る能力』なら…奴にも充分対抗出来る」

「やれやれ…お互いの追う仇敵は強大というわけだ。
スタンド、スタンドねぇ…我が祖国ドイツにも居るのか?そーいう奴らが」

「そんなの私の知ったこっちゃないけど、聞く限りじゃあ貴方の言う『柱の男』も相当ヤバそうな奴らじゃない。
 あの『吸血鬼』よりも上位の存在だなんて、絶対にお近づきにはなりたくないわ…
 その生物達を倒そうとしてる貴方もね。…『波紋』とやらが使えない貴方がどうやってそいつらを倒すのよ?」


数歩開けた距離からシュトロハイムに対して鈴仙が何気なく聞いたその時だった。
それまでは比較的冷静に会話を進めていたシュトロハイムの凛々しい顔が、次第にニヤリとした高慢な表情へと変化していったのは。

石の上に腰を落としていたシュトロハイムが突如直立し、右腕を真っ直ぐに挙げて敬礼のようなポーズを取り大きく叫んだ。


「ゥよくぞォォオオ聞いてくれたものだアアァァァーーーーーッッ!!!!
 ならば聞くがよいィィイイッ!!奴らに対抗する為に造られたこのシュトロハイムの肉体の構造をォォオオオヲヲーーーーッッ!!!!」

「!?」


いきなりの大音量とド迫力に気圧された鈴仙は何事かと長いウサ耳を思わず両手で押さえ付ける。
そんな彼女の驚愕の様子など知った事かと、シュトロハイムはスピーカー要らずの演説を続けた。


「「「「ナチスの科学はァァァァアアアア世界一イイイイィィィィ!!
 そして俺の体はァァアアアアアアアーーーーッ!!我がゲルマン民族の最高知能の結晶であり誇りであるrrゥゥゥッ!!
 サンタナのパワーを遥かに超越しィィイイイイッ!!1分間に600発の鉄甲弾を発射可能!!30ミリの鉄板を貫通できる重機関砲そしてェェエエエエーーーーッ!!!
 クソッタレの柱の男共にトドメを刺すのは我が右目に仕込まれた『紫外線照射装置』に他ならぬァァァァイイイイィィィッッ!!!!」」」」

「!?!?!?わ…わかったわかったからッ!!ちょ…ちょっと黙ってよ!声が大きいってばッ!」


あわてて周りをキョロキョロ確認し、敵が居ない事に少し安心しながらシュトロハイムを宥めようと近づく。
どうやらこの男はかなり熱く、高慢な性格のサイボーグらしい。
この機械人間にボリューム調整のツマミは何処に付いているんだろうと鈴仙は軽くシュトロハイムを見回すが、残念ながら無いようなので代わりにケリを入れた。

「近くに誰か居たらどうするのよ!シッ!シーーッ!」

「ム…!スマンな。祖国や身体の秘密の事を聞かれるとつい自慢してしまう性分なのだ」

(誰も聞いてないって…)
「と…兎に角、貴方の身体が何でもアリのスーパー兵器人間、走る武器庫なのは分かったわ…!
 私もその柱の男には気を付けるし、あとは…姫海棠はたてね。こっちは直接の脅威は少なそうだけど、まぁ一応警戒しておく。
 お師匠様の電話番号もありがと。余裕があったら連絡してみるわ。
 それと…姫様と、あとついでにてゐに会ったらよろしく言っといてね。
…それじゃあ、色々とありがと。私はもう、行く」

短い謝礼の意を向けた後、鈴仙は再び怨敵の追跡を再開しようとすぐに荷物をまとめ始める。
騒ぎ疲れた幼児のように一気におとなしくなっていたシュトロハイムは、その様子を石の上に腰掛けながらジッと眺める。

やがて背を向け歩き出した鈴仙の背中に、彼は声のトーンを落としてじっくり語りかけた。



『わが子を助けようとする気づかいは、弱々しい母をすら英雄ならしめる。
そして種とそれを庇護する家庭あるいは国家を維持するための闘争のみが
いつでも男子を敵の槍に立ち向かわせるのだ』


それまでの騒がしい音量の叫びとはうって変わって、シュトロハイムが呟いた言葉は壇上で静かに宣言する指導者のように威厳を放っていた。
鈴仙の足はそこでピタリと止まる。


