だんのこまち@wiki
卒業
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卒業まで、あと七日
絶対零度ニブルヘイムの猛吹雪を越えてから、現実の冬も少しずつ終わりへ向かっていた。
朝の空気はまだ冷たい。
けれど、校庭の木には小さな芽がつき、日が落ちる時間も少しずつ遅くなっている。
三年一組の黒板の端には、色とりどりの文字でこう書かれていた。
<卒業まで、あと七日>
数字の周りには、誰かが描いた桜や卒業証書、なぜか羽の生えた猫の絵まである。
「この猫、卒業してどこに行くんだろう」
みたらしっぽが言うと、隣にいたシュガーシロップが黒板を見た。
「空じゃない?」
「雑だなぁ」
「羽あるし」
「それはそう」
前の席から、キャラメルが振り返る。
「みた君、進学先の登録はもう終わった?」
「終わったよ」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんじゃ困るよ」
キャラメルはにこやかに言いながら、みたらしっぽの机に置かれた端末を指さした。
画面には、だんのこまち第一高等学校から届いた入学案内が表示されている。
入学手続き。
制服の選択。
学校用アバターの作成。
専用端末DPo-Xの説明会。
現実側の校舎だけでなく、バーチャル世界側にある学校の利用案内まで並んでいた。
「ちゃんと送信済みになってる」
「なら大丈夫だね」
「疑われてた」
「みた君だからね」
「便利な理由だなぁ」
シュガーシロップが横から画面を覗き込む。
「制服、何種類か組み合わせられるんだよな」
「シロちゃんは、まず着崩さないことを覚えようね」
「まだ着てないのに注意された」
「中学校の三年間を見た結果だよ」
「実績解除されてる」
窓際では、つきみが別の画面を見ていた。
「バーチャル校舎の地図、もう一部公開されてる」
「早いね」
みたらしっぽが近づく。
「どんな感じ?」
「現実側より広い。校舎の外に専用フィールドがあって、自転車で移動できるみたい」
「いいな。授業が始まる前に、一回全部回りたい」
「迷子になって遅刻しないでね」
「地図あるから大丈夫」
「地図を見ながら迷う人もいるよ」
「僕のこと?」
「みた以外にいる?」
「つきみ、最近ちょっと言い方が強い」
「三年分の信用」
シュガーシロップが笑う。
「高校でも同じ感じになりそうだな」
その一言に、みたらしっぽは少しだけ黙った。
みたらしっぽ。
シュガーシロップ。
つきみ。
キャラメル。
四人とも、春からだんのこまち第一高等学校へ進学する。
同じ学校に進めることが決まった時は、素直に嬉しかった。
中学校を卒業しても、完全に離れるわけではない。
同じ校舎に通い、同じバーチャル校舎にもアクセスする。
もちろん、クラスも部活も違うかもしれない。
毎日一緒にいるとは限らない。
それでも、会おうと思えば会える距離にはいる。
「みた先輩」
教室の入口から声がした。
振り返ると、チョコチップが立っていた。
現実側の黒い髪。
きちんと着た制服。
両手には、先生から預かったらしい書類を抱えている。
「先生から、これを三年一組に届けるように言われました」
「ありがとう、チョコ」
みたらしっぽが受け取ると、チョコチップは机の上の入学案内へ目を向けた。
「高校の案内ですか?」
「うん。学校用アバターとか、DPo-Xの説明が届いた」
「もう、そんな時期なんですね」
チョコチップは画面を覗き込む。
「四人とも、同じ高校なんですよね」
「そうだな」
シュガーシロップが答えた。
「シロちゃんだけ、手続きの締め切りを間違えそうになったけどね」
キャラメルが付け足す。
「間違えてない。前日まで忘れてただけ」
「もっとだめだよ」
チョコチップが小さく笑った。
「皆さんが一緒で、よかったです」
その言葉は、いつも通り丁寧だった。
笑顔も自然に見えた。
けれど、書類を抱える指には、ほんの少しだけ力が入っていた。
「チョコも、来年受けるんだよね」
みたらしっぽが聞く。
「はい。そのつもりです」
チョコチップはすぐに頷いた。
「私も、だんのこまち第一高等学校を目指します」
「じゃあ、一年後だね」
「はい」
返事はしっかりしていた。
それでも、一年という言葉が出た瞬間だけ、彼女の目が少し揺れた。
みたらしっぽはそれに気づいた。
けれど、何と声をかければいいのかまではわからなかった。
「それでは、私は戻りますね」
チョコチップは軽く頭を下げる。
「また放課後に」
「うん。またね、チョコ」
教室を出ていく背中を、みたらしっぽはしばらく見ていた。
「みた」
つきみが呼ぶ。
「何?」
「考えごとしてる?」
「少し」
「卒業のこと?」
「たぶん」
「また、たぶんだ」
黒板には、卒業まであと七日。
一週間。
ゲームなら短い。
けれど、現実の一週間は、時々やけに早く進む。
朝の空気はまだ冷たい。
けれど、校庭の木には小さな芽がつき、日が落ちる時間も少しずつ遅くなっている。
三年一組の黒板の端には、色とりどりの文字でこう書かれていた。
<卒業まで、あと七日>
数字の周りには、誰かが描いた桜や卒業証書、なぜか羽の生えた猫の絵まである。
「この猫、卒業してどこに行くんだろう」
みたらしっぽが言うと、隣にいたシュガーシロップが黒板を見た。
「空じゃない?」
「雑だなぁ」
「羽あるし」
「それはそう」
前の席から、キャラメルが振り返る。
「みた君、進学先の登録はもう終わった?」
「終わったよ」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんじゃ困るよ」
キャラメルはにこやかに言いながら、みたらしっぽの机に置かれた端末を指さした。
画面には、だんのこまち第一高等学校から届いた入学案内が表示されている。
入学手続き。
制服の選択。
学校用アバターの作成。
専用端末DPo-Xの説明会。
現実側の校舎だけでなく、バーチャル世界側にある学校の利用案内まで並んでいた。
「ちゃんと送信済みになってる」
「なら大丈夫だね」
「疑われてた」
「みた君だからね」
「便利な理由だなぁ」
シュガーシロップが横から画面を覗き込む。
「制服、何種類か組み合わせられるんだよな」
「シロちゃんは、まず着崩さないことを覚えようね」
「まだ着てないのに注意された」
「中学校の三年間を見た結果だよ」
「実績解除されてる」
窓際では、つきみが別の画面を見ていた。
「バーチャル校舎の地図、もう一部公開されてる」
「早いね」
みたらしっぽが近づく。
「どんな感じ?」
「現実側より広い。校舎の外に専用フィールドがあって、自転車で移動できるみたい」
「いいな。授業が始まる前に、一回全部回りたい」
「迷子になって遅刻しないでね」
「地図あるから大丈夫」
「地図を見ながら迷う人もいるよ」
「僕のこと?」
「みた以外にいる?」
「つきみ、最近ちょっと言い方が強い」
「三年分の信用」
シュガーシロップが笑う。
「高校でも同じ感じになりそうだな」
その一言に、みたらしっぽは少しだけ黙った。
みたらしっぽ。
シュガーシロップ。
つきみ。
キャラメル。
四人とも、春からだんのこまち第一高等学校へ進学する。
同じ学校に進めることが決まった時は、素直に嬉しかった。
中学校を卒業しても、完全に離れるわけではない。
同じ校舎に通い、同じバーチャル校舎にもアクセスする。
もちろん、クラスも部活も違うかもしれない。
毎日一緒にいるとは限らない。
それでも、会おうと思えば会える距離にはいる。
「みた先輩」
教室の入口から声がした。
振り返ると、チョコチップが立っていた。
現実側の黒い髪。
きちんと着た制服。
両手には、先生から預かったらしい書類を抱えている。
「先生から、これを三年一組に届けるように言われました」
「ありがとう、チョコ」
みたらしっぽが受け取ると、チョコチップは机の上の入学案内へ目を向けた。
「高校の案内ですか?」
「うん。学校用アバターとか、DPo-Xの説明が届いた」
