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のんびりひっそりとの出会い
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dannocomachi
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休むのも練習の内
「みた、今のは避けすぎ」
つきみの声が飛んできた。
直後、みたらしっぽの目の前を巨大な斧が通り過ぎる。
練習用に来ている草原で、相手は訓練にちょうどいい中型のサイクロプス。
攻撃は単調。
予兆もわかりやすい。
本来なら、そこまで苦戦する相手ではない。
けれど、みたらしっぽは今、何度も後ろへ下がっていた。
「避けられるなら避けた方がよくない?」
「シーフならね」
つきみは剣を肩に乗せながら言う。
「でも今のみたはファイターでしょ。前にいる人が下がりすぎると、後ろの人が困るよ」
「それは……そう」
言われてみれば、その通りだった。
シーフで遊んでいた頃は、攻撃を受けないことが何より大事だった。
敵の横へ回り込む。
背後を取る。
危なければすぐ離れる。
自分一人が生き残れば、次の攻撃を差し込める。
そういう戦い方だった。
でも、ファイターは違う。
ただ避ければいいわけではない。
前に立つ。
敵の向きを固定する。
味方が動きやすい場所を作る。
それが思ったより難しい。
「もう一回やろう!」
エクレアが元気よく言った。
彼女はコロシアムの敗戦から数日しか経っていないのに、もうすっかり次の勝負へ向いていた。
元気が戻るのが早い。
というより、悔しさを燃料にして動いている感じがする。
「いや、もう結構やったよ」
みたらしっぽは肩を回した。
「僕、そろそろ集中力が落ちてる」
「まだいけるって!」
「それ、シロと同じこと言ってる」
「え、ほんと? じゃあちょっと嬉しいかも」
「嬉しいんだ」
少し離れた場所で、アイリスがため息をついた。
「今のみたらしっぽさんは休んだ方がいいわ。判断が雑になってるもの」
「心配してくれてる?」
「パーティーの安定のために言っているだけよ」
「はいはい」
つきみがにやにやしながら頷く。
「そういうことにしとこ」
「つきみ?」
「何も言ってないよ」
「顔が言ってるわ」
そのやり取りに、みたらしっぽは少し笑った。
最初にレイドで会った時のアイリスは、もっと丁寧で、少し距離があった。
今も落ち着いているし、指摘は鋭い。
でも、時々こうして言葉の角が少し丸くなる。
たぶん、馴染んできたのだと思う。
エクレアも、最初に会った時より声が明るい。
つきみは相変わらず軽そうに見えるけれど、前に立つ時の動きは少しずつ洗練されている。
そんな人たちに囲まれているからこそ、みたらしっぽも変わらなければいけない。
シーフの癖を捨てるのではなく。
ファイターとして前に立つ中で、自分の動きに混ぜていく。
つきみと同じマジックナイトを目指すなら、ただ剣を振るだけでは足りない。
ファイターも、パラディンも、もっと触っておきたい。
「休むって言っても、何すればいいかな」
みたらしっぽが言うと、つきみが即答した。
「戦わない」
「それが難しいんだけど」
「じゃあ、戦わない場所に行く」
「戦わない場所……」
「カフェとか?」
エクレアが言った。
「おしゃれだし、猫とかいるかも!」
「急に猫?」
「猫はだいたい正義だから」
「それはわかる」
アイリスが小さく咳払いをした。
「バーチャル世界内なら、落ち着ける店も多いはずよ。少し歩いて探してみたら?」
「なるほど」
「別に、休憩場所を探すのも無駄ではないわ。長く遊ぶなら必要なことだし」
「やっぱり心配してくれてる?」
「してないわ」
即答だった。
でも、完全にしていない人の言い方ではなかった。
