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  • 貴方と夢見たその先へ(続編)Part3

uma-musumeになりたい部 @ ウィキ

貴方と夢見たその先へ(続編)Part3

最終更新:2024年01月31日 20:24

mejiroeski

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メジロエスキモー


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本編


クラシック編


+ 第20話
「あけましておめでとうございます、トレーナー」
「あけましておめでとう、エスキモー」

 年が明け、また新しい一年が始まる。去年一年を振り返ってみると、いきなり謎の夢を見るところから始まり、春には夢で出会った女の子と再会し、そして彼女の本当のトレーナーとなった。そこから彼女からの繋がりでもう一人と契約を結ぶことになり、今に至る。独り立ちしてから2人で5戦5勝、正直出来すぎていて自分より担当の2人がすごいだけなんじゃないかと思う日もたまにある。

「トレーナーは実家帰ってないの?」
「この仕事してたらなかなか帰る暇がなくてさ。いつかは君を紹介しないといけないから帰るつもりでいるけど」

 2人でおせちを食べながらリビングで箱根駅伝を見る。今日は3日だから復路みたいだ。

「こっちでは会ったことないからね。遠征のついでは……ザイアがいるもんね」
「自分の部屋があるオレを抜いたとしても、あと2人を泊められる部屋がないからな。レースが落ち着いてからで許してくれ」
「もちろん! 私はいつでもフリーだから」

 お茶入れてくるねとエスキモーが席を立ったタイミングでふと考える。彼女のことを自分の親にどう紹介しようかということを。

(いや担当の子で紹介したらいいんだけど、将来のことを考えると……ただ流石に卒業前に『そう』紹介するのは早すぎるし……)

「うーん……」
「どしたのトレーナー? いきなり唸りだして」

 いちいち立つのが面倒になったのか、冷蔵庫から2Lのペットボトルを食卓まで持ってきたエスキモーが首を傾げる。オレは持ってくれたペットボトルから自分のコップへお茶を注ぐと、天井を見上げながらエスキモーへ相談する。

「あのな、君のことを親にどう紹介しようか悩んでいるんだよ」
「うーん、付き合ってるってことは卒業までのひ、み、つ、だからねー」

 そう言いながらも彼女は菜箸代わりの祝い箸でお重から黒豆をいくつか綺麗につまみ上げ、自身のお皿に移し替える。気にしないのにと思いつつも嫌な気は全くしないから、オレも彼女に従いかまぼこをそのお箸で自身のお皿に取り分けた。

「在学中は『担当のウマ娘です』って紹介してくれたらそれでいいよ。もちろん卒業したら……ね?」
「じゃあそうさせてもらうよ……いつからって聞かれたらそれはそれで困るけど」
「それも卒業直前にってことでいいんじゃない? 私だって今の関係が世間的によく見られないことぐらいは分かってるつもりだから」

 言い終わるやいなや取り分けた黒豆を口に放り込み美味しそうに食べる彼女を前にふぅーと長く息を吐く。

「よし、これからも2人頑張っていこう!」
「えっ、うん、当たり前だけど……もしかしてトレーナー酔ってる?」

 なぜか酔いを心配されてしまったがこれでいい。彼女との約束を守りつつ、周りにバレないように細心の注意を払う。改めて自分の中で結論が出たあと、お箸を置いて彼女を初詣へと誘う。

「食べ終わって落ち着いたら近くの神社まで初詣に行こうか」
「はーい。お雑煮のおかわりはもういらない?」
「うん、お腹いっぱいだからもう大丈夫。美味しかったよ」
「ありがと。そう言ってもらえて嬉しい」

 後片付けは彼女にお願いして、その間に出かける準備を先に始めておく。歯を磨いて身なりを整え、カイロを2つコートのポケットに忍び込ませる。携帯で近くの神社までの道のりを調べていたところで支度が済んだ彼女を連れ、2人並んで目的地までゆっくり歩いていく。

「さっきザイアから連絡来てさ。よかったら一緒に初詣行きませんかって」
「オレは構わないよ。神社の名前さえ伝えれば、彼女ならすぐ飛んでくるだろうし……」
「だろうし?」
「いやなんでもないよ……こら、手を繋ごうとしない」

 さりげなく手を繋ごうとする彼女の動きを察知し、さっと手を引く。温まりたかったのにとぶーぶーと不満そうな彼女へポケットから取り出したカイロを一つ渡して、その冷たそうな手をオレの代わりに温めてもらった。

「そっか、最初からポケットに手を入れたらよかったんだ」
「あのなあ……」
「もー、分かってるって。冗談だよ、冗談。怖い顔しないでって」

 ふさげているように見えて限度は分かっている賢い子だから心配はしていない。ただ彼女も年頃の学生。時折オレとの関係で一線を踏むか踏まないかを試そうとする節があるから、しっかり目を見張らせないといけない。

「……信用しているからな」
「大丈夫。もうあのときの私じゃないんだから」

 そう、もう何のために走るのか分からない彼女じゃない。愛を知らない彼女じゃない。もう今は繋がりは心と心だけで大丈夫だ。

 ちょうど頷きあったタイミングで彼女の携帯が音を立てる。これはメッセージではなく電話の音。彼女はオレに向かってしーっと唇に人差し指を立ててから通話を開始した。相手はザイアらしい。声が漏れて聞こえてくる。

「ザイア? おはよ、ってもうそんな時間じゃないよね。どしたの?」
『おはようございます、お姉さま。先ほど約束の神社の前へ到着しました』
「早くない? 分かった、すぐ行くね」
『いえ、私がお姉さまを待たせたくなかっただけですから、お姉さまはゆっくり来てください』
「寒いのに待たせられないよ! 急いで行くからちょっとだけ待ってて!」
『お姉さま……私はお姉さまのそういうところをお慕いしております。ではいつまでもお待ちしております』

 そこで通話が終わり、エスキモーがポケットに携帯を入れる。そして彼女が発した言葉は、

「急ぐよ!」
「もちろん!」

─────
 オレに合わせてくれながらも走ること5分ほど、無事に目的の神社まで辿り着きザイアとも合流できた。ただザイアはエスキモーを誘ったのにも関わらず、なぜかオレまでいるという謎に疑問を覚えたようで……

「トレーナーさん、どうしてお姉さまと走ってこられたのですか? お姉さま、なぜトレーナーさんと一緒に来られたのですか?」
「あー……ザイアから最初に連絡もらってからここまで歩いてる途中で外歩いてるトレーナーにたまたま会ってね? えーっとそれでよかったら一緒にどうって誘ったの。ねっ、トレーナー?」
「ああ、うん、そうだな。エスキモーの言う通りだ」

 彼女の瞳孔が激しく左右上下へと揺れる。耳もピクピク忙しなく動き、尻尾もあっちに行ったりこっちに行ったりと止まる様子が微塵もない。必死になって取り繕おうとしているのが丸分かりだ。声もたまに上擦ったりと普段の落ち着きがない。ホープフルSのときより焦っているように見える。

「お姉さま、本当ですか? トレーナーさんも嘘、ついてないですよね?」
「やだなーザイアは! あっ、ザイアの手すっごく冷たい! 私ずっとカイロ持ってたから温かいよ! せっかくだし手、繋ご?」

 強引すぎる話題の切り換え。レースなら斜行と見なされてもおかしくないレベルの進路取りにザイアの懸念が深まるかと心配したのだが……

「お姉さまの手温かい……本当に繋いでいいんですか!?」
「お正月だから特別だよ?」
「ありがとうございますお姉さま! 大好きです!」

 いや本当にザイアがこういう子でよかったと心底思う。他の子だったら100%通用しなかっただろう。人の好意に乗っかった行為だから決して褒められたものではないが、自身も恩恵を受けている以上口出しするのはなしにした。

「新年からお姉さまと手を繋げるなんて……今年の運勢は大吉間違いなしです……」
「そんな大げさだよ。でも私もザイアと手を繋げて嬉しいな」
「しゅき……」

 2人とはぐれないよう注意を払いながら、境内の医務室の場所を探す。人混みに溢れてなかなか骨が折れたものの、なんとか本殿近くで案内を見つけることができたからホッと胸を撫で下ろした。

(倒れたときにすぐに搬送しないといけないからな……)

 そろそろ寮の同室になって一年が経過するのだからある程度の耐性はできていると思うのだが。エスキモーから聞いた話では2日に一回ぐらいはザイアを抱き枕にして寝ているらしいから、身体的接触は問題ないはず。

(いや待てよ……その度に失神していて、気づいたときにはもう日が昇っていたら……)

 十分、十二分にあり得る話だ。これからエスキモーへ夜寝るときのザイアの具合を聞くことにしよう。

「どうする? 参拝してから屋台回るか?」
「そうだね。神様に新年のお願いごと聞いてもらって、おみくじ引いて、美味しそうな屋台回ろっか。ザイアもそれでいいでしょ?」
「私はお姉さまに手を引いてもらうだけですから、何も口出ししません!」

 そうと決まると3人で人混みをかき分けながら本殿へと向かう。年が替わって3日目になるのだが相変わらず参拝客は多く、賽銭箱に100円玉を入れるまでに10分近くを要してしまった。談笑して時間を潰し、そしてオレたちの番がやってきた。ただそこで最年長兼指導者として2人の分もお金を出そうとしたが、あいにく2人とも自分の願いは自分のお金でとのことで断られてしまった。

(2人が活躍できるため精一杯努力します。見守っていてください)

 二礼二拍手、そして自身の想いを神様に伝えて一礼。願いというより決意表明になったが、むしろその方がいいんだと聞いていたからよしとする。ただ隣から、

「お姉さまとずっと一緒お姉さまとずっと一緒お姉さまとずっと一緒お姉さまとずっと一緒お姉さまとずっと一緒お姉さまとずっと一緒……」

 と延々とぶつぶつ呟いているザイアの姿を見て少し背筋が寒くなった。その上オレとエスキモーがその場を後にしようとした時点でもまだ念仏のように唱えていたから、エスキモーに頼んでその場から引き剥がしてもらった。

「ほらザイア。もう行くよ」
「まだ終わってません! 神様にまだ聞いてもらわないと……」
「いやもう神様もお腹いっぱいだから。早く行くぞ」

 周囲に迷惑をかけないようそーっと列の脇の方から抜け出すと、階段を下って次のお目当てであるおみくじの列へ並ぶ。長蛇の列にも関わらずあっという間に自分の順番が訪れ、巫女さんに100円を手渡す。そしてジャラジャラと音を立てながら棒が入った筒を棒が出てくるまで振り続ける。そこで出てきた棒に書かれた番号を巫女さんに伝えて渡されたおみくじに書かれていた運勢は……

「オレは中吉だな」
「私は小吉」
「私は吉です。3人の中では一番上ですね」

 全員大吉は出なかった。ただ凶が出なかったからそれでよしとする。大吉が出るまで引き続けるのは運試しにはなるが性に合わないし、エスキモーとザイアもそれで納得したことから、足早に屋台の方角へと歩いていく。

「いろんなお店あるね。美味しそう……」
「朝は控えめにしたので、いくつか口にしたいです」

 お腹の虫が鳴きそうな2人を連れて向かった先に広がっていたのは、ベビーカステラやポップコーンなどの食べ物関係のお店に加えて、輪投げや射的、お化け屋敷まで選り取り見取りの光景。どこから行こうかと悩むのと同時に、財布の中身が足りるかどうか少しばかり不安になってきた。なんだかさっきから手のひらが湿っている気がする。

「トレーナー大丈夫だよ。私たちもお金持ってきてるし」
「そうです。買いたい物は自身で支払いますから」
「そ、そうか。もし足りなくなったら言ってくれ」

 オレの顔が青ざめでもしていたのか、エスキモーがさっと助け舟を出してくれた。ザイアも気づいていたのか分からないけど、財布を持ってきている旨申し出てくれた。

「ザイアはどこから行きたい?」
「お姉さまが選ぶものならなんでも……と言いたいところですが、あちらの屋台が気になります」

 そう言ってザイアが指をさした先にあったのはイカ焼きの店だった。幸いにもそれほど列は長くなっておらず、すぐに買って食べられそうだ。

「分かった。3人全員並ぶのもアレだし、オレは……あそこの唐揚げでも買ってくるよ」
「はーい。買い終わったらおみくじの近くのベンチで集合ね」

 そう言って手を振りオレは2人とわずかの間別行動をとる。別行動といっても彼女たちが並ぶ屋台から3つしか離れていない店の列の最後方に並ぶだけなのだが。

「えーっと、見た感じ5個入り300円か。2つ買ったら10個……2人に1パックずつ食べてもらって、オレは余り物をもらう感じでいいかな」

 携帯をポチポチ触っている間に順番が来て注文すると、オレの前でストックが切れたのか、幸運にも出来たてのものを手に入れることができた。ただ当然プラスチック容器も熱々になっていたから、なんとかポケットに入れていたハンカチを取り出すとそれに包み、2人との待ち合わせ場所へと持っていった。

「エスキモーたちは……」
「ここだよ、ここ」

 人混みの中をきょろきょろと見渡していると、先にこっちを見つけたエスキモーが手を振って呼んでいるのを見つけた。隣にはもちろんザイアの姿もあり、その手には3つの容器が積まれていた。

「オレの分まで買ってきてくれたのか。お金出すぞ」
「気になさらないでください。これは普段お世話になっているお返しです。もちろんこれで全てというわけではありませんが」

 ザイアはそう言って財布を取り出そうとするオレを手で制し、逆に一つイカ焼きを渡してきた。一言礼を言って受け取ると、容器を縛っていた輪ゴムを外し、いざ食さんと蓋を開けた。するとそこには入っていたのは……

「イカ……焼き……?」
「あれ、なんかおかしかった? よかったら私のと交換する?」
「いやいいんだ……そうか、関東のイカ焼きは姿焼きだったんだ……」

 生まれ育った大阪でイカ焼きといったら細かく切ったイカを小麦粉の生地に混ぜ、そこに溶いた卵をまた混ぜ、そこにソースをかけた一品のことを指す。ただ関東、いや関西以外では姿焼きを意味するものだったのだと今更ながらに気づく。

(今度エスキモーにお願いして作ってもらうとするか……)

 串の先の方からかぶりつきながらそんなことをぼーっと考えていた矢先、そういえばと渡しそびれていた唐揚げを2パックとも彼女たちに渡す。

「これ2人で食べてくれていいから」
「いいの? でも……あっ、はいトレーナー。口開けて?」

 イカ焼きをベンチの脇に置き、ぱぱっと唐揚げの容器を開けるエスキモー。そのまま片手で容器を持ち上げると、中に入っていた爪楊枝を唐揚げに突き刺し、オレの顔へ近づけてきた。

「エスキモー……!」
「これぐらいいいの。ほら、あーん」
「分かったよ。あーん……熱っ」

 ほふほふ言いながらも肉汁溢れる唐揚げを食べきる。少し冷めていたおかげか、口の中のやけどはなんとか避けられたようだ。

「じゃあトレーナーも食べたところで私もいただきまーす」
「それでは私も……」

 モグモグパクパク、お腹が満たされれば会話も弾む。大晦日や元日に何をしていたのかだったり、年を越すときはテレビ番組は何を見ていたのかを話していると、あっという間に時間は過ぎていった。もちろんイカ焼きと唐揚げはすぐに食べ終わってしまったから、途中でたこ焼きやベビーカステラなどを買い足しながら楽しく談笑を続けていた。

「それでさ、私たちって次どこ走るんだっけ?」
「私も気になります。一族のためにもクラシックの舞台へ駆け上がらないといけませんから」

 ただいくら友人や家族のことを話していても、トレーナーと担当ウマ娘という関係上、最後にはやはりレースの話題に落ち着く。2人が気になっているのはこの春の自身の動向。予定では冬休みが終わってから伝えようと考えていたが、せっかくだからとこの場で話すことに決めた。

「エスキモーは来月中旬のGⅢ共同通信杯、ザイアは3月初旬のGⅡチューリップ賞をステップに春のクラシックに挑もうと考えている」
「私は直行じゃないんだ。しかもトライアルじゃないし」
「逆に私はトライアル競走へ出走ですか……これまでよりレースレベルが上がりますが楽しみです」

 ザイアは納得の表情を、エスキモーは不思議そうな顔をしている。ザイアはともかく、エスキモーは“夢”と違うということからもレース選択を疑問に思っているのだろう。オレは聞かれる前に先んじて理由の説明に入る。

「まずザイアについては上位勢への力試しと桜花賞への切符を掴むため。阪神JFの1着と2着のウマ娘が出走するという噂もある。ここでどれだけ通用するのかを見極めたい。当然3着以内に入れば桜花賞も走ることになる」
「承知しました。厳しい戦いになりますが全力でぶつかってまいります」

 ザイアから特に反論はなく、そのままエスキモーに向き直して話し始める。

「正直悩んだ部分はある。直行しても君なら力を発揮できると思う。それに前哨戦を挟むにしても言った通りトライアルの重賞、弥生賞かスプリングSを使う選択肢もあった」
「だったらどうして?」

 彼女の疑問にレースの日程や条件を携帯で見せながら説明を続ける。

「まず弥生賞。コース形態は本番の皐月賞と全く同じ中山芝2000m。当然この前君が勝ったホープフルSとも同じ条件設定で行われる。ここだけ見れば前哨戦として申し分ない」
「うーん……なら余計に弥生賞でいいと思うけど」
「慣れ親しんだコースを走るのが最も勝利に近づくのではないでしょうか?」

 3人とも食べっぱなし、喋りっぱなしで何か飲みたいということでベンチ横の自販機でホットのお茶を3本購入する。2人に1本ずつ渡し、再びベンチに腰かけ一口お茶を飲んだところで話を続ける。

「2人の意見も一理ある。これがもし皐月賞が最後のレースになるのなら弥生賞を使うのがいいだろう。ただそうじゃない。これはスプリングSでも言えることなんだが、この先ダービーや菊花賞、シニア級との戦いを考えると一つのレース場だけに慣れてほしくはないんだ」
「なるほど。小回りコースばっかり走ってたら癖ついちゃうかもだもんね」
「あとはペースの問題。GⅠよりGⅡ、1800mより2000mの方が道中のペースは緩む。ホープフルSと弥生賞は2ヶ月ほど間隔があるとしても速い流れに慣れてほしい手前、1800mのレースを選択したんだ」

 昔はクラシックの中心勢力もトライアルレースを使って本番に臨むケースが多かったみたいだが、トレーニング施設や技術が洗練されてきた今、ステップレースを使わずにGⅠからGⅠへ直行する陣営が増えてきている。レースレベルが上がったことで一レースごとの疲労の蓄積が増えたのではないかという研究が最近発表されたが、もしかするとそれも遠因となっているかもしれない。

「2000mより1800m、一つのレース場より複数のコースを経験させたい……あと考えられるとすれば、レース間隔でしょうか。スプリングSは1800mですが、弥生賞が皐月賞まで中5週なのに対し、こちらは中2週。GⅠでなくとも調整が難しくなるでしょうから避けたい、ただ1800mを使うにはということで共同通信杯を選択したということですね」
「流石だな。言いたかったことを全部ザイアに取られたよ」

