想いこらえて(前編)◆j893VYBPfU



『これにて第一回放送を終了する。さあ――殺し合いを再開せよ』


あー。っていうかぁ?
それはもう言われなくてもやったげるわよ。
だからさあ、陛下の剣ギッたじいさん共、
このあたしがぶっ殺してあげようとしてあげるんじゃない?
――ついでに、中ボスもまとめてだけどさ。
ったく、変な時に声掛けやがって。
鬱陶しいったらありゃしないわね。

ってーか。ヴォル何とかだっけ?
オッサン、テメーも死刑確定な?
…やっぱり、うざいわアンタ――。

ヴォル何とかのうざい放送が終わってからの事。
あたしは、ふと中ボスの先程の妄言を思い出す。

『それにエトナ
 私にしてみればラハールと同じようにあなたを娘のように思ってるんです。
 どうして娘と本気で拳を交えることなんて出来ましょうか』

…はっきり言って、悪魔の吐く言葉とは到底思えねー。
しかも、そのくっさい台詞が演技でなくマジなんだから性質が悪りー。
そういう意味では、実にあのクリチェフスコイ様らしいっていうか…。

でも、繰り返し“娘”と言われて胸の奥がチクッとする。
あの女の顔が妙にチラついて頭の中のモヤモヤ。
それがさっきから、全然頭から消えてくれない。
それどころか――。


こっちのイラッとした空気読みやがらない中ボスは、
その顔に掛かった下水のような鼻の曲がる悪臭より、
もっともっとくっさくって、
もっともっと暑っ苦しい熱弁を振るう。


――そのおかげで、イライラはさらに加速する。


「…エトナ、よくお聞きなさい。
 たとえ血の繋がりはなかろうとも。
 貴女は私にとって大切な“娘”なのです。
 何があろうとも“父親”として、貴女がたをお守りいたします。
 それが、彼女も“母親”として、心より望むでしょう。
 私達は、“家族”も同然なのですから。」


―――――オイ。今、なんつった?

―――――あいつが、あたしの母親だって?

―――――あの女が、心よりそれを望んでいるってぇ?


チクッと来たものが、急にズキッと来たものに変わる。
あたしの顔から一気に血の気が引き、総毛立つ。
胸が掻き毟られるように疼き、怖気とは違う寒気が身体中に走る。
知らぬ間に、あたしは唇を血が滲む程強く噛み締めていた。
体温は今間違いなく、二・三度は下がっただろう。
でも、なんなのよ“コレ”?

…すごく、すごく痛い。潰れそうに痛い。捻じれそうに痛い。
刺されたように痛くて、それでも身体にはなんともない。
そう、今の痛みは妄想だし、錯覚。それぐらいはわかる。

でも、この形容し難い、経験したことのない、
悶えそうな位のモノ凄い痛みって、一体ナニ?

―――イヤだ。聞きたくない。

あたしは俯き、放送の内容に意識を向け、
中ボスの妄言を脳内から締め出していた。


          ◇          ◇          ◇


熱血過ぎる臭い事真顔で言いだした中ボスの戯言は全部無視。
――無視ったら、無視ッ!!

筆記用具と参加者名簿・地図を取り出し、
黙々と死亡者名と禁止エリアに×を付けていった。
殿下やフロンちゃんの名は、呼ばれる事はなかった。

ま。たかが人間風情に、魔王様の息子や天使が倒されるとは思えないけどね…。
…べ、別に心配しているわけなんかじゃないのよ?
あたしは誰にでもなく、自分の心の中で弁護する。

でも、むしょーにイライラが増す。
さっきから、この胸の痛みって奴が全然収まらない。むしろ酷くなる一方。
中ボスの戯けた言葉が何度でもあたしの頭の中をリフレインする。

ああ、鬱陶しい。鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい
鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい
鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい
鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい――――――!!


…こんなの、全然あたしらしくなんかないッ!!