「もう、そんな時期なんですね」
チョコチップは画面を覗き込む。
「四人とも、同じ高校なんですよね」
「そうだな」
シュガーシロップが答えた。
「シロちゃんだけ、手続きの締め切りを間違えそうになったけどね」
キャラメルが付け足す。
「間違えてない。前日まで忘れてただけ」
「もっとだめだよ」
チョコチップが小さく笑った。
「皆さんが一緒で、よかったです」
その言葉は、いつも通り丁寧だった。
笑顔も自然に見えた。
けれど、書類を抱える指には、ほんの少しだけ力が入っていた。
「チョコも、来年受けるんだよね」
みたらしっぽが聞く。
「はい。そのつもりです」
チョコチップはすぐに頷いた。
「私も、だんのこまち第一高等学校を目指します」
「じゃあ、一年後だね」
「はい」
返事はしっかりしていた。
それでも、一年という言葉が出た瞬間だけ、彼女の目が少し揺れた。
みたらしっぽはそれに気づいた。
けれど、何と声をかければいいのかまではわからなかった。
「それでは、私は戻りますね」
チョコチップは軽く頭を下げる。
「また放課後に」
「うん。またね、チョコ」
教室を出ていく背中を、みたらしっぽはしばらく見ていた。
「みた」
つきみが呼ぶ。
「何?」
「考えごとしてる?」
「少し」
「卒業のこと?」
「たぶん」
「また、たぶんだ」
黒板には、卒業まであと七日。
一週間。
ゲームなら短い。
けれど、現実の一週間は、時々やけに早く進む。
小さな準備
その日の帰り道。
シュガーシロップたちと別れたあと、みたらしっぽは商店街の途中で足を止めた。
小さなアクセサリーショップ。
いつもなら、そのまま通り過ぎる店だった。
窓際には、髪留めやブローチ、リボン、小さな装飾品が並んでいる。
みたらしっぽは、店の中へ入るか少し迷った。
自分の物を買うためではない。
何を選べばいいかも、よくわからない。
それでも、教室を出ていったチョコチップの背中が頭に残っていた。
一年後には、また同じ学校へ来る。
夜になればFoFで会える。
バーチャル世界でも、連絡を取ろうと思えばいつでも取れる。
それなのに、チョコチップが感じている寂しさは、たぶんそういう話ではない。
昼間、学校の廊下を歩いても、自分たちがいない。
三年生の教室へ来ても、誰もいない。
その時間を埋められる物があるとは思えない。
けれど、何かを残すことはできるかもしれない。
みたらしっぽは店へ入った。
髪飾りが並ぶ棚の前で、しばらく立ち尽くす。
赤い花。
白い花。
大きなリボン。
宝石のついた留め具。
どれがチョコチップに似合うのか、いまいちわからない。
その中に、小さな空色の花飾りがあった。
淡い青から、花びらの先だけ白へ変わっている。
派手すぎない。
現実の黒髪にも合いそうで、FoFで見慣れた水色の髪も思い出す色だった。
「これかな」
誰に言うでもなく、みたらしっぽは呟いた。
それが正解かどうかはわからない。
けれど、それを見た時にチョコチップを思い出したのだから、たぶん間違いではない。
小さな箱へ包んでもらい、鞄の内側へ入れる。
卒業式の日に、渡そう。
そう決めた。
ただ、何と言って渡すのかは、まだ決められなかった。
シュガーシロップたちと別れたあと、みたらしっぽは商店街の途中で足を止めた。
小さなアクセサリーショップ。
いつもなら、そのまま通り過ぎる店だった。
窓際には、髪留めやブローチ、リボン、小さな装飾品が並んでいる。
みたらしっぽは、店の中へ入るか少し迷った。
自分の物を買うためではない。
何を選べばいいかも、よくわからない。
それでも、教室を出ていったチョコチップの背中が頭に残っていた。
一年後には、また同じ学校へ来る。
夜になればFoFで会える。
バーチャル世界でも、連絡を取ろうと思えばいつでも取れる。
それなのに、チョコチップが感じている寂しさは、たぶんそういう話ではない。
昼間、学校の廊下を歩いても、自分たちがいない。
三年生の教室へ来ても、誰もいない。
その時間を埋められる物があるとは思えない。
けれど、何かを残すことはできるかもしれない。
みたらしっぽは店へ入った。
髪飾りが並ぶ棚の前で、しばらく立ち尽くす。
赤い花。
白い花。
大きなリボン。
宝石のついた留め具。
どれがチョコチップに似合うのか、いまいちわからない。
その中に、小さな空色の花飾りがあった。
淡い青から、花びらの先だけ白へ変わっている。
派手すぎない。
現実の黒髪にも合いそうで、FoFで見慣れた水色の髪も思い出す色だった。
「これかな」
誰に言うでもなく、みたらしっぽは呟いた。
それが正解かどうかはわからない。
けれど、それを見た時にチョコチップを思い出したのだから、たぶん間違いではない。
小さな箱へ包んでもらい、鞄の内側へ入れる。
卒業式の日に、渡そう。
そう決めた。
ただ、何と言って渡すのかは、まだ決められなかった。
最後の一週間
卒業までの日数が減るたび、教室の様子も少しずつ変わっていった。
授業が終わる。
教科書を返す。
机の中を片づける。
持ち帰る必要のないプリントを捨てる。
壁に貼られていた係表が外され、黒板の上にあったクラス目標も片づけられた。
いつもそこにあったものがなくなると、教室は急に広く見える。
「みた、卒業アルバム貸して」
シュガーシロップが手を伸ばす。
「何を書くの?」
「まだ決めてない」
「決めてから借りてよ」
「書きながら考える」
「嫌な予感がする」
その予感は当たった。
返ってきた卒業アルバムには、大きな文字で、
<高校でもよろしく!>
と書かれていた。
余白のほとんどを使っている。
「大きい」
「見失わないだろ?」
「見失う前提だったの?」
「卒業アルバム、文字多いし」
「もう少し小さくてよかったと思う」
次にキャラメルが受け取り、整った字で文章を書いた。
<高校では、自分でネクタイを直せるようになりましょう>
「卒業メッセージがそれ?」
「大事な目標だよ」
「もっとあるでしょ」
「ゲームの時間を管理するとか?」
「ネクタイでいいです」
つきみは最後まで何を書くか迷っていた。
しばらくアルバムを見つめたあと、小さく一言だけ書く。
<高校でも、ほどほどに>
その横には、小さな犬の足跡が描かれていた。
「これ、ルナ?」
みたらしっぽが聞く。
「署名」
「犬の足跡が?」
「機能性」
「卒業アルバムに何の機能があるの?」
「誰が書いたかわかる」
「それは確かに」
つきみは満足そうに頷いた。
「じゃあ、成功」
「最初からそう言えばいいのに」
「それだと普通だから」
「学校では適当な人設定、最後まで続けるんだね」
「設定じゃないよ」
「前に設定って言ってた」
「記憶違い」
「便利だなぁ」
そんなやり取りも、あと少しで教室ではできなくなる。
同じ高校へ進む四人は、春になればまた会える。
けれど、クラスの全員がそうではなかった。
県外の学校へ行く人。
スポーツに力を入れている高校へ進む人。
家族の都合で町を離れる人。
専門的な勉強ができる学校を選んだ人。
教室では毎日顔を合わせていたのに、卒業したあと、次にいつ会うのかわからない相手もいる。
「また連絡する」
「春休みに遊ぼう」
「バーチャル世界ならいつでも会えるでしょ」
交わされる言葉は明るい。
けれど、全員がわかっていた。
会おうと思えば会えることと、何もしなくても毎日会えることは違う。
みたらしっぽにとって、この中学校はただ勉強する場所ではなかった。
シュガーシロップと一緒に入学した。
FoFで知り合ったつきみが、同じ学校にいると知った。
キャラメルと出会った。
一つ下の学年へチョコチップが入学し、ゲームの中でしか知らなかった後輩と現実でも顔を合わせるようになった。
廊下で会えば話した。
放課後になれば、誰かの教室へ顔を出した。
何でもない会話の続きを、夜にはFoFで話すこともあった。
バーチャル世界で知り合った人と、現実の同じ校舎で過ごす。
そんな日常が、いつの間にか当たり前になっていた。