 エスキモーも同年代と比べて頭脳明晰ではあるのだが、ザイアもやはりダノン一族ということもあり、一般的な学生と比較して頭の回転がとても速い。これはレースでも武器にしていきたい。

「2人とも分かりやすい説明ありがと。私頑張るね」

 言い終わるやいなや、エスキモーがペットボトルで手を温めながら白い息を空に向けてはーっと吐き出す。話も一段落し、ベンチを長時間占領するのもよろしくないとのことでごみをごみ箱に捨てると、最初に潜った鳥居の方向へと歩いていく。

「これから忙しくなるぞ」
「大丈夫。私を誰だと思ってるの?」
「そうですよトレーナーさん。お姉さまはもうGⅠウマ娘なんですからね」

 3人並んで歩く帰り道。透き通った青い空には一筋の飛行機雲が現れてはすぐに消えていく。まるで流れ星みたいだなとぽつりと零した声は、隣で楽しそうに話す2人には届かず虚空へと吸い込まれていった。

(あっ、そうだイカ焼きのことメッセージ入れておかないと)

 危ない危ない。エスキモーに関西の料理を知ってもらう機会を失うところだった。セーフ。


+ 第21話
 年明け初めてのトレーニング、そこでトレーナーさんから発表されたメニューは私にとって歓喜と驚愕が入り混じったものだった。

「一日一回お姉さまと1600mで勝負、ですか?」
「ふーん。なかなか面白いこと考えるね、トレーナーってば」

 お姉さまとの併走トレーニングはこれまでも数多く繰り返してきた。2人まとめて実戦形式の練習ができて効率がいいということが大きいが、基本的に私がお姉さまの胸を借りる形式のものが多数を占めていた……お姉さまの胸……ふへへ……

「ザイア、何か余計なこと考えているだろ……まあいい、とにかくザイアはチューリップ賞までにエスキモーに勝つこと」
「ふへへ……えっ? お姉さまに勝つ? トレーナーさん、冗談にしては厳しすぎませんか?」

 私がお姉さまに勝つなど天地が逆さになってもありえない。いくらお姉さまがマイルの距離が得意でなくてもそれを上回るなど夢のまた夢でしかない。ただトレーナーさんは私の言葉を否定するように首を横に振る。

「冗談でもないし厳しすぎるとも思ってない。むしろマイルに走り慣れてないエスキモーに勝てなかったら、桜花賞どころかチューリップ賞も勝てないよ」
「本番はマイル得意な子がいっぱい出てくるからね。そんなことよりザイア? 私に絶対勝てないって考えを捨てないと駄目だよ。いつか戦うかもしれないんだし」

 2人が言うことは全くもってその通りで、否定できる言葉なんてとうの昔に頭から逃げ出していた。ただそれでもお姉さまに勝利するビジョンが見えない。何度脳内でシミュレーションしても勝つ未来が見つけられない。

「ねえザイア。私の昔ばなし聞いてくれる?」
「昔ばなし、ですか?」

 俯きかけたそのとき、お姉さまが私の目線に合うように膝を曲げ、柔らかい声でむかしむかしのことを語り始めた。

「ザイアは私のことを強いと思ってくれてる。それは純粋に嬉しいの。だけど私も学園に入る前は負けることが多かったんだ」
「お姉さまが……? 一体誰に……?」
「ごめんね、名前は内緒。でもその子は本当に強かった。一回走るだけでこの子には敵わないなって思っちゃった」

 古い記憶を思い出すかのように遠くを見つめるお姉さま。それに釣られたのか、トレーナーさんもお姉さまと同じ方角を眺めている。

「……それでお姉さまはどうされたのですか? もしかして諦めて……?」
「うん、最初は勝てっこないって思ってた。でもね、一緒に走って走って、また走って、やっぱり全然勝てなくて」

 お姉さまが目を閉じ、胸に当てた手をぎゅっと握りしめる。眉間に皺が寄るほどの辛い過去。しかし次の瞬間、その顔は笑顔に変わる。

「でもね、心が折れかけたときに私のことを信じるって言ってくれた人がいてさ。背中を押してくれた人がいたから私は前を見続けることができて、最後の最後にようやくその子に勝つことができた。脚を止めることなく走り続けることができた」
「で、でも私にそのような方は……」

 今の私にも多少なりともファンは多少いる。ただ失礼かもしれないけれど、そのファンの方たちの応援はお姉さまに勝てると思わせてくれるほどの力になるとは思うことができない。そう思い俯き、落としかけた両肩がお姉さまにばしっと叩かれ反射的に視線が上に上がる。お姉さまの顔が、微笑んだ顔がそこにあった。

「私がいる。私はザイアのことを信じてる」
「お姉さまが……私を……?」

 肩からお姉さまの手が外れる。瞬間、私の体はお姉さまの両腕の中に収まっていた。

「当たり前でしょ。ザイアが自分のこと信じられないっていうならさ、私を信じてよ。ザイアが好きな私が言う言葉を。私が貴方に伝える一つ一つの想いを信じて」

 体の底からじんわりと広がる温もり。それは寒い日にいただくコーンポタージュのように私の体温を上昇させていく。

「お姉さまの言葉……私が大好きなお姉さまの想い……それならば信じられます、きっと。いいえ、必ず」
「もちろんトレーナーもいる。トレーナーもザイアのことを信じてる。だから私と一緒に頑張ろ?」
「君が立ち止まったときは背中を押すよ。いつだって、どこでだって」

 顔を上げると、そこにはトレーナーの姿があった。私を応援してくれると嘘偽りのない瞳が、振り返れば少し恥ずかしくなるような台詞が私を励ましてくれる。

(2人いる。私にも2人います、応援してくれる人が。だったら……)

「信じます、お姉さまとトレーナーさんのことを。いつか私が私を信じられる日が来るまで、絶対に」

 進もう、前へ。栄光を掴むために。

“Nihil difficile amanti.” Lv.0

─────
「トレーナー、オレたちの次走ってなんなんだ?」
「ボクも気になります。みんな、ルージュやエスキモーと早く走りたいんです」

 新年最初のトレーナーさんとルージュとのミーティング、去年一年──といっても実質半年だけだけど──の振り返りを行い、各自反省点を述べていく。それが落ち着いたタイミングで、ルージュから今年の予定についてトレーナーさんへの質問が入った。

「2人とも掛かるな掛かるな。今言おうとしていたところなんだから」

 暖房で暖められた部室以上に熱くなるボクたちの熱気を鎮めるようにトレーナーさんは深呼吸のジェスチャーをする。ボクたちはそれに倣って大きく息を吸い込みそしてゆっくり吐き出して、トレーナーさんの次の言葉を静かに待った。

「まずはルージュ。ルージュはスプリングSから始動する。皐月賞のトライアルレースだな」
「えーっと確か1800mだったか。まあ脚慣らしにはちょうどいいか」

 ルージュは座りながら小さくガッツポーズを決める。スプリングSは皐月賞より1ハロン短い距離ながら、皐月賞と同じ中山レース場で行われるGⅡの競走で、1着から3着に入ったウマ娘には皐月賞への優先出走権が与えられる、と授業で教わった。

「ルージュの戦績なら直行しても出走できるんだが、さっき言ってくれた通り脚慣らしが必要だからな。中2週にはなるが、1800mのスピード感を覚えたまま皐月賞に向かってほしい」
「分かった。オレはトレーナーの言うことを信じてるから今回も信じる。なにせ次はあいつに勝たねえといけないからな」

 ニヤリと笑うルージュの横顔からはエスキモーへの雪辱を果たすという熱を感じる。彼女の後ろに炎を幻視してしまうほどに絶対に勝つという強い意志が見て取れた。

「オレだってエスキモーに勝ちたいよ……年末にエスキモーが家に帰ってきたときどれだけ煽られたか……」
「トレーナーさん、その話さっきも聞きましたよ」
「というかそれエスキモーの奴からも聞いたわ。しかもすっげえ笑顔で言ってきた。腹立つぐらい」

 冬休みが明けた最初の朝のホームルームの前に、彼女からおこづかいとお年玉が増えたと満面の笑みで伝えられたのを思い出す。額については聞いてないけど、メジロ家だしそれなりにもらっているんじゃないかなとボクは思っている。ボク? まあ人並みにはもらっていると思う、たぶん。メジロ家とかダノン家に比べたら負けるだろうけど。

「……まあいい。次にレインの次走だが弥生賞を考えている」
「弥生賞……だったらボクも皐月賞に!」

 皐月賞と全く同じコースで行われるトライアルレース、弥生賞。このレースもスプリングS同様1着から3着に入ったウマ娘に皐月賞への優先出走権が与えられる。GⅠを勝ったといってもまだまだ精進の身、ここを好走してボクも2人と一緒に皐月賞を走る!

 その想いは、

「いや、勝っても皐月賞には向かわない。ダービー一本でいく」

 トレーナーさんの一言で泡のように消え去った。

「トレーナーさん……? それは」
「どういうことだよ、トレーナー! レインが皐月賞走れないって!」

 ボクの言葉をルージュが奪い取る。だけどトレーナーに気持ちをぶつけるにはボクが言うより強く伝わる。彼女にそのつもりがあったのかは定かではないけど、今のボクには助けになった。

「ルージュ」
「……っ!」

 ただ彼女の威勢もトレーナーさんの子どもを窘めるような一声で鎮められてしまった。有無を言わさぬほどの強さではないものの、ひとまず話を聞いてほしいという意思表示の呼びかけにボクたち2人は口を閉じる他なかった。

「レイン、自分でも分かっていると思うけど、君はまだ体質がルージュたちと比べて強くない。君を担当することになってからお姉さんのことも調べさせてもらったけど、お姉さんもジュニア級からクラシック級の春まではあまりレースを使えなかった。理由としては君とほとんど一緒だ。遺伝と言ってもいいかもしれない」
「それは……はい」

 事実、姉さんも東スポ杯から皐月賞に直行している。年末のGⅠから4ヶ月弱の間隔をもって直行することすらまだ例は多くないのに、5ヶ月も間隔を空けての出走は姉さんの注目度を上げることに一役買った。本人はそのつもりはなかっただろうけど。

「当たり前だがそれを責めるつもりは全くない。体の成長でいずれ解消されていくだろうから。ただなレイン、オレの見立てでは夏以降になると思う。今はまだ、早いんだ」
「そう、ですか……」

 以前トレーナーさんから直接教えてもらった。本当であればもう1年デビューを遅らせた方がよかったのだと、本格化は始まっているけど少し待った方がいいのではないかということを聞いた。事実夏の終わりにデビューしたはいいものの、そこから立て直すのに時間がかかり、2戦目が年末の朝日杯になってしまったのだから。だからトレーナーの言うことは悔しいけど身に沁みて分かっていた。

「でもよトレーナー! レインは頑張って……」
「ルージュ、ありがとう。ボクは大丈夫だから」

 それでもとトレーナーさんへ食ってかかろうとするルージュを手で制する。クラスでの最初の挨拶で唯我独尊っぷりを見せたときの彼女と今のボクを気遣ってくれる彼女との違いに驚きそうになるけど、たぶんどちらも本当の彼女の姿なんだと思う。世界を獲るぞと意気込む心の強さと友人を想える優しさは両立するものだから。

「分かりました、トレーナーさん。ボク弥生賞全力で走ります。それでダービーも走ってみせます、絶対に」
「ああ。オレと、いや3人で強くなって勝とう」
「もちろんオレは勝ちを譲る気なんてこれっぽっちもねえけどな! ダービーで待ってるからな、レイン!」

 次走を聞いたときの心の熱さとは違う温もりが体の底から広がっていく。じんわりと優しく、まるで寒さに凍える体を親にぎゅっと抱きしめられたときのように少しずつぽかぽかと体温が上がる。

“蛟竜、雲雨を得” Lv.0


+ 第22話
 2月、日本風に言うと如月に入った。如月は「寒さで更に着物を重ねる」、すなわち「衣更着」が語源になっていると前に図書館の書籍で読んだことがある。日々を過ごしているとなるほどそれは正しく、前月より気温が若干上がっているとテレビでは言っていても、さらに寒くなったのではないかと錯覚するほど朝晩と冷え込む日が続いている。ただそれは練習を緩める理由にはならず、体を温めるのに有効だとむしろピッチが以前より上がっていた。

「1分34秒5! エスキモーの先着!」

 そして年明けから続く、週に一度のお姉さまとの1600m一本勝負。これまで4回ほど戦ったものの全て敗北という結果に終わってはいるが、走破タイムは速くなっている上にお姉さまとの着差も徐々に小さくなってきている。もちろんお姉さまが手を抜いているということはなく、毎回全力で走ってくれての結果だ。

「はあはあ……お疲れさまでした、お姉さま……」
「お疲れ、ザイア。あとちょっとだったね。たぶんクビ差ぐらいだったよね?」

 ただ着差は縮まっているといえども相変わらずレース後の回復にかかる時間はお姉さまの方が短い。レース以外の面まで視野を広げると、やはりお姉さまの実力は計り知れないものがある。

「1回目は3バ身、2回目は1バ身、3回目は半バ身。そして今回はクビ差。来週はエスキモーのレース前最終追い切りで、再来週はレース後だから軽めのトレーニングに抑える予定にしてある。だからチューリップ賞まで残すは2回。それまでにエスキモーに勝たないとな」

 手元のタブレット端末に今日のデータを入力しながらトレーナーさんは私に発破をかける。事実1600mという距離のレースにおいては私の方が経験豊富なはず。しかもお姉さまは中距離から長距離のレースが得意だとトレーナーさんが言っていたから、距離適性の面でも私に分がある。その前提条件があって負けるということは、すなわちマイルを主戦場とする一線級のウマ娘には到底敵わないのと同義。

(この距離でお姉さまに勝つことはゴールではなくスタートライン。そこを履き違えてはいけません)

 外ラチにかけてあったタオルで汗を拭い、外気で冷えたスポーツドリンクを口にしながら脚や上半身のストレッチを行う。幼い頃から言われていた『ウマ娘にとって怪我は大敵。トレーニング前後のストレッチを欠かすべからず』という言葉を頭の中で復唱しながら、体全体の筋肉を伸ばしていく。

「来週末はいよいよエスキモーの始動戦、共同通信杯が行われる。エスキモーもそうだが、ザイアも体のケアを怠らないこと。特に体重には気をつけること。以上、解散!」
「お疲れさまー」
「ご指導ありがとうございました」

 すっかり暗くなったトレーニングコースをお姉さまと後にする。トレーナーさんが言っていた通り自身の体に負荷をかけないためにも、怒られない程度に駆け足でシャワールームへ向かう。

(そういえばトレーナーさんはどうして最後体重について強調したのでしょうか)

成長期で体が大きくなれば大半の場合体重が増加する。脂肪と筋肉の組織の密度を比べても、トレーニングで脂肪を燃焼して筋肉を増やしても同様に体重は増える。しかしお姉さまの麗しい横顔を見ても解を得られそうにない。

 私は夜も答えは何だと頭を悩ませながら布団を被り、頭の中で羊を走らせながら解を探る。しかし朝になっても分からないままで、顔に闇を浮かべながら朝の支度を済ませて教室に入ると……

『もうすぐバレンタインだよねー』
『準備まだ終わってないよー!』
『試作作りすぎて体重計乗るの怖いんだけど!』

 答えは一瞬で見つかった。

「バレンタインでしたか……」

 1月の中旬まではお姉さま(とついでにトレーナーさん)への誕生日プレゼントのことで、そこから先は日々の学業とトレーニングで頭がいっぱいになっていたから、バレンタインが近いという事実を脳内から全て追い出してしまっていた。それと同時に全く手配できていないという事実に一筋の汗が背中を伝う。

(お姉さまへの初めてのバレンタインの贈り物……一体何を渡せば……)

 既に準備を済ませていても当日まで緊張していたに違いない上に、そこに未だ何も着手していない事実が重なって襲いかかってくる。幸いにもバレンタインデー当日までに休日は5日、いやお姉さまのレースがあるから実質4日間。

「早速動かなければですね……」

 結局その日の授業はお姉さまへのプレゼントを考えるのに必死で、ただ黒板に書かれたことをノートに書き写していただけ。内容はほとんど頭に残っていなかった。

─────
「一人ショッピングモールへ来ましたが……どこから回ればいいのでしょうか?」

 悩み続けた結果、週末に訪れたのは都心郊外に位置する大規模ショッピングセンター。学生と思わしきグループやベビーカーを引いた家族連れ、そしてご年配の夫婦……見渡す限り人、人、人。その中で一人でぽつんと立っている私は若干浮いていると思っていたが、フロアをどことなく歩いていても奇異な視線を向けられることはなく、休日に買い物に出かけている一般ウマ娘Aの立場をあっさりと手に入れることができていた。

「ここまで来たからには今日決めてしまいたいです」

 よし、と気合を入れて向かった先はアクセサリーショップ。単にアクセサリーといってもハレの日に身につけるものだけではなく、今ではスポーツ用のネックレスも存在する。ネックレスから発する磁気によって血行が改善されることでパフォーマンスを上げたり、おしゃれの意味でモチベーションを上昇させたりと、今や各種ブランドが力を入れている商品となっている。ただ……

「練習の際はまだしもレースで使用可能でしたでしょうか……?」

 例えば野球であればネックレスを着用したまま試合に臨むこともよくある話だけど、レースにおいてはあまり着けている人を見かけたことがない。仮に規則上可能だったとしてもGⅠなら勝負服のデザインなどもあるから、それに合うものを探さないといけないのだけれど……

「なかなかお姉さまに似合いそうなものがありませんね……」

 派手すぎるものは当然却下だし、かといって地味すぎるとそれはそれでお姉さまの美しさから浮いてしまう。何を身につけても最上の輝きを放つお姉さまだとしても、わざわざ分かっている疑問手を打つことはない。

「でしたらお休みの日に使われるものであれば……」

 それならば範囲がぐっと広がる。イヤリングでもいいしブレスレットもあり。ネックレスだって多種多様なデザインが……ちょっと待って。

「もしかして重いと思われたりしないでしょうか……」

 普段からお姉さまへ好き好きアピールを繰り返し行っている私。そんな私をお姉さまは嫌がる素振りを全く見せずにいつも受け止めてくれている。『好きです』と伝えたら『私も好きだよ』と返してくれるお姉さまだけれど、それはきっと私みたいな“Love”じゃなくて友人に対する“Like”の意味だと分かっている。このような状況でアクセサリーを渡したりしたら……

「今回はやめておきましょうか……」

 店内を歩きながらそう独りごちると、何も買うことなくとぼとぼと店をあとにする。では次にどこに行こうかとない頭を必死にこねくり回しながら人波に紛れて歩いていると、遠くの方に大好きなあの人の姿を認めた。

「お姉さま……ああお姉さま……お姉さま……」

 あまりに神々しいお姿に思わずへたり込みそうになるのを必死に堪える。普段同じ寮の部屋、同じ教室、そして同じトレーナーの下で一緒に過ごしているけれど、こうしてお休みの日に私服姿で過ごされているお姉さまの姿はまた違う輝きを放っている。政府はこの麗しいお姉さまを早く人間国宝に指定した方がいいと心の底から思う。

