CODE GEASS――鋼のレジスタンス

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

CODE GEASS――鋼のレジスタンス  ◆.WX8NmkbZ6



 北岡秀一ジェレミア・ゴットバルト
 二人が最初に接触したのは第一回放送直後の頃であり、別行動を取っていた時間を鑑みてもそれなりに長い付き合いになっていた。
 お互いの能力も性格も把握済み。
 片や近距離、片や遠距離での戦闘に特化しており役割分担もはっきりしている。
 ジェレミアが銃弾に耐性を持ち、北岡が多少無理な弾幕を張って巻き込んでもそうそう被害が出ないという利点もある。
 共闘する上で、二人の相性は決して悪くない。
 それでもなお苦戦を強いられているのは一点、ごくごく単純に、相手が強大過ぎるというだけの話である。

 第七世代KMF(ナイトメアフレーム)、ランスロット。
 踵部分に取り付けられた車輪・ランドスピナーによって、足を動かす事なく地を滑るように疾走する人型兵器。
 生身の人間であるジェレミア達と交戦している今、使用する武器はスラッシュハーケンに限られていた。
 ランスロットの両手の甲など計四カ所に設置された、ワイヤーロープ付きの錨状の装備だ。

 ハーケンの先端は鋭く鉤になっており、形状も使用方法も矢尻に似ている。
 射出して相手に突き刺す――突き破る事も、手の甲に収納したまま近接戦闘に用いる事も可能。
 その威力は一撃で量産型KMFを破壊出来る程である。
 また例えば高層ビルの壁面などに突き立ててそのままワイヤーを巻き取れば、ランスロット本体が引っ張られて高所へ移動出来る。
 立体的な動きにより活動範囲が広がり、移動速度も跳ね上がる。
 KMFの装甲を破る硬度のブレード、KMFの重量をも支えるワイヤー、この二つが組み合わさった主武装こそがスラッシュハーケンだ。

 だがランスロットが最も得意とする攻撃は武器を必要としない「ただの蹴り」だった。
 これにはランスロットのパイロットである枢木スザクの戦い方がそのまま反映されている。
 それが北岡達を優位にする要因となるかと言えば、否。
 ランスロットは全高五メートル近く、重さ七トンにもなる巨体を持つ。
 そんな物体が車輪とハーケンによる高速移動中に蹴りを繰り出せば、ハーケン以上の脅威にさえなるのだ。

 どんな戦況からでもブリタニア軍を勝利させる嚮導兵器。
 同じKMFの中で比較しても怪物と呼ぶに相応しいスペック。
 フロートユニットを装着した状態で活躍したE.U.戦線では『ブリタニアの白き死神』と称された。
 それを相手どっているのが人間だと説明したところで、信じる者はいないだろう。
 無謀でこそないが、無茶に変わりはない。

 そして北岡がゾルダに変身していられる時間は、僅か十分間。
 この十分間で、勝敗が決する。


 晴れた日の空のように深く鮮やかだった青は、見る陰もなく血と泥を吸って汚れ。
 陽光を浴びた雲の如き白も同様に黒ずんで。
 度重なる戦闘で斬り裂かれた騎士服は元の高貴さをとうに失っていた。
 几帳面に整えられていた碧色の髪も乱れたまま、服に隠していた機械の左腕を外気に晒して。
 常ならば醜態とさえ称していたであろう姿となっても、ジェレミアは足を止めずに駆け抜ける。

 月が天頂から大きく傾き、朝が近付くものの辺りは未だ暗い。
 そして危険が嵐のように絶え間なく降ってくる状況。
 それでも、北岡もジェレミアも諦めてはいなかった。

 F-8を東西に横断する大通りに、激しく砂埃を立てながら駆けるランスロット。
 KMFが動き回ってもなお余裕がある広さの四車線の道路、その両側に聳えるのは高さ十メートルを超えるビル群。
 ジェレミアは地上を、北岡はビルの屋上から屋上へと飛び移って走る。

 ゾルダの攻撃は、本来は更に遠距離から定位置を作って狙うのが理想的だった。
 しかしランスロットのサイズでは距離が空き過ぎればビルの陰になってしまう。
 またランスロットの至近距離にいるジェレミアの危険が余りに大きく、すぐにサポート出来る距離を保つ必要があった。

 片腕を北岡のマグナバイザーを防ぐブレイズルミナスの展開に使い続けるランスロット。
 その状態でジェレミアに踵落としを繰り出す。
 ランドスピナーに装着された車輪が頭上から降ってくるその攻撃を、身を低くして地上を這うように跳んで回避した。
 そしてジェレミアは右手に贄殿遮那を構えたままデイパックからブラフマーストラを抜き、コックピットブロックめがけて撃つ。
 一度に最大七発の弾丸を、無尽蔵に撃ち出すボウガン。
 初撃――五発の弾丸が吐き出された。

