だんのこまち@wiki
超大型アップデート
最終更新:
dannocomachi
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告知
その日、FoFの町はいつもより少しだけ騒がしかった。
いや、少しだけではない。
かなり騒がしかった。
王都ペル・ゼノンの中央広場には、普段から人が集まる。
クエストを受ける人。
露店を見る人。
パーティー募集を眺める人。
何もせず広場の噴水前で話している人。
そこに今日は、さらに人が増えていた。
広場中央に浮かぶ大型告知ウィンドウ。
その前に、プレイヤーが何重にも集まっている。
「……見えない」
みたらしっぽは人混みの後ろで呟いた。
視界を少し上にずらすと、プレイヤーの名前表示ばかりが重なっている。
全員が同じ方向を見ているせいで、広場全体が一つの生き物みたいにざわついていた。
「みた、こっち」
つきみの声がした。
見ると、つきみが少し高い石段の上に立って手を振っている。
身軽に人の間を抜けていく姿は、さすがだった。
みたらしっぽはなんとか石段までたどり着く。
「すごい人だね」
スフレが言った。
「イベント前でもここまでじゃないよね」
ガトーショコラが周囲を見回す。
「公式の大型告知だからね。しかも昨日からずっと予告出してたし」
「ついに来るかぁ」
シュガーシロップが腕を組む。
「新しい強いやつ」
「言い方」
みたらしっぽが言うと、シュガーシロップは当然のように頷いた。
「でも、だいたいそうでしょ」
「まあ、否定はできないけど」
エクレアは落ち着きなく足踏みしている。
「新クラスあるかな? PvP向きのやつあるかな? いや、レイド向きでもいいけど。新武器も欲しい!」
「落ち着きなさい」
アイリスが横から言う。
「まだ告知も始まってないわ」
「始まってないから落ち着かないんだよ」
「理屈になってないわよ」
「なってる!」
「なってないわ」
つきみが二人を見ながら、にこにこしていた。
「アイリス、最近エクレアへのツッコミ早くなったね」
「慣れただけよ」
「仲良しだ」
「違うわ」
「違わないよね?」
「つきみ?」
「はい、黙ります」
いつものやり取り。
でも、広場の熱気があるせいか、どこか落ち着かない。
みたらしっぽも、さっきから何度も告知ウィンドウの時間表示を見ていた。
<大型アップデート情報公開まで>
<00:00:10>
数字が減っていく。
九。
八。
七。
広場のざわめきが少しずつ小さくなる。
六。
五。
四。
誰かが息を呑む音がした。
三。
二。
一。
大型ウィンドウが白く光った。
次の瞬間、王都の空に、見たことのない大陸の映像が広がった。
最初に見えたのは、海だった。
青ではない。
黒に近い、冷たい海。
その先に、白い霧がかかっている。
霧の奥から、巨大な氷山がゆっくり姿を現した。
山ではない。
城壁にも見えるほど大きな氷の塊。
その上に、雪をかぶった山脈が連なっている。
風が吹いた。
画面越しなのに、肌が冷えるような気がした。
<新大陸発見>
<新フィールド解禁>
<永劫の凍土>
文字が浮かんだ瞬間、広場がどっと沸いた。
「新大陸!」
「うわ、寒そう!」
「これ絶対高難易度じゃん!」
「雪原フィールド来た!」
「レイドある!?」
声が重なる。
みたらしっぽも、思わず画面に見入っていた。
永劫の凍土。
明らかに今までのフィールドとは空気が違う。
映像の中では、吹雪の中を巨大な影が歩いていた。
四足歩行の魔物。
空を飛ぶ氷の鳥。
遠くの山肌には、何かの遺跡らしき黒い線が見える。
そして最後に、氷に覆われた巨大な城のようなものが一瞬だけ映った。
「今の、城?」
ガトーショコラが小さく言った。
「たぶん。ダンジョンかレイド入口かも」
つきみが答える。
「一瞬しか映ってないのによく見えたね」
「見えたというか、そういう映し方だった」
「やりこみ勢の見方してる」
「まだ普通だよ」
「普通かなぁ」
つきみは軽く言ったけれど、みたらしっぽは少しだけ感心していた。
最近のつきみは、ただ強いだけではなく、情報の拾い方が変わってきている。
敵の動き。
