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チョコチップの入学
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dannocomachi
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春の玄関
「ミントちゃん、朝ごはんのお皿、流しに置いたままですよ」
「わかってるってば。あとでやるよ」
「あとでは忘れます」
「お姉ちゃん、今日入学式なんだから、私のことより自分の準備しなよ」
ミントちゃんは少し呆れたように言いながら、テーブルの上に置いたコップを持って台所へ向かいました。
私は玄関近くの鏡の前で、制服のリボンを整えます。
だんのこまち第一中学校の制服。
今日から、私も中学生です。
昨日の夜に何度も確認しました。
教科書。
筆記用具。
入学式の案内。
生徒証。
提出書類。
それでも、何か忘れている気がします。
こういう時、FoFならクエスト開始前に必要アイテム一覧が表示されます。現実にはそれがないので、少し不安になります。
「お姉ちゃん、鞄の中三回くらい見てたよ」
ミントちゃんに言われて、私は時計を見ました。
まだ余裕はあります。
でも、余裕があるうちに出た方がいい時間です。
「ミントちゃん、戸締まりはお願いしますね」
「はいはい。お姉ちゃんこそ、学校で困ったらちゃんと誰かに聞くんだよ」
「私はそこまで子どもではありません」
「方向音痴ではないけど、遠慮して聞けない時あるでしょ」
「……それは、少しあります」
ミントちゃんは、こういうところをよく見ています。
私の方がしっかりしなければと思っているのに、時々こうして痛いところを突かれます。
「でも、大丈夫です」
私は鞄を持ち直しました。
「同じ学校に、知っている人もいるはずですから」
「FoFの?」
「はい。会えるかはわかりませんけど」
みたらしっぽさん。
シュガーシロップさん。
つきみさん。
現実で会ったことは、まだありません。
FoFの中ではもう何度も話しています。
ギルドハウスにも慣れてきましたし、レベル上げにも連れて行ってもらっています。
最初の頃みたいに、町の外へ出るだけで怖くなることは少なくなりました。
でも、現実で会うとなると、また少し違います。
アバターの姿ではない私を見て、気づいてもらえるでしょうか。
私も、ちゃんと気づけるでしょうか。
「お姉ちゃん」
「はい?」
「そんなに緊張してるなら、深呼吸」
「緊張しているように見えますか?」
「見える」
「……では、します」
私は玄関で一度、ゆっくり息を吸いました。
そして、吐きます。
ミントちゃんは少し笑いました。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
玄関を開けると、春の空気が入ってきました。
今日から、新しい学校生活が始まります。
FoFで水色の髪を選んだ時のように。
私は今日、現実でも一歩前に出るのだと思いました。
二年生の朝
二年生になっても、みたらしっぽの朝はそこまで劇的には変わらなかった。
教室へ行く。
鞄を置く。
端末で今日の予定を確認する。
そして、気づけばFoFのことを考えている。
「みた君、今またゲームのこと考えてたでしょ」
前の席から、キャラメルが振り返った。
「なんでわかったの?」
「顔」
「そんなに出る?」
「出るよ。すごく」
隣でシュガーシロップが頷く。
「みた、FoFのこと考えてる時だけ目がちょっと動く」
「怖い観察力だ」
「幼馴染だからな」
「幼馴染って便利な説明だね」
窓際では、つきみが頬杖をついて外を見ていた。
校門の方には、新入生らしい制服姿が集まり始めている。
去年は自分たちがあそこにいた。
そう思うと、少しだけ不思議だった。
「今日、チョコさん入学式だよね」
つきみがぽつりと言った。
みたらしっぽは顔を上げる。
「あ、そうか。今日か」
「同じ学校って言ってたよ」
「聞いた気はする」
「気はするって」
「いや、FoFで話したから。現実の学校のことをずっと詳しく聞くのも変かなって」
「まあ、それはそう」
チョコチップがFoFを始めてから、もう少し時間が経っている。
最初に助けた時は本当に危なっかしかったが、今はだいぶ慣れてきた。
戦闘はまだ初心者寄りだが、言われたことを素直に吸収する。
焦ると少し固まるけれど、落ち着けばちゃんと動ける。
それに、思ったより芯が強い。
