概要
戦力
作戦の目標は、ロフィルナ南部の沿岸に並ぶ港湾都市を制圧し、コックス政権軍が頼る海上からの搬入路を断つところに置かれた。正面の攻勢を受け持ったフリーネア陸軍は約5万人を動員しており、戦車を先頭に据えた機械化編成が組まれている。後方の支援は平和維持軍が引き受け、占領した地域の統治についても同軍が責を負う形が定められた。
文明共立機構が派遣したFT2部隊20万人がこれにあたり、兵員の規模では連合軍の大半を占めている。
ジェルビア星間条約同盟(heldo)の各国は補給トラック500台を供出し、歩兵支援部隊5000人を送り出した。海上からの火力は同盟の駆逐艦10隻を含む艦隊が引き受け、上陸に先立つ砲撃が計画に組み込まれている。艦隊の任務は港湾施設の破壊に絞られ、市街への砲撃は上陸部隊の突入を妨げる恐れがあるとして避けられた。陸軍の投入した戦車は港湾の狭い街路での運用を想定した仕様で揃えられており、装甲車が歩兵の輸送を受け持っていた。攻略の順序は沿岸のルナヴェイラを先に落とす形で定まり、東隣のヴェリナクールを次の目標に据えている。内陸では補給路の要となるカザレナ峠の確保が平和維持軍に割り当てられ、港湾から前線へ抜ける経路を押さえる算段が立った。峠の確保が遅れれば陸揚げした物資は沿岸に滞る見通しであり、進撃の速度が峠の帰趨に左右される構図が生じている。同じ南部沿岸には
サンリクト公国海軍が艦隊を展開しており、王党派の側から政権軍の港湾を衝く構えを取っていた。平和維持軍の兵員には統治の実務にあたる要員が含まれ、占領後の行政を引き継ぐ準備が動員の段階から進められた。公国は沿岸の各地へ上陸部隊を大量に送り込み、政権軍の守備隊を海岸線に釘付けにする方針を採った。連合軍と公国軍は指揮系統を分けたまま、同じ海域で並行して行動する見通しが立てられていた。
経過
戦闘は共立公暦1001年の春から年末まで続き、南部の沿岸から内陸の峠にかけて断続的に推移した。
上陸
共立公暦1001年の初頭、
ヴァンス・フリートン大統領はロフィルナの混乱が同盟全体の安全保障に及ぶと断じ、heldo諸国に協力を要請した。動員の完了を待つ間に
ゲザッセル鉄槌作戦が宇宙で決着し、王国の航空宇宙軍が失われたため、上陸の条件が整っている。3月下旬、同盟の艦隊はルナヴェイラの沖合に展開しており、港湾施設を狙った砲撃が続いた。倉庫群が焼け落ちると、戦車を先頭に立てた地上部隊が市街へ突入し、ティラスト派守備隊8000人を制圧している。同じ時期、サンリクト公国海軍の上陸部隊が西寄りの海岸に取りつき、政権軍の沿岸守備隊を海岸線に引きつけた。港湾の防衛線からは守備の兵が引き抜かれ、市街の制圧は上陸から数日のうちに終わっている。双方の砲火はいずれも政権軍の陣地へ集まり、海上での遭遇は互いの航路を譲り合う形で収まった。コックス政権軍が健在である限り、連合軍と公国軍の攻撃目標は南部沿岸で重なり続けていた。
峠確保
4月に入ると、平和維持軍のFT2執行本隊が内陸のカザレナ峠を占拠し、港湾から前線へ通じる経路が開かれた。同盟の補給トラックは峠を越えて動き始めたものの、山間に潜んだ政権軍の遊撃隊が輸送隊を襲い、経路の維持には護衛の増強が要る状況が続いている。5月、フリーネア陸軍はヴェリナクールへの攻撃を強行しており、同盟各国が出した航空戦力の支援を受けて市街を制圧した。峠に残ったFT2執行本隊は流入する避難民の収容に人員を割かれ、前線への支援は後手に回っている。セトルラーム側は平和維持軍の遅滞が作戦を危うくしていると不満を表明し、機構側はフリーネアの強引な進軍が混乱を招いていると反論した。6月、フリーネア陸軍は単独で内陸へ追撃をかけたが、カザレナ峠の奥で政権軍の反攻を受け、3000人以上の損失を出して後退している。
再編
損失の報せは同盟の各国に広がり、セトルラームの独断が同盟の負担を増やしているとの声が上がった。8月、共立機構は南部戦線の調整会議を主催しており、セトルラームと同盟諸国の代表が席に着いた。会議で策定された統合指揮プロトコルは、フリーネア陸軍に攻撃の主導を認め、平和維持軍を後方の支援に専念させる形で分担を定め直している。10月、指揮系統の一本化を受けて連合軍は港湾都市の制圧を加速させ、南部沿岸の主要な積出港が順次落ちた。海上からの搬入が絶たれると、政権軍の物資は内陸の経路に切り替えられ、前線への到着は遅れるようになる。年末までにフリーネア陸軍は前線基地を補強し、平和維持軍の司令部では占領地の統治計画が固められた。計画には港湾機能の復旧が組み込まれ、沿岸都市の行政を機構の管理下で再開させる方針が示された。
影響
作戦の帰結は南部の住民の生活から連合軍の内部にまで及び、革命の長期化を決める条件になった。
戦線の帰結
海上からの搬入路を断たれたコックス政権軍は、沿岸の拠点を捨てて内陸へ後退し、以後の戦いを陸上の防衛線で組み立てることになった。南部沿岸の港湾一帯は連合軍の管理下に入っており、内陸へ通じる補給の経路だけが政権側に残っていた。ルナヴェイラとヴェリナクールの港湾施設が破壊されたため、南部の住民は食料の搬入路を失った。生活の手立てを失った50万人が住居を離れ、平和維持軍の設けた収容拠点に流れ込んだ。拠点の過密は衛生の悪化を招き、疫病の流行が収容者の間に広がって多くの死者を出した。配給の順番をめぐる争いが拠点の周辺で起き、平和維持軍は警備にあたる人員を増やしている。ティラスト派は、この惨状を侵略者の暴虐として宣伝し、抵抗への支持を沿岸の各地で呼びかけている。サンリクト公国が押さえた海岸は公国の管理下に残り、南部の沿岸は帰属を分けた形で年を越した。
連合内の齟齬
セトルラームは作戦の主導によって同盟内での発言力を強めたが、共立機構との折衝が長引いた経緯は、費用を分担した同盟の中小国に不信を残した。攻勢の速度を優先する連邦の姿勢は、占領地の統治を先に置く機構の方針と現場で食い違い続けている。負担の配分をめぐる議論は同盟の内部で繰り返されており、中小国の撤退論はこの時期に持ち上がった。同盟の各国が負った輸送の実費は年度の途中で膨らみ、増派の可否を問う議論が各国の議会で始まった。連邦の国内では、内陸での損失がフリートン政権への批判を強め、軍事負担の増加を求める圧力が同盟の全体に及んだ。国際社会では連邦の強硬な作戦運用に批判が集まり、平和維持軍が進めた収容の実務には星域の各国から評価が寄せられた。攻勢と統治のいずれを先に置くかで判断が割れたまま、戦線は南部の沿岸から内陸の山間に広がっていった。
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最終更新:2026年08月19日 19:33