────"Use Whatever You Can"。
その意味は、"使えるものは何でも使え"である。
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図書館屋上の縁から、腰を下ろして眺めている黄川人。
目線の先には、もぬけの殻になった「霊基研究所」。
ここでは"霊基再臨"、"再編"、"拡張"といったサーヴァントの「魂の改竄」を可能としている。
サーヴァントを強化できる以上、例外的に聖杯戦争への影響を及ぼし得る施設であった。
ここでは"霊基再臨"、"再編"、"拡張"といったサーヴァントの「魂の改竄」を可能としている。
サーヴァントを強化できる以上、例外的に聖杯戦争への影響を及ぼし得る施設であった。
何も風一人ためにアカデミー全体を巻き込んでいるわけではない。
もう一つの目的は、"敵陣営の強化"を防ぐため、この「霊基研究所」を襲撃すること。
事前調査で知り得た必要な設備は奪取し、スタッフ達も捕虜として、キャッスルに移送していた。
もう一つの目的は、"敵陣営の強化"を防ぐため、この「霊基研究所」を襲撃すること。
事前調査で知り得た必要な設備は奪取し、スタッフ達も捕虜として、キャッスルに移送していた。
現在、黄川人は"つかいっぱしり"として働いている。無論、表向きな話。
実際にはそれも方便。一つの狙いとしてザキラに組み入っているだけの、建前でしかない。
狙いを感付かせないため、動機を納得させるような人物を置き、加えて程度を低く装っているわけだ。
実際にはそれも方便。一つの狙いとしてザキラに組み入っているだけの、建前でしかない。
狙いを感付かせないため、動機を納得させるような人物を置き、加えて程度を低く装っているわけだ。
表向きに居るマスターは間桐慎二。
元は月海原学園にロールを置く一介のNPC。今は彼を鬼化によって支配させている。
マスターの影武者として置きつつ、桜を刺激するための玩具としても置いていた。
元は月海原学園にロールを置く一介のNPC。今は彼を鬼化によって支配させている。
マスターの影武者として置きつつ、桜を刺激するための玩具としても置いていた。
「さ~てと、集めた情報を簡単に整理でもしておこうか。」
気を切り替え、情報整理に入る黄川人。
周囲にザキラ側の監視はない。今、この場は自分一人だけの空間となっていた。
周囲にザキラ側の監視はない。今、この場は自分一人だけの空間となっていた。
情報収集は、作業の片手間にやっていた。
「千里眼」。ほぼすべての敵に対し、所在と動向を遠隔から透視で見通すことができる。
さらに"過去視"により、情報を掘り下げる形で把握することまでも可能であった。
マスターの経歴の他、サーヴァントの真名さえも、会話の解読や端末画面の盗視を経て、情報を掴んでいる。
「千里眼」。ほぼすべての敵に対し、所在と動向を遠隔から透視で見通すことができる。
さらに"過去視"により、情報を掘り下げる形で把握することまでも可能であった。
マスターの経歴の他、サーヴァントの真名さえも、会話の解読や端末画面の盗視を経て、情報を掴んでいる。
「事情がわからない相手陣営は『新条アカネ』だ。
あっちが別世界に陣地を設けている以上、ボクの「千里眼」でも見えやしない。」
あっちが別世界に陣地を設けている以上、ボクの「千里眼」でも見えやしない。」
ただ、唯一『新条アカネ』の陣営だけは掴みきれない。
彼女達がいるメビウスは別位相に存在しているため、黄川人は観ることも入ることもできないからだ。
月海原にいる時に過去を調査したが、現状では今後に役立つ情報には繋がらない。
彼女達がいるメビウスは別位相に存在しているため、黄川人は観ることも入ることもできないからだ。
月海原にいる時に過去を調査したが、現状では今後に役立つ情報には繋がらない。
加えて、わかりにくいのはアカネのサーヴァントである『μ』。
存在がこの世界と同化しているためか、情報を深く掘り下げて調べることも難しい。
また、「バーチャルドール」など馴染みの薄い概念にあり、正直ついていけない相手であった。
存在がこの世界と同化しているためか、情報を深く掘り下げて調べることも難しい。
また、「バーチャルドール」など馴染みの薄い概念にあり、正直ついていけない相手であった。
「だから、その点は『和田垣さくら』の陣営に唆す。何しろ、情報に踊らされやすい相手だからネ。」
黄川人の手の下に一本のボールペンが出現する。
その点、どうするかはある程度は考えている。
例えば、身軽かつ身近にいる『和田垣さくら』の陣営を利用するなど一つの手。
彼女達が聖杯戦争参加者の下へ向かい、地道に殺害して回るつもりなのは知っている。
例えば、身軽かつ身近にいる『和田垣さくら』の陣営を利用するなど一つの手。
彼女達が聖杯戦争参加者の下へ向かい、地道に殺害して回るつもりなのは知っている。
ただ、それに対して情報収集力は比較的弱いのが問題点であった。
活動拠点をアンダーダウンエリアの酒場としているため、表社会にいる多くの陣営に関する情報がまず集めにくい。
また相手を知っているが故に言えることだが、非現代人が多いこの聖杯戦争でSNSを利用する陣営も少ない。
他陣営との行動性とは些か適していない面もあり、情報収集面には問題があるわけだ。
活動拠点をアンダーダウンエリアの酒場としているため、表社会にいる多くの陣営に関する情報がまず集めにくい。
また相手を知っているが故に言えることだが、非現代人が多いこの聖杯戦争でSNSを利用する陣営も少ない。
他陣営との行動性とは些か適していない面もあり、情報収集面には問題があるわけだ。
それが、黄川人にとってはこれ以上になく、弄びやすい。
ボールペンが携帯端末に変わる。画面には二階堂ルイのSNS画面であった。
「今後、攻める相手は二階堂ルイのアーチャー『アラン・シルヴァスタ』だ。
……しっかし、能ある鷹は爪を隠すというけども、能ある狼は爪を隠せないみたいだネェ~?
調べたら、隠蔽できない過去の記録がボロボロだ。」
……しっかし、能ある鷹は爪を隠すというけども、能ある狼は爪を隠せないみたいだネェ~?