「でも、現実で見つけられるかな」
シュガーシロップが言った。
「FoFだと水色髪だけど、現実は違うだろうし」
「水色だったら一瞬でわかるね」
キャラメルが笑う。
「校則的に一瞬で先生にも見つかるけど」
「それは大変だ」
「みた君、笑ってるけど、ネクタイ曲がってるよ」
「え」
キャラメルは自然に手を伸ばし、みたらしっぽのネクタイを直した。
その手つきが妙に慣れている。
「はい」
「ありがとう」
「二年生なんだから、少しは先輩っぽくしないとね」
「先輩かぁ」
みたらしっぽは少しだけ首をかしげた。
チョコチップから見れば、自分たちは先輩になる。
その響きがどうにも落ち着かない。
FoFの中ではギルドメンバーで、初心者を少し手伝う側ではある。
でも、学校で先輩と呼ばれるのはまた違う。
「みた先輩」
つきみが横から言った。
「やめて」
「反応早いね」
「それ、たぶん慣れないやつ」
「慣れるまで呼ばれたら?」
「それはからかわれてるだけだよね」
「半分くらい」
「もう半分は?」
「学校っぽくて面白い」
「やっぱりからかってる」
つきみは少しだけ笑った。
教室に予鈴が鳴る。
新入生の列が体育館へ向かっていくのが窓から見えた。
その中にチョコチップがいるのかもしれない。
けれど、人が多すぎて顔まではわからなかった。
部活勧誘レイド、二年目
入学式が終わった後の一階は、去年と同じように騒がしかった。
いや、去年より騒がしく見えるのは、自分たちがもう新入生ではないからかもしれない。
「新入生、剣道部どう?」
「家庭科部です。見学だけでも!」
「吹奏楽、初心者歓迎だよー!」
「茶道部、落ち着いた雰囲気です」
「パソコン同好会、バーチャル世界に興味ある人ぜひ!」
廊下の左右に先輩たちが並び、チラシやポスターを持って声をかけている。
みたらしっぽはその光景を見て、去年のことを思い出した。
シュガーシロップがいろんな部活に囲まれ、キャラメルが上手く助け舟を出した日だ。
「部活勧誘レイド、今年も開催中だね」
みたらしっぽが言うと、つきみが隣で頷いた。
「初見殺しだよね」
「先生公認イベントだけど」
「そこが強い」
シュガーシロップは今年、運動部の手伝いで少し離れた場所にいた。
キャラメルもその近くにいる。
一見ただ立っているだけだが、シロが勢い余って新入生を押しすぎないように見ているのだろう。
「シロ、説明する側になっても囲まれてるね」
「去年の経験が活きてるような、活きてないような」
「キャラメルがいるから大丈夫でしょ」
「それはそう」
つきみとそんな話をしながら、みたらしっぽは廊下を歩き出した。
帰るだけなら、ここを抜ければいい。
そのはずだった。
けれど、視界の端に気になる人影が映った。
黒髪の新入生。
鞄を両手で持ち、何枚かのチラシをきれいに揃えている。
家庭科部、茶道部、図書委員、剣道部、合唱部。
いくつもの勧誘を受けているようだった。
ただ、去年のシロのように完全に流されているわけではない。
一枚ずつ受け取り、相手の話を聞き、見学日を確認し、重ならないように端末へ軽くメモしている。
かなりしっかりしている。
しっかりしているのだが、問題は全部に丁寧に対応しようとしていることだった。
「えっと、家庭科部さんは木曜日で、茶道部さんは金曜日……剣道部さんは水曜日ですか? あ、合唱部さんも水曜日……少し考えてからでも大丈夫ですか?」
「もちろん!」
「見学だけでいいからね」
「無理しなくていいよ」
「でも来てくれたら嬉しいな!」
「は、はい。ありがとうございます」
先輩たちは悪くない。
むしろ親切だ。
ただ、親切が同時に押し寄せると逃げ場がなくなる。
みたらしっぽは足を止めた。
「みた?」
つきみがこちらを見る。
「たぶん、チョコさん」
「え」
つきみも視線を向けた。
黒髪。
制服。
FoFの水色髪とは違う。
でも、困った時に少し目を丸くする感じ。
相手に失礼にならないよう、最後までちゃんと聞こうとする姿勢。
そして、丁寧すぎるくらい丁寧な受け答え。
確かに、チョコチップだった。
みたらしっぽは少し近づき、声を落として呼んだ。
「チョコさん」
その声に、新入生の女子がぴたりと止まった。
振り向く。
目が合う。
一瞬、驚いたように固まった後、その表情がぱっと明るくなった。
「みたらしっぽさん……!」
言った直後、チョコチップは自分の声に気づいたのか、少し慌てた。
周りの先輩たちも「知り合い?」という顔をしている。
みたらしっぽも少しだけ気まずい。
