| 生年月日 |
宇宙新暦930年頃(推定) |
| 年齢 |
不老化技術により約500歳以上生存 宇宙新暦1486年時点で約550歳 |
| 出生地 |
星間文明統一機構 ロフィルナ行政管理区 |
| 人種 |
ロフィルナ人 |
| 所属 |
セトルラーム共立連邦初期指導者 |
| 主な階級 |
宗教政治家、エルドラーム星教指導者 |
概要
自己紹介
ようこそ、新しい土の上へ。……私はエルドラームの旧典に仕える者、ヴァンス・フリートンと申します。肩書きは色々と付きましたが、皆さんの前では、ただの祈りの番人だと思ってください。長い航海のあいだ、船の底で数えた空腹の日々を、私は一日も忘れていません。だからこそ、ここで最初に皆さんにお願いしたいのは、祈りの言葉を覚えることより先に、隣の人とパンを分けることです。祈りは後からでも唱えられますが、分け損ねたパンは、二度と同じ形では戻ってこない。私が議場で口にする約束も、まずはそこから始めます。もし私が壇の上で偉そうな顔をし始めたら、遠慮なく裾を引いてください。不老の身は便利なものですが、自分の顔が昨日と同じかどうかを、つい確かめ忘れるのです。……さあ、杯を回しましょう。最初の一杯は、船で眠った人たちの分です。
来歴
オリジナルの歩みは、旧典派の教団が書き残した断片を主な手掛かりに辿られ、入れ替わりの後の足取りは替え玉の経歴に紛れた。
抵抗
オリジナルは
星間機構の占領下で育ち、圧政に喘ぐ民衆の暮らしを間近に見ながら、若くしてエルドラームの聖職に就いた。宇宙新暦950年頃には
不老技術の処置を受けており、施術が星間機構の実験に由来するのか、独立派の秘術に由来するのかは、今日まで謎として残る。同963年、
ルドラス・エルクの率いる独立派に身を投じた聖職者は、イドゥニア各地に散らされていた部品を一つずつ探し出し、
デリル・メルダの二台を組み上げた。片方の端末はインテファーラに渡る盟友に託され、イドゥニアに残った片方とともに、二つの星の蜂起を結ぶ要となっている。老いを止めた身体で各地の隠れ里を巡り、祈りの集まりを開き続けた聖職者は、抵抗運動の精神的な支柱に数えられた。同968年に計画が星間機構の知るところとなり、加担した市民が大勢虐殺されると、報復を避けて信徒の匿う地下の礼拝所に身を潜めている。
船団
身を隠した後の足取りは途切れがちで、旧典派の記録が再び名を拾うのは宇宙新暦1206年である。赤軍が管区宇宙港を押さえ、移民の列が港に押し寄せた折、オリジナルは
ルドラディス始祖船団に乗り込み、指導部の上層に席を得た。航海が長引くにつれ、イドゥニア由来の星教の原理主義は終わりの遠い日々を送る人々の拠り所となり、旧典派を率いる聖職者は、上層の席から下層の乗員に向けて祈りの言葉を送り続けている。同1286年、医学技監の
ゾレイモスが廃棄区画で見出した男が、容貌の似た影武者として聖職者の傍らに付けられた。
ヴィニス・ベオトールの名を持つ男は、以後、代役として人前に立つ機会を少しずつ得ていく。船団は同1366年にパレスポル星系に辿り着き、同1386年には第三惑星ゼスタルの最初の降下地点で、都市(
学術研究都市ルドラトリス)の建設が始まった。聖職者も降下の列に加わり、船内で生まれた世代に混じって初めて地表の土を踏んだ。
建国期
宇宙新暦1486年、ゼスタルの地に
セトルラーム共立連邦が成立すると、オリジナルは
イドゥニア星系の解放を望む
