一神教と多神教のちがいは、ただ単に、信ずる神の数にあるのではない。
他者の神を認めるか認めないか、にある。
そして、他者の神も認めるということは、他者の存在を認めるということである。
ヌマの時代から数えれば二千七百年は過ぎているのに、
いまだにわれわれは、一神教的な金縛りから自由になっていない。(上p75)
急進派の考えは、常に穏健派の考えより明快なものである。(上p184)
民主政体を機能させるのに、民主主義者である必要はない。(下p12)
偉大な人物を慕ってくる者には、なぜか、師の教えの一面のみを強く感じとり、
それを強調する生き方に走ってしまう者が少なくない。
すべての事柄には、裏と表の両面があるのを忘れて。
そして、真の生き方とは、裏と表のバランスをとりながら生きることであるのを忘れて。(下p71)
すべての物事は、プラスとマイナスの両面を持つ。
ゆえに改革とは、もともとマイナスであったから改革するのではなく、
当初はプラスであっても時が経つにつれてマイナス面が目立ってきたことを改める行為なのだ。(上p155)
システムのもつプラス面は、誰が実施者になってもほどほどの成果が保証されるところにある。
反対にマイナス面は、ほどほどの成果しかあげないようでは敗北につながってしまうような場合、共同体が蒙らざるえない実害が大きすぎる点にある。
ゆえに、システムに忠実でありうるのは平時ということになり、非常時には、忠実でありたいと願っても現実がそれを許さない、といいう事態になりやすい。(下p120)
男にとって最初に自負心をもたせてくれるのは、母親が彼にそそぐ愛情である。
幼時に母の愛情に恵まれて育てば、人は自然に、自身に裏打ちされたバランス感覚も会得する。
そして、過去に捕らわれず未来に眼を向ける積極性も、知らず知らずのうちに身につけてくる。(上p40)
ルキウス・コルネリウス・スッラという男の最大の特質は、良かれ悪しかれはっきり>していることであった。
言動の明快な人間に、人々は魅力を感ずる。はっきりする、ということが、責任をとることの証明であるのを感じとるからだ。
敵にまわさなければ、痛快でさえある。(上p72)
どんなに悪い事例とされていることでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によるものであった。
だが、権力が、未熟で公正心に欠く人の手中に帰した 場合には、良き動機も悪い結果につながるようになる。(上p181,カエサルの言葉)
野心とは、何かをやりとげたいと思う意志であり、
虚栄とは、人々から良く思われたいという願房である。(中p19)
考案者が死ねばその人の考案したことまで忘れ去られてしまうのは、オリエント(東方)の欠陥である。
オチデント(西方)では、人は死んでもその人の成したことは生き続ける場合が多いのだが。(下p69)
わたしが自由にした人々が再びわたしに剣を向けることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。
何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。
だから、他の人々も、そうあって当然と思っている。(上p104, カエサルの言葉)
このような状態になった場合、人は二種に分れる。
第一は、失敗に帰した事態の改善に努めることで不利を挽回しようとする人であり、
第二は、それはそのままでひとまずは置いておき、 別のことを成功させることによって、情勢の一挙挽回を図る人である。
カエサルは、後者の代表格といってもよかった。(上p123)
しかし、この時点での最優先事項は、敗北を喫した軍の再建であって、カエサル個人の潔さをまっとうすることではない。
人間は気落ちしているときにお前の責任ではないと言われると、
ついほっとして、そうなんだ、おれの責任ではなかったのだ、と思ってしまうものである。
こう思ってしまうと、再起に必要なエネルギーを自己生産することが困難になる。(上p194)
人間ならば誰でも、リモート・コントロールされるよりは陣頭指揮されるほうを好むものなのだ。(二,p25)
長い歳月をかけて熟考した末の野望ならば、こうも簡単にあきらめるはずはない
偶然に手中にしたような地位だから、手放すにも潔くなれたのだろう。
しかし、死さえも覚悟していたのならば、彼のために闘った将兵たちの今後の保証を明確にした後で、死ぬべきではなかったか(上、p111)