それもこれも中ボスが、あたしの事「娘」だって言い出したからだ。
そう。よりにもよって、あたしの事「娘」って。
×××でなくて、「娘」だって。

いつもみたいに、おちゃらけた口調での、
「ウィ、美しきマドモワゼル」とかなんかでもなくて。
真摯に、ただ真剣に。あたしの瞳を、正面から見据えて。
それが冗談でも何でもないことを、否応なく認識させやがる。

そして、なによりもあたしをイライラさせてしまっているのは――。
そんなくだらい中ボスの言葉一つに、一々動かされてしまっている、
あたし自身の訳分かんなさに対してなんだけどさ。

だって、相手はあの中ボスなのよ?
そりゃまあ、以前はクリチェフスコイ様だったけど…。

あー。なんか目が痒くなってきた。
って、ホントに胸糞が悪い。
おまけに吐きそう…。

あんまりにも気分が悪いから、あっちにいるオッサンども
ぶち殺してうさ晴らしでもしようかとも考えてはいたのだが、
目の前には、そんなあたしを邪魔するように、
中ボスが腕を組んで立ちふさがっている。
「あなたに乱暴狼藉の類は一切させませんよ」とばかりに。

まるで、娘の悪戯を監視する、父親のような生暖かい瞳を向けて。
子供のあたしの考える事など、全てお見通しと言わんばかりに!
…目障りな事、この上ないッ!

ああ、もう嫌だ。色んな意味で嫌だ。
イライラし過ぎてどうにもならない。

同じく放送の内容を纏めた中ボスが思考を終え、
先程よりさらに深刻そうな、真面目くさった顔で、あたしに話し掛けてくる。
だが、どうせその内容はあたしをさらに不愉快にさせるものに違いない。

この先の言葉は、絶対にあたしが聞いちゃいけないものだ。
この場に居続ければ、あたしがあたしでなくなってしまう。
――そんな、酷く嫌な予感がした。

嫌だ。絶対に知りたくない。中ボスの顔を見るのも嫌だ。
嫌だ。絶対に聞きたくない。中ボスの声を聞くのも嫌だ。

とにかく、今はあの中ボスの元から出来るだけ離れておきたかった。
物凄くやり辛い。この人の前じゃ、あたしは何も出来ない。
あたしはこの人の前だと、ホントに小娘みたいになってしまう。
あたしが、エトナじゃなくなってしまう…。

正直、この人とはこれ以上付き合っていられない。
レシィも魔剣良綱も、今は何もかもどうでもいい。

嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ―――――!!

気が付くと、あたしは中ボスに背を向け、村の方角へと疾走し出した。
あっちなら、鬱憤晴らしになる他のオモチャ位、いくらでもいるだろう。
それに、中ボスの生暖かい、まるで父親が我儘娘に向けるような、
実に不愉快な生暖かく突き刺さる視線とも離れる事が出来る。


だが鬱陶しい事に、中ボスはあたしを追いすがって駆けてくる。


「…お待ちなさい、エトナ。貴女にはまだ話しておきたい事が――。
『あーもう一々付いてくるな鬱陶しい、勝手に保護者面するなボゲェッーーーー!!!!』」

中ボスがなおもこちらに話し掛けようとするが、
あたしは自分の鼓膜と喉が潰れようがお構いなしの絶叫で、
空気を切り裂いて中ボスに噛み付く。

「大体、お前はあたしの父親でもなけりゃ、
 あたしも世話が必要なガキじゃねーだろうがッ!!!!
 てめーは過保護で子供をニートにする馬鹿親かッ?!!!
 あたしは一人前のレ・デ・ィなのよッ!!!!
 今更、あたしがオヤジだなんて要るかッ!!!!」

そう。あたしが欲しいのは――。

「私の考えを、急に押し付けてしまった事には謝罪します。ですが――。」
『“お花摘み”にいってくるのよ、それが悪いっての?』」
「いえ。悪くはありません。ですが、花を摘みにいかれるのなら…。
 もう少し、時と場所と場合を考えて頂きたいのですが。」

一旦は立ち止まるあたしに、なおも喰い下がろうとする中ボス。
あたしはそれを遮る。これ以上は聞きたくないから。
続きを聞けば、きっとより辛い思いをするのだから。

中ボスの無自覚な生暖かい上から目線であたしを気遣う口調が、
さらに機嫌を逆撫でする。そこには全くもって悪意はないのだ。

だが、だからこそ…。
そう、だからこそ…。

あたしは中ボスに一度だけ向き直り、大きく息を吸い込む。
空気よ裂けよ、鼓膜よ割れよとばかりに絶叫を叩きつける!!

