想いこらえて(後編)◆j893VYBPfU


『これにて第一回放送を終了する。さあ――殺し合いを再開せよ』


――やっぱり、そう来やがったな?
「死者蘇生」…。実に分かり易い、安っぽい奇跡って奴だ。
ま、今回はその奇跡の大安売りのお陰で、こっちも蘇ったンだがな。

“この殺し合いの参加者達の中には、我々が蘇らせた存在もいる。”
この位の情報は、あえて力の誇示にバラしやがるかと思ったが…。
案外、あいつらも情報ってヤツを出し惜しみするもンだな。

それとも、こういった情報は自分達の口から出すより、
オレ達蘇生者が自発的に流すに任せたほうが、真実味が増すとでも判断したか?
ま、どちらにせよこれで厄介事が増えるってのは、間違いないだろうな。

――オレは横目で、早速その“厄介事の種”になりそうな少年の顔を眺めていた。
レシィの俯いたその顔は見るからに青褪め、形のいい唇はブルブルと震えている。
目頭には大粒の涙が溜まり、さっきから小声でうわ言を繰り返している。

アメルさんが、うそだ、と。信じられない、と。
どうして、みんな簡単に殺しあったりするんだ、と。

さっきの死亡者達の中に、知り合いがいたのは疑いようがねえ。
…何言ってやがる。人間ってのは、そういう風に出来ているンだよ。
レシィ。お前はな、人間の醜さってのにまるで無知なンだよ。

ま、知り合いの一人や二人死ンだ程度で泣き喚いているようじゃ、
この先到底生きていけンのだがな。戦場じゃ、もっと死ぬもンだ。
その程度で一々悲しンでたら、気が狂っちまうンだよ。
(ま、オレもとっくに気が狂っちまってるのかも知れンがな。)

今は殺し合いの真っ只中にいるって事を、すっかり忘れてやがる。
泣いたり笑ったりするのは、それが終わってからでも充分だろうが。
今は、その感情を切り離せ。心を凍らせろ。兵士である事に徹しろ。
英雄たらんことは、露ほどにも思うな。ただ現実のみを見据えろ。
それが、一人前の人殺しを生業とする奴ってもンだ。

――そうでなきゃ、オレはお前という役立たずを斬らなきゃならン事になる。
オレがこの戦場で、最後まで生き残るためにな。

一方、ウィーグラフもまた目の前のオレの事を忘れて、
沈痛な面持ちでレシィを気遣っていた。
さっきの放送がもたらた事位は、あの石頭にも想像ができるようだ。
“これから”もたらす事にも、想像が追いついているかは疑問だが。
…だが、こちらへの警戒心を、そちらに移す手助けにはなりそうだ。

向こうじゃエトナって狂犬が気障な優男相手に大声で喚き吠えている。
耳を凝らして聞いてみるに、内容はどうにも痴情のもつれにしか聞こえン。
一人の女扱いされたい背延びしたガキと、あくまでも娘扱いをする優男。
認識が根本から違う為、互いを理解できそうにないってことか?

――内容は、ああ、なるほど…。
こりゃ上手く利用できそうだ。

二人はしばらく痴話喧嘩に興じていたが、
やがてエトナが優男に凄まじく下品な言葉を並びたてると、
やがて稲妻を思わせる速さでこの場を走り去って行った。
――おいおい、騎馬より速えじゃねえか。あの化け物女は?

優男はしばらくの間、あの度し難い女が走り去っていくのを茫然と眺めていた。
そして、何かを思い直したようにこちらへと向かってくる。

おそらくはあの糞の役にも立ちそうにない、
それどころか存在自体が有害でしかないあの狂犬女を
探しに追いかけに行きたいとでも申し出るつもりだろう。
“父親”として、愛する“娘”とやらを。

――――冗談じゃねえ。

いや、待て。ともすればこれは絶好の機会かもしれン。
エトナを非難されず堂々と、あるいは人知れず間引く為のな。

――――あの女。関わり合うには、どうにも危険が大きすぎる。
遊び半分の気持ちで、軽々しくオレ達を「殺す」つもりだった。
それも二度も。理不尽も極まる理由で。
おそらくは何の考えもなく、気の赴くままに。

あの女、おそらくはこのまま放置しておけば、
その時その気分次第で平然と殺戮を続けるだろう。
そこに一切の計画性はなく、それ故にいかなる妥協も打算も通じはしない。
そんな危険人物と手を組めば、こちらもその同類だと見られかねない。
あの女が有る程度計算高く状況を把握できれば話しは別だが、
それでも己の感情を最優先するようにしか見えン。
つまり、いくら強かろうが存在次第が足手まといでしかないのだ。