 ランスロットの装甲は拳銃の弾程度なら跳ね返してしまう。
 故にランスロットはブレイズルミナスの展開も防御行動も取らなかったのだが、弾丸を受けて巨体が僅かに揺れる。
 コックピックブロックには確かに五ヶ所の傷が付いていた。
 貫通こそしていないが無視出来るものでもない。
 ブラフマーストラは強力な銃であり、それを扱うジェレミアの攻撃力もタルカジャによって上昇しているからだ。
 ジェレミアは走りながらブラフマーストラを撃つが、二撃目はランスロットが急発進し回避されてしまう。
 そしてランスロットはジェレミア達に背を見せた状態で止まり、片足の車輪だけを逆回転させる事によってその場で旋回。
 一層濃く粉塵が舞い、車輪と地面が擦れ合う耳障りな音が空気を掻き乱す。
 両腕にブレイズルミナスを発生させ、マグナバイザーとブラフマーストラを防ぎながら突進する。

 ジェレミアはギリギリまでその場に留まって引き付け、衝突の瞬間にランスロットとすれ違う形で躱す。
 だがランスロットは再度旋回して振り返り、ジェレミアに向けてハーケンを打ち込んだ。

「くっ……!」

 右手に贄殿遮那を構え、左腕で刀の峰を支えてハーケンを受け止める。
 両腕に掛かるのはトラックに衝突されたような衝撃。
 足に力を籠めて踏み止まろうとするが押され、アスファルトに罅を入れながら五メートル以上後退させられた。

 ハーケンを巻き取りつつ、ゾルダ対策に左腕で発生させていたブレイズルミナスを解除するランスロット。
 無防備を晒すが、マグナバイザーは当たらない。
 ランドスピナーを細かく動かす事で前後左右に高速で移動しており、北岡の射撃でも捉えられないのだ。
 そして跳躍しながらハーケンを真下に向かって突き立てて更に上昇、そこをマグナバイザーが狙うもランスロットが突然軌道を変える。
 北岡が立つビルの外壁に向かって、引き寄せられるように速度を落とす事なく移動。
 残りのハーケンを壁に刺した上でワイヤーを巻き取り、機体をそちらへ引っ張らせたのだ。

 両のハーケンを収納しつつランスロットはその外壁を蹴り、道路上空を横断して向かいのビルの外壁を蹴る。
 ただ蹴るだけでなく、左右を行き交いながら上へと向かって駆け上がっていく。
 北岡でさえ捕捉出来ない複雑な軌道を描き、弾丸の如き速度でビルの最上階へ。

「一人だけ安全な場所からってわけにはいかないか……いや、知ってたけどね!!」

 ランスロットが壁を離れ、屋上よりも高くに舞い上がった。
 そしてブレイズルミナスを展開してマグナバイザーを防ぎつつ、縦に回転。
 足が天高くに振り上げられ、それが北岡に向かって落ちていく。
 ビルの屋上を砕く一撃に、北岡は回避を兼ねてビルから飛び降りた。
 ただし、それは軽率な行動である。

 北岡は地面を背にしながら落下し、追い掛けるように飛んできたハーケンをマグナバイザーで撃って弾く。
 そこまではいいが、もう一つのハーケンが北岡を逸れて真下の地面に刺さった。

 ランスロットが北岡を追って飛び降りる。
 ワイヤーが巻き取られる。
 自由落下する北岡よりもワイヤー移動をするランスロットの方が、速い。

 危険。
 ジェレミアも北岡もその二文字の単語を脳裏によぎらせる。

 だが唐突にランスロットが腕を振ってハーケンを地面から外した。
 地上にいたジェレミアがワイヤーの切断するべく刀を構え、ランスロット側がそれに気付いて対処したのだ。
 自由落下よりも多少速い程度であれば、先に落ちた北岡の方が着地が早い。
 北岡は地面に着いて即走り、北岡がいなくなった着地点にランスロットが落ちてきた。

 ここまでの一連の攻防が、一分に満たない時間に行われている。
 ジェレミア達が有利か不利かで言えば、圧倒的に不利。
 ブレイズルミナスを多用している以上ランスロットのエナジーは長く保たないはずだが、時間制限があるのはお互い様だ。
 ゾルダの変身が解除される時は刻一刻と迫っている。

 しかし諦めて退避した時、それは狭間偉出雄の負担となる。
 ランスロットの破壊が無理でもせめて装備やエナジーを削らなければ、戦う意味がない。
 それにジェレミアはスザクに大きな借りがあり、自ら止めると覚悟を決めている。