かわいそうなオレ、神になりつつあるようだよ(中、p168, 死にゆくヴェスパシアヌスの言)
ローマ史とはリレー競走に似ている、という想いである。
既成の指導者階級の機能が衰えてくると、
必ず新しい人材が、ライン上でバトンタッチを待っているという感じだ。<中略>
ローマの歴史がリレー競走に似ているのは、現に権力をもっている者が、自分に代わりうる者を積極的に登用し育成したところにある。(下、p194)
女とは、同性の美貌や富には羨望や嫉妬を感じても、教養や頭の良さには、羨望もしなければ嫉妬も感じないものなのだ。(上、p61)
ローマ人はインフラを、「人間が人間らしい生活をおくるためには必要な大事業」と考えていたということではないか。(上p24)
もしかしたら人類の歴史は、悪意とも言える冷徹さで実行した場合の成功例と、
善意あふれる動機ではじめられたことの失敗例で、おおかた埋っているといってもよいのかもしれない。
善意が有効であるのは、即座に効果の表われる、例えば慈善、のようなことに限るのではないか。(下 p108)
最高権力者が自ら墓穴を掘るのは、軽蔑を買う言動に走ったときなのだ。(上p116)
軍人皇帝であったというだけで非難するのは、
シビリアン・コントロールという現代の概念で過去まで律しようとする、アレルギーの一種ではないかとさえ思う。(中略)
現代の概念で過去まで律するようでは、歴史に親しむ意味はないのである。
歴史に接する際して最も心すべき態度は、安易に拒絶反応を起こさないことだと思っている。(上p211)
いつものことだが、兵士たちの胸の内に不満がくすぶりはじめるのは、戦闘期ではなくて休戦期なのである。
そして不満とは、絶対的な欠乏からよりも、相対的な欠乏感から生まれることのほうが多い。(中p77)
私は、ローマ帝国の滅亡とか、ローマ帝国の崩壊とかは、
適切な表現ではないのではないかと思い始めている。
滅亡とか崩壊だと、その前はローマ帝国は存在していなくてはならない。(中略)
と言って、分解とか解体とかいう表現も納得いかない。
全体が解体して個々の物体になったとしても、
それは規模が小さく変わっただけで、本質ならば変わってはいないはずだからだ。
となると、溶解だろうか、と思ったりする。(下p59)
人材は、興隆期にだけ現われるのではない。衰退期にも現われる。
しかもその人材の質は、興隆期には優れ衰退期には劣るわけではないのだ。
興隆期と衰退期の人材面での唯一のちがいは、興隆期には活用されたのに
衰退期に入ると活用されない、ということだけである。
ゆえに亡国の悲劇とは、活用されずに死ぬしかなかった多くの人材の悲劇、
と言ってもよいと思う。(上)
亡国の悲劇とは、人材が欠乏するから起るのではなく、
人材はいてもそれを使いこなすメカニズムが機能しなくなるから起るのだ。(p26)
人は、真実を見抜く眼をもっていないのではない。
ただ往々にして、真実であってほしいと思っていることを、真実として見てしまうものなのである。
穏健派とは、いつの世でも同じだが、現実派なのである。
必要だからです、殿下。それ以外はなにもない!
(キリスト教艦隊総司令官ドン・ホアンの「なんのために闘う?」との問いに答えたヴェネツィア総司令官ヴェニエル)
レパント沖の海戦では、たしかにわれわれは、完敗と言ってよい敗戦を喫した。
だが、あなた方からはキプロスを奪うのに成功している。
つまり、あなた方は腕の一本を失ったのに対し、われわれは、ひげをそられてしまったわけだ。
だが、ひげは再びはえてくるが、切られた腕はもとどおりにはならない。
(レパントの海戦後のヴェネツィア大使に対して語ったトルコ老宰相ソコーリ)
目的は一つであっても、手段ならば複数存在しようと許されるし、そのほうが自然であると思う(p3)
人間は、口に出したからにはまじめに考えるようになることもあるから面白いのだ。(p43)
戦術ならば大量生産は可能でも、戦略はオーダーメイドでなければ役に立たない(p214)
自己反省は、絶対に一人で成されねばならない。
決断を下すの孤独だが、反省もまた孤独な行為なのである。(p109)
いいかげんに、女ならば女のことを心配するという習性から脱してはどうであろう。
女が女のことばかり考えているかぎりは女の独立は絶対に達成できないと思う(p74)
最終更新:2011年11月22日 00:40