地形。
告知映像の一瞬の違和感。
そういうものを見る目が、少しずつ鋭くなっている。
「推奨レベル、出たわ」
アイリスが言った。
ウィンドウの端に、赤い注意書きが表示される。
<永劫の凍土は高難易度フィールドです>
<低温環境による継続デバフが発生します>
<特殊耐性装備、耐寒料理、環境適応スキルを推奨します>
<初回探索は複数パーティーでの行動を推奨します>
「……行く?」
シュガーシロップが言った。
声はもう行く気だった。
みたらしっぽは告知をもう一度見る。
高難易度。
低温環境。
耐寒料理。
複数パーティー推奨。
そして、映像の奥にいた巨大な影。
「今日は行かない」
みたらしっぽは言った。
シュガーシロップが驚いた顔をする。
「行かないの?」
「行きたいけど、行かない」
「なんで?」
「たぶん、今行ったら何もわからないまま凍る」
「凍るのかぁ」
「凍ると思う」
「それはちょっと面白そうだけど」
「面白さで死にに行かないで」
アイリスが即座に言った。
「みたらしっぽの判断に賛成よ。情報が足りなさすぎるわ」
「ほら、アイリスもこう言ってる」
「別にあなたを褒めたわけじゃないわ。普通の判断をしただけ」
「はいはい」
「わかってるならいいわ」
エクレアがうずうずしながら手を上げる。
「じゃあ、今日は準備?」
「うん。情報集めと、装備確認と、耐寒手段の確認」
「戦わないの?」
「たぶん、戦う前の準備」
「それも戦いだね!」
「エクレアが言うと全部戦いになるなぁ」
スフレはすでにメニューを開いていた。
「耐寒料理……素材次第だけど、作れるものあるかも。効果時間が短いから、数が必要かもしれない」
ガトーショコラも頷く。
「新フィールド来るなら、商店街や掲示板もチェックしないと。素材の相場、すぐ荒れそう...」
「絶対荒れる」
つきみが言った。
「寒冷地素材は初日が一番高いよ」
「経験者?」
「別ゲーで何度も見た」
「信頼できる」
大型告知はまだ続いていた。
新クラス。
新装備。
新ダンジョン。
超高難易度レイド。
画面に出る情報の一つ一つに、広場のプレイヤーたちが歓声を上げる。
でも、みたらしっぽの視線は、ずっと雪に覆われた新大陸に引っかかっていた。
綺麗だった。
怖かった。
行きたいと思った。
でも、まだ早いとも思った。
そう思えるようになったことが、少しだけ不思議だった。
昔の自分なら、たぶん流れで行っていた。
進めるまで奥まで行って、危なくなったら帰ればいいと思っていた。
でも今は、ギルドのリーダーとして前に立つことを覚え始めている。
自分だけ逃げるわけにはいかない。
そう考えるようになったのは、たぶん、つきみから教わっているからだ。
それから、レイドで失敗しかけたからだ。
そして、隣にいる人たちのことを、前より考えるようになったからだ。
「永劫の凍土、か」
みたらしっぽは小さく呟いた。
いつか行く。
でも、今日ではない。
今日するべきことは、そこへ行くための準備だった。
大人気MMORPGとしての風格
大型アップデートの影響は、想像以上だった。
その日の夜には、FoFの話題がバーチャル世界内のニュース欄に並んでいた。
<Frontier of Fortune、超大型アップデートを発表>
<新大陸“永劫の凍土”に注目集まる>
<新クラス追加で復帰勢・新規勢が急増>
<配信者たちが一斉にFoF特集を開始>
みたらしっぽは、カフェのんびりひっそりの窓際席でその一覧を見ていた。
膝の上には、いつもの白い猫がいる。
膝を動かすと怒られそうなので、姿勢はほぼ固定だった。
「すごいですね」
チロルが紅茶を置きながら言った。
「昨日からお客さんの中でもFoFの話をしてる人が増えました」
「やっぱり?」
「はい。普段ゲームの話をしない人まで、新しい雪の大陸がどうとか言ってました」
「雪の大陸」
コハクがカウンターから顔を出す。
「猫は寒い場所が苦手です」
「猫の感想なんだ」
「大事です」
「大事かぁ」
みたらしっぽはニュースを閉じて、告知ページをもう一度開いた。
新クラスの一覧が並んでいる。
ガーディアン。
首飾師。
鎖術師。
フォース。