今後、このゲームに乗るにしろ、反逆するにしろ。
あのイカれた女と関わり合うメリットは絶無であり、
また放置する事によるデメリットは極めて大きい。
あんな馬鹿ガキに脱出のカギを握る重要人物でも殺されればコトだ。
目も当てられん。

――そして、なにより。

あの女の知り合いが現れやがったのだ。
しかも、随分と親しい様子ときやがる。
あの優男は、あの狂犬を何があっても守ろうとまで抜かしてやがる。
同行すれば、確実にその自己中心的な厄災に巻き込まれ、
その尻拭いをこちらも手伝わされる破目にしか会わんだろう。
あれと仲間扱いされるという事自体が、全てに支障をきたす。

そうなれば、あの女は隙あらば早急に始末するしかないだろう。
あの優男と再会する前に。あの気狂い女の尻拭きを手伝わされる前に。
事は一刻を争う。出来るだけ迅速に。出来るだけ確実に。
やらねばならん事が出来ちまったって訳だ。

だが、これだけの人間に囲まれながら
あの小娘を始末するのは流石に不可能だ。
何よりオレ一人が汚名を斬るばかりで、何一つ良い事がない。


――殺せば地獄。

――殺さずとも地獄。


ならば、あれをどうにかして始末するためには、それに適した状況を作り出すしかない。
今の集団を上手く分断し、エトナを殺す為の装備を取り戻すに最適な状況を、だ。


だが、レシィから力づくで剣を強奪する訳にもいかン。
二人の監視の目もある。状況は己に不利となるばかりだ。
それに、たとえ体よく盗めた所で。
先程のように、レシィが動物並の嗅覚で
体臭を頼りに追跡してくるのは確実だ。
ここで奪うのは、あまりにも割に合わン。

もう一度依頼して、レシィがもう一度快く貸与してくれればいいンだが。
それにした所で、ご主人さまが見つかった時は剣を返す必要がある。
もっとも、その間にレシィが人知れず死にさえすれば話しは変わるのだが…。
――そう、人知れずにな。


オレの中にある、極めて醒めた傭兵として部分が、そう囁く。
第一、生前から邪魔者は手段を選ばず排除してきた身だ。
敵味方問わずに、な。
その犠牲者の中に純真な少年の死体が一体加わったところで、
今更何の良心の呵責も抱きはしない。
そんな役に立たないもンは、とっくの昔に捨てちまったからな。
それが一体どういうものか、今じゃもう思い出す事すらも出来ン。

レシィを置き去りにする事が極めて困難である以上、
彼の処遇についても早々に決めてしまわなければならンだろう。
この先あいつを利用し続けるべきか?
あるいは、早々に始末すべきなのか?

――オレは考える。
非難されずに邪魔者のみを効率よく排除する方法を。
レシィから武器を頂き、安定した戦力を得る方法を。
この俺に、出来るだけ火の粉が被らないように。
この俺が、まだ両方の立場も選択出来るように。
そして、その状況を得る一つの論理と回答を得た。


――あとは、実行あるのみ。


オレは計算を終えてそう判断すると、レシィに向かって大声を上げた。


          ◇          ◇          ◇


「オイ、レシィ!いつまでもボケッとしてんじゃねえッ!」

「――え?!あ、はい!!ガフおじいさん!!」

レシィはほとんど反射的にオレの返事に答えた。
まだ返答するだけの元気と正気は、どうやら残っていたらしい。
ウィーグラフはおろか、こちらに向かおうとしていた優男も、
オレの出したその大声に注意を引かれる。

オレはこの場の主導権を、周囲の注目を集める事で奪う。

あとは、どれだけこの状態を維持できるか?それで全ては決まる。
これ以上、厄介な不条理に振り回れるのはたまったもンじゃねえ。
不確定要素や不安要素は、早期に出来るだけ潰しておくに限る。
ウィーグラフやレシィは、まあどうとでもなるだろう。

だが、問題はあのエトナの自称父親のあの優男だ。
…こちらの誘導には、エトナとの隔離には、
まずあいつをまずどうにかせにゃいかン。

さっきのエトナって小娘との会話で、優男の性格はおおむね想像は出来た。
あの優男の言葉遣いからは、十分な知性というものが感じられる。
おそらくは、その外見以上に濃い人生経験を重ねているのだろう。
だが、情が深いが故にそれが絡むと目が曇るタイプと見えた。
だからこそ、すでに打つ手も見えている。だが、過信は禁物だ。
…オレの見立てが、果たして間違いじゃなきゃいいンだがな。
オレは別の思考を並行させながら、次の言葉を紡ぎ出す。

