Quiets Quartet Quest

ディエゴ・ブランドー
【真昼】C-4 魔法の森


 例えば、こういう事だ。
 ある土地では荒くれ者で名が通っていた一羽の鷹がいた。空の帝王を冠すそいつの悪行に、地上の動物共はお手上げだ。なんせ、空を飛んでいるわけだからな。
 だがその鷹は、力は確かなものであったが脳の方は残念極まるモンだった。樹上か見晴らしのいい岩肌にでも降りりゃあ良いものを、あろうことかそいつは羽休めに選んだ場所を見通しの悪い森の中にしちまった。
 結果、鷹は背後から襲い掛かってきた大蛇に丸呑みにされた。空中というアドバンテージを捨て、大した考えもなく地上に降り立った時点でそのバカ鷹の人生、いや鳥生は呆気ないフィニッシュを迎えたわけだ。


「───お前ら二人は、森の中なら休めるだろうとタカを括った、そのマヌケなタカと同じだ」


 鉄板をも食い込み貫きそうな程に鋭い恐竜の鉤爪が、エンリコ・プッチの背と首元に回った。そのあまりの早業に驚くよりもまず、彼ら二人の攻撃性こそが真に恐ろしいとプッチが悟ったのも無理ない。


 空の旅は思いのほかに短いフライトで終わった。要石はプッチと静葉がほんの一息つき終わらない間には、既に魔法の森中心部への降下を選んだらしい。彼らは石の気分に進路を任せる立場でしかなかった為、これは仕方の無い結果だと受け入れる他ない。
 無論、偶然にも着地点に二人の男女の姿があったことなど、予測はできても回避しようがなかった。それ故に先のディエゴの台詞には語弊があるのだが、起こってしまった災難に今更文句を突きつけても聞く者など居ない。
 激しい着地の衝撃と共にプッチと静葉の二人組をすぐさま襲ったのは、同じく二人組の男女であった。

 迅い。獲物を発見してから襲撃に至るまでの初動が、恐ろしく迅かった。単なる速度だけでなく、即攻撃に転じる躊躇の無さこそが脅威なのだ。
 満身創痍のプッチ。そして戦士としてはあまりに未熟な静葉では、この殺意の瘴気を振り撒く二人を迎え撃つには迅過ぎる速度だ。
 一点の無駄もない機動と連携。プッチが評したその攻撃性こそが、ディエゴと青娥を脅威に足る外敵だと決定づけた。


「失礼あそばせ。出会い頭で不躾ですけど、こちらも急いでいる身。貴女はこのまま生き埋めにして行きますね」


 空からの来訪者と見るや、駆動させていたバイクから二人して優雅に飛び降り、それぞれ獲物を狩る。ディエゴはプッチの首を狩るために。青娥はオアシスの能力で静葉の首を埋めるためにマウントをとった。
 奇襲を受ける形となった二人は、これに迅速な対処が出来ない。この地で、それは即死を意味するのだ。

「痛……ッ! だ、誰……!?」

 唐突な敵襲に、的外れなセリフでしか返せない静葉。彼女の持つ武器の内、最も使い勝手が良く殺傷力もそこそこ見込める猫草は、とても手の届く範囲に居ない。弾幕攻撃を選ぼうにも、両腕を含む首から下が見る見る内に地面の中へとめり込んでいくのだ。
 まるで底なし沼に押し込められているが如く。これでは、弾幕を繰り出せない。唯一地上に残った小さな頭部を上から鷲掴みとする曲者の顔すら、確認出来ない。

「ぷ、プッチさん! スタンド、を……っ!」

 咄嗟に助けを求めた静葉のこの言葉は、迂闊だと言わざるを得ない。仲間である彼がスタンド使いだと意味もなくバラすような発言など、敵からすればそれだけで警戒心を抱かせる言葉でしかないからだ。
 しかし今、この状況においては静葉の救援要請……その前半の内容が、幸運にもこの窮地を脱する呼び水となった。


「……プッチ?」


 静葉の頭部を地中へと押し込まんとする青娥の豪腕が止んだ。呆気に取られるその有様から、どうやら『プッチ』の名に反応したようだった。

「あららら。もしかして、この子達ってば……ね、ねえディエゴく~ん?」

 やっちゃいましたわ、などとフザけた台詞を漏らしながら青娥は、慌てて静葉から手を離す。あわや殺っちゃわれる寸前の静葉からオアシスの能力はギリギリで解放され、これにて秋神様の生首が土の上に誕生する運びとなった所で事態は収束する。

「あぁ。……どうやらオレ達の探し人は早くも見付かったらしい。コイツは幸運だな」
「この状況で悪びれもせず幸運と言ってのけた、君の図太さと意地の悪さに目を瞑れば確かに幸運だ。私達は助かるのかい?」

 まさに今、プッチの首が胴体から別れを告げ、二体目の生首が誕生する直前だった。圧倒的な身体能力で生命線を握られたと思えば、どうやら事は彼らの早とちりだったらしい。こんな馬鹿げた話も無いが、プッチはそれに腹を立てることなく至って冷静に目の前の襲撃者と会話する。
 その瞳に怯えや怒りといった類の感情は見られない。喉と背に真刃を突き立てられた状態だというのに、彼は一切動じる事なく、反撃の素振りも見せない。
 まるでこうなる事が分かっていたかのように。

「……フン。随分余裕だな? 早とちりとは言え、アンタは今勘違いで殺されかけたんだぜ」
「君の兇手に“本当に”殺意があったなら、私はとうに殺されていただろう」

 青娥はともかく、ディエゴには最初からプッチを殺すつもりなど無かった、と。プッチは言外にそれを突き付けると、ディエゴも口を閉じた。
 図星でしかない。ディエゴはプッチの容姿を把握出来ていた為、空から飛行石が舞い降りてきた瞬間にはもう、目の前の男が件の人物だと直ぐに気付くことが出来た。その上で、敢えて『カマして』やったのだが……。
 現在この場の主導権を握っているのはディエゴらだ。にも関わらずプッチの落ち着き払った様はまるで、自身が手玉に取られていたようにも思えて、ディエゴからしてみると面白くはない。

 まだ、ディエゴは構えを解いていない。プッチは依然として命を握られている状態だ。


「今、少しだけ殺意を沸かせたようだな。ディエゴと言ったか……。
 やはり『気が変わったかね』? 今ここで私を八つ裂きにしてみても面白そうだ、と……君は“そう”考えていないかね?」


 プッチの腕が、喉元に突きつけるディエゴの腕をガシと握った。と同時に、なんとその腕を自身へと『自ら』引き込んでゆく。当然、鉤爪が食い込んだ箇所からは赤い線が僅かに引かれて落ちる。
 その光景を青娥は他人事のようにニヤケながら眺め、生首となった静葉は青い顔で息を呑み、口をパクパクと動かしている。