「…我が祖国ドイツの偉大なるヒトラー総統閣下が仰った言辞だ。
 俺には『祖国』という守るべき対象があるが…お前の友人は既に殺されたのであろう?
お前…『弔い合戦』でもやろうってのか?」

「……だからなに?貴方には関係の無いこと」

長い髪と耳を大きく揺らして振り返る鈴仙。その瞳の内は静かに燃えている。
鈴仙のメラメラと燃えるような熱い視線を受けたシュトロハイムの機械に覆われた視線は、あくまでも冷静だ。

冷静だが、彼の声はその場に居る者を押し潰すかのように重圧的で、威圧感を解き放っている。

「殺されたアリスという友人のために。
その者の誇りを取り戻すために貴様自ら剣となって修羅の道を歩む…それは理解出来た。やめろとも言わん。
…だがたった一人で立ち向かう気か?『勇気』と『無謀』は違うぞ」

「無謀…?それは違うわ。さっきも言った通り、アイツは今とても『弱っている』。
 奴をこの世から消滅させる最大のチャンスが『今』なのよッ!
 『勇気』でもなければ『無謀』とも違うッ!これは私の『確信』であり『覚悟』でもあるッ!
 アイツは私が殺さなきゃ駄目なんだ…ッ!そうでなければ私の『運命』には決着がつけられないッ!!」

「成るほど…『復讐』とは自分の運命への決着をつけるためにある…か。染み入る言葉だ。
 だがその『先』に貴様を待つモノは何だ?復讐を成し遂げて残る物とは?
 答えは『破滅』だ。『復讐者』となった兵士は必ず残酷な『死』が待つ。故に兵士は『個』を捨てるのだ」

「………ッ!!貴方に……アナタに何がわかるの!!
 随分知ったフウな事を言うじゃないッ!!私がどんな気持ちでアリスの死を看取ったか!
 どんな気持ちでディアボロと戦ったか!!どんな気持ちで月の軍から逃げてきたか……あっ……」

シュトロハイムの見透かしたような言葉に激昂し、捲くし立てた勢いでつい洩らしてしまった鈴仙の、汚れた過去。
とても人に話せるようなものではない兵士として重苦しい過去の汚点を、よりにもよって軍人である彼に知られてしまった。
自分の安易な失態に舌打ちし、苦悶な表情のまま少しの静寂が流れる。



「…ほう。貴様、脱走兵だったか。兵士にしては感情的だとは思ったが…」


コイツには言われたくない。鈴仙は心中で不快感を吐き出す。
今会ったような奴に自分の知られたくない過去を断片的にだが知られた。何より自分自身に嫌気が差す。

そして次にコイツは…私を心の中で見下すのだろう。
当然だ。戦争の噂を聞いただけで文字通り脱兎の如く逃げ出す私は、これ以上無く臆病な子兎。
さあ、嘲るがいいわ。同じ軍人の貴方は、私の事が許せないでしょうね。
でも、過去は過去。この世界において、そんな事実は取るに足らない紙屑のように薄い過去。

大事なのは『今』でしょう?『未来』でしょう!


「…………我が総統ヒトラー閣下の宿敵とも言われるソビエト連邦の軍人、スターリン閣下はその冷酷無比な人物像が衆に恐れられている。
 敵前逃亡など行った兵士は自軍であろうが悉く機関銃で銃殺し、絶大な力と権力を他人に指し示したという。
あるいは戦車のキャタピラに自軍の兵士の肉と骨と内臓の全てを引き込み、苦痛を与える間も無く轢き殺した。
 あるいは彼らを懲罰大隊に入れ、地雷原を歩かせるという酷薄な命令までをも出していると聞く。
 さらに、逃亡兵の家族は皆シベリア送りにされた。自国の兵士を駒としか見ていなかったのだな」


鈴仙の呼吸が僅かに乱れる。息を吸い込む事も重苦しく感じた。足はその場から動けない。
大してシュトロハイムは呼吸ひとつ乱さず、汗ひとつかかない。
機械のように淡々と静かに言葉を紡ぐだけだ。
無表情ではあったが、鈴仙の目には彼がどこか笑っているようにも見えた。



「当然だな。賞賛するべき人間だよ、彼と言う男は。
 心の隙を持つ兵などが軍に混じっていては、戦争ではとても戦えない。
 たった一人の兵士の怯えが軍そのものを、ひいては国そのものを危険に陥れかねん。
 そういう意味で彼は徹底して軍『全体』を、そして『未来』を見通してきたわけだな」