「レシィ!お前にゃ泣く前にまだやるべき事があるだろうがッ!
 御主人様を探して、無事その剣を渡すって大事な仕事がなッ!
 死んだアメルって奴が、お前がそこで挫けて腐っている様を見て、喜ぶとでも思ってるのか?
 そこで手をこまねいていて、アメルがそれでいいとでも思ってくれるのか?」

オレはここで一呼吸を入れる。この次を、殊更に強調するために。

「思いはしねえだろ!むしろ、自分や他の仲間の事を先に考えろっていうだろうが!
 わかったら、そこでいつまでも女みたいにメソメソしてやがるンじゃねえッ!!
 てめえも前に付いてるもンがある、立派な男なンだろうがッ!!」

オレの一喝に、レシィは衝撃を受けたように背を伸ばし、心を奪われる。
陳腐に過ぎる激励の言葉だが、使い古されている分安定した効果はある。
ま、この部分についてはオレも嘘は付いちゃおらンだがな。

ウィーグラフは非難がましい、警戒感を剥き出しにした視線をこちらに寄越す。
――ま、これも想定通りだ。

「それとも何か?さっきのヴォルマルフの野郎の言い分に乗り、
 死んだ奴を蘇らせるため、早速オレたちを残らず殺す決心を固めてやがるのか?
 …ま、それも良いかもしれンな?なにせ、オレも生き返った身の上だ。
 死んだ人間の一人や二人、纏めて蘇らせるなど造作もないだろうからな?」

少々勿体ないが、ここで温存していたカードを一つ切る。
ウィーグラフとのやり取りは、レシィも覚えていただろう。
死者蘇生において、これは極めて現実味を帯びる事になる。
もっとも、今の暴露はレシィが危うい方向に傾く前に、
あらかじめ釘を刺す意味合いも含まれているのだが。

だがまあ、こいつに限ってこれはあり得ンわな?
あいつにはまだ四人、仲好しの知り合いがいるからだ。
オレは心にもない事を口にし、レシィの反応を窺う。

ガフガリオン、貴様…。」

ウィーグラフの視線が、怒気を通り越して殺気すら帯びる。
その利き腕は、既に腰の剣にかかっている。
「これ以上余計な事を言えば斬る」とでも言いたいのだろう。
だが、レシィはウィーグラフの前に立ちそれを阻むと、オレに向きなおる。

「違います!ボクはそんな事、絶対にいたしません!!」

レシィがオレを睨みつける。
だが、その瞳の奥に燃える感情はオレへの憎悪ではなく。
悲壮感と、ある種の決意が見て取れた。

「それにです。もし、ボクがそんな事をすれば…。
 ご主人様やネスティさん、それに多くの仲間たちがみんな、みんな悲しみます!
 アメルさんだって、ボクがそんな事をして蘇らせた所で絶対に喜びません!
 ご主人様達の為に!
 この場にいる皆の為に!
 なにより、アメルさんの為にッ!
 ボクはこの先どうあろうとも、みんなと一緒にこの争いを止めてみせますッ!」

レシィの瞳には、先程の淀んだ濁りは既になく、その奥には光が戻っていた。
空元気、とも取れなくはない。だが、根が単純な分、効果は絶大だったようだ。

「…よし、これで喝は入ったな。レシィ?」

ここで俺は、取って置きの笑みを浮かべる。
見せ付けるような、腹黒い策士の笑顔だ。
そう。今の台詞は芝居である事を強調した方がいい。
さらに奥底に潜む真意だけは、決して悟られてはならないが。

オレの芝居がかった笑顔に、レシィは得心したように顔を輝かせ。
一方で、ウィーグラフはまとめて苦虫を噛み潰したような表情でこちらを見た。
オレの芝居を理解はしたが、こちらをまだ信用してはいないらしい。
…意外に、オレの真意にはおぼろげに気付いているのかもな?

「…ガフガリオン、貴様が他人を思いやるのには驚かされたが。
 物事には、まずは言い方というものがあるのではないのかッ?」

言葉の端に怒気すら滲ませて。ウィーグラフはこちらへとにじり寄る。
ただし、声高に非難する様子はない。こちらの言い分の正しさをも、理解しているが故に。
そして、相手がこちらを正しく理解しているなら、次に発する言葉も恐らくは想定通りだろう。

「それとも、だ。他になにか狙いでもあるのか、ガフガリオン?
 昔から目的の為なら手段を選ばぬ貴様が、ただで他人を利するなどありえない。
 この少年を再び誑かせて、今度は一体何を企んでいる?」

正解だ。そして正しい認識って奴だ。
だがな、その言葉こそを待ってたンだ。

「…で、もしもこのオレが何か企ンでいるとか言ったら?」
「斬る!やはり貴様は信用ならん。甘言を弄して何か企みを為す前に、
 厄災の種は早々に摘み取るに限る!」

オレの軽くおどけた挑発に対して(実は嘘など付いちゃおらンが)
ウィーグラフはそう言って、今度こそ剣の鞘に手をかける。
なンだ。その一点じゃ意外と気が合いそうだな、お前とは。
ま、こちらが摘み取る厄災の種って奴は違うンだがね。

