mother complex

ざあざあと雨音が忙しなく響き渡る。
その音に耐え兼ねたのか、一人の男が瞼を開けようとした。
肌寒い。揺らぐ視界の中すぐにそう感じた。
春の訪れを感じさせない、ここの気温はその程度しかないのだ。恐竜化していたとは言え、彼は長時間雨に打たれ続け、更に死闘を重ねた。
冷えは、人間にとって身近過ぎて警戒しづらかったりする。さらに、こんなところでは気にしていたら何もできない。だが確実に人体へ悪影響を及ぼす要素だ。
生身の肉体は、十分過ぎるダメージになり得る。
彼と言う男は、一介の人間、人に過ぎないのだから。
そして、だからこそ人智を超えたモノ共へのこれ以上にない怒りをこの地で覚えた。
彼の名前はディエゴ・ブランドー

少しずつ冴えていく意識の中、彼は自分が外にいること、軒下で雨を避けていることに気付いた。
そして、やはり肌寒い。
だが、その一方で温かさを感じてもいた。それも局所的に。
後頭部がやけに温いのだ。
嫌な予感がした。彼には身に覚えがあった。
既に一度それを低調に断っていたから。
重い瞼の向こうで見たくもない青い影が視界の端に映った。不安は更に加速する。
残り僅かなまどろみを殺し、彼は完全に双眸を引ん剝いた。



「はぁ~~い♪……ってちょ、うぉおッとォ!!!」



彼はノータイムで貫手を放った。仰向けの姿勢のまま、その甘たっるい声の喉元めがけて。
女性と思しきその声の主はたまらず飛び退く。
どうやら膝枕をされていたようだった。ディエゴの頭は太ももに乗っていたのだ。故に彼女の膝を伸ばす動きがそのまま彼の頭をポーンと持ち上げる。
俊敏だ。後ろへと逃れた彼女の動きが、そのまま彼の身体を起こしてしまうほど。
彼はその勢いのまま起き上がり、慣性を殺すように軽く身体を横軸に回転させ、女性へと向き直る。

「何をしている……」
「うふふ、何もしてませんわ。私はただ貴方が起きるのを待っていただけ」


邪仙[ユアンシェン]霍青娥
それが女性の名前と肩書、そしてそれが彼女の全てだ。


「それに、何をするとはこっちの言葉です。逸早く目を覚まし介抱してあげたのは私なのです!どうぞ労って労って♪」
「知るか。俺がそんなこといつ頼んだ?勝手に恩に着せようとしないでもらいたいんだがな」


ディエゴは目に見えて不快そうにそう吐き捨てた。今、ディエゴと青娥は協力者としての間柄、彼の突き放すような対応は当然と言えば当然であった。

「えぇ~~!!それはあんまりですわぁ!!」

確かに二人は慣れ合う仲ではない。しかし、先の先の戦いで二人は協力し合えた仲でもあった。それも十二分に。
阿吽の呼吸に及ばずとも、急造のコンビにしては出来過ぎた連携だったのは間違いない。たとえそれが二人の能力の高さが故に見えたコンビネーションにせよ、だ。


「そんなことよりも聞きたいことがある」


二人諸共湖中に引き摺り降ろされ溺死寸前まで追い込まれた時はどうだったか。
ディエゴの力があってこそだった。しかし首長竜へと変貌を遂げた彼を悟らせぬよう土を巻き上げ、激流の弱い渦中の外へと蹴り飛ばしたのは他でもない青娥である。
驟雨を引っ提げ立ち塞がった付喪神の決死行を受けた時はどうだったか。
青娥の力があってこそだった。水滴の拘束衣はディエゴを完全に封殺した。しかし最後っ屁の『虹』を食い止め、敵をブチ撒けたのは他でもないディエゴであった。

「はいはい、どうぞどうぞ」

慣れ合うつもりはなくとも事務的な態度を超えて、険悪な仲を自ら築くのはもっと愚かである。
ましてディエゴにとっても悪い話ではない。たとえスタンド能力では『使えない』にせよ、当面は協力関係にありその限りにおいては戦力として十分過ぎる相手だからだ。
媚びを売るとは言わないが、胡麻を擦る言葉を混ぜるくらいどうと言うことはない。

「俺が倒れた後、奴らはどうなった?」
「どうなったと思います?」

それを理解できない彼ではない。賢く生きられない彼ではない。だって彼は賢く強かに生きるしかなかったから。
彼がいきなり食って掛かったのは、上辺さえ取り繕うことが叶わなかったのは、言葉に窮した、そんな節があった。

「焦らすなよ。殺したのか?」
「あら~真っ先にそう言って下さるなんて。私って結構信頼されていたりするのかしらね?」

ディエゴは今一度この手で彼女の首をもごうかと悩んだ。しかし、徒労に終わるのも目に見えている。代わりに睨み押し黙ることを返事とした。


「うふふ、そんなに熱っぽく見られるとぉ、私には毒ですわ~」


しかしやはりと言うか暖簾に腕押しだ。黄色い声が返って来ても彼にとっての色好い答えが返って来ない。ディエゴはこめかみを引くつかせて、そっぽを向いた。

「怒らないで下さいます?」
「逃げられたんだな」
「見逃されちゃいました、こっちが」
「…………包み隠さず伝えた、その一点だけを俺に褒めろと言うのか?」

あっけらかんと報告する彼女の態度は知ってか知らずか、いや分かっているだろうにディエゴを逆撫でている。
だが、意外なことに彼は苛立ちをチラつかせるまでに踏み止まっていた。
それもそのはず。先の戦いで真っ先に気絶する無様な姿を晒したのは、他でもない彼自身。
あの邪仙相手に自分の弱みを突かれたくないのだ。疲れたくもないのだ、これ以上は。この鬱陶しい女相手に。

