【竜と龍】

竜と龍の文字には、明確な表意の違いや使い分けが存在しているわけではない。「龍は東洋(狭義では日東に限られる)竜は西洋のものをあらわす」、「龍のほうが神格化された存在」などの諸説は特に根拠のない俗説にすぎない。


【竜・龍と辛】

竜・龍の文字に用いられている「立」という形は、「辛」という形が整えられていったもので、甲骨文字では蛇体の頭に「辛」の形を冠したのが、竜・龍であると考えられている*1。この「辛」の形は通力を持つ存在を示している。竜・龍にこの形は共通しており、この点から見ても明確な使い分けがあるとの根拠は乏しい。

【竜と龍に漢字の使い分けは無い】

「龍は東洋(狭義では日東に限られる)竜は西洋のものをあらわす」という説は、龍の文字には脚が象形され、竜には象形されていないという点を根拠としているものがあるが、東西いずれにも脚を持たない・持つ龍は存在しており、そのよりどころは薄い。

「龍のほうが神格化された存在」という説も、「ドラゴンには龍の文字は用いられない」あるいは「恐竜・翼竜など化石として認められる実在の生物に龍の文字が用いられていない」という無関係な点から逆算された俗説に過ぎないと言える。「龍は神聖な存在、竜は邪悪な存在」というのも同様に論拠に乏しい。

ドラコ・ドラゴン

「Draco」や「Dragon」に「竜・龍」という訳語を与えたこと自体が誤りという説も存在するが、このような示し方も曖昧な東西の分け方で、「Naga」や「Luu」*2、「Ejderha」*3についての視点が欠落しており、解決になっていないことは、すぐにわかるだろう。

東西や聖邪の違いによる明確な「竜・龍」の差違自体が存在していないと言える。赤い龍(サタン、red dragon)が邪悪なものであるとされるのと同様、ヤマタノオロチや九頭龍も災厄をもたらす様子が描かかれる。

恐竜・恐龍

「恐竜は恐龍とは書かない」という言説について「龍は想像上の生物であり、龍を用いない事で実在することを意味する」という説もみられ、これが間接的に各説の根拠として利用されてもいるが、特別な意図は存在せず、竜と龍は使い分けが明確に存在するという前提にのっとって生じた俗説であると言える。

「恐竜に近い外見から、ドラゴンをあらわす漢字として竜が使われている」という説などは、理由の主客が転倒している。

恐竜(Deinosaurus)などの過去の絶滅生物・爬虫動物*4を指して「龍」*5*6の字を用いることや、「剣龍」(Stegosaurus)「雷龍」(Brontosaurus)「蝦蟇龍」(Mastodonsaurus)「箭歯龍」(Belodon)「太祖龍」(Archegosaurus)*7*8などの語句や表記は翻訳当初から用いられており、「架空のものではないので龍とは書かない」という根拠は何も無い。そのような理由があるのだとすれば「竜」という文字を使用すること自体が選択されないであろう。また、文字使用に基本的な制限がない時代に、竜と龍との明確な使い分けが行なわれていない点で、「恐竜は恐龍とは書かない」という言説が無意味なことがわかる。

【神龍(じんりゅう)】

海の深い底に住んでいるとされる存在で、これが大海の潮の満ち引きを起こしているとされる。辰の刻に目を醒まして動きはじめ、子の刻にすっかり眠りに就くとされる。

海底に住む竜たちは太陽の光を嫌うものだとされる。海底に住んでいるのも、光を避けるため*9だという。

最終更新:2024年01月20日 17:55

*1 量博満「龍と蛇 ――古代中国の場合――」(『アジアの龍蛇 造形と象徴』雄山閣、1992年)

*2 ルー(Luu)テュルクの龍蛇。ルーという音は「竜・龍」の漢音が伝来したものとも考えられている。

*3 エジュデルハ(Ejderha)トルコの龍蛇。

*4 横山又次郎『前世界』では、著名な当時の爬虫動物を「魚龍、蛇頸龍、鰐魚、恐龍及び翼龍の五龍類なり」と紹介している。

*5 横山又次郎『前世界』金港堂、1898年

*6 安東伊三次郎『生物界之現象 動物編』上原書店、1905年

*7 横山又次郎『地質学教科書』冨山房、1896年

*8 石川成章『地球発達史』大日本図書、1903年

*9 『和漢雑笈或問』には「日の光を畏れて海底に伏隠れて眠臥す」とある。