「ほう。丸腰のオレをただ“疑わしい”って理由だけで斬るって言うのか?
 万一、無実ならどうするつもりなンだ?それでも念のため殺るっていうのか?
 それもたった今、レシィ達の前でか?そりゃ、大した騎士道精神だな。
 今は亡き骸騎士団の連中も、さぞや感心するだろうよ。
 アンタは疑わしきは滅する、正に騎士の鑑だってな。
 誉れ高き東天騎士団の某分隊長にも、決して引けは取らンだろうとよ。」

オレはあえて「骸旅団」ではなくて「骸騎士団」の名を出す。
そしてその引き合いに、あいつが軽蔑しているオレの事を出す。
その言葉が持つ、痛烈な皮肉の意味合いに気づいたのか。
ぐぬっ…、と小さなうめき声を挙げて悩み出す白騎士。
己の「騎士道精神」とやらが、大きな障害となったのが目に見える。

確かに、こちらに決定的な不正の証拠もないままに、
問答無用で斬り捨てればレシィは黙ってはいまい。
後味の悪いものを、数多くその場に残すことになる。

レシィがウィーグラフを一切信頼しなくなり、
むしろ憎悪するようになるのは当然の結果だ。
一緒にいる、優男の信頼も失うかもしれない。
それ位はあいつの頭でも理解はできるのだろう。

…お前の判断は、決して間違ってなンかねえよ、ウィーグラフ。
過去の経歴を知ってりゃ、尚更だ。

もしオレがお前の立場なら四の五の言わせずに、
たとえ無実だろうが疑わしきは斬り捨てるがね?
ま、「人知れず」って条件は付けるがな。
それが一番確実だからだ。オレ達は所詮人殺しだ。
それが死体を増やす事に、一々躊躇うンじゃねえ。

オレは目の前の騎士が同じ発想に到る前に、
続けて言葉を繰り出す。

「オレが怪しいかどうかは、オレの話しを聞いてから決めても遅くはねえだろ?
 それに――。」
「それに?」

オレは一旦言葉を切り、優男に視線を送る。
無論、しばらくここに釘付けにする為にだ。

「この先オレ達全員がどう動くにしろ、情報交換は欠かせン。
 レシィも、ウィーグラフも、そしてアンタもだ。
 何も知らず、今下手に動くの危険過ぎる位はわかるだろ?
 …まずはそれからだ。」

正確には、「このオレが上手く動くために」なンだがな?
オレは心の中でのみそう呟いてから、口を開き始めた。


          ◇          ◇          ◇


情報交換という名の“情報収集”は、意外とあっけなく終わった。
一縷の望みをウィーグラフに託してはいたが、
やはりというか、大した情報は与えられていなかったらしい。
これまでに遭遇した人物の情報も一切なし。
…ようは、オレの勘は外れってことだ。

あえて収穫を挙げるなら、神殿騎士団全幹部の名前及び戦力だろう。
この殺し合いを、ヴォルマルフ一人で取り仕切っているとも思えん。
対峙する事になるなら、いずれそういった連中と向き合う事になる。
オレはその幹部達の名を尋ねた。

神殿騎士ローファル・ヴォドリング   文武に長けた魔法剣士
神殿騎士バルク・フェンゾル      反体制派の機工士
神殿騎士クレティアン・ドロワ     才気溢れる妖術師
神殿騎士イズルード・ティンジェル   理想に燃える若き騎士
神殿騎士メリアドール・ティンジェル  父の術技を受け継ぐ剛剣使い

神殿騎士幹部全員の大雑把な戦力とその性格をウィーグラフから聞き出し、
参加者名簿の空白欄のメモに残らず書いておく。
後々、役に立つ事があるかもしれンからな。
気が付けば、流石にその情報の重要性に気付いたのか、
残る二人もその名前を名簿に刻んでいた。

特に後ろ二人は重要だ。
ともすれば、ヴォルマルフの人質に出来るかもしれン。
ただし、ウィーグラフからの話しを聞く限り、
到底このゲームに賛同する性格だとも思えン。
そもそも、この二人に到っては最初から協力させていない可能性すら考えられる。
ま、あまり当てには出来ンって事だな。

表情はつぶさに観察してみたが、全ての情報において別段嘘を付いている様子もない。
つまりは言い分を信じるなら、「ウィーグラフは本当に捨てられた」事になる。
今の段階では、未だ断定には足らンのだが。

