『fragile』
(キャラ)宮崎すみれ(すーちゃん)
“すーちゃんには言っちゃおっかな”
──それが世界でいちばん、彼女の唇から零れてほしかった言葉なのかもしれない。
『好き』って、平坦な記号なんかじゃ足りない。
胸の奥の、いちばん柔らかくてドロドロしたモノを、愛おしげにかき混ぜられるような感覚。
私だけが特別になれた気がしてしまう、致死量の甘い毒。
……ずるい。
そんな風に私を利用する、先輩のすべてがずるかった……。
バイト終わり、夕焼けに溺れて真っ赤なロッカールーム。
世界に二人きりだと錯覚させるオレンジの斜光が、私たちの逃げ場を優しく、残酷に遮断する。
誰もいない、誰も来ない。その事実だけで心が焦げ落ちそうになる──あの日の、再演みたいな舞台。
さとう先輩がロッカーを閉めた、ただそれだけの乾いた音に、私の肩は過剰に跳ね上がった。
「……ねえ、すーちゃん」
「あ、……はいぃっ!! ……あ。え、えと……私から先に話しても~~……いいですか?」
「え? あぁ、うん。いいよ」
私の憧れで、愛おしくて、触れたらパリンと壊れてしまいそうなガラス細工で、……でも実際に壊れかけてるのは私で。
鞄も、キーホルダーも、スマホケースも、なんなら身に付ける下着のブランドだって……全部。全部真似をして、お揃いにしても、一ミリも届かない──松坂さとう先輩。
……地味で、何の特徴もない私が、さとう先輩という劇薬に触れていいはずがないのに。
細い光の隙間、重なる制服の影。
ふわりと鼻腔をくすぐる、ベリーフローラルの匂い。──甘い。甘すぎて頭がおかしくなる。
この空間のすべてのせいで、私はいつも、肺の動かし方を忘れてしまう。
逃げ出したい。でも、引き裂かれてもここにいたい。
先輩に頬を触れられた時の──指先の柔らかさはいつも、熱病のように熱かった。
「──あっ、う、うあ……っ! ……え、えと、話しても……いいですよね〜……っ?」
「ハハ、ごめんごめん。だってすーちゃん、ほんとに……──いやいいや。……それで、何かな?」
「ちょ、ちょっとぉ! 言いかけて止めるのはナシですよ先輩ぃ~~っ!! もう~~~っ!!──」
この爆発しそうな心拍数を聞かれたくないから、私はどうでもいい話題で捲し立てる。
「──『すーちゃん』ってあだ名、……正直だいぶアレじゃないですか? まずそもそも、『すみれ』で『すー』って……その、思考停止っていうか、安直すぎるというか〜……っ」
「嫌なの?」
覗き込んできた先輩の瞳に、私の真っ赤な顔が映る。
「ぁ!! べ、別に嫌とかじゃないです!! ただ、その〜……さとう先輩はどう思ってるのかな~~っていうか…………」
「ふーん。それならさ、私のクラスにもいるよ? 『たべこ』ってあだ名の子」
「……えーと、食べるのが好きだから……ですか……?」
「ううん。先生の妹さんの名前を考察大喜利してた時、適当に『たべこ』って言ったから。そこからずっとたべこちゃん」
「えぇ……? だいぶ身も蓋もないっていうか、可哀想ですねそれ……」
「そんなもんだよ、あだ名なんて。──」
「──私は“すーちゃん”って響き、結構好きだけどなぁ」
「……っ~~~~~!? ぁ、せ、先輩〜……っ! からかわないでくださいってばぁ──」
「──……あっ」
他愛もない──ってレベルじゃない会話だった。
ただ、どうにかしてさとう先輩の視界に私を繋ぎ留めておきたいってだけで。
とにかく必死で、先輩の呼吸一つ、視線一つに全神経を集中させる、それだけの私だった。
そんな無防備な私の肩に、すとん、と心地よい重みが預けられる。
──さとう先輩が、私に軽く寄りかかってきていた。
「あ。……さ、さとう……先輩……」
「じゃあ次は、私の番だね」
薄い制服の布地を透過して伝わる、彼女の体温。
さらりと私の頬を撫でる、先輩の絹のようなピンク色の髪。
どこまでも優しく、どこまでも暴力的な、──甘い匂い。
「すーちゃんさ、前に私……“ちょっと怒ってる”って言ったよね?」
「(ゲッ、あの時のコト……?!)…………ま、まだ根に持ってるんですかぁ……?」
「ううん。でもさぁ、ちゃんとごめんって、まだ言われてないな〜って」
「根に持ちすぎ……ですよぉ……」
「だからさ、代わりとして、この──『スパイス・ガール』のスタンドでさ。……ちょっと邪魔な子、やってほしいんだよね」
「え?」
「うん。ちょっとだけ。……いいかな?」
「……え」
答えられなかった。
というよりも、質問の意味が全く頭に入ってこなかった。
それは、このバトル・ロワイヤルへの恐怖とか、未知の異能への混乱とか、そういう理性の拒絶じゃない。
耳元で、鼓膜を甘く震わせる先輩の吐息のせいで、私の頭が……完全に壊されてしまったから。
さとう先輩の言うスタンドの能力だとか、何をするべきだとか、そういう長い説明は諸々右から左へ吹き飛んでいたけれど。
それでも、最後に滑り込んできた言葉だけは、私の胸に深く突き刺さった。
「──ね。これは『二人だけの秘密』だよ。すーちゃん」
「先、輩…………」
はっきりと、それだけを世界の真理として認識したのを最後に。
私は、頭の後ろに、冷たい何か──ウィーン、と差し込まれる『ディスク』の奇妙な感覚さえ、もうどうでもよくなって、
「私のこと、好き?」
「……っ! ……す、好き……です。……だいすき、で……っ──」
──……っ。
吐息混じりの甘い唇。
そのリップクリームの濃厚さに、私はただ、目を閉じることしかできなかった。
────、
──……。
あぁ、もう。
さとう先輩……分かってるんですからね。
どうせ先輩のことだから、裏ではこんなことでも考えてるんでしょ?