エルドラーム教徒の声を代弁し、教団を背負う政治家として名を高めた。教団の指導層は君主の
ルドラスを裏から操る体制を敷いており、旧典派の指導者は、教団の意向を議場に届ける立場に就いている。信徒の中から募った私兵組織は、聖職者の身辺を守る足場となった。現在の
武装白衛旅団も、この時期に築かれた支持母体の系譜を引いている。議場の外にも支持を広げた聖職者は、世俗の側からも大統領の座を窺う候補の一人に数えられ、教団の外に向けた演説の機会を年ごとに増やした。影武者の出番も議場の内外で増え、式典の壇上には、本人と替え玉が日を替えて立つようになっている。
最期
宇宙新暦1486年のある夜、オリジナルはゼスタルのエルドラーム教会で、裏庭に一人で祈りを捧げていた。背後の足音に振り返った指導者は、短剣を手にしたヴィニスに、共に築いたものを壊すのかと問うたものの、男は答えの代わりに刃を胸に突き立てた。身内の心に文を向けることを自らに禁じてきた聖職者にとって、傍らに置いた男の殺意は、刃が届く瞬間まで読む手立ての外にあった。不老の身体は即死を免れ、膝をついた聖職者は、哀れみを湛えた目で男を見上げて「
デリル・メルダが…民を導くなら…私の命は惜しくない」と告げている。孤独の重荷が解けていく感覚の中、血に濡れた指は平たい石に「我が魂は星と共に」と刻んだ。ヴィニスは刃を深く突き立て直し、亡骸を裏庭の奥の古井戸に投げ込んだ。立ち去る男の手には、聖袍に留められていた印章と、血に染まった祈祷書が握られていた。翌朝の説法の壇には、同じ顔をした別の男が立った。石の文字は風雨に晒され、崩れた石ごと草の下に埋もれている。説法の抑揚に違和を覚えた旧典派の一部の信徒の間では、荒野で力尽きたとも、隠遁して生き延びたとも噂が伝わり、師を星の殉教者と称えて語り継ぐ者も現れたとされる。
人物
オリジナルは、自らを民に差し出す覚悟を常に携えた理想家であり、どれほどの苦境にあっても、信徒の前では先に続く道を語り続けた。外見は四十代前後の壮年の姿を保ち、穏やかな笑みと深い眼差しが、初めて会う者の緊張を解いたと伝わる。若い時期に止めた身体を、教団を率いる年頃に合わせて後年の処置で整え直したとの話もあり、本人は、容貌を問われるたびに、説法の席に似合う顔を選んだだけだと笑って答えた。自ら組み上げた
デリル・メルダを、聖職者はロフィルナ人の魂と自由を託す器と見なし、端末に込めた願いを説法の中で繰り返し語っている。祈りの後には一人で歩く時間を取り、帰り道に言葉を交わした者の名を手帳に書き留めて、翌朝の祈りで一人ずつ唱える習いがあった。原理主義の教団に身を置きながら、説く順序は戒律より施しを先に立て、飢えた者の前では経典を閉じて配給の列を自ら整える姿も見られた。不老の歳月は孤独と疲れを心の底に積もらせ、数百年を生きる身の重さを、聖職者は祈りの長さで量っていたとされる。
人間関係
オリジナルの縁は、占領下の抵抗運動で結ばれた同志に始まり、移民船団の航海で広がった後、建国の年に断ち切られた。
同志
占領下の抵抗運動で、二人は背中を預け合う古い同志となった。追われる身の元士官が各地に散らした部品を、聖職者が一つずつ拾い集めて組み上げたことで、互いの手順を言葉より先に読み合う信頼が育っている。移民船団では、航路を定める役目を指揮官が受け持ち、乗員の心をつなぐ祈りは聖職者が引き受けた。錯乱した乗員の暴動に元士官が厳しい弾圧で臨んだ折にも、聖職者は処刑の前夜に房を訪ねて祈りを授ける役に回り、同志の裁きに表立って異を唱える真似を慎んでいる。建国の後、教団が君主を裏から操る体制が敷かれると、教団の側に立つ聖職者は、狂信者の力を削ぐ機会を窺う君主と議場で向かい合う立場に置かれた。表向きの対立が深まった後も、二人だけの席では、互いを名で呼ぶ同志の頃の習いが残り続けたと伝わる。影武者に入れ替わった後の聖職者を、君主がどの目で見ていたのかは、記録の外にある。