みたらしっぽは訓練用フィールドを出る。
今日はもう、FoFの戦闘は終わり。
そう決めてしまうと、急に体が軽くなった気がした。
ひっそりした看板
バーチャル世界内の商業区は、相変わらずにぎやかだった。
大通りには大きな店が並び、服屋、武器風アクセサリーの店、アバター用の装飾品ショップ、ゲーム配信用のスタジオまである。
現実の店をそのまま再現したような場所もあれば、現実では絶対に建てられないような空中庭園型の店舗もある。
どこも目立つ。
どこも音が大きい。
どこも「見ていって」と言っている。
「……休む場所を探してるはずなんだけどな」
みたらしっぽは大通りの端で立ち止まった。
休憩をしに来たのに、情報量で疲れてしまいそうだ。
新作メニューの看板。
期間限定イベントの通知。
道行くアバターの会話。
頭の中で、さっきまでの戦闘音と混ざっていく。
もう少し静かな場所がいい。
そう思って横道に入った。
大通りから一本外れるだけで、空気が変わる。
人の流れが細くなり、看板の光も控えめになる。
石畳の小道。
低い建物。
窓辺に置かれた植木鉢。
その奥に、小さな木製の看板があった。
みたらしっぽは足を止める。
名前が、あまりにも今の気分に合っていた。
「のんびりひっそり……」
口に出すと、さらによかった。
強そうではない。
派手でもない。
でも、すごく落ち着けそうな名前。
扉の横には、丸くなった猫のマーク。
猫カフェらしい。
エクレアの「猫はだいたい正義」という言葉が頭をよぎる。
たしかに、だいたい正義かもしれない。
みたらしっぽは扉を開けた。
小さなベルの音が鳴る。
大通りの音が、すっと遠くなった。
猫のいる席
「いらっしゃいませー」
柔らかい声がした。
店内は思ったより広くない。
木目調の床。
低めのテーブル。
壁際には猫用の棚や通り道が作られていて、天井近くの細い足場を一匹の猫がゆっくり歩いている。
窓際では白い猫が丸くなっていて、カウンターの下からは灰色の尻尾だけが見えていた。
BGMはかなり小さい。
聞こうとすれば聞こえるけれど、邪魔にはならない。
店の奥から出てきた少女が、にこりと笑った。
「初めてのお客さんですね。お好きな席へどうぞ。猫が先に座っている席は、交渉してからお願いします」
「交渉制なんだ」
「はい。うちでは猫が強いので」
その言い方が真面目だったので、みたらしっぽは少し笑った。
名前表示は、チロル。
店の雰囲気によく合う、やわらかい印象のアバターだった。
続いて、カウンターの方から別の店員が顔を出す。
「チロルさん、三番席は現在占拠中です」
「また?」
「またです」
名前表示は、コハク。
落ち着いた声だが、手元では慣れた様子でカップを並べている。
「占拠って?」
みたらしっぽが聞くと、コハクは窓際を指さした。
そこには、白い猫が椅子の真ん中で堂々と寝ていた。
「お客様より先に着席されています」
「それは仕方ないね」
「はい。猫なので」
納得するしかなかった。
みたらしっぽは空いている席に座る。
メニューを開くと、コーヒー、紅茶、ジュース、ケーキ、軽食が並んでいた。
どれも特別派手ではない。
でも、説明文がやけに丁寧だった。
<本日の紅茶:のんびりしたい時におすすめ>
<小さなチーズケーキ:ひっそり甘い>
<猫用おやつ:スタッフに確認してください>
「ひっそり甘いって何?」
思わず呟く。
「甘いけど、甘すぎない感じです」
チロルが答えた。
「なるほど。じゃあ、それで」
「本日の紅茶とチーズケーキですね」
「はい」
注文を終えると、近くにいた灰色の猫がみたらしっぽの足元にやってきた。
しばらく見上げてくる。
何かを試されている気がした。
「えっと……こんにちは?」
猫は返事をしない。
代わりに、足元へ座った。
「許可されましたね」
コハクが言う。
「これ、許可なんだ」
「拒否の場合は立ち去ります」