「…何が言いたいの。逃亡者の私を惨めにさせたいのならおあいにくさま。
 今の私は逃亡者どころか、執念に燃える復讐者といったところよ。後ろを振り返ってる余裕なんて無いの」

「俺が言いたいのはその『復讐』ってとこだ。
 どうにも今の貴様はそのディアボロという『幻像』ばかりを追いかけ、『全体』を見渡せていない。
 全体…すなわち、この『バトルロワイヤル』というゲームそのものだ。
 目先の幻影に目が眩み大局を見失うような者が、結果的に目的を達成することは難しい」


「だからッ!!何が言いたいのッ!!!」


最早、鈴仙はその男の言葉を黙って聞いてはいられなかった。
自分とアリスの生き様を否定されたような気分だ。
たまらず彼の言葉の余韻を掻き消すように怒鳴った。
その怒鳴り声もやがては宙に消えゆくと、一瞬の間を早朝の冷たい風が通り抜けていった。

その機械仕掛けの瞳に感情の波風一つ立てず、シュトロハイムは言った。






「じゃあ…ハッキリ言おうか、鈴仙・優曇華院・イナバ。
―――お前は『死ぬぞ』。その『復讐』の心を捨て去らなければな」










横を流れる川のせせらぎを除けば、この場に残るのは男の宣言の余韻だけ。
続いて沈黙が落ちた。短いようで…長い、鬱陶しいほどの長い沈黙が。




「紅き月の逃亡兵よ。俺はお前の過去の汚点をねちっこく突っつく気などはさらさら無い。
 むしろ…だ。思い切って逃げればよいではないか。ただし自分の『運命』からではないぞ。
 戦いにおいて勝利への道が見えないとなれば、無理に攻めずいったん引けば良い。
 逃げなきゃいけない時には手段を選んでいる暇は無い。誰かの袖を掴んででもとりあえず逃げるのだ。
 それが我慢ならないのなら…せめて誰かに助けを求めろ。なんなら俺が協力しても良いぐらいだ」

「逃げる!?それこそ…ありえない選択よッ!!ダメージを負わせた相手に…勝てる相手に何でそんな事を…ッ!」

「目先しか見えていない現状だと足元を掬われかねんと言っている。
 お前を殺すのは…その『赤い悪魔』の死に際の悪あがきによる攻撃かもしれん。
 または…かの究極生物に細胞全てを溶かされ、体内に取り込まれることかもしれん。
 あるいは…1キロ先の狙撃主に頭部を撃ち抜かれ、断末をあげる間も無くあっさりと死に伏せるかもしれん。
 もしかすれば…吸血鬼に頭部をはねられ、体内の生き血は全て搾り取られてミイラのようにされるかもしれん。
 いずれにしろ…お前はディアボロにすら辿り着くことなく、志半ばにして無残に殺されるだろうな」



シュトロハイムの言葉ひとつひとつが、鈴仙の頭の中を揺さぶり、震わせた。
まるで嵐の中の船に放り込まれたようなグラグラと落ち着かない気持ちが湧き上がり、眩暈の感覚まで引き起こされる。
顔を俯かせて押し黙る鈴仙の表情は、なびく髪のせいで窺い知れない。
それを眺めるシュトロハイムも、まだ言葉を続けた。


「我が身を犠牲に捧げる覚悟を持った英雄が戦うのでなければ死をも恐れぬ兵士を見つけられないだろう。
すべてを任務に捧げ。
急速以外は何を望むな。
平和以外は何も望むな。
…これも我が総統の言葉だ。俺は死の覚悟などとうに出来ている。
 『守るべき祖国』があるからだ。陛下と国の為ならば俺は喜んでこの心臓を捧げよう。
 …だが貴様には何がある?友が死した今、誰を守ると言うのだ?
 守るべき者も見出すことの出来ない、浮ついた『機械兵士』なのはお前の方に見えるがな」


「私にどうしろっていうのよッ!!!」


再びいきり立った鈴仙は右手の指を銃の形に曲げ、左手は右手首を固定するようにピタリと銃口をシュトロハイムの眉間まで狙う。
自分の感情に支配され、反射的に相手に銃口を向けるなんて。かつての上司には見られたくない恥ある姿だ。
そんな事を頭の片隅に押し遣りながら、しかし鈴仙はとうとう我慢できずに反抗した。