聞いたことのない戦い方が、いくつも増える。
その中でも、みたらしっぽの目はガーディアンの項目に止まっていた。
防御能力に優れ、仲間を守ることに特化した前衛クラス。
敵の攻撃を引き受け、位置を固定し、戦線を支える。
「ガーディアン……」
「気になるんですか?」
チロルが聞いた。
「新しい目標ですか?」
「目標というか、選択肢かな。僕は今マジックナイトを目指してるけど、前衛としての動きはもっと知りたいから」
「みたらしっぽさん、最近ずっと前に立つ話をしてますね」
「してる?」
「してます」
コハクが即答した。
「猫の進路管理から始まり、敵の向き、盾の角度、味方の視界、寒冷地での立ち位置まで話しています」
「そんなに話してた?」
「話していました」
「ごめん」
「いえ、面白いので問題ありません」
問題ないらしい。
チロルは少し考えてから、空いている向かいの席に座った。
店内は今、客が少ない。
猫たちもそれぞれ好きな場所で寝ている。
のんびりひっそりらしい時間だった。
「私も、FoFに少しログインしてみようかなって思ってます」
「お、ついに?」
「ついに、というほどではないですけど。アップデートで人が増えてるなら、私みたいなボチボチ勢でも入りやすいかなって」
「入りやすいと思うよ。むしろ今、新規の人多いし」
「その代わり、混んでそうですね」
「かなり混んでる」
「そこは困ります」
「のんびりできない?」
「できませんね」
チロルは真面目に頷いた。
その横で、コハクがカップを拭きながら言う。
「チロルさんがFoFへ行くなら、店番は私がします」
「え、いいの?」
「はい。猫と相談しました」
「また猫と相談したんだ」
「目が合いました」
「それは相談なのかな」
「相談です」
コハクの中では相談らしい。
チロルは少し笑ってから、みたらしっぽを見た。
「それで、もしよかったらなんですけど」
「うん」
「団ノ子って、まだメンバー募集してますか?」
みたらしっぽは少しだけ目を丸くした。
「え、チロルさんが?」
「はい。ちゃんと毎日行けるわけじゃないですし、強い敵もすぐには無理ですけど」
「それでも全然いいよ」
「本当に?」
「うん。団ノ子は、毎日レイドに行かないとダメとか、そういうギルドじゃないし」
「それなら、入ってみたいです」
その言葉は、思ったより嬉しかった。
レイドで出会った人。
コロシアムで出会った人。
そして、カフェで出会った人。
出会い方は違っても、同じ世界でまた会えるなら、それはきっと楽しい。
「じゃあ、今度ログインした時に招待するよ」
「お願いします」
「コハクさんは?」
みたらしっぽが聞くと、コハクは少しだけ首を傾げた。
「私は店番があるので、ずっとはできませんが...」
「うん」
「ただ、チロルさんがFoF内で迷子になった時に連絡が取れると便利です」
「迷子前提なんだ」
「前提です」
「コハク?」
「事実です」
チロルが少しむっとする。
でも、否定はしなかった。
「なので、在籍だけしておくのは可能ですか?」
「もちろん」
「では、私は店番兼連絡係ということで」
「ギルドでも店番なんだ」
「猫カフェの平和は守ります」
「頼もしい」
そうして、カフェのんびりひっそりからも、団ノ子に新しいつながりができた。
まだ申請ボタンを押したわけではない。
でも、もうほとんど決まったような空気だった。
膝の上の猫が、小さく鳴く。
まるで、それでいいと言っているみたいだった。
新しい名前たち
アップデートから数日後、団ノ子の募集欄には見慣れない名前が増えていた。
プレイヤー数が増えた影響で、どのギルドも募集と申請で忙しくなっているらしい。
大手ギルドは条件を細かく出し始め、中堅ギルドは新規支援を掲げ、小さなギルドもそれぞれの色を出そうとしていた。
団ノ子は、相変わらずだった。
<FoFをのんびりでもがっつりでも遊びたい人歓迎>
ガトーショコラが少し整えた募集文は、なんとも団ノ子らしかった。
「これ、募集幅広すぎない?」
みたらしっぽが聞くと、ガトーショコラは平然と答えた。
「うちは広いくらいでちょうどいい」
「でも、がっつりとのんびりが同時に入ってる」