「わかりやすい」
チロルが紅茶を持ってくる。
「その子、初めての人にはちょっと厳しいんですけど。珍しいですね」
「そうなんですか?」
「はい。たぶん、静かそうな人だと思われたんじゃないですか?」
「静かそう……」
戦闘訓練で何度も吹き飛ばされていた直後なので、少し不思議な評価だった。
でも、悪くない。
紅茶の湯気がゆっくり上がる。
チーズケーキは小さくて、白い皿の上にちょこんと乗っていた。
みたらしっぽは一口食べる。
甘い。
でも、たしかにうるさくない。
「ひっそり甘い」
「でしょう?」
チロルが嬉しそうに笑った。
その時点で、みたらしっぽは少しだけこの店が好きになっていた。
FoFの話
紅茶を飲みながら、みたらしっぽはウィンドウを小さく開いた。
FoFのビルドメモ。
ファイターのスキル回し。
パラディンのレベル上げ予定。
マジックナイトの解放条件。
つきみに言われたことも、忘れないうちに書いておきたかった。
<下がりすぎない>
<避けるなら、敵の向きを変えない>
<前に立つ=攻撃を全部受けることではない>
<シーフの癖を消すのではなく、使う場所を変える>
書いていると、足元の猫が前足で軽く膝を叩いた。
「なに?」
見下ろすと、猫はじっとこちらを見ている。
「撫でろ、という意味です」
コハクが通りがかりに言った。
「そういう意味なんだ」
「たぶん」
「たぶんなんだ」
みたらしっぽはウィンドウを少し横にずらし、猫の背中を撫でた。
猫は満足したのか、目を細める。
ウィンドウの向こうで、スキル名が揺れる。
戦闘のことを考えに来たわけではない。
でも、完全に切り離すこともできない。
FoFのことを考えるのは、もう癖みたいなものだった。
「FoFですか?」
チロルが、カウンターの向こうから声をかけた。
「え?」
「そのウィンドウ。スキル名、見えたので」
「あ、はい。FoFです」
「私もやってますよ」
「そうなんですか?」
思わず顔を上げる。
こんな静かな猫カフェで、FoFの名前が出てくるとは思わなかった。
「と言っても、かなりボチボチですけどね。カフェもあるので、採取したり、町を歩いたり、たまにクエストを進めたりするくらいです」
「いいですね、そういう遊び方」
「強い敵と戦うのは、あまり得意じゃなくて」
「僕も最初はシーフで、逃げ回ってばっかりでした」
「今は違うんですか?」
「今はファイターをやってます。前に立つ練習中です」
「前に立つ練習」
チロルはその言葉を少し面白そうに繰り返した。
コハクもカウンターからこちらを見る。
「前に立つって、つまり殴られる係ですか?」
「言い方」
「違うんですか?」
「違う……と言いたいけど、近い時もある」
「近いんですね」
コハクは真面目な顔で頷いた。
「FoF、怖いゲームですね」
「怖いところもあるけど、楽しいですよ」
「殴られるのに?」
「殴られるだけじゃないので」
「殴られながら何をするんですか?」
「味方が攻撃しやすいようにしたり、敵の向きを調整したり、危ない攻撃を止めたり」
「忙しいですね」
「忙しいです」
「猫カフェとは正反対ですね」
それは本当にそうだった。
みたらしっぽは笑う。
「だから、ここに来たのかも」
その言葉に、チロルが少し嬉しそうにした。
「それなら、うちの名前は正解でしたね」
「かなり正解です」
「のんびりひっそりですから」
「名前に偽りなし」
足元の猫が、小さく鳴いた。
まるで同意しているみたいだった。
二回目の来店
次にその店へ行ったのは、三日後だった。
本当は別の店も回るつもりだった。
バーチャル世界には、まだ知らない場所がいくらでもある。
大通りには新しい店も増えていたし、ガトーショコラから面白そうな雑貨店の噂も聞いていた。
でも、気づいたら足はあの横道へ向かっていた。
<カフェのんびりひっそり>
看板を見た瞬間、少し安心する。