「何の罪も無い私の友人が無残にも殺され!!それでもあの敵はのうのうと生きながらえている!!
 許せるわけ無いじゃないッ!友達を喪った私にこれ以上何を望むのよッ!!」
 今の私に出来る事は彼女の敵を討つことだけ…!それの何がいけないっていうのッ!?」

「繰り返すが…何も敵討ちをやめろと言っているわけではない。
 今のお前は多少『自暴』の気持ちになっている。自分も死ぬような戦いはやめろと言っているんだ。
 尤も、軍人の俺が言っても説得力は無いかもしれんがな」

「今ッ!アイツを倒さないとまた被害が拡大するッ!
 そうなれば私のような辛い思いをする人も増えるわ!
 多少無茶でも!私がアイツをやらなきゃ取り返しのつかないことになるッ!!」

本当は、やっぱり嘘だった。

私みたいに辛い思いをする人が増える?被害の拡大を防ぐ?
そんなこと、実際はどうだっていい。
私はとにかく、あの男が憎い。憎くて憎くて、殺してやりたい気分。

でも、自分にこんな憎悪の感情があったことに自分で驚くのも紛れもない事実、だと思う。
心の底の底では、やっぱり殺人なんて嫌だった。
根っからの臆病者である自分は、今回も会場の隅でウサギみたいにブルブル震えているのがお似合いだった、はずなのに。
しかし今回ばかりはそうはいかないんだ。
この男、シュトロハイムは私に逃げればいいと促したけれど…それじゃあ死んだアリスに向ける顔が無い。

悪魔のスタンド使い?
究極生物?
神々の存在?

上等よ。私の目的はあくまでも『ディアボロ』ただひとり。
それを邪魔をする奴はどんな奴だって容赦しないわ。




たとえ復讐の果てに待つものが…破滅だとしても!



「…貴方のご忠告、親切と受け取って心に刻んどくわ。
 でも私はやっぱり歩くのをやめることは出来ない。
 ディアボロを…この世から殺(け)すまでは」

「…そうかい。ならば俺からはもう何も言えねえな。だがこれだけは言っておこう。
 お前の敵がひとりとは思うなよ。本当にヤバイ時は誰かを頼れ。
 それと…『過ぎたる恨みは、廻り廻って己自身の心と身体を喰い尽くす』ぞ。必ずな…
 じゃあ…それだけだ。無事を祈ろう。『異世界の兵士』よ」

「えぇ…私も貴方の無事を祈っているわ。
 お世話になったわね。さよなら…『異世界の軍人』さん」



国も、境遇も、守るものも、全く違う二人の兵士は互いに向き合って敬礼の型をとった。

戦う動機も何もかも異なるが、互いの無事を祈るその心だけは共鳴した。

言葉を掛け合う事も無いその空間がほんの少しの間続いた後、鈴仙は身をひるがえして道を行く。

背中越しで手と、ついでにその長い耳をひらひらさせながらこちらへ振る鈴仙の後姿を眺めながら、シュトロハイムはようやくここで軽く溜息をついた。


「やれやれ…どうもあのウサギの女は一度コレと決めたらそこに向かって一直線らしいな。
 これがもしジョジョの奴ならば俺が忠告するまでも無く一目散に逃げ出すんだろうが…
 あの男なら目先の目的にとらわれず大局全体を見渡す事ができ、何気ないヘラヘラ顔で戦場に戻ってくるのだろうな…
 その臨機応変力があの女とジョジョとの決定的な違いなんだよなァ~~。
 あの女、『早死にするタイプ』だな。フゥ………
 まっ!とにかく俺は俺のやるべき事を優先させてもらうぜ。まずは人間の里を目指すかッ!」


持ち前のポジティブさと鋼の精神がある限り、シュトロハイムもまた歩みを止めることは無い。
鈴仙の事は心配ではないといえば嘘になるが、彼女は紛れも無く強者と言ってもよかった。
長く色々な兵士を見てきたが、彼女の兵士として致命的な性格はまだしも、あの覇気があればそう易々とはくたばらないだろう。


―――戦場では仲間の心配をした奴から死んでゆく。


かつての上司から飽きるほど聞いたその教訓も、今では立派にシュトロハイムの心に染み付いている。
それ故に歩み行く彼女を止めたりなんかしなかった。


鈴仙・優曇華院・イナバ。
そしてルドル・フォン・シュトロハイム。


彼らの歩んで来た道は今ここに交差し、そして別々の道を進む。
このゲームの未来に、彼らが再び交差する事はあるのだろうか。

鈴仙の小さくなっていく後ろ姿を最後まで見届けることなく、シュトロハイムは悠然と立ち上がった。
その瞳には確かな『炎』が燃え続ける。
それは使命に燃える『兵士』としての、強固なる眼。