卒業するということは、その当たり前が一つ終わるということだった。
「みた先輩、写真を撮りましょうか?」
放課後、チョコチップが端末を持って教室へやってきた。
黒板には、
<卒業まで、あと二日>
と書かれている。
「写真?」
「四人で。黒板の前に並んでください」
「チョコは入らないの?」
シュガーシロップが聞く。
「今日は、卒業する皆さんの写真ですから」
「撮ったあと、チョコも入ろうよ」
みたらしっぽが言うと、チョコチップは少し迷った。
「でも……」
「一枚増えても困らないでしょ」
つきみが言う。
「そうだよ。写真の容量なら十分ある」
「そういう問題でしょうか」
「そういう問題ということにしておこう」
最初の一枚は、四人だけで撮った。
シュガーシロップは大きく笑い、キャラメルはきれいに微笑み、つきみは少しだけ眠そうな顔をしている。
みたらしっぽは、自分では普通にしていたつもりだった。
けれど、撮れた写真を見ると、少しだけ落ち着かない顔をしていた。
二枚目は、近くにいたクラスメイトに端末を渡し、チョコチップも一緒に入った。
「もう少し近づいてー」
そう言われ、チョコチップはみたらしっぽの隣に立つ。
肩が触れない程度の、少しだけ遠慮した距離。
「チョコ、もう少しこっち」
シュガーシロップが腕を引く。
「わっ」
距離が縮まり、シャッター音が鳴った。
撮れた写真の中では、全員が少し驚いた顔で笑っていた。
「こっちの方がいいね」
キャラメルが言う。
「自然」
「私は少し驚いています」
チョコチップが写真を見ながら言った。
「でも……好きです。この写真」
「じゃあ、全員に送っておこう」
みたらしっぽが共有すると、五人の端末に同じ写真が保存された。
黒板には、あと二日。
その数字だけが、写真の中で妙にはっきり見えた。
授業が終わる。
教科書を返す。
机の中を片づける。
持ち帰る必要のないプリントを捨てる。
壁に貼られていた係表が外され、黒板の上にあったクラス目標も片づけられた。
いつもそこにあったものがなくなると、教室は急に広く見える。
「みた、卒業アルバム貸して」
シュガーシロップが手を伸ばす。
「何を書くの?」
「まだ決めてない」
「決めてから借りてよ」
「書きながら考える」
「嫌な予感がする」
その予感は当たった。
返ってきた卒業アルバムには、大きな文字で、
<高校でもよろしく!>
と書かれていた。
余白のほとんどを使っている。
「大きい」
「見失わないだろ?」
「見失う前提だったの?」
「卒業アルバム、文字多いし」
「もう少し小さくてよかったと思う」
次にキャラメルが受け取り、整った字で文章を書いた。
<高校では、自分でネクタイを直せるようになりましょう>
「卒業メッセージがそれ?」
「大事な目標だよ」
「もっとあるでしょ」
「ゲームの時間を管理するとか?」
「ネクタイでいいです」
つきみは最後まで何を書くか迷っていた。
しばらくアルバムを見つめたあと、小さく一言だけ書く。
<高校でも、ほどほどに>
その横には、小さな犬の足跡が描かれていた。
「これ、ルナ?」
みたらしっぽが聞く。
「署名」
「犬の足跡が?」
「機能性」
「卒業アルバムに何の機能があるの?」
「誰が書いたかわかる」
「それは確かに」
つきみは満足そうに頷いた。
「じゃあ、成功」
「最初からそう言えばいいのに」
「それだと普通だから」
「学校では適当な人設定、最後まで続けるんだね」
「設定じゃないよ」
「前に設定って言ってた」
「記憶違い」
「便利だなぁ」
そんなやり取りも、あと少しで教室ではできなくなる。
同じ高校へ進む四人は、春になればまた会える。
けれど、クラスの全員がそうではなかった。
県外の学校へ行く人。
スポーツに力を入れている高校へ進む人。
家族の都合で町を離れる人。
専門的な勉強ができる学校を選んだ人。
教室では毎日顔を合わせていたのに、卒業したあと、次にいつ会うのかわからない相手もいる。
「また連絡する」
「春休みに遊ぼう」
「バーチャル世界ならいつでも会えるでしょ」
交わされる言葉は明るい。
けれど、全員がわかっていた。
会おうと思えば会えることと、何もしなくても毎日会えることは違う。
みたらしっぽにとって、この中学校はただ勉強する場所ではなかった。
シュガーシロップと一緒に入学した。
FoFで知り合ったつきみが、同じ学校にいると知った。
キャラメルと出会った。
一つ下の学年へチョコチップが入学し、ゲームの中でしか知らなかった後輩と現実でも顔を合わせるようになった。
廊下で会えば話した。
放課後になれば、誰かの教室へ顔を出した。
何でもない会話の続きを、夜にはFoFで話すこともあった。
バーチャル世界で知り合った人と、現実の同じ校舎で過ごす。
そんな日常が、いつの間にか当たり前になっていた。
卒業するということは、その当たり前が一つ終わるということだった。
「みた先輩、写真を撮りましょうか?」
放課後、チョコチップが端末を持って教室へやってきた。
黒板には、
<卒業まで、あと二日>
と書かれている。
「写真?」
「四人で。黒板の前に並んでください」
「チョコは入らないの?」
シュガーシロップが聞く。
「今日は、卒業する皆さんの写真ですから」
「撮ったあと、チョコも入ろうよ」
みたらしっぽが言うと、チョコチップは少し迷った。
「でも……」
「一枚増えても困らないでしょ」
つきみが言う。
「そうだよ。写真の容量なら十分ある」
「そういう問題でしょうか」
「そういう問題ということにしておこう」
最初の一枚は、四人だけで撮った。
シュガーシロップは大きく笑い、キャラメルはきれいに微笑み、つきみは少しだけ眠そうな顔をしている。
みたらしっぽは、自分では普通にしていたつもりだった。
けれど、撮れた写真を見ると、少しだけ落ち着かない顔をしていた。
二枚目は、近くにいたクラスメイトに端末を渡し、チョコチップも一緒に入った。
「もう少し近づいてー」
そう言われ、チョコチップはみたらしっぽの隣に立つ。
肩が触れない程度の、少しだけ遠慮した距離。
「チョコ、もう少しこっち」
シュガーシロップが腕を引く。
「わっ」
距離が縮まり、シャッター音が鳴った。
撮れた写真の中では、全員が少し驚いた顔で笑っていた。
「こっちの方がいいね」
キャラメルが言う。
「自然」
「私は少し驚いています」
チョコチップが写真を見ながら言った。
「でも……好きです。この写真」
「じゃあ、全員に送っておこう」
みたらしっぽが共有すると、五人の端末に同じ写真が保存された。
黒板には、あと二日。
その数字だけが、写真の中で妙にはっきり見えた。
最後の登校
卒業式の朝。
「みたー、起きてる?」
玄関の外から、聞き慣れた声がした。
みたらしっぽは鏡の前で、制服のネクタイを確認する。
曲がっていない。
今日は大丈夫だった。
たぶん。
鞄の内側には、小さな箱が入っている。
忘れていないことを確認してから、玄関を開けた。
外には、シュガーシロップが立っていた。
「おはよ」
「おはよう」
シュガーシロップはみたらしっぽの制服を上から下まで見る。
「今日はネクタイ曲がってないね」
「三年間の成果」
「でも、襟がちょっと折れてる」
「だめだった」
シュガーシロップが襟を直す。
入学式の日と、ほとんど同じだった。
あの日も、こうして制服を直されてから二人で歩いた。
「三年間、早かったな」
シュガーシロップが言う。
「早かった?」
「終わってみると」
「始まった時は長そうだったけどね」
「高校も同じ感じかな」
「たぶん」
「また、たぶんだ」
二人は、いつもの通学路を歩く。
角を曲がる。
横断歩道を渡る。
少し坂を上る。
三年間、何度も通った道だ。
春からは、別の道を歩く。
完全に来なくなるわけではない。
チョコチップがいる間は、この近くへ来ることもあるだろう。
それでも、制服を着てこの道を登校するのは今日が最後だった。
校門の前では、キャラメルとつきみが待っていた。
「おはよう」
キャラメルが手を振る。