扉を開けると、また小さなベルが鳴った。
「いらっしゃいませ……あ」
チロルが顔を上げる。
「この前のFoFの人」
「名前より先にFoFが来た」
「すみません。みたらしっぽさん、でしたよね」
「はい」
「覚えてます。チーズケーキの人」
「だいぶ情報が増えた」
コハクがカップを拭きながら言う。
「本日は三番席、空いています」
「占拠されてないんだ」
「今だけです」
「じゃあ、今のうちに」
みたらしっぽは窓際の三番席に座った。
前回、白い猫が寝ていた席だ。
座ってしばらくすると、その白い猫がやってきた。
じっと見てくる。
「もしかして、席返せって言ってる?」
「たぶん」
コハクが言った。
「交渉できますか?」
「どう交渉すればいいの?」
「撫でる、もしくは猫用おやつです」
「なるほど、現実的だ」
みたらしっぽは猫用おやつを注文した。
猫はあっさり膝の上に乗ってきた。
「交渉成立ですね」
「買収では?」
「猫相手なので合法です」
チロルが紅茶を置きながら笑った。
「今日はFoF帰りですか?」
「はい。レイドの練習と、クラス上げを少し」
「レイド……」
チロルは少し遠いものを見るような顔をした。
「私にはまだ遠いですね」
「急いで行くものでもないですよ」
「そうなんですか?」
「たぶん。僕は行きたくて行ってますけど、FoFってそれだけじゃないので」
そう言いながら、みたらしっぽは窓の外を見る。
小道を歩くアバター。
店の外に置かれた植木鉢。
看板の下で寝そべる猫。
「戦闘も楽しいけど、町を歩くだけでも面白いし、素材集めもあるし、生産もあるし、こういう店の話を聞くのも楽しいです」
「店の話?」
「チロルさんは、どうしてこのカフェを作ったんですか?」
聞くと、チロルは少し考えた。
「大きな理由はないんですけど……にぎやかな場所が多いから、静かな場所も欲しいなって」
「それで、のんびりひっそり」
「はい。誰かがちょっと疲れた時に、入ってこられる場所にしたかったんです」
その言葉は、みたらしっぽにとって妙にしっくり来た。
たぶん、自分が今まさにそうだったからだ。
戦闘で疲れた。
練習で悩んだ。
次にどう強くなるかを考えすぎて、頭の中がうるさくなった。
そんな時に、ここへ来た。
「いい店ですね」
みたらしっぽは言った。
チロルは一瞬きょとんとしてから、少し照れたように笑った。
「ありがとうございます」
「チロルさん、照れてます?」
コハクが言う。
「照れてません」
「耳が嬉しそうです」
「アバターの耳に責任を押し付けないでください」
「なるほど」
みたらしっぽは頷いた。
「アイリスさんと同じタイプだ」
「誰ですか、それ」
「照れてないって言う人」
「私は照れてません」
「やっぱり似てる」
チロルは少しむっとした顔をした。
でも、怒ってはいなさそうだった。
三回目
三回目に行った時、チロルはみたらしっぽを見るなり言った。
「いつものですか?」
「もう、いつものがあるんですか?」
「三回来たら常連です」
「早い」
「うちはのんびりひっそりなので、常連判定もひっそり早いんです」
「ひっそり早いって何?」
「そういうものです」
コハクが横から小さなカードを差し出した。
「常連カードです」
「本当にあるんだ」
カードには、猫の足跡のスタンプが一つ押されていた。
<のんひそ常連カード>
と書いてある。
「五個たまると?」
みたらしっぽが聞く。
「猫に少し好かれます」
コハクが答えた。
「店側のサービスじゃないんだ」
「猫の気分次第なので」
「なるほど、強い」
今日も店は静かだった。
他の客が数人いる。
それぞれ本を読んだり、アバター用のデザインを調整したり、猫を眺めたりしている。
誰も急いでいない。
誰も大声を出さない。
みたらしっぽは、いつもの席になりつつある窓際に座った。
「今日は何の話を聞かせてくれるんですか?」