「……イカレてんのか? オレがこの爪に僅かでも稚気を込めれば、お前のこのコリコリとした頚動脈は真っ赤な大花火を上げる事になる」

 そうは言いながらも、ディエゴは心中である種の寒気を覚えていた。今の自傷行為を行った時点でディエゴに内在する殺意が急速に失われた事を、この神父は悟ったのだ。そしてプッチがそれを悟った事を、ディエゴの方も理解した。だからこその、戦慄である。

「さっきはああ言ったが……君は私を『殺さない』。私達が今ここで出逢ったのは、『そういうこと』なのだ」
「…………なるほどな。厄介者だ」

 捨て台詞のような事を吐きながらディエゴは、掴まれていた腕ごとプッチの身体を気怠げに振り払った。『当初の目的』など、果たす気が失せたのだ。

 ディエゴは最初───青娥にすら言わずにいたが、プッチには『保険』を掛けておこうと、こっそりと傷でも付ける腹積もりでいた。理由など語るまでもない。後々の都合を考えてのことだ。
 事実、意図せずした形で彼の首筋に傷を刻むことに成功した。この『意図せず』という部分が、ディエゴがプッチを厄介と評した最たる理由である。
 ディエゴにとってプッチ並びにDIOの配下達とは、表面上だけでもある程度の友好を築いていかなければならない関係だ。必要以上の距離にまで近づく必要はないし、青娥に至ってはソリがまるで合わないワケだが、少なくとも仲違いをするわけにいかない。
 それ故に、あくまで『こっそり』と傷を付ける必要があったのだが、結果は御覧の通りだ。

「やれやれ。ただでさえ起き上がるのにも精一杯の負傷なんだ。首の切り傷だけで済んだのはやはり幸運だったのかな」

 手頃な木々の葉を千切り、たった今付けられた首元の血を悠長に拭き取っている。
 彼はディエゴのスタンド『スケアリー・モンスターズ』の真価を勿論知らない筈だ。だがこれから先、手を組むに当たってその能力は嫌でも伝わるであろうことは想像に難くない。とすれば、堂々と傷を入れてしまったこの現状で不用意に恐竜化など施せば、どのような顰蹙を買うかは考えるまでもない。
 プッチにとって今までのやり取りは、そんな未来までをも予測させる領域にはなかった。偶然、運良くプッチはディエゴの胸に潜ませた奸計を阻止したという事になる。

 その偶然性を評して、ディエゴは彼を厄介者だと断定する。なるほど、あのDIOの友人ともなれば一癖も二癖もあるのはある種当然。それが痛感できた。


「しかし、驚いたな……。君は随分と私の友人に似ている」


 辺りの岩に腰を掛けながら、プッチはここに来て一番の驚愕らしさを浮かべながら言う。その穏健な雰囲気は、もはやディエゴらとの確執などここでは起こらないと確信し切っているような余裕すら垣間見える。

「奴からも驚かれたよ。オレに双子の兄弟なんぞ居ない筈だがな」
「ふむ。やはり君とDIOは既に知り合っていたか。そんな気もしていたが」

 身に纏う服飾から連想される職通りに、穏やかな男だと感じる。彼が何故、一介の吸血鬼と交友関係を持てたのか。底知れぬ因とはまるで『運命』とも言い換えられる。口に出すと安っぽい言葉であるが、そうとしか言えない事実もまた、この世には多く存在する。

「ディエゴ・ブランドーだ。そっちの女は」
「はぁ~い! 只今お褒めに与らせて頂きました、仙人の霍青娥ですわ。どうぞこれからはご贔屓に♪」

 待ってました、と言わんばかりに。フワリと小さな、見てくれだけは上品さを纏ったお辞儀を披露しながら、青娥は早速いつもの胡散臭い笑顔で媚を売り始めた。

「見てのとおり、頭が少々お花畑の女だ。基本的に無視した方が精神の安定の為だぜ」
「ちょっとディエゴくん~? そういう悪質な印象操作はお姉さん、良くないと思いますわよ?」

 敬愛するDIO様の御友人ともあれば失礼の無いよう……という構えだろうか。果たして青娥はいつにも増した愛想を振り撒き、人畜無害な自分を演出する。尤も彼女の場合、自分を本気で差し障りのないお利口さんだと思い込んでいる節もあるのが周囲の人間にとって面倒臭いのだが。

「仙人……?」
「はい! ええもう、それはもう! わたくし、レパートリーとして様々な仙術が扱えますの。きっと神父様のお役に立てますわ」

 グイグイと迫る青娥の押し姿勢に、流石のプッチといえど若干引き気味。助け舟を乞うような視線で彼はディエゴを見やるも、ディエゴは青娥に関してはとうに諦めているらしい。首を横に振る仕草だけで、彼はこの救援要請を蹴った。

「……まあいい。君たちはどうやら私を尋ねてここまで来たようだが、改めて自己紹介としよう。私はエンリコ・プッチ。DIOとは昔からの友人だ。
 そして、そこで埋まっている彼女は……」

 ここで初めてプッチは、蚊帳の外にされつつある相方を紹介するべく視線を向けた。青娥のオアシスの術中にハマり、虚しくも気味の悪いオブジェと化していた秋静葉の不貞腐れた顔(のみ)がそこに生えていた。

「……秋静葉、よ。取り敢えず、早くここから出して欲しいのだけど」

 拗ねながら彼女は、三人の視線を集める。全く情けない姿だが、話を聞くにどうやら生き埋めの危機は去ったらしい。それを悟ったと見るや、己をこうまで追いやってくれた女へと敵意混じりの懇願を放った。

「あら、これは失礼。貴女、地味だから忘れちゃってました。もっとも、お顔の半分は惨い火傷に見舞われておりますけど。大丈夫?」

 これを嫌味や皮肉でなく、素で吐いているというのだから、青娥という女の失礼にも程がある気質は初見の二人にも見て取れた。こんな態度の輩とこれから手を取り合えるものなのかと、静葉は早くも先行き不安の暗雲に包まれる。
 ごめんなさいねと、一応は謝罪の言葉を述べながら差し出した青娥のその手へと、早速静葉は取り合おうとする。キュッと握ったその腕からオアシスの能力が伝播され、静葉を取り囲む土壌はドロドロと溶解を開始し彼女を自由にした……


──────その瞬間に、新たな兇手が静葉を襲った。




「ヒ……っ!?」



 短く漏れた悲鳴の発生源は、静葉の口からだ。彼女の双眸より1センチも満たない至近距離で、鋭く光る鉤爪が真っ直ぐに伸びていた。


「……どういうつもりだ?」


 地上へと復帰できたその瞬間、静葉の目の前に恐ろしいスピードでディエゴの牙と爪が迫っていた。いち早くそれを察知したプッチが、スタンド『ホワイトスネイク』を顕現させてその両腕を掴み止めたのだ。