 日本最後の侍と呼ばれた枢木ゲンブ首相。
 その息子であるスザクは、世が世ならやはり侍と呼ばれていたのだろう。
 日本人でありながらブリタニア軍に身を置き、第三皇女の騎士となり、ナイトオブラウンズにまで登り詰めた少年。
 彼が何故そのような手段を取ったのか、理由も目的もジェレミアが知る事はない。
 だが少なくとも地位や名誉、私利私欲の為に祖国を裏切るような人物ではないという事だけははっきりしている。
 そうせねばならない理由があったのだろう。
 そうせねば果たせない目的があったのだろう。
 その為に同胞を手に掛ける事すら厭わず、独り戦い続けた――侍のように。
 ルルーシュの為に祖国ブリタニアを裏切り、黒の騎士団の一員となった今だからこそ、ジェレミアにもそれが理解出来る。
 理解出来るからこそ、志々雄が用意したこの現状を許せるはずがない。

――意味のない戦いを、見過ごすわけにはいきません!!

 スザクはそう言って純血派同士の戦いに止めに入った。
 誰よりも正しさを求めていた。
 今ここで行われている戦闘もまさに、意味のないものと言えるだろう。
 スザクがこんな戦いを望んでいたはずがない。
 彼の抱いていた決意を嘲笑い、尊厳を踏み躙る行為。
 それに対して死したスザクが何も言えないというのなら、ジェレミアが代わって異議を叫ぶ。

 借りを返すべき相手は既に死に、何もかもが手遅れで。
 それでも今こそが、筋を通す時だった。


 再びビルの上へと移る機会を窺いながら、北岡が地上を駆ける。
 ランスロットが射出するハーケンを何度か躱すものの、北岡は仮面の下で冷や汗をかいていた。
 危険とは知っていたが、ジェレミアの言った通りランスロットは人間が相手にするような兵器ではない。
 またランスロットのこの速度では、鈍重なマグナギガを召還しても攻撃を当てられないまま破壊されてしまう。
 まして一度壊されてしまえばゾルダがブランク体となって役に立たなくなるとあっては、迂闊には出せない。

 危険なラインのまま膠着する状況に、北岡が手で合図するとジェレミアが頷いた。
 車内で練り、言い含めてあった策のうちの一つ。
 成功する確率は高くない上にデメリットもあるが、成功すれば一気に優位に立てる。

 ジェレミアが仮面を開いて左目を晒し、ギアスキャンセラーを発動。
 左目を中心に青い光が球体状に広がり、北岡もその領域の中に巻き込まれる。

 北岡の脳裏に、会場に連れてこられた際の記憶が蘇る。
 そして北岡はランスロットの蹴りを回避しながら『ビルの窓ガラスに体当たりした』。
 だがガラスは割れない。
 北岡の体が溶けるようにガラスの中に飲み込まれたのだ。
 北岡を追っていた蹴りがガラスを叩き割っても、そこに北岡の姿はない。

 足下のジェレミアに向かって蹴りを繰り出そうとするランスロット、その背のコックピットブロックで弱い爆発が起きる。
 そこにはゾルダのマグナバイザーによる射撃が命中していた。
 ランスロットの背後の窓ガラスの中には、銃を構えたゾルダが映っている。

――北岡秀一、大人しく私についてこい。
――そして会場に着いたらこの事を忘れ『ミラーワールドには入るな』。

 銀髪の青年から受けたギアスが解除され、ミラーワールドへの行き来が可能になったのだ。

「これなら……!」

 一方的に攻撃する事が出来る、つまりマグナギガの召還とファイナルベント・エンドオブワールドが可能。
 ランスロットにブレイズルミナスがあっても全身を覆えるわけではなく、大ダメージは必至。
 北岡がデッキからカードを抜いた。

 だがランスロットは会場に残ったジェレミアではなく、北岡の映るガラスに向かってハーケンを飛ばす。
 その一撃は、北岡には届かないにも関わらず。

「えっ……」

 届かない、はずのハーケンが。
 ガラスを割る事なく『ガラスの中に吸い込まれた』。
「な、やば、」
 先端が鋭いブレード状になったハーケンが、ミラーワールド内の北岡に迫る。
 北岡は咄嗟に別の窓から外の世界へ逃れ、ランスロットもミラーワールドからハーケンを引き寄せて回収した。

「ちょっと、あんな機能が付いてるなんて聞いてないんだけど!」
「私も知らん!!
 V.V.が手を加えたのだろう、相手の手の内の一端が知れただけ無駄ではない!」

 ランスロットの攻撃を避けながら、道路の両端にいる相手に届かせる為に互いに怒鳴るような声量で言い合う。
 仕切り直しと言っても状況はむしろ悪化していた。
 ジェレミアは掛けられた制限により、キャンセラーを使うと体力が削られる。
 今は些細な差でも、戦闘が長期化すれば確実に大きな負担になるだろう。