まずは『北東』。朝日を仰いだシュトロハイムは大きく一歩を踏み出す。


せめて、あの可憐なる月の兵士の無事を『祈り』ながら…


【D-5 川のほとり/早朝】

【ルドル・フォン・シュトロハイム@第2部 戦闘潮流】
[状態]:永琳への畏怖(小)
[装備]:ゲルマン民族の最高知能の結晶であり誇りである肉体
[道具]:蓬莱の薬、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:ドイツ軍人の誇りにかけて主催者を打倒する。
1:ジョセフ・ジョースター、シーザー・A・ツェペリ、リサリサ、スピードワゴンの捜索と合流
 次に蓬莱山輝夜因幡てゐ藤原妹紅の捜索
 その他主催に立ち向かう意思を持つ勇敢な参加者を集めるためにひとまずE-4の人間の里へ向かう。
2:殺し合いに乗っている者に一切の容赦はしない。特に柱の男及び吸血鬼は最優先で始末する。
3:蓬莱の薬は祖国へ持って帰る。出来ればサンプルだけでも。
4:ディアボロ及びスタンド使いは警戒する。
5:八意永琳には一応協力する。鈴仙の事を伝える為に人里で通信機器を探す。
6:エシディシは死亡が確認されたはずだが…?
7:ガンマン風の男(ホル・ホース)と小娘(幽谷響子)、姫海棠はたてという女を捜す。
 とはいえ優先順位は低い。
[備考]
※参戦時期はスイスでの赤石奪取後、山小屋でカーズに襲撃される直前です。
※ジョースターやツェペリの名を持つ者が複数名いることに気付いていますが、あまり気にしていないようです。
※輝夜、鈴仙、てゐ、妹紅、ディアボロについての情報と、弾幕についての知識をある程度得ました。
※蓬莱の薬の器には永琳が引いた目盛りあり。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

シュトロハイムとの短いコミュニケーションを終え、すっかり彼の姿が見えなくなったところまで歩いた鈴仙は一度足を止めた。
キョロキョロと周りを警戒し、誰も居ない事を確認してからデイパックの中の物を取り出す。
やがて木製のデッサン人形が取り出されると同時に、人形が次第にモコモコと巨大化していく。
数秒とかからず人形はその巨躯を露わにしていき、あっという間に鈴仙の身長を超えて完成形を迎えた。


「……フゥ~~~ッ!しかしお前も抜け目の無い奴よ!
 いつの間に『本物』の俺の体に触ったのだ?まるで気が付かなかったぞ!」

「貴方がナチスの科学がどうたら喚いてた時よ。
 本当はこんなにウルサイ人間(?)を『コピー』するのも躊躇うぐらいだけど…
 戦力が欲しかったのもまた事実だし。しばらくは貴方で我慢するとしましょう」


冷めた目線で見つめる鈴仙の隣に現れた男は『シュトロハイム』そのもの。
しかしそれは勿論、鈴仙が事前に装備しておいたスタンドDISC『サーフィス』によって生まれた模倣体。
どさくさに紛れて本物の体に触れていた鈴仙が作った『コピー』のシュトロハイムである。

コピーとはいえ、本物と変わらぬ鬱陶しさを持つその出来栄えに、鈴仙は感動よりも先に溜息が出てしまう。


「なァ~~~にを溜息などついているッ!鈴仙・優曇華院・イナバよ!
女に従うのは俺のプライドに触るが!お前が『上官』だと言うのならばやむを得ないだろうッ!
貴様は宝船に乗ったつもりでドンと構えていろォォーーーゥッ!!!敵は俺が全員木っ端微塵にしてやろうッ!!」


(このスタンドの正確性はゾッとするぐらいに凄いけど…
 う~ん。やっぱコイツを同行者に選ぶのは失敗だったかなぁ…)

さっきとはまたしてもうって変わって豪快に笑うシュトロハイム(の人形)。
鈴仙が彼の波長を読み取ることは出来ないが、読み取るまでも無くこの男の心の揺れ動きは表情に出る。
この生きるブリキ人形に本当に音量のツマミが付いていないか、再びよく確認する鈴仙だったがやっぱり付いてないので代わりにもう一度溜息をついた。