学校の廊下で、ゲームの名前を呼ばれるのは思ったより目立つ。
「すみません。知り合いがいたので、一度失礼します。チラシ、ありがとうございました」
チョコチップは先輩たちに丁寧に頭を下げ、受け取ったチラシをきちんと揃えてからこちらへ来た。
慌てているのに、最後まで丁寧なのが彼女らしい。
「助かりました」
チョコチップは小さく息を吐いた。
「みなさん優しく説明してくださるので、どれもちゃんと聞きたくなってしまって」
「それで囲まれてたんだ」
「囲まれていた、というほどでは……」
「いや、まあまあ囲まれてたよ」
つきみが言うと、チョコチップは少しだけ恥ずかしそうに笑った。
「つきみさん……ですよね?」
「正解。入学おめでとう」
「ありがとうございます」
チョコチップはつきみにも丁寧に頭を下げた。
その仕草だけ見ると、本当に落ち着いた新入生に見える。
でも、よく見ると少し頬が赤い。
緊張はしているのだろう。
それでも、ちゃんと自分で立っている。
FoFを始めたばかりの頃より、ずっとしっかり見えた。
「現実だと、髪が水色じゃないから気づかれないと思っていました」
チョコチップが言う。
「髪は違うけど、なんとなくわかった」
みたらしっぽは答えた。
「困ってる時の感じがチョコさんだった」
「そ、そこですか」
「あと、全部ちゃんと対応しようとしてるところ」
「それは……少し、ありました」
「チョコさんらしい」
そう言うと、チョコチップは照れたように視線を落とした。
そこへ、シュガーシロップとキャラメルが戻ってくる。
「みたー、そっちは……って、チョコ!」
「シュガーシロップさん」
チョコチップの顔がまた明るくなる。
けれど、シュガーシロップの声は大きかった。
廊下の何人かが振り返る。
キャラメルがすぐにシロの袖を引いた。
「シロちゃん、声」
「あ、ごめん」
「驚くのはわかるけどね」
キャラメルはチョコチップの方へ向き直り、柔らかく微笑んだ。
「初めまして。バニラキャラメルです。普段はキャラメルって呼ばれてるよ」
「初めまして。チョコチップです」
「シロちゃんたちから少し聞いてる。入学おめでとう」
「ありがとうございます」
チョコチップはまた丁寧に頭を下げる。
キャラメルはその様子を見て、少しだけ目を細めた。
「なるほど」
「何が?」
シロが聞く。
「シロちゃんが放っておけないって言ってた理由、ちょっとわかった」
「私、そんなこと言ってた?」
「言ってたよ」
「……言ったかも」
「認めるの早いね」
チョコチップは少し困ったように、でも嬉しそうに笑っていた。
バーチャル世界で知っている人たちが、現実の学校の廊下に立っている。
それはみたらしっぽにとっても不思議だったが、チョコチップにとってはもっと不思議なのかもしれない。
「なんだか、変な感じです」
チョコチップが言った。
「FoFではギルドハウスで会っているのに、今は学校の廊下で」
「わかる」
みたらしっぽは頷いた。
「現実で会うと、距離感がちょっと変になるよね」
「はい。あと、呼び方に迷います」
「そこか」
つきみが笑う。
「学校ではゲーム名そのままだと目立つかもね」
「そ、そうですよね」
チョコチップは少し考えた。
「では、学校では……みた先輩、でしょうか」
「うわ」
みたらしっぽは思わず声を出した。
「うわ、ですか?」
「いや、落ち着かない」
「先輩なのに?」
「先輩なのが落ち着かない」
つきみが横でにやにやする。
「いいじゃん、みた先輩」
「つきみ」
「学校っぽい」
「学校だけど」
シュガーシロップも面白そうに言う。
「私はシロ先輩?」
チョコチップは少し考えてから、頷いた。
「シロ先輩は、強そうです」
「お、いいね」
シュガーシロップは満足そうだった。
「つきみは?」
つきみが自分を指差す。
「つきみ先輩、でしょうか」
「普通だ」
「普通ではだめですか?」
「だめじゃないよ。学校では普通が一番」
「つきみが言うと妙に説得力あるね」
みたらしっぽが言うと、つきみは視線を逸らした。
「私は学校ではほどほどの人なので」
「適当な人設定じゃなかった?」
「アップデートされた」
「設定が更新された」
キャラメルがくすくす笑う。
「私はキャラメル先輩かな」
「はい。キャラメル先輩」
「うん、かわいい」
「か、かわいいですか?」
「チョコちゃん、素直でかわいいね」
チョコチップは一気に赤くなった。
「そういうのは、あまり慣れていなくて……」
「じゃあ少しずつ慣れようね」
「キャラメル、初対面から距離の詰め方がうまい」