ほんとに、ズルいん……だから……──。
【松坂さとう@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:利用♡
1:……ほんとちょろいなぁ。
2:扱いやす〜。
3:でもこの子も幸せそうだし別によくないかな?
………
……
…
「先輩っ……、さとう……先輩っ…………! んんっ……ちゅ、……はぁ、ちゅっ………………」
『……で、』
『……一体、何をなさっているのですか。宮崎すみれ……』
「……っ!!! ぶっ、うおわあああぁぁっ!!? ちょ、ちょっとおぉ……っ! 勝手に部屋に入らないでって言いましたよね!?」
『今、殺し合い中ですよ』
「か、関係ないですから!! あ……あっち行っててください!! 見ないで!!」
『大アリでしょうが』
「う、うるさい!! あっち行っててって言ってるでしょーっ!!」
『……』
──ガチャンッ。
……心底、バカを見る目に心が刺さる…………。
うん、知ってた。現実はこう。
さとう先輩なんてここには一ミリもいないし、目の前に映っているのは、だらしなく髪を乱した鏡の自分だけ。
あの甘い匂いなんてまったくしない部屋で、私は『スパイス・ガール』の試し打ちをしてるだけだった。
さっきまでの空気なんて全部皆無。
今ここにあるのは、能力のせいで、『人肌』程度に柔らかくなった鏡。
──……それにベタベタと、無様に付着した私の『唾液』と。
──……死んだ目で部屋の隅へと立ち去っていくスパイス・ガール。
……ただそれだけ。
「…………はぁ」
虚無。完全に虚無……。
鏡の中の自分、終わってる。
しかも、能力で柔らかくしてるせいで、鏡面が微妙に波打ってるのが余計精神にきら。
「……私、なにやってんだろ……」
ぽつり。静まり返った部屋に、私の虚しい声が落ちる。
……冷静にならなくても、さとう先輩と私は月とスッポン、天と地ほども違うというのに。
顔の可愛さも、気高い雰囲気も、圧倒的な存在感も。何もかもが、別の生き物っていうのにさ。
なのに、私は勝手に近づいた気になって、勝手にドキドキして。
勝手に脳ミソ丸焦げにされて、ただの鏡に向かって虚しく『セルフキス』して。
似てもいない自分を、さとう先輩の代替にして。
……ほんと、意味分かんない。自分の行動なのに、狂ってるとしか思えない。
──でも、
それでもさ。
「……あの、ねえ、スパイス・ガール」
『……何の御用でしょうか』
「なんでも、……どんなに硬いものでも、柔らかく……できるんですよね? ……なんでも」
『今しがた好き勝手に実演されていたではないですか』
「そ、それはそうだけど……!! そういう卑猥な意味じゃなくて……!! ……例えば、油圧プレスみたいなさ」
『?』
「──ものすごく重くて、頑固で、上から降ってきたら何でも潰しちゃうようなものでも…………あなたの能力なら、柔らかく、できるのかなって」
『……』
「言っちゃえば、──『こころの境界線』みたいな固いもの……とかさ」
『…………ハァ』
私は、ストーカーとして迷惑をかけない範囲で、さとう先輩の『特別』になりたい。
その狂気的な決意をもう一度奥底に秘め、私はそっと、胸元のリボンを強く結び直した。
『プレスにかけて頭の中を見てみたいのは、私の方です。宮崎すみれ』
「ひどくないですか!?」
【すーちゃん(宮崎すみれ)@ハッピーシュガーライフ】
[状態]:さとう依存進行中
[装備]:スパイス・ガール@ジョジョ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:さとう先輩に会いたい……。なんでもしますからぁ~~……。
1:妄想と現実の反復横跳び、虚しすぎる……。
2:さとう先輩には、嫌われない範囲で、もっと色んなこと知りたい。
3:……また、“あの時”みたいにされたい。
4:でもストーカーはダメ。絶対ダメ。境界線。境界線……。
最終更新:2026年05月26日 22:06