- ブローニング追加。正宗がいるので銃関係者が欲しくなりました -- このページの作者
- ラリベラ エチオピアの王 神の啓示を受けラリベラ寺院群を建設(彫刻?)したとされる --
- 科学者の項で名前のあがった郭守敬追加。ラリベラは…ここと預言者のどっちがいいか少し考えさせてください -- このページの作者
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建築家は技術者以外の枠に入りそうな人が多いが何人か。
ケルシプロン(前5C):クレタの建築家。初期イオニア式建築の代表であるアルテミス神殿をリディアのクロイソス王の原型をもとに息子メタゲネスと共に設計建築した。「見よ、オリンポスを別にすれば、かつて日の下にこれほどのものはなかった」(世界七不思議リストの編纂者アンティパトレス)
カリクラテス(前5C後半):古代ギリシアのドーリア式建築最盛期の建築家。アクロポリスのアテナ・ニケ神殿ほか多くの公共建築を手がけ、イクティノスを助けてパルテノンの造営にも携わった。「その見事さにおいては当時でさえ古めかしかった。しかし、同時にその新鮮な活力において、今日でさえ真新しく建設されたばかりの如くである」(プルタルコス)
アッピウス・クラウディウス・カエクス(前340 - 前273):古代ローマの政治家。ローマ街道の最初であるアッピア街道、ローマ初の上水道であるアッピア水道を建設した。「全ての道はローマに通ず」(格言)
ウィトルウィウス(前80もしくは70 - 前25):ローマ帝国初期に活動した建築家・建築理論家。最古の建築理論書「建築十書(建築について)」を著した。「あらゆる建造空間は原始的な小屋から出発する」
ハドリアヌス帝(76 - 138):ローマ帝国五賢帝の3人目。帝国各地をあまねく視察して帝国の現状把握に努め、現実的判断に基づく国境安定化路線へと転換した。建築家皇帝としても知られ自らの設計によりコリント式建築の代表であるパンテオンを再建した。「歩き回り、そして魅力的な、小さな魂 身体の中にいる客と仲間 どこへ出発するのだろうか 暗く、冷たくそして曇った 冗談を言うことも全て終わる…」
イシドロス(6C、叔父と甥の2人):東ローマ帝国の建築家。叔父ミレトスのイシドロスはビザンツ建築でもっとも有名なアヤソフィア(ハギア・ソフィア大聖堂)の建築家として知られる。甥の小イシドロスはそのドームを再建した。「ソロモンよ、余は汝に勝てり!」(コンスタンティヌス帝)
ロベール・ド・リュザルシュ(12C末-13C初):フランスの建築家でフィリップ2世に仕えた。フランスゴシック様式で最も洗練されたアミアン大聖堂の建築家を務めた。「よく晴れ上がった一日・・・私が着いたのはまさに太陽が聖母を訪れる時刻であり、数世紀を経た聖母の微笑は太陽のつかの間の愛撫に向けられているように思われた。」(マルセル・プルースト)
フィリッポ・ブルネレスキ:(1377 - 1446 ):イタリアのルネサンス最初の建築家。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のクーポラ建設によって絶大なる賞賛を得た。「あれより高くは作れるが、あれより美しく作ることはできない。」(ミケランジェロの言葉)
ドナト・ブラマンテ(1444頃-1514):ルネサンス最大のイタリアの建築家。サン=ピエトロ大聖堂の最初の設計者。ローマ建築を再構成して記念性を持った古典様式を創出し、以後の古典主義建築に絶大なる影響力を及ぼした。
ミマール・スィナン(1489?-1588):オスマン帝国の建築家。トルコ最高の建築家とされ、モスクの建設において、大ドームを発展させるとともに、鉛筆型の細長いミナレットを特色とする、オスマン建築特有の様式を完成させたとされる。
クリストファー・レン(1632 - 1723):イギリス王室の建築家。ロンドン大火からの復興を行い、セント・ポール大聖堂などのバロック建築をイギリスに取り入れた。
クノーベルスドルフ(1745-1747):プロイセンの建築家。ロココ式建築の代表であるサンスーシ宮殿をフリードリッヒ2世の命により建設した。「サンスーシで晩餐を」(フリードリヒ3世がヴォルテールに宛てた手紙)
シャルグラン(1739-1811):フランスの建築家。ナポレオンの命により新古典主義建築の傑作エトワール凱旋門を建設した。
リチャード・ノーマン・ショウ(1831 - 1912):イギリスの建築家、都市計画家。歴史主義建築としてスコットランドヤード、ピカデリーホテルを残した。
オーギュスト・ペレ(1874 - 1954):フランスで活躍した建築家。モダニズム建築の前提の一つである鉄筋コンクリート造という新しい技術により芸術的な表現を追求し、「コンクリートの父」と呼ばれる。「鉄筋コンクリートをそのまま剥き出しにしておく無鉄砲な主張が現代建築の革命を運命づけた」(近代建築の3大巨匠ル・コルビュジェの言葉)
ヨーン・ウツソン(1918 - 2008):デンマーク・コペンハーゲン出身の建築家。シドニー・オペラハウスの画期的なデザインで高く評価されている。「あれほどの妨害と批判にさらされたにもかかわらず、彼はたったひとつの建築が、国全体のイメージさえも変えられることを証明した」(プリツカー賞審査員の建築家フランク・ゲーリーの言葉)
逸話とかがなかなか見つからない…。東洋建築史は探しきれなかった。 --
- 大量のリストアップ、有難うございます。とりあえずその一部とトーンを追加。残りの方々はもう少しお待ちを -- このページの作者
- フレデリック・ロー・オルムステッド(1822-1903):アメリカの造園家。ニューヨークのセントラルパークやイエローストーン国立公園といった数々の公園の設計を手がけた、近代公園と国立公園の祖。 --
- ブラマンテ、オルムステッド、ペレ、ウツソン追加。スィナンは元々います。他の方々は…収拾がつかなくなりそうなのでまたいつかという事で。 -- このページの作者
- シナンいたね失礼。1建築様式につき1人で抜粋したからちょっと多かったかな…。 --
- スコールスキイ追加。またラリベラは結局予言者に回しました。このゲームの坊主は大聖堂を建てるのが主な仕事ですし -- このページの作者
- アントニ・ガウディ サグラダファミリアの設計者 ただし「もるっすぁー!」って叫んでも世界遺産が建てられない --
- プレイレポでもお馴染みのウルバン、revからバベッジとイーライ、後ジョセフ追加。ガウディは既に居たりします -- このページの作者
- ウルバンがいるなら モンス・メグつくったトレイブのギャロウェイも --