チロルが聞く。
「話を聞く前提なんですね」
「面白いので」
「僕の話、そんなに面白いですか?」
「楽しそうに話す人の話は、だいたい面白いです」
その言葉に、みたらしっぽは少し黙った。
自分が楽しそうに話している。
そう言われると、なんだか少し照れる。
「じゃあ、今日はマジックナイトの話で」
「おお」
チロルが身を乗り出す。
コハクもいつの間にか近くにいた。
「マジックナイトって、名前は強そうです」
「強いですよ。僕が目指してるクラスです。つきみさんが使ってて、剣に魔力を乗せながら前衛で動ける感じで」
「剣も魔法も?」
「そう。だから、ただ硬いだけでも、ただ速いだけでもダメで。今の僕はシーフの癖で避けるのは得意なんですけど、ファイターとして前に残るのがまだ難しくて」
「避けるのが得意なら、強そうですけど」
「強い時もあります。でも、僕が避けたせいで後ろが危なくなる時もあるので」
コハクが真剣な顔をする。
「猫カフェで例えると?」
「猫カフェで?」
「わかりやすくお願いします」
みたらしっぽは少し考えた。
窓際の白い猫が、テーブルの下で丸くなっている。
「えっと……お客さんが入ってきて、猫がびっくりして走り出したとします」
「はい」
「店員さんが避けるだけだと、猫が奥の皿に突っ込むかもしれない」
「困りますね」
「でも、店員さんが猫の進む方向を見て、そっと道を作ったり、危ない場所の前に立ったりすれば、猫もお客さんも皿も守れる」
「なるほど」
コハクが頷く。
「ファイターは猫の進路管理」
「かなり違うけど、今はそれでいいです」
チロルがくすくす笑った。
「FoFの説明で猫が出てくるの、うちらしいですね」
「むしろ、ここ以外では通じない説明だと思います」
「私はわかりました」
コハクが真面目に言う。
「つまり、みたらしっぽさんは猫の前に立つ練習をしている」
「だいぶ猫寄りになったなぁ」
でも、不思議と間違っていない気もした。
前に立つ。
逃げるだけではなく、守りたいものの位置を考える。
敵の攻撃も、味方の場所も、自分の癖も、全部含めて動く。
それはたぶん、つきみの真似だけでは辿り着けない。
みたらしっぽ自身の戦い方が必要になる。
「でも、そういう話を聞いてると、ちょっとやりたくなりますね」
チロルが言った。
「FoFですか?」
「はい。最近はログインしても、採取して帰るくらいだったので」
「それもいい遊び方ですよ」
「でも、みたらしっぽさんの話を聞いてると、戦闘も少し面白そうに聞こえます」
「じゃあ、今度一緒に行きます?」
口に出してから、みたらしっぽは少しだけ驚いた。
自然に誘っていた。
レイドでつきみとアイリスを誘った時は、あんなに悩んだのに。
今は、カフェで紅茶を飲みながら、普通に言えた。
「いいんですか?」
チロルが聞く。
「もちろん。低レベルのクエストでも、素材集めでも、町案内でも」
「戦闘じゃなくても?」
「FoFを遊ぶのに、ずっと戦ってる必要はないので」
チロルは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、今度お願いします」
「はい」
「コハクも行く?」
チロルが振り返る。
コハクは少し考えた。
「私はまず、殴られる係以外の役を探します」
「だから言い方」
「でも、少し興味はあります」
「じゃあ、コハクさんも今度」
「はい。猫の進路管理を見学します」
「それ、ファイターの説明として広まったら困るな……」
チロルが笑う。
コハクも、少しだけ口元を緩めた。
その空気が、心地よかった。
ギルドの集合場所とも違う。
レイドの緊張とも違う。
コロシアムの熱とも違う。
ここには、急がなくていい時間があった。
常連
それから、みたらしっぽは時々カフェのんびりひっそりへ行くようになった。
レイドの後。
クラス上げの後。
何もしていないけれど、少しだけ静かな場所に行きたい時。