まあ、元から真面目すぎて融通の利かなさそうな奴だ。
せいぜいが猪武者としてしか利用できん。諜報戦など論外だ。
ヴォルマルフが捨てたくなる気持ちも、まあ分からンでもない。
だが、おそらくはそれも織り込み済みでスカウトしてるだろう。
もし、ヴォルマルフがこいつを殺すつもりなら、
もう少し有効な形で使い捨てる筈だが?
オレが推測できるのは、それまでだ。

ビューティー男爵『中ボス』というけったいな名の優男の情報も、
それなりに価値のあるものだった。主に、危険人物に関してであるが。
いわゆる正義馬鹿だと思われるフロンゴードン
エトナって狂犬の他にも、ラハールという魔王の息子って奴が知り合いにいるらしい。
ラハールはエトナに輪をかけてのかなりの厄介者らしい。
あの会場で高笑いしてバールって奴に吹き飛ばされていた、あの半裸の少年だ。
関わり合いになりたくない奴だとは思ったが、
あいつもまたこの優男の知り合いとはな。

…アンタにゃ、心より同情するよ。
そんな者達の保護者をやってたなンてな。



まあそんな所で。
それぞれの簡単な自己紹介とそれぞれの知り合い、
これまでに出会った人物達の確認、
そして今後の取るべきの確認にいたった訳だが…。

件の優男は、見るからに焦りを見せていた。
『“お花摘み”にした所で、どうにも遅すぎる』という事だろう。
――ま、あの様子じゃ二度と戻っては来ンだろうがな。
もう少し、お前は女心って奴は理解したほうがいい。
そのため、これから一人失う破目にあうンだからな。


――さて、本番はこれからだ。


優男が口を開こうとする直前に、オレはあいつの要望を先に口にする。
この場を仕切っているのはオレだ。余計な流れに持っていってはならない。

「…あのエトナってお嬢ちゃん、随分と遅いもンだな?」
「もしかして、エトナさんに何かあったのでしょうか?」

知り合いのアメルって娘が死んだのがまだ堪えているのか?
不安を煽る事を口にするレシィ。…いいから、お前は黙れ。
露骨に顔色を悪くする優男に、俺は静かに諭す。

「“何かあった”んじゃなく、“ここで何かあった”からって事かもしれンがな。」
「…どういう事なのか、お答えしていただけますか?ガフガリオンさん。」

出会ったころの情けない顔とは違い、張り詰めた顔で俺に話しかける優男。
ま、想像も付かンってのは理解できる。親馬鹿ってのは、そういうもンだ。
オレは出来るだけわざとらしく、聞えよがしに大きな溜息を吐く。

「…やっぱり、気付いちゃいなかったンだな?」

オレは肩をすくめ、心底呆れた顔を作る。
ウィーグラフがそんなオレを見て神経を尖らせるが、それは黙殺する。

「“子の心、親知らず”って奴だよ。
 お前さん、あのエトナって娘の気持ちを考えた事はあるのか?
 そりゃお前さんなりにってのは理解できる。誰にだってわかる。
 さっきお前さんは『彼女を実の娘のように思っているようだから、
 父親として必ず守ってやる』みたいに言わなかったか?」

この優男の言葉は、じつの所はほとんど聞こえていない。
エトナって小娘だけがやたら大きかったので、その内容から推測するしかない。
だが、その大きく驚いた顔から、事の核心は付いていたようだ。

「そりゃ、あの娘が怒り出すのも当然って奴だ。
 あの位の年頃の娘ってのはな、みんな親から自立したがるものだ。
『親が無くともやっていける。あたしは一人前なンだ』ってな。
『親の助けを必要とする程の未熟者なんかじゃない』ってな。
 ようはな、お前さんに認められたいンだよ。対等の存在としてな。
 それをな、お前さんは頭ごなしに否定しちまったンだよ。優しくな。」

オレの話しを聞き、小さく後悔のため息を漏らす優男。
随分と年季の入った溜息だが、見た目以上に長生きしているのかね?
まあ異世界のルカヴィだってことらしいが、どうにも人間臭すぎる。
禍々しさやおぞましさなんぞ、欠片も感じやしねえ。
その耳さえ尖って無けりゃ、人間だっていっても通用するほどに、だ。
少なくとも、グレバトス教会の糞坊主どもよりは余程人間味がある。

「今、お前があのエトナって娘を追いかけても、却って逆効果だ。
 出会って何を言っても、火に油にしかならン。
 向こうにしてみりゃ、こっちを悪気なく小馬鹿にしくさった、
 分からず屋の“父親”なンぞ顔を合わせたくすらないだろう。
 しばらく向こうの頭が冷えるのを待って、それからゆっくり話しあえ。
 過保護に構い続けるんじゃなく、時にはあえて一切の手や口を出さず、
 娘の自立を黙って促せてやる。
 それも、立派な父親の仕事の一つなンじゃねえのか?」