「シロちゃん、今日は髪ちゃんとしてるね」
「卒業式だからな」
「毎日そうしてくれたらよかったのに」
「卒業する日に言う?」
つきみは鞄を抱えたまま、いつもより少し静かだった。
鞄の横には、ルナを模した小さなキーホルダー。
そして手には、犬の足跡が入ったハンカチが握られている。
「つきみ、それ泣く用?」
みたらしっぽが聞く。
「違う」
「じゃあ何用?」
「花粉」
「今日、そんなに飛んでる?」
「飛ぶかもしれない」
キャラメルがにこにこしながら、つきみを見る。
「ルナちゃん柄だね」
「たまたま」
「卒業式に合わせて持ってきたんじゃないの?」
「家にあったから」
「つきみちゃん、今日もかわいい機能性が多いね」
「朝からやめて」
つきみはハンカチを鞄へしまおうとした。
けれど少し考え、結局そのまま手に持っていた。
四人は並んで校門をくぐる。
入学式の日より背は伸びた。
制服にも慣れた。
校舎の中で迷うこともない。
それでも今日だけは、三年前の朝と同じくらい、少し落ち着かなかった。
「みたー、起きてる?」
玄関の外から、聞き慣れた声がした。
みたらしっぽは鏡の前で、制服のネクタイを確認する。
曲がっていない。
今日は大丈夫だった。
たぶん。
鞄の内側には、小さな箱が入っている。
忘れていないことを確認してから、玄関を開けた。
外には、シュガーシロップが立っていた。
「おはよ」
「おはよう」
シュガーシロップはみたらしっぽの制服を上から下まで見る。
「今日はネクタイ曲がってないね」
「三年間の成果」
「でも、襟がちょっと折れてる」
「だめだった」
シュガーシロップが襟を直す。
入学式の日と、ほとんど同じだった。
あの日も、こうして制服を直されてから二人で歩いた。
「三年間、早かったな」
シュガーシロップが言う。
「早かった?」
「終わってみると」
「始まった時は長そうだったけどね」
「高校も同じ感じかな」
「たぶん」
「また、たぶんだ」
二人は、いつもの通学路を歩く。
角を曲がる。
横断歩道を渡る。
少し坂を上る。
三年間、何度も通った道だ。
春からは、別の道を歩く。
完全に来なくなるわけではない。
チョコチップがいる間は、この近くへ来ることもあるだろう。
それでも、制服を着てこの道を登校するのは今日が最後だった。
校門の前では、キャラメルとつきみが待っていた。
「おはよう」
キャラメルが手を振る。
「シロちゃん、今日は髪ちゃんとしてるね」
「卒業式だからな」
「毎日そうしてくれたらよかったのに」
「卒業する日に言う?」
つきみは鞄を抱えたまま、いつもより少し静かだった。
鞄の横には、ルナを模した小さなキーホルダー。
そして手には、犬の足跡が入ったハンカチが握られている。
「つきみ、それ泣く用?」
みたらしっぽが聞く。
「違う」
「じゃあ何用?」
「花粉」
「今日、そんなに飛んでる?」
「飛ぶかもしれない」
キャラメルがにこにこしながら、つきみを見る。
「ルナちゃん柄だね」
「たまたま」
「卒業式に合わせて持ってきたんじゃないの?」
「家にあったから」
「つきみちゃん、今日もかわいい機能性が多いね」
「朝からやめて」
つきみはハンカチを鞄へしまおうとした。
けれど少し考え、結局そのまま手に持っていた。
四人は並んで校門をくぐる。
入学式の日より背は伸びた。
制服にも慣れた。
校舎の中で迷うこともない。
それでも今日だけは、三年前の朝と同じくらい、少し落ち着かなかった。
卒業証書
卒業式は、静かに始まった。
卒業生が体育館へ入り、決められた席に座る。
前には先生たち。
後ろには保護者。
横には在校生が並んでいる。
みたらしっぽは席へ向かう途中、在校生の列にチョコチップを見つけた。
目が合う。
チョコチップは小さく微笑み、ほんの少しだけ頭を下げた。
みたらしっぽも軽く頷く。
それだけだった。
けれど、彼女の表情はどこか固く見えた。
一人ずつ名前が呼ばれる。
返事をして立つ。
壇上へ進む。
証書を受け取る。
みたらしっぽの名前が呼ばれた。
「はい」
自分では普通に返事をしたつもりだった。
けれど、体育館に返ってきた声は、思ったより大きく聞こえた。
卒業証書を受け取る。
紙一枚。
けれど、手に持つと不思議に重かった。
三年間が、その中に全部入っているわけではない。
授業。
昼休み。
放課後。
笑ったこと。
困ったこと。
FoFの攻略を教室で考えたこと。
現実で会った仲間と、夜には別の姿で冒険したこと。
そういうものは、証書には書かれていない。
それでも、今日までここにいたという印にはなる。
席へ戻ると、シュガーシロップが小さく親指を立てた。
キャラメルは静かに笑っている。
つきみはいつも通りの顔をしていた。
ただし、さっきの犬柄のハンカチを膝の上で握っている。
やがて、最後の歌が始まった。
最初は誰もが普通に歌っていた。
けれど、途中から少しずつ声が揺れる。
隣のクラスから、鼻をすする音が聞こえた。
シュガーシロップが何度か瞬きをする。
「シロ、泣いてる?」
みたらしっぽが小さく聞く。
「泣いてない。目に何か入った」
「体育館の中で?」
「花粉」
少し離れたところで、つきみが犬柄のハンカチを目元へ当てた。
キャラメルがそれに気づき、何も言わずに微笑んだ。
つきみは視線だけで、
何も言わないで。
と訴えていた。
卒業式が終わり、教室へ戻る。
最後のホームルーム。
担任の先生は、いつもより少し長く教室を見回した。
「同じ学校へ進む人も、別の学校へ進む人もいる。町に残る人も、離れる人もいる」
教室は静かだった。
「今日で、毎日この教室に集まることは終わります。でも、ここでできた関係まで、今日で終わるわけではありません」
先生は少し笑った。
「次の場所では、新しい人にもたくさん出会ってください。今の友達を大事にすることと、新しい友達を作ることは、別のことではありません」
みたらしっぽは、その言葉を聞きながら黒板を見る。
<卒業おめでとう>
もう、残り日数は書かれていない。
数字はゼロになったのではなく、消えていた。
最後の挨拶が終わる。
クラスメイトたちは一斉に立ち上がった。
写真を撮る人。
先生のところへ行く人。
泣きながら抱き合う人。
いつも通りの調子で笑っている人。
「じゃあ、また春休みに」
「向こうでも元気で」
「こっち戻ってきたら連絡して」
それぞれが、それぞれの道へ向かう。
みたらしっぽも何人もの同級生と話した。
毎日顔を合わせていたのに、次に会う日は決まっていない。
それでも、別れの言葉はほとんどが、
さようなら。
ではなく、
またね。
だった。
教室から人が減っていく。
最後に残った机。
何も書かれていない黒板の端。
開いたままのカーテン。
つきみが窓際へ行き、端末を構えた。
小さなシャッター音が鳴る。
「何撮ったの?」
みたらしっぽが聞く。
「教室」
「資料用?」
「……忘れない用」
つきみは答えてから、少しだけ視線を逸らした。
キャラメルがすぐに反応する。
「つきみちゃん、今日は素直だね」
「卒業日限定」
「明日から戻るの?」
「戻る」
「もったいない」
「期間限定だから価値がある」
「ゲームみたいに言うんだ」
つきみは撮った写真を確認する。
誰もいない教室。
三年間使った机。
黒板の中央に残る、卒業おめでとうの文字。
「送る?」
つきみが聞いた。
「うん」
みたらしっぽは頷いた。
四人の端末に、同じ教室の写真が保存された。
卒業生が体育館へ入り、決められた席に座る。
前には先生たち。
後ろには保護者。
横には在校生が並んでいる。
みたらしっぽは席へ向かう途中、在校生の列にチョコチップを見つけた。
目が合う。
チョコチップは小さく微笑み、ほんの少しだけ頭を下げた。
みたらしっぽも軽く頷く。
それだけだった。
けれど、彼女の表情はどこか固く見えた。
一人ずつ名前が呼ばれる。
返事をして立つ。
壇上へ進む。
証書を受け取る。
みたらしっぽの名前が呼ばれた。
「はい」
自分では普通に返事をしたつもりだった。