 ディエゴとプッチの視線が、再び結われた。

「どういうつもりだとは、おかしな事を言う。それはこちらの台詞だ……ディエゴ」

 突如として静葉に叛意を剥き出しにしたディエゴの方が、何故だか疑問に塗れた表情を作っていた。先のプッチとの小競り合いとは違い、今のディエゴの瞳には本物の殺意が混じっていたように見えた。だからプッチはスタンドで静葉を守ったのだ。

「じゃあ言い直そう。───どういうつもりでアンタは、こんなガキとつるんでいる?」

 ゆっくりと、ディエゴは静葉へ差し向けていた腕を下ろしてプッチを睨み付けた。

「その過程諸々を、これから話していく所だったろう。なんだって君は彼女を殺そうと?」

 収まっていたはずの火花が、再び辺りに舞い始める。静葉は、自分が殺されかけた事を今更ながらに悟ると、遅れてドッと汗が噴き出てきた。

「殺そうとした? オレが、このガキを?」
「そう見えたがね」
「なるほどな。だがオレにその気は無かったさ。いや、正確には『この程度』の攻撃など、防いで然るべきだと思っての行動だ」

 その気は無かったと言う。しかしその殺意を全身に受けた静葉は、彼の言葉が嘘だとすぐに分かった。
 あの地底の八咫烏と対峙したのを最後に感じることの無かった、自身を蝕む命の危機をたった今……この肌で感じた。

 何故? どうして自分は、謂われなき殺意を立て続けに浴びなくてはならなかったのか。静葉の疑問は、至極当たり前の感情だ。

「さっきも思ったが……お前と違ってこの静葉とかいうオンナは圧倒的に『戦い慣れていない』。オレ達同様、ゲームには乗っているんだろうが……戦闘自体はとんだ素人だぜコイツは」
「だから殺そうとした、と?」
「その気は無かったと言ったろう。抑え目で脅したつもりだったが、まるで反応出来てなかったどころか、情けない悲鳴まで漏らす始末だ。アンタと組むぐらいだからもう少し動ける奴かと思っていたが……期待外れもいいとこだ」

 傍から聞けばディエゴの言い分は暴君そのものと言った具合で、裏返せばその言葉は『使えない木偶の坊など連れても無駄』という、勝手極まりない主張である。
 しかしディエゴにも翼竜達からの情報網により、先刻この秋静葉が強大な妖怪である霊烏路空を、ほぼ単騎での討伐に成功していた事は既に伝えられている。少なくとも『使えない木偶の坊』と言い切れるほど、静葉が役立たずでない事ぐらいは承知の筈なのだ。

 そういった認識があって尚、彼が一方的に静葉に牙を向けた理由は……彼個人の感情がその腹に澱んでいたからだと、本人が自覚しての狼藉なのだろうか。
 幻想郷縁起に掲載されていた秋静葉の項によると、彼女は幻想郷の野良神様───紅葉神である。大した信仰もなく、力もその辺の雑魚妖怪並。ゆえに彼女に人々を救う能力も導く目的も有りはしない。
 そしてその妹───最初に殺された秋穣子は、よりによって豊穣神だと言う。大地に豊かさをもたらし、人々に恵みを与え、対価として信仰を受ける存在。
 虫唾が走る。それは結局の所、この世に不平等を生み出す輩なのだ。彼女の機嫌一つで作物は病み、土地に貧困差を発生させ、結果人間社会にも弱肉強食を連鎖させているようなモノ。独裁者と何ら変わりはない。
 ディエゴの生きてきた世界に、秋穣子並びに神サマの類は一切微笑もうとしなかった。それがどんなに人間主観な捉え方であり、自分勝手な価値観だと分かってはいても。


 気高さをも捨てたまま成長を遂げたディエゴには、目の前の秋静葉すら憎悪の対象にしか映らない。
 いくら手を組む相手であろうが、全ての偏見を取り払って握手を交わすなど……そう簡単に妥協できない。


「静葉は、この私自らが『見込みがある』と選んだ相手だ。軽率な真似は自らの首を絞めるぞ、ディエゴ」
「そうよぉディエゴ君。今のはちょっと流石に静葉ちゃんが不憫だわ」


 邪仙の同情を貰う事が果たして名誉か不名誉かはさておき、ディエゴの向こう見ずな行動はこの女とて見逃せなかったらしい。彼女はここぞとばかりにディエゴへと非難の目を向けた。

「よくもまあ、ぬけぬけとオレを非難できるな。オレが今、爪を立てずともお前は同じ事をしたんじゃないか? なあ……邪仙」

 憎らしい笑みと共にディエゴは、邪なる仙人の真意を言葉で射抜く。聞き捨てならぬ言葉に、プッチも静葉も同時に青娥を見た。
 実に底知れぬ、善意と悪意のどちらともつかない灰色の微笑。一言に言って気味の悪いその顔を円満に開花させながら、青娥はディエゴの言葉に反論で返すことをやらない。
 それはつまり、肯定であると同義。

「……分かっちゃいました?」
「ムカつくことに、お前の考えそうな事の予測は段々付くようになってきたんでな」
「言い訳させてもらうけど、私は別に静葉ちゃんを殺そうとなんかこれっぽっちも考えてなかったわ。ただディエゴ君と同じ様に、ちょっと試してやろうと、ね」

 悪意はない。殺意も否定するが、邪念はあったとあっけらかんに宣う。要はディエゴも青娥も、この秋静葉という弱小の存在意義について甚だ疑問があったのだという。
 二人からして見れば野良猫にちょっかいを掛けた程度の戯れなのだろう。しかし当事者の静葉にとっては不条理極まりない厄難。

「ディエゴ。それと青娥だったか。私と静葉はさっき、ちょっとばかし『運動』してきたばかりなんでね。……次同じことをやれば、DIOの同盟と言えど容赦は出来ない」

 プッチがスタンドを傍に立てながら宣言する。聖白蓮から貰ったダメージなど気にもしない素振りで、瞳の中に一層と敵意を滲ませて。


「───プッチさん。私の事は、気にしないで。今のは仕方ないこと、なんだから」


 震える膝を押さえつけながら、静葉が立ち上がった。意外そうな目で彼女を見やったプッチをよそに静葉は、自らを試さんと言う邪念を公言した二人の正面へと歩を進める。

「ディエゴさんの言う通り、私は弱いです。そしてこの世界では、『弱い』という事それ自体が罪……。こんな私でも、それくらいは重々承知しております」


 まずは、自覚するところからだ。
 私は弱い。ここの四人の中では圧倒的に最下層。最底辺。
 先のやり取りで彼らが私の実力を推し量った様に、私にも分かった。彼らの強さが、肌へと直に埋め込まれた。