調べたら、隠蔽できない過去の記録がボロボロだ。」
一方で、今後ザキラ以外にも目に付いている陣営もある。それが『二階堂ルイ』の陣営。
アーチャーの真名が「アラン・シルヴァスタ」であることは、ルイとの会話と端末画面より露見している。
さらに配下の鬼達を使って、この真名から生前の経歴を調べさせ、相手の全容は把握していた。
アーチャーの真名が「アラン・シルヴァスタ」であることは、ルイとの会話と端末画面より露見している。
さらに配下の鬼達を使って、この真名から生前の経歴を調べさせ、相手の全容は把握していた。
サーヴァントの基となった人物の資料は、図書館やウェブサイトなどに存在する。
それは人間社会に流れ出た情報などではなく、高次元から捉えたかのような記録である。
このアランの資料も、シルヴァスタのことはおろか、"ハワイに失踪した"という最後のことまで
それは人間社会に流れ出た情報などではなく、高次元から捉えたかのような記録である。
このアランの資料も、シルヴァスタのことはおろか、"ハワイに失踪した"という最後のことまで
「"「不老不死」を得るための儀式としてライブを開く"、とかなんとか……。
どういうわけだか、この手の人間は「不老不死」というものに浅はかな幻想を抱きたがる。
やれ"永遠の支配"だとか、"選ばれし者がどうたらこうたら"とか、愚かなことこの上ない。」
どういうわけだか、この手の人間は「不老不死」というものに浅はかな幻想を抱きたがる。
やれ"永遠の支配"だとか、"選ばれし者がどうたらこうたら"とか、愚かなことこの上ない。」
肩を竦め、呆れたように首を横に振る。
彼らが「生贄の儀式」として、5000人ぐらいの観客の魂を集めていることも知っている。
そしてアランの経歴や選民思想、宝具が、「不老不死」という存在に大きく関わっていることも知っている。
彼らが「生贄の儀式」として、5000人ぐらいの観客の魂を集めていることも知っている。
そしてアランの経歴や選民思想、宝具が、「不老不死」という存在に大きく関わっていることも知っている。
「不老不死」という考えそのものに対し、黄川人は"愚か"だと嗤う。
「絶対的な安心」という夢物語に惑わされていることも知らず、物事の本質を見込み違えてしまう。
それは医学と教養が発展した現代社会でさえも、未だに変わってないのだから可笑しいわけだ。
「絶対的な安心」という夢物語に惑わされていることも知らず、物事の本質を見込み違えてしまう。
それは医学と教養が発展した現代社会でさえも、未だに変わってないのだから可笑しいわけだ。
「人間は今に気を取られるあまり、過去からは何も学ばない。
形骸化した教養や付き合いだけは一人前な癖に、成長に必要な教養は半人前以下だ。
他者の失敗はおろか、自身の失敗にさえ、何も反省してないなんて、根っからの大ウツケさ。」
形骸化した教養や付き合いだけは一人前な癖に、成長に必要な教養は半人前以下だ。
他者の失敗はおろか、自身の失敗にさえ、何も反省してないなんて、根っからの大ウツケさ。」
二人に対して。せせら笑う黄川人。
過去の失敗と現在の目論見を繋ぎ合わせても、"成長"というものは見られない。
片や、現実逃避。片や、思考の停滞。どちらにしても至る先で、繰り返そうとしている。
過去の失敗と現在の目論見を繋ぎ合わせても、"成長"というものは見られない。
片や、現実逃避。片や、思考の停滞。どちらにしても至る先で、繰り返そうとしている。
「成功なんか待っているわけもない。過去と同じく、"自滅"するだけだ。」
繰り返しの先。自分の行動が原因となって、自分を滅ぼす運命に辿ることになる。
目を背けている過去が、客観的に見える真実が、「自業自得」というものを教えていたわけだ。
目を背けている過去が、客観的に見える真実が、「自業自得」というものを教えていたわけだ。
これから先に起こる展開もまた、その"自滅"というものを迎えるであろう。
「……だが、そういう者に限って都合の良いことに気を取られる。
『ライブを妨害されなければいい』、『自分にもはや負けはほぼ存在しない』、なんて考えにね?」
『ライブを妨害されなければいい』、『自分にもはや負けはほぼ存在しない』、なんて考えにね?」
そんな過ちよりも都合のいい現在に気を取られる。
彼らの計画である、「5000人の観客達を生贄とするライブを成功させること」に対する意識。
自らの反省や自滅する運命などないがしろにできるほどの利潤が彼らに待っているわけだ。
彼らの計画である、「5000人の観客達を生贄とするライブを成功させること」に対する意識。
自らの反省や自滅する運命などないがしろにできるほどの利潤が彼らに待っているわけだ。
黄川人も計画を知っているからこそ、このライブを妨害するのか?……否、"しない"。
一つは、相手が目的達成に専念していること。
逆に妨害してくるかもしれないと思い込みもあり、ライブに警戒心も強くなる。
警戒しているからこそ、会場で対応策を用意するわけであり、その時の隙は少ない。
逆に妨害してくるかもしれないと思い込みもあり、ライブに警戒心も強くなる。
警戒しているからこそ、会場で対応策を用意するわけであり、その時の隙は少ない。
現に彼らを挑発しているため、来ることに警戒していることもわかっている。
そもそも、気を割いてられないと読んだ上で、黄川人が反応を楽しんでいるのだから、警戒されて当然なのだ。
そもそも、気を割いてられないと読んだ上で、黄川人が反応を楽しんでいるのだから、警戒されて当然なのだ。
もう一つは、不死性への信頼。
実際、黄川人でさえも不死になれば、"直接的に"殺すことはできないだろうと認めること。
彼らもその点に安心感と信頼性を持ち、マスター殺し対策としてルイに不死性を与えることを視野に入れている。
実際、黄川人でさえも不死になれば、"直接的に"殺すことはできないだろうと認めること。
彼らもその点に安心感と信頼性を持ち、マスター殺し対策としてルイに不死性を与えることを視野に入れている。
故に、彼らは目的達成にまず専念する。
"達成さえすれば、もはや負けはほぼ存在しない"と、そんな風に考えているからだ。
"達成さえすれば、もはや負けはほぼ存在しない"と、そんな風に考えているからだ。
「ハハッ!負けも存在するサ。他ならない浅慮な君にはね。」
その浅慮さが、仕掛けるには都合がいい。
黄川人の見る限り、目論見には致命的な盲点が3つある。
黄川人の見る限り、目論見には致命的な盲点が3つある。
一つは、仮に不死性は手に入れたとしても、「対魔力を与える」ことには繋がらないこと。
「対魔力」の確保は、この件には別問題。根底にある技術に神秘のないアランでは与えることはできない。
よって、アラン相手に仕掛けるならともかく、黄川人がルイに干渉すること自体は何の問題もない。
「対魔力」の確保は、この件には別問題。根底にある技術に神秘のないアランでは与えることはできない。
よって、アラン相手に仕掛けるならともかく、黄川人がルイに干渉すること自体は何の問題もない。
二つは、魂食いに伴う"死者の想い"。……転じて、"怨念"を取り込むこと。
黄川人が「道具作成」によって形成する鬼とは、元より怨念の類から生まれるもの。
故にその怨念を糧にする鬼からすれば、その状況はまさに「鴨が葱を背負って来る」ようなものだ。
黄川人が「道具作成」によって形成する鬼とは、元より怨念の類から生まれるもの。
故にその怨念を糧にする鬼からすれば、その状況はまさに「鴨が葱を背負って来る」ようなものだ。
三つは、令呪には絶対的な安心が及ばないこと。
黄川人には「自己改造」がある。スキルの応用に、他者の身体を操ることも可能としている。
制御を奪えば、疑似的な魔術回路で成立している令呪を間接的に支配ができ、自在に操れる。
黄川人には「自己改造」がある。スキルの応用に、他者の身体を操ることも可能としている。
制御を奪えば、疑似的な魔術回路で成立している令呪を間接的に支配ができ、自在に操れる。
そうした盲点があるが故に、妨害などしなくとも制することはできる。
「だから妨害はしない。するのは奇襲さ。」
敵の裏を掻けるタイミングを突いて、仕掛けること。
ライブが成功したならば、終了後の隙を狙い、空間移動でルイを攫う。
金狼ならともかく、アラン単体の攻撃力はさほど高くはないことも把握している。