みたらしっぽが言うと、キャラメルはいつもの笑顔で返した。
「褒めてる?」
「褒めてる」
「じゃあ受け取っておくね」
つきみの校内地図
先生の声が廊下に響いた。
「新入生は教室へ戻ってください。部活見学の案内は後日配布します」
チョコチップがはっとする。
「戻らないといけませんね」
「一年の教室、わかる?」
みたらしっぽが聞くと、チョコチップは少しだけ目を泳がせた。
「来る時は、人の流れについてきたので……」
「それは迷いやすいやつ」
「たぶん大丈夫です」
「そのたぶんは少し危ない」
すると、つきみが制服のポケットから小さく折りたたんだメモを取り出した。
「これ、使う?」
「え?」
チョコチップが受け取って開くと、そこには簡単な校内図が描かれていた。
一年生の教室。
二年生の教室。
職員室。
保健室。
体育館。
昇降口。
必要な場所だけがわかりやすくまとめられている。
端の方には、小さな月のマークと、犬の足跡みたいな印が描かれていた。
「これ、つきみが描いたの?」
みたらしっぽが聞く。
「迷子対策」
つきみは短く答えた。
「いや、絵かわいいね」
「記号」
「犬の足跡も?」
「目印」
「かわいい目印だ」
「機能性」
チョコチップがメモを両手で持ったまま、目を輝かせる。
「すごくわかりやすいです。あと、この足跡、かわいいです」
「……そう」
つきみは少しだけ横を向いた。
よく見ると、耳が少し赤い。
その時、つきみの鞄についていた小さな犬のキーホルダーが揺れた。
チョコチップがそれに気づく。
「あ、その子もかわいいですね」
「ルナ」
「ルナちゃん?」
「うちの犬。これは……ただの目印」
「目印なんですね」
「そう」
「かわいい目印ですね」
「機能性」
キャラメルがにこにこしながら言った。
「つきみちゃん、かわいい機能性が多いね」
「キャラメルまで」
シュガーシロップも笑う。
「つきみ、そういうの好きなんだな」
「嫌いじゃないだけ」
「好きってこと?」
「違う」
「違わないと思う」
「シロ」
「はい」
つきみは少しだけむっとした顔をしていたが、メモを返せとは言わなかった。
チョコチップはそのメモを大切そうに折りたたみ、鞄の内ポケットにしまった。
「ありがとうございます。つきみ先輩」
「どういたしまして」
つきみはそれだけ言って、また少し横を向いた。
かわいいと言われ慣れていないのかもしれない。
みたらしっぽは少し笑いそうになったが、言うと怒られそうなので黙っておいた。
「じゃあ、またね。チョコさん」
「はい。今日はありがとうございました」
チョコチップは全員に丁寧に頭を下げた。
そして、つきみの校内図を確認しながら、一年生の教室へ戻っていった。
途中で一度だけ振り返り、小さく手を振る。
現実の黒髪の新入生。
でも、その仕草は確かに団ノ子のチョコチップだった。
放課後の帰り道
その日の帰り道、みたらしっぽはシュガーシロップ、キャラメル、つきみと並んで歩いていた。
「チョコ、現実でもチョコだったな」
シュガーシロップが言った。
「わかる」
みたらしっぽは頷く。
「しっかりしてるけど、丁寧すぎて逃げ遅れるところとか」
「でも、去年のシロちゃんより落ち着いてたよ」
キャラメルがさらっと言う。
「去年の私、そんなに?」
「うん」
「かなり」
みたらしっぽも頷く。
「つきみまで頷かないで」
「事実だから」
「二年生って厳しいな」
「シロも二年生だよ」
「そうだった」
つきみは少し遅れて歩きながら、鞄の犬のキーホルダーを指で軽く押さえていた。
「ルナのキーホルダー、かわいいね」
みたらしっぽが言うと、つきみは目を細めた。
「まだ言う?」
「いや、普通にかわいい」
「防犯用」
「防犯用には見えない」
「かわいいと油断させる」
「それ、防犯として高度すぎない?」
キャラメルが笑う。
「つきみちゃん、かわいいって言われると弱いんだね」
「弱くない」
「じゃあ、かわいい」
「……キャラメルは初日から強い」
「褒めてる?」
「たぶん」
「じゃあ受け取っておくね」
つきみは少しだけ口を尖らせた。
それがまた珍しくて、みたらしっぽは笑いそうになる。
普段のつきみは、レイドでも学校でも余裕のある顔をしていることが多い。
でも、こういう時だけ年相応というか、少し不器用になる。
そのギャップが、たしかにかわいい。
「みた、今笑った?」
「笑ってない」
「笑った顔だった」
「気のせい」
「あとで覚えてて」
「怖い」
そんなやり取りをしながら、四人は校門を出た。
今年の入学式も、去年とは違う形で少し騒がしかった。