旧王族の老公が二つの星の同時蜂起を練った時、計画の要となる端末を組み上げる役目は、聖職者の手に委ねられた。計画の筋は老公が描き、部品を探し歩く足は聖職者が受け持って、二人は隠れ家を移りながら連絡を重ねている。聖職者は老公を計画の主として敬い、端末の組み上げが一段進むたびに、老公の隠れ家に使いを走らせて進み具合を届けた。計画が露見し、加担した市民が大勢虐殺された後、二人は同じ痛みを抱えたまま別々の潜伏先に散った。潜伏先の礼拝所で、聖職者は犠牲者の名を一人ずつ読み上げる祈りを続け、名簿の写しを老公のもとにも密かに送り届けたと伝わる。移民船団で再び顔を合わせた折、政治の表舞台を避ける老公に、聖職者は旧典派の祈りの席を空けて待つ意を伝えている。老公は礼の言葉を返して辞し、空けられた席は、建国の年を迎えるまで同じ場所に置かれ続けた。
船団
港を強襲した航空部隊の働きが、地下に潜んでいた聖職者に、船団に乗り込む道を開いた。救い出した難民の一人として遇するより先に、指導者の妻は、上層の席に座る聖職者を扱いの難しい有力者として量っていた節がある。冷えた計算を得手とする女にとって、旧典派の祈りは乗員を束ねる道具であり、道具を握る手の持ち主には、常に一定の距離が保たれた。新天地での恩赦を巡る議論では、過去の背信を赦すよう説く聖職者の側に指導者が傾き、厳罰を求める妻は、祈りの言葉で議論を丸めた相手に冷えた視線を送ったとされる。聖職者の側は、女の峻厳さを船団の規律を支える柱として認め、議論の後にも礼を尽くした挨拶を続けた。上層の席次を巡る小さな諍いを女が裁く場面では、聖職者は裁きの結果に口を挟む代わりに、裁かれた側の家族を祈りの席に招いて取りなす役を引き受けている。赦しを説く口ぶりを、女は後年まで甘さの見本として引き合いに出したと伝わる。
最下層に押し込まれた女が指導者の側近に引き上げられた頃、上層の聖職者は、配給を巡る協議の卓で初めて女と向き合った。下層の飢えを数字で示す再編案に、聖職者は最後まで黙って耳を傾け、祈りの言葉を挟む代わりに賛意だけを短く示している。案が採られた後、聖職者は下層に向けた祈りの席で、案の出どころを伏せたまま、下層の者にも通じる言葉で改まった配給の理由を説いて回った。女を売り渡した男を、聖職者が影武者として傍らに置いたのは、協議の卓を囲んだ後のことである。女の胸中は記録の外に置かれ、聖職者の側も、男の過去を女の前で話題に上らせる場面を避け続けた。同じ上層で長い航海を過ごすうちに、女は聖職者の歩き方から祈りの間の取り方まで、間近で見知ることになる。物腰と声音を覚え込んだ女は、後年、同じ顔をした男の前に立つことになった。
後進