 ランスロットの両のハーケンが同時に射出され、すぐ脇の窓へ沈む。
 そしてランスロットと併走していた北岡とジェレミアのそれぞれの真横の窓に映る景色が歪み、ハーケンが飛び出した。
 ランスロットのスラッシュハーケンにはブースターが搭載されており、射出後にある程度軌道を曲げる事が出来る。
 ミラーワールドに入ったハーケンが中で向きを変化させ、別の窓から元の世界に戻ったのだ。

 どの角度から来るか予測のつかない攻撃に、ジェレミアは反射的に身を反らして躱したが北岡は間に合わない。
 ハーケンが腕を掠める。
 掠めただけ、ラクカジャによる防御力の上昇もある――だがハーケンはKMFの装甲をも容易に突き破る代物。
 結果ライダースーツが裂け、腕の肉が抉れた。

「ッ……やっぱり最悪じゃないか!!
 ジェレミア、頼む!」
「分かっている!」

 北岡がリフュールポットで回復する間、ジェレミアがランスロットの注意を引き付ける。
 北岡はランスロットと距離を取り、ジェレミアはランスロットの前で敢えて高く跳んで無防備を晒した。
 ランスロットが巨大な腕でそれを振り払う。
 ジェレミアが贄殿遮那で受け止めながらもビルの外壁へと弾かれる。
 だが空中で身を捻らせ、外壁に対し垂直に着地。
 間髪入れずに外壁を蹴り、その着地点に振るわれた拳を躱した。
 ジェレミアの体が自由落下を始めると、落下する先には既にランスロットの蹴りが迫っている。
 足場のない状況でジェレミアは外壁に刀を突き立て、強制的に急停止。
 ビルの一階部分にランスロットの蹴りが刺さり、建物全体が揺れるがジェレミアは落ちない。
 壁に刺さった刀に片手でぶら下がった状態でブラフマーストラを持ち上げ、ファクトスフィアを狙い撃つ。
 ランスロットがそれをブレイズルミナスで防ぎつつハーケンで反撃し、ジェレミアは外壁から刀を抜いた勢いを利用して回避した。

 漸く地面に降り立ったジェレミアに、ランスロットが拳からハーケンのブレードを突き出させて殴り掛かる。
 しかしランスロット目掛けて張られた弾幕に、ランスロットは攻撃から防御へ移った。
 北岡は既にリフュールポットでの回復を終えており、ランスロットがブレイズルミナスを張りつつ後退。
 状況は仕切り直しである。

 しのぎを削る戦いに、時間は刻々と流れていく。
 この事態を好転させるかも知れない鍵を握った少女は、まだ戻らない。


 柊つかさは箒に跨ってF-9上空を飛ぶ。
 目指すのは南隣りのエリア、志々雄真実が示したG-9。
 月と星による限られた明るさの中、コンパスに従って移動していた。
 冷たい夜風を切り、たった一人で空を泳ぐ。
 輝く月や星には目もくれず、ただ遙か下にある地上を凝視する。

「何も、ない……?」

 会場の南東部は市街地が大半を占めている。
 故に、そこには街灯が夜空の星の如く輝いている――はずなのだが。
 G-9と思われる地域、その一部には何もなかった。
 他の地域には光が点在するというのに、そこだけが大穴を空けたかのように暗闇に満ちている。

 つかさには知る由もない事だが、G-9の中心部はカズマ桐山和雄が衝突した場所。
 街灯はおろか、建物すらも軒並み吹き飛んでいたのだ。

「騙されちゃった……のかな」

 心に湧いた疑念を口に出してしまい、頭をぶんぶんと振って切り替える。
 実際の地上にエリアを区切る線が走っているわけではないが、G-9は決して狭くない。
 何もなくなってしまった箇所だけがGー9ではない、探してみなければ分からない、そう自分に言い聞かせた。

 G-9を通り過ぎてしまわないよう目印にしたのはG-10遊園地。
 G-9の東隣りのエリアだ。
 遠くからでも見える観覧車は虹色にライトアップされ、くるくると彩りを変えながらゆっくり動いている。
 皆で遊べたらきっと楽しいだろうな、と。
 「もういない」と分かっていても無意識のうちに姉妹や友人達の事を考えてしまっていた。
 目元を拭い、心に思い浮かべるのはランスロットや煉獄に立ち向かう仲間達。
 彼らの為に成果を持ち帰らなければと、つかさは高度を落とし始めた。

 中心部に何もないのなら、周囲の家屋を一つ一つ調べるべきだろうか。
 『G-9にプレゼントがある』という言葉だけでは余りに曖昧だった。
 しかし地上が近付くと、何もない地域について気付く事があった。