そのため、『八つ髪』などを使用することも考えには入れていた。
ライブが成功したならば、終了後の隙を狙い、空間移動でルイを攫う。
金狼ならともかく、アラン単体の攻撃力はさほど高くはないことも把握している。
そのため、『八つ髪』などを使用することも考えには入れていた。
無論、そのために仕掛ける用意もできている。
こちら側の戦闘が今後発生しても、奇襲・撤退に支障を来さないぐらいの予備魔力が。
こちら側の戦闘が今後発生しても、奇襲・撤退に支障を来さないぐらいの予備魔力が。
竜種の雄叫びが響く。それが食堂側にいるジーク達とわかっていた。
「……まっ。今はそれどころじゃないけどね。
失敗に転んでも、成功に転んでも、どちらにしても御の字だし。」
失敗に転んでも、成功に転んでも、どちらにしても御の字だし。」
これが机上の空論にはならないように、立ち回ること。
ザキラへの目論見と並行している以上、この動きはあくまで仮の予定に過ぎない。
あわよくばどちらも獲得する。それまでに黄川人は道化を取るまでであった。
ザキラへの目論見と並行している以上、この動きはあくまで仮の予定に過ぎない。
あわよくばどちらも獲得する。それまでに黄川人は道化を取るまでであった。
「……そろそろ佐倉杏子も交戦するみたいだね。」
「こっちはこっちで危ない関係だからネ。呆れて物も言えないぐらい。」
当然、黄川人はエリザベートがB-6地区の廃屋で"何をしていたのか"などは知っている。
抑えきれない刹那的快楽に満ちた行動。そして、それが彼女にとってバレてほしくないこともわかっている。
抑えきれない刹那的快楽に満ちた行動。そして、それが彼女にとってバレてほしくないこともわかっている。
黄川人も「道具作成」の応用で動画や媒体に残す技術も吸収していた。
つまり、「千里眼」で捉えた光景をそのまま証拠映像として収め、他者に流すこともできた。
その気になれば、エリザベートを陥れられる。しないのは、あくまで利用するためにわざと見逃していたからだ。
つまり、「千里眼」で捉えた光景をそのまま証拠映像として収め、他者に流すこともできた。
その気になれば、エリザベートを陥れられる。しないのは、あくまで利用するためにわざと見逃していたからだ。
「あの様子なら、まどかとほむらとの戦いには介入しない。
魔獣と戦うしかないエリザベートは手持ち無沙汰になる。
声をかけるなら、それぐらいが狙い目かな?」
魔獣と戦うしかないエリザベートは手持ち無沙汰になる。
声をかけるなら、それぐらいが狙い目かな?」
ほくそ笑み、手の甲に顎を乗せる黄川人。
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何故、『鹿目まどか』と『暁美ほむら』がいるのか。それが、杏子には理解できなかった。
もし、自分と同じように、"マスター"として来たのならば、杏子も"あり得ない"などとは思わない。
ただ、そうであれば、流石に開始前に気付く。一ヶ月半ぐらいの期間、お互いに気付かぬまま過ごす方がまずない。
最初から"いない"ことと杏子も認識しているからこそ、いきなり現れたことが"あり得ない"わけである。
ただ、そうであれば、流石に開始前に気付く。一ヶ月半ぐらいの期間、お互いに気付かぬまま過ごす方がまずない。
最初から"いない"ことと杏子も認識しているからこそ、いきなり現れたことが"あり得ない"わけである。
一方、杏子が疑問を掘り下げるよりも先、エリザベートは冷静に答えを見出していた。
「上級NPCですわね……。」
「……NPCだと?」
「……NPCだと?」
予想外の答えを耳にし、杏子も疑念の表情を浮かべる。
ただし、互いの視線は前方。話を交えながらも警戒を怠ってはいなかった。
ただし、互いの視線は前方。話を交えながらも警戒を怠ってはいなかった。
「えぇ。彼女達から漂う血の匂い、NPCのものですわ。人でもなければ、魔獣でもありません。」
エリザベートも吸血鬼故の敏感さ故にか、NPCの血からその違いがわかる。
生物が自ら生成する天然物の血液などではなく、外的に用意した人工血液というべきものである。
故に、そうしたNPCの血は"科学的な液剤臭"と判断するか、どこか新鮮味を感じさせなかった。
生物が自ら生成する天然物の血液などではなく、外的に用意した人工血液というべきものである。
故に、そうしたNPCの血は"科学的な液剤臭"と判断するか、どこか新鮮味を感じさせなかった。
「……NPCってのは、「聖杯戦争を成り立たせるための外野」だろ。魔法少女の力まで再現されているわけがねぇ。」
杏子としては、この聖杯戦争における「NPC」という仕組みに、あまりよく知らない。
確かに、縁があった人物がNPCとして再現されているということは、杏子もそれとなく知ってはいた。
しかし、彼女が認識するNPCとは、一般的なゲーム知識などと同様、あくまで「村人A」の存在。
固有の能力が再現されるなど意味がないどころか、戦争の本題とかけ離れる
確かに、縁があった人物がNPCとして再現されているということは、杏子もそれとなく知ってはいた。
しかし、彼女が認識するNPCとは、一般的なゲーム知識などと同様、あくまで「村人A」の存在。
固有の能力が再現されるなど意味がないどころか、戦争の本題とかけ離れる
(つーか、まどかは初めて見るぞ……。)
まどかの魔法少女姿を凝視して、杏子も顰める。
再現だったとして、杏子の知るまどかは魔法少女にはなっていない。
その姿は完全に初見であり、どのような能力を使うのかもわからない。
再現だったとして、杏子の知るまどかは魔法少女にはなっていない。
その姿は完全に初見であり、どのような能力を使うのかもわからない。
「ただ、中には"聖杯に類する力を身に宿した人物"が再現される例もあると聞きますわ。
お二方がどのような方かは存じませんが、それなら理にも適っているかと。」
「……んなわけあるかよ。」
お二方がどのような方かは存じませんが、それなら理にも適っているかと。」
「……んなわけあるかよ。」
魔法少女の願いや力が及ぶ範囲など、精々限られている。
願いを叶えられた側から、願いを叶える側になるなど、あまりに荒唐無稽な話に思えた。
願いを叶えられた側から、願いを叶える側になるなど、あまりに荒唐無稽な話に思えた。
魔獣達の唸り声が強くなり、勢いを付け始める。行動の予兆であった。
「話はやめだ。今はまず戦いだ。」
槍を構え、視線を定めようとする杏子。
ただ、開始の行動を制するように、エリザベートは前に立った。
ただ、開始の行動を制するように、エリザベートは前に立った。
「地上は私にお任せくださいませ。マスターは空中を。」
「あぁ?空中を?」
「道具作成で足場は展開できますわ。もっとも、飛び移ることができるかどうかは貴女次第ですが。」
「あぁ?空中を?」
「道具作成で足場は展開できますわ。もっとも、飛び移ることができるかどうかは貴女次第ですが。」
脇見で後ろの杏子を一瞥するエリザベート。
一方で、自信満々な表情を見せて答える杏子。
一方で、自信満々な表情を見せて答える杏子。
「……上等。それなら、地上はアンタに任せる。」
「跳躍と同時に展開しますわ。いつでもどうぞ。」
「跳躍と同時に展開しますわ。いつでもどうぞ。」
言い終えると、同時であった。
杏子はまどかとほむらが乗るシャンタク目掛け、跳躍した。
地上の魔獣達もまた、エリザベートに目掛けて一斉に駆け出す。
杏子はまどかとほむらが乗るシャンタク目掛け、跳躍した。
地上の魔獣達もまた、エリザベートに目掛けて一斉に駆け出す。
「どこに目を付けているのかしら?そこはもう……」
魔獣達の足元に転がる拷問器具達が、"カタカタ"と鳴り出した。
「私の空間でしてよ♡」
瞬間。空中を浮遊し、一人でに動き出す拷問器具。
それぞれの役割を機械的な実行し、捉えた魔獣一匹ずつに拷問を開始していく。
魔獣の雄叫びは、苦痛を上げるだけの悲鳴と変わり、エリザベートの顔にも愉悦が浮かぶ。
それぞれの役割を機械的な実行し、捉えた魔獣一匹ずつに拷問を開始していく。
魔獣の雄叫びは、苦痛を上げるだけの悲鳴と変わり、エリザベートの顔にも愉悦が浮かぶ。
ムースの足を食い契る、とらばさみ。
ヴォルフの腹を引き裂く、猫の爪。