「ディエゴくんはぼっこぼこに殴れただけだからまだマシですわ、私なんか一服盛られてしまったというのに」
「その不気味な赤ら顔はそのせいか」
「火照ってしょうがないわ~。うふふ色に艶が出てしまって殿方には申し訳ないです♪」
「ただの更年期障害だ。妖怪にもそんなモンがあるとはな。難儀なことだ」
「も~~ディエゴくんったら~イジワルばっかりするんだから~~!」

青娥は先の戦いで血管に酒を流された。それもただの酒ではなく八岐大蛇を昏倒させるほどの代物、もはや毒だ。
その割にピンピンしているが、どうやら仙人の頑健な肉体が肝臓を介さずとも無理やり解毒させ切ったらしい。
彼女に纏う雰囲気がどことなく緩いのもそのせいだ。……案外いつもこんな感じなのかもしれない。
本来、アルコールを血管から粘膜摂取させるなどしたら、急性アルコール中毒は避けられない。さらに言えば脳は破壊され、最悪死に至る。お酒は必ず口から飲もう。


その他にも諸々ディエゴは青娥の語る限りで事の顛末を知らされた。
彼女のお道化た振る舞いに一々皮肉を口にしてしまえば、嫌でも多少の毒気は抜けてしまうのもしょうがない。ちょうど彼女の毒気が酒気に変えてしまったように。
あるいは彼女はそれも分かっていたか。
このままつつがなく話が進めば、ディエゴの逆鱗に触れることはなかった。
しかし、打ち明けられた事実の一つが彼にもう一度、火をつけることになる。彼の怒りを掘り起こすことになる。


「―――とまぁ、こんなところですわ。何にせよ惨敗、痛手が過ぎますね。残念無念また来世~~って感じ」


まぁ私には来世より今世しかありませんけどね、最後にそう付け加えて青娥はディエゴを見遣る。
そして気付く。彼が握る拳が小刻みに揺れていることに。その震えの由縁は寒さでも恐れでもないことに。


「舐め腐っているのか…?奴らは」


低く呻くようにディエゴは声を絞り出す。その言葉の隅々に怒りを含ませていることを彼は隠しもしない。


「殺すどころか捕らえもせず、ましてや身ぐるみも剥がずに俺たちを放った。脳みそにクソでも詰まってやがるのか?」
「あら~身包みを剥ぐだなんて、女性の前でそんなこと口にするの嫌ですわ~」
「………」
「それに、私は私で色々ぶんどられちゃったのよねぇ…」
「…………………」
「ね~ぇ~?」
「…………………………………」


ディエゴはまるで聴覚を自在に操れるかのように、青娥の言葉に反応しなかった。
あるいは実際聞こえていないのかもしれない、今の彼には。
歯軋りの音が耳の良い青娥に聞こえるだけ。そんなディエゴを彼女は冷めたような眼で見て思う。


やれやれ、ですわ。不貞腐れちゃってまぁ、ディエゴくんもトンだ困ったちゃんね~


青娥はなんとなくディエゴの心象を推し量ることができた。
彼の怒りは、こちらを見逃したことでも、まして青娥の支給品を押さえられたことでもない。
普段の彼ならば、殺しを選べなかった程度の低い連中だと鼻で笑っていたに違いない。
受けた恩情は仇恨で。その命を奪うことで借りを返す。彼はそれを平気でやれる人間だからだ。


あ~あぁ、二人の目的はやっぱり黙っていた方が良かったかなぁ


二人とは、軌道修正の出来る箒星群、空条徐倫霧雨魔理沙。ディエゴと青娥はこの二人に辛酸を舐めさせられた。
そして魔理沙は、霊夢と承太郎に危害を加えたかどうかを、真っ先に青娥へ問い質して来た。
もう、この時点で彼女ら二人の目的は明白だ。
先の戦いでの言動と名簿を照らし合わせ、徐倫の姓は空条と判明し、もはや決定的だった。
霊夢と承太郎の救出。それが箒星群の目的。それこそが最優先事項。そして、そここそがディエゴが気に食わない。許せない。妬ましく思うのだ。

杜撰を極めたディエゴらへの対処はそれだけ急いでいたことへの裏返し。
彼女らにとってディエゴ達など行きがけの駄賃もいいところだ。
そしてここで問題になるのが、彼女らが霊夢らの救出を優先していなければ、ディエゴらはどうなっていたかということ。


魔女の方は未だに甘さが抜け切れてなかったけど、その相方がジョースターらしいからなぁ、どうなっていたことか


しこたまタコ殴りにされるならまだマシだ。ディエゴはともかく青娥はちょっと見た目派手にボコられても動ける自信がある。
だが二人仲良く気絶するということは、そのまま死に直結する。
生殺与奪の権を奪われてなお、二人が生き残れたのは箒星群にはそれ以上の目的があったからだ。
それが霊夢と承太郎の救出にあたる。もっと言えば、霊夢と承太郎のおかげなのだ。ディエゴの今は霊夢で出来ている。それは彼にとってこれ以上ない皮肉だ。


命あっての物種だ、そんな風にドライな反応すると思ってたんだけど。男の子も複雑ね。ちょっと聞いてみたいな。


霊夢に対して、ディエゴが特別黒い感情を持っているのは、彼が追撃を提案した時点で嗅ぎ付けてはいた。
それが何に起因するのか、青娥は少し興味を持つ。正直、聡い彼女故に何となく察してはいる。
だからこそ聞いてみたい。彼の口からそれを知りたいと思うのがヒトの性。と言うより、こればかりは興味に従順過ぎる邪仙だけの性だろう。
ちょうど、彼女が殺した弟子の今際の際の言葉のように。
ありふれていても、自分にとって興味深い相手なら、その言葉の聞こえ方はきっと変わって来る。彼がそこに値するのか、未だ値踏みの最中ではあったが。


そこでふと少し長く考えに耽り過ぎていたことに青娥は気付く。
視界に映っていたはずのディエゴはいつの間にかディノニクスへと変貌を遂げていた。

「ちょっとディエゴくん、どこ行くつもり?」
「決まったことだろ」

十中八九、霊夢達の元に行くのだろう。仕事熱心なことだ。青娥は鼻白む。勝手に行動されては彼女にとって不都合極まりない。
今まさにディエゴは駆け出して行こうかする瞬間、青娥はメガホンよろしく口元に両手を添えて、こう発した。