 街頭がなく「大穴を空けたかのように暗闇に満ちている」。
 しかし近付いてみれば当然、そこには大地がある。
 大地がほのかな月明かりを反射し、夜目の利かないつかさにもその存在を捉えさせる。
 だがその中で本当に「大穴を空けたかのように」――否、確かに「大穴を空けた場所」があったのだ。

 定規で線を引いたかのような、十メートル四方ほどの正方形の穴。
 自然に出来たものではない、人工的なものだ。
 周囲を見回しながら、つかさは更に地上へ接近していく。

 大穴の縁に降り立って、中を覗き込んでみるが何も見えない。
 深さも分からない。
 ランタンを点けても光が奥まで届かない。
 つかさは生唾を飲み込んだ。

(狭間さん、ごめんなさい……)

 見てくるだけ、近寄らないと、そう言った。
 けれどここで引き返してしまっては彼らに何も持ち帰れない。
 意を決し、ランタンを片手に再び箒に跨る。
 バランスを崩さないようにしながら少しずつ、穴の中に降りていく。

「えっ……」

 そしてつかさは、“それ”を発見した。


 ランスロットと二人の間の距離は五十メートル以上。
 交戦開始以来走り詰め、更にキャンセラーによって体力を消耗したジェレミアが一つ息を吐いた。
 熱くなった体に、ビルとビルの間を吹き抜ける夜風を当てて冷ましていく。
 北岡に目配せして頷き合うと、北岡はビルの上へ移った。
 北岡は屋上から、ジェレミアは地上からという元の陣形で、ランスロットを迎え討つ。

 前傾姿勢を取るランスロット。
 ランドスピナーが起動、車輪の回転で爆発的な推進力を得て発進した。
 巻き上がる砂埃、足から伝わる地震の如き振動。
 一直線に向かってくるランスロットを狙い、北岡がマグナバイザーを連射する。
 ランスロットの左腕はブレイズルミナスを展開してその状態を維持、同時に右腕のハーケンを撃ち出した。
 ハーケンは窓ガラスに飲まれ、ジェレミアの死角となる斜め後方から出現。
 ジェレミアは地面に転がる形でギリギリの回避に成功するが、ランスロットが跳躍してブレイズルミナスを消し、上空から左のハーケンを放つ。
 ジェレミアの手と膝がまだ地に着いた状態にある中、ハーケンが到達する。

「くっ……おおおおおお!!!」

 手足の力で跳ぶ。
 今まさに迫り来るハーケンに向かって、だ。
 弾丸にも等しい速度のハーケン、その軌道の僅かに上。
 ハーケンとジェレミアがすれ違う瞬間、ハーケンを足場にして更に前へと跳ぶ。

「はあああ!!!!」

 ハーケンを蹴る際に角度を付け、体に回転を加える。
 そして宙で刀を構え、真っ直ぐに伸びたワイヤーに向けて振り下ろした。

 KMFの巨体すら支えるカーボンワイヤーが切断される。
 ハーケンが地に突き刺さり、動かなくなった。
 だが先端の重りを失ったまま巻き取られるワイヤーが蛇のように蠢く。
 ジェレミアの腕がワイヤーで弾かれ、中空でバランスが崩れたところへ、ビルの壁面を蹴って落下地点を調節したランスロットが降ってくる。
 着地するまでジェレミアに足場はなく、それでは回避が間に合わない。

――SHOOT VENT――

 ジェレミアが踏み潰される寸前、北岡が巨大バズーカ砲――ギガランチャーを両腕で支えて撃つ。
 ブレイズルミナスによる防御の上からでもランスロットの巨体が揺れ、落下地点がズレた。
 その恩恵でジェレミアは回避に成功するものの、ランスロットの連撃は続く。
 着地してすぐにランドスピナーが起動、回転する車輪によって推進力を得て蹴りを放った。
 下から掬い上げるような一撃をジェレミアが避ける、今度はそれが踵落としとなって戻ってくるのをまた避ける。
 踵落としでコンクリートが砕け、ジェレミアの足場が不安定になったところへ残る右のハーケンが飛来。
 北岡のギガランチャーで再度ランスロットの体が傾き、ジェレミアは軌道が逸れたハーケンをかろうじて回避した。

 ハーケンを一つ奪った事は大きなアドバンテージになるが、それでもランスロットの強さは健在。
 北岡はギガランチャーを装備した事で火力が上がった代わりに、連射は出来なくなった。
 移動速度も著しく下がり、ここまでのように動き回るのは難しいだろう。
 ジェレミアにもキャンセラーによる疲労が現れ始め、次から次へと襲ってくる巨大な凶器を避けるのがやっとである。
 ジェレミアは手にしていたブラフマーストラをデイパックに戻し、贄殿遮那による防御に専念する。
 攻撃と回避で一進一退だった攻防は、少しずつ防戦に追い込まれていく。