扉を開けると、ベルが鳴る。
チロルが「いらっしゃいませ」と言う。
コハクが席の占拠状況を教えてくれる。
猫は気分次第で近づいてきたり、来なかったりする。
みたらしっぽは紅茶を飲みながら、FoFの話をした。
つきみから教わった前衛の立ち位置。
アイリスの容赦ないけれど的確な指摘。
エクレアがコロシアムでまた暴れている話。
シュガーシロップが訓練を始めると止まらない話。
ガトーショコラが妙な隠し通路を見つけた話。
スフレが新しい料理効果を試そうとして、なぜか全員に試食させようとした話。
チロルは楽しそうに聞いた。
コハクは時々、変なところで質問した。
「ギルドって、毎日そんなに騒がしいんですか?」
「日によります」
「静かな日は?」
「あります」
「本当に?」
「……たぶん」
「怪しいですね」
「怪しいです」
そんな会話をしているうちに、チロルはFoFへログインする時間を少し増やすようになった。
コハクも、最初は見学だけと言っていたのに、気づけば初心者向けの情報を調べ始めていた。
「武器、多すぎませんか?」
「多いですね」
「猫用の武器は?」
「たぶんないです」
「残念です」
「猫を戦わせるつもりだったんですか?」
「いいえ。猫に持たせるだけです」
「もっと危ない」
チロルが慌てて止める。
「コハク、猫はカフェ担当です」
「了解しました」
そんなやり取りを見ながら、みたらしっぽは笑う。
この店に来るたび、FoFの話は少しずつ増えていった。
でも、それは攻略会議とは違った。
勝つための話だけではない。
強くなるためだけの話でもない。
面白かったこと。
怖かったこと。
失敗したこと。
よくわからないけど笑ってしまったこと。
そういう話を、紅茶と猫の間に置いていく。
気づけば、みたらしっぽの常連カードには猫の足跡が増えていた。
五個目のスタンプが押された日、コハクが静かに言った。
「おめでとうございます。猫に少し好かれました」
「実感がない」
その直後、白い猫がみたらしっぽの膝に乗ってきた。
「実感が来た」
「おめでとうございます」
チロルが笑う。
「完全に常連さんですね」
「常連かぁ」
みたらしっぽは膝の上の猫を撫でる。
少し前まで、この店の存在すら知らなかった。
ただ休む場所を探して、偶然見つけた。
大通りから外れた、ひっそりした看板。
静かな店内。
猫に席を取られる窓際。
FoFをボチボチ遊んでいる店長。
猫カフェ基準でゲームを理解しようとする店員。
その全部が、いつの間にか当たり前になっている。
「みたらしっぽさん」
チロルが言った。
「今度、FoFで会ったら、案内お願いしますね」
「もちろん」
「強い敵じゃなくていいので」
「じゃあ、町を歩くところからにしましょう」
「それなら安心です」
「私も行きます」
コハクが言った。
「猫はいませんが」
「まだ諦めてなかったんだ」
「いないなら、探します」
「FoFの楽しみ方としては正しいかも」
みたらしっぽは笑った。
レイドで出会う仲間がいる。
コロシアムで悔しさを共有する仲間がいる。
そして、こうして紅茶を飲みながら、まだ見ぬフィールドの話をする相手もいる。
ギルドが大きくなるとか。
戦力が増えるとか。
そういう話ではなかった。
ただ、この世界で知っている場所が一つ増えた。
また来たいと思える場所ができた。
それだけで、十分だった。
店を出る時、扉のベルが小さく鳴る。
大通りの音が少しずつ戻ってくる。
でも、さっきまでの静けさは、まだ胸の中に残っていた。
みたらしっぽは振り返る。
<カフェのんびりひっそり>
看板の下で、猫が一匹あくびをしていた。
戦わない場所。
急がなくていい場所。
FoFの話を、勝ち負け以外の形で置いていける場所。
みたらしっぽはその店に、また来ようと思った。
その時はもう、迷わなくても辿り着ける気がした。