「両方いるでしょ」
「いる」
実際、いた。
シュガーシロップとエクレアは新しい強敵や対人戦の話になるとすぐ前のめりになる。
つきみは攻略情報を集め始めると止まらない。
アイリスは止まらない人たちを止めるために、結局誰よりも情報を読んでいる。
スフレは耐寒料理の試作に入り、ガトーショコラは新大陸周辺のNPC会話を追っている。
そしてみたらしっぽは、前衛として何が必要かを考えながら、ファイターとパラディンのレベル上げを続けていた。
広くていいのかもしれない。
そう思った頃、一件の申請が届いた。
<ロウガン・ロースト>
プロフィール欄には、短い文章が書かれていた。
<前衛志望。タンク練習中。機械整備もやっている>
「機械整備?」
シュガーシロップが首を傾げる。
「FoFに機械なんてあったっけ?」
「NPCの移動用のとか、ツールにある」
ガトーショコラが答える。
「プレイヤーが直接扱えるものは限られてるけど、整備したりするクエストはたくさんあるはず」
「へぇ。そんなのあるんだ」
「シロは戦闘以外も見ようね」
「見てるよ。敵の弱点とか」
「それは戦闘」
申請者を呼ぶと、少しして広場の端に一人の男性アバターが現れた。
ロウガン・ロースト。
落ち着いた雰囲気の前衛装備。
大きな盾を背負い、腰には整備道具らしきポーチをいくつも下げている。
姿だけ見ると、歴戦のベテランという言葉が似合った。
「ロウガン・ローストだ。申請、見てくれてありがとう」
声も落ち着いている。
シュガーシロップが小さく言った。
「イケおじだ」
「聞こえてる」
ロウガンが少し笑う。
「それと、俺は一応まだ二十八だ」
「若い」
エクレアが思わず言った。
「え、二十八ってそんなに若いか?」
シュガーシロップが聞く。
アイリスが真顔で返す。
「少なくとも、おじ扱いするには早いわ」
「じゃあ、イケ兄?」
「それも本人の前で言うことではないわ」
ロウガンは困ったように笑った。
「呼び方は任せる。タンクとしてはまだ練習中だ。今回ガーディアンが実装されたから、そこを目指している」
「ガーディアン、気になってました」
みたらしっぽはすぐに反応した。
「僕も前衛の動きを練習してて」
「ファイターか?」
「今はファイター中心で、パラディンも上げています。今はマジックナイトを目指してるんですけど」
「なるほど」
ロウガンは少しだけ考えた。
それから、短く言う。
「なら、下がり方を覚えるといい」
「下がり方?」
「前衛は前に出る役だが、前に出続ける役じゃない。下がる時に敵の向きと味方の位置を崩さない。そこを覚えると、だいぶ変わる」
みたらしっぽは思わず黙った。
つきみに言われたことと、似ている。
でも、少し違う角度だった。
避けすぎるな。
下がりすぎるな。
そう言われていたところに、ロウガンは「下がり方」と言った。
「……なるほど」
つきみが横で頷く。
「今の、いいね」
「つきみに刺さった」
ガトーショコラが言う。
「うん。すごく大事」
ロウガンは何度も話すタイプではなさそうだった。
けれど、言葉の置き方が的確だった。
まるで機械の部品を一つずつ確認するみたいに、必要なところだけを見る。
みたらしっぽは、この人から学べることがありそうだと思った。
「団ノ子は、かなり自由なギルドです」
みたらしっぽは言った。
「毎日固定で何かするわけじゃないですけど、それでもよければ」
「その方がありがたい。整備クエストもやってるの都合で、おそらく顔を出せる時間にばらつきがある」
「じゃあ、よろしくお願いします」
招待を送る。
ロウガンは少しだけ間を置いて、承認した。
<ロウガン・ロースト がギルド『団ノ子』に加入しました>
「よろしく頼む」
「よろしく!」
エクレアが元気よく返す。
シュガーシロップはすでにロウガンの盾を見ていた。
「その盾、重い?」
「重い」
「持ってみたい」
「落とすなよ」
「落とさない!」
「シロ、絶対振り回すでしょ」
「ちょっとだけ」
「ちょっとでもダメだと思う」
一人増えただけで、また少し空気が変わった。
団ノ子はそうやって、少しずつにぎやかになっていく。
次に来たのは、召喚士だった。
名前はルカ。