「私には時間が無い。その限られた短い時間の中で“強くならなければ”という境遇が、どれほどに艱難辛苦の道程なのかも理解してます。
 敢えて言いますが、私の目的は『ゲームの優勝』です。その為には泥水を啜り、心臓だって捧げるつもりです」


 人は簡単に強くなることは出来ない。まして一朝一夕であれば尚更。
 故に必須なのだ。針の隙間のように狭い死線と死線の間(はざま)、そのギリギリを縫う崖端歩きを、絶え間なく継続させるような神業が。
 少女へと求めるにはあまりに過酷な試練。それは単に実力を身に付ければ突破できる類の路ではない。


 秋静葉は、『ナニ』と戦い続けなければならないのか。
 本当に向き合わなければならない『敵』とは誰か。
 その正体を真に知ることが出来なければ、彼女は負ける。
 朧気ながらも少女は、敵の片鱗が見えつつあった。


「私はその答えを探し求める為に……プッチさんと行動する事を決めました。彼の言うDIOさんと会ってみたいと思いました」


 膝の震えは、いつしか自然に治まっていた。
 路を認める視線は、自ずと前へ向いていた。

 こんな努力方針みたいな戯言をつらつら並べたところで、彼らがちょいと気まぐれを発揮すれば、自分などすぐに肉塊にされる。
 それでも、受け入れてもらわねば困る。身の振り方を集団に依存した時点で、静葉一個の意思など彼らから見れば魑魅魍魎と何ら変わりないのだ。

 やがて、弱き紅葉神の祈りは通じたのか。
 三人の静葉を見る視線が、どこか変色したように思えた。


「いーんじゃないかしら? 可愛げあるし、そういう野心はディエゴ君と通じる所あるかもね~」
「……オイ。誰がこのイモ女と似てるだと?」
「まあまあ♪ 何だか採用面接みたいな空気になっちゃったけど、私は元々静葉ちゃんの同行に反対してたわけでもなし。仲間は多い方が楽しいと思うわよん」


 ヨロシクねと、青娥は新しい友達でも出来たみたいに寄り添い腕をとった。その朗らか極まる満面の嬉々に、下心も腹黒さも感じ取れない。
 そんな光景を、ディエゴだけは別の側面から眺めている。青娥はどうやら静葉を迎え入れる気らしいが、彼女は何も静葉を気に入ったから手を取った訳では無いのだ、決して。
 そして、だからといって利用するつもりかと言えばそうでもない……というのがディエゴから見た総評だ。


 霍青娥。彼女は面白い物や強い相手に付いていきたがる性質だ。そんな尻の軽い女が、秋静葉などという特筆すべき箇所も無い野良神に興味を抱くかと言えばNOだろう。
 青娥は同郷の民であるにも関わらず静葉をよく知らずにいた。つまり彼女にとって静葉など元々アウトオブ眼中であり、傍迷惑な興味欲を引き出すに至らない程度のちっぽけな存在なのだ。

 「仲間は多い方が楽しい」と、彼女自身が放った言葉に嘘はない。それ以上もなく、それ以下もなく。
 本命のプッチに付いてきたオマケのオモチャ。良いとこ、同性の話し相手レベルだろう。


「ディエゴ君も妙な敵対心は捨てて、たまには素直に受け入れましょうね」


 気持ち悪い以外の感想を持てそうにないウインクを受け流しながらも、ディエゴは胸糞悪い感情の捌け口に困る。

 敵対心、と言ったかこの女は。

 ディエゴが幻想郷の、特に『神』と敬称される少女達へ一段と憎悪を抱いている事実を、青娥は何となく勘づいていたのだ。それは先の生意気な唐傘妖怪へ与えた過剰な暴力を見ても、漠然と察せられる感情ではある。
 静葉に対しても同じだ。ディエゴ自身は彼女へと仕掛けた先程のやり取りに対して「本気の害意はなかった」とハッキリ発言している。その否定も、青娥の前では意味を成さなかった。
 プッチが止めていなければ、静葉はさっきの時点で確実に殺していただろうから。衝動的な殺意をコントロール出来ずにいたディエゴによって。


(オレの全てを見透かされているようで、本当にムカつく女だ……)


 静葉よりも寧ろ青娥への拒絶感の方が、今となっては大きい。どちらかと言えばそれは性格の合わなさ的な意味合いも多いが。
 一方の静葉に関しては……青娥とは別の意味で苛つく。それは、泥水を啜る覚悟で生き延びようとする少女の姿が、かつて苦痛でしかなかった少年時代を生きた己自身の姿と重なるからかもしれない。
 「ディエゴと通ずる野心がある」と言った青娥の言葉は、実に的を射ている。だからこの静葉は、どこかの時点でオレ達を簡単に裏切るのだろうなと、そんな予想も今のディエゴには容易いものだった。


「……OK。いいぜ、オレもお前を受け入れようと思う。秋静葉。一緒に来いよ」


 似た者同士、などではない。コイツはあくまで、他から奪って生き抜こうとしてきた『昔』のオレに似ているかもしれない、というだけだ。
 そんな言い訳ともつかない台詞を心中で己に投げつけ、ディエゴは査定する。この少女が、果たして踏み台に相応しい存在足り得るかを。

 そしてきっと、それはお互い様なのだ。
 秋静葉もまた、自分を取り囲む全ての天高き断崖へと対し、頂点への高さを査定しているに過ぎない。
 乗り越える事が可能だと判断すれば……おぼつかぬバランスであろうと彼女はそこに足を掛けるだろう。高みがより天に近いほど、一歩でも踏み外せば脆弱な少女の肉体では落下に耐えきれない。卵の殻でも割れるように、容易く砕け散る事になる。


「話は纏まったかね? ならば少し時間をとって話を聞こうじゃないか。今度こそ、な」


 円卓に渦巻く思惑を、この神父が詳細に感じ取れているかは本人のみが知る。
 プッチとて遊んでいるつもりはない。巻き起こった邂逅に彼の目指す天国へと導かれる『引力』が……有るか、無いか。積石としての役目をこなしてくれるか、否か。


 揺るがぬ宿願を抱く男にとって、大切な事はそれのみなのだから。





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽


 ここ魔法の森は幻想郷の誇る危険スポットの一角として広く知られている。今でこそ抑えられてはいるが、無数に生えた妖しげな魔法キノコの醸す瘴気により、通常であれば非装備や専門知識無しで立ち入ることは等しく無謀である。
 大きく立ちはだかった大樹の広げる自然の傘が疎らに注がれる雨粒達を弾き、隠れ家や雨宿りとして選ぶには優秀な土地だ。周囲の薄暗さに常時警戒を絶やさない熟練者達にとっては、だが。