 まあそれはそれとして、遠くから見る限りだとお姉さまは私の方に気づいておらず、何か悩まれているように見えた。何かに真剣なお姉さまの大変素敵なご尊顔を近くで見たいのは山々なのだけれど、お姉さまの用事の邪魔をするわけにはいかないという一心で声をかけにいくのを断念する。もちろん気づかれないように気配はなるべく消しながら、お姉さまにふさわしいバレンタインのプレゼントを探す。

「お花、お洋服、ボディケアアイテム……はたまた電化製品……あっ、そういえば」

 最近お姉さまと交わした会話を思い出す。せっかく親に買ってもらったのにとぼやくお姉さまの困った表情、お小遣いの相談をしようかなとぽつりと零した言葉が脳裏に浮かぶやいなや、ショッピングモールに出店している大手家電量販店へと足早に歩いていった。

─────
「ふぅ……これで当日に渡せば完璧ですね」

 店の外に設けられたベンチに腰掛けて手に持った紙袋を覗き込むと、そこには丁寧に包装されたお姉さまへのプレゼントが一つ入っていた。その包装には小さな“Happy Valentine!”のシールがぺたりと貼られている。レジで対応してもらったお姉さんがせっかくだからと貼ってくれたそのシールを見て、私はついニヤッとしてしまう。

「ふへへ……これでお姉さまの艶やかな髪がより素晴らしいものに……ふへへ……」

『ねーお母さん。あのウマ娘のお姉ちゃん、なんかぶつぶつ言ってるよー』
『こら、見ちゃいけません!』

 何やら不思議な会話が聞こえたけれどきっと私のことではないだろう。仮に私のことだったらお姉さまがいかに美しいかを滔々と説きにいっていたところだった、危ない危ない。

「とにかくあとはクラスの皆さんにお渡しするためのチョコの材料ですね。クッキーにしましょうか、それとも生チョコのようなものの方が喜ばれるでしょうか」

 おそらくどのようなものでも喜んではもらえるはず。ただバレンタインデー前日や当日の朝は寮の調理室は大混雑になる。その状況下で大量に作って配るとなると……

「チョコクッキーが無難ですね。材料を調べて買いに行きましょう」

 木製のベンチから腰を上げてモール内のスーパーへと足を向ける。もしかすると遭遇してしまうかもと考えていたお姉さまの影は食料品コーナーには全くなく、代わりに学園の生徒と思わしきウマ娘たちがお菓子コーナーでたむろしていた光景を見かけた。

(考えることは同じ、ですね)

 私は再びふぅと息を吐き、薄力粉やバター、板チョコなどを手に取り、スーパーのカゴに入れていく。問題なく材料が揃ったからそのままレジを済ませてスーパーの外に出ると、すぐ近くのチョコレート専門のショップで女性たちが我先にとお目当ての商品を手にしていた。

(乙女の戦場とは言い得て妙ですね……)

 そのような上から目線でいる私の手にあるのは、バレンタインのプレゼントが入った紙袋とクッキーの材料が入ったレジ袋。目の前の彼女たちと違うのは何が入っているかだけ。

「頑張りましょうね、一緒に」

 ポツリと零した言葉は周囲のざわめきでかき消され誰にも届くことはない。でも自分へのエールにしかならなかったとしても私のやることは変わらない。

(お姉さまにプレゼントをお渡しします。)

 ただそれだけなのだから。


+ 第23話
 迎えたエスキモーの共同通信杯当日。先週からなにやら忙しなかったエスキモーとザイアだったが、今日はある程度落ち着いているのが見て取れる。何があったのかは聞かないけど、レースに影響が出ないならよしとしよう。

「それじゃレース前の最後の打ち合わせを始めるぞ」
「はーい」

 エスキモーが髪を梳き終わるのを待って彼女に声をかける。いつもより髪のケアに時間がかかっている気がしたが、レースが近づいていることもあって、それには触れずに隣に座った彼女と本題の話を進める。

「中山から開催が移って3週目、年明け最初の開催は全部Dコースの設定で行われるから、コースの内側は少しずつ荒れてきている。幸い雨はほとんど降らなかったから路面から掘り返されることはなかったけど、インベタは得策じゃない」
「コース替わりの週だったらスパートまでずっとラチ沿い走ってもよかったかもだけどね」

 中央の全てのレース場では枠順の有利不利、そして芝の健全な生育を促進するために芝コースにおいて内ラチから数メートルの部分に仮柵を設置してレースを行うことがある。レース場によっては複数の設定を使い分けることで、できるだけ綺麗な芝状態でレースを施行することが可能になっているのだが……

「ただオレはダービーの週に切り替えるのはどうかと思うけどな……」
「ダービーの1枠は有利っていうのもそこだよね。私が小さい頃に人気薄でダービー勝った子も1枠から粘りきっての勝利だったし」
「かといって後ろ倒しにしたら今度は内枠の利がなくなるからな……まあそれは一旦置いておこう」

 んんっと咳払いをして話を本筋に戻した。手元のタブレットを何回かタッチし、2人並んで画面を覗き込む。

「東スポ杯で走ったから感覚は掴めていると思うが、東京1800mのコースは3コーナーまでの距離が長い。大体750mほどある上にコースの幅も広いから、前の争いはそんなに激しくはならない」
「ペースが落ち着きやすいんだったら……瞬発力勝負ってことだよね」
「大正解。過去のレースを見てもほとんどのレースで上がり3ハロンで34秒台前半を刻んでいる。中には33秒台前半を記録することもある。いわゆるよーいドンのレースだな」

 このレースに限らず、スローペースからのよーいドンのレースが多いと揶揄されることは今に始まったことではない。しかし大レースが数多く開催されるヨーロッパでも近い部分があることから、一概にどうこう言える話ではないと思っている。ウマ娘やトレーナーにしてみれば勝つことが最優先事項なのだから、よほど合わない限りは主流に乗っかって損はない。練習方法も参考にしやすいし。


「ただ君の場合は残り3ハロンから仕掛けると脚を余す可能性が高い。ただでさえ君にとってこの距離は若干短いから、万が一の可能性も捨てきれない」
「じゃあ残り3ハロンよりも前……4ハロン過ぎたぐらいで仕掛けていい?」
「そういうこと。距離は違っても3コーナー付近から上げていくのは皐月賞本番と同じだから、今日はそのことを頭の片隅に置いて走ってくれ」
「うん、分かった。頑張る」

 零れるような笑顔を浮かべながらエスキモーはピース、いやVサインをその頬の隣に掲げる。その笑みは決して驕りでも傲慢でもない。彼我の実力と自身の調子を総合的に勘案した結果浮かんだものにすぎない。オレはそれを諌めることはせず、ただ彼女の背中を押すのみ。

「頑張ってこい」
「もちろん! あっ、ザイアちょっとこっち来て」
「お呼びとあらば」

 と話が終わったところで彼女のレース直前のルーティーンが始まる。ザイアを自身の近くまで寄らせて……

「はい、ぎゅー……やっぱり落ち着くなあ……」

 ハグ。一方的にザイアを抱きしめると気持ちが和らぐらしい。さて一方で抱きしめられている側だが……

「ふわあぁぁぁぁぁ……おねえしゃま……やわらかいでしゅ……ふへへ……」
「ザイア溶けてないか?」

 沸騰したのか何なのか、もはや彼女は原型を留めていない。おそらくしばらくこのままにしておくと、液体となって床に流れ出すことだろう。

「スンスン、スンスン……あー、いい匂い……トレーナーもどう? 落ち着くよ?」
「まだ君のトレーナーでいたいからやめておくよ……」

 エスキモーから顔が完全に蕩けきったザイアを差し出されるも断固拒否の姿勢を示す。あくまでエスキモーだから許される行為なのであって、オレがザイアにやったら即お縄だ。エスキモー相手なら許してくれるかもしれないけど、ここにはザイアもいるからそれはできない。

「そっかー、暖かくて柔らかくて落ち着くのに。しかもいい匂いもするし」
「そんなことしたらたぶん明日には学園いないよオレ」
「それは私もやだな……まあこれでやる気出たしいってきまーす」

 そう言って彼女はオレたちに手を振りながら控え室をあとにする。彼女を見送ったオレは……

「もうちょっと落ち着いてから行こうか」
「ふぁい……」

 顔や体が完全に崩れたもう一人の彼女の回復を待って観客席に向かうことにした。

─────
「今日は13人立て。このレースにしてはそれなりの人数が揃ったんじゃないか?」
「相手もクラシックの活躍が目されるメンバー構成ですね……お姉さまたちを抜けばですが」

 天気は晴れ、芝は良バ場。出世レースというだけあってGⅢにしてはそれなりのメンバーが集う一戦だが、エスキモーは実績やポテンシャルを見込まれて一番人気に支持されている。重賞初挑戦のウマ娘もいる中で重賞2勝、うちGⅠ1勝とあれば当然のことかもしれない。

『──一番人気のメジロエスキモーは7枠10番に収まります』

 ゲート入りは順調。ターフビジョンに映し出されるエスキモーの表情も柔らかくかつ締まっていた。いい緊張だ。

『──がゲートに収まり態勢整いました……スタートしました!』

 ガコンという音と合わせてゲートが開く。エスキモーを含めて大きな出遅れはない。横一線に駆け出した出走者たちは徐々に縦に隊列を組み替えながら、まずは2コーナーに向かっていく。

「お姉さまは中団の中にいますね。まずまずといったところでしょうか」
「ああ。ただ外からのマークが厳しいから……やっぱり一列下げて外に出したか」

 2コーナーを過ぎて向こう正面に入る。エスキモーが中団より若干後ろに下げたタイミングで先頭が残り1400mの標識を通過する。そのタイミングでいつも持ってきているストップウォッチでラップタイムを計測すると……

「24秒……例年よりペースが速い」
「前が後ろを引き離しているようには見えません。ということはつまり……?」
「エスキモーが後方待機を選んだ以上シンプルな末脚勝負を仕掛けてくると思われているのか。おそらくその前にセーフティリードを確保して粘り込みたい子たちが何人かいるから……」

 一強ムードのレースでその相手陣営が行うことはほぼ二択。自身の能力を信じて真っ向勝負に挑むか、相手の能力を正当な手段で発揮させないよう封じ込めるか。今回他陣営が選択したのは後者。バ群の中にエスキモーを閉じ込めている間にリードを広げ、最後エスキモーに詰め寄られつつもゴールまで粘り込みを決めてしまう形。嵌まれば強者相手に一泡吹かせる痛快な作戦なのだが……

「それをこっちが想定していないとでも思っているのか?」

『──向こう正面の中間を過ぎて…、メジロエスキモーが少し下げます! 先頭から10バ身ほど離れた位置でじっくりと脚を溜めています』

「それで掛かったりもがき苦しんだりするほど甘いレースプランは立ててないんだよ」
「流石です……いえ、もしかして最初からこの展開になることを想像されていて……?」

 隣でザイアがはっと息を飲むのを横目で見ながらターフビジョンを見つめる。そこには焦ることもなく前から数えて10番手で3コーナーへ続く下り坂を駆けるウマ娘の姿があった。

『──さあ各ウマ娘、3コーナーに差し掛かります……メジロエスキモーがここでじわっとポジションを上げたでしょうか。一人、二人交わして8番手まで押し上げました』

 下り坂も終わりを迎え、いよいよ4コーナーが見えてくる辺り。果たして1000mの通過タイムは……

『──1000mの通過は……59.9!? 例年より速いペースでレースはいよいよ4コーナーに入ります!』

 ──残り800mのハロン棒を通過したとき、ターフビジョンに映った彼女が微笑んだ気がした。それはきっと彼女のスイッチ。勝つために押した夢へのボタン。

「……勝ったな」
「ええ」

 ギアが一つ、そしてまた一つ上がっていくのがターフビジョン越しでも分かる。一人抜き、二人抜き……先頭のウマ娘を射程圏に入れた。彼女の目の前を遮るものは、何一つ、ない。

『──残り300mで先頭がメジロエスキモーに替わる! あっという間にリードが1バ身、2バ身とぐんぐん開いていく!』

 追いすがる12人のウマ娘の顔は苦しく、険しい。一方で先頭を走る彼女は涼しげな顔を浮かべながら、まるで辺り一面に広がった草原を駆けるかのようにゴールへ向かって突き進んでいく。

『これだ! これがGⅠウマ娘の実力だ! リードを4バ身、5バ身と開いて今ゴールイン!』

「すいません、トレーナーさん」

 安堵のため息をつくのと合わせて、ザイアがオレへ微妙に震えた声で話しかけてきた。

「どうした、ザイア」
「お姉さま……一瞬こちらを見て笑いませんでしたか?」

 彼女の言葉を聞いてゴールの瞬間が脳裏に蘇る。そこに浮かび上がってきたエスキモーは……

「……やっていたかも」

 オレたちの方を向いていた気がした。

「手は振っていなかったと思いますがきっと……」
「あとで問いただすか……」

 怒りはしない。単に事実を確認したいだけ。ただ仮にオレたちの見間違いだったとしても前哨戦を楽勝した事実は変わることはなく、世間では早くもクラシック路線はこのウマ娘で決まりなどという評価がなされるのだった。

─────
 そしてレースから二日ほど経った日のトレーニングではエスキモーもザイアもなにやらそわそわしていた。トレーニング直後のミーティングでも、二人がシャワーを浴びたあとに行った先日のレースの振り返りでも二人とも上の空で、こっちの話も右耳から左耳に抜けているみたいだった。

「エスキモー。ザイア。用があるなら先に済ませてくれ。二人とも話聞いてないだろ」

 いい加減にしびれを切らしたオレは二人の顔を軽く睨みながら普段より低めの声で詰める。彼女たちはいつもと違うオレのトーンに驚いたのか、肩をびくっと震わせると『ごめんなさい』と頭を下げて部屋からバタバタっと出ていった。

「ふぅ……あまりキツく言いたくはないんだけどな……」

 二人が出ていった扉から入り込んだ冷気が改めてこの季節を感じさせてくれる。2月も中盤戦を迎え、いよいよクラシック級とシニア級の路線で春の大一番に向けた前哨戦が始まっていく。

「フェブラリーSは今週末だったな」

 中央における年明け初のGⅠ競走、フェブラリーS。東京レース場のダート1600mで行われるこの一戦はおそらくエスキモーもザイアも出走することはない。ただそうは言っても一人のトレーナーとして調べないわけにはいかない。出走予定の各ウマ娘のデータだけではなく過去のレース傾向や前哨戦の結果など手元のタブレット端末でいろいろ調べ始めたタイミングで扉がガラガラと音を立てた。なるほど、二人が戻ってきたようだと顔を上げると、二人ともなにやら手元に紙袋をいくつか抱えていた。

「おかえり。用事は……今からか?」
「はい……お姉さまから先にされますか?」
「ありがと。だったら私からやらせてもらうね」

 エスキモーはなにやら神妙そうな顔をして一歩、二歩とオレの方に近づいてくる。いつもの花が咲くような明るい雰囲気はどこへやら。まるで『夢』でのシニアの秋にオレに迫ったときのようだと身構えていたら、スッと目の前に一つの紙袋が差し出された。

「これ、バレンタインのチョコとプレゼント。中身はまた“帰ってから”見てほしい」
「お、おう……ありがとう」

 彼女の台詞に若干引っ掛かりを覚えつつも感謝の気持ちを素直に伝える。オレの言葉を聞いていつもの笑顔を取り戻した目の前の少女は、心に着けていたアンクルウェイトをやっと外したように見えた。

「それと……はい。ザイア。ハッピーバレンタイン!」
「お姉さまから私に……? これってもしかして夢ですか?」

 一方は晴れやかな表情で紙袋を差し出し、もう一方はわなわなと声も体も震わせる対称的な様子に思わず噴き出してしまう。オレの方を一瞬チラ見して再度目の前のプレゼントへ視線を向けた彼女は、まるでウン億円もする室内の花瓶を持ち上げるメイドのようにおそるおそる紙袋へ手を伸ばし、絶対に落とさないように大事そうに胸元へ引き寄せていた。

「ありがとうございます……神棚に備えて毎日拝みます……」
「チョコとハンドクリームだから食べたり使ったりしてもらわないと困るんだけど……」

 やるかやらないかと聞かれたら……間違いなくやるだろう。彼女はそういうウマ娘だ。
現に今にも平伏して神へ祈りを捧げそうなザイアを、エスキモーは困ったような嬉しいような複雑な顔をして見つめている。

「お姉さまがそうおっしゃるのならそのとおりにいたします……あとお姉さま、私からもお渡ししていいでしょうか? こちらなのですが……」
「ほんと? 嬉しい! えーっと中身はチョコと……」
「ヘアアイロンです。この前お姉さまが壊れたと嘆かれていたのを思い出しまして」

 ザイアのその言葉を聞いてエスキモーの顔には今日一番の弾ける笑顔が咲いていた。後光が照らしているのではないかと見間違うほどに彼女の表情は眩しかった。

「ありがと! ザイア大好き!」
「だ、だ、だいすき……? とれーなーしゃん……おねえしゃまはいまなんとおっしゃいましたか……?」
「……君のこと大好きって言ったんだよ」
「ふぁあああああ……」

 思考回路がスパークしたのか、それとも情報量に頭がパンクしたのか、エスキモーに抱きつかれたまま開いた口から魂が漏れ出しかけている。

「おーいザイアー。もう一つの紙袋はどうしたんだー? おーい」

 彼女の虚空へ浮かぶ彼女の意識に呼びかけること数度、なんとか現世に魂を呼び戻すことに成功する。吸って吐いて、吸って吐いてを幾度か繰り返した彼女は最初のエスキモーと同じようにオレの方に向かって数歩向かい……

「こちらトレーナーさんへのバレンタインチョコです。受け取っていただけますか?」

 小さな茶色い紙袋に入ったバレンタインチョコを突き出した。

「……ありがとう。またお返しするよ」

 彼女と出会ってまだ一年も経っておらず、正直もらえるとは思っていなかったオレは目をぱちぱちとしながらも受け取る。彼女がエスキモーの隣へ戻っていく間にチラッと中身を覗くと、綺麗な包装で包まれた手作りと思わしきクッキーが中に入っていた。

 日が落ち夜の帳が下りる。雪が降るかもしれないと言われるほど冷え込む今日、バレンタインデー。外では刺すような冷たい風が吹いていたとしても、今この瞬間、この部屋の中はひと足早く春が訪れたかのように暖かい空気が広がっていた。

「……今日できなかった分のミーティングは明日やるからな」
「「えっー!?」」

─────
 ちなみにエスキモーから帰ってから開けるようにと言われたプレゼントの中身はメジロの色をしたタンブラーだった。なるほどとキッチンで夕食の準備をしてくれている彼女の元に向かって声をかけようとすると、なにやらオレが持っているもののより少し濃い色をしたタンブラーを手にしていた。