ウリディンムの股を切断し始める、両刃の鋸
ヴォルフの腹を引き裂く、猫の爪。
ウリディンムの股を切断し始める、両刃の鋸
流れ出た血は、全て拷問器具に吸い尽くされる。
そして、器具の主であるエリザベートの下に変換。魔力は身体から溢れ出す。
そして、器具の主であるエリザベートの下に変換。魔力は身体から溢れ出す。
「まだまだ、ですわよ?」
彼方へ手を振り翳すエリザベート。
遥か、後方。待機していた群れの頭上に、棘の付いた巨大な車輪が何体も落ちていく。
着地と同時に回転する大車輪、巻き込む魔獣の群れを次々と轢いていく。輪跡には、壊滅した"ミンチ"。
遥か、後方。待機していた群れの頭上に、棘の付いた巨大な車輪が何体も落ちていく。
着地と同時に回転する大車輪、巻き込む魔獣の群れを次々と轢いていく。輪跡には、壊滅した"ミンチ"。
拷問器具は、エリザベートの思うがままに動く。
自身の手足など動かすこともなく、自動的に機能を果たしてくれる。
自身の手足など動かすこともなく、自動的に機能を果たしてくれる。
「!」
左右前の三方向より、飛び掛かる勢いで跳躍する三匹のハイイロオオカミ。
対するエリザベートは、冷淡な眼差し。
それに合わせ、手に持っていた鞭も青白い光が輝き、電流が走る。
行動は即座。熟練を感じさせるほど自然な手並みで、鞭は振われた。
それに合わせ、手に持っていた鞭も青白い光が輝き、電流が走る。
行動は即座。熟練を感じさせるほど自然な手並みで、鞭は振われた。
「……お仕置きが必要ね。」
鞭より響く、鋭い衝撃波と激しい感電音。
軌道上に存在するオオカミ達は、一振りで叩き落された。
直撃したオオカミの横腹は燃焼が起き、煙が上がる、全身には流れていく稲妻。
倒れた地面で悶えるハイイロオオカミ。横腹の皮膚の大部分は溶解し、筋肉は剥き出しとなる。
軌道上に存在するオオカミ達は、一振りで叩き落された。
直撃したオオカミの横腹は燃焼が起き、煙が上がる、全身には流れていく稲妻。
倒れた地面で悶えるハイイロオオカミ。横腹の皮膚の大部分は溶解し、筋肉は剥き出しとなる。
その鞭は、高圧電流と高熱を与える科学兵器。
パラディウム・シティ内の高度な技術力が転じて開発され、実用されている拷問器具の一つであった。
エリザベートはC-7地区の『刑務所』で行われている光景から参考とし、知識に取り入れていたのである。
パラディウム・シティ内の高度な技術力が転じて開発され、実用されている拷問器具の一つであった。
エリザベートはC-7地区の『刑務所』で行われている光景から参考とし、知識に取り入れていたのである。
追い打ちとばかりにオオカミ達に付けられる首輪。
内側に付いた棘がオオカミの肉を組み込んでいき、急速に吸血を開始する。
内側に付いた棘がオオカミの肉を組み込んでいき、急速に吸血を開始する。
「……アハッ♡」
簒奪した魔力に、エリザベートの身体も潤っていく。
そうして得た魔力は新たな拷問器具を生成し、残存する魔獣達をさらに駆逐する。
サーヴァントに比べれば少々物足りなさも残るが、"ウォーミングアップ"にはいい程度の快楽であった。
そうして得た魔力は新たな拷問器具を生成し、残存する魔獣達をさらに駆逐する。
サーヴァントに比べれば少々物足りなさも残るが、"ウォーミングアップ"にはいい程度の快楽であった。
これは戦闘などではない。一方的な蹂躙。
何百匹もある地上の魔獣達は、一匹の殺人鬼の前に及ばなかった。
何百匹もある地上の魔獣達は、一匹の殺人鬼の前に及ばなかった。
Ж Ж Ж
石抱用の石、磔用の柱、焼き土下座用の鉄板。
別の用途で使うものであろう足場が、空中に次々と繰り出される。
杏子は魔獣を叩き落としつつ、逃げるシャンタクを追って、足場から足場へ跳び移りていく。
別の用途で使うものであろう足場が、空中に次々と繰り出される。
杏子は魔獣を叩き落としつつ、逃げるシャンタクを追って、足場から足場へ跳び移りていく。
一匹目は、アンセル。
柄の等身が延長し、高速となった穂が首を撥ねる。
柄の等身が延長し、高速となった穂が首を撥ねる。
二匹目は、ごくらくちょう。
飛び移ると共に、柄を元の長さにまで縮め、真上から下方へ一閃する。
飛び移ると共に、柄を元の長さにまで縮め、真上から下方へ一閃する。
三匹目は、エキドナ。
着地しざま、生成された鉄球付きの首輪を槍に掛け飛ばし、頭部へ被弾した。
着地しざま、生成された鉄球付きの首輪を槍に掛け飛ばし、頭部へ被弾した。
「────チッ!」
息吐く暇もなく、前方より迫る数本の矢を迎撃。
しかし、下方から襲来した矢に足場の鉄板は破壊され、再度跳躍する。
しかし、下方から襲来した矢に足場の鉄板は破壊され、再度跳躍する。
まどかの矢は、自動追尾。
自在な軌道を描き、全方位360度、あらぬ方向から矢という矢が迫り来る。
だが、杏子は点在する足場によって生まれてしまう死角により、全てが対応しきれない。
空中戦という自由の利かない状況において、不利な状態を強いられていた。
自在な軌道を描き、全方位360度、あらぬ方向から矢という矢が迫り来る。
だが、杏子は点在する足場によって生まれてしまう死角により、全てが対応しきれない。
空中戦という自由の利かない状況において、不利な状態を強いられていた。
現在。射手のまどかを騎乗させたシャンタクが飛翔している。
足場の拷問器具を騎射で破壊し続け、隙あらば杏子を狙って一撃離脱。
冷淡で、かつ合理的に実行するのみ。杏子が知る限りの"まどからしさ"というものはない。
主意に従い、"障害"となるものに対して矢を射つだけの操り人形であったのだ。
足場の拷問器具を騎射で破壊し続け、隙あらば杏子を狙って一撃離脱。
冷淡で、かつ合理的に実行するのみ。杏子が知る限りの"まどからしさ"というものはない。
主意に従い、"障害"となるものに対して矢を射つだけの操り人形であったのだ。
「ふざけんじゃ……ねぇ!!」
それが、杏子には気に入らなかった。
見知った者が弄ばれることへの憤りもある、前線にも立たず悠々と操る主への怒りもある。
だが、何よりも「洗脳」という行為そのものに対し、どこか根底的に受け入れられない。
それは他でもない。「洗脳」が、如何に人を不幸にしてしまうものなのか理解しているからだ。
見知った者が弄ばれることへの憤りもある、前線にも立たず悠々と操る主への怒りもある。
だが、何よりも「洗脳」という行為そのものに対し、どこか根底的に受け入れられない。
それは他でもない。「洗脳」が、如何に人を不幸にしてしまうものなのか理解しているからだ。
杏子は横たわるファラリスの雄牛の上に着地する。
それ同時、複数の槍が杏子の後方に空中展開され、一斉に射出した。
途中、飛行する魔獣を巻き込みながらも、投槍は騎乗するまどかへ向けられていく。
それ同時、複数の槍が杏子の後方に空中展開され、一斉に射出した。
途中、飛行する魔獣を巻き込みながらも、投槍は騎乗するまどかへ向けられていく。
だが、その結果は……。
「……っ!」
杏子の目前に現れた、"パイプ爆弾"が物語った。
それは初めて見るものではない。察知から一瞬の判断により、槍の鎬で払い除けた。
爆弾の落下より、数秒の経過。爆発に地上のラゴンヌやガメゴン達が巻き込まれた。
それは初めて見るものではない。察知から一瞬の判断により、槍の鎬で払い除けた。
爆弾の落下より、数秒の経過。爆発に地上のラゴンヌやガメゴン達が巻き込まれた。
視線を前に向けるが、騎乗するシャンタクごと、まどかは既には消えていた。
「……後ろか!」
微かな音に察知し、杏子は跳躍した。
後方の上空から放たれたロケット弾がファラリスの雄牛を破壊した。
後方の上空から放たれたロケット弾がファラリスの雄牛を破壊した。
足場への着地と同時に後方の上部へ身を翻す。
視線の先にはシャンタクに乗るまどかと共に、シャンタクに乗る暁美ほむらも待ち構えていた。
ほむらが手に持つRPG-7は、一瞬にして89式小銃へと切り替わる。
視線の先にはシャンタクに乗るまどかと共に、シャンタクに乗る暁美ほむらも待ち構えていた。
ほむらが手に持つRPG-7は、一瞬にして89式小銃へと切り替わる。
暁美ほむらの魔法は、「時間操作」。
時間停止の能力を使用し、騎乗するシャンタクごと潜んでいた。