「ハァ……。いい?今から貴方は私の『剣』だという事を覚えておいて。
 武器がひとつ増えただけ。私はあくまでも『自分だけ』でディアボロを追うの。
 だから同行してもらうとはいえ貴方がアイツにトドメを刺す事は許さないわ。
 奴を殺すのはこの鈴仙・優曇華院・イナバただひとり……返事は?」

「フム……兎は寂しいと死ぬというのを噂で聞いた事があるが、本当にひとりで大丈夫か?
 『本物』の俺の忠告を素直に聞いたほうが良かったんじゃないか?」

「人の話を聞きなさいよ…それに私を兎と一緒にしないで」

「ウサギではないか」

「……せめて口だけは閉じていて欲しいのだけど」

「了解したッ!ならば俺は上官である貴様の命令に従おうッ!!
 敵はスタンド使い『ディアボロ』だなッ!!待っておれィッ!今から貴様を殺しに向かってやるぞォォッ!!!」

(ほんっとーに…うるさい男……失敗したかな……)


こうして孤高の追跡劇にやかましい同行者が誕生した。
耳を塞ぎながら歩く鈴仙の心の中では、気にかかる事はある。

そう、先ほどの『本物』のシュトロハイムから言われた言葉が未だに燻っているのだ。


―――過ぎたる恨みは、廻り廻って己自身の心と身体を喰い尽くす。


それでも、構わない。
今は目的さえ達成できれば、それだけで良い。
その後の事は…今はまだ考えない。

歩くのをやめる事の方が…今の私にとって何よりも怖いのだから。





二人の異種なる『軍人』の邂逅は終わった。

それぞれ異なる世界に住む『兵』と『兵』は互いに何を思ったのか。

そして何を共感したのだろうか。

鈴仙の永い戦いは、始まったばかり。


【鈴仙・優曇華院・イナバ@東方永夜抄】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)、焦燥、強い覚悟
[装備]:スタンドDISC「サーフィス」、(ゲーム開始時に着ていた服は全身串刺しにされて破れたため、永遠亭で調達した服に着替えました)
[道具]:基本支給品(食料、水を少量消費)、シュトロハイム化サーフィス人形(頭部破損・腹部に穴(接着剤で修復済み)、全身至る所にレーザー痕)
ゾンビ馬(残り40%)不明支給品0~1(現実出典)、鉄筋(数本)、その他永遠亭で回収した医療器具や物品
[思考・状況]
基本行動方針:アリスの仇を討つため、ディアボロを殺す。
1:未来に何が待ち構えていようとも、必ずディアボロを追って殺す。確か今は『若い方』の姿だったはず。
2:永遠亭の住民の安否を確認したい。そのために連絡手段が欲しい。(今は仇討ち優先のため、同行するとは限らない)
3:ディアボロに狙われているであろう古明地さとりを保護する。
4:危険人物は無視。特に柱の男、姫海棠はたては警戒。危険でない人物には、ディアボロ捜索の協力を依頼する。
5:永遠亭でアリスに抱きしめられた時に感じたあの温かい感情が何なのか、知りたい。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※波長を操る能力の応用で、『スタンド』に生身で触ることができるようになりました。
※能力制限:波長を操る能力の持続力が低下しており、長時間の使用は多大な疲労を生みます。
波長を操る能力による精神操作の有効射程が低下しています。燃費も悪化しています。
波長を読み取る能力の射程距離が低下しています。また、人の存在を物陰越しに感知したりはできません。
※サーフィス人形の破損は接着剤で修復されましたが、実際に誰かの姿をコピーした時への影響は未定です。
※シュトロハイムに変化したサーフィス人形は本体と同程度の兵器を駆使できますが、弾薬などは体内に装填されている物のみです。
 また、機械化の弊害なのか鈴仙がシュトロハイムの波長をうまく感じ取る事はできません。
※八意永琳の携帯電話の番号を手に入れました。

075:ロワの開始も信心から 投下順 077:和を以て貴しとなせ
075:ロワの開始も信心から 時系列順 077:和を以て貴しとなせ
043:夜は未だ明けず ルドル・フォン・シュトロハイム 114:燃えよ白兎の夢
062:Anxious Crimson Eyes~切望する真紅の瞳~ 鈴仙・優曇華院・イナバ 108:Other Complex

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最終更新:2017年11月22日 19:13