 プッチと静葉。ディエゴと青娥。引き合うように逢わさった四人の根底にあるのは、前提として『ゲームに乗った者』である。それぞれがそれぞれに、大なり小なりの争いを引き起こしてきた者同士。当然ではあるが、それなりに疲弊もある。
 特にプッチとディエゴは相当の負傷だ。表面的にはそう見せなかったが、先程のいざこざとて随分な無茶をやっているのも確か。こうして巨大な木の根に腰を下ろし、口だけを動かす時間も充分な休息となる。


 ディエゴらがプッチを尋ねてきた理由やDIOとの事も含め、現在把握している情報、出会ってきた相手など。掌中に握る全てとは言わずとも、共有しておく事柄はなるべく事細かに伝えられた。


空条徐倫に出会ったのか……」


 剛直の糸と普通なる魔法使いの洗礼を受け、清々しい程に敗けたという事実も包み隠さず伝えられたプッチは、宿敵の姿を脳裏に浮かべながら表情を強ばらせる。

「お恥ずかしい話、一蹴されたと言っても否定できない顛末でしたわ。まこと、曲者ですねえ」

 他人事の様に語る青娥の上っ面に、屈辱の色は皆無だ。恥ずかしげなく、一種の余裕すら構えて微笑みを浮かべるその様こそ、慙愧に堪えないと卑下されるべき面構えかもしれない。
 青娥には青娥なりのプライドがある筈だが、敗北してしまった事実をいつまでも引き摺ってコンディションに悪影響させるような醜態を見せるなど、それこそ彼女のプライドに障る。先刻、紅魔館前にてディエゴと意見を違えたのもそういった気質が要因だ。
 風を受ける柳のように、青娥の心はただそこに垂れ下がる。風評も罵声も、緩やかに受け流して心の水面を保つ。決して大きく波風を立てない独自の精神は、並大抵の波紋では揺れたりしない。その一点だけを取り上げれば、彼女は実に妙妙たる仙人なのだろう。


「ジョースターを決して侮るな」


 プッチが短い教訓を呈す。それは彼にも、幾度なる辛酸を舐めさせられた過去があるからに他ならない。話を聞くに、空条徐倫と霧雨魔理沙とやらは致命傷を負わされた空条承太郎博麗霊夢の二人を救助する為に馳せ参じたらしい。共に縁の深い者同士、必死だったのだろう。
 博麗の巫女についてプッチはよく知らないが、人からも妖からも好かれ、幻想郷の中心に鎮座する重職を担う少女らしい。紅魔館で敗北した後も様々な人妖から手厚い保護を受けている経緯を聞くと、彼女の重要性も想像できる。


 なるほど。『持っている』のだろう、その少女も。


 運命という言葉を強く信仰するプッチにとって、博麗霊夢は恐らく───かなり厄介かもしれない。
 もし霊夢がここから奇跡的な復活を果たそうものなら……DIOやプッチにとってのジョースターの様に、運命を味方につけた『敵』になりかねない。
 運命に愛された者の強さがどれ程に恐ろしいものか、男は知っている。ましてやあの承太郎と行動を共にしているというのだから、その二人が殺し合い序盤から早くも邂逅していたこと自体、運命的なものを感じずにはいられない。

 それはまさしく引力だ。プッチがDIOと再会を果たしたように、承太郎と霊夢が出会ったことに何か『意味』があるというのなら……それはきっと、『特別』な導きなのかもしれない。決してあってはならない、恐るべき奇跡。


「ジョースターねえ。……神父様、ジョースター家とは一体なんなのでしょう?」


 ジョースターを侮るな。プッチのこの忠告に対し、青娥は兼ねてより疑問に思っていた核心を突いた。彼女からしてみれば、精々がDIOの因縁の相手……その程度の大雑把な認識である。そしてそれは彼女だけに非ず。静葉は勿論、ディエゴだって首を傾げずにはいられない。


 プッチは空条徐倫との因縁に決着をつける為、幾度も死線を交わしてきた。
 ディエゴはジョニィ・ジョースターと聖人の遺体を巡り、大陸中で火花を散らしてきた。
 静葉はジョナサン・ジョースターというただの人間に、歴然たる力の差を見せ付けられた。
 青娥は初め、遠巻きに目撃したジョルノ・ジョバァーナから言い知れぬ風格を感じ取り、己の欲を駆り立てられた。
 そしてDIOはある未来において、空条承太郎というスタンド使いと戦い───敗北している。
 因縁の大小はあれど、ここにいる彼ら彼女らはジョースター家と対峙している者達だ。





 この場の『悪』達に限った話ではないが、参加者の中には名簿の選考基準に思考を巡らせる者も増えてきた頃合だろう。

 そろそろ誰もが疑問に思い始める。

 『ジョースター』とは、何者なのか。





「プッチ。アンタはDIOの死後、ジョースターのルーツを調べ直したんだったな」

 ディエゴは先程チラリと聞いたプッチの言葉を咀嚼し、改めて確認をとった。プッチはそれに短い肯定で返すと、ディエゴは渋顔で名簿を取り出し、睨み付けるように上から目を通す。
 幾らか続いた無言の時間は、やがてゆっくりと破られていく。重要なのはやはり参加者名簿だ。



「まずは上から───ジョナサン・ジョースター」



 宿縁のルーツ。全てはこの男とディオから産み出された血の因縁から物語は始まる。彼はDIOの大学時代の友人であり、その類まれなる爆発力と精神力にディオは三度の敗北を味わったという。
 そしてプッチがつい先程、ホワイトスネイクによりその精神を取り出して沈めた男の名でもあった。完全に殺害したわけではないが、DISCがこちらにある限り無力同然。恐るるに足らず。



「次は───ジョセフ・ジョースター



 DIOをエジプトにて討ち倒したメンバーの要。老いてなお健在である洞察力と意外性に加え、厄介な事にここのジョセフは若き日の最盛期であるという。
 ジョースターの中で最も問題児と云われた彼に、プッチは大敗を喫した。ディエゴの翼竜によると、彼は近隣の香霖堂にて大妖怪八雲藍の討伐を成したという情報があり、要警戒人物には違いない。



「そして───空条承太郎」



 最強のスタンド使い。奴の操るスタンド『スタープラチナ』とマトモにぶつかって勝てる者などそうは居ない。完成されたパワーとスピードに加え精密性と人外級の視力。本体の並外れた判断力まで併せ持ち、極めつけに時を止める能力をも備えている。
 かつてエジプトでDIOを討った張本人であったが、未来は逆転。紅魔館にてDIOと一騎打ちの後、瀕死の身体で運び出されている。一番手強いであろう相手だけに、何としてもトドメは刺しておきたい。



「一応コイツもか───ジョルノ・ジョバァーナ」



 彼の成り立ちに関しては少々複雑である。何故ならその名を持つ少年は、DIOの実子であると同時にジョナサンの血も受け継いでいるからだ。ジョースターの人間だと単純に断定できるかは難しい。
 しかし、紅魔館での始終を見ればあの少年が今後味方となる見込みは薄い。スタンドは『ゴールド・エクスペリエンス』と言っていたか。まだ謎の多い人物であるが、青娥曰く「王の素質」は間違いなく備えていると言う。