けれど、体育館に返ってきた声は、思ったより大きく聞こえた。
卒業証書を受け取る。
紙一枚。
けれど、手に持つと不思議に重かった。
三年間が、その中に全部入っているわけではない。
授業。
昼休み。
放課後。
笑ったこと。
困ったこと。
FoFの攻略を教室で考えたこと。
現実で会った仲間と、夜には別の姿で冒険したこと。
そういうものは、証書には書かれていない。
それでも、今日までここにいたという印にはなる。
席へ戻ると、シュガーシロップが小さく親指を立てた。
キャラメルは静かに笑っている。
つきみはいつも通りの顔をしていた。
ただし、さっきの犬柄のハンカチを膝の上で握っている。
やがて、最後の歌が始まった。
最初は誰もが普通に歌っていた。
けれど、途中から少しずつ声が揺れる。
隣のクラスから、鼻をすする音が聞こえた。
シュガーシロップが何度か瞬きをする。
「シロ、泣いてる?」
みたらしっぽが小さく聞く。
「泣いてない。目に何か入った」
「体育館の中で?」
「花粉」
少し離れたところで、つきみが犬柄のハンカチを目元へ当てた。
キャラメルがそれに気づき、何も言わずに微笑んだ。
つきみは視線だけで、
何も言わないで。
と訴えていた。
卒業式が終わり、教室へ戻る。
最後のホームルーム。
担任の先生は、いつもより少し長く教室を見回した。
「同じ学校へ進む人も、別の学校へ進む人もいる。町に残る人も、離れる人もいる」
教室は静かだった。
「今日で、毎日この教室に集まることは終わります。でも、ここでできた関係まで、今日で終わるわけではありません」
先生は少し笑った。
「次の場所では、新しい人にもたくさん出会ってください。今の友達を大事にすることと、新しい友達を作ることは、別のことではありません」
みたらしっぽは、その言葉を聞きながら黒板を見る。
<卒業おめでとう>
もう、残り日数は書かれていない。
数字はゼロになったのではなく、消えていた。
最後の挨拶が終わる。
クラスメイトたちは一斉に立ち上がった。
写真を撮る人。
先生のところへ行く人。
泣きながら抱き合う人。
いつも通りの調子で笑っている人。
「じゃあ、また春休みに」
「向こうでも元気で」
「こっち戻ってきたら連絡して」
それぞれが、それぞれの道へ向かう。
みたらしっぽも何人もの同級生と話した。
毎日顔を合わせていたのに、次に会う日は決まっていない。
それでも、別れの言葉はほとんどが、
さようなら。
ではなく、
またね。
だった。
教室から人が減っていく。
最後に残った机。
何も書かれていない黒板の端。
開いたままのカーテン。
つきみが窓際へ行き、端末を構えた。
小さなシャッター音が鳴る。
「何撮ったの?」
みたらしっぽが聞く。
「教室」
「資料用?」
「……忘れない用」
つきみは答えてから、少しだけ視線を逸らした。
キャラメルがすぐに反応する。
「つきみちゃん、今日は素直だね」
「卒業日限定」
「明日から戻るの?」
「戻る」
「もったいない」
「期間限定だから価値がある」
「ゲームみたいに言うんだ」
つきみは撮った写真を確認する。
誰もいない教室。
三年間使った机。
黒板の中央に残る、卒業おめでとうの文字。
「送る?」
つきみが聞いた。
「うん」
みたらしっぽは頷いた。
四人の端末に、同じ教室の写真が保存された。
それぞれの道
校門前は、卒業生と保護者でにぎわっていた。
友人同士で写真を撮る人。
家族へ卒業証書を見せる人。
先生を囲む人。
花束や記念品を抱えたまま、いつまでも帰ろうとしない人。
みたらしっぽたち四人も、校門近くの木の下へ集まった。
「これで終わりかぁ」
シュガーシロップが校舎を見上げる。
「高校も同じだから、あんまり別れって感じしないけどね」
キャラメルが言う。
「同じ高校でも、毎日会うとは限らないよ」
つきみが続ける。
「校舎広いし、バーチャル側もあるし」
「じゃあ、会う努力が必要?」
みたらしっぽが聞く。
「みたは気づいたら、バーチャル校舎の端にいそう」
「初日から?」
「初日だから」
「否定できない」
シュガーシロップが周囲を見回す。
「チョコは?」
「式にはいたよ」
みたらしっぽも探す。
在校生たちはすでに片づけへ移ったのか、校門前にはあまり残っていない。
「来るって言ってなかった?」
「昨日、卒業式が終わったら挨拶に行きますって言ってたよ」
キャラメルも辺りを見る。
その時、校舎の陰から二人の姿が現れた。
前にいるのはチョコチップ。
その背中を、チョコミントが両手で押している。
「ミントちゃん、押さないでください。自分で歩けます」
「歩けてないから押してるの。さっきから校舎の角を三回往復してるじゃん」
「心の準備をしていたんです」
「準備しすぎ。先輩たち帰っちゃうよ」
「それは困りますけど……」
チョコチップの目元は赤かった。
泣いたあと、というより、まだ涙が止まりきっていない。
それでも、制服はきちんとしている。
髪も乱れていない。
泣きながらも、何とかいつも通りに見せようとしたのだろう。
「ほら、お姉ちゃん」
チョコミントが最後に軽く背中を押した。
チョコチップは数歩進み、みたらしっぽたちの前へ立つ。
「卒業……おめでとうございます」
声が震えていた。
「三年間、お疲れさまでした」
最後まで言い切る。
そして、深く頭を下げる。
顔を上げた時、また涙が一粒落ちた。
「チョコちゃん」
キャラメルが柔らかく呼ぶ。
「すみません」
チョコチップは慌てて涙を拭った。
「お祝いする日なのに、私が泣いてしまって」
「卒業式なんだから、泣いてもいいだろ」
シュガーシロップが言う。
「卒業するのは皆さんです」
「見送る方が泣くこともあるよ」
つきみが静かに付け足した。
チョコミントは少し離れた場所で腕を組んだ。
「昨日からずっと『大丈夫です』って言ってたけど、全然大丈夫じゃなかったから」
「ミントちゃん」
「だって本当でしょ」
チョコチップは否定しなかった。
代わりに、胸元で両手を握る。
「わかっているんです」
彼女は、ゆっくりと言った。
「皆さんがいなくなるわけではありません。夜になればFoFで会えます。バーチャル世界でも会えます。連絡だって、いつでもできます」
「うん」
みたらしっぽは頷いた。
「でも……明日から学校へ来ても、皆さんの教室には誰もいません」
チョコチップの声が、また少し揺れた。
「廊下で会うことも、放課後に教室へ行くこともできません。帰る時間が重なった時に、一緒に歩くことも……一年間、できなくなるんですよね」
誰も、すぐには返事をしなかった。
一晩会えないわけではない。
関係が途切れるわけでもない。
けれど、現実の学校で過ごしていた時間だけは、同じ形では残らない。
「一年だけだって、何度も思いました」
チョコチップは続ける。
「一年後には、私も同じ高校へ行けばいいんです。それまで勉強して、ちゃんと合格すればいいんです。わかっているのに……今日になったら、一年がすごく長く感じてしまって」
とうとう言葉が途切れた。
シュガーシロップがチョコチップの前へ行く。
そして、その肩を軽く叩いた。
「じゃあ、一年後、高校で待ってる」
チョコチップが顔を上げる。
「え……」
「私たちが先に行くだけ。チョコなら来るだろ?」
「はい」
「だったら、待ってる。高校で」
シュガーシロップはいつも通り、まっすぐ言った。
遠回しに慰めるのではなく、次の約束を決めるように。
「シロ先輩……」
「それに、学校のことは全部教えるよ」
キャラメルが言う。
「制服のことも、授業のことも、バーチャル校舎のことも。チョコちゃんが入る頃に、知らない場所にならないようにね」
「ありがとうございます」
「シロちゃんの失敗例もまとめておく」
「私の失敗、教材にするの?」
「すごく参考になると思うよ」
「何の?」
「やってはいけないことの」
「厳しい」
チョコチップの口元が、少しだけ緩んだ。
つきみはしばらく考えてから言った。
「校内図、作っておく」
「高校のですか?」
