扉を開けた先に、姿見があった。鏡面の中に、私が映っていた。
私だけど私じゃない、誰かの姿。
誰か、じゃない。私がよく知る人の姿。渡されたタブレットに記載されたプロフィールの情報なんかよりも、私の方がずっとよく知っている、こいつの姿。
本当に、私の意識がこいつの身体の中に放り込まれたのだということを納得して、そして理解した。
ああ在りたいという願いが。欲すると共に、叶わないだろうと悟っていた私の願いが、無理矢理に叶えられたのだと。
こうして上辺だけ達成させられて。ああ、在れない。やっぱり、叶わない願いだったのだと。
湧いてくる情動、色にすれば決して透明じゃない、赤黒いのだろう想いに任せて、私は、私の頬に爪を突き立てた。
籠められるだけの力を、指先に籠める。簡単に折れそうなくらい繊細な白肌の指を、酷使しながら。
私の身体、違う、こいつの身体が声ではない悲鳴を上げる。今のこいつの身体に、こいつの意識は宿っていない。ただの痛覚の信号だ。無視して、痛めつけていく。
やがて、肉が僅かに削げた。裂け目から滲んでくる、赤い血。鮮やかな色の血。
小さな傷の刻まれた顔を、鏡で見る。
美しくない、と思った。
精巧な作りの顔面に刻まれた赤がもたらす不調和、それだけじゃない。肉体の本当の持ち主でない簒奪者であることを、こんな自傷を行ってまで証明した、私の有り様が。まるで、美しくない。
「ふふっ」
自嘲の笑いも、我ながら耳障りだ。発音が同じだけの、こいつがやるのとは別物の笑い方。
こんな気持ちを、思い出したくなかった。再燃させてしまう真似なんかしなければよかった。知らないどこかへ行ってしまうのが嫌で、のこのこと同じ世界に飛び込むんじゃなかった。
ああ、アイドルになんかなるんじゃなかった。
でも、もうなってしまった。もう引き返せない。
私はずっと、広大な海の中で、どこにも見当たらない陸地を求めてみっともなく溺れ続けるように生きていく。イルカかクジラみたいな生き物のように、こいつのように、自由に泳げないことを自覚しながら。
それが、私の選んだ生き方。後悔しながら、こいつのことをずっと嫌いだと思いながら、そんな感情全部が私のものなのだと抱えて、生きる。感情を声に、歌にする。私の、私だけの声帯を震わせて。
……だから、とりあえず、私の身体を取り戻さなければいけない。借りてしまっているこの身体を、こいつに返さなければいけない。
優勝を目指さず、あの人みたいに四六時中善人やってるような誰かを探して、一緒に魘夢とかいう奴を倒して、みんなでパッピーエンドでも迎えるか。
駄目だ、と結論づけた。魘夢に勝てるかどうかじゃない。私が、五体満足で、最後まで生き延びられるかも含めての話だ。どの道ただの人間である私には、無謀なリスクだと思ったから。
この殺し合いの破綻を成せたとして、その時にこの身体に取り返しのつかない傷や欠損が出来てしまっては、駄目だ。こいつの美しさが損なわれては、駄目なんだ。
優勝したら、どうなるか。得られる報酬は、元の肉体の復活。そして、何でも自由な願い。
じゃあ、十分だ。私が私の身体を取り戻すのと同じく。間違いなく、万全の状態へ、こいつの肉体を戻す。最後の一人になるまでの過程で、どんな不可逆のダメージを負ったとしても、綺麗に無かったことにする。どちらの道を選んでも絶望的なのだから、せめて最後にマシなオチのつく道が良い。
願いなんて、これで良い。他に何も望まない。
本当に良いのか、もっと複雑で壮大で奇跡的な願いだって……なんて、最後に尋ねられそうな気がして。
無性に腹が立って、姿見を蹴った。傾いて倒れて、不愉快な音を立てて鏡面が割れ、破片が無惨に飛び散る。今の私の姿を、もうまともに映せなくなる。
私の本当の想いなんてものがあるとして、簡単に理解されてたまるか。意地でも、望んでなんかやるものか。
「……文句言わせないから、透」
肉体だけはここにあって、意識がどこへ行ってしまったのかわからないこいつに、語りかける。私は、これから人を殺しに行くのだと。
……誰かを幸せにするアイドルがそんな真似をすることは決して許されないと、あの人に叱られそうだなと一瞬思ったけど。無意味な忠告だと打ち捨てた。
私はもう、狂わされたのだ。魘夢なんかよりも、ずっと前に。
私は――樋口円香は、こいつに――浅倉透に、とっくに食われてしまったのだ。
私だけど私じゃない、誰かの姿。
誰か、じゃない。私がよく知る人の姿。渡されたタブレットに記載されたプロフィールの情報なんかよりも、私の方がずっとよく知っている、こいつの姿。
本当に、私の意識がこいつの身体の中に放り込まれたのだということを納得して、そして理解した。