「更に───空条徐倫」



 ジョースター唯一の女性であるが、承太郎から受け継がれたタフな意志と精神は間違いなく脅威。スタンド『ストーン・フリー』から編み出される多様な技は、過去にプッチを幾らでも苦しめてきた。
 もはや女と思うべきではない。皮肉だが、彼女の奥底に眠る戦士としての才を目覚めさせてしまったのはプッチだ。事実、プッチだけでなくディエゴと青娥も彼女に土を付けられてきたばかりであった。



「最後に───ジョニィ・ジョースター」



 彼はディエゴが最も警戒していた参加者の一人。因縁が根深いのだから当然ではあるのだが、ただの天才ジョッキーとして甘く見ていると必ず痛い目を見る。
 一見して甘えと弱さが目立つ姿のその裏に、目を見張る黒き殺意を時折燃やしているのだ。奴とその相方ジャイロ・ツェペリのたった二人組に、大統領の送り出した刺客達は尽く返り討ち。その殆どが死亡したと聞いている。
 尤も、彼だけは放送で呼ばれている。その点はディエゴにとっても安心できる戦果だ。




「───と、まあこんな所か? 名簿にあるジョースターのヤツらっていうのは」


 計6名の人間の名が挙げられた。彼らジョースターはあくまでDIOとプッチの宿敵でしかなく、ディエゴやその他大勢の参加者からすれば因縁の外である。
 特に幻想郷の民にとっては完全に無関係である筈だ。逆もまた然りで、一見すればこのバトルロワイアルは『ジョースター』と『幻想郷』という、接点皆無の二勢力を混ぜ合わせた異種格闘技戦に見える。

「ジョルノ・ジョバァーナというのは私ですら知らなかった。DIOの息子が“あの三人”の他に居たとしても全く不思議ではないが……聞く限りでは『血筋』はジョースター側に近いらしいな」

 プッチが名簿のジョルノ項を凝視しながら脳裏に浮かべる人物は、ジョルノ以外のDIOの息子……『ウンガロ』『リキエル』『ヴェルサス』の三人だ。あれらはとうに徐倫達に敗北したが、悪の血筋が濃く現れる天性のスタンド使いだった。
 対照的に、ジョルノは正義の瞳───すなわちジョースターに与する少年という話だ。あのDIOの子供として産まれ落ちるという豪運を、よりによって誤った道に捧げるとは。




「気になる事が二つある」


 ディエゴの発言に、その場の三人が注目した。彼が名簿に指差した名前は───まずは『リサリサ』。

「オレは紅魔館でこの女に会った。奴の本当の名は『エリザベス・ジョースター』らしい。自分で叫んでたしな」
「……エリザベス・ジョースター? だがその名は……」

 その名前はプッチも当然知っていた。あのジョセフの実母であり、調べた所によると殺された夫の仇討ちの為、軍に単身乗り込み死亡している。
 と、ここまで思い返してみて悟った。エリザベス=リサリサが確かなら、その息子であるジョセフの悪名を広げようとした瞬間にああまで激昴し、撲殺する勢いで自分をしこたま殴った凶行にも納得がいく。今まで何処でどうやって隠匿していたかは知らないが……、

「……なるほどな。あの女がジョセフの母親だったか。全て、理解できたよ」
「リサリサは倒れた承太郎と霊夢の救命に勤しんでいた。コイツもジョースターなんだろ?」
「いや、彼女は正確にはジョースターの血を受け継いでいる訳ではない。ジョージ二世……ジョナサンの息子と結婚し、ジョースターの姓を貰ったに過ぎないのだ」

 ジョースター家の者ではあるが、直系ではない。プッチの恐れる運命とはあくまで代々『血』によって繋がれた、百年以上も前から続く因縁の事だ。そこにエリザベスは直接的には組み込まれていない。
 無論、彼女は優秀な波紋使いである。敵となれば必ずや厄介であるものだし、現にプッチ自身もその本人から嫌という程にボコられている。だが“乗り越えるべき敵”という括りでは、彼女は少々本題からズレた存在だ。

「積極的に排除しておきたい敵ではある……が、ひとまずここでは置いておこう。
 ディエゴ……『気になる事』のもう一つは?」

 プッチに促され、ディエゴはもう一つの名前を指した。


 ───東方仗助。そこに記されている名だ。


「ヒガシカタ ジョースケ……日本人だな。それがどうした?」
「オレが会場のあちこちに監視の翼竜を飛ばしている事は言ったな。その内一匹から面白い情報が飛び込んできた」

 不敵なニヤケ笑いと共にディエゴは、いつの間にか肩に乗っかっていた小さな翼竜を指の先へとインコを扱う様に移らせる。妙に焦らすような数秒間が辺りに舞った。

「その仗助って男が、仲間の女から『ジョジョ』とかいうセンスの無いアダ名で呼ばれている事を確認している。このニックネームに何か心当たりはないか?」

 その問いにプッチはおろか、青娥も静葉も首を横に振った。せめてプッチには少し期待していたが、どうやら芳しい返答はない。やれやれと、小馬鹿にした溜息を吐きながらディエゴは自分の考えを説明し始める。

「これは一つのどうでもいい事実だが……オレのよく知るジョニィ・ジョースターがかつて世間から付けられていたアダ名の一つも『ジョジョ』なんだよ」
「ジョジョ……」

 それは本当に単なるアダ名であり、ましてジョニィは既に故人である。天才騎手であった栄光時代に貰い受けた、どうという事のないアダ名を、ディエゴは界隈を通じて知っていたというだけの話だ。

「いや……でも、それってジョニィのアダ名なんでしょう? たまたま被っただけじゃあ……?」
「かもしれない。翼竜の聞き間違いで済ませることも出来るさ。ジョースターの専門家さんはどう思う?」

 困惑する静葉をよそに、ディエゴはプッチの意見を求めた。偶然で片付けることも可能な、微々たる疑惑。プッチは顎に指を添え、ふむと考え出す。


 東方仗助。この名はプッチの調べ上げたジョースターの家系には無い。だが、そもそもプッチ個人で調査できるジョースターの全容など、精確さには欠けていると言わざるを得ない。ただでさえSPW財団という一大組織が目を掛けているような重要系列だ。戸籍だって弄ろうと思えば弄れるだろう。

 世に例外というものは多々ある。ついさっき、死んでいると思っていたエリザベス・ジョースターが存命だという事実を知らされたばかりだ。彼女の様な例外が一つだけは限らない。


