『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』
(キャラ)ジョン・ウィック、セリュー・ユビキタス
あの日以来、朝食のメニューは変わらない。
卵、ベーコン、ブラックコーヒー。ただ、肉体を維持するためだけに胃袋へ流し込む作業だ。
それは車で行く先も、酒もそうだ。
レンタカーのステアリングを握り、決まったルートを走り、スーパーの代わり映えのしない棚を眺める。
スマホをいくらスワイプしても、現れるのは変わらない動画だけ。
世界から色彩が消えて久しい。
俺の現実は、ひどく退屈で、ひどく静かだ。
それだというのに、ツケのように訪れる『夢』だけは律儀だった。
毎晩、こちらの都合などお構いなしに、鮮明なレパートリーを引き連れて侵入してくる。
時々、見る。
──本当に何も考えずに眠れた時だけ、その場所に辿り着く。
………
……
…
『あっ、これ絶対合うわよ! ジョナサン』
風が吹いていた。
柔らかい草の匂い。突き抜けるような青空。
助手席から身を乗り出した妻──ヘレンが、紙袋を抱えて笑っている。
『また妙なものを買ったのか』
『妙じゃないわ。発見よ、偉大な発見』
俺の愛した69年型マスタング。
ダッシュボードを陽光が優しく照らし、ドリンクホルダーにはチープなコーヒーが二つ収まっている。
それが当然の日常であるかのように、昔からそうだったみたいに。
俺はその安物のコーヒーを口に含む。
『これ。豚レバーのペースト。ジャムと一緒に食べるのよ』
『……よせ。冗談がきつすぎる』
『何よ、その顔! ……ふふっ、良いから食べてみて。ほら』
『……本当に合うのか?』
『だから試してみてって言ってるの。はい、あーん』
俺が眉をひそめると、彼女は決まって楽しそうに笑った。
『最初にカニを食べた人も、きっとこんな風に躊躇したと思うのよね』
『意味が分からないな』
『つまり、勇気ある第一歩ってこと。案外、歴史の転換点なんてこんなものよ』
『……フッ、そいつはいい』
彼女が笑う。
俺も、釣られて口元を緩める。
それだけで十分だった。他には何もいらなかった。
愛犬のデイジーが、楽しげに草地を駆け回る。ヘレンがその小さな背中を追いかける。
ふと振り返って、俺に手を振り、そして名前を呼ぶ。
『ジョナサン!』
それが、世界で一番好きな声だった。
白い指も、陽に透ける髪も、薬指のリングも、目を離す理由がなかった。
だから、俺はいつだってヘレンの呼び声に応えようとする。
ポケットからスマートフォンを取り出して、
デイジーも、愛車も、この穏やかな光のすべても、──目覚めた後でも眺められるように。
『ほら、早く来て!』
『……ああ。今行く』
『ほら──』
────そして、無機質なモーニングアラームで、俺はいつも目が覚める。
◆
………
……
…
かつての上司を殺し、──そして俺も死を迎える。
コンテナに背を預け、最期の力を振り絞ってスマートフォンを開こうとした時には、もうすべてを理解していた。
指は動かない。肺に空気は戻らない。
だから、ただ夜空を見上げた。
“……すまない、ヘレン”
元より、血塗られた裏社会の人間だ。
愛犬と、彼女と──同じ場所へ行けない。その事実を、ただただ静かに受け入れるだけだった。
だが、次に目を覚ました時、俺はまだ生きていた。
──『バトル・ロワイヤル』。
……致命傷だらけだったはずの肉体は、不自然なほどに痛まない。
それは死後の世界にいるからではなかった。治療されていたからだ。
「犬は、うそをつかないんですよ」
「……ああ」
「人間みたいに裏切ったりもしません。汚い損得で動いたりもしない。だから私は、犬が大好きなんです!」
その『彼女』は、愛おしそうに胸元の犬を抱きしめた。
「──コロも、きっとそれが分かってあなたを見つけたんですよ、ウィックさん」
「…………恩に着る、──Ms.セリュー」
セリュー・ユビキタス──このゲームの参加者の一人。
小さな『コロ』という犬を抱きながら、彼女は俺を救った理由を満面の笑みで語ってみせた。
その瞳には、一点の曇りもない。
「ジョンさんも、そう思いませんか?」
「思う。……犬は犬だ」
「え?」
「嘘もつかない。見栄も張らない。自分が何者かになろうともしない。だから人間よりマシだ。……それだけだな」
「それはちょっと……言い過ぎじゃあないですか~? 少し偏屈ですね!」
セリューは頬を膨らませて見せた。
年相応の、どこにでもいる少女のような仕草。
俺は、彼女へ呼応するように、言葉を続ける。
「そうかもしれないな」
「私は人間も好きですよ。悪い人ばかりじゃありませんから」
「……」
小さな犬はふと尻尾を振る。
俺とセリューを交互に見上げてから、警戒も敵意もなく、ただ当たり前のようにこちらを見つめていた。
何も知らない顔だった。
「もちろん悪人はいます。でも、その分、正しい人だってたくさんいます。だから私は正義のために……『諦めません』!」
「諦めない、か……。それは、果てのない道だな」
「いえいえ、とんでもない。絶対的な正義の御旗のもとで戦えるなら、どんな痛みだって、──」
「──…………。………………」
「……どうした?」
「…………いえ、別に。何でもありません!」
彼女はそう言って、弾かれたようにまた笑顔を張り付けた。
病室の時計が刻む。冷徹な秒針の音だけが、しばらく部屋を支配する。
『犬は嘘をつかない』
その言葉には同意する。
だが、人間は違う。
善人も、悪人も、時々自分でも気付かない嘘をつく。そして、誰もが何かを隠して生きていく。
俺も。ヴィゴも。マーカスも。
…………。
……俺は、それ以上は考えなかった。
「とにかく、今は安静にしていましょう。……犬好きに、悪い人はいませんから。ね、ウィックさん」
「……ああ」
余計な言葉は、互いに必要なかった。
ただ、俺はまるでごく自然な仕草で、コロの頭に手を伸ばし、その毛並みを静かに撫でた。
……ふと、デイジーと同じベッドで見た最後の夢を、思い出しながら。
【ジョン・ウィック@ジョン・ウィック】
[状態]:全身に負傷(治療済)、疲労(中)
[装備]:グロック34
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×2
[思考]:主催者に『復讐』を遂行。
1:セリュー・ユビキタス、及びコロを警戒。
2:……だが、彼女には命を救われた恩がある。今は深く踏み込まない。聞かない。問い質さない。行動だけを見て判断する。
3:…………ヘレン。
【セリュー・ユビキタス@アカメが斬る!】
[状態]:健康
[装備]:コロ(ヘカトンケイル)
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3
[思考]:悪人は即・『正義執行』。
1:ウィックさん。……善人だと信じたいです。信じたいんですけども……。
2:……話は聞きません。……もしかしたら、聞きたくないのかもしれません。ですが、そのうち分かることでしょう。
3:──『悪人』が現れた、その時に。
最終更新:2026年05月31日 00:45