金色の髪に、大きな魔道書。
ぱっと見た印象は、いかにも魔法職。
けれど、本人はかなり困った顔をしていた。
「えっと、ルカです。召喚士をやっています」
「召喚士!」
エクレアが目を輝かせる。
「かっこいい!」
「ありがとうございます。ただ、少し問題があって」
「問題?」
ルカは魔道書を両手で抱え直した。
「召喚できる使い魔が増えすぎて、戦闘中に探すのが大変なんです」
「そんなことあるの?」
シュガーシロップが聞く。
「あります」
ルカは真面目に頷いた。
「火属性、小型、中型、飛行型、索敵用、採取補助、移動補助、照明、暖房、冷却、荷物持ち、あと観賞用」
「観賞用」
スフレが反応した。
「かわいいの?」
「かわいいです」
「見たい」
「今ですか?」
「今」
ルカは魔道書を開いた。
ページがぱらぱらと高速でめくれる。
「えっと、観賞用……観賞用……あれ、どこでしたっけ。採取補助の後ろで、照明の前だった気が……」
「本当に探してる」
ガトーショコラが楽しそうに覗き込む。
数秒後、魔法陣が足元に浮かんだ。
ぽん、と小さな音がして、丸い毛玉のような使い魔が現れる。
「かわいい」
スフレが即答した。
「かわいいね」
みたらしっぽも頷いた。
毛玉の使い魔は、何もせずその場でふるふる震えている。
戦闘能力はなさそうだ。
でも、場の空気を和らげる力はかなりあった。
「この子は何ができるの?」
エクレアが聞く。
「かわいいです」
ルカが答える。
「それ能力なんだ」
「能力です」
コハクが聞いたら強く頷きそうだ、とみたらしっぽは思った。
「召喚士として戦闘もできます。ただ、たくさん選べる分、状況判断が遅れることがあって。いろいろな人と遊びながら慣れたいんです」
「それならうちは、たぶんちょうどいいよ」
みたらしっぽは言った。
「戦闘もするし、探索もするし、生産もするし、猫の話もする」
「猫?」
「最近増えた要素」
「ギルドの説明に猫が入るんだ」
アイリスがため息をつく。
「でも間違ってはいないのが困るわね」
「猫はだいたい正義だからね!」
エクレアが言う。
ルカは少し戸惑ったあと、笑った。
「楽しそうですね」
「楽しいよ」
そのまま招待を送る。
<ルカ がギルド『団ノ子』に加入しました>
毛玉の使い魔が、加入通知に合わせるように一度跳ねた。
かわいい。
たしかに能力だった。
その次は、少し変わった申請だった。
<ティオ>
プロフィールにはこう書かれていた。
<ウィザード。料理人志望。料理は好き。でも料理系ギルドは少し苦手>
「苦手?」
みたらしっぽが首を傾げる。
「会ってみたら?」
ガトーショコラが言う。
「文章の時点でちょっと面白い」
呼び出しに応じて現れたティオは、明るい黄色の髪に、少し大きめの帽子を乗せたウィザードだった。
杖を持っている。
でも、腰にはなぜか調理道具がある。
「ティオだよ~ 戦闘クラスはウィザード。料理人志望。」
「ウィザードで料理人志望」
シュガーシロップが復唱する。
「火力高そう」
「火力は任せて。強火でも弱火でも戦闘から調理までなんでも」
「火加減と戦闘を同じところに置くんだ」
ティオは少し周囲を見回してから、言葉を続けた。
「料理系ギルドも見たんだけど、なんというか、すごくきっちりしてて」
「きっちり?」
スフレが聞く。
「納品数とか、品質基準とか、イベント出店のシフトとか、レシピ研究会の発表とか」
「あー」
ガトーショコラが納得したように声を出す。
「本格的なところは本格的だよね」
「でも、自分のペースで料理できなそうだし、ボクには向いてないかなぁ」
ティオはそこで少し間を置いた。
「めんどくさそう」
あまりにも素直だった。
アイリスが静かに言う。
「最後が本音ね」
「そうだよ~」
「認めるの早いわ」
みたらしっぽは笑ってしまった。
スフレも少し楽しそうにしている。
「料理、何を作りたいの?」
「効果料理も作りたいし、普通に美味しそうなものも作りたいなぁ。今はちゃんと耐寒料理についても調べてるよ~。永劫の凍土、寒そうだし」
「寒そうどころじゃなさそうだけどね」
「温かいスープが必須だね~」
ティオはそう言って、目を輝かせた。