医学技官の道を歩み始めた若い隊員にとって、政治家の心得を授けた最初の師が、この聖職者であった。医術を学ぶ傍らで議論を挑んでくる後輩に、聖職者は説法の合間を割いて付き合い、壇上での言葉の選び方から議場での退き際までを手ずから示している。後輩の側は、師を尊敬に値する人物として胸に刻み、船団の苦しい航海の中でも、市民を奮い立たせる言葉の運びを師から借りた。医学技監に進んだ後も、後輩は師の身体の診察を自ら引き受け、不老の処置の経過を記した帳面を手元に置いて自ら守った。師の側も、医術の言葉で政治を語る後輩の癖を面白がり、説法の原稿を一度ならず読ませて意見を求めている。廃棄区画で後輩が見出し、師の影武者に仕立てた男は、やがて師の名ごと後輩の前に立つことになる。師の名を継いだ男と組む長い歳月のあいだ、後輩は、師と男を比べる言葉を胸の内に留め続けた。
影武者
廃棄区画から連れてこられた半裸の男を、聖職者は自らの影として迎え入れ、説法の抑揚から歩幅に至るまでを手ずから教え込んだ。男は祈りの文句を芝居の台詞として覚え、神を端から鼻で笑いながら、壇上での振る舞いだけは師を写し取っていく。男の目に宿る野心の気配を、聖職者は早い段階で察していたとされる。それでも、改心を待つ側に心を置き続け、代役を任せる場面を少しずつ増やした。稽古の場では、男の抑揚が師を上回って聞こえる日もあり、聖職者は笑ってその日の説法を男に譲ったと伝わる。譲られた壇上の喝采を、男は自らの値打ちの証として一つずつ数えていった。替え玉に向けた師の信頼と、師に向けた替え玉の侮りは、最後まで片側に傾いたまま並んでいた。男が身に付けた抑揚の多くは、教えた者の名とともに、今も連邦の議場に残っている。
戦闘能力
オリジナルは、占領下の抵抗運動を最前線で生き抜いた
令咏術の術者であり、
心属性の文法を軸に、祭具の長杖を携えて戦った。
神々の沈黙で働きを失った言語コードの古い語形は、旧典派の教団でも呪句の写しとして書き継がれてきたとされ、聖職者は施術を受ける以前から、呪句の運びを説法の抑揚として身に付けていた。戦いの場では説法の声そのものを詠唱による書き込みに充て、祈りの文句を一句ずつ心属性のシートに刻んでいく。古い語形を織り込んだ文は聴き手の耳に深く届き、追手の隊列には号令の聞き違いが広がる一方、味方の兵は一つの拍に乗って踏み込みを揃えた。乱れた相手の懐には、金属の芯を通した長杖が入り込み、立ち上がる前に勝負を決める。心属性の文は少量の媒介エネルギーで長く保たれ、聖職者は自らの周りにも認識を繋ぎ留める文を巡らせて、背後に生じる気配の継ぎ目を拾い続けた。作用は精神の側で完結し、心の構えを外から整えられた相手には、文が届いても受け流されやすい。身内と認めた者の心に文を向けることを、聖職者は同意の作法に照らして自らに禁じていた。
語録
「声を出せないなら、指を折って数えなさい。祈りは、数えている間だけ、誰にも奪えない」
集会を禁じられた占領下の村で、口を塞がれる罰を恐れる信徒たちに。指で数える祈りの作法は、以後、検問の多い地区の信徒の間で受け継がれた。
「私を吊るすなら、縄は短めにしてくれ。長いと、最後の祈りを言い終えてしまう」
占領下の検問で捕らえられ、尋問官に処刑をほのめかされて。尋問官は翌日、聖職者を証拠不十分のまま釈放し、帳面の罪状欄には空白だけが残された。
「デリル・メルダは我々の魂だ。それが響き合う限り、自由は生き続ける」
端末の組み上げを終えた夜、作業を見守った信徒たちに。一人が言葉を記録領域に吹き込もうとして操作を誤り、端末に残る最初の記録は、聖職者の咳払いから始まっている。
「戒律を一つ増やすなら、配給を一つ増やしてからにしなさい。空腹の者は、新しい戒律を食べ物の名前と聞き違える」
航海の半ば、食前の祈りを長くする戒律を提案した教団の幹部に。提案は取り下げられ、船内の食前の祈りは三行のまま航海の終わりまで唱えられた。