 だがランスロットの蹴りを回避して地面を蹴った瞬間、路地から飛び出した影がジェレミアの足に組み付いた。
 転倒しないよう咄嗟に踏み出した足で踏み留まるが、速度が急激に落ちる。
 足にしがみついていたのは、一度殺したはずの相手だった。

「ロロ……!?」

 黒の学生服に身を包んだ栗色の髪の少年。
 志々雄がさざなみの笛で蘇らせたのは一人ではなかった、そこまで考えが及んだ時にはランスロットの爪先が迫っていた。
 防御しようとして構えた刀が弾かれ、手から離れる。
 車よりも重く速く鋭い一撃が腹部にめり込み、そのままコンクリート製のビルの外壁との間に挟まれて潰された。

 前後からの圧迫は一瞬。
 ランスロットの蹴りを受けた壁は砂の城の如く容易く崩れ、ジェレミアはビルの中へ押し込まれた。


 北岡は大通りにいるランスロットに向けてビルの屋上から射撃していた。
 ギガランチャーを抱えたままでの全力疾走、内心にあるのは焦り。
 ライダーには暗視能力があり、視力も優れている。
 故にジェレミアが突然何者かに襲われ、そのままランスロットの攻撃の直撃を受けたのも見えていた。
 生存者が残り少ない今、横槍を入れられる者は限られている。

「まーた志々雄が余計な事をしたってわけ……!」

 いい加減にしてよね、とごちようとするが、足下にハーケンを打ち込まれて跳び退る。
 ジェレミアが離脱すれば狙われるのは必然的に北岡。
 屋上に刺さったままのハーケン、ワイヤーを巻き取りながらランスロットが迫ってくる。
「このっ……」
 北岡はギガランチャーで迎撃するが、ランスロットは通りを挟んだ左右のビルの外壁を蹴りながら高速で移動していた。
 ギガランチャーはブレイズルミナスを発生させるまでもなく回避され、見る間に接近される。
 二人でも限界があるというのに、一人でランスロットを相手にするのは無理だ。
 逃走が一歩遅れた北岡はギガランチャーを放棄した。

 ほんの一秒前に北岡が立っていた場所にランスロットの脚部の車輪が振り下ろされる。
 使い捨てられたギガランチャーが砕け、屋上全体に亀裂が走り、蹴りを受けた場所には穴が空いていた。
 北岡は既に隣の建物に跳び移っていたが、背筋にぞっと悪寒が走る。

「ちょ、冗談じゃない……!」

 まさか死んでないだろうなとジェレミアの安否を気に掛けるが、確認しに行く余裕はない。
 それどころか今この瞬間も北岡自身が危うい。

 逃げる北岡の進行方向にあった、北岡が今立っているビルよりも高い建物の壁にハーケンが打ち込まれた。
 ワイヤーが巻き取られ、横へと跳んで回避した北岡をランスロットが追い抜く。
 ランスロット本体に気を取られているうちにランスロットが振り返り、もう一方の手からもハーケンが射出。
 近くの窓に吸い込まれたハーケンが北岡の背後の窓ガラスから飛び出し、肩口にハーケンのブレードが突き刺さった。
「ぐああ!!」
 吹き飛ばされてビルから落下し、地面に叩き付けられる。

 その上からランスロットが縦回転を加えながら落ちてきた。
 ランスロットそれ自体の重さに加え、遠心力。
 先程はジェレミアのサポートで免れたが、今ジェレミアはいない。
 回避する手段は残されていなかった。


 ランスロットの蹴りに揺さぶられ、ビル全体が大きく揺れる。
 天井や壁に罅が入った内部、そこにジェレミアは倒れていた。
 ラクカジャの効果でかろうじて意識を繋ぎ留めていられたが、全身を痛みに蝕まれる。
「っ……ぐ……」
 仰向けのまま瓦礫の上で呻き、血の混じった胃液を吐く。
 離れた場所に転がったデイパックを手繰り寄せようと右手を伸ばすが、阻むようにロロがその手首を掴んだ。
 さざなみの笛でUNDEAD化した者は物理攻撃を無効化する、故にランスロットの攻撃でも無傷だったのだ。
 ジェレミアの手首を押さえ付けたまま、ロロは先程ジェレミアが手放した贄殿遮那を構える。

 顔面に突き立てられようとした刃を、ジェレミアは左手で握り込んで食い止めた。
「こ、の、……っ」
 しかし、手の力が抜けていく。
 睨むジェレミアに対し、ロロは無表情。
 殺害した際に彼が見せた激情は影もなく、そこにあるのはただの死体だった。
 ジェレミアの手が震え、ロロの体重の掛かった切っ先が徐々に近付いてくる。