「新しい土地が増えるってことは、そこで必要な料理も増えるから、それに合わせて料理するのもいいよね~」
その言葉に、スフレが静かに頷いた。
「わかる」
二人の距離が縮まった気がした。
みたらしっぽは、こういう瞬間を見るのが好きだった。
戦闘で強い人。
探索が好きな人。
召喚を極めたい人。
料理をしたい人。
それぞれ違う理由でFoFに来ているのに、同じ場所で話がつながる。
「団ノ子は、料理のノルマとかはないよ」
みたらしっぽは言った。
「作りたい時に作って、行きたい時に行く感じ」
「最高だね」
ティオが即答した。
「好きなように料理しててもいいなら、ボクはギルド入りたいなぁ」
「理由がはっきりしてるなぁ」
招待を送る。
<ティオ がギルド『団ノ子』に加入しました>
ティオは嬉しそうに杖を掲げた。
「みんなよろしくね~ まずは耐寒スープでも作るよ~」
「もう作るんだ」
「新大陸にはいくんでしょ~」
「今日は行かないけどね」
「じゃあ、行く日までにいっぱい作らいないとね~」
その前向きさは、かなり頼もしかった。
チロルのログイン
チロルがFoFにログインしたのは、その週末だった。
場所は王都ペル・ゼノンの初心者広場。
大型アップデートの影響で、初心者広場は今までにないほど混んでいた。
初期装備のプレイヤーが大量にいる。
操作説明を受ける人。
武器を選ぶ人。
町の出口を探して迷う人。
そして、その流れに少し困った顔で立っているチロル。
「こっちです」
みたらしっぽが声をかけると、チロルはほっとしたように手を振った。
「みたらしっぽさん。よかった、見つけました」
「すごい人ですね」
「はい。カフェとは正反対です」
「だよね」
チロルのFoFアバターは、カフェにいる時と雰囲気が少し違っていた。
やわらかい印象はそのままだけれど、装備を着ているせいか、少しだけ冒険者らしい。
それでも、人混みの中で遠慮がちに立っている姿は、やっぱりチロルだった。
少し遅れて、コハクもログインしてきた。
「到着しました」
「コハクさんも来たんだ」
「チロルさんの初回ログインを確認するためです」
「保護者?」
「店番です」
「ログインしてるけど」
「遠隔店番です。猫には説明済みです」
「猫、理解したかな」
「目が合いました」
いつもの理屈だった。
チロルが苦笑する。
「コハクは今日は少しだけです。店の方もありますし」
「はい。私は在籍と連絡確認だけ済ませます」
「了解」
みたらしっぽはギルド画面を開いた。
チロル。
コハク。
二人に招待を送る。
<チロル がギルド『団ノ子』に加入しました>
<コハク がギルド『団ノ子』に加入しました>
通知が流れた瞬間、ギルドチャットが一気に動いた。
<シュガーシロップ:よろしく!>
<エクレアマルテール:噂の猫カフェの人だ!よろしく!>
<スフレ:よろしくお願いします。今度お店行きます>
<ガトーショコラ:おすすめメニュー教えてください>
<つきみ:よろしくー。迷子になったら呼んで>
<フォンダンアイリス:よろしく。無理な探索には付き合わなくていいわよ>
<ティオ:今度猫触らせてねぇ~>
<ルカ:よろしくお願いします。>
<ロウガン・ロースト:よろしく頼む>
チロルは流れていくチャットを見て、目を丸くした。
「にぎやかですね」
「最近、さらににぎやかになりました」
「本当に」
コハクがチャットを見ながら言う。
チロルは少し緊張した様子でチャット入力欄を開いた。
<チロル:よろしくお願いします。ボチボチですが、お願いします>
少し考えてから、もう一文足す。
<チロル:カフェものんびり営業中です>
すぐにエクレアが反応した。
<エクレアマルテール:行く!>
<シュガーシロップ:行く!>
<フォンダンアイリス:押しかけすぎないようにしなさい>
<つきみ:アイリスも行くでしょ>
<フォンダンアイリス:行かないとは言ってないわ>
チロルが小さく笑った。
「楽しそうですね」
「うん。楽しいよ」
みたらしっぽは答えた。
コハクはギルド一覧を確認し、満足そうに頷く。
「では、私は戻ります。チロルさん、迷子になったら連絡を」