「どっかーん!!」



それは随分と間の抜けたオノマトペだった。だが、ディエゴはその声を聞いた途端動きを止め、更には青娥へと近寄って来る。
その様はなんとも奇妙な絵面だったが、効果はテキメンだ。

「禁止エリアとくたばった連中の名前を教えろよ、今すぐだ」
「い・や・で・す・わ♪」

ツンと顔を背ける青娥。
ラフな言葉と裏腹に青娥の内心は溜息が漏れ漏れだ。呆れたのだ。
放送が過ぎたことなど、気絶した時間帯からちょっと考えれば分かりそうなモノだと言うのに。そうでなくとも全員に支給された時計の確認すら怠ったらしい。
第二回放送、青娥はそれを聞き逃すことなくしっかりと押さえている。血中に毒を流されてなお、短時間で回復せしめたところからも、仙人の頑健さが窺える。
そして、その情報はあえて伏せていた。当然だ。この情報は、天才ジョッキーのディエゴさえ握る手綱になる。
青娥とてディエゴを大なり小なり注視している。そう、彼へのイニシアチブを掴むのは骨が折れる、はずだった。
試した、などとは言わない。それぐらい気付いて然るべき事柄を試すなどと、彼女は言わない。
一筋縄ではいかないであろう彼への、青娥なりに相応の対応を取らせてもらっただけだ。
青娥はそこを気付いてほしかった。
ひどく残念だった。


頬を膨らまかしプイっと顔をそむけ、無理のある可愛さを振り撒いていた青娥。しかし、その顔を掠めるように肉食恐竜の爪が突き抜けて行く。


「手荒くしてほしいか?」


彼は何をしているのか。脅しているつもりなのか。ならば止めてほしい。これ以上失望させないでほしい。
そこで自然と、全身が自由になった。身体が動く。頭のてっぺんから足のつま先まで、全てが自在だった。


「お手柔らかに、と言いたいですが―――


青娥が顔を背けていた都合、ディエゴは彼女の横顔しか見えない。だが横顔だけなら見ることができた。
だが見えなかった。釘付けにされながらも、彼女がどんな顔をしていたか、見ることは叶わなかった。









―――今の貴方なんて、何も怖くありませんよ。ディエゴ」



視界が急激にブレた。予期せぬ運動が今、自身に起こっている。彼はただそれ一つしか理解できず、次いで背中に衝撃が走った。

「ガぁあッ!?」

投げられたのだ。青娥はディエゴの伸び切ったままの腕をひょいと持ち上げ担いで打ち付けた。負傷済みの右目の死角を狙い、仙人の膂力に任せただけの力技だ。


「頭を冷やしなさい」


凛として、ぴしゃりと言い放たれた。

背中を打たれた衝撃が、身体中の酸素を急速に奪っていく。抑えの効かない怒り共々逃がしていく。
寝転ばされた先は芝生で、損傷した肋骨にも不思議なほど響かない。投げられた痛みなどすぐにでも忘れるだろう。
少し強めの雨も打たれ、無駄なほとぼりを洗い流される。機械的に響く冷めた雨音は、滾った心の底まで滑り落ち、彼を落ち着かせる。


そして、それと同じくして滑るように、あの甘ったるい声が降りて来た。必死に呼吸する彼の口から入り込む様で、それだけはとても不愉快だった。

「ディエゴくん。貴方を霊夢達の元へ向かわせるワケにはいきません。まず、単純に勝ち目が薄い」

勝ちの目が出ない。青娥は辛辣にも言葉でディエゴを一閃した。激昂か反駁か、間もなくするであろう彼に、もう一つ言葉を投げる。頭を使わせるよう誘導する言葉を。

「あのガラクタの置き土産がここに来て響いて来た、ということです。責任の一端は、まぁ私になりますけど」

そう口にしながら、捻っていた腕から手へと、その綺麗な手をするする滑らせて青娥はディエゴの手を握り締める。


ガラクタ、置き土産、青娥のミス。遠回しな言葉ばかりだったが、クリアになってきたディエゴの頭脳が答えを出すのに、そう時間はかからなかった。

「『キャッチ・ザ・レインボー』か…」

スタンドDISC『キャッチ・ザ・レインボー』。雨粒を凝固させる程度の能力。ディエゴが無駄にしてやったガラクタが持っていたスタンドDISC。
そしてあのガラクタは、会場の一部に雨を降らせた。それが置き土産。そして青娥は支給品を箒星群に盗まれてしまった。

「そう。アレを喰らえば、一方的なワンサイドゲームをされておしまいです」

スタンドDISC『オアシス』の能力を有している青娥なら、雨粒の牢獄を抜けられる、ディエゴは一瞬そう思った。



その時突然、青娥に掴まれていたディエゴの手が放された。腕がびしゃりと情けない音を立てて横たわる。



計ったかのような厭らしいタイミングが、貴方に協力するつもりはありません、と言外に言われた気がしてならなかった。
ディエゴは己に怒り己を恥じた。

「加えて霊夢と承太郎は放送で呼ばれていません。そしてもう既に魔理沙と徐倫と合流を果たしていたら、一体何人と闘うことになるでしょうね?」

フー・ファイターズもまた放送で呼ばれることはなく、殺害できたのはガラクタと称され続ける、一名のみ。
霧雨魔理沙、空条徐倫、洩矢諏訪子、八雲紫、ジョルノ・ジョバァーナトリッシュ・ウナリサリサ、フー・ファイターズ。
博麗霊夢空条承太郎が動けないことを前提に考えても、最悪のケースだと相当数の障碍を超えねばならない。

そんなにも、そんなにもあの女が大事だって言うのか…!気取り屋どもが!!雁首揃えて俺を阻もうってクチか!!