「一年あれば完成する」
「また、ルナちゃんの足跡つきでしょうか」
「目印として必要なら」
「かわいい目印ですね」
「機能性」
つきみは少しだけ横を向く。
耳が赤くなっている。
チョコチップは涙を拭いながら、今度はちゃんと笑った。
「楽しみにしています。つきみ先輩」
「うん」
三人の言葉を聞きながら、みたらしっぽは鞄へ手を入れた。
今朝から、何度もそこにあることを確認した小さな箱。
卒業式のための物ではない。
誰かから配られた記念品でもない。
チョコチップのために、自分で選んだものだった。
「チョコ」
「はい?」
「これ、渡そうと思ってた」
みたらしっぽは、小さな箱を差し出した。
チョコチップは涙の残る目を丸くする。
「私に、ですか?」
「うん。チョコに」
「開けてもいいですか?」
「もちろん」
チョコチップが箱を開く。
中には、淡い空色の小さな花飾りが入っていた。
花びらの先へ向かうほど、白く透けるような色へ変わっている。
チョコチップは、しばらく言葉を出せなかった。
「これ……」
「チョコのために用意した」
みたらしっぽは少しだけ視線を逸らす。
「FoFのチョコの髪にも少し似てるかなって」
「私のために、選んでくれたんですか?」
「うん」
チョコチップは箱の中の花を見つめたまま、また目に涙を浮かべた。
「チョコ、少しじっとしてて」
「え?」
「つけてもいい?」
チョコチップは一瞬だけ驚いたあと、小さく頷いた。
「……はい」
みたらしっぽは花飾りを箱から取り出した。
留め具を開き、チョコチップの黒い髪へそっとつける。
耳の少し上。
淡い空色の花が、春の光を受けて揺れた。
「どう?」
みたらしっぽが聞く。
チョコミントが先に答えた。
「似合ってる」
「似合ってるよ」
キャラメルも微笑む。
「うん。すごく似合ってる」
「FoFのチョコみたいだな」
シュガーシロップが言った。
「黒髪だから、花の色がきれいに見えるね」
つきみも小さく頷く。
チョコチップは、髪についた花へそっと触れた。
「ありがとうございます、みた先輩」
「一年間ずっと持ってて、とは言わないよ。そうしたら、約束じゃなくて負担になるかもしれないから」
みたらしっぽは、少し考えてから続けた。
「寂しくなくなったら、捨ててくれ」
チョコチップの目から、また涙が落ちる。
「そんなこと……できません」
「じゃあ、捨てられるくらい寂しくなくなるまで持ってて」
「一年後も、捨てられないと思います」
「それは、その時に考えよう」
「たぶん、その時も捨てません」
「まだ一年後だよ?」
「でも、わかります」
チョコチップは、泣きながら笑った。
その黒い髪に、みたらしっぽが選んだ花が揺れている。
チョコミントが端末を取り出した。
「写真、撮るよ」
「ミントちゃん、少し待ってください。顔が……」
「待ってたら、また泣くでしょ」
「今よりは整えられます」
「十分。ほら、先輩たちも並んで」
「ミントちゃん、勝手に進めないでください」
そう言いながらも、チョコチップは花飾りを外さなかった。
四人の卒業生。
一つ年下の後輩。
その妹。
六人が校門の前へ並ぶ。
「撮るよー」
「ミントちゃん、本当に少しだけ――」
シャッター音が鳴った。
写真の中で、シュガーシロップは笑っている。
キャラメルはきれいに微笑んでいる。
つきみは少し照れたような顔をしている。
みたらしっぽは、思ったより柔らかい表情をしていた。
チョコチップは涙の跡を残したまま、それでも笑っている。
黒い髪には、淡い空色の花飾り。
「もう一枚!」
チョコミントが言う。
「今度はちゃんと撮ってください」
「さっきもちゃんと撮ったよ」
「心の準備ができていませんでした」
「じゃあ、今度は笑って」
二度目のシャッター音が鳴った。
今度は、全員が笑っていた。
友人同士で写真を撮る人。
家族へ卒業証書を見せる人。
先生を囲む人。
花束や記念品を抱えたまま、いつまでも帰ろうとしない人。
みたらしっぽたち四人も、校門近くの木の下へ集まった。
「これで終わりかぁ」
シュガーシロップが校舎を見上げる。
「高校も同じだから、あんまり別れって感じしないけどね」
キャラメルが言う。
「同じ高校でも、毎日会うとは限らないよ」
つきみが続ける。
「校舎広いし、バーチャル側もあるし」
「じゃあ、会う努力が必要?」
みたらしっぽが聞く。
「みたは気づいたら、バーチャル校舎の端にいそう」
「初日から?」
「初日だから」
「否定できない」
シュガーシロップが周囲を見回す。
「チョコは?」
「式にはいたよ」
みたらしっぽも探す。
在校生たちはすでに片づけへ移ったのか、校門前にはあまり残っていない。
「来るって言ってなかった?」
「昨日、卒業式が終わったら挨拶に行きますって言ってたよ」
キャラメルも辺りを見る。
その時、校舎の陰から二人の姿が現れた。
前にいるのはチョコチップ。
その背中を、チョコミントが両手で押している。
「ミントちゃん、押さないでください。自分で歩けます」
「歩けてないから押してるの。さっきから校舎の角を三回往復してるじゃん」
「心の準備をしていたんです」
「準備しすぎ。先輩たち帰っちゃうよ」
「それは困りますけど……」
チョコチップの目元は赤かった。
泣いたあと、というより、まだ涙が止まりきっていない。
それでも、制服はきちんとしている。
髪も乱れていない。
泣きながらも、何とかいつも通りに見せようとしたのだろう。
「ほら、お姉ちゃん」
チョコミントが最後に軽く背中を押した。
チョコチップは数歩進み、みたらしっぽたちの前へ立つ。
「卒業……おめでとうございます」
声が震えていた。
「三年間、お疲れさまでした」
最後まで言い切る。
そして、深く頭を下げる。
顔を上げた時、また涙が一粒落ちた。
「チョコちゃん」
キャラメルが柔らかく呼ぶ。
「すみません」
チョコチップは慌てて涙を拭った。
「お祝いする日なのに、私が泣いてしまって」
「卒業式なんだから、泣いてもいいだろ」
シュガーシロップが言う。
「卒業するのは皆さんです」
「見送る方が泣くこともあるよ」
つきみが静かに付け足した。
チョコミントは少し離れた場所で腕を組んだ。
「昨日からずっと『大丈夫です』って言ってたけど、全然大丈夫じゃなかったから」
「ミントちゃん」
「だって本当でしょ」
チョコチップは否定しなかった。
代わりに、胸元で両手を握る。
「わかっているんです」
彼女は、ゆっくりと言った。
「皆さんがいなくなるわけではありません。夜になればFoFで会えます。バーチャル世界でも会えます。連絡だって、いつでもできます」
「うん」
みたらしっぽは頷いた。
「でも……明日から学校へ来ても、皆さんの教室には誰もいません」
チョコチップの声が、また少し揺れた。
「廊下で会うことも、放課後に教室へ行くこともできません。帰る時間が重なった時に、一緒に歩くことも……一年間、できなくなるんですよね」
誰も、すぐには返事をしなかった。
一晩会えないわけではない。
関係が途切れるわけでもない。
けれど、現実の学校で過ごしていた時間だけは、同じ形では残らない。
「一年だけだって、何度も思いました」
チョコチップは続ける。
「一年後には、私も同じ高校へ行けばいいんです。それまで勉強して、ちゃんと合格すればいいんです。わかっているのに……今日になったら、一年がすごく長く感じてしまって」
とうとう言葉が途切れた。
シュガーシロップがチョコチップの前へ行く。
そして、その肩を軽く叩いた。
「じゃあ、一年後、高校で待ってる」
チョコチップが顔を上げる。
「え……」
「私たちが先に行くだけ。チョコなら来るだろ?」
「はい」
「だったら、待ってる。高校で」
シュガーシロップはいつも通り、まっすぐ言った。
遠回しに慰めるのではなく、次の約束を決めるように。
「シロ先輩……」
「それに、学校のことは全部教えるよ」
キャラメルが言う。
「制服のことも、授業のことも、バーチャル校舎のことも。チョコちゃんが入る頃に、知らない場所にならないようにね」