これも別段、何一つ間違った事は言っちゃいない。
無論、オレが伏せている推論はある。
「『あのガキは背伸びしてお前に惚れてるんだ』ってな?
 『一人のオンナとして、認められたんじゃないか』ってな?」
まあ女のヒステリーの理由なんて、大半が惚れた腫れただ。
そりゃ古今東西、どこの世界でも変わらン。
傍で見ている分にゃ可愛いもンだ。

だが、あの娘のヒステリーは台風並の破滅しかもたらさんだろうが。
――周囲を盛大に巻き込んでのな。

オレは優男に向けて口元を歪める。
ここはさっきの策士の顔でなく、年長者の貫録の笑顔で。
そういや、オレにも家族ってのが昔あったな。
ま、今更思い出すつもりもサラサラないがな。
オレはふと遠くを眺めたが、その様子が優男の心の琴線にでも触れたのか。
優男はどこか疲れた様子で、釣られてオレに微笑を向けた。

「ええ。貴方の言う通りかもしれませんね。
 私にとってみれば、まだまだエトナは不安なのですが…。
 あの娘の成長を、もう少し信頼してあげるべきなのでしょう。
 私はいつまでも我が子が心配な、駄目な父親なのかもしれません。
 親離れ・子離れの時は、すでに来ているのかもしれませんね…。
 ――困ったものです。」

溜息を交え、優男は寂しげに笑う。
いや。お前の判断は正しい。まったくもって正しい。
あの気狂いは野放しにすると危なすぎるンだ。
今付いているような首輪でも付けて、絶対に外にでも出ないよう、
いつまでも監視しておくべきだったんだ。
だがな、もう心配するな。あの娘がこれ以上なにもしでかさないように――。


――オレがキッチリ責任を以て、あの世に一人立ちさせてやるからな?


その殺意を決して表情には作らず。おくびにも態度には出さず。
オレは一つの決心を固める。

「だが、ま。あの娘がどうしても心配ってのなら、
 オレが代わりに遠くから見守ってやってもいい。
 危なっかしそうなら止めてもやる。
 頭が冷えた折り合いを見て、あいつに声を掛けてやろう。
 あの娘との再会は時間をかけてから…そうだな。
 深夜0時位に、あのB-2の塔で合流しよう。
 オレがあいつを説得して、どうにか引き連れる。
 …そいつでどうだ?」

オレの提案に、優男は不安な顔を浮かべるものの、
やがて苦渋の笑顔を浮かべ、俺に依頼する。

「ええ、こちらこそ。願ってもない提案です。
 貴方なら先程のレシィのように、任せるに足り得るでしょう。
 では、よろしくお願いいたしますよ?…ガフガリオンさん。」
「ま、任せておいてくれ。…おい、レシィ!!」

「は、はい!」
「…レシィ!一緒にエトナの奴を探しに行くぞ?
 この薄暗闇の中、お前の鼻なしじゃどうにもならン。」
「じゃ、アンタ達は先行して、塔の様子を見に行ってくれ。
 そこに他の参加者がいないとも限らンからな。

さりげなく。ごく自然に。
オレは人員を都合のよいように選りわけ、
武器を手にいれてエトナを始末しやすい布陣を引く。
優男をこちら側から遠ざける理由。
レシィ(と手に持つ剣)をこちらに引き寄せる理由。
このどちらも、周囲を納得させるには十分なものだ。

無論、オレがエトナを連れて塔に向かうつもりは毛頭ないのだが。
向かうとしても、エトナが塔に戻れるようには決してしないだろう。
…レシィは、まあ。あいつ次第だろうがな?

オレの呼び出しに、レシィは一も二もなく付き従う。
その純真さがお前の取り柄だが、今回ばかりは仇になるかもしれん。
――俺はそう腹の底では考えながら、
もう一度こちらに剣を貸すよう促す。

以前よりは悩む時間が格段に増えていたが、
先ほどの励ましが効いたのだろう。
快い笑顔を向けて、オレに“二振りの”剣を差し出した。
鳥の翼の付いた、あの魔剣も添えて。

「オイオイ、こっちはヤバいからいらンと言ったはずだが?」
「いえ。これはやはり貴方に持っていたいのです。こちらは差し上げます。
 今の剣はご主人様のものです。こちらはやはり差し上げられませんから…。
 こちらは、あくまでもお貸しするだけです。
 それに、さっきのように、もう一度別れてしまうような事があるかもしれません。
 その時、何も無いよりはよいかと思います。どうせ、ボクには扱えませんし。
 どうしてもっていう時にのみ、そちらの剣をご利用になってください。」