「大丈夫です」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんですね。わかりました」
「信用されてない……」
「信用しているから確認しています」
それだけ言って、コハクはログアウトした。
残ったチロルは、広場を見回す。
「まず何をすればいいですか?」
「町を歩こうか」
「戦わないんですか?」
「最初から戦わなくてもいいよ。FoFは、町を見るだけでも面白いし」
「それ、前にも言ってましたね」
「うん」
みたらしっぽは歩き出す。
チロルがその隣に並んだ。
広場は人で溢れている。
大型アップデートで始めたばかりの人たちが、あちこちで足を止め、笑い、迷い、驚いている。
その中を歩きながら、みたらしっぽは少しだけ不思議な気分になった。
最初は四人だった。
ギルドを作った時も、こんなに増えるとは思っていなかった。
レイドでつきみとアイリスに出会った。
コロシアムでエクレアが来た。
カフェでチロルとコハクに出会った。
アップデートでロウガン、ルカ、ティオが来た。
一人増えるたび、団ノ子の見える世界が少し変わる。
戦闘だけではない。
探索だけでもない。
生産だけでもない。
全部がFoFの中にある。
「広いですね」
チロルが言った。
「FoF?」
「はい」
「うん。広い」
みたらしっぽは頷く。
「でも、広すぎるから誰かと歩くと楽しいんだと思う」
チロルは少し考えてから、笑った。
「それなら、今日は案内お願いします」
「もちろん」
二人は王都の通りを歩いていく。
その頭上には、今も大型アップデートの告知バナーが浮かんでいた。
<永劫の凍土、解禁>
<新たな大陸へ>
<新たな仲間と共に>
まるで、今の団ノ子のことを言われているみたいだった。
まだ見ぬ雪原
その夜、団ノ子の集まり場所にはいつもより多くのメンバーがいた。
新しく加入したロウガン、ルカ、ティオ。
FoFに本格的に顔を出し始めたチロル。
連絡用に在籍したコハクは店番中でログインしていないが、ギルドチャットには時々短い返事が来る。
たぶん、カフェのカウンターから見ているのだろう。
テーブルの上には、スフレとティオが試作した耐寒料理が並んでいる。
湯気の立つスープ。
香草入りの焼きパン。
体温維持効果のある甘い飲み物。
その横では、ルカの小さな使い魔が丸くなっている。
「この子、料理の匂いに反応してない?」
スフレが聞く。
「反応しています。でも食べられません」
ルカが答える。
「食べたいのかな」
「たぶん、雰囲気だけ楽しんでます」
「かわいい」
ティオがスープを配りながら言う。
「これ、耐寒効果はまだ短いけど。でも味はそこそこ」
「味を先に仕上げたんだ」
ガトーショコラが笑う。
「おいしさは大事だからね~」
「効果も大事よ」
アイリスが言う。
「効果はこれから長くするよ~。でも、寒い場所でまずいスープ飲むの嫌でしょ~?」
「それは……まあ、嫌ね」
「ボクはまず胃袋から掴む派だからね」
「勝ち誇らないの」
ロウガンはスープを一口飲み、短く頷いた。
「うまい」
ティオの表情が明るくなる。
「ありがとう、素直にうれしいよ~」
「耐寒効果を伸ばすなら、油分か香辛料系の素材がいるかもしれないな」
スフレがメモを取り始める。
「あとで試す」
「手伝うよ~」
チロルはその様子を見ながら、少し感心していた。
「みんな、本当にいろいろやるんですね」
「うん」
みたらしっぽは笑う。
「最近さらに増えた」
「のんびりしてるようで、忙しそうです」
「忙しい時もある。でも、ずっと忙しいわけじゃないよ」
「それなら安心です」
シュガーシロップが新クラス一覧を見ながら言った。
「グラディエーターも気になるなぁ。攻撃特化っぽいし」
「シロは絶対そっち見ると思った」
エクレアも別のページを開いている。
「鎖術師、PvPで変な動きできそう。相手の間合い崩せるなら面白いかも」
「フォースは条件がまだ不明だね」
つきみが言う。
「解放クエストが隠しっぽい。たぶん通常ルートじゃない」
「もうそこまで見てるの?」
みたらしっぽが聞く。
「掲示板と海外サーバーの検証とNPC会話を少し」
「それ、少し?」