時間停止の能力を使用し、騎乗するシャンタクごと潜んでいた。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
機械的な動作で、複数の矢と銃弾が同時に杏子目掛けて放たれた。
「────うおわっ!」
突如。杏子が急速に後方へ滑り出した。
足場になった器具は、用途の不明なベルトコンベア。
状況を把握するや否や、屈伸運動により頭上へ飛び上がった。
足場になった器具は、用途の不明なベルトコンベア。
状況を把握するや否や、屈伸運動により頭上へ飛び上がった。
空中に巨大な槍を展開し、足場とする。
杏子は顰め面を浮かべ、目先の二人を睨み付けていた。
自在な矢を放つまどかと時間停止を持つほむら。未だに上手く攻めきれていない。
杏子は顰め面を浮かべ、目先の二人を睨み付けていた。
自在な矢を放つまどかと時間停止を持つほむら。未だに上手く攻めきれていない。
そして、空の魔獣達も杏子に迫っていた。
ローグル、スノードラゴン、クロード……など、最初の数から2/3ほどはまだ生き残っている。
"鬱陶しい"と、雑魚に対する苛立ちが湧き上がり、杏子の顔もさらに強張る。
ローグル、スノードラゴン、クロード……など、最初の数から2/3ほどはまだ生き残っている。
"鬱陶しい"と、雑魚に対する苛立ちが湧き上がり、杏子の顔もさらに強張る。
空中は、未だ戦闘が続く。
Ж Ж Ж
(……ああ、嬲りたいですわ……。)
エリザベートは足場になるための拷問器具の生成を続けながら思う。
仰ぎ見る目線は、足場を置くべき空中ではなく、一心に杏子の姿を捉えていた。
勇ましく、必死で、気丈に戦う姿。自分の手で壊したいという欲求が湧き上がる。
仰ぎ見る目線は、足場を置くべき空中ではなく、一心に杏子の姿を捉えていた。
勇ましく、必死で、気丈に戦う姿。自分の手で壊したいという欲求が湧き上がる。
(まさか、魔獣共が"こちら"にも来ることは想定外でしたが、ウォーミングアップにはちょうどいいですわ。)
陸の魔獣達を放っておき、空の魔獣達を見渡すエリザベート。
実は杏子に対して、伝えていない情報がある。
これがどの陣営の手先であるのか、ということはエリザベートも知っていた。
これがどの陣営の手先であるのか、ということはエリザベートも知っていた。
再開発地区で過ごしていたが故、周辺の情報は粗方知っている。
キャッスルから膨大な魔力が漂っていることも、魔獣がキャッスルに集まっていることも。
彼女も彼女で、拷問器具を操る応用で鼠達を使い、情報を突き止めさせていたからだ。
結果、どうにも"ザキラ"というマスターが城を支配し、"私兵として魔獣達を従えている"と把握している。
キャッスルから膨大な魔力が漂っていることも、魔獣がキャッスルに集まっていることも。
彼女も彼女で、拷問器具を操る応用で鼠達を使い、情報を突き止めさせていたからだ。
結果、どうにも"ザキラ"というマスターが城を支配し、"私兵として魔獣達を従えている"と把握している。
だが、結界は厄介であった。エリザベートの力では結界を打ち破れない。
それにザキラも、好みとする英雄像とは程遠い。配下の狂った骨など微塵も興味が湧かず、保留としていた。
故に、あくまで"知らない振り"。ビッグアイに進路を勧めたのは、キャッスルへの関心を反らす目的も兼ねていたわけだ。
それにザキラも、好みとする英雄像とは程遠い。配下の狂った骨など微塵も興味が湧かず、保留としていた。
故に、あくまで"知らない振り"。ビッグアイに進路を勧めたのは、キャッスルへの関心を反らす目的も兼ねていたわけだ。
『──オイオイ……。そんな気色の悪い眼差しを向けたら、愛すべき君の主人もドン引きだぜ?』
「……どこのどなたかは存じませんが。いきなり話かけるのは不躾でなくて?」
「……どこのどなたかは存じませんが。いきなり話かけるのは不躾でなくて?」
どこからともなく、エリザベートの耳に念話が流れ込む。
姿を見せぬ相手に信用も何もない。エリザベートの声色は厳しめなものであった。
姿を見せぬ相手に信用も何もない。エリザベートの声色は厳しめなものであった。
『生憎、碌な躾なんて習った覚えもないからね。習ったのは""だけさ。』
「それで何のご用で?」
「それで何のご用で?」
"どうでもいい"、といった風にエリザベートも本題を求めた。
『君に"いい話"を持ってこようと思ってね。当世風に言えば、君を"スカウト"に来たのさ。』
「スカウトですって……?」
「スカウトですって……?」
怪訝な表情を浮かべるエリザベート。
『今の関係、崩したいんだろ?いつまでも騙し続けるのも、いつまでも欲望を抑えるのも限度がある。
だけど、君に体勢を変えるための手段もなければ、その先の用意もない。違うかい?』
(────こちらのことはお見通しというわけですか……。)
だけど、君に体勢を変えるための手段もなければ、その先の用意もない。違うかい?』
(────こちらのことはお見通しというわけですか……。)
表情は一転し、冷淡な面持ちのエリザベート。一方の声の主は笑い声であった。
裏で何をしていたのか、現在の自分達の関係性についてどうなのか、全て見抜かれている。
裏で何をしていたのか、現在の自分達の関係性についてどうなのか、全て見抜かれている。
『迎えるのは令呪による自害。成す術もない君は無念の退場……ってところだ。
だから、表面上は従うしかないんだろう?"どうせバレないだろう"って、気楽に流しながらさ。』
だから、表面上は従うしかないんだろう?"どうせバレないだろう"って、気楽に流しながらさ。』
煽りにエリザベートは顔を顰めつつも、何も言わなかった。
実際に手を出してしまえば、令呪で切り捨てられてしまうことぐらい、彼女も理解している。
そして、拷問しかできない彼女に、器用に切り抜けられる術もなければ、その気もない。
実際に手を出してしまえば、令呪で切り捨てられてしまうことぐらい、彼女も理解している。
そして、拷問しかできない彼女に、器用に切り抜けられる術もなければ、その気もない。
だから、現状を甘んじて、表向きに従うしか選択肢がないのだ。
しかし、真相が明るみになったとしても同じこと。
どのみち、エリザベートは信用がゼロとなれば、令呪で切り捨てられてしまう運命にある。
客観的に見れば、今のエリザベートの立場は有利不利を通り越して、破滅しか待っていない。
どのみち、エリザベートは信用がゼロとなれば、令呪で切り捨てられてしまう運命にある。
客観的に見れば、今のエリザベートの立場は有利不利を通り越して、破滅しか待っていない。
それが、『エリザベート・バートリー』という殺人鬼の悪癖。
社会的な防御というべき隠蔽を軽じ、やがて告発者を生んでしまう。
結局は、過去と同じことを繰り返してしまい、破滅が再現される。
社会的な防御というべき隠蔽を軽じ、やがて告発者を生んでしまう。
結局は、過去と同じことを繰り返してしまい、破滅が再現される。
『だけど、安心しなよ。こちら側に就くなら、君の行動への後ろ盾は作ってやるさ。
佐倉杏子から令呪とクラスカードを奪い、マスターから外すこともできる。
ついでに、今後積極的に戦うことにもなるから、面倒な装いも必要なく、したいだけ拷問ができる。
どうだい?君にとって、これ以上にない"いい話"だろう。』
「…………。」
佐倉杏子から令呪とクラスカードを奪い、マスターから外すこともできる。
ついでに、今後積極的に戦うことにもなるから、面倒な装いも必要なく、したいだけ拷問ができる。
どうだい?君にとって、これ以上にない"いい話"だろう。』
「…………。」
その話は、エリザベートにとっても旨味のある案ではあった。
彼女達のように洗脳されてしまえば、令呪を使用される危険性を気にすることもない。
複数人に目を付けられたとしても、あのキャッスルと魔獣達なら自分を守ることにも使える。
更にザキラの意向に乗って動くことで、今より積極的に戦える機会も増えるかもしれない。
そう考えると、隠れながら機会を窺うよりかは、陣営に就いた方が環境が確かに整っていると思った。
彼女達のように洗脳されてしまえば、令呪を使用される危険性を気にすることもない。
複数人に目を付けられたとしても、あのキャッスルと魔獣達なら自分を守ることにも使える。
更にザキラの意向に乗って動くことで、今より積極的に戦える機会も増えるかもしれない。