「“お花摘み”って、ようは“特盛りウンコ”の隠語だろーがッ!!!
 具体的に言わねーと、そんな事すらわかんねえのかテメーはッ!!!
 だからテメーはいつまでも中ボス呼ばわりされるのよ中ボスッ!!!」
 …それともナニか?…やっぱりアレか?
 その加齢臭漂わせるおっさんどもと一緒に臭い汁滴らせてる辺り、
 テメーは“自分の娘”の脱糞さえしげしげ眺めてハァハァしたがる、
 どうしようもねぇロリコンのスカトロマニアなのか、ええゴルァ?!」

あたしの顔は、おそらく凄まじく歪んでいるだろう。
だが、これ以上はもう、まともに顔を合わせてなんかいられない。
中ボスが酷く悲しそうな顔をしてがっくりと項垂れるが、
そんなのあたしの知ったこっちゃない。自業自得だ。
あたしは反転して再び全力疾走でこの場を離れる。
うまく、この気持ちがごまかせればいいのだが。

もういい。もういやだ。もうこの場にいたくない。
もう中ボスなんかとは、一瞬だって一緒にいたくない。


今のあたしは、もうあんたに保護されるほど弱くもなければガキでもない。
今のあたしは、あんたの娘なんか絶対にじゃない。
そんな扱いだけは、絶対に嫌だったんだ。


あたしはあんたの娘なんかじゃなく――――。


―――×××として、認められたかったのに。


―――エトナという存在を、一人の×××として。


たとえ、叶わなくったって良かったのに。


でもなんで、よりにもよってあんたの、“あいつ”の娘扱いなのよッ!


あああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああっ!!!!

うざいうざいうざい一体なんなんよもうっ!!!!
ワケわかんないけど、胸がすっごく痛いじゃないっ?!

心臓がチクチクとか、もうそんなレベルじゃない。
心臓に隙間なく見えない氷柱が突き刺され、体温を奪われる。
痛い上に寒い。しかもその凍えは内側からやって来やがる。
でも、どうにもなんない。ワケがわかんない。
多分、オメガヒールでもこれは治らないだろう。
現実の心臓には、何一つ刺さってないのだから。
そのもどかしさが、イライラをさらに加速させる。
そんな、ひどい違和感。


でも、痛みの理由なんて知らない。考えたくもない。
知ってしまえば、あたしはもっと酷い事になるから。
悟ってしまえば、あたしはきっと壊れるだろうから。

――あー、ちょっと目が疲れてるのかな?

視界が少しばかり、にじんでるような気がする。
それに鼻もムズかゆい。季節はずれだけど、花粉症かな?
それに目もかゆい。かゆくて痛くてたまんない。
そして首がただ焼けるように、熱い。


あたしは全力で駆ける。振り返らずに。
駆けて駆けて駆けて駆けて、駆けまくる――。

何もかも、忘れたい。
何もかも、聞かなかった事にしたい。
あたしの前に出る脚は地に溝を穿ち、音を置き去りにし。
あたしの前に出る身体は空気を切り裂き、砂塵を巻き上げ。
あたしの眼前の景色が高速で流れ、その輪郭を失う。


誰も付いて来れないように。
誰もあたしを見ないように。


正直、今のあたしの顔は誰にも見られたくないから。
きっと、相当酷い顔をしているのだろうから。

何かこう、今の気分をまとめてすっ飛ばせるものが欲しい。
ストレス解消に、バラして遊べる人間でもいればいいのだが。


そしてほどなくしてから、その視界の先に――――。
地図にあった、C-3の村が映った。


          ◇          ◇          ◇


だが、その村からは。
むせ返る様な新鮮な血の臭いと、肌にゾクッと来るほどの殺気に満ち溢れていた。
その気配はかなり濃く、周囲の空気さえ陽炎のように揺らめいてさえ感じる…。
だが今は、斬撃の、刃を打ち鳴らすような音は聞こえない。
また今は、矢が風を切る様な音も、銃声さえも聞こえない。

これらが意味する事は――。

この近辺で戦闘があり、つい最近一人の死者が製造されたという事。
そして、この死体を製造した殺気の持ち主が近辺を徘徊しているという事。


なぁぁぁんだ、幸先いいじゃなーい♪


あたしは舌舐めずりして殺気の漂う辺りを捜索し始めた。
早速、活きの良さそうなオモチャが見つかりそうね?
フッフーン。ま、今の憂さ晴らしにゃ丁度いいわ。
このあたしがぶち殺してあ・げ・る♪

それがあたしと全くの同類なんだろうが、
それがセートーボーエーの結果だろうが、
今のあたしの知ったこっちゃない。


――何故かって?
そりゃ、あたしの機嫌が最ッ高に悪い時に出くわしたんだから。
出会い頭に即ぶち殺されたって、それはもう仕方がないって奴よ。
…ねえ?