「……『偶然』か、それとも『必然』か。根拠なしに切り捨てるには、あまりに末恐ろしい一致だ」
「と、いうことは」
「そのジョジョと呼ばれていた東方仗助。そいつはスタンド使いなのだな?」
「恐らくな。ついでにバッドニュースもある。東方仗助と比那名居天子とかいう女の両名が放送前、GDS刑務所にてヴァニラ・アイスを倒した。……確か、DIOの部下と聞いたが」


 ヴァニラ・アイス。その名はプッチも知っている。DIOの切り札的スタンド使いであり、その忠誠心は異常なまでとも。放送で呼ばれていたのは知っていたが、その男を討ったのがジョースターであるならば納得もいく。更に、当然の如くスタンド使い。

 もう、これは決めて掛かった方がいい。


「東方仗助。そいつもジョースターなのだと、私は思う」


 怨敵の名を呟くように、神父は唱えた。
 東方仗助。空条と同じに日本人。この男を知る者はこの場に居ないため多くの謎が残る人物であるが、ヴァニラを倒す程の者だ。他のジョースターと同じく、極めて警戒するべきである。


「決まりだな。ジョナサン・ジョースター。ジョセフ・ジョースター。空条承太郎。東方仗助。ジョルノ・ジョバァーナ。空条徐倫。ジョニィ・ジョースター。
 この七人がジョースター一族。死んじまってる奴もいるが、最警戒すべき敵。オレ達の、このゲームを通じての倒すべき敵ッ! ……そーいう認識で合ってるかい?」
「そういう事だ。ヤツらは必ず我々の前に立ちはだかって来る。断ち切るべき『因縁』とは、得てしてそういうものだからだ」


 プッチ以外には実感など無いだろう。ディエゴはまだしも、青娥も静葉も部外者であり、因縁だ運命だなどと口走られてもあまりピンとは来ない。
 備えるべき強敵……精々がそういうあやふやとしたシルエットでしかない。今は、まだ。


「はーい神父様。結局、ジョースターとは何なのかって質問にまだ明瞭な答えを貰ってませんわ」
「それは私から話すことではない。所詮は私も『意志を受け継いだ者』だからな」


 意気揚々と挙手する青娥に軽く返したプッチ。全てを話すには自分では不適任だと、そういうニュアンスだ。


「因縁の原点……それを産み出す大元となった『あの方』に直接訊くのがベストだという事ね?」
「彼がその気になればな。……紅魔館だったかね? そろそろ行こう。彼も話し相手が居ないとさぞ退屈だろう」


 満身創痍だったプッチにとっては充分な休息となった。荷を持ち、方位磁石を見比べ、前方が北であることを確認。
 目的地は『紅魔館』。一旦は拠点へと撤収する。ジョセフには煮え湯を飲まされたが、ジョナサンのDISCに三人の同盟者。得た物は少なからずある。

「神父様、宜しければ乗って行かれますか? 青娥の温かな背でよろしければ空いております事よ」

 待機させていたオートバイの後部をちょいちょいと指差し、柔らかな物腰をひけらかしながら青娥は尋ねた。それへの返答を短い所作だけでやんわり拒否すると、プッチは足を動かし始める。拒否された事に僅かな落胆を覚えた青娥も、バイクを紙に入れて自らの足で歩みを進め始めた。
 青娥の純粋100%の親切心をプッチが訝しんだというのもあるが、わざわざ車を使うほどの距離でもない。これより行動を共にする者達との足踏みを、その歩幅を揃えておきたいと考えただけだ。
 自分が彼らに、ではない。彼らが自分に足並みを揃えようと世話を利かせる輩か、その器量を計りたい。寄るべきは彼らからである方が、プッチにとっては望ましい。
 恐らくディエゴや青娥に裏はあるだろう。静葉に至っては裏すら隠そうともしてないが、野心は充分。古明地こいしに足りなかった物を、彼らは所持している。



 エンリコ・プッチ。神に仕える者でありながら邪悪に心酔する、歪なる狂信者。
 彼の目的は『天国』へと至ること。過去の悲劇を境に運命について考え出し、とある吸血鬼の元へ走ったその日から歯車は狂いだした。
 男にとってこの出会いは、自分とその友人を天国へと押し上げる為の『積石』に過ぎない。積石とは礎、場所性、重力に関する因果深い……神秘的な行いだ。
 彼は遠い昔、遠い地で、友が死したその瞬間より静かに石を積んできた。その礎達が、いつの日か必ず自分を天上へ押し上げてくれると信じて。


「オレはDIOの話し相手になるのはお断りだがね。だが、まだまだ聞きたいことがあるのも事実だしな。長い一日だぜ……全く」


 ディエゴ・ブランドー。力も、名声も、環境も、生き残るのに必要な全てを他人から奪ってきた男。
 彼の目的は『頂点』に立つこと。マイナスの地点から産まれた彼は、略奪という行為を経てでしか這い上がる術を知らなかった。人間としての正しさや倫理を教える立場である母は、もう居ない。
 男にとってこの出会いは、自分のみを頂へと這い上がらせる為の『踏み台』に過ぎない。マイナスからてっぺんの見えぬプラスへのし上がる踏み台の質は、豊潤であればあるほど良い。
 彼はこの野汚い世界の底辺へと産まれ落ちたその瞬間より、唯一無二である母の愛すらも踏み台としてしまっていた。決して自ら望んだわけではない最初の踏み台の味は、己のみが究極の味方なのだと幼い子供に信じ込ませた。


「DIO……さん。私も一度、その人と話してみたい。そして…………」


 秋静葉。寂しさと終焉の象徴であり、今や片割れのみとなってしまった幻想郷の秋を散らす少女。
 彼女の目的は『優勝』すること。危うくも平穏であった幻想郷の、秋を司る姉妹。その日、突如として愛する肉親を奪われた少女は、壮絶な試練に立たされる。
 少女にとってこの出会いは、貧弱な己を逞しく成長させてくれる為の『断崖』に過ぎない。昨日までの綺麗だった手は最早見る影もなく、顔面の半分は醜い火傷に爛れていた。高き頂を一つ越える度に、その身体は血泥に塗れてゆく。
 彼女はこの世界で己がどれほど弱いかを認めたその瞬間より、断崖のみを見上げてきた。平坦な路を歩むことを捨て、短時間での成長という絶対目標を自らに強く課した。最後の崖を超えられたとき、喪った半身を取り返せるのだと信じるしかなかった。


「うふふ。DIO様にお目見えするのも何だか久しぶりねぇ〜♪」


 霍青娥。己にとっての際限なき興趣を求め続ける邪仙。
 彼女に『目的』はない。決して満たされる事などない無限の欲は、如何なる環境下においても邪仙の本来を揺るがさない。
 邪仙にとってこの出会いは、より満足を得られる刺激を齎してくれる為の『娯楽』に過ぎない。腹が空いたから物を口に入れる。欲を満たすという行為は、彼女からすればその程度の茶飯事でしかない。
 彼女がまだ人の少女でしかなかった昔、父の憧れた仙人の魅力に自分も興味を惹かれたその瞬間より、この世の娯楽に自らの願望を重ねて欲に正直な生き方をしてきた。過程を顧みず、ただただ正直に生きようとする邪仙の人生は……きっと幸福なのだろう。