不可能。その文字がディエゴの脳裏を過るには十分な頭数だった。
実際は違う。ここまでの人数は待ち受けてはいない。そしてそれは青娥もおぼろげながら掴んでいる。
トリッシュ・ウナが放送で呼ばれていた。霊夢らを護送する際に、何かしらのアクシデントが発生したのは想像に難くない。
だが、そのことを今のディエゴに話す必要もない。少なくとも青娥にとっては。
それに、そのアクシデントの全貌が見えない状況で、その不確定要素に頼り切るほどの余裕がないのも事実だった。今しくじれば次はない。


洩矢諏訪子が放送で呼ばれなかったのも、また懸念材料の一つだった。
今や『スケアリーモンスターズ』も『オアシス』のスタンド能力から解放されたのだが、彼女は右腕、右脚を欠損させていた。
能力の庇護から解き放たれれば、出血多量で3分どころか1分生きることすら怪しい。
徐倫が使っていた『ストーンフリー』の糸の縫合も可能性の一つとして考えはしたが、とりあえず無理だろうと踏んだ。
完全に切断してかつ、保存状態も良好とは言えない腕と脚を癒着など出来はしないと結論付けた。精々が短時間の延命処置が関の山だろう。それも今回の放送に間に合うまでの。
箒星群が何かしらの回復手段を持っていると見て、ほぼ間違いない。
それが有限の手段であれば良い。そうでないと今後が厳しくなる、青娥はそこまで考えて話題を変えた。

「さて、ディエゴくん。私たちが今どこにいるか分かりますか?」
「………紅魔館」
「その通りでございますわ」

二人は今、ポーチと呼ばれる玄関の外側、その庇を借りていた。

「口惜しいですが、私は一旦DIO様に報告を上げる為に戻ります。そして貴方も付いて来た方が良い。私に好き勝手報告されたくなければ、ね」

不要な追撃に執着した件を口走っても構わないのか、青娥は暗にディエゴへとそう伝えた。
青娥はそのまま踵を返し、いよいよ玄関の扉を前にするが、彼が来る気配がなかった。
振り向くとディエゴは起き上がってはいたが、未だ雨に打たれている。

「ディエゴくん。貴方のスタンド能力、特に情報収集に関しては、一級品です。私たちにとって生命線と言っても過言ではない」

打って変わって、青娥はディエゴを褒めた。これは紛れもない事実で、青娥もその点を強く買っている。
余りにもローリスクに情報戦の勝利者になれる。それは夜を除いて自由に動けないDIOにとってはこれ以上ない能力なのは間違いない。
だが、このタイミングでは露骨過ぎる。
明らかな飴と鞭だ。

「今回の失敗でDIO様が貴方を切り捨てるなんてことはない、私はそう思うのです」

いや違う。ディエゴは他人から何かをしてもらうことを嫌う。もっと言えば、手を差し伸べてもらうことを嫌っているのだ。それが善意でも、むしろ善意なればこそ。

「微力ながら私からも口添えさせてもらいますので、もう戻りましょう。さあ」

それを分かっている。分かって口にしている。差し伸べた手を受け取るにせよ、手を払うにせよ、ディエゴにさっさと来てほしいと青娥は思っている。
素直に付いて来るなら手間が要らない。逆上するならまた身の程を教えればいい。
どの道連れて行く。
簡単だ。
ただ、心の隅で一つだけ思うことはあった。


それは、彼がどちらを選んでも、今よりもっと幻滅してしまうんだろうな、ということ。


「ああ、そうだな。青娥。俺もお前の言う通りにしようと思っていたところだ」


ディエゴは今や濡れネズミの敗北者だ。だがしかし、さも水も滴る良い男然として朗々と返した。
しかし青娥はもうディエゴを見ていない。誰かにつこうとした嘆息を自分の中に押し込めてノブを回した。





「だが、俺はどうにも恥ずかしくてたまらないよ」

『俺にはとてもできないよ。とても、できないなぁ』





雨に打たれ空を仰ぎ、自らの両腕を緩やかに広げる。酷く気取った様も元々の美丈夫さも助けて、映えて見える姿だった。
問題はそれを見る者が誰一人いなかったのだが。


「だってそうだろ。俺たちの状況、どこをどう見てもマイナスだぜ。こいつは」

『私は無能でした。ごめんなさい。スタンドDISCは愚か、人質まで失いました。そんな事を言いにわざわざ行くのか?』

そしてそんな問題はすぐに解消される。青娥はそこでようやっと振り向いたから。


「霍青娥。お前は一体これから誰に何を報告するつもりなんだ?ん?答えてみろよ」

『青娥娘々は敬愛するDIO様に、そんな無様を晒すつもりなんだな。幻滅しちまったよ』


ディエゴは含みを持たせたのか疑うほど、薄っぺらどころか穴だらけなオブラートに包んだ言葉を青娥へとぶつけた。


「ふぅ……言うに事欠いて、そんな事を口にするなんて」


青娥は苦虫を噛み潰したような顔を、するはずもなかった。この程度の毒で苦みで、彼女は眉一つ動かさない。
その代わりに、うっすらと微笑み流し目で、ディエゴに熱い視線を送る。言葉を待っている。
そもそも、DIOに会いたくないのは青娥に限らずディエゴとて一緒だ。むしろ彼の方が非が大きいのは明らか。

「ディエゴくん、期待してるわよ?」

彼に代案があるのだ。でなければ、青娥が恥を忍んでDIOの元へ行くという提案を無下にできるはずもない。彼女より一歩立場の劣るディエゴが言えるはずもないのだ。
もし、そんなことすら分かってないのなら、考えなしの発言だと言うのなら、と青娥は胸に潜ませる。




殺してしまおうかな、と。





「DIOの元には戻らない。博麗霊夢も今だけは目を瞑ってやる」


青娥は僅かに驚き、片眉をちょっぴり持ち上げた。あれほど執心していた霊夢を後回しにすると言ってのけた。
勿論、嘘かもしれない。だが舌先三寸でも、それを口にするとは青娥は思ってなかった。
それほどの怨嗟をディエゴが纏わせていたことを彼女は知っているからだ。