人間なんて、経験値とヘルを巻き上げるだけの、
十羽一絡げのゲームの雑魚に過ぎないんだから。
一々、人間の事情なんて知ったことじゃない。

そ、人間。
クリチェフスコイ様が選んだあの女も、また人間。
たかが人間風情。
所詮は人間風情。
すぐによぼよぼになって死に、ちっぽけな力しか持たない人間。

あんなのに情けをかける理由なんて、全くない。
あんなのを真剣に愛する魔王様の気がしれない。
悪魔より遥かに脆弱な人間を選ぶ、そんな酔狂さが理解できない。
あんなつまんないの、気晴らしに適当にぶち殺して、
飽きたら魂はプリニーとして扱うだけでいいのよ?
――悪魔だったら、皆そう思わない?

あたしは一人悦に入りながら、村内を駆け廻り続けた。


          ◇          ◇          ◇


「お、殺ってる殺ってるー♪いーい感じじゃなーい?
 なんかこう、ドキドキする修羅場って感じでさぁ?」


――あたし向きのオモチャは、すぐさま見つかった。
殺気と血の臭いが濃くなっていく所を辿ること数分。
その黒い巨大なゴキブリみたいなのは逃げも隠れもせず。
手元に落ちてある手首の付いた槍を拾い、静かに佇んでいた。

その姿は、どー見たって落ち武者。昔魔界で流行った
“黒騎士シリーズ”っぽいものを身に纏っているが、傷のない所はどこにもない。
特に胸部は大きく裂け、その隙間からは青白いブキミな炎が揺らめいてたりする。
ただそいつから溢れ出る闘志の質量だけは、到底人間の出せるレベルとは思えねー。


――こいつ、デュラハン?魔界の暗黒議会から、ここに誰か呼ばれてたっけ?
あたしはその溢れる殺気の異常性から、同じ魔界の住民を連想する。


でも、それは違う。全く以て違う。
ゴードン達とよく似た、悪魔とは異質の気配。
やっぱり、アレは人間なんだ。
あたしの直観が、直ちにそう告げる。

そう。魔界の住民にしては、態度にふざけたような所がないのだ。
悪魔の感情にはムラが多い。卑怯卑劣である事をモットーとしてるが、
人間のように真剣に狂ったり、真剣に遊んだりすることは皆無である。
ようはまあ、モノ凄い気分屋ばかりだったりする訳だ。
ま、あたしだって他悪魔(ひと)の事言えた義理じゃーないが。

あの黒いのから出る殺気は、悪魔(あたしたち)のものにしては、
あまりにも研ぎ澄まされ、洗練され過ぎている。
雑念や欲望のような不純物といったものがない。

あたかも、ごく一握りの人間が作った、
馬鹿みたいな金のする工芸品のように。
極限にまで研磨された宝石類のように。
完全に濾過された何かの結晶のように。

悪魔らしいちゃらんぽらんな雰囲気と言うか、
態度に面白半分なふざけた部分が、あまりにもなさすぎるのだ。

その黒い騎士が拾った三叉槍には両腕が付属しており、そして近くには生首が、
さらに少し離れた所には、前脚の折れた首なし馬が血の池を作り出している。


――血の池地獄。


そうとしか言いようがない、ステキ極まる光景だったりする。
うーん、いいねえー。やっぱ馴染みの空気は最ッ高だわー♪
フロンちゃんが見れば、多分卒倒するかもしんないけどね。

――目の前の惨劇。おそらく全てはこの黒いのがしでかしたものだろう。

でもこのあたしにとっては、
この黒いのも美味しいカモでしかない。
どれだけ強かろうが、所詮は人間って事。
そうである以上、悪魔のあたしの敵じゃねー。

むしろネギ(槍)やらガスコンロ(斧)やらを背負っているから、
一粒で二度・三度も美味しい鴨と表現したほうが正確かもしんない。

「へぇー。いい感じにスプラッターしてるじゃなーい?
 しかもその鎧、少し前に流行った“黒騎士シリーズ”じゃないの?
 まさか、アンタ。あんなショボい鎧が支給品だったわけ?」

黒いのは問いに答えない。
一切の反応を、このあたしに示さない。
だが、こちらを慎重に品定めするように、
視線だけは上から下へとゆっくりと動く。
その嫌に鋭い視線だけは、肌で感じる。
…なによこいつ。こいつも実はド変態の仲間だとか言わないよね?