でも、悪くない日だった。
水色の髪で
その夜、私は少しだけFoFにログインしました。
学校のことをギルド全体で大きく話すのは、なんとなく少し違う気がしました。
だから、ギルドハウスではいつも通りに挨拶をしました。
「こんばんは」
「こんばんは、チョコさん」
みたらしっぽさんが手を振ってくれます。
FoFの中のみたらしっぽさんは、学校で会ったみた先輩とは少し違って見えます。
でも、同じ人です。
それが少し不思議で、少し嬉しいです。
「今日はありがとうございました」
私は小さく頭を下げました。
「学校で、助けていただいて」
「助けたってほどじゃないよ」
「助かりました。あのままだと、全部の部活の見学日を整理しようとして、たぶん帰れなくなっていました」
「それはありそう」
つきみさんも近くの椅子に座っていました。
「地図、使えた?」
「はい。とても助かりました」
「ならよかった」
「ルナちゃんの足跡も、かわいかったです」
つきみさんが一瞬だけ固まりました。
「……あれは記号」
「はい。かわいい記号です」
「チョコさんまで」
みたらしっぽさんが少し笑っています。
「つきみ、今日ずっとそれ言われてるね」
「みたのせいでもある」
「僕?」
「最初にかわいいって言った」
「事実だったから」
「事実でも言わなくていいことがある」
「かわいいは言っていいと思います」
私がそう言うと、つきみさんは少しだけ困った顔をしました。
FoFの中でも、つきみさんはやっぱりつきみさんです。
でも、今日の学校で見たつきみさんのことを思い出すと、少し近くなった気がしました。
「チョコさん、今日はもう戦闘は休む?」
みたらしっぽさんが聞きました。
「いえ。少しだけなら行きたいです」
「入学式の日なのに元気だね」
「緊張していましたけど、今は少し落ち着いたので」
それに、今日は少しだけ動きたい気分でした。
学校で知っている人に会えたこと。
現実でも名前を呼んでもらえたこと。
つきみさんから校内図をもらったこと。
そういう小さなことが、胸の中に残っています。
「じゃあ、王都近くで軽くやろうか」
「はい」
平原に出ると、夜の風が吹いていました。
私の水色の髪が、ふわりと揺れます。
現実の私は黒髪です。
学校では、まだ新入生です。
でも、FoFの中では、この水色の髪が私です。
どちらも、同じ私です。
「チョコさん、右から来るよ」
みたらしっぽさんの声が聞こえました。
「はい!」
私は剣を構えます。
以前なら、突進してくるグラスボアを見るだけで足が止まっていました。
今でも少し怖いです。
でも、動けます。
横へ避けて、踏み込みます。
「スラッシュ!」
剣が当たり、ダメージ表示が浮かびました。
大きな一撃ではありません。
でも、ちゃんと自分で避けて、自分で攻撃できました。
「今のよかった」
「ありがとうございます」
みたらしっぽさんに褒められると、少し嬉しくなります。
学校では、みた先輩。
FoFでは、みたらしっぽさん。
呼び方は違います。
場所も違います。
でも、どちらの世界にも知っている声があることが、こんなに心強いものだとは思いませんでした。
「明日から、学校も本格的に始まりますね」
私はぽつりと言いました。
「うん」
「少し不安です」
「そっか」
「でも、今日よりは大丈夫だと思います」
「どうして?」
私は少し考えました。
それから、笑って答えます。
「知っている先輩が、増えましたから」
みたらしっぽさんは少しだけ照れたように視線を逸らしました。
「先輩って言われるの、やっぱり慣れないな」
「学校では、みた先輩です」
「FoFでは?」
「みたらしっぽさんです」
「よかった」
「でも、たまに間違えるかもしれません」
「その時は小声でお願いします」
「はい」
私たちは少し笑いました。
現実とバーチャル世界は、別々の場所です。
でも、完全に切り離されているわけではありません。
FoFで出会った人と、現実の学校で会うことがあります。
学校で少し安心できたことが、FoFで剣を振る勇気になることもあります。
今日、私の世界は少しだけ重なりました。
黒髪の新入生として歩く学校。
水色の髪で冒険するFoF。
どちらも、これから少しずつ慣れていく場所です。
「明日も、頑張れそうです」
私は王都の灯りを見ながら言いました。
水色の髪が、夜の平原で小さく揺れます。
それは、私が自分で選んだ色です。
そして今日からは、現実の学校にも。
その色を知っている人たちが、少しだけ増えました。