「俺たちが失ったものは、生贄。天国へ行くために必要な材料共だ」


八雲紫、洩矢諏訪子はいずれもDIOの望むであろう『大妖』や『神』に属する高位な魂を有していた。
彼曰く、強大な3つの魂が、タガの外れた極悪人36人の魂の代替になるらしい。
そこでディエゴは不敵に口角を吊り上げた。
社会のクソッカス共の百にも満たない数で、奴らの代えになる。胸がすく。心が晴れやかだ。これで笑わずにいる奴の気がしれない。


「それと釣り合うモノの目星を、貴方は付けていると言って下さるのね?」
「さて、それはどうだろうな。俺は生憎、妖怪や神に詳しくはないんでね」


嘘だ。青娥は即座に看破した。間違いなくディエゴは幻想郷縁起に目を通している。
DIOは初対面で青娥のことを仙人だと言っていた。それどころか、幻想郷縁起を読んでいたことも漏れなく口にしている。
そんな見え透いた嘘を最後にディエゴはそこで黙った。その瞳はどことなく挑戦的に見えた。そしてそれは気のせいではない。

「ディエゴくん。そんな嘘が私に分からないとでも?」
「案外、それが嘘でもない。百聞は一見に如かずと言うだろう、字面だけの情報には限界がある」
「貴方が狙うお相手を教えて頂ければ、贄に値するかどうかなんて教えてあげますわ」

ディエゴは、頭を振って溜息を漏らす。それはまたもひどく仰々しく、そして気取っていた。


「贄の価値なんて、そんなモノどうだっていい。俺のつまらない嘘を見抜いて良い気になったか?落胆させるなよ。お前は何も分かっちゃあいない」


ちょっぴりカチンと来た。だが、それを表に出すダメな例は、今目の前にいる。青娥は依然、悠然と言葉を聞くに徹する。


「お前はこれから俺の情報を手に入れる。俺にモノを頼む。それなら掛ける言葉の一つ、撤回しておくことが一つあるんじゃあないか?」


話の続きを聞くのに、対価が必要らしい。青娥は考える。謝罪は、違うだろう。そもそも何に誤ればいいか青娥にはちっとも分からない。
だがここでふとディエゴにしてがした仕打ちを思い出す。


ああ、そういえば。ちょっとだけ意地悪をしたような気がする。だが、これは本当にちょっとだけだ。
だって、さっきまでの彼は本当にテンでダメダメで、充てにされる方が癪だったし。
でもまぁ、今は少しだけマシになった。彼の提案次第だが、いいだろう。これはほんの細やかなご褒美の前倒し。


そう思って青娥はディエゴへと近寄る。意を汲んでか、ディエゴもまた歩み出した。


「協力、ですわね?実のあるお話なら、ちゃあんと乗りますわ。実のある話ならば、ね」


その距離を互いの手と手が交わされる―――握手できる位置まで、臆することなく近づいた。


スタンド能力『スケアリーモンスターズ』も『オアシス』も触れたら、最後だ。
傷を付けるだけで恐竜と化し支配されてしまう前者も、接触するだけで溶解し体表など容易くグズグズにさせる後者も、共に危険極まりない。
互いがその気になれば、一手けしかけられる。そして二人に漂う空気は僅かに怪しくもあった。


そして、両者その手を開いて差し出す。ほんの僅かに早かった青娥が腕を伸ばし切り、ディエゴの掌が納まるのを待った。
彼は躊躇しない。
ディエゴは、青娥の掌を―――協力と言う名の人妖のアーチを、一瞬にして崩れ去らせた。

























ぺちん。



「これで手打ちだ」



ディエゴは青娥の手を、ぺっ、と叩いた。
青娥も分かったであろうに、その手を叩かれるに任せた。
だが、青娥だって、全てを予見出来ていたワケじゃない。ディエゴの腕と手の動きに悪意が無いのかを注視していたから。
だから掌同士をぶつけられた瞬間、ほんの一瞬だけ、呆気にとられた。
つまらなくも可愛げのあるあてつけ、意趣返しなのだと気付くのに、若干の時間を要したようだ。


「あらあら、これでお互いおあいこになりましたわねぇ」


青娥は何故か随分と楽しそうに笑っている。


だが違う。
ディエゴにとって、今のは意趣返しのつもりではない。
そんなモノ決して求めはしない。偶然だ。自らの行為があてつけになっていたのを青娥が口にして始めて気が付いたくらいだ。
彼だって、警戒していたが故にその手を叩くだけに留めただけだった。
彼にとって今のは青娥が口約束をするだけで良かった。青娥がそれを口にしただけで十分だったのだ。
協力するから話を聞かせろ、そのニュアンスならば、ディエゴは気兼ねなく話していた。
裏切るつもりの口約束だろうと一切構わない。
重要なのは、その事実を相手の口から発してもらうこと一点に尽きる。そういった事実の積み重ねが、そのまま相手より高い位置に押し上げるのだと彼は考えているから。
図らずとも、彼もまた邪仙と同じく、その口から割らせたい主義だったらしい。
彼は常に支配する側に立たなければならない。相手より上に立たなければならない。
頭に鬱血を起こした失態を、地を這い蹲った失態を、すぐにでも取り戻さなければならない。
それがどれほど他人からすれば浅ましく見えても、余裕がないように見えても、相手より自分が上だと訴え続けなければならない。
だと言うのに、この女は勝手にワケの分からないことをし出したかと思ったら、勝手に納得して楽しんでいる。
ディエゴはただ煙たくてしょうがなかった。


「さて、ディエゴくん。仲違いも解けたところで、そろそろ本題の程、宜しくお願い致しますわ♪」


まだ話してもいないのに、異様な疲れを感じながらもディエゴは切り替えた。前置きもなく単刀直入に話を再開させる。


「DIOの言う『大妖』や『神』は、本当に今すぐ必要だと思うか?」
「それ以上に優先する何かがあると?」


贄の価値に興味がない、そうディエゴが言っていたことを青娥はふと思い出した。

「お高く止まった連中なんざ、まだまだ潰しが効く存在じゃないかと俺は思っている。そこんところはどうなんだ青娥」
「そうですねぇ。何だかんだ飛び級の化け物はまだ生き残っている。替えが効くという意味なら、貴方の言う通りでしょう」