 歯を食い縛り、軌道を逸らしてから手を離す。
 贄殿遮那はジェレミアの頬を斬り裂きながら床に突き刺さった。
 刀を抜こうとして動きを止めたロロに対し、ジェレミアは自由になった左手で懐の昇天石を掴み取る。
 至近距離から投げ付け、ロロの周囲に石の輝きと共に現れたのは無数の護符。
 ロロに纏わり付き、目に刺さる程の強く白い光が迸る。
 瞬きする間に光が止まり、ロロの体が糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。
 後に残ったのは、死体一つ。

 ジェレミアは息を乱しながら、倒れ込んできた死体を押し退けた。
 改めてリフュールポットを使用して立ち上がる。
 ランスロットの駆動音は遠ざかっていた――北岡が引き付けているのだろう。
 ロロに代わって贄殿遮那を抜く。
 そして北岡のもとへ駆け付ける前に死体の傍らに膝を落とし、見開いていた目を閉じさせる。
 イケブクロでルルーシュの学友シャーリーを、この会場でアイゼルを殺害した少年。

ロロ・ランペルージ、ルルーシュ様の偽りの弟……。
 私は貴様と最期まで分かり合えなかった。
 だが――」

 年齢も出自も違う、積み重なるのは互いに嫌い合う要素ばかりだった。
 ナナリーの件、アイゼルの件、今更ロロと分かり合いたいとも思わない。
 ロロの方からしても願い下げだろう。

 だがロロは、ゼロでも皇子でもないルルーシュ・ランペルージ個人の家族として時間を共有していた。
 一年間――ジェレミアにしてみればとても長いその時間、ルルーシュにとって最も身近な存在としてそこに居た。
 シャーリーやアイゼルを殺したのも、純粋にルルーシュだけを想った結果だった。
 ジェレミアには出来なかった事をしたのだ。
 嫌悪も憎悪もある、しかし敬意も羨望もある。

「貴様のルルーシュ様への思いに偽りがなかった事は、覚えておこう」

 手向け代わりの言葉を残し、ジェレミアはその場を後にする。
 ランスロットの攻撃によって脆くなっていた天井が崩壊し、遺体は瓦礫の中へ飲み込まれた。


 地上に倒れた北岡。
 ビルの上から降ってくるランスロット。
 腕が千切れかけていた。
 立ち上がる暇もない。
 潰される。
 そう北岡が諦めそうになった時、声がした。

「北岡さん!!」

 風と共に空を切る箒。
 ランスロットが着地したその場所には、誰も残っていなかった。

「助かった――から大きい声では言えないけど、無茶はやめてよね」
「ごめんなさい……」

 ランスロットが地面に辿り着く直前、つかさは地面すれすれを最高速度で通過した。
 北岡はその時を逃さずに箒の柄に掴まって難を逃れたのだ。
 今はハーケンも届かない所まで高度を上げ、北岡が箒にぶら下がった状態のまま会話している。
 そしてつかさはリフュールポットで北岡の肩を治療しながら、G-9で見たものを語った。

「……それ、ジェレミアにはもう話した?」
「すみません、今戻ったところなので……」

 初めは耳を疑った。
 志々雄の真意は相変わらず分からないままで、ジェレミアの意見を聞かない事には動けない。

「とにかく今はジェレミアを探し――ッ」

 息を飲み、「避けて」と叫ぶ。
 地上にいたランスロットは青い銃を上空、つかさと北岡に向けていた。
 つかさが箒を旋回させる。
 すぐ真横を風と衝撃が駆け抜け、煽られて箒の軌道がぶれた。

 人間が扱うには大きすぎる、ギガランチャーと比べてさえ巨大なランスロットの銃・ヴァリス。
 その詳細はジェレミアから聞かされていないが、命中すれば形も残らないだろう。
 そう思わせるに足る威圧感が、数百メートルと距離を取ったこの高さまで届いている。
 第二撃も北岡がつかさに指示を出して回避をするものの、北岡の体勢が悪く長続きしそうにない。

 ヴァリスの銃口が光る。
 第三撃が放たれようとした時、銃身が揺れた。
 ジェレミアが上へと集中していたランスロットの体を駆け上がり、ヴァリスに直接蹴りを入れたのだ。
「遅いよ……!」
 北岡はつかさに高度を下げさせ、箒に掴まっていた手を離してビルの屋上に着地。
 マグナバイザーの連射でブレイズルミナスを発生させ、足止めを再開した。
 手にはつかさから受け取ったフラムがある。
 そしてつかさに指示を出し、ジェレミアのもとへ送り出した。


 ビルの屋上に北岡、地上にランスロットとジェレミア、上空につかさ。
 つかさは更に高度を下げて戦場に接近する。
 基準とするのは北岡の位置。
 ランスロットに対し北岡以上に近くなれば攻撃目標にされてしまう。
 北岡の言い付けに従い、離れた地点から叫んだ。