オレの抗議に、レシィは破顔して答える。
なるほど。あいつなりの厚意と返礼ってことか。
こりゃ、断る方が気まずくなりそうだな。
ま、これを抜くことはないと願いたいが――。
オレは二振りを腰に差してからレシィを促し、この場を立ち去ろうとする。
――エトナを探し回り、確実に始末をしに。


オレは背を向け、ゆっくりとレシィを先頭に村への方角へ向かおうとするが――。
ウィーグラフがオレに抗議の声を上げる。…ま、そう来るだろうな。

「貴様、どうにもうまく二人を丸めこんだようだが、私の目は誤魔化せんぞ。
 どうにも怪し過ぎる。私も、貴様に付いて行くことにしよう。貴様を監視する為にな。」

来やがったな。こいつがいると、どうにもやり辛くなる…。
だが、その辺りのトラブルはすでに想定済みだ。

「ま、勝手に付いて来るのは別に構わンのだが…。
 お前は今、丸腰に近いその相棒を放置してオレに付いて来るのか?
 この薄暗闇の中、ゲームに乗った奴がどこにいるかもしれんのに?
 こりゃ、このオレも随分と慕われたようだな?」

その実に分かりやすい反論に、ウィーグラフは言葉を失う。
あいつは、その義理固さからあの優男を決して一人出来ないだろう。
そして、優男は今エトナと出会えば火に油を注ぐ事になる。
だからこそ、こちらには決して付いて来れない。
ま、分断工作って奴だ。


「…悪い事は云わン。お前はそいつを守ってやれ。その方が、オレといるよりやり易いだろ?
 それに、だ。お前の考えるオレのような奴が、まだまだこの近辺にいるかもしれンからな?」

オレはウィーグラフの不審を軽くあしらう。
ま、お前さんの推測は全く以て外しちゃおらンだがな?
オレを疑いたいのなら、証拠を出せないなら
まずは味方を付けておくべきだったな?

オレは心の中で舌を出しながら、今度こそ二人で村へと向かい始める。
ウィーグラフ達はこちらを見送ってから、西に向かいだした。

ま、これでしばらくあいつらの足止めは叶ったということか。
あとはエトナとレシィをどうするか、についてだ。


――――エトナはいかなる場合においても、必ず殺す。


これは揺るぎ無い。気分次第で誰にでも噛み付く上に、
全く交渉の余地のなさそうな狂犬は害にしかならン。
だが、どのようにして始末すべきか。そこが問題だ。

あの様子だと、誰でもいいから最初に出会った赤の他人を襲い出しかねン。
迷惑な事この上ない。まあ、今回の場合だけはむしろそうあって欲しいのだが。
そうでなければ、レシィの目を振りほどいて闇討ちをする手間がかかっちまう。

まあエトナが暴走した場合、あれを文句なく殺せる大義名分が出来る為、
こちらとしては願ったり叶ったりだからな。
レシィにも、十分な言い訳は立つ。
もっとも、完全に承服するわけでもないだろうが。
襲われた方にも「助けてやった」恩義も高値で売り付けることもできる。
言う事なしだ。その恩義は後々に大きく活用できるだろう。

万が一、襲われた方ももしこのゲームに乗っているなら、まとめて殺せばいい。
それがもしこちらの手に負えそうな存在でなければ、早々に逃げれば問題ない。
その為にこそ、レシィという生きた人間の盾があるのだ。
それでどちらにせよ「武器を手に入れてエトナを殺す」こちらの目的だけは果たせる。

だが、その場合はレシィが殺害されるところは見届けておくか、
自分自身の手で確実に止めを刺しておく必要性はあるだろう。
同じ失敗を二度繰り返すつもりは、毛頭ない。


――――ただし、レシィは状況次第によっては生かしておいてもいい。


こいつの戦力と、底抜けのお人好しさは利用価値がある。
邪魔になるようなら始末も止む無しなンだが、
こちらはエトナと違い制御できる余地はある。
ウィーグラフやアグリアスのような堅物相手に交渉する際、
その人の良さは緩衝材としては有効に機能する。
こいつの仲間と判断されるだけで、警戒心は和らぐだろう。
エトナとは真逆、ということだ。