「ありがとうございます」
「シロちゃんの失敗例もまとめておく」
「私の失敗、教材にするの?」
「すごく参考になると思うよ」
「何の?」
「やってはいけないことの」
「厳しい」
チョコチップの口元が、少しだけ緩んだ。
つきみはしばらく考えてから言った。
「校内図、作っておく」
「高校のですか?」
「一年あれば完成する」
「また、ルナちゃんの足跡つきでしょうか」
「目印として必要なら」
「かわいい目印ですね」
「機能性」
つきみは少しだけ横を向く。
耳が赤くなっている。
チョコチップは涙を拭いながら、今度はちゃんと笑った。
「楽しみにしています。つきみ先輩」
「うん」
三人の言葉を聞きながら、みたらしっぽは鞄へ手を入れた。
今朝から、何度もそこにあることを確認した小さな箱。
卒業式のための物ではない。
誰かから配られた記念品でもない。
チョコチップのために、自分で選んだものだった。
「チョコ」
「はい?」
「これ、渡そうと思ってた」
みたらしっぽは、小さな箱を差し出した。
チョコチップは涙の残る目を丸くする。
「私に、ですか?」
「うん。チョコに」
「開けてもいいですか?」
「もちろん」
チョコチップが箱を開く。
中には、淡い空色の小さな花飾りが入っていた。
花びらの先へ向かうほど、白く透けるような色へ変わっている。
チョコチップは、しばらく言葉を出せなかった。
「これ……」
「チョコのために用意した」
みたらしっぽは少しだけ視線を逸らす。
「FoFのチョコの髪にも少し似てるかなって」
「私のために、選んでくれたんですか?」
「うん」
チョコチップは箱の中の花を見つめたまま、また目に涙を浮かべた。
「チョコ、少しじっとしてて」
「え?」
「つけてもいい?」
チョコチップは一瞬だけ驚いたあと、小さく頷いた。
「……はい」
みたらしっぽは花飾りを箱から取り出した。
留め具を開き、チョコチップの黒い髪へそっとつける。
耳の少し上。
淡い空色の花が、春の光を受けて揺れた。
「どう?」
みたらしっぽが聞く。
チョコミントが先に答えた。
「似合ってる」
「似合ってるよ」
キャラメルも微笑む。
「うん。すごく似合ってる」
「FoFのチョコみたいだな」
シュガーシロップが言った。
「黒髪だから、花の色がきれいに見えるね」
つきみも小さく頷く。
チョコチップは、髪についた花へそっと触れた。
「ありがとうございます、みた先輩」
「一年間ずっと持ってて、とは言わないよ。そうしたら、約束じゃなくて負担になるかもしれないから」
みたらしっぽは、少し考えてから続けた。
「寂しくなくなったら、捨ててくれ」
チョコチップの目から、また涙が落ちる。
「そんなこと……できません」
「じゃあ、捨てられるくらい寂しくなくなるまで持ってて」
「一年後も、捨てられないと思います」
「それは、その時に考えよう」
「たぶん、その時も捨てません」
「まだ一年後だよ?」
「でも、わかります」
チョコチップは、泣きながら笑った。
その黒い髪に、みたらしっぽが選んだ花が揺れている。
チョコミントが端末を取り出した。
「写真、撮るよ」
「ミントちゃん、少し待ってください。顔が……」
「待ってたら、また泣くでしょ」
「今よりは整えられます」
「十分。ほら、先輩たちも並んで」
「ミントちゃん、勝手に進めないでください」
そう言いながらも、チョコチップは花飾りを外さなかった。
四人の卒業生。
一つ年下の後輩。
その妹。
六人が校門の前へ並ぶ。
「撮るよー」
「ミントちゃん、本当に少しだけ――」
シャッター音が鳴った。
写真の中で、シュガーシロップは笑っている。
キャラメルはきれいに微笑んでいる。
つきみは少し照れたような顔をしている。
みたらしっぽは、思ったより柔らかい表情をしていた。
チョコチップは涙の跡を残したまま、それでも笑っている。
黒い髪には、淡い空色の花飾り。
「もう一枚!」
チョコミントが言う。
「今度はちゃんと撮ってください」
「さっきもちゃんと撮ったよ」
「心の準備ができていませんでした」
「じゃあ、今度は笑って」
二度目のシャッター音が鳴った。
今度は、全員が笑っていた。
次の門へ
校門を出たあと、何度も振り返った。
中学校の校舎。
三年間通った場所。
ゲームの中で出会った人と、現実でも出会えた場所。
シュガーシロップと毎朝歩いた場所。
キャラメルと話し、つきみの知らなかった顔を知り、チョコチップが後輩として追いついてきた場所。
それが少しずつ遠くなる。
チョコチップとチョコミントは、校門前に残っていた。
チョコチップは髪につけた花飾りへ触れながら、こちらへ手を振っている。
シュガーシロップが大きく手を振り返した。
キャラメルも笑っている。
つきみは少し小さく、それでもしっかり手を振った。
みたらしっぽも腕を上げる。
「またね!」
チョコチップの声が届いた。
さようならではない。
またね。
教室で交わされた、たくさんの言葉と同じだった。
四人は歩き出す。
次に毎日通う場所は、だんのこまち第一高等学校。
現実の校舎。
バーチャル世界の校舎。
学校用アバター。
DPo-X。
まだ知らない授業。
まだ会ったことのない人たち。
今までより広い場所で、新しい日常が始まる。
「高校、楽しみになってきた」
シュガーシロップが言う。
「卒業式が終わったばかりなのに、切り替え早いね」
みたらしっぽが返す。
「だって、次があるだろ?」
「シロちゃん、入学式までに制服をきれいに着る練習しようね」
キャラメルが言う。
「またそこ?」
「大事だよ」
つきみは端末で、さっき撮った教室の写真を見ていた。
「高校の校内図、先に調べておこう」
「チョコ用?」
みたらしっぽが聞く。
「自分たち用でもある」
「足跡は?」
「必要なら」
「描くんだ」
「機能性だから」
三人が笑う。
中学校は終わった。
でも、何かが全部終わったわけではない。
同じ場所にいた時間を持ったまま、それぞれが次へ進んでいく。
みたらしっぽの端末に、新しい通知が届いた。
<だんのこまち第一高等学校 入学プログラムのご案内>
画面の向こうには、まだ見たことのない校舎が映っている。
みたらしっぽはその通知を開かず、いったん端末を閉じた。
今はもう少しだけ。
歩いてきた中学校への気持ちを、残しておきたかった。
それから、次の門へ向かえばいい。
中学校の校舎。
三年間通った場所。
ゲームの中で出会った人と、現実でも出会えた場所。
シュガーシロップと毎朝歩いた場所。
キャラメルと話し、つきみの知らなかった顔を知り、チョコチップが後輩として追いついてきた場所。
それが少しずつ遠くなる。
チョコチップとチョコミントは、校門前に残っていた。
チョコチップは髪につけた花飾りへ触れながら、こちらへ手を振っている。
シュガーシロップが大きく手を振り返した。
キャラメルも笑っている。
つきみは少し小さく、それでもしっかり手を振った。
みたらしっぽも腕を上げる。
「またね!」
チョコチップの声が届いた。
さようならではない。
またね。
教室で交わされた、たくさんの言葉と同じだった。
四人は歩き出す。
次に毎日通う場所は、だんのこまち第一高等学校。
現実の校舎。
バーチャル世界の校舎。
学校用アバター。
DPo-X。
まだ知らない授業。
まだ会ったことのない人たち。
今までより広い場所で、新しい日常が始まる。
「高校、楽しみになってきた」
シュガーシロップが言う。
「卒業式が終わったばかりなのに、切り替え早いね」
みたらしっぽが返す。
「だって、次があるだろ?」
「シロちゃん、入学式までに制服をきれいに着る練習しようね」
キャラメルが言う。
「またそこ?」
「大事だよ」
つきみは端末で、さっき撮った教室の写真を見ていた。
「高校の校内図、先に調べておこう」
「チョコ用?」
みたらしっぽが聞く。
「自分たち用でもある」
「足跡は?」
「必要なら」
「描くんだ」
「機能性だから」
三人が笑う。
中学校は終わった。