「エスキモー、もしかして……」
「そ、私とトレーナーのペアで買ったの。大事にしてよね」

 そう言ってまたかわいい笑顔を彼女は見せてくれる。彼女が夕飯の支度を進めている間、オレは来月何倍返しをしないといけないかと頭を悩ませるのであった。


+ 第24話
 チューリップ賞の前週の日曜日、URAより特別登録されたウマ娘たちの名前が公表された。3着までに入れば桜花賞への切符が手に入ることもあって、例年と同様抽選一歩手前の人数が出走を予定しているようだ。

「私含めて17人ですか。まだ1勝のみのウマ娘も多数いらっしゃいますが、やはり注目されるのは……」
「そう、無傷の3連勝で阪神JFを勝ったこの子だな」

 トレーナーさんはそう言って手元にあるタブレット端末の画面にそのウマ娘の情報を映し出した。そこには記されていたのは全レースの3ハロンの上がりタイムや位置取り、2着との着差などのあらゆるデータ。その上直前の追い切りのタイムや癖もきっちりまとめられているのを見て、私は改めてトレーナーさんへ謝意を伝えた。

「私のためにここまでまとめてくださりありがとうございます。当然こちらは私以外の出走予定者全員分作成されているのでしょう?」
「ああ。だけどオレは君が勝つために当たり前のことをしているだけだから。ただ感謝の気持ちはありがたく受け取っておくよ」

 謙遜しているわけでも卑下しているわけでもない。ただただ自分の仕事をこなしているだけと語る彼は、やはり初めて一人で担当を抱えるトレーナーにしては堂々として見えた。

「それで今回気をつけるのはこの子でいいんだよね?」

 太陽が地上から見えなくなるまでの時間が段々と長くはなっているものの、やはりトレーニング後にトレーナールームでミーティングを行うとなると窓から差し込む光だけでは暗すぎる。しかしそれがまたこの部屋に佇むお姉さまが神々しく輝く様を際立たせるのだ……部屋の照明はもちろんつけていますよ? 比喩ですよ、比喩。

「ああ。他にも最近にしては珍しく阪神JFの2着と3着の子もまとめて出てくるからそっちにも注意する必要はある。ただその二人に気を取られてまとめて差されるよりかは、今回は1着の子、スカイピーチだけに注意を払った方がいい」

 レース終盤までは後方に位置取り、最後は直線一気でまとめて差し切る私とは対称的なレーススタイル。しかも偶然にもゲートも苦手で、ここもまたゲートが得意な私と正反対な一面を有していた。

「しかしながらレースプランはこれまでと同じでしょう? 後続との差を引き離してハイペースに持ち込んだ上でなんとか最後まで粘り切る作戦。気を配るなら尚更自分のレースに徹するべきではないでしょうか」

 そう、これまでの2戦においては大逃げをうってハイペース戦に持ち込み、最後にハナ差まで迫られても勝ち切るという戦法をとっていた。メンバーレベルが一気に上がる今回のレースにおいてもそれは変わることはなく、ひたすら逃げて逃げて逃げまくるウマ娘の地位を築こうとしていた。

「それはそれで間違いじゃない。自分が気持ちよく走れることもレースで大切なことだから。ただ今回はあくまで前哨戦。いや、正真正銘の本番はオークスなんだが、それは一旦置いておこうか」

 私の主張にトレーナーさんは少し意味深な言葉を紡ぎながらもここが頂上ではないよと静かに諭してくる。

「今回逃げ宣言してる子がいるから放っておいてもペースはザイアが走りやすい形になる……しかもトライアルだから3着までに入ればいいから、力量を見極めようってことだよね、トレーナー?」
「またオレが言いたいことまとめて持っていかれた……まあエスキモーが言ったとおりだ。どんなレースでも勝ちにいくのは当然だが、ここで力を使い果たすのは得策じゃない。本番と同舞台のこの一戦、まずは一線級との実力差を見極めようか」

 トレーナーさんの筋の通った説明にこくんと頷く私とお姉さま。ただどうしても一つ聞いておきたくて、立ち上がりかけた彼のTシャツの裾をつまむ。まさか私にそのようなことをされると全く考えていなかったのか、先ほどより2オクターブ高いのではないかと思うほどのトーンで驚きの声をあげた。

「わっ!? ザイアか……エスキモーだと思ったよ」
「ちょっとトレーナー? 私普段そんなことしてなくない?」
「トレーナーさんのその発言、少々問い詰めたいところですが一度脇に置いておきます」

 窓の外はすっかり夜の帳が下り、トレーニング終わりのウマ娘たちがちらほら寮へ帰っていく姿が見える。部屋の時計の針は18時をとうに過ぎている。手短に済ませないと。

「先ほど正真正銘の本番はオークスとおっしゃいましたが一体どういうことでしょうか? 桜花賞も通過点という意味ですか?」

 私の言葉にどう返そうか悩んでいるのか、ソファに座り直したトレーナーさんは天井を見上げしばし口をもごもごさせていた。そして視線を正面に戻しふぅと息を吐くと、内緒だよとの台詞を皮切りに静かに作戦を語り始めた。

「絶対に秘密にしてくれ。オレが考えているのは──」
「「──っ!?」」

 ──世界を欺くとっておきの一手を。相手をあざ笑うかの如く穿つ渾身の一撃を放つために私は道化に徹する。そして狙い澄ました一発で全てを仕留めさせてもらう。

(最後に笑うのは私……)

 そのためにもまずは6日後に迫ったチューリップ賞で3着以内に入る。頑張らないと。

─────
 チューリップ賞3日前の今日、レース前最後の追い切りが行われた。追い切りの内容は年明けからほぼ変わることがないお姉さまとの芝1600m一本勝負。これまでは本来マイルが主戦場ではないお姉さまが相手でも敗北が続いていたけれど今日は──

「……ゴール! これは二人同着か!?」

 ストップウォッチを2つ首からぶら下げたトレーナーさんが大きな声をあげる。ゴールを過ぎ、徐々に減速し立ち止まった私とお姉さまは彼が私たちを呼ぶ声に振り返り、再びゆっくりと彼の元へ駆けていく。

「トレーナーさん、タイムはどうでしたか?」
「結構いいタイム出てたんじゃない? ザイア頑張ってたし」

 外ラチに掛けていたタオルで汗を拭っていると、トレーナーさんからスポーツドリンクを渡され喉を潤す。二人とも一息ついたところで追い切り後のミーティングがコース横で始まった。

「走破タイムは上々。本番じゃこれより1秒か2秒近く早くなるかもしれないけど、ザイアの今の調子だったら対応できると思う。それに……」
「それに……どうされましたか? こちらをじっと見られて」

 追い切りが終わったのにトレーナーさんはなぜか今まで私の方を見ながら手元でタイムを計測していた。訳が分からない。

「追い切り後の息の入り方を見ていたんだ……うん、やっぱり年明けから一気に良くなってきている。エスキモーとの追い切りで心肺機能が向上している証だよ」

 そう言って彼がタブレット端末で見せてきたのは私のこれまでの息の入りに関わるデータだった。当初、去年の春頃はやはり息の入りも遅く回復に時間がかかっていたものの、トレーナーさんの言うとおり時が経つにつれて改善の傾向が見られている。そしてその傾向は年明けから顕著なものになっていた。

「これならば春の大一番でも良い結果が……ではありませんね。勝ちにいかないと」
「ああ、その調子だ。ここからが勝負、頑張ろうな」
「一緒に頑張ろうね、ザイア!」

 調子は万全、明日は1日体を休め、レース前日となる明後日は午前中に軽めのアップをこなし、午後にレース場近くまで向かうのみ。

(まずは桜花賞への切符をこの手に……!)

─────
 昨日数年ぶりに春一番が吹き、いよいよ春が手の届くところにまで訪れた阪神レース場。土曜日にも関わらず多くの観客が来るのは春の主役候補が誰なのか見極めたいと思う人たちが多いからだろう。新星誕生か、それとも既存勢力が力を示すのか、注目の前哨戦に集ったウマ娘は16人。

「その中で私は6番人気ですか」
「上位人気3人は阪神JFの1着から3着の子たちだし、4番人気と5番人気の子は重賞での好走歴があるから仕方ないかな。でも人気が全てじゃないし!」

 レース前の控え室で現在の人気を携帯で確認していると、お姉さまが隣に来て大丈夫だよと励ましてくれる。決して落ち込んでいたわけではないのだけれど、私はお姉さまのその優しさをありがたく甘受することに決めた。

「お姉さま、差し出がましいお願いで恐縮なのですが、頭を撫でてもらえないでしょうか? それとできればぎゅっとしてもらえると……」
「それぐらい言われなくてもやってあげる。はい、よしよし。それに、ぎゅー」

 ここは天国かもしれない。肩に入っていた無駄な力が抜けていき、その代わりに言葉では表せない力……無理やり表現するなら「お姉さま力」と呼ぶべき力が体に注入されていく。

「ふぁあああああ……あっ、もう大丈夫です。ありがとうございますお姉さま……お姉さま?」

 あまりの多幸感に意識が一瞬飛びかけるもぐっと堪えてお姉さまに感謝の気持ちを述べる。ただなぜかお姉さまは私を離してくれなかった。

「こうしてると落ち着くなあ……すっごく抱き心地いいし、いい匂いするし……」
「君の方がリラックスしてどうするんだ……そろそろレースも近いし離してあげてくれ」
「トレーナーのけちー」
「あのなあ……」

 お姉さまはトレーナーさんに文句を言いつつも私を腕の中から解放してくれた。私はそのままトレーナーさんの隣に座り、彼からレース前最後のブリーフィングを受ける。

「ザイアは3枠6番。ゲートさえいつものように出れば無理なく前につけられる枠順だ。ただ今回は……」
「逃げ宣言をしているウマ娘が1人7枠14番にいます。あと出遅れがちですが前走逃げて勝った子も私の一つ外の枠に入りました。すなわち先行争いが激しくなる可能性が高い、ということですね」

 相手もこちらが逃げて連勝していることは当然把握しているはず。だから先に逃げ宣言してこちらに一歩躊躇させることで、レースの主導権を握りたいのだろう。

「そういうこと。だけど無駄に争いたくはない。あくまで自分が走りやすいように、そして後ろの動きを把握できる程度に前を突っついてペースを作り出してほしい」
「注意すべきはスカイピーチさん、6枠12番ですね」
「ああ。彼女がいつどこで動くのか、そしてどれほどの末脚を持っているのかをその身で感じてほしい。もちろん勝利を目指して、な」

 彼の言葉にこくりと頷いたところで集合の時間がすぐそこまで近づいてきた。私は時間を確認するやいなや靴紐が固く結ばれているかを確かめ席を立つ。

「問題ありません。それでは行ってきます」
「頑張ってね、ザイア!」
「ゴール前で待っているよ」

 手を振る二人に一礼して控え室を飛び出す。事前準備に抜かりなし、あとは走ってくるだけ。

(いざ大一番へ!)

─────
 天気は曇り、芝とダートはともに良バ場。開催2週目ということもあり、まだ内ラチはそこまで荒れていない。今日の芝のレース傾向を見ても内枠のウマ娘が多く上位に入ってきている。

『本日のメインレース、第11Rは桜花賞トライアルのチューリップ賞、GⅡの一戦となっております!』

 上位3人に桜花賞への優先出走権が与えられる一戦。トライアルレースは他にも同じ阪神で行われる芝1400mのGⅡ競走フィリーズレビューや、中山で行われる芝1600mのリステッド競走アネモネステークスの2つが存在する。ただし桜花賞本番においてはチューリップ賞を経由したウマ娘が好走するケースが多い。最近は前年末の阪神JFから直行して勝利を収めるウマ娘も増えてきているが。

「ねえトレーナー」
「どうしたエスキモー?」

 そのような基礎データと近年の傾向を頭の中で復唱していると、隣にいるエスキモーから肩をトントンと叩かれた。

「ザイア、勝てると思う?」

 彼女の不安げな声にオレは一瞬だけ考えて答えを返す。ありのままのものを。

「可能性はもちろんある。なかったら出していない。ただ今の状態なら勝ててもギリギリだと思う」
「そっか……でもまだ前哨戦だもんね」
「ああ、ここからだ」

 二人とも前を向きレースの始まりを静かに待つ。15時30分、幕が上がるのはもうすぐだ。

─────
 以前お姉さまに読ませてもらった漫画で女優をやっているキャラクターの台詞をゲートに入る直前になって思い出した。

『カチンコの音が強く響き、カメラが回り始める。ずしりとした空気が辺りを満たし、一年の時を全て濃縮したかの様な重くて強い時間が流れる。人生そのものを問われるかの様な長い一瞬』

 初めて読んだときはまだメイクデビューより前だったからピンと来ることはなかったけれど、今みたいにレースで走るようになると、少しずつその意味が染み込んでくるかのように理解できるようになった。

(レースも今までのトレーニング、いや人生の積み重ねを表現するもの。このわずか90秒ほどの短い物語に記されるのは16人の十数年)

 ゲートに入り、目の前の扉が開くのを静かに待つ。一秒、二秒、三秒……一瞬が永遠へと引き伸ばされているのではと感じた次の瞬間、

 ガコンッ!

 ──ゲートが開き、16人が一斉に飛び出した。

─────
(スタートはいつものように問題なし。あとは……やはり来ましたか)

 スタートして200mほどで集団から体一つか二つほど抜け出したかと思えば、外から負けじと二人のウマ娘が捲るように上がって私から先頭の座を奪っていった。ただ私もそのまま引き下がるわけではなく、内ラチ沿いに寄せた彼女たちの視界の隅にチラチラ入る位置に構え、上げたペースを落とさせない。

(最初の600mを過ぎて……おそらく35、いや34秒を切っているでしょうか)

 ここまでは想定通り。3コーナーを回りながら少し視線を後方に移すと、私の5バ身ほど後ろに1番人気の彼女、スカイピーチさんがじっくりと脚を溜めている様子を視界に収めた。残り800m。いよいよ4コーナーへとレースは動いていく。

(1バ身ほど前の二人はおそらくゴール前300mほどで力尽きるはず。その先は抜け出していかに粘り切れるかですが……)

 もう一度後ろを見やる。まだ後方勢に大きな動きはない。このペースなら直線だけで交わせると己の末脚を信じているのか。だとしたら……

(甘い……!)

 己の不見識を恥じるがいい。ハイペースなら必ず前が垂れてくるという幻想を抱いたまま私の背中を見続けるのがお似合いだ。

「ああああああああああああっ!!!!!」

 最終直線に入る手前で一気にギアを上げ前の二人をまとめて外から交わしにかかる。ただ彼女たちもそうむざむざと夢への切符を手放すほど弱くはない。懸命にふるい落とそうと必死の抵抗を見せる。が、

(勝つのは私です!)

 残り300m。予想通りの位置で堪えきれずに悔しそうに下がっていく二人と先頭に立つ私。後ろを見ている余裕はなく、後続との差ははっきりとはしない。ただ足音はそれほど近くはないように感じる。あっという間に残り200mの標識に差し掛かる。

(このまま高低差1.8mの坂も一気に駆け上がっ……この足音は……!?)

 引き離したはずの足音が再び近づいてくる。方向からして左斜め後ろ。すなわち大外一気。

(この勢いなら……いえ、負けません!)

 観客の皆さんの声援が耳に届く。おそらくその多くは私に向けられたものではなく、今大外から駆け上がってくるウマ娘に寄せられているものだろう。むしろ私は彼らにとっては彼女の無敗街道を阻む邪魔者なのかもしれない。夢を打ち砕く悪役かもしれない。

(それでも!)

 粘る粘る粘る。屈したりしない、負けたくない、勝ちたい。だってお姉さまとトレーナーさんが見ているのだから。

「ああああああああああああっ!!!!!」

 坂を上りきって見えたゴール板。残り100m、90m、80m。一歩ごとに迫ってくるのを肌で感じる。さりとて前を譲るわけにはいかない。

(残り10m……!)

 勝った。

 と思った次の瞬間。

 ──一陣の風が吹き抜けた。

─────
『交わした交わしたあ!!! 最後粘ったダノンディザイアをアタマ差交わしてみせましたスカイピーチ! 無敗のフライトは終わらない!!!』

 最後の最後、一秒にも満たない刹那の間に私は交わされ、負けた。このレースの最大の目標だった桜花賞への優先出走権は確保したものの、掴んだはずの勝利が手のひらからこぼれ落ちていくのは辛く、悲しい。

(前を向きなさいダノンディザイア。やるべきことをこなした上で桜花賞への切符を確保した、今はそれで十分です)

 落ち込むのは必要最小限でいい。悔しがるのは全てが終わってからでいい。不必要なまでの過大な負の感情で己の夢を塗り潰すな。

「おかえり、ザイア。惜しかったね」
「あともう少しだったな。でもよくやった」

 控え室に戻るともう既にお姉さまとトレーナーさんがいた。クールダウンも兼ねてゆっくり歩いていたら、二人に先を越されてしまったらしい。

「私も最後は勝てると思ったのですがあと一歩が足らず……トレーナーさん、本番では交わされないように明日からトレーニングよろしくお願いします。お姉さまもお付き合いいただけますか?」
「ああ、任せろ!」
「もちろんだよ。頑張ろうね!」

 負けるのは痛く苦しい。たった一人の勝者のみが美酒を味わうことができる厳しく険しい世界に私たちは身を置いている。ただそれでも今ここに悲壮感や寂寥感はなく、ただ未来への希望という暖かい空気だけが満ちあふれていた。


+ 第25話
 チューリップ賞翌日、オレとトレーナーはレインのレースを見守るために中山レース場に足を運んでいた。

「天気は曇り。芝もダートも良バ場。寒くもねえし暑くもねえ。晴れてりゃ言うことなかったんだろうが、まあケチのつけどころがねえな」
「開催が進んで内ラチ沿いが荒れ始めているのは気になるが、まあ許容範囲だろう。内枠だけど少人数だから外に出しやすいし」

 レインが入ったのは3枠3番。フルゲートになりにくいこのレースは今年もまた12人という少数精鋭で行われる皐月賞トライアルとなった。

「結局レインにはどんな指示出したんだよ」
「道中は無理せず最後の直線で包まれないように。あとはあの子に任せたよ」
「流石に大ざっぱすぎねえ?」

 あははと笑うトレーナーを横目にはぁと小さくため息をつく。トレーニングのときは真剣にオレたちに向き合ってくれるし、締める部分はきっちり締めてくれる人なんだけど、たまにこうやって最後の部分をオレたちに任せてくることがあるからビビる。

「大丈夫だよ。あの子は自身の走り方をエスキーに近づけようとしている。だったら自ずとどのようにコース取りすればいいか分かるはずだ」
「まあレインは頭いいからな。オレよりテストの点いいし」
「あとは体がしっかりすれば……っとスタートしたな」

 オレたちから見て右手からスタートを切った12人はまず最初のコーナーに向かって先行争いを繰り広げている。その中でレインはというと……

『さあ2戦2勝で朝日杯を勝利した3枠3番グレイニーレインは……3番手から4番手ほどの位置に構えました!』

 1コーナーを過ぎた辺で隊列が縦に長くなり各ウマ娘の位置取りが固まる。遠ざかっていくレイン本人からターフビジョンへと視線を移すと、ちょうど残り1400mのハロン棒の奥を先頭集団が駆け抜けている場面だった。