そう考えると、隠れながら機会を窺うよりかは、陣営に就いた方が環境が確かに整っていると思った。
「……そうね。貴方の不躾なスカウトは好かないけれども、話だけは検討するわ。」
『期待しているよ。……まっ、でもこちらとしても暫くは明るみに出さず、"内通者"として動いてほしいってのもあるけどね。』
『期待しているよ。……まっ、でもこちらとしても暫くは明るみに出さず、"内通者"として動いてほしいってのもあるけどね。』
エリザベートもとりあえずは検討として流す。
見据えたような反応を見せると、主は"それじゃあ、また後でね"、と言って念話が切れる。
見据えたような反応を見せると、主は"それじゃあ、また後でね"、と言って念話が切れる。
("内通者"、ですか……。)
その意味を、エリザベートも理解していた。
まず、移行するためには相手方に贈る"実績"などが必要性であるということ。
さらに深読みするならば、そのために"しばらくは自重しろ"ということにもなる。
まず、移行するためには相手方に贈る"実績"などが必要性であるということ。
さらに深読みするならば、そのために"しばらくは自重しろ"ということにもなる。
(……こちらも様子見するだけですわ。都合よく事が運ぶかどうか。)
確かに提案は、旨味のあるの話である。
だが、相手が相手だけあり、今のところ、どうにも信用しきれない。
相手からは変な期待を抱かれているようだが、現段階では宛にするつもりもなかった。
"場合によって、そちらを利用する"。見解はあくまでそれだけであった。
だが、相手が相手だけあり、今のところ、どうにも信用しきれない。
相手からは変な期待を抱かれているようだが、現段階では宛にするつもりもなかった。
"場合によって、そちらを利用する"。見解はあくまでそれだけであった。
再び、マスターの佐倉杏子に視点を戻す。
ただ、その眼差しは、最早心酔だけではなくなりつつあった。
ただ、その眼差しは、最早心酔だけではなくなりつつあった。
÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷
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「今頃、"様子見"って考えてるところだろうね。まっ、どうなったって時間の問題だと思うケド。」
ケラケラと笑う黄川人。
悠長に考えたところで、エリザベートに待っている展開は"裏切り"か"破滅"のどちらか。
どうあがいても、それは「時間の問題」という話でしかない。
悠長に考えたところで、エリザベートに待っている展開は"裏切り"か"破滅"のどちらか。
どうあがいても、それは「時間の問題」という話でしかない。
しかし、どちらに転んだところで、黄川人には何の痛みもない。
所詮は自業自得であり、誤って消えたとしても"使える駒が減った"だけのこと。
これから待ち受けるであろう彼女の顛末には、さほど関心はなかった。
所詮は自業自得であり、誤って消えたとしても"使える駒が減った"だけのこと。
これから待ち受けるであろう彼女の顛末には、さほど関心はなかった。
次はアカデミーに視線を戻す。
「こっちはこっちで勇者サマが大健闘しているね。
勇者部五箇条、"なるべく諦めない"だったっけ?」
勇者部五箇条、"なるべく諦めない"だったっけ?」
視線の先は、ワイバーンの群れを大剣でなぎ倒す風の姿。
風がアカデミーに用意した陣を破壊し回っていることは知っている。
確かに、結界の質は低い。陣を破壊すれば解けるほどの簡易的な結界であることは事実。
しかし、破壊された陣などいくらでも修復できる。黄川人からすればまだ"遊び"の範疇である。
確かに、結界の質は低い。陣を破壊すれば解けるほどの簡易的な結界であることは事実。
しかし、破壊された陣などいくらでも修復できる。黄川人からすればまだ"遊び"の範疇である。
もっとも、その気になれば一人の風を狙って殺すこともできていた。
それをしないのは、死んでしまっても別に構わないが、まだ殺すつもりはないからだ。
この一連の流れは、あくまで"陽動"。彼女達の利用価値はまだまだある。
それをしないのは、死んでしまっても別に構わないが、まだ殺すつもりはないからだ。
この一連の流れは、あくまで"陽動"。彼女達の利用価値はまだまだある。
「……おっ。そろそろ、巴あや達と合流しそうだね。」
少し離れた地点から、あやとジークフリートが進んでいるのが見て取れた。
狙いは、風だけではあや。一人を対象とするよりも、二人一辺にやった方がちょうどいい。
狙いは、風だけではあや。一人を対象とするよりも、二人一辺にやった方がちょうどいい。
「この展開じゃあ、この二組はまず組む。それが合理的ってもんだからね。
でも、それぐらいじゃ、こっちに問題があるわけじゃない。」
でも、それぐらいじゃ、こっちに問題があるわけじゃない。」
今後、どういう流れになるかというもの。
黄川人もザキラも、先に起こるであろう展開を読んでいる。
黄川人もザキラも、先に起こるであろう展開を読んでいる。
それは、「風とあやの二組が同盟を組む」という展開。
それは仕方がない。魔獣や鬼の大群にファヴニールまでいる以上、争っている場合じゃないと判断する。
故に一先ず、この状況では協力し、互いにザキラを倒すのが先決という流れになることだろう。
それは仕方がない。魔獣や鬼の大群にファヴニールまでいる以上、争っている場合じゃないと判断する。
故に一先ず、この状況では協力し、互いにザキラを倒すのが先決という流れになることだろう。
この数と勢力を見れば、どのみち、組まれてしまうのは目に見えた話。
ただ、別に犬吠埼風と巴あやだけが組んだぐらいでは大した問題にはならない。
ただ、別に犬吠埼風と巴あやだけが組んだぐらいでは大した問題にはならない。
「問題はこれからだ。これから先、出来る限り多くの味方と組むことになる。
それでアカデミーが終われば、次に行き着く先は『ジョセフ・ジョースター』のところだろう。」
それでアカデミーが終われば、次に行き着く先は『ジョセフ・ジョースター』のところだろう。」
次に彼女達が取ると思われる行動は、「より多くの味方を取り入れる」こと。
まずは近くにいた佐倉杏子と合流し、同盟を組むことになる。
過去を踏まえると似たような臭いの持ち主なので、この関係は相性が良い。
過去を踏まえると似たような臭いの持ち主なので、この関係は相性が良い。
その次、C-4地区に居るジョセフの陣営に向かうと思われる。
杏子達がC-4地区『ビッグアイ』に向かっている以上、その案に則る方が妥当だからだ。
杏子達がC-4地区『ビッグアイ』に向かっている以上、その案に則る方が妥当だからだ。
「どうであれ、あっちと組めば、聖杯戦争の落とし所がいい。
それは『詠鳥庵』の陣営も同じところだ。あっちもいずれは同盟を組む。
それで邪魔となる勢力を潰すために共闘する……ってのが、次の展開だね」
それは『詠鳥庵』の陣営も同じところだ。あっちもいずれは同盟を組む。
それで邪魔となる勢力を潰すために共闘する……ってのが、次の展開だね」
戦争の収束を目的としているジョセフ側と同盟を組めば、戦いの落とし所が良い。
風もあやも今は混沌とした状況であるため、"とりあえず戦うしかない"という認識があるだけ。
決着を付けられる環境があるなら、則るに越したことはなく、故に同盟に入ると考えられる。
風もあやも今は混沌とした状況であるため、"とりあえず戦うしかない"という認識があるだけ。
決着を付けられる環境があるなら、則るに越したことはなく、故に同盟に入ると考えられる。
その場合、遠坂凛やイリヤスフィール、衛宮士郎の『詠鳥庵』に加え、レオナルド陣営と組む可能性は高い。
"ザキラを倒すため"という思惑は一致する。故に合理性も考え、彼女達は一先ずは打倒のために共闘することであろう。
そうなれば、次は犬吠埼風・巴あや・佐倉杏子・遠坂凛・イリヤスフィール・衛宮士郎・レオナルドの計七組と戦う展開。
参加者数の多さや各参加者の思惑もあってやむを得ない話だが、些か敵が多過ぎてしまうことは否めない。
"ザキラを倒すため"という思惑は一致する。故に合理性も考え、彼女達は一先ずは打倒のために共闘することであろう。