でも、何かが全部終わったわけではない。
同じ場所にいた時間を持ったまま、それぞれが次へ進んでいく。
みたらしっぽの端末に、新しい通知が届いた。
<だんのこまち第一高等学校 入学プログラムのご案内>
画面の向こうには、まだ見たことのない校舎が映っている。
みたらしっぽはその通知を開かず、いったん端末を閉じた。
今はもう少しだけ。
歩いてきた中学校への気持ちを、残しておきたかった。
それから、次の門へ向かえばいい。
捨てられない花
家に戻ってからも、私は花飾りを外せませんでした。
鏡の前に立つと、黒い髪の横で小さな花が揺れています。
みた先輩が、私のために選んでくれた花です。
淡い空色は、FoFでの私の髪に少し似ています。
でも、現実の黒い髪につけても、ちゃんと私の物に見えました。
「お姉ちゃん、それずっとつけてるの?」
ミントちゃんが後ろから聞きました。
「変でしょうか」
「全然。似合ってるよ」
「そうですか?」
「うん。先輩、お姉ちゃんに似合うのちゃんと選んだんだね」
その言葉に、また胸が少し熱くなりました。
「みた先輩が、自分で選んでくれたそうです」
「聞いてたよ。すぐ近くにいたし」
「そうでした」
「嬉しい?」
私は鏡の中の花を見ました。
「はい」
迷う必要はありませんでした。
「とても、嬉しいです」
ミントちゃんはベッドへ座り、私を見ます。
「もう寂しくない?」
私は少し考えました。
夜になれば、FoFで会えます。
ギルドハウスへ行けば、みたらしっぽさんも、シロ先輩も、つきみ先輩もいます。
キャラメル先輩とも、バーチャル世界で会えます。
明日から連絡が取れなくなるわけではありません。
それでも、学校へ行けば三年生の教室は空いています。
廊下を歩いても、先輩たちはいません。
だから、まだ寂しくないとは言えません。
「少しだけ、寂しいです」
私は正直に答えました。
「でも、朝よりは大丈夫です」
「花のおかげ?」
「花だけではありません」
シロ先輩は、高校で待っていると言ってくれました。
キャラメル先輩は、高校のことを教えてくれると言いました。
つきみ先輩は、校内図を作ってくれます。
そして、みた先輩は。
夜になれば会えるから、これは昼間の分だと言って、私のために用意した花をくれました。
この花があれば、一年間ずっと寂しくないわけではありません。
でも、寂しい時間の先に何があるのかは、わかります。
「私も、同じ高校へ行きます」
「うん」
「そのために、今までより勉強します」
「お姉ちゃんなら大丈夫でしょ」
「油断はできません」
「そういうところ、お姉ちゃんだね」
机の上には、だんのこまち第一高等学校の案内が開かれています。
学校用アバター。
バーチャル校舎。
DPo-X。
先輩たちが、春から過ごす場所。
今の私には、まだ少し遠い場所です。
でも、一年後には。
「ミントちゃん」
「何?」
「この花、学校にもつけていっていいと思いますか?」
「お姉ちゃんがつけたいなら、つければ?」
「何か聞かれたら、少し恥ずかしいです」
「先輩からもらったって言えばいいじゃん」
「それが恥ずかしいんです」
「じゃあ、かわいいからつけてるって言えば?」
「それでは、みた先輩が用意してくれたことを隠しているみたいです」
ミントちゃんが笑います。
「めんどくさいなぁ」
「大事なことなんです」
私は、花飾りへもう一度触れました。
寂しくなくなったら、捨ててくれ。
そう言われました。
けれど、その頃にはきっと、この花は寂しさだけを表す物ではなくなっています。
一年間、目指す場所を忘れないための目印。
現実で離れていても、関係がなくなったわけではないという証拠。
次の春へ進むための、小さな約束です。
端末に通知が届きました。
<みたらしっぽ がログインしました>
続いて。
<シュガーシロップ がログインしました>
<つきみ がログインしました>
夜になれば、また会えます。
私は花飾りをつけたまま、コネクトの準備を始めました。
現実では黒い髪。
FoFでは水色の髪。
どちらの私にも、待っていてくれる人がいます。
寂しくなくなったら捨てていい、と言われました。
けれど一年後。
私はその花を捨てることなく、髪につけたまま、だんのこまち第一高等学校の門をくぐることになります。
鏡の前に立つと、黒い髪の横で小さな花が揺れています。
みた先輩が、私のために選んでくれた花です。
淡い空色は、FoFでの私の髪に少し似ています。
でも、現実の黒い髪につけても、ちゃんと私の物に見えました。
「お姉ちゃん、それずっとつけてるの?」
ミントちゃんが後ろから聞きました。
「変でしょうか」
「全然。似合ってるよ」
「そうですか?」
「うん。先輩、お姉ちゃんに似合うのちゃんと選んだんだね」
その言葉に、また胸が少し熱くなりました。
「みた先輩が、自分で選んでくれたそうです」
「聞いてたよ。すぐ近くにいたし」
「そうでした」
「嬉しい?」
私は鏡の中の花を見ました。
「はい」
迷う必要はありませんでした。
「とても、嬉しいです」
ミントちゃんはベッドへ座り、私を見ます。
「もう寂しくない?」
私は少し考えました。
夜になれば、FoFで会えます。
ギルドハウスへ行けば、みたらしっぽさんも、シロ先輩も、つきみ先輩もいます。
キャラメル先輩とも、バーチャル世界で会えます。
明日から連絡が取れなくなるわけではありません。
それでも、学校へ行けば三年生の教室は空いています。
廊下を歩いても、先輩たちはいません。
だから、まだ寂しくないとは言えません。
「少しだけ、寂しいです」
私は正直に答えました。
「でも、朝よりは大丈夫です」
「花のおかげ?」
「花だけではありません」
シロ先輩は、高校で待っていると言ってくれました。
キャラメル先輩は、高校のことを教えてくれると言いました。
つきみ先輩は、校内図を作ってくれます。
そして、みた先輩は。
夜になれば会えるから、これは昼間の分だと言って、私のために用意した花をくれました。
この花があれば、一年間ずっと寂しくないわけではありません。
でも、寂しい時間の先に何があるのかは、わかります。
「私も、同じ高校へ行きます」
「うん」
「そのために、今までより勉強します」
「お姉ちゃんなら大丈夫でしょ」
「油断はできません」
「そういうところ、お姉ちゃんだね」
机の上には、だんのこまち第一高等学校の案内が開かれています。
学校用アバター。
バーチャル校舎。
DPo-X。
先輩たちが、春から過ごす場所。
今の私には、まだ少し遠い場所です。
でも、一年後には。
「ミントちゃん」
「何?」
「この花、学校にもつけていっていいと思いますか?」
「お姉ちゃんがつけたいなら、つければ?」
「何か聞かれたら、少し恥ずかしいです」
「先輩からもらったって言えばいいじゃん」
「それが恥ずかしいんです」
「じゃあ、かわいいからつけてるって言えば?」
「それでは、みた先輩が用意してくれたことを隠しているみたいです」
ミントちゃんが笑います。
「めんどくさいなぁ」
「大事なことなんです」
私は、花飾りへもう一度触れました。
寂しくなくなったら、捨ててくれ。
そう言われました。
けれど、その頃にはきっと、この花は寂しさだけを表す物ではなくなっています。
一年間、目指す場所を忘れないための目印。
現実で離れていても、関係がなくなったわけではないという証拠。
次の春へ進むための、小さな約束です。
端末に通知が届きました。
<みたらしっぽ がログインしました>
続いて。
<シュガーシロップ がログインしました>
<つきみ がログインしました>
夜になれば、また会えます。
私は花飾りをつけたまま、コネクトの準備を始めました。
現実では黒い髪。
FoFでは水色の髪。
どちらの私にも、待っていてくれる人がいます。
寂しくなくなったら捨てていい、と言われました。
けれど一年後。
私はその花を捨てることなく、髪につけたまま、だんのこまち第一高等学校の門をくぐることになります。