「トレーナーはどう見る?」
「例年通りのスローペース、しかも今回のメンバーの中に後方から君やエスキモーみたいな強烈な脚を使える子は見当たらない。レインには向く展開になった」
「じゃああとはスパートのタイミングを間違わなければだな」

 トレーナーの言うとおり最初の1000mは1分2秒ほどかかっていた。前に弥生賞と皐月賞のペースの違いをトレーナーに教えてもらったが、見せてもらった過去の皐月賞のデータでは大体1分を切るぐらいで流れると書いてあったように思う。

「残り800m。例年この辺りから速くなるんだが……うん、その調子」

 ターフビジョンに映し出されていたのはちょうど12人全員が3コーナーを回ってくる場面。向こう正面では内ラチ沿いで脚を溜めていたレインはちょうど先行集団の先頭で立ち回っていたこともあり、コースロスなく先を行く3人の外側へと持ち出そうとしていた。それを見ていたオレとトレーナーはほぼ同じタイミングでガッツポーズを決める。

「いけるぞレイン! 捲れえええええ!!!」

 オレの叫び声に呼応したかのようにレインのギアがもう一段上がったように見えた。最後のコーナーを曲がっての残り310mの攻防、ここでレインが先頭に替わる。

「いけえええええ!!! そのまま残せえええええ!!!」

 ゴール前200m、周囲から走るウマ娘たちに多くの声が投げかけられる。突き抜けろ、交わせ、残せ、そのまま。トライアル競走でありながら、いやトライアル競走だからこそかもしれない。応援するウマ娘が夢のクラシックの舞台へと立ってほしい、その一心で観客は叫び続ける。

(オレも今度のスプリングS頑張らねえとな。応援してくれる奴らのためにも)

『──突き抜けた! グレイニーレイン2バ身差をつけ今ゴールイン! 3戦3勝の朝日杯王者が今クラシック戦線に殴り込みをかけます! そして皐月賞への切符をかけた2、3着争いは接戦です──』

 強い風が吹く。紺色がかった黒い髪が揺れる。彼女は思わずまつ毛が長い目を閉じ、後ろの髪を手で押さえる。それがなぜなのか、どうしてなのかは分からないけど、

(似て……いやそんなことは……)

 “あの人”と被って見えた。

─────
 レース後の控え室、表では気を張っていたのか一切垣間見えなかった疲れが今ようやくドバっと吐き出されたようで……

「大丈夫か、レイン。今はとりあえず横になろう」
「前のレースのときもあいつらが帰ってからこうだったからな。ウイニングライブまでゆっくり休んでろ」

 今はこうしてソファに横になっていた。

「ありがとうございます、トレーナーさん。それにルージュもごめん」
「謝ることはねえよ。ほらスポドリにタオル。糖分摂取ならトレーナーが用意してくれたバナナとかもあるからな」

 勝つためには全力を尽くせ。勝つ気がないのにレースに出るな。URAの規則にそう書いてある。もちろんそんなことをわざわざ書かれなくてもオレたちは全力で走るんだが、こいつの場合は毎回自分の限界、下手したら超えるぐらい力を使ってしまうらしい。ちなみにこいつに限った話かと思ったら姉さんもそうだったと言っていた。もしかして遺伝か何かなのか?

「それでも朝日杯のときよりは良くなってきている。もちろんレインが強いのもあるけど、必要以上にレースを使わなくて良かったよ」

 レインがゆっくりと体を起こし座れるようになったのを見て、厳しかったトレーナーの顔が若干緩む。ただその代わりにレインが険しい顔をしながら小さな声でトレーナーに問いかける。

「……それでも皐月賞は駄目、ですか」

 問いかけるというより請うと言った方が適切だろうか。レインの蒼く澄んだ瞳は静かに揺れていた。

「君のトレーナーの立場としては勧めたくない。ここから休養を挟んで再び皐月賞まで立ち上げるだけでもギリギリなのに、そのあとダービーまで走るとなると体が壊れてしまうリスクすらある」
「やっぱりそうですか……」

 レインはトレーナーの言葉に目を伏せ下唇を噛む。返答が分かっていたとしても聞かざるを得なかった彼女の心境、ここまで1年ぐらい同じチームで走ってきた今ならすごく理解できる。オレだって走りたいのに体がついてこれずに走れないとか、そんなこと考えるだけで苦しくなる。

「皐月賞もダービーも勝ちたい、勝ってほしい。これはルージュも同じだ。ただレースはクラシック3冠で終わりじゃない。そのあとも、いやそのあとの方が長いんだ」
「はい……」

 トレーナーはやっぱり先生みたいだと思う。オレたちのことを第一に考えてくれる。頑張ったときには褒めてくれるし、いけないことをしたときには叱ってくれる。ときにはこうして一対一で悩みに向き合い、諭してくれる。

「オレはレインに怪我なくトゥインクル・シリーズを走り切ってほしい。その上で一緒に勝とう、二人三脚で」

 あっ、それはちょっと聞き捨てならねえ。流石に割って入らせてもらう。

「トレーナー、オレのことも忘れんなよ! 三人四脚だっての!」
「悪い悪い。ルージュのことを忘れたつもりじゃなかったんだ。こら、脇腹を肘で突っつくなって。すまんすまん」
「ふふつ。なんだかこうしてるとトレーナーというかお父さんみたいですね」

 ようやくレインに笑顔が戻った。オレとトレーナーはそんな彼女に釣られて思わず噴き出してしまう。

「ははっ! お父さんだってよ! なあ、今度から呼び方変えた方がいいか?」
「それは止めてくれ! 娘に見られたらいろいろ終わる!」
「ねえルージュ。学園に戻ってエスキモーが一緒にいるときに言ってみよっか」
「レイン! 君が乗っかったら収拾がつかなくなるから!」

 小さな控え室に咲く笑顔の花。そろそろウイニングライブの準備をとレインを呼びに来たスタッフが驚くほどの笑い声は、空にかかった雲さえ吹き飛ばせるんじゃないかと思うほど明るくキラキラと輝いていた。


+ 第26話
 ボクが勝った弥生賞から2週間が経った。レース当日はライブができるまでは体調が戻ったけど、トレーナーさんの言うとおりまだボクは本格的なトレーニングに復帰できずにいた。

「トレーナーさん」
「どうしたレイン?」
「えーっと……トレーナーさんから見て、今日のルージュはどうですか?」

 そして今ボクたちが来ているのは2週間前と同じ中山レース場。今日はスプリングSに出走するルージュの応援に来ていた。控え室で見たルージュはボクの目には元気いっぱいに映ったけど、なぜかトレーナーさんの声が聞きたくなり、変な質問をしてしまった。

「うーん……いつもと変わらないかな。入れ込み気味なのは気になるけど、たぶんあれはエスキモーへの対抗心の表れだろうから」
「あはは、なら大丈夫ですね。ボクの目でも普段のルージュに見えましたから。あっ、そうだ。控え室のやりとりで少し気になったことがあるんですけど、今聞いてもいいですか?」
「うん、いいよ……ってあの3人は来てないよな?」
「あの3人、ですか?」

 なぜか周囲をきょろきょろと見回すトレーナーさんの姿に首を傾げていると、“あの3人”がいないことを確認したのか、トレーナーさんはほっと胸を撫で下ろし、再びボクの方に向き直した。

「よしよし、いないな。それでどうした?」
「その前になんですけど……あの3人ってもしかしてエスキモーたちのことですか?」
「うん、そうだよ。皐月賞への作戦がバレたりでもしたらおしまいだからな」

 なるほど、もし秘策をあの3人の中の1人にでも聞かれてしまえばルージュは負けてしまうかもしれない。もちろん作戦がバレてもルージュは負けないってボクは信じているけど、勝つ確率をわざわざ下げる必要はない。ボクはトレーナーさんの言葉にこくりと頷き、周りの観客に聞かれないよう、ちょっとだけ背伸びをしてトレーナーさんにこそこそと耳打ちをする。

「控え室でルージュに言っていた『大外を回ってこい』ってどういう意味なんですか? ストレートに受け取るには顔が怪しかったんですけど」

 背伸びをやめてすとんと踵を再び地面とこんにちはさせる。トレーナーさんはボクの言葉を聞きふむふむと腕を組んで頷く。間違いない、これは皐月賞のための作戦なんだと内心ワクワクしながらトレーナーの返答を待っていると、なぜか頭の上に温かい手がふわりと乗せられた。

「と、トレーナーさん!?」

 訳が分からず、さりとて周囲に見られる訳にもいかずカチコチに固まっているボクの頭をトレーナーさんは優しく撫でる。困惑、羞恥、混乱。ボクの思考回路は行き先を知らず、声は口という出口を見つけられずにいた。

「やっぱりレインは聡い子だな。表情から感情の機微をしっかり読み取れるなんて」
「た、たまたまです。そ、それで一体何が目的なんですか?」

 思わず刑事ドラマで警察が立てこもった犯人に投げかけるようなことを言ってしまったけど、正直訂正している心の余裕はない。ルージュたち出走者がコースに姿を現してしばらく経つ。枠入りも始まりそうで、レースの発走は刻一刻と迫ってきている。

「これはルージュにも言ってないんだが……」

 そう言ってトレーナーさんはボクの耳に口を寄せ、ボソボソっと耳元で囁く。

「本番では──」
「えっ──」

 とっておきの作戦を。ルージュにしかできないだろう作戦をボクだけにこっそり教えてくれた。

「本番までは内緒だぞ?」
「は、はい! あっ、もうそろそろゲートにルージュが収まりますね」

 視線をトレーナーさんの方からゴールより右手、スターティングゲートの方に向ける。今ルージュが7枠14番の枠に入った。そして最後に大外枠の子がゆっくりとゲートに収まり態勢が整う。そしてゲートが開き、

『……スタートしました!』

 ウマ娘が一斉に飛び出した。その手に勝利を掴むために。

─────
 スタートして1ハロンを過ぎた辺りで進路を右に変える。隊列が徐々に縦に長くなっていく中、ルージュは後方4番手ほどの位置でじっくりと構えていた。

「悪くない、ですか?」
「うん、想定通りの位置取りかな。これ以上後ろに下げたら届かなくなるから」
「このレースは前に行ったメンバーで決まりやすいって話されてましたからね……本当にルージュは届くんですか?」

 自分で言ってちょっと怖くなり自分の体を抱き込む。トレーナーさんはそんなボクの肩に静かに手を置いて落ち着かせるように小さな声で短く告げる。

 ルージュなら大丈夫、と。

『──まもなく3コーナーに差し掛かるところで最初の1000mを通過しますが……60秒3。平均ペースで流れていますが、おっと!? ここで後方に待機していたメニュルージュが動いた!』

 ルージュの早仕掛けに場内がざわめく中、トレーナーさんは微動だにしない。最初からこの展開になると分かっていたかのように何も言わない。たださっきよりちょっとだけ口角が上がったように見えた。錯覚だろうか。

「うん……うん! ルージュその調子!」

 レースは3コーナーを過ぎ、4コーナーへと差し掛かる。道中縦に伸びていたバ群が凝縮される中、6番手ぐらいまで押し上げていたルージュは大外を捲るように堂々と駆け上がっていく。彼女が歯を食いしばっているのをターフビジョン越しに見て、思わずボクも握りこぶしに力が入る。

『さあ最後の直線に入ります! ここで大外から一気に上がってきたのは……一番人気のメニュルージュだあ! 前を次々と呑み込んでいく!』

 ターフビジョンから視線を外し、こちらの方に向けて走ってくる彼女たち16人を直接視界に捉える。内ラチ沿いを走る者、バ場の三分どころを走る者、真ん中を突っ走る者。己の走りやすい場所を選んで彼女たちは駆け抜ける。そんな中ルージュは……

『残り200! 坂を一気に駆け上がる……おっと!? メニュルージュはかなり外に出しているぞ!?』

 真ん中よりさらに外。外ラチから手を伸ばせば届くんじゃないかと思わせるぐらいの大外を駆け抜けていく。“誰か”に見せつけるかの如く走る姿は観客を魅了しながら目の前を一瞬で通り過ぎていった。

『残り100mで先頭はメニュルージュに替わる! リードを半バ身、1バ身と広げていき勝負あり! メニュルージュ今1着でゴールイン!』

 茶色と金色が入り混じったボブカットの髪が風に揺れる。ターフビジョンに映し出される笑顔は、楽しいというより次なる獲物はどこだ、狩ってやるといった狩猟者としての感情が発露しているように見えた。

「大外も大外を回しての2バ身差の快勝……」
「あそこまでやれとは言ってない……オレの中ではバ場の真ん中より少し外ぐらいをイメージしていたんだよ……」

 頭を押さえて深いため息をつくトレーナーさんの肩を慰めるかのようにポンポンと叩く。ボクもボクで体のことで負担をかけてしまっているんだけど、ルージュもルージュでもう少しトレーナーさんの胃を痛めるのをやめた方がいいと思う。

「……控え室に戻るか」
「はい……」

 ルージュのレースっぷりに盛り上がるスタンドを後にしてボクとトレーナーさんは彼女を控え室で待つことに決めた。

 ……ちなみに控え室に着くまでトレーナーさんはため息を何度も何度も繰り返していた。

─────
「よっしゃ! これであいつにリベンジを……ってトレーナーどうしたんだ?」

 ルージュが帰ってきた控え室。そこには満面の笑顔を浮かべている者が一人、喜びと困惑の感情を顔に貼りつけている者が一人、そして苦笑するしかない者が一人いた。それぞれの名前は挙げるまでもないと思う。

「ルージュ……いくらなんでもやりすぎだ」
「えーっ!? トレーナーが大外回れっつーから大外回したんだぞ! レインも聞いてたよな!?」
「聞いてたけど……あそこまでとは思ってなかったかな……あはは……」
「マジかよ……レインまで……」

 控え室に戻ってくるまでどれだけ嬉しかったのかは分かる。だって部屋の中から廊下を歩くルージュの喜びの声が聞こえてきていたから。たぶんトレーナーさんにも褒めてもらえると思っていたはずだ。だけど実際はこう。耳も尻尾も力が抜けてへたっとなっている。

「ごめん、まずはおめでとうだったな。そしてお疲れ」
「……へへっ。当たり前だろ! オレにかかればよゆーだよゆー!」

 あっ、耳も尻尾もトレーナーさんの一言で復活した。ルージュって少しチョロいところある気がするんだよね。ほら、今トレーナーさんに頭を撫でられて尻尾をぶんぶん振ってるし。本人は気づいてないけど。

「ゲート、道中の位置取り、そしてスパートを仕掛けるタイミング、全て問題なかった。少しスタートが遅く見えたのも無理にポジションを取りにいってごちゃつくのを避けたかったんだろ?」
「そうそう! やっぱりトレーナーは分かってるよなー!」
「向こう正面でもかからずにじっくりと構えられていたのも流石だ。前走より距離が短くなってどうかと思ったけど杞憂だったな」
「当たり前だろ? それぐらい対応できなくてGⅠを勝とうなんぞありえねーからな!」

 本当に嬉しそうだな。いいな、ボクもあんな風に褒めてもらい……ううん、なんでもないなんでもない。羨ましくなんてないんだから。羨ましくはないけど、とりあえず本格的にトレーニングに復帰できたら併走でぶっちぎろう、うん。

「ただ最後」
「ひっ!?」
「だ れ が あ そ こ ま で や れ っ て い っ た ?」
「いやだってさ? 大外回ってこいって言われたし、思ってたより余裕が……ゴメンナサイ」

 威勢よくいこうとしたけど、トレーナーさんの眼力と圧に負けてルージュの声が小さくなり、最後には謝らざるを得なかった。まあ仕方ない。ボクもあまり擁護できない。

「勝ったからいいものの、あれでもし差されてたらすっごい怒られるんだからな。オレが怒られるだけなら別にいいけど、下手したらルージュが出走停止になってたところだったんだから」
「ハンセイシテマスゴメンナサイ」
「あくまでも勝つことが最優先。観客へのアピールは勝ってからいくらでもできるんだから。次は気をつけような」
「ハイ……」
「分かったならよし。オレも今後はもう少し分かりやすい指示をするよう心がけるよ」

 そう言ってトレーナーさんはルージュを解放し、ウイニングライブに備えて休むよう指示する。しゅんとしたルージュは素直にこくりと頷き、そのままソファの隅っこで静かにライブのイメトレを始めた。

(声をかけるのはライブ終わってからでいいかな。今は邪魔になるだろうし)

 ひとまずボクはイメトレを妨害しないよう、そっと彼女の前の机にスポーツドリンクとタオルを置いた。そしてまたそーっと元いた場所に戻ろうとすると、ルージュの方から話しかけられ体の動きが止まってしまう。

「レイン、ありがとな。まだ体疲れてるのに応援に来てくれて」

 さながら独り言のように呟いたその言葉にボクは違うよと首を横に振る。

「同じチーム、同じクラスの友達を応援するのに疲れなんて関係ない。たとえ骨が折れていてもボクは君の応援に行くよ」
「そっ、か……ならオレも這いつくばってでもレインの応援に行く、絶対に」
「……約束だよ」
「ああ、約束だ」

 指切りげんまん、小指で交わす友との誓い。トレーナーさんはボクたちを見ながら

「骨が折れたり這いつくばることがあったらまず病院に叩き込むからな」

 と苦笑していた。だけどきっとこの人はもしそうなってもボクたちを止めないだろう。なぜかそんな確信が心のどこかで転がっていた。

─────
「4コーナーからどれだけロスしているんだ……ただそれでも勝ち切っているのは流石だな。皐月賞のレースプラン練り直すか……」

「ホープフルSよりもうちょっとだけスパートを早くする? トレーナーと相談しなきゃ」

「お姉さまなら大丈夫です、きっと」


+ 第27話
 お姉さまと出会って1年、あっという間だったような、永遠だったようなそんな365日が過ぎ去りまた春がきた。今年も大勢入学する新入生を歓迎するかのように、校門から校舎まで続く石畳の横には桜が咲き誇る。あの日あの時もしお姉さまと出会わなければ一体私は今どのような学園生活を、競走生活を送っているのだろうか。なんてことをぼんやりと歩きながら考えていると、後ろから肩をトントンと叩かれる。一体誰だと振り向くと、そこにはレインさんがいた。

「おはよう、ザイア。桜を見ながら歩いてたけど、何かあった?」
「いえ、昨年の入学式のことを思い出していただけです。お姉さまと運命的な再会を果たしたあの日のことを……」
「エスキモーとは前に一度会ってたんだっけ。エスキモーにちょっとだけ教えてもらっただけだけど」

 半年ほどの夏合宿のときにクラスの皆さんに一から十までお姉さまがどのように私の窮地を救ってくださったのか説明しようとしたのだけれど、開始30分でほとんどの方が音を上げられたから最後まで伝えきれていない。私としてはまだ一割も話せていないのだけれど、クラスの方には『副委員長のその熱弁っぷりでなんとなく分かったから』と頭を下げられてしまったのだ。残念。