ま、出来れば生かしておいてはやりたいンだがね。
あとは、レシィ。お前次第だ。


オレは冷徹に計算しながら、レシィを先頭に村へと向かいだした。

【C-3・草原の村側(東側)へと向かう道/1日目・夜(放送後)】
【ガフ・ガフガリオン@FFT】
[状態]:健康、エトナに対する限りなく冷たい殺意
[装備]:絶対勇者剣@SN2、碧の賢帝(シャルトス)@SN3、天使の鎧@TO
    (血塗れの)マダレムジエン@FFT、ゲルゲの吹き矢@TO
[道具]:支給品一式×2(1/2食消費) 生肉少量 アルコール度の高い酒のボトル一本
[思考]:1:どんな事をしてでも生き延びる。
    2:まずはラムザと赤毛の女(アティ)を探して情報収集。邪魔者は人知れず間引く。
    3:ラハール・アグリアスには会いたくない。
    4:エトナを中ボスとの再会前に必ず始末する。
    5:レシィがエトナ殺害や逃走の邪魔者になるなら、まとめて斬る。
    6:ウィーグラフを警戒。機会あらば悪評を流すか、人知れず不意を討ち始末する。    
[備考]:ジョブはダークナイト、アビリティには現在、拳術・カウンター・メンテナンス、
    HP回復移動をセットしています。

【レシィ@サモンナイト2】
[状態]:健康 、強い決意、精神的喪失感(小)、刺激臭による嗅覚の低下
[装備]:サモナイト石[無](誓約済・何と誓約したものかなど詳細は不明)@SN2or3
[道具]:支給品一式(1/2食消費)  死者の指輪@TO 生肉少量
[思考]1:ガフおじいさん、貴方を信じます!
   2:殺し合いには参加せず、極力争いごとは避ける。
   3:どうしよう? 臭いがまだ鼻に残っている…。
   4:アメルの遺志に従い、仲間や協力者を集めてゲームを破壊する。
   5:ラムザ、赤毛の女性(アティ)、ラハールを探してみる。
[備考]:シュールストレミングの刺激臭を吸い込んだ後遺症により、鼻の効きが若干悪くなっています。
    少休止したことにより、歩き詰めによる疲労は回復しております。

【C-3・小山の麓(西に進行中)/1日目・夜(放送後)】
【ウィーグラフ@FFT】
[状態]:健康 、ガフガリオンに対して軽い不信感
[装備]:キルソード@紋章の謎
[道具]:いただきハンド@魔界戦記ディスガイア、
    ゾディアックストーン・アリエス、支給品一式
[思考]:1:ゲームの打破(ヴォルマルフを倒す)
    2:仲間を集める。
    3:ラムザと、ガフガリオンの言う赤毛の女(アティ)、ラハールの捜索
    4:ガフガリオンをあくまで警戒(不審な行動を見せれば斬る)
[備考]:ジョブはホワイトナイト、アビリティには現在、拳術・カウンター・攻撃力UP、
    HP回復移動をセットしています。
   :ガフガリオンの過去の経歴を知っている為、
    彼の言動に本能的な違和感を感じています。
    ただし、疑うに足る確証もまたありません。

【中ボス】
[状態]:顔面に軽症(行動に一切の支障なし)
[装備]:にぎりがくさい剣@タクティクスオウガ
[道具]:支給品一式 、ウィーグラフのクリスタル
[思考]:1:ゲームの打破
    2:自分が犠牲になってでもラハール達の帰還
    3:…困りましたね、反抗期?
    4:やはり、構い過ぎなのでしょうか?ダメな父親ですね、私も…。
    5:赤毛の麗しきマドモワゼル(アティ)。フム、気になりますね…。
      って、これは浮気じゃないですよ皆さぁーん!!
[備考]:先程のレシィとのやり取りと、エトナの事に関する助言で、
    完全ではないものの、ガフガリオンを概ね信頼しています。

[共通備考]:情報交換により、神殿騎士団幹部五名の大雑把な情報を入手しました。
      以上五名は、この殺し合いの管理補佐を任されている可能性を考慮しています。
     (メリアドール・イズルードの存在については、ガフガリオンは疑問を抱いています。)
      中ボスの情報提供により、ラハール、エトナ、フロン、ゴードンの事を知りました。
      なお、カーチスとは直接の面識がないため、中ボスは特に何も語っていません。
      ガフガリオンがラムザと赤毛の女(アティ)を重要人物として捜索している事を
      この場にいる三人に話しました。
      なお、午前0時に、B-2の塔でエトナを連れて再会する予定を立ててます。
     (ただし、ガフガリオンは生きたエトナを連れて来る予定は毛頭ありません。)


106 想いこらえて(前編) 投下順 107 悪の軍団
106 想いこらえて(前編) 時系列順 113 FullMetalDemon
093 臭いと芝居と色々と ガフガリオン 113 Knight of the living dead
093 臭いと芝居と色々と レシィ 113 Knight of the living dead
093 臭いと芝居と色々と ウィーグラフ 125 Box of Sentiment
106 想いこらえて(前編) 中ボス 125 Box of Sentiment
最終更新:2011年05月02日 10:01