その半数が妖怪と神で犇めいている事実は、参加者が減った今も変わらない。より精強なモノが生き残るだろうが生贄としてはそっちの方が良いだろう。

「やはりな。だが、DIOの語る天国計画には、一人潰しの効かない人材がいる。誰だか分かるか?」
「私ですわ♪」

即答されたが、ディエゴは正直下らない茶々に一々言葉を返す気になれない。どこからそんな自信が湧くか不思議でならない。
だが、彼女と関係を拗らせる面倒さを身を以て知った彼は、それを保つ意味合いも込めて、無駄な労力を渋々割いた。


「確かにお前なら、たった一人で36人分のクソ共の魂に匹敵するだろうな、なんならDIOの為の生贄になるか?ああ似合いだろうぜ」
「そうね、私とその方がいれば、もはや天国の切符は掴んだも当然。その方―――魂の摘出者がいれば」


邪仙の鋭さにも彼は一々舌を巻かない。それだけの労力は先ほど割いたばかりだ。
結果的に察しの良い彼女の遊びに付き合った方が近道になる、その事実に彼は顔をしかめるしかない。


「そういうことだ。俺たちはエンリコ・プッチの元へ向かう。奴が死んだら全てがお釈迦になりかねない」


エンリコ・プッチの保護。
ディエゴの代案はそれだった。天国に渡るのに必要とされる『大妖』『神』の魂をDISCという形で彼は摘出できる逸材。
それを確保し手元に置いておくことは決して無駄ではない。むしろ必須にさえ思えた。ましてこのようなバトルロワイヤルなら当然だ。
DIOは自らの手で天国を渡ることもまた意味があると言っていた。
つまり、プッチが不在でも何がしかの当て、魂を取り出す手段か何かがあると考えるのが自然だ。
だが、そんなDIOもまたプッチの存在を前提にした上で、天国を渡る方法を語っていたのだから分からない。
恐らく絶対の信頼を寄せているのだろう。プッチに対して彼を親友とDIOは呼んでいた。だから、放っておいても何も恐れることはないのだ。
だが、ディエゴにしてみればそんなモノ知ったことではない。
そんな信頼など不確実なモノを彼が信頼するはずもない。

「もちろん、居場所は掴んでらっしゃる?」
「当たり前だ。プッチは天国計画に必須らしいからな。その動向を押さえないほど俺は抜けてない。10時あたりの話だが、奴らの進路は『果樹園の小屋』だ」

ディエゴは最終的にはDIOさえも出し抜きたい。己のみが天国へとのし上がろうとさえ考えている。
それ故にあわよくばプッチという人材も抱え込みたいとも思っていた。
尤も彼はDIOの親友であるというのなら、それは不可能を極める。ましてDIOの死後に彼の意志を継いで事を起こすほどの狂奔者らしく、正直諦めてはいたが。

「一番新しい情報だとプッチ神父はどうなってたのかしら?」
「随分と居心地悪そうに二人の妖怪と連れていたぜ。そこに4人乱入してきた。そしてまたどういうワケか呉越同舟してやがる」

せめてDIOと会うまでに『傷』を入れさえできれば、主導権を握れる。行動の選択肢が増える。そこまでできれば万々歳だ。
だが状況は切迫している。天国のより詳細な情報を彼から聞き出すのが、関の山だろうか。

「んー?ちょっと多いですわねぇ。万全ならワケありませんが、ディエゴくんだって本調子じゃないですし」
「ただの烏合の衆だ。信じられるか?乱入してきた4人ってのはな、片や命を狙い、片や狙われた連中だとよ。それが揃いも揃って食事会を開く。ゲロっちまいそうだぜ」

ディエゴは顔を歪める。その事情の隅々までは知らないが偽善極まりない振る舞いに彼が快くするワケがない。

「もしかして、その中に聖白蓮が混じってますね?」
「ふん、随分と詳しいじゃあないか。聖白蓮、寅丸星古明地さとり、秦こころ、秋静葉、神に妖怪は5人。そしてジョナサン・ジョースターがそこにいる」
「あらあら、盛り沢山なことで。でもちょっと巡り合わせを感じますわ~」

青娥は対照的に顔を綻ばせる。何があったのか尋ねて下さい、そう誘うように笑っていた。ディエゴは仕方がなしに尋ねてやる。

「どういった仲なんだ?」
「内二人が、私がここで殺した弟子の知り合いなんですよ。うふふ。」
「はぁ、邪仙[ユアンシェン]め…」
「そう。魔女ではなくて私は邪仙。覚えて頂けて光栄ですわ」

本当に嬉しそうにする青娥だったが、ディエゴは無駄な記憶に容量を割いていた自分に嫌気がした。

「しかしまぁ、なるほど。放っといても勝手に自滅しますわね。これ」
「そういうことだ、そして俺たちはその自滅からプッチを救い上げるのが仕事か、あるいは事を起こすきっかけでも作ってやればいい」

プッチもまた何がしか画策していると考えるのが妥当だ。少なくともあんな連中につるむ理由などない。彼の本性を晒してなどいないだろう。

「OKですわ。事を掻き回すのは邪仙の嗜み。お任せあれ♪」
「目的はあくまでプッチの保護だがな。可能なら帳尻を合わせる為にも生贄になり得そうな連中を拉致する」

ディエゴの『スケアリーモンスターズ』も青娥の『オアシス』も白兵戦ならば十全どころか十二全の力を誇るスタンドだ。
だが、裏で暗躍するにしても十二全とは言わないが十全の力は発揮できる。
尤も恐竜の傷を介した恐竜化が封じられたディエゴは幾分か劣るが、そこは青娥が勝手に暴れてくれるだろう。