「そう、お姉さまこそが私の運命の女神さま……この命を捧げろと言われれば喜んで差し出します……」
「……ちょっと重くない?」
「重いとはどういうことでしょう?」
「まあ……うーん……ザイアがエスキモーのこと慕ってることは十分分かったよ。ありがとう」

 なぜかレインさんには引かれてしまった。変わった話はしていないのに。不思議だ。

「それはそうと今日はルージュさんとはご一緒ではないのですね」
「あー……うん、ルージュは朝からトレーナーさんと作戦会議だって」
「なるほど……」

 作戦会議というのはおそらく2週間後に迫った皐月賞のことだろう。先日のスプリングS後の取材で彼女がお姉さまへ宣戦布告を行ったことを思い出す。

『今度の皐月賞はオレが絶対勝つ! エスキモー、勝負だ!』
『『『おお……! 今年の皐月賞は二強対決に注目、と……!』』』
『逃げんじゃねーぞ!』

 といった話があり、世間の目は一気にクラシック初戦のお姉さまと彼女の直接対決へ向けられることとなった。リベンジを果たすのか、はたまた同じ結末で幕を下ろすのか。ファンの方の話題は一週飛ばしで進んでいる。

 そう、一週飛ばし。その間の一週には……

「私のトレーナーさんは私の桜花賞の話も並行して進めてくださっているのですが、彼への取材はお姉さまのことばかり。私の桜花賞のことはほぼ軽く触れられる程度です」

 私が出走する桜花賞がある。ただ桜花賞については現在4戦4勝のジュニア級女王が勝つのかどうか、その一点に焦点が絞られている。私への注目度は0に等しい。

「チューリップ賞でももう少しだったのに……」
「はい。ただ取材されることで勝率が上がることはありません。全ては実力で決まります」
「そうだね。注目度が全てじゃない。ボクはダービーまで休養だけど、お互い頑張ろう」
「はい。ただしダービーを勝つのはお姉さまです」

 校舎の玄関でローファーから上履きへ履き替える。そしてかしましい廊下をレインさんと並んで、私たちの教室に向かって歩いていく。聞こえてくるのは宿題の話にテストの話と、一般の中学校でも聞こえてきそうな話題ばかり。レースの話もたまに聞こえてくるけれど、たまにという程度でしかなかった。

(レースから離れれば私たちもただの学生ですから)

 学園の中ではレースの話しか聞こえてこないなどというのは世間の幻想で、私たちもこうしてありふれた学生生活を送っている。

「あっ、副委員長! レインちゃんもちょうどよかった! 今日出す宿題教えてくれない!?」
「ふふっ。うん、いいよ。とりあえず教室に急ごうか」
「ええ、それほど時間はありませんから」

 ほら、こんな感じに。

─────
「それで週末の桜花賞だが、メンバーは想定通り。上位人気が想定される面子は全員出てくる」

 放課後、トレーニングが終わってからいつものようにトレーナーさん、お姉さま、そして私の3人でミーティングを始める。今日まず最初に行われるのは当然開催が近い桜花賞の話だ。

「もちろん前走で敗れたスカイピーチさんも出てこられるんですよね」
「ああ、当然だ。どの新聞を見ても彼女の陣営の自信満々のコメントが載っている」
「勝って当然みたいな書き方……前走ザイアに追いつめられたことなんてなかったみたいに……」

 お姉さまが私の代わりに歯を食いしばって悔しい気持ちを吐き出してくれている。お姉さま、その表情も素敵……ではなく。

「ありがとうございます、お姉さま。ですが心配無用です。むしろ注目されていない方がありがたいです」

 人気が薄いウマ娘が勝利するとき、そこには必ず何か理由がある。1つ目は人気上位のウマ娘がマークされたり出遅れたりすることで本来の実力を発揮できなかった場合。2つ目は実力を見誤っていた場合。各ウマ娘のバ場適性やコース適性を読み違えていた場合もここに該当する。そしてもう1つが……

 逃げウマ娘を突っつかずに楽に逃げさせた場合。

「ああ。注目が集まっていない分、今回は楽に逃がしてもらえそうだ。しかもチューリップ賞の走りはフロックだと思われているみたいだから余計にな」

 トレーナーさんがにやりと不敵な笑みを浮かべる。考えていたことは私と同じ。トレーナーさんと過ごしてきて約1年、指導方法にも慣れ、段々と彼が考えるレースプランも事前に理解できるようになってきた。

「今回想定される逃げウマ娘は私1人だけ。チューリップ賞で競った2人は除外想定。フィリーズレビューでもアネモネSでも優先出走権を手にした方の中に逃げる方はいらっしゃいません」
「たぶん他の陣営はザイアが逃げても途中でスタミナが尽きると、GⅠじゃ距離が保たないと考えているように見える。記事やオレの伝聞情報が全くの嘘でなければ間違いなくな」

 トレーナーさんの話を聞き、つい相手方の陣営を鼻で笑いたくなる。スタミナが早々に尽きる? GⅠでは距離が保たない? 笑止千万、見くびられるにもほどがある。なぜなら……

「私がこれまでどれほどお姉さまと同様の長距離走などのメニューをこなしてきたのかご存じないようですね。可哀想に」

 既にオークスも現段階で対応できる程度の体力は身につけているのだから。

「最近ザイアもすっごく体力ついてきたよね。これだったら菊花賞だって走れるんじゃない?」
「お姉さま? 流石に3000mのレースは私には厳しいと思われます……ただ2400mならおそらく問題ないかと」
「そっかー。ティアラ路線なら2400m走れれば問題ないもんね。混合のレースに走るときでもそれより長いのって春天と有馬記念ぐらいだから」

 これまでのレースでGⅠウマ娘を相手にとっても勝負になることはとうの昔に証明できている。あとは勝利を掴むだけ。お姉さまとトレーナーさんと鍛え上げたスピードとスタミナで必ず勝ってみせる。

「今回も思いっきり逃げてやれ」
「承知しました。リベンジ、果たしてみせます」

─────
 迎えた週末の日曜日、阪神レース場。空気を読んでくれたのか、桜がちょうど満開のタイミングで行われることとなったGⅠ桜花賞。天候も晴れ、芝もダートもともに良バ場。半袖で過ごすには若干肌寒さを感じるものの、レースで走るときっと心地いいだろう。私はそんなことを考えつつ控え室でトレーナーさんとお姉さまと最後のミーティングを行っていた。

「作戦は分かっているな?」
「ええ。前半の600mを34秒で入って、最後の600mを35秒を切るペースでまとめる、でしたよね」
「その顔、問題なさそうだな」
「ペースメイクもいっぱい練習したもんね。今のザイアなら大丈夫!」

 お姉さまが満面の笑みで大丈夫と言ってくれる。私はそんなお姉さまを信じる。それが今の私の自信の源だから。心の拠り所だから。2人が支えてくれるから私は今胸を張って宣言できる。

「ええ。勝ってまいります」

 実戦では初めて腕を通すコートを翻しパドックへ、いやその前にやるべきことが1つ。

「ぎゅー……はい、いってらっしゃい!」
「ふぅ……ありがとうございます。それでは行ってきます」
「やっぱりこのルーティーンで満たされているのってエスキモーの方じゃないか……?」

 積み重ねてきた練習はエネルギーへと化ける。そしてそれに火を点けたのは2人からのエール。メラメラと燃えた火は簡単に消えることはない。たとえ無敗の女王が相手でも、彼女を応援する観客の前でも吹かれて消える炎ではない。

 さあ、一族の誇りを胸に今駆け出そう、頂点への道を。

「誰にも先頭は譲りません!」

─────
「緊張してきた……ねえ、トレーナーは緊張しないの?」

 レース開始5分前、人混みを幾度となくすり抜け運良くゴール板前を確保したオレとエスキモーは遠くに見えるゲート地点を見つめていた。どこか不安そうな彼女は心まで寄り添うように体をぴたりとオレの右腕に寄せていた。

「オレは君のレースで慣れているから大丈夫だよ。それに……」
「それに?」

 きょとんとした顔の彼女にオレは自信を持って伝える。

「信じているから。ザイアが勝つのを」

 オレの言葉を聞いた彼女は少し石畳を見つめたかと思うと、すぐに顔を上げて元気を取り戻した。

「そっか、そうだよね……私ももちろん信じてるよ! ザイアと一番一緒に走ったのは私なんだから、私が一番応援してあげなきゃだよね!」
「いや、トレーナーのオレが一番応援しているよ。君にも譲るつもりはない」
「じゃあレースの最後にどれだけザイアにエールを送れるかで勝負だからね。レース終わってからザイアに確認しよっと」
「望むところだ。勝った方は何か1つお願いできる、でどうだ?」

 口に出してから気づく。彼女との勝負にそのような賞品を提示したらマズいのではと。ただ時すでに遅し。彼女が浮かべた不敵な笑みで背中に一筋の冷や汗が流れた。

「二言はないよね?」
「あ、ああ……ただ例の約束を破るのは駄目だからな」

 ザイア頑張れ。そして絶対に勝とう、オレ。心の平穏を保つために。天秤が傾かないように。

─────
 4枠8番。それが今日の私に与えられた枠の番号。ダノンといえば白と赤のイメージだからその色の枠番で勝利できればなどとぼんやりと考える。いや、このレースにおいては1枠と3枠はそれほど成績が良くなかったはず。というより……

(勝てば何も問題はありません。雑念は無視するに限ります)

 頭を一度、二度と振り邪念を追い払う。心の平穏を取り戻したところで横を見ると、無敗の女王が瞑想するかのように、静かに目を閉じてゲート入りが始まるのを待っていた。そんな彼女が配された枠は1枠1番。白星に愛された彼女にはお似合いの枠だと、この前目にした新聞に書かれていた。でも私はそうは思わない。なぜなら……

「ゲート入り始めまーす」

 係員の方の号令がかかり、奇数番号のウマ娘から1人ずつゲートへ収まっていく。いつの間にかファンファーレが鳴り響いていたらしい。拍手の音も聞こえない。わずかに聞こえる歓声も今だけは頭の中から出ていってもらう。

(勝つためのシミュレーションは何パターン、何十パターンと頭の中に叩き込んでいます。問題ありません)

 17番のウマ娘がゲートに収まり、続いて偶数番号のウマ娘が内から枠に入っていく。2番、4番、6番ときて、8番の私も係員の誘導に従って静かに若干窮屈さを感じるゲートへその身を収めた。

 目を閉じゆっくりと息を吸い、そしてゆっくりと吐く。二度ほど繰り返し目を開いたところで、18回目の後ろ扉が閉められる音が聞こえた。

(このレース、勝つのは私です!)

 トリプルティアラ第一戦桜花賞。

 ガコンッ!

 その幕が今、開いた。

─────
『──スタートしました! 若干ばらついたスタートになりましたが、ポンと出たのは8番ダノンディザイア! もう既に2バ身ほどの差を後続につけて3コーナーを目指します』

「「よしっ!」」

 これぞロケットスタートと呼ぶべき絶好のスタートダッシュをザイアが決め、オレたちは2人してガッツポーズを決める。これは考慮には入れていなかったがいい想定外だ。

「最初の入りが……うん、12秒ちょうどぐらいか、悪くない。次の3ハロンであと2バ身ほどつけられたら……」
「今のところは順調、だよね。あのスタートもあったし」
「ああ、文句なしだ。しかも……」
「しかも?」

 小首を傾げる彼女に示すようにターフビジョンに映し出されたバ群の後方を指差す。

「ザイアと対称的に1番人気のあの子が若干出遅れた。そしてあの子は1枠1番」
「包まれてるってこと? すっごいチャンスだよね。人の不幸は喜びたくないけど……」
「今日だけは感謝、だな」

 こくりと頷く彼女とともに見つめるは巨大なターフビジョン。そこに示された最初の600mの通過タイムは……

『──早くも3コーナーへとレースが進んでいます。そして最初の600mを通過しまして……34秒1! 比較的速いペースでレースが流れています!』

「よし!」

 本日二度目のガッツポーズ。文句なしのペース配分、そして目測で3バ身ほどのリードを保っている。いつもの桜花賞ならもっとバ群が詰まってもおかしくないはずなのにこれだけの差が広がっている事実が指し示すものは……

「みんなザイアについていったらバテちゃうって考えてるんだよね、この流れって」
「時々君に思考が読まれているんじゃないかと背筋が寒くなるよ……もちろんそれもあるけど、一番みんなが警戒しているのは……」
「スカイピーチさん……」

 3コーナーから4コーナーへと差し掛かり、レースは中間地点を過ぎる。わずかではあるがペースを落として最後の末脚比べに備える彼女の表情は険しく、厳しい。オレが今できることは精いっぱいのエールを送ること。この声が彼女に届かなくても。

「ザイアああああああ!!!!!! いけええええええ!!!!!!」
「えっ、うそ!? もう!? ザイアああああああ!!!!!! 頑張れええええええ!!!!!!」

 想いは届く、きっと、いや、必ず。

─────
「!?」

 最後のコーナーへと差し掛かり、観客の一人ひとりの姿がはっきりと視界に映し出される。何万人も声を張り上げているから当然それぞれ聞き分けることはできない。ただ、理屈は分からないけれど。

(トレーナーさん? お姉さま?)

 声は周囲と混ざって分からないはずなのに、分かる。頑張れという想いを心から叫んでくれているということが。私の勝利をただ願っている人の心の炎が私の脚に元気をくれる。私の心をもっと、もっと熱くしてくれる。

(受け取りました、その想い。ならば私はその願いに報いるのみ!)

 最終直線、私の前に敷かれたのはゴールまでの赤絨毯。何者も踏み入ることができない絶対領域を私は一歩ずつ前へ前へと走っていく。栄光への道しるべの終着点、待っているのは愛すべき人、尊敬すべき貴女。

 さあ行こう。恋を従者に、愛をその手に携えて。光射す緋色の道を駆け抜け、その先にある栄光を、今。

『Nihil difficile amanti』 Lv.1

(私は……勝つ!)

─────
『最後の直線! 先頭は以前ダノンディザイア! 後続にまだ3バ身ほどの差をつけて逃げています! 1番人気のスカイピーチはバ群の中! 先頭まで10バ身! これは届くのか!?』

 先頭を往くザイアの姿が光り輝いて見え、右目を少し擦る。あの光はまるで“夢”の中で隣の彼女が魅せたあの煌めきのよう。思わず息が詰まってしまうぐらいの光を放つ彼女の姿は、従者を引き連れ歩く貴族に似ていた。私こそが主役なのだと叫ぶ末脚はこれまでレースを引っ張ってきたにも関わらず、押し寄せる後続のそれより勝っている。差は、詰まらない。ただ1人を除いて。

「っ! やっぱり来たか」
「あのバ群を捌いて!? それでもまだ差は!」

『残り100m! 逃げるダノンディザイア! 追うスカイピーチ! その差3バ身! これはチューリップ賞の再現か!? それともリベンジを果たすのか!?』

 リードをじりじりと詰められつつも、高低差1.8mの急坂を上りきり最後の我慢比べが始まる。わずか数秒間の刹那。張り裂けんばかりの声を君に送る。走れ、頑張れ、行け。全ての願いを籠めた心の叫びを今。

「「ザイアああああああああああ!!!!!!!!!!」」

 1秒、2秒、3秒……ゴール板を駆け抜けた最後の瞬間、煌めきを放ったのは。

『逃げ切った! 逃げ切った! ダノンディザイアが粘って粘って1着でゴールイン! 母が掴めなかった栄冠をその娘が見事に掴んでみせました!』

─────
「はあ……はあ……ああああああああああ!!!!!!!!!!」

 逃げる私、追う彼女。構図は1ヶ月前と変わらない。一見すると真新しさに欠ける光景だけれど、あのときと違うのは私と彼女の差。追えども追えどもなかなか縮まらない距離、彼女の胸中は如何なるものだろうか。もちろんそんなことを考えている余裕はなく、追いつかれまいと必死に逃げるので私は精いっぱいだった。

(もう少し……もう少しでゴールが!)

 近づく足音、迫る唸り声。私は恐怖に脚を止めることなく前だけを見続けた。そして……

『逃げ切った! 逃げ切った! ダノンディザイアが粘って粘って1着でゴールイン! 母が掴めなかった栄冠をその娘が見事に掴んでみせました!』

「勝っ……た……?」

 お母さまがライバルに届かなかった半バ身を私は今超えてみせた。録画されたお母さまのレース映像を一緒に見るたびにお母さまが浮かべていた悔しげな表情。今どこで見ているのかは分からないけれど、少しは親孝行になっただろうか。喜んでもらえただろうか。

「ありがとうございます……ありがとうございます!」

 見よう見まねのウイニングランは緊張であまり記憶に残っていない。新年や年末に我が一族と懇意にしていだいている方たちとのパーティーで挨拶したことはあるけれど、その時とは数が比べ物にならなかった。数万人の観客の前で走っていた、その上皆さんの90秒を私たちの走りを観るのに使っていただいたという事実に頭が真っ白になったから。

「お疲れさま……ううん、最初に言うのはやっぱり……おめでとうザイア!!!」
「お姉さま!?」

 ゴール板を駆け抜けたあと次に思い出せるのは、控え室の扉を開いた瞬間にお姉さまに力強く抱きしめられた記憶だった。幸運なことにお姉さまには今まで何度も抱きしめてもらったことがあるけれど、今日のものが一番力も愛情も籠もっていたと思う。

「おめでとう、ザイア。そしてお疲れさま」
「ありがとうございます、トレーナーさん。少しどちらにいらっしゃるのか分からないですけれど……」

 頭も体も完全にホールドされている状態の私に、何事もないかのように話しかけるトレーナーさんはある意味すごいと思った。それはそうと、いくらまだ涼しい季節とはいえ汗で濡れている肌や勝負服をいつまでもお姉さまに押しつけるわけにはいかない。その代わり大好きなお姉さまから離れるのは心苦しくはあるけれど、また今度ぎゅっとしてもらえるはずだと心に強く言い聞かせ、お姉さまに離れてもらうようお願いする。

「お、お姉さま……そろそろ離れていただいてもいいでしょうか。汗でベタベタしてますし、顔を見て伝えたいことがありますから」
「あっ、ごめんね。危ない危ない、ずっとぎゅーってし続けるところだったよ」

 私のお願いを聞いて慌てて私から離れるお姉さま。この部屋に帰ってきて数分、ようやく私は2人の顔を見ることができた。

「トレーナーさん、お姉さま。私がこうして勝って帰ってこられたのもお二人のおかげです」

 そこで一旦区切り、2人の顔をそれぞれ見つめる。腕を組んで優しく頷くトレーナーさん、女神のような微笑みで次の言葉を待ってくれているお姉さま。2人の支えがあったからこそこの勝利を掴むことができた。今日までの助力に最大級の感謝を。

「本当にありがとうございました!」

 深々と頭を下げる。まるで一昔前の携帯電話のように体が二つ折りになったかのごとく下げた頭。結んだツインテールが地面につくのも気にはしない。不格好でも今はただこの胸の想いをまっすぐ2人に伝えることが私の使命なのだから。

「顔を上げて、ザイア」

 お姉さまの柔らかな声が頭上から降り注がれる。その言葉に呼応してゆっくりと頭を上げた私の前にいたのは、先ほどと変わらぬ笑みを浮かべた2人の姿だった。

「オレの方こそありがとうと言わせてくれ」
「私からもね。それとね、私から一つ言わせてもらってもいい?」
「は、はい。罵倒でも苦言でもお姉さまのお好きなようにおっしゃっていただければ!」

 背筋と耳と尻尾ををピンと伸ばし、お姉さまの次の言葉を待つ。一体どのような言葉をかけられるのだろう、ただただ緊張して運命の時を待っていると、なぜかお姉さまはクスクスっと笑いながら私に近づき、今度は慈母のように優しく私を抱きしめた。

「どれだけ私たちが支えたとしても、走って走って走り抜いたのはザイアだよ。本当にお疲れさま。それともう一度言わせてね。GⅠ勝利おめでとう」
「お、お姉さまあぁぁぁぁぁ……! うえぇぇぇぇぇん……」

 流した涙はお姉さまの制服の襟を濡らし、漏れた嗚咽はリノリウムの床に吸い込まれていく。これまでの努力が報われた喜び、私のために身を粉にして支えてくれた方へ恩返しができた感謝の想い、一族でGⅠ勝利を果たしたウマ娘の末席に名を連ねることができた誇り。様々な感情が入り混じったこの涙を私は一生忘れることはないし、忘れることはできないだろう。そう言い切れるほど鮮烈な記憶が胸に刻まれた。

─────
 ウイニングライブを無事に終え、制服に着替えた私は待っていてくれたトレーナーさんとお姉さまたちと合流を果たした。そのままレース場から駅まで向かう通路を歩いている最中、私の左隣で歩いているお姉さまがにやりとした表情を浮かべ、私の顔を覗き込んできた。

「ライブお疲れさま! 控え室であれだけ泣いてたのがウソみたいだったね」
「もう……お姉さまはいじわるです……人前であれほど泣いてしまったことは久しぶりで恥ずかしかったんですよ!」
「ごめんごめん。許して、ね?」

 怒っているように見えた私に謝るお姉さま。もちろんそれほど怒ってはいない。ただ蘇った恥ずかしい記憶をかき消すように大きな声が出てしまっただけ。許す許さないもない。だけれど。

「……2週間後の日曜日、私とで……お出かけしてくれたら許してあげます」

 今だけはちょっとだけ強気に出てみる。ズルいかもしれないけれど。今ならうんと言ってくれるから。

「もちろんいいよ! どこにするのかは……せっかくだしザイアの行きたいところに行こっか。楽しみだなー!」
「……当日までに調べておきます」
「エスキモー、来週のレースのこと忘れんなよ」
「大丈夫! レースはレース、お出かけはお出かけ。ちゃんと割り切って考えてるから」

 隣から注意されてもお姉さまは自信を持って切り返す。過信でもなく傲慢でもなく油断でもなく。お姉さまの瞳の先には勝利の2文字だけが浮かんでいるように見えた。

(お姉さまとお出かけ、お出かけ……ふふっ!)

─────
「いいんだな?」
「はい。悔いはありません」
「なら今週一週間は軽めのトレーニングだけ。来週からルージュと一緒にダービーに向けて仕上げていくぞ」
「はい!」


+ 第28話
 桜花賞翌日の朝、教室に向かうとクラスメイトからの祝福の嵐が私を包んだ。

「副委員長おめでとう!」
「テレビで見てたよ!」
「このクラスで3人目だよね、GⅠ勝ったの。すごいなあ」

 抱擁されたり頭を撫でられたり、祝福のされ方は人それぞれ。少し揉みくちゃにされはしたが、全員が純粋に私の勝利を称えてくれているから、特に拒むことはしなかった。

「わふ……皆さんありがとうございます。次のレースも勝利を飾れるよう努力してまいります」

 大勢のクラスメイトからの祝意に一礼し謝意を伝える。再び拍手が上がる中、私は自分の席に腰を落ち着かせ、ふぅと一息つく。すると今まで遠巻きで祝われているところを見ていたレインさんがゆっくりと微笑みながら近づいてきた。

「おめでとう、ザイア。ボクもテレビで見てたよ」
「ありがとうございます、レインさん。あのような走りを次もお見せできるよう全力を尽くします」
「頑張ってね。ボクも頑張るから」
「レインさんは皐月賞には出られないのですよね?」

 私の一言に顔が曇ったように見えたのも束の間、瞬時にいつも浮かべている温容な笑みに戻った。いや、これはむしろ……

「うん、次はダービーの予定。皐月賞は走れないけど、やっとエスキモーともルージュとも走れるところまできた……絶対負けない」

 蒼い瞳に火が灯る。友人とともに走れる喜び、ライバルを倒さんとする決意。その笑みは温容などという生ぬるいものではなく、触れるとやけどしてしまうぐつぐつと煮えたぎる闘志の表れに他ならなかった。

「おっと、オレがいないうちになに勝利宣言してんだ?」
「そうそう、私が勝つんだからね」

 その炎に引き寄せられるかのように集う強者たち。彼女たちの熱量の塊にこれまでの私なら一歩引いていたのかもしれない。ただ今の私はGⅠを制した誇りと自信に満ちあふれている。引きはしない。

(いつかは私も……!)

 まだ見ぬ未来へ意を決する。いつになるかは分からないけれど、相まみえるほどの実力を身につけられることを心に誓って。

─────
 その日の夜、お姉さまが部屋に戻られた頃、宿題を終わらせた私は携帯で調べ物をしていた。

「どしたの? そんなにやにやした顔して」
「ふへへ……いえ、お姉さまはお気になさらず……ふへ」
「これを気にしないのはちょっと無理かな。あっ、もしかして私とのお出かけの場所調べてくれてるの?」

 お姉さまは透視能力でもあるのだろうか。もしくは思考を読み取る能力の持ち主かもしれない。やはり天はお姉さまに二物も三物も与えている。神様はお姉さまの素晴らしさをよく理解されているのだろう、どこかでお礼を伝えたいものだ。

「おーい。ザイア、私の話聞いてる?」
「私がお姉さまの話を聞き漏らすことはありません!」
「返事はいいんだけどなあ……こうなったら隣に……ううん、こうしたら楽でいいかな」
「お、お姉さま!? 一体何を……!?」

 お姉さまは痺れを切らしたのか、ベッドに腰掛けている私のすぐ隣に一度座った。ただすぐに私の腰に腕を回したかと思うと……

「こっちの方が見やすいでしょ? あー、やっぱりザイアっていい香りするよね……」
「な、な、な……!」

 自身の膝の上に私を座らせ、その上携帯を覗き込むために私の肩に顎を乗せ……

「ほっぺたもスベスベだよね。ほんとにお人形さんみたい……あれ、ザイア?」
「ぷしゅぅ……」

 あまりの過剰接触に頭がオーバーヒートしてしまった私は、数十分間意識を飛ばしてしまうのでした。

─────
 そこから日が経ち木曜日の午後、皐月賞の出走者と枠順が同時に発表された。その結果は……

「よっしゃ! 最内枠ゲット!」
「私は大外かー。トレーナーと相談しなきゃ」

 有力視されている2人は真逆の枠に配されることとなった。最内の1枠1番にはルージュさん、大外の8枠18番にはお姉さま。もちろん枠だけで決まらないのがレースではあるのだけれど……

「ボクの姉さんも皐月賞は大外だったんだよね」
「確か2着でしたよね?」
「うん。今聞いても本人は枠は関係なかったって言うんだけど、関係ないことはなかったとボクは思う」

 スタートした直後にコーナーがある有馬記念や天皇賞(秋)とは異なり、中山レース場の芝2000mのコースは第1コーナーまでの距離が長い分、枠そのものの有利不利は少ないとトレーナーさんが前に言っていたことを思い出す。中には外枠が有利という話もあるけれど、私としてはやはりロスなく立ち回ることができる内枠を上に考えてしまう。

「ダービーも大外でしたよね?」
「ザイアすごいね。そうそう、あのレースも18番だったなあ……」

 レインさんはお姉さんのレースを懐かしむかのように目を閉じ、数度頷く。おそらく瞼の裏にはレースの映像が映し出されているのだろう。

「そういえばスプリングSすごいレースだったよね。テレビで観ててすごいなーって思っちゃった」
「おっ? 褒めて何か作戦でも聞き出そうってか? そう甘くねえっつーの」
「ちっ、バレたか……」

 そんな中肝心のレースに出る2人は緊張なんて素振りは全く見せずに腹の探り合いをしていた。2人とも全く口を割りそうにはなかったけれど。

「ま、本番をお楽しみにってこった。絶対お前には負けねえ」
「ふーん、返り討ちにしてあげるから覚悟しててよね」

 ただ火花はバチバチと散っていた。どちらかが仕掛けたら爆ぜる、それこそ併走でも始めかねない刹那。

 キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン

 休み時間が終わり先生が教室に入ってくる。2人とも席に戻るよう言われたから仕方なくといった雰囲気で一触即発の事態は避けられた。

「起立、礼。着席!」

 自身の席に戻ったお姉さまの合図で授業が始まる。本日最後の授業、これを乗り切ればお姉さまとのトレーニング……

(ふへへ……)

「それではダノンディザイアさん、ここの問題を……またか……」
「……いえ、問1ですね。そこは──」

 今日もまた日常が通り過ぎていく。痴態? 一体なんのことやら。

─────
 授業が終わり、お姉さまと2人揃って教室を出る。今日はトレーニング前にミーティングを行うとトレーナーさんからメッセージが届いていたから、更衣室で着替えるとコースではなくトレーナールームへと足を運んだ。

「ミーティングって週末のことだよね」

 部屋に入るやいなや、既に待っていたトレーナーさんに向けてお姉さまは今日の会合の意図を問う。トレーナーさんの答えはもちろんイエス。ソファに座るよう指示され2人並んで腰かけると、合わせるように向かいの椅子にトレーナーさんが腰を下ろした。

「大外枠に入ってしまったものは仕方ない。大事なのはその枠から勝つためにどうすればいいのか、それに尽きる」
「何かやらかしたせいでもないもんね。それでレースプランは考えてあるんだよね?」

 お姉さまの質問にこくりと頷き、手元のタブレット端末の画面をこちらに向ける。そこに書いてあったのは……

「中団、もしくはやや後方に位置取るスタンスは変えない。ただ大外枠である以上、スタートを決めたとしても内に入ったレース運びは難しい」
「一方で内を回りたいからっていって後ろに下げたら、届かなくなる可能性が高くなる……」

 いわゆる大外ぶん回しと呼ばれる戦法をトレーナーはお姉さまに提示した。進路を邪魔されないよう隊列の外を上がっていく立ち回り。シンプルで分かりやすい作戦ではあるけれど、デメリットとしてはやはり……

「ただ距離のロスは外を回った方が当然大きい。開催が進んでいるから内ラチ沿いが荒れて避けている子が多いといっても、その外を回る隊列のさらに外を回る羽目になるわけだからな」
「しかもルージュもいる。難しいレースになりそうかな」

 険しい顔の2人。そんな2人を私はただ見つめることしかできなくて。いい作戦を思いつけばお姉さまを助けられるのに、きっと喜んでくれるはずなのに。自分の知識の薄っぺらさを今日は恨む。それでもお姉さまは。

「もう、ザイアまで怖い顔しないの。あっ、そうだ。ザイアをぎゅっとしたら何かいいこと思いつくかも」
「えっ? お姉さま? 何を……わふぅ」
「何やってんだ……まあこれ以上頭捻り続けてもって感じだったけどさ」

 その場を和ませる術を知っていた。澱む空気を入れ替える魔法を、暗く落ち込んだ部屋を一瞬にして明るく照らす光を放つ呪文をお姉さまは知っていた。

「明日も明後日もレース当日もあるんだし、またゆっくり考えようよ」
「ああ、そうだな。レースにさえ間に合えばいいんだから」
「急いては事を仕損じると言いますからね。それでお姉さま」
「どうしたの、ザイア?」

 お姉さまの優しい声が聞こえる。私の耳をくすぐるかのような柔らかく心地よい声が。このままだと何か……変な感覚が……

「んっ……これからコースに行くんですよね? 離してもらえると助かるのですが……」
「えー! もうちょっとこのまま……はトレーナーが怖い顔してるからやめとくね。トレーニングに行こっか」
「ふぅ……はい、喜んで」

 なぜかトレーナーさんに変な目で見られている気がするけれど、おそらく気のせいだと思う。だって何も悪いことはしてないのだから。

 ──そして時は再び過ぎ去り日曜日。15時40分、決戦の幕が上がる。


+ 第29話
 皐月賞当日の昼過ぎ。既に勝負服に着替えたエスキモーは静かに集中力を高めていた──

「ちょっとお姉さま!? 首元で息を吸わないでください! んっ……吐息が……!」

 ──膝の上にザイアを抱いて。

「エスキモー」
「……あれ、どしたのトレーナー?」
「……それ以上はザイアが大変なことになるからストップな」

 流石にこれ以上はザイアがお嫁に行けなくなってしまいかねないから、彼女を解放するようエスキモーを促す。トレーナーのお願いだから仕方ないなといった雰囲気を醸し出しながら腕を離す彼女だが、顔が赤らみ息が荒れたザイアの様子は目に入っていないのだろうか?

「ふぅ……ふぅ……ありがとうございます、トレーナーさん……」
「礼には及ばないよ。それより解放してほしいならちゃんと伝えた方がいいぞ」
「これからはそうさせていただきます……」

 ザイアが息を整えたところで本題へと移る。今だけはエスキモーとザイアを引き離すように3人掛けの椅子にエスキモー・オレ・ザイアの順番で座り、レース前最後のブリーフィングを始める。

「作戦としては先日伝えたものと大枠は変わらない。スタートを決めて中団に取りつく。そこでできればバ群の中に入りたい。大外を回り続けるのはやっぱり距離ロスが大きいからな」
「外に壁を作るってことだよね。なら囲まれないようにだけ注意しないと」
「いつも理解が早くて助かる。そう、最後の800m、ちょうど3コーナーに入る辺りから仕掛けたいからその前には外に出しておきたい」

 そこからは外を駆け上がれば自ずと結果はついてくる。残るはルージュ対策だが……

「ルージュはおそらく後ろに下げるはず。君をマークするために」
「直線一気か捲りかの二択だよね……だけどずっと後ろをチラチラ見るわけにもいかないし……」
「どちらにせよ彼女が上がってくるコースを上手い具合に消したいところだな。たぶん今日も外を狙うだろうから……」

 まっすぐ走ってさえいれば接触しない限り基本的にはペナルティがないのがこのレース。もし斜行したとしても距離が離れていれば咎められることはあまりない。ただ狙ってするのは難しいが。

「……やっぱり私は正々堂々勝負したい。負けるのは嫌だけど、お互いに力を出しあえるレースにしたいな」

 そうだ、彼女はこういうウマ娘だった。あくまでサポートする立場のオレが変な頭の捻り方をしなくても、この子は自分で答えに辿りつける。ならオレのやるべきことは一つだけ。

「よし、なら走りたいように走ってこい!」
「うん!」

 彼女の背中を押す。ただそれだけ。

─────
『クラシック3冠第一関門、皐月賞。今出走者がコースへ姿を現します!』

 上空を見上げると青空に薄っすらと雲がかかっている。綿飴のような雲が一つ二つ、箒で掃いたような繊維状の雲もちらほらと見受けられる今日の空は、まさにこの季節を象徴する風景そのものだった。

「トレーナーさん」
「どうした、ザイア?」

 足の踏み場もないような人混みの中、離ればなれにならないようにと、さっきからオレの服の裾を握るザイア。そんな彼女が心配そうに声をかけてきた。

「大外枠で本当に大丈夫なのでしょうか? お姉さまならば問題ないと私も信じたいのですが……」

 慕う相手が負けるところは見たくない。この不安を消してほしい、そう懇願するかのような眼差しにオレは大丈夫だよと彼女の頭にそっと手を乗せる。

「あの子なら心配いらない。だって強いから」
「そう、ですよね……申し訳ありません、レース前にこのような心配事を言ってしまって」
「いいよ、これぐらい。担当の悩みを聞くのもトレーナーの仕事だから」

 オレはエスキモーだけのトレーナーじゃない。2人のトレーナーなんだから。

「ありがとうございます……それはそうと」
「それはそうと?」

 首を傾げるオレの手をザイアは優しく払いのける。

「いくら教え子とはいえ、気軽に女性の頭を触るのはいかがなものかと」
「……ごめん」

 そりゃそうだよなと反省したところでぼそっと彼女の口からこんなセリフが漏れた。

「お姉さまに見られたら怒られますよ……」
「そうだな……」

 本当に気をつけよう。今日の夕食から一品減らされる前に。

─────
『高らかに鳴り響いたファンファーレに続いて枠入りが進んでまいります。最内1枠1番に入るのはスプリングSを制した2番人気のメニュルージュ。ホープフルSの雪辱を狙います』

 ざわつく観客たちをよそに粛々と進んでいくゲート入り。少しごねるウマ娘もいたが、特段滞ることなくスムーズに17人がゲートに収まる。

『──そして最後は1番人気メジロエスキモー。無傷で1冠目を制することができるのか』

 一度大きく深呼吸をした彼女。落ち着いたところで係員に誘導され大外のゲートに入る。

『春空の下、己の“速さ”を証明するのは一体誰なのか! クラシック3冠第1戦皐月賞!』

 見守る全ての者が息を呑み──

『スタートしました!』

 ゲートが開く。2000m先のゴールだけを目指して。

『さあ大きな出遅れはなく、まずは18人が揃っていいスタートを切りました。注目の1番人気メジロエスキモーは外から中団を目指します。一方2番人気のメニュルージュは……最後方へと下げました!』

 大外から位置を取りにいったエスキモーに対し、最内という利を捨てるかのごとく思い切って一番後ろに下げたルージュ。観客たちは激しい先行争いを横目に見ながら、早くも2強の駆け引きに目を奪われている。

「ここまでは想定どおりですね。お姉さまも中団やや後ろですがバ群に入って外に壁を作ることができました」
「ああ。ルージュの動きも想定の範囲内だ。最初の3ハロンも……35秒、いや切ったかもしれない。平均より速い分後方待機のメリットは大きくなる。ただどこで動くのか……」