そうなれば、次は犬吠埼風・巴あや・佐倉杏子・遠坂凛・イリヤスフィール・衛宮士郎・レオナルドの計七組と戦う展開。
参加者数の多さや各参加者の思惑もあってやむを得ない話だが、些か敵が多過ぎてしまうことは否めない。
「……というわけで、これから合流を避けていかないとダメだ。」
だからそれを見越して、次なる展開を用意している。
できる限り、彼らとの合流を避けさせ、共闘から遠ざけるための展開を。
できる限り、彼らとの合流を避けさせ、共闘から遠ざけるための展開を。
「まっ、後はザキラがどこまでやれるか次第だ。」
縁から立ち上がり、黄川人はその場から姿を消した。
÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷
÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷ ÷
「やぁああああーーーーー!!」
横一文字に振るわれた大剣が、5体の雑竜達を同時に切断する。
風の表情にも、疲れが浮かぶ。半数ほどやっと削ったが、まだ優位にはならない。
風の表情にも、疲れが浮かぶ。半数ほどやっと削ったが、まだ優位にはならない。
目指すは、食堂脇の陣。
しかし、溢れる雑竜達の妨害を受け、辿り着くことができない。
事態が一向に進展しないまま、早十数分以上は経過していた。
しかし、溢れる雑竜達の妨害を受け、辿り着くことができない。
事態が一向に進展しないまま、早十数分以上は経過していた。
「…………っ!!」
横方数メートルから放たれるファヴニールの息吹。
即座、盾にすべく大剣を投擲し、風は横方へと飛び上がった。
火炎に飲まれ、見る影もなく溶解していく風の大剣。
即座、盾にすべく大剣を投擲し、風は横方へと飛び上がった。
火炎に飲まれ、見る影もなく溶解していく風の大剣。
風はドドンゴの背へと着地する。
「何よアイツ、めっちゃ強いじゃない……!」
思わず、不満を吐露していた。
こんな巨竜。正直、まともにやり合える相手などではない。
息吹の火力はさることながら、こちらの攻撃は微塵も通らず、振るわれる爪や尾は速い。
まずは"陣の破壊"と"雑竜達の駆逐"を優先に、風もファヴニールを避けている。
こんな巨竜。正直、まともにやり合える相手などではない。
息吹の火力はさることながら、こちらの攻撃は微塵も通らず、振るわれる爪や尾は速い。
まずは"陣の破壊"と"雑竜達の駆逐"を優先に、風もファヴニールを避けている。
だが、不満は何より、"納得いかない"からであった。
"聖杯戦争に上級NPCが使用される"という事態が、風には納得いかない。
"聖杯戦争に上級NPCが使用される"という事態が、風には納得いかない。
アカデミーにはジークやゼルダ姫達もいるため、上級NPCのことは知っていた。
ザキラが洗脳能力の類を持っている様子は、アカデミーにいる風も知っていた。
しかし、彼らは"NPC"。聖杯戦争に関与すべきでなければ、利用されるものではない。
可能性はわかっていたが、このような事態になることを風も認めたくはなかった。
ザキラが洗脳能力の類を持っている様子は、アカデミーにいる風も知っていた。
しかし、彼らは"NPC"。聖杯戦争に関与すべきでなければ、利用されるものではない。
可能性はわかっていたが、このような事態になることを風も認めたくはなかった。
「というか、チートでしょ!こんなのって!」
謂わば、チート。つまり"不正"という見解。
"サーヴァントとマスター"というあるべき聖杯戦争の基本形から逸脱している。
挙句にサーヴァント以上の戦力を所有するなど、チートと言わずして何と呼ぶべきか。
"サーヴァントとマスター"というあるべき聖杯戦争の基本形から逸脱している。
挙句にサーヴァント以上の戦力を所有するなど、チートと言わずして何と呼ぶべきか。
「うわっと……!」
足場のドドンゴが前転を始め、風も跳躍した。
跳躍の要領で、飛行するワイバーン達の背を踏み台に飛び移っていく。
跳躍の要領で、飛行するワイバーン達の背を踏み台に飛び移っていく。
「……はぁああっ!」
翳した右の掌に、逆手向きの大剣を出現させる風。
目先は、食堂。陣がある壁へ向かい、風より勢いよく大剣が放たれた。
目先は、食堂。陣がある壁へ向かい、風より勢いよく大剣が放たれた。
一直線。壁に大剣が突き刺さり、刻まれていた陣は消失した。
「よし、次は……。」
『…………。』
『…………。』
着地から即座に構え。風の両手には新たな大剣。
残る雑竜達の視線を集中する。大半数は、未だ余力有り。
ただ、ファヴニールだけは何故か、風の方を見ておらず、玄関方面を向いていた。
残る雑竜達の視線を集中する。大半数は、未だ余力有り。
ただ、ファヴニールだけは何故か、風の方を見ておらず、玄関方面を向いていた。
「コイツらをどうするべきか……。」
破壊したことでこの場に留まる必要はなくなった。
理由はよくわからないが、ジークの意識は逸れている今がチャンスである。
この隙を活かし、まだ行っていない残り一つの体育館に急ぐことも可能であった。
追っ手は来るであろう。だが、正直に相手していられるほど、自分にもアカデミー側にも余裕はない。
理由はよくわからないが、ジークの意識は逸れている今がチャンスである。
この隙を活かし、まだ行っていない残り一つの体育館に急ぐことも可能であった。
追っ手は来るであろう。だが、正直に相手していられるほど、自分にもアカデミー側にも余裕はない。
……と、その時。玄関方面の道から二名の人物が風の視界に入った。
「!!」
「「……!」」
「「……!」」
あやとジークフリートの主従がその場に止まる。
それぞれ得物の剣と刀を手に、戦闘態勢に入った。
それぞれ得物の剣と刀を手に、戦闘態勢に入った。
(う、嘘っ!?こんな時に……!?)
風は動揺する。別陣営の介入。
巨竜の相手でも厄介だというのに、サーヴァントの相手などやってられない。
巨竜の相手でも厄介だというのに、サーヴァントの相手などやってられない。
(犬吠埼風……。サーヴァントはここにいないのか……。)
あやは冷静に状況を判断する。
この状況で表に出ていない以上、サーヴァントが潜んでいる様子はなく、不在と読んだ。
この状況で表に出ていない以上、サーヴァントが潜んでいる様子はなく、不在と読んだ。
「…………。」
『…………。』
『…………。』
一方、ジークフリートは風よりもファヴニールを見据えていた。
ファヴニールもまた、視線はジークフリートを捉え、戦闘態勢に入っている。
ファヴニールもまた、視線はジークフリートを捉え、戦闘態勢に入っている。
(令呪でアサシンを呼ぶべき……いや、でも、この状況ならアイツの対応も厳しいわね……。)
早くも令呪を使い、サソリをこちらに呼び戻すべきか。
だが、サソリも急に召喚されたところで、この状況で上手く立ち回れというのはかなり厳しい。
だが、サソリも急に召喚されたところで、この状況で上手く立ち回れというのはかなり厳しい。
(……そうだ、"アレ"があったわ。一度退くならサーヴァント相手でも通じるかもしれない。多分。)
風にも状況を切り抜ける"手段"を持っていた。
サソリでも、「サーヴァントでも通じると言えば通じる。耐性がなければの話だがな」と評するものであった。
サーヴァントがこちらに向かってきたタイミングに合わせ放ち、食堂の物陰でアサシンを呼ぶというのが手。
サソリでも、「サーヴァントでも通じると言えば通じる。耐性がなければの話だがな」と評するものであった。
サーヴァントがこちらに向かってきたタイミングに合わせ放ち、食堂の物陰でアサシンを呼ぶというのが手。
「……聴きたいことがある。」
しかし、困惑した状況の中、ジークフリートは口を開く。
「"彼"は何者だ。」
目の前に立つファヴニールを問う。
何故、このような者がいるのか、ジークフリートにはわからなかった。
何故、このような者がいるのか、ジークフリートにはわからなかった。
「……その子は、上級NPCよ。"ジーク"、って名ね。操られているのよ、ザキラって奴にね。」
「…………。」
「…………。」
状況のフォローとして、口を開く風。
『……俺はザキラ様に従う……。ただそれだけだ!』
「……確かに彼自身の意思ではないようだ。」
「……確かに彼自身の意思ではないようだ。」
一先ず、起きている状況は理解した。