「それじゃ、ちゃっちゃと行きましょうか。時間は限られています」


青娥の行動は早い。いつの間にかその身形にオアシスを纏わせ、どこから取り出したのか分からないエニグマからはオートバイをさっさと取り出し跨っていた。
ディエゴも自らをディノニクスへと姿を変えた、とその時。


「ディエゴくん、後ろに乗りなさい。こっちの方が早いわ」


ディエゴの方を見向き、後部座席をピシっと指差す青娥の姿があった。


「断る。ふざけているのなら後にしろ。後で好きなだけ構ってやる」
「ふざけているのは貴方の方よ。この雨の中、これ以上無茶な運動して戦えるつもりでいるのかしら?」


舌を打った。ディエゴは図星なのだ。連戦したツケがいつ戻って来るかも分からない。身体の負担を僅かでも軽くするのは当然の判断だ。

「それに何より、帰りはプッチ神父に乗ってもらうことになるでしょう?休めるのは今を置いて他にありませんわ」
「どうやって、俺たち二人がそれに乗るつもりなんだ?少しは考えろ」
「何って?運転は私がしますから、貴方は後ろに乗るだけで構いません。結構揺れますから、私の胴に手を回しておけば安全です。あっ、もちろん!オイタはダメですよ♪」

ディエゴは頭を抱えそうになる。そんなこと彼は毛筋一本分も望んでいない。

「そうじゃあない。互いのスタンドを喉元まで突き付け合った状態で俺に乗れと、お前は言ってるのか?」
「そうとしか言ってません。お互いさっきそれをしたばかりじゃありませんか。さあ早く」

そう、これは先の意趣返しの延長に過ぎない。
彼の名誉のために言えば、今更それに臆したかワケでは決してなかった。
だが彼は僅かだけ、そうと割り切れない気持ちが胸にあったのは否めなかった。
それは決して純情などではなく、しかし、彼に残った何かが、踏み入るのを拒んだ。
だがこれ以上、それをよりによってこの女に露呈するのはそれこそ癪でしかない。最悪である。

「それと、合羽代わりにコレも貸しておきますから羽織っといてください」

河童の光学迷彩スーツもズイと投げ出され、ポーチの床に転がる。
奇しくも、合羽としての役割を果たされそうになる河童スーツに憐れみを持つより、ディエゴは自分の現状を憐れんだ。
光学スーツを渋々と羽織ると、青娥の言われるがまま、彼女の胴へ遠慮気味に手を回す。


「森の中を無理やり突っ切りますから、しっかり捕まってて下さいねぇ!」


本来、オートバイで森林を突っ切るなど、無謀にも程がある。
まして青娥は、当然のごとく無免許運転。木の幹は元より木の根に阻まれ、横転するのが関の山だ。
だが迂回する時間などない。最短距離で向かわねばプッチを保護するチャンスを逃してしまい兼ねない。
だから問答無用なのだ。
例え火の中、水の中、森の中。
青娥は自身にある騎乗への早熟の才があることを無条件無根拠に信じ、ただエンジンをかけるだけ。
けたたましい音で嘶き、オートバイが唸りを上げる。
エンジンが駆動する。思いの外揺れを感じたディエゴは青娥の言葉通り、今度こそしっかりとその胴に腕を回した。
その感触をしっかりと肌で感じた青娥は、ほんの少しだけ気を良くして、オートバイを発進させる。
ディエゴも最初こそ青娥のスタンドに警戒はしていたものの、ここで仕掛けるメリットの無さを考えれば備える方が頭が悪い。
その内バカらしくなり、青娥の背に身を預け、少しでも身体を休ませることに専念した。

「上手く立ち直れましたね」
「何がだ」
「正直、私貴方に落胆してましたから。少し安心しましたの」
「そうか」

彼は生返事しかしていない。
そもそも猛スピードで風を切るバイクの上にいるのだ。それなのに青娥と言えば、普段の煩い声を使わず何気なく声を掛けてきた。
そんな声量でまともに聞き取れやしない。あるいは、今、彼に聞こえた言葉は幻聴だったのではないかとさえ思っている。
青娥は、上手く立ち直れた、と言った。
ディエゴは下らないと思う。それは彼にとって永遠に纏わり付くもので、立った座ったなどの問題ではない。
彼は彼以外の全ての誇りを八つ裂きにしたいだけ。その為に、全てのヒトの上に立つ。頂点に上り詰め徹底的に支配する。
それなのに、たった一人の少女に、どういうワケか気取られた。
屈辱だった。
自らの失態にも、幻想郷そのものも、怒りしかない。
だが、同時に彼は賢く生きることができた。そうして生きるしかなかったから。
そうして何とか切り替えるに至る。天国への到達と幻想少女の蹂躙、その二つを最優先事項に押し込めることで、あの少女は一端忘れることができた。
ただ、ただ、本当にそれだけのこと。





















―――だが、彼は幻想郷を忘れない。許さない。その全てを否定して、必ずのし上がる。あの少女はその代表、幻想郷の象徴なのだ。
神が妖怪、幻想郷に住まう者共に限らず、只の人間にスタンド使いまでも、彼女を護るべく馳せ参じ、彼の道を阻んだ。
『祝福』されているのだ。どうしようもなく。
彼と違って。
濁流に呑まれ救われる、ただそれだけしか神サマは微笑まなかった。しかも救ったのは母ただ一人、そんな彼と違って。
そして守れなかった。母親のことではない。祝福のない彼が幼くして、母親は失うのはもはや当然としか言えないことだから。
彼が守れなかったのは、彼が強くなろうと心から誓うきっかけ。母親より賜った『どんなに貧しくても気高さだけは忘れてはならない』という言葉を、彼は守れなかった。
『気高く』生きるには余りにも彼は幼く、なのに環境だけは一際厳しく。
たった6歳の男児が気高く生きるには、せめて見返りのない親の愛が必要だった。まして彼は農奴の雑用として働く、畜生と肩を並べる地位。心は荒むばかり。
だが、彼はきっと気高く生きようとしただろう。それまで受けた親の愛は、どうしようもなく本物だったから。
しかし、1年は持っただろうか、いや半年も持たなかったかもしれない。次第に摩耗する心を癒す誰かなどいるはずもない。
いつからか暗がりの差した心は幾らでも悪に染まるのを良しとしていた。気高さはもう、そこにはなかった。それを埋めるように彼は強さと地位を求めるようになる。
偶然にも彼は母親の言いつけを守っていた。母は望んでいた。『気高さ』と『強さ』の二つをディエゴに望んでいた。
たった一つだけれど、彼はしっかりと守っていた。
そして『強さ』だけを求め出した途端、彼はどうしようもないほど明瞭な道筋が一つだけ見えるようになった。その道をなぞるためには何だってした。何だってできた。何もかも。
馬術も、地位も、食い物さえ奪い尽くして、彼は今まで生きて、そしてここにいる。
彼は悪を成す『祝福』を受けていたのかもしれない。今、彼と隣り合っている者もそんな巡り合わせの中にいるからなのかもしれない。