「ジェレミアさん!」

 ジェレミアはその声に反応し、つかさの位置を視認する。
 しかしつかさの接近に伴ってランスロットが動きを変えた。
 右腕のハーケン一機だけでなく、腰部にも取り付けられた二機を加えた三機を一度に打ち出す。
 搭乗者がパスワード入力をしなければ使用出来ない特殊な技、ハーケンブースター。
 ハーケンは窓ガラスの中へ吸い込まれ、更に別の窓から北岡、ジェレミア、つかさの三人に飛び掛かる。

 北岡が寸でのところで跳び退って避ける。
 ジェレミアはつかさの姿を目にした直後に既に走り出しており、一機目をそのまま避けた。
 片手に刀を構えたまま空いた手で箒ごとつかさを抱き止める。
 足は止めず、つかさの背後の窓ガラスから飛び出したもう一機のハーケンを躱した。

 ハーケンを回避されたランスロットは姿勢を低くして疾走、つかさとジェレミアに接近する。
 つかさを抱えたまま、ジェレミアはランスロットの体当たりを横へと避けた。
 だが通り過ぎたランスロットは急停止と共に旋回して向きを変え、再びジェレミアに向かってハーケンを打ち込む。

 つかさの目からも、それが避け切れない一撃だと分かった。
 ジェレミアが片腕だけで扱う刀では防御も不完全になる。
 結果ジェレミアはランスロットに敢えて背を向け、ハーケンを装甲で受け止めた。
 つかさの耳に届いたのは装甲に亀裂が走る音とくぐもった声、そして突き抜けた衝撃に揺さぶられる。

 左腕を下にして地面に打ち付けられたジェレミアに庇われ、つかさは無傷だった。
 二人に足を振り下ろそうとするランスロット、そこへジェレミアがフラムを投げた。
 アイゼルが遺したフラムだ。
 ブレイズルミナスとて一瞬で展開出来るわけではない――その僅かな時間を稼ぐ為に、ランスロットは後退した。

 後退し、フラムが届くまでの一秒もない時間でブレイズルミナスを発生させて爆発から身を守るランスロット。
 そこへ北岡がマグナバイザーで追い打ちを掛け、注意が引き付けられている間にジェレミアが立ち上がった。
 ランスロットから距離を取る間もつかさは抱えられたままだ。

「あ、ありがとうございます……」

 肉体の傷とは違い、機械部分の損傷は薬では直せない。
 直す手立ては現状では見付からず、それ故に深刻。
 しかし今はそれすら後回しにせねばならない程に状況が切迫していた。
 気を取り直したつかさは声を張り、報告する。

 話している間もジェレミアはつかさを抱えたままで、時折打ち込まれるハーケンを回避する。
 追い詰められ切った状況の中、つかさは走り続けるジェレミアに“それ”を伝えた。

「……私が直接行って確かめるしかあるまい。
 援護を、任せる」

 G-9へ向かう、ジェレミアはそう決断した。
 つかさは地面に降ろされて箒を受け取る。
 ジェレミアにしてみればつかさを戦闘に関わらせたくはないだろう。
 それでもこうして任せるのはそれだけ状況が差し迫っているから――そして信頼があるからだ。
 それが分かっているから、つかさはランスロットと相対す恐怖があっても躊躇いはなかった。

 手持ちの昇天石を使ってしまったというジェレミアに、つかさは自分の分を渡す。
 逆にジェレミアからは「預かって欲しい」とデイパック本体を差し出された。
 少しでも身軽になった方がいいとの事で、これでジェレミアの所持品は贄殿遮那と昇天石のみとなった。

 更につかさはジェレミアの指示に従ってデイパックからブラフマーストラを取り出す。
 それは、ズシリと重い。
 自分の身を守る為の道具――ではなく相手を攻撃する為の武器。

「もし嫌なら私が、」
「いいえ、使います!!」

 ジェレミアの声を遮る。
 つかさがこれまでに引き金を引いたのは二度。
 その二度とも人の命を奪った。
 出来ればもう触れたくないと思っている。
 だが自分の事を信じてくれている相手から渡されたそれを、拒みたくない。
 皆で帰る為にも、これが今の自分に出来る事。
 ブラフマーストラを握るつかさの手はやはり、震えてはいなかった。

 箒に跨って浮き上がり、動作に問題ない事を確認。
 そしてジェレミアから「近付き過ぎるな」ともう一度念を押され、強く頷いた。




時系列順で読む


投下順で読む


164:3/5 北岡秀一 167:CODE GEASS――BLACK REBELLION
ジェレミア・ゴットバルト
柊つかさ



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー