登録日:2023/04/01 Sat 00:00:00
更新日:2023/04/30 Sun 13:20:34
所要時間:約 10分で読めます
一期一会という言葉があります。いい言葉です。
旅の楽しさは人との出会いです。
しかし、出会ったことを後悔する人間もたまにはいます。
バスや列車や飛行機の中で、たまたま隣に座った人物が例えば、
黒い服を着ていて、襟足の長い人物だったりしたらその旅は最悪です。
特に…あなたが犯罪者の場合は。
『ニューヨークでの出来事』とは『
古畑任三郎』のエピソードの1つ。
第2シーズン最終話。初回放送は1996年3月13日。
この2週間後にいかにも最終話的なスペシャル回が放送されたので微妙に最終話感がない。
本作はミステリーにおける所謂、『安楽椅子探偵』形式をとっているのが特徴。
事件自体は既に過去のもので裁判も無罪判決が出ているため、古畑ではお約束の倒叙形式による犯行シーンはおろか当時の状況を示す回想シーンや犯人の逮捕も一切ない、純粋に二人の会話劇のみで描かれた異色のストーリーになっている。
※以下ネタバレが含まれますのでご注意ください。
ストーリー
小石川ちなみの招待で
アメリカのアトランタを訪れていた古畑と今泉はその帰途、ニューヨークに向かう夜行バスの中で同じ日本人であるのり子・ケンドールと知り合う。3人で過ごしているうちに古畑たちが刑事と知ったのり子は、「人を殺して完全犯罪を成し遂げた女性」の話をして、バスがニューヨークに着くまでに古畑が事件の真相に辿り着けるかのゲームを提案する。
のり子の刺激的な挑戦を古畑は受けて立つのだった。
登場人物
【ゲスト】
演:鈴木保奈美
アメリカに住んで12年になり、リッチモンドに住む友人を訪ねた帰りの夜行バスで古畑たちと知り合う。車内でもサングラスをしており、当初は急に話しかけてきた古畑たちを警戒していたが話しているうちに打ち解けていった。古畑たちが刑事と知ると、ニューヨークに着くまでの暇つぶしとして、「自分の友達」が成し遂げた完全犯罪の謎解きを古畑に持ち掛ける。作中では古畑たちには「鵜飼」としか名乗っておらず、エンディングのクレジットで初めて本名が判明する。
演:Yvette Mercedes
同じバスに乗り合わせた国際線の客室乗務員である黒人女性。寝ていたところにうっかり
コーヒーを零して衣服を拭こうとした今泉を痴漢と間違えて引っぱたいたり、足元に落ちた
トランプを拾おうとした今泉をやはり痴漢と間違えて引っぱたいたり、マスタードをぶっかけられたりと最初は険悪な仲だったたが、サービスエリアで今泉のマジックを見せられてから仲良くなり、車中で寄り添って寝ていたりニューヨークに着いた後は別れを惜しんでハグするほど親密になっていた。
シリーズ全体を通して今泉と親しくなって犠牲者にならなかった唯一の女性。
【レギュラー】
演:田村正和
今泉がのり子に話しかけたことに便乗して、ちゃっかり彼女の隣に座り親しくなる。今まで解決してきた事件のことに触れ、「世の中に解けない謎なんか無い。人間が作った謎を同じ人間が解けなくてどうする。」と自信を持って語ったことで、のり子からの挑戦を受けることになった。
演:西村雅彦
のり子が自分たちと同じ日本人と気づき積極的に話しかけるが、古畑がのり子の話し相手に収まったためハブられてしまう。古畑には袖にされ、同じバスの乗客のジョアンナには何かと誤解され引っぱたかれたりするなど散々な目に会っているが、最終的にジョアンナと仲良くなりニューヨークに着く頃にはハグして別れを惜しむほど親しくなっていた。
『
死者からの伝言』の犯人。第2シーズンでは逮捕後のちなみの動向が随所で語られており、
裁判で無罪になった後はアメリカに渡り、結婚して平穏な生活を送っている。
古畑の話題の中のみで直接登場はしないが、今作の古畑と今泉はちなみに招待されアトランタに住む彼女を訪ねた帰りだった。
【劇中の用語とヒント】
のり子が語る完全犯罪を成し遂げた女性。名前は事件の概要を説明する際にのり子が適当につけた仮名。被害者である男性作家の妻で、大学を出た後は出版社に勤めていた。
今から6年前に男性作家を毒殺した容疑で逮捕されたが、動機と殺害方法が争点になり最終的に裁判で無罪になった。
恋愛小説家。アメリカ人にしては小柄で、よい子より背が低かったが小説のポートレートには大男に見えるような写真を使っていた。未完成の原稿は誰にも見せず金庫に仕舞っており、完成した原稿には必ずエピローグを入れるのがお決まりで、それが裁判の争点になっている。レディーファーストの精神をもつが、猜疑心が強く用心深い性格だった模様。
後の描写で、この男性作家はのり子の夫の「ネルソン・ケンドール」である事が判明する。
事件当時、被害者と妻のよい子が食べていた和菓子。解剖所見では殺虫剤のオキサミルはこの和菓子の中の餡に混入していた可能性が高いと思われていたが…。
- 『CADBURY IN THE TWILIGHT(カドベリー・イン・ザ・トワイライト)』
被害者である男性作家の遺作となった小説。主人公とカドベリーに住む未亡人との不倫を描いたものだが、作者の男性が妻に隠して10年に渡り未亡人と不倫していた実話に基づいて書かれている。作者の死後に発表され、純愛小説のバイブルと呼ばれるほど大ヒットしている。事件現場にあった原稿にはエピローグが入っておらず、それが裁判の争点になっている。
以下、事件の展開。ネタバレにご注意ください
事件当時の様子
のり子が語った事件当時の様子は以下の通り。
その日は夫は書斎に、キッチンには家政婦がいて得意料理のローストビーフを焼いていた。よい子は夫の小説のファンである友人を家に招き、居間で夫の書く小説や夫の容姿についての話をしていた。夫がよい子より背が低いことを信じなかった友人は、夫の姿を一目見ようと帰ったふりをして庭に潜んでいた。書斎から戻った夫とよい子がコーヒーを飲み和菓子を食べていると、夫が突然苦しみだし倒れるが、その一部始終を庭から友人が目撃していた。
夫はその日のうちに死亡し、司法解剖で殺虫剤のオキサミルによる中毒死と判明した。夫が最後に口にしたのがよい子が出した和菓子だったため、毒は和菓子の餡の中に入っていた可能性が高いとして、真っ先によい子が疑われ逮捕された。
裁判の争点
争点① 動機について
検察側は「不倫小説の原稿を読んだよい子が逆上して被害者を殺害した」と主張。
一方弁護側は「被害者は完成した原稿にエピローグを必ず入れており、原稿が完成するまでは誰にも見せないように書斎の金庫の中に仕舞っていた。書斎で発見された原稿にはエピローグが入っておらず未完成だったと思われるため、当然妻のよい子も読んでいなかった。」と主張。
争点② 殺害方法について
庭から一部始終を目撃していた友人は、「夫は受け取った和菓子を半分に割って、片方をよい子に渡した」と証言した。弁護側は「和菓子の餡の中に毒が入っていたとしたら夫の食べた方に固まっていたことになるが、半分に割って渡したのは夫なので、よい子が犯人だとすれば自分が死ぬかもしれない方法を取るとは思えない。」と主張した。
友人の証言が決め手になりよい子には無罪判決が下され、夫は自殺ということで処理された。
古畑とのり子の問答
事件の概要を聞いた古畑は、よい子は夫の不倫ことを知っていたのではないかと尋ねる。
古畑が引っかかったのは、よい子は友人に何故夫の写真を見せなかったのかということだった。夫の姿を確認するだけなら二人が写っている写真を見せるだけで済む。それができなかったのは、例えば前日に不倫のことで喧嘩になり、その際に二人の写真が入った写真立てが壊されたからではないかと推理する。
それを聞いたのり子は笑いながら大外れと言い、「よい子は写真嫌いだから家には写真が無かった」と説明する。
次に古畑は和菓子とは具体的に何だったのか質問すると、のり子は「今川焼き」と答えた。どこでそれを手に入れたかという質問には、「よい子が午前中、街に買い物に出た際にタクシー乗り場で出会った日本人女性に1個だけもらった」と説明する。
その女性のことを警察も探したが結局誰だか分からなかったという説明に納得がいかなかった古畑は、どんな女性だったかのり子に質問すると「特徴は無いが感じの良いおばさんだった」との答えが、何故日本人と分かったのかという質問には「着物を着ていた」との答えが返って来る。
もらった今川焼きは冷めていただろうから食べる時どうしたのか古畑が質問すると、「オーブンで温めた」とのり子は答える。
バスがサービスエリアに着くと、古畑たちは一時下車して気分転換にカフェに入る。今泉がジョアンナにマジックを披露して盛り上がっている姿を見ていると、後からサングラスを着けたのり子が店に入ってくる。周囲の視線を気にして緊張した面持ちの彼女を古畑は招き寄せ、二人分のコーヒーを注文する。そこにジョアンナと仲良くなった今泉がやってきて、注文したホットドックを分け、大きい方をジョアンナに渡した今泉の姿を見て、古畑はあることに気がつく。
どうやらニューヨークに着く前に謎は解けそうです。
『彼女』は…いや、『彼女のお友達』はどうやってご主人を毒殺したのか?
キーワードは、「今川焼き」「ローストビーフ」、そして「感じの良いおばさんは本当にいたのか?」
古畑任三郎でした。
以下、事件の真相。さらなるネタバレにご注意ください
解決編
古畑はのり子が嘘をついていたことを指摘し、事件の推理を始める。
まず気になったのは「今川焼きをくれた感じの良い日本人女性」の件だった。
古畑がその女性の特徴を尋ねた時、のり子は「特徴は無いが感じの良い人だった」と答え、次に古畑が日本人と分かった理由を尋ねた時は「着物を着ていたから」と答えた。
「ニューヨークのタクシー乗り場で着物を来た女性」、これ以上ない特徴なのに何故それを最初に言わなかったのか?それで古畑はのり子の一連の話が嘘だと直感した。つまり、「感じのいいおばさん」など、最初から存在しなかった。
古畑は「一度犯罪を犯した人間は、吐かなくてもいい嘘を吐くようになる」と持論を語り、のり子が吐いた嘘の裏には重大な秘密があると睨んでいた。
次に犯行に使われたのは本当に「今川焼き」だったのか、それを確かめるため古畑はのり子にカマをかけていた。冷めた今川焼きをどうしたのか尋ねたら、のり子は「オーブンで温めた」と答えたが、オーブンは家政婦がローストビーフを焼いていたとのり子が事前に話していたため、新たな嘘が露見する。のり子はトースターのことだと咄嗟に言い訳するが、古畑は今川焼きは分厚すぎてトースターに入らないと即座に否定し、和菓子は「たい焼き」だったと看破する。
今川焼きとたい焼きの大きな違いは前後の有無。一度でもたい焼きを食べたことがある人なら尻尾より頭の部分により多く餡が入っていることを知っているため、レディーファーストの国であるアメリカ人の夫なら必ず頭の部分を妻に渡すと踏んで、尻尾の部分だけに毒物を仕込んだと古畑は推理する。当時捜査にあたったアメリカの警察も、魚の形をした日本特有の和菓子の存在など知らず、食べてしまえば成分は今川焼きと一緒なので気づけなかった。そもそも、たい焼きや今川焼きを知っているアメリカ在住のアメリカ人などそうはいないと思われるため、気づくのはほぼ不可能だっただろう。
こうして古畑は『彼女』の完全犯罪を解明した。
しかし、彼女はすべて計算尽くで人を殺せるほど冷徹な人間ではなかった。不倫の事実を知り大喧嘩になった翌日、彼女からたい焼きを渡された夫は何かされるではと疑って彼女に先に食べさせて毒見をさせた。彼女はそれを逆手に取り、自分が先に頭の部分を食べて安心させることで夫を毒殺することに成功したが、初めから捕まって罰を受ける覚悟はできていた。
しかし、幸か不幸か友人が庭から一部始終を見ていたことで裁判では無罪になってしまい、もう誰も彼女を裁くことも罰することもできなくなった。
これも運命と受け入れようとしたが、それは間違っていたことに気づく。彼女はこれ以上ない大きな罰を受けることになった。
夫の死後に出版された小説はベストセラーになり純愛小説のバイブルとまで呼ばれ、出版社の人によれば向こう10年は売れ続けると言われている。
「どんな気持ちか分かります?『私』、夫の不倫の本の印税で生き延びているんです。見たでしょう?私はどこへ行ったって笑いもの。そして本の中では夫は永久に愛人と愛を語り合ってるんです。こんな罰があるかしら…こんなことなら、あなたに事件を担当してほしかったわ。」
「…完全犯罪なんてするもんじゃありません。『彼女』にお会いになったら、そう伝えてあげてください。」
そう言って古畑は静かに微笑む。のり子はいつの間にか白み始めていた空をずっと見つめていた。
夜が明けバスはニューヨークに到着した。
別れ際、のり子は古畑を一瞥した後、サングラスを外し誰に向けるでもない微笑みを浮かべながら雑踏の中に消えていく。
古畑はその後ろ姿を静かに見送るのだった。
【余談】
- 本作はのり子と小石川ちなみの対比が裏のストーリーになっている。二人とも自分を裏切った男を殺害したのは共通しているが、古畑と出会い犯罪を暴かれたが、無罪判決後はアメリカに渡り平穏な生活を手に入れたちなみ、対して古畑と出会わなかったために完全犯罪が成立してしまい、同じアメリカで贖罪の日々を送り続けることになったのり子、といった感じで二人がその後に辿った人生は正反対なものになっている。
- のり子が事件の話をするにあたり咄嗟に出した「よいこちゃん」は、当時のりこ役の鈴木保奈美氏が出演していた日本国際通信のCMに登場する女性「零々四一子(ぜろぜろ よいこ)」が元ネタ。ちなみに同CMには田村正和氏も出演しており、「零々四一(ぜろぜろ よいち)」というダンディーな男性を演じている。
追記・修正は今川焼きかたい焼きを食べてからお願いします。
- 不倫の話が純愛ものと受け入れられ、それがベストセラーになるってどう書いたらそこまでウケるんだろうな?日本でいえば失楽園みたいな感じだろうか…?あれはどちらかというと退廃の美って感じだが -- 名無しさん (2023-04-01 06:21:36)
- 妻が財産目当てで、愛してもないのに離婚認めないとかそんな感じじゃないかな。いや、実際の夫婦生活がどうかでなく、小説内の設定として。 -- 名無しさん (2023-04-01 06:59:19)
- 他の項目のようにタグは着けないんですか? -- 名無しさん (2023-04-01 07:17:19)
- 古畑項目増えてるなぁ。 -- 名無しさん (2023-04-01 10:38:52)
- ↑私は囲碁棋士夫婦の事件の項目を待ち続けている -- 名無しさん (2023-04-01 15:24:20)
- 割と最近まで、「もう少しご一緒しませんか?って古畑の誘いを断る悲しいエンディング」だと思ってたけど、古畑に罪を告白したことで少し前向きに生きられるようになったポジティブなエンドだったんだね。 -- 名無しさん (2023-04-01 16:07:26)
- ↑2ゲームの達人、頭でっかちの殺人、若旦那の犯罪を希望。 -- 名無しさん (2023-04-01 20:50:51)
- 最後のシーンにはテロで破壊される前のワールドトレードセンターのツインタワービルが映っている -- 名無しさん (2023-04-01 20:51:46)
- ↑8小説が不倫相手の未亡人主人公で書かれているのかも -- 名無しさん (2023-04-02 00:09:36)
- 表向きには「夫は不倫の小説を執筆したあと、妻の前で自殺した。毒は妻と分け合ったお菓子の中の自分の方だけに入れていた。妻には無毒の方を渡した。」 という作者の事実が広まっているから、妻の前で自らけじめをつけたことが単なる不倫ではなく純愛(もとい殉愛)と捉えられたのかもしれない。妻が日本人だからサムライ的な決着の付け方だ的な解釈になったりして -- 名無しさん (2023-04-02 09:44:08)
- この項目待っていたから嬉しい!立ててくれた人ありがとう!最後に古畑がのり子にかけた言葉が特に好きな回。 -- 名無しさん (2023-04-02 11:51:33)
- ↑2 なるほど。世間的には自殺=愛に殉じた存在として認識されているわけか。一方で妻=のり子は夫を(真相とは違う意味で)死に追いやった存在と認識されて白い目で見られているわけか… -- 名無しさん (2023-04-07 00:52:39)
- ↑最期に妻と菓子を分けたことで(不倫はしていても)妻との夫婦関係は最期まで壊さなかった、妻に無毒の菓子を渡したことが「妻のことは憎んでない」というメッセージと解釈されたのもありそう。あと劇中時系列的には「小説家が妻に殺された?!→自殺だった!」という展開も事件と裁判が実質宣伝となって出版直後から馬鹿売れしただろう状況も色々追い風になったのだろう -- 名無しさん (2023-04-07 05:16:18)
- 不倫をテーマにした作品だけどロマンスの傑作みたいな扱いを受けてる「マディソン郡の橋」みたいな作品もあるから… -- 名無しさん (2023-04-08 12:03:23)
- 今泉がジョアンナに見せたマジックは「魔術師の選択」で披露されたもの、ちなみに「VSクイズ王」で出されたクイズ?も披露している。 -- 名無しさん (2023-04-11 22:59:18)
- 完全犯罪を目論んだけど看破され、でも無罪判決を受けたちなみ。 -- 名無しさん (2023-04-13 18:10:05)
- 「捕まってもいい」と思っていたけど完全犯罪になってしまったのり子。対極的だなあ -- 名無しさん (2023-04-13 18:11:05)
- アメリカでたい焼きをどうやって入手したんだろう。あの当時自宅で作れるたい焼きメーカーなんてまだ無さそうだが -- 名無しさん (2023-04-30 13:20:34)
最終更新:2023年04月30日 13:20