「土か。踏むと少しだけ、こちらを押し返してくる。床と違って、言い返してくる相手がいる感じだな」
船内で生まれた子供に、地表の感触を尋ねられて。子供は以後、通路の床に言い返させようと飛び跳ね続け、母親から聖職者のもとに苦情が届いた。
「私の顔を使うなら、私の約束も一緒に使ってくれ。顔だけを借りて約束を置いていく者を、民は二度目に見抜く」
影武者に初めて代役を任せた朝に。その日の壇上で替え玉が交わした約束は、一件ずつ帳面に書き写され、夕刻には聖職者の机に届けられた。
「お前が散らかしたものを拾うのは、昔から私の役目だったな。今度は何を散らかした」
建国の後、議場で激しく対立した日の夜、人払いをした席で君主に。返ってきたのは短い沈黙に続く苦笑で、卓の茶は二杯目に進んだ。
「議場で神の名を出すのは、私が最後でいい。次の世代には、神を呼ばずに済む言葉で話してもらいたい」
演説のたびに聖句を引くべきかを尋ねた教団の若い議員に。議員は次の演説から聖句を一つ減らし、空いた行を配給の数字で埋めた。
エピソード
- 占領下で説法の原稿を検閲官に没収された時、原稿は全て料理の献立に偽装されていた。献立を持ち帰った検閲官の家では食卓が目に見えて豊かになり、検閲官は以後、旧典派の指導者の荷物だけを殊更丁寧に検めるようになったと伝わる。
- 船団の上層で配給の削減を告げる演説を任された聖職者は、文案を三度書き直した末に、自分の取り分を最初に削る一文を書き加えた。演説の翌日には上層の幹部たちの取り分も同じ割合で削られ、幹部会の席では恨めしげな視線が一人に集まった。
- 水の割り当てを守るため、指導者は白い聖袍の洗濯を袖口だけに限った。袖口だけが白い聖袍は間もなく上層の幹部たちの間で流行となり、洗濯係の仕事は目に見えて減っている。
- 影武者に説法の稽古を付けた日々、見物する信徒の間では、壇上の二人のどちらが本物かを当てる賭けが流行った。噂が耳に届くと、オリジナルは胴元を務めた信徒を翌週から献金係に任じ、胴元の帳簿は以後、献金箱の勘定に転用された。
- 説法の最中に最前列の老人が眠り込むと、聖職者は声を落として抑揚を子守歌の調子に変え、老人が目を覚ますまで同じ節を繰り返した。目を覚ました老人は説法が終わったものと思い込み、満足げに礼を述べて席を立った。
- 祭具の長杖は見た目より遥かに重く、儀式の行列で杖持ちの少年が三度転んだ。以後、行列の間だけ杖は持ち主の肩に担がれ、少年には香炉が預けられている。
- 船団の学校で子供たちに年齢を尋ねられたオリジナルは、正直に数を答えたものの、桁の多さに子供たちは笑い転げて作り話と決め込んだ。以後、学校の算術の授業では、聖職者の年齢が大きな数の読み方の例題として使われ続けた。
- 使い込まれた祈祷書の余白は、配給の勘定や議場の席順の書き込みで埋まり、祈りの文句より計算の跡が目立つほどになっていた。見かねた信徒が新しい祈祷書を贈ると、旧典派の長は丁寧に礼を述べて受け取り、翌月には新しい余白も数字で埋まっていた。
- ゼスタルの都市建設で礎石の祝福を頼まれた指導者は、旧典の文句を冒頭から結びまで唱え通したため、作業が半日止まった。翌月、現場監督から祝福を礎石三つに一つとする嘆願が届き、指導者は嘆願書にまで丁寧に祝福を書き添えて返した。
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最終更新:2026年11月02日 22:33