「…でもね、アンタさぁ。
 少しはヤルようだけど、所詮は人間なのよね?
 悪魔のあたしの機嫌が超悪い時に出くわしちゃったから。
 …うん、残念だけど。もう生命は諦めて、ね?
 あ、でもね。持ってるもの全部差し出して土下座して命乞いすれば、
 今回は見逃す事くらい考えてあげたっていいわよ?」

あたしはそう言って、口元をニィィと吊り上げる。
だが、元より見逃すつもりなんてない。一切ない。
万が一、あたしの要件を飲んだところで、約束を守るつもりも一切ない。
その貰った斧で首チョンパするだけだ。
ま、あたしは「考える」と言っただけで、見逃してやるとは言ってないし。
ついでに言えば、死後もプリニーとしてこき使うつもりだけど。

やっぱり、殺った後もキッチリとリサイクルして上げないとね?
ようは、どっちにしろこのあたしにぶち殺されろって事。
優しく殺されるか、嬲り者にされるかって違いがあるだけで。

だが、黒いのはあたしの考えに気付きでもしたのか、
三叉槍の石突を強く地面に叩き付け、拒絶の意志を伝える。
衝撃音とともに、するすると槍に付着していた両腕が下がり、
それらはボトボトと音を立て地面に転がり落ちる。

うわお、怖ーい。
背筋になんかこう、ゾクッと来るものがあるわー♪
アイツ、結構良い線行ってるわねー♪
ま、それだけ活きがいい方が、コッチも嬲り甲斐もあるってもんだからね。

「この鎧。今は加護無く用は為さぬと言えど、亡き主より賜りし最後の絆。
 貴様ごとき小娘に、一切の愚弄は許さぬ。」

黒いのは何かを抑え込んだ調子で、初めてあたしに口を利く。
――ったく、人間ごときが何を勘違いしているのだか?
黒いのは槍を旋回させ、その穂先をこの私に突き付けた。


なにコイツ、よほどの大物のつもりなの?
それとも状況が分かってないの?あっきれた。
ま、いーや。身の程を教えてやるとすっかね?
あたしは溜息交じりに最後通告を出す。
ま、YesだろうがNoだろうが、死刑だけは確定しているんだけどさ。

「あー。ホンットわかってないわね、アンタ。
 あたしが言っているのはね?お願いじゃないの、命令。
 そもそも、プリニー声してる癖にナマ言うんじゃないわよ。
 今から5数える間にさっさと全部の武器捨てな?
 …さもないととっととぶち殺すわよ。わかった?」


あたしは一方的に、カウントを開始する。
勿論、律儀に5秒後に攻撃するつもりはない。
残り2秒あたりで不意を突いてぶっ殺すつもりだ。
こういうカッコつけに「卑怯者~!!」とか言わせて、
吠え面かかせるのが最ッ高に楽しいから。


『5』


『4』


あたしはカウントする。一方的な処刑宣告。
―――だが。黒いのはあたしのカウントなどそもそも聞いちゃいなく、
むしろ穏やかに口元を綻ばせながら、こちらに話しかけてきた。
(その兜の大きく横に裂けた頬当てから、表情だけはハッキリとわかるのだ)


「フッ、欲しければ力づくで『死ね』」 

――スイッチが入る。唐突に。

その薄笑いを消す。…掻き消してやる。
あたしは言葉の内容など聞かず、腰にあった手斧を無造作に投擲する。
そしてそれを追いかけるように、前方へ駆け大きく踏み出す。

轟と、風が唸る。斧が高速で回転し、黒いのの胸板に吸い込まれる。
だが、手斧は黒いのが無造作に薙ぎ払った斧によって払いのけられ、
有らぬ方向へと飛ぶ。

――だが、それで終わりじゃない。

生意気な奴ね。大人しく喰らいなさいよね、ったく。
でもま。不意討ちってね、一撃で終わりってわけじゃないのよ?
…バーカ、くたばりな。


あたしは手斧を追いかけるように、間合いを詰めていた。
あたしは右足で地を蹴り、前方に跳躍。
左足を後ろへと引き絞り、その勢いのままに、
黒騎士の股間へと回し蹴りをかます。全力で。
アレに決まれば、男なら悶え死に確定だろう。