別の聖杯戦争の記憶はないが、彼は"ジーク"なる第三者であること。
ザキラという者によって操られ、聖杯戦争に巻き込まれているということ。
そして、彼はNPC。いずれにしても殺してはならない存在に当たること。
別の聖杯戦争の記憶はないが、彼は"ジーク"なる第三者であること。
ザキラという者によって操られ、聖杯戦争に巻き込まれているということ。
そして、彼はNPC。いずれにしても殺してはならない存在に当たること。
『……やるのか。』
『ああ。彼は助けるべきだ。』
『ああ。彼は助けるべきだ。』
ジークなるものを"助けるべき"だということが、ジークフリートも理解した。
溜息を吐くあや。こうなったらセイバーは梃子でも動かぬ。
確かに、ジークフリートが竜を無視して、サーヴァントのいない風だけを攻撃すれば、手っ取り早く済む。
"隙だらけのマスターを攻撃し、令呪を奪う"というのは、戦争としては合理的な判断である。
確かに、ジークフリートが竜を無視して、サーヴァントのいない風だけを攻撃すれば、手っ取り早く済む。
"隙だらけのマスターを攻撃し、令呪を奪う"というのは、戦争としては合理的な判断である。
しかし、ジークフリートはそれを納得はしない。
元はと言えば、このアカデミーにはファヴニールと戦うために来たもの。
ましてや、巨竜を無視してマスターを襲うなどジークフリートにはできない判断だ。
元はと言えば、このアカデミーにはファヴニールと戦うために来たもの。
ましてや、巨竜を無視してマスターを襲うなどジークフリートにはできない判断だ。
どのみち放っておいても、あやにファヴニールの危害が及んでしまうことは否めない。
だから、あやとしても間違っているとも思わない。この場は諦めることとした。
だから、あやとしても間違っているとも思わない。この場は諦めることとした。
『……ただ、マスター。君はこの場から下がってほしい。その刀では今居る他の竜種の相手は厳しいぞ。』
『……。』
『……。』
もっとも、それ以前にあやが太刀打ちできる余裕もなかった。
目の前にいるのは数十匹はいる竜種の大群。
超人的なパワー故に纏めて相手ができる風に対し、対人向きなあやでは雑竜の相手は容易とはいかない。
特に普通の刀では通じないほど強硬なドドンゴや上空を飛び回るスノードラゴンなど、圧倒的に不利。
下手すれば、敵マスターと戦うよりも先に竜種に負け、殺されてしまう恐れすらある。
超人的なパワー故に纏めて相手ができる風に対し、対人向きなあやでは雑竜の相手は容易とはいかない。
特に普通の刀では通じないほど強硬なドドンゴや上空を飛び回るスノードラゴンなど、圧倒的に不利。
下手すれば、敵マスターと戦うよりも先に竜種に負け、殺されてしまう恐れすらある。
(……あら?こっちが狙いじゃない?あの竜と戦ってくれるならラッキーだけど。)
風も敵が襲う気がない様子に気付く。
少なくとも、あちらのサーヴァントからは自身への敵意を感じられない。
目線と方向はファヴニールから離さず、どこか彼が相手をするように示唆している。
そういう展開に事が運んでくれることは、風にとっては幸いであった。
少なくとも、あちらのサーヴァントからは自身への敵意を感じられない。
目線と方向はファヴニールから離さず、どこか彼が相手をするように示唆している。
そういう展開に事が運んでくれることは、風にとっては幸いであった。
(マスターはそれでも別。ただ、刀一本じゃねどうにもならないでしょうね……。)
マスターはそうとも限られないであろう。
しかし、相手マスターは無表情を装っているが、面持ちは余裕には見えなかった。
しかし、相手マスターは無表情を装っているが、面持ちは余裕には見えなかった。
風の目から見てもあやに、勇者のような特殊な武装や力があるとは思えない。
あくまで、対人用の武装。この状況でそれが護身として機能しきれるかどうかも怪しい。
あくまで、対人用の武装。この状況でそれが護身として機能しきれるかどうかも怪しい。
(……一か八か。賭けてみるか。)
風も背に腹は変えられなかった。
来た相手もこの事態は想定外かもしれないが、自分も余裕をかましてられる状況じゃない。
来た相手もこの事態は想定外かもしれないが、自分も余裕をかましてられる状況じゃない。
「ねぇ、そこのアンタ。アタシと手を組まない?」
「…………何?」
「…………何?」
あやにとっては思いもよらない提案が投げられる。
「こんな状況で聖杯戦争をやるつもり?フェアじゃないわよ、こんな戦い。」
風は内心、期待などしていなかった。
相手のマスターと共闘を申し込もうとなどとは、風自身も思わない。
聖杯戦争が始まって早々、しかも見知らぬ相手と出会っていきなり組むなど以ての外。
相手のマスターと共闘を申し込もうとなどとは、風自身も思わない。
聖杯戦争が始まって早々、しかも見知らぬ相手と出会っていきなり組むなど以ての外。
だが、現状はイメージしていた聖杯戦争からかけ離れている。
基本、参加者同士が戦うものである筈。上級NPCや魔獣が関わるなどフェアではない。
こういう展開を良しとは言えない。まともにやるぐらいなら、目の前の相手と組んだ方がマシだった。
基本、参加者同士が戦うものである筈。上級NPCや魔獣が関わるなどフェアではない。
こういう展開を良しとは言えない。まともにやるぐらいなら、目の前の相手と組んだ方がマシだった。
「…………。」
あやもどこかその意見に共感していた。
良しとは言えないのは風にとっても、あやにとっても同じ。
個人の戦争に上級NPC・魔獣や鬼の大群を使ってくるなど、規模や次元が違う。
フェア云々など気にする柄でもないが、敵の手段に納得いくわけでもない。
良しとは言えないのは風にとっても、あやにとっても同じ。
個人の戦争に上級NPC・魔獣や鬼の大群を使ってくるなど、規模や次元が違う。
フェア云々など気にする柄でもないが、敵の手段に納得いくわけでもない。
『……マスター。ここは組むべきだろう。
彼女の言う通り、この状況下で聖杯戦争をやっていられる余裕はない。』
彼女の言う通り、この状況下で聖杯戦争をやっていられる余裕はない。』
ジークフリートも冷静に提案する。
余裕がない以上、この状況で令呪を奪うなど二の次、三の次。
目の前の相手に専念するためにも、一先ずは組んだ方がいいと判断した。
余裕がない以上、この状況で令呪を奪うなど二の次、三の次。
目の前の相手に専念するためにも、一先ずは組んだ方がいいと判断した。
(…………仕方がない。)
あやも案に妥協する。
正直、あやはこの戦争で仲間など組むつもりはなかった。
相手とは戦う以上、あまり関わる必要がないと考えていたからだ。
正直、あやはこの戦争で仲間など組むつもりはなかった。
相手とは戦う以上、あまり関わる必要がないと考えていたからだ。
だが、今はそれも違う。
これからの戦いを考えると、余程じゃないが単独で渡りきれそうにない。
まずは、障害となる大群を倒し、勝ち目のある状況を作らなければならない。
これからの戦いを考えると、余程じゃないが単独で渡りきれそうにない。
まずは、障害となる大群を倒し、勝ち目のある状況を作らなければならない。
「……ザキラ達を倒すまでだ。」
「!」
「!」
仲間を組むことは了承する。
今は、呉越同舟。協力し合って一緒に困難を乗り越えなければならない。
ザキラ達を倒し、あるべき聖杯戦争の形に戻すことが先決だから。
今は、呉越同舟。協力し合って一緒に困難を乗り越えなければならない。
ザキラ達を倒し、あるべき聖杯戦争の形に戻すことが先決だから。
────だが、転機は突如として訪れる。
「────っ!!」
「……えっ!?」
「────!」
「……えっ!?」
「────!」
風とあやの地面に陣が発生した。
突然の事態に、困惑の相を見せる二人。
魔法陣の周りには障壁。二人も身動きが取れない。
突然の事態に、困惑の相を見せる二人。
魔法陣の周りには障壁。二人も身動きが取れない。
ジークフリートも瞬時に不覚を悟る。
この緩みかけた隙こそが、敵の狙いである、と。
この緩みかけた隙こそが、敵の狙いである、と。
「マスター!!」
次は、ジークフリートが動くよりも先。
瞬きする間もなく、風とあやは光の中を姿を消えていった。
瞬きする間もなく、風とあやは光の中を姿を消えていった。