ああ在りたいという願いが。欲すると共に、叶わないだろうと悟っていた私の願いが、無理矢理に叶えられたのだと。
こうして上辺だけ達成させられて。ああ、在れない。やっぱり、叶わない願いだったのだと。
湧いてくる情動、色にすれば決して透明じゃない、赤黒いのだろう想いに任せて、私は、私の頬に爪を突き立てた。
籠められるだけの力を、指先に籠める。簡単に折れそうなくらい繊細な白肌の指を、酷使しながら。
私の身体、違う、こいつの身体が声ではない悲鳴を上げる。今のこいつの身体に、こいつの意識は宿っていない。ただの痛覚の信号だ。無視して、痛めつけていく。
やがて、肉が僅かに削げた。裂け目から滲んでくる、赤い血。鮮やかな色の血。
小さな傷の刻まれた顔を、鏡で見る。
美しくない、と思った。
精巧な作りの顔面に刻まれた赤がもたらす不調和、それだけじゃない。肉体の本当の持ち主でない簒奪者であることを、こんな自傷を行ってまで証明した、私の有り様が。まるで、美しくない。
「ふふっ」
自嘲の笑いも、我ながら耳障りだ。発音が同じだけの、こいつがやるのとは別物の笑い方。
こんな気持ちを、思い出したくなかった。再燃させてしまう真似なんかしなければよかった。知らないどこかへ行ってしまうのが嫌で、のこのこと同じ世界に飛び込むんじゃなかった。
ああ、アイドルになんかなるんじゃなかった。
でも、もうなってしまった。もう引き返せない。
私はずっと、広大な海の中で、どこにも見当たらない陸地を求めてみっともなく溺れ続けるように生きていく。イルカかクジラみたいな生き物のように、こいつのように、自由に泳げないことを自覚しながら。
それが、私の選んだ生き方。後悔しながら、こいつのことをずっと嫌いだと思いながら、そんな感情全部が私のものなのだと抱えて、生きる。感情を声に、歌にする。私の、私だけの声帯を震わせて。
……だから、とりあえず、私の身体を取り戻さなければいけない。借りてしまっているこの身体を、こいつに返さなければいけない。
優勝を目指さず、あの人みたいに四六時中善人やってるような誰かを探して、一緒に魘夢とかいう奴を倒して、みんなでパッピーエンドでも迎えるか。
駄目だ、と結論づけた。魘夢に勝てるかどうかじゃない。私が、五体満足で、最後まで生き延びられるかも含めての話だ。どの道ただの人間である私には、無謀なリスクだと思ったから。
この殺し合いの破綻を成せたとして、その時にこの身体に取り返しのつかない傷や欠損が出来てしまっては、駄目だ。こいつの美しさが損なわれては、駄目なんだ。
優勝したら、どうなるか。得られる報酬は、元の肉体の復活。そして、何でも自由な願い。
じゃあ、十分だ。私が私の身体を取り戻すのと同じく。間違いなく、万全の状態へ、こいつの肉体を戻す。最後の一人になるまでの過程で、どんな不可逆のダメージを負ったとしても、綺麗に無かったことにする。どちらの道を選んでも絶望的なのだから、せめて最後にマシなオチのつく道が良い。
願いなんて、これで良い。他に何も望まない。
本当に良いのか、もっと複雑で壮大で奇跡的な願いだって……なんて、最後に尋ねられそうな気がして。
無性に腹が立って、姿見を蹴った。傾いて倒れて、不愉快な音を立てて鏡面が割れ、破片が無惨に飛び散る。今の私の姿を、もうまともに映せなくなる。
私の本当の想いなんてものがあるとして、簡単に理解されてたまるか。意地でも、望んでなんかやるものか。
「……文句言わせないから、透」
肉体だけはここにあって、意識がどこへ行ってしまったのかわからないこいつに、語りかける。私は、これから人を殺しに行くのだと。
……誰かを幸せにするアイドルがそんな真似をすることは決して許されないと、あの人に叱られそうだなと一瞬思ったけど。無意味な忠告だと打ち捨てた。
私はもう、狂わされたのだ。魘夢なんかよりも、ずっと前に。
私は――樋口円香は、こいつに――浅倉透に、とっくに食われてしまったのだ。
【樋口円香@アイドルマスターシャイニーカラーズ】
[身体]:浅倉透@アイドルマスターシャイニーカラーズ
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]基本方針:優勝する。
[身体]:浅倉透@アイドルマスターシャイニーカラーズ
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]基本方針:優勝する。
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