だが、あたしの飛び回し蹴りもまた、僅かな捻りで躱される。
打ち払った姿勢のままで。身体の軸を変えただけで。
その身体には届かない。あたしはその勢いのままに通り過ぎ、構え直す。
擦れ違うときに何かがあたしの頭を掠めたのか、右側のおさげが解ける。


うっわ~、バッレバレじゃん…。
こいつ、最初から警戒しまくってやがったか。
チッ…、臆病さだけは人一倍なのねこの人間。
あたしは軽く舌打ちする。

この不意討ちで、一気に決めちゃうつもりだったんだけどなー。
でも。ま、いっか。まだまだ武器はたっくさんあるんだし。

「…この程度か?」
「あっらー。ごっめんなさーい。
 ちょっとムカついたから思わず手足が滑っちゃったわ?」

何かを抑え込んだ、実に冷やかな声をあたしにむける黒いの。
あたしはことさらに厭味ったらしく笑顔で答えてやるが、アイツはまるで動じない。
むしろ、この黒いのは大斧を真横に振るい、
なんとあたしを蠅でも追い払うかのような仕草を取った。

「今の一合で理解した。期待外れ、という事か。
 …小娘。命惜しくば、背を向けてここを去れ。」

黒いのの淡々とした声に、こちらに怯えた様子はまるでない。
あたしに返す視線と言葉は、ただ軽侮と失望にのみ満ちている。
あいつが抑えていたのは怒りなんかじゃない。軽蔑感なんだ。
つまりはこの黒いの、あたしなど歯牙にもかけていないって事になる。
――心の底から。


ナメてんのかぁぁぁあああ、コイツはぁぁぁぁああああアアァァ!!!


このあたしを!
悪魔であるこのあたしをッ!
あの女と同じ、たかが人間の癖にッ!!

百年にも満たずよぼよぼになって死ぬ、たかが人間の癖に!
ちょっとしたことで簡単に壊れて死ぬ、ひ弱な人間の癖に!

あの女と同じ、たかが人間の癖にッ!

「不意討ち一度防いだ程度で、随分と調子ぶっこいてくれるわねアンタ?
 たかが人間風情が悪魔ナメまくってくれてんじゃないの、アアンッ?!
 楽には死ねねーぞテメーはよおー!!」

あたしは怒声を張り上げる。
だが、黒いのはそれに一切怯む事も無く―――。
むしろ氷点下を下回るような、こちらが怖気さえ走るような、
これまでで一番冷ややかな、敵意を剥き出しにした口を利いた。


「…愚弄しているのは貴様の方だ、悪魔。」
「たかが怪物風情が、人であるこの私を斃すつもりだと?
 人の及ばぬ多大な力に溺れ、人の足掻きを知らぬ貴様ごときが?
 …不可能だ。私の、我が師ガウェインの剣を見切ることは。
 所詮人間ではない貴様ごときには、絶対に凌げぬのだ。
 人の剣技というものは。」


――ああ?
なにコイツ。今、なんて言いやがった?
あたしの事、このあたしの事…。


“怪物風情”だってぇ?!
“悪魔は決して人間には敵わない”、だってぇ?


…ま、妄想抱くのは自由なんだけどねッ!
でもま、あのお兄さん結構いい年みたいだから、
そろそろ現実って奴を教えて上げてやんないとね?
お兄さんのそのはったりと格好付け、
それでもって人生はここでオシマイって訳。
もうコイツに付き合うのも飽きちゃったし。
つーか、ウゼェ…。



――――捻り潰して、やる。



あたしは殺意を固めると、目の前の黒いのに向きなおった。


          ◇          ◇          ◇


――――つまらぬな。


今宵の宴の主賓たる剣姫が、この私を探し求めてわざわざ舞い戻ったのかと思いきや。
期待を胸に抱き振り返れば、それは想い人でもなければ私を愉しませる程の戦士でもなく。
それは身の程知らずの、ただ馬鹿げたまでの身体能力だけが取り柄の狂戦士でしかなかった。
―――私はただ、失望の吐息を一つ漏らす。