 目的も手段も異なる四人の悪達は、それぞれの思想を胸に潜ませ、巨悪の根城に集う。
 そこで起こる新たな難事に、彼らがどのような道を歩むかは……果たして運命とやらが決定するのだろうか。

 三人が歩む方向は、共通して『天』へと。
 残る一人の女だけは、獄から天を見上げ。
 欲の刺激に導かれ、そこに咲く花を摘む。

 各々が貌に浮かべる表情など、互いに知らずとも。
 ただ無造作に、懸命に、四人は天へと顔を上げる。

 掴める場所に腕(かいな)を走らせ、握り取る為に。


▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽

【C-4 魔法の森/真昼】

【エンリコ・プッチ@第6部 ストーンオーシャン】
[状態]:全身大打撲、首に切り傷、濡れている
[装備]:射命丸文の葉団扇@東方風神録
[道具]:不明支給品(0~1確認済)、基本支給品、要石@東方緋想天(1/3)、ジョナサンの精神DISC
[思考・状況]
基本行動方針:DIOと共に『天国』へ到達する。
1:一旦紅魔館へ戻る。
2:ジョースターの血統とその仲間を必ず始末する。特にジョセフと女(リサリサ)は許さない。
3:主催者の正体や幻想郷について気になる。
[備考]
※参戦時期はGDS刑務所を去り、運命に導かれDIOの息子達と遭遇する直前です。
※緑色の赤ん坊と融合している『ザ・ニュー神父』です。首筋に星型のアザがあります。
 星型のアザの共鳴で、同じアザを持つ者の気配や居場所を大まかに察知出来ます。
※古明地こいしの経歴及び地霊殿や命蓮寺の住民について大まかに知りました。
※主催者が時間に干渉する能力を持っている可能性があると推測しています。
※静葉、ディエゴ、青娥と情報交換をしました。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。


【ディエゴ・ブランドー@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:タンデム、体力消費(小)、右目に切り傷、霊撃による外傷、 全身に打撲、左上腕骨・肋骨・仙骨を骨折、首筋に裂傷(微小)、右肩に銃創、 全身の正面に小さな刺し傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)、濡れている
[装備]:河童の光学迷彩スーツ(バッテリー100%)@東方風神録
[道具]:幻想郷縁起@東方求聞史紀、通信機能付き陰陽玉@東方地霊殿、ミツバチの巣箱@現実(ミツバチ残り40%)、基本支給品×2
[思考・状況]
基本行動方針:生き残る。過程や方法などどうでもいい。
1:一旦紅魔館へ戻る。
2:幻想郷の連中は徹底してその存在を否定する。
3:ディオ・ブランドー及びその一派を利用。手を組み、最終的に天国への力を奪いたい。
4:同盟者である大統領を利用する。利用価値が無くなれば隙を突いて殺害。
5:主催者達の価値を見定める。場合によっては大統領を出し抜いて優勝するのもアリかもしれない。
6:紅魔館で篭城しながら恐竜を使い、会場中の情報を入手する。大統領にも随時伝えていく。
7:ジャイロ・ツェペリは始末する。
[備考]
※参戦時期はヴァレンタインと共に車両から落下し、線路と車輪の間に挟まれた瞬間です。
※主催者は幻想郷と何らかの関わりがあるのではないかと推測しています。
※幻想郷縁起を読み、幻想郷及び妖怪の情報を知りました。参加者であろう妖怪らについてどこまで詳細に認識しているかは未定です。
※恐竜の情報網により、参加者の『12時まで』の行動をおおよそ把握しました。
※首長竜・プレシオサウルスへの変身能力を得ました。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。


【秋静葉@東方風神録】
[状態]:顔の左半分に酷い火傷の痕(視覚などは健在。行動には支障ありません)、上着の一部が破かれた、服のところが焼け焦げた、 主催者への恐怖(現在は抑え込んでいる)、エシディシの『死の結婚指輪』を心臓付近に埋め込まれる(2日目の正午に毒で死ぬ)、濡れている
[装備]:猫草(ストレイ・キャット)@ジョジョ第4部、宝塔@東方星蓮船、スーパースコープ3D(5/6)@東方心綺楼、石仮面@ジョジョ第1部、フェムトファイバーの組紐(1/2)@東方儚月抄
[道具]:基本支給品×2(寅丸星のもの)、不明支給品@現実(エシディシのもの、確認済み)
[思考・状況]
基本行動方針:穣子を生き返らせる為に戦う。
1:感情を克服してこの闘いに勝ち残る。手段は選ばない。
2:一旦紅魔館へ戻る。
3:DIOという男に興味。
4:エシディシを二日目の正午までに倒し、鼻ピアスの中の解毒剤を奪う。
5:二人の主催者、特に太田順也に恐怖。だけど、あの二人には必ず復讐する。
[備考]
※参戦時期は少なくともダブルスポイラー以降です。
※猫草で真空を作り、ある程度の『炎系』の攻撃は防げますが、空の操る『核融合』の大きすぎるパワーは防げない可能性があります。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、ディエゴ、青娥と情報交換をしました


【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:タンデム、疲労(小)、全身に唾液での溶解痕あり(傷は深くは無い)、衣装ボロボロ、 右太腿に小さい刺し傷、両掌に切り傷(外傷は『オアシス』の能力で止血済み)、 胴体に打撲、右腕を宮古芳香のものに交換、濡れている
[装備]:スタンドDISC『オアシス』@ジョジョ第5部
[道具]:オートバイ
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:一旦紅魔館へ戻る。
2:DIOの王者の風格に魅了。彼の計画を手伝う。
3:会場内のスタンドDISCの収集。ある程度集まったらDIO様にプレゼント♪
4:八雲紫とメリーの関係に興味。
5:あの『相手を本にするスタンド使い』に会うのはもうコリゴリだわ。
6:芳香殺した奴はブッ殺してさしあげます。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※DIOに魅入ってしまいましたが、ジョルノのことは(一応)興味を持っています。
※名簿のジョースター一族をおおよそ把握しました。
※プッチ、静葉と情報交換をしました。



179:あやかしウサギは何見て跳ねる 投下順 181:和邇の橋
179:あやかしウサギは何見て跳ねる 時系列順 183:鬼人サンタナ VS 武人ワムウ
174:誰殺がれ語ル死ス エンリコ・プッチ 185:魔館紅説法
174:誰殺がれ語ル死ス 秋静葉 185:魔館紅説法
175:mother complex ディエゴ・ブランドー 185:魔館紅説法
175:mother complex 霍青娥 185:魔館紅説法

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最終更新:2018年04月15日 01:13