 なんといっても彼女のトレーナーはオレの元チーフ。見え見えの作戦で来ることはあり得ない。最後の最後で大外強襲か、エスキモーより先に捲って粘りこむか、はたして。

『──前半の1000mは59秒! やや速いペースでレースは後半戦に入りま……おっと!? ここで最後方に待機していたメニュルージュが上がっていったあ!』

「お姉さまより先に……!」
「やはりここで動いたか……!」

 ターフビジョンに映し出されるのは一人、また一人と交わして上がっていく栗毛のウマ娘。そのままエスキモーに並び、交わすのかと思われたが……

『3コーナーに入りバ群が徐々に凝縮されます……そしてここで来た来た! 今度はメジロエスキモーが外から上がっていったあ!』

「抑えた……? ここでですか?」

 バ群の外に出したエスキモーが寸分の狂いもないベストタイミングで上がっていく。ただオレたちはなぜか抑えた彼女から目が離せない。

「ここで抑える意味……あっ!?」
「トレーナーさん!?」

 3コーナーを過ぎ4コーナーへとバ群はひとかたまりとなって向かっていく。荒れた内ラチ沿いを数人分避けるように外を回る──

 ──ただ一人を除いて。

 気づいただろうか。追ってくるはずの彼女の影が一向に迫ってこない事実に。見つけただろうか、栗毛を揺らす彼女の姿を。目にしただろうか、彼女の獰猛な笑みを。

『内ラチ沿い! ただ一人猛然と脚を伸ばしてくるのはメニュルージュ! 17人が外を回る中、あざ笑うかのように内に突っ込んで先団を捉え……ここで交わしたあ!』

 今になってようやく気づく。なぜ彼女がスプリングSであれほど外を回したのか。不必要とまで思えた大外ぶん回し。それはきっと今日この日のための布石。『本番でも必ず外を回ってくる』と他の17人に思わせるためのブラフ。

「変なタイミングで控えたのはバ群の切れ間に入り込むため……律儀に外を回るバ群をまとめて交わしてトップスピードに乗りさえすれば……!」
「お姉さまっ……!」

 エスキモーは懸命に外から追い上げる。しかし残り150m。先頭まで4バ身。

『2番手から猛烈な勢いで追い込んでくるのはメジロエスキモー! 3バ身、2バ身、1バ身!』

 1番人気と2番人気の一騎打ち。観客のボルテージも最高潮を迎える。後続は遠い彼方。視界に映るのは2人のデッドヒート、ただそれだけ。

 さあ火花散るゴール前。勝ったのは──

『メニュルージュ、メニュルージュです! メジロエスキモーの猛追を振り切って、見事皐月の栄冠をその手に掲げました!』

─────
 スプリングSのあと、トレーナーとやった作戦会議で言われたことを思い出す。

『皐月賞本番は最内を突け。どの枠でも内から貫いてやれ』

 最初はじゃあ今まではなんだったんだよと思った。だってそれってこれまでのレース経験が活きないじゃねえかと、意味ねえじゃんと。

 オレは分からないこと、納得のいかないことはすぐに聞く。もやもやなんて抱えているのは気持ちが悪いから。悩むより聞いた方が解決するのが早いから。だからそのときもトレーナーに詰め寄った。

『スプリングSのアレはなんだったんだ。無駄に外回っただけじゃねえか』

 そのときレインの奴がオレとトレーナーの間で少しあたふたしていたことを覚えている。ただトレーナーはそんな中でもオレを諭すように滔々と語っていった。

『出し抜くためだよ、あの子、いやあの子たちを』
『出し抜く?』
『あの子たちはきっと君が今度も外を回ってくると考えている。流石に前走ほどはないとしても。オレがあの子たちの立場だったら、君のラストスパートを遅らせようと外で立ち回ると思う』

 分かったような分からないような。首を傾げるオレを見ながらトレーナーは話を続けた。

『ただでさえ皐月賞の時期は内ラチ沿いが荒れて外に回す子が増える。そんな中であの子が君の進路を塞ごうと立ち回ったら距離のロスは必然的に大きくなる』
『あー、理解した理解した。そういうことか。ごめんなトレーナー』
『分かってくれたならそれでいいよ。ただ荒れているということは走りにくいということ。そこを駆け抜けるには当然パワーが必要になる』

 そこでオレに見せてきたのは筋力強化と小回りを綺麗に回ることを主眼に置いたトレーニングメニューだった。坂路や基礎トレが中心になっているから、仮に練習風景を見られたところで違和感はない。立場上言うのも変だがよく練られているなと感じた。

『よっしゃ! なら早速今日からやっていくしかねえな! 頼んだぞトレーナー!』
『ああ、任せろ!』
『……』

 がっちりと握手を交わすオレたちをレインがなぜかじっと見ていた気がしたけど、たぶん気のせいだろう、たぶん。

 そしてトレーニングを重ね、作戦会議を続けて迎えた今日。結果は──

『メニュルージュ、メニュルージュです! メジロエスキモーの猛追を振り切って、見事皐月の栄冠をその手に掲げました!』

 「よっしゃああああああああああ!!!!!!!!!!」

 4コーナーで外に振るあいつを見て思わずガッツポーズしそうになった。ただ作戦が完璧に決まったのに、あいつはアタマ差まで迫ってきた。もしこの作戦を選んでいなければきっと……

「おめでとう、ルージュ。内から上がっていくの見てびっくりしちゃった」

 ゴールを通過して軽く流している途中、その彼女が右手を差し出してきた。その声で我に返ったオレはその求めに応じ握手を交わす。

「これで去年の借りは返した。次はダービーで正々堂々ぶち抜いてやる」
「次に勝つのは私だけどね」
「言ってろ」
「ルージュもね。じゃあ私先戻るから、またウイニングライブで」

 笑顔で手を振りながら帰っていくエスキモー。オレはあいつの背中を見送りながら、ゆっくりとスタンドに向けて駆けていく。観客席に近づくにつれて徐々に大きくなる歓声。雷鳴のように降り注ぐ祝福と喝采、割れんばかりの拍手を一身に受ける。初勝利のときでも初重賞勝ちのときにも味わうことができなかったこの鳥肌が立つ感覚。きっと、いや絶対生涯忘れることはないだろう。

「ダービーも勝つ!!!」

 高らかな宣言とともに天に掲げる2本の指。それを見たスタンドがさらに沸き立つのを満足げに見ながらオレはコースを後にする。

「おめでとう、ルージュ。作戦通りだったな」
「ルージュおめでとう。でも次はボクが勝つから」

 そこでオレを待っていたのはトレーナーとレイン。

「トレーナーもレインもありがとな。ただ レイン、次もオレが勝つから」
「いやいや」
「いやいやいや」
「はいはい2人とも早く戻るぞ」

 トレーナーは早くもダービーに向けて火花を散らすオレたちの間に入り、帰りを促す。オレはまだまだ続けてもよかったんだが、レインの奴が素直に引き下がるものだから仕方なく矛を収めて2人の後に続く。ただ。

「レイン、トレーナーと距離近くね?」
「そうかな? ルージュの気のせいだと思うけど」
「そうか……まあ2人で喋ってるとこあんまジロジロと見てねえからかもな……」

 頭の隅にわずかに浮かぶ違和感。ただそれはこのあとのウイニングライブについて考え始めるとすぐに雲散霧消してしまった。

─────
「お姉さま……」

 控え室に戻ってきたエスキモーを見て、ザイアは赤みがかった瞳に涙を湛える。アタマ差2着。わずかな差ながら初めて敗北を喫した彼女の姿に言葉を続けることができない。ただ肝心の彼女は対照的に饒舌だった。

「ルージュ凄かったね。最後尾まで下げるのは想定内だったけど、4コーナーを内ラチに這うぐらい綺麗に回ってくるとは考えてなかったな。完敗完敗。ほら、ザイアも泣きそうな顔しないで。次勝てばいいんだから、ね?」

 ザイアの頭をポンポンと軽く叩く彼女を見て頭の上に疑問符が浮かぶ。なぜそんなに悔しそうじゃないのか。もっと地団駄を踏んでも、オレに話が違うと当たってもおかしくないのに。

「どうしたの、トレーナー? 何か変なものでも食べちゃった?」
「い、いやそうじゃないけど……もっと君が悔しがるのかと思っていたから」
「悔しいことは悔しいけど、あそこまで裏かかれちゃったら逆にすっきりしない? しかも完全に出し抜かれてもあそこまで迫れたんだったら、次こそはってやる気出るし」

 強いなこの子は、と改めて思う。あの“夢”を経験した故か、精神は同年代より頭一つか二つ抜けているのは分かっていたけど、ここまで達観しているとは。

(いや、違う。達観じゃない。だって“夢”のときも皐月賞は……)

 そう、あのときも僅差の2着に敗れていた。もしかすると一度経験していたからこそなのか。

「トレーナー? 私の顔じーっと見てどうしたの? もしかして見惚れちゃった?」
「ダービーに向けてどうしようか考えていただけだよ」

 ちぇっと残念がる彼女を見ながら思考を巡らせる。次のダービーはルージュだけじゃなくてレインも出てくる。強敵が増える。2人に勝つために何がオレにできるのか。ザイアのオークスと同時並行で進めないといけない難題にオレは頭を痛める。

 まあそれはそうと。

(見惚れるなんて何を今更なんだよな。ザイアがいるここでは口にしないけど)

 家に帰ったらフォローしよう。そう決意して再び彼女の瞳を見つめる。

「ウイニングライブ、頑張れよ」
「もちろん! 当たり前でしょ!」


+ 第30話
 お姉さまの皐月賞から2週間ほど経過したとある日の放課後、私たち3人はとあるスポーツ紙の取材を受けていた。

「まずダノンディザイアさんからお伺いします。先日の桜花賞勝利おめでとうございます」
「ありがとうございます。日頃のトレーニングの成果を十二分に発揮することができた故の勝利でした」
「見事な逃げ切り勝ちでした。まさに作戦通り、といったものでしょうか?」

 トレーナーさんに視線を送ると、彼は任せると言うようにこくりと頷いた。私もそれに頷き返すと、記者の方に向き直り語り始める。

「どのような戦術を行う予定だったかは今後のために差し控えますが、おおむね想定通りの展開であったことは事実です」
「なるほど。すなわち最後のスカイピーチさんの追い上げも想定の範囲内だったと」
「ええ。ゴール前は少々焦りを覚えましたが、からくも振り切ることが叶ったのは僥倖でした」

 私の返答に記者の方はふんふんと鼻息を荒くしながらメモをまとめていく。そこから桜花賞についていくつか質問を受け、話は次走のオークスへと移っていった。

「次は距離が一気に800m延長となります。道中の流れやペース配分、そして求められるスタミナが大きく変わりますが、自信の方はいかかでしょう?」
「桜花賞後すぐにオークスへ向けての研究や勝利を掴むために必要な箇所の強化に取り組んでおります。明日走れと言われると多少苦慮する可能性はありますが、レースまで2週間と少々ありますので、自信を持って臨むことになるかと存じます」
「桜の女王は胸を張って挑戦者を迎え撃つ、と……これはいい記事が書けそう! あっ、すいません。次の質問ですが──」

 驕りでも自惚れでも思い上がりでも虚栄心でもない。語るのは事実と結果のみ。それらを組み合わせることで自ずと自信や誇りが強くなっていく。

「ダノンディザイアさんありがとうございました! 続いては前走の皐月賞は惜しくも2着でしたメジロエスキモーさん。前走を振り返ってもらえますか?」

 私への取材が終わり、次はお姉さまの番に移る。ただトレーナールームのソファに私・トレーナーさん・お姉さまの順に3人横並びで座っている関係で顔が見えづらい。

(かといってトレーナーさんも最後に私たち2人のトレーナーとして取材を受けるわけですから、席を入れ替えてもらうわけにもいかないですし……)

 悩んだ結果、前に屈んで凛々しく麗しいお姉さまの顔を覗き込む。すらすらと流暢な受け答え、時には冗談を交えつつ質問を受ける様子は流石だった。ジュニア級の頃から取材を受けていただけあると改めて感心する。

「続いて読者からの質問です。『いつも応援しています。質問なのですが、エスキモーさんはいつも落ち着いてレースに臨まれていますよね。大事な場面でリラックスするためのコツなどありますか?』とのことですが、エスキモーさんどうですか?」
「リラックスするコツ、ですか……」

 お姉さまはそのとき初めて考え込むような仕草を見せた。それほど悩む質問だったかと首を捻っていると、なぜかお姉さまが私の方をちらりと見やりウインクをした。こちらを見た理由も私へウインクをした理由も分からず、余計に首を傾げていると、お姉さまが記者の方へ向き直り質問に答え始めた。

「普段は夜寝るときに抱き枕を抱きしめて眠ることでストレスを溜めることなく次の日を迎えることができてます。レース前とかは深呼吸したり、少し大きめのぬいぐるみを抱いたりして緊張をほぐしています」

 抱き枕……ぬいぐるみ……それってもしかして……

「なるほど、普段から平常心でいることが大舞台での活躍に繋がっているということですね……ダノンディザイアさん? 頭を抱えられてどうされました?」
「い、いえなんでも。こちらは気にせず続けていただいて結構です」

 記者の方の心配をいなしつつも頭を少し押さえる。なるほど、先ほどこちらを見た理由はそういうことだったのか。

(毎晩私を抱き枕代わりにして眠り、レース前は私をぬいぐるみ代わりにリラックスする……このようなことを公にしてしまえば界隈は盛り上がるかもしれませんが、少し面倒になることは必然……)

 もしかすると記事が掲載されてからファンレターと合わせてぬいぐるみや某ソファやクッションで有名なブランドのギフトカードがお姉さまへ贈られてくるかもしれない。そんなことを考えながらお姉さまの取材を横で静かに聞いていた。

「それでは最後にそんな2人を支えるトレーナーさんにいくつか質問です」
「はい」
「まだ独立して間もないと伺いましたが、いきなり2人を担当することになり、不安や悩みはありませんでしたか?」
「なかったと言えば嘘になってしまいますが、エスキモーはいい意味で年不相応で落ち着いていますし、ザイアもしっかりしている子なので大丈夫です。もちろん2人分のトレーニングメニューやローテーション、レース分析は大変ですが、投げ出したくなったりしんどいと思ったことは一度もありません」

 淀みなく答えるトレーナーさんの凛々しい横顔を見て思う。もしお姉さまに出会わなかったら。もし彼に困ったところを助けられていたら。もし彼にスカウトされて専属で担当してもらっていたら。きっと、たぶん。

(慕う相手がお姉さまではなくトレーナーさんだったかもしれませんね)

 そんなありえない世界線を夢想しながら、滔々と質問に答える彼を見つめていた……たまにお姉さまと視線が合いながら。

「長い時間ありがとうございました! 初稿が出来上がりましたらまた連絡を……あっ、そういえば連絡先聞いていませんでしたね」
「では名刺お渡ししますね。メールでもメッセージでも結構ですから、いつでもお待ちしています」
「あっ、ありがとうございます! またよかったら次の取材も、なんて……」
「もちろんいいですよ。アポを取ってもらえればお受けします」
「ほ、本当ですか! ではまた連絡しますね! それでは失礼します!」

─────
 記者の方を部屋の入口で見送って扉を閉める。3人とも小さく息を吐いたところでおもむろにお姉さまが口を開いた……なぜか満面の笑みでトレーナーさんに向かって。

「ねえ、トレーナー?」
「どうしたエスキモー。そんなニッコニコな顔で」
「記者の人美人だったよねー。若くて綺麗な大人の女性って感じでさー」
「そ、そうだな?」

 なぜか私まで寒気がする。5月に入ってそろそろ暖かくなってきたはずなのに、この部屋だけ真冬に逆戻りしたかのごとく。

「でも私気づいちゃったんだよね」
「な、なにを……?」

 笑顔、笑顔、満面の笑顔。ただそこに「喜び」の感情はなく。ただそこにあるのは。

「最後の方さ、記者の人、なんだか顔赤かった気がするんだよね」
「そ、そうだったか? オレは気づかなかったけど、よく見てたんだな?」
「うん、見てたよ。トレーナーが名刺を渡したときにちょっと指が触れてもっと赤くなったところも」

 早くこの場を離れないといけない。巻き込まれてしまう。逃げなきゃ。でも足を動かそうとしても、まるで凍りついたかのようにびくともしない。

 静かなピコンと小さな音が鳴る。3人が一斉に自身の携帯の画面を見る。結果としては私宛てではなく、お姉さま宛てでもなく。すると必然的に答えは1つに収束する。

「ねえ、トレーナー」

 ああ。

「今の通知、誰から?」

 これは駄目だ。

「見せて?」

 トレーナーさんはお姉さまの威圧感に逆らえない。自身の携帯を差し出し天を仰ぐ。

「『今日はありがとうございました! 今度ご飯でも一緒に行きませんか? 美味しいお店知ってるんです』だって。ねえ」
「……」
「行くの?」

 お姉さまと出会って約1年、お姉さまを怖いと思ったことは今まで一度もなかった。お姉さまから離れたいと思ったことも一度もなかった。ただ、今は逃げ出したかった。

「そっか! 私たちも一緒に行っていいよね? ね、ザイアも来るでしょ?」
「お、お姉さまのお誘いなら……」
「じゃあ決まり! トレーナーもそう返しておいてね?」

 さっきの変わらない笑みをその顔に湛えながらトレーナーさんに問う。答えは当然──

「わ、分かった」
「どんなお店なのかな? 今から楽しみ!」

 おそらく危難が去ったのだろう。体を押さえつける重く苦しい空気はもうない。今日はトレーニングもない。トレーナーさんには悪いけれど、今のうちにこの部屋を立ち去ることにする。

「それでは私はこの辺りで失礼します。また明日よろしくお願いします」

 廊下に出てトレーナールームが見えなくなった辺りで大きく息を吐く。

(お姉さまを怒らせないようにしなければ……)

 そう胸に誓い、私は寮への帰路を急いだ。

─────
 ザイアが先に帰り部屋にはオレとエスキモーの2人だけが残された。ザイアが部屋を出ていくまではニコニコと笑顔を浮かべていたが、彼女の気配が遠ざかったのを確認するやいなや、今度は怒った顔でオレを詰めてきた。

「トレーナー! ほんとに分かってる?」
「大丈夫だって! 君を置いてご飯なんて行くわけないだろ?」
「ほんとにほんと?」
「君に嘘なんてつかないよ。信じてくれ」

 インタビューでは彼女のことを落ち着いていると答えたが、こういうところは子どもっぽい。いや、子どもっぽいというより嫉妬深いと言う方が正確かもしれない。

「証拠、見せて。そうしないと今日晩ごはん作ってあげないから」

 まさにつーんという言葉が似合う態度でそっぽを向く彼女。オレは頭を掻きながら彼女に聞こえないぐらい小さなため息をつく。こうなったとき、彼女が機嫌を取り戻す言葉は1つしかない。

「エスキモー、こっち向いて」
「……なに」

 彼女の両肩に手を置き、まっすぐ瞳を見つめ、告げる。

「君のことが一番好きだよ。これじゃ証拠にならないかな?」

 互いに大人で何の制約もないなら、言葉だけではなくもっと手段は取れただろう。だけど今は言葉だけで伝えるしかない。でも君はきっと。

「……分かった。トレーナーのこと信じるからね」

 首を縦に振ってくれる。だってこの気持ちは本物なのだから。

「……それじゃ晩ごはんの食材買いに行こっか。今日何食べたい?」
「うーん……君が作る物ならなんでもいいんだけどな」
「もう! なんでもいいっていうのが一番困るの! ふふっ」

 彼女は笑う。瞳に夢を浮かべて。その脚に希望を携えて。ともに明日へ。

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