この小娘からは。
先程の対峙の時に抱いたような戦いへの高揚も、
己が死線を潜る時に感じる冷たく甘美な恐怖も、
難敵を貪る際にのみ抱くあの抑えがたい歓喜も。
その一切を私に感じさせる事は無く。

ただ私は、沸き上がる酷い失望感にのみ支配された。


先程の一合で気付いたこと。


膂力は向こうが優る。
速度も向こうが優る。
体力も向こうが優る。
おそらくは身体能力の全てにおいて、この私を凌駕している。
加えて、士気も極めて高い。闘争心と殺意があの小娘を今支配している。

ラグズの王族を、力はそのままに人の形を取らせれば、おそらくはこうなるだろう。
あの小娘が自称するように、あれがアティ殿から聞いたいわゆる“悪魔”と
呼ばれる存在なのだろう。常識外の身体能力が、それを裏付けている。

その上、先程の不意討ちの手際といい、
戦闘経験は十分に積んであるようだ。
アティ殿のように、傷つけ合いどころか、
殺戮に嫌悪感を抱くことさえも一切ない。
心身ともに“只の人間”は遥かに凌駕しているだろう。
それは、確かに“只の人間”に到底敵う存在ではない。


――だが、それだけだ。所詮はそれだけなのだ。


あの小娘は、己の心身を磨き抜いた純正の戦士などでは決してない。
あの小娘は、快楽に耽溺した単なる殺戮嗜好者に過ぎないのだ。

あれの心には、極限にまで研ぎ澄まされた緊張感というものがない。
全身全霊を以て、目の前の敵と対峙しようという真剣な意志が無い。

戦闘という生命の奪い合いを、ただ己の一方的な収奪行為と見なし。
刺激的な遊戯の延長と見なし、だがそこで、その心は止まっている。
己もまた殺される可能性がある事を、寸毫も考えてはいないのだ。
己もまた殺される可能性をも存分に愉しみ、歓喜する事を知らぬのだ。

現に、不意討ちの擦れ違いざまに、その細首狙いで鉤に曲げ差し出された私の左腕。
あれが寸前であえて“外された”事にすら、あの小娘は気づいてはいなかった。
己の身体能力が、そのままに己の頚骨を無残に折る凶器へと堕していた事実にすら。
己の身体能力を、その呼吸を完全に見切る人間がいる現実にすら。

――何一つ。そう、何一つ。

あの小娘は、気付いてなどいなかったのだ。
その救い難い無知は、己への過信が起因するものであろう。
己のあまりにも恵まれた身体能力が故に、
これまでに敵を寄せ付けなかったが為の、致命的な弱点。

そう。あの小娘はよく知っているのだろう。
人間というものが、いかに脆弱で壊れやすい存在であるかを。
人間というものが、いかに非力で動物にすら劣るという事実を。
己がいかに優越した存在であるのかを。
だからこそ、油断する。

だが、あの小娘は全く知らないのであろう。
人間というものが、いかに己の非力さを知り抜いているという事を。
人間というものが、いかにその上で脆弱さの中から工夫を凝らし、
時には摂理すら曲げる奇跡すら起こしえるのだという事実を。
己もまた、いかに無力なる存在であるのかを。
だからこそ、慢心する。

武術とは、決して肉体の優越だけで全てが決まるものではない。
そんなものではありえない。
それでは術技の意味がない。
力を制してこその技、
力を利用してこその技。
己に優る、あらゆる敵を打ち負かす術理を用意する。
武術の神髄とは、そこにあるのだ。

動物にすら身体の劣る、何も持ち得ぬ貧弱なる人間が。
なけなしの知恵を絞り、神経を極限にまですり減らし。
寸毫の隙を探し出し、寸毫の時間をも惜しみ、
寸毫の距離さえも奪い、死力を尽くして敵を討つ。
余分なものは、何一つない。そんな余裕は持ちえない。