「少し」
「少しとは」
アイリスがため息をついた。
「つきみ、寝不足になるほど調べないでよ」
「大丈夫大丈夫」
「あなたの大丈夫は信用できないわ」
「心配?」
「違うわ。明日眠そうにされたら困るだけ」
「はいはい」
つきみは笑っている。
でも、アイリスの言葉を無視せず、開いていたウィンドウをいくつか閉じた。
少しずつ、みんなの距離が変わっている。
最初は知らない人だった。
今は、止める人がいて、止められる人がいて、それを見て笑う人がいる。
みたらしっぽは、テーブルの上に広げられた永劫の凍土の地図を見る。
まだほとんどが白紙。
入口周辺の情報すら曖昧で、吹雪による視界不良や、低温デバフの報告だけが目立つ。
攻略隊の募集も始まっているらしい。
大手ギルドの名前も、いくつか見かけた。
けれど、団ノ子はまだ行かない。
今はまだ、見て、調べて、準備する。
「みた」
つきみが言った。
「行く時は、前の動き変えないときついと思う」
「寒冷地だから?」
「それもあるけど、視界が悪いなら、敵を固定する場所がかなり大事。たぶん、いつもの感覚で下がると後ろが見えなくなる」
ロウガンが静かに続ける。
「吹雪で味方が見えないなら、声と位置取りが重要になる。盾役は目印にもなる」
「目印……」
みたらしっぽは自分の手を見る。
ファイターとしての動き。
パラディンとしての守り方。
マジックナイトを目指すための魔力操作。
そして、ガーディアンという新しい前衛の形。
覚えることは増えるばかりだ。
でも、不思議と嫌ではなかった。
「やること多いなぁ」
みたらしっぽが言うと、シュガーシロップが笑った。
「いいじゃん。やること多い方が楽しいでしょ」
「そうだけど」
「最初も言ってたよね。FoF、広すぎるって」
ガトーショコラが言う。
「今はさらに広くなった」
エクレアが拳を握る。
「新環境で強くなれる!」
アイリスは全員の反応を見て、少し呆れたように、けれどどこか柔らかく言った。
「本当にまとまりがないわね」
「だめ?」
みたらしっぽが聞く。
アイリスは一瞬だけ目を逸らした。
「……悪いとは言ってないわ」
つきみがにやりとする。
「アイリス語で、いいねって意味です」
「つきみ?」
「ごめん」
「早い」
笑い声が広がる。
その中心で、みたらしっぽは地図を閉じた。
「じゃあ、今日はここまで」
「え、行かないの?」
エクレアがまだ言う。
「行かない」
「ちょっと入口だけ」
「行かない」
「遠くから見るだけ」
「行かない」
「雪を一回踏むだけ」
「エクレア?」
「はい」
アイリスの一声で、エクレアは引き下がった。
エクレアが少し残念そうにする。
「でも、行く日は近いよね?」
「うん」
みたらしっぽは頷いた。
「ちゃんと準備してから行こう。せっかくなら、みんなで帰ってきたいし」
その言葉に、少しだけ場が静かになった。
勝つこと。
進むこと。
新しい場所へ行くこと。
もちろん、それは大事だ。
でも今のみたらしっぽにとっては、帰ってくることも同じくらい大事だった。
前に立つというのは、たぶんそういうことだ。
一人で突っ込むことではない。
誰かの道を作って、誰かと一緒に戻ってくること。
永劫の凍土は、まだ遠い。
でも、そこへ向かうための足音は、もう始まっていた。
ある少女
FoFの超大型アップデートは、バーチャル世界のあちこちに広がっていった。
ゲームをしている人だけではない。
普段はニュースしか見ない人。
配信を流し見する人。
友人に勧められて名前だけ知った人。
その誰もが、一度は雪に覆われた新大陸の映像を目にした。
白い大地。
吹き荒れる風。
遠くに見える氷の城。
それは、まだFoFを遊んだことのない人にとっても、少しだけ目を奪われる景色だった。
ある家のキッチンで、片付けの途中だった少女が手を止めた。
端末に流れていた短い広告。
<Frontier of Fortune 超大型アップデート>
<新大陸、永劫の凍土へ>
少女はほんの数秒だけ、その映像を見つめた。
すぐに広告は終わり、画面は別のニュースへ切り替わる。
それでも、白い雪原の光だけは、しばらく少女の瞳に残っていた。