そんな彼が今一度、決定的な敗北と気の迷いを経て願うのはやはり一つしかない。
奪う、ということ。その幸せを侵し、その未来を略奪すること。それしかない。
『強さ』しか持つことの出来なかったディエゴでは決して持ち得ない『気高さ』と『強さ』の象徴を奪いたくてしょうがない。幻想郷[ゲンソウキョウ]の少女を無駄にしたくてしょうがない。
賢しらに言葉を並べ嘯き嗤う気取り屋共、命も奪わずして遊びに呆ける強さを騙る気取り屋共、全てが全て有罪だ。
博麗霊夢はもちろんそこに住まう罪人どもの誇りを辱め、尊厳を蹂躙し、殺害する。


是は、己が欲望だ。是は、己が心を雪ぐ戦いなのだ。
断じて。これは断じて今は亡き母親に弔うモノではないのだ。
親と子の持つ因縁の根深さを、親とその子に流れる血の色を、その深さを見たことがあるのなら分かるはずだ。
それは一生付いて回る。親か子か、どちらが死んでも、因縁は死なない。むしろより強固に親も子も縛り上げる。
だがら、ディエゴも一緒だ。そう見せてしまうだけで、彼に母を尊ぶ思いなど、もう持てはしない。だって彼は『気高さ』を捨てるしかなかったから。気高さなくして尊べなどしない。


だが、それでも幻想少女と相対するたびに思い出すのだろう。ちょうど神サマ―――洩矢諏訪子と戦ったときのように。
母と自分を救わなかった連中だと。たった一つしか築き上げられなかったモノすら奪う略奪者だと。
だからこそ因縁だ。
どこを皮切りにしても、彼という存在に根差しているのは紛れもなく母なる大地なのだから。


「ねえディエゴくん」
「何だ」
「私たちに土を付けた二人にはオトシマエを。しっかり取ってもらいましょうね」
「意外だな。お前は誰かに仕えてさえいれば何だって構わないと思っていたが」
「いいえ、私これでとっても自分のことが大好きなので。自尊心は常に高く『気高く』なくてはね」
「……………」
「何より私の高い自尊心。それを容易く超えてしまうモノをお持ちの方にこそ、仕えたいと思うのです。だから汚名は必ず雪ぎます」
「…………………」


そして、それは前にいる邪仙も同じことだそうだ。
それは幻想少女としてか、もう一つの方か、あるいはその両方、彼を苛まし続ける因縁の塊。それがディエゴにとっての邪仙[ユアンシェン]霍青娥。




【真昼】C-4 北西端

【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:タンデム、体力消費(大)、右目に切り傷、霊撃による外傷、 全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創、 全身の正面に小さな刺し傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)
[装備]:河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)@東方風神録
[道具]:幻想郷縁起@東方求聞史紀、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:プッチの保護へ果樹園の小屋へと向かう
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
5:主催者達の価値を見定める。場合によっては大統領を出し抜いて優勝するのもアリかもしれない。
6:紅魔館で篭城しながら恐竜を使い、会場中の情報を入手する。大統領にも随時伝えていく。
7:レミリア・スカーレットは警戒。
8:ジャイロ・ツェペリは始末する。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『8時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。



【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:タンデム、疲労(大)、霊力消費(小)、全身に唾液での溶解痕あり(傷は深くは無い)、衣装ボロボロ、 右太腿に小さい刺し傷、両掌に切り傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)、 胴体に打撲、右腕を宮古芳香のものに交換
[装備]:スタンドDISC『オアシス』@ジョジョ第5部
[道具]:オートバイ
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:プッチの保護へ果樹園の小屋へと向かう
2:DIOの王者の風格に魅了。彼の計画を手伝う。
3:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
4:八雲紫とメリーの関係に興味。
5:あの『相手を本にするスタンド使い』に会うのはもうコリゴリだわ。
6:芳香殺した奴はブッ殺してさしあげます。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※DIOに魅入ってしまいましたが、ジョルノのことは(一応)興味を持っています。






























それから少しの時間を経て、霍青娥は慣れない悪路を気力と根性で無理やり乗りこなしていた。
スピードを殺しつつも乗り慣れて若干の余裕が生まれてきたようだ。
だから彼女は顔を上げて、木々の切れ目よりそれを見た。


結果から言うと、この偶然のお蔭で間一髪を逃れた。


流星が空で瞬いたかと思うと、石とは言えないサイズの岩がこちら目掛け飛来して来たのだから。
今回の要石は、さながら強大な『引力』に引き摺られるように、大きなクレーターをその地へと刻み付けることになる。


そう、出会いとは引力、だった。




※ディエゴと青娥は【真昼】時点で C-4 森林 まで移動しました。



174:誰殺がれ語ル死ス 投下順 176:
174:誰殺がれ語ル死ス 時系列順 176:
153:スターゲイザー ディエゴ・ブランドー 180:Quiets Quartet Quest
153:スターゲイザー 霍青娥 180:Quiets Quartet Quest

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最終更新:2018年01月23日 21:22