人類の叡智の積み重ね、機能美の極致。
その結晶こそが、刀剣術技(ブレイドアーツ)と呼ばれる至芸。
人が生み出したしたる、最高の殺しの芸術。

それはただ身体能力にのみ頼る者には、到底身に付けようがない。
それはただ恵まれた才にのみ奢る者には、理解出来ようはずがない。
その必要性が、全く以て発生しないのだから。
獣の世界に、武術が決してあり得ないように。
心身を極限にまで削り取られ、またそれにより磨き抜かれた者にしか。
貧弱なる人間のみが用いる、人の剣技は理解できないのだ。

小娘、貴様は私の敵ではない。
小娘、貴様は我が師ガウェインの剣の敵ではない。
たかが化物(ばけもの)の武術では、
人の武術の足元にも及ばぬのだ。


――それを今、貴様に教えてやろう。


私は眼前の不遜な小娘と対峙し、得物を構え直した。



【C-3/村/1日目・夜(放送後)】
【エトナ@魔界戦記ディスガイア】
[状態]:健康 、全力疾走による疲労(小)、精神的喪失感(中) 、
    激しい苛立ち、右半分のおさげが解けている。
[装備]:クレシェンテ@タクティクスオウガ、エクスカリバー@紋章の謎
[道具]:支給品一式(1/2食消費)(道具・確認済み)
[思考]1:あぁ~、何かイライラするッ!!
   2:魔剣良鋼が欲しい。
    3:目の前の黒いの(漆黒の騎士)をぶち殺して装備を奪う。槍と斧もあることだし。
    4:優勝でも主催者打倒でも人助けでも、面白そうなこと優先 (とりあえず暫くは主催打倒でいいかも…)
    5:胸が痛い。すごく痛い。でもその理由は知らない。考えたくもない。
[備考]:エトナの投げた手斧@暁の女神が、C-3の村内西側の何処かに転がっています。
    漆黒の騎士のウルヴァンにより薙ぎ払われたので、損傷している可能性があります。

【漆黒の騎士@暁の女神】
[状態]:健康、若干の魔法防御力向上(ウルヴァンの効果)、全身の装甲に酷い裂傷、
    鳩尾に打撃痕、肉体的疲労(小)※いずれも所持スキル「治癒」により回復中。
    全身が血塗れ
[装備]:ウルヴァン@暁の女神、グラディウス@紋章の謎
[道具]:支給品一式、エルランのメダリオン@暁の女神、ハーディンの首輪
[思考] 1:……………愚か者め。
    2:オグマに出会ったら、ハーディンの事を必ず伝える。
    3:アティに対して抱いている自分の感情に戸惑い。ミカヤには出会いたくない。
    4:催されたこの戦い自体を存分に楽しむ。勝敗には意味がない。
    5:優勝してしまった場合、自分を蘇らせた意趣返しとして進行役と主催者を殺害する。
[備考]:アティからディエルゴ、サモンナイト世界とディスガイア世界の情報を得ています。
    鳩尾の打撃痕と肉体的疲労に「治癒」スキルが働いています。
    漆黒の騎士はこれまでの戦闘から、首輪には単なる能力制限機能のみならず、
    微弱な感情増幅効果と、それに伴って身体能力強化するいわば「小さなメダリオン」
    ではないかと推測しています。

[共通備考]:近辺にハーディンの両腕と生首が落ちています。
      少し離れた場所にハーディンの遺体(胴体部分)と、
      その懐に抱えたままの闇のオーブ@紋章の謎があります。
      村の西側の大通りに、両前脚が折れ、首が切断された軍馬の死体と、
      ハーディンのデイバッグがそのままに放置されています。

【C-3・小山の麓/1日目・夜(放送後)】
【中ボス】
[状態]:軽症(顔面の腫れと痛みは引きました) 、うなだれている
[装備]:にぎりがくさい剣@タクティクスオウガ
[道具]:支給品一式 、ウィーグラフのクリスタル
[思考]:1:ゲームの打破
    2:自分が犠牲になってでもラハール達の帰還
    3:…困りましたね、反抗期?
    4:ス、スカトロマニアですと……orz


105 Insincerity 投下順 106 想いこらえて(後編)
098 ハイ・プレッシャー 時系列順 106 想いこらえて(後編)
093 臭いと芝居と色々と エトナ 113 FullMetalDemon
092 力在る者すべて(後編) 漆黒の騎士 113 FullMetalDemon
093 臭いと芝居と色々と 中ボス 106 想いこらえて(後編)
最終更新:2011年01月28日 14:27